以下では、上述した本願発明の内容を明確にするために、次のような順序に従って実施例を説明する。
A.第1実施例:
A−1.装置構成:
A−2.容量性負荷駆動回路の回路構成:
A−3.デジタル電力増幅器で電力損失が発生するメカニズム:
A−4.デジタル電力増幅器での電力損失を回避するメカニズム:
A−5.第1実施例での電力損失の増加の回避方法:
A−6.第1実施例の変形例:
B.第2実施例:
B−1.第2実施例での電力損失の増加の回避方法:
C.第3実施例:
D.変形例1:
E.変形例2:
A.第1実施例:
A−1.装置構成:
図1は、本実施例の容量性負荷駆動回路を搭載した流体噴射装置の構成を示した説明図である。図示されているように流体噴射装置100は、大きく分けると、液体を噴射するための脈動発生部110と、脈動発生部110に向けて流体(液体)を供給する流体供給手段120と、脈動発生部110及び流体供給手段120の動作を制御する制御部130などから構成されている。流体噴射装置100は、パルス状の液体を脈動発生部110から噴射することによって、生体組織を切除又は切開することに使用する手術具としてのウォータージェットメスの一例である。
脈動発生部110は、金属製の第2ケース113に、同じく金属製の第1ケース114を重ねた構造となっており、第2ケース113の前面には円管形状の流体噴射管112が立設され、流体噴射管112の先端にはノズル111が挿着されている。第2ケース113と第1ケース114との合わせ面には、薄い円板形状の流体室115が形成されており、流体室115は、流体噴射管112を介してノズル111に接続されている。また、第1ケース114の内部には、積層型の圧電素子116が設けられている。脈動発生部110と制御部130とは配線ケーブル150によって接続されており、制御部130内の容量性負荷駆動回路200からは、配線ケーブル150を介して駆動信号が圧電素子116に供給される。また、配線ケーブル150はコネクターによって脈動発生部110に取り付けられている。このため、配線ケーブル150は、長さや特性の異なる種々の配線ケーブル150に取り替えることが可能となっている。尚、圧電素子116が、本発明における「容量性負荷」に対応する。
流体供給手段120は、噴射しようとする液体(水、生理食塩水、薬液など)が収容された流体容器123から、第1接続チューブ121を介して液体を吸い上げた後、第2接続チューブ122を介して脈動発生部110の流体室115内に供給する。このため、流体室115は液体で満たされた状態となっている。
そして、制御部130から駆動信号を圧電素子116に印加すると、圧電素子116が伸張して流体室115が押し縮められ、その結果、流体室115内に充満していた液体が、ノズル111からパルス状に噴射される。圧電素子116の伸張量は、駆動信号として印加される電圧に依存する。したがって、所望の特性のパルス状の液体を噴射するためには、精度の良い駆動信号を圧電素子116に印加する必要がある。そこで、このような駆動信号を生成するために、制御部130内には、以下に説明するような容量性負荷駆動回路200が搭載されている。
A−2.容量性負荷駆動回路の回路構成:
図2は、本実施例の容量性負荷駆動回路200の回路構成を示した説明図である。図示されているように容量性負荷駆動回路200は、駆動信号の基準となる駆動波形信号(以下、WCOM)を出力する駆動波形信号発生回路210と、駆動波形信号発生回路210から受け取ったWCOMと後述する帰還信号(以下、dCOM)とに基づいて誤差信号(以下、dWCOM)を出力する演算回路220と、演算回路220からのdWCOMをパルス変調して変調信号(以下、MCOM)に変換する変調回路230と、変調回路230からのMCOMをデジタル的に電力増幅して電力増幅変調信号(以下、ACOM)を生成するデジタル電力増幅器240と、複数のインダクター251と複数のインダクター251の少なくとも一つを選択可能な接続手段252で構成され、かつ前記デジタル電力増幅器240から受け取ったACOMから変調成分を取り除いた後、駆動信号(以下、COM)として圧電素子116に供給する平滑フィルター250と、平滑フィルター250から出力されたCOMに対して位相を進ませる補償(位相進み補償)を加えてdCOM(帰還信号)を生成する位相進み補償回路260と、接続手段252における選択を切り替える切替制御部270とを備えている。尚、本実施例の容量性負荷駆動回路200には、COMに対して位相進み補償を加えたdCOMを負帰還させているが、負帰還させない構成とすることも可能である。この場合は、演算回路220や位相進み補償回路260が不要となる。その結果、変調回路230は、dWCOMではなく、WCOMに対してパルス変調を行うことになる。
このうち、駆動波形信号発生回路210は、WCOMのデータ(後述する駆動波形信号情報)を記憶した波形メモリーや、D/A変換器を備えており、波形メモリーから読み出したデータをD/A変換器でアナログ信号に変換することによって、WCOM(駆動波形信号)を生成する。演算回路220では、こうして出力されたWCOMからdCOMを減算した信号を、dWCOM(誤差信号)として出力する。尚、アナログ信号に限らず、駆動波形信号発生回路210は、WCOMのデータを記憶した波形メモリーからデジタルデータとしてWCOM(駆動波形信号)を読出し、A/D変換器でdCOMをデジタルデータとした後、信号処理回路を用いて演算回路220でWCOMからdCOMをデジタル演算により減算し、dWCOM(誤差信号)をデジタルデータとして生成する構成としてもよい。その場合、変調回路230は信号処理回路を用いてデジタル回路で構成し、dWCOMをデジタルデータのまま取り扱うようにする。
変調回路230では、dWCOMを一定周期(変調周期)の三角波と比較することによって、パルス波状のMCOM(変調信号)を生成(パルス変調)する。変調回路230によって得られたMCOMは、デジタル電力増幅器240に入力される。デジタル電力増幅器240は、プッシュ・プル接続された2つのスイッチ素子(MOSFETなど)と、電源と、これらスイッチ素子を駆動するゲートドライバーとを備えている。MCOMの出力がONの場合は、ハイ側のスイッチ素子がONになり、ロー側のスイッチ素子がOFFになって、電源の電圧VddがACOMとして出力される。また、MCOMの出力がOFFの場合は、ハイ側のスイッチ素子がOFFになり、ロー側のスイッチ素子がONになってグランドの電圧がACOMとして出力される。その結果、変調回路230の動作電圧とグランドとの間でパルス波状に変化するMCOMが、電源の電圧Vddとグランドとの間でパルス波状に変化するACOMに電力増幅される。この増幅では、プッシュ・プル接続された2つのスイッチ素子のON/OFFを切り替えているだけなので、アナログ波形を増幅する場合に比べれば、電力損失を抑制することが可能である。
こうして電力増幅されたACOM(電力増幅変調信号)は、LC回路と接続手段252によって構成される平滑フィルター250を通すことによってCOM(駆動信号)に変換され、圧電素子116に印加される。ここで、平滑フィルター250は複数のインダクター251を備えている。図2に示すように、本実施例では、複数のインダクター251として、インダクタンスがL0のインダクター(便宜上、インダクターL0と表記する)と、インダクタンスがL1のインダクター(便宜上、インダクターL1と表記する)の二つで構成する。ここで、上述したインダクタンスL0は、平滑フィルター250の共振周波数が、アプリケーションに要求される信号周波数帯域や、駆動信号に重畳されるキャリアリップルの仕様を満足できるような周波数となるように設計された値である。またインダクタンスL1は、後述する式(10)及び式(11)を満足するように設計された値である。インダクターL0及びインダクターL1の一端(入力端子)には、それぞれACOMが入力される。またインダクターL0及びインダクターL1の別の一端(出力端子)は、それぞれ接続手段252に接続される。接続手段252は複数のスイッチ(S)を備えている。図2に示すように、本実施例では複数のスイッチ(S)として、スイッチS0とスイッチS1との二つで構成する。スイッチS0の一端はインダクターL0の出力端子に、またスイッチS1の一端はインダクターL1の出力端子に接続される。スイッチS0及びスイッチS1の別の一端は、平滑フィルター250のコンデンサーCに接続され、圧電素子116に印加するCOMを出力する。接続手段252のスイッチ(S)による複数のインダクターの切替えは、切替制御部270が、駆動波形信号発生回路210からの情報に基づいて切替え可能となっている。
以上の構成とすることで、接続手段252のスイッチ(S)によって、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えることが可能となっている。詳細は後述するが、本実施例では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスが変更可能な構成であればよく、例えば接続手段252の複数のスイッチ(S)の一端にACOMが入力され、複数のスイッチ(S)の別の一端に複数のインダクター251の入力端子が一対に接続され、複数のインダクター251の出力端子が平滑フィルター250のコンデンサーCに接続されているような構成でも構わない。また図2では、複数のインダクター251として2つの場合の構成例を示しているが、3以上であっても構わない。
ここで、COMは演算回路220に負帰還されるが、平滑フィルター250を通過することによって、COMはWCOMに対して位相が遅れている。そこで、COMを単純に負帰還させるのではなく、コンデンサーと抵抗とによって構成された位相進み補償回路260を通して位相を進ませる補償(位相進み補償)を行い、得られた信号をdCOMとして演算回路220に負帰還させるようになっている。
A−3.デジタル電力増幅器で電力損失が発生するメカニズム:
上述したように、デジタル電力増幅器240は、大きな電力損失を伴うことなく、変調信号(MCOM)を電力増幅してACOMを生成することが可能である。しかし、デジタル電力増幅器240でも、ある条件が成立すると電力増幅時に大きな電力損失が発生することがある。
図3は、一定電圧出力時のデジタル電力増幅器240の回路構成を示した説明図である。図示されるように、例えば負荷に対して一定電圧を出力する場合には、変調信号のデューティー比がある値より小さくなると、急激に電力損失が増加する。変調信号のデューティー比が大きい場合にも、ある値を超えると急激に電力損失が増加する。このような現象が生じると、WCOMを変調してMCOMに変換してから増幅する効果が無くなってしまうので対策が必要となる。そのためには、このような現象が生じるメカニズムを明らかにしなければならない。
図4は、デジタル電力増幅器240の詳細な構成を示した回路図である。図示されるように、デジタル電力増幅器240は、プッシュ・プル接続された2つのMOSFETと、電源Vddと、これらMOSFETを駆動するゲートドライバーとを備えている。また、それぞれのMOSFETには、ドレイン端子、ゲート端子、ソース端子の各端子間に寄生容量が存在する。図中のCdsはドレイン端子とソース端子との間に生じた寄生容量を示し、Cgdはドレイン端子とゲート端子との間に生じた寄生容量を、そしてCgsはゲート端子とソース端子との間の寄生容量を示している。ここで、Cdsは実際にはMOSFETの寄生ダイオードの接合容量であるが、便宜上、本実施例では寄生ダイオードとCdsを個別に図示している。本願の発明者らは、負荷に対して、例えば一定電圧(あるいは、ほとんど一定の電圧)を出力する場合には、これらの寄生容量が原因で、電力損失が発生していることを見いだした。
図5は、デジタル電力増幅器240での電力増幅時に電力損失が発生する理由を示した説明図である。デジタル電力増幅器240の中には、2つのMOSFETがプッシュ・プル接続されているが、図5では、これらのMOSFETをスイッチによって簡略化して表している。また、それぞれのMOSFETには、図4に示したように3種類の寄生容量が存在するが、図5では、これらの寄生容量を1つにまとめて表示している。尚、以下では、プッシュ・プル接続された2つのMOSFETの中でハイ側のMOSFETを「MOSFET(H)」と称し、ロー側のMOSFETを「MOSFET(L)」と称することにする。図5(A)は、MOSFET(H)がOFFでMOSFET(L)がONの状態に相当し、図5(D)は、MOSFET(H)がONでMOSFET(L)がOFFの状態に相当する。電力増幅時には、これら2つの状態が交互に切り替わる。また、MOSFET(H)がOFFでMOSFET(L)がONの状態を、単に「出力状態がLの状態」と称し、逆に、MOSFET(H)がONでMOSFET(L)がOFFの状態を、単に「出力状態がHの状態」と称するものとする。
また、2つのMOSFETがともにONになると、電源Vddからグランドに向かって大きな突入電流が流れて素子に損傷を与える。そこで、こうしたことを回避するために、2つの状態を切り替える際には、MOSFET(H)及びMOSFET(L)がいずれもOFFとなる期間(デッドタイム期間)を経由して切り替えるようになっている。図5(B)は、出力状態がLの状態からHの状態に切り替わる際のデッドタイム期間の状態を示しており、図5(E)は、出力状態がHの状態からLの状態に切り替わる際のデッドタイム期間の状態を示している。
ここで、図5(A)に示した状態(出力状態がLの状態)に着目すると、この状態では、MOSFET(H)の寄生容量の一方の端子は電圧Vddに接続され、他方の端子はグランドに接続されている。したがって、MOSFET(H)の寄生容量に電荷が蓄積(充電)される。また、MOSFET(L)の寄生容量については、いずれの端子もグランドに接続されているので、電荷が蓄積されることはない。この状態からデッドタイム期間になると、図5(B)に示すように、MOSFET(L)がOFFになる。
そしてデッドタイム期間が経過すると、今度はMOSFET(H)がONになる。ここで、ACOM(電力増幅変調信号)が出力される端子をVsとする。MOSFET(H)の寄生容量に着目すると、MOSFET(H)をONにしたとき、MOSFET(H)の寄生容量の電源Vddに接続されている側の端子と、Vsに接続されている側の端子は短絡状態となり、図5(A)の状態で蓄えられていたMOSFET(H)の寄生容量の電荷は、図5(C)の一点鎖線の矢印で示すような電流として流れる。また、MOSFET(L)の寄生容量に着目すると、MOSFET(H)をONにした瞬間に、MOSFET(L)の寄生容量のVsに接続されている側の端子は電圧Vddになり、またグランドに接続されている側の端子はグランドの電位に保たれているので、図5(C)の破線の矢印で示すような電流が流れ、MOSFET(L)の寄生容量が充電される。しかし、図5(C)で示した一点鎖線と破線との電流がMOSFET(H)で抵抗損失を発生させる。
このようにしてMOSFET(L)の寄生容量が充電されると、最終的には図5(D)に示した状態(出力状態がHの状態)となる。この状態では、MOSFET(L)の寄生容量のVsに接続されている側の端子は電圧Vddに接続され、グランドに接続されている側の端子はグランドに接続されているので電荷が蓄積(充電)されている。また、MOSFET(H)の寄生容量の端子はいずれも電源Vddに接続されているので電荷が蓄積されることはない。
以上では、図5(A)の状態(出力状態がLの状態)から図5(D)の状態(出力状態がHの状態)に切り替える場合について説明したが、今度は逆に、図5(D)の状態(出力状態がHの状態)から図5(A)の状態(出力状態がLの状態)に切り替える場合について説明する。図5(D)の状態からデッドタイム期間になると、図5(E)に示すように、MOSFET(H)をOFFにする。この状態では、MOSFET(L)の寄生容量は電圧Vddに充電されている。そしてデッドタイム期間が経過すると、MOSFET(L)がONになる。すると、MOSFET(L)の寄生容量のVsに接続されている側の端子とグランドに接続されている側の端子が短絡状態となり、図5(D)の状態で蓄えられていたMOSFET(L)の寄生容量の電荷は、図5(F)の一点鎖線の矢印で示すような電流として流れる。
また、MOSFET(H)の寄生容量の電源Vddに接続されている側の端子は電源Vddに接続され、Vsに接続されている側の端子はグランドに接続されるので、図5(F)の破線の矢印で示すような電流が流れ、MOSFET(H)の寄生容量が充電される。しかし、図5(F)で示した一点鎖線と破線との電流がMOSFET(L)で抵抗損失を発生させる。よって、このようにしてMOSFET(H)の寄生容量が充電されると、最終的には図5(A)に示した状態となる。
以上は、デジタル電力増幅器240に平滑フィルター250が接続されていないものとして説明した。しかし、図2に示したようにデジタル電力増幅器240には平滑フィルター250が接続されているので、このことによる影響も考慮する必要がある。
図6は、一定電圧の出力時に平滑フィルター250のインダクターに流れる電流がほぼ直線的に変化する様子を示した説明図である。本実施例のデジタル電力増幅器240の出力は、電圧Vddとグランドとを繰り返すから、図6の電圧Eを電圧Vddと読み替えれば、本実施例の平滑フィルター250に適用することができる。
一定周期Tの中で電圧E(電圧Vddに対応)を印加している時間をtonとすると、デューティー比Dは、ton/T(パーセント表示の場合は100×ton/T)となる。この状態は、平滑フィルター250から電圧Vout(=D×E)を出力する場合に相当する。そして、このときにインダクターには、電圧Eが印加されている期間では、電流がマイナス(電源側に逆流している状態)からほぼ直線的に増加してプラス(グランドに向けて流れる状態)に転じ、印加される電圧が電圧0になっている期間では、プラスからほぼ直線的に減少してマイナスに転じるようなノコギリ刃状の電流が流れる。また、平滑フィルター250から出力される電圧が、電圧Vout(=D×E)で保たれているということから、一周期の間でコンデンサーに出入りする電荷が等しいから、プラス側への振幅の最大値とマイナス側への振幅の最大値とは等しくなる。
図7は、一定電圧の出力時に平滑フィルター250のインダクターに流れる電流Iがほぼ直線的に変化する理由を示した説明図である。図7(A)は、電圧E(電圧Vddに対応)を印加している期間について示したものであり、図7(B)は、印加する電圧をグランドに落としている期間について示したものである。電圧Eを印加している期間にインダクターに流れる電流Iは、図7(A)中の回路図で示される。平滑フィルター250を構成するインダクターのインダクタンスをL、コンデンサーのキャパシタンスをC、インダクターに流れる初期電流(電圧E印加開始時点で流れている電流)をI0、コンデンサーの初期電圧(電圧Eの印加時でのコンデンサーの端子間電圧)をE0とすると、電圧Eと、電流Iとの間には、式(1)で示した微分方程式が成立し、この方程式を解くと電流Iは式(2)によって求められる。ここで、ω0は、平滑フィルター250の共振周波数(=1/√(LC))である。そして、電圧Eが印加されている時間tonと平滑フィルター250の共振周波数ω0との積、ω0・tonが0近傍である場合は、cosω0tはほぼ1とみなすことができ、sinω0tはほぼω0tとみなすことができる。すると式(2)は、式(3)で近似することができ、電流Iは時間tの経過とともに直線的に増加する。
平滑フィルター250に印加する電圧がグランドに落とされている期間についても同様である。すなわち、印加する電圧をグランドに落としている期間にインダクターに流れる電流Iは、図7(B)中の回路図で示すことができ、印加する電圧は0であるから、電流Iは式(4)で示した微分方程式が成立する。そしてこの方程式を解くと、印加する電圧がグランドの期間に流れる電流Iは式(5)によって求められる。また、sinω0tをω0tとみなして、cosω0tを1とみなすと、電流Iは式(6)で近似することができる。したがって、印加する電圧がグランドに落とされている期間では、電流Iは時間tの経過とともに直線的に減少する。
図8は、一定電圧の出力時に平滑フィルター250のインダクターに流れる電流Iの振幅が、デューティー比Dに応じて変化する様子を示した説明図である。
ここで、図6に示したように、電圧Eを印加した瞬間(t=0)では、電流I=−IAであるから、式(3)においてI0=−IAとなる。また初期電圧E0は、図6の電圧Vout(=D×E)に等しい。更に、電圧Eを印加している期間から電圧をグランドに落とす期間に切り替わる直前の時間t=tonにおいては、式(3)においてI(ton)=IAとなる。これらを式(3)に代入して整理すると、インダクターに流れる電流の振幅IAは、図8(A)に示した式(7)によって示される。ただし、図6で示した周期Tの逆数をfc(キャリア周波数)とし、式(3)のtにton=D/fcを代入している。式(7)に示されるように、電流の振幅の大きさIAはデューティー比Dの二次関数であり、図8(B)に示すように、D=0.5(デューティー比Dが50%)の時に最大値となる。
以上のことから次のようなことが説明できる。デジタル電力増幅器240の出力を平滑フィルター250で平滑化して一定電圧を負荷に印加する場合(デューティー比Dが一定の場合)、平滑フィルター250のインダクターには、図6に示したようなノコギリ刃状の電流が流れる。電流の振幅がプラス側に最大となるのは、デジタル電力増幅器240の出力がグランドに立ち下がる瞬間(出力状態がHからLの状態に切り替わる瞬間)であり、マイナス側に最大となるのは、デジタル電力増幅器240の出力がグランドから立ち上がる瞬間(出力状態がLからHの状態に切り替わる瞬間)である。また、電流の絶対値|IA|は、デューティー比Dが50%の時に最大となり、デューティー比Dが50%から小さくなるにつれて、あるいは50%から大きくなるにつれて小さくなる。
デジタル電力増幅器240に平滑フィルター250を接続すると、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流Iがこのような挙動をすることを踏まえた上で、平滑フィルター250が接続された状態でのデジタル電力増幅器240の動作について説明する。
図9は、一定電圧の出力時に平滑フィルター250のインダクターに大きな電流が流れる条件では、電力増幅時の電力損失が低下する理由を示した説明図である。換言すれば、図5(A)の状態(デジタル電力増幅器240の出力がLの状態)から、図5(D)の状態(出力がHの状態)に切り替わる際のデッドタイム期間中に発生する現象を示した説明図である。図9(A)に示されるように、デジタル電力増幅器240の出力がLの状態(MOSFET(H)がOFFで、MOSFET(L)がONの状態)では、MOSFET(H)の寄生容量には電荷が蓄えられている。また、図6を用いて前述したように、デジタル電力増幅器240の出力がLからHの状態に切り替わる直前には、平滑フィルター250のインダクターからデジタル電力増幅器240に向かって大きさIAの電流が流れている。図9(A)では、インダクターからの電流が流れる様子が、破線の矢印によって表されている。
この状態から、デジタル電力増幅器240の出力状態を切り替えるために、デッドタイム期間では二つのMOSFETをいずれもOFFの状態にする。すると、平滑フィルター250のインダクターには、自己誘導現象によって電流をそのまま流し続けようとする方向に起電力が発生する。図9(B)に示した破線の矢印は、前述した起電力によって流れる電流を表している。MOSFET(L)はOFFに切り替わっているので、こちらを流れることはできない。その一方で、MOSFET(L)の寄生容量には電荷が全く蓄えられていないので、この寄生容量にはインダクターの逆起電力によって電流が流れ、充電される。また、MOSFET(H)の寄生容量については、インダクターの逆起電力が発生する結果、寄生容量のVsに接続されている側の端子電圧が上昇するので、電源Vddに接続されている側の端子との端子間電圧が小さくなり、電流が流れる。その結果、MOSFET(H)の寄生容量に蓄えられていた電荷が電源Vddに回生される。
そして、図9(C)に示すように、MOSFET(H)の寄生容量に蓄えられていた電荷を全て回生し、MOSFET(L)の寄生容量のVsに接続されている側の端子電圧が電圧Vddに達するまで寄生容量に電荷を蓄えた後に、MOSFET(H)をONにする。こうすれば、図5を用いて前述したように、デジタル電力増幅器240の出力をLからHの状態に切り替える際に、MOSFET(H)の寄生容量に残った電荷の放電、及びMOSFET(L)の寄生容量の充電に起因する電力損失は全く生じない。すなわち、図9(A)の状態を、デッドタイム期間の間に図9(C)の状態まで持って行くことができれば、電力損失の発生を抑制することができる。デジタル電力増幅器240の出力をHからLの状態に切り替える場合にも、同様なことがあてはまる。
図10は、一定電圧の出力時に平滑フィルター250のインダクターに大きな電流が流れる条件では、電力増幅時の電力損失が低下する理由を示した説明図である。換言すれば、図5(D)の状態(デジタル電力増幅器240の出力がHの状態)から、図5(A)の状態(出力がLの状態)に切り替わる際のデッドタイム期間中に発生する現象を示した説明図である。図10(A)に示されるように、デジタル電力増幅器240の出力がHの状態(MOSFET(H)がONで、MOSFET(L)がOFFの状態)では、MOSFET(L)の寄生容量に電荷が蓄えられる。また、図6を用いて前述したように、デジタル電力増幅器240の出力がHからLの状態に切り替わる直前には、デジタル電力増幅器240から平滑フィルター250のインダクターに向かって大きさがIAの電流が流れている。図10(A)では、デジタル電力増幅器240の電源Vddからインダクターに向かって電流が流れる様子が、破線の矢印によって表されている。
この状態から、デジタル電力増幅器240の出力状態をHからLに切り替えるために、デッドタイム期間では二つのMOSFETをいずれもOFFの状態にする。すると、平滑フィルター250のインダクターには自己誘導現象によって、電流をそのまま流し続けようとする方向に起電力が発生する。図10(B)に示した破線の矢印は、前述した起電力によって流れる電流を表している。MOSFET(H)はOFFに切り替わっているので、電源Vddからの電流はこちらを流れることはできない。その一方で、MOSFET(H)の寄生容量には電荷が全く蓄えられていないので、この寄生容量にはインダクターの逆起電力によって電流が流れ、充電される。また、MOSFET(L)の寄生容量については、インダクターの逆起電力が発生する結果、寄生容量のVsに接続されている側の端子の電圧が低下するので、グランドに接続されている側の端子との端子間電圧が小さくなり、電流が流れる。その結果、MOSFET(L)の寄生容量に蓄えられていた電荷が平滑フィルター250のコンデンサーに回生される。
そして、図10(C)に示すように、MOSFET(L)の寄生容量に蓄えられていた電荷を全て回生し、MOSFET(H)の寄生容量の端子間電圧が電圧Vddに達するまで寄生容量に電荷を蓄えた後に、MOSFET(L)をONにする。こうすれば、図5を用いて前述したように、デジタル電力増幅器240の出力をHからLの状態に切り替える際に、MOSFET(L)の寄生容量に残った電荷の放電、及びMOSFET(H)の寄生容量の充電に起因する電力損失は全く生じない。すなわち、図10(A)の状態を、デッドタイム期間の間に図10(C)の状態まで持って行くことができれば、電力損失の発生を抑制することができる。
このように、デジタル電力増幅器240の出力状態を切り替えたときに、平滑フィルター250のインダクターで大きな逆起電力を発生させることができれば、デジタル電力増幅器240で発生する電力損失を大幅に抑制することが可能となる。しかし、図8(A)に示したように、デューティー比Dが小さい場合、又は大きい場合はインダクターに流れる電流値が小さく、インダクターで十分な大きさの逆起電力を発生させることができなくなったために、図3で示したような大きな電力損失が生じたものと考えられる。
A−4.デジタル電力増幅器での電力損失を回避するメカニズム:
図11は、一定電圧の出力時のデジタル電力増幅器240の動作を、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流の大きさに応じて示した説明図である。換言すれば、インダクターで十分な大きさの逆起電力を発生させることができる場合と、十分な大きさの逆起電力を発生させることができなかった場合とについて、デジタル電力増幅器240の動作が切り替わる様子が示されている。図11(A)は十分な大きさの逆起電力が発生した場合を示し、図11(B)は過不足のない大きさの逆起電力が発生した場合を、図11(C)は逆起電力の大きさが不足する場合を示している。
先ず始めに、最も単純な場合である図11(B)の場合について説明する。デジタル電力増幅器240の出力状態がLの状態から、デッドタイム期間に切り替わる直前では、図6に示したようにインダクターの電流Iはマイナス方向(逆流する方向)に流れている。また、デジタル電力増幅器240の出力電圧は0である。この状態を、状態[A]と呼ぶことにする。続いて、MOSFET(L)をOFFに切り替えてデッドタイム期間に移行すると、図9(B)を用いて前述したように、インダクターの逆起電力によってMOSFET(L)の寄生容量の電荷が充電され、MOSFET(H)の寄生容量に電荷が回生されて、それに伴ってデジタル電力増幅器240の出力電圧が上昇し、デッドタイム期間が終了する時に、ちょうど電圧Vddに達する。インダクターの逆起電力によってデジタル電力増幅器240の出力電圧が上昇している状態を、状態[B]と呼ぶことにする。
デッドタイム期間を終了して、デジタル電力増幅器240の出力状態がHの状態になると、図6を用いて前述したように、初めのうちはインダクターにマイナス方向(インダクターからデジタル電力増幅器240に向かう方向)の電流が流れているが、途中で電流の向きが逆転して、プラス方向(デジタル電力増幅器240からインダクターに向かう方向)に電流が流れるようになる。デジタル電力増幅器240の出力電圧が電圧Vddで、インダクターにマイナス方向の電流が流れている状態を、状態[C]と呼び、インダクターの電流が逆転してプラス方向の電流が流れるようになった状態を、状態[D]と呼ぶことにする。
その後、デジタル電力増幅器240の出力状態がHの状態から、MOSFET(H)をOFFに切り替えてデッドタイム期間に移行すると、図10(B)を用いて前述したように、インダクターの逆起電力によってMOSFET(L)の寄生容量の電荷が回生され、MOSFET(H)の寄生容量に電荷が充電されて、それに伴ってデジタル電力増幅器240の出力電圧が低下する。そして、デッドタイム期間が終了する時に、電圧0まで低下する。インダクターの逆起電力によってデジタル電力増幅器240の出力電圧が低下している状態を、状態[E]と呼ぶことにする。
デッドタイム期間を終了して、デジタル電力増幅器240の出力状態がLの状態になると、図6を用いて前述したように、初めのうちはインダクターにプラス方向の電流が流れているが、途中で電流の向きが逆転して、マイナス方向に電流が流れるようになる。デジタル電力増幅器240の出力電圧が電圧0で、インダクターにプラス方向の電流が流れている状態を、状態[F]と呼ぶことにする。また、インダクターにマイナス方向の電流が流れている状態は、前述した状態[A]である。
以上では、デッドタイム期間に移行したときに、過不足のない大きさの逆起電力がインダクターで発生した場合に、デジタル電力増幅器240の動作が切り替わる様子について説明した。これに対して、十二分な大きさの逆起電力がインダクターで発生した場合には、デジタル電力増幅器240の動作は図11(A)に示すように切り替わる。
先ず、デジタル電力増幅器240の出力状態がLの状態の時は、前述した状態[A]となっており、デッドタイム期間に切り替わると状態[B]、すなわち、インダクターの逆起電力によってMOSFET(L)の寄生容量が充電され、またMOSFET(H)の寄生容量の電荷が回生されて、デジタル電力増幅器240の出力電圧が上昇していく状態となる。そして、インダクターで十二分な大きさの逆起電力が発生している場合は、デッドタイム期間が終了する前に、MOSFET(L)の寄生容量への充電及びMOSFET(H)の寄生容量の電荷回生が完了し(すなわち、デジタル電力増幅器240の出力電圧がVddに達し)て、それ以降は、MOSFET(H)の寄生ダイオードを通って、電荷が電源Vddに逆流する状態となる。このような状態を、状態[G]と呼ぶ。状態[G]では、デジタル電力増幅器240の出力電圧は、MOSFET(H)の寄生ダイオードの電圧降下分だけ、電圧Vddよりも高くなる。
その後、デジタル電力増幅器240の出力状態がHの状態では、前述した状態[C](出力電圧がVddであり、インダクターの電流がマイナスの状態)から、前述した状態[D](出力電圧がVddであり、インダクターの電流がプラスの状態)へと推移する。そして、デッドタイム期間になると、前述した状態[E](インダクターの逆起電力によってMOSFET(L)の寄生容量の電荷が回生され、またMOSFET(H)の寄生容量が充電されて、出力電圧が低下していく状態)となる。そして、この場合も、インダクターで十二分な大きさの逆起電力が発生している場合は、デッドタイム期間が終了する前に、MOSFET(L)の寄生容量からの電荷の回生、及びMOSFET(H)の寄生容量の充電が完了し(すなわち、デジタル電力増幅器240の出力電圧が0まで低下し)て、それ以降は、MOSFET(L)の寄生ダイオードを介してグランド側から電荷を吸い出す状態となる。このような状態を、状態[H]と呼ぶ。状態[H]では、デジタル電力増幅器240の出力電圧は、MOSFET(L)の寄生ダイオードの電圧降下分だけ、電圧0よりも低くなる。
これに対して、インダクターで発生する逆起電力が不足している場合は、デジタル電力増幅器240の動作は図11(C)に示すようにして切り替わる。デジタル電力増幅器240の出力状態がLの状態からデッドタイム期間に切り替わって、デッドタイム期間が終了するまでの動作は、図11(A)あるいは図11(B)を用いて前述した動作と同様である。すなわち、状態[A]から状態[B]へと切り替わる。
しかし、インダクターで発生する逆起電力の大きさが不足していると、デッドタイム期間(状態[B])が終了しても、デジタル電力増幅器240の出力電圧がVddに達しておらず、MOSFET(L)の寄生容量への充電が完了しない。また、MOSFET(H)の寄生容量からの電荷の回生も完了しない。この状態でデッドタイム期間が終了し、デジタル電力増幅器240の出力状態がHの状態に切り替わった後、MOSFET(H)を介して電流が流れ、MOSFET(L)の寄生容量への充電、及びMOSFET(H)の寄生容量に残っている電荷の放電が完了するまで、出力電圧が電圧Vddまで上昇するようになる。このような状態を、状態[I]と呼ぶ。状態[I]の期間は、図5(A)の状態から図5(D)の状態に切り替えた場合と同様に、MOSFET(H)で抵抗による電力損失が発生する。
また、インダクターで発生する逆起電力の大きさが不足していると、デジタル電力増幅器240の出力状態をHからLに切り替える時、すなわち状態[D]から状態[E]に切り替える時にも同様な現象が発生する。この場合、デッドタイム期間(状態[E])が終了しても、デジタル電力増幅器240の出力電圧が0まで低下しておらず、MOSFET(L)の寄生容量からの電荷の回生が完了しない。同様に、MOSFET(H)の寄生容量への充電も完了しない。この状態でデッドタイム期間が終了し、デジタル電力増幅器240の出力状態がLの状態に切り替わった後、MOSFET(L)を介して電流が流れ、MOSFET(H)の寄生容量への充電、及びMOSFET(L)の寄生容量に残っている電荷の放電が完了するまで、出力電圧が電圧0まで低下するようになる。このような状態を、状態[J]と呼ぶ。状態[J]の期間は、図5(D)の状態から図5(A)の状態に切り替えた場合と同様に、MOSFET(L)で抵抗による電力損失が発生する。
以上に説明したように、デジタル電力増幅器240が状態[I]あるいは状態[J]になると電力損失が発生する。そして、これらの状態は、パルス変調のキャリア周波数fcに対応する非常に高い頻度で発生するから、結果的に、大きな電力損失を発生させることになる。したがって、このようなデジタル電力増幅器240での電力損失を回避するためには、状態[I]及び状態[J]が発生しないようにすればよい。そこで、これらの状態が発生しないための条件について検討する。
図12は、一定電圧の出力時にデジタル電力増幅器240で電力損失が発生しない条件を示した説明図である。図12(A)は、状態[I]及び状態[J]が発生しない条件を説明した図である。状態[I]は、状態[B]でのデッドタイム期間が経過した時に、デジタル電力増幅器240の出力電圧が電圧Vddに達していない場合に発生する。換言すれば、状態[I]が発生しないための条件は、デッドタイム期間内にデジタル電力増幅器240の出力電圧が、電圧0から電圧Vdd以上に上昇することである。ここで、MOSFET(H)及びMOSFET(L)の寄生容量のキャパシタンスを、それぞれCoss(H)及びCoss(L)とすると、状態[B]での出力電圧Vの上昇は、図12(A)中に示した式(8)で表示される。ただし、Cossは出力容量で、一般的にCoss=Cds+Cgdで表される。また、Cossのキャパシタンスの割合が、Cdsの分が支配的である場合には、Coss≒Cdsとして考えてもよい。尚、式(8)中のIAは、デッドタイム期間に切り替わった瞬間にインダクターに流れていた電流の大きさである。したがって、デジタル電力増幅器240の出力状態がLからHに切り替わる際のデッドタイム期間をTd1とすると、状態[I]が発生しないための条件は、図12(B)中に式(10)で示した条件を満足することとなる。
同様に、状態[J]は、状態[E]でのデッドタイム期間が経過した時に、デジタル電力増幅器240の出力電圧が電圧Vddから電圧0まで低下していない場合に発生する。状態[E]での出力電圧Vの低下は、図12(A)中に示した式(9)で表示される。したがって、デジタル電力増幅器240の出力状態がHからLに切り替わる際のデッドタイム期間をTd2とすると、状態[J]が発生しないための条件は、図12(C)中に式(11)で示した条件を満足することとなる。
ここで、式(10)及び式(11)の中で、Coss(H)、Coss(L)は、MOSFETの仕様によって決まる値なので変更は難しい。また、Td1、Td2は、高速なスイッチングを行う為にはなるべく短い時間で設計する必要があり、デジタル電力増幅器240の出力パルスの最小時間幅が決められると、それ以上の長さの時間には設計できず、変更は難しい。また図8(A)中の式(7)で示したように、IAの式には電圧E、すなわちVddが含まれるから、Vddを変更することで式(10)及び式(11)で示した条件を満足させることは出来ない。これに対してIAは式(7)で示されるように、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスLによって変更することができる。また、式(7)で示されるデューティー比Dは、平滑フィルター250から出力しようとする電圧値と対応しているため、この値は変更することができない。
以上のことより、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスLを、式(10)及び式(11)を満足するように変更してやれば、たとえデューティー比Dが上限値付近や下限値付近の値となっても、デジタル電力増幅器240での電力損失を増加させないようにすることが可能となる。本実施例の容量性負荷駆動回路200は、このような原理に基づいて、デジタル電力増幅器240での電力損失が増加しないように、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスLを変更している。以下、本実施例の容量性負荷駆動回路200で、デューティー比Dの上限付近あるいは下限付近の一定電圧で負荷を駆動しているときの電力損失の増加を回避する方法について具体的に説明する。
A−5.本実施例での電力損失の増加の回避方法:
図13は、本実施例の容量性負荷駆動回路200で、デジタル電力増幅器240での電力損失の増加を回避する方法を示した説明図である。図2を用いて前述したように、本実施例の駆動波形信号発生回路210は、COM(駆動信号)の元となるWCOM(駆動波形信号)を出力しており、そのための情報(駆動波形信号情報)を内蔵する波形メモリーに記憶している。
図13(B)は、本実施例の駆動波形信号発生回路210が記憶している駆動波形信号情報を示した説明図である。図示されるように、駆動波形信号情報には、WCOMの出力を開始してからの経過時間と、そのときに出力する電圧と、フラグの設定値(以下、flagと表記する)とが記憶されている。尚、変調回路230で用いられる三角波の振幅が決まっているとすると、WCOMの電圧値と、デューティー比Dとは一対一の関係となる。
図14は、本実施例で駆動波形信号にflagが設定されている様子を示した説明図である。換言すれば、駆動波形信号発生回路210に記憶されている駆動波形信号情報を例示した説明図である。図中に斜線を付して示した領域は、WCOMの電圧(したがってデューティー比D)が上限付近(図示した例ではデューティー比Dが80%以上)、あるいは下限付近(図示した例ではデューティー比Dが20%以下)の値を取る領域である。そして、これらの領域内でWCOMの傾きが0の場合(あるいは極めて小さい場合)はflagが「1」に設定され、それ以外の場合にはflagが「0」に設定されている。このようなflagを設定するための処理については後述する。
図13(A)に示されるように、本実施例の駆動波形信号発生回路210は、波形メモリーに記憶されている駆動波形信号情報を読み出してWCOMを演算回路220に出力し、flagを切替制御部270に出力する。また、切替制御部270には、図13(C)に示すようなflagと接続手段252のスイッチの制御信号との対応関係が記憶されている。図13(C)に示す接続手段252のスイッチの制御信号は、’1’がスイッチをON状態に、また’0’がスイッチをOFF状態にすることを表す。そして、駆動波形信号発生回路210から受け取ったflagに対応するスイッチの制御信号を接続手段252に出力して、平滑フィルター250に備えられた複数のインダクター251と、平滑フィルター250のコンデンサーCとの接続状態を設定し、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替える。このようにすることで、図3に示したような現象、すなわち、デューティー比Dの上限付近あるいは下限付近の一定電圧(あるいは一定に近い電圧)で負荷を駆動しているときにデジタル電力増幅器240での電力損失が急激に増加する現象を回避することが可能となる。なお、便宜上図13(C)にはflagと選択される平滑フィルター250のインダクター251との対応関係を示しているが、選択される平滑フィルター250のインダクター251の情報は切替制御部270に記憶させておく必要はない。
図15は、本実施例の容量性負荷駆動回路200の動作を示した説明図である。換言すれば、デジタル電力増幅器240で電力損失の増加を回避可能な理由を示した説明図である。尚、以下では、特に断らない限り、一定電圧(したがって、一定のデューティー比)で負荷を駆動しているものとする。仮に、デューティー比によらず平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0に固定したとすると、平滑フィルター250のインダクター251に流れる電流の振幅IAは、図8の式(7)で与えられ、デューティー比が50%から遠ざかるにしたがって振幅IAは小さくなる。その結果、振幅IAが、図12に示した式(10)あるいは式(11)を満たさなくなると、図11(C)に示した現象が発生して、デジタル電力増幅器240で大きな電力損失を発生させる。
そこで、図12の式(10)及び式(11)の等号が成立するような振幅IA、あるいはこの振幅IAよりも少しだけ余裕を持たせた大きめの振幅を、閾値の振幅Ithとして設定しておき、図8の式(7)で与えられる振幅IAが閾値の振幅Ith以下となるデューティー比では、図15(A)に示すように、接続手段252によって平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に引き下げる。図15では、20%以下のデューティー比あるいは80%以上のデューティー比では、閾値の振幅Ithを下回るものとしている。また、引き下げる平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスL1は、下限のデューティー比(ここではデューティー比D=5%)及び上限のデューティー比(ここではデューティー比D=95%)でも、図8の式(7)で得られる振幅IAが、閾値の振幅Ithを下回らない(あるいは振幅Ithと等しくなる)インダクタンスに設定する。
こうすれば、図15(A)中に太い破線で示したように、全てのデューティー比で、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流の振幅IAを、閾値の振幅Ith以上に保っておくことができる。その結果、図11(C)に示した状態[I]及び状態[J]が発生しないようにすることができるので、図15(B)中に太い破線で示したように、デューティー比の下限付近(低デューティー)あるいは上限付近(高デューティー)で電力損失が増加する現象を回避することが可能となる。
最後に、駆動波形信号情報のWCOMに対してflagを設定するフラグ設定処理について説明する。
図16は、本実施例で駆動波形信号情報にflagを設定する処理を示すフローチャートである。フラグ設定処理を開始すると、先ず始めに、X(X−1)+(2・L0・Ith/Vdd)・fc=0を満足するXを算出する(ステップS100)。ここで、fcはパルス変調時のキャリア周波数であり、Ithはインダクターを流れる電流の閾値の振幅であり、Vddはデジタル電力増幅器240の電源の電圧である。したがって、求められたXは、平滑フィルター250のインダクターを流れる電流の振幅IAが閾値の振幅Ithとなるようなデューティー比を示している。
続いて、WCOMの中で、電圧値の時間に対する傾きが0(すなわち電圧値が一定)の期間を抽出する。また、抽出箇所の個数mを記憶しておく(ステップS102)。そして、変数nを「1」に設定した後(ステップS104)、抽出しておいたn番目の箇所のデューティー比Dを算出する(ステップS106)。デューティー比Dは、WCOMが示す電圧値を、変調回路230がパルス変調時に用いる三角波の振幅電圧で除算することによって算出することができる。
そして、求められたデューティー比Dが、先に算出しておいたXよりも小さいか否か、あるいは1−Xよりも大きいか否かを判断する(ステップS108)。前述したようにXは、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流の振幅IAが、閾値の振幅Ithとなるデューティー比であるから、ステップS108では結局、インダクターに流れる電流の振幅IAが、閾値の振幅Ithよりも小さくなるようなデューティー比Dか否かを判断していることになる。
その結果、算出したデューティー比DがXよりも小さいか、1−Xよりも大きかった場合には(ステップS108:yes)、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に切り替える必要があるものと判断できるので、その期間(n番目の抽出期間)のflagを「1」に設定する(ステップS110)。これに対して、算出したデューティー比DがXよりも大きく、かつ1−Xよりも小さかった場合には(ステップS108:no)、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に切り替える必要はないと判断できるので、その期間(n番目の抽出期間)のflagを「0」に設定する(ステップS112)。
このようにして、n番目の抽出期間についてflagを設定したら、その抽出期間がm番目であるか否かを判断する(ステップS114)。その結果、m番目の抽出期間ではなかった場合は(ステップS114:no)、まだflagを設定していない抽出期間が残っていることになるので、nに「1」を加算した後(ステップS118)、新たなnについて、ステップS106以降の処理を行う。これに対して、flagを設定した抽出期間がm番目の抽出期間であった場合は(ステップS114:yes)、抽出した全ての期間についてflagを設定したことになる。そこで、抽出していない期間のflagに「0」を設定するべく、flagが「1」に設定されていない期間のflagを全て「0」に設定した後(ステップS116)、図16のフラグ設定処理を終了する。
図17は、本実施例で駆動波形信号情報にflagが設定された他の態様を示した説明図である。
このようにしてflagを設定してやれば、種々のWCOMに対して適切にflagを設定することができる。例えば、図17(A)に示すように、WCOMの途中に電圧の傾きが0で、デューティー比が高い期間が存在している場合には、この期間のflagを「1」に設定することができる。また、図17(B)に示すように、電圧の傾きが0の期間が存在していても、デューティー比が中間的な値を取る場合には、この期間のflagは「0」のままに設定しておくことができる。このように、図16のフラグ設定処理によれば、駆動波形信号情報のflagを適切に設定して、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替えることができる。その結果、たとえデューティー比が高い期間でも、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
A−6.本実施例の変形例:
以上に説明した本実施例では、接続手段252、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替えるためのflagが、駆動波形信号発生回路210がWCOMを記憶している駆動波形信号情報の中に、予め組み込まれているものとして説明した。この場合、切替制御部270は、駆動波形信号発生回路210から出力されるflagにしたがって接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替えればよい。最も、図16を用いて前述したように、flagはWCOMの電圧値に基づいて設定することができるので、切替制御部270の内部でflagを生成し、得られたflagに基づいて接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替えるようにしてもよい。
図18は、本実施例の変形例の容量性負荷駆動回路200の一部を示した説明図である。換言すれば、切替制御部270が、接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替える様子を示した説明図である。変形例の駆動波形信号発生回路210が記憶している駆動波形信号情報には、時間及びWCOMの電圧値が記憶されているが、flagは記憶されていない。そして、駆動波形信号発生回路210は、演算回路220と切替制御部270とにWCOMを出力する。変形例の切替制御部270では、駆動波形信号発生回路210から受け取ったWCOMに基づいて、フラグ生成回路でflagを生成する。そして、生成したflagに基づいて接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0又はL1に切り替える。このようにしても、デューティー比に関わらず、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
B.第2実施例:
上述した第1実施例では、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを、L0とL1との二段階に切り替えるものとしていた。すなわち、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流の振幅が、閾値の振幅Ithよりも小さくなると、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に一気に引き下げるものとしていた。これに対して、より多くの種類のインダクタンスのインダクターを用意しておき、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを徐々に切り替えるようにしても良い。以下では、このような本実施例について説明する。尚、本実施例では、前述した第1実施例と異なる構成についてのみ説明し、同様な構成については説明を省略する。
B−1.本実施例での電力損失の増加の回避方法:
図19は、本実施例の容量性負荷駆動回路200の動作を示した説明図である。換言すれば、デジタル電力増幅器240での電力損失の増加を回避する様子を示した説明図である。前述した第1実施例では、デューティー比は5%〜95%の範囲で用いられ、このうち20%以下あるいは80%以上のデューティー比では、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に引き下げていた。ここで、デューティー比が20%あるいは80%は、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスがL0の時に、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流の振幅IAが、閾値の振幅Ithに達するデューティー比である。
これに対して、本実施例では、デューティー比の5%〜20%の間に、例えば9%、13%、17%といった複数のデューティー比を設定する。また、複数のインダクター251には、第1実施例で示したインダクターL0及びインダクターL1の他に、新にインダクタンスがL2、L3、L4であるインダクターL2、インダクターL3、及びインダクターL4を設ける。さらに、接続手段252においては、インダクターL0,L1,L2,L3,L4を切り替えが可能なように、5つのスイッチS0,S1,S2,S3,S4を設けておく。デューティー比が5%〜9%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL1、デューティー比が9%〜13%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL2、デューティー比が13%〜17%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL3、デューティー比が17%〜20%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL4といったように、多段階に平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えていく。デューティー比が80%〜95%の間についても同様に、例えば84%、88%、92%といった複数のデューティー比を設定する。デューティー比が80%〜84%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL4、デューティー比が84%〜88%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL3、デューティー比が88%〜92%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL2、デューティー比が92%〜95%の間では平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL1といったように、多段階に平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えていく。
ここで、デューティー比が5%〜20%の間を分割する数や、分割するデューティー比は、適宜設定することができる。また、それぞれの期間で設定する平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスLnは、図19(C)に示した計算式で設定することができる。ここで、Xnは、デューティー比が5%〜20%の間を区切るデューティー比を示している。また、図19(C)の計算式によって得られるインダクタンスLnは、デューティー比がXnからXn+1の間で、インダクターに流れる電流の振幅IAが閾値の振幅Ithを下回らない周波数の上限値である。したがって、このような計算式に基づいて、それぞれの期間での平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えていけば、どのようなデューティー比を取る場合でも、インダクターに流れる電流の振幅IAが閾値の振幅Ithを下回らないようにすることができ、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
ここで、平滑フィルター250はLC回路で構成されるローパスフィルターであり、そのカットオフ周波数fcutは、fcut=1/(2π・√(LC))で表される。したがって、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスの値を引き下げるほど、カットオフ周波数fcutは高周波数側に移動する為、平滑フィルター250におけるキャリア周波数成分の振幅減衰量は小さくなる。キャリア周波数成分の振幅減衰量が小さくなると、COM(駆動信号)に重畳されるキャリアリップルの振幅が大きくなってしまう。上述したように、第1実施例では、20%以下のデューティー比あるいは80%以上のデューティー比の範囲において、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1に一気に引き下げていた。したがって上述した理由から、20%以下のデューティー比あるいは80%以上のデューティー比の範囲では、COM(駆動信号)に重畳されるキャリアリップルの振幅は一律に大きくなってしまう。
また、上述したように、本実施例では、デューティー比が17%〜20%の間ではL4(L1<L4)、デューティー比が13%〜17%の間ではL3(L1<L3)、デューティー比が9%〜13%の間ではL2(L1<L2)というように、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを段階的に引き下げている。したがってデューティー比が9%〜20%の期間では、本実施例は第1実施例と比較して出力にキャリアリップルが重畳することを抑制することが可能となる。
C.第3実施例:
上述した第1実施例及び第2実施例では、平滑フィルター250の出力電圧(すなわち、COM)が一定電圧である場合について説明した。しかし、平滑フィルター250の出力電圧は、必ずしも完全な一定電圧である必要はない。例えば出力電圧が緩やかに変化する場合であれば、上述した説明が同様に成立する。また、出力電圧が急激に変化するのでなければ、短時間だけ同様な説明が成立する可能性がある。以下では、平滑フィルター250からの出力電圧が変化する場合に拡張した本実施例について説明する。尚、本実施例でも、前述した第1実施例あるいは第2実施例と異なる構成についてのみ説明し、同様な構成については説明を省略する。
図20は、本実施例の容量性負荷駆動回路200についての説明図である。換言すれば、COM(駆動信号)が一定ではない場合に平滑フィルター250のインダクターを流れる電流Iを示した説明図である。駆動しようとしている圧電素子116は容量性負荷であるから、平滑フィルター250から圧電素子116に向かって電流が流れ込むことによってCOMの電圧が上昇し、圧電素子116から平滑フィルター250に向かって電流が逆流することによってCOMの電圧が低下する。このため、平滑フィルター250のインダクターには、COM(駆動信号)に対して半周期だけ位相が進んだ電流Iが流れる。
また、平滑フィルター250のインダクターには、デジタル電力増幅器240から電圧Vddのパルス波形が出力されている。したがって図7で示した式(3)及び式(6)で表されるように、インダクターには、COMに対して半周期だけ位相が進んだ波形に、変調回路230での変調周期に対応する小さな脈動が重畳した波形の電流Iが流れることになる。
したがって、例えば図20(A)に破線で示したように、電圧の振幅が大きなCOMを出力しようとすると、平滑フィルター250のインダクターに流れる電流Iは、図中に実線で示した波形の電流となる。駆動信号が0から極大値に向かって上昇している期間では、電流Iは常にデジタル電力増幅器240からインダクター側に向かって流れている。この場合は、A−3.で説明した、デッドタイム期間中のMOSFET(H)の寄生容量の電荷回生、及びMOSFET(L)の寄生容量の充電が行われない。したがって、前述したような、低及び高デューティー時のデジタル電力増幅器240での電力損失の増加を抑制することは難しい。また、駆動信号が極大値から0に向かって下降している期間では、電流Iは常にインダクターからデジタル電力増幅器240に向かって流れるので、同様にA−3.で説明した、デッドタイム期間中のMOSFET(L)の寄生容量の電荷回生、及びMOSFET(H)の寄生容量の充電が行われない。したがって、前述したような、低及び高デューティー時のデジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することは難しい。
これに対して、図20(B)に破線で示したように、電圧の振幅が小さなCOMを出力する場合には、図中に実線で示すように、電流Iは1変調周期内で方向が切り替わる形となる。すなわち、A−3.で説明したような、デッドタイム期間中のMOSFET(H又はL)の寄生容量の電荷回生、及びMOSFET(L又はH)の寄生容量の充電が行われる。したがって前述したように、デジタル電力増幅器240での電力損失の増加を抑制することが可能である。すなわち、デッドタイム期間に突入する直前にインダクターに流れている電流Iの振幅IAの絶対値が、前述した閾値の振幅Ithの絶対値を下回らないようにしておけば、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
そこで、変調周期内で増減する電流Iの上限値IA(+)及び下限値IA(−)に着目する。図20(C)に示されるように、上限値IA(+)は、COMを印加することに因る成分Iloadに、パルス変調に伴う成分Id(+)を加算したものである。また、下限値IA(−)は、COMを印加することに因る成分Iloadから、パルス変調に伴う成分Id(−)を加算したものである。
ここで図20(C)中に示されるように、COMに起因する成分Iloadは、COMの電圧値VCOM の時間微分に、平滑フィルター250を構成するコンデンサー及び圧電素子116の合成容量を乗算した電流値となる。図20(C)中に示したClpfは、平滑フィルター250を構成するコンデンサーのキャパシタンスを示しており、Cloadは、圧電素子116のキャパシタンスを表している。したがって、Iloadは、COMによって決定されてしまう。これに対して、パルス変調に伴う成分Id(+),Id(−)は、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスによって変更することが可能である。このことから、上限値IA(+)の絶対値及び下限値IA(−)の絶対値が、前述した閾値の振幅Ithを下回らないように平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えれば、COMが図20(B)に示したようにゆっくりと変化する場合でも、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
尚、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替える態様としては、上限値IA(+)の最小値IA(+min)と、下限値IA(−)の最大値IA(−max)とを予め求めておき、いずれの絶対値も、閾値の振幅Ithを下回らないようなインダクタンスLmを図20(C)中に示した算出式を用いて計算し、インダクタンスLmのインダクターを平滑フィルター250の中に備えておき、接続手段252を用いて平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からLmに切り替える。
また、図20(A)に示すように、COM(駆動信号)が短時間で大きく変化する場合でも、接続手段252で選択されているインダクターの電流Iが電流0を横切る際には、短時間ではあるが図9及び図10を用いて前述した説明が成り立つ場合がある。接続手段252で選択されているインダクターの電流Iが電流0になるのは、COM(駆動信号)が極値(極大値又は極小値)となる場合であるから、デューティー比Dが上限付近あるいは下限付近で、尚かつCOMが極値となる場合には、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0から予め定めておいたインダクタンスLmに引き下げるようにしてもよい。このようにしても、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
尚、接続手段252で選択されているインダクターに流れる電流Iの中のCOMに起因する成分Iloadは、図20(C)に示したように、圧電素子116のキャパシタンスCloadによって変化する。したがって、流体噴射装置100の脈動発生部110が付け替えられた場合には、新たな圧電素子116のキャパシタンスCloadに関する情報(負荷情報)を取得可能としておいてもよい。
図21は、本実施例の容量性負荷駆動回路200の回路構成を示した説明図である。換言すれば、負荷情報を取得可能とした変形例の回路構成を示した説明図である。図示した変形例では、付け替えられた脈動発生部110の負荷情報(ここでは、圧電素子116のキャパシタンスCloadに関する情報)を取得する負荷情報取得手段280が設けられており、切替制御部270は、負荷情報取得手段280から負荷情報を取得することが可能である。
図22は、本実施例の容量性負荷駆動回路200が負荷情報を取得する態様を例示した説明図である。図示した例では、圧電素子116の側(脈動発生部110)に圧電素子116のキャパシタンスCloadを示すIDタグ284が設けられている。そして、流体噴射装置100の操作者が、IDタグ284に記載された負荷情報を読み取って、負荷情報取得手段280に設けられたスイッチ282のON/OFFを設定することで、切替制御部270に負荷情報を入力することができる。例として、2種類の脈動発生部110〈便宜上、脈動発生部110aと、脈動発生部110bと表記する〉が用意されている場合を考える。ここで、図21及び図22に示すインダクターのインダクタンスL0は、第1実施例で述べたものと同じものである。また同図に示すインダクターのインダクタンスL1aは、脈動発生部110aが取り付けられている場合に、本実施例で述べた上限値IA(+)の絶対値及び下限値IA(−)の絶対値が、閾値の振幅Ithを下回らないような平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスである。また同図に示すインダクターのインダクタンスL1bは、脈動発生部110bが取り付けられている場合に、本実施例で述べた上限値IA(+)の絶対値及び下限値IA(−)の絶対値が、閾値の振幅Ithを下回らないような平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスである。デューティー比Dが上限付近あるいは下限付近で、尚かつCOMが極値となる場合において、脈動発生部110aが取り付けられている場合には、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1aに引き下げる。また脈動発生部110bが取り付けられている場合には、平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスをL0からL1bに引き下げる。その結果、脈動発生部110が付け替えられて、圧電素子116のキャパシタンスCloadが変わった場合でも適切に接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを変更して、デジタル電力増幅器240で電力損失が増加することを回避することが可能となる。
図23は、本実施例の容量性負荷駆動回路200が負荷情報を取得する他の態様を例示した説明図である。
あるいは、図23に示したように、圧電素子116の側(脈動発生部110)に、負荷情報を記憶したROM286を内蔵しておき、この負荷情報を、負荷情報取得手段280に設けられたROMデータリード回路288で読み出すことによって、負荷情報を取得するようにしても良い。このようにしても、脈動発生部110が付け替えられると、新たな圧電素子116のキャパシタンスCloadに関する情報が切替制御部270に伝わって、適切に接続手段252の接続状態、すなわち平滑フィルター250のインダクターのインダクタンスを切り替えることができるので、デジタル電力増幅器240で電力損失が増加することを回避することが可能となる。
D.変形例1:
ここで、以上に述べた各種実施例においては、図4に示したように、デジタル電力増幅器240はプッシュ・プル接続された2つのスイッチ素子で構成され、そのスイッチ素子の例としてMOSFETを挙げて説明してきた。またそのMOSFETは、構造上内部にボディダイオードが寄生的に形成されており、そのボディダイオードの接合容量がスイッチ素子の寄生容量の一つであるCdsとして存在する場合について説明してきた。しかしながら、スイッチ素子の種類によっては、構造上ボディダイオードが寄生的に形成されないもの(例えばIGBT:絶縁ゲートバイポーラトランジスター)もある。この場合、前述したように、デッドタイム中にインダクターに起電力が生じるが、その際に電流を流せるように、スイッチ素子に並列に還流ダイオードを設けることがある。
図24は、本変形例のスイッチ素子に並列に還流ダイオードを設けた場合のデジタル電力増幅器240の構成例を示す説明図である。図24ではスイッチ素子にIGBTを用いた場合の例を示しているが、それに限られるものではない。図24に示したような還流ダイオードを設ける場合には、その接合容量を前述したMOSFETのCdsと置き換えて考えることで、デジタル電力増幅器240で電力損失が増加することを回避することが可能となる。
E.変形例2:
また、デジタル電力増幅器240において、スイッチング動作によって過渡的なスパイク状の高電圧が発生する場合があるが、これを吸収する為に、デジタル電力増幅器240の出力に保護回路を設けることがある。
図25は、本変形例のデジタル電力増幅器240の出力に保護回路としてスナバ回路を設けた構成例を示す説明図である。図25の場合、スナバ回路のコンデンサーCcはMOSFET(L)の寄生容量Cdsに並列に接続された構成となる為、MOSFET(L)についてはCdsの容量にCcを加えた合成容量、Cc+Cdsとして考えることで、デジタル電力増幅器240で電力損失が増加することを回避することが可能となる。
また、上述したようにMOSFETに並列に還流ダイオードを設ける場合には、MOSFET(L)については、ボディダイオードの接合容量と還流ダイオードの接合容量との合成容量をCdsとすればよい。またMOSFETに並列に還流ダイオードを設け、さらに保護回路としてスナバ回路を設けた場合は、Ccを加えた合成容量、Cc+Cdsとすることで、デジタル電力増幅器240での電力損失を抑制することが可能となる。
以上、各種実施例の容量性負荷駆動回路について説明したが、本発明は上記すべての実施例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施することが可能である。例えば、薬剤や栄養剤を内包するマイクロカプセルを形成することに用いる流体噴射装置など、医療機器を含む様々な電子機器に本実施例の容量性負荷駆動回路を適用することで、電力効率が良く小型化の電子機器を提供することができる。また、インクジェットプリンターに搭載されて、インクを噴射する噴射ノズルを駆動するための容量性負荷駆動回路に対しても、本発明を好適に適用することが可能である。