JP2023152602A - アルミニウム材、アルミニウム材用表面特性調整皮膜及びアルミニウム材の表面処理方法 - Google Patents

アルミニウム材、アルミニウム材用表面特性調整皮膜及びアルミニウム材の表面処理方法 Download PDF

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Abstract

【課題】多孔質酸化アルミニウム層を備え、且つ、ESD対策を行う上で好適な表面特性を示すアルミニウム材を提供する。【解決手段】アルミニウム製基材と、その表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、この多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有するアルミニウム材とする。また、アルミニウム製基材の表面特性を調整するための表面特性調整皮膜は、厚みが1μm以上100μm以下でありアルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、この多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有する構成とする。またこれらを製造する際には、封孔処理を施していない多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を成膜する。【選択図】図1

Description

本発明は、アルミニウム材に関し、より詳しくは表面特性が調整されたアルミニウム材に関する。
従来より、半導体部品又は半導体製品(以下、半導体デバイス)の製造工程において、種々のアルミニウム製又はアルミニウム合金製の治具や部品等(以下、「アルミニウム製品」と称する。)が用いられている。例えば、洗浄工程等で使用されるウエハカセット(例えば、特許文献1参照)、パターン形成工程やダイボンディング工程等においてウエハやチップを所定の位置で保持固定するピックアップノズルや、所定の位置に搬送する際に用いられる搬送アーム等は半導体デバイスの製造工程において使用されるアルミニウム製品である。
また、半導体デバイスはクリーンルームで製造される。回路形成工程において、塵埃に起因する回路パターンの露光不良等が発生すると、精確に回路パターンを形成することができなくなる。そのため、クリーンルーム内における塵埃の発生を抑制する必要がある。上記各種アルミニウム製品は、半導体デバイスと直接接触して使用されるため接触、摺動時に表面が削れて摩耗粉等が生じるおそれがある。そこで、半導体デバイスの製造工程において使用されるアルミニウム製品の表面には硬度を高める処理が行われる。
特許第5641050号公報
近年、LSI等の集積回路の高密度化、低電圧化設計が進んでいる。例えば、現在の最小配線幅は5nmであり、2022年には3nmになると言われている。そのため、製造工程において摩耗粉等の塵埃(微細粒子)の発生がより深刻な製造歩留まりの低下にも繋がり易く、アルミニウム製品の機械的特性の更なる向上が求められている。半導体製造プロセスでは、基材が腐食性ガス或いは腐食性液に曝されて基材が腐食する場合がある。腐食の進行に伴い、基材が酸化し、酸化金属粉などからなる塵埃が発生する。さらに、アルミニウム製品の静電気放電対策(Electrostatic Discharge:ESD対策)については従来あまり検討されてこなかったが、半導体製品と接触等して使用されるアルミニウム製品については耐電圧を越せるサージ電圧の印加による絶縁破壊や、許容電流を超えるサージ電流による微細配線の断線等の不具合が生じるおそれがある。また、静電気により表面が帯電しているとその正又は負の電荷により、表面に塵埃が付着しやすくなる。この塵埃付着に起因して露光不良や、アライメント不良が生じる場合があるため、ESD対策も重要である。
そこで、本発明の課題は、機械的特性等の表面特性が向上されたアルミニウム材、アルミニウム材の機械的特性等の表面特性を向上するためのアルミニウム材用の表面特性調整皮膜及びアルミニウム材の表面処理方法を提供することにある。
上記課題を解決するため本発明に係るアルミニウム材は、アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
本発明に係るアルミニウム材において、前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に、金属膜、窒化物膜、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜、又はケイ素化合物膜からなる中間層を備えることも好ましい。
本発明に係るアルミニウム材において、前記硬質炭素膜層はsp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造を有する炭素被膜からなることが好ましい。
本発明に係るアルミニウム材において、前記硬質炭素膜層の膜厚が1nm以上10μm以下であることが好ましい。
本発明に係るアルミニウム材用の表面特性調整皮膜は、アルミニウム製基材の表面に設けられて、アルミニウム製基材の表面特性を調整するためのアルミニウム材用表面特性調整皮膜であって、アルミニウム製基材の表面に設けられる厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
アルミニウム製基材の表面を陽極酸化処理して、厚みが1μm以上100μm以下の陽極酸化皮膜を成膜して封孔処理を施さずに多孔質酸化アルミニウム層を得る工程と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を成膜する工程と、を含むアルミニウム材の表面処理方法。
本発明に係るアルミニウム材は、厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、この多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを備えている。アルミニウム製基材の表面にこれらの膜を積層することで、表面に無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、表面硬度や摩耗特性も著しく向上することができる。更に、封孔処理が施されたアルミニウムの陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層した場合と比較すると、本発明によれば、封孔処理に関する製造プロセスを省くことができるという優れた効果だけでなく、封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を設けた場合よりも良好な表面特性を得ることができ、特に硬度を向上することができる。さらに、表面の静電気放電特性も調整することができ、ESD対策としても良好である。
実施例1のアルミニウム材の帯電減衰曲線を表す図である。 比較例1のアルミニウム材の帯電減衰曲線を表す図である。 参考例1のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜表面(硬質炭素膜層表面)の帯電減衰曲線を表す図である。 参考例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜表面(硬質炭素膜層表面)の帯電減衰曲線を表す図である。 参考例1のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の帯電減衰曲線を表す図である。 参考例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の帯電減衰曲線を表す図である。
以下、本発明に係るアルミニウム材、アルミニウム材用表面特性調整皮膜及びアルミニウム材の表面処理方法の実施の形態を説明する。
1.アルミニウム材
本発明に係るアルミニウム材は、アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、当該多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有することを特徴とする。
上述のとおり、半導体デバイスの製造工程において、種々のアルミニウム製品が用いられている。
半導体デバイスの製造工程では粉埃の発生を抑制する必要がある。アルミニウム製品の表面硬度を高めるための処理として通常アルマイト処理が行われる。アルマイト処理を施すと、アルミニウムの表面には酸化アルミニウムを主成分とするアルマイト処理層が設けられる。しかしながら、アルマイト処理層よりもより表面硬度が高く、摩擦係数等の低い表面処理が求められている。また、半導体デバイスの製造工程において、基材が腐食性ガス或いは腐食性液に曝されると基材が腐食し、腐食の進行に伴い塵埃が発生する。そのため、表面硬度等の向上に加えて、アルミニウム製品の表面の耐食性を向上することが求められる。
一方、アルミニウムは金属であるため導電体である。導電体の表面抵抗値は概ね1×10-3Ω以下である。導電体は静電気を発生したり、表面に静電気の電荷を蓄積することもない。しかし、静電気を帯びた物体が導電体に接触等すると、物体表面の電荷は2~3ナノ秒レベルで急峻に逸散する。従って、アルミニウム製品に静電気を帯びた半導体デバイスが接触すると、静電気放電が急峻に生じる。その際、耐電圧や許容電流を超えたサージ電圧やサージ電流が半導体デバイスに印加すると、配線の溶融、絶縁破壊が生じ、半導体デバイスの誤動作や断線等の損傷を招く場合がある。しかしながら、従来、これらのアルミニウム製品に対するESD対策はあまり行われてこなかった。
従って、半導体デバイスの製造工程で用いられるアルミニウム製品については、塵埃の発生抑制の観点からより表面の機械的特性の向上が求められると共に、ESD対策を施すことが求められていた。
ここで、酸化アルミニウム自体の体積固有抵抗値は1014-15Ω程度であり、酸化アルミニウムは絶縁体である。ゴムの体積抵抗率は1010Ω~1014Ω程度であり、プラスチックの体積固有抵抗率は1014Ω~1018Ω程度である。従って、アルミニウム製品にアルマイト処理を施すと、アルミニウム製品の表面はゴムやプラスチック等の他の絶縁体と同様の静電気放電特性を示すと考えられる。
そこで本発明者等、アルマイト処理層を設けることでアルミニウム製品の静電気放電特性の改善が見込めるのかを検討するため、まず絶縁抵抗計を用いて、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面抵抗値を測定した。その結果、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面抵抗値は概ね1×10~1×1013Ω程度であった。ゴムやプラスチック等の他の絶縁体の表面抵抗値と比較すると幾分低いが、導電体と比較すると高い値を示す。静電気の国際規格であるIEC61340-5では表面抵抗、体積抵抗の区別なく導電性抵抗領域を1×10Ω未満、絶縁抵抗領域を1×1011Ω以上、拡散抵抗領域を1×10Ω≦且つ<1×1011Ωと定義している。スローディスチャージ現象はこの拡散抵抗領域で生じ、抵抗値が高いほどスローディスチャージ速度が遅くなる。しかしながら、実際には抵抗領域をこのように厳格に区分することは困難であり、半減期は長くはなるが1012Ωでもスローディスチャージ現象を示す。静電気は物体の表面に帯電し、これが放電される際、電荷は主に物体の表面を流れる。従って、本発明では表面の静電特性について評価する際は、各層の抵抗値については、体積固有抵抗値ではなく絶縁抵抗計により測定した表面抵抗値により評価するものとした。
表面抵抗値が上記のように拡散抵抗領域内の値を示す拡散抵抗領域体の場合、通常であれば、他の物体と接触等しても、静電気の発生を抑制し、静電気の電荷の蓄積速度が緩やかなスローチャージ特性を示すと考える。また、表面抵抗値が上記範囲内であれば、表面に静電気が印加したとしても静電気が緩やかに放電するスローディスチャージ特性も示すと考えられる。しかしながら、本発明者等が静電気の帯電減衰を評価する装置(帯電電荷減衰測定器/オネストメーター)を用いて、アルマイト処理層を設けたアルミニウム製基材の表面の帯電減衰挙動を実際に測定すると、アルマイト処理層の表面電荷は数ボルトになるがそれ以上帯電することはなく、電荷が直ちに逸散することが確認された。すなわち、本発明者等はアルマイト処理層は拡散抵抗領域体であるが、表面抵抗値範囲によって想定される静電気放電特性と異なる挙動を示すという新たな知見を見出した。
アルマイト処理層がこのような特異な静電気放電特性を示すのは次の理由によると考えた。アルマイト処理層は、一般に、nmオーダー(数nm~数十nm)のバリア膜(無孔質皮膜)及びバリア膜上に成長する多孔質皮膜の二層構造を有するアルミニウムの陽極酸化皮膜に対して、封孔処理がされたものをいうことが多い。封孔処理は、陽極酸化皮膜を成膜後に、陽極酸化皮膜の耐食性及び機械的強度特性向上のために行われる処理である。封孔処理によって多孔質被膜の微細孔は、主として酸化アルミニウムの水和物で塞がれて、孔径は縮小する。しかしながら、封孔処理によって微細孔は完全に塞がれる訳ではない。また、微細孔内には陽極酸化処理の際に用いられた電解液や封孔処理の際に用いられた金属錯体等が残存している。そのため、多孔質皮膜の表面は高抵抗値を示すにも関わらず、静電気の電荷が微細孔を通じて逸散するという特異な静電気放電特性を示すと推定される。
このように、アルミニウム製品にアルマイト処理層を設けてもスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を得ることはできない。そのため、静電気が帯電した半導体デバイスがアルマイト処理層に接触すると、静電気が放電し、サージ電流、サージ電圧が発生し、半導体デバイスに静電気ダメージを与えるおそれがある。
一方、ゴムやプラスチック等の他の絶縁体に対して、カーボン粒子等の導電性微粒子を練り込み導電性を付与することでこれらの絶縁体のESD対策を施すことが行われている。しかしながら、アルマイト処理層はこれらの他の絶縁体と同様のESD対策を行っても効果が得られないことは明らかである。
そこで、アルミニウム製品の表面にアルマイト処理層を設けつつ、そのESD対策を検討したところ、アルマイト処理層上に硬質炭素膜層を設けることで、スローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を示す表面を得ることができ、静電気を発生させにくくしつつ、静電気を帯びたときに静電気を緩やかに放電させることができるという知見を得た。その際に、陽極酸化皮膜に対して封孔処理を施さずに、陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を設けることで、静電気のスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を維持したまま、表面の耐食性及び機械的強度特性を著しく向上することができ、且つ、製造工程において封孔処理に関するプロセスを省略することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
上述のとおり、アルマイト処理層は一般にアルミニウム製基材の表面を陽極酸化処理して陽極酸化皮膜を得た後に、封孔処理を施したものをいう。封孔処理後の陽極酸化皮膜では、微細孔が塞がれて微細孔が縮小する。封孔処理を施さない場合は当然微細孔が塞がれない。そのため、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成した多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けると、多孔質アルマイト層上に積層された層の構成材料が微細孔内に侵入しやすくなる。その結果、従来の水和封孔法、無機物充填法、有機物充填法などの通常行われてきた封孔処理が施されたアルマイト皮膜と同等の耐食性が得られる上に、従来の封孔処理により微細孔内に主として酸化アルミニウムの水和物を生成させて、それにより微細孔を塞ぐ場合と比較すると機械的特性が著しく向上し、さらに封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を設けるよりも、封孔処理が施されていない陽極酸化皮膜により構成した多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜を設けた方が各種の機械的特性がより向上すると考えられる。
以下、アルミニウム製基材、硬質炭素膜層、多孔質酸化アルミニウム層の順に説明する。本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層は、封孔処理が施されていない陽極酸化皮膜、つまり、無封孔陽極酸化皮膜により構成された層をいう。また、本発明に係るアルミニウム材は、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に、両層の密着性を向上するための中間層を備えていてもよい。
1-1.アルミニウム製基材
アルミニウム製基材は、アルミニウム金属又はアルミニウム合金製の基材であり、その大きさや形状が特に限定されるものではなく板状、或いは、所定形状等であってもよい。当該アルミニウム製基材は、例えば、各種治具や工具、建築部材(建材、什器等)、工場設備(各種製造装置、各種製造装置部品等)、車両部材(内装部材、外装部材等)、船舶用品、家電部品、日用品、装飾品等のアルミニウム金属又はアルミニウム合金製の製品(部品を含む)であってもよく、半導体製造工程において半導体部品(半導体デバイス)と接触又は近接して使用されるアルミニウム製部品であることも好ましい。半導体製造工程で用いられるアルミニウム製品として、例えば、アルミニウム製又はアルミニウム合金製の治具や部品を挙げることができ、例えば、洗浄工程等で使用されるウエハカセット、パターン形成工程やダイボンディング工程等においてウエハやチップを所定の位置で保持固定するピックアップノズル、所定の位置に搬送する際に用いられる搬送アーム等の種々のアルミニウム製品に適用することができる。以下では、半導体製造工程で用いられるアルミニウム製品について主に述べるが、本発明に係るアルミニウム製基材の具体的な態様は特に限定されるものではない。
1-2.硬質炭素膜層
次に、硬質炭素膜層について説明する。硬質炭素膜層炭素系硬質膜からなる層である。後述する多孔質酸化アルミニウム層上に当該硬質炭素膜層を設けることで、上述のとおり、当該アルミニウム材表面において、静電気を発生させにくくしつつ、静電気を帯びたときに静電気を緩やかに放電させることができる。硬質炭素膜層を多孔質酸化アルミニウム層上に積層したとき、以下の電気的特性(表面電荷の帯電圧、半減期時間、絶縁耐圧等)を示す。また多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層したとき、以下の機械特性(硬度、摩擦係数等)及び耐食性を示す。なお、以下に示す値はいずれもアルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層(及び中間層を備える場合は中間層)を介して硬質炭素膜層を設けた上で測定した値を示す。
(1)電気的特性
a)表面抵抗値
多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層したとき、硬質炭素膜層膜の表面抵抗値は3×10Ω以上1×1012Ω以下を示す。本発明においては抵抗値を体積固有抵抗値ではなく、表面抵抗値で表す。その理由は上述のとおりである。当該硬質炭素膜層の表面抵抗値は1×1012Ω以下であり、プラスチックやゴム等の絶縁体と比較すると表面抵抗値が低い。そのため、当該硬質炭素膜層が他の物体に対して摺動したときに静電気が発生するのを抑制することができ、スローチャージ特性を得ることができる。
ここで、静電気を帯びた際に、静電気放電に伴う保護対象物の誤動作や損傷等を生じさせない程度に電荷の逸散を速やかにするという観点から、硬質炭素膜層の表面抵抗は1011Ω以下であることが好ましく、1010Ω以下であることがより好ましい。サージ電圧(電流)の最大値を低減するという観点から、表面抵抗が10Ω以上であることが好ましく、10Ω以上であることが好ましく、10Ω以上であることがさらに好ましく、10Ω以上であることがさらに好ましく、10Ω台であることも好ましい。
但し、当該表面抵抗値は、IEC61340 5-1に準拠して、RCJSに準拠する絶縁抵抗計(例えば、Trek社製の絶縁抵抗計Model 152-1)を用いて測定した値とする。
b)半減期
多孔質酸化アルミニウム層を介してアルミニウム製基材の表面に当該硬質炭素膜層を設けたとき、その表面電荷の半減期は、概ね10ナノ秒以上60秒以下の値を示す。ここで、表面電荷の半減期は、基材の表面に当該静電気放電特性調整皮膜を設けた試験片を作製し、この試験片にコロナ放電場(10kV)で帯電させた後、表面電圧或いはサージ電圧(又はサージ電流)の最大値(ピーク値)が1/2に減衰するまでの時間をいう。
静電気の帯電は静電気の放電と共に行われるため、表面に電荷が蓄積される速度は緩やかであり、帯電電圧も低くなる。このように静電気の帯電速度は緩やかであり、帯電速度は静電気の減衰速度と関連しているため、静電気特性を評価する際は主に帯電減衰速度あるいは半減期を用いる。
半導体デバイス等の製造工程で用いられるアルミニウム製品のESD対策を行う上で、タクトタイムに応じてこの半減期を適宜調整することが好ましい。タクトタイムとは、1日当たりの製造ラインの稼働時間を1日当たりの半導体デバイス等の生産数量で除した値をいう。このタクトタイムに対して硬質炭素膜の表面電荷の半減期が長くなると、ある工程から次の工程までの間に表面に蓄積した電荷を十分に逸散させることができず、半導体デバイス等の製造時に半導体デバイス等に静電気の電荷が蓄積していく。そのため、静電気放電に伴う半導体デバイス等の誤動作や損傷を十分に抑制することができない場合があるため好ましくない。当該観点から、硬質炭素膜の表面電荷の半減期は50秒以下であることが好ましく、40秒以下であることがより好ましい。
上記半減期は次のように測定した値とする。半減期が40msec以上の場合はアルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層を介して当該硬質炭素膜層を設けた試験片を帯電電荷減衰測定器(例えば、シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器(オネストメータ H0110-C))を用い、JIS L1094に準拠して測定した値とする。但し、印加電圧10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mm、試験片大きさ50mm×50mmの条件で硬質炭素膜層の表面を帯電させ、帯電圧が1/2に減衰するまでの時間を半減期とする。なお、後述する中間層を備える場合も、硬質炭素膜層の半減期は同様にして測定した値とする。半減期が40msecより短い場合は、試験片近くでコロナ放電場で空中放電させ、試験片からアースを通して流れる電流変化を高速のオシロスコープ(Mixed Signal Oscilloscope:アジレント MSO9404A 4GHz)で測定して、その放電曲線から求めた値を半減期とする。
無封孔陽極酸化皮膜により構成した当該多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層したときは、封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層したときと同様に半減期を長くすることができる。例えば、3秒以上、5秒以上、6秒以上の半減期を得ることができ、封孔処理が施された陽極酸化皮膜、すなわち、一般的なアルマイト処理層上に硬質炭素膜層を積層したときと同等のスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性のより良好なアルミニウム材を得ることができる。すなわち静電気特性の良好なアルミニウム材を得ることができる。
(2)機械的特性
a)摩擦係数
硬質炭素膜層の摩擦係数は低い方が好ましい。摩擦係数が大きいと相手材と摺動中接触面での発熱温度が高くなる。発熱は無駄なエネルギー消費である。また、発熱によって材料の軟化等によって、摩耗量が増加し、発塵性が高くなり、摺動領域の寿命が短くなる。摩擦係数が低い硬質炭素膜層を用いて静電気放電特性調整皮膜を構成することにより、例えば、半導体製造装置等のクリーンルーム内に設置され、他の物品と摺動する部位に用いられるアルミニウム材に好適であり、ESD対策された省エネルギーであり、且つ、低発塵で長寿命なアルミニウム材とすることができる。多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層することにより、摩擦係数は0.50以下とすることができ、0.30以下とすることができ、0.25以下とすることができ、0.20以下とすることもできる。
また、硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材上に無封孔陽極酸化皮膜により構成された当該多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、摩擦係数を50%以下に減少させることができる。また、封孔処理が施された陽極酸化皮膜、つまり一般的なアルマイト処理層上に硬質炭素膜層を積層した場合に対して本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層した場合では摩擦係数が同等か、より小さくすることができる。
b)硬度
硬質炭素膜層の硬度は高い方が好ましい。通常硬度は高い方が耐摩耗性は良く、他の物体と接触、摺動、剥離等したときに摩耗しにくく、摩耗粉の発生を抑制できる。そのため、例えば、半導体製造装置等のクリーンルーム内に設置され、他の物品と摺動する部位に用いられるアルミニウム材の静電気放電特性調整皮膜として好適である。
また、硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材上に無封孔陽極酸化皮膜により構成した当該多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると、硬度を50%以上向上させることができる。また、アルミニウム製基材上に封孔処理を施した多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けた場合と比較しても硬度を10%以上向上させることができ、20%以上向上させることもできる。
(3)耐食性
多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層することで、アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると耐食性を向上することができ、アルミニウム製基材上に封孔処理を施した多孔質酸化アルミニウム層と同等或いはそれ以上の耐食性を得ることができる。
(3)硬質炭素膜層の構成
当該硬質炭素膜層の表面抵抗値が上記範囲内である限り、当該硬質炭素膜層における炭素原子の格子構造は特に限定されるものではない。また、当該硬質炭素膜層は、炭素をベースにする皮膜であるが、炭素以外の元素を添加物として含んでいてもよい。表面抵抗値が上記範囲内である硬質炭素膜層として、例えば、炭素原子の格子構造に、グラファイトに代表されるsp2構造の炭素とダイヤモンドに代表されるsp3構造の炭素とを含む非晶質構造の炭素皮膜が挙げられる。当該静電気放電特性調整皮膜を構成する硬質炭素膜層は、この非晶質構造の炭素皮膜からなることが好ましい。特に、水素を含み、sp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造の炭素皮膜であることが好ましい。
a)sp3構造の炭素含有割合
上記電気特性を発現させる上で、硬質炭素膜層は、sp3構造の炭素の含有割合が20(%)以上90(%)以下であることが好ましく、30(%)以上80(%)以下であることがより好ましく、35(%)以上75(%)以下であることがさらに好ましい。なお、上記電気特性とは、表面抵抗が3×10Ωより大きく1×1012Ω以下であることを意味する。また、表面電荷の半減期が60秒以下であることがより好ましい。
硬質炭素膜層において、sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有比が変化すると、バンドギャップ幅が変化し、表面抵抗が変化する。sp2構造の炭素含有量が増加すると、バンドギャップ幅が小さくなり、当該炭素皮膜の表面抵抗が小さくなる。一方、sp3構造の炭素含有量が増加すると、バンドギャップ幅が大きくなり、当該炭素皮膜の表面抵抗が高くなる。sp3構造の炭素の含有割合が20(%)以上90(%)以下であれば、表面抵抗を3×10Ωより大きく1×1012Ω以下の範囲内にすることができる。そして、当該範囲内で、sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有比を変化させることで、バンドギャップ幅を変化させることができ、表面抵抗値を上記範囲内で調整することができる。また、表面電荷の半減期についても同様に、sp3構造の炭素の含有割合を調整することにより調整することができる。
b)水素含有量
当該硬質炭素膜層は、水素を0atm%以上50atm%以下含むことが好ましい。バンドギャップ間の電荷伝導挙動は、バンドギャップ内に生じた局在準位(不純物準位)における電子のホッピング現象によって決まる。局在準位は、炭素のダングリングボンド或いは添加元素(水素等)等の不純物の存在によって生じる。従って、当該硬質炭素膜層の電気特性は、上記sp2構造の炭素含有量とsp3構造の炭素含有量との含有割合だけでなく、当該硬質炭素膜層における水素含有量等の炭素以外の元素の含有量によっても変化する。水素は炭素のダングリングボンドと結合する。そのため、水素含有量を上記範囲内で調整することにより、バンドギャップ内の局在準位を変化させ、当該硬質炭素膜層の電気特性を上述の範囲内で調整することができる。
また、当該硬質炭素膜層における水素含有量を調整することで、硬度や摩擦係数等の機械特性を調整することができる。当該硬質炭素膜層における水素含有量が多くなるほど、当該硬質炭素膜層の摩擦係数が小さくなり、硬度が低下する傾向にある。
当該硬質炭素膜層の電気特性及び機械特性をより好ましいものとする上で、当該硬質炭素膜層における水素含有量は、5atm%以上であることが好ましく、10atm%以上であることがさらに好ましく、15atm%以上であることが一層好ましく、20atm%以上であることがより一層好ましい。また、当該水素含有量は上記効果を得る上で40atm%以下であることがより好ましく、30atm%以下であることがさらに好ましい。
c)添加元素
当該硬質炭素膜層は、水素に加えて、N、F、Al、Si、Cr、Ag、Ti、Cu、Ni、W、Ta、Mo、Zr、B、Fe、Pt、P、S、I、Mg、Zn及びGeからなる群から選択される一以上の元素を添加元素として含むことができる。
水素に加えて、上記列挙した元素からなる群から選択される一以上の元素を添加元素として含むことにより、上記局在準位を変化させることができ、表面抵抗、表面電荷の半減期等の電気特性や、摩擦係数や硬度等の機械特性を変化させることができる。
d)膜厚
当該硬質炭素膜層の膜厚は1nm以上10μm以下であることが好ましい。上記電気特性及び機械特性を有すれば、当該硬質炭素膜層の膜厚が薄くとも、静電気の発生を抑制すると共に、静電気放電時に電荷を緩やかに逸散させて、静電気放電に伴う半導体デバイスの損傷や誤動作を抑制することができる。当該硬質炭素膜層の膜厚は用途に応じて適宜調整することができる。例えば、静電気対策だけではなく、耐摩耗性、耐食性等が要求される用途については、当該硬質炭素膜層の膜厚が厚い方が好ましい。従って、耐摩耗性、耐食性が要求される用途については、当該炭素皮膜の膜厚は10nm以上であることがより好ましく、50nm以上であることがさらに好ましい。一方、電気特性、機械特性、膜厚等の均一な炭素皮膜を得る上での生産効率やコスト的な観点から、当該硬質炭素膜層の膜厚は5μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましい。但し、上記耐摩耗性、耐食性等が要求される用途等において、コスト的な制限がなければ当該硬質炭素膜層の膜厚は特に限定されるものではない。
1-3.多孔質酸化アルミニウム層
本発明において多孔質酸化アルミニウム層は、厚みが1μm以上100μm以下であり、上述のとおりアルミニウム製基材を陽極とする陽極酸化法によって生成される陽極酸化皮膜であって、封孔処理が施されていない無封孔陽極酸化皮膜により構成された層をいう。当該多孔質酸化アルミニウム層は、酸化アルミニウムを主成分とする。多孔質酸化アルミニウム層は、陽極酸化皮膜により構成されるため、アルミニウム製基材と多孔質酸化アルミニウム層との界面に存在するnmオーダーの膜厚のバリア膜と、バリア膜の上に成長した多孔質皮膜とを備えている。
このような多孔質酸化アルミニウム層をアルミニウム製基材の表面に設けることで、アルミニウム製基材表面に直接上記硬質炭素膜を設ける場合と比べると、静電気をより発生させにくくすることができ、静電気をより緩やかに放電させることができる。例えば、導電体であるSUS(SUS304)製基材の上記半減期は2.5ナノ秒程度である。SUS製基材上に直接硬質炭素膜層を設けると上記半減期が10ナノ秒程度になり、一定の程度スローディスチャージ特性を得ることができる。アルミニウム製基材や他の導電体を基材としたときも同様の挙動を示す。本発明では、当該多孔質酸化アルミニウム層を介してアルミニウム製基材上に硬質炭素膜層を設けることで、電荷を急速逸散させることなく半減期を上記のとおり数10ナノ秒以上60秒以下にすることができ、半減期を1ミリ秒以上60秒以下にすることもできる。例えば、半減期が1ミリ秒以上になれば、半減期がナノ秒オーダの静電気をより緩やかに放電させることができる。また、多孔質酸化アルミニウム層を設けることで、当該アルミニウム材の硬度、摩耗特性等の表面の機械的特性等を向上することができる。
なお、封孔処理とは、例えば水和封孔法、無機物充填法、有機物充填法などの、陽極酸化皮膜成膜後に微細孔を塞ぐために一般に行われる各種プロセスをいう。本発明において無封孔陽極酸化皮膜とは、陽極酸化皮膜の微細孔を塞ぐためのこれらの処理が実質的に施されていないことをいい、陽極酸化皮膜(多孔質皮膜)の多孔質構造が実質的に維持された状態であることを意味する。また、本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層は、導電性アルマイト皮膜等と称される陽極酸化皮膜の微細孔内に金属等の導電性物質が導入された陽極酸化皮膜によりなる層は含まないものとする。すなわち、本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層は後述する陽極酸化処理(アルマイト処理)によりアルミニウム製基材上に成膜された陽極酸化膜により構成され、陽極酸化皮膜が有する多孔質構造が実質的に維持されており、陽極酸化膜成膜後にその微細孔内に導電性物質や、絶縁物質などが導入され、それらの物質により期待される効果が実質的に生じていない状態の陽極酸化皮膜により構成された層をいうものとする。但し、硬質炭素膜層又は中間層を多孔質酸化アルミニウム層上に積層する際に、これらの構成成分が微細孔に導入されてもよい。
本発明において多孔質酸化アルミニウム層の厚みは2μm以上であることが好ましく、3μm以上であることがより好ましく、5μm以上であることがさらに好ましく、8μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。一方、アルミニウム処理層の厚みが100μmを超えて多孔質皮膜を成長させると、クラックが生じやすくなる。多孔質酸化アルミニウム層の厚みは適宜調整することができ、80μm以下、60μm以下、50μm以下、40μm以下、30μm以下等とすることができる。
多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値は概ね1×10Ω以上、3×10Ω以上、1×10Ω以上等を示す。多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値1×10Ωより大きいことが好ましい。また、多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値は1×1013Ω未満、9×1012Ω以下、5×1012Ω以下、1×1011Ω以下、5×1010Ω以下等を示す。
1-4.中間層
本発明に係るアルミニウム材において、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との間に中間層を備えることも好ましい。中間層は主に多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との密着力を向上するための層であるものとする。
但し、中間層は任意の層構成であって、多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とが良好な密着性を有する場合、当該アルミニウム材は中間層を備えていなくてもよい。
中間層は例えば、金属膜、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜、又はケイ素化合物膜により構成することができる。これらにより多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層との密着性を向上することができる。金属膜、窒化物膜は導電膜であり、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜、ケイ素化合物膜は非導通膜となる。金属膜、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜は、アーク放電法、電子ビーム法、スパッタリング法等により多孔質酸化アルミニウム層上金属系、または酸化物系、炭化物系、ホウ化物材料系などを成膜することにより得ることができる。ケイ素化合物膜は、例えば、ガスを導入してのプラズマCVD法により成膜した非導電性皮膜蒸着膜とすることもできる。具体的には、HMDSO(ヘキサメチルジシロキサンO[Si(CH)ガス等の有機ケイ素化合物ガスを用いてプラズマCVD法により多孔質酸化アルミニウム層上にケイ素化合物膜を成膜することができる。
当該中間層の厚みは1nm~3μm程度であることが好ましく、中間層の厚みは適宜調整することができる。また、中間層は、単層構造に限らず、例えば、金属膜、酸化物、炭化化合物膜を積層し、複数の膜を積層した積層構造の中間層とすることも好ましい。
中間層を設ける場合、当該アルミニウム材の用途に応じて、中間層を構成する材料を適宜選択することが好ましい。例えば、耐食性液に曝される環境下では、金属膜以外の材料からなる中間層とすることが好ましい。具体的には、中間層を、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜、又はケイ素化合物膜などの非金属膜とすることが好ましく、ケイ素化合物膜からなる中間層とすることがより好ましい。中間層がアルミニウムよりもイオン化傾向の小さい金属からなる場合、腐食性液に曝されたときに、電食反応が生じる場合があるためである。なお、このような電食反応が生じ得る環境下以外では、中間層は上記のとおり金属膜であってもよいのは勿論である。
1-5.製造方法
上記説明した本発明に係るアルミニウム材は以下のようにして製造することができる。但し、以下説明する製造方法は、本発明に係るアルミニウム材を製造するための一例であって、本発明に係るアルミニウム材を製造するための方法は以下の方法に限定されるものではない。
(1)アルミニウム製基材
表面にスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を付与すべき表面処理対象物としてのアルミニウム製基材を準備する。アルミニウム製基材は上述した各種のアルミニウム製品とすることができる。
(2)前処理工程
まず、アルミニウム製基材の表面を脱脂、アルカリエッチングなどの前処理を施し、表面処理を施す面を清浄化することが好ましい。前処理として、脱脂やアルカリエッチングなどの化学的前処理を行うことが好ましい。化学的前処理の前に必要に応じて表面研磨などの機械的前処理を行い、平坦な表面を得ることも好ましい。アルミニウム製基材の表面に脱脂処理を施す際には、有機溶剤法、界面活性剤法、酸性脱脂法、電界脱脂法、アルカリ脱脂法、乳剤脱脂法等の従来公知の方法を適宜用いることができる。また、アルカリエッチングを行えば、アルミニウム製基材の表面に自然に生じた自然酸化皮膜等の他、脱脂処理では除去できない表面の汚れを除去することができる。このようにアルミニウム製基材の表面の平坦化、清浄化を図ることでアルミニウム製基板上に多孔質酸化アルミニウム層を良好に生成することができる。
(2)多孔質酸化アルミニウム層
当該多孔質酸化アルミニウム層は、酸性浴(硫酸浴、シュウ酸浴、クロム酸浴、ホウ酸浴、リン酸浴等)、アルカリ浴(アンモニア-フッ化物系、アルカリ-過酸化物系、リン酸ナトリウム系等)、混酸浴(スルホサリチル酸-硫酸系、スルホサリチル酸-マレイン酸系等)等の電解液(陽極酸化用電解液)中で、アルミニウム製基材を陽極とし、炭素板等を陰極とし、上述のとおり陽極酸化法によりアルミニウム製基材の表面に陽極酸化皮膜を成膜することにより成膜することができる。アルミニウム製基材の表面から溶出したアルミニウム(Al3+)と、電解により生じた酸素(O2-)とが結合することで、酸化アルミニウム(Al)からなる陽極酸化皮膜が生成される。このような陽極酸化皮膜によれば、その表面抵抗値は概ね1×10Ω以上1×1013Ω以下程度となる。
陽極酸化皮膜の成長に伴い、アルミニウム製基材の表面が溶出する。上記バリア膜は常にアルミニウム製基材と陽極酸化皮膜との界面に存在し、多孔質皮膜はバリア膜上に成長していく。多孔質皮膜は、微細孔(ポア)と、この微細孔を取り囲むセル壁とからなるセルを無数に備えている。陽極酸化皮膜を成長させた直後の表面は化学的に活性なため、空気中の酸素や他の化学物質と反応しやすい状態になっている。また、多数の微細孔によって表面積が大きくなっているため、物理吸着性も高くなっている。
そのため、陽極酸化皮膜を所定の厚みまで成長させた後、通常は微細孔を塞ぐための封孔処理が施される。しかしながら、本発明において多孔質酸化アルミニウム層は上述のとおり封孔処理が施されないものとする。つまり、多孔質構造が維持された状態の陽極酸化皮膜を本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層とする。また、本発明において封孔処理が施されていないとは、実質的な意味で封孔処理が施されていないことを意味する。例えば、水和封孔法、無機物充填法、有機物充填法などを施す際の処理溶液濃度を通常よりも極薄い濃度としたり、処理時間を極僅かな時間にするなど封孔処理条件を通常よりも弱めることで形式的に封孔処理が施されていても、封孔処理前と略同等の多孔質構造が維持されている場合は、封孔処理が実質的に施されていないため、本発明にいう封孔処理が施されていない状態に該当するものとする。
また、上述のとおり、本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層では、陽極酸化皮膜の微細孔内に導電性物質や絶縁性物質等の他の物質が実質的に導入されていないものとする。すなわち導電性アルマイト皮膜を得る際には、陽極酸化皮膜を成膜した後にバリア層を電気化学的に溶解し、その厚みを調整したり、ニッケル等の金属を用いた2次電解処理を施すことで、微細孔内に導電性物質を導入し、陽極酸化皮膜を導電性とすることが行われる。本発明にいう多孔質酸化アルミニウム層は、このように微細孔内に他の物質を導入することでその他の物質を導入することにより期待される効果を発揮させるような処理も施されていないものとする。このような封孔処理に関する製造プロセスを省くことで、生産コストの削減及び生産効率の向上を図ることができる。
なお、陽極酸化用電解液の種類によって、多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値が変動する。但し、多孔質酸化アルミニウム層の表面抵抗値は陽極酸化皮膜用電解液の種類によらず、概ね上述の範囲内となる。より具体的には、例えば、酸性浴(硫酸浴、シュウ酸浴、クロム酸浴、ホウ酸浴、リン酸浴等)、アルカリ浴(アンモニア-フッ化物系、アルカリ-過酸化物系、リン酸ナトリウム系等)、混酸浴(スルホサリチル酸-硫酸系、スルホサリチル酸-マレイン酸系等)等の電解液の種類や陽極酸化皮膜の厚み等によって表面抵抗値は変動するが、当業者にとって公知の方法でこれらの浴を用いて陽極酸化皮膜を1μm以上100μm以下の厚みとなるように成膜すれば、概ね上記範囲内の表面抵抗値を有する陽極酸化皮膜が得られ、絶縁抵抗計により表面抵抗値を測定することで例えば1×10Ω以上1×1013Ω以下程度の範囲内で所望の表面抵抗値を有する陽極酸化皮膜を選択することができる。
(3)硬質炭素膜層
硬質炭素膜層の成膜方法は、上記電気特性等を有する炭素系硬質膜が得られる限り、特に限定されるものではないが、例えば、次に説明する方法で成膜することが好ましい。なお、下記方法で成膜する前に、多孔質酸化アルミニウム層の表面(微細孔内含む)をアルゴンボンバード等の真空中のドライ洗浄等して清浄化することが好ましい。
a)水素含有硬質炭素膜層
水素を含む硬質炭素膜層は、CVD法(化学気相堆積法)、PVD法(物理気相堆積法)により成膜することができる。当該硬質炭素膜層を成膜する際に、炭化水素ガスをチャンバー内に導入することで、水素を含む硬質炭素膜層を多孔質酸化アルミニウム層上に成膜することができる。このとき、多孔質酸化アルミニウム層は封孔処理が施されていないため、多孔質酸化アルミニウム層の微細孔内に硬質炭素膜構成材料が導入される。炭化水素ガスとして、鎖状型炭化水素であるメタン、プロパン、エチレン、アセチレン、芳香型炭化水素であるベンゼン、トルエン、スチレン等を用いることができる。特に、メタン、アセチレン等を用いることが好ましい。また、黒鉛等からなる炭素固体ターゲットを用いる場合は、チャンバー内に水素ガスを導入すればよい。
CVD法としては、熱CVD法及びプラズマCVD法を採用することが好ましい。プラズマCVD法には、プラズマ発生方法によって高周波放電法、イオンビーム法等の種々の方法が存在するが、目的とする硬質炭素膜層を成膜することができる限り、プラズマ発生方法は特に限定されるものではない。
b)水素非含有硬質炭素膜層
水素を含まない硬質炭素膜層は、炭素固体ターゲットを用いたPVD法により成膜される。具体的には、スパッタリング法、イオンプレーティング法、ホロカソード法、カソードアーク法、レーザーアブレーション法等により、イオン化されたアルゴン原子を炭素固体ターゲットに衝突させて炭素イオンをたたき出し(スパッタ)、或いはアーク放電、レーザー照射により炭素を昇華、イオン化し、負に印加された基材上に成膜する。水素を添加したい場合は上記のように黒鉛等の炭素固体ターゲットを用い、真空容器内に水素を導入して水素プラズマを発生させ、カーボンイオン及び水素イオンを共に基材の表面に堆積させることにより基材上に水素を含む硬質炭素膜層を成膜することができる。
c)添加元素含有硬質炭素膜層
水素以外の添加元素を含有する硬質炭素膜層を成膜するには、上記各種CVD法、PVD法のいずれの方法も採用することができる。真空容器内に、N、F、Al、Si、Cr、Ag、Ti、Cu、Ni、W、Ta、Mo、Zr、B、Fe、Pt、P、S、I、Mg、Zn及びGeからなる群から選択される一以上の元素を含むガス、或いはターゲット材を用いることにより、これらの添加元素を含む、硬質炭素膜層或いは炭化水素皮膜を得ることができる。
(4)中間層
中間層を設ける場合、上述のとおり、スパッタリング法、ガスを導入してのプラズマCVD法等により成膜することができる。中間層を設ける場合は、多孔質酸化アルミニウム層を成膜した後、多孔質酸化アルミニウム層の表面(但し、微細孔内を含む)をドライ洗浄等した後に、中間層を成膜し、その後、上記いずれかの方法等により硬質炭素膜層を中間層上に成膜すればよい。
2.アルミニウム材用表面特性調整皮膜
次に、本発明に係るアルミニウム材用表面特性調整皮膜について説明する。当該アルミニウム材用表面特性調整皮膜は、アルミニウム製基材の表面の静電気放電特性や機械的特性、耐食性等の表面特性を調整するために設けられる皮膜であって、上記の多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とを備える。多孔質酸化アルミニウム層と、硬質炭化膜層との間には、上記の中間層を備えることも好ましい。多孔質酸化アルミニウム層、硬質炭素膜層及び中間層はいずれも本発明に係るアルミニウム材が備える上記各層と同じものとすることができる。
半導体ハンドリング装置等に用いられるアルミニウム製品(アルミニウム材)に本発明に係る表面特性調整皮膜が設けることで、次のような効果が得られる。当該表面特性調整皮膜の表面抵抗は上記硬質炭素膜と同等の値となり、上述のように表面にスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を付与することができる。そのため、半導体デバイスと接触、摺動、接触状態の解除等されたときに、静電気が発生するのを抑制することができる。また、当該表面特性調整皮膜は、多孔質酸化アルミニウム層に硬質炭素膜を積層した積層構成であり、これらの二層のうちいずれか一層しか設けられていない場合と比較すると、スローチャージ特性、スローディスチャージ特性が極めて良好になる。
封孔処理が施されていない多孔質酸化アルミニウム層の表面に硬質炭素膜層を設けることで、封孔処理が施された多孔質酸化アルミニウム層上に当該硬質炭素膜層を設けた場合よりも、アルミニウム製品の機械的強度が更に高くなり、摩擦・摩耗特性をさらに向上することができる。また、封孔処理が施されていない多孔質酸化アルミニウム層の表面に当該硬質炭素膜層を設けることで、封孔処理が施された多孔質酸化アルミニウム層と同等あるいはそれ以上の耐食性を示す。これらのことから当該アルミニウム製品と半導体デバイスとが摺動したとき、或いは腐食によって発生する摩耗分や塵埃等の微粒子の発生を抑制すると共に静電気による微粒子の吸着を防止し、半導体集積回路を製造する際の回路パターン露光時において、微粒子に起因する回路パターンの露光不良等を抑制することができる。また、半導体デバイスが静電気を帯びたときも、基材上に多孔質酸化アルミニウム層と硬質炭素膜層とを積層することで静電気の電荷を緩やかに逸散することができるため、静電気放電に伴いサージ電圧が生じるのを抑制し、静電気放電に伴う半導体デバイスの損傷を抑制することができる。また、静電気放電に伴う電磁波の発生を抑制し、半導体製造装置等の誤動作を防止することができる。これらのことから、半導体製造時における歩留まりを向上することができる。また、タクトタイムに応じて、硬質炭素膜層を構成する炭素被膜の上記sp3構造の炭素含有割合、水素含有量、添加元素の種類、添加量、中間層等を適宜調整することで、静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を調整することにより、次工程に半導体が搬送されるまでの間に静電気を緩やかに放電させつつ、半導体に静電気の電荷が蓄積されないようにすることができる。
以下、本発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用表面特性調整皮膜について、実施例を挙げて説明するが、本発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用表面特性調整皮膜は以下の実施例に限定されるものではない。
(1)アルミニウム材の製造(表面特性調整皮膜処理)
実施例1では、アルミニウム製基材(アルミニウム合金製基材A5052)上に硫酸浴を用い陽極酸化皮膜を15μm成長させ、多孔質酸化アルミニウム層を設けた。なお、封孔処理は上述のとおり施さないものとした。このようにして得た多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層をプラズマCVD(PCVD)法により成膜した。
具体的な手順は次のとおりである。まず、50mm×50mmの厚みが2mmの研磨されたA5052アルミニウム製基材の表面を脱脂・アルカリエッチング処理を行った。これらの前処理後のアルミニウム製基材を陽極とし、炭素板を陰極として陽極酸化用電解液(150±20g/L)の硫酸浴を用い浴温度(20±2℃)、電流密度(直流130A/m)、成膜時間40分とし、アルミニウム製基材上に酸化アルミニウムからなる陽極酸化皮膜を15μm成長させた。次に、多孔質酸化アルミニウム層を設けたアルミニウム製基材をエタノールで5分間超音波洗浄で表面の洗浄を行い乾燥機で表面を乾燥させた。
次いで、次のようにして多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けた。まず、多孔質酸化アルミニウム層が設けられたアルミニウム製基材をPBIID装置(プラズマイオン注入・成膜装置)のチャンバー内の所定の位置にセットした。そして、ターボモレキュラー真空ポンプでチャンバー内が4mPaに到達するまで真空引きした。次いで、アルゴンガスをチャンバー内に200sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)導入し、高周波電圧を印加し、3kW、20分間の条件でアルゴンボンバードを行い、多孔質酸化アルミニウム層の表面を微細孔内含めドライ洗浄した。アルゴンボンバード後、HMDSOを気化させたガスを150sccmチャンバー内に導入し0.5Pa,PF power 2kWで5分間SiC系皮膜(HMDSO被膜)を数10nm成膜し、中間層とした。その後、チャンバー内にアセチレンを100sccm導入し、RF power 2kWでプラズマ放電させ、高電圧-10kV パルス幅5μsの高電圧パルスのバイアスを基板にかけ、圧力0.5Paで90分間中間層上に膜厚が約2μmの硬質炭素膜層を成膜した。成膜中の基材温度は150℃であった。これら一連の処理により、アルミニウム製基材の表面に、無封孔陽極酸化皮膜により構成された多孔質酸化アルミニウム層及び硬質炭素膜層からなる表面特性調整皮膜を設け、実施例1のアルミニウム材を得た。
中間層を100nmの膜厚で成膜した点を除いて、実施例1と同様にしてアルミニウム製基材の表面に、無封孔陽極酸化皮膜により構成された多孔質酸化アルミニウム層及び硬質炭素膜層からなる表面特性調整皮膜を設け、実施例1のアルミニウム材を得た。
比較例
[比較例1]
比較例1では、硬質炭素膜層を設けなかった点を除いて実施例1と同様にしてアルミニウム材を得た。当該アルミニウム材の最表面は無封孔の多孔質酸化アルミニウム層である。
[比較例2]
比較例2では、次の比較例2-1及び比較例2-2のアルミニウム材を得た。
まず、比較例2-1では、実施例1と同様にして陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、1%酢酸マンガン水溶液を用いて封孔処理(無機充填法による封孔処理)を施して比較例2-1のアルミニウム材を得た。当該比較例2-1のアルミニウム材の最表面は金属塩で封孔処理が施された陽極酸化皮膜である。
次に、この比較例2-1のアルミニウム材に対して、実施例1と同様にして封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層して比較例2-2のアルミニウム材を得た。
[比較例3]
比較例3では、実施例1と同様にして陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、沸騰水(100℃、30分)により封孔処理(沸騰水法による封孔処理)を施して比較例3-1のアルミニウム材を得た。当該比較例3-1のアルミニウム材の最表面は沸騰水で封孔処理が施された陽極酸化皮膜である。
次に、この比較例3-1のアルミニウム材に対して、実施例1と同様に封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層して比較例3-2のアルミニウム材を得た。
[比較例4]
比較例4では、次の比較例4-1~比較例4-4のアルミニウム材を得た。
まず、比較例4-1では、実施例2と同様にして陽極酸化皮膜を15μm成長させ、これを比較例4-1のアルミニウム材とした。当該比較例4-1のアルミニウム材の最表面は無封孔陽極酸化皮膜である。
比較例4-2では、比較例4-1のアルミニウム材に対して、1%酢酸マンガン水溶液を用いて封孔処理(無機充填法による封孔処理)を施して比較例4-2のアルミニウム材とした。当該比較例4-2のアルミニウム材の最表面は金属塩で封孔処理が施された陽極酸化皮膜である。
比較例4-3では、比較例4-2のアルミニウム材に対して、実施例2と同様にして封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層して比較例4-3のアルミニウム材とした。
また、基材に対して陽極酸化皮膜を設けなかった点を除いて、実施例2と同様にして基材上に中間層と硬質炭素膜層を設けて、実施例4-4のアルミニウム材とした。
[評価]
1.評価方法
(1)硬質炭素膜層のId/Ig値
実施例1、比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材について、ラマン分光法(Reinshaw inVia Reflex)によりレーザー波長532nmで、その最表面の硬質炭素膜層におけるsp2構造の炭素を示すGバンド(Ig)と、格子欠陥等に由来するDバンド(Id)の比(Id/Ig)比を測定した。
(2)添加元素含有量
実施例1、比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材について、ERDA(Elastic Recoil Detection Analysis:弾性反跳粒子検出SSDH-2(加速器),RBS-400(測定器))によりその最表面の硬質炭素膜層における水素含有量を測定した。
(3)物性
i)電気特性
表面抵抗値: 実施例1及び各比較例のアルミニウム材について、その表面抵抗値をそれぞれ絶縁抵抗計(Trek社製の絶縁抵抗計MODEL 152-1)を用いて測定した。
表面電荷の半減期: 実施例1及び各比較例のアルミニウム材について、その表面電荷の半減期を電荷減衰測定器(シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器オネストメータH-0110-C)を用いて、コロナ帯電電圧-10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mmの条件で表面を帯電させ、表面電位の変化を測定した。
表面電位: 実施例1及び各比較例のアルミニウム材の表面電荷の半減期を次のようにして測定した。電荷減衰測定器(シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器オネストメータH-0110-C)を用いて、コロナ帯電電圧-10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mmの条件で表面を帯電させ、表面電位の変化を測定した。
ii)機械特性
硬度: 実施例1及び各比較例のアルミニウム材の表面硬度をマイクロビッカース(AKASHI)により測定した。
摩擦係数、摺動距離: 実施例1及び各比較例のアルミニウム材を、アルミナボールを相手材とし、ボールオンディスク法により荷重5N、線速度200mm/secで、その表面の摩擦係数、摺動距離を測定した。
iii)耐食性
実施例2及び比較例4-1~比較例4-4のアルミニウム材の耐食性試験を次のように行った。これら各アルミニウム材を試料として、JISH8681-2に準拠して、5%のNaCl+酢酸+CuClの噴霧溶液を使用したCASS試験(Copper-accelerated Acetic acid Salt Spray test)により48時間塩水噴霧試験を行った。試験後、試料の腐食状態をJIS H8679-1:2013(アルミニウム及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜に発生した孔食の評価方法:第1部レイティングナンバー方法)に基づき評価した。また、比較のため、アルミニウム基材に対する耐食性試験も同様に行った。
2.評価結果
(1)硬質炭素膜層のId/Ig値
実施例1、比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材に設けた硬質炭素膜層のId/Ig比はいずれも約1.4であった。
(2)添加元素含有量
実施例1、比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材に設けた硬質炭素膜層の水素含有量はいずれも約23at%であった。
(3)物性
i)電気特性
実施例1及び各比較例の表面抵抗値、最大表面電位、表面電荷の半減期の値を表1に示す。また、図1に実施例1のアルミニウム材の帯電減衰曲線を示し、図2に比較例1のアルミニウム材の帯電減衰曲線を示す。
実施例1のアルミニウム材の表面抵抗値は表1に示すように約2×1010Ωであった。また実施例1のアルミニウム材の最大表面電位は約140V、表面電荷の半減期は8.97秒だった(図1及び表1参照)。一方、比較例1のアルミニウム材の表面抵抗値は約4×1010Ωであり、最大表面電位は約8V、表面電荷の半減期は測定不能であった。なお、比較例1のアルミニウム材の場合、表1には最大表面電位約8Vと記載したが、図2に示すように比較例1のアルミニウム材にはノイズのような状態でしか測定データが得られず、帯電減衰曲線と称し得るデータは得られなかった。
実施例1のアルミニウム材と比較例1のアルミニウム材は硬質炭素膜層の有無において相違する。これらの対比から、アルミニウム製基材の表面に封孔処理を施していない多孔質酸化アルミニウム層が設けられただけでは、多孔質酸化アルミニウム自体は拡散抵抗領域体であるにも関わらず表面に電荷が蓄積せず、表面の電荷がすぐに逸散してしまうことが確認される。一方、実施例1のアルミニウム材の様に、多孔質酸化アルミニウム層の表面にさらに硬質炭素膜層を設けることで、当該アルミニウム材はスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示すようになり、表面の静電気放電特性を調整することができることが確認された。
比較例2-1と比較例2-2は硬質炭素膜層の有無において相違する。比較例3-1と比較例3-2についても同様である。比較例2-1と比較例2-2との対比、比較例3-1と比較例3-2との対比からも、実施例1と比較例1との対比と同様の結論が得られる。すなわち、比較例2-1及び比較例3-1のようにアルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層が設けられただけでは表面に電荷が蓄積せず、表面の電荷がすぐに逸散することが確認される。一方、比較例2-2及び比較例3-2のように、多孔質酸化アルミニウム層の表面に硬質炭素膜層を設けることで、それぞれスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示すようになり、表面の静電気放電特性を調整することができることが確認された。
また、実施例1のアルミニウム材は、封孔処理が施された多孔質酸化アルミニウム層を備える比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材と同等のスローチャージ特性及びスローディスチャージ特性を有することが確認された。
ii)機械特性
実施例1及び各比較例の表面硬度、摩擦係数、摺動距離の値を表2に示す。実施例1のアルミニウム材の表面硬度は表2に示すように761Hvであった。また実施例1のアルミニウム材の摩擦係数は0.06、摺動距離は9800mであった。一方、比較例1のアルミニウム材の表面硬度、摩擦係数、摺動距離はそれぞれ418Hv、0.9、60mであった。封孔処理が施されていない多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層することで、表面硬度、摩擦係数、摺動距離がそれぞれ1.82倍、1/15倍、163倍になり、これらの機械的特性が著しく向上することが確認された。
比較例2-2のアルミニウム材は比較例2-1のアルミニウム材に対して表面硬度、摩擦係数、摺動距離はそれぞれ1.44倍、1/9倍、133倍になり、比較例2-2のアルミニウム材は比較例2-1のアルミニウム材に対して表面硬度、摩擦係数、摺動距離はそれぞれ1.42倍、1/11.25倍、144倍になることが確認された。従って、実施例1と比較例1との場合と同様に、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を積層することでこれらの機械特性が向上することが確認された。
ここで、硬質炭素膜層を備えていない比較例1、比較例2-1、比較例3-1を対比する。これらを対比すると、沸騰水で封孔処理を施した比較例3-1のアルミニウム材の硬度や摺動距離が他のアルミニウム材と比較するとやや低い値を示すものの、いずれも略同等の機械的特性を示すといえる。しかしながら、実施例1、比較例2-2、比較例3-2を対比すると、実施例1のアルミニウム材は比較例2-2及び比較例3-2のアルミニウム材よりも硬度が約28%~約34%高くなり、摺動距離が約23%長くなり、摩擦係数も低下した。
iii)耐食性
実施例2及び比較例4-1~比較例4-3の評価結果を表3に示す。なお、表中のレイティングナンバーに関し、JIS H8679-1:2013では、表面の腐食面積率に基づき「10:孔食なし、9.8:0.02%以下、9.5:0.02~0.05%、9.3:0.05~0.07%、9:0.07~0.10%、8:0.10~0.25%」等と定めている。
表3に示すとおり、比較例4-4のアルミニウム材のレイティングナンバー(RN)が「8」であることから、アルミニウム基材上にHMDSO層と硬質炭素膜層のみを設けることでも良好な耐食性が得られることが確認された。また、比較例4-1及び比較例4-2のように、アルミニウム基材の表面に対して、HMDSO層及び硬質炭素膜層ではなく、陽極酸化皮膜を設け、或いはさらに封孔処理を施すことで、レイティングナンバーが「9」、「9.3」となり耐食性がより良好になることが確認された。一方、実施例2のアルミニウム材のレイティングナンバーは「9.5」であり、比較例4-1、比較例4-2、比較例4-4と比較すると、耐食性がさらに良好になることが確認された。一方、比較例4-3のアルミニウム材は、封孔処理が施された陽極酸化皮膜層上にHMDSO層及び硬質炭素膜層を積層したものである。比較例4-3のアルミニウム材のレイティングナンバーは「9.8」であったが、実施例2のアルミニウム材は比較例4-3のアルミニウム材よりやや腐食面積率が大きいものの、目視判断ではほぼ同等であった。なお、アルミニウム基材については表面全体が変色し、表面全体が腐食していることが観察された。そのため、アルミニウム基材と比較したときに、実施例2は勿論比較例4-1~比較例4-4のように表面処理を施すことでアルミニウム基材表面の耐食性が改善されることも確認された。以上より、本発明によれば、アルミニウム基材表面の耐食性を著しく改善することができ、且つ、アルミニウム基材の表面に硫酸浴を用いて陽極酸化皮膜を成膜した後に封孔処理をした場合と同等以上の耐食性を得ることができることが確認された。
また、上記とは別途、本発明者等が陽極酸化皮膜を硫酸浴に代えてシュウ酸浴を用いて成膜した点を除いて、上記実施例2及び比較例4-1~比較例4-4と同様に各アルミニウム材を製造し、上記と同様に評価した。シュウ酸浴を用いていわゆるシュウ酸アルマイトを成膜した場合の方が、硫酸浴を用いて上記硫酸アルマイトを成膜した場合と比較すると、より耐食性が良好になることが確認された。各アルミニウム材のレイティングナンバーについては、シュウ酸アルマイトを成膜したアルミニウム材は上記硫酸アルマイトを成膜したアルミニウム材と比較すると良好であったため、試験時間を48時間ではなく96時間で評価したところ、上記と同様の傾向が確認された。
以上より、本発明によれば、アルミニウム基材表面の耐食性を著しく改善することができ、且つ、アルミニウム基材の表面に陽極酸化皮膜を成膜した後に封孔処理をした場合と同等以上の耐食性を得ることができることが確認された。
iv)まとめ
これらのことから、実施例1のアルミニウム材ではアルミニウム製基材の表面に陽極酸化皮膜を成膜した後、封孔処理を施さず、通常よりもプロセスを一つ省くことができるだけでなく、封孔処理を施した場合よりも表面の電気的特性及び機械的特性の何れもが著しく向上したアルミニウム材が得られることが確認された。
Figure 2023152602000002
Figure 2023152602000003
Figure 2023152602000004
以下、本発明についての参考例を示す。アルミニウム材の表面特性を調整する上で、上記本発明に係るアルミニウム材では、無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることで、封孔処理が施された陽極酸化皮膜、つまり一般的なアルマイト処理層上に硬質炭素膜層を設けた場合よりも機械特性が著しく良好になることを見出したが、上述のとおり、封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層した場合も、硬質炭素膜層を備えていない場合と比較して静電特性及び機械特性が向上する。以下では他の封孔処理方法により封孔処理を施した場合の参考例を示す。
[参考例1]
(1)アルミニウム材の製造(静電気放電特性調整皮膜処理)
参考例1では、アルミニウム製基材(アルミニウム合金製基材A5052)上に陽極酸化用電解液として硫酸浴を用い陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行うことで、封孔処理が施された陽極酸化皮膜を設けた。この封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層をRF・高電圧パルス重畳型PBIID法により成膜した。
具体的な手順は次のとおりである。まず、50mm×50mmの厚みが2mmの研磨されたA5052アルミニウム製基材の表面を脱脂・アルカリエッチング処理を行った。これらの前処理後のアルミニウム製基材を陽極とし、炭素板を陰極として硫酸浴を用いて陽極酸化法によりアルミニウム製基材上に酸化アルミニウムからなる陽極酸化皮膜を15μm成長させた。その後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行い、多孔質皮膜の微細孔を塞いだ。次に、封孔処理が施された陽極酸化皮膜を設けたアルミニウム製基材をエタノールで5分間超音波洗浄で表面の洗浄を行い乾燥機で表面を乾燥させた。
次いで、次のようにして封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を設けた。まず、封孔処理が施された陽極酸化皮膜が設けられたアルミニウム製基材をPBIID装置(プラズマイオン注入・成膜装置)のチャンバー内の所定の位置にセットした。そして、ターボモレキュラー真空ポンプでチャンバー内が4mPaに到達するまで真空引きした。次いで、アルゴンガスをチャンバー内に200sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)導入し、高周波電圧を印加し、3kW、20分間の条件でアルゴンボンバードを行い、封孔処理が施された陽極酸化皮膜の表面をドライ洗浄した。アルゴンボンバード後、HMDSOを気化させたガスを150sccmチャンバー内に導入し0.5Pa,PF power 2kWで5分間SiC系皮膜を数10nm成膜し、中間層とした。その後アセチレンを100sccm導入し、RF power 2kWでプラズマ放電させ、高電圧-10kV パルス幅5μsの高電圧パルスのバイアスを基板にかけ、圧力0.5Paで90分間中間層上に膜厚が約2μmの硬質炭素膜層を成膜した。成膜中の基材温度は150℃であった。これら一連の処理により、アルミニウム製基材の表面に、封孔処理が施された陽極酸化皮膜、中間層及び硬質炭素膜層からなる静電気放電特性調整皮膜を設け、アルミニウム材を得た。以下、アルミニウム製基材の表面に、封孔処理が施された陽極酸化皮膜、中間層及び硬質炭素膜層からなる静電気放電特性調整皮膜を設ける処理を静電気放電特性調整皮膜処理と称する。
(2)硬質炭素膜層のId/Ig値
ラマン分光法(Reinshaw inVia Reflex)によりレーザー波長532nmで、当該硬質炭素膜層におけるsp2構造の炭素を示すGバンド(Ig)と、格子欠陥等に由来するDバンド(Id)の比(Id/Ig)比を測定した。その測定結果(Id/Ig)比は約1.4であった。
(3)添加元素含有量
ERDA(Elastic Recoil Detection Analysis:弾性反跳粒子検出SSDH-2(加速器),RBS-400(測定器))により測定したところ、水素含有量は約22.6at%であった。
(4)物性
i)電気特性
上記のようにしてアルミニウム製基材の表面に静電気放電特性調整皮膜処理が施された参考例1のアルミニウム材の表面抵抗値を絶縁抵抗計(Trek社製の絶縁抵抗計MODEL 152-1)を用いて測定したところ約2×10Ωであった。
また、参考例1のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を次のようにして測定した。電荷減衰測定器(シシド静電気株式会社製帯電電荷減衰測定器オネストメータH-0110-C)を用いて、コロナ帯電電圧10kV、放電時間30秒、放電距離15mm、電荷測定距離20mmの条件で表面を帯電させ、表面電位の変化を測定した。当該実施例1における静電気放電特性調整皮膜の最大表面電位は約100Vで、半減期は約0.7秒であり、コロナ放電電荷はスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示した(図3参照)。
ii)機械特性
参考例1のアルミニウム材の摩擦係数を高炭素鋼製ボール(SUJ2)及びアルミナボールを相手材とし、ボールオンディスク法により荷重10N、線速度100mm/secで測定したところ、静電気放電特性調整皮膜の表面の摩擦係数はどちらもほぼ0.17であった。
参考例1のアルミニウム材表面の硬度、すなわち静電気放電特性調整皮膜表面の硬度をマイクロビッカース(AKASHI)により測定したところ、約747Hvであった。
[参考例2]
(1)アルミニウム材の製造(静電気放電特性調整皮膜処理)
参考例2では、参考例1で用いたアルミニウム製基材と同じアルミニウム基材A5052上に陽極酸化用電解液としてシュウ酸浴を用い陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、重クロム酸カリウム溶液で封孔処理を行うことで、封孔処理が施された陽極酸化皮膜を設けた。この封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層をプラズマCVD法により成膜した。
具体的な手順は次のとおりである。参考例1と同じアルミニウム製基材を用意し、前処理を行った後、シュウ酸浴を用いた以外は参考例1と同様にしてアルミニウム製基材上に酸化アルミニウムからなる陽極酸化皮膜を15μm成長させた。その後、重クロム酸カリウム溶液を用いた以外は、参考例1と同様にして封孔処理を行い、表面洗浄、乾燥を行った後、封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に次の手順により硬質炭素膜層を設けた。
次いで、次のようにして封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に中間層及び硬質炭素膜層を設けた。まず、封孔処理が施された陽極酸化皮膜が設けられたアルミニウム基材を高周波プラズマ蒸着装置のチャンバー内の所定の位置にセットした。そして、拡散型真空ポンプでチャンバー内が1×10-3Paに到達するまで真空引きした。次いで、アルゴンガスをチャンバー内に60sccm(Standard Cubic Centimeter per Minute)導入し、高周波電圧を印加し、900W、20分間の条件でアルゴンボンバードを行い、多孔質酸化アルミニウム層の表面をドライ洗浄した。アルゴンボンバード後、スパッタ法で 2kWで5分間SiC系皮膜を数10nmの中間層をコートした。その後アセチレンを10sccm導入し、RF power 500W、圧力0.1Pa、90分間の条件で中間層上に膜厚が約600nmの硬質炭素膜層を成膜した。成膜中の基材温度は70℃であった。
(2)硬質炭素膜層のId/Ig値
参考例1と同様にして、ラマン分光法により、当該硬質炭素膜層におけるsp2構造の炭素を示すGバンド(Ig)と、格子欠陥等に由来するDバンド(Id)の比(Id/Ig)を測定した。その測定結果(Id/Ig)比は約1.3であった。
(3)添加元素含有量
参考例1と同様にして水素量を測定したところ、水素含有量は約26atm%であった。
(4)物性
i)電気特性
上記のようにしてアルミニウム製基材の表面に静電気放電特性調整皮膜処理が施された参考例2のアルミニウム材の表面抵抗を参考例1と同様にして測定したところ約4×10Ωであった。
また、参考例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の表面電荷の半減期を参考例1と同様にして表面電位の変化に基づき測定した。当該参考例2における静電気放電特性調整皮膜の最大表面電位は160Vで、半減期は0.5秒であり、コロナ放電電荷はスローチャージ特性、スローディスチャージ特性を示した(図4参照)。
さらに、参考例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の絶縁耐圧特性を参考例1と同様にして測定したところ約128kV/mmであった。
ii)機械特性
参考例2のアルミニウム材の摩擦係数を高炭素鋼製ボール(SUJ2)及びアルミナボールを相手材とし、参考例1と同様にして測定したところ、静電気放電特性調整皮膜の表面の摩擦係数はそれぞれ約0.19、0.14であった。
また、参考例2のアルミニウム材表面の硬度、すなわち静電気放電特性調整皮膜表面の硬度を参考例1と同様にして測定したところ、約606Hvであった。
[参考比較例]
(1)アルミニウム材の製造(陽極酸化皮膜処理)
実施例1で用いたアルミニウム製基材と同じアルミニウム基材A5052上に陽極酸化用電解液として硫酸浴及びシュウ酸浴を用い、それぞれ陽極酸化皮膜を15μm成長させた後、酢酸ニッケル溶液で封孔処理を行い封孔処理が施された陽極酸化皮膜としたものをそれぞれ参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材とした。
(2)物性
i)電気特性
アルミニウム製基材上に硫酸浴を用いて封孔処理が施された陽極酸化皮膜を設けた参考比較例1のアルミニウム材と、アルミニウム製基材上にシュウ酸浴を用いて封孔処理が施された陽極酸化皮膜を設けた参考比較例2のアルミニウム材の表面抵抗値を絶縁抵抗計(Trek社製の絶縁抵抗計MODEL 152-1)を用いて測定したところそれぞれ約2×1010Ω及び3×1010Ωであった。
また、参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層の表面電荷の半減期を実施例1と同様にして表面電位の変化に基づき測定した。参考比較例1及び参考比較例2における多孔質酸化アルミニウム層の最大表面電位は8V(図3)及び9V(図4)であり、多孔質酸化アルミニウム層の表面には電荷はほとんど蓄積しなかった。
ii)機械特性
参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材を、高炭素鋼製ボール(SUJ2)を相手材とし、参考例1と同様にして多孔質酸化アルミニウム層表面の摩擦係数を測定したところ、それぞれ約0.8,0.93であった。次にアルミナボールを相手材とし、同条件でボールオンディスク法で摩擦係数を測定したところ、摩擦係数はどちらも約0.8であった。
参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材における多孔質酸化アルミニウム層表面の硬度をマイクロビッカース硬度計(AKASHI)により測定したところどちらも約550Hvであった。
[評価]
アルミニウム製基材上に多孔質酸化アルミニウム層を介して硬質炭素膜層を積層する静電気放電特性調整皮膜処理を施すことで、参考例1、参考例2のアルミニウム材の最大表面電位をそれぞれ100V、160Vにすることができ、絶縁体において通常想定される電位(3kV程度)よりも最大表面電位よりも大きく低減されておりスローチャージ特性を有することが確認された。また、参考例1、参考例2のアルミニウム材における静電気放電特性調整皮膜の半減期が0.7秒、0.5秒であり(図3及び図4参照)、導電体において通常想定される半減期(ナノ秒オーダー)を1ミリ秒以上にすることができ、スローディスチャージ特性を有することも確認された。
一方、硬質炭素膜層を備えていない参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材では多孔質酸化アルミニウム層が最表面となる。この場合、多孔質アルミニウム層の表面に電荷が蓄積せず(図5及び図6参照)、静電気を発生させない一方、電圧が印加されたときに直ちに電荷を逸散することが確認される。つまり参考比較例1及び参考比較例2のアルミニウム材に対して静電気が帯電した半導体デバイスが接触した場合には、多孔質アルミニウム層において急峻に静電気放電が生じ、サージ電流、サージ電圧が発生するおそれがある。
また、参考比較例1及び参考比較例2と、参考例1及び参考例2とを比較すると、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることでアルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると摩擦係数を50%以下に減少することが確認された。
さらに、参考比較例1及び参考比較例2と、参考例1及び参考例2とを比較すると、多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を設けることで、アルミニウム製基材の表面に多孔質酸化アルミニウム層のみを備える場合と比較すると硬度を10%以上向上することが確認された。
本発明によれば、表面特性(静電特性、硬度、摩擦特性、摺動特性、耐食性)が調整されたアルミニウム材、及びアルミニウム材の表面特性を調整するためのアルミニウム材用の表面特性調整皮膜を提供することができる。本発明によればアルミニウム材上に陽極酸化皮膜を生成した後、封孔処理プロセスを省くことができる。本発明に係るアルミニウム材及びアルミニウム材用の表面特性調整被膜によれば、アルミニウム製基材上に無封孔の陽極酸化皮膜により構成した多孔質酸化アルミニウム層のみを備える構成と比較すると、スローディスチャージ特性及び摩擦特性及び摺動特性については封孔処理を施した陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層したアルミニウム材と同等以上の特性が得られ、硬度については封孔処理を施した陽極酸化皮膜上に硬質炭素層を積層したアルミニウム材よりも高いものが得られた。また、耐食性も無封孔処理酸化皮膜より同等あるいはそれ以上に向上した。それにより例えば、半導体デバイスの製造工程等のESD対策が求められ且つ低発塵性が必要な工程等で使用されるアルミニウム製品に好適である。

上記課題を解決するため本発明に係るアルミニウム材は、アルミニウム製基材と、前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層と、前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に設けられる非金属膜からなる中間層とを有することを特徴とする。
本発明に係るアルミニウム材において、前記非金属膜は、酸化物膜、ホウ化物膜、又はケイ素化合物膜であることも好ましい。
本発明に係るアルミニウム材用の表面特性調整皮膜は、アルミニウム製基材の表面に設けられて、アルミニウム製基材の表面特性を調整するためのアルミニウム材用表面特性調整皮膜であって、アルミニウム製基材の表面に設けられる厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層と、前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に設けられる非金属膜からなる中間層とを有することを特徴とする。
本発明に係るアルミニウム材の表面処理方法は、アルミニウム製基材の表面を陽極酸化処理して、厚みが1μm以上100μm以下の陽極酸化皮膜を成膜して封孔処理を施さずに多孔質酸化アルミニウム層を得る工程と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に非金属膜からなる中間層を成膜する工程と、前記多孔質酸化アルミニウム層上に、前記中間層を介して硬質炭素膜層を成膜する工程と、を含むことを特徴とする
その際、前記中間層として、ヘキサメチルジシロキサンを用いて形成されたケイ素化合物膜を成膜することも好ましい。
[比較例4]
比較例4では、次の比較例4-1~比較例4-4のアルミニウム材を得た。
まず、比較例4-1では、実施例2と同様にして陽極酸化皮膜を15μm成長させ、こ
れを比較例4-1のアルミニウム材とした。当該比較例4-1のアルミニウム材の最表面は無封孔陽極酸化皮膜である。
比較例4-2では、比較例4-1のアルミニウム材に対して、1%酢酸マンガン水溶液を用いて封孔処理(無機充填法による封孔処理)を施して比較例4-2のアルミニウム材とした。当該比較例4-2のアルミニウム材の最表面は金属塩で封孔処理が施された陽極酸化皮膜である。
比較例4-3では、比較例4-2のアルミニウム材に対して、実施例2と同様にして封孔処理が施された陽極酸化皮膜上に硬質炭素膜層を積層して比較例4-3のアルミニウム材とした。
また、基材に対して陽極酸化皮膜を設けなかった点を除いて、実施例2と同様にして基材上に中間層と硬質炭素膜層を設けて、比較例4-4のアルミニウム材とした。

Claims (6)

  1. アルミニウム製基材と、
    前記アルミニウム製基材の表面に設けられた厚みが1μm以上100μm以下であり、アルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、
    前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層とを有すること、
    を特徴とするアルミニウム材。
  2. 前記多孔質酸化アルミニウム層と前記硬質炭素膜層との間に、金属膜、窒化物膜、酸化物膜、炭化物膜、ホウ化物膜、又はケイ素化合物膜からなる中間層を備える請求項1に記載のアルミニウム材。
  3. 前記硬質炭素膜層はsp2構造の炭素とsp3構造の炭素とを含む非晶質構造を有する炭素被膜からなる請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム材。
  4. 前記硬質炭素膜層の膜厚が1nm以上10μm以下である請求項1に記載のアルミニウム材。
  5. アルミニウム製基材の表面に設けられて、アルミニウム製基材の表面特性を調整するための表面特性調整皮膜であって、
    アルミニウム製基材の表面に設けられる厚みが1μm以上100μm以下でありアルミニウムの無封孔陽極酸化皮膜により構成される多孔質酸化アルミニウム層と、
    前記多孔質酸化アルミニウム層上に設けられた硬質炭素膜層と、
    を有することを特徴とするアルミニウム材用表面特性調整皮膜。
  6. アルミニウム製基材の表面を陽極酸化処理して、厚みが1μm以上100μm以下の陽極酸化皮膜を成膜して封孔処理を施さずに多孔質酸化アルミニウム層を得る工程と、
    前記多孔質酸化アルミニウム層上に硬質炭素膜層を成膜する工程と、
    を含むアルミニウム材の表面処理方法。

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