半導体やフラットパネルディスプレイの製造工場などに設けられる工業用クリーンルームは、大きな空間の中を間仕切り等で区切った型式のものが2000年前後までの国内外における主流であった。間仕切りにより仕切られたエリア毎に清浄度を区別し、半製品や製品への汚染度合いを管理する一方で省エネルギーを図る設計である。この種のクリーンルームでは、天井全面にHEPAフィルタを敷設し、温調された給気を天井の上方からHEPAフィルタを通して室内へ鉛直下向きに給気する。一方、床はパンチングパネルやグレーチングで形成した上げ床となっており、床面を通しても空気が下向きに流れることで室内全体における空気の流れがダウンフローになる。
このようなクリーンルームでは、HEPAフィルタで繰り返しろ過した空気を室内で循環するようになっており、換気回数は低い清浄度のエリアで30回以上、高清浄度エリアでは150回以上にのぼる。こうして、特に高清浄度エリアでは、半製品や製品がエリア内のどこで暴露されても塵埃などが付着しないようにし、不具合等の発生を防止していた。しかしながら、こうした古い型のクリーンルームでは、ろ過循環風量が膨大となり、HEPAフィルタ等の設置や維持、空気の循環のためのファンの稼働等に莫大なイニシャルコストやランニングコストがかかっていた。
その後、半製品や製品を製造したり搬送したりする領域だけを局所的に清浄化するミニエンバイロメントやマイクロエンバイロメントと呼ばれる考え方が生まれ、実際に生産装置や工程間搬送等に導入された。これは、半製品や製品が暴露される空間を小空間として他から隔離し、該小空間内を局所的に高清浄に保つという技術思想である。この方式では、クリーンルーム内でも特に高い清浄度を確保する領域は局所に限定され、その他の領域にはさほどの清浄度は要求されないため、室全体としてはある程度の清浄度を保てば良いことになる。こうして、2007年前後には、大空間(ボールルーム)が工業用クリーンルームの主流となっていった。
このような大空間(ボールルーム)式のクリーンルームでも、空気の流れは概ね上述した古い型のクリーンルームと同様であり、パンチングパネル等で形成した上げ床の開孔から、スラブ床と上げ床との間の床下に空気を吸い込み、その空気を温調して再び天井から除塵して吹き出すようにしている。こうして、室内で発生した塵埃をいち早く排除するようになっている。
上述の如き古い型のクリーンルームに対する大空間式のクリーンルームの利点としては、ろ過循環風量を大幅に減らして空気の清浄化にかかるコスト(HEPAフィルタやファンの設置や維持にかかるコスト)を低減できることは勿論であるが、その他に間仕切りの削減が挙げられる。古い型のクリーンルームでは、清浄度を領域毎に分けるため、例えば半製品や製品が暴露される作業域と、暴露されない生産装置のメンテナンス域等との間を間仕切りで仕切る必要があった。すなわち、生産装置の外郭に合わせた開口を有する間仕切りを特製してクリーンルームに設置し、前記開口に生産装置を嵌め込むことで、生産装置を間仕切りによって輪切りにするような形で前記作業域と前記メンテナンス域とを別の空間に区分していたのであるが、このような室内の間仕切りは、製品工程の見直しなどの際に邪魔になってしまう。一方、大空間式のクリーンルームでは、高い清浄度を確保すべき領域は局所に限定され、それ以外の領域では清浄度を細かく分ける必要がない。このため、古い型のクリーンルームと比較して間仕切り(生産装置を輪切りにする形で設置されるため、クリーンルーム内のレイアウト変更等に際し邪魔になってしまうような間仕切り)が不要となる部分が多いのである。こうして、クリーンルームを大空間として構成し、機器2の配置に関して自由度を確保することができる。
図8〜図10はこうした従来の大空間式の工業用クリーンルームにおける空調システムの一例を示している。半導体の生産設備の作業室等である対象空間Sの上げ床1aには、各種の生産装置等である機器2が載置されており、上階の床スラブから吊下げ設置された天井3の下面には、被加工物4を搬送するための天井搬送装置5が装備されている。被加工物4は、例えば半導体集積回路を形成する母材のウエハや、フラットパネルディスプレイの基板といった基板状の物品、あるいはそれらの基板状の物品を複数枚収納自在な基板収納容器等である。天井搬送装置5は、天井3に沿って配置された搬送レール6と、該搬送レール6に沿って移動可能な搬送車7とを備えており、搬送車7は、被加工物4を積み込んで搬送レール6に沿って移動しつつ、機器2との間で被加工物4の受け渡しを行うようになっている。搬送レール6は、天井3の構成材、あるいは上階の床スラブから吊られるようにして、天井3に沿って取り付けられる。機器2と搬送車7との間で被加工物4の受け渡しが行われる領域や、天井搬送装置5、機器2の内部などは、被加工物4が周囲の空気に暴露されないように特に隔離されている。例えば被加工物4が収納容器等である場合、被加工物4の受け渡しが行われる領域では被加工物4の隔離蓋が開放されるので、こうした措置が必要となる。
天井3には、さらに対象空間Sに空気Aを送り出すための送風ユニット8が設置されている。送風ユニット8は、ファン・フィルタ・ユニット(FFU)等と称される装置であり、筐体の上側にファンが、下側にはHEPAフィルタが設けられている。そして、天井3の上方の空気Aをファンにより筐体内に吸い込んでフィルタに吹き付け、該フィルタを通って浄化された空気Aを下方の対象空間Sへ下向きに送り出すようになっている。上げ床1aは、床スラブの上方にパンチングパネルやグレーチング等により形成されており、対象空間Sに送り込まれた空気Aは、パンチングパネルやグレーチング等である床1の開孔9から上げ床1aと床スラブとの間に形成された床下の空間に抜け、床下と天井裏を連通するレタンシャフト10を通って上階の床スラブと天井3の間の天井裏へ送られ、再度送風ユニット8から対象空間Sに供給される。
ここに示した例では、図9に示す如く、天井3に送風ユニット8を疎らに配置している。上述した古い型のクリーンルームであれば、平面視で天井のほとんどの面積に送風ユニットを載置する必要があったが、ミニエンバイロメントやマイクロエンバイロメントの考え方を導入したクリーンルームでは古い型のクリーンルームと比較して風量を大きく減じることができる。具体的には、古い型のクリーンルームでは、対象空間のうちでも特に清浄度を高く保つべき領域全体を清浄度クラス3〜4に保つために150回〜300回の換気が必要であったところ、ここに示したクリーンルームでは、対象空間S全体の清浄度はクラス5〜6程度で良く、換気回数は50回以上100回以下程度で済む。このため、送風ユニット8の数を大幅に減らすことができるのである。また、クラス5〜6程度の清浄度を達成するためには、要求される風量が比較的小さくて済むということも送風ユニット8の台数の削減に寄与している。つまり、目標の清浄度がクラス5〜6程度であれば、室内における空気Aの流れは厳密なダウンフローでなくても良く、空気Aが全体として下方向に流れていれば十分である。
送風ユニット8の設置にあたっては、例えば各送風ユニット8の平面寸法を1グリッドとする天井セルを天井3に備え、2〜6グリッドにつき1台の送風ユニット8を載置し、他のグリッドは閉鎖パネルを設置して塞ぐようにしている。ここで、送風ユニット8の配置がある程度以上疎らであると、閉鎖パネルの設置されたグリッドの下方の空間に、隣接する送風ユニット8からの吹出し気流が広がるように流れ込み、場所によってはダウンフローが保たれなくなることがあるが、上述の如く、ここに示したような大空間式のクリーンルームの場合、所定の清浄度(クラス5〜6)を保つ上では問題ない。
ただし、機器2の発熱量が多いなど、風量が多く要求される場合には、さらに閉鎖パネルグリッドの一部を送風ユニット8に代替して風量を稼ぐことになる。被加工物4である基板等の製品の集積度は近年においても未だに向上しており、その生産装置である機器2内において化学反応等により生じる熱も増えている。こうした発熱への対応のため、機器2の種類によってはエリア毎に送風ユニット8の数を増減させる必要があり、場合によっては、天井構成材としての天井セルは天井3の全面に必要になる。
床下からレタンシャフト10を通って天井裏に至る経路のいずれかの位置(ここでは、レタンシャフト10の入口)には冷却ユニット11が設置されており、レタンシャフト10から天井裏へ向かう空気Aを冷却するようになっている。冷却ユニット11は、例えば内部に冷水等である冷媒Wが流通するドライコイルであり、外部の冷熱源(図示せず)から冷媒往き配管12を通して低温の冷媒Wを引き込み、前記ドライコイルの周囲を流通する空気Aとの間で間接的に熱交換させてから、温度の上昇した冷媒Wを冷媒還り配管13を通して前記冷熱源へ戻すようになっている。図示しない前記冷熱源にはポンプが備えられており、冷媒Wは前記ポンプの搬送力により冷媒往き配管12を通して冷却ユニット11のコイルチューブ内に導入される。該コイルチューブ内を通過して温度の上昇した冷媒Wは、前記ポンプの搬送力で冷熱源に戻される。空気Aは、前記コイルチューブの外側を送風ユニット8の静圧により搬送される。
冷却ユニット11としてドライコイルを用いているのは、不必要な除湿を防止するためである。上述した古い型のクリーンルームと比較すれば風量をかなり少なくできるとはいえ、ここに例示したようなクリーンルームではやはり相当の風量を冷却ユニット11にて冷却することになる。ここで、冷却ユニット11で空気Aを除湿してしまうと、レタンシャフト10や天井裏などで空気Aを別途加湿する必要が生じる。これを避けるため、冷却ユニット11は出口における空気温度を冷媒往き温度よりある程度高く保つドライコイルとしている。コイル出口における空気を露点温度近くまで低下させないことで、コイル表面で空気A中の水分が凝縮しないようにしているのである。
こうして、対象空間Sから床下、さらにレタンシャフト10から天井裏へと空気Aが循環し、対象空間Sへ送られる空気Aは送風ユニット8にて浄化され、機器2の排熱を含んだ空気Aは冷却ユニット11にて冷却されるようになっている。
尚、図示は省略するが、被加工物4を原料から製品にまで加工するにあたり、製造装置である機器2内で行われる化学処理等に伴い、生じる排気を処理するために室内から空気Aの排出を行うことが多い。一方、室内の清浄度を維持するには、外部からの塵埃の侵入を防止するために作業空間Sや天井裏などを正圧に保つ必要がある。このため、排気量を上回る量の外気を、図示しない外調機などで清浄化し、温調して室内に押し込んでいる。
この種のクリーンルームの空調システムに関連する先行技術文献としては、例えば、下記の特許文献1等がある。
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照して説明する。
図1〜図5は本発明の実施によるクリーンルームの空調システムの形態の一例を示しており、図中、図8〜図10と同一の符号を付した部分は同一物を表している。尚、図1〜図5に示した構成は、例えば空調システムを備えた対象空間Sにおける一部分であり、同様の構成が平面視で縦横に複数連続していても良い。また、説明の便宜上、一部の図では各構成要素の一部または全部について図示を省略している。例えば、図2では被加工物4や搬送車7の図示を省略しており、図4、図5ではこれらに加えて搬送レール6をも省略している。また、図1や図4、図5では送風ユニット8を一部のみ記載している。機器2についても、図4や図5では一部のみ記載している。また、後に説明する図6、図7においても、被加工物4や搬送車7の図示を省略している。この他にも、幾つかの構成要素について、図が煩雑になることを避けるため、各図で適宜図示を省略している。
対象空間Sの床1には機器2が載置されており、上階の床スラブから吊下げ設置された天井3の下面には、被加工物4を搬送するための天井搬送装置5が装備されている。被加工物4は、例えば半導体集積回路を形成する母材のウエハや、フラットパネルディスプレイの基板といった基板状の物品、あるいはそれらの基板状の物品を複数枚収納自在な基板収納容器等である。天井搬送装置5は、天井3の下方に取り付けられた搬送レール6と、該搬送レール6に沿って移動可能な搬送車7とを備えており、搬送車7は、被加工物4を積み込んで搬送レール6に沿って移動しつつ、機器2との間で被加工物4の受け渡しを行うようになっている。搬送レール6は、天井3の構成材、あるいは上階の床スラブから吊られるようにして、天井3に沿って取り付けられる。機器2と搬送車7との間で被加工物4の受け渡しが行われる領域や、天井搬送装置5、機器2の内部などは、被加工物4が周囲の空気に暴露されないように隔離されている。天井3には送風ユニット8が設置されており、該送風ユニット8からクリーンな空気Aが下方の対象空間Sに送り出される。
以上の構成については図8〜図10に示す上記従来例と概ね共通しているが、本実施例の場合、送風ユニット8の配置に特徴があり、これに伴いレタンシャフト10が省略されているほか、全体的な空気Aの流れも従来例と大きく相違している。また、床1は、従来例における上げ床1aとは異なり、空気Aが通過する開孔9は必須ではなく、パンチングパネルやグレーチングではない全面閉鎖の床面として構成して良い。以下、説明する。
本実施例では、送風ユニット8を上記従来例(図9参照)の如く対象空間Sの上方全体に満遍なく配置するのではなく、図2に示す如く、天井搬送装置5の搬送レール6の上方にあたる位置に集中して配置し、送風ユニット8からの空気Aを高度清浄域S1に集中して供給するようにしている。これは、対象空間Sの中でも、他の領域に比べて高い清浄度の要求される領域に集中して清浄な空気Aを供給するための措置である。すなわち、例えば対象空間Sとして工業用クリーンルームを想定する場合、対象空間S内において最も清浄度を確保すべき領域は、基板等の物品やその収納容器である被加工物4が露出する可能性のある場所である。具体的には、本実施例の場合、被加工物4が搬送車7によって搬送され、搬送車7と機器2との間で被加工物4の受け渡しが行われる場所、すなわち搬送レール6の周辺の領域である。被加工物4自体に塵埃等の異物が到達しない限り、被加工物4が存在しない場所にはさほどの清浄度は要求されない。また、機器2の内部は対象空間Sから構造的に隔離されて清浄度が保たれるので、送風ユニット8による清浄な空気Aの供給が最も必要とされる領域は、平面視で搬送レール6の周辺にあたる領域ということになるのである。
より具体的に詳述すると、被加工物4が基板等の収納容器である場合、機器2との受け渡し時に前記収納容器の蓋が開閉されて内部に収容された基板等が露出するため、被加工物4の受け渡しが行われる場所に特に高い清浄度が要求される。また、クリーンルームによっては、被加工物4の受け渡し場所の近傍に搬送レール6を余分に引き回し、搬送車7のストック場所としている場合もあり、そういった場合は、ストック中に搬送車7の被加工物4上に塵埃が積もらないよう、ストック場所の周囲もクリーン化することが望ましい。よって、被加工物4の受け渡し場所やストック場所を含む搬送レール6の周辺の領域の清浄度を高く保つべきである。尚、こうした領域は、通常のクリーンルームにおいてはもとより隔離されており、基本的に塵埃が流入する機会は少ない。しかしながら、例えば被加工物4が受け渡される機器2の図示しないロード部等、空気Aの気流とは別の、隔離のために別途形成される気流と空気Aがわずかに混合したり、あるいは被加工物4の収納容器である場合、その蓋が何らかの要因により開閉し、生じた隙間から空気Aが流入するような機会がないとは言えない。
以下、対象空間Sのうち、被加工物4の搬送路や、被加工物4の受け渡しが行われる場所など、「他の領域と比較して高い清浄度が要求される領域」のことを、高度清浄域S1と称する。また、それ以外の領域を非高度清浄域S2と称することとする。高度清浄域S1の設定清浄度は、例えばクラス5〜6であるが、その場合、実態としては設定清浄度よりも清浄な空間となる。非高度清浄域S2については、設定清浄度はクラス6程度で良い。尚、これは一例であって、各領域の清浄度については本発明を実施するにあたり適宜設定し得る。各領域の設定清浄度はここに例示したより高く設定しても、低く設定しても十分成立し得る。
非高度清浄域S2の平面積は、高度清浄域S1の平面積と同等以上とすることが好ましい。後述する空気Aの循環のためである。
機器2にとっては、搬送車7との間で被加工物4の受け渡しを行う前面部2aで特に清浄度が要求される。このため、図2、図3に示す如く、機器2は前面部2aのみが搬送レール6下方の高度清浄域S1へわずかに突出するように配置され、前面部2a以外は非高度清浄域S2内に位置する。尚、機器2からの排熱は、前面部2a以外(背面部2bなど)から排出される。
このように、本実施例では、搬送レール6の周辺を高度清浄域S1に設定し、該高度清浄域S1に隣接する領域(ここでは、上方の天井3)に送風ユニット8を集中して配置している。これに伴い、本実施例では、高度清浄域S1の上方には天井3を設置し、該天井3の上側に天井裏の空間を有する構造としているが、非高度清浄域S2の上方は天井3の設置されない直天井となっており、ここでは上階の床スラブ下面(スラブ面15)が露出している。また、天井3の縁にあたる部分の上側、すなわち高度清浄域S1と非高度清浄域S2との境界の上方には天井側壁14を設け、天井3の設置された高度清浄域S1の上方の領域を非高度清浄域S2の上方の領域と区画している。これは、非高度清浄域S2の上方には送風ユニット8を設置する必要がないからでもあるが、後述する空気Aの循環のための構成でもある。尚、以下では天井3とスラブ面15に挟まれ、且つ天井側壁14により画成された領域を天井内空間Cと称することとする。
また、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との間には垂壁16が設置されている。垂壁16は、天井3の縁にあたる部分から下方に向かって鉛直方向に沿って延びる垂壁部材であり、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との間を、両空間の下方が連通するように不完全に隔てている。尚、垂壁16を配置する位置は必ずしもここに示すように平面視で天井3の縁でなくとも良く、高度清浄域S1と非高度清浄域S2の間に配置されていれば良い。例えば、平面視で機器2の縁に沿った位置に配置しても良い。
天井3から垂壁16の下端までの寸法は、以下のように設定すべきである。まず、垂壁16の下端の位置は、床1における機器2の移設の妨げとならないよう、床1よりは上方とする。また、垂壁16が機器2に接すると、やはり機器2の移設の妨げとなるため、垂壁16の下端は機器2の上端よりは上方に位置していることが好ましい。一方、後述する空気Aの循環の観点から、床1と垂壁16の下端とは一定の距離を保ちながらある程度近接させ、垂壁16の下方を流れる空気Aの流速をある程度小さく保つのが良い。空気Aの循環と機器2の移設自由度の両立のためには、垂壁16は下端が機器2の上端より10cm前後高い位置に来る程度の寸法とするのが最も好適である。本実施例では、垂壁16の下端は機器2の上端から垂直方向に距離を保って同じ高さで連続しており、機器2同士の間を遮るものはない。垂壁16は、パネルのような硬質の素材で構成しても良いし、また、ビニールシートのような軟質の素材であっても良い。尚、垂壁16に関し、「鉛直方向に沿って延びる」とは必ずしも正確な鉛直面を有することを指すものではなく、垂壁16は鉛直方向に対して傾きを有していても良い。鉛直方向に沿った向きとは、鉛直方向を成分として含む向きといった程度の意味である。
本実施例の場合、図2、図4、図5に示す如く、対象空間Sにおいて搬送レール6が平面視でH型に設置されている。ここに示した例では、対象空間Sに設置された機器2のうち、図2中における上側の4台が同種であり、下側の4台が同種である。そして、例えば被加工物4に対し、上側の4台の機器2においてある工程の加工を施した後、下側の4台の機器2において次の工程の加工を施すようになっている。そして、上側の4台の機器2に被加工物4を搬送するための搬送レール6が平面視で上側の4台の機器2同士の間を渡すように横方向に沿って配置されると共に、下側の4台の機器2に被加工物4を搬送するための搬送レール6が平面視で下側の4台の機器2同士の間を渡すように横方向に沿って配置される。さらに、上側の4台の機器2が配置されたエリアから、下側の4台の機器2が配置されたエリアへ被加工物4を搬送するための搬送レール6が図中左右の通路に平面視で上下方向に配置されて前記左右方向の搬送レール6に接続され、全体として平面視でH型をなしている(尚、図2中、右側に上下方向に延びる搬送レール6が設置された領域は中央通路、左側に上下方向に延びる搬送レール6が設置された領域は壁際の通路であるまた、該壁際の通路のうち、搬送レール6及び上方(図面に関して手前)に送風ユニット8が設置された右側の領域は高度清浄域S1の通路、搬送レール6や送風ユニット8が設置されない左側の領域は非高度清浄域S2の通路である。そして、該搬送レール6に沿ったH型の領域を高度清浄域S1に設定し、該高度清浄域S1の上側の空間を天井内空間Cとしている。天井側壁14、及び垂壁16は、H型の高度清浄域S1と、非高度清浄域S2との境界に、平面視で一対のコの字型となるよう配置される。
高度清浄域S1の上方にあたる天井内空間Cには、天井3に送風ユニット8が設置される。送風ユニット8を設置する領域には、アルミ等を材料とする構成材を平面視で格子状に組んで天井セルを形成し、スラブ面15の下面から吊下げ設置する(こうした天井セルの構造を、図4における天井3の一部に示す)。そして、構成材によって組まれた格子の開口であるグリッドに、送風ユニット8を適宜な配置により設置する。残りのグリッドは、閉鎖パネルを設置して塞いでいる。天井側壁14や垂壁16も、例えば平面視で前記天井セルの構成材に沿って配置するなど、天井セルを利用して設置することができる。
このほか、本実施例の空調システムには、空気Aを冷却するための構成が設けられる。本実施例においては、上述の如く高度清浄域S1の上方に天井3を設置し、該天井3の上側の空間を天井内空間Cとして画成しているが、天井3の構成部材は同じ高さで非高度清浄域S2の一部(ここでは、図2中における左端の壁際の通路のうち、左側にあたる部分)の上方まで延長しており、その延長した部分の上方を天井空間Cとは別の第二の天井内空間(以下、吸込チャンバC1と称する)として画成している。そして、非高度清浄域S2内の空気Aが一旦吸込チャンバC1を経由してから天井内空間Cに送り込まれ、空気Aはその過程で冷却されるようになっている。具体的には、非高度清浄域S2の上方の領域(図2における左側の領域)を天井内空間Cから隔てるように、天井側壁(第一の天井側壁)14とは別の側壁(第二の天井側壁)17を設け、天井3から非高度清浄域S2の上方へ延長した部分と共に吸込チャンバC1を画成している。吸込チャンバC1は天井内空間Cと連通され、その連通箇所に冷却ユニット11を設置している。尚、冷却ユニット11の設置位置は天井3の高さより上であれば良く、吸込チャンバC1から天井内空間Cに至る経路の何処に設置しても良い。
ここで、非高度清浄域S2の上方でスラブ面15の一部の下方(本実施例の場合、図2左端の壁際の通路のうち、左側の部分)に位置する天井を、第二の天井20と称することとする。この第二の天井20は、非高度清浄域S2の天井をなすと共に吸込チャンバC1の床部分を構成する部分である。本実施例においては、第二の天井20は天井3と同じ高さで連続しているが、第二の天井20の役割は非高度清浄域S2の上方に吸込みチャンバC1を画成することであり、この役割を果たす限りにおいて種々の構成や配置を取り得る。例えば、第二の天井20は天井3とは異なる高さに設置されていても良いし、天井3から水平方向に離間した位置に設置されていても良い。ただし、本実施例の如く天井3と第二の天井20とが同じ高さで連続した構成とすることが、第二の天井20にかかる設置の手間やコストの面で最も簡便である。
吸込チャンバC1は、こうして天井内空間Cと隣接するように画成されるが、吸込チャンバC1には送風ユニット8は設置されない。また、天井内空間Cにおいて吸込チャンバC1を区画する第二の天井側壁17は第一の天井側壁14と直接連続していない。吸込チャンバC1は、天井内空間Cの一部(図2中、左端にあたる部分)を挟んで非高度清浄域S2と隣接した形となっており、吸込チャンバC1を画成する第二の天井側壁17は、天井内空間Cを画成する第一の天井側壁14と、天井内空間Cを挟んで向かい合っている。そして、互いに向かい合う第一の天井側壁14と第二の天井側壁17との間には開口としての吸込ダクト18が設置され、天井内空間Cの一部を貫いて非高度清浄域S2と吸込チャンバC1とを連通している。
本実施例の場合、吸込ダクト18は互いに向かい合う第二の天井側壁17と第一の天井側壁14の間を水平方向に繋ぐダクト状の部材として構成される。上述の如く、吸込チャンバC1は非高度清浄域S2と水平方向に直に隣接してはいないが、両空間が吸込ダクト18により天井内空間Cの一部を通して連結される形である。ダクト状の吸込ダクト18の内部は、天井内空間Cとは隔絶されている。
吸込ダクト18の設置位置は、第一の天井側壁14ないし第二の天井側壁17のなるべく上方(スラブ面15の直下)とすることが好ましい。後述するように、温度成層による上昇気流を用いて空気Aを効率よく循環させるためである。
また、第二の天井側壁17における吸込ダクト18とは別の箇所には連通口19が設けられており、この連通口19において、吸込チャンバC1と、天井内空間Cとが連通している。そして、連通口19には、空気Aを冷却するための冷却ユニット11が備えられており、吸込チャンバC1から天井内空間Cへ流れる空気Aの全量が冷却ユニット11を通過するようになっている。冷却ユニット11は、例えば上述の従来例(図8〜図10参照)における冷却ユニット11と同様の装置であり、内部に冷水等の冷媒Wが流通する冷却コイルを備えている。外部の冷熱源(図示せず)から、冷媒往き配管12を通して低温の冷媒Wを引き込み、周囲の空気Aとの間で間接的に熱交換させてから、温度の上昇した冷媒Wを冷媒還り配管13を通して前記冷熱源へ戻すようになっている。図示しない前記冷熱源にはポンプが備えられており、冷媒Wは前記ポンプの搬送力により冷媒往き配管12を通して冷却ユニット11のコイルチューブ内に導入される。該コイルチューブ内を通過して温度の上昇した冷媒Wは、前記ポンプの搬送力で冷熱源に戻される(尚、冷媒往き配管12と冷媒還り配管13は、図2〜図5においては図示を省略している)。
このようにすると、空気Aが非高度清浄域S2から天井内空間Cへ移動する際には、非高度清浄域S2から吸込ダクト18を通って一旦吸込チャンバC1に入り、そこから冷却ユニット11の設置された連通口19を通って天井内空間Cに到達する。そして、空気Aは送風ユニット8から高度清浄域S1に送り込まれる前に、必ず経由する連通口19において冷却ユニット11で冷却されることになる。こうして、天井内空間Cから送風ユニット8を介して高度清浄域S1に供給された空気Aは、機器2の排熱を回収しつつ非高度清浄域S2に流れ、さらに吸込ダクト18から吸込チャンバC1を経由し、連通口19にて冷却ユニット11で冷却されて天井内空間Cへ戻る。こうした空気Aの循環にかかる搬送力は、送風ユニット8の静圧により賄われ、冷却ユニット11における空気Aの通過や、吸込チャンバC1における空気Aの流通等に関し、特に別途送風のための機構を配置する必要はない(ただし、本発明を実施するにあたり、送風ユニット8だけで搬送力が不足するような場合には、冷却ユニット11や吸込チャンバC1等に送風のための機構を設置し、搬送力を補っても良い)。
尚、ここでは天井内空間Cの一端側を第二の天井側壁17により画成して吸込チャンバC1を形成した場合を例に説明したが、吸込チャンバC1を設置する位置や形式はこれに限定されない。吸込チャンバC1の役割は、上述の通り送風ユニット8から空気Aを送り出すにあたり、空気Aを冷却ユニット11に確実に通過させることにあるので、この役割を好適に果たし得る限りにおいて、吸込チャンバC1としては種々の形式を採用し得る。
例えば、図6に別の実施例として示す如く、搬送レール6の配置が異なる場合には、それに合わせて高度清浄域S1の配置も変更され得る。図6に示す例では、搬送レール6が平面視でT字状に配置されており、上方に送風ユニット8の設置された高度清浄域S1の形状も平面視でT字状になっている。つまり、図中左側に上下方向に沿って延びる通路の上方(図面から見て手前側)には、送風ユニット8が設置されない。本別の実施例では、この領域には搬送レール6が設置されないために相対的に高い清浄度は要求されない。よって、ここは非高度清浄域S2と設定され、送風ユニット8は設置されない。そして、吸込チャンバC1が非高度清浄域S2と第一の天井側壁14を介して直接隣接している。非高度清浄域S2内の上方で熱溜まりを形成する空気Aは、第一の天井側壁14に設けた吸込口18a(ここでは、第一の天井側壁14のみを貫通すれば吸込チャンバC1と非高度清浄域S2とが連通するため、開口として吸込ダクト18の代わりに吸込口18aを設けている)から吸込チャンバC1に流れ、冷却ユニット11で冷却されつつ第二の天井側壁17に位置する連通口19から天井内空間Cに送られるようになっている。
図7はさらに別の実施例を示しており、ここに示す例では、吸込チャンバC1や第二の天井側壁17、第二の天井20を省略し、非高度清浄域S2と天井内空間Cとを直接連通している。連通口19は非高度清浄域S2と天井内空間Cとを隔てる第一の天井側壁14に備えられ、冷却ユニット11はコイル部分が天井内空間C内に位置するように連通口19に設置されている(尚、冷却ユニット11はここに示すように天井内空間C内ではなく、大部分が非高度清浄域S2側に位置するように設置しても良い)。非高度清浄域S2の上方で熱溜まりを形成する空気Aは、第一の天井側壁14に設けられた連通口19を通り、冷却ユニット11で冷却されつつ天井内空間Cに送られる。
この他に、天井内空間C内に複数箇所の吸込チャンバC1を設け、各吸込チャンバC1毎に冷却ユニット11を備えることもできる。あるいは、天井内空間C以外の場所に吸込チャンバC1を設置しても良いし、また例えば、ダクトもしくはチューブ状の空間として吸込チャンバC1を構成することもできる。こうした配置は、高度清浄域S1への適切な送風や、空気Aの冷却効率等を考慮して適宜決定すべきである。ただし、対象空間S内における床1上のスペースの有効利用や、冷却ユニット11における経済的な熱交換(コイルの熱交換面積や列数、空気Aの圧力損失)といった観点からは、本明細書や図面に示した各実施例の如く、吸込チャンバC1を天井内空間Cと同じ高さに形成すると共に吸込ダクト18や連通口19により空気Aの流路を形成し、連通口19に備えた冷却ユニット11で空気Aを冷却することが最も好ましく、且つ簡便である。
上記した本実施例における空気Aの循環について、より詳しく説明する。高度清浄域S1の上方の天井3には、送風ユニット8がある程度の密度で設置されており、該送風ユニット8から下向きに吹き出される清浄な空気Aは、ほぼダウンフローとなって高度清浄域S1に流れる。空気Aは、被加工物4の受け渡しが行われる機器2の前面部2aを下向きに流れ、塵埃を除去しながら垂壁16の下端や機器2の端面を迂回し、側方流れとなって非高度清浄域S2ヘ押し出される。非高度清浄域S2では、空気Aは天井3より上方に位置する吸込ダクト18の入口に向かうアップフローとなる。
本実施例では、送風ユニット8における吹出温度は、例えば20℃とする。すなわち、冷却ユニット11で冷却されたうえで送風ユニット8のフィルタ(HEPA面)から吹き出される空気Aの温度が20℃である。天井内空間Cから送風ユニット8を通って20℃で供給される空気Aは、下方の高度清浄域S1へ送り込まれ、被加工物4が搬送される搬送レール6や、被加工物4の受け渡しが行われる機器2の前面部2aへ吹き付けられる(図1及び図3〜図5参照)。高度清浄域S1を搬送車7により搬送される被加工物4は、送風ユニット8で浄化されて間のない清浄な空気Aを吹き付けられ、クリーンに保たれる。
次に、空気Aは、機器2同士の間や、機器2と垂壁16との間、垂壁16と床1面との間をすり抜けて非高度清浄域S2へ移る。非高度清浄域S2では被加工物4の受け渡しや搬送が行われないため、仮に高度清浄域S1から非高度清浄域S2へ至る途中で空気Aの清浄度が低下したとしても、その状態の空気Aが被加工物4に直接接触する虞はない。
上述の如く、機器2は前面部2aが高度清浄域S1へわずかに突出する配置となっており、空気Aは、高度清浄域S1から非高度清浄域S2へ移動するまでの間に機器2の前面部2aから排熱を受け取る。この過程で前面部2aから空気Aが受け取る排熱は、機器2全体の発熱の例えば3割程度である。
空気Aは、非高度清浄域S2に向かう間、機器2の前面部2a以外の部分(背面部2b等)から排熱を受け取って昇温する。非高度清浄域S2は天井3が設置されず、スラブ面15が露出した直天井構造となっているため、高温の空気Aは非高度清浄域S2をスラブ面15の近傍まで上昇し、熱溜まりを形成する。熱溜まりにおける空気Aの温度は30℃程度である。すなわち、機器2全体の排熱を受け取った結果、空気2は吹出温度の20℃から10℃程度昇温する計算である。前述のように、高度清浄域S1において空気Aが機器2から受け取る排熱は機器2全体の発熱の3割程度なので、非高度清浄域S2へ移行する直前における空気Aの温度は23℃である。これは、基板等である被加工物品4にとって適正な温度である。冷却ユニット11では、この機器2の前面部2aにおける適正温度23℃を保つため、非高度清浄域S2へ移行する直前の空気Aの温度を制御点として計測し、冷媒Wからの熱交換量を制御する。尚、制御点の温度を計測するために、高度清浄域S1の下部における非高度清浄域S2との境目付近には温度センサが設置されるが、ここでは図示を省略している。
昇温した空気Aが非高度清浄域S2を上昇する際、非高度清浄域S2の上方と、天井内空間Cとの間に設けられた第一の天井側壁14が非高度清浄域S2を囲んで鉛直の逆向き槽のような役割を果たし、アップフローに機器2の発熱による上昇流が加わった空気Aは、この逆向き槽状の空間で温度成層を形成しながらゆっくりと上方へ運搬されることになる。併せて、第一の天井側壁14の下方に設けられた垂壁16も同様の役割を果たす。ここで、非高度清浄域S2の平面積が高度清浄域S1の平面積と同等以上に設定されていると、全体としてゆっくりした空気Aの流れが形成されやすく、安定した温度成層が形成されやすい。
この温度成層の下方における空気Aの温度は、機器2からの排熱を受け取りつつも周辺の冷えた空気Aと混合するため、25℃前後である。温度成層の上方においては、上述の如く30℃程度である。
また、垂壁16は、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との間を隔てることで、送風ユニット8から高度清浄域S1に供給されて間もない清浄且つ比較的低温の空気Aに、非高度清浄域S2内の空気Aが混合することを抑える機能をも担っている。送風ユニット8から下方へ向かう空気Aの流れと、機器2の近傍から上方へ向かう空気Aの流れを垂壁16により分割することで、非高度清浄域S2内の空気Aの状態(温度や清浄度)が、高度清浄域S1内の空気Aの状態に大きく影響することを防いでいるのである。
尤も、高度清浄域S1にある程度の数の送風ユニット8を配置し、送風ユニット8のHEPA面から下へ向かう空気Aの送風量を確保すれば、仮に垂壁16を設置しないとしても、高度清浄域S1においてはある程度強いダウンフローが形成されるので、一定の清浄度を保つことは可能である。ただし、高度清浄域S1における清浄度をより確実に保持するためには、やはり垂壁16を設置することが好ましい。また、垂壁16は、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との空気Aの温度差を確保するという点においても有用である。後述するように、空気Aの循環の観点から、両領域間における空気Aの温度差はある程度高く保たれている方が有利である。
非高度清浄域S2の上方を囲む第一の天井側壁14の一部には、吸込チャンバC1に連通する吸込ダクト18の入口が設けられており、非高度清浄域S2の上方で熱溜まりを形成する30℃程度の空気Aは、吸込ダクト18を通って吸込チャンバC1へ移動する。空気Aは、吸込チャンバC1から連通口19を通過するにあたり、該連通口19に設置された冷却ユニット11にて冷却される。冷却ユニット11に供給される冷媒Wの温度は、冷媒往き配管12で15℃であり、空気Aは冷媒Wと熱交換して20℃の吹出温度あるいはそれ以下まで冷却される。冷媒Wは、空気Aとの熱交換の結果、温度が上昇し、冷媒還り配管13では20℃程度となる。この冷却性能は、冷却ユニット11を構成するドライコイル内を流れる冷媒Wと、前記ドライコイルの表面を通過する空気Aとの流れ方向を逆流にしておけば、前記ドライコイルの列数が少なくても実現可能である。こうして、空気Aは20℃程度の温度で天井内空間Cへ戻され、送風ユニット8から高度清浄域S1へ再度供給される。尚、空気Aは送風ユニット8においてファンの発熱を受け取ることになり、その熱量は微々たるものであるが昇温し、送風ユニット8における吹出温度は20℃(冷却ユニット11における吹出温度よりわずかに高い)となる。
以上の如き空気Aの循環は、上述の如く主に送風ユニット8におけるファンの動作により駆動されるが、このほかに、空気Aの比重差も機能する。すなわち、高度清浄域S1には20℃程度の空気Aが供給される一方、非高度清浄域S2には25℃前後〜30℃程度の相対的に高温で比重の小さい空気Aが位置することになり、こうした比重の差が手伝って、高度清浄域S1から垂壁16の下方を回り込んだ空気Aが、非高度清浄域S2において垂壁16や第一の天井側壁14に囲まれた空間内を上昇することになるのである。
このように、本実施例の空調システムでは、図8〜図10に示す上記従来例とは各所における空気Aの温度や冷媒Wの温度が異なっており、空調システム全体の平均温度を上記従来例と比較して底上げしつつ、機器2周囲の温度は非高度清浄域S2においては25℃前後とし、高度清浄域S1に面する前面部2aでは23℃程度の適温を保つような制御が可能となっている。こうした温度設定は、対象空間S全体における排熱量を基準として設定温度を決め、対象空間S全体の温度を一律に管理するのではなく、対象空間S内に空気Aの温度が相対的に高い領域と低い領域を設定し、特に冷却を要する領域(本実施例の場合は、機器2の周辺、特に前面部2a付近)をその他の領域(本実施例の場合は、非高度清浄域S2の上方)よりも上流側とすることで実現されている。換言すれば、冷却された空気Aの供給対象を精密な温度制御が必要な高度清浄域S1に限定し、全体の温度場を温度に関する制約が緩やかな非高度清浄域S2の許容温度まで上昇させることで、冷却に必要な冷熱量を小さくしているのである。
こうすることにより、図示しない冷熱源では冷媒往き配管12における冷媒Wの設定温度を上記従来例と比較して高くすることができるため(従来例では入口温度が10℃、出口温度が15℃。本実施例では入口温度が15℃、出口温度が20℃)、冷熱源における冷媒Wの冷却効率が向上し、冷却に必要なエネルギーが小さくなる。また、冷熱源においてフリークーリング(冷凍サイクルないし冷凍機によらず、外気の冷熱を利用する冷却形式)の可能な期間も拡大される(すなわち、従来例では外気が10℃を大幅に下回る条件でのみ熱交換が可能であったのが、本実施例では10℃以上13℃未満の条件下でも可能になる)ため、併せて大幅な省エネルギー効果を見込める。また、冷媒往き温度を15℃まで上げても、温度差を5℃として冷媒還り配管13における冷媒Wの温度(冷媒還り温度)は20℃となるので、凝縮器との温度差も問題なく、冷熱源での流量を十分に確保できるので冷熱源の運転に支障ない。
空気Aの循環を駆動するエネルギーに関しても、本実施例では空気Aの比重差により駆動される割合が大きくなっており、ここでも省エネルギー効果を得ることができる。すなわち、上記従来例では空気Aの吹出温度は約15℃、機器2の排熱を受け取った後の温度は23℃前後であり、温度差は8℃程度であったが、本実施例では、空気Aの吹出温度は約20℃、非高度清浄域S2の上方で熱溜まりを形成する空気Aの温度は30℃程度であり、温度差は10℃程度である。空気Aの比重差は温度差に比例するため、本実施例の場合、上述の如き空気Aの比重差による駆動力が大きくなる分、送風ユニット8において、空気Aの循環に必要なファンの駆動エネルギーが小さく済む。
ここで、上述の如く吸込ダクト18がスラブ面15の直下に設置されていると、非高度清浄域S2の上方で熱溜まりを形成する30℃程度の温度の高い空気Aを吸込ダクト18から定常的に吸い込み、冷却することになる。冷熱を運搬する空気Aの温度差が、上記従来例では8℃だったところ、本実施例では10℃の大温度差となるので、同じ熱量を運搬するのに必要な風量は8/10となり、送風量を2割も減らすことができる。また、比重差による駆動力を得る上でもより有利である。
また、全体的に空気Aの温度が高くなっていることは、空気Aの除湿を防止する上でも好都合である。上に説明したように、1気圧の条件下で23℃における相対湿度が45%の空気Aを想定した場合、露点温度は10℃程度であるが、本実施例の空調システムでは、最も温度が低い冷却ユニット11における冷媒Wの入口温度が15℃であるので、冷却ユニット11を構成するコイルチューブの表面温度が空気Aの温度が露点温度を下回ることはなく、前記コイルチューブの表面で空気A中の水蒸気が凝縮して空気Aが除湿されるような事態はほぼ生じなくなる。
また、上述の如き温度管理に関するエネルギー面での利点と同時に、本実施例の空調システムは、清浄度の管理においても品質及びコストの面で利点を有している。すなわち、本実施例では、上述の如く対象空間Sのうち高度清浄域S1に送風ユニット8からの空気Aを集中して供給することで、大きい空間内の空気Aを一律に清浄化する場合と比較して必要な送風ユニット8の設置台数を減らすことも可能である。こうして、空気の清浄化にかかるコストを節減すると共に、高度清浄域S1では高い清浄度を実現しているのである。
この際、空気清浄の対象空間Sとして、仕切りのない大空間を設定できることも本実施例における利点の一つである。送風ユニット8の集中配置により、床1上に仕切りがなくとも局所的に清浄度の高い高度清浄域S1を設定することができ、大空間である対象空間Sを利用する上で高い清浄度と自由度を両立できるのである。ここで、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との境界の床1や機器2よりも上の位置に垂壁16を設置すれば、高度清浄域S1においては清浄度に関して一層高い信頼性を保ちつつ、床1上における機器2のレイアウト変更等には柔軟に対応することができる。
ここで、クリーンルームにおける被加工物の加工においては、各工程間における時間のミスマッチング等のために、一時的に被加工物を対象空間内の一部にストックする必要がある場合がある。この被加工物のストック場所に関し、間仕切り式の古い型のクリーンルームでは、例えば垂直棚式のストッカーを対象空間の床上に備えるようにしていたが、上記従来例や本実施例の如き天井搬送装置5を採用したクリーンルームの場合、搬送レール6に天井搬送のストック用待避線を設け、ストッカーの機能を天井搬送装置5に代替させることが可能である。こうすることで、床上に間仕切りを備えることによる機器配置自由度の低下や、高価な床上搬送のイニシャルコストを削減することに成功している。
尤も、天井搬送装置5にも移設に関する不自由さがあることは否めない。つまり、搬送レール6は天井構造物やスラブ面15から吊られて強固に固定されており、これを清浄度に影響しないよう配置を変更したり、移設する工事には手間やコストが嵩み、工場としての工程を停止する期間も長く生産に影響する。このため、結局、被加工物4の搬送ルートはある程度固定化されるし、また、機器2の配置も搬送レール6の配置によって影響される。したがって、本発明に限らず大空間の天井搬送を用いるクリーンルームは、対象空間Sにおける高度清浄域S1の位置はある程度固定されることになる。ところが、本発明においては大空間のクリーンルームを実現するにあたり、ある程度位置が固定される対象空間Sにおける高度清浄域S1の位置を逆手に取り、本実施例では、ある程度固定された高度清浄域S1に対し、送風量に応じた台数の送風ユニット8を発熱も考慮しながら自在に設置できるという点で、上記従来例と比較して有利である。また、非高度清浄域S2の中では、機器2の配置転換は自由にできる。
さらに、本実施例では、上記従来例の如きレタンシャフト10(図8、図9参照)を不要とし、対象空間Sをより有効に利用することができるようになっている。すなわち、上記従来例においては、対象空間Sに供給した空気Aを床下から天井3の上方へ戻すためのレタンシャフト10が必要であり、このレタンシャフト10の分だけ空間に無駄が生じて利用効率が低下していた。一方、本実施例の場合、対象空間Sのうち高度清浄域S1に送られた空気Aは、同じ対象空間S内の別の領域である非高度清浄域S2内を上昇して天井内空間Cへ戻る。いわば、第一の天井側壁14や垂壁16、及びそれらに囲まれた非高度清浄域S2がレタンシャフト10の代わりをする形であるが、第一の天井側壁14や垂壁16は上述の如く床1より上にあり、垂壁16の寸法は機器2の移動を妨げないように設定されている。よって、これらが対象空間Sの利用に関して自由度を下げることはない。こうして、本実施例においては、維持に高い費用を要するクリーン空間の利用効率を高めている。
また、実施例の空調システムでは、高度清浄域S1での強いダウンフローの後、側方流れから非高度清浄域S2におけるアップフローへ転換する流れにより、床下の空間を経ることなく空気Aが循環される。上記従来例においては、古い型のクリーンルームと比べれば少ない風量で、空気Aを確実に循環させるために、上げ床1aの開孔9から床下の空間に空気Aを引き込んで下向きの気流を形成していた。これに対し、本実施例では空気Aの循環に床下の空間を利用する必要がない。よって、床下の空間を別の用途、例えば機器2の補機を設置する専用のエリアや、何らかの作業用の空間等として利用することができる。あるいは、図1〜図3では床1を上げ床として図示しているが、クリーンルームの用途等によっては上げ床を設けず、スラブ床の床面、あるいは上げ床とせずにスラブ床の床面に沿って設けた床面をそのまま床1として利用することも可能である。また、上記従来例では開孔9からの吸込み気流の調整に手間がかかっていたが、こうした操作も不要となる。
また、本実施例では特に清浄度を高く保つべき対象として半導体ウエハや基板等である被加工物4を想定し、該被加工物4の搬送や受け渡しが行われる搬送レール6に沿った領域を高度清浄域S1と設定しているが、高度清浄域S1の形状や構成はこれに限定されるものではない。本明細書中では上述の如く、「対象空間Sのうち、他の領域と比較して高い清浄度が要求される領域」を高度清浄域S1と定義しているが、対象空間Sの用途等によっては、本実施例の如き搬送レール6の周辺以外にも種々の「他の領域と比較して高い清浄度が要求される領域」を高度清浄域S1として設定し得る。また、高度清浄域S1の配置は当然、対象空間S自体の形状によっても異なってくる。高度清浄域S1の配置や構成等は、こうした様々な場合に応じて設定されるものであって、図1〜図5や図6、図7に示した各実施例とは異なる種々の高度清浄域S1が想定され得ることは勿論である。
以上のように、上記各実施例においては、対象空間Sのうち、他の領域に比べて高い清浄度の要求される領域を高度清浄域S1に設定すると共に、該高度清浄域S1以外の領域を非高度清浄域S2に設定し、対象空間Sに浄化した空気Aを供給する送風ユニット8は、高度清浄域S1の上方に位置する天井3に設置され、且つ送風ユニット8から供給される空気Aは高度清浄域S1に集中して供給され、高度清浄域S1に供給された空気Aは床1上を通って非高度清浄域S2に至り、該非高度清浄域S2内を上昇するよう構成されている。こうすることにより、空気Aの清浄化に係るコストを節減すると共に、高度清浄域S1では高い清浄度を実現することができる。また、高度清浄域S1に対し空気Aをダウンフローにて供給することができ、且つ空気Aの循環に床下の空間を利用する必要がない。
また、各実施例においては、天井3高さから上方に、空気Aを冷却する冷却ユニット11を配置しているので、対象空間S内のスペースを有効利用する上で好適である。
また、各実施例においては、高度清浄域S1と非高度清浄域S2との間における床1より上方の位置に、鉛直方向に沿って延びる垂壁16を設けているので、高度清浄域S1を送風ユニット8から下方へ向かう空気Aの流れと、非高度清浄域S2を上方へ向かう空気Aの流れを垂壁16で分割することにより、非高度清浄域S2内の空気Aの状態が、高度清浄域S1内の空気Aの状態に大きく影響することを防ぐことができる。
また、各実施例において、高度清浄域S1の上方には、送風ユニット8の設置された天井3と、該天井3より上方に位置するスラブ面15が位置し、高度清浄域S1の上方における天井3とスラブ面15に挟まれた空間は、天井側壁14により天井内空間Cとして画成され、送風ユニット8は、天井内空間Cから高度清浄域S1へ下向きに空気Aを供給するよう天井3に設置され、非高度清浄域S2内の空気Aは、天井内空間Cを経由すると共に、天井3高さから上で冷却されて送風ユニット8から高度清浄域S1に供給されるようになっているので、冷却された空気Aの供給対象を精密な温度制御が必要な高度清浄域S1に限定し、全体の温度場を温度に関する制約が緩やかな非高度清浄域S2の許容温度まで上昇させることで、冷却に必要な冷熱量を小さくすることができる。
また、各実施例において、天井3は、構成材を格子状に組んだ天井セルを備えて構成することができ、このようにすれば、送風ユニット8を天井3に設置するにあたり好適である。
また、各実施例においては、天井3高さから上方に空気Aを冷却する冷却ユニット11を配置し、該冷却ユニット11により冷却された空気Aが天井内空間Cから送風ユニット8により高度清浄域S1に供給されるようにしているので、対象空間S内のスペースを有効利用する上でさらに好適である。
また、上記実施例の一部において、非高度清浄域S1の上方には、スラブ面15と、該スラブ面15の一部の下方に位置する第二の天井20が位置し、非高度清浄域S2の上方におけるスラブ面15と第二の天井20に挟まれた空間は、第二の天井側壁17により吸込チャンバC1として画成され、非高度清浄域S2から天井内空間Cへ移動する空気Aは、前記第二の天井側壁の開口から吸込チャンバC1を経由すると共に、該吸込チャンバC1から天井内空間Cへ至る経路に設置された冷却ユニット11で冷却された上で送風ユニット8により高度清浄域S1に供給されるようにしているので、対象空間S内のスペースを有効利用する上で一層好適である。
また、上記実施例の一部において、第二の天井20は、天井3と同じ高さで連続し、吸込チャンバC1は、天井内空間Cと隣接させているので、第二の天井20にかかる設置の手間やコストの面で簡便である。
また、上記実施例の一部においては、天井側壁14に連通口19を設けると共に、該連通口19に冷却ユニット11を設置し、非高度清浄域S2内の空気Aは、連通口19から前記天井内空間へ導かれるようにすることができる。
また、各実施例において、対象空間Sには、高度清浄域S1の上方に設置され、被加工物4を搬送する天井搬送装置5を構成する搬送レール6を設置し、高度清浄域S1として、搬送レール6の周辺の領域を設定することができる。
したがって、上記各実施例によれば、対象空間内において要求される温度と清浄度を満足しつつ、コストの増大を抑え、省エネルギーと共に対象空間の有効利用を図り得る。
尚、本発明のクリーンルームの空調システムは、上述の実施例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。