以下に、本発明に係るハイブリッド車両の動力伝達装置の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。尚、この実施例によりこの発明が限定されるものではない。
[実施例]
本発明に係るハイブリッド車両の動力伝達装置の実施例を図1から図15に基づいて説明する。
図1の符号1は、本実施例のハイブリッドシステムを示す。また、図1の符号100は、このハイブリッドシステム1が搭載されたハイブリッド車両を示す。
ハイブリッドシステム1は、エンジンENGと第1回転機MG1と第2回転機MG2とを動力源として備える。
エンジンENGは、エンジン回転軸11に機械的な動力(出力トルク)を発生させる内燃機関や外燃機関等の機関である。このエンジンENGは、その動作が図2に示す電子制御装置(以下、「エンジンECU」という。)91によって制御される。尚、そのエンジンECU91は、エンジンENGの図示トルクを要求図示トルク(要求エンジントルク)に基づいて制御する場合もあれば、エンジンENGの軸トルク(正味トルク)を要求軸トルク(要求エンジントルク)に基づいて制御する場合もある。
第1回転機MG1は、力行駆動時の電動機(モータ)としての機能と、回生駆動時の発電機(ジェネレータ)としての機能と、を有し、回転軸(以下、「MG1回転軸」という。)12に出力トルク(以下、「MG1トルク」という。)を発生させる電動発電機(モータジェネレータ)である。第2回転機MG2についても、これと同じであり、回転軸(以下、「MG2回転軸」という。)13に出力トルク(以下、「MG2トルク」という。)を発生させる。これら第1及び第2の回転機MG1,MG2は、その動作が図2に示す電子制御装置(以下、「MGECU」という。)92によって制御される。
更に、このハイブリッドシステム1には、その各動力源の相互間における動力伝達、そして、夫々の動力源と駆動輪Wとの間での動力伝達を行うことが可能な動力伝達装置が設けられている。その動力伝達装置は、直列接続された変速装置20と差動装置30とを備える。この例示のハイブリッドシステム1は、エンジン回転軸11とMG1回転軸12とを同心に配置し、かつ、これらに対して間隔を空けて平行にMG2回転軸13を配置した複軸式のものである。このハイブリッドシステム1は、エンジンENG側に変速装置20が配置され、第1回転機MG1側に差動装置30が配置されている。
変速装置20は、エンジンENGとの間の動力伝達を担う第1動力伝達要素と、差動装置30との間の動力伝達を担う第2動力伝達要素と、を有する。この変速装置20は、その内の一方の動力伝達要素に入力された回転を変速して他方の動力伝達要素に伝えることができる。
ここで例示する変速装置20は、遊星機構を備えたものである。この例示の遊星機構は、シングルピニオン型の遊星歯車機構であり、差動回転が可能な複数の回転要素(以下、「変速回転要素」という。)としてのサンギヤS1とリングギヤR1と複数のピニオンギヤP1とキャリアC1とを有する。この変速装置20においては、サンギヤS1とリングギヤR1とキャリアC1の内の何れか1つがエンジンENGに接続され、その残りの内の1つが差動装置30に接続される。この例示では、エンジン回転軸11とキャリアC1とを回転軸21を介して一体回転し得るよう連結させる。従って、ここでは、キャリアC1又は当該キャリアC1の回転軸21が上述した第1動力伝達要素となる。また、この例示では、リングギヤR1に差動装置30を連結する。そのリングギヤR1は、上述した第2動力伝達要素であり、差動装置30の各差動回転要素の内の1つ(ここでは後述するようにキャリアC2)に対して一体回転できるように連結する。
ハイブリッドシステム1には、変速装置20を動作させる変速制御装置40が設けられている。その変速制御装置40は、変速装置20の変速比又は変速段を変更するためのものであると共に、その動力伝達が可能な状態と後述するニュートラル状態との間の切り替えを行うためのものでもある。具体的に、この変速制御装置40は、変速装置20における所定の変速回転要素の回転状態や停止状態を調整する2つの係合装置を備える。この例示では、クラッチCL1とブレーキBK1とが係合装置として設けられている。
クラッチCL1は、サンギヤS1とキャリアC1との間の断接状態を調整する油圧駆動又は電動のクラッチ装置である。このクラッチCL1は、サンギヤS1と一体になって回転する第1係合部材と、キャリアC1と一体になって回転する第2係合部材と、を有する。このクラッチCL1は、後述するHVECU90の制御によって解放状態、半係合状態又は完全係合状態となる摩擦係合式のものである。解放状態では、第1係合部材と第2係合部材との間の連結が切り離され、サンギヤS1とキャリアC1とが相対回転できるので、変速装置20における遊星歯車機構の差動回転が許容されている。半係合状態では、第1係合部材と第2係合部材とを滑らせながら、これらを一体回転させない範囲内でサンギヤS1とキャリアC1の相対回転が許容されている。完全係合状態では、第1係合部材と第2係合部材とが一体化し、サンギヤS1とキャリアC1とが相対回転できないので、変速装置20における遊星歯車機構の差動回転が禁止されている。
ブレーキBK1は、サンギヤS1の回転を規制する油圧駆動又は電動のブレーキ装置である。このブレーキBK1は、サンギヤS1と一体になって回転する第1係合部材と、車体側(例えば動力伝達装置のケース等)に固定した第2係合部材と、を有する。このブレーキBK1は、HVECU90の制御によって解放状態、半係合状態又は完全係合状態となる摩擦係合式のものである。解放状態では、第1係合部材と第2係合部材との間の連結が切り離され、サンギヤS1の回転が許容されている。半係合状態では、第1係合部材と第2係合部材とを滑らせながら、これらを一体回転させない範囲内でサンギヤS1の回転が許容されている。完全係合状態では、第1係合部材と第2係合部材とが一体化し、サンギヤS1の回転が禁止されている。
変速装置20は、クラッチCL1とブレーキBK1とが共に解放状態にあるときに、入出力間(第1動力伝達要素と第2動力伝達要素との間)での動力伝達が不能なニュートラル状態となる。このニュートラル状態では、エンジンENGと差動装置30との間の動力伝達が遮断されている。
一方、この変速装置20においては、クラッチCL1とブレーキBK1の内の何れか一方を係合させた場合、入出力間での動力伝達が可能な状態になり、エンジンENGと差動装置30との間で動力を伝達することができる。
例えば、クラッチCL1を解放させ、かつ、ブレーキBK1を完全係合させた場合、変速装置20においては、サンギヤS1が固定された状態(回転停止状態)で差動回転を行い、キャリアC1に入力されたエンジンENGの回転を増速させてリングギヤR1から出力させる。つまり、この場合の変速装置20は、変速比が1よりも小さいオーバドライブ(OD)状態となる。これに対して、クラッチCL1を完全係合させ、かつ、ブレーキBK1を解放させた場合、変速装置20においては、全ての変速回転要素が一体になって回転する差動回転の禁止状態になり、入出力間(キャリアC1とリングギヤR1との間)が直結状態になるので、キャリアC1に入力されたエンジンENGの回転を等速でリングギヤR1から出力させる。つまり、この場合の変速装置20は、変速比が1になる。このように、この変速装置20は、クラッチCL1の解放とブレーキBK1の完全係合によって高速側の変速段(高速段)となり、クラッチCL1の完全係合とブレーキBK1の解放によって低速側の変速段(低速段)となる。このハイブリッドシステム1では、このように変速装置20の変速比が1以下なので、必ずしも第1回転機MG1の高トルク化を図る必要がない。
差動装置30は、遊星機構を備える。この例示の遊星機構は、シングルピニオン型の遊星歯車機構であり、差動回転が可能な複数の回転要素(以下、「差動回転要素」という。)としてのサンギヤS2とリングギヤR2と複数のピニオンギヤP2とキャリアC2とを有する。この差動装置30においては、連結対象との間の動力伝達要素ともいえるサンギヤS2とリングギヤR2とキャリアC2の内の何れか1つが変速装置20を介してエンジンENGに接続され、その残りの内の1つが第1回転機MG1に接続され、最後の1つが第2回転機MG2と駆動輪Wとに接続される。この例示では、変速装置20のリングギヤR1をキャリアC2に連結する。サンギヤS2には、MG1回転軸12を一体回転できるように連結する。リングギヤR2には、第2回転機MG2と駆動輪Wを連結する。
そのリングギヤR2と第2回転機MG2及び駆動輪Wとの間には、リングギヤR2と同心の一体回転可能なカウンタドライブギヤ51と、このカウンタドライブギヤ51と噛み合うカウンタドリブンギヤ52と、このカウンタドリブンギヤ52と噛み合うリダクションギヤ53と、が配置されている。そのリダクションギヤ53は、MG2回転軸13の軸上に固定されている。
ここで、この例示のハイブリッド車両100は、FF(Front engine Front drive)車、RR(Rear engine Rear drive)車又はFF車若しくはRR車ベースの四輪駆動車であると仮定する。このため、カウンタドリブンギヤ52の回転軸(カウンタシャフト54)の軸上には、ドライブピニオンギヤ55が固定される。そのドライブピニオンギヤ55は、差動装置56のデフリングギヤ57と噛み合い状態にある。差動装置56は、左右の駆動軸58を介して駆動輪Wに連結されている。つまり、そのカウンタシャフト54は、このハイブリッドシステム1における駆動輪W側への出力軸(以下、「システム出力軸」という。)となる。例えば、このハイブリッドシステム1は、そのドライブピニオンギヤ55とデフリングギヤ57(つまり差動装置56)を第2回転機MG2とリダクションギヤ53との間に配置することで、コンパクト化を図ることができる。
この動力伝達装置においては、変速装置20の変速比と差動装置30の変速比とから全体の変速比(言うなればハイブリッドシステム1のシステム変速比)が決まる。このシステム変速比とは、この動力伝達装置においての入出力間の回転数比のことであり、この動力伝達装置の出力側回転数(差動装置30のリングギヤR2の回転数)に対する入力側回転数(変速装置20のキャリアC1の回転数)の比(減速比)を表したものである。従って、この動力伝達装置では、差動装置30だけで変速機としての機能を構成するよりも変速比の幅が広くなる。
このハイブリッドシステム1には、図2に示すように、エンジンECU91とMGECU92とを統括制御すると共にシステムの統合制御を行う統合ECU(以下、「HVECU」という。)90が設けられており、これらのECUによって本システムの制御装置が構成される。
HVECU90には、車速センサ、アクセル開度センサ、MG1回転数センサ、MG2回転数センサ、出力軸回転数センサ、バッテリセンサ等の各種センサが接続されている。このHVECU90は、その各種センサによって、車速、アクセル開度、第1回転機MG1の回転数(MG1回転数)、第2回転機MG2の回転数(MG2回転数)、動力伝達装置の出力軸(例えば差動装置30のリングギヤR2の回転軸)の回転数、二次電池のSOC(State of Charge)等を取得する。
HVECU90は、取得した情報に基づいて、ハイブリッド車両100の要求車両駆動力、要求パワー、要求トルク等を算出し、これに基づき、要求エンジントルク、要求MG1トルク及び要求MG2トルクを算出して、エンジンECU91とMGECU92に出力制御の指令を送る。
また、このHVECU90は、クラッチCL1に対する供給油圧の指令値(PbCL1)とブレーキBK1に対する供給油圧の指令値(PbBK1)を油圧調整装置(図示略)に出力する。油圧調整装置は、その指令値に応じてクラッチCL1とブレーキBK1を係合動作又は解放動作させる。
このハイブリッドシステム1においては、電気自動車(EV)走行モードとハイブリッド(HV)走行モードとが設定されている。EV走行モードとは、第1及び第2の回転機MG1,MG2の内の少なくとも1つの動力で走行させる走行モードのことである。HV走行モードとは、エンジンENGの動力のみでの走行、又は、エンジンENGの動力に加えて第2回転機MG2の動力も使った走行を行う走行モードのことである。
図3には、その走行モード毎のハイブリッドシステム1の作動係合表を示している。その作動係合表のクラッチCL1の欄とブレーキBK1の欄において、丸印は完全係合状態を表し、空欄は解放状態を表している。また、三角印は、クラッチCL1が完全係合状態であればブレーキBK1が解放状態となり、クラッチCL1が解放状態であればブレーキBK1が完全係合状態となることを表している。この作動係合表の第1回転機MG1の欄と第2回転機MG2の欄において、「G」は発電機としての作動状態が主となることを表し、「M」は電動機としての作動状態が主となることを表している。
[EV走行モード]
EV走行モードは、第2回転機MG2のみを動力源とする単独モータEVモードと、第1及び第2の回転機MG1,MG2の双方を動力源とする両モータEVモードと、に分けられる。単独モータEVモードは、低負荷運転時に選択され、両モータEVモードは、それよりも高負荷運転時に選択される。
[単独モータEVモード]
二次電池が充電可能な場合には、必ずしもエンジンブレーキによる電力消費を必要としない。このため、この場合の単独モータEVモードでは、クラッチCL1とブレーキBK1を共に解放させ、変速装置20をニュートラル状態にする。前進させる場合、HVECU90は、第2回転機MG2に正回転で要求車両駆動力に応じた正のMG2トルクを出力させる。正回転とは、前進時におけるMG2回転軸13や差動装置30のリングギヤR2の回転方向のことである。図4には、この前進時の共線図を示している。一方、後進させる場合には、第2回転機MG2に負回転で要求車両駆動力に応じた負のMG2トルクを出力させる。
このEV走行時には、変速装置20のリングギヤR1が連れ回されるが、変速装置20がニュートラル状態なので、エンジンENGが0回転のまま連れ回されない。このため、このEV走行時には、第1回転機MG1の回生量を大きく取ることができる。更に、ここでは、エンジンENGを停止させた状態で走行でき、エンジンENGの引き摺り損失が発生しないので、燃費(電費)を向上させることができる。
ここで、この単独モータEVモードでは、差動装置30の差動回転に伴う第1回転機MG1の引き摺り損失を低減させることが望ましい。具体的に、HVECU90は、第1回転機MG1に僅かなトルクを掛けて発電させ、このMG1回転数を0回転にフィードバック制御することで、第1回転機MG1の引き摺り損失を低減させることができる。また、第1回転機MG1にトルクを掛けずとも当該第1回転機MG1を0回転に維持できるときは、第1回転機MG1にトルクを加えずに当該第1回転機MG1の引き摺り損失の低減を図ればよい。また、第1回転機MG1の引き摺り損失を低減する為には、この第1回転機MG1のコギングトルク又はd軸ロックを利用して、第1回転機MG1を0回転にしてもよい。d軸ロックとは、回転子を固定するような磁界を発生させる電流をインバータから第1回転機MG1に供給することで、この第1回転機MG1を0回転に制御することをいう。
また、二次電池の充電が禁止される場合には、その二次電池を放電させるべく、エンジンブレーキを併用した単独モータEVモードで走行すればよい。この場合には、図3に示すように、クラッチCL1とブレーキBK1の内の何れか一方だけを係合させることで、エンジンENGを連れ回し状態にし、エンジンブレーキを発生させる。その際、HVECU90は、第1回転機MG1の制御によりエンジン回転数を上昇させる。
[両モータEVモード]
両モータEVモードにおいて、HVECU90は、クラッチCL1とブレーキBK1を共に完全係合させ、変速装置20の全ての変速回転要素を停止させる。これにより、ハイブリッドシステム1においては、エンジンENGの回転数が0になり、また、差動装置30のキャリアC2が0回転にロックされる。図5には、このときの共線図を示している。
HVECU90は、要求車両駆動力に応じたMG1トルクとMG2トルクとを出力させる。その際、キャリアC2は、その回転が禁止されているので、MG1トルクに対する反力を取ることができる。従って、前進時には、第1回転機MG1に負回転で負のMG1トルクを出力させることで、正回転のトルクをリングギヤR2から出力させることができる。一方、後進時には、第1回転機MG1に正回転で正のMG1トルクを出力させることで、負回転のトルクをリングギヤR2から出力させることができる。
[HV走行モード]
HV走行モードにおいては、第1回転機MG1で反力を取りながらエンジンENGの出力トルクのみ又はエンジンENGの出力トルクとMG2トルクとで走行する。その際にシステム出力軸(カウンタシャフト54)に伝達されるエンジンENGからのトルクは、いわゆるエンジン直達トルクといわれるものである。そのエンジン直達トルクは、電気パスを介することなくエンジンENGから機械的に伝達され、最終的に駆動輪Wへと伝えられる。このHV走行モードは、変速装置20が高速段のときの走行モード(以下、「HVハイモード」という。)と、変速装置20が低速段のときの走行モード(以下、「HVローモード」という。)と、に分けられる。図6には、HVハイモードにおける共線図を例示している。
HVECU90は、クラッチCL1の解放とブレーキBK1の完全係合によって、HVハイモードに制御する。一方、HVECU90は、クラッチCL1の完全係合とブレーキBK1の解放によって、HVローモードに制御する。
後進時には、HVローモードを使う。後進時には、第1回転機MG1を発電機、第2回転機MG2を電動機として動作させ、この第2回転機MG2を前進時とは逆向きに回転させる。
HVECU90は、そのHVハイモードとHVローモードの切り替えを行う際に、変速装置20と差動装置30とを同時に変速させる協調変速制御を実行する。このハイブリッドシステム1においては、変速装置20と差動装置30と第1回転機MG1とクラッチCL1とブレーキBK1とでシステム全体における変速システムが構成される。このため、これらの構成は、第1回転機MG1の回転を電気的に制御することで、システム変速比が連続的に変化させられる電気的無段変速機として動作させることができる。回生させる場合には、主に第2回転機MG2を利用する。
HV走行を行う際には、高車速走行時に動力循環の低減が可能なHVハイモードを選択させ、これよりも低い中低車速で走行しているときにHVローモードを選択させる。このハイブリッドシステム1では、1よりもハイギヤ側にシステム変速比が2つのメカニカルポイント(システム変速比γ1≠システム変速比γ2)を有するので、HV走行モードにおいてハイギヤで動作しているときの伝達効率を向上させることができ、高車速走行時の燃費を向上させることができる。
HVECU90は、EV走行モードからHV走行モードへと切り替えるときに、停止中のエンジンENGを始動させる。現在のEV走行が単独モータEVモード(エンジンブレーキ不要)の場合、HVECU90は、ニュートラル状態の変速装置20を切り替え後のHV走行モード(HVハイモード又はHVローモード)に応じた目標変速段へと変速させる。また、現在のEV走行がエンジンブレーキ併用時の単独モータEVモードの場合、HVECU90は、変速装置20における現在の変速段(高速段又は低速段)と切り替え後のHV走行モードに応じた目標変速段とが異なる場合、その目標変速段へと変速装置20を変速させる。また、現在のEV走行が両モータEVモードの場合、HVECU90は、直結状態の変速装置20を切り替え後のHV走行モードに応じた目標変速段へと変速させる。そのエンジンENGの始動に際しては、第1回転機MG1でエンジンENGの回転数を上昇させて点火する。その際、第2回転機MG2には、第1回転機MG1が受ける反力に対してのキャンセルトルクを加えたMG2トルクを出力させる。
ところで、HV走行中には、加減速時のショックを低減させるなど、所望の目的を達成するために、エンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることがある。その際には、例えば、エンジンENGの出力制御を行い、要求軸トルクに対応させた要求図示トルクへとエンジンENGの図示トルクを低減させる。しかしながら、エンジンENGにおいては、所定の運転状態のとき(例えば、エンジンENGの触媒温度が所定温度よりも高温のとき、エンジンENGの失火限界が近いときなど)に、図示トルクの低減量が制限され、軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができない場合もある。図7には、触媒温度とエンジンENGにおける実施可能な点火遅角量(点火遅角可能量)との関係について例示している。エンジンENGの図示トルクは、点火遅角制御を行うことで低減させることができる。但し、点火遅角制御は、その実施に伴い触媒温度を上昇させる。このため、触媒温度が所定温度よりも高温のときには、触媒の保護の観点から、点火遅角量を制限することが望ましい。従って、エンジンENGにおいては、図7に示すように、触媒温度が所定温度よりも高い場合、高温になるほど点火遅角可能量を小さくしている。
また、このハイブリッドシステム1では、回生運転中の第1回転機MG1の反力トルクを低減させることで、エンジンENGの軸トルクを低減させることができる。しかしながら、例えば二次電池の充電を要する運転状態の場合には、第1回転機MG1の反力トルクを要求値まで低減させると、二次電池への充電量が低下してしまうので、その反力トルクの低減量が足りず、エンジンENGの軸トルクの要求低減量を確保できない可能性がある。
以下においては、そのエンジンENGの出力制御による軸トルク低減制御や、第1回転機MG1の反力トルクの低減制御による軸トルク低減制御のことを、通常の軸トルク低減制御という。
そこで、この動力伝達装置においては、HV走行中であり、通常の軸トルク低減制御でエンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができない場合、係合装置(クラッチCL1又はブレーキBK1)をスリップ制御させる。つまり、この動力伝達装置においては、その場合、係合装置のスリップ制御によって変速装置20でトルク損失を発生させ、これによりエンジンENGの軸トルクを低減させる。そのスリップ制御は、解放状態になっている係合装置を制御対象とし、解放状態から半係合状態に制御することで行う。
HVECU90には、HV走行中に通常の軸トルク低減制御でエンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができない場合、解放状態の係合装置をスリップ制御させることで、エンジンENGの軸トルクを現在の大きさから要求軸トルクまで低減させる。つまり、HVECU90には、係合装置のスリップ制御だけでエンジンENGの軸トルクを現在の大きさから要求軸トルクまで低減させてもよい。
しかしながら、例えば、エンジンENGの軸トルクの要求低減量が大きい場合には、係合装置のスリップ制御だけで、エンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができるとは限らない。このため、HVECU90には、HV走行中に通常の軸トルク低減制御でエンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができない場合、通常の軸トルク低減制御と係合装置のスリップ制御による軸トルク低減制御とを併用させることが望ましい。これにより、この動力伝達装置においては、その要求軸トルクに向けた軸トルク低減制御が安定したものとなる。
以下に、エンジンENGの軸トルク低減制御を実施する際の演算処理動作について、図8のフローチャートと図9のタイムチャートに基づき説明する。ここでは、通常の軸トルク低減制御と係合装置のスリップ制御による軸トルク低減制御とを併用する場合について例に挙げる。図9は、上図が係合装置のスリップ制御を実施しない場合について示したものであり、下図が係合装置のスリップ制御を実施する場合について示したものである。
HVECU90は、HV走行モードでの走行中であるのか否かを判定する(ステップST1)。HVECU90は、HV走行モードで走行していなければ、この演算処理を一旦終わらせる。
図9に示すようにHV走行モードでの走行中である場合、HVECU90は、エンジンENGの軸トルクの低減要求が為されているのか否かを判定する(ステップST2)。HVECU90は、軸トルクの低減要求が為されていなければ、その軸トルクの低減要求フラグを降ろしたまま、この演算処理を一旦終わらせる。
軸トルクの低減要求が為されている場合、HVECU90は、図9に示すように軸トルクの低減要求フラグを立てて、エンジンENGの軸トルクの要求低減量を計算する(ステップST3)。その要求低減量は、現在のエンジンENGの実際の軸トルクと上記の所望の目的に応じたエンジンENGの要求軸トルクとに基づいて決まる。
また、HVECU90は、エンジンENGの軸トルクの低減可能量を計算する(ステップST4)。その低減可能量とは、通常の軸トルク低減制御の実施によって低減させることのできる軸トルクの低減量の上限値に相当する。例えば、エンジンENGが失火限界に近い場合には、失火限界に近くない場合と比べて、軸トルクの低減可能量が小さくなる。
HVECU90は、その低減可能量が要求低減量以上であるのか否か、つまり通常の軸トルク低減制御で軸トルクの要求低減量を確保できるのか否かを判定する(ステップST5)。
HVECU90は、低減可能量が要求低減量以上であると判定した場合、通常の軸トルク低減制御で軸トルクの要求低減量を確保することができるので、通常の軸トルク低減制御を実行する(ステップST6)。その際、このHVECU90は、要求低減量に応じた通常の軸トルク低減制御を実行するので、エンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができる。
一方、HVECU90は、図9に示すように低減可能量が要求低減量よりも小さいと判定した場合、通常の軸トルク低減制御だけでは軸トルクの要求低減量を確保することができないが、その低減可能量の分だけ又は当該低減可能量よりも小さい低減量で通常の軸トルク低減制御を実行する(ステップST7)。
HVECU90は、ステップST7における通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量と軸トルクの要求低減量との差を求めることで、その要求低減量に対する軸トルクの低減不足量を計算する(ステップST8)。その軸トルクの低減不足量は、図9の下図に示す係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量となる。つまり、ここでは、その低減不足量を係合装置のスリップ制御で補填させる。
HVECU90は、その低減不足量に応じた係合装置のスリップ制御を実行する(ステップST8)。その際、HVECU90は、HVハイモードでHV走行を行っているのであれば、解放状態のクラッチCL1を半係合状態にするスリップ制御を実行する。このときのクラッチCL1の要求クラッチトルク容量は、低減不足量の分だけ軸トルクを低減させることのできる大きさに決める。このため、エンジンENGの軸トルクは、要求軸トルクまで低減する。図10は、このHVハイモードにおける共線図であり、一点鎖線でスリップ制御の実行前の状態を示し、かつ、実線でスリップ制御の実行後の状態を示している。この共線図に依れば、クラッチCL1のスリップ制御に伴いエンジンENGの軸トルクが引き下げられていることが判る。これに対して、HVローモードでHV走行を行っている場合、HVECU90は、解放状態のブレーキBK1を半係合状態にするスリップ制御を実行する。このときのブレーキBK1の要求ブレーキトルク容量は、低減不足量の分だけ軸トルクを低減させることのできる大きさに決める。このため、エンジンENGの軸トルクは、要求軸トルクまで低減する。図11は、このHVローモードにおける共線図であり、一点鎖線でスリップ制御の実行前の状態を示し、かつ、実線でスリップ制御の実行後の状態を示している。この共線図に依れば、ブレーキBK1のスリップ制御に伴い、サンギヤ軸(S1軸)のトルクが引き下げられ、これに連動してサンギヤS1と直結状態のエンジンENGの軸トルクも引き下げられていることが判る。
以上示したように、本実施例の動力伝達装置では、図9の上図に示すようにHV走行中に通常の軸トルク低減制御でエンジンENGの軸トルクを要求軸トルクまで低減させることができない場合、解放状態の係合装置(クラッチCL1又はブレーキBK1)をスリップ制御させ、変速装置20の内部でトルク損失を発生させることによって、エンジンENGの軸トルクを低減させることができる。よって、この動力伝達装置においては、そのような場合でも、図9の下図に示すように、エンジンENGの実際の軸トルクを要求軸トルクにまで低減させることができる。
この本実施例の軸トルク低減制御の具体例について以下に説明する。
併用される通常の軸トルク低減制御として点火遅角制御が行われる場合について説明する。この場合、HVECU90は、エンジンENGの触媒温度に応じて、点火遅角制御による軸トルクの低減量と係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量との分担比を変更する。例えば、図7に示す点火遅角可能量に変化の生じる触媒温度の範囲(触媒温度が所定温度よりも高温)の場合、HVECU90は、触媒温度が高くなるほど、点火遅角制御による軸トルクの低減量を減らし、かつ、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を増やす。これにより、この動力伝達装置では、触媒温度が高温のときに触媒への負荷を減らすことができるので、触媒の劣化を抑えることができる。
また、点火遅角制御が併用される場合には、この点火遅角制御の実施に伴いエンジンENGが失火限界に近づいてしまう。そして、失火限界が近い場合には、点火遅角制御を実施できなくなり、失火限界が近くない場合と比較して、軸トルクの低減量が不足してしまう。このため、HVECU90には、エンジンENGが失火限界に近いのか否かに応じて、要求低減量に対する点火遅角制御による軸トルクの低減量と係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量との分担比を変更する。例えば、失火限界が近い場合、HVECU90には、点火遅角制御による軸トルクの低減量を減少させ、かつ、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、エンジンENGが失火限界に近づいており、点火遅角制御による軸トルクの低減量を多く取れないときでも、軸トルクの要求低減量を確保することができる。
次に、エンジンENGが電子制御のスロットル装置(図示略)を備えており、併用される通常の軸トルク低減制御としてスロットル装置の制御(以下、「スロットル制御」という。)が行われる場合について説明する。エンジンENGは、そのスロットル装置のスロットル開度を小さくすることで、図示トルクを低減させ、軸トルクを低減させることができる。しかしながら、そのスロットル開度が所定開度よりも小さく、このスロットル開度が全閉状態に近い場合には、スロットル制御による軸トルクの低減量が当該スロットル制御用の要求低減量に対して不足してしまう。このため、HVECU90は、スロットル開度が所定開度よりも小さい場合(例えば図12のA領域の場合)、スロットル制御による軸トルクの低減量の不足分を補うべく、スロットル開度が所定開度以上の開弁状態にある場合(例えば図12のB領域及びC領域の場合)と比較して、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、スロットル開度が全閉又はそれに近い状態であり、スロットル制御による軸トルクの低減が難しくなっている場合でも、係合装置のスリップ制御だけで又は当該スリップ制御とスロットル制御とで軸トルクの要求低減量を確保することができる。
また、スロットル制御で当該スロットル制御用の要求低減量を確保できたとしても、エンジンENGは、スロットルの応答性によって、軸トルクを応答性良く低減させることが難しくなる場合がある。そのスロットルの応答性は、そのときのスロットル開度、スロットル開度の変化量、エンジン回転数に応じて変化する。例えば、スロットルは、スロットル開度が小さいほど、スロットル開度の変化量が小さいほど、エンジン回転数が低いほど、応答性が低下する。このため、HVECU90には、スロットルの応答性に応じて、スロットル制御による軸トルクの低減量と係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量との分担比を変更させる。例えば、HVECU90には、スロットルの応答性が低下しているほど、スロットル制御による軸トルクの低減量を減少させ、かつ、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、軸トルクを応答性良く低減させることができる。ここで、具体的には、その分担比をエンジンENGにおける出力トルクの遅れ時間(時定数)などで変化させることができる。
次に、併用される通常の軸トルク低減制御として第1回転機MG1の反力トルクの低減制御が行われる場合について説明する。この場合、第1回転機MG1は、発電機として動作している。このため、HVECU90には、二次電池のSOCが小さいほど、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させ、第1回転機MG1の反力トルクの低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。図13には、その分担比の一例を示している。これにより、この動力伝達装置では、軸トルクの要求低減量を確保しつつ、二次電池のSOCが小さいほど、この二次電池への充電量を増やすことができる。更に、二次電池が満充電又は満充電に近い状態で、第1回転機MG1が反力トルクを発生しにくい場合でも、この動力伝達装置では、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量が多くなるので、軸トルクの要求低減量を確保することができる。また、この場合には、二次電池の負荷を軽減することもできる。
また、この反力トルクの低減制御が併用される場合、HVECU90には、第1回転機MG1の負荷率が高ければ、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、第1回転機MG1の負荷率が高く、この第1回転機MG1が反力トルクを発生しにくい場合でも、軸トルクの要求低減量を確保することができる。
ここで、エンジン回転数が高い場合には、低回転の場合と比較して、スリップ状態による係合装置の負荷が高くなる。このため、HVECU90には、エンジン回転数が高い場合、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させる又は当該スリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。図14には、その一例を示している。この例では、エンジン回転数が所定回転数よりも高回転の場合に、エンジン回転数が高くなるほど、これよりも低回転の場合と比較して、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させている。これにより、この動力伝達装置では、例えば摩擦材の焼き付き等の発生が抑制されるので、係合装置の耐久性の低下を抑えることができる。
また、変速装置20の変速動作の直後は、係合装置(例えば摩擦材)の温度が変速前よりも上昇している。このため、HVECU90には、変速装置20の変速を終えてから一定時間(例えば係合装置の温度が変速前と同程度の温度に低下する時間)が経過するまで、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させる又は当該スリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、例えば摩擦材の焼き付き等の発生が抑制されるので、係合装置の耐久性の低下を抑えることができる。
また、係合装置は、変速装置20の変速動作の直後に拘わらず、その温度が上昇している場合もある。このため、HVECU90には、係合装置の温度が所定温度よりも高温の場合、この係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させる又は当該スリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、例えば摩擦材の焼き付き等の発生が抑制されるので、係合装置の耐久性の低下を抑えることができる。
HVECU90は、その係合装置の温度に替えて、変速装置20の温度(例えば動力伝達装置内の油温)を利用しても同様の効果を得ることができる。この場合、HVECU90には、変速装置20の温度(油温)が第1所定温度よりも高温の場合、第1所定温度以下の場合と比べて、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させる又は当該スリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。また、変速装置20の温度(油温)が低温のときには、その油の粘度が低いので、係合装置の制御性が低下している可能性がある。その油が係合装置の作動油としても使われるからである。このため、HVECU90には、変速装置20の温度(油温)が第2所定温度よりも低温の場合にも、第2所定温度以上の場合と比べて、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させる又は当該スリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、係合装置の制御性の低下に伴う軸トルクの低減量のばらつきを抑えることができる。図15には、その一例を示している。尚、この例では、変速装置20の温度(油温)が第1所定温度よりも高くなるほど、係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を減少させている。
また、この動力伝達装置においては、係合装置の制御に関しての学習制御を実施することもできる。しかしながら、その学習制御中は、係合装置の制御性が低下している。このため、HVECU90には、その学習制御中に、係合装置のスリップ制御による軸トルク低減制御を禁止させ、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を増加させる。これにより、この動力伝達装置では、その学習制御の精度を確保しつつ、係合装置の制御性の低下に伴う軸トルクの低減量のばらつきを抑えることができる。
また、HVECU90は、例えば、運転者のアクセル操作等の情報に基づいて、エンジンENGの軸トルクの低減要求が為されることを予測することができる。このため、HVECU90は、その予測ができた場合、スリップ制御の対象となる係合装置への供給油圧を予め高めておく、つまり、その係合装置に予圧を掛けておくことが望ましい。その予圧は、係合装置を解放状態のまま保つことができる供給油圧範囲内の最大値とする。このように、この動力伝達装置においては、その係合装置をスリップ制御の待機状態に制御しているので、指令と共に応答性良く係合装置をスリップ制御させることができる。
また、HVECU90には、そのような待機状態に係合装置を制御できている場合、この係合装置のスリップ制御による軸トルクの低減量を可能な限り大きくさせる。よって、この場合には、通常の軸トルク低減制御による軸トルクの低減量を低減可能量よりも小さくする。これにより、この場合には、軸トルクを応答性良く低減させると共に、点火遅角に伴う排気ガス中の有害成分の増加を抑えることができる。一方、待機状態に係合装置を制御できていない場合、HVECU90には、点火遅角制御(通常の軸トルク低減制御)による軸トルクの低減量を可能な限り大きくさせる。つまり、この場合には、応答性の良い軸トルクの低減を優先させる。