この発明の実施例におけるトルクベクタリング装置の構成の一例を図1に模式的に示している。図1に示すトルクベクタリング装置1は、車両の駆動力源として機能する駆動用モータ2と、その駆動用モータ2から出力されたトルクを左右の駆動輪3a,3bに伝達する差動機構4と、左右の駆動輪3a,3bに伝達するトルクの分配率を制御する差動用モータ5とにより構成されている。
図1に示す駆動用モータ2は、従来知られているハイブリッド車両や電気自動車などに駆動力源として設けられているモータと同様に、例えば、永久磁石形同期モータで構成されている。すなわち、駆動用モータ2に通電する電流値や、駆動用モータ2に作用させる電圧を制御することにより、駆動トルクを出力することや制動トルクを出力することができるように構成されている。その駆動用モータ2は、円筒状の第1ハウジング6の内面にステータ7が固定され、第1ハウジング6の中心軸線を中心として回転するようにロータ8が設けられている。また、第1ハウジング6における両端は、中心に貫通孔が形成された側壁部9,10により閉じられている。そして、上記ロータ8に出力軸11が一体化されている。
この出力軸11は、上記各貫通孔から外側に延出しており、一方の端部に出力ギヤ12が連結され、他方の端部に第1ハウジング6の外径よりも若干外径が小さい円盤状の第1回転体13が連結されている。図に示す第1回転体13は、磁性材料により構成されており、駆動用モータ2とは反対側を向いた側面に環状の凸部14が形成されている。上記各貫通孔の内周面には、ボールベアリング15,16が嵌合しており、出力軸11は、それらボールベアリング15,16に回転自在に保持されている。なお、上記第1回転体13が、この発明の実施例における『第2回転部材』に相当する。
また、図に示す例では、第1回転体13の外径よりも内径が大きい有底円筒状の第1カバー部材17が設けられており、第1カバー部材17の開口部を閉じるように第1カバー部材17と第1ハウジング6とが一体化されている。第1カバー部材17と第1ハウジング6とに囲われた空間に、駆動用モータ2の出力軸11の回転を停止させるための第1ブレーキ機構18が設けられている。この第1ブレーキ機構18は、第1回転体13と、第1回転体13のうち凸部14が形成された側面と対向した環状の第1押圧部材19と、第1押圧部材19を挟んで第1回転体13とは反対側に設けられた環状のプレート部材20と、そのプレート部材20を軸線方向に移動させるためのパーキング用モータ21とにより構成されている。
上述した第1押圧部材19は、外周面が第1カバー部材17の内周面とスプライン係合している。すなわち、第1押圧部材19は、第1カバー部材17の軸線方向に移動することができ、かつ回転することができないように設けられている。そして、第1押圧部材19の内周部は、第1回転体13の凸部14よりも内側まで形成されており、その内周部が第1回転体13側に突出している。そして、その突出した部分に、第1コイル22が巻き付けられている。なお、上記パーキング用モータ21や第1コイル22が、この発明の実施例における『第1電磁アクチュエータ』に相当する。
また、上記第1カバー部材17の底面には、パーキング用モータ21が連結されており、その出力軸23が、第1カバー部材17の底面を貫通して第1カバー部材17の内側まで延出している。この出力軸23の外周面には、第1雄ねじ部24が形成されている。さらに、上記プレート部材20の内周面には、上記第1雄ねじ部24に噛み合う第1雌ねじ部25が形成され、かつプレート部材20の外周面が、第1カバー部材17の内周面とスプライン係合している。したがって、パーキング用モータ21を駆動することにより、プレート部材20が軸線方向に移動する。すなわち、上記出力軸23とプレート部材20とが送りネジ機構を構成している。なお、プレート部材20における第1押圧部材19側を向いた側面には、環状の凸部26が形成されており、その凸部26と第1押圧部材19とが接触できるように構成されている。
ここで、上述した第1ブレーキ機構18の作用について説明する。上述した第1コイル22に通電することにより電磁力が生じ、その電磁力により第1回転体13側に第1押圧部材19が移動する。そして、第1押圧部材19と第1回転体13とが接触することにより、その接触面には摩擦力が生じる。上述したように第1押圧部材19は回転することができないので、上述した摩擦力により第1回転体13の回転速度が低下させられる。すなわち、駆動用モータ2の出力軸11に制動トルクが作用する。なお、上述した摩擦力は、第1コイル22に通電する電流値に応じて変化するため、その電流値を制御することにより駆動用モータ2の出力軸11に作用させる制動トルクを制御することができる。
一方、上述した構成では、車両の電源をオフした場合などには、駆動用モータ2の出力軸11に制動トルクを作用させ続けることができない。そのため、車両の電源がオフされる際、またはシフトレンジがパーキングレンジとなった際に、プレート部材20と第1押圧部材19とを接触させ、さらにプレート部材20と第1押圧部材19とが一体となって第1回転体13に接触するようにパーキング用モータ21に通電し、その後に、パーキング用モータ21への電流の供給を停止する。したがって、車両の電源がオフとなった場合であっても、第1押圧部材19と第1回転体13とが接触した状態を維持することができるため、駆動用モータ2が意図せずに回転するなどの事態が生じることを抑制することができる。
上述した駆動用モータ2と第1ブレーキ機構18とを一体化してユニット(以下、駆動ユニットと記す)27とし、その駆動ユニット27が差動機構4を収容するケース28に組み付けるように構成されている。そのように駆動ユニット27をケース28に組み付けた際には、出力ギヤ12がケース28の内部に収容される。その出力ギヤ12には、差動機構4に連結されたドリブンギヤ29が噛み合っており、このドリブンギヤ29には、軸線方向における両側に突出した回転軸30が連結されている。
この回転軸30は、駆動用モータ2の出力軸11と平行に配置されており、その両側にそれぞれシングルピニオン型の遊星歯車機構31,32が連結されている。なお、以下の説明では、一方の遊星歯車機構を、第1遊星歯車機構31と記し、他方の遊星歯車機構を、第2遊星歯車機構32と記す。
第1遊星歯車機構31は、回転軸30に連結された第1サンギヤ33と、第1サンギヤ33と同心円上に配置され、かつ内歯および外歯が形成された第1リングギヤ34と、第1サンギヤ33および第1リングギヤ34における内歯に噛み合う第1プラネタリギヤ35と、第1プラネタリギヤ35を自転可能に保持するとともに、第1プラネタリギヤ35が第1サンギヤ33の回転中心を中心として公転することができるように保持する第1キャリヤ36とにより構成されている。この第1キャリヤ36には、図示しない一方側のドライブシャフトを介して一方の駆動輪3aが連結されている。上記第1サンギヤ33が、この発明の実施例における「第1入力要素」に相当し、第1リングギヤ34が、この発明の実施例における「第1反力要素」に相当し、第1キャリヤ36が、この発明の実施例における「第1出力要素」に相当する。なお、この発明の実施例における「第1遊星歯車機構」は、シングルピニオン型の遊星歯車機構に限らず、ダブルピニオン型の遊星歯車機構であってもよい。
また、第2遊星歯車機構32は、第1遊星歯車機構31と同一に構成されており、回転軸30に連結された第2サンギヤ37と、第2サンギヤ37と同心円上に配置され、かつ内歯および外歯が形成された第2リングギヤ38と、第2サンギヤ37および第2リングギヤ38における内歯に噛み合う第2プラネタリギヤ39と、第2プラネタリギヤ39を自転可能に保持するとともに、第2プラネタリギヤ39が第2サンギヤ37の回転中心を中心として公転することができるように保持する第2キャリヤ40とにより構成されている。この第2キャリヤ40には、図示しない他方側のドライブシャフトを介して他方の駆動輪3bが連結されている。上記第2サンギヤ37が、この発明の実施例における「第2入力要素」に相当し、第2リングギヤ38が、この発明の実施例における「第2反力要素」に相当し、第2キャリヤ40が、この発明の実施例における「第2出力要素」に相当する。なお、この発明の実施例における「第2遊星歯車機構」は、シングルピニオン型の遊星歯車機構に限らず、ダブルピニオン型の遊星歯車機構であってもよい。
上述した第1リングギヤ34と第2リングギヤ38とは、反転機構41を介して連結されている。この反転機構41は、回転軸30と平行に配置され、かつケース28に回転自在に保持された第1連結軸42と、第2連結軸43とにより構成されている。この第1連結軸42における一方の端部には、第1リングギヤ34の外歯に噛み合う第1ピニオンギヤ44が形成され、他方の端部には、第2ピニオンギヤ45が形成されている。また、第2連結軸43における一方の端部には、第2リングギヤ38の外歯に噛み合う第3ピニオンギヤ46が形成され、他方の端部には、第2ピニオンギヤ45に噛み合う第4ピニオンギヤ47が形成されている。上記の第2ピニオンギヤ45と第4ピニオンギヤ47との歯数は同一である。したがって、第1連結軸42と第2連結軸43とは、同一の回転速度でかつ反対方向に回転するように構成されている。上記のように構成された反転機構41が、第1遊星歯車機構31および第2遊星歯車機構32の外周側を囲うように、円周方向に所定の間隔を空けて複数設けられている。
さらに、各リングギヤ34,38にトルクを伝達するために差動用モータ5が設けられている。この差動用モータ5は、永久磁石形同期モータや誘導モータなどにより構成することができ、図に示す例では、駆動用モータ2と同様に円筒状の第2ハウジング48の内面に一体化されたステータ49と、第2ハウジング48の中心軸線を中心として回転するように設けられたロータ50とにより差動用モータ5が構成されている。また、第2ハウジング48における両端は、中心に貫通孔が形成された側壁部51,52により閉じられている。そして、上記ロータ50に出力軸53が一体化されている。
この出力軸53は、上記各貫通孔から外側に延出しており、一方の端部に出力ギヤ54が連結され、他方の端部に第2ハウジング48の外径よりも若干外径が小さい円盤状の第2回転体55が一体化されている。上記各貫通孔の内周面には、ボールベアリング56,57が嵌合しており、出力軸53は、それらボールベアリング56,57に回転自在に保持されている。なお、上記第2回転体55が、この発明の実施例における『第1回転部材』に相当する。
また、図に示す例では、第2ハウジング48の外径と同一の内径の有底円筒状の第2カバー部材58が設けられている。その第2カバー部材58の底面と第2ハウジング48における側壁部52との間に空間が空くように第2カバー部材58が第2ハウジング48を囲って組み付けられている。その第2カバー部材58の底面と第2ハウジング48における側壁部52との間の空間に、差動用モータ5の出力軸53の回転を選択的に停止させることができる第2ブレーキ機構59が設けられている。この第2ブレーキ機構59は、第2回転体55と、その第2回転体55のうち差動用モータ5とは反対側の側面と対向し、かつ磁性材料により形成された環状の第2押圧部材60と、その第2押圧部材60を第2回転体55側に押圧するコイルバネ61と、通電されることにより電磁力を生じる第2コイル67とにより構成されている。なお、上記第2ブレーキ機構59が、この発明の実施例における『差動制限機構』に相当し、第2コイル67が、この発明の実施例における『第2電磁アクチュエータ』に相当する。
上述した第2押圧部材60は、第2カバー部材58の中心軸線に沿って形成された円筒部62と、その円筒部62のうち第2回転体55側の端部に形成されたフランジ部63とにより構成されている。そのフランジ部63の外周面は、第2カバー部材58の内周面にスプライン係合している。すなわち、第2押圧部材60は、第2カバー部材58の軸線方向に移動することができ、かつ回転することができないように構成されている。また、フランジ部63における第2回転体55側を向いた側面には環状の凸部64が形成されており、その凸部64が、第2回転体55と接触できるように構成されている。さらに、フランジ部63における第2回転体55を向いた側面とは反対側の側面にも同様に環状の凸部65が形成されている。そして、上記円筒部62を囲うようにコイルバネ61が設けられている。このコイルバネ61は、上記フランジ部63と第2カバー部材58の底面とに挟まれて配置された圧縮バネである。
さらに、第2カバー部材58の底面には、環状の台座部66が一体に形成されている。この台座部66の内径は、上記凸部65の内径よりも小さく形成されており、その内周部分に第2コイル67が巻き付けられている。
ここで、上述した第2ブレーキ機構59の作用について説明する。上述した第2ブレーキ機構59は、第2コイル67に電流を供給していない場合には、コイルバネ61により第2押圧部材60が第2回転体55側に押圧される。そのため、第2押圧部材60と第2回転体55とが接触することにより、その接触面には摩擦力が生じる。上述したように第2押圧部材60は回転することができないので、上述した摩擦力により第2回転体55の回転速度が低下させられる。すなわち、差動用モータ5の出力軸53に制動トルクが作用する。
一方、上述した第2コイル67に電流を通電すれば電磁力が生じるので、その電磁力により第2押圧部材6055が第2カバー部材58の底面側に引き寄せられる。この電磁力は、コイルバネ61のバネ力に対抗した方向に第2押圧部材60に作用する荷重であり、電磁力が大きくなるに連れて第2押圧部材60と第2回転体55との接触圧が低下する。すなわち、第2押圧部材60と第2回転体55との摩擦力が低下するため、差動用モータ5の出力軸53に作用する制動トルクが低下する。そして、電磁力がコイルバネ61のバネ力よりも大きくなると、第2押圧部材60が第2回転体55から離隔して第2回転体55には摩擦力が作用しなくなり、差動用モータ5の出力軸53が回転自在となる。
上述した差動用モータ5と第2ブレーキ機構59とを一体化したユニットをケース28に組み付けるように構成されており、その際には、出力ギヤ54がケース28の内部に配置される。
その出力ギヤ54には、出力ギヤ54よりも大径のカウンタギヤ68が噛み合っている。このカウンタギヤ68は、差動用モータ5の出力軸53と平行に配置されたカウンタシャフト69の一方の端部に連結されている。また、カウンタギヤ68と一体に、カウンタギヤ68よりも小径のカウンタドライブギヤ70が連結されており、そのカウンタドライブギヤ70が第1リングギヤ34の外歯に噛み合っている。すなわち、差動用モータ5から出力されたトルクが増大されて第1リングギヤ34に伝達されるように構成されている。なお、差動用モータ5から第2リングギヤ38にトルクを伝達するように構成していてもよい。
上述したように構成されたトルクベクタリング装置1は、駆動走行時には、駆動用モータ2から駆動トルクを出力する。その際には、第1コイル22へは通電せず、またプレート部材20が第1押圧部材19から離隔した状態とする。これは、駆動用モータ2の出力軸11に制動トルクが作用することを抑制して、駆動用モータ2へ通電する電流値を低下させるためである。
そのように駆動用モータ2から出力されたトルクは、各サンギヤ33,37に伝達される。そのように各サンギヤ33,37にトルクが伝達されると、第1リングギヤ34には、第1サンギヤ33に作用するトルクとは反対方向のトルクが作用し、第2リングギヤ38には、第2サンギヤ37に作用するトルクとは反対方向のトルクが作用する。すなわち、駆動用モータ2から各遊星歯車機構31,32に入力されるトルクは、各リングギヤ34,38に同一の方向のトルクとして作用する。そのように各リングギヤ34,38には、同一方向のトルクが作用するものの、各リングギヤ34,38は、反転機構41により連結されているため、各リングギヤ34,38に作用するトルクが相殺される。そのため、各リングギヤ34,38同士が、互いに入力されるトルクを受け持つこととなるため、第1リングギヤ34が第1遊星歯車機構31における反力要素として機能し、第2リングギヤ38が第2遊星歯車機構32における反力要素として機能する。
また、上述したように第1遊星歯車機構31と第2遊星歯車機構32とは同一の構成となっており、かつ各サンギヤ33,37が回転軸30により連結され、各リングギヤ34,38が反転機構41に連結されているため、直進走行時など各駆動輪3a,3bの回転速度が同一の場合には、各リングギヤ34,38が停止した状態となる。上述したように各遊星歯車機構31,32はシングルピニオン型の遊星歯車機構により構成されているため、各遊星歯車機構31,32は減速機として機能する。そのため、駆動用モータ2から出力されたトルクが増大されて各駆動輪3a,3bに伝達される。
一方、旋回走行時には、各リングギヤ34,38が相対回転し、それに伴って差動用モータ5が回転する。例えば、第2キャリヤ40に連結された側の駆動輪3bが、第1キャリヤ36に連結された側の駆動輪3aよりも高速回転となる場合には、第1サンギヤ33と第2サンギヤ37とは同一回転速度で回り続けているため、第1キャリヤ36と第2キャリヤ40との間の回転速度の差を第1リングギヤ34と第2リングギヤ38との間の回転速度の差として吸収する必要がある。
第1リングギヤ34と第2リングギヤ38とは反転機構41を介して連結されているため、第1リングギヤ34と第2リングギヤ38との間の回転速度の差は、第2リングギヤ38、カウンタドライブギヤ70、カウンタギヤ68、出力ギヤ54、出力軸53を通じて差動用モータ5を回転させる。このように各リングギヤ34,38が回転する場合であっても、その回転速度は低速であるため、直進走行時と同様に各遊星歯車機構31,32が減速機として機能し、駆動用モータ2から出力されたトルクが増大されて各駆動輪3a,3bに伝達される。
上述したように図1に示すトルクベクタリング装置1は、各駆動輪3a,3bの回転速度に応じて差動用モータ5が回転するように構成されている。一方、直進走行時や旋回半径が比較的大きい走行路を走行している場合などでは、各駆動輪3a,3bが同一回転数で回転することが好ましい場合がある。具体的には、一方の駆動輪3a(3b)と路面との摩擦係数と、他方の駆動輪3b(3a)と路面との摩擦係数とが相違した場合や、一方の駆動輪3a(3b)が段差を乗り上げるなどにより一時的に一方の駆動輪3a(3b)に作用する抵抗が低下した場合などであっても、各駆動輪3a,3bが相対回転しないことが好ましい場合がある。
そのため、図1に示すトルクベクタリング装置1では、直進走行時などに各駆動輪3a,3bが意図せずに相対回転することを抑制するために、差動機構4の差動量を制限するように第2ブレーキ機構59により差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させるように構成されている。すなわち、直進走行時などであって各駆動輪3a,3bを同一の回転速度で回転させる場合には、第2コイル67に電流を供給することを停止して、差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させるように構成されている。このように差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させることにより、各駆動輪3a,3bが相対回転することを抑制することができるので、直進走行時などの走行安定性を向上させることができる。また、第2コイル67に電流を供給せずに差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させることができるため、直進走行時における電力消費を低下させることができ、または差動用モータ5の制御が煩雑になることを抑制することができる。
一方、差動用モータ5からトルクを出力すると、第1遊星歯車機構31における反力要素として機能する第1リングギヤ34の反力トルクが変化するため、第1キャリヤ36から出力されるトルクが変化する。例えば、第1リングギヤ34の反力トルクが増大するように差動用モータ5からトルクを出力すると、第1キャリヤ36から出力されるトルクが増大する。他方、そのように第1リングギヤ34の反力トルクが増大するように差動用モータ5からトルクを出力した場合には、第2リングギヤ38には、反転機構41を介して反力トルクが低下するようにトルクが作用する。その結果、第2キャリヤ40から出力されるトルクが低下する。すなわち、差動用モータ5からトルクを出力することにより、左右輪3a,3bに伝達されるトルクの分配率を変更することができる。これは、各駆動輪3a,3bが相対回転していても、同一の回転速度で回転していても同様である。
そのように各駆動輪3a,3bに伝達するトルクの分配率を変更する場合に、差動用モータ5の出力軸53に制動トルクが作用すると、その分、差動用モータ5の出力トルクを増大させることとなるため、図1に示す例では、第2コイル67に通電して第2押圧部材60を第2回転体55から離隔させるように構成されている。したがって、旋回走行時の走行安定性を向上させるために、差動用モータ5からトルクを出力する場合における電力消費を低減することができる。
また、制動時には、駆動用モータ2により制動トルクを出力し、または駆動用モータ2と併せて第1ブレーキ機構18により制動トルクを出力する。すなわち、要求される制動トルクに応じて第1コイル22に電流を供給する。このように駆動用モータ2または第1ブレーキ機構18により制動トルクを出力した場合も、上述した駆動走行時と同様に各遊星歯車機構31,32によりその制動トルクが増大されて各駆動輪3a,3bに伝達される。したがって、第1ブレーキ機構18を比較的小さい構成としても大きな制動トルクを各駆動輪3a,3bに伝達することができるため、トルクベクタリング装置1を小型化することができる。なお、そのような制動時であっても、上述した駆動時と同様に各駆動輪3a,3bに伝達する制動トルクの分配率を制御する場合には、第2コイル67に通電するとともに差動用モータ5からトルクを出力する。また、直進走行時に制動する場合など各駆動輪3a,3bが相対回転することを抑制する場合には、第2コイル67に電流を供給せずに、第2ブレーキ機構59により差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させる。したがって、制動時であっても、上記駆動時と同様の効果を奏することができる。
さらに、駐車時には、車両の電源がオフされることになるため、各コイル22,67に通電することができない。そのため、各駆動輪3a,3bに制動トルクを作用させ続けるために、シフトレンジがパーキングレンジに切り替えられた場合などには、パーキング用モータ21を駆動して、第1押圧部材19と第1回転体13とを接触させ、その状態でパーキング用モータ21への通電を停止する。一方、第2ブレーキ機構59は、第2コイル67への電流の供給を停止すれば、コイルバネ61のバネ力により第2回転体55と第2押圧部材60とが接触した状態が維持されるため、差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させ続けることができる。
このように駐車時に、各駆動輪3a,3bに制動トルクを作用させ続けることにより、車両を停止させた状態を維持することができる。また、駐車時における一方の駆動輪3a(3b)と路面との摩擦係数と、他方の駆動輪3b(3a)と路面との摩擦係数とが相違している場合などには、制動トルクが各駆動輪3a,3bに作用していたとしても、差動機構4における差動作用により各駆動輪3a,3bが相対回転して、車両がヨー方向に回転する可能性があるものの、図1に示すトルクベクタリング装置1では、上記のように差動用モータ5の出力軸53に制動トルクを作用させ続けることができるため、駐車時に車両が回転するような事態が生じることを抑制することができる。
上述した第2ブレーキ機構59の他の構成を図2に模式的に示している。以下の、説明では、図1と同様の構成については、同一の参照符号を付してその説明を省略する。図2に示す第2ブレーキ機構59は、図1における第1ブレーキ機構18と同様に送りネジ機構を利用して第2回転体55と第2押圧部材60とを接触させるように構成されている。具体的には、第2ブレーキ機構59は、第2回転体55と、第2押圧部材60と、差動制限用モータ71とにより構成されている。そして、第2押圧部材60における円筒部62の内周面には、第2雌ねじ部72が形成され、差動制限用モータ71の出力軸73の外周面には、第2雄ねじ部74が形成され、円筒部62における第2雌ねじ部72と、出力軸73における第2雄ねじ部74とが噛み合っている。上述したように第2押圧部材60におけるフランジ部63の外周面は、第2カバー部材58の内周面とスプライン係合しており、第2押圧部材60が軸線方向に移動することができ、かつ回転することができない。したがって、差動制限用モータ71を駆動すると、第2押圧部材60が第2回転体55に接近または離隔するように構成されている。なお、図2に示す例において上記差動制限用モータ71が、この発明の実施例における『第2電磁アクチュエータ』に相当する。
このように第2ブレーキ機構59を構成した場合には、直進走行時などであって各駆動輪3a,3bが相対回転することを抑制する場合や駐車時に、差動制限用モータ71を駆動して、第2押圧部材60と第2回転体55とを接触させ、各駆動輪3a,3bに伝達するトルクの分配率を制御する場合や、各駆動輪3a,3bが相対回転することを許容する場合に、差動制限用モータ71を駆動して、第2押圧部材60を第2回転体55から離隔させるようにすればよい。したがって、図1に示す例と同様の効果を奏することができる。
また、各駆動輪3a,3bに伝達するトルクの分配率を制御する場合や、各駆動輪3a,3bが相対回転することを許容する場合に、差動制限用モータ71を駆動して、第2押圧部材60を第2回転体55から離隔させた後に、差動制限用モータ71への電流の供給を停止すれば、差動用モータ5の出力軸53を回転自在とすることができる。したがって、上記のような走行時に第2ブレーキ機構59で消費される電力量を低減することができる。
なお、駆動用モータ2や差動用モータ5、および各ブレーキ機構18,59、ならびに差動機構4の構成は、図1および図2に示す構成に限定されず、この発明の実施例における構成を逸脱しない範囲で変更してもよい。