近年の光アクセス等の普及に伴った様々な大容量サービスに対応するため、無線通信の伝送速度の向上が要求されている。占有する周波数帯域と伝送速度とは比例するため、周波数帯域を拡大することでこれを実現することができる。しかし、実際の周波数資源は有限であるため、周波数帯域の拡大には限界がある。また周波数帯域の増加が生じない伝送速度を向上する方法として、1シンボルあたり2ビットを伝送するQPSKから1シンボルあたり6ビットを伝送する64QAMのような変調多値数の大きい変調方式を用いる方法がある。しかし、多値数の増加に伴い信号点間距離が減少することでノイズによる誤りやハードウェアの特性による誤りが発生しやすくなり、良好な通信の実現に高い信号対雑音比が必要となるため、この方法で伝送速度を大きく向上させることは難しい。
そこで、これらの方法と併用する形で周波数の利用効率を上げて伝送速度を向上する技術として、例えば非特許文献1のようなマルチユーザMIMO(空間分割多重)が検討されている。図6は、マルチユーザMIMOシステムの構成例を示す概略図である。同図に示すように、マルチユーザMIMOシステムは、基地局装置801と、端末装置802−1、802−2、802−3とを具備している。実際に一つの基地局装置801が収容する端末装置802の数は多数であるが、そのうちの数局を選び出し(同図では3台の端末装置802−1〜802−3)、通信を行う。以下、端末装置802−1〜802−3のいずれか、又は全てを示す場合に端末装置802という。各端末装置802は、基地局装置801と比較して送受信アンテナ数が一般に少ない。例えば、基地局装置801から端末装置802への通信(ダウンリンク)を行う場合について説明する。
基地局装置801は、多数のアンテナ素子を用いて複数の指向性ビームを形成する。例えば、各端末装置802−1〜802−3に対してそれぞれ3つのMIMOチャネルを割り当て、全体として9系統の信号系列を送信する場合を考える。その際、端末装置802−1に対して送信する信号は、端末装置802−2及び端末装置802−3方向には指向性利得が極端に低くなるように調整し、この結果として端末装置802−2及び端末装置802−3への干渉を抑制する。同様に、端末装置802−2に対して送信する信号は、端末装置802−1及び端末装置802−3方向には指向性利得が極端に低くなるように調整する。同様の処理を端末装置802−3にも施す。このように指向性制御を行う理由は、例えば端末装置802−1においては、端末装置802−2及び端末装置802−3で受信した信号の情報を知る術がないため、端末装置802間での協調的な受信処理ができない。すなわち、3本の端末装置802−1のみの受信処理において、9系統の全ての信号系列を信号分離することは非常に困難である。そこで、各端末装置802−1〜802−3には他の端末装置802の信号が受信されないように、送信側で干渉分離のための信号処理を事前に行う。以上が既存のマルチユーザMIMOシステムの概要である。
次に、指向性ビームの形成方法について説明する。ここでは、基地局装置801が9つのアンテナ素子を備え、各端末装置802−1〜802−3が3つのアンテナ素子を備える場合について説明する。例えば、図6において、基地局装置801の第j(j=1,…,9)のアンテナ素子と、端末装置802−1の第1のアンテナ素子との間のチャネル情報をh1jと表記する。基地局装置801の各アンテナ素子(j=1,…,9)と、端末装置802−1の第1のアンテナ素子とのチャネル情報を用いて行ベクトルh1を(h11,h12,h13,…,h18,h19)と表記する。同様に、基地局装置801の第jのアンテナ素子と、端末装置802−1の第2のアンテナ素子及び第3のアンテナ素子との間のチャネル情報をh2j及びh3jと表記し、対応する行ベクトルh2及びh3を(h21,h22,h23,…,h28,h29)及び(h31,h32,h33,…,h38,h39)と表記する。端末装置802−2及び端末装置802−3のアンテナ素子に対して同様の連番をふり、行ベクトルh4〜h9を(h41,h42,h43,…,h48,h49)〜(h91,h92,h93,…,h98,h99)と表記する。
加えて、基地局装置801が送信する9系統の信号をt1〜t9と表記し、これを成分とする列ベクトルをTxall=(t1,t2,t3,…,t8,t9)Tと表記する。ここで、右肩のTの文字はベクトル、行列の転置を表す。また同様に、端末装置802−1〜802−3の9本のアンテナ素子での受信信号をr1〜r9と表記し、これを成分とする列ベクトルをRxall=(r1,r2,r3,…,r8,r9)Tと表記する。最後に、行ベクトルh1〜h9を第1から第9行成分とする行列を、全体チャネル情報行列Hallと表記する。
この場合、マルチユーザMIMOシステム全体として、(1)式の関係が成り立つ。
これに対し送信指向性制御を行うため、9行9列の送信ウェイト行列Wを導入し、(1)式を(2)式のように書き換える。
さらに、送信ウェイト行列Wを列ベクトルw1〜w9に分解し、W=(w
1,w
2,w
3,…,w
8,w
9)と表記すると、(2)式における「H
all・W」を(3)式のように表せる。
ここで、例えば6つの行ベクトルh4〜h9と、3つの列ベクトルw1〜w3との乗算(各成分の乗算したものの総和、複素ベクトルの場合は内積とは異なる)が全てゼロになるように、w1〜w3の値を選ぶことを考える。同時に、行ベクトルh1〜h3及びh7〜h9と列ベクトルw4〜w6との乗算、行ベクトルh1〜h6と列ベクトルw7〜w9との乗算が全てゼロになるように、w4〜w9の値を選ぶことにする。
すると、(3)式に示す9行9列の行列H
all・Wは、3行3列の部分行列を用いて、(4)式のように表すことができる。
(4)式において、H
1,1、H
2,2、及びH
3,3は3行3列の行列であり、「0」は成分が全てゼロの3行3列の行列である。このような条件を満たす変換行列を送信ウェイト行列Wに選択することで、(4)式は(5−1)式〜(5−3)式で表される3つの関係式に分解できる。
ここで、Tx1=(t1,t2,t3)T、Tx2=(t4,t5,t6)T、Tx3=(t7,t8,t9)T、Rx1=(r1,r2,r3)T、Rx2=(r4,r5,r6)T、Rx3=(r7,r8,r9)Tとした。このようにして、一つの基地局が1対1でMIMO通信を行う、いわゆるシングルユーザMIMO通信が3系統、同時並行的に通信を行っている状態とみなすことができるようになる。
次に、送信ウェイトベクトルw1〜w9の決定方法について説明する。手順としては、端末装置802−1に対する送信ウェイトベクトルw1〜w3を決定し、順次、端末装置802−2に対する送信ウェイトベクトルw4〜w6、端末装置802−3に対する送信ウェイトベクトルw7〜w9を決定する。
始めに、端末装置802−2、802−3に対する6つの行ベクトルh4〜h9が張る6次元部分空間における6つの基底ベクトルe4〜e9を求める。求める方法は、グラムシュミットの直交化法の他、様々な方法があるが、ここでは例としてグラムシュミットの直交化法を例に説明する。
まず、一つの行ベクトルh
4に着目し、この方向で絶対値が1のベクトルを基底ベクトルe
4とする。基底ベクトルe
4は(6)式として表される。
(6)式における(h4h4 H)は同一ベクトルの絶対値の2乗を意味するスカラー量であり、この値の平方根での除算は行ベクトルh4を規格化することを意味する。また、「h4 H」は、行ベクトルh4に対するエルミート共役ベクトルであり、行と列を転置し且つ各成分の複素共役を取ることで得られるベクトルである。
次に、行ベクトルh
5に着目し、この行ベクトルの中から基底ベクトルe
4方向の成分をキャンセルした行ベクトルh
5’を求めた後、さらに規格化する。行ベクトルh
5’と基底ベクトルe
5とは、(7−1)式及び(7−2)式で表される。
(7−2)式における(h
5e
4 H)は、行ベクトルh
5の基底ベクトルe
4方向への射影を意味する。同様の処理を(8−1)式及び(8−2)式のように行う。
ここで、(8−1)式におけるΣの総和の範囲は、4≦i≦(j−1)(jは5〜9の整数)の整数iに対する総和となっている。すなわち、既に確定した規定ベクトル方向の成分をキャンセルすることを意味する。このようにして、6つの基底ベクトルe4〜e9を求めることができる。
次に、端末装置802−1に対する送信ウェイトベクトルw
1〜w
3を求める。まず、行ベクトルh
1〜h
3から、基底ベクトルe
4〜e
9が張る6次元部分空間の成分をキャンセルする。具体的には、(9)式で表される。
ここで、(9)式におけるjは1〜3の整数であり、Σの総和の範囲は4≦i≦9の整数iに対する総和となっている。このようにして求めた行ベクトルh1’〜h3’の3つのベクトルが張る3次元空間は上述の行ベクトルh4〜h9のいずれとも直交している。この3次元空間内の3つのベクトル(必ずしも直交ベクトルである必然性はない)を選び、そのベクトルの複素共役ベクトルを送信ウェイトベクトルw1〜w3として設定すれば、他の端末装置802−2、802−3への干渉を抑圧することができる。
なお、3つのベクトルの選び方は如何なる方法でも構わないが、例えば特異値分解を行って得られるユニタリー行列を構成する3つの直交ベクトルを用いれば、他の端末装置802に干渉を与えない部分空間内に限定された固有モード伝送が可能になり、効率的な伝送が可能になる。
最後に、これと同様の処理を端末装置802−2、端末装置802−3に対しても行えば、最終的に全体の送信ウェイトベクトルw1〜w9を求めることができる。以上がマルチユーザMIMO技術の基本的な説明である。
上記のマルチユーザMIMOを複数の基地局に対して適用した技術として、基地局連携マルチユーザMIMOがある。複数の基地局が連携し、マルチユーザMIMOによって協調伝送を行うことで本来ならば干渉源となる隣接する基地局からの干渉(セル間干渉)を除去することができるため、通信品質を改善することが可能となる。このようなシステムにおける基地局はいわば広範囲に分散配置された無線信号送受信のための無線モジュールないしはアンテナ部とみなすことも可能である。
図7は、複数の基地局による空間分割多重を実現する無線通信装置の構成を示す図である。図7において、100はネットワーク、101は基地局を制御する制御局、102は通信制御部、103は受信部、104は送信部、105はネットワークインターフェース、106はMAC層処理部である。受信部103は受信信号処理部107、チャネル情報取得部108、受信ウェイト生成部109にて構成され、送信部104は送信信号処理部110、送信ウェイト生成部111から構成される。112a〜112dは基地局であり、制御局101と基地局112a〜112dは光ファイバ等の有線回線113a〜113hで接続される。114a〜114bは端末局である。
ここで、図7における構成は各基地局112及び各端末局114がそれぞれ2本のアンテナを備えている場合を示しているが、1本であっても構わないし、3本以上であっても構わない。もちろん基地局112a〜112d及び端末局114a〜114bが異なるアンテナ本数であっても構わない。また、各基地局112と受信部103及び送信部104との間はそれぞれ1本ずつの有線回線で接続されているが、各基地局112から制御局101まではそれぞれ1本の有線回線で接続し、スイッチによる切り替え等により受信部103ないしは送信部104へ接続する構成であっても構わない。
次に、図7に示す無線通信装置の動作を説明する。まず、基地局112側から端末局114側に信号を送信するダウンリンクについて説明する。ネットワーク100より端末局114a〜114b宛てのダウンリンクのデータがネットワークインターフェース105を介し制御局101に入力され、続いてMAC層処理部106に入力される。MAC層処理部106に入力されたデータは個別バッファ等に一時的に保持する。なお、実際のハードウェアでは物理的なバッファは同じであっても構わず、論理的に個別に管理されていればよい。
そしてMAC層処理部106は、基地局112a〜112dと通信先の端末局114a〜114bとの組み合わせを選択し、選択された組み合わせに対応する端末局114に対応するデータを先の個別バッファより読み出し、MAC層における処理を実施して送信信号処理部110へと出力する。
送信信号処理部110は、無線回線で送信する無線パケットを生成して変調処理を行う。ここで、例えばOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)ないしはOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)変調方式を用いるのであれば、各信号系列の信号に対して周波数成分ごとに変調処理、マルチユーザMIMO送信ウェイトの乗算、周波数軸上の信号から時間軸上の信号に変換するIFFT(逆高速フーリエ変換)処理、ガードインターバルの挿入やOFDMシンボル間の波形整形処理、D/A(デジタル/アナログ)変換、無線周波数信号へのアップコンバート、帯域外の周波数成分を除去するためのフィルタ処理等が行われ、送信すべき電気的な信号を生成する。
このときのマルチユーザMIMO送信ウェイトは、MAC層処理部106から出力される端末局114の組み合わせ情報に基づき、送信ウェイト生成部111において生成される。このように各種の送信信号処理が施された送信信号は有線回線113a〜113dを介して各基地局112a〜112dへ出力され、各端末局114a〜114bに向けて送信される。これにより同一周波数を用いる各無線局への信号を空間的に分離し、同一周波数・同一時刻に各端末局114に対しての通信を可能とする。
なお、下記に示すアップリンクの場合も含めて、通常は有線回線113a〜113dは光ファイバで構成されることが多く、その場合には光/電気変換および電気/光変換等を用い、電気的な信号と光信号との変換を行い、伝送路上での損失を回避する。また、送信ウェイト生成部111における送信ウェイトの生成には、基地局112a〜112dと端末局114aまたは114bの各アンテナ間のチャネル情報を必要とするが、本図ではその情報の取得ルートを明示せずに、後述するチャネルフィードバックに関する既存の技術で取得できているものとする。
次に、端末局114側から基地局112側に信号を送信するアップリンクについて説明する。端末局114a、114bからアップリンクの信号が基地局112a〜112dにて受信されると、受信信号は有線回線113e〜113hを通して受信信号処理部107に入力される。受信信号処理部107では、無線周波数の信号からベースバンドの信号へのダウンコンバート、帯域外の周波数成分を除去するためのフィルタリング、A/D変換、OFDM(またはOFDMA)を用いる場合にはFFT(高速フーリエ変換)処理により時間軸上の信号を周波数軸上の信号に変換(各周波数成分の信号に分離)する等の、各種信号処理が施される。
受信信号処理が施された信号のうち、各周波数成分に分離されたチャネル推定用の既知信号(無線パケットの先頭に付与されるプリアンブル信号等)は、チャネル情報取得部108へ出力され、チャネル情報取得部108は各端末局114a、114bのアンテナと、基地局112a〜112dの各アンテナとの間のチャネル情報を周波数成分ごとに推定し、その推定結果を受信ウェイト生成部109に出力する。受信ウェイト生成部109では、入力されたチャネル情報を基に受信信号に乗算すべき受信ウェイトを周波数成分ごとに算出し、受信信号処理部107へ出力する。受信信号処理部107では、入力された受信ウェイトを前述の各種信号処理を施した周波数成分ごとの受信信号に対し乗算し、各端末局が同一周波数・同一時刻に送信した信号系列を干渉なく分離する。そして分離されたそれぞれの信号に対して復調処理を施し、再生されたデータをMAC層処理部106へ出力する。
MAC層処理部106は、MAC層に関する処理(例えば、ネットワークインターフェース105に対して入出力するデータと、無線回線上で送受信されるデータとの変換、MAC層のヘッダ情報の終端など)を行う。また、マルチユーザMIMO伝送において同時に空間多重を行う端末装置の組み合わせを含む各種スケジューリング処理を行い、スケジューリング結果を通信制御部102に出力する。MAC層処理部106にて処理された受信データは、ネットワークインターフェース105を介して外部機器ないしはネットワークに出力される。また、送信元の端末装置の管理や、全体のタイミング制御など、全体の通信に係る制御を通信制御部102が管理する。
図8は、複数の基地局112による空間分割多重を実現する端末局の構成を示す図である。図8において、114は端末局、121はデータ入出力部、122はMAC層処理部、123は通信制御部、124は受信信号処理部、125はチャネル情報取得部、126は送信信号処理部、127a、127bはアンテナを表す。ここで、図8における構成は端末局が2本のアンテナを備えている場合を示しているが、1本であっても構わないし、3本以上であっても構わない。
次に、図8に示す端末局114の動作を説明する。まず、制御局101側から端末局114側に信号を送信するダウンリンクについて説明する。基地局112a〜112dから端末局114宛てのダウンリンクの信号がアンテナ127a〜127bにて受信されると、受信信号は受信信号処理部124に入力される。受信信号処理部124は、データ復調のための各種信号処理が施されるが、説明は図7における受信信号処理部107と同様であるので省略する。
受信信号処理が施される信号のうち、各周波数成分に分離されたチャネル推定用の既知信号(無線パケットの先頭に付与されるプリアンブル信号等)は、チャネル情報取得部125へ出力され、端末局114のアンテナ127a、127bと、各基地局112a〜112dの各アンテナとの間のチャネル情報を周波数成分ごとに推定する。推定したチャネル情報は受信信号のデータ部の復調処理にも用いられる。受信信号処理部124において復調処理を施され、再生されたデータ及びチャネル情報取得部125において推定されたチャネル情報はMAC層処理部122へ出力される。
MAC層処理部122は、MAC層に関する処理(例えば、データ入出力部121に対して入出力するデータと、無線回線上で送受信されるデータとの変換、MAC層のヘッダ情報の終端など)を行う。MAC層処理部122にて処理された受信データは、データ入出力部121を介して外部ディスプレイ等に出力される。また、送受信のタイミング制御など、通信に係る制御を通信制御部102が管理する。
次に、端末局114側から制御局101側に信号を送信するアップリンクについて説明する。データ入出力部121にデータが入力されると、続いてMAC層処理部122に入力される。MAC層処理部122では入力されたデータを無線回線上で送受信されるデータへ変換し、MAC層のヘッダ情報を付加する等の処理を行い、送信信号処理部126へと出力する。
また、チャネル情報取得部125にて取得した、制御局101へ通知するチャネル推定結果の情報も、MAC層における処理を経て送信信号処理部126へ入力されるが、例えばMAC層のヘッダ情報に含めることとしてもよいし、制御情報収容用の無線パケットとして処理を行うこととしてもよい。
送信信号処理部126では、無線回線で送信する無線パケットを生成して変調処理を行う。説明は図7における送信信号処理部110と同様であるので省略する。送信信号処理が施された信号はアンテナを介して各基地局112a〜112dへ送信される。
ここで、制御局101の送信ウェイト生成部111ないしは受信ウェイト生成部109では各基地局112a〜112dと各端末局114a、114bとの間のチャネル情報が必要となるが、一般的には、アップリンクのチャネル情報はアップリンクにおける端末局114側からの受信信号を利用して制御局101側がチャネル情報を推定し、ダウンリンクのチャネル情報に関してはダウンリンクの信号を用いて各端末局114がチャネル情報を推定し、アップリンクにて送信される制御情報内にチャネル情報を収容して制御局101へフィードバックすることにより通知する方法を用いる。
図9、図10は、従来技術におけるチャネル情報の取得処理動作を示すフローチャートである。従来技術におけるチャネル情報を取得する方法は大別して2種類の方法がある。ここでは、アップリンクの信号を用いてチャネル情報を取得する方法(図9)と、ダウンリンクの信号を用いて取得する方法(図10)とについて説明する。
図9は、アップリンクにおけるチャネル推定方法の処理動作を示すフローチャートである。図9に示すように、アップリンクの場合、チャネル情報を推定開始する(ステップS101)と、各端末局114から基地局112宛てに送信されるチャネル推定用のトレーニング信号などを含む無線パケットを、基地局112を介して制御局101が受信する(ステップS102)。制御局101は、無線パケットに含まれているトレーニング信号などを用いてチャネル推定を実施し(ステップS103)、端末局114と各基地局112間のチャネル行列Hi,jとして保存・管理し(ステップS104)、処理を終了する(ステップS105)。ここで、Hi,jは第i端末局と第j基地局との間のチャネル情報を表し、端末局のアンテナ数をNMT、基地局のアンテナ数をNBSとすると、行列Hi,jのサイズはNMT×NBSである。
アップリンクによる推定方法では、端末局114からの信号を複数の基地局112が受信できるため、端末局iとチャネル推定用の信号を受信可能な各基地局jとの間のチャネル行列Hijを同時に取得可能である。制御局101は、基地局112が協調して通信を行う複数の端末局114に対し、上記チャネル推定処理を実施する。
図10は、ダウンリンクにおけるチャネル推定方法の処理動作を示すフローチャートである。同図に示すように、ダウンリンクの場合、チャネル情報を推定開始する(ステップS111)と、各基地局112から送信されるチャネル推定用のトレーニング信号などを含む無線パケットを端末局114が受信し(ステップS112)、端末局114はトレーニング信号などを用いてチャネル推定を実施する(ステップS113)。端末局114では、このチャネル推定結果を「制御情報収容用の無線パケット」に収容し、基地局112宛てに送信する(ステップS114)。制御局101は、端末局114が送信した「制御情報収容用の無線パケット」を、基地局112を介して受信し、チャネル情報を取得する(ステップS115)。そして受信したチャネル情報を端末局114と各基地局112間のチャネル行列Hijとしてメモリ等に保存し、チャネル情報に関するデータベースを構築し(ステップS116)、処理を終了する(ステップS117)。上記推定方法を、各基地局112が、回線設計上信号を受信可能な各端末局に対して個別に実施する。
なお、OFDM変調方式を用いるのであれば、図9及び図10に示すチャネル情報の取得処理動作を周波数成分ごとに実施すればよい。
以上はチャネル情報のフィードバックの一例であるが、ダウンリンクのチャネル情報に関しては、アップリンクのチャネル情報の推定結果を利用する方法もある。一般的には、ダウンリンクとその逆方向のアップリンクのチャネル情報は一致しない。それは、ダウンリンク時に送信する基地局112のハイパワーアンプと受信側の端末局114のローノイズアンプの組み合わせ、及びアップリンク時に送信する端末局114のハイパワーアンプと受信する基地局112のローノイズアンプの組み合わせが異なることから、ダウンリンクのチャネル情報とアップリンクのチャネル情報との間で複素位相や振幅が異なるためである。
しかしこれは、ダウンリンクにおけるハイパワーアンプと、アップリンクにおけるローノイズアンプとの相違を補正する処理(キャリブレーション処理)を実施することで、アップリンクのチャネル情報からダウンリンクの情報を換算推定することが可能である。具体的には、アップリンクにおけるチャネル情報に、ハイパワーアンプとローノイズアンプとの相違を補正する係数を乗算することによって変換処理を実施することができる。
以上説明したチャネル情報のフィードバック方法のいずれを利用しても構わないが、このようにしてチャネル情報を事前に取得しておき、一般的には実際に通信を行う際にこのチャネル情報を基に送信ウェイトを算出する。また、受信ウェイトに関しても、実際のデータ受信時に行うチャネル推定結果をもとに受信ウェイトを算出することもできるが、上述のチャネルフィードバックにより事前に取得したチャネル情報をもとに受信ウェイトを算出することも可能である。なお、チャネル情報は時間とともに変動するため、状況に応じて例えば周期的に更新することが一般的である。
次に、前述した処理動作によって取得したマルチユーザMIMOウェイトを用いた送信・受信処理について説明する。図11、図12は、基地局連携マルチユーザMIMOのアップリンクにおける制御局の受信ウェイト算出処理及び受信信号処理を示すフローチャートである。
まず、図11を参照して受信ウェイト算出処理動作を説明する。端末局114からの信号を受信し処理を開始すると(ステップS121)、MAC層処理部106より、通信相手となる端末局114に関する情報を取得し(ステップS122)、図9、図10に示した手順で取得したチャネル情報から、通信相手の端末局114と基地局112に対応する部分行列Hi,jを読み出し(ステップS123)、それらを合成して全体の行列Hallを作成する(ステップS124)。この全体のチャネル行列に対し、受信ウェイト行列を算出し(ステップS125)、処理を終了し(ステップS126)、受信したデータに後続する情報(ビット列)の受信信号分離処理を引き続き行う。
なお、ここでは上述のチャネルフィードバックにより事前に取得したチャネル情報をもとに受信ウェイトを算出する場合の例を示したが、受信したデータに付与されたプリアンブル信号などをもとに新規にチャネル推定を行った結果を利用することも可能である。この場合には、ステップS123の処理においてメモリからの部分行列Hi,jの読み出しの代わりに、チャネル推定処理による部分行列Hi,jの取得に置き換えられる。
次に、図12を参照して受信信号処理動作を説明する。端末局114からの信号を各基地局112が受信し、受信処理を開始すると(ステップS131)、まず制御局101は第i基地局が受信した受信信号Riを全基地局112より取得する(ステップS132)。ここでは、受信した信号ないしそれをダウンコンバートした信号に対し、アナログ/デジタル変換を施す処理までを含む。以降の信号処理は、デジタル化された受信信号に対する処理を意味する。続いて、各基地局112に対応する受信信号に対し、FFT回路による各周波数成分への分離等の信号処理を行う(ステップS133)。さらに、図11に示す処理動作によって算出した受信ウェイトを、周波数成分ごとに各基地局112の受信信号に乗算することで、各端末局114から送信され空間上にて多重された信号系列を分離し、分離された信号に対する信号検出処理前の推定信号Siを算出する(ステップS134)。最後に信号系列ごとの信号検出処理を実施し(ステップS135)、処理を終了し、MAC層へ出力する (ステップS136)。
図13、図14は、基地局連携マルチユーザMIMOのダウンリンクにおける制御局の送信ウェイト算出処理動作及び送信信号処理動作を示すフローチャートである。まず、図13を参照して送信ウェイト算出処理動作を説明する。MAC層処理部106よりデータが入力され、処理を開始すると(ステップS141)、MAC層処理部106より、通信相手となる端末局114に関する情報を取得し(ステップS142)、図9、図10に説明した手順で取得したチャネル情報から、通信相手の端末局114と基地局112に対応する部分行列Hi,jを読み出し(ステップS143)、それらを合成して全体の行列Hallを作成する(ステップS144)。この全体のチャネル行列に対し、送信ウェイト行列を算出し(ステップS145)、処理を終了し(ステップS146)、送信データに関する信号処理を引き続き行う。
次に、図14を参照して送信信号処理を説明する。処理を開始すると(ステップS151)、MAC層処理部106より各端末局114へ送信すべきデータが入力される(ステップS152)。宛先端末局114ごとの送信すべきデータに対し、各種変調処理等の送信信号処理を実施し、各周波数成分の送信信号を生成する(ステップS153)。そして図13に示す処理によって算出した送信ウェイトを、周波数成分ごとに各宛先の送信信号に乗算し、各基地局112が送信する信号を生成する(ステップS154)。さらに、各基地局112が送信する信号に対し、IFFTによる時間軸上の信号への変換及びガードインターバルの付与、OFDMシンボル間の波形整形等の処理、D/A変換など、一連の信号処理を実施し、これを基地局112に転送して各基地局112を介して各端末局114へ信号を送信し(ステップS155)、送信処理を完了する(ステップS156)。
一般的には、基地局112が備えるアンテナの総数をKとし、空間多重された信号系列数(すなわち端末局114が備えるアンテナの総数)をLとすると、KとLは一致する必要はなく、Lの値がKの値以下であれば多数の信号系列の信号を空間多重することができる。
ここで、空間分割多重を行う際に用いる全体のチャネル行列H
allは、取得した部分チャネル行列H
ijを用いて、アップリンクの場合は(10)式、また、ダウンリンクの場合は(11)式のように合成する。
そして、(10)式、(11)式に示すチャネル行列Hallを用いてアップリンク、ダウンリンクそれぞれにおける送受信ウェイトを算出する。
なお、上記の信号処理にて用いる送受信ウェイトには、(6)式〜(9)式を用いて説明したグラムシュミットの直交化法の他にもさまざまな算出法が存在する。例えば、チャネル行列H
allの疑似逆行列を求める方法(Zero Forcing、ZF)はダウンリンク、アップリンクの場合においてそれぞれ(12)式及び(13)式のように表せる。
同様の送受信ウェイトとして知られているMMSEウェイトでは、雑音電力をσ
2とすれば、(14)式及び(15)式を用いても良い。
その他、MLD(Maximum Likelihood Detection)等の非線形の信号処理を行うようにしてもよい。
以上が基地局連携マルチユーザMIMOの説明であるが、本技術において重要な点は、本来ならばセル間干渉となる他セル間のチャネル情報を相互に取得し、空間分割多重のための送受信ウェイトを算出するところにある。そのため、回線設計上信号が到来し、干渉となるような他のセルとの間におけるチャネル情報は、当該セル間干渉を抑圧するために全て取得することが望ましい。
以上説明を行ったが、マルチユーザMIMOの典型的な特徴は、アップリンクにおける制御局101での送信/受信処理において送信側と受信側との間のチャネル情報を基に、送信/受信の都度、最新のチャネル情報を読み出し(ステップS123、S143)、読み出したチャネル情報を基に送受信ウェイトを算出する点(ステップS125、S145)にある。すなわち、送信ウェイト及び受信ウェイトの算出は、送信ないし受信の都度行う点にある。これは、チャネルの時変動に起因したものであり、良好なチャネル推定精度を得るためには周期的にチャネル情報の推定処理をする必要がある。チャネル推定の周期を短く設定するに従い、チャネル推定のための制御情報の送受信が必要になりオーバーヘッドは増大する。
さらに、広範囲に渡り配置される基地局が連携してマルチユーザMIMOにより空間多重を実施する際には、各セルの基地局と、各セルに存在する端末局間のチャネル情報をそれぞれ個別に推定する必要があり、そのために所望の数の直交したトレーニング信号が必要となる。一般的には、トレーニング信号のパターンそのものが直交していることが好ましいが、そのようなパターンを設定できなければ、空間多重数と同数のシンボル数のオーバーヘッドが必要であり、連携基地局数の増大に従ってそのオーバーヘッドも増大する。そのようなオーバーヘッドは、時々刻々と変動する伝搬環境ではチャネル情報の推定誤差を与える要因となる。
加えて、SNRないしはSINRが小さい受信環境では、雑音及び干渉による誤差がチャネル推定結果に反映される。一般的には、端末局と基地局間の距離が大きいほど、SNRは小さく、チャネル推定誤差は大きい。図15に、従来技術における連携基地局と端末局の配置例を示す。例えば、図15に示すように正6角形の細密充填状態にセルを配置し、基地局を各セルの中心に配置する。各基地局は制御局と有線回線を介して接続されているが、ここではこれを省略している。さらに、多数の端末局が存在する中で、中心セルに存在するひとつのセルに着目し、その端末と周辺基地局との間のパスを図示した。
この場合、中心のセルに存在する端末局と隣接する最近接の6セルの基地局間の伝搬距離(図中実線矢印)に対し、その次隣接の12セルの基地局との間の伝搬距離(図中点線矢印)は大きく、最近接に対して次隣接のセルからの信号のSNRは小さい。そのため、中心セルの端末局と次隣接の12セルの基地局間におけるチャネル推定誤差は、隣接する7セルの基地局との間のチャネル推定誤差よりも大きくなる。その他、フェージング等の影響によりSNRは大きく低下することが起こりうるため、そのような環境下では十分な精度でのチャネル推定が行えなくなる。チャネル推定に誤差を含む状態でマルチユーザMIMOのウェイトを生成すると、誤差の影響により他のセルに属する端末局への与干渉の抑制すなわちヌル制御が崩れ、さらにそのような干渉源にヌルを向けるために通信相手となる所望の端末局への送信/受信電力が奪われることになるため、周波数利用効率の低下につながる。
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態による無線通信装置を説明する。まず、本発明の基本的な概念について説明する。従来の基地局連携マルチユーザMIMOでは送信/受信ウェイトを生成するために全体のチャネル行列Hallに関する全てのチャネル情報、すなわち部分チャネル行列を必要としていた。しかし、チャネル推定のオーバーヘッドないしは劣悪な受信環境に起因するチャネル推定誤差が生じる場合には前述の通り周波数利用効率が低下する結果となる。
そこで、本発明では、チャネル情報の品質がある一定の条件を満たさない、すなわち推定精度が低いものに関しては当該チャネル情報を0に置換し、この部分的に0に置換された新たな全体のチャネル情報をもとにウェイトを生成する。これにより、例えば(16)式に示すような部分的に0置換されたアップリンクの全体のチャネル行列が生成されることになる。
ここで、(16)式を詳細に吟味するため、この行列の1列目とL列目の部分行列を比較する。1列目(厳密には、部分行列が複数列の行列であれば複数行にまたがる縦長の行列となるが、ここではこのブロック行列をまとめて1行目と呼んでいる)に関しては、3行目以下の行で成分が全てゼロになっている。L列目に関しては、1〜K−2行目までの行で成分が全てゼロとなっている。実際には各基地局と他の基地局の位置関係で全体行列の対角成分付近がゼロでその他の部分がゼロというような綺麗な配置にはなっていないかも知れないが、伝搬減衰により信号の届く範囲が限定的であることから、一方の行成分が非ゼロのときに他方の行成分がゼロとなる関係にある列成分は容易に見出すことが可能である。
この際、例えば1行目の部分行列に含まれる列ベクトルとL列目の部分行列に含まれる列ベクトルは、内積を取ると全てゼロとなる関係にある。すなわち、相互の列ベクトルが直交関係にあることから、特に相互の直交化のために多次元ベクトル空間の自由度を浪費する必要はなく、これに伴う直交化ロスも生じない。言い換えれば、第iセルの端末局へヌルを向けないことを意味するので、0に置換したチャネル情報Hi,jに関しては、第jセルの端末局から第i基地局への干渉は抑圧されずにそのまま残ることになる。
一方、当該チャネル情報が推定誤差を大きく含む場合は、それらの列ベクトルの内積がゼロとならないために、僅かながらの干渉であっても演算上はヌル形成のために自由度を浪費し、直交化ロスを生じることになる。さらには、そこまでして行うヌル形成も、その推定誤差を含めて行うヌル形成であるので、正確なヌル形成とは異なり、結果的に新たな干渉を生じさせるリスクを伴う。場合によっては、もともとの干渉電力を低減させずにむしろ干渉量を増大させることも予想される。この様な場合には、その端末局からの干渉をある程度許容し、無駄なヌル形成のために不要な電力を浪費せず、所望信号のための電力を十分に確保することでSIRの低下を抑制することが有効となる。
図5に、本発明における基地局連携MU−MIMOにより達成される周波数利用効率を、計算機シミュレーションにより求めた結果を示す。横軸は周波数利用効率、縦軸は累積確率分布関数(CDF)を示す。本シミュレーションにおいては、37のセルを図15に示すように六角形状に配置している。また、図の点線は全セルの基地局―端末局間の推定誤差を含むチャネル情報を利用した場合の周波数利用効率、実線は推定誤差を含むチャネル情報のうち自セルおよび最近接のセルからのチャネル情報のみを非ゼロとし、他のチャネル情報にゼロ置換を行った場合の周波数利用効率のCDFを示す。本評価では、チャネル推定精度および信号の伝搬減衰を所定の近似式で与え、送信電力や雑音電力、さらにはゼロ置換するチャネル情報の範囲などをパラメータとして評価しているため、あくまでも一例として特性に関する傾向を示したに過ぎないが、その他の諸条件に対しても同様の効果をみることはできる。
この例に関していえば、本発明の適用においては、配置した37セル全ての基地局―端末局間のチャネル情報を用いるのではなく、それよりも少ない、自セルと隣接する6セルにおける7つの基地局―端末局間のチャネル情報のみを用い、その他のチャネル情報を0に置換している。このとき、チャネル推定誤差が存在する場合、チャネル行列の一部を0置換した本発明による周波数利用効率のCDF特性が優位(グラフで右側に位置する)であることがわかる。
以上の動作原理のもと、具体的な本発明の実施形態について以下に説明を行う。
<第1の実施形態>
図1は、本発明の第1の実施形態によるアップリンクにおけるチャネル情報取得処理動作を示すフローチャートである。本実施形態における無線通信装置の構成は図7及び図8に示すものと同様であり、送信/受信における信号処理動作においても図11〜図14に示すものと同様である。本実施形態の特徴は、制御局101のチャネル情報取得部108において、取得したチャネル情報の品質を測定し、条件を満たさない場合には当該チャネル情報を0に置換して保存し、送信/受信ウェイト生成に用いるところにある。
これによって信頼度の低いチャネル情報を0に置換し、推定誤差を含むチャネル情報を用いずにウェイトを算出することにより、及び所望電力の低下を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
次に、図1を参照してチャネル情報推定の処理動作を説明する。ダウンリンクのチャネル推定(チャネル情報のフィードバック)は、上述の様に幾つかのバリエーションが存在するが、アップリンクに関しては基地局112にて受信した信号をもとにしてチャネル推定が実施されるので、以下ではアップリンクのチャネル推定を中心に説明を行なう。
まず、チャネル情報の推定処理を開始すると(ステップS1)、各端末局114から基地局112宛てに送信されるチャネル推定用のトレーニング信号などを含む無線パケットを、基地局112を介して制御局101が受信する(ステップS2)。制御局101は、無線パケットに含まれているトレーニング信号などを用いてチャネル推定を実施する(ステップS3)。そして推定したチャネル情報の品質を測定し(ステップS4)、測定したチャネル情報の品質が条件を満たすか否かを判別する(ステップS5)。
ここで、品質とは、たとえばEVM(Error Vector Magnitude)を用いる。EVMとは、受信したシンボルの基準点との差を示す値である。条件としてある値を閾値として定め、送受信局において共有されているトレーニングシンボルの基準点との差からEVMを測定し、測定したEVMが閾値よりも小さい場合には条件を満たすこととすればよい。その他、受信レベルそのものを用いたり、SNR(Signal to Noise Power Ratio)やSINR(Signal to Interference and Noise Power Ratio)、BER(Bit Error Rate)の特性から信号品質を推定するなど、いかなる手段を信号品質の指標として用いて構わない。
ステップS5にてYes(チャネル情報の品質が条件を満たす)の場合、推定したチャネル情報を端末局iと基地局j間のチャネル行列Hi,jとしてそのまま保存・管理し(ステップS7)、処理を終了する(ステップS8)。一方、ステップS5にてNo(条件を満たさない)の場合には当該チャネル情報を全て0に置換し、ステップS7に移り、チャネル行列Hi,jとして保存し、処理を終了する(ステップS8)。
この動作により、部分的に0置換された全体のチャネル行列が生成されることになり、当該チャネル行列を用いて基地局連携によるマルチユーザMIMOの送信/受信ウェイトを生成する。これにより、チャネル推定誤差による影響を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
なお、以上はアップリンクに関する説明であったが、ダウンリンクに関しても同様の処理が可能である。ダウンリンクのチャネル推定に関しては、先にも説明したとおり、アップリンクのチャネル推定結果を利用する方法と、端末側でのダウンリンクのチャネル推定結果を制御情報に載せてフィードバックする方法とのバリエーションがあるが、そのいずれを用いたとしても、それらの処理の後に確定するダウンリンクのチャネル情報に対し、同様に推定精度が低いチャネル情報のゼロ置換を行なうことで、アップリンクと等価な処理を実施することが可能である。以下に、端末局114側よりチャネル情報をフィードバックする場合を例に取り、詳細に説明する。
<第2の実施形態>
図2は、本発明の第2の実施形態によるダウンリンクにおけるチャネル情報取得処理動作を示すフローチャートである。第1の実施形態の説明においては、ダウンリンクのチャネル情報に対する推定精度低下時のゼロ置換も基地局112側で行う場合を想定して説明したが、ダウンリンクのチャネル推定を図10に示すように端末局114側で行う場合には、ダウンリンクのチャネル情報へのゼロ置換を端末局114側で実施することも可能である。この場合の本実施形態における無線通信装置の構成は図7及び図8に示すものと同様であり、送信/受信における信号処理動作においても図11〜図14に示すものと同様である。本実施形態の特徴は、端末局114のチャネル情報取得部125において、取得したチャネル情報の品質を測定し、条件を満たさない場合には当該チャネル情報を0に置換し、制御局101へフィードバックするところにある。
これによって信頼度の低いチャネル情報を0に置換して制御局へ通知することにより、推定誤差を含むチャネル情報を用いて強引にウェイトを算出することによるヌル制御の崩れ、及び所望電力の低下を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
図2を参照してチャネル情報推定の処理動作を説明する。まず、チャネル情報の推定処理を開始すると(ステップS11)、制御局101のいずれかの基地局112から端末局114宛てに送信されるチャネル推定用のトレーニング信号などを含む無線パケットを、端末局114が受信する(ステップS12)。端末局114は、無線パケットに含まれているトレーニング信号などを用いてチャネル推定を実施する(ステップS13)。そして推定したチャネル情報の品質を測定し(ステップS14)、測定したチャネル情報の品質が条件を満たすか否かを判別する(ステップS15)。
ステップS15にてYes(チャネル情報の品質が条件を満たす)の場合、端末局114は、このチャネル推定結果を「制御情報収容用の無線パケット」に収容し、基地局112宛てに送信する(ステップS17)。制御局101は、端末局114が送信した「制御情報収容用の無線パケット」を、基地局112を介して受信し、チャネル情報を取得する(ステップS18)。そして、受信したチャネル情報を端末局iと基地局j間のチャネル行列Hi,jとしてメモリ等に保存し(ステップS19)、処理を終了する(ステップS20)。
一方、ステップS5にてNo(条件を満たさない)の場合には当該チャネル情報を0に置換し(ステップS16)、ステップS17に移り、処理としてステップS17〜ステップS19を行い、処理を終了する(ステップS20)。以上の動作を制御局に接続される基地局ごとに実施する。
この動作により、部分的に0置換された全体のチャネル行列が取得されることになり、当該チャネル行列を用いて基地局連携によるマルチユーザMIMOの送信/受信ウェイトを生成する。これにより、チャネル推定誤差による影響を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
また、ステップS17においてチャネル情報を0に置換したものを制御局101へ通知する処理としているが、通知そのものを行わないこととしてもよい。その際、制御局101では当該端末局114に対するチャネル情報を0として送信/受信ウェイトを生成することになり、本発明の意図する効果を同様に得ることが可能となる。
<第3の実施形態>
第1、第2の実施形態では、チャネル情報を取得した後にその推定精度を評価してゼロ置換を行なうか否かを判断していた。しかし、基地局112の配置は既知であるので、各基地局112が主としてカバーするセルを単位としてみた時に、第1近接のセル、第2近接のセル、第3近接のセル・・・など、概ねどのセルからどの程度のレベルで信号受信ができるかは予測可能である。正確には、予測というよりも、回線設計的にチャネル推定精度が所望のレベル以上であるか否かを分別し、所望のレベル以上の精度でチャネル推定が可能であるという範囲内のセル間での相互干渉のみを考慮し、他のセル間は実際にはチャネル推定処理すら行なわず、ゼロ挿入(上述の例におけるゼロ置換に相当)して対応することが可能である。
もしくは、システム設計上チャネル推定を実施可能なセル数が限定される場合、その上限数を超えるチャネル推定を実施できないセル間におけるチャネル情報に対してゼロ挿入を行うこととしてもよい。
従来技術の説明では説明を省略したが、図9、図10のチャネル情報の取得には、各チャネル情報取得のための無線パケットの送受信が必要となり、面的に広がるサービスエリア内でこれらの無線パケットの衝突を回避するためには、同一周波数・同一時刻上で無線パケットが送信されないように調整する必要がある。しかし、面的な広がりの中である時刻にある周波数において1台しか信号送信が許されないとなると、膨大な時間をかけて順番に信号の送受信を行わなければならないため、実際には局所的なタイミング・周波数の重複を許容してチャネル推定を行なう。このタイミング・周波数が重複するセルは相互の与被干渉が十分に小さな値となる様にシステム全体の運用の設計がなされる。この設計を通して、チャネル推定の要否が判断され、チャネル推定が実施されないセルに対してはゼロ挿入を行うのが本実施形態である。
図3は、本発明の第3の実施形態による送受信ウェイトの算出処理動作を示すフローチャートである。本実施形態における無線通信装置の構成は図7及び図8に示すものと同様であり、送信/受信における信号処理のフローにおいても図11〜図14に示すものと同様である。本実施形態の特徴は、回線設計的にないしはシステム設計的にチャネル推定を行なうべきセルを限定し、それらのセル間でのみチャネル推定を実施しそのチャネル情報を非ゼロの値で管理し、その他の取得を行わないチャネル情報の値を0として管理するところにある。
これによってチャネル情報の一部を0として管理することにより、推定誤差を含むチャネル情報を用いて強引にウェイトを算出することによるヌル制御の崩れ、及び所望電力の低下を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
図3を参照して受信ウェイトの算出処理動作を説明する。基本的な動作は図11と同一であり、ステップS123とステップS124の間にステップS127として、チャネル推定を行なう対象外の部分行列としてゼロ挿入を実施する。
同様に、図4を参照して送信ウェイトの算出処理動作を説明する。基本的な動作は図13と同一であり、ステップS143とステップS144の間にステップS147として、チャネル推定を行う対象外の部分行列としてゼロ挿入を実施する。この様にして、チャネル情報を測定していない部分行列を含む全体行列Hallが取得できるようになり、送受信ウェイトの算出が可能になる。
なお、ここでのステップS127およびステップS147の処理は、全く等価な処理を別の方法でも実現可能である。例えば、従来技術に関連した図9、図10で説明したチャネル情報の取得フローにおいて、実際のチャネル情報の推定処理の有無に関係なく、全ての組み合わせの部分行列Hi,jを用意するものとし、その初期値として全てにゼロを挿入しておく。実際の運用状態になると、チャネル推定の都度に測定されたチャネル情報が部分行列Hi,jに非ゼロの値として記録される。この状態で、図11および図13のステップS123およびステップS143を実施すると、チャネル推定が実施されていない部分行列Hi,jの値として各成分がゼロである行列が読み出されるため、結果的に図3のステップS123とS127、図4のステップS143とS147の処理と等価な動作となる。
ただし、もともと(16)式で示される行列の各部分行列は殆どが推定精度が低い、すなわち回線設計上、チャネル推定を行なわないセル間のチャネル情報であるため、これらの全てをメモリに記憶するとなると、過剰に大きなメモリ領域を確保する必要がある。図3に示した処理の場合には、実際にチャネル推定を行う非ゼロの成分のみを管理すれば良いため、その分メモリ容量を抑えて処理を行なうことが可能であるという特徴をもつ。
上記の動作により、部分的に0が挿入された全体のチャネル行列が生成されることになり、当該チャネル行列を用いて基地局連携によるマルチユーザMIMOの送信/受信ウェイトを生成する。これにより、チャネル推定誤差による影響を抑制し、周波数利用効率を改善することが可能になる。
以上説明したように、マルチユーザMIMOは、一台の基地局が複数の端末に対してビームフォーミングにより同時に送信を行う技術であり、各データ信号の宛先となる端末以外の端末に信号が届かないようにビームフォーミングを行うことによって、干渉を与えることなく同時送信ができる。その応用形態として、複数の基地局が同時に送信を行う場合に、各データ信号の宛先となる端末以外の端末に信号が届かないようにビームフォーミングを行うことによって、セル間の干渉を抑圧しつつ同時送信を行う形態がある。ビームフォーミングを行うためには、全ての基地局と全ての端末との間のチャネル情報を推定してビームを形成する必要があるが、多数の基地局及び端末を含む広範囲なシステムの場合には、その組合せによっては、チャネル情報の推定精度が低いものが存在する。例えば、基地局と端末との間の距離が著しく離れている場合のように推定精度の低いチャネル情報を用いてビームフォーミングを行うと、正しいビームを形成できず、かえって干渉を発生させる可能性がある。
本実施形態では、チャネル情報のそれぞれを評価して、精度が低いと判定されたチャネル情報を0に置換してビームを形成するようにした。チャネル情報が0であることは、当該基地局は当該端末の方向に対してヌルを向ける制御をしないことになるが、誤った方向にビームが向くリスクを低減することができる。また、当該方向を無視することによりアンテナの自由度が増加するため、他の精度の高いチャネル情報が取得された基地局と端末との間のビーム制御にその自由度を振り向けることができ、さらに精度のよいビームを形成することが可能となる。
なお、図1〜図4に示す機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより無線通信処理を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。
また、上記プログラムは、このプログラムを記憶装置等に格納したコンピュータシステムから、伝送媒体を介して、あるいは、伝送媒体中の伝送波により他のコンピュータシステムに伝送されてもよい。ここで、プログラムを伝送する「伝送媒体」は、インターネット等のネットワーク(通信網)や電話回線等の通信回線(通信線)のように情報を伝送する機能を有する媒体のことをいう。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。さらに、前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であってもよい。
以上、図面を参照して本発明の実施の形態を説明してきたが、上記実施の形態は本発明の例示に過ぎず、本発明が上記実施の形態に限定されるものではないことは明らかである。したがって、本発明の技術思想及び範囲を逸脱しない範囲で構成要素の追加、省略、置換、その他の変更を行っても良い。