以下、本発明を図示する実施形態に基づいて説明する。
<<< §1. マルチビーム電子線描画装置による描画原理 >>>
はじめに、説明の便宜上、一般的なマルチビーム電子線描画装置による描画原理を簡単に説明しておく。図1は、この電子線描画装置の基本構造およびその描画原理を示す正面図である(一部は断面図)。
図示のとおり、電子銃10から照射された電子ビーム20は、電磁気的な作用を施すコンデンサレンズ30によって拡大され、アパーチャープレート40(図では、断面図として示す)に照射される。アパーチャープレート40には、多数の開口部41が形成されており、この開口部41を通過した電子ビーム21のみがプロジェクションレンズ(図示省略)を通して下方の試料基板50へと縮小投影され、その上面に形成されている被成形層(通常はレジスト層)51の露光対象面に照射される。試料基板50は、移動ステージ60の上に載置され、図の左右方向および図の奥行き方向に移動させることができる。
最近では、512×512の二次元マトリックス状に配置された開口部41をもったアパーチャープレート40を用い、25万本以上の電子ビーム21によって被成形層51の上面を同時に露光して微細パターンを描画する機能をもった装置も実用化されている。通常、アパーチャープレート40の下面には、ブランキングプレート(図示省略)が配置されており、開口部41を通過した個々の電子ビーム21を個別にON/OFF制御する機能が設けられる。
通常、アパーチャープレート40に形成された個々の開口部41は、円形断面を有しており、開口部41を通過した個々の電子ビーム21の断面は円形になる。したがって、被成形層51の上面に形成された露光対象面には、1本の電子ビーム21の照射により円形の照射スポットが形成される。一般に、電子ビーム21のエネルギー密度は、その中心軸をピークとしたガウスの誤差関数に応じた分布になることが知られている。ガウスの誤差関数は、erf関数ともよばれており、1/2(erf((x+D/2)/σ)−erf((x−D/2)/σ))で表される。したがって、1本の電子ビーム21によって露光対象面に形成される円形の照射スポットのエネルギー密度E(電子ビームの照射強度)は、図2のグラフMに示すようなガウスの誤差関数に応じた分布になる。
このグラフの横軸は、nmの単位で示される一次元方向の位置を示しており、横軸上の数値0の位置は、電子ビーム21の中心軸が照射される位置に対応する。実際には、露光対象面上には二次元的な広がりをもつ円形の照射スポットが形成され、そのエネルギー密度Eを示すグラフは、図2に示すグラフMを、その中心軸まわりに回転させた回転体になる。図2の横軸上の寸法φは、こうして露光対象面上に形成される円形の照射スポットの直径に相当する。したがって、図2に示すようなエネルギー密度Eをもった1本の電子ビームが照射された場合、露光対象面上では直径φの円形内が露光することになり、各部の照射強度は中心から周囲に向かってガウスの誤差関数に応じた分布で減少する。通常、ビームの大きさは、図2のグラフの半値幅の値(前掲のガウスの誤差関数の式における値D)を示すビーム径として示されるが、本願では、画素ピッチとの比較を行うための説明の便宜上、図2に示す寸法φをスポット径と呼び、ビーム径に対応する数値として取り扱うことにする。別言すれば、本願におけるスポット径φとは、露光対象面上に形成された円形露光領域の直径ということになる。
シングルビーム方式の電子線描画装置の場合、試料基板50上には1本の電子ビームしか照射されないので、その断面形状を矩形等の任意形状に加工し、任意の強度に調節した状態で照射することが可能である。したがって、たとえば、露光対象面上で矩形の照射スポットを走査しながら矩形状のパターンを描画することも可能である。このため、寸法誤差が発生することはなく、正確なパターニングを行うことができるが、描画速度の向上は望めないため、描画時間が長くかかるという問題が生じる。
これに対して、マルチビーム方式の電子線描画装置の場合、多数の電子ビーム21を用いて極めて高速な描画を行うことができるメリットを有しているが、個々のビームの断面形状を個別に制御したり、個々のビームの強度を個別に制御したりすることは困難である。実際、25万本ものビームを生成する装置の場合、微細なアパーチャープレートの開口部41を通過した個々の電子ビームを個別に成形したり、個別に強度調節したりする機構を設けることはできない。
結局、現在利用されている一般的なマルチビーム方式の電子線描画装置では、露光対象面上に直径φをもった多数の円形の照射スポットを形成することができるものの、照射スポットを任意の形状に成形することはできず、個々の電子ビームのON/OFF制御により描画を行う方法を採らざるを得ない。そこで、このマルチビーム方式の電子線描画装置の描画制御を行うために、二次元画素配列によって構成される描画データが利用される。
図3(a) は、この描画データを構成する二次元画素配列と、当該描画データに基づいて照射される電子ビームの強度分布との関係を示す平面図(上段(a) )およびグラフ(下段(b) )である。いま、露光対象面上にXY二次元座標系を定義し、この座標系上に図3(a) の右上隅にハッチングを施して示すような正方形状の画素Pを縦横に配置した二次元画素配列を定義する。ここでは、個々の画素Pの横方向(X軸方向)および縦方向(Y軸方向)の幅がいずれもdであるものとする。この幅dは、画素Pの横方向および縦方向のピッチに相当する。
ここで、個々の画素Pの中心位置に照射基準点Qを定義し、画素Pの画素値として、当該照射基準点Qに照射すべき電子線の強度を示す値を与えることにする。このような画素配列からなる描画データをマルチビーム方式の電子線描画装置に与えたとすれば、描画装置は、当該描画データに基づいて、露光対象面上に所定の強度分布をもった電子線露光を行うことができる。たとえば、図3に示す画素P1の中心に定義された照射基準点Q1に照射された電子ビームにより、露光対象面(XY平面)上には、円形の照射スポットS1による露光が行われ、画素P2の中心に定義された照射基準点Q2に照射された電子ビームにより、露光対象面(XY平面)上には、円形の照射スポットS2による露光が行われる。
この場合、照射スポットS1による露光強度は画素P1のもつ画素値E1に基づいて決定され、照射スポットS2による露光強度は画素P2のもつ画素値E2に基づいて決定される。たとえば、個々の画素値E1,E2が、ガウスの誤差関数に応じた分布のピーク値を示しているものとすると、図3(a) に示す照射スポットS1,S2によるX軸方向に関する露光強度分布は、図3(b) に示すグラフのようになる。すなわち、照射基準点Q1を中心として照射された電子ビームによる露光強度分布はグラフM1のような幅φをもった山になり、照射基準点Q2を中心として照射された電子ビームによる露光強度分布はグラフM2のような幅φをもった山になる。ここで、幅φは、前述したとおり、円形の照射スポットの直径である。
なお、図3では、説明の便宜上、2つの画素P1,P2の照射基準点Q1,Q2について、それぞれ照射スポットS1,S2が形成されている状態を示すが、もちろん、実際には、すべての画素Pの中心位置にそれぞれ照射基準点Qが定義され、各照射基準点Qに対してそれぞれ電子ビームの照射が行われることになる。ここで、照射基準点Qの縦横の配置ピッチは、画素Pの縦横の配置ピッチと同様にピッチdということになる。
ところで、マルチビーム方式の電子線描画装置では、多数の電子ビームの強度を個別に制御することはできない。したがって、図3に示す例において、照射基準点Q1に照射される電子ビームも、照射基準点Q2に照射される電子ビームも、同じ強度の電子ビームにならざるを得ない。ただ、ブランキングプレートを制御することにより、個々の電子ビームを個別にON/OFFすることは可能である。そこで、個々の照射基準点Qごとに、それぞれ照射する電子ビームを個別にON/OFF制御し、露光時間を変えることにより露光強度を変える方法を採る。上例の場合、照射基準点Q1への照射時間を照射基準点Q2への照射時間よりも長く設定することにより、図3(b) のグラフに示すような露光強度分布が得られることになる。
このような露光時間の制御は、実際には、露光回数の制御という形で行われる。これは、図1に示すように、実際には、移動ステージ60を二次元的(図1の左右方向および奥行き方向)に移動させながら、多数の電子ビーム21を被成形層51上で二次元的に走査しながら描画を行うためである。
たとえば、数ナノ秒程度の露光時間を1回の電子ビーム照射時の単位露光時間と定めておき、1回の電子ビーム照射が完了するたびに、移動ステージ60をX軸方向にピッチdだけ移動させ、次の回の電子ビーム照射を行うようにすれば、特定の照射基準点Qに対しては、毎回異なる電子ビーム(隣接する電子ビーム)によって単位露光時間分の露光が行われることになる。このとき、毎回、個々の電子ビームごとに個別のON/OFF制御を行えば、段階的ではあるものの、個々の照射基準点Qごとに固有の露光強度を設定することが可能になる。
具体的には、たとえば、照射基準点Q1に対して10回の露光を行うことにより、図3(b) のグラフM1のような露光強度分布が得られるのであれば、照射基準点Q2に対して5回の露光を行うことにより、図3(b) のグラフM2のような露光強度分布が得られることになる。
図4は、このように、個々の照射基準点Qごとに露光回数を変えることにより、16通りの段階的な露光強度の制御を行う原理を示すグラフである。ここでは、図示の便宜上、段階0,5,10,15の4通りの段階についての例のみが示されているが、実際には、これらの間の中間段階も設定され、段階0〜15までの全16通りの段階が設定される。図4に示す露光強度分布グラフM(15),M(10),M(5)は、それぞれピーク強度E(15),E(10),E(5)をもち、同一のスポット径φの広がりをもったガウスの誤差関数に応じた分布のグラフになっている。
たとえば、画素P(15),P(10),P(5),P(0)の画素値pがそれぞれp=15,p=10,p=5,p=0であった場合、これらの画素の中心位置に定義された照射基準点Q(15),Q(10),Q(5),Q(0)の近傍には、図4に示す露光強度分布グラフM(15),M(10),M(5),M(0)に相当する強度分布をもった露光が行われることになる。各露光強度分布グラフのピーク値は、それぞれの照射基準点位置における露光回数(=画素値p)に対応した値になる。
すなわち、画素値p=0に対応する照射基準点Q(0)には、電子ビームの照射は1回も行われず、グラフM(0)は、実際には実体のある山状のグラフにはならない。一方、画素値p=5に対応する照射基準点Q(5)には、電子ビームの照射が5回行われ、グラフM(5)は、ピーク強度E(5)をもった山になる。同様に、画素値p=10に対応する照射基準点Q(10)には、電子ビームの照射が10回行われ、グラフM(10)は、ピーク強度E(10)をもった山になり、画素値p=15に対応する照射基準点Q(15)には、電子ビームの照射が15回行われ、グラフM(15)は、ピーク強度E(15)をもった山になる。
ところで、図3では、互いに十分に離れた位置にある2つの画素P1,P2に、それぞれ別個の電子ビームを照射した例を述べた。この例のように、スポット径φ以上に離れた2つの照射基準点Q1,Q2に照射された電子ビームは、相互に干渉を及ぼすことはない。しかしながら、スポット径φに満たない距離に近接配置されている複数の照射基準点に照射された電子ビームについては、相互に干渉が生じることになる。通常、画素ピッチd(照射基準点Qのピッチ)は、電子ビームのスポット径φよりも小さな値に設定される。この場合、露光対象面は、複数の電子ビームによる重畳露光を受けることになる。
図5(a) は、画素ピッチdと個々の電子ビームのスポット径φとの関係により、露光対象面上に重畳露光が生じる状態の一例を示す平面図であり、図5(b) は、このような重畳露光が生じている場合の個々の電子ビームについての露光強度分布を示すグラフである。ここに示す例は、画素ピッチd(照射基準点Qのピッチ)と電子ビームのスポット径φとの間に、φ=4dとなるような関係を設定した場合の例である。図5(a) には、X軸方向に隣接して配置された5つの画素P1〜P5と、これら各画素の中心位置に定義された5つの照射基準点Q1〜Q5に対して照射された電子ビームによって形成される5つの円形照射スポットS1〜S5が示されている。図示のとおり、各円形照射スポットS1〜S5は相互に重なりを生じており、露光対象面の各部は、複数の照射スポットによる重畳露光を受けることになる。
図5(b) に示す露光強度分布グラフM1〜M5は、それぞれ照射スポットS1〜S5についてのX軸方向に関する露光強度分布を示している。個々の照射スポットS1〜S5が部分的に重なりを生じているため、個々の露光強度分布グラフM1〜M5も部分的に重なりを生じることになり、各部の実際の露光強度分布は、これら個々の露光強度分布グラフM1〜M5の総和として与えられる。たとえば、図に太線で示されている画素P3内の照射基準点Q3には、円形照射スポットS3を生じさせる電子ビームが照射されることになる。この円形照射スポットS3の露光強度分布はグラフM3で示すような山になるが、図示のとおり、画素P3内には、隣接する別なグラフM1,M2,M4,M5の山の裾野も位置しているため、結局、画素P3内の総露光強度は、これらすべての山を重ね合わせた強度ということになる。
マルチビーム方式の電子線描画装置は、このような原理に基づいて、被成形層上に階調をもったグレースケールパターンを描画することができ、露光を受けた被成形層を現像することにより、所望の形状をもったパターン形成を行うことができる。
図6(a) は、X軸方向の幅Daをもつパターンの平面図であり、図6(b) は、当該パターンをマルチビームにより露光する原理を示すグラフである。図6(b) に横軸として示されているX軸は、図6(a) の横方向を示すX軸に対応するものであり、図6(b) のグラフは、図6(a) に示すパターンを描画する際のX軸方向に関する露光強度分布を示している。
図6(b) には、小さな山からなる9つの露光強度分布グラフM1〜M9(以下、小山と呼ぶ)と、大きな山からなる1つの露光強度の分布グラフMM(以下、大山と呼ぶ)とが示されている。小山M1〜M9は、それぞれ照射基準点Q1〜Q9に照射される個別の電子ビームに基づく露光強度分布を示すものであり、図5(b) に示す例と同様に、互いに裾野に重なりを生じている。照射基準点Q1〜Q9は、図示されていない画素P1〜P9の中心点として定義される点であり、所定ピッチdで配置されている。そして、各小山M1〜M9の高さ(ピーク強度)は、個々の画素P1〜P9の画素値に応じた値になる。
図4に示す例の場合、画素値pは0〜15の16段階、すなわち、4ビットのデータで表現され、p=0〜15とすることにより、それぞれ高さが異なる16通りの小山M(p)を定義することができる。そして、小山M(p)に応じた強度分布を形成するために、合計p回の露光が行われる。図6(b) に示す小山M1〜M9は、この16段階の小山のいずれかである。たとえば、両端の画素P1,P9の画素値がp=7、中間の画素P2〜P8の画素値がp=15であった場合、図示のとおり、両端の小山M1,M9は中程度の高さをもった山になり、中間の小山M2〜M8は最大の高さをもった山になる。
一方、図6(b) に示す大山MMは、すべての小山M1〜M9を重畳したときに得られる総露光強度の分布を示すグラフであり、小山M1〜M9の総和に相当するグラフということになる(図示の便宜上、正確な総和を示すものにはなっていない)。結局、照射基準点Q1〜Q9に対して、それぞれ画素P1〜P9の画素値に応じた回数の露光を実行すると、露光対象面上には、X軸方向に関して、大山MMによって示される総露光強度分布が得られることになる。
被成形層51に対して、このような露光を行うための電子線照射プロセスが完了すると、続いて、被成形層51に対する現像プロセスが実行される。被成形層51は、電子線照射によって組成変化を生じるレジスト層によって構成されており、一般的なレジストの場合、照射されるエネルギー密度が所定の臨界値を越えると、急激に組成変化を生じる非線形性を有している。したがって、図示する大山MMのように、なだらかな総露光強度分布が得られた場合であっても、被成形層51における総露光強度が所定の閾値Eth以上となる領域を露光領域a、総露光強度が所定の閾値Eth未満となる領域を非露光領域bとすれば、露光領域aの組成は非露光領域bの組成に比べて大きく変化する。このため、被成形層51に対する現像プロセスを行うと、露光領域aと非露光領域bとの相違に基づくパターン形成を行うことができる。
具体的には、レジスト層としてポジ型レジスト材料を用いた場合、現像プロセスにより、被成形層51の露光領域aのみが現像液に溶解し、残存した非露光領域b内の被成形層によりパターン形成が行われ、レジスト層としてネガ型レジスト材料を用いた場合、現像プロセスにより、被成形層51の非露光領域bのみが現像液に溶解し、残存した露光領域a内の被成形層によりパターン形成が行われる。図6には、大山MMを、閾値Ethに相当するレベルで切ったときの幅Daに応じた幅を有する露光領域aが形成された例が示されている。
もちろん、グラフの縦軸のスケーリングや閾値Ethの値は、照射する電子ビームの強度(エネルギー密度)や1回の露光時間といった露光条件と、用いるレジスト材料や現像液の種類といった現像条件とによって変化することになるが、これらの条件を固定しておけば、グラフの縦軸上の閾値Ethも固定された値になる。したがって、得られるパターン幅Daは、大山MMの形状によって制御することができる。上述したように、大山MMは、小山M1〜M9の総和として得られるものであるので、結局、個々の画素P1〜P9の画素値を定義した描画データによって、パターン幅Daの制御が可能になる。
なお、これまでの説明では、便宜上、被成形層に対するX軸方向に関するパターニングの原理を述べたが、実際のパターニングプロセスは、XY平面上に広がる被成形層に対して行われ、Y軸方向に関しても同様のパターニングが行われることになる。すなわち、図6(b) に示す大山MMは、X軸方向に関する露光強度分布を示すものであるが、描画データは、二次元画素配列として与えられるため、Y軸方向に関しても同様の露光強度分布が得られることになる。そして、図6(a) に示すパターンの上下方向の幅は、このY軸方向に関する露光強度分布に基づいて決定されることになる。
以上、従来用いられている一般的なマルチビーム電子線描画装置による描画原理を説明したが、もちろん、上述の説明は、マルチビーム電子線描画装置の一例を用いた説明であり、本発明を実施するにあたって用いるマルチビーム電子線描画装置は、上述の説明に用いた例に限定されるものではない。
<<< §2. 線状パターンを描画するための描画データ >>>
ここでは、§1で述べた描画原理に基づいて線状パターンを描画する場合に用いられる具体的な描画データについての説明を行うとともに、サブピクセルレベルの線幅をもった線状パターンを形成すると、いわゆるエッジポジションエラーが発生する理由を説明する。
図7(a) は、X軸方向の幅Da=50nmをもつ線状パターンの平面図であり、図7(b) は、当該線状パターンを露光するための描画データを構成する画素配列を示す図である。半導体デバイスの製造プロセスでは、配線層など、微小な線幅をもった線状パターンを多数形成する必要がある。図7(a) に示す線状パターン(ハッチング部分)は、そのようなプロセスで用いられる微小な線幅をもった細長いパターンである。なお、実際の線状パターンは、線幅(図のX軸方向に関する幅)に比べて、線長(図のY軸方向に関する長さ)は極めて大きくなり、文字通り「1本の線」として把握されるべきパターンであるが、本願では、図示の便宜上、線長を大幅に縮小した線状パターン(図7(a) のハッチング部分のように「矩形」として把握されるパターン)を例にとった説明を行うことにする。
図7(b) に示す描画データは、被成形層上に図7(a) に示すような線状パターンを形成するために、マルチビーム電子線描画装置に与えるデータであり、それぞれの画素に所定の画素値pが定義された二次元画素配列によって構成される。既に§1で説明したとおり、この二次元画素配列を構成する個々の画素Pは、被成形層上の露光対象面に縦横にそれぞれ所定ピッチdで配置された多数の照射基準点Qに照射すべき電子線強度を示す画素値を有している。以下、この二次元画素配列の縦方向および横方向の画素ピッチdをd=10nmに設定した例について説明を行うことにする。したがって、照射基準点Qの縦方向および横方向のピッチdも同じくd=10nmに設定される。
図7(b) に示す描画データは、露光対象面(XY平面)上にこのような二次元画素配列を定義し、個々の画素にそれぞれ所定の画素値を付与したものである。この例の場合、個々の画素値pとして、p=0〜15の範囲の数字を付与しているため、この描画データは、いわば4ビットの階調値をもったグレースケールの画像データということになり、個々の画素は、図4に示すような16通りの露光強度分布のうちの1つをその画素値pによって指定する役割を果たす。
なお、図7(b) に示す描画データの場合、個々の画素の画素値pは、p=0(最小値)もしくはp=15(最大値)のいずれかをとっており、中間の画素値p=1〜14をとる画素は存在しない。これは、図7(a) に示す線状パターンの輪郭線が、画素の輪郭に一致しているため、中間の画素値を用いなくても、線状パターンの形成が可能になるためである。すなわち、図示の例の場合、線状パターン内に完全に含まれる画素については画素値p=15(最大値)を与え、線状パターンを全く含まない画素については画素値p=0(最小値)を与えることにより、描画データが構成されている。
このような描画データを電子線描画装置に与えると、画素値p=0をもつ画素に対応する照射基準点位置には電子ビームの照射は1回も行われず、画素値p=15をもつ画素に対応する照射基準点位置には電子ビームの照射が15回行われることになる。その結果、図4に示す小山M(15)を足し合わせることにより、大山MMが形成され、露光対象面上には、所定の閾値Ethを基準にして、図7(a) に示すような露光領域a(総露光強度が閾値Eth以上となる領域)と非露光領域b(総露光強度が閾値Eth未満となる領域)とが形成されることになる。
図7(a) に示す例のように、線状パターンの輪郭線が、画素の輪郭に一致するような設計を行うと、二次元画素配列上に線状パターンを配置したときに、線状パターン内に完全に含まれる画素(以下、完全画素と呼ぶ)と、線状パターンを全く含まない画素(以下、空画素と呼ぶ)との2種類の画素のみが定義されることになる。そこで、完全画素については画素値p=15(最大値:電子ビームを最大回数だけ照射することを示す画素値)を与え、空画素については画素値p=0(最小値:電子ビームを1回も照射しないことを示す画素値)を与えるようにすれば、図7(b) に示すような描画データが得られる。
一般的なマルチビーム電子線描画装置を用いたパターニングプロセスの場合、通常、輪郭線が画素の輪郭に一致するような線状パターンを示す描画データを与えた場合に、寸法誤差のない正確なパターンが形成されるような標準パターニング条件を設定した運用が行われる。したがって、一般に、線幅Daが、画素の線幅方向ピッチdの整数倍となるような線状パターンを形成する場合、当該線状パターンの輪郭線が、画素の輪郭に一致するような位置合わせを行った設計を行えば、標準パターニング条件により、寸法誤差のない正確なパターン形成を行うことができる。
図7に示す例の場合、画素ピッチd=10nmであり、しかも線状パターンの線幅Daは50nmであるため、線幅Daは、画素ピッチdのちょうど5倍になっている。したがって、線状パターンの設計時には、左右両側の輪郭線が画素の輪郭に一致するような設計を行うことが可能である。そのような設計を行い、上記標準パターニング条件でパターン形成処理(露光処理および現像処理)を行えば、寸法誤差のない正確な物理的パターンが得られる。すなわち、露光領域aとして残存する被成形層(被成形層がネガ型レジストの場合)、もしくは、非露光領域bとして残存する被成形層(被成形層がポジ型レジストの場合)によって、線幅50nmをもった物理的なパターンを形成することができる。
一方、画素ピッチdに満たないサブピクセルレベルの端数寸法の線幅をもった線状パターンを形成する場合には、輪郭線の内側直近部における当該端数寸法に相当する画素について、中間的な画素値を与えるようにすればよい。図8(a) は、X軸方向の幅Da=53nmをもつ線状パターンの平面図であり、図8(b) は、当該線状パターンを露光するための描画データを構成する画素配列を示す図である。図7に示す線状パターンの線幅DaがDa=50nmであったのに対して、図8に示す線状パターンの線幅DaはDa=53nmであり、3nmだけ幅が広くなっている。図示の例の場合、画素ピッチdは10nmであるので、この3nmの幅増加分は、画素ピッチdに満たないサブピクセルレベルの端数寸法ということになる。
そこで、図8(b) に示す描画データでは、この3nmの幅増加分を、画素値pとして、p=4もしくはp=5という中間的な階調値をもった画素列を設けることにより補填している。すなわち、図8に示す例の場合、Da=53nmなる線幅をもつ線状パターンについて、その左側の輪郭線が画素の輪郭に一致するような設計を行っているため、第3列目〜第7列目までの画素列については、図7に示す例と同様に、画素値p=15(最大値)が付与されているが、第8列目の画素列には、画素値p=4もしくはp=5が交互に付与されている。これは、この第8列目の画素列が、線状パターンを部分的に含む画素(以下、不完全画素と呼ぶ)であるため、当該線状パターンの含有率に応じて定まる階調値を画素値pとして与えた結果である。
上述したとおり、ここに示す例の場合、線状パターン内に完全に含まれる完全画素(第3列目〜第7列目までの画素)については最大画素値p=15を与え、線状パターンを全く含まない空画素(第1,2,9,10列目の画素)については最小画素値p=0を与えることになる。そして、線状パターンを部分的に含む不完全画素(第8列目の画素)については、線状パターンの含有率「3/10」を最大画素値p=15に乗じることにより得られる積4.5を画素値として与えるべきであるが、用意されている画素値のバリエーションは0〜15の16通りの整数値であるため、図8(b) に示す描画データでは、第8列目の画素の画素値として、値4および値5を交互に付与している。
この図8(b) に示す描画データを電子線描画装置に与えれば、画素値p=0をもつ画素に対応する照射基準点位置には電子ビームの照射は1回も行われず、画素値p=4,p=5,p=15をもつ画素に対応する照射基準点位置には、電子ビームの照射が、それぞれ4回,5回,15回行われることになる。そして、これらの各露光処理によって形成される露光強度分布の小山を足し合わせることにより得られる大山MMについて、所定の閾値Ethを基準にした区分けを行うことにより、図8(a) に示すような露光領域a(総露光強度が閾値Eth以上となる領域)と非露光領域b(総露光強度が閾値Eth未満となる領域)とが形成され、実際に現像を行えば、線幅Da=53nmをもった物理的な線状パターンが形成されることになる。
図9(a) は、図8(a) と同様に、X軸方向の幅Da=53nmをもつ線状パターンの平面図であり、図9(b) は、当該線状パターンを露光するための描画データを構成する画素配列の一行分(図8(b) に示す描画データの第1行目)を示す図であり、図9(c) は、図9(b) に示す一行分の画素に基づく描画を行った際のX軸方向に関する露光強度分布を示すグラフである。
図9(c) には、小山からなる10個の露光強度分布グラフM1〜M10と、大山からなる総露光強度分布グラフMMとが示されている。小山M1〜M10は、それぞれ照射基準点Q1〜Q10に照射される個別の電子ビームに基づく露光強度分布を示すものであり、図9(b) に示す画素P1〜P10の画素値に応じた高さをもつ。すなわち、小山M3〜M7は、画素値p=15に応じた最大強度E(15)に対応する高さをもつ山であり、小山M8は、画素値p=4に応じた強度E(4)に対応する高さをもつ山である。なお、小山M1,M2,M9,M10は、画素値p=0に応じた高さ0の山であるため、図面上には、実質的な山としては現れていない。
一方、大山MMは、すべての小山M1〜M10を重畳したときに得られる総露光強度の分布を示すグラフであり、小山M1〜M10の総和に相当するグラフということになる。結局、照射基準点Q1〜Q10に対して、それぞれ画素P1〜P10の画素値に応じた回数の露光を実行すると、露光対象面上には、X軸方向に関して、大山MMによって示される総露光強度分布が得られることになる。
このような露光プロセスが完了すると、被成形層上の露光対象面には、図9(a) に示すように、総露光強度が所定の閾値Eth以上となる露光領域aと、総露光強度が所定の閾値Eth未満となる非露光領域bとが形成されるので、現像プロセスを実行することにより、所望の線幅Da=53nmをもった物理的な線状パターンが形成されることになる。
なお、図9(b) には、図8(b) に示す描画データの第1行目のみが示されているが、実際の描画データは、図8(b) に示すように複数行のデータから構成されており、しかも奇数行と偶数行とにおいて、第8列目の画素の画素値が異なっている。別言すれば、図9(c) に示す小山M8の高さは、奇数行目では図示のとおりE(4)になるが、偶数行目ではE(5)になる。したがって、厳密に言えば、実際に形成される物理的な線状パターンの線幅は、奇数行目と偶数行目とでは異なり、実際の線状パターンの右側輪郭線は微小な波線になる。ただ、奇数行目と偶数行目との距離は、画素ピッチdに相当する10nm程度であるため、右側輪郭線もほぼ直線とみなすことができ、実用上の支障は生じない。
このように、描画データを構成する個々の画素の画素値として、所定段階の階調値をもたせるようにすると、画素ピッチdに満たないサブピクセルレベルの端数寸法の線幅をもった線状パターンを形成することが可能である。しかしながら、この場合、いわゆるエッジポジションエラーが発生し、寸法精度が不正確になるという問題がある。
たとえば、画素ピッチを10nmに設定した場合、図7に示す例のように、画素ピッチの整数倍となる線幅50nmをもった線状パターンについては、左右両側の輪郭線を画素の輪郭に一致させる設計が可能であり、そのような設計を行えば、エッジポジションエラーが生じない正確な寸法精度をもったパターニングが可能である。ところが、図9に示す例のように、線幅53nmというサブピクセル単位の半端な線幅を有する線状パターンの場合、いわゆるエッジポジションエラーが発生し、実際に形成される物理的な線状パターンの線幅は、53.0nmという正確な値にはならず、たとえば、52.7nmといった値になってしまう。
このようなエッジポジションエラーが発生する原因は、図9(c) に示す大山MM(総露光強度の分布グラフ)を合成するために用いる小山M1〜M10の位置および高さに制約が生じているためである。すなわち、線幅53.0nmをもった正確な線状パターンを形成するためには、所定の閾値Ethで切ったときの幅が正確に53.0nmとなるような形状をもった大山MMが形成されるようにする必要がある。そのような大山MMを、任意の位置かつ任意の高さをもった複数の小山を合成することにより作成することは理論的に可能である。ところが、実際には、個々の小山の位置は、所定の画素ピッチdで並んだ照射基準点Q1〜Q10の位置に制限され、個々の小山の高さは、図4に示す例の場合、16段階のいずれかに制限されてしまう。
結局、実際には、離散的な複数段階の高さ(図4に示す例の場合は、16段階の高さ)をもった小山を、離散的に配置された照射基準点(画素ピッチd=10nmの場合、縦横10nmのピッチで二次元的に配列された照射基準点)の位置に配置し、これらの小山を合成することにより大山MMを作成せざるを得ない。このため、作成される大山MMの形状も離散的なものにならざるを得ず、所定の閾値Ethで切ったときの幅が正確に所望の値となるような大山MMを形成することが、理論的に不可能な場合が生じうる。したがって、現実的には、サブピクセルレベルの端数寸法の線幅をもった線状パターンを形成する際には、エッジポジションエラーの発生が避けられない。
このようなエッジポジションエラーを低減する方法として、小山の位置もしくは高さのバリエーションを増やす対策が考えられる。たとえば、画素ピッチdをより小さく設定すれば、小山の位置をよりきめ細かく設定することができるようになり、所望の形状をもった大山MMを作成しやすくなる。たとえば、画素ピッチd=1nmに設定すれば、53.0nmの線幅をもった正確なパターン形成が可能である。しかしながら、画素ピッチdを小さく設定することは、照射基準点Qのピッチも小さく設定することになるため、全体的な描画時間が増加するという問題が生じることになる。
一方、画素値のダイナミックレンジをより広く設定すれば、小山の高さをよりきめ細かく設定することができるようになり、やはり所望の形状をもった大山MMを作成しやすくなる。たとえば、図4に示す例は、4ビットの画素値0〜15を用いることにより、高さ0を含めて、合計16通りの山の高さを設定している。これに対して、8ビットの画素値0〜255を用いるようにすれば、高さ0を含めて、合計256通りの山の高さを設定することができる。しかしながら、画素値の最大値が255になると、最大画素値255が付与された画素に対応する照射基準点Qには、合計255回もの電子ビーム照射を行う必要が生じるため、やはり全体的な描画時間が増加するという問題が生じることになる。
このような問題を抱えているため、従来は、実用的な描画時間で描画プロセスが完了するように、画素ピッチdや画素値のダイナミックレンジを妥当な値に設定し、エッジポジションエラーの発生により、ある程度の寸法誤差が生じたとしても、これを甘受せざるを得なかった。たとえば、設計線幅が53.0nmの線状パターンを形成するための描画データを用いることにより、実際の線幅が52.7nmである線状パターンが得られる場合、nm単位の精度が得られれば十分なケースでは、0.3nmという寸法誤差は実用上支障が生じない許容範囲に入ることになる。しかしながら、サブnm単位の精度が必要なケースでは、0.3nmという寸法誤差の発生は問題になる。
本発明は、このような問題に対処するための新たな手法を提案するものである。上例のケースに本発明を適用すれば、画素ピッチd=10nm、画素値のダイナミックレンジp=0〜15という設定を変えることなしに、設計線幅が53.0nmの線状パターンを形成するための描画データに若干の補正を施すことにより、実際の線幅が53.0nmである線状パターンを得ることができるようになる。
このように、本発明は、微細なパターンについても精度の高いパターン形成が可能になるマルチビーム電子線描画装置を用いた新たなパターニング方法を提案するものであり、そのようなパターニング方法への利用に適した新たな補正技術を提案するものである。以下、その詳細を§3以降で説明する。
<<< §3. 本発明に係るパターニング方法の基本手順 >>>
ここでは、本発明に係るマルチビーム電子線描画装置を用いたパターニング方法の基本手順を、図10の流れ図を参照しながら説明する。この基本手順は、マルチビーム電子線描画装置を用いて被成形層に所定の線状パターンを露光描画し、当該被成形層に対する成形を行うパターニング方法の手順であり、図示のとおり、ステップS1〜S5の各処理から構成されている。このパターニング方法の実体となる処理段階は、原描画データ作成段階(ステップS1)、試行線幅認識段階(ステップS2)、描画データ補正段階(ステップS4)、実パターニング段階(ステップS5)の4段階であり、ステップS3は、ステップS2の試行線幅認識段階における認識結果に基づいて、ステップS4の描画データ補正段階を実行するか否かを決定する判定ステップになっている。
ここで、ステップS1の原描画データ作成段階およびステップS5の実パターニング段階は、従来のパターニング方法においても実施されていた段階である。本発明に係るパターニング方法の特徴は、これらの段階の間に、ステップS2〜S4によって構成される描画データ補正方法の手順を挿入した点にある。
ステップS1の原描画データ作成段階は、所定の設計線幅をもった線状パターンを露光するための描画データを作成する段階であり、ここでは、このステップS1において作成された当初の描画データを「原描画データ」と呼ぶことにする。この原描画データをそのまま用いてステップS5の実パターニング段階を実行すると、前述したエッジポジションエラーに基づく寸法誤差が発生する可能性がある。そこで、本発明では、ステップS2〜S4の描画データ補正方法を実行し、原描画データに対して補正を施し、寸法誤差の低減を図ることになる。
ここに示す実施例の場合、ステップS1の原描画データ作成段階は、図示のとおり、ベクトル形式の図形データ作成処理(ステップS1a)とラスタライズ処理(ステップS1b)とによって構成される。以下、図8に例示した線幅Da=53nmの線状パターンについての原描画データを作成する場合について、これら各処理の具体的内容を説明する。
まず、ステップS1aのベクトル形式の図形データ作成処理では、原描画データのもとになるベクトル形式の図形データが作成される。図8(a) にハッチングを施して示す領域aからなる線状パターンは、矩形図形によって構成されているので、その4頂点の位置を示す座標値によって表現することができる。したがって、ステップS1aでは、4頂点の座標値からなるベクトル形式の図形データが作成されることになる。
もちろん、半導体デバイスの製造プロセスなどでは、実際には、被成形層上に非常に複雑なパターンを形成することになるが、ここでは、説明の便宜上、図8(a) に示すような1本の線状パターンのみを形成する場合を例にとって、以下の説明を行うことにする。要するに、ステップS1aでは、所定の設計線幅(図8(a) に示す例の場合、設計線幅Da=53nm)をもった線状パターンをベクトル形式で表現した図形データが作成されることになる。本願では、この設計線幅を記号Wdで表すことにする。ステップS2〜S4において行う補正の目的は、実パターニング段階S5によって実際に形成される物理的パターンの線幅が、この設計線幅Wdに一致するようにすることにある。
続くステップS1bでは、ステップS1aで作成されたベクトル形式の図形データを、ラスター形式のデータに変換するラスタライズ処理を行うことにより、二次元画素配列によって構成される原描画データが作成される。図11は、このベクトル形式の図形データに基づいて、ラスタライズ処理を行う原理を説明する平面図である。図示のとおり、露光対象面上に定義されたXY座標系上に二次元画素配列を定義し、この二次元画素配列上に、ステップS1aで作成された図形データで表される線状パターンを配置する。図において、ハッチングを施した矩形図形Fは、この線状パターンを構成する矩形である。ここでは、これまで述べてきた例と同様に、X軸方向およびY軸方向の画素ピッチdが、いずれも10nmであるものとする。
図11に示す例の場合、矩形図形Fは、4頂点A1〜A4によって画定される図形であり、ベクトル形式の図形データは、4組の座標値A1(x1,y1),A2(x2,y1),A3(x1,y2),A4(x2,y2)を示すデータによって構成される。§2で述べたように、一般的なマルチビーム電子線描画装置を用いたパターニングプロセスの場合、線状パターンの輪郭線が画素の輪郭に一致するような設計を行い、標準パターニング条件でパターニングを行うと、寸法誤差のない正確なパターンを形成することができる。そこで、図11に示す例の場合、線状パターンの左側輪郭線の位置を示す座標値x1が画素の輪郭に一致するような設計を行っている。ただ、この例では、設計線幅Wd=53nmであり、画素ピッチdの整数倍ではないので、線状パターンの右側輪郭線の位置を示す座標値x2は、画素の輪郭には一致しない。
ステップS1bのラスタライズ処理は、図11に示すように、二次元画素配列上に線状パターンFを配置した上で、個々の画素に次のような規則で所定の画素値を付与することにより行うことができる。すなわち、付与する画素値として、0〜Mの範囲内の値を用いるように定め(但し、Mは2以上の整数)、線状パターンF内に完全に含まれる完全画素については画素値Mを、線状パターンFを全く含まない空画素については画素値0を、線状パターンFを部分的に含む不完全画素については線状パターンFの含有率に応じて定まる0〜Mの階調値(0およびMを含む)を、それぞれ画素値として決定する処理を行えばよい。
結局、ステップS1の原描画データ作成段階では、露光対象面に縦横にそれぞれ所定ピッチdで配置された多数の照射基準点Qを定義し、それぞれ対応する照射基準点Qに照射すべき電子線強度を示す画素値をもった二次元画素配列によって構成される原描画データを作成する処理が行われることになる。
ここで、画素値の最大値M(画素値のダイナミックレンジ)は、2以上の任意の整数に設定することができる。ただ、M=2に設定した場合、露光量0、露光量1,露光量2という3段階の調節しかできず、高さ0を含めて3段階の高さをもった小山Mを合成することにより大山MMを作成することになる。したがって、大山MMの形状をできるだけ自由に定義できるようにし、エッジポジションエラーを低減させるという観点では、画素値の最大値Mをできるだけ大きな値に設定し、小山Mの高さのバリエーションを増やすようにするのが好ましい。
しかしながら、§2でも述べたとおり、画素値の最大値Mが大きくなればなるほど、同一の照射基準点Qに対する総露光回数を増やす必要があるため、全体的な描画時間が増加するという問題が生じる。そこで、実際には、画素値の最大値Mは、実用的な描画時間の範囲内で描画プロセスが完了するような妥当な値に設定することになる。ここでは、§2で述べた例と同様に、M=15に設定し、個々の画素値として4ビットのデータ(0〜15)を付与する例を述べることにする。
図12は、図11に示す線状パターンFを構成する図形データに対して、ステップS1bのラスタライズ処理を施すことにより得られた原描画データを構成する二次元画素配列を示す平面図である。上述した規則に基づいて個々の画素に所定の画素値を付与すると、画素列X3〜X7に所属する画素は、線状パターンF内に完全に含まれる完全画素であるため画素値15が与えられ、画素列X1,X2,X9,X10に所属する画素は、線状パターンFを全く含まない空画素であるため画素値0が与えられ、画素列X8に所属する画素は、線状パターンFを部分的に含む不完全画素であるため、線状パターンFの含有率に応じて定まる0〜15の階調値が与えられる。
図示の例の場合、不完全画素の含有率は4.5(15×3/10)であるため、画素列X8に所属する画素のうち、奇数行目の画素については画素値4を与え、偶数行目の画素については画素値5を与えることにより、平均値が4.5になるような工夫を施している。§2でも述べたとおり、このような工夫を施すと、実際に形成される物理的な線状パターンの輪郭線は微小な波線になるが、実用上はほぼ直線とみなすことができ、支障は生じない。なお、含有率が0に近い極めて小さい値の場合は画素値0、含有率が1に近い極めて大きい値の場合は画素値15が与えられることになるので、不完全画素に付与する画素値は、0および15を含めた0〜15の階調値ということになる。
この図12に示す画素配列からなる原描画データをそのまま用いて、ステップS5の実パターニング段階を実行すると、エッジポジションエラーが生じ、実際に形成される物理的パターンに寸法誤差が生じることになる。そこで、ステップS2〜S4に示す補正プロセス(本発明に係る描画データ補正方法)が行われる。
まず、ステップS2の試行線幅認識段階では、特定の描画データを試行描画データとしてマルチビーム電子線描画装置に与えたと仮定して、特定のパターニング条件で特定の被成形層に対する露光および現像を行ったと仮定した場合に、残存する被成形層により形成される線状パターンの線幅をシミュレーションにより測定する。そして、得られた線幅を上記試行描画データについての試行線幅と認識する処理が行われる。この処理は、あくまでもコンピュータを用いたシミュレーションとして行われる処理であり、マルチビーム電子線描画装置により実際の電子線照射プロセスが行われるわけではなく、また、描画結果に基づいて実際に現像プロセスが行われるわけでもない。これらの各プロセスは、コンピュータ上のシミュレーションとして実行されることになる。
具体的には、ステップS2の試行線幅認識段階は、図示のとおり、電子線照射プロセスシミュレーション(ステップS2a)と、現像プロセスシミュレーション(ステップS2b)とによって構成され、予め定められた所定のパターニング条件と、与えられた試行描画データに基づく演算処理として、コンピュータにより実行されることになる。ここで定めるパターニング条件には、ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションで用いる露光条件と、ステップS2bの現像プロセスシミュレーションで用いる現像条件とが含まれている。
まず、ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションでは、与えられた試行描画データと、パターニング条件に含まれている露光条件と、に基づいて、被成形層上の露光対象面における電子線照射プロセスのシミュレートが行われる。§1では、マルチビーム電子線描画装置による描画原理を説明したが、ステップS2aのシミュレーションは、この描画原理に基づく描画プロセスを、コンピュータ上で仮想的に実行する処理ということになる。
具体的には、露光条件として、ステップS5の実パターニング段階で用いる実際の電子線描画装置の個々の電子ビームの径Dおよび強度を設定しておけば、図12に示す描画データを試行描画データとして電子線照射プロセスを実行した場合に露光対象面上に得られる二次元的な露光強度分布をコンピュータシミュレーションにより得ることができる。個々の電子ビームのエネルギー密度は、図2に示すようなガウスの誤差関数に応じた分布をとることになるので、実際の露光条件は、このガウスの誤差関数に応じた分布を示すグラフMのピーク値と分散を示すデータによって表現することができる。ピーク値と分散が定まれば、ガウス分布曲線は一義的に定まるため、ビーム径Dやスポット内の個々の位置の露光強度も定まる(要するに、1本の電子ビームの強度とブラーが定まることになる)。したがって、この露光条件と試行描画データとに基づいて、電子線照射プロセスシミュレーションを行うことができる。
たとえば、図12に示す描画データが試行描画データとして与えられた場合、1行目の画素行Y1を構成する各画素は、図9(b) に示す画素P1〜P10と同じものであるから、これらの各画素の画素値に基づいて、照射基準点Q1〜Q10に対して、図9(c) に示すような露光強度分布グラフM1〜M10(小山)に相当する強度分布をもった電子ビームが照射されることになり、X軸方向に関する一次元的な総露光強度分布として、図9(c) のグラフMM(大山)が得られることになる。実際には、Y軸方向への分布も考慮した二次元的な総露光強度分布を求めるシミュレーションが行われ、露光対象面を構成するXY平面上の各位置における総露光強度が演算されることになる。
もっとも、総露光強度(大山MMの高さ)を求める実際の演算は、露光対象面(XY平面)上に離散的に定義された有限個の演算点についてのみ行われ、各演算点間の任意の点についての総露光強度は、近隣の演算点について求めた総露光強度に基づく補間演算によって求めるようにすればよい。
すなわち、ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションでは、個々の照射基準点Qを中心とする所定の照射領域(スポット径φをもつ円形領域)内に、対応する画素の画素値に応じたピークを有するガウスの誤差関数に応じた分布(露光条件によって定められた分布)にしたがった強度分布をもつビームがそれぞれ照射されるものとして、露光対象面上に離散的に定義された演算点もしくはその近傍領域についてそれぞれ複数のビームの重畳露光に基づく総露光強度を求める演算を行えばよい。当該演算は、複数の小山Mについての畳み込み和により大山MMを求める演算ということになる。
なお、総露光強度(大山MMの高さ)の演算を行うべき演算点は、露光対象面上に離散的に配置された点として任意に設定することができるが、実用上は、個々の照射基準点Q(すなわち、試行描画データを構成する個々の画素の中心点)をそのまま演算点に設定すれば十分である。もちろん、全部の照射基準点Qをそれぞれ演算点に設定するようにしてもよいが、一部を間引きして、一部の照射基準点Qのみを演算点に設定するようにしてもかまわない。逆に、全部の照射基準点Qを演算点にするとともに、更に、それらの間を補間して得られる補間点を付加的な演算点として加えるようにしてもよい。なお、各演算点(照射基準点Q)についての総露光強度は、当該点Qに対する強度値だけを求めてもよいし、点Qを含む画素領域全体の面に対する強度値を求めてもよい。
図13は、ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションの結果として得られる総露光強度分布を示す二次元画素配列を示す平面図である。この例は、図12に示す画素配列(縦横の画素ピッチd=10nm)を試行描画データとして与え、露光対象面上に径φ=40nmの円形照射スポットが形成されるような露光条件を設定したときに得られる総露光強度分布を示している。個々の照射基準点Qをそれぞれ演算点に設定した演算を行っているため、この図13に示す画素配列の縦横の画素ピッチdは、図12に示す画素配列と同様にd=10nmであり、個々の画素の画素値は、当該画素の中心に位置する照射基準点Q(すなわち、演算点)における総露光強度(大山MMの高さ)を示す数値になる。
なお、図13に示す例の場合、個々の画素の画素値として示されている総露光強度は、最小値が0、最大値が255となるように、256段階の値に規格化された値になっており、図13に示す画素配列は、8ビットの画素値をもつ階調画像を構成している。この例の場合、画素ピッチd=10nmに対して、ビームのスポット径φがφ=40nmに設定されているため、ある1つの照射基準点Q(演算点)における総露光強度(大山MMの高さ)を算出するには、その周囲25画素の画素値を考慮した畳み込み和演算が必要になる。
たとえば、図13に示す画素配列における行Y3、列X3の画素の画素値「191」は、図12に示す画素配列における行Y1〜Y5、列X1〜X5の位置に配置された合計25個の画素の画素値に基づく畳み込み和演算の結果を、所定のルールで規格化した値として算出される。すなわち、これら25個の画素について、その中心位置に、それぞれ当該画素の画素値をピークとする二次元的な露光強度分布グラフ(小山)を配置し、これら25個の小山を合成して得られる総露光強度分布グラフ(大山)の、行Y3、列X3の画素の中心位置における高さを規格化した値が画素値「191」ということになる。図13に示す画素配列は、個々の画素のそれぞれについて同様の演算を行った結果であり、離散的な演算点(各画素の中心位置)における総露光強度(大山MMの高さ)を示している。
なお、図12に示す試行描画データでは、画素列X8が画素値4,5を交互に配したものになっており、奇数行と偶数行とについて、画素値の相違が生じている。これに対して、図13に示す画素配列では、畳み込み和演算により隣接する画素の画素値が平均化され、奇数行と偶数行とについて、画素値の相違は生じていない。したがって、このシミュレーションでは、結果的に、得られる線状パターンの左右の輪郭線はいずれも直線になる。
こうして、離散的に定義された個々の演算点についての総露光強度が得られれば、必要に応じて、各演算点の間に存在する任意の位置における総露光強度を、近傍の演算点について求めた総露光強度に基づく補間演算によって求めることが可能である。たとえば、図13に示す画素配列において、第i列第j行目に配置された画素を画素P[X(i) ,Y(j) ]と呼ぶことにし、当該画素の中心点を演算点Q[X(i) ,Y(j) ]と呼ぶことにすれば、4つの演算点Q[X(i) ,Y(j) ],Q[X(i+1) ,Y(j) ],Q[X(i) ,Y(j+1) ],Q[X(i+1) ,Y(j+1) ]を4頂点とする正方形内の任意の点の画素値は、4つの画素P[X(i) ,Y(j) ],P[X(i+1) ,Y(j) ],P[X(i) ,Y(j+1) ],P[X(i+1) ,Y(j+1) ]の画素値に基づく補間により決定することができる。
図14に示す折れ線状のグラフMMは、図13の第1行目Y1を構成する個々の画素の画素値をX軸上の対応位置にプロットし、これらの間を線形補間して得られたものである。すなわち、図14のグラフにおける横軸(X軸)は、図13の画素配列における横方向の位置に対応し、縦軸は、0〜255の範囲内に規格化された総露光強度に対応する。また、X1〜X10の符号を付して示す黒点は、図13の第Y1行目の第X1列目〜第X10列目の画素の画素値をプロットした点である。折れ線状のグラフMMは、これら離散的にプロットされた点の間を単純な線形補正によって補間することにより得られたグラフであり、総露光強度のX軸方向に関する分布を示すグラフ(大山)ということになる。
図13の第2行目Y2〜第8行目Y8のそれぞれについても、線形補間を行うことにより、図14と同様のX軸方向に関する分布グラフ(大山)を作成することが可能である。更に、これら各行について求めた8組のX軸方向に関する分布グラフに基づいて、Y軸方向に関する補間演算を行えば、二次元的な分布グラフを作成することができる。もっとも、図示の例のように、単一の設計線幅Wdをもった線状パターンについてのシミュレーションでは、Y軸方向に関するいずれか1つの位置において、図14に示すような総露光強度の分布グラフが得られれば、現像プロセスのシミュレーションを行う上では十分である。
図14に示す例のように、一次元的な分布グラフにおいて、単純な線形補間を行うと、離散的なプロット点間を直線で結ぶ処理が行われ、図示のような折れ線状のグラフMMが得られることになる。もし、より高い寸法精度をもったパターニング処理を行うために、より高い精度でシミュレーションを行う必要がある場合には、線形補間の代わりに、曲線を用いたより高度な補間を行うようにすればよい。
こうして得られた図14に示すグラフMMは、図9(c) に示す総露光強度の分布グラフ(大山)をシミュレーションによって求めた結果ということになる。そこで、この総露光強度の分布グラフを利用して、ステップS2bの現像プロセスシミュレーション行えば、試行線幅Wtを認識することができる。この現像プロセスシミュレーションは、原理的には、パターニング条件に含まれている現像条件に基づいて、被成形層の現像プロセスをシミュレートする手順ということになる。ただ、実際には、図14に示すように、ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションで得られたグラフMMについて、所定の閾値Ethを設定し、グラフMMの閾値Ethのレベルにおける幅Wtを認識することができれば、現像プロセスシミュレーションは完了である。
このようにして求められたグラフMMの幅Wtが、試行線幅Wtということになる。この試行線幅Wtは、図12に示す試行描画データを、実際のマルチビーム電子線描画装置に与えて、特定の露光条件で特定の被成形層に対する露光を行い、更に、特定の現像条件で現像を行った場合に、実際に得られるであろう物理的な線状パターンの線幅のシミュレーションによる予測値ということになる。
試行線幅Wtを求めるための閾値Ethは、予め与えられた現像条件に基づいて決定することができる。具体的には、実際に被成形層として用いられる材料(レジスト材料)と、実際の現像処理に用いられる現像液の材料とを考慮し、更に、現像時間や現像液の温度などの現像環境を考慮し、更に、電子線照射プロセスシミュレーションにおいて規格化された総露光強度と絶対的な露光強度(たとえば、J/平方mmの単位)との関係を考慮すれば、現像プロセスにおいて現像液に溶解する組成を得るための露光強度(ポジ型レジストの場合)もしくは現像プロセスにおいて現像液に溶解しない組成を得るための露光強度(ネガ型レジストの場合)の臨界値を、0〜255の範囲に規格化された露光強度の尺度において、閾値Ethとして決定することができる。
このような方法で閾値Ethが決定できれば、図14に折れ線グラフとして示されている総露光強度分布グラフMM(大山)と、閾値Ethのレベルを示す水平破線とが交わる2つの交点間距離として、試行線幅Wtを測定することができる。図10に示すステップS2bの現像プロセスシミュレーションは、このような手順で、試行線幅Wtを測定する処理であり、要するに、総露光強度が所定の閾値Eth以上となる領域を露光領域a、総露光強度が所定の閾値Eth未満となる領域を非露光領域bとし、露光領域aの幅を試行線幅Wtとして認識する処理が行われることになる。
こうして、ステップS2の試行線幅認識段階において、特定の試行描画データについての試行線幅Wtが認識できると、続くステップS3において、所定の補正完了条件が満足されているか否かが判定される。ここで、補正完了条件が満足されていないと判定されると、ステップS4の描画データ補正段階が行われる。
この描画データ補正段階では、ステップS1の原描画データ作成段階で定められた設計線幅Wdと、ステップS2の試行線幅認識段階で認識された試行線幅Wtとの差を寸法誤差δとして、当該寸法誤差δを修正するために、現時点での試行描画データ(ステップS2aの電子線照射プロセスシミュレーションで用いられた描画データ)に対する補正を行い、補正描画データを作成する処理が行われる。描画データ補正段階で行われる具体的な補正の手順については、§4において詳述する。
ステップS4の描画データ補正段階において、補正描画データが作成されると、当該補正データを新たな試行描画データとして、ステップS2の試行線幅認識段階が実行される。結局、図10の流れ図に示す描画データ補正方法では、ステップS2の試行線幅認識段階と、ステップS4の描画データ補正段階とが、ステップS3で所定の補正完了条件が満たされたと判定されるまで繰り返し実行されることになる。
このとき、ステップS2の試行線幅認識段階では、ステップS1の原描画データ作成段階で作成された原描画データを最初の試行描画データとして、以後、前回の描画データ補正段階で作成された補正描画データを新たな試行描画データとして、上述した試行線幅Wtを認識する処理が行われることになる。別言すれば、ステップS1からステップS2へ移行した場合には、原描画データを試行描画データとして試行線幅Wtを認識する処理が行われる。これに対して、ステップS4からステップS2へ移行した場合には、ステップS4において作成された補正描画データを試行描画データとして試行線幅Wtを認識する処理が行われる。
このように、本発明に係る描画データ補正方法では、ステップS2,S3,S4の手順を一連の巡回手順として、当該巡回手順を、所定の補正完了条件が満たされるまで繰り返し実行してゆくことになる。§4で詳述するように、ステップS4の描画データ補正段階では、描画データに含まれている線状パターンの輪郭線近傍の画素の画素値を試行錯誤的に1段階だけ修正する処理が行われる。こうして、ステップS4の描画データ補正段階で、1段階の画素値修正を行っては、ステップS2の試行線幅認識段階で、当該修正後の描画データについての試行線幅Wtを認識する、というプロセスが試行錯誤的に繰り返し実行されてゆき、ステップS3において、補正完了条件が満たされたと判定された時点で、ステップS5へと進み、実パターニング段階が実行されることになる。
すなわち、ステップS3において、補正完了条件が満たされたと判定された場合、その時点の試行描画データを最終描画データとし、この最終描画データを用いてステップS5の実パターニング段階が実行されることになる。実パターニング段階では、当該最終描画データをマルチビーム電子線描画装置に与えて、特定のパターニング条件(ステップS2の各シミュレーションで用いた露光条件および現像条件)で、実際に被成形層に対する露光および現像を行い、残存した被成形層により線状パターンを形成する処理が行われる。
たとえば、図10の流れ図に示すパターニング方法を、フォトマスクの製造方法に利用するのであれば、透明な支持基板上に遮光膜を形成し、その上面にレジスト層を形成し、当該レジスト層を被成形層として、図10の流れ図に示すパターニング方法を実行し、レジスト層に対するパターニングを行い、残存したレジスト層を保護膜とするエッチングにより遮光膜に対するパターニングを行うようにすればよい。
なお、ステップS3において判定すべき補正完了条件としては、予め所定の許容値ε(但し、ε≧0)を設定しておき、ステップS1の原描画データ作成段階で定められた設計線幅Wdと、ステップS2の試行線幅認識段階で認識された試行線幅Wtとの差を寸法誤差δと定義したときに、寸法誤差δの絶対値|δ|が、|δ|≦εとなる条件を設定しておけばよい。
そうすれば、寸法誤差δの絶対値|δ|が許容値ε以下になるまで、ステップS3では否定的な判定がなされ、ステップS2,S3,S4の一連の巡回手順が繰り返し実行されることになる。ステップS3で肯定的な判定がなされた場合は、その直前のステップS2における試行線幅認識段階で認識された試行線幅Wtについての寸法誤差δの絶対値|δ|が、許容値ε以下になったことになるので、その時点の試行描画データを最終描画データとしてステップS5の実パターニング段階を実行すれば、実際に形成される物理的な線状パターンの実際の線幅の寸法誤差の絶対値も、許容値ε以下になるはずである。
<<< §4. 描画データ補正段階で行われる補正の基本手順 >>>
ここでは、図10の流れ図に示されているステップS4の描画データ補正段階で行われる補正の基本手順を説明する。この描画データ補正段階は、ステップS1の原描画データ作成段階で設定された設計線幅Wdと、ステップS2の試行線幅認識段階で認識された試行線幅Wtとの差に相当する寸法誤差δを修正することを目的とする段階であり、試行線幅Wtの認識対象となった現時点での試行描画データに対する補正を行い、補正描画データを作成する処理が行われる。
前述したとおり、最初は、ステップS1の原描画データ作成段階で作成された原描画データを試行描画データとして、ステップS4の描画データ補正段階が行われ、その後は、補正により得られた補正描画データを新たな試行描画データとして、ステップS2〜S4の処理が繰り返し実行される。したがって、ステップS4の描画データ補正段階を経るたびに、試行描画データは毎回補正されてゆき、寸法誤差δは徐々に修正されてゆくことになる。
試行描画データの実体は画素配列であるから、試行描画データに対する補正は、当該画素配列を構成する個々の画素の画素値を修正することによって行われる。ここでは、図15に示す具体的な画素配列を例にとって、試行描画データに対する補正の基本手順を説明する。この図15に示す画素配列は、図12に示す原描画データを構成する画素配列と全く同じものであり、縦横の画素ピッチをd=10nmとし、設計線幅Wd=53nmの線状パターンを形成するために、ステップS1の原描画データ作成段階で作成された原描画データに相当するものである。
このように、画素ピッチdに満たないサブピクセルレベルの端数寸法(上例の場合は、3nmの部分)の線幅をもった線状パターンを形成する場合には、輪郭線の内側直近部における当該端数寸法に相当する画素について、中間的な画素値を与えるようにすることは、既に§2で説明したとおりである。線状パターンを構成する画素は、線状パターン内に完全に含まれる完全画素と線状パターンを部分的に含む不完全画素とによって構成され、図示の例の場合、完全画素には画素値p=15が与えられ、不完全画素には画素値p=4もしくはp=5が与えられている。また、図示の線状パターンの場合、左側輪郭線は画素の輪郭に一致する位置(画素列X2とX3との境界位置)に配置されているため、線幅50nmの寸法部分(画素ピッチdの整数倍の部分)は完全画素からなる画素列X3〜X7によって表現され、線幅3nmの端数部分は不完全画素からなる画素列X8によって表現される。
本願では、原描画データを構成する二次元画素配列について、線状パターンの長手方向に沿った輪郭線の内側直近部を含む画素列を端部画素列と定義し、当該端部画素列に対して線状パターンの外側方向の近傍に位置する画素列を補正画素列と定義し、左右の端部画素列に挟まれた部分を内部画素列と定義する。具体的には、空白画素(画素値p=0が付与されている画素)のみから構成されている画素列と、空白画素以外の画素が含まれている画素列とが隣接している箇所を特定し、これらの隣接画素列のうち、後者の画素列を端部画素列と認識する処理を行えばよい。
したがって、図15に示す例の場合、線状パターンの左側輪郭線近傍に関しては、画素列X3が端部画素列になり、その左側に位置する画素列X2が第1番目の補正画素列、更にその左側に位置する画素列X1が第2番目の補正画素列になる。同様に、線状パターンの右側輪郭線近傍に関しては、画素列X8が端部画素列になり、その右側に位置する画素列X9が第1番目の補正画素列、更にその右側に位置する画素列X10が第2番目の補正画素列になる。そして、これらに挟まれた画素列X4〜X7が内部画素列ということになる。必要に応じて、第2番目の補正画素列の更に外側に、第3番目、第4番目、... の補正画素列を定義することができる。
本発明に係る描画データ補正段階の特徴は、基本的に、これら補正画素列X1,X2,X9,X10を構成する画素の画素値を修正する処理を行う点にある(後述するように、寸法誤差δが正の場合には、最初だけ、端部画素列の画素値を修正する処理が行われる)。もちろん、原理的には、端部画素列X3,X8の画素値を修正する処理を行うことも可能であるが、個々の画素値は量子化されているため、この量子化の制約下で端部画素列の画素値を修正して、線幅に関する寸法誤差を補正することは適切ではない。
たとえば、図15に示す例の場合、設計線幅はWd=53nmであるが、エッジポジションエラーの発生により、実際に得られる物理パターンの線幅(すなわち、ステップS2の試行線幅認識段階によって認識される試行線幅Wt)は52.7nmになってしまうことは、既に§2で説明したとおりである。この場合、不足分の線幅0.3(寸法誤差)を補うために、端部画素列X8の画素値を若干増加させる補正を行うことも原理的には可能であるが、画素値は量子化されているため、1つの画素の画素値をp=4.5のような値に修正することはできない。
したがって、もし図15に示す端部画素列X8の画素値を修正して線幅を増加させる補正を行うことにすると、現在の「45454545」といった画素値の配列を、たとえば、「45545545」のような配列に修正する手法を採らざるを得ない。ところが、このような修正手法を採ると、数値4と5が交互に出現する規則的パターンが崩れ、実際に形成される物理的な線状パターンの輪郭線が不規則な波線になり、輪郭線をほぼ直線とみなすことができなくなる。また、上記修正手法による線幅補正には限度があり、必ずしも十分な補正が可能になるわけではない。
本発明の重要な着眼点は、基本的に、端部画素列の外側に位置する補正画素列の画素値に対して修正を施す点にある。たとえば、図15に示す例の場合、線状パターンの右側に対して補正を行うのであれば、端部画素列X8の画素値を修正する代わりに、その外側に位置する補正画素列X9,X10の画素値に対して修正を施せばよい。あるいは、線状パターンの左側に対して補正を行うのであれば、端部画素列X3の画素値を修正する代わりに、その外側に位置する補正画素列X2,X1の画素値に対して修正を施すようにしてもかまわない。
要するに、描画データ補正段階では、原描画データを構成する二次元画素配列について、線状パターンの長手方向に沿った輪郭線の内側直近部を含む画素列を端部画素列と定義し、当該端部画素列に対して線状パターンの外側方向の近傍に位置する画素列を補正画素列と定義したときに、当該補正画素列を構成する画素の画素値を修正する処理を行うことにより、補正描画データを作成すればよい。このように、端部画素列に隣接する補正画素列に対して補正を行うと、微細なパターンについても精度の高いパターン形成が可能になるような補正を行うことができる。
一般論として述べれば、本発明は、被成形層に所定のパターンを露光描画する機能をもったマルチビーム電子線描画装置に与える描画データを補正するための新規な補正方法を提供するものである。当該マルチビーム電子線描画装置用描画データの補正方法は、二次元画素配列上に線状パターンを配置したときに、当該線状パターン内に完全に含まれる完全画素については画素値M(Mは2以上の整数)を、当該線状パターンを全く含まない空画素については画素値0を、当該線状パターンを部分的に含む不完全画素については線状パターンの含有率に応じて定まる0〜Mの階調値(0およびMを含む)を、それぞれ画素値として与えることにより、線状パターンを二次元画素配列として表現した補正対象描画データを入力するデータ入力段階と、この二次元画素配列について、線状パターンの長手方向に沿った輪郭線の内側直近部を含む画素列を端部画素列と定義し、当該端部画素列に対して線状パターンの外側方向の近傍に位置する画素列を補正画素列と定義したときに、補正画素列を構成する画素の画素値を修正する処理を行うことにより、線状パターンの線幅に関する補正を行う描画データ補正段階と、によって構成されることになる。
図16は、右側に対して補正を行った例であり、具体的には、第1番目の補正画素列X9の画素値に対して補正を行った例である。すなわち、図15に示す原描画データの場合、補正画素列X9の画素値は「00000000」であるが、図16に示す補正描画データの場合、補正画素列X9の画素値は「11111111」になっている。一方、ここに示す例の場合、露光条件に基づいて定まる電子線ビームのスポット径がφ=40nmであるのに対して、線状パターンの線幅方向の画素ピッチがd=10nmに設定されている。
このように、電子線ビームのスポット径φと、線状パターンの線幅方向の画素ピッチdとの関係が、φ>dとなるように設定されている場合、画素値0が付与されている補正画素列の画素値に対して増加する修正を行うことにより、線状パターンの線幅に対する効果的な補正を行うことができる。これは、補正画素列を構成する画素についての照射基準点Qに照射される電子ビームにより、露光強度の修正が行われるためである。すなわち、補正画素列を構成する画素によって生じる露光強度分布グラフ(小山)の裾野部分が線状パターンの輪郭近傍にかかるため、当該輪郭近傍の総露光強度を補正することができ、実際に形成される線幅を補正することができるのである。
たとえば、図15に示す原描画データを用いた描画処理では、補正画素列X9の画素値はいずれもp=0であり、これらの画素に対する電子線ビーム照射は行われない。これに対して、図16に示す補正描画データを用いた描画処理では、補正画素列X9の画素値はいずれもp=1になっているため、これらの画素に対して、画素値p=1に対応する強度をもった電子ビーム照射が行われ、線状パターンの右側輪郭近傍の露光量が増加補正されることになる。
図17は、設計線幅Wd=53nmの描画データについての補正前後のシミュレーションの結果を示す総露光強度の分布グラフである。すなわち、実線で示すグラフMMは、補正前の原描画データ(図15の画素配列で示されるデータ)を用いて、図10のステップS2に示す試行線幅認識段階を行った結果を示している(図14のグラフMMと同じものである)。前述したように、この実線のグラフMMに基づいて得られる試行線幅はWt=52.7nmになる。ここで、設計線幅をWd、試行線幅をWtとして、寸法誤差δを、δ=Wt−Wdと定義すれば、上例の場合、寸法誤差δ=−0.3nmであり、設計線幅に対して、0.3nmだけ足りないことを示している。
一方、図17に破線で示すグラフMM′は、図16に示す補正描画データ(補正画素列X9の画素値を「11111111」に修正した描画データ)を用いて、図10のステップS2に示す試行線幅認識段階を行った結果を示している。この破線のグラフMM′に基づいて得られる試行線幅は、Wt′=53.0nmであり、設計線幅Wd=53nmに一致する。すなわち、寸法誤差δ=0という結果が得られている。このように、補正画素列を構成する画素の画素値を修正する処理は、寸法誤差δを低減させる上で効果的である。
以上、線状パターンの右側輪郭線の近傍に位置する補正画素列に対する画素値の修正を行って、線幅の補正を行う例を示したが、逆に、線状パターンの左側輪郭線の近傍に位置する補正画素列に対する画素値の修正を行って、線幅の補正を行うことも可能である。この場合、図15に示す第1番目の補正画素列X2の画素値を増加させる修正を行えばよい。
もっとも、図15に示す例の場合、左側の端部画素列X3は完全画素(画素値pとして最大値15が付与された画素)であるのに対して、右側の端部画素列X8は不完全画素(画素値pとして中間値4,5が付与された画素)であるため、実用上は、図16に示す例のように、右側輪郭線の近傍に位置する補正画素列X9に対する画素値修正を行った方が好ましい。これは前述したとおり、一般的なパターニングプロセスの場合、輪郭線が画素の輪郭に一致するような線状パターンを示す描画データを与えた場合に、寸法誤差のない正確なパターンが形成されるような設定が行われるためである。したがって、実用上は、図16に示すように、完全画素からなる左側の端部画素列X3(輪郭線が画素の輪郭に一致している側)については何ら修正を行わず、不完全画素からなる右側の端部画素列X8の外側に位置する補正画素列X9の画素値を修正するようにするのが好ましい。
こうして、図15に示す原描画データについては、補正画素列X9の画素値「00000000」を「11111111」に修正して、図16に示す補正描画データを作成する処理を行った時点で描画データ補正段階は完了する。すなわち、上記補正描画データを試行描画データとして試行線幅認識段階を行えば、図17に示すとおり、試行線幅は、Wt′=53.0nmとなり、設計線幅Wd=53nmに一致する結果が得られる。したがって、図10に示す流れ図のステップS3において、許容値ε=0として、寸法誤差δの絶対値|δ|が、|δ|=0となる条件を補正完了条件として設定しておいたとしても、ステップS4の描画データ補正段階を1回行うだけで補正は完了する。
結局、図10の流れ図に基づいて上記補正手順を具体的に説明すると、次のような手順が実行されることになる。まず、ステップS1の原描画データ作成段階において、図15に示す原描画データが作成され、続くステップS2の試行線幅認識段階において、当該原描画データを試行描画データとして試行線幅Wtの認識が行われる。この段階では、Wt=52.7nmという結果が得られるので、寸法誤差はδ=−0.3nmになる。そこで、ステップS3では、|δ|=0となる補正完了条件が満たされていないと判定され、ステップS4の描画データ補正段階が実行される。
この描画データ補正段階により、図16に示すような補正描画データが作成され、再び、ステップS2の試行線幅認識段階が実行される。その際、図16に示す補正描画データを新たな試行描画データとした処理が行われ、新たな試行線幅として、Wt′=53.0nmという結果が得られる。この時点で寸法誤差はδ=0になる。そこで、ステップS3では、|δ|=0となる補正完了条件が満たされたと判定され、ステップS5の実パターニング段階へと進むことになる。こうして、線幅の補正プロセスは完了し、図16に示す補正描画データを最終描画データとして、ステップS5の実パターニング段階が実行されることになる。
もっとも、ステップS4の描画データ補正段階を1回行っただけで、必ずしも補正完了条件が満たされるとは限らない。そこで実際には、補正画素列を構成する複数の画素の画素値を示すパターンとして、複数段階の画素値パターンを定義しておき、当該画素値パターンを用いて、補正画素列の画素値を段階的に修正する処理を行うようにすればよい。
図18は、このように段階的に定義された画素値パターンC0,C1,C2,... ,C15の一例を示す図である。個々の画素値パターンは、補正対象となる試行描画データを構成する画素配列の1列分の画素の画素値を並べたものであり、図の左から右に向かう順序に従って、一連の段階が定義されている。すなわち、左端に示す画素値パターンC0は最も低い第0段階目のパターンであり、図示の例の場合「00000000」なる数字を羅列したものになっている。続く画素値パターンC1は第1段階目のパターンであり、図示の例の場合「11111111」なる数字を羅列したものになっている。以下同様に、右向きの矢印で示すように段階が1段ずつ増加してゆき、右端に示す画素値パターンC15が最高位の段階になっている。
図10のステップS4の描画データ補正段階では、この図18に示す例のように、段階的に定義された画素値パターンによって、補正画素列の画素値パターンを1段階上のパターンに置き換える画素値修正を行えばよい。図15に示すとおり、原描画データの当初の補正画素列X9は、第0段階目のパターンC0「00000000」になっているので、ステップS4の描画データ補正段階では、まず、当該第0段階目のパターンC0を第1段階目のパターンC1「11111111」に置き換える画素値修正が実行される。図16に示す補正描画データは、このような画素値修正によって得られたものである。
上述したとおり、図16に示す補正描画データは、既に補正完了条件を満たすものになっているため、ステップS4の描画データ補正段階を1回行うだけで補正は完了するが、もし補正が不十分である場合には、ステップS2,S3を経て、ステップS4の描画データ補正段階が再び実行される。この場合、補正画素列X9の画素値は、第1段階目のパターンC1「11111111」から第2段階目のパターンC2「22222222」に修正されることになる。こうして、十分な補正が行われるまで、別言すれば、ステップS3において補正完了条件が満たされたと判定されるまで、ステップS4の描画データ補正段階が繰り返し実行され、補正画素列X9の画素値パターンを1段階ずつ増加させる画素値修正が行われる。
ただ、こうして画素値パターンを1段階だけ増加させてゆく画素値修正を行った場合、寸法誤差δの絶対値|δ|が、必ずしも徐々に減少してゆくとは限らない。たとえば、上例の場合、補正画素列X9の画素値を第8段階目のパターンC8「88888888」に修正すると、通常、寸法誤差δの絶対値|δ|は、修正前よりも大きくなってしまう。なぜなら、もし、補正画素列X9の画素値を「88888888」もしくはそれ以上の値に修正しなければ、設計線幅Wdを実現することができないのであれば、そもそもステップS1bのラスタライズ処理が不完全であったことになるからである。
すなわち、上例の場合、画素値は0〜15に量子化されているので、もし、補正画素列X9の画素値を「88888888」もしくはそれ以上の値(別言すれば、画素値のダイナミックレンジの半分を越える値)に修正しなければならない事態が発生するのであれば、それは端部画素列X8の画素値が不完全であったことになる。本来であれば、そのような事態が発生しないように、端部画素列X8の画素値はもう少し大きな値に設定されていなければならない。したがって、ステップS1bのラスタライズ処理が適切に行われていれば、補正画素列X9の画素値を「88888888」もしくはそれ以上の値に修正するような事態は生じないことになる。
このような点を考慮すると、所定の許容値ε(但し、ε≧0)に対して、寸法誤差δの絶対値|δ|が|δ|≦εとなる条件を補正完了条件として設定して、図10のステップS2,S3,S4の巡回手順を繰り返し実行してゆくと、やがて画素値修正後の絶対値|δ|が画素値修正前の絶対値|δ|よりも大きくなってしまうことになる。そのままステップS2,S3,S4の巡回手順を更に繰り返してゆくと、寸法誤差δの絶対値|δ|はどんどん大きくなってゆく。このような事態を避けるため、画素値修正後の絶対値|δ|が画素値修正前の絶対値|δ|よりも大きくなってしまった場合には、補正画素列の画素値パターンの段階を1段階減少させる逆の画素値修正を行って補正描画データを補正前の状態に戻し、この戻した状態において、当該補正画素列についての画素値修正処理を終了すればよい。
第1番目の補正画素列(端部画素列に隣接する画素列)に対する画素値修正のみを行う実施形態を採る場合は、こうして第1番目の補正画素列についての画素値修正処理が終了したときに、補正完了条件が満足されたものとして、ステップS3からステップS5の実パターニング段階へと移行するようにすればよい。この場合、画素値パターンの段階を1段階減少させる逆の画素値修正を行って補正前の状態に戻された描画データを最終描画データとして、ステップS5の実パターニング段階が実行されることになる。
たとえば、図16に示す例において、第1番目の補正画素列X9を「11111111」に修正しても、寸法誤差δの絶対値|δ|が許容値εを越えていたと仮定しよう。この場合、図18に示す段階的な画素値パターンを利用すれば、補正画素列X9は「22222222」に修正されることになる。ところが、「22222222」に修正したら、「11111111」の場合よりも絶対値|δ|がかえって大きくなってしまったとしよう。その場合は、ステップS4において、画素値パターンの段階を1段階減少させる逆の画素値修正を行い、補正画素列X9を「11111111」に戻す処理を行うようにし、第1番目の補正画素列X9についての画素値修正処理を終了すればよい。
第1番目の補正画素列X9についての画素値修正のみを行う実施形態を採る場合は、この時点で補正完了条件が満足されたものとして、ステップS3からステップS5の実パターニング段階へと移行し、補正画素列X9を「11111111」に戻した補正描画データを、最終描画データとして、ステップS5の実パターニング段階を実行すればよい。
ただ、ここで述べる実施形態では、こうして第1番目の補正画素列に対する画素値修正処理が完了したら、続いて、第2番目の補正画素列に対する画素値修正処理を行うようにしている。たとえば、上例の場合、第1番目の補正画素列X9を「11111111」に戻す処理を行って、第1番目の補正画素列X9についての画素値修正処理を終了することになるが、続いて、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正処理を行うようにする。すなわち、ステップS4では、今度は、第2番目の補正画素列X10を「00000000」から「11111111」に修正する処理を行うことになる。
第1番目の補正画素列X9に比べて、第2番目の補正画素列X10は、端部画素列X8から離れているので、第1番目の補正画素列X9の画素値増加による線幅増加の効果に比べて、第2番目の補正画素列X10の画素値増加による線幅増加の効果は小さくなる。これは、照射する電子ビームのエネルギー密度が、図2に示すように中心から徐々に低下するガウスの誤差関数に応じた分布をとるためである。したがって、第1番目の補正画素列X9の画素値修正操作に比べて、第2番目の補正画素列X10の画素値修正操作の方が、よりきめの細かな線幅調整を行うことができる。
図16には、第3番目以降の補正画素列X11,X12,... 等は図示されていないが、もちろん、必要に応じて、第2番目の補正画素列X10の画素値を1段階増加させることにより、絶対値|δ|がかえって大きくなってしまった場合には、当該補正画素列X10の画素値を1段階減少させて元に戻し、今度は、第3番目の補正画素列X11に対する画素値修正処理を行うようにすればよい。第3番目の補正画素列X11に対する画素値修正操作では、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正操作よりも、更にきめの細かな線幅調整を行うことができる。以下、第4番目の補正画素列X12に対する画素値修正についても同様である。
要するに、一般論として述べれば、ステップS4の描画データ補正段階を繰り返し実行する際に、列パラメータi(但し、iは1以上の整数)を定め、端部画素列から線状パターンの外側方向に向かって数えたときに、第i番目の位置に隣接する画素列を第i番目の補正画素列と定義し、列パラメータiを初期値1から1ずつ徐々に増加させながら、第i番目の補正画素列についての画素値を修正する処理を繰り返し実行してゆくようにすればよい。
このとき、第i番目の補正画素列について画素値パターンの段階を1段階増加させる画素値修正を行った結果、ステップS2の試行線幅認識段階により得られる試行線幅Wtについての寸法誤差δの絶対値|δ|が、当該画素値修正前の絶対値|δ|よりも大きくなってしまった場合には、第i番目の補正画素列について画素値パターンの段階を1段階減少させる画素値修正を行って補正描画データを補正前の状態に戻し、当該第i番目の補正画素列についての画素値修正処理を終了し、次回の描画データ補正段階では、第(i+1)番目の補正画素列についての画素値修正処理を行うようにすればよい。
もっとも、上述した列パラメータiは、際限なく増加できるものではなく、理論的に上限値imax が定められる。これは、電子ビームのスポット径φが所定の有限値として与えられるため、端部画素列から所定の距離以上だけ離れた位置にある補正画素列に対しては、画素値修正を行っても意味がないためである。たとえば、図16に示す例において、画素ピッチd=10nm、電子ビームのスポット径(直径)φ=24nmという設定が行われていたとすると、第2番目の補正画素列X10に所属する画素の中心に照射された電子ビームの円形スポット領域は、端部画素列X8の画素内まで及ばないので、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正を行っても意味がないことになる。
各演算点の強度値として、当該演算点を含む画素全体の面についての照射強度を算出する場合を考えたとしても、理論的には、露光条件として電子ビームのスポット径(直径)が値φに設定され、照射基準点Qの線幅方向のピッチ(画素の線幅方向のピッチ)がdに設定されている場合であれば、φ/2>d・(i−1/2)を満たすiの最大値を列パラメータiの上限値imax と定義し、ステップS4の描画データ補正段階を繰り返し実行する過程で、列パラメータiがこの上限値imax を越える場合には、その直前で補正完了条件が満たされたものとして、一連の巡回手順を終了すれば十分である。
たとえば、φ=20nm、d=10nmに設定されていた場合は、φ/2>d・(i−1/2)を満たすiの最大値imax =1になるので、図16に示す第1番目の補正画素列X9に対する画素値修正が完了した段階で補正は終了することになる。一方、φ=32nm、d=10nmに設定されていた場合は、imax =2になるので、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正が完了した段階で補正は終了することになる。iをそれ以上増加させても、端部画素列X8の画素領域内にかかるスポットをもった電子ビームは照射されないので無意味である。
なお、図18には、補正画素列を構成する複数の画素の画素値を示すパターンとして、同一の数字を並べた画素値パターンを例示したが、画素値パターンは必ずしも同一の数字を並べたパターンである必要はない。ただ、相互に値が離れた数字を隣接して配置した画素値パターンを用いると、強度の異なる電子ビームが隣接して照射されることになり、線状パターンの輪郭線が大きく波打つ可能性がある。したがって、ほぼ直線とみなすことができる輪郭線をもった線状パターンを形成するには、なるべく近似した数値を並べるようにするのが好ましい。また、複数通りの画素値パターンには、その数字の大きさに応じて、図18に矢印で示すような一連の段階が定義されるようにする必要がある。
したがって、実際には、補正画素列を構成する複数の画素の画素値を示すパターンとして、同一もしくは近似した数字を並べた複数の画素値パターンを定義しておき、これら複数の画素値パターンをその画素値の平均値が徐々に増加してゆく順序で並べることにより、一連の段階が定義されるようにしておけばよい。そうすれば、描画データ補正段階で、補正画素列を構成する画素の画素値パターンの段階を1段階増加もしくは1段階減少させる画素値修正を行うことができ、しかも、ほぼ直線とみなすことができる輪郭線をもった線状パターンを形成することができるようになる。
図18に示す例は、同一の数字k(但し、k=0,1,2,..., M)のみを並べてなる、(M+1)通りの均一画素値パターンを定義した例である。ここで、値Mは、画素値の最大値であり、図示の例の場合、M=15である。描画データ補正段階では、これら(M+1)通りの均一画素値パターンを用いて画素値修正を行うことになる。もっとも、実際には、上述したとおり、補正画素列の画素値を増加させる修正を行う上で、画素値を「88888888」もしくはそれ以上の値(画素値のダイナミックレンジの半分を越える値)に修正するような事態は生じないので、描画データ補正段階では、これら(M+1)通りの画素値パターンの一部を用いた画素値修正を行えば十分である。
一方、図19には、図18に示す画素値パターンの変形例を示す。この変形例では、合計31通りの画素値パターンC0〜C30が定義されている。これらのうち、先頭から1つおきに取り出した画素値パターンC0,C2,C4,... ,C30は、図18に示す画素値パターンC0〜C15に対応するものであり、同一の数字k(但し、k=0,1,2,..., M)のみを並べてなる、(M+1)通りの均一画素値パターンである(この例では、M=15)。
これに対して、残りの画素値パターンC1,C3,C5,... は、画素値パターンを構成する、図の縦方向に並んだ数字列を奇数番目のグループと偶数番目のグループとに分けた場合に、一方のグループに所属する数字がk(但し、k=0,1,2,..., M−1)、他方のグループに所属する数字が(k+1)であるようなM通りの交互画素値パターンである(この例では、M=15)。たとえば、交互画素値パターンC1は、一方のグループに所属する数字として0、他方のグループに所属する数字として1を用い、これらを交互並べた「10101010」という画素値パターンになっている。もちろん、その代わりに「01010101」という画素値パターンを用意してもかまわない。
結局、図19に示す画素値パターンは、均一画素値パターンC0,C2,C4,... ,C30と交互画素値パターンC1,C3,C5,... とを併せることにより、合計(2M+1)通りの画素値パターンをもつ混合画素値パターンということになる(この例では、M=15)。描画データ補正段階では、これら(2M+1)通りの混合画素値パターンを用いて画素値修正を行うことになる。もっとも、実際には、これら(M+1)通りの画素値パターンの一部を用いた画素値修正を行えば十分である。
この図19に示す混合画素値パターンは、結局、図18に示す16通りの均一画素値パターンの各段階の間に、その中間段階となる15通りの交互画素値パターンを挿入し、合計31通りのパターンを構成したものに相当する。個々のパターンは、いずれも同一の数字もしくは近似した数字(図示の例は1違いの数値)を並べたものになっているので、ほぼ直線とみなすことができる輪郭線をもった線状パターンを形成することができる。しかも、画素値の平均値が徐々に増加してゆく順序で並べることにより、一連の段階を定義することができる。すなわち、画素値パターンC0,C1,C2,C3,C4,C5,... の画素値の平均値は、「0」,「0.5」,「1.0」,「1.5」,「2.0」,「2.5」,... と徐々に増加しており、一連の段階を定義することができる。
図15に示す原描画データに対して、図19に示す混合画素値パターンを用いた補正を行うと、第1回目の描画データ補正段階では、補正画素列X9を第1段階の画素値パターンC1、すなわち「10101010」に置き換える画素値修正が行われ、この時点では、寸法誤差の絶対値|δ|は0にはならない。そこで、第2回目の描画データ補正段階において、補正画素列X9を第2段階の画素値パターンC2、すなわち「11111111」に置き換える画素値修正が行われ、図16に示す補正描画データが得られることになる。この時点で、寸法誤差の絶対値|δ|が0になり、補正完了条件が満たされることになる。
このように、図18に示す均一画素値パターンに比べて、図19に示す混合画素値パターンは、1段階ごとの画素値の平均値の増加ステップが小さいため、後者を利用すると、図10に示すステップS2,S3,S4からなる一連の巡回手順をより多くの回数だけ実行する必要がある。しかしながら、後者を利用すれば、よりきめの細かな画素値調整を行うことができ、寸法誤差δの絶対値|δ|をより効果的に低減することができる。したがって、実用上は、図19に示す混合画素値パターンを用いた画素値修正を行うのが好ましい。
以上、図15に示す具体的な原描画データを例にとって、本発明に係る描画データ補正段階で行われる補正の基本手順を説明した。この具体例の場合、設計線幅Wd=53nmに対して、試行線幅Wt=52.7nmであり、原描画データを試行描画データとする最初の試行線幅認識段階(ステップS2)により得られる寸法誤差を初期寸法誤差δ0とした場合(δ0=Wt−Wd)、δ0=−0.3nmになる。このように、初期寸法誤差δ0として負の値が得られた場合には、線幅を増加させるような補正が必要になるので、その後に繰り返し実行される個々の描画データ補正段階(ステップS4)で、これまで説明した手順のように、補正画素列を構成する画素の画素値パターンの段階を1段階増加させる画素値修正を行うことになる。
これに対して、初期寸法誤差δ0が正の場合には、逆に線幅を減少させるような補正が必要になるので、これまで説明した手順とは若干異なる手順により補正を行う必要がある。そこで、初期寸法誤差δ0が正の場合には、まず、最初に実行される描画データ補正段階(ステップS4)で、端部画素列を構成する画素の画素値パターンの段階を1段階減少させる画素値修正を行う。そして、それ以後に繰り返し実行される個々の描画データ補正段階(ステップS4)で、これまで説明した手順と同様に、補正画素列を構成する画素の画素値パターンを1段階増加させる画素値修正を、補正完了条件が満たされるまで繰り返し行うようにすればよい。
たとえば、図15に示す原描画データ(設計線幅Wd=53nmの線状パターンを描画するデータ)の場合、実際の初期寸法誤差はδ0=−0.3nmになるので、初期寸法誤差δ0が負の値である場合の手順を実行することになるが、仮に、この図15に示す原描画データについての初期寸法誤差δ0が正の値である場合には、次のような手順が実行される。
まず、最初に実行される描画データ補正段階(ステップS4)では、端部画素列X8を構成する画素の画素値パターンの段階を1段階減少させる画素値修正が行われる。具体的には、図19に示す混合画素値パターンを用いた画素値修正を行うことにより、端部画素列X8の画素値パターンを、「45454545」から「44444444」に修正する。このような画素値修正は、線幅を減少させる作用を及ぼすため、この時点での寸法誤差δは負の値に転じることになる。したがって、それ以後は、初期寸法誤差δ0が負の値である場合の手順をそのまま実行すればよい。
結局、初期寸法誤差δ0が正の値である場合には、最初に、端部画素列を構成する画素の画素値パターンの段階を1段階減少させる画素値修正を行い、寸法誤差δ0を負の値に転じさせる前処理を行った上で、初期寸法誤差δ0が負の値である場合の処理を続行すればよいことになる。
<<< §5. 本発明に係る描画データ補正方法の具体的な手順 >>>
§3では、図10の流れ図を参照しながら、本発明に係るパターニング方法の基本手順を述べ、§4では、ステップS4の描画データ補正段階で行われる補正の基本手順を述べた。これらの基本手順は、あくまでも本発明の基本原理を説明するための概念的な手順を示すものである。
<5−1. 描画データ補正方法の具体的手順>
そこで、ここでは、図10の流れ図におけるステップS2,S3,S4の一連の巡回手順からなる描画データ補正方法の具体的な手順を、図20の流れ図に沿って、描画データの画素値の変遷例を示しながら説明する。図10のステップS2,S3,S4が本発明に係る描画データ補正方法の基本概念を示しているのに対して、図20のステップS11〜S16は、本発明に係る描画データ補正方法のより具体的な手順を示すものである。
図20に示すとおり、この描画データ補正方法では、まず、ステップS11において、最初の試行線幅認識段階が行われる。この段階は、図10の流れ図において、ステップS1からステップS2へ移行した場合に行われる第1回目の試行線幅認識段階であり、ステップS1の原描画データ作成段階で作成された原描画データを試行描画データとして取扱い、試行線幅Wtを求める処理を行う段階ということになる。
たとえば、図12に示すような原描画データを試行描画データとした場合の処理は、§3で述べたとおり、まず、所定の露光条件に基づいて畳み込み和演算を行うことにより、図13に示すように、離散的な演算点位置における総露光強度を求め、更に、補間を行うことによって演算点間の総露光強度を決定し、図14に示すような総露光強度の分布グラフMM(大山)を求める処理(電子線照射プロセスシミュレーション)を行う。続いて、所定の現像条件に基づいて閾値Ethを定め、当該閾値Ethのレベルで分布グラフMMを切断したときの切断位置のグラフの幅Wtを求めれば、この幅Wtが試行線幅Wtということになる。
続くステップS12では、δ0=Wt−Wdなる演算によって、初期寸法誤差δ0の算出が行われる。ここで、Wtは直前のステップS11で認識された試行線幅Wtであり、Wdは、原描画データ作成段階で設定された設計線幅Wdである。したがって、初期寸法誤差δ0は、設計当初の原描画データをそのまま用いて実パターニング段階(図10のステップS5)を実行した場合に生じるであろう寸法誤差ということになる。
そして、ステップS13では、寸法誤差δ0の絶対値|δ0|について、|δ0|≦εなる補正完了条件が満たされているか否かの判定が行われる。値εは、予め設定されている所定の許容値(但し、ε≧0)である。もし、このステップS13において、肯定的な判定がなされた場合は、この描画データ補正方法の手順は終了する。これは、ステップS1の原描画データ作成段階で作成された原描画データが、既に補正完了条件を満足していたことを意味し、当該原描画データに対しては、何ら補正を行う必要がないことになる。
通常、標準のパターニング条件(露光条件と現像条件)は、輪郭線が画素の輪郭に一致するような線状パターンを示す原描画データを用いた場合に、寸法誤差のない正確なパターンが形成されるように設定されるので、たとえば、図7に示すような原描画データ(設計線幅Wd=50nm)が与えられた場合、初期寸法誤差δ0=0になり、ステップS13において肯定的な判定がなされることになる。
一方、ステップS13において否定的な判定がなされた場合、すなわち、|δ0|>εであった場合は、ステップS13からステップS14へと進み、初期寸法誤差δ0の符号が判定される。初期寸法誤差δ0が負であった場合は、試行線幅Wtが設計線幅Wdに満たないことになるので、ステップS15へ移行して線幅増加補正が行われる。一方、初期寸法誤差δ0が正であった場合は、試行線幅Wtが設計線幅Wdを越えてしまっているので、ステップS16へ移行して線幅減少補正が行われる。以下、ステップS15の線幅増加補正については、図21の流れ図を参照しながら§5−2でその手順を詳細に説明し、ステップS16の線幅減少補正については、図40の流れ図を参照しながら§5−3でその手順を詳細に説明する。
なお、ここでは、画素値修正に用いる画素値パターンとして、図19に示す混合画素値パターンを用いた場合を例にとって、以下の説明を行うことにする。また、以下に例示する試行線幅の実例値は、特定の露光条件および特定の現像条件を設定して、§3で述べた電子線照射プロセスシミュレーションおよび現像プロセスシミュレーションを行うことにより得られた値である。
<5−2. 線幅増加補正(ステップS15)の詳細な手順>
はじめに、図20の流れ図のステップS15で行われる線幅増加補正の詳細な手順を、図21の流れ図と図22〜図39に示す描画データの変遷例とを参照しながら説明する。ここでは、まず、図20のステップS11において、図22に示すような描画データについて試行線幅Wtの認識が行われたものとしよう。この描画データは、図15に示す描画データと同一のものであり、設計線幅Wd=53nmに設定することにより作成された補正前の原描画データである。
このような原描画データについて試行線幅認識段階を実行すると、設計線幅Wd=53nmに対して、試行線幅Wt=52.7nmが得られ、初期寸法誤差がδ0=−0.3nmになることは、既に述べたとおりである。したがって、図20のステップS14において、初期寸法誤差δ0が負である旨の判定がなされ、ステップS15の線幅増加補正が行われることになる。図21は、この線幅増加補正の手順を示す流れ図である。
この線幅増加補正では、まず、ステップS21において、列パラメータiを初期値i=1に設定する処理が行われる。この列パラメータiは、補正画素列の番号を示すパラメータであり、たとえば、図22に示す例の場合、第1番目の補正画素列X9は列パラメータi=1、第2番目の補正画素列X10は列パラメータi=2で示されることになる。初期値i=1という設定は、まず第1番目の補正画素列X9に対する画素値修正を行うことを意味している。なお、図では便宜上、端部画素列X8についての列パラメータをi=0と表示してある。
続くステップS22では、第i番目の補正画素列の画素値パターンを1段階増加させる画素値修正が行われる。具体的には、列パラメータはi=1であるから、図22に示す画素配列について、第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を、図19に示す段階に従って、次の段階である「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図23は、このような画素値修正を行った後の中間段階の描画データを示している。
なお、図19に示す混合画素値パターンを用いた例では、第1段階の画素値パターンC1として「10101010」なるパターンを例示してあるが、第1段階の画素値パターンC1として「01010101」なるパターンを用いることも可能である。図24は、補正画素列X9の画素値パターンを、「01010101」に置き換える画素値修正を行った例である。図23の補正画素列X9に示されている「10101010」なる画素値パターンも、図24の補正画素列X9に示されている「01010101」なる画素値パターンも、いずれも画素値の平均値は「0.5」であり、画素値パターンを1段階増加させる画素値修正を行うのに適したパターンである。
ただ、実用上は、図24に示す「01010101」なる画素値パターンを用いた修正を行うよりも、図23に示す「10101010」なる画素値パターンを用いた修正を行う方が好ましい。それは、前者に比べて後者の方が、より直線性をもった輪郭線を有する線状パターンを形成することができるためである。
前述したとおり、図18に示す均一画素値パターンは、同一の数字のみを並べてなるパターンであり、奇数行にも偶数行にも、同じ画素値が配置されている。このような均一画素値パターンを用いて電子線を照射すると、奇数行にも偶数行にも同じ強度の電子線照射が行われるので、形成される線状パターンの輪郭線は十分な直線性を有することになる。これに対して、図19に示す混合画素値パターンには、交互画素値パターンC1,C3,C5,... が混じっており、これらの交互画素値パターンでは、奇数行と偶数行とで異なる画素値が配置されている。このような交互画素値パターンを用いて電子線を照射すると、奇数行と偶数行とに異なる強度の電子線照射が行われるので、形成される線状パターンの輪郭線は波状になり、直線性が若干劣ることになる。
このような事情を考慮して、図23に示す描画データに基づいて形成される線状パターンの右側輪郭線と、図24に示す描画データに基づいて形成される線状パターンの右側輪郭線とを比較すると、後者よりも前者の方が、直線性に優れていることが理解できよう。すなわち、端部画素列X8と補正画素列X9とについて、同一行に隣接する一対の画素の画素値の和に着目すると、図23に示す描画データの場合、奇数行については「4+1=5」であり、偶数行については「5+0=5」であるから、左右に隣接するすべての画素対についての画素値の和は等しくなっている。これに対して、図24に示す描画データの場合、奇数行については「4+0=4」であり、偶数行については「5+1=6」であるから、奇数行の画素対と偶数行の画素対とでは、画素値の和は異なる。
結局、端部画素列X8と補正画素列X9とを併せた融合画素列なるものを考えた場合、当該融合画素列の画素値(左右の画素の画素値の和)は、図23に示す描画データの場合「55555555」であるのに対して、図24に示す描画データの場合「46464646」になる。このような理由から、図23に示す描画データの方が図24に示す描画データよりも、右側輪郭線の直線性に優れていることになり、実用上は、図23に示す描画データを形成した方が好ましいと言える。
一般論として述べれば、原描画データ作成段階(図10のステップS1)で、混合画素値パターンの中から選択された画素値パターンを利用して端部画素列についての画素値を決定する処理が行われた場合には、描画データ補正段階(図10のステップS4)では、次のような方針で、画素値修正を行うようにするのが好ましい。すなわち、端部画素列についての画素値が交互画素値パターンになっており、かつ、第1番目の補正画素列についての画素値を交互画素値パターンを利用して修正する際には、端部画素列を構成する任意の1画素と当該第1番目の補正画素列を構成する画素であって前記任意の1画素に隣接する隣接画素とによって画素対を形成したときに、個々の画素対についての画素値の和が等しくなるような修正を行うようにするのが好ましい。
なお、上記方針は、第1番目の補正画素列に対する画素値修正のみに適用されるものではなく、第2番目以降の補正画素列に対する画素値修正にも同様に適用することができる。たとえば、第i番目の補正画素列が「45454545」であり、第(i+1)番目の補正画素列が「00000000」である場合、当該第(i+1)番目の補正画素列についての画素値修正は、画素値パターン「01010101」を用いるよりも、画素値パターン「10101010」を用いる方が好ましいことになる。
これも一般論で述べれば、描画データ補正段階(図10のステップS4)では、次のような方針で、画素値修正を行うようにするのが好ましい。すなわち、第i番目の補正画素列についての画素値が交互画素値パターンになっており、かつ、第(i+1)番目の補正画素列についての画素値を交互画素値パターンを利用して修正する際には、第i番目の補正画素列を構成する任意の1画素と第(i+1)番目の補正画素列を構成する画素であって前記任意の1画素に隣接する隣接画素とによって画素対を形成したときに、個々の画素対についての画素値の和が等しくなるような修正を行うようにするのが好ましい。
以上の理由により、ここでは、図21のステップS22を実行することにより、図22に示す描画データが図23に示す描画データに補正されたものとしよう。続くステップS23では、2回目以降の試行線幅認識段階が実行される。すなわち、図23に示す描画データを試行描画データとして、新たな試行線幅Wtが求められる。ここでは、図23に示す描画データについて認識された試行線幅がWt=52.9nmであったものとしよう。
次のステップS24では、この時点での寸法誤差δがδ=Wt−Wdなる演算によって算出される。ここに示す例では、ステップS23で認識された試行線幅がWt=52.9nmであるから、設計線幅Wdを減じることにより、δ=−0.1nmという結果が得られる。図22に示す描画データについて得られた初期寸法誤差δ0が−0.3nmであるから、ステップS22の増加処理により、誤差が改善される効果があったことになる。
続くステップS25では、ステップS24で算出された寸法誤差δの絶対値|δ|が、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているか否かが判定される。ここでは、補正完了条件を定める許容値εとして、ε=0なる値を設定したものとしよう。もっとも、ここに示す実施例では、寸法誤差δの有効桁は,0.1nmの単位までとするので、ε=0なる設定を行った場合、絶対値|δ|について、0.1nm未満の値を四捨五入したときに0になれば、補正完了条件を満足しているとの判定がなされることになる。上例の場合、図23に示す描画データについての寸法誤差は、δ=−0.1nmであるから、この時点では、補正完了条件はまだ満たされていないとの否定的判定がなされ、ステップS25からステップS26へ進むことになる。
ステップS26では、寸法誤差δの絶対値|δ|が大きくなったか否かが判定される。比較の対象は、前回の試行線幅認識段階で試行描画データとして用いられた描画データについての寸法誤差と、今回の試行線幅認識段階で試行描画データとして用いられた描画データについての寸法誤差である。上例の場合、図21のステップS24で算出された寸法誤差δが、図20のステップS12で算出された初期寸法誤差δ0と比較されることになる。
このステップS26の判定処理は、ステップS22の増加処理を行ったために、かえって誤差が増大してしまった場合をチェックするためのものである。すなわち、ステップS22では、図19に矢印で示す順序で、毎回、画素値パターンの段階を1段階ずつ増加させる処理が行われるため、寸法誤差δが負の場合、当初は誤差を縮める方向に画素値修正が行われていたとしても、そのうち、誤差を増大させる方向に画素値修正が行われることになる。そこで、ステップS22の増加処理を行うたびに、ステップS26において、寸法誤差が改善されているか否かを判定し、もし、絶対値|δ|が前回よりも大きくなっていたら、ステップS27へ進み、これを是正する処理を行うようにしている。
上例の場合、初期寸法誤差δ0が−0.3nmであるのに対して、新たな寸法誤差δは−0.1nmであるから、絶対値|δ|は前回よりも小さくなっており、誤差が改善される効果があったことになる。そこで、ステップS26では否定的判定がなされ、再びステップS22の処理が実行される。
この段階では、まだ列パラメータはi=1であるから、ステップS22では、図23に示す中間段階の描画データの第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「10101010」を、図19に示す段階に従って、次の段階である「11111111」に置き換える画素値修正が行われる。図25は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。
続くステップS23では、再び試行線幅認識段階が実行される。すなわち、図25に示す描画データを試行描画データとして、新たな試行線幅Wtが求められる。ここでは、図25に示す描画データについて認識された試行線幅がWt=53.0nmであったものとしよう。次のステップS24では、この時点での寸法誤差δがδ=Wt−Wdなる演算によって算出される。ここに示す例では、ステップS23で認識された試行線幅がWt=53.0nmであるから、設計線幅Wdを減じることにより、δ=0.0nmという結果が得られる。
したがって、次のステップS25では、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているとの判定がなされ、図21の流れ図に示す線幅増加補正は終了する。結局、図25に示す描画データは、線幅増加補正が完了した補正後の描画データということになる。当該描画データを最終描画データとして、図10のステップS5に示す実パターニング段階が実行されることは既に述べたとおりである。
このように、設計線幅Wd=53nmなる設定の原描画データをそのまま用いて実パターニング段階を実行すると、初期寸法誤差δ0=−0.3nmが生じることになるが、上述した線幅増加補正を実行すれば、寸法誤差δ=0.0nmにすることができる。そのようなシミュレーション結果が得られることは、図17のグラフを用いて説明したとおりである。
一方、図26は、設計線幅Wd=51nmの補正前の原描画データを示す図である。この原描画データをそのまま用いて実パターニング段階を実行すると、試行線幅Wt=50.8nmとなり、初期寸法誤差δ0=−0.2nmが生じることになるが、上述した線幅増加補正を実行すれば、寸法誤差δ=0.0nmにすることができる。
すなわち、図21のステップS21において、列パラメータi=1に設定し、ステップS22において、図26の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を次の段階である「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図27は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。
続くステップS23では、この図27に示す描画データを試行描画データとして、新たな試行線幅Wtが求められる。ここに示す例では、新たな試行線幅がWt=53.0nmになるので、ステップS24において、寸法誤差δ=0.0nmという結果が得られる。したがって、ステップS25では、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているとの判定がなされ、図21の流れ図に示す線幅増加補正は終了する。結局、図27に示す描画データは、線幅増加補正が完了した補正後の描画データということになり、当該描画データを最終描画データとして、図10のステップS5に示す実パターニング段階が実行される。
このように、図26に示す設計線幅Wd=51nmの原描画データの場合は、ステップS22における画素値修正を1回だけ行うことにより、図27に示す最終描画データが得られたことになる。図28は、設計線幅Wd=51nmの描画データについての補正前後のシミュレーション結果を示す総露光強度の分布グラフである。すなわち、実線で示すグラフは、補正前の原描画データについて電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示し、破線で示すグラフは、補正後の描画データ(最終描画データ)について電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示している。
これまで述べた設計線幅Wd=53nmの原描画データや設計線幅Wd=51nmの原描画データに対する線幅増加補正の場合は、いずれも列パラメータiが初期値i=1の状態のまま補正完了条件が満たされたため、第1番目の補正画素列X9に対する画素値修正を行うだけで処理が完了している。そこで、ここでは、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正も必要になる実例を述べておく。
図29は、設計線幅Wd=52nmの補正前の原描画データを示す図である。この原描画データをそのまま用いて実パターニング段階を実行すると、試行線幅Wt=51.7nmとなり、初期寸法誤差δ0=−0.3nmが生じることになるが、上述した線幅増加補正を実行すれば、寸法誤差δ=0.0nmにすることができる。以下、その手順を図29〜図38に示す描画データの変遷例を参照しながら説明する。
まず、図21のステップS21において、列パラメータi=1に設定し、ステップS22において、図29の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を次の段階である「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図30は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。
なお、前述したとおり、第1段階の画素値パターンとしては、「10101010」の代わりに「01010101」を用いることもできる。図31は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。ここに示す例の場合、端部画素列X8は「33333333」という均一画素パターンによって構成されているため、図30に示すような画素値修正を行った場合も、図31に示すような画素値修正を行った場合も、形成される線状パターンの右側輪郭線の直線性は同じである。したがって、この場合、図30,図31のいずれの画素値修正を採用してもかまわない。
続くステップS23では、この図30もしくは図31に示す描画データを試行描画データとして、新たな試行線幅Wtが求められ、ステップS24において、寸法誤差δの算出が行われる。そして、ステップS25において寸法誤差δの絶対値|δ|が、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているか否かが判定され、更にステップS26において、寸法誤差δの絶対値|δ|が大きくなったか否かが判定される。上例の場合、ステップS25,S26のいずれにおいても否定的判定がなされることになる。
そこで、再びステップS22に戻り、第1番目の補正画素列X9の画素値パターンを1段階増加させる画素値修正が行われる。図32は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。その後、ステップS23〜S26を経て、再びステップS22に戻り、第1番目の補正画素列X9の画素値パターンを更に1段階増加させる画素値修正が行われる。図33は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。
その後、ステップS23〜S26の処理が実行されることになるが、今回は、ステップS26において肯定的判定がなされる。すなわち、ステップS22の増加処理を行ったために、かえって誤差が増大してしまったことが確認される。別言すれば、第1番目の補正画素列X9は、図32に示すように「11111111」としておいた方が、図33に示すように「21212121」とするよりも、誤差が小さく抑えられることになる。
そこで、ステップS26からステップS27へ進み、第i番目の補正画素列の画素値パターンを元に戻す処理、すなわち、図19に矢印で示す順序とは逆の順序に従って、画素値パターンの段階を1段階だけ減少させる処理が行われる。具体的には、第1番目の補正画素列X9は、図33に示す画素パターン「21212121」から、図32に示す画素パターン「11111111」に戻されることになる。
続いて、ステップS28において、列パラメータiが上限値imax に達しているか否かが判定される。上限値imax は、§4で述べたとおり、露光条件として電子ビームのスポット径φを設定し、照射基準点の線幅方向のピッチをdとしたときに、φ/2>d・(i−1/2)を満たすiの最大値として定義される値である。このため、上限値を越えた列パラメータiを設定しても、電子ビームの照射スポットが輪郭線の位置修正に貢献することができない。そこで、ステップS28において、i=imax であるとの判断がなされた場合には、列パラメータiをこれ以上増加させることなしに、補正完了条件が満足されたものとして、当該線幅増加補正を終了する。
ここでは、i<imax であるものとして、ステップS28で否定的な判定がなされたものとしよう。この場合、ステップS29において、列パラメータiが1だけ増加される。上例の場合、i=2となり、以後の手順では、第2番目の補正画素列X10に対する画素値修正が行われる。
すなわち、今度は、ステップS22において、図32の第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「00000000」を次の段階である「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図34は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。その後、ステップS23〜S26を経て、再びステップS22に戻り、第2番目の補正画素列X10の画素値パターンを更に1段階増加させ、「11111111」とする画素値修正が行われる。図35は、このような画素値修正を行った状態の描画データを示している。
このように、第2番目の補正画素列X10の画素値パターンを1段階ずつ増加させる処理が、更に3回行われる。具体的には、補正画素列X10の画素値パターンは、「21212121」→「22222222」→「32323232」と順次増加してゆくことになり、描画データは、図36、図37、図38と順次変遷してゆくことになる。こうして得られた図38に示す描画データを試行描画データとして、新たな試行線幅Wtを求めると、新たな試行線幅はWt=52.0nmになるので、ステップS24において、寸法誤差δ=0.0nmという結果が得られる。したがって、ステップS25では、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているとの判定がなされ、図21の流れ図に示す線幅増加補正は終了する。
結局、図38に示す描画データは、線幅増加補正が完了した補正後の描画データということになり、当該描画データを最終描画データとして、図10のステップS5に示す実パターニング段階が実行される。
図39は、設計線幅Wd=52nmの描画データについての補正前後のシミュレーション結果を示す総露光強度の分布グラフである。ここでも、実線で示すグラフは、補正前の原描画データについて電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示し、破線で示すグラフは、補正後の描画データ(最終描画データ)について電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示している。
<5−3. 線幅減少補正(ステップS16)の詳細な手順>
続いて、図20の流れ図のステップS16で行われる線幅減少補正の詳細な手順を、図40の流れ図と図41〜図49に示す描画データの変遷例とを参照しながら説明する。ここでは、まず、図20のステップS11において、図41に示すような描画データについて試行線幅Wtの認識が行われたものとしよう。この描画データは、設計線幅Wd=56nmに設定することにより作成された補正前の原描画データである。
このような原描画データについて試行線幅認識段階を実行すると、設計線幅Wd=56nmに対して、試行線幅Wt=56.3nmが得られ、初期寸法誤差がδ0=+0.3nmになる。したがって、図20のステップS14において、初期寸法誤差δ0が正である旨の判定がなされ、ステップS16の線幅減少補正が行われることになる。図40は、この線幅減少補正の手順を示す流れ図である。
線幅減少補正では、まず、ステップS30において、端部画素列の画素値パターンを1段階減少させる画素値修正が行われる。具体的には、図41に示す描画データにおける端部画素列X8の画素値パターン「99999999」を、1段階下の「89898989」に置き換える画素値修正が行われる。図42は、このような画素値修正を行った後の中間段階の描画データを示している。
一般に、端部画素列X8の画素値パターンに対する修正は、補正画素列X9やX10の画素値パターンに対する修正に比べて、線幅に対して大きな影響を与える要因になる。このため、図42に示す描画データについて試行線幅を認識すれば、寸法誤差δの符号は必ず負に転じることになる。したがって、ステップS30を実行した後の処理は、初期寸法誤差δ0が負である場合と全く同じ手順を行えばよい。実際、図40の流れ図(線幅減少補正)におけるステップS31〜S39の手順は、図21の流れ図(線幅増加補正)におけるステップS21〜S29と全く同じ手順である。
なお、ステップS36における第1回目の判定では、ステップS30の画素値修正を行った直後の描画データについての寸法誤差δの絶対値|δ|と、ステップS32の画素値修正を行った後の描画データについての寸法誤差δの絶対値|δ|と、を比較対象とし、後者に比べて前者が大きくなったか否かを判定するようにする。これは、上述したとおり、ステップS30の画素値修正は、線幅に対して大きな影響を与える修正であるため、この時点で初期寸法誤差の絶対値|δ0|を比較対象とすることは好ましくないためである。
具体的な手順としては、図42に示す描画データに対して、ステップS31以降の手順を実行すると、まず、ステップS32において、第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を1段階上の「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図43は、このような画素値修正を行った後の中間段階の描画データを示している。続いて、この図43に示す描画データについて、ステップS33における試行線幅認識段階が行われ、この時点での試行線幅Wtが認識され、更に、ステップS34において、この図43に示す描画データについての寸法誤差δが算出される。
そして、ステップS35において、補正完了条件が満足されているか否かの判定が行われる。ここでは、ステップS35で否定的判定がなされ、ステップS36へ進むことになったものとしよう。上述したとおり、このステップS36の第1回目の判定における比較対象は、図41に示す原描画データについての初期寸法誤差δ0ではなく、図42に示す描画データ(ステップS30の画素値修正を行った直後の描画データ)についての寸法誤差δである。別言すれば、ステップS36では、図43に示す描画データについての寸法誤差δの絶対値|δ|と、図42に示す描画データについての寸法誤差δの絶対値|δ|とを比較し、前者が後者よりも大きくなってしまったかどうかが判定されることになる。
ここでは、このステップS36において、肯定的な判定がなされたものとしよう。すなわち、図42に示す描画データに対して画素値修正を行って、図43に示す描画データにしてしまうと、寸法誤差δの絶対値|δ|がかえって大きくなってしまうことになる。この場合、ステップS36からステップS37へと移行し、図43に示す描画データが、図42に示す描画データに戻された後、ステップS39において、列パラメータiが1だけ増加され、i=2になる。
続いて、ステップS32において、今度は、第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「00000000」を1段階上の「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図44は、このような画素値修正を行った後の中間段階の描画データを示している。この図44に示す描画データについて、ステップS33〜S36の手順を実行すると、ステップS35,S36のいずれにおいても否定的判定がなされ、再びステップS32の手順が実行される。すなわち、第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「10101010」を1段階上の「11111111」に置き換える画素値修正が行われる。図45は、このような画素値修正を行った後の描画データを示している。
この図45に示す描画データについて、ステップS33の試行線幅認識段階を実行すると、新たな試行線幅がWt=56.0nmと認識されるので、次のステップS34では、この時点での寸法誤差が、δ=0.0nmであるという結果が得られる。
したがって、次のステップS35では、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているとの判定がなされ、図40の流れ図に示す線幅減少補正は終了する。結局、図45に示す描画データは、線幅減少補正が完了した補正後の描画データということになる。当該描画データを最終描画データとして、図10のステップS5に示す実パターニング段階が実行されることは既に述べたとおりである。
図46は、設計線幅Wd=56nmの描画データについての補正前後のシミュレーション結果を示す総露光強度の分布グラフである。ここでも、実線で示すグラフは、補正前の原描画データについて電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示し、破線で示すグラフは、補正後の描画データ(最終描画データ)について電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示している。
なお、図40に示す流れ図の最後の部分には、ステップS40,S41の手順が付加されている。これらの手順は、線幅減少補正(初期寸法誤差δ0が正の場合に行う補正)に固有の手順であり、補正完了条件が満足された最終時点における描画データについての寸法誤差δの絶対値|δ|が、原描画データについての初期寸法誤差δ0の絶対値|δ0|よりも大きかった場合には、線幅減少補正を行わないままの状態の原描画データを最終描画データとする特例措置を講じることを目的としている。
前述したとおり、ステップS36の第1回目の判定における比較対象は、図41に示す原描画データについての初期寸法誤差δ0ではなく、図42に示す描画データ(ステップS30の画素値修正を行った直後の描画データ)についての寸法誤差δである。したがって、この線幅減少補正におけるステップS30〜S39の手順では、寸法誤差δを初期寸法誤差δ0と比較する機会が1回もないことになる。そこで、最後に、ステップS40において、初期寸法誤差δ0の絶対値|δ0|と、最後に得られた寸法誤差δの絶対値|δ|とを比較し、後者が前者よりも大きくなっていた場合には、ステップS41において、原描画データを最終描画データとする処理を行うのである。
ステップS41が実行された場合、ステップS30〜S39の処理は徒労に終わることになるが、ステップS30〜S39の手順によって最善を尽くして求めた補正描画データよりも、元々の原描画データの方が、より寸法誤差の少ない好ましい描画データということになるので、当該補正描画データの代わりに、元々の原描画データをそのまま最終描画データとすることは理にかなっている。
ここでは、線幅減少補正の具体例をもう1例だけ述べておく。図47は、設計線幅Wd=59nmの補正前の原描画データを示す図である。この原描画データをそのまま用いて実パターニング段階を実行すると、試行線幅Wt=59.2nmとなり、初期寸法誤差δ0=+0.2nmが生じることになる。したがって、図20のステップS14において、初期寸法誤差δ0が正である旨の判定がなされ、図40の流れ図に沿った線幅減少補正が行われることになる。
まず、図40の流れ図におけるステップS30において、端部画素列の画素値パターンを1段階減少させる画素値修正が行われる。具体的には、図47に示す描画データにおける端部画素列X8の画素値パターン「13 14 13 14 13 14 13 14 」を、1段階下の「13 13 13 13 13 13 13 13 」に置き換える画素値修正が行われる。続いて、ステップS31で列パラメータiが初期値i=1に設定され、ステップS32において、第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を1段階上の「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図48は、このような画素値修正を行った後の中間段階の描画データを示している。
続いて、この図48に示す描画データについて、ステップS33における試行線幅認識段階が行われ、この時点での試行線幅Wtが認識され、更に、ステップS34において、この図48に示す描画データについての寸法誤差δが算出される。
そして、ステップS35において、補正完了条件が満足されているか否かの判定が行われる。ここでは、ステップS35で否定的判定がなされ、続くステップS36において、肯定的な判定がなされたものとしよう。この場合、ステップS36からステップS37へと移行し、図48に示す描画データの補正画素列X9の画素値パターン「10101010」が「00000000」に戻され、ステップS39において、列パラメータiが1だけ増加され、i=2になる。
続いて、ステップS32において、今度は、第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「00000000」を1段階上の「10101010」に置き換える画素値修正が行われる。図49は、このような画素値修正を行った後の描画データを示している。この図49に示す描画データについて、ステップS33の試行線幅認識段階を実行すると、新たな試行線幅がWt=59.0nmと認識されるので、次のステップS34では、この時点での寸法誤差が、δ=0.0nmであるという結果が得られる。
したがって、次のステップS35では、|δ|≦εとなる補正完了条件を満足しているとの判定がなされ、図40の流れ図に示す線幅減少補正は終了する。結局、図49に示す描画データは、線幅減少補正が完了した補正後の描画データということになり、当該描画データを最終描画データとして、図10のステップS5に示す実パターニング段階が実行される。
図50は、設計線幅Wd=59nmの描画データについての補正前後のシミュレーション結果を示す総露光強度の分布グラフである。ここでも、実線で示すグラフは、補正前の原描画データについて電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示し、破線で示すグラフは、補正後の描画データ(最終描画データ)について電子線照射プロセスシミュレーションを行うことにより得られるグラフを示している。
<<< §6. 本発明に係るパターニング方法および補正方法の変形例 >>>
ここでは、§3〜§5で述べてきた本発明に係るパターニング方法および補正方法の変形例を述べておく。
(1) 左右両側の輪郭線に対する補正
これまで述べてきた実施例はいずれも、上下方向に伸びる線状パターンの右側輪郭線について描画データの画素値を修正することにより、線幅を調整する補正方法を採用した例であるが、もちろん、左側輪郭線について同様の補正を行うことも可能である。たとえば、図15に示す例の場合、右側端部画素列X8の外側に位置する補正画素列X8,X9に対して画素値修正を行って、線幅の補正を行うことも可能であれば、左側端部画素列X3の外側に位置する補正画素列X2,X1に対して画素値修正を行って、線幅の補正を行うことも可能である。
このように、右側輪郭線を補正しても、左側輪郭線を補正しても、最終的に形成される線状パターンの線幅を、設計線幅Wdに一致させる補正を行うことができるので、一般的には、このような線幅の補正を、左右いずれか一方について行えば十分である。ただ、左右一方だけについて補正を行うと、線状パターンの中心は、元の中心位置から若干ずれを生じることになる。
たとえば、図17,図28,図39,図46,図50は、いずれも線状パターンの右側輪郭線に対して補正を行った場合の補正前後のシミュレーション結果を示す総露光強度の分布グラフである。これらの分布グラフを見ると、いずれも大山の右側部分において、実線(補正前)と破線(補正後)とに差が生じており、線幅増加補正を行った場合、線状パターンの中心がわずかながら右側にずれ、線幅減少補正を行った場合、線状パターンの中心がわずかながら左側にずれることがわかる。
一般的な用途では、このような中心位置の微細なずれが問題になることはないが、できるだけ中心位置のずれを生じさせない方が好ましい用途の場合は、左右両側の輪郭線に対して画素値修正を行うことにより、中心位置のずれを抑制させることができる。このように、左右両側の輪郭線に対する補正を行う場合の基本的な考え方は、左側に対する補正と右側に対する補正とを、少しずつ交互に行う、ということである。
たとえば、前述した線幅増加補正では、輪郭線近傍の画素値パターンを1段階ずつ増加させる処理を行うことになるが、この増加処理を左右交互に行うようにすれば、補正完了条件が満たされるまで、左右の輪郭線を交互に少しずつ外側方向に広げてゆく補正が可能になり、補正完了条件が満たされた時点でも、線幅の中心位置がほとんど変わらないようにすることができる。
図51は、図21に示す線幅増加補正について、左右両側に対する補正を行うようにした変形例の手順を示す流れ図である。まず、ステップS51において、左右修正処理の選択を行い、左側修正処理S52もしくは右側修正処理S53のいずれかの処理が実行されるようにする。選択された処理が完了したら、再び、ステップS51における選択を行う、という手順を、所定の補正完了条件が満たされるまで繰り返してゆくようにする。ステップS51の選択では、左側修正処理S52と右側修正処理S53とが毎回入れ替わるように交互に実行されるような選択方法を採ってもよいし、2回ごと、あるいは、任意の回数ごとに入れ替わるような選択方法を採ってもかまわない。
ステップS52の左側修正処理およびステップS53の右側修正処理の具体的な手順は、図21の流れ図に示す線幅増加補正の手順と同じである。もちろん、ステップS52の処理とステップS53の処理とは、別個独立した処理であるから、列パラメータiはそれぞれ別個に設定される。ただ、処理対象となる描画データは共通のものを用いるようにし、たとえば、ステップS52の左側修正処理において画素値修正が行われた後に、ステップS53の右側修正処理を行う場合、処理対象となる描画データは、直前に行われたステップS52で修正されたデータということになる。こうして、ステップS52,S53のいずれか一方で補正完了条件が満たされた場合には、その時点で補正作業は完了となり、最後に得られた描画データが最終描画データということになる。
一方、図52は、図40に示す線幅減少補正について、左右両側に対する補正を行うようにした変形例の手順を示す流れ図である。やはり、ステップS61において、左右修正処理の選択を行い、左側修正処理S62もしくは右側修正処理S63のいずれかの処理が実行されるようにし、選択された処理が完了したら、再び、ステップS61における選択を行う、という手順を、所定の補正完了条件が満たされるまで繰り返してゆくようにする。ステップS61の選択では、左側修正処理S62と右側修正処理S63とが毎回入れ替わるように交互に実行されるような選択方法を採ってもよいし、2回ごと、あるいは、任意の回数ごとに入れ替わるような選択方法を採ってもかまわない。
ステップS62の左側修正処理およびステップS63の右側修正処理の具体的な手順は、図40の流れ図に示す線幅増加補正の手順と同じである。この場合も、ステップS62の処理とステップS63の処理とは、別個独立した処理であるから、列パラメータiはそれぞれ別個に設定される。また、いずれの処理の場合も、初回時には、ステップS30によって端部画素列の画素値パターンを1段階減少させる処理が行われるので、とりあえず、左右両方の輪郭線の位置を内側方向に移動させる補正が行われた後、徐々に外側方向に広げてゆく処理が行われることになる。もちろん、処理対象となる描画データは共通のものを用いるようにし、ステップS62,S63のいずれか一方で補正完了条件が満たされた場合には、その時点で補正作業は完了となり、最後に得られた描画データが最終描画データということになる。
結局、左右両側の輪郭線に対する補正を行う補正方法を一般論として述べれば、線状パターンを長手方向が上下方向に向くように配置した場合に、右側輪郭線の内側直近部を含む画素列を右側端部画素列と定義し、左側輪郭線の内側直近部を含む画素列を左側端部画素列と定義し、右側端部画素列に対して右側近傍に位置する画素列を右側補正画素列と定義し、左側端部画素列に対して左側近傍に位置する画素列を左側補正画素列と定義した上で、描画データ補正段階で、右側補正画素列を構成する画素の画素値を修正する右側修正処理と、左側補正画素列を構成する画素の画素値を修正する左側修正処理と、のいずれか一方を実行し、かつ、描画データ補正段階を繰り返し実行する過程で、右側修正処理と左側修正処理とが、所定の交替規則に基づいて交替しながら行われるようにする補正方法ということができる。
なお、描画データ補正段階を繰り返し実行する過程で、右側修正処理と左側修正処理とを交替させるための交替規則としては、任意の規則を設定することができるが、一般的には、右側修正処理と左側修正処理とが毎回入れ替わるように交互に実行されるようにする規則を採用するのが好ましい。左右交互に修正処理を行うようにすれば、左右の補正バランスが最も均衡するため、線状パターンの中心位置のずれが最も小さくなるように制御することが可能になる。
(2) 上下両端の輪郭線に対する補正
これまで述べた実施例は、いずれも線状パターンの長手方向に直交する方向に関する幅(いわゆる線幅)について補正を行う例であり、上下方向に伸びるように配置された線状パターンについて、その左右の輪郭線に対する補正を行うものであったが、同様の手法を、上下の輪郭線に対する補正に利用することも可能である。この場合、本発明に係る描画データの補正方法を、線状パターンの長手方向の長さ(いわゆる線長)についての補正に利用することになる。
(3) 試行線幅Wtを実測により求める変形例
これまで述べてきた実施例では、図10に示すステップS2の試行線幅認識段階において(図20のステップS11,図21のステップS23,図40のステップS33の各段階も同様)、電子線照射プロセスシミュレーションと、現像プロセスシミュレーションと、を行い、試行線幅Wtをコンピュータシミュレーションによって求める方法を採っているが、本発明を実施するにあたり、試行線幅Wtは必ずしもコンピュータシミュレーションで求める必要はなく、実測により求めるようにしてもかまわない。
すなわち、試行描画データを実在のマルチビーム電子線描画装置に与えて、所定の露光条件に基づいて実在の被成形層に対して露光を行い、この実在の被成形層を所定の現像条件に基づいて実際に現像して、残存する被成形層により線状パターンを有する物理的な構造物を生成し、当該構造物に形成されている実在の線状パターンについての線幅を実測することにより、試行線幅Wtを求めることができる。この場合、たとえば、図10のステップS2の試行線幅認識段階は、コンピュータシミュレーションではなく、ステップS5の実パターニング段階と同様の物理的な処理プロセスとして実行されることになる。
ただ、最近は、電子線照射プロセスシミュレーションや現像プロセスシミュレーションの精度が向上しているため、実用上は、これまで述べた実施例のように、コンピュータシミュレーションによる試行線幅Wtを認識すれば十分である。図10の流れ図において、ステップS4の描画データ補正段階はコンピュータによって実行するべき処理であるから、ステップS2の段階をコンピュータシミュレーションによって実行するようにすれば、ステップS2,S3,S4からなる本発明に係る描画データの補正方法全体をコンピュータを利用して行うことができるようになる。
実際には、ステップS2,S3,S4の処理をコンピュータに実行させるためのプログラムを用意し、当該プログラムを汎用コンピュータに組み込むことにより、本発明に係る描画データの補正方法を実施することができる。
<<< §7. 予め記録しておいた補正態様を選択する補正処理方法 >>>
既に述べたとおり、図10の流れ図におけるステップS3,S4,S5の各段階は、マルチビーム電子線描画装置用の描画データ補正方法を構成する段階である。この描画データ補正方法は、所定の設計線幅Wdに基づいて設計された任意の描画データについて、シミュレーションにより(もしくは実測により)試行線幅Wtを認識し、試行線幅Wtと設計線幅Wdとの差として定義される寸法誤差δが0になるように、当該描画データに対して画素値修正を施す補正方法ということができる。そして、その基本手法の特徴は、描画データに対する画素値修正を1段階ずつ行いながら、毎回新たな寸法誤差δを求め、修正の成果をチェックする、という手順を繰り返す点にあり、いわば試行錯誤的な補正が行われることになる。
このように、試行錯誤的な補正を行うようにすれば、どのような描画データが与えられたとしても、同一のアルゴリズムに基づく処理によって対応することができるが、換言すれば、どのような描画データが与えられた場合でも、当該アルゴリズムに基づく手順を実施しなければならないことになる。
たとえば、設計線幅Wd=53nmに基づいて設計された原描画データとして、図22に示すような描画データが与えられた場合、図20の流れ図に示す手順を実行することにより、当該描画データは、図23,図24,図25という変遷を辿って修正され、図25に示す描画データが最終描画データとして得られることは、既に述べたとおりである。
そこで、ここでは、設計線幅Wd=43nmに基づいて設計された原描画データとして、図53に示すような描画データが与えられた場合や、設計線幅Wd=33nmに基づいて設計された原描画データとして、図54に示すような描画データが与えられた場合について考えてみる。このような場合でも、図20の流れ図に示す手順に従って、これまで述べてきた補正方法を実行すれば、それぞれについての最終描画データを得ることができる。しかしながら、どのような描画データが与えられた場合にも、毎回同じように、図20の流れ図に従った処理を行うことは、必ずしも効率的ではない。
たとえば、図53に示す設計線幅Wd=43nmの原描画データを、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データと比較すると、前者は、後者における画素列X3の画素値「15 15 15 15 15 15 15 15 」を「00000000」に置き換えたデータであることがわかる。同様に、図54に示す設計線幅Wd=33nmの原描画データを、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データと比較すると、前者は、後者における画素列X3および画素列X4の画素値「15 15 15 15 15 15 15 15 」を「00000000」に置き換えたデータであることがわかる。
ここに示す例の場合、縦横の画素ピッチはp=10nmであるから、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データにおいて、完全画素(画素値p=15の画素)からなる1列分の画素列を間引く処理を行えば、図53に示すような設計線幅Wd=43nmの原描画データが得られ、更に1列分の完全画素列を間引く処理を行えば、図54に示すような設計線幅Wd=33nmの原描画データが得られることは明白である。
ここで、これら3通りの原描画データは、設計線幅Wdが、53nm,43nm,33nmとそれぞれ異なっているものの、いずれも左側輪郭線が画素の輪郭に揃うように配置された線状パターンについての描画データになっている。このため、画素列X5〜X10に所属する各画素の画素値は全く同じになっている。これは、3通りの原描画データの設計線幅Wdが、いずれも画素ピッチdに満たない端数寸法「3nm」を有しているためである。図22,図53,図54に示す画素配列における右側の端部画素列X8には、いずれも「45454545」という画素値パターンが付与されているが、これは3通りの原描画データに共通する端数寸法「3nm」を不完全画素の画素値として表現したためである。
前述したように、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データについての寸法誤差δ=−0.3nmは、この端部画素列X8に不完全画素が付与されているために発生したものである。したがって、図53に示す設計線幅Wd=43nmの原描画データについても、図54に示す設計線幅Wd=33nmの原描画データについても、同様の原因により、同じ寸法誤差δ=−0.3nmが発生している。そうすると、図53に示す設計線幅Wd=43nmの原描画データや、図54に示す設計線幅Wd=33nmの原描画データに対しては、いずれも、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データについて行うべき画素値修正と同じ画素値修正を行えばよいことがわかる。
結局、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データについて、最終的に図25に示すような補正描画データが得られるようにするための固有の補正態様(すなわち、第1番目の補正画素列X9を「00000000」から「11111111」に置き換える補正態様)が既知であれば、図53に示す設計線幅Wd=43nmの原描画データが与えられた場合や、図54に示す設計線幅Wd=33nmの原描画データが与えられた場合にも、同じ補正態様を適用すればよいことになる。
もちろん、設計線幅Wd=63nmの原描画データ、設計線幅Wd=73nmの原描画データ等が与えられた場合も同様である。したがって、一般に、任意の整数uについて、設計線幅Wdが「10×u+3」nmで表現され、かつ、左右いずれか一方の輪郭線が画素の輪郭位置に配置されている線状パターンの描画データであれば、他方の輪郭線が位置する端部画素列には、いずれも「45454545」という画素値パターンが付与されていることになり、そのような描画データに対しては、常に、当該端部画素列の外側に隣接する補正画素列の画素値パターンを「00000000」から「11111111」に置き換えるという固有の補正態様に基づく補正を行えば、寸法誤差δを解消し、試行線幅Wt=「10×u+3」nmとすることができることになる。
図55は、設計線幅Wdを50nm〜60nmまで1nm刻みで変化させた11通りの描画データについて、所定の露光条件に基づいて電子線照射プロセスシミュレーションを行ったときに得られる総露光強度分布を示すグラフである。11通りの描画データは、いずれも左側輪郭線が共通位置にくるように配置されており、しかも当該共通位置が画素の輪郭に一致するように配置されている。このため、11通りのグラフ(大山)は、いずれも左側部分が重なり合っており、右側部分の位置が少しずつずれている。
このような11通りの総露光強度分布に基づいて、所定の現像条件(すなわち、閾値Eth)を設定して、試行線幅Wthを認識し、それぞれ初期寸法誤差δ0を求めてみると、図56の表に示す結果が得られる。更に、この結果をグラフとしてプロットすると、図57に示すようなグラフが得られる。このグラフは、横軸が設計線幅Wd(単位nm)、縦軸が初期寸法誤差δ0(単位nm)であり、図55に示す11通りのグラフに基づいて求めた、設計線幅Wdと初期寸法誤差δ0(いわゆるエッジポジションエラー)との関係を示している。
具体的には、この図57において実線で示すグラフG1は、11通りの設計線幅Wd=50,51,52,53,... ,60のそれぞれに対応する初期寸法誤差δ0(図56の表の値)をグラフ上にプロットし、これらプロットした11点を折れ線で結んだグラフであり、破線で示すグラフG2は、グラフの横軸をx、縦軸をyとして、折れ線グラフG1にフィットするような関数y=f(x)を示すグラフである。この例の場合、関数f(x)は、図示のとおり、y=−0.0079x3+1.3079x2−71.574x+1302.1なる式で表される。
これらのグラフによれば、設計線幅Wd=50nmおよび60nmの場合に、初期寸法誤差δ0=0nmになることがわかる。すなわち、設計線幅Wdが画素ピッチpの整数倍であれば、寸法誤差は生じないことになる。その理由は、§2で述べたように、一般的なマルチビーム電子線描画装置を用いたパターニングプロセスの場合、通常、輪郭線が画素の輪郭に一致するような線状パターンを示す描画データを与えた場合に、寸法誤差のない正確なパターンが形成されるような標準パターニング条件を設定した運用が行われるためである。図56に示す結果も、このような標準パターニング条件に基づくシミュレーションによって得られた結果であるため、画素ピッチp=10nmの整数倍となるWd=50nmおよび60nmにおいて、初期寸法誤差δ0が0になっている。
一方、画素ピッチdに満たない端数寸法をもつ設計線幅Wdについては、それぞれ所定量の初期寸法誤差δ0が発生している。ここで、グラフG1,G2の形に注目すると、S字を寝かしたカーブをしており、Wdが50nmから徐々に増加するにつれて、δ0は負の値を示す谷に向かって下ってゆき、やがて谷を上り、更に正の値に転じて山を上り、最後に山を下り、Wdが60nmとなった時点でδ0=0になるような形態をとっている。
図57には、設計線幅Wd=50nm〜60nmの区間についてのグラフしか示されていないが、前述したとおり、当該グラフは、設計線幅Wd=40nm〜50nmの区間や、設計線幅Wd=60nm〜70nmの区間にも適用可能である。すなわち、実際には、図示のS字を寝かしたカーブを左右に繰り返し配置すれば、設計線幅Wdの全範囲についてのグラフが得られることになる。別言すれば、設計線幅Wdに対する初期寸法誤差δ0の値を示すグラフは、周期10nm(=線幅方向の画素ピッチd)の周期関数として表すことができる。
このような特徴を考慮すれば、たとえば、11通りの設計線幅Wd=50,51,52,53,... ,60nmについての原描画データ(左右いずれか一方の輪郭線が画素の輪郭位置に配置されている線状パターンの描画データ)について、これまで述べてきた試行錯誤的な補正方法で補正を行い、それぞれについて固有の補正態様(画素値パターンの置き換え方)を把握し、当該固有の補正態様を予め記録しておくようにすれば、任意の設計線幅で設計された描画データが与えられた場合、予め記録しておいた補正態様から適切な補正態様を選択することにより、これまで述べてきた試行錯誤的な補正方法を実施することなしに補正を行うことが可能になる。
以上が、この§7で述べる補正処理方法の基本概念である。なお、本願では、§3〜§6で述べた試行錯誤的な補正方法(たとえば、図10の流れ図のステップS3,S4,S5からなる補正方法)については、文字通り「補正方法」という文言を用いることとし、この§7で述べる補正方法(予め記録しておいた補正態様を選択する補正方法)については、両者を区別する便宜上、「補正処理方法」という文言を用いることにする。
図58は、当該「補正処理方法」の第1の実施形態を示す流れ図である。この補正処理方法は、§3〜§6で述べた「補正方法」を利用して、マルチビーム電子線描画装置用描画データを補正するための補正処理方法であり、図示のとおり、補正準備段階(S71)と補正実行段階(S72)とによって構成される。
ステップS71の補正準備段階では、複数m通りの線状パターン(設計線幅)を露光するための複数m通りの原描画データを用意し、これら複数m通りの原描画データのそれぞれに対して、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行し、その結果に基づいて、個々の線状パターンのそれぞれに対応した複数m通りの補正態様を記録しておく作業が行われる。
たとえば、上述したように、11通りの設計線幅Wd=50,51,52,53,... ,60nmについての原描画データ(左右いずれか一方の輪郭線が画素の輪郭位置に配置されている線状パターンの描画データ)について、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行し、その結果に基づいて、個々の設計線幅のそれぞれに対応した11通りの補正態様を求める作業を行った場合は、図59の表に示すような情報が集まる。
この図59の表の左欄の「端数寸法」は、設計寸法Wdのうち、画素ピッチdに満たない端数部分の寸法を示しており、表には「d×0.1」〜「d×0.9」の9通りが掲載されている。ここに示す例の場合、画素ピッチd=10nmであるから、これら9通りの端数寸法は、それぞれ1nm,2nm,... ,9nmに対応する。また、表の中央欄の「補正態様」は、個々の端数寸法に対応して、図58のステップS71における補正準備段階で求められたものである。そして、表の右欄の「補正準備段階で用いた設計寸法」に記載された設計寸法Wdは、当該寸法で設計された原描画データについて、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行することにより、表の中央欄の固有の補正態様が得られたことを示すものである。
たとえば、表の第1行目に補正態様として掲載されている「置換画素値パターンR1」は、設計寸法Wd=51nmで設計された原描画データ(図26に示す描画データ)について§3〜§6で述べた「補正方法」を実行することにより得られた固有の補正態様であり、具体的には、図26に示す補正前の描画データを図27に示す補正後の描画データに補正することができるように、第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を新たな画素値パターン「10101010」に置換する補正態様を示す情報になっている。
同様に、表の第2行目に補正態様として掲載されている「置換画素値パターンR2」は、設計寸法Wd=52nmで設計された原描画データ(図29に示す描画データ)について§3〜§6で述べた「補正方法」を実行することにより得られた固有の補正態様であり、具体的には、図29に示す補正前の描画データを図38に示す補正後の描画データに補正することができるように、第1番目の補正画素列X9の画素値パターン「00000000」を新たな画素値パターン「11111111」に置換するとともに、第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「00000000」を新たな画素値パターン「32323232」に置換する補正態様を示す情報になっている。
一方、表の第6行目に補正態様として掲載されている「置換画素値パターンR6」は、設計寸法Wd=56nmで設計された原描画データ(図41に示す描画データ)について§3〜§6で述べた「補正方法」を実行することにより得られた固有の補正態様であり、具体的には、図41に示す補正前の描画データを図45に示す補正後の描画データに補正することができるように、端部画素列X8の画素値パターン「99999999」を新たな画素値パターン「89898989」に置換するとともに、第2番目の補正画素列X10の画素値パターン「00000000」を新たな画素値パターン「11111111」に置換する補正態様を示す情報になっている。
なお、画素ピッチdの整数倍となる設計寸法Wd=50nmおよび60nmで設計された原描画データについては、前述したように、標準パターニング条件の下では寸法誤差が発生しないので、補正を行う必要はない。したがって、図59の表には、図55に示す11通りのバリエーションから、設計寸法Wd=50nmおよび60nmの場合を除いた9通りのバリエーションについて、それぞれ固有の補正態様となる置換画素値パターンR1〜R9を求めた例が示されている。
一方、図58の流れ図におけるステップS72の補正実行段階では、任意の設計線幅をもった線状パターンを形成するための新たな描画データが与えられたときに、ステップS71の補正準備段階で記録されたm通りの補正態様の中から、当該線状パターンに対応する補正態様を選択し、新たな描画データに対して、選択された補正態様に基づく補正を行う作業が行われる。たとえば、ステップS71の補正準備段階で、図59に示す9通りのバリエーション(m=9)についての補正態様(置換画素値パターンR1〜R9)が記録されていた場合に、新たな描画データとして、設計線幅Wd=73nmの原描画データが与えられたとすると、設計線幅Wd=73nmの端数寸法は「3nm」(d×0.3)であるので、置換画素値パターンR3が補正態様として選択されることになる。
そこで、この置換画素値パターンR3に応じた画素値パターンの置き換え作業を行うことにより、ステップS72の補正実行段階の作業は完了する。この場合、与えられた設計線幅Wd=73nmの原描画データについては、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行する必要はなく、単純なプロセスで必要な補正を行うことができるので、より効率的な処理が可能になる。
結局、図58に示す補正処理方法を実施する際には、ステップS71の補正準備段階において、線状パターンの線幅方向に関する画素ピッチをdとしたときに、当該画素ピッチdに満たない端数寸法のバリエーションについてそれぞれ所定の補正態様を記録しておくようにし、ステップS72の補正実行段階では、与えられた新たな描画データの設計線幅について、画素ピッチdに満たない端数寸法を求め、当該端数寸法に対応した補正態様を選択するようにすればよい。
なお、図59に示す9通りの置換画素値パターンR1〜R9は、いずれも「左右いずれか一方の輪郭線が画素の輪郭位置に配置されている線状パターンの描画データ」という条件を満たす場合の補正態様のバリエーションを示すものであるので、そのような条件を満たさない任意の原描画データが与えられた場合には、これらの補正態様をそのまま適用することはできない。
たとえば、図22に示す設計線幅Wd=53nmの原描画データにおいて、端部画素列X8の画素値パターンが「45454545」になっているのは、当該原描画データにおいて、線状パターンの左側輪郭線が画素の輪郭位置(画素列X2とX3との境界位置)に配置されているためである。したがって、当該線状パターンの画素配列に対する相対位置を、たとえば、1nmだけ左方向にずらした場合、設計線幅がWd=53nmであることに変わりはないが、端部画素列X8の画素値パターンは「33333333」になる。したがって、そのような描画データに対する補正態様は、置換画素値パターンR3とは若干異なったものになる。
このように、任意の設計線幅Wdをもつ線状パターンを、画素配列上の任意の位置に配置した描画データについても、図58に示す補正処理方法を適用できるようにするには、複数通りの設計線幅Wdのバリエーションだけでなく、複数通りの配置に関するバリエーションをもった補正態様を用意しておくようにすればよい。
たとえば、図59に示す例の場合、ステップS71の補正準備段階において、設計線幅Wd=53の描画データを用いることにより、置換画素値パターンR3という1通りの補正態様のみを求めているが、同じ設計線幅Wd=53の描画データであっても、左側輪郭線の画素配列に対する相対位置が異なる複数通りの補正態様を求めておけば、置換画素値パターンR3−1,R3−2,R3−3,... のようなバリエーションを用意することができる。そうすれば、ステップS72の補正実行段階では、設計線幅Wd=53という情報だけでなく、左側輪郭線の位置(画素の輪郭に対する相対的なずれ)という情報も考慮して、適切な補正態様を選択することにより、正確な補正処理を行うことができるようになる。
そこで、複数通りの設計線幅Wdのバリエーションだけでなく、複数通りの配置(画素配列に対する相対位置)に関するバリエーションをもった補正態様を用意しておく場合の補正処理方法では、ステップS71の補正準備段階において、複数m通りの線状パターン(設計線幅Wdが異なるバリエーションだけでなく、画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含めたm通りの線状パターン)を露光するための複数m通りの原描画データを用意し、これら複数m通りの原描画データのそれぞれに対して§3〜§6で述べた「補正方法」を実行し、その結果に基づいて、それぞれに対応した複数m通りの補正態様を記録しておく作業を行うようにする。
そして、ステップS71の補正実行段階において、任意の線状パターン(所定の設計線幅Wdをもち、画素配列に対して所定の配置位置をもつ線状パターン)を形成するための新たな描画データが与えられたときに、このm通りの補正態様の中から当該任意の線状パターンに対応する補正態様を選択し、与えられた新たな描画データに対して、選択された補正態様に基づく補正を行うようにすればよい。
続いて、図60の流れ図を参照しながら、本発明に係るマルチビーム電子線描画装置用描画データの補正処理方法の第2の実施形態を説明する。図58の流れ図に示した第1の実施形態は、「パターニング条件が固定されている」という前提で採用される方法である。
すなわち、ステップS71の補正準備段階では、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行することにより、複数m通りの補正態様を求める処理を行うことになるが、このとき、試行線幅Wtをシミュレーションや実測で認識するために、所定のパターニング条件(露光条件と現像条件)を設定する必要がある。露光条件は、個々の電子ビームの照射強度分布(小山)を定める重要なパラメータであり、現像条件は、閾値Ethを決定する上で重要なパラメータである。したがって、全く同一の描画データを用いたとしても、パターニング条件が異なれば、全く異なるパターニング結果が得られることになり、当然ながら、描画データに対する補正態様も異なるものになる。
もちろん、常に同一の露光条件で実際の電子線照射プロセスを行い、常に同一の現像条件で現像プロセスを行う、ということであれば、図58に示す第1の実施形態に係る補正処理方法を行えば十分である。
しかしながら、様々なマルチビーム電子線描画装置を用いて、様々なレジスト材料を用いてパターニングを行うケースでは、個々のパターニング条件に応じて、最適な補正態様を選択できるようにしておいた方が好ましい。図60の流れ図に示す第2の実施形態に係る補正処理方法は、このような要望に応えるためのものであり、図示のとおり、補正準備段階(S81)と補正実行段階(S82)とによって構成される。
ここで、ステップS81の補正準備段階では、複数m通りの線状パターン(設計線幅Wdが異なるバリエーションだけでなく、必要に応じて、画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含めたm通りの線状パターン)を露光するための複数m通りの原描画データを用意するとともに、複数n通りのパターニング条件を設定し、上記複数m通りの原描画データのそれぞれに対して、複数n通りのパターニング条件をそれぞれ適用して、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行し、その結果に基づいて、個々の線状パターンのそれぞれに、かつ、個々のパターニング条件のそれぞれに対応した複数(m×n)通りの補正態様を記録しておく処理を行う。
一方、ステップS82の補正実行段階では、任意の線状パターン(所定の設計線幅Wdをもち、画素配列に対して所定の配置位置をもつ線状パターン)を、任意のパターニング条件に基づいて形成するための新たな描画データが与えられたときに、上記(m×n)通りの補正態様の中から、当該任意のパターニング条件および当該任意の線状パターンに対応する補正態様を選択し、与えられた新たな描画データに対して、選択された補正態様に基づく補正を行う。
このように、この§7で述べる補正処理方法では、予め複数通りの線状パターンに対応した補正態様を記録しておき、これらから選択された補正態様に基づく補正を行うようにしたため、単純なプロセスで必要な補正を行うことが可能になる。もちろん、この補正処理方法は、実際には、コンピュータに所定のプログラムを組み込むことにより実行することができる。
<<< §8. 本発明に係る描画データの補正装置および補正処理装置 >>>
これまで本発明に係る技術思想を、パターニング方法または当該パターニング方法に利用できる描画データの補正方法もしくは補正処理方法という方法発明として把握した説明を行ってきた。ここでは、当該技術思想を、マルチビーム電子線描画装置用描画データの補正装置もしくは補正処理装置という装置発明として把握した説明を行うことにする。
図61は、本発明に係るマルチビーム電子線描画装置用描画データの補正装置の実施形態を示すブロック図である。ここに示されているデータの補正装置100は、被成形層に所定のパターンを露光描画する機能をもったマルチビーム電子線描画装置に与える描画データを補正するために用いられ、§3〜§6で述べた「補正方法」を実行する機能をもった装置である。別言すれば、試行錯誤的な画素値修正を繰り返し実行することにより、補正を実行するタイプの装置である。
図示のとおり、このデータの補正装置100は、データ入力部110と、試行線幅認識部120と、描画データ補正部130と、を備えている。ここで、データ入力部110は、所定の設計線幅Wdをもった線状パターンを露光するための原描画データD11と、当該設計線幅Wdを示す線幅データD12と、を入力する役割を果たす。
一方、試行線幅認識部120は、特定の描画データを試行描画データとして仮想のマルチビーム電子線描画装置に与え、特定のパターニング条件(露光条件および現像条件)で特定の被成形層に対する露光および現像を仮想的に行うパターニングプロセスのシミュレーション(これまで述べてきた電子線照射プロセスシミュレーションおよび現像プロセスシミュレーション)を行い、残存する被成形層により形成される線状パターンの線幅を試行線幅Wtとして認識する処理を行う。当該処理の具体的な内容は、既に試行線幅認識段階として説明したとおりである。
そして、描画データ補正部130は、設計線幅Wdと試行線幅Wtとの差に相当する寸法誤差δを修正するために、試行描画データに対する補正を行い、補正描画データを作成する処理を行う。当該処理の具体的な内容は、描画データ補正方法として§5等で詳述したとおりである。
ここで、試行線幅認識部120は、最初は、与えられた原描画データD11を試行描画データとし、それ以後は、描画データ補正部130で作成された補正描画データを新たな試行描画データとして、それぞれ試行線幅Wtを認識する処理を行う。また、描画データ補正部130は、所定の補正完了条件が満たされるまで、試行線幅認識部120が認識した試行線幅Wtによって定まる寸法誤差δを修正するための補正を繰り返し実行する。
このデータの補正装置100の具体的な動作は、§3〜§6で述べた「補正方法」に応じたものになるため、ここでは詳しい説明は省略する。
続いて、図62のブロック図を参照しながら、本発明に係るマルチビーム電子線描画装置用描画データの補正処理装置の第1の実施形態を説明する。この図62に示されているデータの補正処理装置200は、図58に示す補正処理方法におけるステップS72の補正実行段階を実行するための装置であり、被成形層に所定のパターンを露光描画する機能をもったマルチビーム電子線描画装置に与える描画データを補正する処理機能を有している。
別言すれば、この装置200は、§7で述べた予め記録しておいた補正態様を選択する補正処理方法を実行するタイプの装置である。そこで、図61に示すデータの補正装置100(試行錯誤的な方法で補正を行うタイプの装置)と区別する便宜上、装置200については、「補正装置」ではなく、「補正処理装置」という文言を用いることにする。
図62に示すとおり、データの補正処理装置200は、データ入力部210と、補正実行部220と、補正態様記録部230と、を備えている。ここで、データ入力部210は、所定の設計線幅Wdをもった線状パターンを露光するための原描画データD21を入力する役割を果たす。
一方、補正態様記録部230には、複数m通りの線状パターン(設計線幅Wdが異なるバリエーションだけでなく、必要に応じて、画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含めたm通りの線状パターン)のそれぞれに対応して複数m通りの補正態様が記録されている。これらの補正態様は、図58の流れ図におけるステップS71の補正準備段階で準備されたものである。
たとえば、互いに異なる設計線幅をもつ複数m通りの線状パターンのそれぞれに対応した補正態様を記録しておくのであれば、図59の表に示されている置換画素値パターンR1〜R9を記録しておけばよい(この場合、m=9)。これに対して、画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含める場合には、§7で述べたとおり、置換画素値パターンR3−1,R3−2,R3−3,... のようなバリエーションも用意しておく必要があるので、設計線幅と配置位置との組み合わせが異なる合計m通りの線状パターンのそれぞれに対応した補正態様を記録しておくようにする。
補正実行部220は、この補正態様記録部230に記録されている補正態様の中から、データ入力部210が入力した原描画データD21で示される線状パターンに対応した補正態様を選択し、当該原描画データD21に対して、選択された補正態様に基づく補正処理を行い、その結果得られる描画データを補正描画データD22として出力する機能を果たす。具体的な補正処理の内容は、§7で説明したとおりである。
補正態様記録部230に、互いに異なる設計線幅をもつ複数m通りの線状パターンのそれぞれに対応した補正態様が記録されている場合、補正実行部220は、原描画データD21で示される線状パターンの設計線幅を認識し、認識した設計線幅に対応した補正態様を選択すればよい。一方、補正態様記録部230に、設計線幅と配置位置との組み合わせが異なる合計m通りの線状パターンのそれぞれに対応した補正態様が記録されている場合、補正実行部220は、原描画データD21で示される線状パターンの設計線幅および配置位置を認識し、認識した設計線幅および配置位置の組み合わせに対応した補正態様を選択すればよい。
補正実行部220が、このような選択を行うためには、原描画データD21で示される線状パターンに対応した設計線幅Wdや、必要に応じて、線状パターンの画素配列に対する相対的な配置位置を示す情報が必要になる。これらの情報は、原描画データD21を構成する画素配列を解析することにより得ることができる。たとえば、図11に示す設計線幅Wd=53nmをもつ線状パターンに対して、図10のステップS1bに示すラスタライズ処理を行うと、図12に示す原描画データが得られる。したがって、当該ラスタライズ処理と逆の処理を行えば、図12に示す原描画データから、図11に示すベクトル形式の線状パターンを認識することができ、これを解析することにより、設計線幅として「Wd=53nm」なる情報を認識することができ、配置位置として「左側輪郭線が画素の輪郭に一致する位置」なる情報を認識することができる。
もちろん、上述したような解析処理の手間を省くために、データ入力部210に、原描画データD21とともに、設計線幅Wdや配置位置を示す情報をデータとして入力する機能をもたせておき、データの補正処理を行う際には、データ入力部210に対して、原描画データD21とともに、設計線幅Wdや配置位置を示す情報を与えるようにしてもよい。
最後に、図63のブロック図を参照しながら、本発明に係るマルチビーム電子線描画装置用描画データの補正処理装置の第2の実施形態を説明する。この図63に示されているデータの補正処理装置300は、図60に示す補正処理方法におけるステップS82の補正実行段階を実行するための装置であり、被成形層に所定のパターンを露光描画する機能をもったマルチビーム電子線描画装置に与える描画データを補正する処理機能を有している。ただ、図60に示す補正処理方法と同様に、様々なマルチビーム電子線描画装置を用いて、様々なレジスト材料を用いてパターニングを行うケースにも対応できるように、個々のパターニング条件に応じて、最適な補正態様を選択できる機能を有している。
図63に示すとおり、データの補正処理装置300は、データ入力部310と、補正実行部320と、補正態様記録部330と、を備えている。ここで、データ入力部310は、所定の設計線幅をもった線状パターンを露光するための原描画データD31と所定のパターニング条件を示す条件データD32とを入力する役割を果たす。
一方、補正態様記録部330には、複数m通りの線状パターン(設計線幅Wdが異なるバリエーションだけでなく、必要に応じて、画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含めたm通りの線状パターン)のそれぞれに、かつ、複数n通りのパターニング条件のそれぞれに対応して、複数(m×n)通りの補正態様が記録されている。これらの補正態様は、図60の流れ図におけるステップS81の補正準備段階で準備されたものであり、たとえば、図59の表に示されている置換画素値パターンR1〜R9(画素配列に対する相対的な配置位置が異なるバリエーションも含める場合には、§7で述べたとおり、置換画素値パターンR3−1,R3−2,R3−3,... も含めたパターン)を、n通りのパターニング条件のそれぞれについて用意したものになる。
補正実行部320は、この補正態様記録部330に記録されている補正態様の中から、データ入力部210が入力した原描画データD31で示される線状パターンおよび条件データD32によって示されるパターニング条件に対応した補正態様を選択し、当該原描画データD31に対して、選択された補正態様に基づく補正処理を行い、その結果得られる描画データを補正描画データD33として出力する機能を果たす。具体的な補正処理の内容は、§7で説明したとおりである。
もちろん、図62に示すデータの補正処理装置200や図63に示すデータの補正処理装置300は、実際には、コンピュータに所定のプログラムを組み込むことにより実行することができる。
なお、上述した補正処理装置200,300におけるデータ入力部210,310が入力する実際の原描画データは、実際には、被成形層上の露光対象面に縦横にそれぞれ所定ピッチで配置された多数の照射基準点Qに照射すべき電子線強度を示す画素値をもった二次元画素配列によって構成されており、補正態様記録部230,330には、線状パターンの長手方向に沿った輪郭線の内側直近部を含む画素列を端部画素列と定義し、当該端部画素列に対して当該線状パターンの外側方向の近傍に位置する画素列を補正画素列と定義したときに、補正画素列を構成する画素の画素値を所定の画素値に置換する補正態様が記録されていることになる。
また、図57のグラフに示すように、初期寸法誤差δ0は、設計線幅Wdに対して、線状パターンの線幅方向に関する画素ピッチd(図示の場合、d=10nm)の周期をもつ周期関数として定義される値になる。したがって、実用上は、§7で述べたとおり、補正態様記録部230,330には、線状パターンの線幅方向に関する画素ピッチをdとしたときに、当該画素ピッチdに満たない端数寸法のバリエーションについてそれぞれ所定の補正態様を記録しておくようにし、補正実行部220,230が、設計線幅の画素ピッチdに満たない端数寸法に対応した補正態様を選択するようにするのが好ましい。