JP6357606B1 - 摺動部材及びピストンリング - Google Patents

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Abstract

本開示は摺動部材に関する。この摺動部材は、母材と、母材の表面上に形成された非晶質硬質炭素膜とを含み、非晶質硬質炭素膜は母材側である内面側から外面側に向かうにしたがってsp2比が増加する傾斜構造を有する。また、本開示は上記摺動部材からなるピストンリングに関する。

Description

本開示は非晶質硬質炭素膜が摺動面に被覆された摺動部材に関し、特に自動車部品や機械部品などに使用されるものであり、その一例としてピストンリングが挙げられる。
自動車エンジンは燃費向上が求められ、例えば、摩擦損失を低減するため、低摩擦係数の非晶質硬質炭素膜を摺動面に被覆したピストンリングが一部のエンジンで適用されている。非晶質硬質炭素膜はDLC(diamond like carbon)膜(又は単に硬質炭素膜)とも称される。非晶質硬質炭素膜は、炭素の結合として、ダイヤモンド結合(sp結合)とグラファイト結合(sp結合)とが混在したものである。非晶質硬質炭素膜は、ダイヤモンドに類似した硬度、耐摩耗性及び化学的安定性を有するとともに、グラファイトに類似した固体潤滑性及び低摩擦係数を有することから、摺動部材の保護膜として好適である。
特許文献1はピストンリング基材の少なくとも外周摺動面上に形成された硬質炭素膜を有するピストンリングに関する。この硬質炭素膜は、sp成分比が40%以上80%以下の範囲内であり、水素含有量が0.1原子%以上5原子%以下の範囲内であり、表面に表れるマクロパーティクル量が面積割合で0.1%以上10%以下の範囲内であることを特徴とする。特許文献1によれば、上記構成のピストンリングは成膜が容易で、耐摩耗性に優れるとされている。なお、特許文献1における「sp成分比」は硬質炭素膜のグラファイト成分(sp)及びダイヤモンド成分(sp)に対するグラファイト成分(sp)の成分比(sp/(sp+sp))を示すものであり、透過型電子顕微鏡(TEM)に電子エネルギー損失分光法(EELS)を組み合わせたTEM−EELSスペクトルで測定される(特許文献1段落[0054]−[0056]参照)。
国際公開2015/115601号
ところで、水素を実質的に含まない非晶質硬質炭素膜(例えば水素含有量5原子%未満)は、成膜条件を調整することにより、30μm程度の膜厚まで形成可能である。しかし、sp比が高い膜は成膜に起因する残留応力が大きく、厚く成膜すると母材との密着性が不十分となり剥離が生じやすい。他方、sp比を下げた比較的軟質の膜は高面圧下における摺動による摩耗や母材の塑性変形によって剥離が生じやすいという課題を有している。
特許文献1に記載のピストンリングのように硬質炭素膜のsp成分比が40〜80%範囲内であっても硬質炭素膜が母材(ピストンリング基材)から剥離しやすいという点において改善の余地があった。すなわち、sp成分比が比較的低い膜(比較的硬い膜)を厚く成膜すると母材との密着性が十分ではなく、一方、sp成分比が比較的高い膜(比較的軟質の膜)では高面圧下の摺動による摩耗や母材の塑性変形による剥離の防止が十分ではない。特に、燃焼室内の熱をシリンダ壁面に効率よく逃がすために、熱硬化処理や表面改質がされていない高熱伝導材料を母材に適用すると、摺動時の面圧により、母材との界面部分の変形による被膜の欠けや剥離が生じる傾向にある。
本発明者らの検討によると、非晶質硬質炭素膜は以下の二つの本質的な性質を有しており、これらの性質に起因して母材に対する密着性が低いことが実用化の大きな障害となっている。
(1)成膜に起因して大きな残留応力が内在すること。
(2)炭素結合が化学的に安定であること。
本開示は、非晶質硬質炭素膜が母材から剥離するのを十分に抑制できるとともに、十分に高い耐摩耗性を有する摺動部材及びピストンリングを提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、摺動部材の摺動面に形成する非晶質硬質炭素膜の膜厚方向におけるsp比が連続的又は段階的に増加する傾斜構造とすることで、母材との密着性に優れ、被膜の欠けや剥離を防止し、耐摩耗性に優れた非晶質硬質炭素被膜を備えた摺動部材を得られることを見出し、以下の発明を完成させるに至った。
本開示の摺動部材は、母材と、母材の表面上に形成された非晶質硬質炭素膜とを備え、非晶質硬質炭素膜は母材側である内面側から外面側に向かうにしたがってsp比が増加する傾斜構造を有する。本発明者らの検討によると、かかる傾斜構造が優れた耐剥離性及び耐摩耗性の両方を十分高水準に達成するのに有用である。すなわち、摺動部材が有する非晶質硬質炭素膜(以下、場合により「被膜」という。)において、母材側のsp比が相対的に低いということは母材近傍の非晶質硬質炭素膜が比較的高強度であることを意味している。これにより、高負荷な摺動時において母材との界面近傍の被膜にかかる負荷よって生じる被膜の破壊に起因した被膜剥離を防止できる。また、軟質な母材を用いた場合であっても、母材の変形を抑制し、この変形に伴う被膜剥離を防止できる。すなわち、母材との十分な密着性を確保できる。他方、外面側のsp比が相対的に高いということは炭素原子の結合強度が比較的弱い、すなわち、被膜に柔軟性があることを意味しており、例えば摺動によって生じた摩耗粉やダスト等の異物が摺動面を通り抜ける際に、被膜表面がクッションとなり、被膜にクラックが入り剥離することを防止できる。被膜全体のsp比が高くした場合、被膜の強度が低くなってしまうのに対し、内面側と外面側でsp比に傾斜を持たせることで被膜強度(耐摩耗性)を維持しつつ密着性を確保できる。
特に、ピストンリングのような摺動面が曲面形状の部品に適用する場合は、被膜が摩耗していない摺動初期は相手材との接触面積が狭く、異物が通り抜けた際に局所的に高面圧となりクラックが生じるリスクがあるため、sp比が表層側で高いほうがよい。なお、使用に伴い被膜の摩耗が進むと徐々に面圧が低下するため、sp比は外面側よりも内面側に向かって低くて良くなる。すなわち、ピストンリングの使用に伴って被膜の摩耗が進むにつれて、被膜が有する上記傾斜構造に起因して表面にsp比が低い領域(比較的硬い領域)が露出する。この比較的硬い領域が露出する状態においては、通常、ピストンリングの面圧は初期と比較して低下しているため、例えば、上記のような局所的な高面圧によるクラックは発生しにくい傾向にある。
本開示において「sp比」は非晶質硬質炭素膜におけるsp結合及びsp結合に対するsp結合の比(sp/(sp+sp))を示すものであり、電子エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy、EELS)によって得られるスペクトルに基づいて算出される値を意味する。
なお、非晶質硬質炭素膜の厚さ方向におけるsp比の増加は連続的であってもよいし段階的であってもよいし、これらの組み合わせであってもよい。また本発明の基本的要件は、上記非晶質硬質炭素膜に関する要件であり、これらの要件を満足すれば、耐剥離性及び耐摩耗性に優れた非晶質硬質炭素膜が得られる。したがって、非晶質硬質炭素膜の外面側に耐摩耗表面処理層が更に形成されていたり、内面側に下地膜が形成された構成も本発明の範囲から外れるものではない。更に、母材と非晶質硬質炭素膜との間に特定の金属又はその炭化物もしくは窒化物からなる中間層が形成された構成も本発明の範囲から外れるものではない。
非晶質硬質炭素膜の内面側のsp比をA%とし、非晶質硬質炭素膜の外面側のsp比をB%とすると、(B−A)の値は20以上であることが好ましい。また、非晶質硬質炭素膜の内面側のsp比(A%)は40%未満であり、非晶質硬質炭素膜の外面側のsp比(B%)は65%超であることが好ましい。非晶質硬質炭素膜の水素含有量は低い摩擦係数を達成するなどの観点から5原子%未満とすることができる。非晶質硬質炭素膜の厚さは例えば3μm〜40μmである。
非晶質硬質炭素膜の表面に存在する300μm以上の大きさのドロップレットの密度は600個/mm以下であることが好ましい。ドロップレットとは、ドロップレット粒子の取り込み又は粒子の脱落に起因して非晶質硬質炭素膜表面に形成される凹部又は凸部である。
母材を構成する材料として、摺動部材の優れた熱伝導性を達成する観点から、例えば熱伝導率30W/(m・K)以上の鉄鋼材料を採用することができる。近年、環境保全の観点から更なる燃費向上と高性能化を両立するためにエンジンのダウンサイジングが推進され、例えば直噴エンジンに過給器を組み合わせたシステムの開発がなされている。これにより、エンジン温度が上昇し、ピストンリングなどの摺動部材は高温かつ高面圧といった非常に厳しい環境において機能を十全に発揮することが求められる。また、エンジン温度の上昇は、エンジン出力低下に繋がるノッキングを招来する傾向にある。これを抑制するため、ピストンリングは優れた耐摩耗性が求められ、燃焼室内の熱をピストンからピストンリングを介してシリンダ壁面に効率よく逃がすことができる高熱伝導性も求められる。
本開示は、上記摺動部材からなるピストンリングを提供する。このピストンリングは、非晶質硬質炭素膜が上記傾斜構造を有するため、非晶質硬質炭素膜が母材から剥離するのを十分に抑制できるとともに十分に高い耐摩耗性を有する。
本開示によれば、非晶質硬質炭素膜が母材から剥離するのを十分に抑制できるとともに、十分に高い耐摩耗性を有する摺動部材及びピストンリングが提供される。
本開示に係る摺動部材の一実施形態を模式的に示す断面図である。 非晶質硬質炭素膜におけるsp比のプロファイルの一例を示すグラフである。 非晶質硬質炭素膜におけるsp比のプロファイルの他の例を示すグラフである。 非晶質硬質炭素膜におけるsp比のプロファイルの他の例を示すグラフである。 非晶質硬質炭素膜におけるsp比のプロファイルの他の例を示すグラフである。 往復動摺動試験の方法を実施している様子を模式的に示す斜視図である。 往復動摺動試験後のピストンリング片の表面を示す平面図である。
以下、図面を参照しながら、本開示の実施形態について説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
<摺動部材>
図1は本実施形態に係る摺動部材の構造を模式的に示す断面図である。同図に示すとおり、摺動部材10は、母材1と、母材1の表面上に形成された非晶質硬質炭素膜3と、母材1と非晶質硬質炭素膜3との間に形成された中間層5とを備える。すなわち、摺動部材10は、母材1の表面上に中間層5を介して非晶質硬質炭素膜3を形成することによって製造されたものである。
(非晶質硬質炭素膜)
図1に示す非晶質硬質炭素膜3の断面において濃淡はsp比を表しており、具体的にはsp比が低い部分は薄く、他方sp比が高い部分は濃く表されている。つまり、非晶質硬質炭素膜3は、母材1側である内面F1側から外面F2側に向かうにしたがってsp比が増加する傾斜構造を有する。
非晶質硬質炭素膜3におけるsp比の増加は連続的であってもよいし、あるいは段階的であってもよい。図2〜5は非晶質硬質炭素膜3におけるsp比のプロファイルの例をそれぞれ示すグラフであって、横軸は膜の位置(左側が母材側であり右側が外面側)であり、縦軸はsp比の値である。図2〜4は非晶質硬質炭素膜3において、内面F1(母材1側)から外面F2に向かってsp比が連続的に増加する様子を示している。図2は直線的に増加する態様、図3は増加のカーブが上に凸である態様、図4は増加のカーブが下に凸である態様である。図5は非晶質硬質炭素膜3において、内面F1(母材1側)から外面F2に向かってsp比が段階的(ステップ状)に増加する様子を示している。なお、ここでは、sp比が連続的又は段階的に増加する態様を例示したが、これらを組み合わせた態様であってもよい。
非晶質硬質炭素膜3において、内面F1側の領域はsp比が低く(sp比が高く)、変形能が比較的小さい非晶質硬質炭素で構成されている。内面F1側に存在するsp比が低い領域は下地膜の役割を担う。すなわち、母材1としてその表面に密着性確保のための熱硬化処理や表面改質がされていないもの、あるいは熱伝導率が比較的高い材料(例えば30W/(m・K)以上)からなるものを使用した場合であっても、sp比の低い領域が界面の変形を抑制し、非晶質硬質炭素膜3の欠けや剥離を防止する役割を果たす。なお、sp比が低い(sp比が高い)非晶質硬質炭素は、sp比が高い(sp比が低い)非晶質硬質炭素と比較して高い熱伝導率を有する。
非晶質硬質炭素膜3において、外面F2側の領域はsp比が高く(sp比が低く)、比較的変形能がある非晶質硬質炭素で構成されている。外面F2側に存在するsp比が高い領域は炭素原子の結合強度が比較的弱い、すなわち、被膜に比較的変形能があることを意味しており、例えば摺動によって生じた摩耗粉やダスト等の異物が摺動面を通り抜ける際に、被膜表面がクッションとなり、被膜にクラックが入り剥離することを防止できる。特に、ピストンリングのような摺動面が曲面形状の部品に適用する場合は、被膜が摩耗していない摺動初期は相手材との接触面積が狭く、異物が通り抜けた際に局所的に高面圧となりクラックが生じるリスクがあるため、sp比が表層側で高いほうがよい。なお、使用に伴い被膜の摩耗が進むと徐々に面圧が低下するため、sp比は外面側よりも内面側に向かって低くて良くなる。sp比については被膜の全体でsp比が高い場合、被膜の強度が低くなってしまうが、内面側と外面側で傾斜を持たせることで被膜強度(耐摩耗性)を維持しつつ密着性を確保できる。また、sp比が高い材料によって外面F2が構成されていることで仕上加工が容易であるという利点がある。
非晶質硬質炭素膜3の内面F1側のsp比をA%とし、非晶質硬質炭素膜3の外面F2側のsp比をB%とすると、(B−A)の値は好ましくは20以上であり、より好ましくは20〜60であり、更に好ましくは40〜60である。(B−A)の値が20以上であることで母材1に対する非晶質硬質炭素膜3の密着性を十分に確保しやすく、非晶質硬質炭素膜3の欠けや剥離を高度に抑制できるとともに、非晶質硬質炭素膜3の優れた耐摩耗性を達成しやすい。他方、(B−A)の値が60以下の非晶質硬質炭素膜3は成膜しやすく、また過度に被膜が不均質にならず、微小なカケや剥離が発生しにくいという利点がある。
非晶質硬質炭素膜3の内面F1側のsp比(A%)は好ましくは40%未満であり、より好ましくは10〜35%であり、更に好ましくは15〜30%である。内面F1側のsp比(A%)が40%未満であることで、例えば母材1の表面に密着性確保のための熱硬化処理や表面改質がされていなくても母材1に対する非晶質硬質炭素膜3の密着性を十分に確保しやすい。他方、内面F1側のsp比(A%)が10%以上の非晶質硬質炭素膜3は成膜しやすく、またカケが生じにくいという利点がある。
非晶質硬質炭素膜3の外面F2側のsp比(B%)は好ましくは65%超であり、より好ましくは65%超80%以下であり、更に好ましくは70〜75%である。外面F2側のsp比(B%)が65%超であることで、相手材との初期なじみ性が優れ、非晶質硬質炭素膜3の欠けや剥離を高度に抑制できるとともに、非晶質硬質炭素膜3の優れた耐摩耗性を達成しやすい。これに加え、非晶質硬質炭素膜3の仕上加工性に優れるという利点がある。他方、外面F2側のsp比(B%)が80%以下の非晶質硬質炭素膜3は成膜しやすく、また過度な強度低下が起きず耐久性を確保できるという利点がある。
非晶質硬質炭素膜3の厚さは例えば3〜40μmの範囲である。非晶質硬質炭素膜3の厚さが3μm以上であれば摩滅しにくい。他方、非晶質硬質炭素膜3の厚さが40μm以下であれば膜中の内部応力が過度に大きくなることを抑制でき、欠けや剥離の発生を抑制しやすい。摺動部材10の生産性や耐久性の観点から、非晶質硬質炭素膜3の厚さは好ましくは3〜20μmであり、より好ましくは5〜12μmである。なお、非晶質硬質炭素膜3がsp比の上記傾斜構造を有することで、非晶質硬質炭素膜3を比較的厚くしても母材1との密着性を十分に確保することができる。非晶質硬質炭素膜3の厚さの下限値は8μm又は10μmであってもよく、例えば、優れた耐久性が求められる場合にあっては16μm又は22μmであってもよい。
非晶質硬質炭素膜3は低摩擦係数を達成する観点から水素を実質的に含有しないことが好ましい。具体的には、非晶質硬質炭素膜3の水素含有量は好ましくは5原子%未満であり、より好ましくは3原子%未満であり、更に好ましくは2原子%未満であり、特に好ましくは1原子%未満である。非晶質硬質炭素膜3が水素を実質的に含有しないものであれば、非晶質硬質炭素膜3の表面炭素原子のダングリングボンドが水素で終端されないため、潤滑油中のOH基をもつ油性剤構成分子が非晶質硬質炭素膜3の表面に吸着しやすく、これにより極めて低い摩擦係数を示すことが確認されている。また、水素を実質的に含有しない非晶質硬質炭素は優れた熱伝導特性を有する。非晶質硬質炭素膜3の水素含有量は、ラザフォード後方散乱分光法(Rutherford Backscattering Spectrometry、RBS)、水素前方散乱分光法(Hydrogen Forward Scattering、HFS)によって測定することができる。
非晶質硬質炭素膜3の表面に存在する比較的大きなドロップレット(例えば大きさが300μm以上)の密度は600個/mm以下であることが好ましい。この密度を600個/mm以下とすることで、相手材との初期なじみ性が優れるとともに、非晶質硬質炭素膜3の欠けや表層の剥離を抑制でき、耐摩耗性に優れる。ドロップレットの密度は300個/mm以下がより好ましい。ドロップレットの密度は、顕微鏡を使用して、表面の所定範囲に存在するドロップレット粒子の取り込み又は粒子の脱落に起因した300μm以上の大きさの凹部又は凸部の数を目視でカウントして算出することができる。もちろん、画像処理等を用いてカウントしてもよい。
(母材)
母材1としては、摺動部材10の用途に応じて適した材料を採用すればよい。摺動部材10に対して高い熱伝導性が求められる場合、例えば図1に示す構成のピストンリングを製造する場合、母材1として熱伝導率が30W/(m・K)以上の材料(例えば鉄鋼材料)を採用することが好ましい。母材1の熱伝導率はより好ましくは35W/(m・K)以上であり、更に好ましくは38W/(m・K)以上である。ピストンリングは、ピストンとシリンダ壁との気密を保つガスシール機能及び適正な潤滑油膜をシリンダ壁に保持するオイルコントロール機能に加えて、ピストン頂部に受けた熱量を冷却されたシリンダ壁に伝達する重要な機能を有している。
鉄鋼材料の熱伝導率は一般に合金元素の含有量が少ないほど高いが、逆に高温特性が劣り、熱負荷の高い環境では自動車エンジンの摺動部材として使用に供せなくなる。しかし、例えば、球状化セメンタイトの粒子分散強化等により高温特性を向上させる組織制御をして、熱伝導率と高温特性の両立を図ることが可能である。そのような鉄鋼材料として、JIS G4801に規定される材料記号SUP9及びSUP10などが挙げられる。
(中間層)
中間層5は、母材1と非晶質硬質炭素膜3との密着性を更に向上させるためのものである。中間層5としては、母材1の金属と格子整合性があり、かつ母材1の金属よりも非晶質硬質炭素膜3の炭素と炭化物を形成しやすい元素から構成されるものが好ましい。具体的には、中間層5はTi、Cr、Si、Co、V、Mo及びWからなる群から選択される少なくとも一種の金属又はその金属炭化物からなることが好ましい。また、摺動部材10が高面圧などの厳しい環境で使用されるものである場合、中間層5はTi、Zr、Cr、Si、及びVからなる群から選択される少なくとも一種の金属の窒化物からなることが好ましい。この場合、非晶質硬質炭素膜3が摩滅するようなことが生じても、中間層5の存在により摺動特性を維持することが可能となる。
中間層5の厚さは、中間層5の変形が非晶質硬質炭素膜3の密着性に影響しない程度に薄いことが好ましい。具体的には、中間層5の厚さは好ましくは0.01〜0.4μmであり、より好ましくは0.03〜0.3μmであり、更に好ましくは0.05〜0.2μmである。
母材1の表面上に非晶質硬質炭素膜3を直接形成しても十分は密着性を確保できる場合は、中間層5を設けなくてもよい。例えば、非晶質硬質炭素膜3が水素を実質的に含まない物である場合、母材1にスケールやオイル等が付着していなければ中間層5を設けなくても十分な密着性を確保しやすい。優れた密着性のため、非晶質硬質炭素膜3の形成に先立って母材1の表面を清浄な状態とすることが好ましく、例えば、機械的な前加工により母材1表面の酸化膜を除去し、炭化水素系などの洗浄剤を用いて洗浄することが好ましい。
<非晶質硬質炭素膜の成膜方法>
非晶質硬質炭素膜3は、例えば、蒸発源にグラファイトカソードを備えたアークイオンプレーティング装置を用いて形成することができる。この装置によれば、真空雰囲気中、グラファイトカソードとアノードとの間で真空アーク放電を発生させ、炭素カソード表面から炭素材料を蒸発、イオン化し、負のバイアス電圧を印加した母材(非晶質硬質炭素膜が形成される前の摺動部材)の摺動面上に炭素イオンを堆積させる工程を経て非晶質硬質炭素膜3が形成される。
非晶質硬質炭素膜3におけるSP比の分布は例えば以下の方法によって調整することができる。すなわち、アークイオンプレーティング装置において、摺動部材に印加するバイアス電圧を成膜中に適宜調整することで、目標とするSP比の分布(傾斜構造)とすることができる。
水素を実質的に含まない非晶質硬質炭素膜3を形成するには、炭素系ガスを導入せずに成膜すればよい。なお、装置内の壁面に残存する水分により、水素が5原子%未満で含有されることがある。アークイオンプレーティングにおいて特徴的に形成されるドロプレットは非晶質硬質炭素膜3に取り込まれて膜強度を低下させるため、ドロップレットを除去するための磁気フィルターを装備したフィルタードアーク方式による装置を用いてもよい。この場合、非常に均質であり、より一層ドロップレットの少ない優れた耐摩耗性を有する非晶質硬質炭素膜3を形成可能である。
以上、本開示の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、上記実施形態においては、母材1と、非晶質硬質炭素膜3と、これらの間に必要に応じて形成される中間層5とによって構成される摺動部材10を例示したが、非晶質硬質炭素膜3の外面側に例えば耐摩耗表面処理層が更に形成されていたり、内面側に下地膜が形成されていてもよい。
以下、本開示の実施例及び比較例について説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
アークイオンプレーティング装置を使用し、以下のようにしてピストンリングを製造した。まず、予め洗浄したピストンリング母材(SUP10相当材)を治具にセットした。蒸発源にグラファイトカソードとCrカソードとを備えたアークイオンプレーティング装置を準備した。この装置の自公転テーブルの自転軸に上記治具を取り付けた後、装置のチャンバ内を1×10−3Pa以下の真空雰囲気とした。チャンバ内にArガスを導入するとともに、母材にバイアス電圧を加えてグロー放電により母材表面をクリーニングした。これに引き続きCrからなる中間層を成膜した。その後、グラファイトカソードの蒸発源を放電させて中間層の表面上に非晶質硬質炭素膜を成膜した。
本実施例において、非晶質硬質炭素膜の成膜は、アーク電流を一定に保った状態とする一方、成膜時間の経過にしたがってパルスバイアス電圧を1500Vから100Vまで直線的に低下させた。これにより、内面側から外面側に向かうにしたがってsp比が増加する傾斜構造を有する実施例1に係るピストンリングを製造した。なお、パルスバイアス電圧とsp比の関係は、別途実施した予備実験で測定した。
(実施例2)
図3に示したsp比のプロファイルとなるようにパルスバイアス電圧を調整して成膜した他は、実施例1と同様にしてピストンリングを製造した。
(実施例3)
図4に示したsp比のプロファイルとなるようにパルスバイアス電圧を調整して成膜した他は、実施例1と同様にしてピストンリングを製造した。
(実施例4)
パルスバイアス電圧の変化幅を縮小してB−Aが20%未満となるように成膜した他は、実施例1と同様にしてピストンリングを製造した。
(比較例1)
成膜時間の経過にしたがってバイアス電圧を連続的に変化させることなく、バイアス電圧を一定に保った状態で非晶質硬質炭素膜を形成したことの他は実施例1と同様にしてピストンリングを製造した。
実施例1〜4及び比較例1に係るピストンリングについて以下の測定及び評価を行った。表1に結果を示す。
(1)非晶質硬質炭素膜におけるsp比のプロファイルの評価
硬質炭素被膜のsp比の膜厚方向のプロファイルを以下のようにして評価した。すなわち、非晶質硬質炭素膜の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察しながら、非晶質硬質炭素膜の内面側から外面側に向けて約2μm間隔でsp比を測定した。表1の内面近傍は、中間層との界面から非晶質炭素膜内に約0.2μmにおけるsp比の測定値である。なお、中間層を形成しない場合には、内面近傍は、基材との界面から非晶質炭素膜内に約0.2μmにおけるsp比の測定値とすればよい。外面近傍は、表面から非晶質炭素膜内に約0.2μmにおけるsp比の測定値である。sp比は電子エネルギー損失分光法(EELS)によって得られるスペクトルに基づいて算出した。
薄片化された試料の硬質炭素層をTEM-EELSによって観測し、得られた観測値は背景信号などの影響の補正を行う。補正されたデータを基に解析し、sp比を以下のようにして算出する。
(1)エネルギー損失スペクトルは240eV以下から550eV以上までの領域において、データを取得する。
(2)エネルギー損失が320eV以上のデータについて、近似曲線を算出する。
(3)得られた近似曲線に基づいて観測値を規格化する。
(4)規格化されたデータを用いて、280〜295eVの範囲において、Gauss関数を用いてピーク分離を行い、低エネルギー側のピーク面積を求め、その値をSπとする。
(5)規格化されたデータにおいて、280〜310eVの面積を算出し、Sπ+σとする。
(6)同様に、ダイヤモンド及びグラファイトの試料について、上記(1)〜(5)までの手順で観測し、285eV付近のピークの面積及び280〜310eVの面積をそれぞれ算出する。ダイヤモンドについて得られた面積をSdπ及びSd(π+σ)とし、グラファイトについては、Sgπ及びSg(π+σ)とする。そして、sp比は下記の式で算出される。
(2)非晶質硬質炭素膜の水素含有量の測定
非晶質硬質炭素膜の水素含有量をラザフォード後方散乱分光法(RBS)及び水素前方散乱分光法(HFS)によって求めた。水素含有量は非晶質硬質炭素膜の外面側を測定した。測定装置として、CEA社製RBSを使用し、測定条件は以下のとおりとした。
・入射イオン:2.275MeV 4He++(RBS、HFS)
・ビーム径:1〜2mmφ
・RBS検出角度:160°
・Grazing angle:110°
・HFS検出角度:130°
(3)非晶質硬質炭素膜の厚さ測定
球面研磨法による、いわゆるCALOTEST(研磨痕の寸法測定)によって非晶質硬質炭素膜の厚さを測定した。
(4)往復摺動試験による耐剥離性及び耐摩耗性の評価
往復摺動試験によって耐剥離性を評価した。試験装置として、図6に示す構成のものを使用した。図6に示すFC(鋳鉄)プレート21はシリンダに相当するものであり、治具(不図示)に固定されたピストンリング片22が潤滑油23の存在下、FCプレート21上をピストンリング片22の厚さ方向(図6の左右方向)に往復動するように構成されている。なお、FCプレート(21)として、研磨加工により表面粗さRzjisを1.1μmに調整したものを使用した。ピストンリングを長さ約30mmに切断することによってピストンリング片(22)を準備した。試験条件は、垂直加重(F)500N、600N、700N、800N又は900N、ストローク3mm、速度3000rpm、プレート温度120℃、エンジン油0W−20を3滴滴下した潤滑下とし、試験時間は30分とした。非晶質硬質炭素膜の耐剥離性の評価は図7に示す試験後のピストンリング片22に生じた楕円形状の摺動部24の周辺部分における剥離の有無を目視により観察することによって行った。また、耐摩耗性の評価を実施例1の摩耗量(垂直荷重:500N)を基準として評価した。
本開示によれば、非晶質硬質炭素膜が母材から剥離するのを十分に抑制できるとともに、十分に高い耐摩耗性を有する摺動部材及びピストンリングが提供される。
1…母材、3…非晶質硬質炭素膜、5…中間層、10…摺動部材(ピストンリング)、21…FC(鋳鉄)プレート、22…ピストンリング片、23…潤滑油、24…摺動部、F1…非晶質硬質炭素膜の内面、F2…非晶質硬質炭素膜の外面。

Claims (8)

  1. 母材と、
    前記母材の表面上に形成された非晶質硬質炭素膜と、
    を備え、
    前記非晶質硬質炭素膜は、前記母材側である内面側から外面側に向かうにしたがってsp比が増加する傾斜構造を有
    前記非晶質硬質炭素膜の前記内面側のsp 比をA%とし、
    前記非晶質硬質炭素膜の前記外面側のsp 比をB%とすると、
    (B−A)の値は20以上である、摺動部材。
  2. 前記非晶質硬質炭素膜の前記内面側のsp比が40%未満であり、
    前記非晶質硬質炭素膜の前記外面側のsp比が65%超である、請求項に記載の摺動部材。
  3. 前記非晶質硬質炭素膜の水素含有量が5原子%未満である、請求項1又は2に記載の摺動部材。
  4. 前記非晶質硬質炭素膜の厚さが3μm〜40μmである、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材。
  5. 前記非晶質硬質炭素膜の表面に存在する300μm以上の大きさのドロップレットの密度が600個/mm以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材。
  6. 前記母材が熱伝導率30W/(m・K)以上の鉄鋼材料からなる、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材。
  7. 前記母材と前記非晶質硬質炭素膜との間に中間層を更に備える、請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材。
  8. 請求項1〜のいずれか一項に記載の摺動部材からなるピストンリング。
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