しかしながら、特許文献1に開示される技術では、中立位置から係合位置に移動または係合位置から中立位置に移動するスプラグは内輪および外輪に接触しているので、スプラグが中立位置にあっても内輪または外輪の回転の影響を受け易く、スプラグを中立位置に保持することが難しいという問題点があった。そのため、スプラグを中立位置に保持して内輪および外輪の動力伝達を遮断したいときであっても、意図せずにスプラグが内輪および外輪に係合するおそれがあり、内輪および外輪とスプラグとの係合および係合解除の確実性が低いという問題点があった。
本発明は上述した問題点を解決するためになされたものであり、内輪および外輪とスプラグとの係合および係合解除の確実性を向上できる2方向クラッチを提供することを目的とする。
課題を解決するための手段および発明の効果
この目的を達成するために、請求項1記載の2方向クラッチによれば、断面円形状の外周面を有し軸心回りに回転可能に構成される内輪と、その内輪の外周面に対向する断面円形状の内周面を有し軸心回りに回転可能に構成される外輪と、外周面および内周面にそれぞれ係合可能に構成される係合面を有し外周面および内周面の対向間に揺動可能に配設され、中立位置で内輪および外輪の相対回転を許容する一方、中立位置から正逆方向に傾動され係合面が外周面および内周面に係合することで内輪および外輪の相対回転を規制するスプラグと、を備えているので、正逆の回転方向で内輪および外輪とスプラグとの係合および係合解除を行うことができる。
第1付勢部材により、スプラグに形成される作用部に外周面または内周面の一方に係合面を接触させる向きの付勢力が付与され、外周面または内周面の一方に対するスプラグの傾き角度が保持器により規制されると共に、スプラグが保持器により保持される。スプラグは外周面または内周面の他方と係合面とが中立位置で非接触状態となるので、スプラグが中立位置にあるときに内輪または外輪の回転の影響を受け難くすることができる。これにより、内輪および外輪とスプラグとの係合および係合解除の確実性を向上できる効果がある。
請求項2記載の2方向クラッチによれば、スプラグは、作用部から円周方向の両側に向かって軸心側または軸心の反対側に第1付勢部材に対して下降傾斜する傾斜部を備えているので、スプラグが中立位置から係合位置に傾動されるときに、第1付勢部材の付勢力を作用部に作用させる一方、傾斜部に作用させ難くできる。これにより、請求項1の効果に加え、第1付勢部材の付勢力を作用部に集中させ易くすることで、スプラグの姿勢を係合方向に変化させ易くでき、係合の確実性をさらに向上できる効果がある。
請求項3記載の2方向クラッチによれば、スプラグは、中立位置にあるときに、外周面または内周面の一方と係合面とが接触する接点が、作用部および軸心を通過する仮想中心面を挟んで円周方向の両側に形成されているので、接点および作用部によりスプラグが中立位置に安定に保持される。これにより、請求項1又は2の効果に加え、スプラグを中立位置に安定に保持でき、内輪および外輪とスプラグとの係合解除の確実性を向上できる効果がある。
請求項4記載の2方向クラッチによれば、保持器により外周面および内周面に係合面が係合するように中立位置からスプラグが傾動されると、第1付勢部材により付勢力が付与される作用部は、外周面または内周面の一方と係合面とが接触する接点および軸心を通過する仮想面を横切る方向に移動する。作用部が仮想面を横切ると、第1付勢部材の付勢力によりスプラグがさらに傾動される。傾動したスプラグが外周面および内周面に接触するとスプラグは係合可能な状態となる。このように、保持器により中立位置から係合位置に傾動されるスプラグは、作用部が仮想面を横切ると、第1付勢部材の付勢力によりさらに傾動されるので、中立位置から係合位置に移動するスプラグの変位を大きくできる。
逆に、保持器により係合位置から中立位置に傾動されるスプラグも、作用部が仮想面を横切ると、第1付勢部材の付勢力により傾き角度を小さくできるので、係合位置から中立位置に移動するスプラグの変位を大きくできる。
以上のように、中立位置から係合位置に移動または係合位置から中立位置に移動するスプラグの変位を大きくできるので、スプラグが中立位置にあるときに内輪または外輪の回転の影響を受け難くすることができ、スプラグを中立位置に保持し易くできる。そのため、スプラグを中立位置に保持して内輪および外輪の動力伝達を遮断したいときに、意図せずにスプラグが内輪および外輪に係合することを防止でき、請求項3の効果に加え、内輪および外輪とスプラグとの係合および係合解除の確実性をさらに向上できる効果がある。
請求項5記載の2方向クラッチによれば、第2付勢部材により保持器に付勢力が付与されるので、請求項1から4のいずれかの効果に加え、内輪および外輪とスプラグとの係合が解除されたときは、保持器を介して第2付勢部材によりスプラグを中立位置に戻すことができる効果がある。
請求項6記載の2方向クラッチによれば、スプラグは保持器に保持される保持部を備え、その保持部は、接点および軸心を通過する仮想面と係合面とに囲まれる部位に形成されているので、保持器により中立位置から係合位置の方向に傾動されるスプラグの変位を、回転方向の正逆に関わらず略同一にすることができる。これにより、請求項3から5のいずれかの効果に加え、回転方向の正逆に関わらず2方向クラッチを安定に作動できる効果がある。
請求項7記載の2方向クラッチによれば、荷重付与装置により保持器に荷重が付与され外周面または内周面に対して保持器が相対移動され、また、外周面または内周面に対する相対移動が規制されるので、請求項1から6のいずれかの効果に加え、内輪および外輪の動力の伝達および動力伝達の解除を任意に切り換えることができる効果がある。
請求項8記載の2方向クラッチによれば、スプラグは、外周面および内周面と係合面とが係合できる範囲で円周方向における対向面の間隔を接近させて配設されているので、許容トルクの範囲では、スプラグ同士が干渉することなく外周面および内周面に係合可能な状態にできる。許容トルク以上のトルクが加わり、外周面および内周面と係合面とが係合できる範囲を超えてスプラグが傾動した場合には、スプラグの対向面同士が当接し、それ以上の傾動が防止される。これにより、請求項1から7のいずれかの効果に加え、正常な係合位置を越えてスプラグが倒れ込んで中立位置に復帰できなくなることを防止でき、クラッチの機能を維持できる効果がある。
以下、本発明の好ましい実施の形態について、添付図面を参照して説明する。まず、図1から図3を参照して、本発明の第1実施の形態における2方向クラッチ1について説明する。図1は第1実施の形態における2方向クラッチ1の軸方向断面図であり、図2は図1のII−II線における2方向クラッチ1の断面図であり、図3は図1のIII−III線における2方向クラッチ1の断面図である。なお、図1では、理解を容易にするため、内輪2、外輪3及び軸部材Sの軸方向の図示を省略すると共に、内保持器5の軸方向の図示の一部を簡略化している。
図1に示すように、2方向クラッチ1は、軸部材Sに連結される内輪2と、その内輪2の外側に配設される外輪3と、それら外輪3と内輪2との間に配設されるスプラグ4とを主に備えて構成されている。
内輪2は、動力を伝達するための機能を担う部材であり、図2及び図3に示すように、断面円形状の外周面2aを備え、軸心O回りに回転可能に構成されている。
外輪3は、内輪2と共に動力を伝達するための機能を担う部材であり、図2及び図3に示すように、内輪2の外周面2aに対向する断面円形状の内周面3aを備え、内輪2と同様に軸心O回りに回転可能に構成されている。内輪2及び外輪3は、内輪2及び外輪3の間に介設される軸受B1,B2により相対回転可能に構成されている。
スプラグ4は、内輪2と外輪3との相対回転を規制するための機能を担う部材であり、外周面2a及び内周面3aにそれぞれ接する円弧状の係合面4a,4bを備え、図2に示すように、外周面2a及び内周面3aの対向間において円周方向に等間隔で複数配設されている。
内保持器5及び外保持器6は、スプラグ4を外周面2a及び内周面3aの円周方向へ傾動可能に保持する部材であり、スプラグ4の内輪2側および外輪3側をそれぞれ保持し、スプラグ4の傾き角度を規制する機能を担う部材である。本実施の形態では、図3に示すように内保持器5及び外保持器6は円環状に形成されており、外保持器6の直径は内保持器5の直径より大きめに設定されている。また、外保持器6は外輪3の内周面3aに締り嵌めの状態で嵌合されている。これにより、外保持器6は外輪3と共回りできる。
内保持器5は、前端側(図1左方向)に第2付勢部材8の一端を係止する係止部5aが突設され、後端側(図1右方向)に軸方向に沿って内輪2の周囲に延設される延設部5bを備えている。延設部5bは、外周面が略円筒状に形成されており、外輪3と延設部5bとの間に介設される軸受B2及び内輪2と延設部5bとの間に介設される軸受B3により、内輪2及び外輪3に対して回転可能に内輪2と外輪3との間に配設される。
第1付勢部材7は、外輪3の内周面3aに向かう付勢力をスプラグ4に付与する機能を担う弾性部材である。本実施の形態では、第1付勢部材7はガータスプリングにより構成されており、内輪2の外周面2aと外輪3の内周面3aとの間に圧縮した状態で配設され、拡径しようとする弾性力により拡径方向の付勢力をスプラグ4に付与する。
第2付勢部材8は、内保持器5及び外保持器6に付勢力を付与することにより内保持器5及び外保持器6を中立位置に保持する機能を担う弾性部材である。図3に示すように、本実施の形態では、第2付勢部材8はコイルばねにより構成されており、外保持器6に形成される凹部6aと、内保持器5に突設されると共に凹部6aの内側に遊挿される凸部5aとの間に、圧縮された状態で配設されている。第2付勢部材8は凸部5aの両側に配設されているので、内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aとスプラグ4との係合が解除されたときは、第2付勢部材8の弾性力により、内保持器5及び外保持器6が中立位置に戻される。これにより、スプラグ4を中立位置に戻すことができる。
荷重付与装置10は、内保持器5に荷重を付与して外輪3の内周面3aに対して内保持器5を相対移動させる(位相差を生じさせる)機能を担う装置である。本実施の形態では、荷重付与装置10は、延設部5bの外周に環状に形成された溝部5b1に配設される板バネ等のバネ部材10aと、溝部5b1にバネ部材10aと並設されバネ部材10aを介して内保持器5(延設部5b)に押し付けられると共に、所定部が静止系(図示せず)に固定される円盤部10bとを備えている。これにより、内保持器5は外輪3の回転方向と逆方向の抵抗を与えられるため、外輪3(外保持器6)に回転が伝達されると、外輪3(外保持器6)と内保持器5とに位相差が生じる。
次に図4を参照して、スプラグ4、内保持器5及び外保持器6の構造および動作について説明する。図4(a)はスプラグ4が中立位置にある2方向クラッチ1の一部を拡大して示す断面図であり、図4(b)はスプラグ4が係合位置にある2方向クラッチ1の一部を拡大して示す断面図であり、図4(c)はスプラグ4が逆の係合位置にある2方向クラッチ1の一部を拡大して示す断面図である。なお、図4(a)から図4(c)では理解を容易にするため、スプラグ4は1個を図示して、その他の隣り合うスプラグ4の図示を省略する。
図4(a)から図4(c)に示すように、スプラグ4は、軸方向端面4h(図1参照)の形状が、軸方向視において、楕円形の中央がくびれた瓢箪状に形成されており、内輪2側および外輪3側に、それぞれ内輪2の外周面2aに接触する係合面4aと外輪3の内周面3aに接触する係合面4bとが形成されている。スプラグ4は、径方向に沿う中立位置にあるときに(図4(a)参照)、径方向の仮想中心面Pに対して円周方向に対称状に形成されている。また、スプラグ4は、径方向に沿う中立位置にあるときは(図4(a)参照)、係合面4a,4b間の距離が内輪2の外周面2aと外輪3の内周面3aとの間の距離より短く、径方向に対して所定の傾き角度(係合位置)になると(図4(b)及び図4(c)参照)、内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aに係合面4a,4bが接触するような大きさに形成されている。
スプラグ4は、内輪2側の係合面4aから軸心Oの反対側(外輪3側)に向かい円周方向に沿って一部が切欠形成された切欠部4cを備え、切欠部4cに第1付勢部材7が係入される。切欠部4cは、スプラグ4の中立位置における仮想中心面P上に形成される作用部4dと、その作用部4dから円周方向の両側(図4左右方向)に向かって軸心Oの反対側(外輪3側)に下降傾斜する傾斜部4eとを備えている。
作用部4dは、スプラグ4の中立位置(図4(a)参照)及び係合位置(図4(b)及び図4(c)参照)に関わらず第1付勢部材7が密接し、外輪3側に向かう付勢力が付与される部位である。傾斜部4eは、スプラグ4の中立位置および係合位置に関わらず、第1付勢部材7が作用部4d以外の部位に密接することを回避するために形成される部位である。スプラグ4は傾斜部4eを備えているので、スプラグ4が中立位置から係合位置に傾動されるときに、第1付勢部材7の付勢力を作用部4dに作用させる一方、傾斜部4eに作用させ難くできる。これにより、第1付勢部材7による付勢力を作用部4dの近傍に集中させて作用させることができる。
保持部4f,4gは、内保持器5及び外保持器6によりスプラグ4が保持される機能を担う部位である。保持部4fは、内保持器5に保持される部位であり、スプラグ4の切欠部4c寄りの軸方向端面4h,4h(図1参照)間に軸方向に沿って貫通形成されている。保持部4gは、外保持器6に保持される部位であり、スプラグ4の外輪3側の係合面3aから軸心O側(内輪2側)に向かい軸方向に沿って軸方向端面4h,4hに亘って凹状に切欠形成されている。
内保持器5及び外保持器6は、いずれも環状のはしご状に構成される部材であり、それぞれ円環状に形成される2本の枠部5c,6c(図3参照)と、その枠部5c,6cを連結する複数の格部5d,6dとを備えている。内保持器5の2本の枠部5cは、スプラグ4の軸方向端面4h(図1参照)の両側の内輪2側に沿って配設され、2本の枠部5cを連結する格部5dは、所定の遊びを有しつつ保持部4fに貫装される。外保持器6の2本の枠部6cは、スプラグ4の軸方向端面4hの両側の外輪3側に沿って配設され、2本の枠部6cを連結する格部6dは、所定の遊びを有しつつ保持部4gに収装される。図4(a)に示すように、保持部4f,4gは径方向の仮想中心面P上に形成されているので、内保持器5及び外保持器6の相対移動により、スプラグ4を正逆のいずれの方向にもバランス良く傾動させることができる。
図4(a)に示すように、内保持器5及び外保持器6が相対回転せずにスプラグ4が中立位置にあるときには、第1付勢部材7によりスプラグ4が外輪3側に付勢されて、外輪3の内周面3aにスプラグ4の係合面4bが接点C1,C2で接触する。接点C1,C2は作用部4d及び軸心Oを通過する仮想中心面Pを挟んで円周方向の両側に形成されるので、接点C1,C2及び作用部4dによりスプラグ4を中立位置に安定に保持できる。
また、スプラグ4は、中立位置にあるときの接点C1,C2及び軸心Oを通過する第1仮想面P1と係合面4a,4bとに囲まれる部位に保持部4f,4gが形成されている。スプラグ4は、保持部4f,4gに装着される格部5d,6d(内保持器5及び外保持器6)の相対回転により中立位置(図4(a))から係合位置(図4(b)又は図4(c))の方向に傾動されるので、正逆方向に傾動されるスプラグ4の変位を、相対回転の方向の正逆に関わらず略同一にすることができる。その結果、相対回転方向の正逆に関わらず2方向クラッチ1を安定に作動できる。
図4を参照して、2方向クラッチ1の動作について説明する。駆動部材として外輪3が一方向(図4(a)時計回り)に回転すると、外輪3に嵌合された外保持器6も同じ一方向に回転する。外保持器6に対して内保持器5に位相差が生じ、外保持器6及び内保持器5が第2付勢部材8の付勢力に抗して相対回転すると、スプラグ4は外保持器6及び内保持器5に規制されて、外輪3の内周面3aを係合面4bが転動しつつ、外輪3の内周面3aに対する傾き角度が変化する。
作用部4dが、外輪3の内周面3aと係合面4bとの接点C3及び軸心Oを通過する第2仮想面P2(図4(b)参照)を横切ると、保持部4fと格部5dとに遊びがあるため、第1付勢部材7の付勢力によりスプラグ4の傾き角度がさらに大きくなり、スプラグ4は、内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aに係合面4a,4bが接点C3,C4で接触するまで傾動する。図4(b)に示すスプラグ4の係合位置で、内輪2との相対回転で内輪2からみて外輪3が一方向(図4(b)時計回り)に回転すると、スプラグ4が外周面2a及び内周面3aに係合し、外輪3及び内輪2の相対回転が規制されて外輪3から内輪2へ動力が伝達される。
また、作用部4dが第2仮想面P2を横切ると、保持部4fと格部5dとに遊びがあるため、第1付勢部材7の付勢力によりスプラグ4の傾き角度の変化が大きくなり、係合面4a,4bが外周面2a及び内周面3aに勢い良く接触する。このように第1付勢部材7によってスプラグ4に係合の与圧を与えることができるため、内輪2及び外輪3とスプラグ4との係合の確実性を向上できる。
また、外輪3が逆方向(図4(a)反時計回り)に回転すると、外輪3に嵌合された外保持器6も逆方向に回転する。外保持器6に対して内保持器5に位相差が生じ、外保持器6及び内保持器5が第2付勢部材8の付勢力に抗して相対回転すると、スプラグ4は外保持器6及び内保持器5に規制されて、外輪3の内周面3aを係合面4bが転動しつつ、外輪3の内周面3aに対する傾き角度が変化する。
作用部4dが、外輪3の内周面3aと係合面4bとの接点C5及び軸心Oを通過する第2仮想面P2(図4(c)参照)を横切ると、保持部4fと格部5dとに遊びがあるため、第1付勢部材7の付勢力によりスプラグ4の傾き角度がさらに大きくなり、スプラグ4は、内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aに係合面4a,4bが接点C5,C6で接触するまで傾動する。図4(c)に示すスプラグ4の係合位置で、内輪2との相対回転で内輪2からみて外輪3が逆方向(図4(c)反時計回り)に回転すると、スプラグ4が外周面2a及び内周面3aに係合し、外輪3及び内輪2の相対回転が規制されて外輪3から内輪2へ動力が伝達される。
なお、スプラグ4が内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aに係合した状態であっても、外輪3の回転数が内輪2の回転数より小さくなると、スプラグ4と内輪2及び外輪3との係合が解除され、外輪3は空転する。内輪2及び外輪3とスプラグ4との係合が解除されるときは、作用部4dが第2仮想面P2(図4(b)及び図4(c)参照)に向かって移動する。作用部4dが第2仮想面P2を横切ると、保持部4fと格部5dとに遊びがあるため、第1付勢部材7の付勢力によりスプラグ4の傾き角度が素早く変化し、スプラグ4は中立位置(図4(a)参照)の状態になる。この位置に戻ったスプラグ4は、第2付勢部材8の付勢力により中立状態に維持される。
以上説明したように2方向クラッチ1によれば、スプラグ4は中立位置にあるときに、内輪2の外周面2aと係合面4aとが非接触状態となるので、内輪2又は外輪3の回転の影響を受け難くすることができる。これにより中立位置にあるスプラグ4が意図せずに内輪2及び外輪3と係合することが防止され、内輪2及び外輪3とスプラグ4との係合および係合解除の確実性を向上できる。
また、中立位置から係合位置に移動または係合位置から中立位置に移動するスプラグ4の変位を大きくできるので、スプラグ4が中立位置にあるときに内輪2又は外輪3の回転の影響を受け難くすることができ、スプラグ4を中立位置に保持し易くできる。そのため、スプラグ4を中立位置に保持して内輪2及び外輪3の動力伝達を遮断したいにも関わらず、意図せずにスプラグ4が内輪2及び外輪3に係合することを防止でき、内輪2及び外輪3とスプラグ4との係合および係合解除の確実性を向上できる。
また、スプラグ4の中立位置において、内輪2の外周面2aと係合面4aとが非接触状態となる一方、外輪3の内周面3aと係合面4bとが接点C1,C2,C3,C5において接触状態となるので、スプラグ4が軸心O回りを回転してスプラグ4に遠心力が作用すると、外輪3の内周面3aと係合面4bとの摩擦力を大きくできる。これにより、内輪2及び外輪3とスプラグ4との係合および係合解除のときに、外輪3の内周面3aを係合面4bが転動し易くなり、スプラグ4との係合および係合解除がスムーズに行われる。
また、スプラグ4は内輪2及び外輪3の円周方向に傾動して内輪2及び外輪3と係合または係合解除されるが、図4(a)〜図4(c)に示すように、スプラグ4が傾動するために必要な領域(円周方向に沿う長さ)を小さくできる。そのため、スプラグ4同士の間隔を狭くでき、円周方向に多数のスプラグ4を配設できる。その結果、2方向クラッチ1のトルク容量を大きくできる。
次に、図5を参照して、許容トルク以上のトルクが加わったときの2方向クラッチ1の動作について説明する。図5はスプラグ4の対向面4i同士が当接する2方向クラッチ1の一部を拡大して示す断面図である。なお、図5では理解を容易にするため、スプラグ4は2個を図示して、その他の隣り合うスプラグ4の図示を省略する。
2方向クラッチ1は、定格トルクから若干の余裕分を加えた許容トルク以上のトルクが加わり、スプラグ4が係合状態を保持できる係合限界の傾き角度の近くまで傾いても、スプラグ4同士が干渉しないように、円周方向におけるスプラグ4の対向面4iの間隔が設定されている。その円周方向におけるスプラグ4の対向面4iの間隔は、スプラグ4の傾き角度が係合限界の傾き角度を超えようとしたとき、スプラグ4の対向面4i同士が当接するように設定されており、スプラグ4はその範囲で互いに接近させて配設されている。
これにより、許容トルク以上のトルクが加わり、外周面2a及び内周面3aと係合面4a,4bとが係合できる範囲を超えてスプラグ4が傾動した場合には、スプラグ4の対向面4i同士が当接し、それ以上の傾動が防止される。その結果、正常な係合位置を越えてスプラグ4が倒れ込んで中立位置に復帰できなくなることを防止できる。これにより、大きなトルクが加わったときも、2方向クラッチ1はクラッチの機能を維持できる。
また、内保持器5や外保持器6によりスプラグ4を規制してスプラグ4の転倒を防止することも可能であるが、その場合は、内保持器5や外保持器6に過大な荷重が加わるため、内保持器5や外保持器6が破損するおそれがある。これに対し、本実施の形態によれば、スプラグ4の対向面4i同士を当接させてスプラグ4の転倒を防止するので、内保持器5や外保持器6の破損を防止できる。なお、スプラグ4の対向面4i同士を当接させることで、荷重を分散させることができるため、内輪2の外周面2a、外輪3の内周面3a及びスプラグ4の係合面4a,4bの損傷を防止できる。
次に、図6を参照して、第2実施の形態について説明する。第1実施の形態では、内保持器5及び外保持器6によりスプラグ4が保持されると共に、スプラグ4が第1付勢部材7により外輪3側に付勢される場合について説明した。これに対し第2実施の形態では、内保持器5及び外保持器6を省略し、保持器106によりスプラグ104が保持されると共に、スプラグ104が第1付勢部材107により内輪2側に付勢される場合について説明する。
なお、第2実施の形態では、第1実施の形態と同一の部分に同じ符号を付して、以下の説明を省略する。また、理解を容易にするため、スプラグ104は1個を図示して、その他の隣り合うスプラグ104の図示を省略する。図6は第2実施の形態における2方向クラッチ101の一部を拡大して示す断面図であり、スプラグ104が中立位置にある状態を示している。
図6に示すように、スプラグ104は、軸方向端面4h(図1参照)の形状が、軸方向視において、楕円形の中央がくびれた瓢箪状に形成されており、内輪2側および外輪3側に、それぞれ内輪2の外周面2aに接触する係合面104aと外輪3の内周面3aに接触する係合面104bとが形成されている。スプラグ104は、図6に示す径方向に沿う中立位置にあるときに、径方向の仮想中心面Pに対して円周方向に対称状に形成されている。また、スプラグ104は、径方向に沿う中立位置にあるときは、係合面104a,104b間の距離が内輪2の外周面2aと外輪3の内周面3aとの間の距離より短く、径方向に対して所定の傾き角度(係合位置)になると、内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aに係合面104a,104bが接触するような大きさに形成されている。
スプラグ104は、外輪3側の係合面104bから軸心O側(内輪2側)に向かい円周方向に沿って一部が切欠形成された切欠部104cを備え、切欠部104cに第1付勢部材107が係入される。切欠部104cは、スプラグ104の中立位置における仮想中心面P上に形成される作用部104dと、その作用部104dから円周方向の両側(図6左右方向)に向かって軸心O側(内輪2側)に下降傾斜する傾斜部104eとを備えている。
保持部104gは、保持器106によりスプラグ104が保持される機能を担う部位であり、スプラグ104の切欠部104c寄りの軸方向端面4h,4h(図1参照)間に軸方向に沿って貫通形成されている。保持器106は、環状のはしご状に構成される部材であり、円環状に形成される2本の枠部(図示せず)と、その枠部を連結する複数の格部106dとを備えている。格部106dは、所定の遊びを有しつつ保持部104gに貫装される。保持部104gは、スプラグ104が中立位置にあるときに作用部104d及び軸心Oを通過する仮想中心面P上に形成されているので、内輪2の外周面2aに対する保持器106の相対移動により、スプラグ104を円周方向に沿って正逆方向にバランス良く傾動させることができる。
第1付勢部材107は、内輪2の外周面2aに向かう付勢力をスプラグ104に付与する機能を担う弾性部材である。本実施の形態では、第1付勢部材107はリボンスプリングにより構成されており、内輪2の外周面2aと外輪3の内周面3aとの間に拡径した状態で配設され、縮径しようとする弾性力により軸心O方向の付勢力をスプラグ104に付与する。
保持部104gは、バネ部材10a(図1参照)及び円盤部10bにより、内輪2の回転方向と逆方向の抵抗が与えられるように構成されている。これにより、内輪2に回転が伝達されると、内輪2と保持部104gとに位相差が生じる。このとき、第1付勢部材107により、スプラグ104の係合面104a,104bが内輪2の外周面2a及び外輪3の内周面3aにそれぞれ接触する。内輪2の回転数が外輪3の回転数より大きいときはスプラグ104が外周面2a及び内周面3aに係合し、内輪2から外輪3に動力が伝達される。また、内輪2の回転数が外輪3の回転数より小さいときは、スプラグ104は外周面2a及び内周面3aに係合できず、内輪2は空転する。
図6に示すように、保持器106が内輪2に対して相対回転せずにスプラグ104が中立位置にあるときには、第1付勢部材107によりスプラグ104が内輪2側に付勢されて、内輪2の外周面2aにスプラグ104の係合面104aが接触する。一方、外輪3の内周面3aとスプラグ104の係合面104bとは非接触状態になるので、スプラグ104は内輪2又は外輪3の回転の影響を受け難くなる。これにより中立位置にあるスプラグ104が意図せずに内輪2及び外輪3と係合することが防止され、内輪2及び外輪3とスプラグ104との係合および係合解除の確実性を向上できる。
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。例えば、上記実施の形態で挙げた数値(例えば、各構成の数量等)は一例であり、他の数値を採用することは当然可能である。
上記各実施の形態では、スプラグ4,104に貫通形成された保持部4f,104gに格部5d,106dが貫装され、スプラグ4,104が内保持器5や保持器106に保持される場合について説明した。これによりスプラグ4,104を大きく傾動させるときでも、内保持器5や保持器106からスプラグ4,104が外れてしまうことが防止され、スプラグ4,104の傾き角度を規制する内保持器5や保持器106の機能を維持できる。しかし、必ずしもこれに限られるものではなく、他の形態とすることも可能である。
他の形態としては、例えば、スプラグ4,104の軸方向端面4hの両方に有底の保持部4f,104gを凹設すると共に、内保持器5や保持器106に突起を形成し、その突起を保持部4f,104gに係入させてスプラグ4,104を保持することが挙げられる。また、内保持器5や保持器106にスプラグ4,104が挿入されるポケットを形成し、そのポケットにスプラグ4,104を挿入して保持するようにすることも可能である。
上記各実施の形態では、第2付勢部材8がコイルばねにより構成される場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、他の弾性部材を用いることが可能である。他の弾性部材としては、例えば、正面視して略C字形に形成される圧縮バネ等が挙げられる。
上記各実施の形態では荷重付与装置10として、バネ部材10a及び円盤部10bを備え、そこで生じる摩擦により内輪2又は外輪3と位相差を生じさせる機構について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。荷重を付与することにより、内保持器5、外保持器6或いは保持器106を内輪2の外周面2aや外輪3の内周面3aに対して相対移動させる機能、又は、相対移動を規制する機能を有していれば、他の機構を採用することは当然可能である。他の機構としては、例えば、内保持器5、外保持器6或いは保持器106に歯車部材を延設し、電動機により回動される歯車を噛合させて内保持器5、外保持器6或いは保持器106の回転方向を切り替える機構、内保持器5、外保持器6或いは保持器106の相対回転を規制するカム機構、磁力を利用して内保持器5、外保持器6或いは保持器106を相対移動させる電磁石を備える機構等が挙げられる。
これら電動機や電磁石等を備える機構を荷重付与装置10に備えることにより、内保持器5と外保持器6とを任意の方向に相対回転させたり相対回転を規制したりすることができる。これにより内輪2及び外輪3の動力の伝達および動力伝達の解除を任意に切り換えることができ、自在性に優れる。
上記第1実施の形態では、スプラグ4が係合方向に姿勢を変えるときに、作用部4dが第2仮想面P2を横切る場合について説明した。これに加え、スプラグ4の重心も第2仮想面P2を横切るようにすることが可能である。これにより、第1付勢部材7の付勢力に加え、スプラグ4が軸心Oを回転するときの遠心力の作用により、スプラグ4を係合方向に姿勢を変えるように機能させるエンゲージタイプの2方向クラッチ1を構成できる。なお、スプラグ4の重心は、スプラグ4の形状の設計や、スプラグ4の比重を部分的に異ならせることにより任意の位置に設定することが可能である。