以下、本発明に係る実施形態について説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
本発明の一実施形態に係る中空糸膜は、フッ化ビニリデン系樹脂を含む多孔性の中空糸膜である。そして、この中空糸膜は、前記中空糸膜内の気孔の孔径が、内外周面側の少なくとも一方の側に向かって漸次的に小さくなる傾斜構造を有する。すなわち、本実施形態に係る中空糸膜は、膜厚方向に非対称な構造を有する中空糸膜である。この中空糸膜は、上述したように、分画特性に関与すると考えられる緻密な層状部分である分離層として働く部分と、支持層として働く部分とを有することになると考えられる。このことから、中空糸膜全体が、分画特性に関与する場合と比較して、この中空糸膜は、分離層として働く部分が薄くなる。よって、この中空糸膜は、このような分離層として働く部分を有しているので、透過性能の低下を抑制しつつ、分離特性を高めることができると考えられる。また、支持層として働く部分も有するので、分離層として働く部分が薄くても、強度が維持されると考えられる。
そして、この中空糸膜は、中空糸膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造が、以下のようになっている。
まず、フッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造とは、中空糸膜を構成するフッ化ビニリデン系樹脂の結晶部分の結晶構造を示す。ポリフッ化ビニリデン等のフッ化ビニリデン系樹脂の結晶構造としては、α型結晶構造、β型結晶構造、及びγ型結晶構造等の様々な結晶構造がある。この中でも、α結晶構造は、他の結晶構造より、熱力学的に最も安定な結晶構造であると考えられる。このため、耐薬品性を高める観点からは、他の結晶構造に対するα結晶構造の存在比率、例えば、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率を高めることが考えられる。このことは、α結晶構造は、β結晶構造に比べて、水素原子とフッ素原子とが非局在化しており、電荷の偏りが少ないことによると考えられる。すなわち、水素原子とフッ素原子とが局在化し、極性が比較的高いβ結晶構造より、極性の比較的低いα結晶構造が高い比率で存在すると、優れた耐薬品性を発揮できると考えられる。
そして、この中空糸膜は、気孔の孔径が小さい側の面における、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率(第1比率)が、気孔の孔径が大きい側の面における、それ(第2比率)より低い。すなわち、分離層として働く部分における、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率が、比較的低い。また、支持層として働く部分における、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率が、比較的高い。具体的には、第1比率と第2比率との差が、50〜350%である。このような比率にすることによって、上記のような傾斜構造にすることにより実現された、優れた透過性能及び分画特性を維持し、耐薬品性に優れた中空糸膜が得られる。このことは、α結晶構造の存在比率を、中空糸膜全体で高めなくても、支持体として働く部分のα結晶構造の存在比率を優先的に高めることで、透過性能及び分画特性等の低下を抑制しつつ、耐薬品性を充分に高められることによると考えられる。具体的には、前記中空糸膜全体における、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率(第3比率)が、0%を越え120%以下である。このような中空糸膜全体における、α結晶構造過剰率が、上記のような範囲内であれば、通常であれば、耐薬品性を充分に高めることができない。しかしながら、本実施形態に係る中空糸膜であれば、すなわち、第1比率と第2比率との差が上記範囲内であれば、耐薬品性を充分に高めることができる。このことから、中空糸膜全体の、α結晶構造過剰率を高めて、透過性能及び分画特性を低下させることなく、耐薬品性を充分に高めることができる。
以上のことから、本実施形態に係る中空糸膜は、透過性能及び分画特性に優れ、耐薬品性にも優れた高品質な中空糸膜であると考えられる。
また、第1比率と第2比率との差(第2比率−第1比率)は、50〜350%であり、50〜300%であることが好ましく、100〜300%であることがより好ましい。この差が小さすぎると、上記のような、耐薬品性を高める等の効果を充分に発揮することができなくなる傾向がある。このことは、第2比率が、第1比率に対して低くなりすぎ、第1比率と第2比率との差が少なくなりすぎたり、第2比率のほうが、第1比率より低くなったりするためである。また、前記差が小さすぎると、耐薬品性を高めるためには、中空糸膜全体のα結晶構造の存在比率を高める必要がある。このような中空糸膜は、α結晶構造の存在比率を高めるため等に、熱処理を別途設けたり、製膜原液を押し出す際に、例えば、180℃以上等の高温にすることが必要になる場合がある。例えば、特許文献1に記載の多孔膜を製造する場合、高い結晶性及び結晶状態等を保持するために、多孔膜を製造するために必要な工程以外に、別途、熱処理を施している。また、特許文献2に記載の多孔質膜を製造する場合、本発明者等の検討によれば、ポリフッ化ビニリデンの融点以上の熱処理や延伸収縮処理等の結晶性の改善処理を行う必要がある。このように、ポリフッ化ビニリデンの融点以上に加熱するためには、例えば、工場における熱源として、通常、使用されるような、スチームでの加熱では困難であり、電気ヒータや混練設備等の高温溶解施設が必要である。また、前記差が大きすぎると、中空糸膜の製造が困難になる傾向がある。これらのことから、前記差が上記範囲内であれば、透過性能、分画特性、及び耐薬品性に優れた中空糸膜が得られる。また、このような中空糸膜を、熱処理を別途設けたり、製膜原液を押し出す際に、例えば、180℃以上等の高温にすることを必要とすることなく、容易に製造することができる。
また、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率は、α結晶構造がどの程度多いのかを示す指標になり、α結晶構造過剰率とも言う。α結晶構造過剰率が、100%であれば、α結晶構造とβ結晶構造とが同量存在していることを示し、100%より小さければ、β結晶構造がα結晶構造より多く存在していることを示し、100%より大きければ、α結晶構造がβ結晶構造より多く存在していることを示す。また、このα結晶構造過剰率は、例えば、赤外分光法(IR)により得られた赤外吸収スペクトルにおいて、840cm−1の吸光度(A840)に対する763cm−1の吸光度(A763)の比(A763/A840×100)等が挙げられる。すなわち、赤外吸収スペクトルにおける、763cm−1のピーク強度と840cm−1のピーク強度との比(763cm−1のピーク強度/840cm−1のピーク強度×100)等が挙げられる。なお、763cm−1の吸光度(A763)、すなわち、763cm−1のピーク強度は、α結晶構造に帰属する吸光度である。840cm−1の吸光度(A840)、すなわち、840cm−1のピーク強度は、β結晶構造に帰属する吸光度である。
また、ポリフッ化ビニリデン樹脂のα結晶構造に対してIR分析を行うと、1212cm−1、1183cm−1、及び763cm−1付近に特徴的なピーク(特性吸収)を有する。また、ポリフッ化ビニリデン樹脂のα結晶構造に対して粉末X線回折分析を行うと、2θ=17.7°、18.3°、及び19.9°付近に特徴的なピークを有する。また、ポリフッ化ビニリデン樹脂のβ結晶構造に対してIR分析を行うと、1274cm−1、1163cm−1、及び840cm−1付近に特徴的なピーク(特性吸収)を有する。また、ポリフッ化ビニリデン樹脂のβ結晶構造に対して粉末X線回折分析を行うと、2θ=21°付近に特徴的なピークを有する。このことから、α結晶構造過剰率を算出する方法は、A763とA840とを用いた上記方法以外にも、これらの特徴的なピークを用いて算出することもできる。
また、前記第1比率は、気孔の孔径が小さい側の面における、α結晶構造過剰率であるので、中空糸膜の気孔の孔径が小さい側の面を、赤外分光法で測定して得られた赤外吸収スペクトルから算出した値である。前記第2比率は、気孔の孔径が大きい側の面における、α結晶構造過剰率であるので、中空糸膜の気孔の孔径が大きい側の面を、赤外分光法で測定して得られた赤外吸収スペクトルから算出した値である。また、第1比率は、分離層として働く側の周面における、α結晶構造過剰率であり、第2比率は、支持層として働く側の周面における、α結晶構造過剰率である。
また、前記第2比率、すなわち、支持層として働く側の周面における、α結晶構造過剰率は、特に限定されないが、耐薬品性を高めるという観点からは、高いほど好ましい。具体的には、前記第2比率としては、50%より大きいことが好ましく、100%以上であることがより好ましい。この第2比率が低すぎると、耐薬品性を高めるという効果を充分に発揮できない傾向があり、この点から、高いほど好ましい。しかしながら、実際には、前記第2比率を高めすぎると、優れた透過性能及び分画特性を維持することが困難になる傾向がある。このことは、支持層として働く部分に形成される気孔として、好適な大きさのものが形成できにくくなることによると考えられる。この観点から、前記第2比率としては、例えば、400%以下であることが好ましく、350%以下であることがより好ましく、300%以下であることがさらに好ましい。よって、第2比率は、50%より大きく400%以下であることが好ましく、50%より大きく350%以下であることがより好ましく、100〜300%であることがさらに好ましい。第2比率が、この範囲内であれば、優れた、透過性能及び分画特性を維持しつつ、耐薬品性により優れた中空糸膜が得られる。
また、前記第1比率、すなわち、分離層として働く側の周面における、α結晶構造過剰率は、特に限定されないが、耐薬品性を高めるという観点からは、高いほど好ましい。一方で、第1比率と第2比率との差が上記範囲内であれば、第2比率がある程度高く、分離層として働く部分の耐薬品性が高いので、第1比率が低くて、例えば、α結晶構造が存在しなくてもよい。このため、前記第1比率は、0%より大きければよい。また、前記第1比率を高めすぎると、優れた透過性能及び分画特性を維持することが困難になる傾向がある。このことは、分離層として働く部分に形成される気孔として、好適な大きさのものが形成できにくくなることによると考えられる。この観点から、前記第1比率としては、例えば、250%以下であることが好ましく、2%以下であることがより好ましく、150%以下であることがさらに好ましい。よって、第1比率は、0%より大きく250%以下であることが好ましく、0%より大きく200%以下であることがより好ましく、0%より大きく150%以下であることがさらに好ましい。第1比率が、この範囲内であれば、優れた、透過性能及び分画特性を維持しつつ、耐薬品性により優れた中空糸膜が得られる。
また、前記中空糸膜全体における、β結晶構造に対するα結晶構造の存在比率である第3比率は、0%を越え120%以下であり、20〜100%であることが好ましく、20〜90%であることがより好ましい。α結晶構造過剰率が高すぎると、製膜性が低下する傾向がある。さらに、第1比率と第2比率との差を上記範囲内にしなくても、耐薬品性を高めることができるものの、透過性能と分画特性とをともに向上させることが困難になる傾向がある。また、中空糸膜全体における、α結晶構造過剰率が、上記のような範囲内であれば、通常であれば、耐薬品性を充分に高めることができない。しかしながら、本実施形態に係る中空糸膜であれば、すなわち、第1比率と第2比率との差が上記範囲内であれば、耐薬品性を充分に高めることができる。このことから、中空糸膜全体の、α結晶構造過剰率を高めて、透過性能及び分画特性を低下させることなく、耐薬品性を充分に高めることができる。よって、優れた透過性能及び分画特性を維持し、耐薬品性により優れた中空糸膜が得られる。
なお、第3比率、すなわち、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率は、例えば、示差走査熱量計(DSC)を用いて測定することができる。
また、本実施形態に係る中空糸膜の結晶化度は、特に限定されず、例えば、ポリフッ化ビニリデン等のフッ化ビニリデン系樹脂を含む中空糸膜の通常の結晶化度であればよいが、耐薬品性を高めるという観点からは、高いほど好ましい。このことは、結晶化度が高いと、ポリマー鎖における非晶部分が少なく、結晶部分が多くなることになるため、エネルギ的に安定になり、耐薬品性が高くなることによると考えられる。具体的には、前記結晶化度としては、30%以上であることが好ましく、40%以上であることがより好ましい。また、この結晶化度が低すぎると、耐薬品性を高めるという効果を充分に発揮できない傾向がある。このことは、第1比率と第2比率との関係が上記関係を満たしていても、中空糸膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂の結晶が少なく、α結晶が少なくなってしまうことによると考えられる。また、結晶化度が低すぎると、中空糸膜の剛性が低くなったり、ろ過時に変形してしまう等、ろ過に適しにくくなる傾向がある。しかしながら、実際には、前記結晶化度を高めすぎると、優れた透過性能及び分画特性を維持することが困難になる傾向がある。このことは、中空糸膜に形成される気孔として、好適な大きさのものが形成できにくくなることによると考えられる。また、結晶化度が高すぎると、中空糸膜がもろくなり、破損しやすくなる傾向もある。このことは、中空糸膜の柔軟性は、非晶部分が寄与しており、結晶化度が高すぎると、この柔軟性に寄与する非晶部分が少なくなりすぎることによると考えられる。これらの観点から、前記結晶化度としては、例えば、80%以下であることが好ましく、70%以下であることがより好ましく、58%以下であることがさらに好ましい。よって、結晶化度は、30〜80%であることが好ましく、40〜70%であることがより好ましく、40〜58%であることがさらに好ましい。
なお、結晶化度は、中空糸膜全体に対する、結晶部分の質量比率である。この結晶化度は、例えば、示差走査熱量計(DSC)を用いて測定することができる。
また、本実施形態に係る中空糸膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂の、異種結合の割合は、特に限定されないが、耐薬品性を高めるという観点からは、高いほど好ましい。異種結合とは、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)の場合、通常、「CF2」と「CH2」とが交互に結合するが、その中で、「CF2」同士や「CH2」同士が隣接して結合している部分のことである。すなわち、頭尾結合される高分子中において、頭頭結合や尾尾結合等が、異種結合である。この異種結合が多いほど、耐薬品性が高い傾向がある。このことは、異種結合が多いほど、頭尾結合が少なくなり、薬品による連鎖的脱フッ素反応を抑制できるためと考えられる。一方で、異種結合の多いほど、そのフッ化ビニリデン系樹脂を製造することが困難になる傾向がある。これらのことから、フッ化ビニリデン系樹脂の、異種結合の割合は、全結合数に対して、例えば、5〜30モル%であることが好ましく、5〜20モル%であることがより好ましく、5〜10モル%であることがさらに好ましい。異種結合の割合が上記範囲内であれば、優れた透過性能及び分画特性を維持しつつ、耐薬品性のより高い中空糸膜が得られる。なお、異種結合の割合は、例えば、1H−NMR測定や19F−NMR測定から求めることができる。
また、前記中空糸膜は、上述したように、膜内の気孔(細孔)の孔径が、内外周面側の少なくとも一方の側に向かって漸次的に小さくなる傾斜構造を有する。具体的には、例えば、前記中空糸膜の外周面に形成された細孔の直径が、内周面に形成された細孔の直径より小さくなるように傾斜された傾斜構造を有する場合が挙げられる。また、これとは異なり、前記中空糸膜の内周面に形成された細孔の直径が、外周面に形成された細孔の直径より小さくなるように傾斜された傾斜構造を有する場合も挙げられる。なお、この細孔の直径が小さい側の周面、すなわち、分離層として働く側の周面に形成された細孔の直径が分離側細孔径とも言う。また、細孔の直径が大きい側の周面、すなわち、支持層として働く側の周面に形成された細孔の直径が支持側細孔径とも言う。前記分離側細孔径は、具体的には、0.01〜1μmであることが好ましく、0.1〜0.5μmであることがより好ましく、0.1〜0.3μmであることがさらに好ましい。また、前記支持側細孔径も、特には限定されないが、具体的には、0.2〜20μmであることが好ましく、0.5〜10μmであることがより好ましく、1〜8μmであることが好ましい。また、前記分離側細孔径に対する前記支持側細孔径の比(支持側細孔径/分離側細孔径)は、1より大きく、10〜100であることが好ましく、20〜50であることが好ましく、30〜50であることが好ましい。本実施形態に係る中空糸膜は、前記分離側細孔径及び前記支持側細孔径が、上記範囲内になるように、傾斜された傾斜構造を有することが好ましい。なお、ここでの直径は、直径の平均値であり、例えば、直径の算術平均値等が挙げられる。
また、前記中空糸膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂は、中空糸膜の主成分であり、具体的には、85質量%以上であることが好ましく、90〜99.9質量%であることが好ましい。
また、このフッ化ビニリデン系樹脂は、中空糸膜を構成することができるフッ化ビニリデン系樹脂であれば、特に限定されない。このフッ化ビニリデン系樹脂としては、具体的には、フッ化ビニリデンのホモポリマーや、フッ化ビニリデン共重合体等が挙げられる。このフッ化ビニリデン共重合体は、フッ化ビニリデンに基づく繰り返し単位を有する共重合体であれば、特に限定されない。フッ化ビニリデン共重合体としては、具体的には、フッ化ビニル、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化塩化エチレンからなる群から選ばれる少なくとも1種とフッ化ビニリデンとの共重合体等が挙げられる。フッ化ビニリデン系樹脂としては、上記例示の中でも、フッ化ビニリデンのホモポリマーであるポリフッ化ビニリデンが好ましい。また、フッ化ビニリデン系樹脂としては、上記例示の樹脂を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、フッ化ビニリデン系樹脂の分子量は、中空糸膜の用途等によって異なるが、例えば、重量平均分子量で、50,000〜1,000,000であることが好ましい。分子量が小さすぎると、中空糸膜の強度が低下する傾向がある。また、分子量が大きすぎると、中空糸膜の製膜性が低下する傾向がある。また、薬液洗浄に晒される水処理用途に、中空糸膜が用いられる場合、その中空糸膜は、より高い性能が求められるので、強度に優れ、さらに、好適な中空糸膜を得るために、その製膜性に優れていることが求められる。このため、中空糸膜に含まれるフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量は、100,000〜900,000であることが好ましく、150,000〜800,000であることがより好ましい。
また、前記中空糸膜は、前記フッ化ビニリデン系樹脂だけではなく、親水性樹脂の架橋体を含むことによって、親水化していてもよい。この親水性樹脂は、親水性基を分子内に含む樹脂であれば、特に限定されない。この親水性樹脂としては、具体的には、セルロースエステル、エチレン−ビニルアルコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ビニルピロリドンとビニルアセテートとの共重合体、ビニルピロリドンとビニルカプロラクタムの共重合体、アクリル酸エステル類等が挙げられる。親水性樹脂としては、上記例示の中でも、取扱が容易な点で、ポリビニルアルコール系樹脂が好ましい。また、親水性樹脂としては、上記例示の樹脂を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、膜間差圧0.1MPaにおける透水量が、100〜20000L/m2/時であることが好ましく、100〜15000L/m2/時であることがより好ましく、100〜10000L/m2/時であることがさらに好ましい。透水量が少なすぎると、透過性能が劣る傾向があり、透水量が多すぎると、分画特性が低下する傾向がある。このことから、透水量が上記範囲内であれば、透過性能及び分画特性により優れた中空糸膜が得られる。なお、膜間差圧0.1MPaにおける透水量は、例えば、以下のようにして求められる。まず、測定対象物である中空糸膜を、エタノール50質量%水溶液に15分間浸漬させ、その後、15分間純水で洗浄するといった湿潤処理を施す。この湿潤処理を施した中空糸膜の一端を封止した、有効長20cmの多孔中空糸膜モジュールを用い、原水として純水を利用し、ろ過圧力が0.1MPa、温度が25℃の条件で濾過して、時間当たりの透水量を測定する。この測定した透水量から、単位膜面積、単位時間、単位圧力当たりの透水量に換算して、膜間差圧0.1MPaにおける透水量(L/m2/時:LMH)を得る。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、分画粒子径が、1μm以下であることが好ましい。この分画粒子径は、中空糸膜の通過を阻止できる最小粒子の粒子径のことをいい、具体的には、例えば、中空糸膜による阻止率が90%となる粒子径等が挙げられる。このような分画粒子径は、小さければ小さいほど好ましいが、優れた透過性能を維持するためには、0.001μm程度が限度である。このため、分画粒子径の最小値は、0.001μm程度であり、透過性能の点から、0.01μm程度であることが好ましい。これらのことから、分画粒子径が、1μm以下であることが好ましく、0.001〜0.5μmであることがより好ましく、0.01〜0.5μmであることがさらに好ましく、0.02〜0.1μmであることが特に好ましい。また、前記中空糸膜は、分画分子量が1000〜300000であることが好ましい。分画分子量は、中空糸膜の通過を阻止できる最小高分子の分子量のことをいい、具体的には、例えば、中空糸膜による阻止率が90%となる高分子の重量平均分子量等が挙げられる。中空糸膜の分画粒子径や分画分子量が、大きすぎると、透過性能が高まったとしても、分画特性が低下してしまい、除去対象の適用範囲が狭くなってしまう傾向がある。このことから、中空糸膜の分画粒子径や分画分子量が、上記範囲内であれば、透過性能の低下を抑制しつつ、優れた分画特性を発揮できる。
また、中空糸膜は、分画粒子径によって、除去対象の適用範囲が異なる。具体的には、分画粒子径が0.05〜0.1μmであれば、精密ろ過膜として、微生物の除去に適用できる。また、分画粒子径が0.001〜0.01μmであれば、限外ろ過膜として、微小病原菌やタンパク質の除去に適用できる。また、分画粒子径が0.002μm以下であれば、逆浸透膜として脱塩等に適用できる。
以上のことから、本実施形態に係る中空糸膜は、分画粒子径が上記範囲内であることによって、精密ろ過膜として微生物の除去にも適用できるような優れた分画特性を有しつつ、優れた透過性能を発揮できる。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、単一層からなることが好ましい。すなわち、中空糸膜は、上述したように、膜厚方向に、細孔の大きさ等が異なる、非対称な構造であっても、その素材は、同一な層からなることが好ましい。より具体的には、前記中空糸膜は、前記のような分離層と支持層とを別々に形成し、それらを積層したものではなく、単一層からなることが好ましい。そうすることによって、透過性能及び分画特性により優れ、膜内に剥離等の損傷が発生しにくい中空糸膜が得られる。
このことは、以下のことによると考えられる。
上述したような分画特性に関与すると考えられる緻密な層状部分が、本実施形態に係る中空糸膜のように、透過性能が高い場合、薄いと考えられる。このような場合、このような緻密な層を別途作製しようとすると、好適に形成できない場合がある。これに対して、緻密な層状部分と、それ以外の部分とを同一の層、すなわち単一層で形成すると、緻密な層状部分を面方向に均一に形成できると考えられる。また、緻密な層状部分と、それ以外の部分とが単一層であれば、その界面での剥離等の発生を充分に抑制できると考えられる。
これらのことから、透過性能及び分画特性により優れ、膜内に剥離等の損傷が発生しにくい中空糸膜が得られると考えられる。
また、前記中空糸膜の強度は、中空糸膜として使用できれば、特に限定されない。前記中空糸膜の強度は、具体的には、引張強度で、3〜15N/mm2であることが好ましく、3〜13N/mm2であることがより好ましく、3〜11N/mm2であることがさらに好ましい。また、前記中空糸膜の強度は、具体的には、引張伸度で、30〜250%であることが好ましく、50〜200%であることがより好ましく、50〜180%であることがさらに好ましい。前記中空糸膜の強度として、引張強度や引張伸度が、上記範囲内であれば、中空糸膜として好適に使用することができる。なお、引張強度は、所定の大きさに切った中空糸膜を、所定の速度で引っ張り、中空糸膜が破断したときの荷重から求められるものであり、引張伸度は、その破断したときの、中空糸膜の伸びを表したものである。
また、本実施形態に係る中空糸膜の形状は、特に限定されない。中空糸膜は、中空糸状であって、長手方向の一方側は開放し、他方側は、開放していても閉じていてもよい。中空糸膜の形状としては、例えば、中空糸状であって、長手方向の一方側を開放したままで、他方側を閉じた形状等が挙げられる。また、中空糸膜の開放した側の形状としては、例えば、図1に示すような形状である場合等が挙げられる。なお、図1は、本発明の実施形態に係る中空糸膜の部分斜視図である。
また、前記中空糸膜の外径R1は、0.5〜7mmであることが好ましく、1〜2.5mmであることがより好ましく、1〜2mmであることがさらに好ましい。このような外径であれば、中空糸膜を用いた分離技術を実現する装置に備える中空糸膜として、好適な大きさである。
また、前記中空糸膜の内径R2は、0.4〜3mmであることが好ましく、0.6〜2mmであることが好ましく、0.6〜1.2mmであることがさらに好ましい。中空糸膜の内径が小さすぎると、透過液の抵抗(管内圧損)が大きくなり、流れが不良になる傾向がある。また、中空糸膜の内径が大きすぎると、中空糸膜の形状を維持できず、膜の潰れやゆがみ等が発生しやすくなる傾向がある。
また、前記中空糸膜の膜厚Tは、0.2〜1mmであり、0.25〜0.5mmであることがより好ましく、0.25〜0.4mmであることがさらに好ましい。中空糸膜の膜厚が薄すぎると、強度不足により、ゆがみ等の変形が発生しやすくなる傾向がある。また、前記膜厚が厚すぎると、マクロボイドの発生の抑制が困難になる等、好適な膜構造を得ることが困難になる傾向がある。場合によっては、強度が低下する場合もある。一方で、本実施形態に係る中空糸膜は、膜厚を変更しても、高い透水性を維持できるので、強度の観点から、モジュール等の使用環境に応じて比較的厚い膜厚の中空糸膜にすることも可能である。
前記中空糸膜の外径R1、内径R2、及び膜厚Tが、それぞれ上記範囲内であれば、中空糸膜を用いた分離技術を実現する装置に備える中空糸膜として、好適な大きさであり、前記装置の小型化が図れる。
また、本実施形態に係る中空糸膜の製造方法は、上述の中空糸膜を製造することができれば、特に限定されない。前記中空糸膜の製造方法としては、多孔性の中空糸膜を製造する方法等が挙げられる。このような多孔性の中空糸膜の製造方法としては、相分離を利用する方法が知られている。この相分離を利用する中空糸膜の製造方法としては、例えば、非溶剤誘起相分離法(Nonsolvent Induced Phase Separation:NIPS法)や、熱誘起相分離法(Thermally Induced Phase Separation:TIPS法)等が挙げられる。
NIPS法とは、ポリマーを溶剤に溶解させた均一なポリマー原液を、ポリマーを溶解させない非溶剤と接触させることで、ポリマー原液と非溶剤との濃度差を駆動力とした、ポリマー原液の溶剤と非溶剤との置換により、相分離現象を起こさせる方法である。NIPS法は、一般的に、溶剤交換速度によって、形成される細孔の孔径が変化する。具体的には、溶剤交換速度が遅いほど、細孔が粗大化する傾向がある。また、溶剤交換速度は、中空糸膜の製造においては、非溶剤との接触面が最も速く、膜内部に向かうにしたがって、遅くなる。このため、NIPS法で製造した中空糸膜は、非溶剤との接触面付近は緻密であって、膜内部に向かって、徐々に細孔を粗大化した非対称構造を有するものが得られる。
また、TIPS法とは、ポリマーを、高温下では溶解させることができるが、温度が低下すると溶解できなくなる貧溶剤に、高温下で溶解させ、その溶液を冷却することにより、相分離現象を起こさせる方法である。熱交換速度は、一般的に、NIPS法における溶剤交換速度より速く、速度の制御が困難であるため、TIPS法は、膜厚方向に対して、均一な細孔が形成されやすい。
また、前記中空糸膜の製造方法としては、前記中空糸膜を製造することができれば、特に限定されない。具体的には、この製造方法としては、以下のような製造方法が挙げられる。この製造方法としては、中空糸膜を構成する樹脂と溶剤とを含む製膜原液を調製する工程(調製工程)と、前記製膜原液を中空糸状に押し出す工程(押出工程)と、押し出された中空糸状の製膜原液を凝固させて、中空糸膜を形成する工程(形成工程)とを備える方法等が挙げられる。そして、このような製造方法において、前記中空糸膜が得られるように、以下のように、各種条件を調整したもの等が挙げられる。
まず、本実施形態に係る製造方法における調製工程は、中空糸膜を構成する樹脂としてのフッ化ビニリデン系樹脂と溶剤とを含む製膜原液を調製することができれば、特に限定されない。また、この製膜原液は、前記樹脂及び前記溶剤以外を含んでいてもよく、例えば、相分離促進剤を含んでいてもよい。また、中空糸膜を構成する樹脂としては、フッ化ビニリデン系樹脂を含んでいればよく、フッ化ビニリデン系樹脂以外の樹脂を含んでいてもよい。また、調製工程としては、具体的には、例えば、製膜原液の原料を、加熱攪拌する方法等が挙げられる。また、加熱攪拌時に、混練することが好ましい。すなわち、製膜原液の原料である、フッ化ビニリデン系樹脂、溶剤、及び必要に応じて相分離促進剤等を所定の比率になるように混合し、加熱状態で混練する方法が好ましい。そうすることによって、製膜原液の原料である各成分が均一に分散された製膜原液が得られ、中空糸膜を好適に製造できると考えられる。また、混練の際に、例えば、二軸混練設備、ニーダー、及びミキサー等を用いることができる。
また、本実施形態に係る製造方法における押出工程は、前記製膜原液を中空糸状に押し出す工程であれば、特に限定されない。前記押出工程としては、図2に示す中空糸成型用ノズルから前記製膜原液を押し出す工程等が挙げられる。なお、図2は、本発明の実施形態に係る製造方法で用いる中空糸成型用ノズルの一例を示す概略図である。また、図2(a)には、その断面図を示し、図2(b)には、中空糸成型用ノズルの、製膜原液を吐出する吐出口側を示す平面図である。具体的には、ここでの中空糸成型用ノズル21は、円環状の外側吐出口26と、前記外側吐出口26の内側に配置する円状又は円環状の内側吐出口27とを備える。そして、この中空糸成型用ノズル21は、製膜原液を流通させる流通管24の末端に備え、流通管24内を流動してきた製膜原液を、ノズル内の流路22を介して、外側吐出口26から吐出する。また、この中空糸成型用ノズル21は、この外側吐出口26からの製膜原液の吐出と同時に、内部凝固液を、流通管25に流通させ、ノズル内の流路23を介して、内側吐出口27から吐出する。そうすることによって、中空糸成型用ノズル21から押し出された中空糸状の前記製膜原液を前記内部凝固液と接触させる。
また、本実施形態に係る製造方法における形成工程は、押し出された中空糸状の製膜原液を凝固させて、中空糸膜を形成する工程であれば、特に限定されない。この形成工程は、具体的には、前記押出工程で押し出された中空糸状の製膜原液を、外部凝固浴に貯留した外部凝固液に浸漬させる工程等が挙げられる。
前記樹脂は、前記中空糸膜に含まれる樹脂である。具体的には、上述したような、フッ化ビニリデン系樹脂を含む樹脂である。
また、前記溶剤は、製膜原液の調製時や押出工程時に、前記樹脂を溶解させることができる溶剤であれば、特に限定されない。また、前記溶剤としては、水溶性であることが好ましい。水溶性であれば、製膜後、中空糸膜から溶剤を抽出する際に、水を使用することが可能であり、抽出した溶剤は、生物処理等によって処分することが可能である。
前記溶剤としては、例えば、γ−ブチロラクトン、ε−カプロラクトン等のカプロラクトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミドル、ジメチルスルホキシド、及びアセトン等が挙げられる。前記溶剤としては、前記例示の溶剤の中でも、環境負荷、安全面、及びコスト面等の観点からγ−ブチロラクトンやジメチルホルムアミドが好ましい。また、前記溶剤としては、上記例示の溶剤樹脂を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、前記相分離促進剤は、特に限定されない。前記相分離促進剤は、中空糸膜の多孔質の形成過程において、相分離の開始を促進する役割を担う。また、前記相分離促進剤としては、水溶性であることが好ましい。水溶性であれば、製膜後、中空糸膜から相分離促進剤を抽出する際に、水を使用することが可能であり、抽出した相分離促進剤は、生物処理等によって処分することが可能である。
前記相分離促進剤としては、例えば、水、ポリオール系化合物、糖類、ポリオール系化合物及び糖類以外の親水性樹脂(その他の親水性樹脂)、非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、及びアニオン性界面活性剤等が挙げられる。また、ポリオール系化合物としては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ヘキシレングリコール、ブタンジオール、ポリビニルアルコール、及びそれらの誘導体等が挙げられる。また、糖類としては、例えば、セルロース、セルロースアセテート、セルロースジアセテート、エチルセルロース、及びそれらの誘導体等が挙げられる。また、その他の親水性樹脂としては、例えば、ポリビニルアセテート、ポリビニルピロリドン、及びポリアクリル酸等が挙げられる。また、非イオン性界面活性剤としては、例えば、モノラウリン酸デカグリセリル等のポリグリセリン脂肪酸エステル類、モノステアリン酸ポリオキシエチレングリセリン等のポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンラウリルエーテルやポリオキシエチレンセチルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンセチルエーテル等のポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、モノパルミチン酸ポリオキシエチレンソルビタン等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、及びそれらの共重合体等が挙げられる。また、前記相分離促進剤としては、上記例示の化合物を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、前記製膜原液における各成分の含有量としては、以下のようなものが挙げられる。まず、前記樹脂の含有量は、前記製膜原液に対して、20〜40質量%であることが好ましく、20〜35質量%であることがより好ましい。前記溶剤の含有量は、前記製膜原液に対して、15〜70質量%であることが好ましく、20〜65質量%であることがより好ましい。前記相分離促進剤の含有量は、前記製膜原液に対して、5〜20質量%であることが好ましく、8〜20質量%であることがより好ましい。
また、前記製膜原液は、前記樹脂と前記溶剤とを含んでいればよく、この2成分からなるものであってもよい。また、前記製膜原液は、前記相分離促進剤を含むことが好ましいので、前記樹脂と前記溶剤と前記相分離促進剤とを含んでいることが好ましく、この3成分からなるものであってもよい。また、前記製膜原液としては、これらの3成分以外にも、他の成分(添加剤)を含んでいてもよい。
前記添加剤は、特に限定されない。例えば、押出工程時の製膜原液の粘度を調節するためのフィラーの役割や多孔体の核となるもの等が挙げられる。前記添加剤としては、例えば、シリカ、珪酸カルシウム、珪酸アルミニウム、珪酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、リン酸カルシウム、金属酸化物、金属水酸化物、及び塩類等が挙げられる。また、金属酸化物としては、例えば、鉄や亜鉛等の酸化物等が挙げられる。金属水酸化物としては、例えば、鉄や亜鉛等の水酸化物等が挙げられる。塩類としては、ナトリウム、カリウム、及びカルシウム等の塩類等が挙げられる。特に、凝集性を有する添加剤は、通常であればフッ化ビニリデン系樹脂と溶剤とが相分離してしまうような組成に添加することで、フッ化ビニリデン系樹脂と溶剤との溶液安定性が向上する機能を持たせることもできる。また、凝集性を有する添加剤は、混合時の増粘フィラーとしての機能を持たせることもできる。このような点から、添加剤としては、上記例示の添加剤の中で、もシリカが好適である。なお、シリカとしては、親水性、疎水性、球状、または無定形のシリカのいずれであってもよい。また、前記添加剤としては、上記例示の添加剤を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、前記製膜原液は、上述したように、中空糸膜を構成する樹脂として、フッ化ビニリデン系樹脂を含み、さらに、溶剤、及び必要に応じて相分離促進剤等のフッ化ビニリデン系樹脂以外の成分を含む。この製膜原液において、前記フッ化ビニリデン系樹脂以外の成分と、前記フッ化ビニリデン系樹脂との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、0.1〜15(MPa)1/2であることが好ましく、1〜13(MPa)1/2であることがより好ましく、2〜12(MPa)1/2であることがさらに好ましい。
ここで、HSP距離とは、ある物質と別の物質と親和性を評価するパラメータであり、Hansenの三次元溶解性パラメータ(dD,dP,dH)を用いて、下記式で定義される(詳しくは、非特許文献:Hansen,Charles(2007).Hansen Solubility Parameters: A user‘s handbook,Second Edition.Boca Raton,Fla:CRC Press.を参照)。また、Aという物質とBという物質とのHSP距離としては、HSP(dA−B)と表現し、以下の式により求めることができる。
HSP(dA−B)=[4×(dDA−dDB)2+(dPA−dPB)2+(dHA−dHB)2]0.5
このHSP(dA−B)は、Aという物質とBという物質との溶解性を多次元のベクトルで比較したものであり、この値が小さいものほど、溶解性が高いと判断される。ここで、式内のHSP(dA−B)や三次元溶解性パラメータ(dD,dP,dH)は、それそれSP値[(MPa)1/2]に関する値である。具体的には、dDは、ファンデルワールス力、すなわち、SP値の分散力項を示す。また、dPは、ダイポールモーメントの力、すなわち、SP値の双極子間力を示す。また、dHは、水素結合力、すなわち、SP値の水素結合力を示す。また、2種以上の混合物質の場合は、それぞれの重量分率を掛け合わせて、算出する。また、製膜原液に、シリカや無機塩等の添加剤を使用している場合は、これらは、SP値を算出できないため、HSP距離には、考慮しない。
このことから、前記フッ化ビニリデン系樹脂以外の成分と、前記フッ化ビニリデン系樹脂との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、上記式から算出する。そして、このHSP距離が、上記範囲内であれば、前記製膜原液を調製しやすく、前記中空糸膜を製造しやすい。このことは、前記調製工程や前記押出工程において、フッ化ビニリデン系樹脂を溶解させやすいためと考えられる。そして、このことから、前記調製工程や前記押出工程において、必要以上のエネルギを要することがないと考えられる。また、フッ化ビニリデン系樹脂の溶解性が高いことから、製膜原液が安定し、得られた中空糸膜の性能も安定する傾向がある。
そして、このような製膜原液を用いることで、前記押出工程における前記製膜原液の温度を低くすることができる。具体的には、この温度としては、180℃未満であることが好ましく、150℃未満であることがより好ましく、120℃未満であることがさらに好ましい。このような温度範囲で押出工程ができる製膜原液を用いて、中空糸膜を製造すると、本実施形態に係る中空糸膜を好適に製造することができる。この温度が高すぎると、一般的な工業熱源として使用されるスチームの温度範囲を超えるため、高温スチームや電気ヒータ等の特殊や溶解設備が必要になり、製造コストが高くなりやすい。一方で、フッ化ビニリデン系樹脂の溶解性が高い製膜原液を用いると、α結晶構造以外の結晶構造が形成されやすい傾向がある。しかしながら、本実施形態に係る中空糸膜は、膜全体として、α結晶構造が多い必要がなく、後述する条件等で、一方の表面側のα結晶構造の比率を高めればよい。
また、本実施形態に係る中空糸膜の製造方法としては、上記条件に加えて、例えば、以下の条件を満たすことが好ましい。前記押出工程や前記形成工程において、前記製膜原液を凝固させる際に接触させる凝固液のうち、気孔の孔径が大きい側の面が形成される面と接触する凝固液は、前記製膜原液との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、5〜1000(MPa)1/2であることが好ましい。そして、この凝固液は、20℃における粘度が、50〜3000cPであることが好ましい。
より具体的には、外周面に存在する孔が、内周面に存在する孔より小さい中空糸膜を製造する際には、内部凝固液と前記製膜原液との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、5〜1000(MPa)1/2であり、前記内部凝固液の20℃における粘度が、50〜3000cPであることが好ましい。
また、内周面に存在する孔が、外周面に存在する孔より小さい中空糸膜を製造する際には、外部凝固液と前記製膜原液との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、5〜1000(MPa)1/2であり、前記外部凝固液の20℃における粘度が、50〜3000cPであることが好ましい。
以下、外周面に存在する孔が、内周面に存在する孔より小さい中空糸膜を製造する場合について、説明するが、上記のように、内部凝固液と外部凝固液とを入れ替えることで、内周面に存在する孔が、外周面に存在する孔より小さい中空糸膜を製造することができる。
ここでの内部凝固液としては、上記条件である、前記製膜原液の溶解パラメータ(SP値)との距離(HSP距離)が、5〜1000(MPa)1/2であって、20℃における粘度が、50〜3000cPである凝固液であることが好ましい。
具体的には、内部凝固液と前記製膜原液との溶解パラメータ(SP値)の距離(HSP距離)が、5〜1000(MPa)1/2であることが好ましく、5〜900(MPa)1/2であることがより好ましく、5〜800(MPa)1/2であることがさらに好ましい。このHSP距離が小さすぎると、内周面側からの凝固が充分に進行しにくい傾向がある。また、前記HSP距離が大きすぎると、α結晶構造の比率を充分に高めることができない傾向がある。このことは、内周面側からの凝固が進行しすぎて、内周面側に形成される細孔が小さくなりすぎることによると考えられる。これらのことから、前記HSP距離が上記範囲内の内部凝固液を用いることで、内周面、すなわち、気孔の孔径が大きい側の面における、前記第2比率が適切な中空糸膜を容易に製造することができる。
また、前記内部凝固液の20℃における粘度は、50〜3000cPであることが好ましく、50〜1500cPであることがより好ましく、100〜1500cPであることがさらに好ましい。この粘度が低すぎると、α結晶構造の比率を充分に高めることができない傾向がある。このことは、内周面側からの凝固が進行しすぎて、内周面側に形成される細孔が小さくなりすぎることによると考えられる。また、前記粘度が高すぎると、内周面側からの凝固が充分に進行しにくい傾向がある。これらのことから、前記粘度が上記範囲内の内部凝固液を用いることで、内周面、すなわち、気孔の孔径が大きい側の面における、前記第2比率が適切な中空糸膜を容易に製造することができる。
前記内部凝固液としては、例えば、グリセリン、エチレングリコール、及び10質量%以上の比較的高濃度のポリマー水溶液等の高粘度液体や、前記製膜原液に含まれる溶剤と同じような構成のもの等が挙げられる。
前記内部凝固液としては、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジメチルホルムアミドとグリセリンとの混合溶剤、ジメチルアセトアミドとグリセリンとの混合溶剤、γ−ブチロラクトンとグリセリンとの混合溶剤、γ−ブチロラクトンとポリビニルアルコールとの混合溶剤、γ−ブチロラクトンとポリビニルピロリドンとの混合溶剤、及び水とポリビニルアルコールとの混合溶剤等が挙げられる。内部凝固液としては、上記例示の溶剤を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、内部凝固液の温度は、内部凝固液の均一性を確保するという観点から、40〜170℃であることが好ましい。すなわち、内部凝固液の温度としては、40〜170℃の間で調整されることが好ましい。
前記外部凝固液は、押し出された中空糸状の製膜原液と接触することで、押し出された中空糸状の製膜原液を凝固させることができるものであれば、特に限定されない。前記外部凝固液は、この場合、分離層として働く側と接触して、外周面を形成させる。そして、この外周面におけるα結晶構造過剰率は、上述したように、前記第1比率と前記第2比率として、上記関係を満たせば、高めなくてもよいので、中空糸膜を製造する際に用いる外部凝固液として一般的なものを用いることができる。外部凝固液としては、具体的には、水や、塩類又は溶剤を含有した水溶液等が挙げられる。ここでの塩類としては、例えば、硫酸塩、塩化物、硝酸塩、酢酸塩等の各種の塩類が挙げられる。また、外部凝固液に含有する溶剤としては、例えば、ジメチルホルムアミド等が挙げられる。
また、前記形成工程は、押し出された中空糸状の製膜原液を、外部凝固液に接触させる前に、気体、通常、空気中を走行してもよい。すなわち、前記形成工程は、前記押出工程で押し出された中空糸状の製膜原液を、気体中を走行した後、外部凝固液に接触させてもよい。気体中を走行する距離は、特に限定されず、例えば、5〜300mmであることが好ましい。この気体中の走行は、押し出された中空糸状の製膜原液と内部凝固液との溶剤交換を好適に行うことができ、中空糸形状が安定化し、紡糸性が向上する。なお、本実施形態に係る製造方法では、この気体中の走行を行わなくてもよい。
また、本実施形態に係る製造方法は、前記形成工程により形成された中空糸膜を、長手方向に延伸してもよい。この延伸方法は、特に限定されないが、例えば、水浴中、例えば、加温した水浴中での延伸処理等が挙げられる。なお、延伸後、延伸にかかる力を開放すると、長手方向に収縮する。このような延伸及び収縮を施すと、中空糸膜は、透過性能や気体透過性が向上する。このことは、膜内に存在する独立孔が開裂し、連通孔となり、膜内の連通性が向上し、透過性能や気体透過性が向上すると考えられる。さらに、このような延伸及び収縮を施すと、中空糸膜の繊維の方向が均質化し、強度が向上するという利点もある。なお、本実施形態に係る製造方法では、この延伸及び収縮を行わなくてもよい。
また、本実施形態に係る製造方法は、前記形成工程により形成された中空糸膜を、洗浄してもよい。洗浄方法としては、例えば、中空糸膜を、水浴中にて洗浄する方法などが挙げられる。この洗浄により、形成された中空糸膜から、内部に残存した溶剤や相分離促進剤等を好適に除去することができる。
また、本実施形態に係る製造方法は、前記中空糸膜に親水性を付与する工程を備えていてもよい。この親水性を付与する工程は、中空糸膜の親水性を高めることができれば、特に限定されない。この工程としては、例えば、中空糸膜を、親水性樹脂の溶液に浸漬させ、その後、中空糸膜に含浸された親水性樹脂を架橋する工程等が挙げられる。より具体的には、この工程としては、中空糸膜を、3質量%のポリビニルアルコール水溶液に浸漬し、このポリビニルアルコール水溶液に浸漬させた中空糸膜を、グルタルアルデヒド1質量%及び硫酸4質量%を含有する水溶液に浸漬させる。このようにすることによって、中空糸膜に含浸されたポリビニルアルコールが架橋する。このことから、中空糸膜が親水化する。
また、上記中空糸膜に親水性を付与する方法としては、上記工程以外に、製膜原液に、親水性樹脂を含有する方法や、内部凝固液に親水性樹脂を含有させ、その親水性樹脂を中空糸膜に拡散付与する方法等が挙げられる。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、膜ろ過法に供することができる。具体的には、例えば、中空糸膜を用いて、以下のようにモジュール化し、このモジュール化されたものを用いて、膜ろ過法に用いることができる。より具体的には、本実施形態に係る中空糸膜は、所定本数束ねられ、所定長さに切断されて、所定形状のケーシングに充填され、中空糸束の端部はポリウレタン樹脂やエポキシ系樹脂等の熱硬化性樹脂によりケーシングに固定されて、モジュールとなる。なお、このモジュールの構造としては、中空糸膜の両端が開口固定されているタイプ、中空糸膜の一端が開口固定され、他端が密封されているが、固定されていないタイプ等、種々の構造のものが知られており、本実施形態に係る中空糸膜は、いずれのモジュールの構造においても使用可能である。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、上記のようにモジュール化され、例えば、図3に示すような膜ろ過装置に組み込むことができる。なお、図3は、本発明の実施形態に係る中空糸膜を備えた膜ろ過装置の一例を示す概略図である。膜ろ過装置31は、上記のように中空糸膜をモジュール化した膜モジュール32を備える。そして、この膜モジュール32は、例えば、中空糸膜の上端部33は中空部を開口しており、下端部34は中空部をエポキシ系樹脂にて封止しているものが挙げられる。また、膜モジュール32は、例えば、有効膜長さ100cmの中空糸膜を70本用いてなるもの等が挙げられる。そして、この膜ろ過装置31は、導入口35から、被処理液を、膜モジュール32によるろ過が施された液体(ろ過水)等が導出口36から排出される。そうすることによって、中空糸膜を用いたろ過が実施される。なお、膜ろ過装置31に導入された空気は、空気抜き口37から排出される。また、ここでの膜ろ過法は、中空糸膜の外表面から内表面にむかって、被処理液が透過させることによって、被処理液がろ過される。このことから、中空糸膜の外表面側を、1次側と呼び、内表面側を、2次側とも呼ぶ。なお、内周面に存在する孔が、外周面に存在する孔より小さい中空糸膜を用いた場合、中空糸膜の内表面から外表面にむかって、被処理液が透過させることによって、被処理液がろ過される。
本実施形態に係る中空糸膜は、このようにモジュール化されて、浄水処理、飲料水製造、工業水製造、排水処理等の各種用途に用いられる。すなわち、前記膜ろ過法で、処理対象物である被処理液としては、このような用途を達成するための液体であり、水を主成分とした水系媒体等が挙げられる。
また、本実施形態に係る中空糸膜は、上記のような膜ろ過法に用いることによって、液体処理、具体的には、ろ過処理を行うことができる。この中空糸膜を用いた液体処理方法は、具体的には、前記中空糸膜を用いて、被処理液をろ過するろ過工程と、前記中空糸膜を薬液で洗浄する薬洗工程とを備え、前記ろ過工程と前記薬洗工程とを交互に行う方法等が挙げられる。このような液体処理方法であれば、中空糸膜を用いたろ過工程による液体処理を、長期間にわたって好適に行うことができる。具体的には、まず、ろ過工程とろ過工程との間に行う薬洗工程を定期的に行うことによって、中空糸膜を用いたろ過工程におけるろ過効率の低下を充分に抑制できる。よって、中空糸膜を用いたろ過工程による液体処理を、長期間にわたって好適に行うことができる。
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
まず、中空糸膜を構成する樹脂として、フッ化ビニリデン系樹脂であるポリフッ化ビニリデン(PVDF 1:アルケマ株式会社製のKynar741)と、溶剤として、ジメチルホルムアミド(DMF:三菱ガス化学株式会社製のDMF)と、相分離促進剤として、ポリビニルアルコール(PVA:株式会社クラレ製のPVA−505)とを、質量比30:52:18になるように混合物を調製した。この混合物を95℃の恒温下で溶解タンク内にて溶解させることによって、製膜原液が得られた。なお、製膜原液の溶解パラメータ(SP値)や、フッ化ビニリデン系樹脂以外の成分とフッ化ビニリデン系樹脂とのSP値の距離(HSP距離 1)は、表1に示す。
得られた製膜原液を、図2に示すような、外径1.6mm、内径0.8mmの二重環構造のノズル(中空糸膜形成用ノズル)から押し出した。このとき、内部凝固液として、ジメチルホルムアミド(DMF)とグリセリン(花王株式会社製の精製グリセリン)とを質量比60:40になるように混合した混合物を、製膜原液と同時吐出した。このとき、製膜原液の温度を徐々に高めて、安定的に吐出可能な温度になった際に、押し出しを開始した。この温度(吐出温度)は、100℃であった。なお、内部凝固液の溶解パラメータ(SP値)、内部凝固液と製膜原液とのSP値の距離(HSP距離 2)、及び内部凝固液の20℃における粘度は、表1に示す。
この内部凝固液とともに押し出した製膜原液を、30mmの空走距離を経て、20質量%のジメチルホルムアミド(DMF)水溶液からなる外部凝固液中に浸漬させた。そうすることによって、製膜原液が固化され、中空糸膜が得られた。なお、外部凝固液の溶解パラメータ(SP値)、外部凝固液と製膜原液とのSP値の距離(HSP距離 3)、及び外部凝固液の20℃における粘度は、表1に示す。また、内部凝固液の20℃における粘度及び外部凝固液の20℃における粘度は、粘度計(東機産業株式会社製のブルックフィールド型粘度計)を用いて測定した。
次いで、得られた中空糸膜を水中で洗浄した。そうすることによって、溶剤と相分離促進剤とが、中空糸膜から抽出除去された。これにより得られた中空糸膜が、実施例1に係る中空糸膜である。このようにして得られた中空糸膜の外径は、1.3mm、内径は0.8mmであり、膜厚が、0.25mmであった。
また、実施例1に係る中空糸膜の内周面及び外周面を、走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製のS−3000N)を用いて観察した。得られた画像から、実施例1に係る中空糸膜は、外周面に存在する孔が、内周面に存在する孔より小さくなる傾斜構造を有する中空糸膜であることがわかった。また、中空糸膜の内周面を走査型電子顕微鏡写真で観察して得られた写真を、画像計測ソフト(株式会社プラネトロン製のImage−Pro Plus)を用いて二値化し、大津方式で閾値を決定し、中空糸膜の内表面に存在する孔の直径を測定した。この直径が支持側細孔径であり、2μmであった。
まず、得られた中空糸膜のα結晶構造過剰率、結晶化度、及び異種結合率を測定した。
[α結晶構造過剰率(周面)]
まず、得られた中空糸膜の内周面及び外周面のそれぞれの赤外吸収(IR)スペクトルを、赤外分光光度計(日本電子株式会社のJIR−5500)を用いて測定した。詳細には、1回反射ATR(Attenuated Total Reflectance)法にて、ダイヤモンドセル(潜り込み深さが約5μm以下)で、中空糸膜の、分離層側と支持層側との両方から測定を実施した。そして、得られたIRスペクトルにおける、763cm−1のピーク強度と840cm−1のピーク強度との比率(763cm−1のピーク強度/840cm−1のピーク強度×100)を算出した。この比率を、内周面及び外周面のそれぞれにおける、α結晶構造過剰率とした。
[α結晶構造過剰率(全体)]
まず、得られた中空糸膜を、示差走査熱量計(DSC:ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社製のDSC Q2000)を用いて、25℃から200℃まで、昇温速度10℃/分で昇温させたときに検出される吸熱ピークを測定した。この得られた吸熱ピークの曲線(DSC曲線)における、168〜175℃で吸熱するピークと162〜168℃で吸熱するピークとの比率[168〜175℃で吸熱するピーク(J/g)/162〜168℃で吸熱するピーク(J/g)×100]を算出した。この比率を、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率とした。
なお、168〜175℃で吸熱するピークとしては、組成によっては添加物で融点が変化するので、最も高温側で検出されたピークを採用した。このピークが、α結晶構造に帰属するピークである。また、162〜168℃で吸熱するピークとしては、組成によっては添加物で融点が変化するので、上記α結晶構造に帰属するピーク以外の低温で検出された全てのピークである。このピークが、β結晶構造に帰属するピークである。
[結晶化度]
上記のα結晶構造過剰率(全体)と同様の方法により得られたDSC曲線から、全測定領域である25〜200℃で検出される全吸熱ピーク(J/g)を測定した。ここで、完全結晶のPVDFの吸熱量が、93.1J/gであることから、前記全吸熱ピークに対する、完全結晶のPVDFの吸熱量の割合を算出した。この割合を、結晶化度とした。
[異種結合率]
得られた中空糸膜を、重溶媒として重DMSOを用いて、1H−NMR(株式会社JEOL RESONANCE製)を測定した。残留DMSOのメチル基のピークを2.50ppmとしたときに、2.25ppm付近に検出されるプロトンピークの積分値と2.90ppm付近に検出されるプロトンピークの積分値との比率(2.25ppm付近に検出されるプロトンピークの積分値/2.90ppm付近に検出されるプロトンピークの積分値×100)を算出した。この比率を、異種結合率とした。なお、2.25ppm付近に検出されるプロトンピークは、異種結合由来のピークであり、2.90ppm付近に検出されるプロトンピークは、通常の結合由来のピークである。
[透過性能:透水量]
また、得られた中空糸膜の透水量は、中空糸膜を用いた、以下のような操作における、単位時間当たりのろ過液の量を測定し、この得られた量と、膜面積とから算出した。
この中空糸膜を用いて図3に示すような膜ろ過装置31を作製した。膜ろ過装置31に装填されている膜モジュール32は、有効膜長さ20cm、中空糸本数20本からなり、上端部33をエポキシ系樹脂で封止されている。上端部33は中空糸膜の中空部が開口しており、下端部34は中空糸膜の中空部をエポキシ系樹脂にて封止されている。この膜ろ過装置31は、導入口35を経て、中空糸膜の外周面側より、純水をろ過し、上端部の内周面側にある導出口36よりろ過水を得た。この際、膜間差圧0.1MPaになるように調整した。
この測定方法により得られた透水量、すなわち、膜間差圧0.1MPaにおける透水量は、800L/m2/時(800LMH)であった。
[分画特性:分画粒子径、分画分子量]
次に、得られた中空糸膜の分画粒子径を、以下の方法で測定した。
異なる粒子径を有する少なくとも2種類の粒子(日揮触媒化成株式会社製の、カタロイドSI−550、カタロイドSI−45P、カタロイドSI−80P、ダウケミカル株式会社製の、粒径0.1μm、0.2μm、0.5μmのポリスチレンラテックス等)の阻止率を測定し、その測定値を元にして、下記の近似式において、Rが90となるSの値を求め、これを分画粒子径とした。
R=100/(1−m×exp(−a×log(S)))
上記式中のaおよびmは、中空糸膜によって定まる定数であって、2種類以上の阻止率の測定値をもとに算出される。
この測定方法により得られた分画粒子径は、0.02μmであった。
また、分画粒子径の代わりに、分画分子量を測定する場合もある。異なる分子量を有する少なくとも2種類以上の高分子を、上記粒子の代わりに用いて、上記式において、Rが90となるSの値を求め、これを分画分子量とした。
[耐薬品性:薬品耐久性]
まず、薬液として、5000ppmの次亜塩素酸水溶液を用い、60℃に加温した薬液に、得られた中空糸膜を、30日間浸漬した。なお、薬液は、次亜塩素酸の失活を考慮し、毎日交換した。そして、薬液に浸漬させていない中空糸膜の引張強度、及び30日間浸漬させた後の中空糸膜の引張強度をそれぞれ測定した。この得られた値から、引張強度の保持率(30日間浸漬させた後の中空糸膜の引張強度/薬液に浸漬させていない中空糸膜の引張強度×100)を測定した。この測定方法により得られた保持率は、90%であった。この保持率を、耐薬品性の指標とした。この保持率が高いほど、耐薬品性が高いことがわかる。
なお、引張強度は、以下のように測定した。まず、測定対象物である中空糸膜を5cmとなるように切断した。この切断した中空糸膜を、オートグラフ(株式会社島津製作所製のAG−Xplus)を用いて、25℃の水中で、100mm/分で引っ張る引張試験を行い、中空糸膜が破断した際の荷重を測定した。この測定した荷重から、引張強度を求めた。
[製膜安定性]
得られた中空糸膜の複数箇所で、上記の透過性能、分画特性、及び強度を測定した。得られた測定値の変動係数(CV値)が全て5%以下であれば、「○」と評価し、いずれかの測定値の変動係数(CV値)が5%を超えれば、「×」と評価した。
これらの結果を表2に示す。
[実施例2〜5、及び比較例1〜5]
製膜原液、内部凝固液、及び外部凝固液の組成を、表1に示す組成に変更したこと以外、実施例1と同様にして中空糸膜を得た。また、吐出温度及び支持側細孔径については、表2に示す。
なお、表中、「PVDF 2」は、ポリフッ化ビニリデン(ソルベイ株式会社製のSolef 6010)を示す。「GBL」は、γ-ブチロラクトン(三菱化学株式会社製のGBL)を示す。「PEG」は、ポリエチレングリコール(三洋化成工業株式会社製のPEG−600)を示す。「シリカ1」は、シリカ(日本アエロジル株式会社製のアエロジル50)を示す。「DMAc」は、ジメチルアセトアミド(三菱ガス化学株式会社製のDMAc)を示す。「PVP」は、ポリビニルピロリドン(BASFジャパン株式会社製のSokalan K−90P)を示す。「シリカ2」は、シリカ(トクヤマ株式会社製のファインシールF−80)を示す。「フタル酸ジオクチル」は、フタル酸ジオクチル(東京化成工業株式会社製のフタル酸ジオクチル)を示す。
また、実施例2、実施例4、実施例5、比較例1〜3に係る各中空糸膜は、走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製のS−3000N)を用いて観察したところ、実施例1に係る中空糸膜と同様、外周面に存在する孔が、内周面に存在する孔より小さくなる傾斜構造を有する中空糸膜であることがわかった。
具体的には、その例として、実施例2に係る中空糸膜及び実施例4に係る中空糸膜を示す。図4は、実施例2に係る中空糸膜の外周面の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。また、図5は、実施例2に係る中空糸膜の内周面の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。
また、図6は、実施例4に係る中空糸膜の断面の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。また、図7は、実施例4に係る中空糸膜の外周面の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。また、図8は、実施例4に係る中空糸膜の内周面の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。
これらの写真からもわかるように、実施例2、実施例4、実施例5、比較例1〜3に係る各中空糸膜は、実施例1に係る中空糸膜と同様、外周面に存在する孔が、内周面に存在する孔より小さくなる傾斜構造を有する中空糸膜である。
また、実施例3に係る中空糸膜は、走査型電子顕微鏡(株式会社日立製作所製のS−3000N)を用いて観察したところ、内周面に存在する孔が、外周面に存在する孔より小さくなる傾斜構造を有する中空糸膜であった。
これらのことから、実施例1〜5、及び比較例1〜3に係る各中空糸膜に係る中空糸膜は、多孔性の中空糸膜であって、前記中空糸膜内の気孔の孔径が、内外周面側の少なくとも一方の側に向かって漸次的に小さくなる傾斜構造を有する。すなわち、前記中空糸膜内の気孔の大きさが厚み方向で順次異なることがわかる。また、外周面又は内周面付近には、緻密な層状部分が形成されており、それ以外の部分は、それより疎な部分が形成されていることがわかる。
なお、実施例3に係る中空糸膜は、上述したように、内周面に存在する孔が、外周面に存在する孔より小さくなる傾斜構造を有する中空糸膜であるので、中空糸膜の外表面に存在する孔の直径が支持側細孔径である。また、中空糸膜の内周面に存在する孔の直径が分離側細孔径である。
また、比較例4に係る中空糸膜は、分画特性を適切に測定できない中空糸膜であった。このため、分画特性や支持側細孔径については、「−」と示す。
また、比較例5に係る中空糸膜は、中空糸膜を製造することができなかった。このため、表2に結果を示していない。
表1及び表2から、第1比率と第2比率との差分(第2比率−第1比率)が、50〜350%である場合(実施例1〜5)は、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率(α結晶構造/β結晶構造×100)が120%以下であっても、透水性能、分画特性、及び耐薬品性に優れた中空糸膜であることがわかった。
これに対して、第1比率と第2比率との差分(第2比率−第1比率)が、50%未満であり、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率も低い場合(比較例1)は、実施例1〜5と比較して、透水性能及び耐薬品性に劣るものであった。また、第1比率と第2比率との差分(第2比率−第1比率)が、50%未満である場合(比較例2,3)は、製膜安定性に劣るものであった。また、吐出温度として、100℃を超える高い温度であれば、製膜可能であったが、実施例1〜5と同様の温度で製膜した場合、好適な中空糸膜が得られなかった。さらに、比較例2,3に係る中空糸膜は、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率が、実施例1〜5よりも高く、120%を超えるようにしている。このため、比較例2,3に係る中空糸膜は、実施例1〜5と比較して、耐薬品性を高めることができても、透水性能及び分画特性までがともに優れているとまでは言えなかった。
以上のことから、第1比率と第2比率との差分(第2比率−第1比率)が、50〜350%とすることで、中空糸膜全体のα結晶構造過剰率(α結晶構造/β結晶構造×100)を特に高くすることなく、例えば、120%以下であっても、透水性能、分画特性、及び耐薬品性に優れた中空糸膜が得られることがわかった。