MAMR用STOの試作ヘッドの発振試験中に、従来と逆方向のSTO駆動電流を通電したところ、主磁極極性の高速切り替えが可能と考えられる挙動が観測された。従来、考えられていない新たな発振状態を解析する目的で、固定層磁化がFGL磁化に引きずられて動く(垂直自由層と呼ぶ)ことを前提に、以下のLLG(Landau Lifschitz Gilbert)方程式(1)に基づく計算機シミュレーションで磁化反転挙動を解析した。ここで、固定層あるいは垂直自由層は、膜面に垂直方向に磁気異方性軸を有する磁性膜からなり、FGLあるいは面内自由層は、実効的に膜面に磁化容易面を有する磁性膜からなる。図3は、STOの計算モデルを示す図である。
ここで、γ,I,μ
B,e,P は、それぞれ、ジャイロ磁気定数、膜面垂直方向の電流(Jは電流密度)、ボーア磁子、素電荷、分極率である。m
h,H
h-eff,α
h,V
h,M
sh は、それぞれ、面内自由層2(又はFGL32)の単位ベクトル、有効磁界、ダンピング定数、体積、飽和磁化である。また、m
p,H
p-eff,α
p,V
p,M
sp は、それぞれ、垂直自由層1(又は固定層31)の単位ベクトル、有効磁界、ダンピング定数、体積、飽和磁化である。面内自由層2の有効磁界H
h-effは、磁気異方性磁界H
ah(=H
kh×cosθ
mh、θ
mhは面内自由層磁化とz軸のなす角)、静磁界H
sh、反磁界H
dh、及び外部磁界H
extの3成分の和で構成される。また、垂直自由層1の有効磁界H
p-effは、磁気異方性磁界H
ap(=H
kp×cosθ
mp、θ
mpは垂直自由層磁化とz軸のなす角)、静磁界H
sp、反磁界H
dp、及び外部磁界H
extの3成分の和で構成される。静磁界H
sh,H
spは、図3の空間配置に示すように、面内自由層2と垂直自由層1とが平行で3nm離れている場合について、互いの磁化の影響を算出した。面内自由層2と垂直自由層1との間隙は、交換相互作用を伝えずに電流にてスピン情報を伝達すCuなどの非磁性スピン伝導層のためのものであり、層厚は3nmに限定されるものではない。
まず、従来のSTOについて、発振状態の計算結果を示す。計算モデルは、固定層31として幅40nm×高さ40nm×厚さ10nmで飽和磁束密度が1.5T、垂直磁気異方性Hkpが960kA/m(12kOe)の磁性体、FGL32として幅40nm×高さ40nm×厚さ12nmで飽和磁束密度が2.3Tの軟磁性体を想定した。図4A〜4Dは、従来のSTOのように、固定層31側からFGL32側に電流を流した場合における固定層磁化とFGL磁化の時間変化を示す図である。外部磁界Hextは、+z方向に480kA/mの強度で印加されており、STO駆動電流の大きさは0.1TA/m2 とした。なお、本明細書で示す電流密値は、種々の条件で変わるものであるため、本発明の効果が記載の電流密値に限定されるものではない。図4Aは固定層磁化M固定とFGL磁化MFGLのz成分、図4BはFGL磁化のx成分MFGL-x、図4Cは固定層磁化のx成分M固定-xをそれぞれの磁性層の飽和磁化(MsFGL、Ms固定)で規格化した値を示している。また、図4Dは、固定層磁化とFGL磁化の回転方向を示している。
図4Aにおいて、固定層磁化、FGL磁化とも、1.3n秒以降10n秒まで磁化のz成分が変化していないことから、+z軸方向(磁界印加方向)と一定の角度を保っていることがわかる。なお、図4Aで、磁化が一度低下してから上昇している理由は、本シミュレーションに用いた初期条件が比較的高いエネルギー状態にあり、最初にこのエネルギーを放出する必要があったためである。
図4Bにより、z軸と直交するFGL磁化のx成分がサイン波にて規則正しく振動していることから、FGL磁化はz軸から約90度傾いた状態(x−y面)で、z方向を軸として回転しているものと推察される。回転(振動)数は、0.2n秒間に4.6回転していることから、約23GHzである。MAMRでは、FGL側面に現れる磁化が高速に入れ替わることによって生じる高周波磁界を利用するため、FGL磁化は、なるべくx−y面内で回転することが好ましい。FGL磁化の+z軸方向からの角度や磁化回転数は、STOの固定層側からFGL側に流す電流が大きくなるほど大きくなる。したがって、従来STOでは、記録媒体の磁化反転に最適な回転(振動)数が得られる電流値とFGL磁化がx−y面内で回転する電流値とが必ずしも一致させられない可能性がある。
次に、図4Cを見ると、固定層磁化もFGL磁化と同様にサイン波にて規則正しく振動している。これから、固定層磁化が極わずかではあるが、z軸から傾いて振動していることが推察される。固定層磁化がFGL磁化に引きずられて揺らいでいるものと考えられるが、固定層磁化が十分固定されず揺らぎが大きくなるとFGL磁化の安定した面内回転が得られない。
固定層31の磁化がほぼ+z軸方向を向き、FGL32の磁化が面内で回転している従来型の発振モードを、以下、Tモード発振と呼ぶことにする。Tモード発振では、固定層31側からFGL32側に電流を流す際、FGL磁化を固定層磁化と反平行にしようとする電子(スピン)が固定層から反射され、スピントルク作用でFGL磁化を回転する。安定した発振(磁化回転)状態を得るためには固定層磁化が十分固定されている必要がある。Tモード発振を利用する従来STOでは、外部磁界が弱い場合、固定層の垂直磁気異方性が弱い場合、固定層の厚さが薄い場合に、発振が乱れる傾向がある。これは、固定層が十分に固定されていないためと考えられる。
図4Dは、それぞれの磁化の回転方向を調べるため、0.01n秒程度の微小時間の間に磁化がどのように動くかを示したものである。ここで、θは各磁化の+z軸方向からの角度、φは各磁化をx−y面に投影したときの+x軸方向からの角度とした。FGL磁化、固定層磁化ともφが大きくなる方向に動いており、外部磁界を印加している+z軸方向を向いて右周りの回転となっていることが分かる。この回転方向は、MAMRの際、主磁極近傍にSTOを配置し、主磁極からの磁界をSTOへの印加磁界として利用する場合、記録媒体の磁化反転効率が高い高周波回転磁界が主磁極とSTOとの間に生成される好ましい回転方向である。
図5A〜5Dは、Tモード(従来STO)の外部磁界反転時における固定層磁化とFGL磁化の時間変化を示したものである。図5Aは、t=5n秒にて極性がマイナスz方向からプラスz方向に反転する外部磁界の時間プロファイルを示したもので、反転開始から反転完了まで約0.2n秒となる双曲線正割関数(tanh)を用いた。図5Bは固定層の磁化反転(z成分)、図5CはFGL磁化の反転(z成分)、図5Dはz方向を軸とするFGL磁化の回転(x成分)を示した。外部磁界Hextは480kA/m、固定層の垂直磁気異方性Hkpは960kA/m、STO駆動電流の大きさは0.1TA/m2とした。
図5A、図5Bより、固定層磁化は、外部磁界の反転が完了した後、回転が始まり、反転が完了するまでに0.25n秒を要している。図5B、図5Cより、FGL磁化は、固定層磁化の反転初期に出力磁界が最大となる安定発振位置(Mvz=0)から大きく外れてしまっている。固定層磁化の反転中もSTO駆動(直流)電流を流し続けているため、固定層からのスピントルクはFGL磁化を安定発振位置から遠ざけるように作用したものと考えられる。FGL磁化の安定発振位置への復帰には更に0.2n秒程度要している。したがって、外部磁界の反転開始から安定発振状態に至るまでに0.7n秒程度を必要としていることになる。図5Dによれば、この間、FGLは不規則な発振状態になっており、十分なアシスト記録が行えないと推察される。
図6A〜6Dは、本発明のSTOを構成する垂直自由層1の磁化と面内自由層2の磁化の時間変化を示す図である。計算モデルは、図4と同様に、垂直自由層1(図4では固定層)として幅40nm×高さ40nm×厚さ10nmで、飽和磁束密度が1.5T、垂直磁気異方性Hkpが960kA/m(12kOe)の磁性体、面内自由層2(図4ではFGL32)として幅40nm×高さ40nm×厚さ12nmで飽和磁束密度が2.3Tの軟磁性体を想定し、電流を図4の場合とは逆に、面内自由層2側から垂直自由層1側に流すようにした。外部磁界Hextは、+z方向に480kA/mの強度で印加されており、STO駆動電流の大きさは0.1TA/m2とした。図6Aは面内自由層磁化Mhと垂直自由層磁化Mpのz成分、図6Bは面内自由層磁化のx成分Mh-x、図6Cは垂直自由層磁化のx成分Mp-xをそれぞれの磁性層の飽和磁化(Msh、Msp)で規格化した値を示している。また、図6Dは磁化の回転方向を示している。
図6Aにおいて、垂直自由層磁化、面内自由層磁化とも、1.3n秒以降10n秒まで磁化のz成分が変化していないことから、+z軸方向(磁界印加方向)と一定の角度を保っていることがわかる。図6Bより、z軸と直交する面内自由層磁化のx成分がサイン波にて規則正しく振動していることから、面内自由層磁化はz軸から約90度傾いた状態(x−y面)で、z方向を軸として回転しているものと推察される。また、図6Cを見ると、垂直自由層磁化も同様にサイン波にて規則正しく振動しており、垂直自由層磁化はz軸から約80度傾いた状態(x−y面)で、z方向を軸として回転しているものと推察される。さらに、図6B、図6Cを比較すると、互いに位相が約180度ずれていることから、垂直自由層磁化と面内自由層磁化が互いにほぼ逆方向を向き、面内近くで回転していることが分かる。回転(振動)数は、0.2n秒間に3.1回転していることから約16GHzである。なお、図6Aで、両方の自由層磁化のz成分が一旦、大きくなってから面内付近(Mz=0)に収束している理由は、本シミュレーションに用いた初期条件が比較的高いエネルギー状態にあり、最初にこのエネルギーを放出する必要があったためである。一旦、安定発振状態に入ると、外部磁界の極性を変えても直ちには、高いエネルギー状態とならない。
図6Dは、それぞれの磁化の回転方向を調べるため、0.01n秒程度の微小時間の間に磁化がどのように動くかを示したものである。角度θ及びφの定義は、図4Dと同じである。面内自由層磁化、垂直自由層磁化ともφが大きくなる方向に動いており、外部磁界を印加している+z軸方向を向いて右周りの回転となっていることが分かる。この回転方向は、MAMRの際、主磁極近傍にSTOを配置し、主磁極からの磁界をSTOへの印加磁界として利用する場合、記録媒体の磁化反転効率が高い高周波回転磁界が主磁極とSTOとの間に生成される好ましい回転方向である。
垂直自由層磁化と面内自由層磁化とが反平行でほぼx−y面内で回転している、この新たに発見された本発明の発振モードを、以下、AFモード発振と呼ぶことにする。AFモード発振では、面内自由層側から垂直自由層側に電流を流すことにより生じるスピントルクによって、面内自由層磁化が垂直自由層磁化を追いかける作用と垂直自由層磁化が面内自由層磁化から逃れる作用とが自律的にバランスをとっている。また、面内自由層磁化は概ねx−y面内で回転するのに対して、垂直自由層磁化はx−y面内から僅かに外部磁界方向に傾いている。このため、外部磁界方向が反転しても、垂直自由層磁化のz軸からの傾きのずれは僅かとなり、速やかな切り替えが可能となることが期待される。
図7Aは、面内自由層として幅40nm×高さ40nm×厚さ12nmで飽和磁束密度が2.3Tの軟磁性体を用い、垂直自由層として幅40nm×高さ40nm×厚さ(tp)3nmで飽和磁束密度Bspが1.5T、材料に起因する垂直磁気異方性Hkpが0.48MA/m(6kOe)、0.80MA/m(10kOe)、1.12MA/m(14kOe)、1.44MA/m(18kOe)の磁性体を用いた時のAFモード発振周波数の外部磁界依存性を示したものである。垂直自由層の膜面垂直方向の実効反磁界Hdp-eff(=4πMsp×(Npz−Npx)、Mspは垂直自由層の飽和磁化、NpzとNpxはそれぞれz方向及びx方向の反磁界係数)は、1.09MA/mである。STO駆動電流は、面内自由層側から垂直自由層側に流す。
図7Aを見ると、各垂直磁気異方性の条件で、外部磁界Hextを強く印加するほど発振周波数が大きくなっている。しかし、Hext+Hkpの値が電流値と垂直自由層の垂直方向の実効反磁界の値とで定まる一定値(ここでは約2000kA/m)に達すると、垂直自由層の磁化が面内に留まりきれず、磁界印加方向を向くため、AFモード発振が維持できない。垂直自由層の垂直磁気異方性磁界Hkpが小さいほど、より高い発振周波数が得られているように見えるが、外部磁界Hextが一定の条件ではSTOが発振する限りHkpは大きいほうが高い発振周波数が得られる。MAMRにおいて、より高い記録密度対応の媒体に記録するため、STOの発振周波数を高めていく必要がある。STOへ印加する外部(ギャップ)磁界を高め、これに相応して発振するようなできるだけHkpが大きな垂直自由層を用いるのが有効である。
AFモードにて安定した発振(磁化回転)状態を得ることによりMAMRを実現するためには、垂直磁気異方性の設定がキーポイントとなる。図7Bは、垂直自由層の飽和磁束密度Bsp、厚さtpの各種組み合わせに対して、垂直自由層の材料に起因する垂直磁気異方性磁界Hkpを変えてAFモード発振の状態を調べた結果である。各組み合わせに対して、Hkpから垂直方向の実効反磁界Hdp-effを引いた値が−250kA/mより小さい場合には、発振が安定しない場合が発生する。図7Aにおいて垂直磁気異方性が480kA/m、800kA/mの場合、Hextが250kA/mの低磁界領域で発振が不安定となっているのは、HkpからHdp-effを引いた値が、それぞれ−610(=480−1090)kA/m、−290(=800−1090)kA/mと小さすぎるためと考えられる。HkpからHdp-effを引いた値が400kA/mより大きな場合にはAFモード発振が励起できない。垂直自由層の磁化が垂直磁気異方性軸の方向を向き、AFモードとならないと考えられる従って、AFモードの安定した発振を得るには、垂直自由層において、材料に起因する磁気異方性磁界と膜面垂直方向の実効反磁界が逆方向で、ほぼ拮抗する必要がある。HkpからHdp-effを引いた値は、−250kA/mから400kA/mの間に入っている必要がある。前記範囲内で、Hkp>Hdp-effの場合、より高い発振周波数がえられる。ただし、STO駆動電流投入後、書き込み状態に入る前に、垂直自由層磁化が面直方向から面内に倒れるまでの1〜2n秒間程度の慣らし発振が必要である。Hkp<Hdp-effの場合、STO駆動電流投入後、速やかに書き込み状態に入ることができる。
図7Cは、垂直自由層として幅40nm×高さ40nm×厚さ3nmで飽和磁束密度が1.5T、垂直磁気異方性Hkpが1.12MA/mのSTOについて、図7A、図7Bの電流量を0.4TA/m2として電流量が0.1と1.6の場合の発振周波数の外部磁界依存性を示したものである。
各電流条件で、外部磁界Hextを強く印加するほど発振周波数が大きくなっている。外部磁界Hextが一定の条件ではSTOが発振する限り電流値は小さいほうが高い発振周波数が得られるが、電流値は大きいほどより高い発振周波数が得られる。STOへ流せる電流を多くし、STOへ印加する外部(ギャップ)磁界を高め、これらに相応して発振するようなできるだけ大きな垂直磁気異方性Hkpを持つ垂直自由層を用いることにより、最も高い発振周波数が得られる。AFモード発振を利用する本発明のSTOでは、面内自由層磁化がほぼ面内にあるため、外部(ギャップ)磁界と電流値の組み合わせに対して、適当な垂直自由層磁化と垂直磁気異方性を設定することにより、記録媒体の磁化反転に最適な回転(振動)数で高周波出力(磁界)を最大にすることが可能性である。本発明のSTOは、主磁極と補助磁極の間に設置することを想定しており、外部(ギャップ)磁界を強めるには、主磁極と補助磁極の間の距離を縮めるのが有効である。
図7Dは、種々条件における、AFモード発振状態での面内自由層の面内磁化成分Mh-xyを材料に起因する垂直磁気異方性磁界Hkhから実効反磁界Hdh-effを引いた値の関数として示したものである。図は、Hhkを変えており、(Co/Fe)n多層膜のような負の磁気異方性材料を用いる場合を想定して、負値のHhkがとれるものとした。垂直磁気異方性のHhkが負値ということは、磁化容易面型の磁気異方性となっていることを意味する。図では、Mh-xyを面内自由層の飽和磁化Mshで規格化しており、Mh-xy/Mshでの値が1.0であれば、面内自由層磁化が面内にあることを意味し、高周波磁界強度が最大となっていることを示している。
図7Dより、種々条件においてもHkh-Hdh-effの値が−200kA/mより小さければ、最大の高周波磁界強度が得られることが分かった。このことから、磁化容易面を有する負の垂直磁気異方性材料CoIr合金、CoFeIr合金、(Co/Fe)n多層膜の面内自由層への適用は、トラック幅が狭くて実効反磁界が小さくなる高トラック密度対応ヘッドにおいて特に有効である。以上より、面内自由層は、膜面に垂直方向の材料に起因する磁気異方性磁界に比べて実効反磁界が優勢、すなわち、実効的に膜面に磁化容易面を有する磁性膜とする必要があることが判明した。
図8A〜8Dは、AFモード(本発明のSTO)の外部磁界反転時における垂直自由層磁化と面内自由層磁化の時間変化を示したものである。図7B最上段の条件のうち垂直自由層の垂直磁気異方性Hkpが960kA/m(Hkp−Hdp-eff=−130kA/m)を用いた。外部磁界Hextの大きさは480kA/m、STO駆動電流は0.3TA/m2である。図8Aは、t=5n秒にて極性がマイナスz方向からプラスz方向に反転する外部磁界の時間プロファイルを示したもので、反転開始から反転完了まで約0.2n秒となる双曲線正割関数(tanh)を用いた。図8Bは垂直自由層の磁化反転(z成分)、図8Cは面内自由層磁化の反転(z成分)、図8Dはz方向を軸とする面内自由層磁化の回転(x成分)を示した。
図8A、図8Bより、垂直自由層磁化は、外部磁界の反転開始と同時に回転が始まり、外部磁界の反転完了と同時に回転が完了している。図8B、図8Cより、垂直自由層磁化が反転する間、面内自由層磁化は出力磁界が最大となる安定発振位置(Mvz=0)からほとんどずれていない。したがって、外部磁界の反転開始から安定発振状態に至るまでに必要な時間は、外部磁界の反転に要した約0.2n秒だけである。このように、垂直自由層磁化と面内自由層磁化がほぼ反平行保ったまま、状態が切り替わっており、高速切り替えが可能であることがわかった。図8Dに見られるこの間のMvxの挙動は、面内自由層磁化の面内回転速度が遅くなり回転方向が入れ替わっている状況を反映しているものと考えられる。これは、図7A、図7Cの外部磁界に対する発振周波数の挙動と矛盾しない。磁気記録媒体の磁化反転時には反転途中の磁性粒子の磁気共鳴周波数は低下するので、本発明のSTOを用いることにより、外部(書込み)磁界の反転時に磁化反転途中の磁性粒子の反転を効率よくマイクロ波アシストすることが可能となる。
AFモードの高周波応答特性ポテンシャルを、詳しく調べるため、図8と同じ条件にて、図9Aに示す外部磁界の反転時間が0.1n秒以下の高速反転の時間変化を与えた。外部磁界の印加方向はz方向である。図9Bは、これに対する垂直自由層磁化z成分の時間変化を示したものであり、図9Cは面内自由層磁化z成分の時間変化を示したものである。
図9Bから、垂直自由層磁化は、1n秒以降、完全に外部磁界に追従して磁化が反転していることがわかる。また、図9Cに示されているように、面内自由層磁化も、1n秒以降、出力磁界が最大となる安定発振位置(Mvz=0)からほとんどずれていない。なお、1n秒以前の垂直自由層磁化と面内自由層磁化の挙動は、良好なAF発振状態から大きく外れた状態を計算の初期状態としたためであり、いったんAFモード発振状態になれば十分な高速反転特性が得られると考えられる。長時間の休止後、AFモード発振状態にてアシスト記録を行う場合には、1−2n秒程度の慣らし駆動が必要と考えられる。
図10A〜10Cは、図9A〜9Cの3n秒近くの外部磁界の切り替え時の磁化挙動の様子を、更に拡大してみたものである。図10Aは図9Aに、図10Bは図9Bに、図10Cは図9Cにそれぞれ対応する。図10Bに示すように、垂直自由層磁化は、外部磁界の反転後、直ちに反転を開始し、0.1n秒程度で反転を完了している。この間、図10Cに示すように、面内自由層磁化は、安定発振位置からのずれが僅かにみられている。
図10Dは、図10B及び図10Cの2.5n秒における垂直自由層磁化及び面内自由層磁化の回転方向を示したものである。また、図10Eは、図10B及び図10Cの3.5n秒における垂直自由層磁化及び面内自由層磁化の回転方向を示したものである。角度θとφの定義は、図4Dと同じである。2.5n秒の時点と3.5n秒の時点では、回転方向が逆向きになっており、垂直自由層磁化及び面内自由層磁化の回転方向が外部磁界に応じて確実に切り替わっていることが確認できる。
AFモード発振状態のSTOから発生する高周波磁界によるマイクロ波アシスト磁化反転の効果を検討するため、有効高周波磁界成分Hhf-effを求める。高周波磁界は、垂直自由層と面内自由層の底面(上底面も含む)及び側面からの磁界を足し合わせることになる。底面からの磁界と側面からの磁界とは、トラックセンター上を除き、一般には直交しない。この点を考慮して、FGLから発生されるマイクロ波アシスト反転に有効な高周波磁界成分Hhf-effを求める必要がある。高周波磁界Hhfは、図11に示すように、位相が互いに90度ずれている底面からの磁界Hbと側面からの磁界Hsとの合成磁界と考えられるので、次式(1)のように表される。
ここで、アシストに有効な磁界成分は、媒体面内に平行と近似して、式(3)を得る。
式(3)を式(2)に代入すると、次式(4)が得られる。
さらに、マイクロ波アシスト磁化反転に作用する反時計まわり成分のみを考慮し、exp(−iωt)項を無視すると、式(5)のようになる。Hの添え字h,pは、それぞれ、面内自由層、垂直自由層を意味するものとする。
図12A、図12Bから図15A、図15Bは、AFモードによる有効高周波磁界成分Hhf-effが書込み特性に与える影響を調べたものである。いずれの場合にも、STO駆動電流は面内自由層2側から垂直自由層1側に流される。本検討では、主磁極5から、一例として20nm離して面内自由層2又は垂直自由層1を設置したが、本発明の効果は、この値にとらわれることなく得られるものである。同様に、面内自由層2と垂直自由層1と間の非磁性スピン伝導体用の間隙を3nmとしているが、この値を用いなくても本発明の効果が期待できる。図のグラフは、記録媒体に書込み磁界が印加される際、まず主磁極5からの磁界、続いてSTOからの高周波磁界が媒体に印加されることを想定し、STO側のHhf-effの変化をSTO側の主磁極端からの距離に対して示している。書込み点は、Hhf-effの最も高いピークの半値点のうち、主磁極から離れている方とした。主磁極極性が反転する際、書込み点に磁化遷移領域が形成される。
図12Aは、主磁極5と反対側に面内自由層2と同じ厚さの垂直自由層1を配置したSTOの実施例を示す概略構成図である。垂直自由層1と面内自由層2の厚さは、いずれも15nmとした。面内自由層の飽和磁束密度Bsは2.3Tとした。主磁極5と面内自由層2の間の距離は20nmである。図12Bは、図12Aに示した配置において、垂直自由層1の飽和磁束密度が1.2T及び2.4Tの場合の、Hhf-effの主磁極端からの距離依存性を示している。比較のために、面内自由層単独(従来STOのFGL)によるHhf-effをBsp=0として破線で示した。
Hhf-effのピークを、主磁極側から第1ピーク、第2ピークのように名付けるものとする。垂直自由層の飽和磁束密度Bspの増加に従って、第2ピークは、第1ピークより大きくなるので書込み点が主磁極から離れる(25nm⇒50nm)問題があるが、実効高周波磁界ピーク値は、Bsp=2.4Tの場合、従来STOの1.3倍になる。従って、本実施例のSTOは、主磁極から離れた位置にも磁界の影響を及ぼすことができるヘッド(主磁極)と組み合わせるのがよい。
図13Aは、主磁極5と反対側に面内自由層より薄い垂直自由層1を配置したSTOの実施例を示す概略構成図である。垂直自由層1の厚さは5nmとした。面内自由層2の厚さは15nm、飽和磁束密度Bsは2.3Tとした。主磁極5と面内自由層2の間の距離は20nmである。図13Bは、図13Aに示した配置において、垂直自由層1の飽和磁束密度が1.2T及び2.4Tの場合の、Hhf-effの主磁極端からの距離依存性を示している。垂直自由層のBs増加に従って、第2ピークが大きくなって主磁極側に寄るため、分離特性の悪化(第2ピークによる磁化の再反転)が懸念されるが、第1ピークの書込み点が主磁極に近くなる利点がある。従って、本実施例のSTOは、磁界勾配の高いヘッド(主磁極)と組み合わせるのがよい。
図14Aは、主磁極5と面内自由層2との間に、面内自由層と同じ厚さの垂直自由層1を配置したSTOの実施例を示す概略構成図である。垂直自由層1と面内自由層2の厚さは、ともに15nmとした。面内自由層2の飽和磁束密度Bsは2.3Tとした。主磁極5と垂直自由層1の間の距離は20nmである。図14Bは、図14Aに示した配置において、垂直自由層1の飽和磁束密度が1.2T及び2.4Tの場合の、Hhf-effの主磁極端からの距離依存性を示している。書込み点が主磁極から離れるが、書込み磁界ピークを押し上げ(Bsp=2.4Tの場合、従来STOの1.3倍)、第3ピークを小さくする効果がある。従って、本実施例のSTOは、主磁極から離れた位置にも磁界の影響を及ぼすことができるヘッド(主磁極)と組み合わせるのがよい。
図15Aは、主磁極5と面内自由層2との間に、面内自由層2より薄い垂直自由層1を配置したSTOの実施例を示す概略構成図である。面内自由層2の厚さは15nm、飽和磁束密度Bsは2.3Tとした。垂直自由層1の厚さは5nmとした。主磁極5と垂直自由層1間の距離は20nmである。図15Bは、図15Aに示した配置において、垂直自由層1の飽和磁束密度が1.2T及び2.4Tの場合の、Hhf-effの主磁極端からの距離依存性を示している。主磁極側の垂直自由層が薄い場合、書込み磁界ピークを押し上げる効果は大きくないが、書込み点のずれは垂直自由層の磁化にほとんど依存しない。従って、本実施例のSTOは、従来STOと同等の書込み特性で、高速なデータ伝送が可能となる。
図16A〜16Cは、電流を面内自由層側から垂直自由層側に流した時のAFモード発振周波数の外部磁界依存性を示した図である。面内自由層には幅40nm×高さ40nm×厚さ12nmで飽和磁束密度が2.3Tの軟磁性体を用い、垂直自由層には飽和磁束密度Bspが1.5T、垂直磁気異方性Hkpが0.96MA/m(12kOe)、幅40nm×高さ40nmで、厚さを6nm,3nm,1.5nmと変えた磁性体を用いた。垂直自由層の膜厚によって発振特性が大きく変わらないように電流値を変えたところ、膜厚にほぼ反比例して、電流値が小さくなることが分かった。このことから、AFモード発振に必要な電流値は、Tモード発振する従来STOと異なり、主に垂直自由層の膜厚によって決定されていると考えられる。従って、AFモード発振するSTOでは、必要な駆動電流値を大きく増やさずに、強い高周波磁界が得られる厚い面内自由層が適用可能となる。
図13A、図15Aに示したSTO構造と組み合わせることにより、省電力化、発振周波数の向上が期待できる。面内自由層として負の磁気異方性を有する磁性体を用いると、さらに安定な発振特性が得られる。また、主磁極と面内自由層との間に垂直自由層を配置した場合は、垂直自由層の磁化や厚さによって書込み点が大きく変化しないため設計の自由度が高くなる利点がある。
以上より、磁化反転磁界を発生させる主磁極近傍にスピントルク発振素子を配置し、スピントルク発振素子より高周波磁界を発生させて記録媒体を磁気共鳴状態・磁化反転せしめることにより情報を記録する磁気記録ヘッドにおいて、スピントルク発振素子に膜面垂直方向に磁気異方性軸を有する磁性膜からなる垂直自由層と実効的に膜面に磁化容易面を有する磁性膜からなる面内自由層を備え、面内自由層側から垂直自由層側にほぼ一定の電流を流すことにより、高速の磁化反転特性が得られることが分かった。さらに、垂直自由層を、面内自由層より薄くすることにより、省電力化、発振周波数の向上が期待でき、高記録密度化できることが分かった。また、垂直自由層を面内自由層より主磁極側に設置することにより、設計の自由度が高くなることが分かった。本発明のSTOは、従来STOのように発振時に垂直自由層が強く固定されている必要が無いため、比較的小さな垂直磁気異方性を有する材料を用いることが可能となる。この場合、ダンピング定数の小さな磁性体を用いることにより、発振に必要な電流を小さくすることができ、エレクトロンマイグレーション等による材料磁性変化・素子特性劣化を抑制することができる。一方、面内自由層磁化がほぼ面内で回転するため、強くて安定した高周波磁界が得られる。これらのことから、記録密度が1平方インチあたり1Tビットを超えるマイクロ波アシスト記録を適用した情報記録装置がおいて、2Gbit/sを超える情報転送速度を実現できることが分かった。
なお、特開2008−277586号公報及び特開2008−305486号公報に示された、非磁性層で分けられた等価な2層の自由層の磁化を略反平行に結合させた状態で回転させ、ABS端面に出る、等量の正負の磁化間の磁界が媒体面内で高周波直線振動する技術は、1)スピン偏極層(固定層)が必要、2)固定層側からFGL側に通電(本発明のSTOとは電流方向が逆)3)対となる自由回転層の厚さがほぼ等しい、4)自由回転層に垂直磁気異方性を付与していない等の点で本発明とは異なり、本発明とは無関係である。
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。
図17は、本発明の一実施例の磁気記録ヘッドを記録媒体面に垂直(図中の上下方向)かつヘッド走行方向(図中の左又は右方向であるトラック方向)に平行な面で切断した断面模式図である。図には、媒体の断面も示した。
記録ヘッド200は、主磁極5と対向磁極6との間で、図面上方にて磁気的な回路を構成している。ただし、図面上方においては電気的にはほぼ絶縁されているものとする。磁気的な回路は、磁力線が閉路を形成するものであり、磁性体のみで形成されている必要はない。また、主磁極5の対向磁極6と反対側に補助磁極等を配置し、磁気回路を形成してもよい。この場合には、主磁極5と補助磁極との間は電気的に絶縁されている必要はない。更に、磁気記録ヘッド200には、これらの磁気回路を励磁するためのコイル、銅線等が具備されているものとする。主磁極5と対向磁極6の間には、本発明のSTO201が形成されている。主磁極5と対向磁極6には、電極又は電極に電気的に接触する手段が備わっており、主磁極5側から対向磁極6側、あるいはその逆のSTO駆動電流が面内自由層2を通して流せるように構成されている。主磁極5と対向磁極6の材料は、飽和磁化が大きく、結晶磁気異方性がほとんどないCoFe合金とした。記録媒体7には、基板19上に、下地層20として30nm−CoFe上に10nm−Ru層を形成した積層膜、記録層16として磁気異方性磁界が1.6MA/m(20kOe)、膜厚10nmのCoCrPt−SiOx層を用いた。
主磁極5に隣接して層状に、非磁性スピン散乱層8、垂直自由層1、非磁性スピン伝導層3、面内自由層2、第2の非磁性スピン散乱層9からなるSTO201が形成され、対向磁極6にいたる。なお、非磁性スピン散乱層8から第2の非磁性スピン散乱層9までは、図面左右方向に伸びる柱状構造で、断面がABS面に沿った方向が長い長方形をしている。当該長方形形状とすることにより、トラック幅方向に形状異方性が生じるため、主磁極からの漏れ磁界の面内自由層2の面内成分があっても面内自由層2の面内磁化回転を円滑に行わせることが可能となり、主磁極5と面内自由層2を近づけることができる。ただし、主磁極からの漏れ磁界が少ない場合には、当該断面形状が正方形であってもなんら問題はない。これらの断面形状のABS面に沿った辺の長さwは、記録トラック幅を決定する重要な因子であり、本実施例では40nmとした。マイクロ波アシスト記録においては、主磁極5からの記録磁界と垂直自由層1、面内自由層2からの高周波磁界とが揃わないと記録できないような磁気異方性の大きい記録媒体を用いることになるため、主磁極5の幅と厚さ(ヘッド走行方向の長さ)は、記録磁界が大きく取れるよう大きめに設定することが可能である。本実施例では、幅80m、厚さ100nmとすることで、約0.9MA/mの記録磁界が得られている。
垂直自由層1には、5nm−(Co/Ni)n多層膜を用いた。本実施例のSTOに印加される磁界は、主磁極5端面から対向磁極6端面までの長さが40nm、面内自由層2の高さが38nmとしたので、3D磁界解析ソフトを用いて解析したところ、約0.8MA/m(10kOe)である。面内自由層2は、飽和磁化が大きく、結晶磁気異方性がほとんどない厚さ15nmのCoFe合金とした。面内自由層2では、層に沿った面内で磁化が高速回転し、ABS面及び、側面に出現する磁極からの漏れ磁界が、高周波磁界として作用する。面内自由層2に(Co/Fe)n多層膜等の負の垂直磁気異方性を有する飽和磁化が大きな材料を用いてもよい。この場合、面内自由層磁化の面内回転が安定化する。
本実施例のSTO201は、垂直自由層1が主磁極5と面内自由層2の間にあるため、AFモードのスピントルク発振を得るために対向磁極6側から主磁極5側へSTO駆動(直流)電流を流す必要がある。主磁極5側から磁束が流入する場合に、面内自由層2の磁化の回転方向はSTO駆動(直流)電流の上流側から見て反時計周りとなっており、主磁極5からの磁界で反転する記録媒体の磁化の歳差運動方向と同じ向きの回転磁界を印加することができる。主磁極5へ磁界が流入する場合には、面内自由層2の磁化の回転方向は高周波駆動(直流)電流の上流側から見て時計周りとなり、主磁極5への磁界で反転する記録媒体の磁化の歳差運動方向と同じ向きの回転磁界を印加することができる。したがって、面内自由層2から生じる回転高周波磁界は、主磁極5の極性に依らず、主磁極5による磁化反転をアシストする効果がある。本効果は、主磁極5の極性によってスピントルクの向きが変わらない特許文献1の高周波磁界発生器では得られない。
スピントルク作用は、STO駆動電流が大きくなるほど大きくなり、また、非磁性スピン伝導層3と隣接する層との間に分極率の大きなCoやCoFeB層を1nm程度挿入すると大きくなる。非磁性スピン伝導層3には、2nm−Cuを用いた。非磁性スピン散乱層8,9には、3nm−Ruを用いた。PdやPtを用いても同様な作用がある。非磁性スピン散乱層8,9は、スピン情報を散乱させることにより、STOと主磁極5や対向磁極6とのスピントルクを介した相互作用が発生しないようにする作用がある。非磁性スピン散乱層8,9がない場合には、STOの発振が安定しないことがある。なお、これまでのシミュレーションや図12〜15の実施例では、非磁性スピン伝導層3や非磁性スピン散乱層8,9を考慮していないが、非磁性なのでSTOとは磁気的に相互作用せず、ナノメートルオーダーの構造物であるので発生する高周波磁界への影響もほとんどないと考えられる。
図18は、図17に示した試作ヘッドのうち、主磁極5、非磁性スピン散乱層8、9と対向磁極6を取り除き、STOのみの発振周波数と外部磁界との関係を測定した結果を示す図である。垂直自由層には40nm×40nm×5nm、Hkp=1280kA/m(16kOe)、Bs=1.2T、(Co/Pt)n多層膜用いた(Hkp-Hdp-eff=280kA/m)。AFモードでは、発振周波数は、ほぼ印加した外部磁界に比例して増加していることがわかる。垂直自由層の膜厚を10nm(Hkp-Hdp-eff=470kA/m)、15nm(Hkp-Hdp-eff=650kA/m)とした場合、あるいは、大きな垂直磁気異方性Hkp=1440kA/m(18kOe、Hkp-Hdp-eff=440kA/m)とした場合には発振しなかった。十分な反磁界が得られなかったためと考えられる。また、(Co/Pd)n多層膜、(Co/Pt)n多層膜を垂直自由層に用いた場合には、厚さtpを5nmから15nmの範囲で変えても発振しなかった。垂直磁気異方性が飽和磁化に比べて大き過ぎ、薄くしても十分な反磁界が得られなかったためと考えられる。本実施例のように、本発明のスピントルクオシレータ(STO)に磁性体を近接させることなく、外部より磁界を印加してAFモード発振するSTOを用いる場合には、主磁極5、非磁性スピン散乱層8,9と対向磁極6は不要となる。
図19の概略図に示すように、本発明のSTO201を組み込んだ記録再生部109搭載の磁気ヘッドスライダ102をサスペンション106に取り付け、スピンスタンドを用いて記録再生特性を調べた。
記録再生部109は、記録ヘッド部と再生ヘッド部により構成されている。図中の拡大図に示すように、記録ヘッド部は、補助磁極206、主磁極5と対向磁極6との間に配置されたSTO201、主磁極を励磁するコイル205等により構成される。再生ヘッド部は、下部シールド208と上部シールド210の間に配置された再生センサ207等により構成される。補助磁極206と上部シールド210は兼用される場合もある。記録再生部109の各構成要素の駆動電流は配線108によって給電され、端子110によって各構成要素に供給される。拡大図には、STO201に電流を流すための電源202を模式的に示したが、実際には電源202はスライダ102の外部に設置され、電源202によるSTO駆動電流は配線108を介してSTO201に供給される。
ヘッド媒体相対速度20m/s、磁気スペーシング7nm、トラックピッチ50nmとして磁気記録を行い、さらにこれをシールド間隔15nmのGMRヘッドにより再生した。STO駆動電圧を変化させて、512MHzで1300kFCIの信号を記録した場合の信号/ノイズ比は、STO駆動電圧150mVのときに、最大13.1dBが得られた。また、1024MHzで2600kFCIの信号を記録した場合の信号/ノイズ比は、最大8.0dBであった。このことから、1平方インチあたり1Tビットを超える記録密度において、2Gbit/sを超える情報転送速度を実現することが可能であることがわかった。このときの高周波磁界の周波数は、30GHzであった。同程度のFGL(面内自由層)厚さと発振周波数とが得られるTモード発振の従来構造STOを用いた場合には、ヘッド媒体相対速度が10m/sの時はほぼ同等の結果が得られたが、20m/sでは、2600kFCIの信号を記録した場合の信号/ノイズ比が、最大3.0dBと大きく劣化した。Tモード発振に最適化した従来構造STOは、STO駆動電流を逆転させても、固定層(垂直自由層)が厚いので反磁界が不十分で垂直磁気異方性磁界に拮抗させることができず、AFモード発振とならない。
図20は、本発明の一実施例のSTOから後退する主磁極5を有する磁気記録ヘッドを記録媒体面に垂直(図中の上下方向)かつヘッド走行方向(図中の左又は右方向であるトラック方向)に平行な面で切断した断面模式図である。図には、媒体の断面も示した。主磁極5をSTOから後退させることにより、主磁極5よりSTO積層面に入る磁界成分を低減することができ、STOの確実な動作が見込まれる。
記録ヘッド200は、主磁極5と対向磁極6との間で、図面上方にて磁気的な回路を構成している。ただし、図面上方においては電気的にはほぼ絶縁されているものとする。磁気的な回路は、磁力線が閉路を形成するものであり、磁性体のみで形成されている必要はない。また、主磁極5の対向磁極6と反対側に補助磁極等を配置し、磁気回路を形成してもよい。この場合には、主磁極5と補助磁極との間は電気的に絶縁されている必要はない。更に、磁気記録ヘッド200には、これらの磁気回路を励磁するためのコイル、銅線等が具備されているものとする。主磁極5と対向磁極6の間には、主磁極側磁界整流層12、対向磁極磁界整流層13を介して本発明のSTO201が形成されている。主磁極側磁界整流層12、対向磁極磁界整流層13は、STO201の積層面にできるだけ強い磁界が垂直に入るように設計されている。特に対向磁極磁界整流層13は、絞込み(STO201側の断面に比べて対向磁極6側の断面が広い)構造を有するのが良い。主磁極5と対向磁極6には、電極又は電極に電気的に接触する手段が備わっており、主磁極5側から対向磁極6側、あるいはその逆のSTO駆動電流が面内自由層2を通して流せるように構成されている。主磁極5、主磁極側磁界整流層12、対向磁極磁界整流層13、対向磁極6の材料は、飽和磁化が大きく、結晶磁気異方性がほとんどないCoFe合金とした。記録媒体7には、基板19上に、下地層20として30nm−CoFe上に10nm−Ru層を形成した積層膜、記録層16として、7nm−記録保持層24、5nm−伝達層23、3nm−共鳴層22を有する1平方インチあたり5Tビット相当(トラックピッチ15nm、ビットピッチ7nm)のパタン媒体を用いた。記録保持層24はCoCrPt(Hk=2.4MA/m)、伝達層23はCoCrPt(Hk=2.0MA/m)、共鳴層22はCoCrPt(Hk=1.6MA/m)、ビット間隙21にはSiOxを埋めた。
主磁極5、主磁極側磁界整流層12に隣接して層状に、非磁性スピン散乱層8、面内自由層2、非磁性スピン伝導層3、垂直自由層1、第2の非磁性スピン散乱層9からなるSTO201が形成され、対向磁極磁界整流層13を経て対向磁極6にいたる。なお、非磁性スピン散乱層8から第2の非磁性スピン散乱層9までは、図面左右方向に伸びる柱状構造で、断面が一辺15nmの正方形をしている。断面形状がABS面に沿った方向が長い長方形正方形であってもよい。マイクロ波アシスト記録においては、主磁極5からの記録磁界と垂直自由層1、面内自由層2からの高周波磁界とが揃わないと記録できないような磁気異方性の大きい記録媒体を用いることになるため、主磁極5の幅と厚さ(ヘッド走行方向の長さ)は、記録磁界が大きく取れるよう大きめに設定することが可能である。本実施例では、幅40m、厚さ70nmとすることで、約0.7MA/mの記録磁界が得られている。
面内自由層2には、飽和磁化が大きく、負の垂直磁気異方性を有する磁化容易面型の(Co/Fe)n多層膜を15nm積層した。垂直自由層1には、1.5nmのCoCr合金(Hkp=480kA/m,Bs=0.75T)を用いた。垂直自由層1にCoCrPt合金を用いてもよい。CoCr合金、CoCrPt合金は、(Co/Ni)n多層膜に比べてダンピング定数が半分程度のため、発振に必要な電流を小さくすることができ、エレクトロンマイグレーション等による材料磁性変化・素子特性劣化を抑制することができる。面内自由層2と非磁性スピン伝導層3の間に薄いCo層を入れると、さらに、発振に必要な電流を低減できる。本実施例のSTOに印加される磁界は、主磁極側磁界整流層12端面から対向磁極磁界整流層13端面までの長さが25nm、面内自由層2の高さが15nmとしたので、3D磁界解析ソフトを用いて解析したところ、約1.2MA/m(15kOe)である。面内自由層2では、層に沿った面内で磁化が高速回転し、ABS面及び、側面に出現する磁極からの漏れ磁界が、高周波磁界として作用する。
本実施例のSTO201は、面内自由層2が主磁極5と垂直自由層1の間にあるため、AFモードのスピントルク発振を得るために主磁極5側から対向磁極6側へSTO駆動(直流)電流を流す必要がある。主磁極5側から磁束が流入する場合に、面内自由層2の磁化の回転方向はSTO駆動(直流)電流の上流側から見て反時計周りとなっており、主磁極5からの磁界で反転する記録媒体の磁化の歳差運動方向と同じ向きの回転磁界を印加することができる。主磁極5へ磁界が流入する場合には、面内自由層2の磁化の回転方向は高周波駆動(直流)電流の上流側から見て時計周りとなり、主磁極5への磁界で反転する記録媒体の磁化の歳差運動方向と同じ向きの回転磁界を印加することができる。したがって、面内自由層2から生じる回転高周波磁界は、主磁極5の極性に依らず、主磁極5による磁化反転をアシストする効果がある。本効果は、主磁極5の極性によってスピントルクの向きが変わらない特許文献1の高周波磁界発生器では得られない。
図19の概略図に示すように、本発明のSTO201を組み込んだ記録再生部109搭載の磁気ヘッドスライダ102をサスペンション106に取り付け、スピンスタンドを用いて記録再生特性を調べた。ヘッド媒体相対速度20m/s、磁気スペーシング6nm、トラックピッチ15nmとして磁気記録を行い、さらにこれをシールド間隔13nmのGMRヘッドにより再生した。STO駆動電圧を変化させて、714MHzで1815kFCIの信号を記録した場合の信号/ノイズ比は、STO駆動電圧80mVのときに、最大14.2dBが得られた。また、1428MHzで3630kFCIの信号を記録した場合の信号/ノイズ比は、最大8.5dBであった。このことから、1平方インチあたり5Tビットを超える記録密度において、2Gbit/sを超える情報転送速度を実現することが可能であることがわかった。このときの高周波磁界の周波数は、40GHzであった。面内自由層2にCoFe合金を用いた場合には、十分な信号/ノイズ比が得られなかった。本実施例の面内自由層2は立方体であるため、面内磁化回転を誘導するための負の垂直磁気異方性の導入が必要であった。
図21A及び図21Bを用いて、磁気ヘッド走行方向と記録媒体との配置関係について説明する。磁気ヘッドの磁気ヘッドスライダへの載置形態は2種類あり、1つは図21Aに示すトレーリング側への配置、もう1つは図21Bに示すリーディング側への配置である。ここで、トレーリング側、リーディング側は、記録媒体に対する磁気ヘッドスライダの相対的な移動方向によって決まり、記録媒体の回転方向が図示した向きとは逆であれば、図21Aがリーディング側への載置、図21Bがトレーリング側への載置となる。なお原理的には、スピンドルモータの極性を逆にして記録媒体を逆向きに回転させれば、トレーリング側とリーディング側の関係を逆にすることが可能であるが、回転数を正確に制御する必要上、スピンドルモータの極性を変えるのは非現実的である。本発明の垂直自由層に(Co/Ni)nを用いたマイクロ波アシスト記録用ヘッドを用いた場合には、図21A、図21Bのどちらの配置を用いても、1平方インチあたり1Tビットを超える記録密度の記録再生に十分な信号/ノイズ比とオーバーライト特性が得られた。
図22A及び図22Bは、本発明による磁気記録装置の全体構成を示す模式図であり、図22Aは上面図、図22BはそのA−A′断面図である。記録媒体101は回転軸受け104に固定され、モータ100により回転する。図22Bには、3枚の磁気ディスク、6本の磁気ヘッドを搭載した例について示したが、磁気ディスクは1枚以上、磁気ヘッドは1本以上あればよい。記録媒体101は、円盤状をしており、その両面に記録層を形成している。スライダ102は、回転する記録媒体面上を略半径方向に移動し、先端部に記録再生部を有する。記録再生部は、例えば図19に示したような構造を有し、記録部には主磁極と本発明のSTOが設けられている。
サスペンション106は、アーム105を介してロータリアクチユエータ103に支持される。サスペンション106は、スライダ102を記録媒体101に所定の荷重で押しつける又は引き離そうとする機能を有する。磁気ヘッドの各構成要素を駆動するための電流はICアンプ113から配線108を介して供給される。記録ヘッド部に供給される記録信号や再生ヘッド部から検出される再生信号の処理は、図22Bに示されたリードライト用のチャネルIC112により実行される。また、磁気記録装置全体の制御動作は、メモリ111に格納されたディスクコントロール用プログラムをプロセッサ110が実行することにより実現される。従って、本実施例の場合には、プロセッサ115とメモリ111とがいわゆるディスクコントローラを構成する。
以上説明した記録ヘッドと記録媒体((Co/Ni)n多層膜垂直自由層STOとCoCrPt−SiOx媒体、及び、CoCr合金垂直自由層STOとビットパタン媒体)を図22に示す磁気ディスク装置(2枚の2.5インチ磁気ディスクの各面に記録)に組み込んで性能評価を行ったところ、それぞれ、記録容量2Tバイト(1平方インチあたり1Tビット)で情報転送速度2.0Gbit/s、及び、記録容量10Tバイト(1平方インチあたり5Tビット)で情報転送速度2.8Gbit/sの高周波回転磁界を利用した情報記録再生装置が得られた。記録ヘッドと記録媒体の組み合わせは、本実施例に限るものではなく、本発明の記録ヘッドを他の記録媒体と組み合わせてもよい。シングルドライと(瓦書き)記録方式を併用すれば、さらに大容量の情報記録再生装置が得られる。また、CoCr合金垂直自由層STO搭載の記録ヘッドは、消費電力の低減ができる。
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。