JP2018051748A - 硬質皮膜被覆工具及びその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】耐熱性及び耐欠損性に優れた硬質皮膜被覆工具及びその製造方法を提供する。【解決手段】基体に窒化チタンアルミニウム皮膜を形成してなる硬質皮膜被覆工具は、切れ刃部、すくい面及び逃げ面を有し、切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分が(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比であり、0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)で表されるTiリッチな組成を有し、前記最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れたすくい面及び逃げ面の部分で、前記窒化チタンアルミニウム皮膜が(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比であり、0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)で表されるAlリッチな組成を有する。【選択図】図5

Description

本発明は、耐熱性及び耐欠損性に優れた窒化チタンアルミニウム硬質皮膜を被覆した工具及びその製造方法に関する。
従来から軟鋼等の切削加工に、TiAlN、TiC、TiN、Ti(CN)等の硬質皮膜を単層又は複層に被覆した切削工具が用いられている。しかし、益々過酷になる切削加工条件では、切削中に切削工具の刃先温度が著しく上昇する。高温になった刃部では、硬質皮膜の結晶構造が変化して硬度が低下し、すくい面のクレータ摩耗や逃げ面の摩耗が進行し、短寿命になるという問題がある。そこで耐熱性に優れたAl2O3膜を用いた硬質皮膜が提案されているが、高速切削条件では耐欠損性が十分ではない。このような問題を解決するために、耐熱性及び耐欠損性に優れた硬質皮膜を有する切削工具が望まれている。
特許第3277558号(特許文献1)は、基体の表面にプラズマCVD法により耐摩耗性のTiAlN皮膜を形成する際に、すくい面側のプラズマの放電エネルギー強度を逃げ面側より強くすることにより、前記皮膜におけるTiに対するAlの原子比率(CAl/CTi)をすくい面で1.5〜9.0とし、逃げ面で0.6〜1.4とする被覆切削チップの製造方法を開示している。しかし、特許文献1には、切れ刃に被覆したTiAlN皮膜の組成をTiリッチに、すくい面及び逃げ面に被覆したTiAlN皮膜の組成をAlリッチにして耐熱性及び耐欠損性を向上するという技術的思想は認められず、もって耐欠損性及び高速切削条件における耐熱性が十分な被覆切削チップを得ることはできなかった。
特許第3006453号(特許文献2)は、超硬合金基体の表面にAl2O3膜を含む多層セラミック膜を有し、被削材との摩擦が生じる領域の一部又は全域でAl2O3膜を含む何層かが除去され、TiN又はTiCNを主体とする膜が露出した被覆硬質合金工具を開示している。しかし、耐熱性が十分でなく、高速切削に使用した場合に工具寿命が短いことが分った。
特許第5800571号(特許文献3)は、基体の表面にTiaM1-a(C1-xNx)(ただし、MはTiを除く周期表第4属、第5属及び第6属の金属、Al、Si及びYから選ばれた少なくとも1種であり、0.3≦a≦0.9、0≦x≦1)の組成を有するA層と、AlbM’1-b(C1-yNy)(ただし、M’は周期表第4属、第5属及び第6属の金属、Si及びYから選ばれた少なくとも1種、0.4≦b≦0.9、0≦y≦1)の組成を有するB層(TiとAlの総量に対するAlの比がA層より高い。)とを交互に繰り返し積層した被覆層を形成し、切れ刃における被覆層中のA層とB層との厚みの比(tcA/tcB)が、すくい面における前記被覆層のA層とB層との厚みの比(trA/trB)より大きい切削工具を開示している。しかし、A層とB層が組成差による熱膨張係数差を有しているため、高速切削時に層間剥離が生じ、短寿命であることが分った。
特許第3277558号公報 特許第3006453号公報 特許第5800571号公報
従って、本発明の目的は、切れ刃部、すくい面及び逃げ面における窒化チタンアルミニウム皮膜の各組成を最適にすることにより、高速切削に使用した場合であっても、耐熱性及び耐欠損性に優れた窒化チタンアルミニウム皮膜を有する硬質皮膜被覆工具、及びその製造方法を提供することである。
本発明の硬質皮膜被覆工具は、基体に窒化チタンアルミニウム皮膜を形成してなるもので、切れ刃部、すくい面及び逃げ面を有し、
前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分が(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比であり、0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)で表されるTiリッチな組成を有し、
前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れた前記すくい面及び前記逃げ面の部分で、前記窒化チタンアルミニウム皮膜が(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比であり、0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)で表されるAlリッチな組成を有することを特徴とする。
x1及びy1はそれぞれ原子比で0.28≦x1≦0.40、及び0.10≦y1≦0.22を満たし、x2及びy2はそれぞれ原子比で0.08≦x2≦0.22、及び0.26≦y2≦0.43を満たし、x1とx2との差が0.10以上であり、y2とy1との差が0.10以上であるのが好ましい。
前記すくい面及び前記逃げ面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜のうち前記切れ刃部に隣接する領域は、Tiリッチな組成を有するのが好ましい。
前記窒化チタンアルミニウム皮膜は柱状結晶組織を主体とするのが好ましい。
前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分の厚さt1は2〜13μmであり、前記厚さt1と、前記すくい面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の厚さt2及び前記逃げ面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の厚さt3との比t1/t2及び比t1/t3はそれぞれ0.35〜0.85であるのが好ましい。
本発明の硬質皮膜被覆工具は、z1が原子比で0.64〜0.36を満たし、z2が原子比で0.69〜0.32を満たすのが好ましい。
本発明の硬質皮膜被覆工具は、前記基体と前記窒化チタンアルミニウム皮膜との間に下地層を有し、前記下地層は炭窒化チタン、窒化チタン及び炭窒化チタンジルコニウムの少なくとも一種からなる単層皮膜又は積層皮膜であり、かつfcc構造を有するのが好ましい。
上記硬質皮膜被覆工具を化学蒸着法により製造する本発明の方法は、TiCl4ガス、AlCl3ガス、NH3ガス、N2ガス及びH2ガスの合計を100体積%として、0.1〜0.8体積%のTiCl4ガス、0.4〜1.2体積%のAlCl3ガス、4.0〜23.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるとともに、AlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3〜0.7である混合ガスAと、0.7〜1.9体積%のNH3ガス、3〜16.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなる混合ガスBとからなる原料ガスを供給することにより、前記窒化チタンアルミニウム皮膜を形成することを特徴とする。
本発明の製造方法では、回転軸Oを中心として回転する第一及び第二のパイプを具備する化学蒸着装置を使用し、前記第一のパイプは第一のノズルを有し、前記第二のパイプは第二のノズルを有し、前記第一のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H1を前記第二のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H2より長くし、前記第一のノズルから前記混合ガスAを噴出するとともに、前記第二のノズルから前記混合ガスBを噴出するのが好ましい。
また本発明の製造方法では、回転軸Oを中心として回転する第一及び第二のパイプを具備する化学蒸着装置を使用し、前記第一のパイプは第一のノズルを有し、前記第二のパイプは第二のノズルを有し、前記第一のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H1を前記第二のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H2より長くし、前記第二のノズルから前記混合ガスAを噴出するとともに、前記第一のノズルから前記混合ガスBを噴出するのが好ましい。
前記化学蒸着装置は、前記第一及び第二のパイプの周囲に、前記基体を載置するための複数の棚と、隣接する棚の間にそれぞれ設けられ、前記原料ガスの流れを遮断するための仕切り板とを有し、前記第一及び第二のノズルは、各棚とその上部に位置する仕切り板との間及び最上段の棚の上部にそれぞれ設けられており、前記棚における前記基体の周囲に少なくとも1つの貫通孔が設けられており、もって前記第一及び第二のノズルから噴出した前記原料ガスは前記貫通孔を通過するのが好ましい。
前記距離H1と前記距離H2との比(H1/H2)を1.5〜3の範囲内にするのが好ましい。
本発明の製造方法では、3〜6 kPaの成膜圧力及び750〜830℃の成膜温度を使用するのが好ましい。
本発明の硬質皮膜被覆工具は、切れ刃部における窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分が(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比であり、0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)で表されるTiリッチな組成を有し、すくい面及び逃げ面における窒化チタンアルミニウム皮膜が、前記最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れた部分で(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比であり、0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)で表されるAlリッチな組成を有する(即ち、窒化チタンアルミニウム皮膜が少なくとも切れ刃部でTiリッチであるとともに、前記切れ刃部の影響を受けないすくい面及び逃げ面の部分でAlリッチである)ので、高速切削時に強い衝撃を受ける切れ刃部が耐欠損性(耐チッピング性)に優れているだけでなく、すくい面及び逃げ面のAlリッチな部分が耐熱性に優れ、もって高速切削条件においても工具寿命が長い。
硬質皮膜被覆工具の切れ刃部、すくい面及び逃げ面、並びにその基体の基体切れ刃部、基体すくい面及び基体逃げ面を示す概略図である。 硬質皮膜被覆工具の切れ刃部の一例の縦断面を示す模式図である。 硬質皮膜被覆工具の切れ刃部の別の例の縦断面を示す模式図である。 本発明の硬質皮膜被覆工具の一例であるインサートの基体を概略的に示す斜視図である。 図3のインサート基体に形成された窒化チタンアルミニウム皮膜におけるTiリッチな部分及びAlリッチな部分の一例を示す模式図である。 図4(a) の窒化チタンアルミニウム被覆インサートの縦断面を部分的に示す模式図である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具の切れ刃部の縦断面を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率500倍)である。 図5に示す実施例1の硬質皮膜被覆工具の切れ刃部における位置P1付近の縦断面を示すSEM写真(倍率5,000倍)である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具のすくい面の位置P2付近の縦断面を示すSEM写真(倍率5,000倍)である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具の逃げ面の位置P3付近の縦断面を示すSEM写真(倍率5,000倍)である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具の切れ刃部の縦断面における組成及び膜厚の測定位置を示す模式図である。 窒化チタンアルミニウム皮膜の形成に使用し得る化学蒸着装置(CVD炉)の一例を示す模式図である。 CVD炉におけるパイプ集合体の一例(第一のパイプ集合体)を示す横断面図である。 CVD炉におけるパイプ集合体の別の例(第二のパイプ集合体)を示す横断面図である。 CVD炉におけるパイプ集合体のさらに別の例(第三のパイプ集合体)を示す横断面図である。 CVD炉における基体載置棚の一例を示す平面図である。 図12の棚を備えたCVD炉を示す部分縦断面図である。 図13のCVD炉におけるガス流路を示す模式図である。 CVD炉における基体載置棚の別の例を示す平面図である。 インサートを装着した刃先交換式回転工具の一例を示す部分断面概略図である。 従来のCVD炉を示す模式図である。 図17のCVD炉に用いるパイプを示す横断面図である。 実施例1の硬質皮膜被覆工具のすくい面側の窒化チタンアルミニウム皮膜におけるTi及びAlの原子比の分布を示すグラフである。 実施例1の硬質皮膜被覆工具の逃げ面側の窒化チタンアルミニウム皮膜におけるTi及びAlの原子比の分布を示すグラフである。 従来例1の硬質皮膜被覆工具の切れ刃部の縦断面を示すSEM写真(倍率500倍)である。
[1] 硬質皮膜被覆工具
本発明の硬質皮膜被覆工具は、切れ刃部における窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分が(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比であり、0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)で表されるTiリッチな組成を有し、すくい面及び逃げ面における窒化チタンアルミニウム皮膜が、前記最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れた部分で(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比であり、0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)で表されるAlリッチな組成を有することを特徴とする。
本明細書では、硬質皮膜被覆工具の切れ刃部、すくい面及び逃げ面はそれぞれ硬質皮膜表面における切れ刃部、すくい面及び逃げ面である。これに対して、工具基体の切れ刃部、すくい面及び逃げ面はそれぞれ基体切れ刃部、基体すくい面及び基体逃げ面と呼ぶ。
図1に示すように、硬質皮膜被覆工具(硬質皮膜)の切れ刃部101はすくい面102の変曲点Q1と逃げ面103の変曲点Q2との間にある。一方、基体21については、基体切れ刃部101’は基体すくい面102’の変曲点Q1’と基体逃げ面103’の変曲点Q2’との間にある。図1から明らかなように、硬質皮膜の存在により、硬質皮膜被覆工具におけるすくい面102の変曲点Q1及び逃げ面103の変曲点Q2は基体すくい面102’の変曲点Q1’及び基体逃げ面103’の変曲点Q2’と異なる位置に存在する。
図2(a) は硬質皮膜被覆工具の切れ刃部101の縦断面の一例を示す。すくい面102と逃げ面103との間に緩やかに突出する円弧状の縦断面形状を有する切れ刃部101が形成されている。切れ刃部101は、すくい面102が緩やかに曲がり始める変曲点Q1と、逃げ面103が緩やかに曲がり始める変曲点Q2との間の領域に形成されており、変曲点Q1と変曲点Q2との間の円弧状切れ刃部101は幅Wを有する。実用性の観点から、円弧状切れ刃部101の幅Wは10〜500μmであるのが好ましい。
図2(b) は切れ刃部101の縦断面の別の例を示す。この例では、すくい面102と逃げ面103との間に直線状の縦断面形状を有する切れ刃部101が形成されている。この例でも、切れ刃部101は、すくい面102の変曲点R1と逃げ面103の変曲点R2との間の領域に形成されており、変曲点R1と変曲点R2との間の直線状切れ刃部101は幅Wを有する。実用性の観点から、直線状切れ刃部101の幅Wも10〜500μmであるのが好ましい。なお、図2(b) に示す切れ刃部101の縦断面形状は直線状であるが、多角形状でも良い。
本発明の硬質皮膜被覆工具では、基体21の上に、下地層22及び柱状結晶組織を主体とする窒化チタンアルミニウム皮膜23が順次形成されている。図6(a)〜図6(c) はそれぞれ本発明の硬質皮膜被覆工具の硬質皮膜の切れ刃部101、すくい面102及び逃げ面103における層構成を示すSEM写真(倍率5,000倍)である。
(A) 工具基体
工具基体は化学蒸着法を適用できる高耐熱性の材質である必要があり、例えばWC基超硬合金、サーメット、高速度鋼、工具鋼、立方晶窒化ホウ素を主成分とする窒化ホウ素焼結体(cBN)若しくはサイアロンのようなセラミックス等が挙げられる。強度、硬度、耐摩耗性、靱性及び熱安定性の観点から、WC基超硬合金、サーメット及びセラミックスが好ましい。例えばWC基超硬合金の場合、焼結したままの未加工面にも窒化チタンアルミニウム皮膜を形成できるが、工具の寸法精度を高めるために加工面(研磨加工面及び刃先処理加工面)に形成するのが好ましい。
(B) 基体の形状
図3は本発明に使用するインサート基体の一例を示す斜視図である。図示の基体21はフライス切削用のインサート(基体SEE42TN-C9)であり、上面(基体すくい面)102’と、側面(基体逃げ面)103’と、それらの間の基体切れ刃部101’とを有する。基体切れ刃部101’は4つの基体コーナー切れ刃部101a’と4つの基体辺切れ刃部101b’とが全周にわたって交互に連結してなる。図示のインサート10は八角形平板状であり、側面103’は、各コーナー切れ刃部101a’に対応するコーナー側面部103a’と、各辺切れ刃部101b’に対応する辺側面部103b’とを有する。
本発明に用いる基体は図3に限定されず、他形状のインサート(例えば、ソリッドタイプ又は刃先交換タイプのエンドミル、スレッドミル、ドリル等)でも良い。
(C) 窒化チタンアルミニウム皮膜
本発明の硬質皮膜被覆工具における窒化チタンアルミニウム皮膜は、Ti、Al及びNを必須成分とする。窒化チタンアルミニウム皮膜は切れ刃部、すくい面及び逃げ面に形成されており、それぞれに形成されている窒化チタンアルミニウム皮膜領域を「切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域」、「すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域」、及び「逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域」と呼ぶ。
図4(a) は、本発明の硬質皮膜被覆工具(インサート)10において、窒化チタンアルミニウム皮膜23におけるTiリッチな部分及びAlリッチな部分の分布の一例を示す。Tiリッチな部分は、切れ刃部101における切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiと、すくい面102におけるTiリッチな部分(Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域)102Tiと、逃げ面103におけるTiリッチな部分(Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域)103Tiとからなる。また、Alリッチな部分は、すくい面102でTiリッチな部分102Tiより内側に形成されたAlリッチな部分(Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域)102Alと、逃げ面103でTiリッチな部分103Tiより下方(切れ刃部101から遠い方向)に形成されたAlリッチな部分(Alリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域)103Alとからなる。
図4(a) において、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの幅(切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域の最も薄い部分とTiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内端との距離)W2、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの幅(切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域の最も薄い部分とTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下端との距離)W3は、いずれも1000μm未満である。すくい面102側及び逃げ面103にはさらに、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内側(切れ刃部101から遠ざかる側)、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下方(切れ刃部101から遠ざかる側)に、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alがそれぞれ形成されている。従って、切れ刃部101における窒化チタンアルミニウム皮膜23の最も薄い部分からすくい面102側及び逃げ面103側に少なくとも1000μm離れた部分では、窒化チタンアルミニウム皮膜23は確実にAlリッチになっている。以上に鑑み、本発明では、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alの組成を、切れ刃部101からすくい面102側及び逃げ面103側に少なくとも1000μm離れた部分で測定する。なお基体21を棚等に裁置して窒化チタンアルミニウム皮膜を形成する場合では、逃げ面側のAlリッチな部分103Alの底面側の部分はAlリッチにならないこともある。窒化チタンアルミニウム皮膜の組成は後述の条件でEPMAにより測定できる。
(1) 切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域
(a) 組成
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域は、(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比で0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)の組成を有するTiリッチの窒化チタンアルミニウム皮膜である。Tiリッチであることにより耐欠損性(耐チッピング性)が向上する。前記組成範囲外では耐欠損性の向上効果が不十分である。x1の下限及び上限はそれぞれ0.28及び0.40であるのが好ましく、y1の下限及び上限はそれぞれ0.10及び0.22であるのが好ましい。さらに、高性能化の観点から、x1とx2との差は0.10以上であるのが好ましい。
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの上記組成範囲内において、金属原子(Ti+Al)の原子比は0.36〜0.64であるのが好ましく、窒素原子(N)の原子比は0.64〜0.36であるのが好ましい。高性能化の観点から、金属原子(Ti+Al)の原子比は0.38〜0.62であるのがより好ましく、窒素原子(N)の原子比は0.62〜0.38であるのがより好ましい。Nの30原子%以下をC及び/又はBで置換しても良い。切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiは、不可避的不純物としてClを含有しても良いが、Cl含有量は1.5原子%以下が好ましく、0.8原子%以下がより好ましい。
(b) 膜厚
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの最も薄い部分の膜厚t1は2〜13μmが好ましく、3〜11μmがさらに好ましい。膜厚t1が2μm未満であると、皮膜の被覆効果が十分に得られない。一方、膜厚t1が13μmを超えると、皮膜が厚くなり過ぎて皮膜内部にクラックが発生し、短寿命になるおそれがある。特に好ましい膜厚t1は4〜9μmである。切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの膜厚は、成膜時間により適宜制御することができる。
膜厚t1は以下の方法により測定する。例えば硬質皮膜被覆工具がインサートである場合、2個の膜厚測定用試料を作製し、各試料において、図4(a) に示すインサートの切れ刃部101上の位置P1、及び位置P1から1000μm離れたすくい面102上の位置P2、及び位置P1から1000μm離れた逃げ面103上の位置P3に沿って各試料を破断させる。図4(b) は試料の縦破断面115を示す。図4(b) の縦破断面115は、実施例1のインサート(1個目の試料)の切れ刃部の縦断面のSEM写真を示す図5(500倍)及び図6(a)(5,000倍)に対応する。2個目の試料についても図5及び図6(a) と同様のSEM写真を撮影する。得られた2つの試料のSEM写真から、窒化チタンアルミニウム皮膜23の切れ刃部101の最も薄い部分の膜厚をそれぞれ測定し、得られた測定値の平均値を膜厚t1とする。
(c) 結晶構造
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiは柱状結晶組織を主体にするのが好ましい。また、後述のナノビーム回折(NAD)条件下で少なくともfcc構造を主体とする結晶構造とするのが好ましく、fccの単一構造であるのがさらに好ましい。
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiは、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al、及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103AlよりTi含有量が高いから、耐欠損性(耐チッピング性)に優れている。
(2) Tiリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜領域
すくい面102及び逃げ面103のうち、Tiリッチな切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiに隣接する領域はそれぞれ、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Ti及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiである。図4(a) において、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの幅W2及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの幅W3はいずれも1000μm未満である。幅W2及びW3はいずれも800μm以下であるのが好ましく、600μm以下であるのがより好ましい。
(a) 組成
Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Ti、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの組成は、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiに近いTiリッチな組成を有する。
(b) 結晶組織
Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Ti、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの結晶組織は、柱状結晶組織を主体とするのが好ましく、実質的に柱状結晶組織のみからなるのがさらに好ましい。
(c) 結晶構造
Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Ti、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの結晶構造は、後述のナノビーム回折(NAD)条件下で少なくともfcc構造を主体とする結晶構造とするのが好ましく、fccの単一構造であるのがさらに好ましい。
(3) Alリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜領域
Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内側、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下方に、それぞれAlリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alがある。Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの幅W2及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの幅W3はいずれも1000μm未満であるので、切れ刃部101における窒化チタンアルミニウム皮膜23の最も薄い部分からすくい面102側及び逃げ面103側に少なくとも1000μm離れた部分で、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alの組成を測定する。
(a) 組成
Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alはいずれも、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れた位置で、(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比で0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)の組成を有する。Alリッチであることにより、耐熱性(耐酸化性)が向上する。前記組成範囲外では耐熱性が不十分である。x2の下限及び上限は0.08及び0.22であるのが好ましく、y2の下限及び上限は0.26及び0.43であるのが好ましい。さらに、高性能化の観点から、y2とy1との差は0.10以上であるのが好ましい。
Alリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜領域の上記組成範囲内で、金属原子(Ti+Al)の原子比は0.31〜0.68であるのが好ましく、窒素原子(N)の原子比は0.69〜0.32であるのが好ましい。高性能化の観点から、金属原子(Ti+Al)の原子比は0.34〜0.65であるのがより好ましく、窒素原子(N)の原子比は0.66〜0.35であるのがより好ましい。Nの30原子%以下をC及び/又はBで置換しても良い。Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al、及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alは、不可避的不純物としてClを含有しても良いが、Cl含有量は1.5原子%以下が好ましく、0.8原子%以下がより好ましい。
(b) 膜厚
すくい面及び逃げ面において優れた耐熱性を有するために、図4(b) において、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Alの位置P2における膜厚t2、及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alの位置P3における膜厚t3はそれぞれ5〜15μmであるのが好ましく、6〜12μmであるのがより好ましい。膜厚t2,t3がそれぞれ5μm未満では皮膜の被覆効果が十分に得られない。膜厚t2,t3がそれぞれ15μmを超えると皮膜が厚くなり過ぎて皮膜内部にクラックが発生するおそれがある。膜厚t2は以下の方法により測定する。膜厚t1の測定に使用したのと同じ2試料においてそれぞれ、すくい面102上の位置P2の縦破断面115[図4(b)]におけるSEM写真を撮影する。図6(b) は同一実施例の1個目の試料における膜厚t2の測定位置を示すSEM写真(倍率5,000倍)である。2個目の試料の膜厚t2も前記と同様に測定し、測定値の平均値を膜厚t2とする。膜厚t3も膜厚t2と同様の方法で位置P3において測定する。
本発明の硬質皮膜被覆工具がソリッドタイプ又は刃先交換タイプのエンドミル等の場合、前記エンドミル等の刃先部の切れ刃の膜厚t1の測定位置からすくい面側及び逃げ面側にそれぞれ1000μm離れた位置で膜厚t2、t3を上記と同様に求めることができる。
(c) 膜厚比t1/t2及びt1/t3
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの最も薄い部分の膜厚t1と、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Alの位置P2における膜厚t2及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alの位置P3における膜厚t3との膜厚比t1/t2及びt1/t3はいずれも、0.35〜0.85であるのが好ましい。膜厚比t1/t2及びt1/t3がいずれも0.35未満では皮膜の被覆効果が十分得られない。膜厚比t1/t2及びt1/t3がいずれも0.85を超えると皮膜が厚くなりすぎて皮膜内部にクラックが発生し、短寿命になる。
尚、膜厚t1、t2、t3は、成膜後刃先処理を行わない場合は成膜したままの窒化チタンアルミニウム皮膜を測定したものであり、成膜後刃先処理を行う場合は刃先処理後の窒化チタンアルミニウム皮膜を測定したものである。刃先処理による切れ刃部の膜厚t1及びすくい面及び逃げ面の膜厚t2、t3の減少分は微小であり、刃先処理前後の膜厚比t1/t2、t1/t3はほぼ同一であり、いずれも0.35〜0.85であるのが好ましい。
(d) 結晶構造
Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Al、及びAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alはいずれも柱状結晶組織を有するのが好ましい。また、後述のナノビーム回折(NAD)条件下で少なくともfcc構造を主体とする結晶構造とするのが好ましく、fccの単一構造であるのがさらに好ましい。
(D) 下地層
特に限定されないが、長寿命化の観点から、基体21と窒化チタンアルミニウム皮膜23との間に下地層22として、Ti(CN)皮膜、TiN皮膜、及びTiZr(CN)皮膜のうちの少なくとも一種の皮膜を化学蒸着法により設けるのが好ましい。下地層22として、TiN皮膜が特に好ましい。下地層22の膜厚は0.05〜0.1μm程度であるのが好ましい。
(E) 上層
限定的でないが、窒化チタンアルミニウム皮膜23の上に、Ti、Al、Cr、B及びZrからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素と、C、N及びOからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素とを必須とする単層又は多層の硬質皮膜を化学蒸着法により形成しても良い。上層としては、例えばTiC、CrC、SiC、VC、ZrC、TiN、TiAlN、CrN、Si3N4、VN、ZrN、Ti(CN)、(TiSi)N、(TiB)N、TiZrN、TiAl(CN)、TiSi(CN)、TiCr(CN)、TiZr(CN)、Ti(CNO)、TiAl(CNO)、Ti(CO)及びTiB2等の単層又は積層(例えば2〜50層)の皮膜が挙げられる。
[2] 化学蒸着装置
本発明の硬質皮膜被覆工具は、熱化学蒸着装置又はプラズマ支援化学蒸着装置(CVD炉)を用いた化学蒸着法により形成することができる。図8に示すように、化学蒸着装置(CVD炉)1は、チャンバー2と、チャンバー2の壁内に設けられたヒータ3と、複数の棚4,4と、棚4,4を覆う反応容器5と、棚4,4の間に設けられた複数の仕切り板6,6と、棚4,4の中央開口部40を垂直に貫通する第一及び第二のパイプ11,12とを具備し、各パイプ11,12には複数のノズル11a,12aが設けられており、反応容器5には複数の排出孔5aが設けられている。第一のパイプ11と第二のパイプ12は、一体的に回転し得るようにチャンバー2の底部を貫通し、回転自在に外部の配管(図示せず)に接続されている。チャンバー2の底部には、第一及び第二のパイプ11,12から噴出した原料ガスのうちのキャリアガス及び未反応ガスを排出するためのパイプ13を有する。
[3] 製造方法
本発明の硬質皮膜被覆工具を、熱化学蒸着法を用いる場合を例にとって、以下詳細に説明するが、勿論本発明はそれに限定されず、他の化学蒸着法にも適用できる。
(A) 下地層の形成
下地層としてTiN皮膜を用いる場合、基体をセットしたCVD炉1内にH2ガスと、必要に応じてN2ガス及び/又はArガスを流し、成膜温度まで昇温した後、TiCl4ガス、N2ガス及びH2ガスからなる原料ガスをCVD炉1内に流し、下地層のTiN皮膜を形成する。
下地層としてTi(CN)皮膜を用いる場合、基体をセットしたCVD炉1内にH2ガスと、必要に応じてN2ガス及び/又はArガスを流し、成膜温度まで昇温した後、TiCl4ガス、CH4ガス、N2ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、CH3CNガス、N2ガス及びH2ガスからなる原料ガスをCVD炉内に流し、下地層のTi(CN)皮膜を形成する。
下地層としてTiZr(CN)皮膜を用いる場合、基体をセットしたCVD炉1内にH2ガスと、必要に応じてN2ガス及び/又はArガスを流し、成膜温度まで昇温した後、TiCl4ガス、CH4ガス、N2ガス、H2ガス及びZrCl4ガス、又はTiCl4ガス、ZrCl4ガス、CH3CNガス、N2ガス及びH2ガスからなる原料ガスをCVD炉1内に流し、下地層のTiZr(CN)皮膜を形成する。
(B) 窒化チタンアルミニウム皮膜の形成
(1) 原料ガス
fccの単一構造を有する窒化チタンアルミニウム皮膜を形成する原料ガスは、TiCl4ガス、AlCl3ガス、NH3ガス、N2ガス及びH2ガスの合計を100体積%として、0.1〜0.8体積%のTiCl4ガス、0.4〜1.2体積%のAlCl3ガス、4.0〜23.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるとともに、AlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3〜0.7である混合ガスAと、0.7〜1.9体積%のNH3ガス、3〜16.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなる混合ガスBとからなる。原料ガスA、Bにおいて、キャリアガスであるH2ガスの一部をArガスで代替しても良い。混合ガスAの組成は0.2〜0.7体積%のTiCl4ガス、0.5〜1.1体積%のAlCl3ガス、4.3〜23.2体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるのが好ましく、AlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3〜0.6であるのが好ましい。混合ガスAの組成は0.2〜0.6体積%のTiCl4ガス、0.5〜1.0体積%のAlCl3ガス、5〜22体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるのがさらに好ましい。混合ガスBの組成は0.7〜1.8体積%のNH3ガス、4〜16体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるのが好ましい。
(a) 混合ガスA
TiCl4ガスが0.1体積%未満であると、窒化チタンアルミニウム皮膜のAl含有量が過多となり、耐摩耗性、耐欠損性が低下する。一方、TiCl4ガスが0.8体積%を超えると、窒化チタンアルミニウム皮膜のTi含有量が過多となり、耐酸化性、耐熱性が低下する。TiCl4ガスの含有量は0.2〜0.7体積%が好ましい。
AlCl3ガスが0.4体積%未満であると窒化チタンアルミニウム皮膜のAl含有量が過少になり、窒化チタンアルミニウム皮膜のすくい面及び逃げ面の耐酸化性、耐熱性が低下する。またAlCl3ガスが1.2体積%を超えると、窒化チタンアルミニウム皮膜のAl含有量が過多になり、耐摩耗性、耐欠損性が低下する。AlCl3ガスの含有量は0.5〜1.1体積%が好ましい。
N2ガスが4.0体積%未満及び23.5体積%超のいずれでも、原料ガスの反応速度が変わり、CVD炉内に載置された基体上に形成される窒化チタンアルミニウム硬質皮膜の膜厚分布が悪くなる。N2ガスの含有量は4.9〜21.8体積%が好ましい。
AlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3未満であると窒化チタンアルミニウム皮膜のAl含有量が過多となり、耐摩耗性及び耐欠損性が低下する。(TiCl4/AlCl3)が0.7超であると窒化チタンアルミニウム皮膜のAl含有量が過少になり、すくい面及び逃げ面の窒化チタンアルミニウム皮膜の耐酸化性、耐熱性が低下する。(TiCl4/AlCl3)は0.3〜0.6であるのが好ましい。
(b) 混合ガスB
NH3ガスが0.7体積%未満及び1.9体積%超のいずれでも、原料ガスの反応速度が変わり、本発明における切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域、すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域、及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域が得られない。NH3ガスの含有量は0.7〜1.8体積%が好ましい。
N2ガスが3体積%未満及び16.5体積%超のいずれでも、原料ガスの反応速度が変わり、CVD炉1内に載置された基体上に形成される窒化チタンアルミニウム皮膜の膜厚分布が悪くなる。N2ガスの含有量は4〜16体積%が好ましい。
(2) 原料ガスの導入方法
切れ刃部と、すくい面及び逃げ面とで組成の異なる窒化チタンアルミニウム皮膜を成膜するために、反応性の高い混合ガスA及び混合ガスBをCVD炉1に非接触の状態で送入しなければならない。そのために、混合ガスAを第一のパイプ11の第一のノズル11aから噴出し、混合ガスBを第二のパイプ12の第二のノズル12aから噴出しても良く、混合ガスAを第二のパイプ12の第二のノズル12aから噴出し、混合ガスBを第一のパイプ11の第二のノズル11aから噴出しても良い。
各ノズルから噴出される混合ガスA及びBの流れを阻害しないように、図8に示すように、第一のノズル11aを外周側に配置するとともに、第二のノズル12aを中心側に配置する。第一及び第二のパイプ11,12は2〜4 rpmの速度で回転するのが好ましいが、それらの回転方向は限定的でない。
図8において、第一のパイプ11は縦方向に配列された複数の第一のノズル11a,11aを有し、第二のパイプ12は縦方向に配列された複数の第二のノズル12aを有する。第一のノズル11aは原料ガスA及びBのうちの一方を噴出し、第二のノズル12aは原料ガスのA及びBのうちの他方を噴出する。
混合ガスA及びBをCVD炉1内に非接触の状態で導入する第一及び第二のノズルを有するパイプ集合体の好ましい例を図9〜図11に示す。
(a) 第一のパイプ集合体
図9に示すパイプ集合体の一例(第一のパイプ集合体30)は、2本の第一のパイプ11,11及び1本の第二のパイプ12からなり、第一及び第二のパイプ11,11,12の両端部は保持部材(図示省略)により一体的に固定されている。
第一のパイプ11は半径R1を有し、第二のパイプ12は半径R2を有する。第一のパイプ11の中心軸O1は、回転軸Oを中心とした第一の直径D1の円周C1上に位置する。従って、2本の第一のパイプ11,11は回転軸Oから等距離である。第一のパイプ11,11の中心軸O1,O1の回転軸Oに対する中心角θは90〜180°であるのが好ましい。また、第二のパイプ12の中心軸O2は回転軸Oと一致しており、第二のパイプ12の外周は、回転軸Oを中心とした第二の直径D2(=2R2)の円周C2と一致している。
第一のパイプ11,11の第一のノズル11a,11aは外方に正反対の方向(180°の方向)に向いている。図示の例では各第一のパイプ11は縦方向1列の第一のノズル11aを有するが、これに限定されず、第一のノズル11aは複数列でも良い。また、第二のパイプ12は直径方向(180°の方向)に配置された縦方向2列の第二のノズル12a,12aを有する。勿論、第二のノズル12aは2列に限定されず、1列でも良い。第一の直径D1が第二の直径D2より大きいので[D1≧2(R1+R2)]、パイプ集合体30が回転軸Oを中心にして回転すると、第一のノズル11a,11aは外周側に位置し、第二のノズル12a,12aは内周側に位置する。
第二のパイプ12が1列の第二のノズル12aを有し、かつ第一のパイプ11,11の中心軸O1,O1の中心角θが180°未満の場合、第二のノズル12aは第一のノズル11a,11aから遠い方向(中心角θの反対側)に向いているのが好ましい。この場合、第一のノズル11aの噴出方向と第二のノズル12aの噴出方向とは直交しているのが好ましい。
第一のパイプ11,11の中心軸O1,O1が第二のパイプ12の中心軸O2と同一直線上にあり、かつ第二のパイプ12が2列の第二のノズル12a,12aを有する場合、第一のノズル11a,11aは正反対の方向(180°の方向)を向き、かつ第二のノズル12aは第一のノズル11a,11aと直交する方向で正反対の方向を向いている(90°の中心角である)のが好ましい。
本発明における切れ刃部と、すくい面及び逃げ面とで組成の異なる窒化チタンアルミニウム皮膜を成膜するために、混合ガスA及びBのうちの一方を噴出する外周側の第一のノズル11aの噴出口と回転軸Oとの距離H1と、混合ガスA及びBのうちの他方を噴出する内周側の第二のノズル12aの噴出口と回転軸Oとの距離H2との比(H1/H2)は、1.5〜3の範囲内であるのが好ましい。
(b) 第二のパイプ集合体
図10は混合ガスA及び混合ガスBをCVD炉1内に非接触の状態で導入するパイプ集合体の別の例(第二のパイプ集合体33)を示す。このパイプ集合体33は1本の第一のパイプ11及び1本の第二のパイプ12からなり、第一及び第二のパイプ11,12の両端部は保持部材(図示省略)により一体的に固定されている。第一のパイプ11は1列の第一のノズル11aを有し、第二のパイプ12も縦方向1列の第二のノズル12aを有する。
第二のパイプ12の中心軸O2はパイプ集合体33の回転軸Oと一致しており、第一のパイプ11は第二のパイプ12に近接する位置に配置されている。第一のパイプ11は半径R1を有し、第二のパイプ12は半径R2を有する。第一のパイプ11の中心軸O1は、回転軸Oを中心とした第一の直径D1の円周C1上に位置し、第二のパイプ12の中心軸O2は回転軸Oと一致しており、その外周は回転軸Oを中心とした第二の直径D2(=2R2)の円周C2と一致している。第一の直径D1が第二の直径D2より大きいので[D1≧2(R1+R2)]、パイプ集合体40が回転軸Oを中心として回転すると、第一のノズル11aは外周側に位置し、第二のノズル12aは内周側に位置する。
図示の例では第一のパイプ11の第一のノズル11aと第二のパイプ12の第二のノズル12aとは正反対の方向(180°の方向)を向いているが、勿論限定的でなく、第一のノズル11aと第二のノズル12aとの中心角は90〜180°の範囲内であれば良い。
(c) 第三のパイプ集合体
図11は混合ガスA及び混合ガスBをCVD炉1内に非接触の状態で導入するパイプ集合体のさらに別の例(第三のパイプ集合体36)を示す。このパイプ集合体36は4本の第一のパイプ11,11,11,11及び1本の第二のパイプ12からなり、第一及び第二のパイプ11,11,11,11,12の両端部は保持部材(図示省略)により一体的に固定されている。各第一のパイプ11は縦方向1列の第一のノズル11aを有し、第二のパイプ12は直交する直径方向(180°)に配置された縦方向二対の列の第二のノズル12a,12a,12a,12aを有する。全ての第一のパイプ11,11,11,11の第一のノズル11a,11a,11a,11aは外方を向いている。
第一のパイプ11は半径R1を有し、第二のパイプ12は半径R2を有する。第一のパイプ11の中心軸O1は、回転軸Oを中心とした第一の直径D1の円周C1上に位置する。従って、4本の第一のパイプ11,11,11,11は回転軸Oから等距離である。また、第二のパイプ12の中心軸O2は回転軸Oと一致しており、その外周は回転軸Oを中心とした第二の直径D2(=2R2)の円周C2と一致している。第一の直径D1が第二の直径D2より大きいので[D1≧2(R1+R2)]、パイプ集合体36が回転軸Oを中心として回転すると、第一のノズル11a,11a,11a,11aは外周側に位置し、第二のノズル12a,12a,12a,12aは内周側に位置する。図示の例では隣接する第一のパイプ11,11の中心軸O1,O1の回転軸Oに関する中心角θは90°であるが、これに限定されず、60〜120°であれば良い。
(3) 成膜温度
窒化チタンアルミニウム皮膜の成膜温度は750〜830℃が好ましく、780〜820℃がより好ましい。成膜温度が750℃未満では、窒化チタンアルミニウム皮膜の塩素含有量が多くなり、皮膜硬さが低下する。一方、成膜温度が830℃を超えると、反応が促進されすぎて粒状結晶組織となり、耐酸化性、耐熱性に劣る。成膜温度は、図8に示すCVD炉1における反応容器5の近接位置に熱電対(図示省略)を設け、成膜中の炉体温度を測定することにより求める。
(4) 成膜圧力
窒化チタンアルミニウム皮膜の成膜圧力は3〜6 kPaが好ましい。成膜圧力が3kPa未満では本発明における切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域、すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域、及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域が得られない。一方、成膜圧力が6kPaを超えると、窒化チタンアルミニウム皮膜が粒状結晶組織となり、耐酸化性、耐熱性に劣る。
(5) ガス流路
図12にCVD炉1内の各基体10周辺の原料ガスを流れやすくする目的で作製した棚4の一例を示す。棚4上に裁置された各基体10の各辺の近傍に2つの貫通孔4aが設けられている。図12中の矢印は第一のパイプ集合体30の回転方向を示す。
図13は、図12に示す棚4,4を使用したときのCVD炉1の部分断面図を概略的に示す。第一のノズル11aと第二のノズル12a(図示せず)は、各棚4とその上部の仕切り板6との間に設けられている。反応容器5の排出孔5aは、各棚4とその上部の仕切り板6との間(棚4の上部空間)と、各仕切り板6とその上部の棚4との間(棚4の下部空間)にそれぞれ設けられている。
第一のノズル11aから例えば混合ガスAを噴出する場合のガス流路Gを図14に示す。棚4の上部空間に噴出された混合ガスAの一部は、そのまま上部空間を通過して、上部空間に設けられた排出孔5aから排出される。棚4の上部空間に噴出された混合ガスAの残りの部分は、各棚4の貫通孔4aを通過して棚4の上部空間から下部空間に流入し、下部空間に設けられた排出孔5aから排出される。この構成により、混合ガスAの一部が各棚4の貫通孔4aを通過するガス流路Gが形成される。図14は、第二のパイプ12の第二のノズル12aから吹き出される混合ガスBも混合ガスAと同様にガス流路Gを形成することを示している。もって貫通孔4aは各基体10のコーナー部の近傍に設けられているので、貫通孔4aを通過する混合ガスA及び混合ガスBはいずれも各基体10のコーナー部の近傍を主に通過し、もって各基体10の表面で混合ガスAと混合ガスBとが反応する確率が高まると考えられる。尚、第二のノズル12aから混合ガスAを噴出し、第一のノズル11aから混合ガスBを噴出する場合も上記と同様にガス流路Gが形成される。
図15は棚4の別の例を示す。図15の棚4は、各基体10の各辺の近傍に3つの貫通孔4bが設けられている点で、図12の棚4と異なる。かかる構成により、各基体10の表面で混合ガスAと混合ガスBとが反応する確率がさらに高まると考えられる。図15中の矢印は第一のパイプ集合体30の回転方向を示す。
(C) 上層の形成
特に限定されないが、上記窒化チタンアルミニウム皮膜上に公知の化学蒸着法により上層を形成することができる。成膜温度は700〜830℃で良い。上層を形成するのに用いる原料ガスの例は下記の通りである。
1. TiC皮膜 TiCl4ガス、CH4ガス及びH2ガス。
2. CrC皮膜 CrCl3ガス、CH4ガス及びH2ガス。
3. SiC皮膜 SiCl4ガス、CH4ガス及びH2ガス。
4. VC皮膜 VClガス、CH4ガス及びH2ガス。
5. ZrC皮膜 ZrCl4ガス、CH4ガス及びHガス。
6. TiN皮膜 TiCl4ガス、N2ガス及びH2ガス。
7. AlN皮膜 AlCl3ガス、NH4ガス及びH2ガス。
8. CrN皮膜 CrCl3ガス、NH4ガス及びH2ガス。
9. Si3N4皮膜 SiCl4ガス、NH4ガス及びH2ガス。
10. VN皮膜 VCl3ガス、NH4ガス及びH2ガス。
11. ZrN皮膜 ZrCl4ガス、N2ガス及びH2ガス。
12. Ti(CN)皮膜 TiCl4ガス、CH4ガス、N2ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、CH3CNガス、N2ガス及びH2ガス。
13. (TiSi)N皮膜 TiCl4ガス、SiCl4ガス、N2ガス及びNH3ガス。
14. (TiB)N皮膜 TiCl4ガス、N2ガス及びBCl3ガス。
15. TiZr(CN)皮膜 TiCl4ガス、ZrCl4ガス、N2ガス、CH4ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、ZrCl4ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
16. TiAl(CN)皮膜 TiCl4ガス、AlCl3ガス、N2ガス、CH4ガス、NH3ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、AlCl3ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
17. TiSi(CN)皮膜 TiCl4ガス、SiCl4ガス、N2ガス、CH4ガス、NH3ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、SiCl4ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
18. TiCr(CN)皮膜 TiCl4ガス、CrCl3ガス、N2ガス、CH4ガス、NH3ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、CrCl3ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
19. TiV(CN)皮膜 TiCl4ガス、VCl3ガス、N2ガス、CH4ガス、NH3ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、VCl3ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
20. TiZr(CN)皮膜 TiCl4ガス、ZrCl3ガス、N2ガス、CH4ガス、NH3ガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、ZrCl4ガス、N2ガス、CH3CNガス及びH2ガス。
21. Ti(CNO)皮膜 TiCl4ガス、N2ガス、CH4ガス、COガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、N2ガス、CH3CNガス、COガス及びH2ガス。
22. TiAl(CNO)皮膜 TiCl4ガス、AlCl3ガス、N2ガス、CH4ガス、COガス及びH2ガス、又はTiCl4ガス、AlCl3ガス、N2ガス、CH3CNガス、COガス及びH2ガス。
23. Ti(CO)皮膜 TiCl4ガス、N2ガス、CH4ガス、COガス、CO2ガス及びH2ガス。
24. TiB2皮膜 TiCl4ガス、BCl3ガス、H2ガス。
(D) 硬質皮膜被覆後の刃先処理
基体上に形成した窒化チタンアルミニウム皮膜は、ブラシ、バフ又はブラスト等による処理により平滑化され、耐チッピング性に優れた表面状態になる。特にアルミナ、ジルコニア、シリカ等のセラミックスの粉末を投射材として用い、湿式又は乾式のブラスト法により硬質皮膜の刃先を処理すると、硬質皮膜の表面が平滑化され、耐チッピング性が向上する。
[4] 本発明のメカニズム
少なくとも切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域の組成がTiリッチとなり、切れ刃部に隣接してTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及びTiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域が形成され、さらにAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及びAlリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域が形成されるメカニズムは、必ずしも明確ではないが以下のように考えられる。即ち、混合ガスA中のTiCl4ガス及びAlCl3ガスは、混合ガスB中のNH3ガスと非常に反応性が高く、CVD炉内に導入されると急激に反応する。
例えば混合ガスB用ノズルの噴出口と被覆物(基体)との距離を混合ガスA用ノズルの噴出口と被覆物との距離より短くすると、混合ガスAが被覆物まで到達するまでの混合ガスBとの反応が低減される。逆に混合ガスA用ノズルの噴出口と被覆物(基体)との距離を混合ガスB用ノズルの噴出口と被覆物との距離より短くしても、混合ガスBが被覆物まで到達するまでの混合ガスAとの反応が低減される。混合ガスAではAlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3〜0.7であり、AlCl3ガスの比率が高いから、成膜直後の窒化チタンアルミニウム皮膜は柱状結晶組織を有し、AlリッチなTiAlN相とTiリッチなTiAlN相とからなる微細組織を有する。AlリッチなTiAlN相ではAlがTiに固溶しているからAlリッチなTiAlN相が多いほど内部ひずみが大きくなる。一方、すくい面と逃げ面とが交差する切れ刃部では、平面状のすくい面及び逃げ面より応力が顕著に集中している。切れ刃部の周辺も切れ刃部の影響を受けるから、内部ひずみが高くなる。かかる内部ひずみの高い切れ刃部及びその周辺に本発明の方法により内部ひずみの高いAlリッチなTiAlN相が成膜されると、AlリッチなTiAlN相は自己の内部ひずみ、並びに切れ刃部及びその周辺における応力集中による相乗効果で剥離等により自己破壊する。その結果、切れ刃部及びその周辺にTiリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜が形成される。これに対し、切れ刃部から一定距離(例えば1000μm)離れたすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域では切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域のような応力集中は生じないから、Alリッチな状態が維持される。
切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域に最も薄い膜厚t1の部分が発生するメカニズムも上記と同様に、切れ刃部に集中して蓄積された内部ひずみにより、成膜中に切れ刃部の特定部位における前記皮膜の自己破壊が顕著に進むためであると考えられる。
本発明に用いる原料ガスの組成範囲内において、TiCl4ガス、AlCl3ガス及びNH3ガスの合計の体積%(流量)が大きいほど、膜厚比t1/t2及びt1/t3は減少し、すくい面及び逃げ面に形成されたTiリッチな部分が拡大する。TiCl4ガス、AlCl3ガス及びNH3ガスの体積%(流量)が大きいほど、成膜時の混合ガスAと混合ガスBとの反応が活性化するので、上記現象が発生すると考えられる。
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は勿論それらに限定されるものではない。以下の実施例及び比較例において、流量(L/分)は1気圧及び25℃の条件における流量である。また、各層の厚さは平均値である。
実施例1
(1) 下地層の形成
図3に概略的に示すWC基超硬合金(11.5質量%のCo、2.0質量%のTaC、0.7質量%のCrC、残部WC及び不可避的不純物からなる。)製のミーリング用インサート基体(SEE42EN-C9)と、WC基超硬合金(7質量%のCo、0.6質量%のCrC、2.2質量%のZrC、3.3質量%のTaC、0.2質量%のNbC、残部WC及び不可避的不純物からなる。)製の物性評価用インサート基体(SNMN120408)とを、図8に示すCVD炉1内にセットし、H2ガスを流しながらCVD炉1内の温度を900℃に上昇させた後、900℃及び12 kPaで、82.0体積%のH2ガス、18.5体積%のN2ガス、及び1.5体積%のTiCl4ガスからなる原料ガスを45 L/分の流量でCVD炉1に流し、化学蒸着法により厚さ0.3μmの窒化チタン層(下地層)を形成した。
(2) 窒化チタンアルミニウム皮膜の形成
下地層の形成後、CVD炉1内の温度及び圧力を800℃及び4 kPaに保持したまま、2 rpmの速度で回転する図9に示すパイプ集合体30を用いて、CVD炉1に、第一のパイプ11,11の第一のノズル11a,11aから0.33体積%のTiCl4ガス、0.72体積%のAlCl3ガス、43.02体積%のH2ガス、及び15.37体積%のN2ガスからなる混合ガスAを導入し、第二のパイプ12の第二のノズル12a,12aから1.38体積%のNH3ガス、31.50体積%のH2ガス、及び7.68体積%のN2ガスからなる混合ガスBを導入した。混合ガスA及びBの合計流量は65 L/分であった。このようにして、化学蒸着法により窒化チタンアルミニウム皮膜を形成した本発明の硬質皮膜被覆工具(インサート)を作製した。硬質皮膜被覆工具の切れ刃部101の幅Wは90μmであった。形成された窒化チタンアルミニウム皮膜のうち、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域の位置P1における組成はTi0.32Al0.16N0.52(原子比)であり、すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の位置P2における組成はTi0.16Al0.35N0.49(原子比)であり、逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の位置P3における組成はTi0.17Al0.33N0.50(原子比)であった。窒化チタンアルミニウム皮膜の原料ガス組成を表1(a) に示し、成膜条件を表1(b) に示す。
(3) 膜厚の測定
実施例1のインサート(物性評価用インサート試料)を2つ作製し、各試料について切れ刃部101の縦断面を示す図6(b) のSEM写真(倍率5,000倍)から、切れ刃部101における窒化チタンアルミニウム皮膜23(切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域)の最も薄い部分(位置P1)の膜厚を測定した。2つの試料における位置P1における膜厚の測定値を平均し、膜厚t1とした。
すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の膜厚t2の測定位置は位置P1から1000μm離れたすくい面102上の点P2であり、逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の膜厚t3の測定位置は位置P1から1000μm離れた逃げ面103上の点P3であった。P2付近のすくい面102の縦断面を示す図6(b) のSEM写真(倍率5,000倍)から、2つの試料における位置P2における膜厚を測定し、その平均値を膜厚t2とした。同様に、P3付近の逃げ面103の縦断面を示す図6(c) のSEM写真(倍率5,000倍)から、2つの試料における位置P3における膜厚を測定し、その平均値を膜厚t3とした。膜厚t1、t2、t3、及び膜厚比t1/t2、t1/t3を表3に示す。
(4) 窒化チタンアルミニウム皮膜の結晶組織の観察
図6(b) 及び図6(c) から、すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域はいずれもほぼ均一な柱状結晶粒の多結晶体からなることが分かる。図6(a) より、切れ刃部101の柱状結晶粒の形態は、膜厚t1付近以外はほぼ均一な柱状結晶組織になっているのが分かる。
(5) 結晶構造の測定
(a) TEM試料
研磨、Arイオンミリング等により、図4(b) に示すように縦破断面115が露出したTEM(日本電子株式会社製の電界放射型透過電子顕微鏡JEM-2100)観察用の試料を作製した。
(b) ナノビーム回折(NAD)
上記観察用試料の切れ刃部101(位置P1)、すくい面102(位置P2)、及び逃げ面103(位置P3)について、それぞれ以下の条件でJEM-2100を用いてナノビーム回折(NAD)を行った。その結果、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域、すくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域はいずれもfccの単一構造からなることが分かった。
加速電圧:200 kV
カメラ長さ:50 cm
分析領域:直径1 nm
(6) 窒化チタンアルミニウム皮膜の組成の測定
窒化チタンアルミニウム皮膜の組成の分析は、電子プローブマイクロ分析装置(EPMA、日本電子株式会社製JXA-8500F)を用いて、加速電圧10 kV、照射電流0.05 A、及びビーム径0.5μmの条件で行った。図7に、EPMAによる各組成分析位置とともに、切れ刃部101、すくい面102及び逃げ面103の各範囲を示す。
(a) すくい面側の組成
上記観察用試料の縦断面において、図7に示すように、切れ刃部101の最も薄い部分の表面位置P1から、すくい面上20μm間隔の表面位置R20〜R500、及び50μm間隔の表面位置R500〜R800、及び表面位置R1000において組成分析を行った。測定結果を表4に示す。またすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の表面位置R20〜R1000におけるTi及びAlの原子比の分布を図19に示す。図19の横軸は表面位置P1と測定位置との間隔(μm)を示す。
(b) 逃げ面側の組成
上記観察用試料の縦断面において、図7に示すように、切れ刃部101の最も薄い部分の表面位置P1から、逃げ面上20μm間隔の表面位置F20〜F500、50μm間隔の表面位置F500〜F800、及び表面位置F1000において組成分析を行った。測定結果を表5に示す。また逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の表面位置F20〜F1000におけるTi及びAlの原子比の分布を図20に示す。図20の横軸は表面位置P1と測定位置との間隔(μm)を示す。
(c) 膜厚方向の組成
上記観察用試料の縦断面において、図7に示すように、各表面位置P1、R380、R400、R1000、F360、F380、F400、F1000に対応する下地層22近傍の深部位置S、SR380、SR400、SR1000、SF360、SF380、SF400、SF1000において、それぞれ窒化チタンアルミニウム皮膜23の組成分析を行った。測定結果を表6に示す。なお、表面位置に対応する下地層22近傍の深部位置とは、前記表面位置から延びる垂線が下地層22に交わる点の近傍における窒化チタンアルミニウム皮膜23内の位置を意味する。
(7) 性能評価
上記インサート10を、図16に示す刃先交換式回転工具(A45E-4160R)50の先端部にクサビねじ(図示省略)で装着し、下記条件で工具寿命、及び工具寿命時における欠損(チッピング)の有無を測定した。工具寿命は、逃げ面における窒化チタンアルミニウム皮膜の摩耗幅を光学顕微鏡で観察し、逃げ面の最大摩耗幅が0.25 mmを超えたときの総切削長さ(m)とした。欠損(チッピング)の有無は、10μm以上の微小チッピングが切れ刃部に発生しているかどうかを前記光学顕微鏡観察により判断した。結果を表3に示す。
被削材: 硬さ32 HRCのSCM440
加工方法: ミーリング加工
インサート形状: SEE42EN-C9
切削速度: 200 m/分
回転数: 398 rpm
一刃当たりの送り: 0.15 mm/tooth
送り速度:59.7 mm/分
軸方向の切り込み量: 1.0 mm
径方向の切り込み量: 100 mm
切削方法: 単一刃による湿式切削
実施例2〜13
実施例2では混合ガスAのTiCl4ガスを0.50体積%に増加させ、H2ガスを42.85体積%に減少させた。実施例3〜5では混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を0.26〜0.64の範囲で変化させた。実施料6では混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を0.45に固定し、混合ガスBのNH3ガスを1.00体積%に減少させた。実施料7では混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を0.46に固定し、混合ガスBのNH3ガスを1.78体積%に増加させた。実施料8では混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を0.46に固定し、混合ガスA及びBのN2ガスの体積%を増加させるとともに、混合ガスAのH2ガスの体積%を減少させた。実施料9では混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を0.46に固定し、混合ガスA及びBのN2ガスの体積%を減少させるとともに、混合ガスAのH2ガスの体積%を増加させた。実施例10及び11では成膜圧力を3 kPa及び6 kPaに変化させた。実施例12及び13では成膜温度を750℃及び850℃に変化させた。このように窒化チタンアルミニウム皮膜の原料ガス組成及び成膜条件を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆工具(インサート)を作製し、各位置P1、P2、P3における窒化チタンアルミニウム皮膜の組成、膜厚t1、t2、t3、膜厚比t1/t2、t1/t3、工具寿命、及び欠損の有無を評価した。結果を表2(a)〜表2(c) 及び表3に示す。
実施例14
図12に示す貫通孔4aを有する棚4の代わりに、貫通孔が設けられていない棚を使用した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆工具(インサート)を製作し、各位置P1、P2、P3における窒化チタンアルミニウム皮膜の組成、膜厚t1、t2、t3、膜厚比t1/t2、t1/t3、工具寿命、及び欠損の有無を評価した。結果を表2(a)〜表2(c)、及び表3に示す。
実施例15
実施例1と同じ基体に、実施例1と同様に厚さ0.3μmの窒化チタン層(下地層)を形成した。下地層の形成後、図9に示すパイプ集合体30を用いて、CVD炉1に、第二のパイプ12の第二のノズル12a,12aから混合ガスAを導入し、第一のパイプ11,11の第一のノズル11a,11aから混合ガスBを導入した以外、実施例1と同様に化学蒸着法により窒化チタンアルミニウム皮膜を形成した本発明の硬質皮膜被覆工具(インサート)を作製し、各位置P1、P2、P3における窒化チタンアルミニウム皮膜の組成、膜厚t1、t2、t3、膜厚比t1/t2、t1/t3、工具寿命、及び欠損の有無を評価した。結果を表2(a)〜表2(c)、及び表3に示す。
比較例1
混合ガスAの体積比(TiCl4/AlCl3)を1.30にした以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆工具(インサート)を製作し、各位置P1、P2、P3における窒化チタンアルミニウム皮膜の組成、膜厚t1、t2、t3、膜厚比t1/t2、t1/t3、工具寿命、及び欠損の有無を評価した。結果を表2(a)〜表2(c)、及び表3に示す。
従来例1
窒化チタンアルミニウム皮膜を形成する際に、図17に示すCVD炉100を使用した。CVD炉100は、パイプ集合体30の代わりに、図18に示すノズル110aを有するパイプ110を備え、かつ棚4’は貫通孔を有しない。かかるCVD炉100を使用し、実施例1と同様にして下地層までを形成後、温度800℃、圧力4 kPaで、ノズル110aから、0.33体積%のTiCl4ガス、0.25体積%のAlCl3ガス、74.99体積%のH2ガス、23.05体積%のN2ガス、及び1.38体積%のNH3ガスからなる混合ガスAのみを、65.08 L/分の流量でCVD炉100内に流した以外、実施例1と同様にして窒化チタンアルミニウム皮膜を被覆した硬質皮膜被覆工具(インサート)を作製し、評価した。結果を表2及び表3に示す。
実施例6及び7のインサートについて実施例1と同様に、窒化チタンアルミニウム皮膜23の表面位置P1から表面位置R1000及びF1000までEPMA分析を行って、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内端位置(切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの最も薄い部分から幅W2の位置)、及びTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下端位置(切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101Tiの最も薄い部分から幅W3の位置)を特定し、それらの位置における皮膜組成を測定した。結果を表7(a) 及び表7(b) に示す。
注:(1) 混合ガスAのみを原料ガスとして使用した。
(2) TiCl4とAlCl3との体積比。
注:(1) 混合ガスAのみを原料ガスとして使用し、図18のノズル110aから噴出させた。
注:(1) 表面位置P1で測定した。
(2) 切れ刃部の中心位置の表面で測定した。
注:(1) 表面位置P2で測定した。
(2) 切れ刃部の中心から1000μm離れたすくい面の表面で測定した。
注:(1) 表面位置P3で測定した。
(2) 切れ刃部の中心から1000μm離れた逃げ面の表面で測定した。
注:(1) 工具寿命時における欠損(10μm以上の微小チッピング)。
(2) 切れ刃部の中心の膜厚をt1とし、切れ刃部の中心から1000μm離れたすくい面及び逃げ面の膜厚をそれぞれt2、t3とした。
注:(1) 切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(2) Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(3) Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
注:(1) 切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(2) Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(3) Alリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
注:(1) 切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(2) Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(3) Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(4) Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
(5) Alリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域。
注:(1) Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内端位置。
注:(1) Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下端位置。
表2(a)〜2(c) から明らかなように、実施例1〜15の窒化チタンアルミニウム皮膜はいずれも、切れ刃部101の位置P1においてTiリッチな組成を有し、すくい面102及び103逃げ面の位置P2及びP3においてAlリッチな組成を有していた。また、表3から明らかなように、実施例1〜15の各窒化チタンアルミニウム皮膜は4.2〜9.2μmの膜厚t1、7.2〜14.5μmの膜厚t2、7.1〜14.2μmの膜厚t3、0.44〜0.82の膜厚比t1/t2、及び0.48〜0.83の膜厚比t1/t3を有し、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域の膜厚t1がすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域及び逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の膜厚t2、t3より小さかった。これに対し、比較例1及び従来例1のインサートでは膜厚比t1/t2がそれぞれ0.95及び0.98で、膜厚比t1/t3がそれぞれ1.01及び1.03であり、膜厚差はほとんどなかった。
表3から明らかなように、実施例1〜15の各工具寿命はいずれも切削距離で5m以上であるとともに欠損が発生しなかった。これに対し、比較例1及び従来例1の各工具寿命は実施例1〜15の1/2未満であり、欠損が観察された。これは、実施例1〜15の各インサートの切れ刃部に耐欠損性に優れたTiリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜が形成されており、すくい面及び逃げ面に耐熱性に優れたAlリッチな窒化チタンアルミニウム皮膜が形成されているためであると考えられる。一方、比較例1及び従来例1の各インサートは、切れ刃部、すくい面及び逃げ面にAl、Ti及びN含有量がほぼ同じ組成の窒化チタンアルミニウム皮膜が形成されているので、耐熱性及び耐欠損性が劣り、短寿命であった。
図7、図19及び表4に示すように、実施例1では、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101TiとTiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiは同程度の原子比のTiリッチな組成を有し、位置P1から380μm離れた位置R380付近からTi含有量が急減するとともにAl含有量が急増し、Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Alが形成されていた。表4に示すように、位置P1から位置R1000にわたってN含有量はほぼ変化しなかった。
図7、図20及び表5に示すように、実施例1では、切れ刃窒化チタンアルミニウム皮膜領域101TiとTiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiは同程度の原子比のTiリッチな組成を有し、位置P1から360μm離れたF360付近からTi含有量が急減するとともにAl含有量が急増し、Alリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alが形成されていた。また表5に示すように、Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103TiとAlリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Alとの間の位置F380付近にTi含有量とAl含有量がほぼ同一の境界部120が形成されていた。位置P1から位置F1000にわたってN含有量はほぼ変化しなかった。
表7(a) に示すように、Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域102Tiの内端位置は実施例6ではR180で、実施例7ではR600であり、いずれもすくい面102内にあった。また表7(b) に示すように、Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域103Tiの下端位置は実施例6ではF160で、実施例7ではR550であり、いずれも逃げ面内にあった。
使用した各実施例の原料ガス中の(TiCl4ガス+AlCl3ガス+NH3ガス)の合計量は、実施例1では2.43体積%、実施例6では1.90体積%、実施例7では3.12体積%であった。またNH3ガスは、実施例1では1.38体積%、実施例6では1.00体積%、及び実施例7では1.78体積%であった。これらの原料ガス組成と、実施例1のR380とF360、実施例6のR180とF160、及び実施例7のR600とF550との対比から、原料ガス中の(TiCl4ガス+AlCl3ガス+NH3ガス)の合計量が多いほど、特に原料ガス中のNH3ガスの割合が高いほど、Tiリッチな部分がすくい面102及び逃げ面103上に拡大することが分かる。
表6及び図7から明らかなように、実施例1の窒化チタンアルミニウム皮膜23では、位置P1とS、位置R380とSR380、位置R400とSR400、位置R1000とSR1000、位置F360とSF360、位置F380とSF380、位置F400とSF400、及び位置F1000とSF1000でいずれも組成がほぼ同じであり、膜厚方向の組成変動が非常に小さかった。
図5のSEM写真と図21のSEM写真とを比較すると、実施例1の窒化チタンアルミニウム皮膜は切れ刃部がすくい面及び逃げ面より薄いのに対し、従来例1の窒化チタンアルミニウム皮膜は切れ刃部、すくい面及び逃げ面でほぼ同じ膜厚を有することが分かる。
実施例1の窒化チタンアルミニウム皮膜23では、すくい面102でTiリッチな部分102TiとAlリッチな部分102Alとが接するとともに、逃げ面103でTiリッチな部分103TiとAlリッチな部分103Alとの間にTi含有量とAl含有量がほぼ同じ境界部が形成されていたが、本発明の硬質皮膜被覆工具は特にこれに限定されず、すくい面102において境界部が形成されていても良いし、逃げ面103において境界部がなくても良い。
上記実施例はいずれも切れ刃部に刃先処理を行っていない場合であるが、切れ刃部に刃先処理を行った場合でも、本発明の有利な効果を達成でき、耐熱性及び耐欠損性に優れた窒化チタンアルミニウム皮膜を有する硬質皮膜被覆工具が得られる。
1:CVD炉
2:チャンバー
3:ヒータ
4:棚
4a,4b,4c:貫通孔
4’:貫通孔が設けられていない棚
5:反応容器
5a:排出孔
6:仕切り板
10:インサート
11:第一のパイプ
11a:第一のパイプのノズル
12:第二のパイプ
12a:第二のパイプのノズル
13:排出パイプ
21:基体
22:下地層
23:窒化チタンアルミニウム皮膜
30:第一のパイプ集合体
33:第二のパイプ集合体
36:第三のパイプ集合体
40:棚の中央開口部
50:刃先交換式回転工具
101:切れ刃部
101a:コーナー切れ刃部
101b:辺切れ刃部
102:すくい面
102Ti:Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域
102Al:Alリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域
103:逃げ面
103Ti:Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域
103Al:Alリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域
103a’:コーナー側面部
103b’:辺側面部
115:縦断面
120:境界部
P1,P2,P3:測定位置
Q1,Q2,R1,R2:窒化チタンアルミニウム皮膜のすくい面及び逃げ面における変曲点
W:切れ刃部の幅
W2:Tiリッチなすくい面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の幅
W3:Tiリッチな逃げ面窒化チタンアルミニウム皮膜領域の幅

Claims (13)

  1. 基体に窒化チタンアルミニウム皮膜を形成してなる硬質皮膜被覆工具であって、切れ刃部、すくい面及び逃げ面を有し、
    前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分が(Tix1Aly1)Nz1(ただし、x1、y1及びz1はそれぞれ原子比であり、0.26≦x1≦0.4、0.1≦y1≦0.24、及びx1+y1+z1=1を満たす数字である。)で表されるTiリッチな組成を有し、
    前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分からそれぞれ少なくとも1000μm離れた前記すくい面及び前記逃げ面の部分で、前記窒化チタンアルミニウム皮膜が(Tix2Aly2)Nz2(ただし、x2、y2及びz2はそれぞれ原子比であり、0.06≦x2≦0.23、0.25≦y2≦0.45、及びx2+y2+z2=1を満たす数字である。)で表されるAlリッチな組成を有することを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  2. 請求項1に記載の硬質皮膜被覆工具において、x1及びy1はそれぞれ原子比で0.28≦x1≦0.40、及び0.10≦y1≦0.22を満たし、x2及びy2はそれぞれ原子比で0.08≦x2≦0.22、及び0.26≦y2≦0.43を満たし、x1とx2との差が0.10以上であり、y2とy1との差が0.10以上であることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  3. 請求項1又は2に記載の硬質皮膜被覆工具において、前記すくい面及び前記逃げ面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜のうち前記切れ刃部に隣接する領域が、Tiリッチな組成を有することを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  4. 請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具において、前記窒化チタンアルミニウム皮膜が柱状結晶組織を主体とすることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具において、前記切れ刃部における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の最も薄い部分の厚さt1が2〜13μmであり、前記厚さt1と前記すくい面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の厚さt2及び前記逃げ面における前記窒化チタンアルミニウム皮膜の厚さt3との比t1/t2及び比t1/t3がそれぞれ0.35〜0.85であることを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  6. 請求項1〜5のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具において、z1が原子比で0.64〜0.36を満たし、z2が原子比で0.69〜0.32を満たすことを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  7. 請求項1〜6のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具において、
    前記基体と前記窒化チタンアルミニウム皮膜との間に下地層を有し、
    前記下地層が炭窒化チタン、窒化チタン及び炭窒化チタンジルコニウムの少なくとも一種からなる単層皮膜又は積層皮膜であり、かつfcc構造を有することを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
  8. 請求項1〜7のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具を化学蒸着法により製造する方法であって、
    TiCl4ガス、AlCl3ガス、NH3ガス、N2ガス及びH2ガスの合計を100体積%として、0.1〜0.8体積%のTiCl4ガス、0.4〜1.2体積%のAlCl3ガス、4.0〜23.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなるとともに、AlCl3ガスに対するTiCl4ガスの体積比(TiCl4/AlCl3)が0.3〜0.7である混合ガスAと、0.7〜1.9体積%のNH3ガス、3〜16.5体積%のN2ガス、及び残部H2ガスからなる混合ガスBとからなる原料ガスを供給することにより、前記窒化チタンアルミニウム皮膜を形成することを特徴とする方法。
  9. 請求項8に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、
    回転軸Oを中心として回転する第一及び第二のパイプを具備する化学蒸着装置を使用し、
    前記第一のパイプは第一のノズルを有し、
    前記第二のパイプは第二のノズルを有し、
    前記第一のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H1を前記第二のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H2より長くし、
    前記第一のノズルから前記混合ガスAを噴出するとともに、前記第二のノズルから前記混合ガスBを噴出することを特徴とする方法。
  10. 請求項8に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、
    回転軸Oを中心として回転する第一及び第二のパイプを具備する化学蒸着装置を使用し、
    前記第一のパイプは第一のノズルを有し、
    前記第二のパイプは第二のノズルを有し、
    前記第一のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H1を前記第二のノズルの噴出口と前記回転軸Oとの距離H2より長くし、
    前記第二のノズルから前記混合ガスAを噴出するとともに、前記第一のノズルから前記混合ガスBを噴出することを特徴とする方法。
  11. 請求項9又は10に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、
    前記化学蒸着装置は、前記第一及び第二のパイプの周囲に、前記基体を載置するための複数の棚と、隣接する棚の間にそれぞれ設けられ、前記原料ガスの流れを遮断するための仕切り板とを有し、
    前記第一及び第二のノズルは、各棚とその上部に位置する仕切り板との間及び最上段の棚の上部にそれぞれ設けられており、
    前記棚における前記基体の周囲に少なくとも1つの貫通孔が設けられており、もって前記第一及び第二のノズルから噴出した前記原料ガスは前記貫通孔を通過することを特徴とする方法。
  12. 請求項8〜11のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、前記距離H1と前記距離H2との比(H1/H2)を1.5〜3の範囲内にすることを特徴とする方法。
  13. 請求項8〜12のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、3〜6 kPaの成膜圧力及び750〜830℃の成膜温度を使用することを特徴とする方法。
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