本発明の一態様によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素および臨界ミセル濃度以上のショ糖脂肪酸エステルと、を含む溶液を、ショ糖脂肪酸エステルの濃度が臨界ミセル濃度未満となるように希釈する第一工程と、第一工程によって得られた希釈液を限外ろ過する第二工程と、第二工程によって得られた濃縮物を凍結乾燥する第三工程と、を含む、ポリオール脱水素酵素を含む固形物の製造方法が提供される。
ポリオール脱水素酵素は細胞膜結合型酵素であり、疎水性が高いために水溶媒系では不安定である。このため、溶液中におけるポリオール脱水素酵素の凝集を防ぎ、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上させる目的で、酵素の安定化剤として界面活性剤を使用することが知られていた。従来の酵素組成物においては、界面活性剤、例えばポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)[(polyoxyethylene−p−t−octylphenol;商品名TritonX−100)])による酵素の安定化効果が十分に得られるように、ポリオール脱水素酵素組成物中には高濃度の界面活性剤が含まれていた。
しかしながら、本発明者らは界面活性剤とポリオール脱水素酵素の安定性との関係を詳細に検討した結果、高濃度の界面活性剤がポリオール脱水素酵素の失活を招いていることを見出した。高濃度の界面活性剤による酵素の失活は、化学修飾されていないポリオール脱水素酵素の場合に顕著であった。また、このような界面活性剤によるポリオール脱水素酵素の失活は、界面活性剤を含んだポリオール脱水素酵素溶液を凍結乾燥した場合にも、経時的な変化として発生していることが分かった。
これに対して本発明では、界面活性剤としてショ糖脂肪酸エステルを使用する。ショ糖脂肪酸エステルを使用することにより、水溶液中のポリオール脱水素酵素を安定化させ得る高い濃度で界面活性剤が含有されていても、限外ろ過により酵素を濃縮する工程によって界面活性剤の濃度を低減できる。その結果、得られるポリオール脱水素酵素濃縮物中の酵素の失活を有意に抑制することができる。したがって、高コストな酵素の化学修飾工程を行わなくても、また、濃縮物を凍結乾燥した場合にも、保存安定性の向上したポリオール脱水素酵素が提供される。
最終的なポリオール脱水素酵素濃縮物中で界面活性剤の濃度が低減される理由は、以下のように考えられる。通常、ポリオール脱水素酵素を含む溶液は、精製を経ることにより、界面活性剤を含んだ比較的希薄な水溶液の形態で得られるため、濃縮工程が実施される。このような水溶液を濃縮する方法には数種あるが、本発明では限外ろ過法を実施する。通常は、このような水溶液中には、得られた酵素を可溶化し水溶液中で安定に存在させるため、臨界ミセル濃度以上の界面活性剤が含まれている。限外ろ過によってポリオール脱水素酵素の水溶液を濃縮する場合には、本発明で使用する界面活性剤のショ糖脂肪酸エステルは、例えば、従来界面活性剤としてポリオール脱水素酵素の製造に使用されていたポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)と比較すると、ミセルの大きさが小さく、限外ろ過膜をより容易に透過する。したがって本発明では、限外ろ過を繰り返すことで酵素が濃縮されると共に界面活性剤が除去され、得られた濃縮物中の界面活性剤の量は非常に小さくなり得ると考えられる。一方、同様の条件で界面活性剤としてTritonX−100を使用した場合には、ミセルが大きいために限外ろ過膜を通過しにくく、最終的な濃縮物中にも界面活性剤が残ってしまうと考えられる。本発明においては、限外ろ過の前に、酵素の水溶液を界面活性剤の臨界ミセル濃度未満に希釈するが、限外ろ過を行ううちに水溶液中に濃度むら等ができ、局所的に界面活性剤が濃縮されてミセルが形成されていると考えられる。そのため、上記のようなミセルサイズの相違が界面活性剤濃度の低減に影響すると推察される。しかしながら、このようなメカニズムは推測であり、本発明を限定するものではない。本発明においては、ポリオール脱水素酵素の水溶液の濃縮と共に、溶解している界面活性剤のショ糖脂肪酸エステルを限外ろ過によって除くことができ、最終的には、ポリオール脱水素酵素とミセルを構成している以外の界面活性剤をほとんど除くことができていると推測される。本発明者らの実験によれば、臨界ミセル濃度未満のショ糖脂肪酸エステルを含むポリオール脱水素酵素の溶液は、限外ろ過によって検出限界以下の量にまで低減することが可能であることが分かった。
本発明のポリオール脱水素酵素を含む固形物の製造方法の主要な特徴は、上記のように界面活性剤としてショ糖脂肪酸エステルを使用し、ショ糖脂肪酸エステルの濃度が臨界ミセル濃度以上であるポリオール脱水素酵素を含む溶液を、臨界ミセル濃度未満に希釈し、次いで限外ろ過することにより濃縮する工程にある。したがって、それ以外の工程については特に制限はなく、従来公知の工程を適宜適用できる。以下、本発明の第一工程、第二工程および第三工程を含む好ましい実施形態を詳細に説明する。
<ポリオール脱水素酵素の生成工程>
本発明のポリオール脱水素酵素を含む固形物の製造方法の好ましい実施形態では、始めに、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)を有する細胞(特には、細胞膜)から、界面活性剤を含む溶液を用いて、PQQ依存性PDHを可溶化することによって、可溶化したPQQ依存性PDHおよび界面活性剤を含む溶液を得る。
PQQ依存性PDHは、例えば、グルコノバクター属、シュードモナス属など、様々な細菌が生成することが知られている。本発明では、これらのPQQ依存性PDHを産生することができる菌(以下、「PQQ依存性PDH産生菌」とも称する)が生成するいずれのPQQ依存性PDHも好適に使用することができる。かかる菌は、いずれの菌も好ましく使用することができるが、これらの中でも特に、グルコノバクター属に由来するPQQ依存性PDHを好適に使用することができる。さらに、入手の容易さから、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3130、3171、3172、3189、3244、3250、3253、3255、3256、3257、3258、3285、3287、3289、3290、3291、3292、3293、3294、3462、3990、12467、14819;グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)NBRC 3251、3254、3260、3264、3265、3268、3270、3271、3272、3273、3274、3286、16669;グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter cerinus)NBRC 3262、3263、3266、3267、3269、3275、3276等を使用することができ、ポリオール脱水素酵素の生産量および精製のしやすさの観点で、グルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)NBRC 3291を好ましく使用することができる。
また、PQQ依存性PDH産生菌であれば、これらの自然突然変異株または人為突然変異株を使用してもよい。人為突然変異処理方法は、当業者に周知の方法と同様にしてもしくは当業者に周知の方法を適宜修飾してまたはこれらの方法を適宜組合せて適用することができる。このような微生物の代表菌株として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)が使用され、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291が好ましく使用される。
上記PQQ依存性PDHを産生する細菌からPQQ依存性PDHを得るための具体的な方法は、特に制限されず、例えば、かかる細菌を栄養培地にて培養し、該培養物からPQQ依存性PDHを抽出して得る方法が挙げられる。以下、具体的に説明する。
上記PQQ依存性PDHを産生する細菌を培養する培地は、使用菌株が資化しうる炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含むものであれば、合成培地であっても天然培地であってもよい。炭素源としては、例えば、コーンスティーブリカー、グルコース、グリセロール、ソルビトールなどが使用される。窒素源としては、例えば、尿素、ペプトン類(ポリペプトン)、肉エキス、酵母エキスなどの窒素含有天然物や、塩化アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの無機窒素含有物が使用される。無機物としては、リン酸カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸ナトリウム、塩化カルシウム(2水和物)、硫酸マグネシウムなどが使用される。その他、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。上記の炭素源、窒素源、無機物、およびその他の必要な栄養素は、単独で用いても2種以上組み合わせて用いてもよい。なお、かかる培地は、100〜140℃程度で10分〜60分、オートクレーブ処理を行うことが好ましい。
培養は、振とう培養(例えば、120〜160min−1)あるいは通気撹拌培養で行うことが好ましい。培養温度は20〜50℃、好ましくは22〜40℃、最も好ましくは25℃〜35℃である。培養pHは4〜9の範囲、好ましくは5〜8である。pHの調製は、例えば塩酸などで行えばよい。これら以外の条件下でも、使用する菌株が生育すれば実施される。培養期間は通常0.5〜5日が好ましい。かかる培養は、2度〜5度繰り返して行ってもよい。なお、これらのPQQ依存性PDHは、上記培養によって得られた酵素でも、PQQ依存性PDH遺伝子を大腸菌等に形質導入して得られた組換え酵素であってもよい。
次いで、培養により得られた液を遠心分離(500〜20,000×g、5〜30分、0〜10℃)で集菌する。具体的には、集菌されたものを緩衝剤に懸濁して、PQQ依存性PDHを抽出する。抽出方法は一般に使用される抽出方法を用いることができ、例えば超音波破砕法、フレンチプレス法、有機溶媒法、リゾチーム法等を用いることができる。典型的には、フレンチプレス法、超音波破砕法を用い、菌体を破砕する。続いて、得られた破砕液をさらに遠心分離(500〜20,000×g、5〜30分、0〜10℃)する。得られた上清を超遠心分離(20000を超えて1000000×g、30〜120分、0〜10℃)をすることによって、膜画分を沈殿物として得ることができる。
かかる膜画分の沈殿物から、界面活性剤を含む溶液を用いて、PQQ依存性PDHを可溶化する。まず、膜画分の沈殿物を、緩衝剤(例えば、濃度2〜200mMのトリス塩酸緩衝液 pH7〜9程度)で懸濁する。次に終濃度が0.1〜5g/100mL程度になるように、界面活性剤を加えて、界面活性剤を含む溶液を調製し、一定条件下(例えば、0〜10℃で、10分〜48時間)で攪拌を行うことによって、PQQ依存性PDHを可溶化し、可溶化したPQQ依存性PDHおよび界面活性剤を含む溶液を得る。この溶液中では、酵素を界面活性剤が内包するミセルのような状態となっていることが好ましい。すなわち、この段階では、酵素を可溶化するために、酵素を含む水溶液は臨界ミセル濃度以上の界面活性剤を含んでいる。
可溶化したPQQ依存性PDHおよび界面活性剤を含む溶液は、超遠心分離を施すことが好ましい。かかる超遠心分離の条件にも特に制限はないが、例えば、20000を超えて1000000×g、30〜120分、0〜10℃で行う。
(界面活性剤)
PQQ依存性PDHを可溶化する界面活性剤としては、使用するポリオール脱水素酵素の酵素活性が低下しないものであれば、特に制限されない。例えば、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、天然型界面活性剤などを適宜選択して使用することができ、後述する本発明で使用するショ糖脂肪酸エステルをこの段階から使用してもよい。これらは、単独で用いても、混合物の形態で用いてもよい。好ましくはポリオール脱水素酵素の酵素活性に影響を及ぼさないという観点から、非イオン性界面活性剤および両性界面活性剤の少なくとも一方である。
非イオン性界面活性剤としては、特に制限されないが、ポリオール脱水素酵素の酵素活性に影響を及ぼさないという観点から、ポリオキシエチレン系またはアルキルグリコシド系であることが好ましい。
ポリオキシエチレン系非イオン性界面活性剤としては、特に制限はないが、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)[(polyoxyethylene−p−t−octylphenol;TritonX−100)]、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Polyoxyethylene Sorbitan Monolaurate;Tween 20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノパリミテート(Polyoxyethylene Sorbitan Monopalmitate;Tween 40)、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート(Polyoxyethylene Sorbitan Monostearate;Tween 60)、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(Polyoxyethylene Sorbitan Monooleate;Tween 80)などが好ましい。
アルキルグリコシド系非イオン性界面活性剤としては、特に制限はないが、炭素数7〜12のアルキル基を有するアルキルグリコシド、アルキルチオグリコシドなどが好ましい。かかる炭素数については、より好ましくは7〜10であり、特に好ましくは炭素数8である。糖部分は、グルコース、マルトースが好ましく、より好ましくはグルコースである。より具体的には、n−オクチル−β−D−グルコシド、n−オクチル−β−D−チオグルコシドであると好ましい。
両性界面活性剤としては、特に制限されないが、例えば、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホン酸(CHAPS)、3−[(3−コールアミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−2−ヒドロキシプロパンスルホン酸(CHAPSO)、n−アルキル−N−N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホン酸(Zwittergent)などが挙げられる。なお、これらは、単独で用いても、混合物の形態で用いてもよい
上記のうち、PQQ依存性PDHを可溶化する界面活性剤としては、工業的な観点からしても酵素の可溶化に適しているという観点から、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)(TritonX−100)、ショ糖脂肪酸エステルなどが好適である。特に、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)は、細胞膜から抽出されたPQQ依存性PDHを可溶化させ、それを抽出するために、工業的な観点からしても好適である。
(ショ糖脂肪酸エステル)
上記した界面活性剤に代えて、本発明ではショ糖脂肪酸エステルを界面活性剤として使用してもよい。ショ糖脂肪酸エステルとしては、特に制限はないが、本発明の保存安定性向上の目的を効果的に達成するとの観点から、HLB値が、好ましくは8〜20であり、より好ましくは9〜19であり、さらに好ましくは10〜18であり、特に好ましくは11〜18である。なお、本明細書においては、HLB値は、グリフィン法によって算出された値を意味する。
また、ショ糖脂肪酸エステルにおける脂肪酸の炭素数も特には制限ないが、5〜30であると好ましく、好ましくは7〜25であり、より好ましくは8〜22であり、さらに好ましくは10〜20である。アルキル基の炭素数がいくつであっても、HLB値が8〜20となるように選択することが好ましい。
また、かかるショ糖脂肪酸エステルにおける脂肪酸としても特に制限はないが、市販品を購入する場合の入手性を考慮すると、ベヘニン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、ミリスチン酸、ラウリン酸、エルカ酸およびオレイン酸からなる群から選択されると好ましい。この場合も、HLB値が8〜20となるように選択することが好ましい。
これらのショ糖脂肪酸エステルは、従来公知の方法を適宜参照し、あるいは組み合わせて合成して準備することができる。また、市販品を購入して準備してもよい。市販品としては、三菱化学フーズ株式会社のサーフホープSE PHARMA(登録商標)のショ糖ベヘニン酸エステル(J−2203、J−2203)、ショ糖ステアリン酸エステル(J−1801、J−1802、J−1803F、J−1805、J−1807、J−1809、J−1811、J−1811F、J−1815、J−1816)、ショ糖パルミチン酸エステル(J−1615、J−1616)、ショ糖ミリスチン酸エステル(J−1416)、ショ糖ラウリン酸エステル(J−1201、J−1205、J−1216)、ショ糖エルカ酸エステル(J−2101、J−2102)、ショ糖オレイン酸エステル(J−1701、J−1715)などが例示できる。
中でも、HLB値が8〜20であり、本発明の保存安定性向上の目的を効果的に達成するとの観点から、ショ糖ステアリン酸エステル(J−1811(HLB値11)、J−1811F(HLB値11)、J−1815(HLB値15)、J−1816(HLB値16))、ショ糖パルミチン酸エステル(J−1615(HLB値15)、J−1616(HLB値16))、ショ糖ミリスチン酸エステル(J−1416(HLB値16))、ショ糖ラウリン酸エステル(J−1216(HLB値16))、ショ糖オレイン酸エステル(J−1715(HLB値15))などが好ましく、特にショ糖ラウリン酸エステル(J−1216(HLB値16))が好ましい。
<精製工程>
上記のように抽出した、可溶化したPQQ依存性PDHは、精製工程を経ることが好ましい。しかしながら、上記のように抽出したPQQ依存性PDHに、ショ糖脂肪酸エステルを含有させて、後述する限外ろ過による濃縮工程を実施してもよいし、これらの精製する工程の途中で、ショ糖脂肪酸エステルを用いてPQQ依存性PDHを精製し、限外ろ過による濃縮する工程を実施してもよい。
上記で得られた可溶化したPQQ依存性PDHの精製方法は特に制限されず、例えば、硫安やぼう硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムを用いる金属凝集法、ストレプトマイシンやポリエチレンイミンを用いる除核酸、またはDEAE(ジエチルアミノエチル)−セファロース、CM(カルボキシメチル)−セファロースなどのイオン交換クロマト法などを用いることができる。
好ましくは、精製工程ではカラムクロマトグラフィを使用する。すなわち、前記可溶化したPQQ依存性PDHを含む溶液をカラムにアプライした後、前記ショ糖脂肪酸エステルを含む溶離液を送液することによって、可溶化時に使用した遊離している界面活性剤を除去することが好ましい。
本発明で用いられるクロマトグラフィとしては、イオン交換クロマトグラフィ、疎水クロマトグラフィ、ゲルろ過クロマトグラフィ、ヒドロキシアパタイト、アフィニティークロマトグラフィなどが好適である。
イオン交換クロマトグラフィとしては、界面活性剤の種類に応じて適宜選択することができ、陰イオン交換クロマトグラフィ、陽イオン交換クロマトグラフィなどがあるが、好ましくは陰イオン交換クロマトグラフィである。
クロマトグラフィに用いられるカラムにも特に制限はないが、ResourceQ、ResourceS(例えば、GEヘルスケア製のものが好適である)などが好適である。
前記可溶化したPQQ依存性PDHを含む溶液をカラムにアプライする前に、カラムの平衡化を行っておくことが好ましい。カラムの平衡化を行うための溶液は、緩衝剤(例えば、濃度5〜100mMのトリス塩酸緩衝液 pH7〜9程度)と、0.005〜1g/100mL、より好ましくは0.02〜1g/100mLの前記ショ糖脂肪酸エステルと、を含む溶液であることが好ましい。ショ糖脂肪酸エステルは、上記説明したものを使用することができる。また、かかる溶液には、濃度1〜20mMの2価の金属イオン(例えば、硫酸マグネシウム)をさらに添加してもよい。2価の金属イオンは、本工程で添加せずに、他の工程で必要に応じ添加してもよい。
前記可溶化したPQQ依存性PDHを含む溶液を上記カラムにアプライし、カラムの平衡化を行った溶液を、カラムの体積の、好ましくは2倍〜30倍、より好ましくは3倍〜20倍の量を送液することによって、少なくとも遊離している、可溶化する際に用いた界面活性剤を除去することができる。このように遊離している界面活性剤が除去されることにより、最終的に得られる酵素の保存安定性が向上する。
なお、PQQ依存性PDHを可溶化する際に、界面活性剤としてショ糖脂肪酸エステルを用いた場合は、上記した精製工程を経ずに、限外ろ過によって濃縮する工程に進んでもよい。精製工程は、従来酵素の可溶化のために使用されていた界面活性剤(特に、TritonX−100))の過剰分(つまり、遊離している界面活性剤)を除去することであるため、かかる界面活性剤を使用していなければ、精製工程は不要となる。
次に、前記カラムからPQQ依存性PDHを含む溶液を溶出することによって、ポリオール脱水素酵素画分を得る。このように酵素が溶出された溶出液も、臨界ミセル濃度以上の界面活性剤を含んでいる。溶出の方法にも特に制限されないが、グラジエント法、ステップワイズ法などが挙げられる。
例えば、カラムとして陰イオン交換体(ResourceQ)を用い、グラジエント法を採用する場合は、開始緩衝液として、0.005〜1g/100mL、より好ましくは0.02〜1g/100mLの前記ショ糖脂肪酸エステルを含む1〜100mM緩衝液(pH7〜12)が使用できる。溶出緩衝液は、開始緩衝液にさらに、塩(NaCl、KCl、MgSO4、CaCl2等)を含む。塩の濃度は、用いる塩にもよるが、0.05〜2Mがよい。なお、前記開始もしくは溶出緩衝液には、必要に応じて0.01〜20mMの2価の金属イオン(MgSO4、CaCl2)や還元剤(2−メルカプトエタノールやジチオスレイトール)を加えてもよい。グラジエント溶出は、カラム体積の1〜50倍量で行うことが好ましい。
本発明で使用し得る緩衝液は、pHが7〜12のものであれば特に制限はないが、例えば、リン酸、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris)、酢酸、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)、グリシン、グリシルグリシン、ホウ酸、またはイミダゾールなどが挙げられる。このうち、pHを酵素に好適な範囲に調節することができ、酵素の保存安定性を向上に寄与することから、特にグリシルグリシンが好ましい。
上記のように精製したポリオール脱水素酵素を含む溶液は、溶出の際に使用した塩を含んでいるため、脱塩処理を行ってもよい。脱塩処理の方法としては特に制限はないが、透析、限外ろ過、脱塩カラムを使用する方法などが挙げられる。典型的には、透析を行うことができる。例えば、透析は、上記のように得られた精製したポリオール脱水素酵素を含む溶液を、緩衝剤で、一晩透析する。緩衝剤は、0.1〜1g/100mL程度界面活性剤を含んでいてもよい。より具体的には、緩衝剤としては、濃度2〜100mMグリシルグリシン−NaOH緩衝溶液(pH7〜9.5)および濃度0.005〜1g/100mLの界面活性剤(pH7〜9.5)を含む液を好ましく用いることができる。
<第一工程>
本発明の製造方法では、第一工程として、上記のように得られたポリオール脱水素酵素および臨界ミセル濃度以上の界面活性剤を含む水溶液を、界面活性剤の臨界ミセル濃度未満になるように希釈する。
上記のようにポリオール脱水素酵素の水溶液を得る工程後および得られたポリオール脱水素酵素の精製工程後の溶液には、ポリオール脱水素酵素を溶解させておくために、臨界ミセル濃度以上の界面活性剤を含んでいる。そこで、得られたポリオール脱水素酵素を含む水溶液を、界面活性剤の臨界ミセル濃度未満に希釈することにより、後述する限外ろ過によって、酵素を濃縮すると共に効果的に界面活性剤濃度を低減できる。臨界ミセル濃度以上の界面活性剤の濃度の上限値は、特に制限はないが、酵素を可溶化させるために十分な濃度があればよく、使用する界面活性剤にもよるが、5g/100mL程度である。
また、例えば上記の精製工程によって得られる、希釈を行うポリオール脱水素酵素を含む水溶液中の蛋白濃度は、0.01〜30mg/mLとなっていることが好ましく、より好ましくは0.05〜25mg/mLであり、さらに好ましくは0.1〜20mg/mLである。また、希釈を行うポリオール脱水素酵素を含む水溶液中の酵素の比活性は、0.1〜100U/mgとなっていることが好ましく、より好ましくは0.5〜75U/mgであり、さらに好ましくは1〜50U/mgである。
臨界ミセル濃度は、本発明においては、界面活性剤のみの水溶液について得られる値を使用する。したがって、臨界ミセル濃度はショ糖脂肪酸エステルの種類によって異なるが、通常、本発明の技術分野においては公知の値である。例えば、臨界ミセル濃度は、Agric. Biol. Chem., 47(2),319〜326, 1983に記載の方法で測定することができ、ショ糖ラウリン酸エステルは0.4mM(0.021%w/v)であることが知られている。ポリオール脱水素酵素を含む水溶液中の臨界ミセル濃度は、上記のように界面活性剤以外にも酵素や緩衝剤などの物質が含まれているため、厳密には界面活性剤のみの水溶液について得られる値とは異なると思われるが、本発明では、最終的に得られる酵素の保存安定性向上という本発明の効果を実現できるという点から、界面活性剤のみの水溶液について知られている臨界ミセル濃度を採用して何ら差し支えない。また、希釈によって臨界ミセル濃度未満となる界面活性剤の濃度の下限値は、特に制限はないが、0.001%w/v(0.001g/100mL)以上が好ましい。
ショ糖脂肪酸エステルを臨界ミセル濃度未満に希釈する方法は、特に制限はないが、緩衝液を添加し混合する方法が好ましい。この他、限外ろ過法、各種クロマトグラフィ法、界面活性剤を吸着する樹脂等を使用することができる。
第一工程で使用できる緩衝剤は、pHが7〜12のものであれば特に制限はないが、例えば、リン酸、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris)、酢酸、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)、グリシン、グリシルグリシン、ホウ酸、またはイミダゾールなどが挙げられる。このうち、pHを酵素に好適な範囲に調節することができ、酵素の保存安定性を向上に寄与することから、特にグリシルグリシンが好ましい。
具体的な緩衝液としては、所望のpHを有するものであれば公知の緩衝液が適宜使用でき、特に限定されるものではないが、例えば、リン酸緩衝液、トリス−HCl緩衝液、酢酸緩衝液、MOPSもしくはHEPESなどのGOOD緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液、グリシルグリシン−NaOH緩衝液やグリシルグリシン−KOH緩衝液などのアミノ酸系緩衝液、ホウ酸緩衝液、またはイミダゾール緩衝液などが用いられる。これらの中でも、グリシルグリシン−NaOH緩衝液またはグリシルグリシン−KOH緩衝液のようなグリシルグリシン緩衝液が好ましい。また、上記緩衝液の濃度は特に制限されないが、好ましくは0.5〜500mM、より好ましくは0.75〜400mM、最も好ましくは1〜300mMである。なお、本発明において緩衝液の濃度とは、緩衝液中に含まれる緩衝剤の濃度(mM)をいう。また、上記緩衝液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは4.0〜11.0、より好ましくは5.0〜10.0の範囲である。このような緩衝液を、ポリオール脱水素酵素を含む溶液に、例えば、10〜500mL添加することができる。
<第二工程>
本発明の製造方法においては、前記希釈したポリオール脱水素酵素を含む溶液(希釈液)を、限外ろ過することによって、濃縮物を得る第二工程を実施する。
上記の希釈した溶液には、界面活性剤としてショ糖脂肪酸エステルが含まれている。本発明の方法では、この界面活性剤を限界ろ過によって効果的に取り除くことができるため、最終的に得られるポリオール脱水素酵素を含む固形物の保存安定性が大きく向上する。例えば、従来使用されていた界面活性剤のポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)の場合には、臨界ミセル濃度未満にした溶液から、限外ろ過のみによっては十分に界面活性剤を除くことができず、酵素とともに濃縮されて残存していた。また、PQQ依存性PDH組成物を全血を試料とする測定試薬に用いた場合には、従来は残存する界面活性剤によって溶血が起きる場合があったが、本発明の方法によれば、限外ろ過によってショ糖脂肪酸エステルをできるだけ除くことにより、溶血を防止することもできる。
その上、濃縮することにより、溶液中の酵素濃度が濃くなるため、酵素の失活が抑えられる場合がある。また、濃縮することにより、その後の工程において、液量が減少するため小スケールで処理することができる。また、限外ろ過は、酵素の失活が少なく、且つ簡便であるという利点がある。
限外ろ過の方法には特に制限はないが、前記脱塩したポリオール脱水素酵素溶液をそのまま、あるいは、緩衝剤(例えば、グリシルグリシン−NaOH緩衝溶液pH7〜9.5程度)を加えた後、従来公知の方法によって行って、濃縮液を得る。限外ろ過の回数にも特に制限はないが、好ましくは1〜15回、より好ましくは2〜10回、さらに好ましくは2〜6回である。なお、かかる工程を経ることによって、本発明のポリオール脱水素酵素組成物のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として(対蛋白量あたり)、ショ糖脂肪酸エステルが、10質量%以下となることが好ましい。10質量%以下であることによって、得られるPQQ依存性PDH組成物の保存安定性を確実に向上することができる。また、下限としては、特に制限はないが、0.1質量%以上が好ましい。0.1質量%以上とすることによって、PQQ依存性PDHを保護しつつ、酵素の保存安定性を向上することができる。上記のようにして、本発明の方法によりポリオール脱水素酵素を含む濃縮物が得られる。
限外ろ過膜の分画分子量は、酵素のロスがなく、ショ糖脂肪酸エステルが効率よく減量できるとの観点から、好ましくは10,000〜60,000であり、より好ましくは20,000〜55,000であり、さらに好ましくは25,000〜50,000である。10,000未満では濃縮速度が遅すぎる場合があり、60,000より大きいと、PQQ依存性PDHが限外ろ過膜を通過してしまい、酵素の回収率が低下する場合があるためである。限外ろ過後に最終的に得られる濃縮物の蛋白濃度(PQQ依存性PDH濃度)は、0.1〜150mg/mLとなるようにすることが好ましく、より好ましくは0.3〜125mg/mLであり、さらに好ましくは0.5〜100mg/mLである。
また、得られたポリオール脱水素酵素を含む濃縮物には、緩衝剤をさらに添加してもよい。緩衝剤を添加することにより、pHを酵素に好適な範囲に調節することができ、酵素の保存安定性をより向上させることができる。緩衝剤としては、上記した緩衝剤と同様のものが使用できる。上記した中でも、低濃度でPQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる点で、グリシルグリシンが好ましい。グリシルグリシンはアミノ酸系緩衝剤の一種であるが、グリシンなどの他のアミノ酸系緩衝剤やMOPSなどの他のよく知られている緩衝剤を含む酵素組成物に比べて、酵素の残存活性を向上させることができる。
添加する緩衝剤の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性をより向上できる量であれば特に限定されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは2〜250質量%、より好ましくは3〜200質量%である。さらに好ましくは5〜150質量%である。上記の範囲であれば、保存安定性をより向上できる。
緩衝剤を添加する方法は特に制限されず、緩衝剤をそのまま添加してもよいが、緩衝剤を予め水に溶解させた緩衝液の形態で添加することが好ましい。緩衝液としても、上記と同様のものが使用できる。なお、添加された緩衝液は後述する凍結乾燥の処理により緩衝液中の水分が除去され、かような場合には緩衝剤として固形物中に存在する。
また、得られたポリオール脱水素酵素の濃縮物には、酸またはアルカリなどのpH調整剤を含むことができる。これにより、ポリオール脱水素酵素濃縮物のpHを所望の範囲に調整することができる。PQQ依存性PDHを含む溶液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは6.0〜11.0、より好ましくは6.5〜10.5、最も好ましくは7.0〜10.0である。かようなpH調整剤としては、塩酸等の酸や水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリが挙げられる。pH調整剤の含有量は特に制限されず、所望のpHが実現される量を用いればよい。
また、ポリオール脱水素酵素組濃縮物は、本発明の目的を損なわない範囲内で、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール等の還元剤などの付加成分を所望に応じて含有することができる。
<第三工程>
上記のように、限外ろ過により濃縮する工程後に得られた液体形態のポリオール脱水素酵素濃縮物を、第三工程として凍結乾燥し、ポリオール脱水素酵素を含む固形物が得られる。凍結乾燥することにより、本発明により得られるポリオール脱水素酵素を含む固形物の形態は特に制限されず、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体形態であり得る。中でも、本発明の効果が顕著に発揮されることから、粉末の形態であることが好ましい。
凍結乾燥の方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。典型的には、−10〜−80℃で濃縮物を凍結し、凍結物を6.12hPa以下の真空状態にし、水分を昇華させる。この工程により、ポリオール脱水素酵素を含む粉末が得られる。本発明により得られた凍結乾燥されたポリオール脱水素酵素を含む固形物は、凍結乾燥時のPQQ依存性PDHの失活が抑制されるとともに、凍結乾燥後のPQQ依存性PDHの保存安定性が有意に向上する。
したがって、本発明の他の一態様では、ポリオール脱水素酵素を含む固形物が提供される。
また、本発明の方法により得られるPQQ依存性PDHは、化学修飾しなくても、保存安定性が有意に向上した酵素となる。そのため、上記の方法で得られる酵素を特に化学修飾せず使用できる。もちろん化学修飾された形態のPQQ依存性PDHとして使用してもよく、その場合には、上記の方法で得られるPQQ依存性PDHを、例えば、特許文献1に記載されるような方法などを用いて適宜化学修飾すればよい。
(ポリオール脱水素酵素組成物を使用した測定試薬およびポリオールの定量方法)
上記のようにして得られた本発明のポリオール脱水素酵素を含む固形物を使用して、ポリオール測定試薬を提供することもできる。また、本発明のポリオール脱水素酵素を含む固形物をポリオールと反応させることを特徴とする、ポリオールの定量方法を提供することもできる。本発明のポリオール脱水素酵素を含む固形物に含まれるPQQ依存性PDHは、ポリオールの定量に優れるため、ポリオール測定試薬として好適に使用することができる。また、PQQ依存性PDHは補欠分子族としてPQQを有するため、あえてPQQを反応系に添加することなく、ポリオールを定量することができる。
本発明において「ポリオール」とは、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)を意味する。本発明の製造方法を適用し得るPQQ依存性PDHは、いずれのポリオールを基質としてもよく、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)であれば、特に制限されない。例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、ラクチトールなどの二糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、リビトールなどのペンチトール、マンニトール、ソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。中でも好ましくは、グリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)、アラビトール(ピロロキノリンキノン依存性アラビトール脱水素酵素)、およびマンニトール(ピロロキノリンキノン依存性マンニトール脱水素酵素)を基質とする。
ポリオール測定試薬は、ポリオールを定量するための試薬であり、本発明によって得られたPQQ依存性PDHを含む粉末を使用する。PQQ依存性PDHは、ポリオールと電子受容体とを、対応する脱水素物と還元型電子受容体とに変換することができる。したがって、還元型電子受容体による電流を測定することにより、ポリオールを定量できる。本発明により得られるPQQ依存性PDHが好適に使用できる電子受容体としては、フェリシアン化カリウム、フェナジニウムメチルサルフェートおよびその誘導体、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、Wurster’s blue、ニトロテトラゾリウムブルー等が挙げられる。例えば、特許公報第3041840号、特許公報第3450911号、特許公報第3494398号などに記載されるポリオール測定で使用するポリオール脱水素酵素として、本発明の酵素濃縮物に含まれるPQQ依存性PDHを使用することができる。
本発明の定量方法に用いられるポリオールを含む試料としては、食品、血清、血漿または全血などが挙げられる。また、本発明の酵素濃縮物に含まれるPQQ依存性PDHは血清、血漿、または全血などの中性脂肪測定にも使用することができる。すなわち、これらの試料に含まれる中性脂肪は、例えば、リポプロテインリパーゼにより遊離脂肪酸とグリセロールとに分解されるが、ここで生じたグリセロールを上記のPQQ依存性PDHを用いて定量することができる。精神病治療患者および透析患者においては、中性脂肪測定時に遊離グリセロールが問題になるが、本発明に用いられるPQQ依存性PDHを使用して、グリセロールを予め消去するか、またはその量を測定しておくことにより、真の中性脂肪値を求めることが可能となる。なお、本発明に用いられるPQQ依存性PDHは溶液中に界面活性剤を含んでいてもポリオールを正確に定量することができる。
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。なお、本発明において、PQQ依存性PDHの酵素活性は、下記方法により測定した。
(酵素活性)
50μM DCIP(2,6−ジクロロフェノールインドフェノール)、0.2mM PMS(5−メチルフェナジニウムメチルサルフェート)、および450mMグリセロールを含んだ0.1%Triton(登録商標)X−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH 7.0)中に、酵素溶液を加えた。この溶液中の酵素と基質の反応をDCIPの600nmの吸光度変化によって追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。ここで、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1単位(U)とした。なお、DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数は16.3mM−1とした。
[調製例1:ポリオール脱水素酵素を含む可溶化膜画分の調製例]
ソルビトール1.5g/100mL、グルコン酸ナトリウム0.5g/100mL、酵母エキス0.3g/100mL、肉エキス0.3g/100mL、コーンスティープリカー0.3g/100mL、ポリペプトン1g/100mL、尿素0.1g/100mL、KH2PO4 0.1g/100mL、MgSO4・7H2O 0.02g/100mL、およびCaCl2・2H2O 0.1g/100mLからなり、塩酸でpHを5.5に調整した培地100mLを調製し、500mL容の坂口フラスコに該培地80mLを移し、121℃、20分間オートクレーブ処理した。
上記培地に、種菌として、グルコノバクター・タイランディカス(Gluconobacter thailandicus)NBRC 3291を一白金耳植菌し、30℃で24時間、140min−1で振とう培養し、これを種培養液とした。
次に、上記と同じ組成で調製した培地5Lを8L容ジャーファーメンターに移し、121℃で50分間オートクレーブを行い、放冷後、種培養液240mLを移した。これを、400rpm、通気量5L/min、30℃の条件で26時間培養した。
所定時間培養した後、この培養液を遠心分離(8,000×g、10分、4℃)して集菌し、緩衝液で懸濁後、フレンチプレスにより菌体を破砕した。破砕液を遠心分離(4,000×g、10分、4℃)し、得られた上清を超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)して、膜画分を沈殿物として得た。
この膜画分を10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で懸濁し、終濃度が0.5g/100mLとなるようにTriton(登録商標)X−100を加え、4℃で2時間撹拌した。超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)し、上清を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mM MOPS−NaOH緩衝液(pH7.5)で一晩透析し、これを可溶化膜画分とした。
[実施例1〜3 ポリオール脱水素酵素の調製例]
得られた可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chromatography;GEヘルスケア製)にて精製した。カラムはResourceQ 6mL(GEヘルスケア製)を使用した。カラムの平衡化は、10mM Tris−HCl pH8 +0.05%ショ糖ラウリン酸エステル(サーフホープJ−1216 三菱化学フーズ(株式会社)) +5mM MgSO4で行った。ここで、ショ糖ラウリン酸エステルの濃度0.05%は、0.05g/100mLを意味する。
可溶化膜画分をアプライ後、非吸着画分(つまり、蛋白と結合していない遊離している可溶化に用いた界面活性剤および非吸着の蛋白)を、カラムの平衡化に用いた溶液にてカラム体積の10倍量で洗浄した。溶出緩衝液(溶離液)には、10mM Tris−HCl pH8+0.05%ショ糖ラウリン酸エステル(サーフホープJ−1216 三菱化学フーズ(株式会社))+5mM MgSO4+0.4M NaClを用い、カラム体積の10倍量でグラジエント溶出を行った。ポリオール脱水素酵素活性画分は、0.2M NaCl前後で溶出した。可溶化膜画分からの回収率は、85%であった。得られたポリオール脱水素酵素活性画分を10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)およびpH8+0.05%ショ糖ラウリン酸エステル(サーフホープJ−1216 三菱化学フーズ(株式会社)で一晩透析することにより、蛋白濃度2mg/mL、比活性30U/mg蛋白の酵素標品を得た。これをPQQ依存性PDH溶液と称する。
得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度2mg/mL、比活性30U/mg蛋白)について、ショ糖ラウリン酸エステルを、このPQQ依存性PDH溶液20mLに10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)200mLを加え、ショ糖ラウリン酸エステルの臨界ミセル濃度未満となる0.0045%に希釈後、限外ろ過(分画分子量:50,000)し、蛋白濃度が5mg/mL以上となるように濃縮した。濃縮後、さらに、200mLの10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)を加え、濃縮するという作業を、下記表に記載の回数繰り返した。最後の回の濃縮においては、濃縮後、ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により蛋白濃度を測定した。測定後、10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)を加えることにより、PQQ依存性PDH溶液中の蛋白濃度を5mg/mLに調整した。調整後、−80℃にて凍結させた。凍結後、凍結乾燥を行い、粉末状の酵素固形物を得た。酵素固形物重量あたりの酵素活性は、10U/mg・粉末であった。
上記のようにして得られた粉末状の酵素固形物を、37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素固形物の酵素活性を測定し、その凍結乾燥直後の酵素固形物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表1に示す。
[比較例1〜3 ポリオール脱水素酵素の調製例(従来法;界面活性剤にTritonX−100使用)]
得られた可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chromatography;GEヘルスケア製)にて精製した。カラムはResourceQ 6mL(GEヘルスケア製)を使用した。カラムの平衡化は、10mM Tris−HCl pH8+0.1%ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)(TritonX−100)+5mM MgSO4で行った。可溶化膜画分をアプライ後、非吸着画分を前記緩衝液(10mM Tris−HCl pH8+0.1%TritonX−100+5mM MgSO4)にてカラム体積の10倍量で洗浄した。溶出緩衝液(溶離液)には、10mM Tris−HCl pH8+0.1%TritonX−100+5mM MgSO4+0.2M NaClを用い、カラム体積の10倍量でグラジエント溶出を行った。ポリオール脱水素酵素活性画分は、0.1M NaCl前後で溶出した。可溶化膜画分からの回収率は62%であった。得られたポリオール脱水素酵素活性画分を10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH 7.5)で一晩透析することにより、蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白の酵素標品を得た。これをPQQ依存性PDH溶液と称する。
得られたPQQ依存性PDH溶液(蛋白濃度1mg/mL、比活性30U/mg蛋白)について、TritonX−100(臨界ミセル濃度:0.02w/v%)を、PDH溶液20mLに10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)200mLを加え、TritonX−100の臨界ミセル濃度未満となる0.009%に希釈後、限外ろ過(分画分子量:50,000)した。濃縮後、さらに、200mLの10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)を加え、濃縮するという作業を下記表に示す回数繰り返した。濃縮後、ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により蛋白濃度を測定した。測定後、10mMグリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)を加えることにより、PQQ依存性PDH溶液中の蛋白濃度を5mg/mLに調整した。調整後、−80℃にて凍結させた。凍結後、凍結乾燥を行い、粉末状の酵素組成物を得た。酵素組成物重量あたりの酵素活性は、10U/mg・粉末であった。
上記のようにして得られた粉末状の酵素組成物を、37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定し、その凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表1に示す。
上記表1に示される結果から、比較例の従来使用されているポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(TritonX−100)に比べて、少ない限外ろ過回数で本発明のポリオール脱水素酵素組成物は、残存活性すなわち保存安定性が優れていることが分かる。本発明のポリオール脱水素酵素組成物は、限外ろ過を2回程度行えば十分な残存活性が得られるが、比較例のTritonX−100では、同程度の残存活性を得ようとすると6回以上の限外ろ過が必要であることが分かる。