JP2019116677A - 摺動部材 - Google Patents

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Abstract

【課題】厳しい摺動条件下でも高い密着性を有する硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供する。【解決手段】基材10と、該基材上に形成された厚さ0.010μm以上0.6μm以下の中間層12と、該中間層上に形成された水素含有量が10原子%以下の硬質炭素被膜14と、を有し、前記硬質炭素被膜14の表面の凹部及び凸部の面積率が12%以下であり、前記硬質炭素被膜の前記中間層との界面近傍の断面を透過型電子顕微鏡で観察したときに、前記界面から高さ300nm、幅5000nmの領域内に認められる線状の低密度炭素部16の数が12箇所以下であることを特徴とする、オイル潤滑下で使用される摺動部材。【選択図】図1

Description

本発明は、摺動部材、特に自動車部品などの高い信頼性を要求される摺動部材に関する。
近年、自動車を中心とする内燃機関において、出力の向上や長寿命化、燃費性能の向上が求められている。そこで、例えば内燃機関などで使用される摺動部材の摺動面に、摩擦係数が低いことで知られている硬質炭素被膜、いわゆるダイヤモンドライクカーボン(DLC)を形成することが一般的に行われている。DLCを構成する炭素間の結合は、ダイヤモンドを形成するsp結合と、グラファイトの六角格子を形成するsp結合とが混在したものであり、DLCは特定の結晶構造を持たないものである。このため、DLCは、ダイヤモンドに類似した硬さや耐摩耗性、化学的安定性を有することに加え、グラファイトに類似した固体潤滑性を有する。このため、高温や高荷重など厳しい環境下で使用される自動車部品などの摺動部材の保護膜として好適である。
硬質炭素被膜には、これを構成する炭素の供給方法や成膜方法などの違いにより、水素を含有するもの(以下、「水素含有硬質炭素」と称する)と、水素を含有しないもの(以下、「水素非含有硬質炭素」と称する)とがある。水素含有硬質炭素は、メタンやアセチレンなど構成元素として水素を含有する炭化水素系ガスを導入して、主にプラズマCVD法(化学的蒸着法)を利用して形成される。これに対して水素非含有硬質炭素は、グラファイトなど固体炭素を原料としてアーク放電などによりこれを蒸発、イオン化させることによって被膜を形成するアークイオンプレーティング法などPVD法(物理的蒸着法)を利用して形成される。したがって、後者の水素非含有硬質炭素は、水など成膜時に残留した物質から不可避的に被膜に混入する水素を除き、外部より何ら水素を構成元素に含むガスを導入することなく形成されたものであり、水素含有量は10原子%以下、好ましくは5原子%以下の炭素を主成分とする被膜である。
このように様々な方法で形成された硬質炭素被膜において、被膜内に取り込まれる炭素微小粒子が少ないフィルタードアークイオンプレーティング法によって形成された水素非含有硬質炭素被膜が注目されている。アークイオンプレーティング法では、グラファイトなどの固体炭素で構成されたカソードをアーク放電によって蒸発、イオン化した炭素が基材表面に到達し、被膜を形成する。この時、アーク放電にともなってカソードより炭素の微小粒子も放出されるため、これが被膜に取り込まれる。その結果、表面粗さが粗くなったり、使用中に微小粒子が摺動面から脱落し、これが被膜表面を攻撃、摩耗やカケなど欠陥を発生させる要因となったり、摩擦損失が大きくなる要因となったりする。さらに被膜内に取り込まれた炭素微小粒子を起点として被膜に境界が形成される。これが硬質炭素被膜の機械的強度を低下させる要因となる。
これに対して、フィルタードアークイオンプレーティング法によって形成された硬質炭素被膜は、被膜内に取り込まれる炭素微小粒子の数が少ない。これによりフィルターを有しないアークイオンプレーティング法によって形成された被膜と比較して、より平滑な被膜となることに加え、使用中に炭素微小粒子が摺動面から脱落する頻度が低くなり、摩耗や欠陥の発生頻度や摩擦損失が低下する。そして、被膜内に欠陥が形成されにくくなるので、機械的強度が高い被膜を形成することが可能となる。
このように優れた特性を有する被膜であるが、この機能を発揮するためには基材に対して十分な密着性を持って形成することが必要であり、密着性を改善するために様々な方法が提案されている。
この技術分野においてよく知られている技術の一つが、CrやTiなどの金属中間層を形成する技術である。この技術は例えば特許文献1で開示されている。特許文献1によると、このような元素は炭素と反応して炭化物を形成するため、中間層と炭素被膜の界面で中間層を形成する元素と炭素の結合が生じ、高い密着力を得ることができると記載されている。
次に、炭素被膜の密着性向上のために炭素被膜の構造を規定した技術が特許文献2で開示されている。炭素被膜が剥離に至る主たる原因の一つが、炭素被膜が持つ高い内部応力にある。内部応力によって基材や中間層との界面に炭素被膜を引き剥がす力が働き、特に膜厚が厚くなるとこの力が強くなり、被膜が剥離しやすくなる。これに対して特許文献2で開示されている技術では、内部応力が高い層とこれが低い層を積層する構造にすることによって内部応力を緩和させる。
基材や中間層と、炭素被膜との界面付近の構造を規定する技術が知られている。特許文献3には、基材表面に新たにWやTiと炭素の混合層を形成する方法が開示されており、特許文献4には、基材表面に炭素を拡散させ、炭素との混合層を形成する方法が開示されている。
特開2001−316800号公報 特開平10−237627号公報 特開平7−62541号公報 特開2000−87218号公報
近年の内燃機関は、環境保全に対応して燃費を向上させたダウンサイジングターボエンジンなど、燃焼温度がより高温かつ摺動部の面圧もより高面圧となっているとともに、エンジンオイルの低粘度化により境界潤滑状態が生じやすく、摺動部材における摺動面の負荷が増してきている。そのため、非常に厳しい摺動環境においても、摩擦損失を低減し、燃費特性を改善でき、且つ剥離することがない硬質炭素被膜を有する摺動部材が求められている。
しかしながら、前述の従来技術では、基材や中間層との界面近傍の硬質炭素被膜の形態について十分検討されておらず、厳しい摺動条件下でも高い密着性という観点では改善の余地があった。
本発明は上記課題に鑑み、厳しい摺動条件下でも高い密着性を有する硬質炭素被膜を有する摺動部材を提供することを目的とする。
上記目的を達成するべく、本発明者が鋭意検討したところ、フィルタードアークイオンプレーティング法によって形成された水素非含有硬質炭素からなる硬質炭素被膜の中間層に接する界面近傍の欠陥が、高面圧での摺動において密着性を低下させる要因となっていることを見出した。これは、フィルターによって中性元素や粒子の大部分が取り除かれ、被膜の形成に寄与するイオンの割合が大きいことにより、基材や中間層表面の凹凸が被膜形成に与える影響が大きくなり、界面近傍の硬質炭素被膜に線状の低密度領域が生じるというフィルタードアークイオンプレーティング法固有の課題であると推測する。
フィルタードアークイオンプレーティング法において、炭素カソードをアーク放電により蒸発、イオン化させるときには、フィルター部での輸送効率の低下を避けるため通常外部よりガスを導入しない高真空環境下で放電を行うことが一般的である。そしてフィルターを通ることによって、電子と大部分が炭素イオンのみで構成されるプラズマがフィルター部出口から送出される。そして、このプラズマ中に置かれた中間層表面近傍にはシース電場が形成される。イオンはバイアス電圧による加速に加え、シース電場による加速も働くため、被膜形成部に到達するときには中間層表面に対して概ね法線方向から入射することになる。硬質炭素被膜を形成する中間層表面には、一般的に機械加工によって形成された凹凸が存在し、凸部には電界集中が生じる。イオンは電場によって加速されて運動するので、電場が集中する凸部にはイオンも集中する傾向を有する。逆に凸部の周囲や凹部では電界が弱くなるのでイオンの到達が少なくなる。この結果、被膜形成初期において被膜形成にムラが生じ、これを起点として炭素密度が少ない線状の低密度領域が生じると考えられる。
本発明は、上記知見に基づき硬質炭素被膜の中間層との界面近傍に形成される炭素密度が低い領域の形成を抑制し、密着性を高める方法を検討して完成されたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
(1)基材と、
該基材上に形成された厚さ0.010μm以上0.6μm以下の中間層と、
該中間層上に形成された水素含有量が10原子%以下の硬質炭素被膜と、
を有し、
前記硬質炭素被膜の表面の凹部及び凸部の面積率が12%以下であり、
前記硬質炭素被膜の前記中間層との界面近傍の断面を透過型電子顕微鏡で観察したときに、前記界面から高さ300nm、幅5000nmの領域内に認められる線状の低密度炭素部の数が12箇所以下であることを特徴とする、オイル潤滑下で使用される摺動部材。
(2)前記硬質炭素被膜が、sp結合とsp結合とが混在した炭素からなり、前記sp結合とsp結合のうちsp結合の比率が60%超100%未満である上記(1)に記載の摺動部材。
(3)前記硬質炭素被膜の水素含有量が5原子%以下である上記(1)又は(2)に記載の摺動部材。
(4)前記硬質炭素被膜の膜厚が5μm以上である上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の摺動部材。
(5)前記中間層が、Cr、Ti、Co、V、Mo及びWからなる群から選択された一つ以上の元素、それらの炭化物、窒化物、及び炭窒化物、並びにSiCの少なくとも一種からなる上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の摺動部材。
本発明の摺動部材は、厳しい摺動条件下でも高い密着性を有する硬質炭素被膜を有する。
本発明の一実施形態による摺動部材100の模式断面図である。 実施例1−1において硬質炭素被膜の断面を透過型電子顕微鏡で観察して得た画像である。 比較例1−1において硬質炭素被膜の断面を透過型電子顕微鏡で観察して得た画像である。 中間層と硬質炭素被膜のそれぞれの厚さを評価する方法を示す図である。 実施例1における、硬質炭素被膜の密着性を評価する方法を示す図である。 実施例2における、硬質炭素被膜の摩耗量を算出する方法を示す図である。 実施例2における、往復摺動試験の方法を示す図である。
以下に、本発明の実施の形態について説明する。なお、本発明は以下に示す実施例に限定されるものではない。
図1は、本発明の一実施形態による摺動部材の断面を模式的に表した図である。図1を参照して、本発明の一実施形態による摺動部材100は、基材10と、この基材上に形成された中間層12と、この中間層上に形成され、表面が少なくとも摺動面となる硬質炭素被膜14と、を有する。
(基材)
本実施形態において、基材10の材質は、摺動部材の基材として必要な強度を有するものであれば特に限定されないが、例えば鉄、鋳鉄、超硬合金、ステンレス鋼、アルミニウム合金など導電性を有する材料があげられる。さらに、基材10の少なくとも摺動面の一部には、窒化クロムや窒化チタンなど金属窒化物、金属炭窒化物、金属炭化物などの硬質被膜やめっき処理、鉄系材料の場合は焼入焼戻しなどの硬化処理、窒化処理を施してもよい。基材の粗さは、少なくとも摺動面においてJIS−B0601(2001)に従う算術平均粗さRaが0.01μm以上0.1μm以下であることが好ましい。算術平均粗さRaが0.01μmを下回ると、加工時間や工程が長くなることもありコストが高くなる。これに対してRaが0.1μmを上回ると、硬質炭素被膜形成後の表面粗さが摺動部材として好ましくない。硬質炭素被膜に研磨処理を施すにしても、高い耐摩耗性を有するため加工が困難でありコストが高くなる。
基材の表面粗さは、硬質炭素被膜を形成する前に触針式粗さ測定機によって評価することが可能である。成膜前の表面粗さが評価できない場合は、集束イオンビーム(Focused Ion Beam,FIB)やクロスセクションポリッシャー(Cross Section Polisher)などの方法によって、硬質炭素被膜と基材の境界を含む断面試料を作製し、走査型電子顕微鏡などを用いて観察した画像を基にして、硬質炭素被膜と基材の境界を求める。そして、この境界に対してJIS−B0601(2001)に記載されている算術平均粗さRaの算定式を適用して、基材の算術平均粗さRaを算出する。
(中間層)
中間層12は、基材10と硬質炭素被膜14との間に形成されることにより基材10との界面の応力を緩和し、硬質炭素被膜14の密着性を高める機能を有する。この機能を発揮する観点から、中間層12は、Cr、Ti、Co、V、Mo及びWからなる群から選択された一つ以上の元素、それらの炭化物、窒化物、及び炭窒化物、並びにSiCの少なくとも一種からなるものとすることが好ましい。中間層12は、前記の群から選択された一つ以上の材料を、単層、複数層積層、又は異なる層を2層以上組み合わせた積層としてもよい。
中間層12の厚さは、0.010μm以上0.6μm以下であり、0.020μm以上0.5μm以下であることが好ましい。厚さが0.010μm未満の場合、一様な中間層を形成することが困難であり、硬質炭素被膜14の密着性を高める機能を十分に得ることができない可能性がある。これに対して厚さが0.6μmを超えると、摺動時に中間層12が塑性流動を起こしやすく、硬質炭素被膜14に亀裂が発生しやすくなるからである。
中間層12の形成方法としては、例えばアークイオンプレーティング法やスパッタリング法、プラズマCVD法などを挙げることができる。例えばスパッタリング法であれば、洗浄後の基材10をPVD成膜装置の真空チャンバー内に配置し、Arガスを導入した状態でターゲット近傍にグロー放電プラズマを励起し、生成されたArイオンによってターゲット材料をスパッタして中間層12を成膜する。ターゲットは、Cr、Ti、Co、V、Mo、W及びWCから選択すればよい。中間層12の厚さは、金属ターゲットの放電時間や印加電力などにより調整できる。中間層としてSiCを形成する場合は、テトラメチルシラン(TMS)等、構成元素としてSiを含む炭化水素系ガスと、必要に応じてArなど不活性ガスやメタンなど炭化水素系ガスを導入し、高周波プラズマや電子ビーム励起プラズマなどを利用したプラズマCVD法によって中間層12を成膜することができる。なお、中間層12の厚さは放電時間により調整できる。
中間層12の表面粗さは、少なくとも摺動面においてJIS−B0601(2001)に従う算術平均粗さRaが0.01μm以上0.1μm以下であることが好ましい。算術平均粗さRaが0.01μmを下回ると、処理時間や工程が長くなることもありコストが高くなる。これに対してRaが0.1μmを上回ると、硬質炭素被膜形成後の表面粗さが摺動部材として好ましくない。硬質炭素被膜に研磨処理を施すにしても、高い耐摩耗性を有するため加工が困難でありコストが高くなる。
摺動面における中間層の表面粗さは、硬質炭素被膜を形成する前に触針式粗さ測定機によって評価することが可能である。成膜前の表面粗さが評価できない場合は、集束イオンビーム(Focused Ion Beam,FIB)やクロスセクションポリッシャー(Cross Section Polisher)などの方法によって、硬質炭素被膜と中間層の境界を含む断面試料を作製し、走査型電子顕微鏡などを用いて観察した画像を基にして、硬質炭素被膜と中間層の境界を求める。そして、この境界に対してJIS−B0601(2001)に記載されている算術平均粗さRaの算定式を適用して、中間層の算術平均粗さRaを算出する。
(硬質炭素被膜)
硬質炭素被膜14は、実質的に水素を含まない非晶質硬質炭素膜であり、sp結合とsp結合のうちsp結合の比率が60%を超え100%未満であることが好ましい。硬質炭素被膜14は、前記sp結合の比率の範囲内であれば、当該比率が任意の分布をしていてもよい。例えば、sp結合の比率が異なる複数の層を積層してもよい。また、硬質炭素被膜の深さ方向のsp結合の比率が基材側から表面に向かって直線的に変化してもよく、被膜内に1以上の極小値や極大値を有していたり、連続的ではなく段階的に変化してもよい。
硬質炭素被膜14の全体の厚さは5μm以上30μm以下とすることが好ましい。5μm未満の場合、相手材との摺動において必要な耐久性を確保できず、30μm超えの場合、摺動時の負荷とともに膜の内部応力が硬質炭素被膜内に形成された線状の低密度炭素部16に集中して、欠け、剥離などの問題が生じる場合があるからである。
硬質炭素被膜14は、実質的に水素を含まない非晶質硬質炭素(DLC)のみからなるものとすることが好ましい。非晶質炭素であることは、ラマン分光光度計(Arイオンレーザ)を用いたラマンスペクトル測定により確認できる。
硬質炭素被膜14は、例えば、真空中で炭化水素系ガスなど構成元素として水素を含むガスを導入せずに、高真空又はArガスなど不活性ガスを導入する雰囲気下でアーク放電を利用し、屈曲する磁力線を備える磁気フィルターなど炭素微小粒子を除去するフィルターを備えるフィルタードアークイオンプレーティング法等のPVD法を用いて形成することができる。これにより、平滑で且つ水素をほとんど含まない高い硬さを有し、耐摩耗性に優れた非晶質炭素被膜を形成することができる。不活性ガスを導入すると、アーク放電を安定して維持することが容易になるものの、荷電交換散乱により炭素イオンが中性化される確率が高くなり、中性化された炭素はフィルターを通過することができずに成膜に寄与する炭素イオンが少なくなる。このため、後述する硬質炭素被膜形成初期を除いて、外部よりガスを導入しない高真空雰囲気下で形成することが好ましい。そして、実際の成膜状況において、機器の動作に伴う大気のリークや、成膜室内壁に吸着する水などが成膜中に放出されることなどによって不可避的に水素が被膜に混入することは避けられない。このため、硬質炭素被膜14の水素含有量は10原子%以下であることが好ましく、5原子%以下であることがより好ましい。
ここで、硬質炭素被膜14中のsp結合の比率は、炭素カソードを用いた真空アーク放電によるイオンプレーティング法を用いる際に、基材10に印加するバイアス電圧や雰囲気ガスとして導入するArガス圧によって調整することができる。印加するバイアスには直流、パルス、浮遊電位などの印加方法を用いることができる。複数の方法を組み合わせてもよい。特に、パルスバイアスや浮遊電位は被膜に流れるバイアス電流を小さくすることができるので、sp比率が高く絶縁性の硬質炭素被膜の形成には好ましいバイアス印加方法である。具体的には、バイアス電圧を高くすると、基材に衝突するカーボンイオンの運動エネルギーが大きくなることや、被膜内において導電性が確保されることにより、硬質炭素被膜中のsp結合の比率が高くなる。このため、sp結合の比率が60%を超える硬質炭素被膜を形成するためには、バイアス電圧を所定の範囲として成膜することが好ましい。硬質炭素被膜中の炭素の結合状態(sp結合とsp結合の比率)は、電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy,EELS)により測定することができる。
(炭素微小粒子などやこれを起点として形成された凹部及び凸部の面積率)
アーク放電にともなって炭素カソードより炭素微小粒子が放出される。このような炭素微小粒子が被膜表面に付着したり、被膜内に混入したりする。また、被膜内に混入した異物を起点として被膜が局所的に成長し凸部を形成する場合もある。さらに、この凸部が脱落して凹部を形成する場合もある。その結果、被膜の表面粗さが粗くなり摺動部材に適さなかったり、平滑化加工を施そうとしても困難になったりする。このような被膜表面に形成される凹凸を低減する方法として、屈曲した磁力線を備える磁気フィルターなどアーク放電にともなってカソードより放出される炭素微小粒子を除去する機構を備えるフィルタードアークイオンプレーティング法を用いることができる。これにより、被膜表面やその内部に取り込まれる炭素微小粒子やこれを起点として形成された被膜表面の凸部や凹部を低減することが可能となる。
このような被膜表面の凹部及び凸部の面積率は、以下のようにして特定することができる。まず、被膜表面に対して垂直な方向から光学顕微鏡を用いて観察して画像を取得する。解像度が高い画像が得られる共焦点レーザー顕微鏡を用いることが好ましい。得られた画像は、必要に応じてグレースケール化した後に、微分ヒストグラム法を用いて自動二値化処理を施し、二値画穴埋め処理を実施する。そして、画像全体に対する暗部の面積比を算出することによって、面積率を特定することができる。被膜表面の凹部及び凸部の面積率が12%以下であれば、摺動中に脱落する炭素微小粒子などが少なく、耐摩耗性が向上し、摩擦損失も低減できる。面積率が10%以下であることがより好ましい。上記のとおり、硬質炭素被膜に取り込まれる微小炭素粒子は少ないほど摺動部材用途の硬質炭素被膜により好ましい被膜となる。しかしながら、アーク放電にともなって放出される炭素微小粒子の除去率を高くすると、被膜形成に必要となる炭素イオンもこれにともなって少なくなる。その結果、炭素カソードの使用効率が低下するとともに成膜速度も低下するので成膜時間が長くなり、硬質炭素被膜の形成に費やされるコストが増加する。又は、アーク放電にともなって放出される炭素微小粒子の発生頻度を低くすると、アーク放電電流を小さくすることになるため、成膜速度が低下し成膜時間が長くなるため硬質炭素被膜の形成に費やされるコストが増加する。そのため、被膜表面の凹部及び凸部の面積率が1%以上であることが好ましい。
(線状の低密度炭素部)
線状の低密度炭素部とは、硬質炭素被膜と中間層との境界部近傍に形成される被膜内部の欠陥であり、FIBを用いて作製された、硬質炭素被膜と中間層との境界近傍を含む薄片試料の断面を透過型電子顕微鏡で観察した時に、硬質炭素被膜全体の明度に対して明るい線状の部分のことを指す。低密度炭素部は硬質炭素被膜内では面上に分布しているが、断面試料を作製することによってその一部が切りだされ線状に見えている。比較例1−1において観察された線状の低密度炭素部を図3に示す。この事例は、基材表面にTi中間層を形成し硬質炭素被膜を成膜したものである。
本実施形態では、図1も参照して、硬質炭素被膜14の中間層との界面近傍の断面を透過型電子顕微鏡で観察したときに、界面から高さ300nm、幅5000nmの領域内に認められる線状の低密度炭素部16の数が12箇所以下であることが肝要である。これにより、硬質炭素皮膜は十分に高い機械的強度を有することになり、厳しい摺動条件下でも高い密着性を発揮することができる。
本発明者は、硬質炭素被膜内に線状の低密度炭素部が生じる条件を鋭意研究した結果、硬質炭素被膜を形成する界面の凹凸と、フィルタードアークイオンプレーティング法のようなイオン化率が高い成膜方法を適用すること、特に後者が線状の低密度炭素部の形成に強く関係する要因であることを見出すに至った。これらのことから、線状の低密度炭素部の形成機構の一つとして次のメカニズムが考えられる。
フィルタードアークイオンプレーティング法は、アーク放電にともなって炭素カソードより放出される炭素微小粒子の被膜への混入を抑制するために、屈曲した磁力線を備える磁気フィルターなどを用いて、電荷を持たなかったり帯電などによって電荷を持っていたとしても比電荷が小さい炭素微小粒子を除去する機構を備える。このフィルターは炭素原子も除去するため、硬質炭素被膜は主に炭素イオンによって形成される。被膜形成の際には通常バイアス電圧を印加する。バイアスが印加されない場合であっても、中間層表面近傍にはシース電場が形成されるため、炭素イオンはこれらの電場によって加速され被膜形成部に到達する。凹凸が全くない鏡面の中間層表面ではイオンの流れは中間層に対してほぼ垂直で一様になる。しかしながら、一般的に摺動部材には機械加工によって形成された凹凸があるので、凸部に電界が集中するような電場が中間層表面近傍に形成される。この電場によってイオンの流れが影響を受け、凸部に向かう傾向が強くなる。この結果、凸部の近傍では到達するイオンの数が少なくなり、被膜形成速度の違いによって炭素密度が低い境界が形成され、被膜の成長とともに、低密度の境界が成長すると推測する。そして、この境界が、薄片化された被膜断面試料を観察することによって線状に見えると考えられる。
このことから低密度炭素部が形成されにくくするためには、電場の影響を受けることなく硬質炭素被膜を形成できる状況、つまり電荷を有しない炭素原子の被膜形成への寄与を高くすることが重要であるとの考えに至った。そして、これを実現する一つの方法として、HeやArなどの硬質炭素被膜を形成する元素に影響しない不活性ガスを適切な圧力で導入して、フィルタードアークイオンプレーティング法で磁気フィルターによって輸送される炭素イオンの一部を荷電交換散乱を利用して中性化し、被膜形成への炭素原子の寄与を高める方法を発案した。不活性ガスの導入量は、これを導入しない場合の硬質炭素層の成膜速度を基準として、成膜速度が70%以上98%以下になるよう流量を調整する。
フィルタードアークイオンプレーティング法は、電荷を有しない中性元素や、電荷を有しない又は比電荷が小さい帯電した炭素微小粒子などを除去し、被膜形成においてイオンの寄与の比率が高いことを特徴とする。これに対して、上記のように不活性ガスを所定圧で導入して、成膜初期において一時的にイオン化率が低い状況を作り出し、被膜形成への中性化された炭素の寄与率を高めることによって、低密度炭素部の形成を抑制するのである。不活性ガスの導入は硬質炭素層形成初期の1分以上20分以下であることが好ましい。このような手法では、フィルターを輸送中にも荷電交換散乱によってイオンの一部が中性化されるため、一時的に成膜速度は低下する。しかし、硬質炭素被膜の形成初期に一時的に用いる方法であるので、成膜時間への影響は小さく、特に膜厚が5μm以上の硬質炭素被膜を形成する場合は成膜時間が長いため成膜時間への影響はより小さくなり、コストアップへの要因にはならない。
導入する不活性ガスは、He、Ne、Arから選ばれる1以上の元素を用いることができる。Krなど中間層を構成する元素より原子番号が大きいと、硬質炭素被膜や中間層に損傷が生じる場合がある。硬質炭素被膜や中間層を形成する元素と比較して原子番号が小さいHeやNeを用いることがより好ましい。
以上説明した本実施形態の摺動部材では、硬質炭素被膜の基材への密着性が良好で且つこれを長期にわかり維持することが可能となる。さらに摺動中に被膜より脱落する炭素微小粒子などの異物が摺動部に侵入することが抑制される。これらの効果により、硬質炭素被膜が有する低摩擦損失特性を長期に渡り安定して維持することが可能となる。そのため、例えば自動車などの内燃機関の動弁部品であるバルブリフター及びシム、内燃機関の部品であるピストンピン及びピストンリング、コンプレッサー並びに油圧ポンプ用のベーン等、高面圧下で使用され耐久性を要求される摺動部材に本発明を好適に適用することができる。
(実施例1−1)
試験片として、呼称径φ80、h1=1.2、a1=2.5のバネ鋼で作られたピストンリング(Topリング)を用いて、その外周面に表2に示す中間層及び硬質炭素被膜を形成した。成膜前のピストンリングの外周面は、研磨加工を実施して表面の算術平均粗さRaが0.05μm〜0.1μmの範囲に入るよう調整した。成膜に先立ち、洗浄を行い防錆油などの汚れを除去した。そして、成膜装置の成膜室に設置した自公転ターンテーブルの1軸に、ピストンリングを取り付けた成膜冶具を設置し、成膜室の圧力が5×10−3Pa以下に到達するまで真空排気を行った。
真空排気後、ピストンリング外周にイオンボンバードを施し、スパッタリング法によってCrからなる中間層をピストンリングの外周に形成した。次に、磁気フィルターを備えるアーク式蒸発源を用いて、放電電流120Aでアーク放電によって炭素カソード(炭素98原子%以上)を蒸発させながら硬質炭素被膜の形成を開始した。その際、Heを表2に示す圧力となる流量で導入した。これに引き続き、3分後にアーク放電を停止しないでHeの流量を一定量ずつ減らし始め、硬質炭素被膜の形成開始から6分で0にした。そしてこの状態のまま、硬質炭素被膜を形成し、膜厚が5.0〜5.3μmの範囲に入るよう成膜条件を調整した。この時の成膜室の圧力は0.008Pa以下である。そして、成膜後の硬質炭素被膜は、研磨加工を実施して表面の算術平均粗さRaが0.05μm〜0.1μmの範囲に入るよう調整した。
(実施例1−2〜1−6、及び比較例1−1〜1−3)
実施例1−1と同様にして、表2に示す実施例1−2〜実施例1−6、及び比較例1−1〜比較例1−3の各条件の中間層及び硬質炭素被膜の成膜を行った。なお、比較例1−2における中間層はテトラメチルシラン(TMS)を導入してプラズマCVD法によって形成した。
[中間層及び硬質炭素被膜の厚さの評価]
基材となるピストンリングの表面、並びにこの表面に形成した中間層及び硬質炭素被膜の各表面は、研磨加工などによって平坦ではなく凹凸がある。そこで、中間層及び硬質炭素層の厚さは以下の方法で測定した。
硬質炭素被膜を形成したピストンリングの一部を切り出し、集束イオンビーム(FIB)によって、ピストンリングの厚さ方向(h1方向)に、図4に示すような、硬質炭素被膜の表面に対して垂直な断面の薄片を作製した。この断面を透過型電子顕微鏡で観察し、基材10と中間層12の境界線につき異なる10点の位置P1、P2、・・・の座標を求め、これらの座標から最小二乗法によって境界線を表す二次曲線BLを求めた。なお、中間層を形成していない場合は基材10と硬質炭素被膜14との境界を求める。
この曲線BL上に無作為に選択した10箇所の位置から、曲線BLに垂直な方向に中間層12と硬質炭素被膜14との境界までの距離をD1、この境界から硬質炭素被膜14の表面までの距離をD2として、それぞれ測定した。そして、距離D1とD2のそれぞれの平均値を求め、中間層12の厚さと硬質炭素被膜14の厚さとした。なお、中間層を形成していない場合には、基材10と硬質炭素被膜14の表面までの距離をD2とし、その平均値を求めて硬質炭素被膜14の厚さとした。このようにして評価した中間層及び硬質炭素被膜の厚さを、表2に示す。
[硬質炭素被膜の水素量の評価]
硬質炭素被膜の水素含有量の評価は、摺動部が平坦な面や曲率が十分大きな面に形成された硬質炭素被膜に対してはRBS(Rutherford Backscattering Spectrometry)/HFS(Hydrogen Forward Scattering Spectrometry)によって評価することができる。これに対して、ピストンリングの外周面など平坦でない摺動面に形成された硬質炭素被膜に対しては、RBS/HFS及びSIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)を組み合わせることによって評価する。RBS/HFSは公知の被膜組成の分析方法であるが、平坦でない面の分析には適用できないので、以下のようにしてRBS/HFS及びSIMSを組み合わせる。
まず、平坦な面を有する基準試料として、鏡面研磨した平坦な試験片(焼入処理を施したSKH51ディスク、φ25×厚さ5mm、硬さHRC60〜63)に、基準値の測定対象となる硬質炭素被膜を形成する。
基準試料への成膜は、反応性スパッタリング法を用いて、雰囲気ガスとしてC、Ar、Hを導入して行う。そして、導入するH流量及び/又はC流量を変えることによって、硬質炭素層に含まれる水素量を調整する。このようにして水素と炭素によって構成され、水素含有量が異なる硬質炭素被膜を形成し、これらをRBS/HFSで水素含有量と炭素含有量を評価する。
次に、上記の試料をSIMSで分析し、水素と炭素の二次イオン強度を測定する。ここで、SIMS分析は、平坦でない面、例えばピストンリングの外周面に形成された被膜でも測定できる。したがって、硬質炭素被膜が施された基準試料の同一の被膜について、RBS/HFSによって得られた水素含有量と炭素含有量(単位:原子%)と、SIMSによって得られた水素と炭素の二次イオン強度の比率との関係を示す実験式(計量線)を求める。このようにすることで、実際のピストンリングの外周面について測定したSIMSの水素と炭素の二次イオン強度から、水素含有量と炭素含有量を算出することができる。なお、SIMSによる二次イオン強度の値は、少なくとも被膜表面から20nm以上の深さ、且つ50nm四方の範囲において観測されたそれぞれの元素の二次イオン強度の平均値を採用する。このようにして算出した硬質炭素被膜の水素含有量を表2に示す。
[硬質炭素被膜の境界近傍の観察]
摺動面に形成された硬質炭素被膜の中間層との境界近傍は、透過型電子顕微鏡(TEM)を使用して観察する。FIBを使用して硬質炭素被膜の表層に対して垂直な断面の薄片を作製する。そして、中間層と硬質炭素被膜との境界近傍において、硬質炭素被膜の厚さ350nm以上が視野に収まり、且つ境界が途切れないようにして約1000nm四方を観察する。例えば、透過型電子顕微鏡として日立ハイテクノロジーズ製H−9000NARを用いる場合は、加速電圧200kV、倍率205,000倍で観察することができる。このようにして、硬質炭素被膜に取り込まれた炭素微小粒子が視野内に認められない領域について、中間層と硬質炭素被膜との境界領域を観察して、幅5μmの領域に渡って連続する画像を取得する。この時、隣り合う領域の画像はそれぞれ視野の10%以上が重なっていることが望ましい。そしてこれらの隣り合う連続して取得した画像より、界面から高さ300nm、幅5000nmの領域内に認められる線状の低密度炭素部の数を評価する。但し、FIBによって作製した薄片試料は厚さがあるので、同一の低密度炭素部を斜めから観察することによって複数の線状の低密度炭素部として観察される場合がある。これを避けるために、距離が60nm以内に認められる複数の線状の低密度炭素部は同一のものと判定し、1箇所として計数する。また、TEM観察において密度が低い部分は画像の輝度が明るくなるので、線状の低密度炭素部が判別しやすいように画像の輝度を調整してもよい。このようにして評価した線状の低密度炭素部の数を表2に示す。また、代表して実施例1−1及び比較例1−1で得られたTEM画像を、それぞれ図2及び図3に示す。
[被膜表面の凹部及び凸部の面積率の評価]
摺動面における被膜表面の凹凸の面積率は、被膜表面の被膜などの研磨粉や研磨剤や、付着しているホコリや汚れなどを洗浄し除去した摺動面を観察した画像から算出する。まず、摺動面の被膜表面を垂直方向から共焦点型レーザー顕微鏡を用いて観察し、画像を取得する。共焦点型レーザー顕微鏡には、対物レンズ100倍を適用した、オリンパス製LEXT OLS4000を用いることができる。なお、摺動面が曲率半径の小さい曲面の場合、観察方向に対して垂直な平面に射影された画像を取得する。そして、凸部や凹部ではレーザー光が乱反射されたり吸収されることによって、得られる画像の輝度が低く被膜表面と比較して暗部となるので、画像の輝度分布を基に、これを二値化することによって画像全体に対する暗部の面積率を算出する。そして、摺動面の任意の5箇所において、上記の手順で面積率を算出し、平均値を求める。このようにして求めた凹部及び凸部の面積率を表3に示す。
[硬質炭素被膜のsp比率の評価]
前述のTEM観察で使用した硬質炭素被膜の薄片試料を用いて、硬質炭素被膜を構成する炭素のsp比率を評価した。これには走査透過型電子顕微鏡を用いた電子エネルギー損失分光法(TEM−EELS)によって評価を行う。例えば、走査透過型電子顕微鏡には日本電子製JEM−ARM200Fを、検出器にはGatan製QuantumERを用いることができる。
炭素間の結合状態に関する情報は、EELSによって得られた電子エネルギー損失スペクトルのCK損失端近傍の観測値を解析することによって得られる。通常、このスペクトルは観測された値がそのまま提供されるのではなく、多重散乱や背景信号などの影響を補正したスペクトルが提供される。この補正されたスペクトルを基に以下の手順で解析し、炭素間のsp比率を算出する。
ここで、エネルギー損失スペクトルは少なくとも240eV以下から開始し、且つ550eV以上までのエネルギー領域において、0.25eV以下の間隔でデータを取得する。
(A)エネルギー損失が320eV以上のデータについて、式(1)に示す関数を用いて近似曲線を算出する。
ここで、xは電子の損失エネルギー(単位:eV)であり、式(1)の右辺第一項は観測された電子数の減衰を、第二項は観測値全体の傾きを表す。
(B)得られた回帰曲線を基にして、式(2)に従って観測値を規格化する。
(C)上記(B)の規格化されたデータを用いて、280eV以上295eV以下の範囲において、2つのピークが存在するとみなし、Gauss関数を用いてピーク分離を行い、低エネルギー側のピーク(285eV付近のピーク)に相当するGauss関数の面積を求める。これをSπとする。
(D)上記(B)の規格化されたデータにおいて、280eV以上310eV以下の面積を算出する。これをS(σ+π)とする。
(E)同様に、ダイヤモンド及びグラファイトの薄片化された試料について、上記(A)〜(D)までの手順で観測し、285eV付近のピークに相当するGauss関数の面積、及び規格化された電子エネルギー損失スペクトルの280eV以上310eV以下の面積をそれぞれ算出する。ダイヤモンドについて得られたそれぞれの面積を、Sdπ及びSd(σ+π)、グラファイトについては、Sgπ及びSg(σ+π)とする。
(F)式(3)に上記のそれぞれの面積を代入してsp比率を算出する。
このようにして評価したsp比率を表2に示す。
[密着性評価試験]
密着性の評価に使用した往復動試験の概略を図5に示す。試験には硬質炭素被膜を形成したピストンリングの合口に対して170度〜190度の部分を切り出して試験片50とした。そして、図示しないホルダに固定され、上方から一定の荷重を印加した。この試験片50と摺動する相手材52にはSUJ−2プレート(摺動方向の長さ80mm、摺動方向に直角方向の長さ30mm、厚さ8mm、HRC58〜63)を用いた。SUJ−2プレートはランダムな方向に研磨加工を実施し、表面粗さRa=0.04〜0.07μmに調整したものを用いた。これらを図5に示すように配置して、摺動面52Aに潤滑油54を塗布し、表1に示す摺動条件で往復動剥離試験を実施した。
そして、試験後の摺動面を光学顕微鏡で観察し、硬質炭素被膜の残存状況を観察した。硬質炭素被膜の剥離が認められない場合を「○」、摺動によって形成された硬質炭素被膜の断面(摺動部)の範囲内で剥離が生じている場合を「△」、この範囲を逸脱して未摺動の領域に被膜剥離が至っている場合を「×」として表2に示す。
表2から明らかなように、実施例1−1〜実施例1−6では、線状の低密度炭素部が12箇所以下であり、良好な密着性を有することを確認した。特に、線状の低密度炭素部が10箇所以下であった実施例1−1〜実施例1−3及び実施例1−5、実施例1−6では、摺動部における硬質炭素被膜の剥離は認められず、より良好な密着性を有する。
これに対して、線状の低密度炭素部が12箇所を上回った比較例1−1及び、中間層の厚さが0.010μmを下回る比較例1−2では、硬質炭素被膜の剥離が摺動部よりさらに大きく広がっており、十分な密着性を有していない。そして、中間層の厚さが0.6μmを上回る比較例1−3では、硬質炭素被膜が剥離した状況は認められなかったものの、硬質炭素被膜の表面において摺動方向に対して平行な方向に亀裂が生じていることを確認した。この亀裂部分をFIBで薄片試料に加工し、走査型電子顕微鏡で観察すると、硬質炭素被膜に亀裂が形成され、亀裂の近傍に位置する中間層の厚さが異なっている状況を確認した。このことより、摺動の負荷によって中間層が塑性流動し、被膜に対して摺動方向にせん断力が働き、これに耐えられなくなって被膜が破壊されたと考えられる。
(実施例2−1)
試験片として、呼称径φ80、h1=1.2、a1=2.5のバネ鋼で作られたピストンリング(Topリング)を用いて、その外周面に中間層及び硬質炭素被膜を形成した。成膜前のピストンリングの外周面は、研磨加工を実施して表面の算術平均粗さRaが0.05μm〜0.1μmの範囲に入るよう調整した。成膜に先立ち、洗浄を行い防錆油などの汚れを除去した。そして、成膜装置の成膜室に設置した自公転ターンテーブルの1軸に、ピストンリングを取り付けた成膜冶具を設置し、成膜室の圧力が5×10−3Pa以下に到達するまで真空排気を行った。
真空排気後、ピストンリング外周にイオンボンバードを施し、アークイオンプレーティング法によってCrからなる厚さ0.33μmの中間層を形成した。次に、磁気フィルターを備えるアーク式蒸発源を用いて、実施例1−1と同様の条件で硬質炭素被膜を形成した。そして、成膜後の硬質炭素被膜は、研磨加工を実施して表面の算術平均粗さRaが0.05μm〜0.08μmの範囲に入るよう調整した。
(実施例2−2〜2−6)
実施例2−1と同様の条件で試験片への成膜を実施した。但し、表3に示す放電電流条件で硬質炭素層の形成を行った。
(実施例2−7)
実施例2−1と同様の条件で、成膜室のヒータに通電して200±2℃に制御し成膜を行った。
(比較例2−1)
実施例2−1と同様の条件で、CH及びHを所定の条件で導入して水素含有量が多い硬質炭素被膜を形成した。
(比較例2−2)
フィルターを備えないアーク式蒸発源を用い、Arを導入し圧力0.03Paの雰囲気下で放電電流40Aの条件で表3に示す膜厚まで硬質炭素被膜の成膜を行った。
[硬質炭素被膜の評価]
既述の方法で求めた硬質炭素被膜の厚さ、水素量、線状の低密度炭素部の数、凹部及び凸部の面積率、並びにsp比率も、合わせて表3に示す。
[摩耗試験及び摩耗係数の評価]
各実施例及び比較例の各ピストンリングを作製し、往復動摩耗試験を用いて、硬質炭素被膜の耐摩耗性及び摩擦係数を評価した。摺動相手材はシリンダ相当材のFC250の試験片(平板)で、その表面の粗さをJIS−B0601(2001)に従う十点平均粗さRzjisが0.9μm〜1.3μmに調整されたものを用いた。次に、各実施例及び比較例のピストンリングを長さ約30mmになるように切断してピストンリング片を作製し、往復摺動試験機の固定治具(図示せず)に取り付け、ピストンリング外周面に形成された硬質炭素被膜を、摺動相手材の試験片の表面に垂直荷重40Nで押し付けた。この状態で、ピストンリング片を厚さ方向に往復幅50mm、摺動速度平均1.0m/sで往復摺動させて試験を行った。なお、試験片の表面には潤滑油(エンジン油;10W−30)を0.1ml/minの割合で滴下し、試験時の試験片の温度を120℃とし、試験時間を10分とした。 試験後、硬質炭素被膜が摩耗した場合には楕円形の摺動痕が観察された。
図6(a)に示すようにして、外周面の硬質炭素皮膜の摩耗量を算出した。まず、試験後のピストンリング片80の摺動部80aを含む外周の形状を、触針式粗さ測定器(東京精密製、SURFCOM1400D)を用いて周方向に測定した。そして、試験前のピストンリング片80の外周の曲率半径(既知)から、試験前のピストンリング片80の外縁80fを算出し、外縁80fと摺動部80aとの径方向の寸法差の最大値を摩耗量とした。なお、図6(b)に示すように、ピストンリング片80の軸方向に沿って摺動部80aの中央付近の位置Lで、形状測定を行った。なお、表3に示す被膜摩耗量は、実施例2−1の摩耗量を1としたときの相対値で表した。
図7に示す往復動摩耗試験機により、上記摩耗試験を行い、試験片50に取り付けた図示しないロードセルによりピストンリング片80の押し付け荷重と摩擦力を計測した。ピストンリング片の1回の往復動における最大摩擦力を押し付け荷重で除した数値を摩擦係数aとし、試験終了前1分間(試験開始後9〜10分)の摩擦係数aの平均値を最終的な摩擦係数として採用した。実施例2−1の摩耗係数を基準(1.00)とした相対値を表3に示す。
表3から明らかなように、硬質炭素被膜に取り込まれた炭素微小粒子に起因する被膜表面の凹部及び凸部の面積率が12%以下である実施例2−1〜実施例2−7では、摩擦係数が低く、良好な耐摩耗性を有する。特に、水素含有量が5原子%以下であり、被膜表面の凹凸の面積率が10%以下、炭素間のsp結合の比率が60%以上であった実施例2−1、実施例2−2、実施例2−4〜2−6においては、特に摩擦係数が小さく、かつ被膜摩耗量の少ない良好な摺動特性であった。被膜表面の凹凸の面積率が12%以下であった実施例2−1〜実施例2−5は成膜速度が実施例2−6と比較して3倍を上回ることを確認し、高い生産性を有しつつ且つ摩擦係数が低く、良好な耐摩耗性を有することより、工業製品用途の摺動部材に適用する硬質炭素被膜として好ましい特性を有する。
これに対して、水素含有量が10原子%を越えた比較例2−1では、被膜摩耗量が多く、耐摩耗性が劣っていた。そして、凹部及び凸部の面積率が12%を上回った比較例2−2では、摩擦係数が高く、被膜摩耗量も多い。試験後に試験片の被膜摺動部を光学顕微鏡で観察すると、摺動方向に多数のキズが存在した。これは、摺動中に被膜に取り込まれた炭素微小粒子や、これに起因する被膜成長部が摺動の負荷によって脱落し、これが潤滑油に混入することによって摺動部に滞留し、被膜の摩耗を促進したためと考えられる。
本発明の摺動部材は、環境保全に対応して燃費改善を目指したダウンサイジングターボエンジンなど、燃焼温度がより高温かつ摺動部の面圧もより高面圧となっている厳しい摺動条件下で使用される場合でも、高い耐摩耗性と低い摩擦損失を有しているので、特に内燃機関に用いられる摺動部材用途に好適に使用できる。
100 摺動部材
10 基材
12 中間層
14 硬質炭素被膜
16 線状の低密度炭素部

Claims (5)

  1. 基材と、
    該基材上に形成された厚さ0.010μm以上0.6μm以下の中間層と、
    該中間層上に形成された水素含有量が10原子%以下の硬質炭素被膜と、
    を有し、
    前記硬質炭素被膜の表面の凹部及び凸部の面積率が12%以下であり、
    前記硬質炭素被膜の前記中間層との界面近傍の断面を透過型電子顕微鏡で観察したときに、前記界面から高さ300nm、幅5000nmの領域内に認められる線状の低密度炭素部の数が12箇所以下であることを特徴とする、オイル潤滑下で使用される摺動部材。
  2. 前記硬質炭素被膜が、sp結合とsp結合とが混在した炭素からなり、前記sp結合とsp結合のうちsp結合の比率が60%超100%未満である請求項1に記載の摺動部材。
  3. 前記硬質炭素被膜の水素含有量が5原子%以下である請求項1又は2に記載の摺動部材。
  4. 前記硬質炭素被膜の膜厚が5μm以上である請求項1〜3のいずれか一項に記載の摺動部材。
  5. 前記中間層が、Cr、Ti、Co、V、Mo及びWからなる群から選択された一つ以上の元素、それらの炭化物、窒化物、及び炭窒化物、並びにSiCの少なくとも一種からなる請求項1〜4のいずれか一項に記載の摺動部材。
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