JP3610395B2 - 成熟肝実質細胞増殖因子 - Google Patents

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Description

【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は新規な物理化学的形態を有する成熟肝実質細胞増殖因子II(hepatocyte growth factor II;HGF(II)と略す)に関するものであり、詳しくは成熟肝実質細胞の生体外(in vitro) での培養を可能ならしめる生理活性を有するペプチド因子に係わる。本発明のHGF(II)は肝実質細胞や肝臓の生物学的研究のための研究用試薬として、さらには肝再生促進試薬、慢性肝炎治療薬、肝硬変治療薬といった肝臓に対する医薬品としての使用が期待される。またHGF(II)は肝細胞に対する生理作用以外に内皮細胞や上皮細胞に対しても増殖促進作用を有しており、また癌細胞や腫瘍細胞の増殖抑制作用や細胞障害作用をも有している。このことから本発明のHGF(II)は創傷治療薬や制癌剤としての利用も期待される。
【0002】
【従来技術】
肝臓は多種多様な機能を有し、生体の恒常性維持に欠くべきからざる重要な役割を担っている臓器である。肝臓の主な機能として多種の血漿タンパク質の合成分泌、糖新生やグリコーゲン代謝による血糖調節、尿素合成、胆汁分泌、各種薬物に対する代謝、解毒などがある。そして該肝臓の機能は肝臓を構成する成熟肝実質細胞が 夫々担っていることが知られている。また、肝臓の大きな特徴として、その驚くべき再生能を挙げることができる。例えば、ラットの肝臓の3分の2を切除しても、約1週間から10日でその大きさに戻ることが知られている。この肝臓の再生機能が未知の体液性の因子(肝再生因子:hepatotrophic factor) によって担われていることが推察されていたが、その本体については長らく明らかにされていなかった。
【0003】
本発明者らは初代肝細胞培養法がこの肝再生因子を研究する上で、有効な手段であることを見出し、該培養系を用い、血清に含まれる特定のタンパク質成分の存在下において、肝実質細胞を増殖し得ることに初めて成功し、該特定の血清成分を分離し、成熟肝実質細胞増殖因子(hepatocyte growth factor;HGF)と名付けた[Biochem. Biophys. Res. Commun., 122 (No.3), 1450, 1984, 特開昭60−45534号)]。更に本発明者らは、哺乳類動物の血小板のトロンビン刺激上清液よりHGFを精製することに成功し[FEBS LETTER, 224 (No.2), 311 (1987)] 、その諸性質を明らかにした。
【0004】
HGFはゲル濾過での推定分子量が約15万ダルトンであり、SDS−PAGEでは非還元条件下で約8万2千ダルトン、還元条件下で約6万〜6万5千ダルトンのα鎖と約3万〜3万5千ダルトンのβ鎖の2本のバンドに分かれる。即ち、HGFはα鎖とβ鎖の2種のポリペプチドがジスルフィド結合で連結されたヘテロダイマータンパク質である。またHGFは熱および酸に対して不安定であり、ヘパリンセファロースに強い親和性を有するタンパク質であるこも明らかにした。
【0005】
本発明者らは、更に研究を重ねた結果、トロンビン刺激血小板上清中や血漿中以外に哺乳動物の血小板な白血球などの血球細胞や、肝臓、腎臓、肺臓、胎盤、脳、脾臓など種々の生体組織ホモジネート中にも、成熟肝細胞を生体外において極めて良好に活性を有する物質が存在することを見出した。該物質を精製、単離すべく種々検討を行ったところ、上記生体組織中に含まれる成熟肝細胞の増殖活性を有する物質には2種のポリペプチド鎖から成るヘテロダイマータンパクと還元条件下でSDS−PAGEでも単一バンドを示すモノマータンパクの2種類のものが存在することを明らかにした。そして該ヘテロダイマータンパク〔(HGF(I)と名付けた)〕を単一にまで精製し、そのN末端アミノ酸配列をはじめ、諸性質を明らかにした(特開平2−288899号)。
さらに得られたβ鎖のアミノ酸配列に基づき、HGF(I)の遺伝子クローニングを行い、ラットの肝臓からラットHGFのcDNAのクローニングに成功し[Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 3200 (1989)] 、更にヒト肝臓由来HGFcDNA[Nature, 342, (6248), 440 (1989)] 及びヒト白血球由来HGFcDNA[Biochem. Biophy. Res Commu., 172(1), 321 (1990)] のクローニングを行い、HGF(I)の全構造を明らかにした。
【0006】
一方、還元条件下SDS−PAGEでも単一バンドを示すモノマータンパク質(HGF(II)と名付けた)についてはHGF(I)の混入が見られ、HGF(II)のみを単離することが出来ず、該モノマータンパク質であるHGF(II)本体は全く不明であった。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
したがって、本発明の目的はHGF(II)、その製造方法およびHGF(II)を含む組成物を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、引き続きHGF(II)を単離すべく、鋭意研究を重ねた結果、該HGF(II)を単一に精製することに成功し、その化学的構造を解析すると共に、生物学的機能を明らかにして、その本体を明らかにすることに成功し、本発明を完成させるに到った。
【0009】
本発明は、成熟肝実質細胞を生体外で増殖させる活性を有する、熱に不安定な、かつヘパリン・セファロースに高い親和性を有するタンパク質であり、下記の構成よりなるものである。すなわち本発明は、下記の理化学的性質を有する一本鎖ポリペプチドから成る成熟肝実質細胞増殖因子、少なくとも該増殖因子を含有する組成物、及びその製造法に係わる。
(a)SDS−PAGEで単一バンドの、実質的に1本鎖ポリペプチドのみからなる。
(b)SDS−PAGEによる推定分子量が、非還元条件下で82,000±5,000ダルトンであり、還元条件下で92,000±5,000ダルトンである。
(c)Leu−Arg−Val−Val−Asn−Gly−Ile の連続した7アミノ酸を含有する。
【0010】
HGFの従来の調製方法は、血小板のトロンビン刺激上清液や劇症肝炎患者血液を出発物質として、イオン交換クロマトグラフィー、ヘパリンアフィニティークロマトグラフィー、色素アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィーを用いて精製して得られていた[FEBS Letter, 224(2), 311(1987),及びJ. Clin. Invest., 8, 414 (1988) 参照のこと] 。上記方法により得られたHGFは、SDS−PAGEで非還元条件下で分子量76,000〜92,000ダルトンの単一バンドとして移動し、また還元条件下のSDS−PAGEで分子量56,000〜69,000および32,000〜35,000ダルトンの2本のバンドに分かれて移動することにより、2種のポリペプタイドより成るヘテロダイマータンパク質であると考えられてきた。
【0011】
一方、本発明者らは、血小板や白血球といった血球細胞、肝臓、腎臓、肺臓、脾臓、胎盤など広く生体組織にHGF活性物質が含まれていることを見出した。これらの生体組織のホモジネートからイオン交換クロマトグラフィー、色素アフィニティークロマトグラフィー、レクチンアフィニティークロマトグラフィー、ヘパリンクロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどを組み合わせた方法で精製し、非還元条件下でのSDS−PAGEで約82,000ダルトンの単一バンドを示すHGF活性物質を得た。このHGF活性物質は、還元条件下のSDS−PAGEでは約92,000ダルトン、約60,000ダルトン及び約32,000ダルトンの3本のバンドとして移動することが示された。この結果は血小板をはじめとする種々の生体組織ホモジネートに由来するHGF活性物質はヘテロダイマータンパク質(HGF(I)と名付けた)とモノマータンパク質(HGF(II)と名付けた)の2成分が含まれていること示すものである。
【0012】
本発明者らはHGF(II)のHGF(I)からの分離方法について種々の検討を行い、ついにHGF(II)を均一に精製することに成功し、HGF(II)の本体を明らかにした。更に、本発明者らはHGF遺伝子を導入した組換え細胞を作製し、該組換え細胞をプロテインインヒビターを添加した無血清培地で培養し、細胞外にHGF(II)が分泌されること、その培養液からイオン交換クロマトグラフィー、色素アフィニティークロマトグラフィー、ヘパリンアフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィーなどを組み合わせた方法により、均質なHGF(II)を高い収率で単離し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
上記のように産生された本発明に係わるHGF(II)は肝細胞の増殖活性を有する一本鎖のポリペプチドタンパク質であることで特徴づけられている。
【0014】
以下に本発明のHGF(II)の製造方法につき詳述する。本発明HGF(II)は、例えば哺乳動物の血球細胞や肝臓、肺臓、腎臓、脾臓、胎盤などの生体組織のホモジネートより、効率よく単離することができる。また特に遺伝子組換え技術によりHGF遺伝子が導入された細胞や、HGFを分泌する細胞株をプロテアーゼ阻害剤存在下で培養した培養物より効率よく、しかも高収率で得ることができる。ここで原料として用いられる哺乳動物組織や遺伝子組換え細胞や細胞株は特に限定はなく、例えばヒト、ウマ、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、マウス、ラット、サルなどに由来するものであれば、いずれも使用することができる。
【0015】
本発明HGF(II)は上記生体組織のホモジネートまたはアプロチニンやセトラキセート等のプロテアーゼ阻害剤が添加された培養物より精製することにより、HGF(I)とともに得られる。HGF(I)及びHGF(II)の精製は、該HGF(I)及び(II)の物理的、化学的、免疫学的性質を利用して各種分離手段の組合せにより実施することができる。特に好ましい精製手段の例としては塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、免疫抗体クロマトグラフィー、色素アフィニティークロマトグラフィー、金属キレートアフィニティークロマトグラフィー、レクチンアフィニティークロマトグラフィー、分子篩クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ヘパリンアフィニティークロマトグラフィー、クロマトフォーカシング、更には電気泳動法、限外濾過法や透析法などを組み合わせた手法を例示出来る。
【0016】
塩析には硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩を使用することができる。また、イオン交換クロマトグラフィーに用いられる担体としてはタンパク質の分離に用いられている通常の各種イオン交換クロマトグラフィー用の担体をいずれも用いられることができる。その具体例としては、CM−セルロース、CM−セファデックス、CM−トヨパール、P−セルロース、SP−トヨパール、モノS、S−セファロースFFなどの陽イオン交換樹脂や、DEAE−セファロース、DEAE−セファデックス、モノQ、Q−セファロースFF、DEAE−トヨパール、QAE−トヨパールなどの陰イオン交換樹脂が例示される。色素アフィニティークロマトグラフィーの具体例としては、アフィゲルブルーやブルートリスアクリルMが、レクチンアフィニティークロマトグラフィーの具体例としては、ConAセファロースが、吸着クロマトグラフィーの具体例としては、ヒドロキシアパタイトやHA−ウルトロゲルが、金属キレートアフィニティークロマトグラフィーの具体例としては、キレーティングセファロースCL6BFFやTSKゲルAFキレート・トヨパールが、疎水性クロマトグラフィーの具体例としては、フェニル5PW、フェニルトヨパール、ブチル・セファロース、ブチル・トヨパール、エーテルトヨパールが例示される。
【0017】
【作用・効果】
本発明のHGF(II)は外科手術による部分肝摘切後の肝再生促進薬ならにびに急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変への移行、劇症肝炎などの肝疾患の治療薬として、また制癌剤や創傷治療薬などの医薬品として、また上記各疾患の診断薬として有用である。更にHGF(II)の利用により、ヒトをはじめとして各種動物由来の肝細胞を該HGF(II)存在下に生体外で極めて容易に増殖維持することが出来、かくして増殖維持される肝細胞は、人工肝臓への応用や肝機能などの基礎研究用に、また各種ホルモン、ペプタイド、もしくは各種薬剤等の肝細胞に対する作用の研究用に、肝疾患などのスクリーニング試験用に、さらに発癌試験用及び肝炎ウィルスの生体外培養における宿主細胞としての極めて有用である。
【0018】
本発明のHGF(II)は、熱に対して不安定であるから、通常安定化剤としてTween 80などの界面活性剤、マンニトール、ソルビトール、ヘパリン、グルコサミノグルカンなどの糖類、グリセリン、ポリエチレングリコール、エチレングリコールなどのアルコール類、グリシン、アルギニン、アラニン、アスパラギン酸などのアミノ酸類、および血清アルブミンなどのタンパク質のうち1種ないしは2種以上を組み合わせて配合することが好ましい。
【0019】
本発明のHGF(II)を上記の如き医薬品とする場合には、HGF(II)自体または自体既知の担体とともに凍結乾燥品または注射剤に製剤化され、非経口的に投与される。
【0020】
【実施例】
以下に参考例及び実施例を示し、本発明をより具体的に述べるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
参考例1
(HGF活性の測定その1): [Nakamura, T., et al. Proc. Natl. Acad. Sci.
USA., 80, 7229−7233 (1983)]
ウィスター系雄ラット(180−200g)を用い、in situ コラーゲン潅流法[Tanaka,K., et al. J. Biochem. (TOKYO) 84, 937−946 (1978), 中村敏一, 初代培養肝細胞実験法, 学会出版センター pp 5−53 (1987)]により肝実質細胞を分離、精製した。得られたラット肝実質細胞を5%ウシ血清、2×10−9M インスリンおよび2×10−9M デキサメサゾンを添加したウィリアムE培地(フローラボラトリー社)に懸濁し、24ウェルマルチプレートに1.25×10個/ウェルの濃度で播いた。5%CO及び30%Oおよび65%Nの存在下、37℃で20時間培養後、0.1 μg/mlのアプロチニンを添加したウィリアムスE培地に交換すると同時に所定量の被試料を添加した。15時間後、15μCi/ml の125 Iデオキシウリジン10μl/ウェルを添加した。コントロール群には、125 Iデオキシウリジン添加の15分前に5μg/mlのアフィディコリンを添加した。さらに6時間培養した125 Iでラベルした。細胞をpH7.4 のPBSで2回洗浄後、冷10%トリクロロ酢酸水溶液(TCA)で固定した。細胞を1ウェル当たり0.5ml の1N水酸化ナトリウム水溶液で可溶化し、その放射能をガンマカウンターにより測定した。また放射能測定後の試料の1部をとってローリー法(J. Biol. Chem., 193, 265, 1951)に従いタンパク量を測定した。被験試料を添加したときの肝実質細胞に取り込まれた125 Iの量をコントロールとのカウントの差として求め、これをラット肝実質細胞蛋白質1mg 当たりに換算して、DNA合成活性(cpm/mg 蛋白質) とした。被験試料のHGF活性は、同一試験において上皮細胞成長因子(EGF)10ng/ml を用いた時の肝実質細胞のDNA合成活性の50%に相当する活性を1 単位と定義して表示した。
【0022】
実施例1
▲1▼ 肝抽出液の調製
ラット(系統SD;体重200 〜300g)100匹の腹腔内にサラダ油に溶解した20%四塩化炭素溶液を10ml/kg 投与し(四塩化炭素として2ml/kg投与) 、30時間後に肝臓を摘出した。摘出した肝臓は0.15M NaCl、1mM PMSF 、1mM モノヨード酢酸、1mM EDTA を含む緩衝液A[50mM Tris−HCl(pH8.5) 、10mM Hepes、2mM CaCl、0.01% Tween 80]4リットル中でワーリングブレンダーで破砕した。破砕後、冷却遠心機(日立20PR−52)で10,000回転/分の遠心を行い沈澱物を除いた。上澄を濾紙で濾過し、濾液を肝抽出液として得た。
【0023】
▲2▼ 陽イオン交換クロマトグラフィー
肝抽出液約4リットルを約4倍容の0.15M NaClを含む緩衝液Aに2時間以上を3回透析した後、0.15M NaClを含む緩衝液Aで平衡化したS−セファロースFF(ファルマシア社製)のカラム(サイズ、内径11.3cm×高さ10cm) に添加した。0.15M NaClを含む緩衝液Aで洗浄後、0.15M から1.0MのNaClの直線濃度勾配(全量6l)により溶出した。溶出画分を参考例1に示した方法によりHGF活性を測定し、活性画分を集めS−セファロースFF溶出液とした。図1にその溶出パターンを示す。
【0024】
▲3▼ 色素アフィニティークロマトグラフィー
S−セファロースFF溶出液を1N HClでpH7.5 に調整後、同量の0.01% Tween 80 を含む蒸留水で希釈し、緩衝液B[20mM Tris−HCl(pH7.5) 、0.01% Tween80]で平衡化したBlue−Trisacryl M カラム(IBF社製、カラムサイズ:内径2.6cm ×高さ13.5cm) に添加した。緩衝液Bで洗浄後、0から0.5Mのアルギニンの直線濃度勾配(全量350ml)により溶出した。溶出パターンを図2に示す。HGF活性の高い画分を集めBlue−Trisacryl M溶出液とした。
【0025】
▲4▼ ヘパリンアフィニティークロマトグラフィー
Blue−Trisacryl M溶出液を9倍容の緩衝液C[10mM Tris−HCl(pH7.5) 、0.01%Tween 80]で希釈した後、0.3M NaCl を含む緩衝液Cで平衡化したヘパリンセファロースCL−6B カラム(ファルマシア社製、カラムサイズ:内径1.6cm ×高さ7cm) に添加した。0.3M NaCl を含む緩衝液Cで洗浄後、0.3Mから2.0M NaCl 直線濃度勾配(全量150ml)により溶出した。溶出パターンを図3に示す。HGF活性の高い画分を集めヘパリン・セファロース溶出液とした。
【0026】
▲5▼ 疎水性クロマトグラフィー
溶媒A[20mM リン酸緩衝液(pH7.5)、4M NaCl]と溶媒B[20mM リン酸緩衝液(pH7.5)、50% エチレングリコール] の2:1混液により平衡化されたフェニル5PW カラム(東ソー社製、カラムサイズ:内径7.5mm ×高さ7.5cm)にヘパリン・セファロース溶出液を添加した。溶出は溶媒AとBの組成比を2:1から0:1に連続的に変えることにより行った。その溶出パターンを図4に示す。45分前後に溶出したHGF活性を示す画分は均質なHGF(I)であり、85分前後に溶出したHGF活性画分はHGF(II)を含む画分であった。しかし図6に示す様に還元下SDS−PAGEによる分析の結果、このHGF(II)画分には依然としてHGF(I)の混入が認められた。
HGF(II)画分を集めるため、▲1▼から▲5▼の操作を繰り返し(▲5▼の疎水性クロマトグラフィーについては、溶出条件を変更した)、総計約500 匹のラット肝臓より、HGF(II)画分を集めた。
【0027】
▲6▼ 疎水性クロマトグラフィーの繰り返し
溶媒Aにより平衡化したフェニル5PWカラム(東ソー社製、カラムサイズ:内径7.5mm ×高さ7.5cm)に▲5▼の項で集めたHGF(II)画分に2倍量の溶媒Aを加えた溶液を添加した。溶媒Aを流し、カラム洗浄後、溶媒AとBとの組成比を1:0から0:1に連続的に変えることにより、溶出操作を行った。その溶出パターンを図5に示す。HGF(II)の画分中に含まれるHGF(I)が最初に、次いでHGF(II)が溶出された。SDS−PAGEでHGF(I)の混入のないフラクションを求め、HGF(II)のみを含むフラクションを集めた。得られた精製HGF(II)は95μg であった。
【0028】
▲7▼ HGF(II)の理化学的性質の解析
(i)SDS−PAGE
▲5▼の項および▲6▼の項で得られたHGF(II)についてLaemmliの方法に従い、SDS−PAGE解析を行った。その結果を図6に示す。▲6▼の項で得られたHGF(II)は非還元下では分子量82,000±5,000ダルトンを示し、還元下条件下でも分子量92,000±5,000ダルトンの一本のバンドのみを示し、HGF(II)が一本のポリペプチド鎖から成るタンパクであることが示された。1ウェル当たりのタンパク添加量は約200ngであり、染色は銀染色法(和光純薬製)によって行った。
【0029】
(ii) 生理活性測定
▲6▼の項で均質にまでに精製されたHGF(II)と▲5▼の項で得られたHGF(I)とを用いて、参考例1に示した方法に従って、それぞれラット初代培養肝細胞増殖促進活性を測定した。均質なHGF(II)の活性は35万±10万ユニット/mg であり、▲5▼の項で得られたHGF(I)の活性は(30 万±10万ユニット/mg)と同等の肝細胞増殖促進活性を示した。尚、タンパク量は214nm での吸光度が14O.D.のとき、タンパク濃度は1mg/mlとして算出した。
【0030】
(iii) 部分アミノ配列
▲6▼の項で精製されたHGF(II)を蒸発乾固後、5M塩酸グアニジンと0.2 %EDTAを含む1Mトリス・塩酸(pH8.1)緩衝液を加え再溶解した。窒素ガスで溶存酸素をとばした後、2−メルカプトエタノール50℃、15時間還元した。還元後、モノヨード酢酸を等量添加し、室温で1時間反応させ、システイン残基をカルボキシメチル化した。反応液を逆相HPLC[ μBondasphere 5μ C4−300A, 3.9mm ×15cm(ウォーターズ社)]により脱塩した。溶出は0.1 %TFAを含む水から0.1 %TFAを含む20%水−80%〔アセトニトリル:イソプロパノール(1:1)〕混液までの連続濃度勾配によって行った。以上の様にして還元−カルボキシメチル化HGF(II)を得た。その一部をとり、減圧乾固後、得られた還元−カルボキシメチル化HGF(II)を200 μl の0.1M トリス塩酸緩衝液( pH9.5)に再溶解し、アクロモバクター・リティカスのリジルエンドペプチダーゼ(和光純薬)を1μg加え、37℃、5時間反応させ、HGF(II)の部分消化物を得た。この部分消化物を逆相HPLC[ μBondasphere 5μ C18−300A (ウォーターズ社)]にかけ、ペプタイドマッピングを行った。溶出は0.1 %TFAを含む水から0.1 %TFAを含む20%水−80%〔アセトニトリル:イソプロパノール(1:1)〕混液までの連続濃度勾配によって行った。得られたHGF(II)のペプタイドマップを図7に示す。
次に図7のペプタイドフラグメントを分取し、そのアミノ酸配列を気相プロテインシーケンサー(アプライドバイオシステム社477A)を用いて解析した。得られたペプタイドフラグメントのアミノ酸配列はHGF(I)のcDNA配列から推測されるアミノ酸配列[Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 3200 (1989)] と一致するものでった。即ちHGF(II)はHGF(I)の前駆体である一本鎖タンパク質であることが示された。特に図7の*印のペプタイドのアミノ酸配列は、X−Leu−Arg−Val−Val−Asn−Gly−Ile−であり、HGF(I)のα鎖とβ鎖の切断部位(Arg−Val 間) を含むペプタイドであった。このペプタイドが得られることはHGF(I)がα鎖とβ鎖に切断される前のタンパク質がHGF(II)であることを明確に示している。
以上の結果からHGFの生成機構として、まずHGFのmRNAが翻訳され、プレHGFタンパクが作られ、次いで分泌シグナルが切断され、一本鎖のHGF(II)となり、小胞体に貯えられる。HGF(II)は小胞体内もしくは細胞外で、プロテアーゼの作用により2本鎖に切断されHGF(I)になる機構が推定される。一本鎖HGFが天然の組織中に存在し、かつ生物活性を保持していることが本発明により初めて明らかにされた。
【0031】
実施例2
遺伝子組換え法によるHGF(II)
ヒト白血球由来HGFのcDNAを組み込んだ発現プラスミドpEVSSV(dLeHGF、微工研条寄第2900号)をWiglerらの方法によりDHFR欠損チャイニーズハムスター卵巣細胞株(CHOdhfr− ) 細胞に導入し、形質転換させた。即ち、30μg のpEVSSV(dLeHGF) プラスミドを240 μl の0.5M 塩化カルシウム液に溶解し、2×HEPES緩衝液[280mM NaCl と1.5mM リン酸ナトリウムを含む20mM HEPES (pH7.1)] の等容量を攪拌しながら加えた。室温で30分間攪拌し、プラスミドDNAとリン酸カルシウムの共沈澱を形成させた。10%ウシ胎児血清と1 %グルタミンとを含むα−MEM培地で37℃、24時間培養した。CHOdhfr− 細胞に前記共沈澱物を加え、室温で20分間放置した。さらに37℃、4 時間培養した後、培地を除去し、1.5 %グリセリンを添加した1×HEPES緩衝液を加え5分間室温で放置した。10%の透析胎児血清と1 %グルタミンと50nMメソトレキセートを含むヌクレオシド不含のα−MEM培地で細胞を洗浄後、37℃、7日間培養し、形質転換細胞を得た。形質転換細胞を上記培地で継代培養後、安定なHGF高産生株を得るため、上記培地中のメソトレキセートの濃度を100 nM、250 nM、500 nM、750 nM、1μM 、そして2μM と順次増加させながら継代培養を行った。得られたHGF産生形質転換細胞のクローン選別を行い、HGF産生株515Cを選別した。選別した515C株をローラーボトルを用い、10%ウシ胎児血清(ギブコ社)と1%グルタミンと2μM メソトレキセートを含むヌクレオシド不含のα−MEM培地(フローラボラトリー社)で37℃、5%CO下で培養し、細胞がコンフリエントに増殖するまで培養した。次いで培養液を抜き取り、PBSで2回細胞を洗浄後、1%グルタミンと500 μM メソトレキセートとプロテアーゼ阻害剤である。アプロチニンを400 ユニット/ml を含むα−MEM培地(ヌクレオシド不含) を加え、37℃、5%CO下で培養した。毎日培養上清を交換することにより、培養上清を採取した。得られた培養上清約500ml より3段のクロマト操作により組換えHGF(II)を精製した。
【0032】
(1)陽イオン交換クロマトグラフィー
515C株のプロテアーゼ阻害剤添加無血清培地にPMSFとTween 80を最終濃度それぞれ1mM と0.01% になるように添加し、次いでフィルター濾過により不溶物を除去した。この濾液に1/20容の1M トリス・塩酸(pH8.5) 緩衝液を加え緩衝液D[150mM NaCl 、 1mM PMSF 、0.01% Tween 80を含む50mM トリス・塩酸(pH8.5)]で平衡化したS−セファロースFF(ファルマシア社製、カラムサイズ:内径1.6cm ×高さ5cm)に添加した。緩衝液Dでカラムを洗浄した後、緩衝液E[400mM NaCl 、1mM PMSF、0.01%Tween 80を含む50mM トリス・塩酸(pH8.5)]でカラムを洗浄し、次いで緩衝液F[1M NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween 80を含む50mM トリス・塩酸(pH8.5)] を流下させ、HGF(II)を含む画分を溶出させた。その溶出クロマトパターンを図8に示す。緩衝液Fで溶出された画分を集め、組換えS−セファロース溶出液とした。
【0033】
(2)アフィニティークロマトグラフィー
組換えS−セファロース溶出液を1N塩酸でpH7.5 に調整した後、3倍容の0.01%Tween 80と1mM PMSFを含む蒸留水で希釈した。緩衝液G[0.3M NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween 80を含む 10mM トリス・塩酸(pH7.5)]で平衡化したヘパリンセファロースCL−6B(ファルマシア社製、カラムサイズ:内径1cm×高さ5cm)に前記希釈液を添加し、次いで緩衝液Gでカラムを十分洗浄後、緩衝液G中のNaCl溶液を0.3Mから2.0Mに連続的に変化させた濃度勾配法による溶出(全量40ml) を行い、HGF(II)を溶出させた。HGF活性を持つフラクションを集め、組換えヘパリン溶出液とした。そのクロマトパターンを図9に示す。
【0034】
(3)第1回疎水性クロマトグラフィー
緩衝液H[4M NaClを含む20mMリン酸ナトリウム(pH7.0)]で平衡化したフェニル5PWカラム(東ソー社製、カラムサイズ:内径0.75cm×高さ7.5cm)に組換えヘパリン溶出液を添加し、緩衝液Hでカラムを洗浄した。溶出は緩衝液Hと緩衝液L(50%エチレングリコールを含む20mMリン酸ナトリウム(pH7.0)]との混合比を連続的に変化させた濃度勾配法により行った。その溶出パターンを図10に示す。各溶出フラクションのHGF活性を測定し、HGF活性を有するフラクションについては、SDS−PAGEを行い、組換えHGF(I)及び組換えHGF(II)の含有量を測定した。組換えHGF(II)を主に含むフラクションを集め、疎水カラム溶出液とした。この溶出液にはまだ若干の組換えHGF(I)の混入が認められた。前記疎水カラム溶出液に緩衝液Hを加え希釈した。
【0035】
(4)第2回疎水性クロマトグラフィー
緩衝液Hで平衡化したフェニル5PWカラム((3)と同じ)に上記希釈した疎水カラム溶出液を添加した。カラムを緩衝液Hで洗浄後、緩衝液Hと緩衝液Iとの混合比を連続的に変化させた濃度勾配法により溶出を行った。その溶出クロマトパターンを図11に示す。図11中の矢印で示したフラクションを集め均質な組換えHGF(II)〔ヒト白血球由来5アミノ酸欠失型のHGF(II)〕を得た。組換えHGF(II)の収量は約75μg で、活性回収率は15%であった。
【0036】
(5)SDS−アクリルアミドゲル電気泳動
(4)項で得られたヒト白血球由来5アミノ酸欠失型の精製組換えHGF(II)についてSDS−アクリルアミドゲル(テフコ社製01025)電気泳動を行った。タンパク質の染色は銀染色法〔和光純薬(株)社製〕によって行った。その結果を図12に示す。精製組換えHGF(II)は非還元条件下で推定分子量82,000±5,000ダルトンを示し、2−メルカプトエタノールによる還元条件下において推定分子量92,000±5,000ダルトンの単一バンドを示した。組換えHGF(I)のα鎖やβ鎖に由来するバンドや他の不純物のバンドは検出されなかった。
【0037】
(6)生理活性測定
(4)項で得られたヒト白血球由来5アミノ酸欠失型の精製組換えHGF(II)について参考例1に示した方法に従ってラット初代培養肝実質細胞の増殖促進活性を測定した。その結果、該組換えHGF(II)の比活性は27万±8万ユニット/mgとの値が得られた。尚、タンパク量が214nm での吸光度が14O.D.のときタンパク濃度は1mg/mlとして換算して求めた。
【0038】
製剤例
精製HGF(II)の1mg相当量をとり、0.8766g のNaClと10mgの界面活性剤、Tween 80および100mg のヒト血清アルブミンを加え、pH7.0 の0.02M リン酸緩衝液にて全量を100ml に無菌的に調整し、1ml ずつアンプルに無菌的に分注熔閉する。
【図面の簡単な説明】
【図1】肝抽出液のS−セファロース溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのHGF活性との関係を示す線図である。
【図2】肝抽出液のBlue Trisacryl M溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのHGF活性との関係を示す線図である。
【図3】肝抽出液のヘパリン・セファロース溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのHGF活性との関係を示す線図である。
【図4】肝抽出液のフェニル5PW溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのHGF活性との関係を示す線図である。
【図5】肝抽出液の溶出条件を変更したフェニル5PWによる溶出パターンを示す線図である。
【図6】HGF(II)及び精製HGF(II)の還元下および非還元下でのSDS−ポリアクリルアミド電気泳動パターンを示す。
【図7】精製HGF(II)のペプタイドマップを示す線図である。
【図8】組換えHGF(II)のS−セファロース溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのDNA合成活性との関係を示す線図である。
【図9】組換えHGF(II)のヘパリン・セファロース溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのDNA合成活性との関係を示す線図である。
【図10】組換えHGF(II)の第1回フェニル5PW溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのDNA合成活性との関係を示す線図である。
【図11】組換えHGF(II)の第2回フェニル5PW溶出液のフラクションと溶出成分の吸光度およびそれらのDNA合成活性との関係を示す線図である。
【図12】精製組換えHGF(II)及び組換え精製HGF(II)の還元下および非還元下でのSDS−ポリアクリルアミド電気泳動パターンを示す。

Claims (1)

  1. 成熟肝実質細胞増殖因子をコードする塩基配列を発現しうる組換発現ベクターにより形質転換された形質転換体をプロテアーゼ・インヒビターの存在下に培養し、該培養物から、以下1)の精製工程により得る、以下2)の特徴を有する1本鎖の組換ヒト成熟肝実質細胞増殖因子の製造方法。
    1)精製工程
    (a)陽イオン交換クロマトグラフィー
    S-セファロースFFカラムを緩衝液(50mM Tris-HCl(pH8.5)、150mM NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween80)で平衡化後、培養上清を充填し、カラムを同緩衝液で洗浄する。更に、緩衝液(50mM Tris-HCl(pH8.5)、400mM NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween80)で洗浄する。次いで、緩衝液(50mM Tris-HCl(pH8.5)、1M NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween80)を流下させて、1本鎖の成熟肝実質細胞増殖因子(HGF)含有画分を分取する。
    (b)ヘパリンアフィニティークロマトグラフィー
    ヘパリンセファロースCL−6Bカラムを緩衝液(10mM Tris-HCl(pH7.5)、0.3M NaCl、1mM PMSF、0.01%Tween80)で平衡化後、上記(a)のHGF含有画分を充填し、同緩衝液で洗浄する。その後、当該緩衝液中のNaClを0.3Mから2.0M直線濃度勾配で溶出し、1本鎖HGF含有画分を分取する。
    (c)疎水性クロマトグラフィー
    フェニル5PWカラムを緩衝液(20mMリン酸ナトリウム(pH7.0)、4M NaCl)で平衡化後、上記(b)のHGF含有画分を充填し、同緩衝液で洗浄する。その後、上記緩衝液に別の緩衝液(20mMリン酸ナトリウム(pH7.0)、50%エチレングリコール)を加えて連続的に混合比を変化させて溶出し、1本鎖HGF含有画分を分取し、得られた画分を用いて、上記と同様な操作により目的とする純度の1本鎖HGFが得られるまで精製を繰り返す。
    2)特性
    (a)SDS−PAGEで単一バンドの、実質的に1本鎖ポリペプチドのみからなり、
    (b)SDS−PAGEによる推定分子量が、非還元条件下で82,000±5,000ダルトンであり、還元条件下で92,000±5,000ダルトンであり、
    (c)Leu-Arg-Val-Val-Asn-Gly-Ileの連続した7アミノ酸を含有する。
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