JP2014152378A - 軸受部品 - Google Patents
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Abstract
【課題】耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立することが可能な軸受部品を提供する。
【解決手段】軸受部品(外輪11、内輪12および玉13)は、0.95質量%以上1.10質量%以下の炭素と、0.35質量%以下の珪素と、0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼からなり、転走面(外輪転走面11A、内輪転走面12A)または転動面13Aを含む表層部に浸炭窒化層が形成されている。浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率は、7%以下である。表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下であり、かつ、軸受部品(外輪11、内輪12および玉13)全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下である。
【選択図】図1
【解決手段】軸受部品(外輪11、内輪12および玉13)は、0.95質量%以上1.10質量%以下の炭素と、0.35質量%以下の珪素と、0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼からなり、転走面(外輪転走面11A、内輪転走面12A)または転動面13Aを含む表層部に浸炭窒化層が形成されている。浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率は、7%以下である。表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下であり、かつ、軸受部品(外輪11、内輪12および玉13)全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下である。
【選択図】図1
Description
本発明は、軸受部品に関するものであり、より特定的には、転走面または転動面を含む表層部に浸炭窒化層が形成された軸受部品に関するものである。
転がり軸受などの軸受部品の耐久性を向上させる対策として、浸炭窒化処理が知られている(たとえば、特許文献1参照)。浸炭窒化処理は、鋼をA1変態点以上に加熱して炭素および窒素を侵入拡散させた後に焼入れを行う処理であり、転がり軸受において重要な性能である異物混入潤滑下の寿命延命に有効である。
しかしながら、近年の軸受部品への耐久性向上の要求を考慮すると、従来の軸受部品では、用途によってはその寿命が十分とはいえない場合がある。また、浸炭窒化処理の採用によって、経年寸法変化率が大きくなり、軸受部品の寸法安定性が低下することが問題となる場合もある。
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立することが可能な軸受部品を提供することである。
本発明に従った軸受部品は、0.95質量%以上1.10質量%以下の炭素と、0.35質量%以下の珪素と、0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼からなり、転走面または転動面を含む表層部に浸炭窒化層が形成された軸受部品である。上記軸受部品では、浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率が7%以下である。また、上記軸受部品では、表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下であり、かつ、上記軸受部品全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下である。
本発明者は、軸受部品の耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立するための方策について検討を行った。その結果、以下のような知見を得て、本発明に想到した。
軸受部品において、内輪および外輪の転走面や玉の転動面のように他の部品と接触する面およびその直下では、亀裂などの損傷が発生し易い。このとき、本発明者の検討によると、軸受部品の転走面または転動面を含む領域である表層部における残留オーステナイト量を20体積%以上にまで増大させることにより、寿命が大きく向上する。一方で、表層部における残留オーステナイト量が35体積%を超えると、転走面または転動面における硬度が低下する。したがって、軸受部品の表層部における残留オーステナイト量を20体積%以上35体積%以下とすることにより、硬度の低下を抑制しつつ寿命を向上させることができる。
ここで、本明細書において「表層部」とは、後述するように転走面または転動面から深さ20μmまでの領域をいう。つまり、表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下とは、表層部における残留オーステナイト量の最小値が20体積%以上であり、かつ最大値が35体積%以下であることをいう。
また、軸受部品を構成する鋼は、炭化物などの析出物を溶け込ませることにより固溶強化することができる。ここで、焼入前の鋼における炭化物の面積率は一定であるため、浸炭窒化処理後における内部の炭化物の面積率により鋼中への炭素の固溶量を推測することができる。本発明者の検討によると、浸炭窒化層が形成されていない領域である内部の析出物の面積率を7%以下とすることにより、当該内部における炭素の固溶量が増大し、その結果寿命が大きく向上する。このような析出物の面積率は、浸炭窒化処理における処理温度を高くすることにより達成することができる。
また、軸受部品全体における残留オーステナイト量が増加すると、これが軸受部品の使用中に分解することにより経年変化率が大きくなる。ここで、軸受部品の耐久性については、転走面または転動面を含む表層部における残留オーステナイト量が支配的である。これに対して、経年変化率に対しては、軸受部品全体における残留オーステナイト量が影響する。そこで、表層部における残留オーステナイト量を増加させつつ、軸受部品全体の残留オーステナイト量を低減することにより耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立させることを検討したところ、表層部における残留オーステナイト量を20体積%以上35体積%以下とし、かつ軸受部品全体の平均残留オーステナイト量を18体積%以下とすることにより、耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立可能であることが明らかとなった。
本発明に従った軸受部品では、転走面または転動面を含む表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下であり、かつ軸受部品全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下である。また、浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率が7%以下である。したがって、本発明に従った軸受部品によれば、耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立することが可能な軸受部品を提供することができる。
ここで、本発明に従った軸受部品を構成する鋼の成分組成を上記範囲に設定した理由について説明する。
炭素:0.95質量%以上1.10質量%以下
炭素含有量は、焼入硬化後における軸受部品の転走面または転動面の硬度に大きな影響を与える。鋼の炭素含有量が0.95質量%未満では、焼入硬化後における転走面または転動面に十分な硬度を付与することが困難となる。あるいは、浸炭処理などで表面の炭素量を補う必要が生じ、生産効率の低下、製造コストの上昇の原因となる。一方、炭素含有量が1.10質量%を超えると、焼入硬化の際の割れの発生(焼割れ)が懸念される。そのため、炭素含有量は0.95質量%以上1.10質量%以下とした。
炭素含有量は、焼入硬化後における軸受部品の転走面または転動面の硬度に大きな影響を与える。鋼の炭素含有量が0.95質量%未満では、焼入硬化後における転走面または転動面に十分な硬度を付与することが困難となる。あるいは、浸炭処理などで表面の炭素量を補う必要が生じ、生産効率の低下、製造コストの上昇の原因となる。一方、炭素含有量が1.10質量%を超えると、焼入硬化の際の割れの発生(焼割れ)が懸念される。そのため、炭素含有量は0.95質量%以上1.10質量%以下とした。
珪素:0.35質量%以下
珪素は、鋼中の水素吸蔵量を増加させ、水素脆性を助長する。鋼の珪素含有量が0.35質量%を超えると、水素が鋼に入り易い用途において水素脆性による剥離が起こり易くなる。そのため、珪素含有量は0.35質量%以下(JIS規格SUJ2よりも低い濃度)とした。
珪素は、鋼中の水素吸蔵量を増加させ、水素脆性を助長する。鋼の珪素含有量が0.35質量%を超えると、水素が鋼に入り易い用途において水素脆性による剥離が起こり易くなる。そのため、珪素含有量は0.35質量%以下(JIS規格SUJ2よりも低い濃度)とした。
マンガン:0.50質量%以下
マンガンは、鋼の焼入性と焼入前の鋼の硬度に寄与する。しかし、マンガン含有量が0.5質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、冷間加工における加工性が低下する。そのため、マンガン含有量は0.50質量%以下とした。
マンガンは、鋼の焼入性と焼入前の鋼の硬度に寄与する。しかし、マンガン含有量が0.5質量%を超えると、焼入前の素材の硬度が高くなり、冷間加工における加工性が低下する。そのため、マンガン含有量は0.50質量%以下とした。
クロム:1.30質量%以上2.00質量%以下
クロムは、鋼の焼入性の向上に寄与する。また、本発明の軸受部品では、水素脆性による剥離を防ぐために珪素含有量が低くなっているため、焼入性が低下している。そこで、珪素含有量を低くしたことによる焼入性の低下を補うために、クロム含有量の下限値はJIS規格SUJ2の場合と同様に1.30質量%としつつ、クロム含有量の上限値をJIS規格SUJ2の場合(1.60質量%)よりも高い2.00質量%とした。
クロムは、鋼の焼入性の向上に寄与する。また、本発明の軸受部品では、水素脆性による剥離を防ぐために珪素含有量が低くなっているため、焼入性が低下している。そこで、珪素含有量を低くしたことによる焼入性の低下を補うために、クロム含有量の下限値はJIS規格SUJ2の場合と同様に1.30質量%としつつ、クロム含有量の上限値をJIS規格SUJ2の場合(1.60質量%)よりも高い2.00質量%とした。
上記軸受部品において、表層部における窒素濃度の平均値は、0.2質量%以上であってもよい。これにより、当該表層部における耐久性が向上し、その結果耐久性が向上した軸受部品を提供することができる。
上記軸受部品では、転走面および転動面以外の面に析出物が存在していてもよい。転走面および転動面以外の面に析出物が存在する場合には、浸炭窒化層が形成されていない領域における炭素濃度が固溶限濃度に達しているため、寿命が向上する。その結果、より耐久性が向上した軸受部品を提供することができる。
上記軸受部品では、転走面または転動面におけるビッカース硬度が700HV以上であってもよい。これにより、当該表層部における耐久性が一層向上し、その結果耐久性が一層向上した軸受部品を提供することができる。
上記軸受部品では、未分解アンモニア分圧をPN、水素分圧をPHとした場合に、以下の式(1)で定義されるac *が0.88以上1.27以下、式(2)で定義されるαが0.012以上0.020以下となるように浸炭窒化処理を行うことにより浸炭窒化層が形成されていてもよい。
本発明者の検討によると、αの値が0.012以下においては、浸炭窒化処理により所定時間内に鋼に侵入する窒素侵入量はαの値が大きくなるにつれて、ほぼ一定の割合で増加するが、αの値が0.012を超えると上記窒素侵入量の増加割合は低下する。したがって、αの値を0.012以上とすることにより、浸炭窒化における鋼への窒素の導入を効率よく実施することができる。一方、αの値が0.020を超えると所定時間内の窒素侵入量が飽和するとともに、スーティング(熱処理炉内に煤が発生して処理対象物に付着する現象)が発生し易くなり、処理対象物において表面浸炭などの品質上の不具合が発生するおそれがある。そのため、αの値は、0.020以下とすることが好ましく、0.018以下とすることがより好ましい。
さらに、ac *の値は、鋼の表層部が脱炭することを防止するために0.88以上とすることが好ましい。一方、ac *の値が1.27を超えると、鋼の表層部に過大な炭化物(セメンタイト:Fe3C)が形成され、鋼の特性に悪影響を及ぼすおそれがある。そのため、ac *の値は1.27以下とすることが好ましい。さらに、ac *の値を1.00よりも大きくすると、スーティングが発生するおそれがあるとともに、鋼が過浸炭となる。そのため、特に過浸炭を防止する観点から、ac *の値は1.00以下とすることがより好ましい。このように、αが0.012以上0.020以下、ac *が0.88以上1.27以下となる雰囲気下で浸炭窒化処理を行うことにより、軸受部品の表層部における炭素濃度が適切に保持されるとともに、浸炭窒化処理の効率化が図られる。その結果、軸受部品の製造コストの低減を図ることができる。
上記軸受部品では、850℃以上900℃以下の温度で浸炭窒化処理を行うことにより浸炭窒化層が形成されていてもよい。そして、上記軸受部品は、浸炭窒化処理の後、180℃以上220℃以下の温度で焼戻処理が施されていてもよい。
上記熱処理条件は、浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率、表層部における残留オーステナイト量、および軸受部品全体の平均残留オーステナイト量を上記範囲内にするための条件として好適である。
上記軸受部品では、加熱温度を500℃、保持時間を1時間とした熱処理を行った後において、浸炭窒化層におけるビッカース硬度が、浸炭窒化層が形成されていない領域におけるビッカース硬度より130HV以上高くなっていてもよい。
本発明者の検討によると、浸炭窒化層における窒素濃度が0.2質量%以上0.3質量%以下である場合には、上記熱処理(加熱温度が500℃、保持時間が1時間)を行った後の浸炭窒化層におけるビッカース硬度と、浸炭窒化層が形成されていない領域におけるビッカース硬度との差分(以下、断面硬度差分という)が高確率で130HV以上になる。したがって、浸炭窒化処理により浸炭窒化層を形成し、上記熱処理後を行った後の断面硬度差分が130HV以上であるか否かを判別することにより、軸受部品中に窒素濃度が0.2質量%以上の領域が含まれているか否かを確認することができる。その結果、当該断面硬度差分が130HV以上である場合には、軸受部品中に窒素濃度が0.2質量%以上の領域が高確率で含まれることを保証することができる。
以上の説明から明らかなように、本発明に従った軸受部品によれば、耐久性の向上と寸法安定性の向上とを両立することが可能な軸受部品を提供することができる。
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰返さない。
まず、図1を参照して、本実施の形態に係る転がり軸受である深溝玉軸受1の構造について説明する。深溝玉軸受1は、環状の外輪11と、外輪11の内側に配置された環状の内輪12と、外輪11と内輪12との間に配置され、円環状の保持器14に保持された転動体である複数の玉13とを備えている。外輪11の内周面には外輪転走面11Aが形成されており、内輪12の外周面には内輪転走面12Aが形成されている。内輪12は、内輪転走面12Aが外輪転走面11Aと対向するように外輪11の内側に配置されている。複数の玉13は、転動面13Aにおいて外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aに接触し、かつ保持器14により周方向に所定のピッチで配置されている。これにより、複数の玉13は、外輪11および内輪12の円環状の軌道上に転動自在に保持されている。このような構成により、深溝玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。また、外輪11、内輪12および玉13は、後述する本実施の形態に係る軸受部品である。
次に、図2を参照して、本実施の形態に係る他の転がり軸受である円錐ころ軸受2の構造について説明する。円錐ころ軸受2は、環状の外輪21および内輪22と、転動体である複数のころ23と、円環状の保持器24とを備えている。外輪21の内周面には外輪転走面21Aが形成されており、内輪22の外周面には内輪転走面22Aが形成されている。内輪22は、内輪転走面22Aが外輪転走面21Aと対向するように外輪21の内側に配置されている。
ころ23は、転動面23Aにおいて外輪転走面21Aおよび内輪転走面22Aに接触し、かつ保持器24により周方向に所定のピッチで配置されている。これにより、ころ23は、外輪21および内輪22の円環状の軌道上に転動自在に保持されている。また、円錐ころ軸受2は、外輪転走面21Aを含む円錐、内輪転走面22Aを含む円錐、およびころ23が転動した場合の回転軸の軌跡を含む円錐のそれぞれの頂点が軸受の中心線上の1点で交わるように構成されている。このような構成により、円錐ころ軸受2の外輪21および内輪22は、互いに相対的に回転可能となっている。また、外輪21、内輪22およびころ23は、外輪11、内輪12および玉13と同様に、本実施の形態に係る軸受部品である。
本実施の形態に係る軸受部品(外輪11,21、内輪12,22、玉13およびころ23)は、0.95質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.5質量%以下のマンガンと、0.05質量%以上0.35質量%以下の珪素と、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼からなっている。上記軸受部品において転走面(外輪転走面11A,21A、内輪転走面12A,22A)または転動面(転動面13A,23A)を含む表層部には、浸炭窒化層が形成されている。
上記軸受部品では、表層部における窒素濃度の平均値が0.2質量%以上となっており、かつ当該表層部における炭素濃度が0.9質量%以上1.3質量%以下となっている。また、上記軸受部品では、表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下となっており、好ましくは25体積%以上35体積%以下となっている。また、上記軸受部品では、全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下となっており、好ましくは15体積%以下となっている。また、上記転走面(外輪転走面11A,21A、内輪転走面12A,22A)または転動面(転動面13A,23A)におけるビッカース硬度は、700HV以上となっている。これにより、上記軸受部品(外輪11,21、内輪12,22、玉13およびころ23)は、耐久性の向上と寸法安定性との向上とを両立することが可能な軸受部品となっている。
上記軸受部品では、浸炭窒化層が形成されていない領域(母地)における析出物の面積率が7%以下になっており、好ましくは5%になっている。析出物とは、鉄の炭化物または当該炭化物の炭素の一部が窒素に置き換わった炭窒化物などであり、Fe−C系の化合物およびFe−C−N系の化合物を含む。また、この炭窒化物は、クロムなど、鋼に含まれる合金成分を含んでいてもよい。このように析出物の面積率を低くして母地への炭素などの固溶量を増加させることにより、軸受部品の寿命をより向上させることができる。また、上記軸受部品では、母地の炭素濃度が固溶限濃度に達しているため、母地中へ固溶することができない炭素が、析出物として上記転走面(外輪転走面11,21A、内輪転走面12A,22A)以外の面(たとえば、外輪11,21の外周面、内輪12,22の内周面、または外輪11,21および内輪12,22の幅面など)上に存在している。なお、上記転走面上に析出物が存在しないのは、上記転走面は浸炭窒化処理が施されて浸炭窒化層が形成されることにより炭素の固溶限濃度が上昇しているためである。
また、上記軸受部品では、加熱温度を500℃、保持時間を1時間とした熱処理を行った後において、浸炭窒化層におけるビッカース硬度が、浸炭窒化層が形成されていない領域(母地)におけるビッカース硬度より130HV以上高くなっている。これにより、後述するように軸受部品中に窒素濃度が0.2質量%以上の領域が高確率で含まれることを保証することができる。
次に、本実施の形態に係る軸受部品の製造方法について説明する。本実施の形態に係る軸受部品の製造方法では、上記本実施の形態に係る軸受部品である外輪11,21、内輪12,22、玉13およびころ23が製造される。
図3を参照して、まず、工程(S10)として、鋼材準備工程が実施される。この工程(S10)では、まず、0.95質量%以上1.1質量%以下の炭素と、0.5質量%以下のマンガンと、0.05質量%以上0.35質量%以下の珪素と、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼材が準備される。そして、当該鋼材が軸受部品の概略形状に成形される。たとえば、棒鋼、鋼線などを素材とし、当該棒鋼、鋼線などに対して切断、鍛造、旋削などの加工が施されることにより、軸受部品である外輪11,21、内輪12,22、または玉13およびころ23などの概略形状に成形された鋼材が準備される。
次に、工程(S20)として、焼入硬化工程が実施される。この工程(S20)では、上記工程(S10)において準備された鋼材に対して、浸炭窒化処理を施した後、A1変態点以上の温度からMs点(マルテンサイト変態開始点)以下の温度へ冷却される。この工程(S20)の詳細については後述する。
次に、工程(S30)として、焼戻工程が実施される。この工程(S30)では、上記工程(S20)において焼入硬化された鋼材に対して、A1点以下の温度の加熱処理が施される。より具体的には、浸炭窒化処理の後、A1点以下の温度である180℃以上220℃以下の温度(たとえば210℃)で鋼材を所定の時間保持することにより当該鋼材に焼戻処理が施され、その後室温の空気により冷却される(空冷)。これにより、鋼材の靭性などを向上させることができる。
次に、工程(S40)として、仕上げ加工が施される。この工程(S40)では、焼戻処理が施された鋼材の外輪転走面11A,21A、内輪転走面12A,22Aおよび転動面13A,23Aに対する研削加工が実施される。これにより、本実施の形態に係る軸受部品である軸受部品である外輪11,21、内輪12,22、玉13およびころ23(図1および図2参照)が製造され、本実施の形態に係る軸受部品の製造方法が完了する。また、製造された外輪11、内輪12および玉13が組み合わされることにより深溝玉軸受1(図1参照)が製造され、また外輪21、内輪22およびころ23が組み合わされることにより円錐ころ軸受2(図2参照)が製造される。
次に、焼入硬化工程(S20)について詳細に説明する。図4は、当該焼入硬化工程(S20)を詳細に説明するための図である。また、図5は、図4の雰囲気制御工程に含まれる未分解アンモニア(NH3)分圧制御工程を説明するための図である。また、図6は、図4の雰囲気制御工程に含まれる水素(H2)分圧制御工程を説明するための図である。また、図7は、図4の浸炭窒化工程に含まれる加熱パターン制御工程における加熱パターン(温度履歴)の一例を示す図である。図7において、横方向は時間を示しており、右に行くほど時間が経過していることを示している。図4〜図7を参照して、本実施の形態に係る軸受部品の製造方法に含まれる焼入硬化工程(S20)の詳細について説明する。
図4を参照して、焼入硬化工程(S20)においては、まず、鋼材が浸炭窒化される浸炭窒化工程が実施される。その後、鋼材がA1点以上の温度からMs点以下の温度に冷却される冷却工程が実施される。そして、浸炭窒化工程においては、上記工程(S10)において準備された鋼材を、アンモニア、一酸化炭素、二酸化炭素および水素を含む雰囲気中で加熱することにより浸炭窒化処理が施される。
浸炭窒化工程は、熱処理炉内の雰囲気が制御される雰囲気制御工程30と、熱処理炉内において被処理物である鋼材に付与される温度履歴が制御される加熱パターン制御工程40とを備えている。この雰囲気制御工程30と加熱パターン制御工程40とは、独立に、かつ並行して実施することができる。そして、雰囲気制御工程30は、熱処理炉内の未分解アンモニア分圧が制御される未分解NH3分圧制御工程31と、熱処理炉内の水素分圧が制御されるH2分圧制御工程32と、熱処理炉内の一酸化炭素および二酸化炭素の少なくともいずれか一方の分圧が制御されるCO/CO2分圧制御工程33とを含んでいる。
CO/CO2分圧制御工程53では、式(1)を参照して、熱処理炉内の一酸化炭素および二酸化炭素の少なくともいずれか一方の分圧が制御されることにより、ac *が制御される。
そして、雰囲気制御工程30においては、式(1)で定義されるac *が0.88以上1.27以下、式(2)のαが0.012以上0.020以下の範囲になるように、未分解NH3分圧制御工程31、H2分圧制御工程32およびCO/CO2分圧制御工程33が実施される。
具体的には、図5を参照して、未分解NH3分圧制御工程31では、まず、熱処理炉内の未分解アンモニア分圧を測定する未分解NH3分圧測定工程(S11)が実施される。未分解アンモニア分圧の測定は、たとえばガスクロマトグラフを用いて実施することができる。そして、工程(S11)において測定された未分解アンモニア分圧に基づいて、熱処理炉へのアンモニアガスの供給量を増減させるNH3供給量調節工程(S13)の実施の要否を判断する、未分解NH3分圧判断工程(S12)が実施される。当該判断は、αの値が0.012以上0.020以下の範囲になるように予め決定された目標の未分解アンモニア分圧と、測定された未分解アンモニア分圧とを比較し、測定された未分解アンモニア分圧が目標の未分解アンモニア分圧になっているかどうかを判定することにより実施される。
未分解アンモニア分圧が目標の未分解アンモニア分圧になっていない場合には、熱処理炉内の未分解アンモニア分圧を増減させるための工程(S13)が実施された後、工程(S11)が再度実施される。工程(S13)は、たとえば、熱処理炉に配管を介して連結されたアンモニアガスのボンベから単位時間に熱処理炉に流入するアンモニアの量(アンモニアガスの流量)を当該配管に取り付けられたマスフローコントローラなどを備えた流量制御装置により調節することにより実施することができる。すなわち、測定された未分解アンモニア分圧が目標の未分解アンモニア分圧よりも高い場合、上記流量を低下させ、低い場合、上記流量を増加させることにより、工程(S13)を実施することができる。この工程(S13)において、測定された未分解アンモニア分圧と目標の未分解アンモニア分圧との間に所定の差がある場合、どの程度流量を増減させるかについては、予め実験的に決定したアンモニアガスの流量の増減と未分解アンモニア分圧の増減との関係に基づいて決定することができる。
一方、未分解アンモニア分圧が目標の未分解アンモニア分圧になっている場合には、工程(S13)が実施されることなく、工程(S11)が再度実施される。
また、H2分圧制御工程32は、上述の未分解NH3分圧制御工程31と同様に実施される。すなわち、図6を参照して、H2分圧制御工程32では、まず、熱処理炉内の水素分圧を測定するH2分圧測定工程(S21)が実施される。水素分圧の測定は、たとえば熱伝導ガス分析計を用いて実施することができる。そして、工程(S21)において測定された水素分圧に基づいて、熱処理炉への水素ガスの供給量を増減させるH2供給量調節工程(S23)の実施の要否を判断する、水素分圧判断工程(S22)が実施される。当該判断は、αの値が0.012以上0.020以下の範囲になるように予め決定された目標の水素分圧と、測定された水素分圧とを比較し、測定された水素分圧が目標の水素分圧になっているかどうかを判定することにより実施される。
水素分圧が目標の水素分圧になっていない場合には、熱処理炉内の水素分圧を増減させるための工程(S23)が実施された後、工程(S21)が再度実施される。工程(S23)は、たとえば、熱処理炉に配管を介して連結された水素ガスのボンベから単位時間に熱処理炉に流入する水素の量(水素ガスの流量)を当該配管に取り付けられたマスフローコントローラなどを備えた流量制御装置により調節することにより実施することができる。すなわち、測定された水素分圧が目標の水素分圧よりも高い場合、上記流量を低下させ、低い場合、上記流量を増加させることにより、工程(S23)を実施することができる。この工程(S23)において、測定された水素分圧と水素分圧との間に所定の差がある場合、どの程度流量を増減させるかについては、アンモニアの場合と同様に、予め実験的に決定した水素ガスの流量の増減と水素分圧の増減との関係に基づいて決定することができる。
一方、水素分圧が目標の水素分圧になっている場合には、工程(S23)が実施されることなく、工程(S21)が再度実施される。
図4を参照して、CO/CO2分圧制御工程33では、エンリッチガスとしてのプロパン(C3H8)ガス、ブタンガス(C4H10)などの供給量が調節されることにより、COおよびCO2の分圧の少なくともいずれか一方の分圧が制御され、ac *が調整される。具体的には、たとえば、赤外線ガス濃度測定装置を用いて雰囲気中の一酸化炭素の分圧PCOおよび二酸化炭素の分圧PCO2が測定される。そして、当該測定値に基づいて、以下の式(1)で定義されるac *が0.88以上1.27以下の範囲内の目標の値となるように、エンリッチガスとしてのプロパン(C3H8)ガス、ブタンガス(C4H10)などの供給量が調節される。
ここで、αの値は、式(2)を参照して、未分解NH3分圧制御工程31、H2分圧制御工程32およびCO/CO2分圧制御工程33により、それぞれ未分解アンモニア分圧、水素分圧およびac *の少なくともいずれか1つを変化させることにより制御することができる。すなわち、αの値は、たとえば未分解NH3分圧制御工程31およびCO/CO2分圧制御工程33により、未分解アンモニア分圧およびac *を一定に保持した状態で、H2分圧制御工程32により水素分圧を変化させて制御してもよいし、H2分圧制御工程32およびCO/CO2分圧制御工程33により、水素分圧およびac *値を一定に保持した状態で、未分解NH3分圧制御工程31により未分解アンモニア分圧を変化させて制御してもよい。
さらに、図4を参照して、加熱パターン制御工程40では、鋼材に付与される加熱履歴が制御される。具体的には、図7に示すように、鋼材が上述の雰囲気制御工程30によって制御された雰囲気中で、A1点以上の温度である850℃以上900℃以下の温度、たとえば880℃に加熱されて所定の時間保持される。当該保持時間が経過するとともに加熱パターン制御工程は終了し、同時に雰囲気制御工程も終了する。その後、図4を参照して、鋼材が油中に浸漬(油冷)されることにより、A1点以上の温度からMs点以下の温度に冷却される冷却工程が実施される。以上の工程により、鋼材の表層部が浸炭窒化されるとともに焼入硬化される。
以上のように、本実施の形態に係る軸受部品の製造方法では、工程(S20)において850℃以上900℃以下の温度(たとえば880℃)で浸炭窒化処理を行うことにより浸炭窒化層が形成され、また、工程(S30)において180℃以上220℃以下の温度(たとえば210℃)で焼戻処理が施される。これにより、浸炭窒化層が形成されていない領域(母地)に多量の炭素が固溶し、かつ表層部における残留オーステナイト量と全体の平均オーステナイト量とのバランスをとることにより耐久性の向上と寸法安定性の向上とが両立された上記本実施の形態に係る軸受部品である外輪11,21、内輪12,22、玉13およびころ23を製造することができる。また、工程(S20)においては、未分解アンモニア分圧をPN、水素分圧をPHとした場合に、上記式(1)で定義されるac *が0.88以上1.27以下、上記式(2)で定義されるαが0.012以上0.020以下となるように浸炭窒化処理が行われる。これにより、上記軸受部品の表層部における炭素濃度が適切に保持されるとともに、浸炭窒化処理の効率化を図ることができる。その結果、上記軸受部品の製造コストの削減を図ることができる。
(1) 浸炭窒化処理時の雰囲気管理について
浸炭窒化処理時の雰囲気と炭素濃度および窒素濃度分布との関係について調査した。まず、浸炭窒化処理時の雰囲気と炭素濃度分布との関係について調査した。図8は、ac *の値が0.80、αの値が0.017の雰囲気下で2.5時間浸炭窒化処理を行った場合の炭素濃度および窒素濃度分布を示している(比較例)。また、図9は、ac *の値が0.95、αの値が0.017の雰囲気下で2.5時間浸炭窒化処理を行った場合の炭素濃度および窒素濃度分布を示している(実施例)。図8および図9において、横軸は表面からの距離(mm)を示し、縦軸は炭素濃度および窒素濃度(質量%)を示している。また、図8および図9中における「C」および「N」は、炭素濃度および窒素濃度の分布をそれぞれ示している。
浸炭窒化処理時の雰囲気と炭素濃度および窒素濃度分布との関係について調査した。まず、浸炭窒化処理時の雰囲気と炭素濃度分布との関係について調査した。図8は、ac *の値が0.80、αの値が0.017の雰囲気下で2.5時間浸炭窒化処理を行った場合の炭素濃度および窒素濃度分布を示している(比較例)。また、図9は、ac *の値が0.95、αの値が0.017の雰囲気下で2.5時間浸炭窒化処理を行った場合の炭素濃度および窒素濃度分布を示している(実施例)。図8および図9において、横軸は表面からの距離(mm)を示し、縦軸は炭素濃度および窒素濃度(質量%)を示している。また、図8および図9中における「C」および「N」は、炭素濃度および窒素濃度の分布をそれぞれ示している。
図8および図9を参照して、実施例および比較例ではαの値が同じであるため、窒化については実施例および比較例のそれぞれにおいて正常に行われていた。しかし、比較例では表面付近の炭化物が消失して炭素濃度が低下しており、さらに母相においても僅かに脱炭が確認されたのに対し(図8参照)、実施例では表面付近の炭素濃度は母相における炭素濃度とほぼ同等となっていた(図9参照)。この結果から、浸炭窒化処理時の雰囲気を管理することにより(適切なac *値とすることにより)、鋼の表層部における適切な炭素濃度を保持することが可能であることが確認された。
次に、浸炭窒化処理時の雰囲気と窒素濃度分布との関係について調査した。図10は、ac *の値が1、αの値が0.017の雰囲気下で5時間浸炭窒化処理を行った場合の窒素濃度分布を示している(実施例)。また、図11は、ac *の値が1、αの値が0.005の雰囲気下で5時間浸炭窒化処理を行った場合の窒素濃度分布を示している(比較例)。図10および図11を参照して、実施例および比較例では浸炭窒化処理の時間は同じであるが、比較例では実施例よりも窒素侵入量が少なく、窒素濃度が低くなった。この結果から、浸炭窒化処理時の雰囲気を適切に管理することにより(適切なα値とすることにより)、窒素の侵入速度が向上し、浸炭窒化処理の効率化が可能であることが確認された。
(2) 表面部の定義について
浸炭窒化処理は異物混入潤滑下における寿命(以下、圧痕起点はく離寿命という)を延命するために有効であることが知られている一方、鋼中の窒素濃度と異物混入潤滑寿命との関係は明らかにされていない。そこで、窒素濃度を正確に管理したSUJ2材について異物混入潤滑試験を行った。
浸炭窒化処理は異物混入潤滑下における寿命(以下、圧痕起点はく離寿命という)を延命するために有効であることが知られている一方、鋼中の窒素濃度と異物混入潤滑寿命との関係は明らかにされていない。そこで、窒素濃度を正確に管理したSUJ2材について異物混入潤滑試験を行った。
試験軸受には、テーパー軸受(JIS規格軸受型番:30206、内径:30mm、外径:62mm、幅:17.25mm、転動体:17個)を用いた。試験軸受の内輪、外輪および転動体は、上記本実施の形態に係る軸受部品の製造方法により製造した。これにより、図12〜図16に示す窒素濃度分布を有する軸受部品が得られた。図12〜図16において、横軸は研削加工後の表面(転走面または転動面)から深さ方向における距離を示し、縦軸は窒素濃度を示している。このように、浸炭窒化処理の時間および研削加工による取代を適切に設定することにより、転走面または転動面における窒素濃度が正確に管理された軸受部品が得られている。
異物混入潤滑試験は、転がり軸受の潤滑油中に粒径が100〜180μmのガスアトマイズ粉(ビッカース硬度:800HV程度)を混入させて運転し、その破損寿命を評価するものである。粒径を100〜180μmとしている理由は、市場においても最大で100μm程度の粒径を持つ硬質異物が混入する場合があるためである。
図17に、異物混入潤滑試験により破損した後の軸受部品の圧痕の形状(断面図)を示す。図17において、横軸は表面(転走面または転動面)に沿った基準点からの距離、縦軸は高さを示している。横軸の基準点から0.3mm付近までが当初の表面、0.3mm〜1.1mm付近までが圧痕、1.1mm以上の領域が剥離部である。図17より、硬質異物により形成された圧痕は15〜20μmの深さであることが確認された。
また、圧痕の盛り上がりの形状は圧痕深さまでの材料の組織により決まると考えられる。また、窒素濃度により軸受鋼の組織は変化する。これらのことから、圧痕起点型はく離寿命は、表面の窒素濃度だけではなく、表面から圧痕深さ(20μm)までの窒素濃度の影響を受けると考えられる。そのため、本明細書では、研削および仕上げ加工を施した転走面または転動面などの表面から20μmまでの深さの領域を「表層部」として定義し、当該「表層部」における窒素濃度の平均値、または当該「表層部」における残留オーステナイト量などを規定している。
(3) 内部の炭化物の面積率について
次に、内部の炭化物の面積率と異物混入潤滑寿命との関係について調査した。軸受鋼は、炭化物を溶け込ませることにより固溶強化することができる。焼入前の軸受鋼の炭化物の面積率は一定であるため、浸炭窒化処理後における内部の炭化物の面積率により炭素の固溶量を推測することができる。ここで、軸受の寿命に影響するのは研削後の表面の品質であるのに関わらず、内部の炭化物の面積率から母地中への炭素の固溶量を推測している理由は、浸炭窒化処理により表面が窒化されて炭素の固溶限濃度が上昇するため、母地への炭化物の固溶量を推測するのが困難だからである。表1に、熱処理条件と内部の析出物(炭化物)の面積率(%)との関係を示す。
次に、内部の炭化物の面積率と異物混入潤滑寿命との関係について調査した。軸受鋼は、炭化物を溶け込ませることにより固溶強化することができる。焼入前の軸受鋼の炭化物の面積率は一定であるため、浸炭窒化処理後における内部の炭化物の面積率により炭素の固溶量を推測することができる。ここで、軸受の寿命に影響するのは研削後の表面の品質であるのに関わらず、内部の炭化物の面積率から母地中への炭素の固溶量を推測している理由は、浸炭窒化処理により表面が窒化されて炭素の固溶限濃度が上昇するため、母地への炭化物の固溶量を推測するのが困難だからである。表1に、熱処理条件と内部の析出物(炭化物)の面積率(%)との関係を示す。
表1の熱処理条件は、「焼入温度−焼戻温度−研削後最表面の窒素濃度」の表示により示されている。たとえば800℃−180℃−0.1mass%の表示は、焼入温度が800℃、焼戻温度が180℃、表層部の窒素濃度が0.1質量%であることを示している。表1より、加熱温度が高くなるに伴い内部の析出物の面積率は小さくなることが確認された。つまり、浸炭窒化処理時の処理温度を高くすることにより母地における炭素の固溶限濃度が上昇し、炭素の固溶量が増大するため析出物の量が少なくなる。また、炭素の固溶限濃度が上昇した状態において析出物が存在している場合には母地における炭素濃度が固溶限濃度に達していることになり、表面の母地も炭素濃度が高くなる。
図18に、異物混入潤滑寿命の試験結果を示す(試験方法は上記の通り)。図18において、横軸は寿命(試験開始から剥離が発生するまでの時間)(h)を示し、縦軸は累積破損確率(%)を示している。また、図18の凡例には、表1と同様に、「焼入温度−焼戻温度−研削後最表面の窒素濃度」が表示されている。図18に示すように、内部の析出物の面積率が小さい場合(880℃−210℃−0.4mass%)には、脱炭させた場合(880℃−210℃−0.4mass%DC)、高温焼戻をした場合(850℃−240℃−0.4mass%)およびSUJ2材を普通焼入した場合(850℃−180℃−0mass%(SUJ2普通焼入))に比べて寿命が長くなった。なお、高温焼戻した場合には母地中の炭素濃度の減少および残留オーステナイトの減少のために寿命が短くなり、また脱炭した場合には母地中の炭素濃度の減少のために寿命が短くなった。
(4) 表層部における残留オーステナイト量について
次に、表層部における残留オーステナイト量と寿命との関係について調査した。図19に、表層部における窒素濃度を一定とし、焼戻温度を変化させて残留オーステナイト量を変化させた時の異物混入潤滑寿命を測定した結果を示す。図19において、横軸は残留オーステナイト量(体積%)、縦軸はL10寿命(時間)を示している。図19に示すように、残留オーステナイト量の増加に伴ってL10寿命も長くなっており、特に残留オーステナイト量を20体積%以上とすることによりL10寿命が大きく向上している。一方、残留オーステナイト量の増大に伴ってL10寿命の向上は飽和する傾向にあり、残留オーステナイト量が35体積%を超えるときには、L10寿命の向上は緩やかとなっている。さらに、残留オーステナイト量が35体積%を超えるときには、表面の硬度が650HV程度にまで低下する。このことから、異物潤滑寿命を長くするためには、表層部における残留オーステナイト量を20体積%以上35体積%以下にすることが必要であることが分かった。
次に、表層部における残留オーステナイト量と寿命との関係について調査した。図19に、表層部における窒素濃度を一定とし、焼戻温度を変化させて残留オーステナイト量を変化させた時の異物混入潤滑寿命を測定した結果を示す。図19において、横軸は残留オーステナイト量(体積%)、縦軸はL10寿命(時間)を示している。図19に示すように、残留オーステナイト量の増加に伴ってL10寿命も長くなっており、特に残留オーステナイト量を20体積%以上とすることによりL10寿命が大きく向上している。一方、残留オーステナイト量の増大に伴ってL10寿命の向上は飽和する傾向にあり、残留オーステナイト量が35体積%を超えるときには、L10寿命の向上は緩やかとなっている。さらに、残留オーステナイト量が35体積%を超えるときには、表面の硬度が650HV程度にまで低下する。このことから、異物潤滑寿命を長くするためには、表層部における残留オーステナイト量を20体積%以上35体積%以下にすることが必要であることが分かった。
(5) 全体の平均残留オーステナイト量について
次に、経年寸法変化に及ぼす残留オーステナイト量の影響を調査した。まず、外径φ60mm、内径φ54mm、幅t15mmのリング状試験片を、焼入温度、焼戻温度および表層部の窒素濃度を変化させて作製した。この試験片に対して、120℃に加熱して2500時間保持する熱処理を実施し、当該熱処理前後での外径の寸法差を熱処理前の外径で除して経年寸法変化率を算出した。
次に、経年寸法変化に及ぼす残留オーステナイト量の影響を調査した。まず、外径φ60mm、内径φ54mm、幅t15mmのリング状試験片を、焼入温度、焼戻温度および表層部の窒素濃度を変化させて作製した。この試験片に対して、120℃に加熱して2500時間保持する熱処理を実施し、当該熱処理前後での外径の寸法差を熱処理前の外径で除して経年寸法変化率を算出した。
図20は、各熱処理条件における残留オーステナイト量の分布を示している。図20において、横軸は表面からの距離(mm)を示し、縦軸は残留オーステナイト量(体積%)を示している。この図20の残留オーステナイト量の分布から試験片内の残留オーステナイト量の平均値を算出するとともに、先に算出した対応する試験片の経年寸法変化率との関係を調査した。図21は、試験片全体の平均残留オーステナイト量と経年寸法変化率との関係を示している。
図21に示すように、平均残留オーステナイト量と経年寸法変化率とは比例関係にある。また、図21より、加熱温度120℃で2500時間保持した場合の経年寸法変化率を60×10−5以下にするためには、平均残留オーステナイト量を18体積%以下とすればよいことが分かる。
(6) 高温焼戻後の断面硬度差分について
高温焼戻後の断面硬度差分と窒素濃度との関係について調査した。図22は、加熱温度が500℃、保持時間が1時間の熱処理(高温焼戻)後における窒素濃度と断面硬度差分との関係を示している。「断面硬度差分」とは、高温焼戻後の浸炭窒化層におけるビッカース硬度と、浸炭窒化層が形成されていない領域におけるビッカース硬度との差分である。図22において、横軸は窒素濃度(質量%)を示し、縦軸は断面硬度差分(ΔHV)を示している。
高温焼戻後の断面硬度差分と窒素濃度との関係について調査した。図22は、加熱温度が500℃、保持時間が1時間の熱処理(高温焼戻)後における窒素濃度と断面硬度差分との関係を示している。「断面硬度差分」とは、高温焼戻後の浸炭窒化層におけるビッカース硬度と、浸炭窒化層が形成されていない領域におけるビッカース硬度との差分である。図22において、横軸は窒素濃度(質量%)を示し、縦軸は断面硬度差分(ΔHV)を示している。
図22より、高温焼戻後の断面硬度差分は、窒素濃度が0.2〜0.3質量%の範囲において最も大きくなることが分かる。また、窒素濃度が0.2〜0.3質量%の範囲においては、95%以上の高確率で断面硬度差分が130HV以上となる。したがって、高温焼戻後の断面硬度差分を測定し、その測定値が130HV以上であるか否かを判別することにより、軸受部品中に窒素濃度が0.2質量%以上である領域が含まれているか否かを確認することができる。そして、当該測定値が130HV以上である場合には、軸受部品中に窒素濃度が0.2質量%以上である領域が含まれることを保証することができる。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
本発明の軸受部品は、転走面または転動面を含む表層部に浸炭窒化層が形成された軸受部品において、特に有利に適用され得る。
1 深溝玉軸受、2 円錐ころ軸受、11,21 外輪、11A,21A 外輪転走面、12,22 内輪、12A,22A 内輪転走面、13 玉、13A,23A 転動面、14,24 保持器、23 ころ、30 雰囲気制御工程、31 未分解NH3分圧制御工程、32 H2分圧制御工程、33 CO/CO2分圧制御工程、40 加熱パターン制御工程。
Claims (7)
- 0.95質量%以上1.10質量%以下の炭素と、0.35質量%以下の珪素と、0.50質量%以下のマンガンと、1.30質量%以上2.00質量%以下のクロムとを含み、残部不純物からなる鋼からなり、転走面または転動面を含む表層部に浸炭窒化層が形成された軸受部品であって、
前記浸炭窒化層が形成されていない領域における析出物の面積率が7%以下であり、
前記表層部における残留オーステナイト量が20体積%以上35体積%以下であり、かつ、前記軸受部品全体の平均残留オーステナイト量が18体積%以下である、軸受部品。 - 前記表層部における窒素濃度の平均値は、0.2質量%以上である、請求項1に記載の軸受部品。
- 前記転走面および前記転動面以外の面に析出物が存在している、請求項1または2に記載の軸受部品。
- 前記転走面または前記転動面におけるビッカース硬度が700HV以上である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の軸受部品。
- 850℃以上900℃以下の温度で浸炭窒化処理を行うことにより前記浸炭窒化層が形成されており、
前記浸炭窒化処理の後、180℃以上220℃以下の温度で焼戻処理が施されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の軸受部品。 - 加熱温度を500℃、保持時間を1時間とした熱処理を行った後において、前記浸炭窒化層におけるビッカース硬度が、前記浸炭窒化層が形成されていない領域におけるビッカース硬度より130HV以上高い、請求項1〜6のいずれか1項に記載の軸受部品。
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