JP2011055722A - イノシトールの製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】副生成物の生成を抑え、効率的にイノシトールを製造する手段を提供する。
【解決手段】本発明は、メタノールを原料としてイノシトールを製造する方法であって、メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が過剰発現するような変異を加えて得られた変異酵母を、メタノールの存在下で培養し、培養物からイノシトールを採取することを含む方法に関する。
【選択図】なし

Description

本発明は、メタノールからイノシトールを製造する方法に関する。
イノシトールは、高等動物にとってビタミンの一種として重要な物質であり、脂肪、コレステロールの代謝において重要な役割を担うことから、高コレステロール血症等に有効とされている。このため、栄養食品、飼料添加物、医薬品などに利用される。
イノシトールの製造方法としては、米糠、コーンスティープリカーなどから抽出する方法、パン酵母を培養して製造する方法などが知られている。Candida属に属する微生物を培養して製造する方法も知られている。
米糠、コーンスティープリカーなどから抽出する方法は、イノシトールの収率が低い上、イノシトール以外の不純物が多く生成し、精製が困難であり、生産効率の点で問題がある。また、パン酵母を培養して製造する方法は、生産性が低く、やはり経済的に問題があり、さらに工業的実績もない。また、Candida属に属する微生物を培養して製造する方法は、工業的に収率、収量の点で満足いくものではなかった。
一方、Candida boidiniiのイノシトール分泌変異株を培養する方法(例えば、特許文献1)や、ミオイノシトール-3-リン酸合成酵素をコードする遺伝子を導入したパン酵母を培養する方法(例えば、特許文献2)も報告されている。
これらの方法は、いずれもグルコースを原料とした方法であり、メタノールを原料とするイノシトールの製造方法については報告されていない。
特開2000-041689号公報 米国特許第5296364号公報
本発明者らは、従来のグルコースを原料として微生物によりイノシトールを製造する方法では、さまざまな代謝産物が生成し、フルクトース、グリセリン、エタノールなどの副生成物が多種多量生成するため、イノシトールの分離精製が困難であり、また、グルコースを炭素源として培養した際、エタノールが副生し、収率が低くなるという問題があることを見出した。
従って本発明の目的は、副生成物の生成を抑え、効率的にイノシトールを製造する手段を提供することである。
本発明者らは、驚くべきことに、メタノール資化性酵母を、イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が過剰発現するように変異させ、メタノールを炭素源として培養することにより、副生成物の生成を抑え効率的にイノシトールを製造できることを見出した。すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)メタノールを原料としてイノシトールを製造する方法であって、メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が過剰発現するような変異を加えて得られた変異酵母を、メタノールの存在下で培養し、培養物からイノシトールを採取することを含む、前記方法。
(2)変異酵母が、メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子(EC 5.5.1.4)及びイノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子(EC 3.1.3.25)の両方を導入して得られた酵母である、(1)記載の方法。
(3)メタノール資化性酵母がPichia属酵母である、(1)又は(2)記載の方法。
(4)メタノール資化性酵母がPichia pastorisである、(3)記載の方法。
(5)イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子がPichia属酵母由来である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
メタノールは、セルロースやリグニンなどの食物と競合しないバイオマス資源より合成することができるため、グルコースよりも安価で優れた原料であり、従って、本発明により安価にイノシトールを製造することが可能になる。また、メタノールは、グルコースと違って液体であるため、培養系への添加が容易であるとともに、殺菌性を有するので、雑菌汚染の危険性を低下することができる。
さらに、本発明の方法では、グルコースを原料とする従来の方法とは異なり、分離精製に影響する副生成物(グリセリンや糖類)がほとんど生成しない。
イノシトールは、シクロヘキサンの各炭素上の水素原子がひとつずつヒドロキシ基に置き換わった構造(1,2,3,4,5,6-シクロヘキサンヘキサオール)を持つ、シクリトールの一種であり、ヒドロキシ基の位置により9種類の異性体、すなわち、ミオ−イノシトール、シス−イノシトール、シロ−イノシトール、キロ−イノシトール、ネオ−イノシトール、ムコ−イノシトール、アロ−イノシトール、及びエピ−イノシトールが存在する。本発明におけるイノシトールには、これらのいずれの異性体も包含されるが、本発明は、ミオ−イノシトールの製造に特に好適である。
本発明において、メタノール資化性酵母とは、メタノール資化能を有する酵母をさし、すなわち、メタノールを炭素源として生育できる能力を有する酵母を意味する。メタノール資化性酵母としては、特に制限されないが、Pichia属酵母、例えば、P. haplophila、P. pastoris、P. trehalophila、及びP. lindnerii、Candida属酵母、例えば、C. parapsilosis、C. methanolica、C. boidinii、及びC. alcomigas、Saccharomyces属酵母、例えば、Saccharomyces metha-nonfoams、Hansenula属酵母、例えば、H. wickerhamii、H. capsulata、H. glucozyma、H. henricii、H. minuta、H. nonfermentans、H. philodendra、及びH. polymorpha、Torulopsis属酵母、例えば、T. methanolovescens、T. glabrata、T. nemodendra、T. pinus、T. methanofloat、T. enokii、T. menthanophiles、T. methanosorbosa、及びT. methanodomercqii、ならびにKloeckera属酵母などが挙げられる。
酵母のメタノール資化能は、メタノールを含有する培地で、これらの酵母を培養し、メタノールの取り込み速度及び細胞量の変化を追跡することにより試験できる。メタノールの取り込み速度の測定は、培地中に残存するメタノール濃度をHPLC分析法等を用いて測定することにより実施できる。また細胞量の変化の測定は、分光光度計による660nmでの光学密度の変化の測定により実施できる。
メタノール資化性酵母として、遺伝子改変や突然変異誘導によりイノシトール分泌能の向上した変異株を用いてもよい。変異株は、例えば、親株を紫外線照射、又は変異誘発剤(例えば、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホン酸など)で処理した後、イノシトール要求性株とともに培養し、変異処理株コロニーの周囲にイノシトール要求性株のコロニーが形成されたものを選抜することにより得ることができる。また、イノシトール分泌能の向上した変異株として、公知のものを使用してもよい。
メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が過剰発現するような変異を加える方法としては、イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子を導入する方法、イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子のプロモーターを当該遺伝子を過剰発現させるようなプロモーターと交換する方法、突然変異誘導による方法などが挙げられる。従って、本発明において変異酵母には、突然変異誘導による変異だけでなく、遺伝子組換えによる変異が加えられた酵母も包含される。
遺伝子導入は、上記遺伝子又はその一部を適当なベクターに連結し、得られた組換えベクターを目的の遺伝子が発現し得るように宿主であるメタノール資化性酵母中に導入することにより、又は相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子又はその一部を挿入することにより実施できる。「一部」とは、宿主中に導入された場合に各遺伝子がコードするタンパク質を発現することができる各遺伝子の一部分を指す。プロモーターの交換は、例えば、相同組換えによってゲノム上のイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子プロモーターを目的のプロモーターと交換することにより実施できる。突然変異誘導よる方法は、親株を紫外線照射、又は変異誘発剤(例えば、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホン酸など)で処理した後、メタノールからイノシトールを高生産する株を選抜することにより実施できる。
イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子(INO1遺伝子)は、イノシトール-3-リン酸を合成する活性を有する酵素(例えば、ミオイノシトール1リン酸合成酵素;EC 5.5.1.4)をコードするものであれば特に制限されず、ヒトを含む動物由来の遺伝子、植物由来の遺伝子、又は微生物由来の遺伝子のいずれでもよい。好ましくは酵母由来の遺伝子、例えば、Pichia属酵母、例えば、P. haplophila、P. pastoris、P. trehalophila、及びP. lindnerii、Candida属酵母、例えば、C. parapsilosis、C. methanolica、C. boidinii、及びC. alcomigas、Saccharomyces属酵母、例えば、Saccharomyces metha-nonfoams、Hansenula属酵母、例えば、H. wickerhamii、H. capsulata、H. glucozyma、H. henricii、H. minuta、H. nonfermentans、H. philodendra、及びH. polymorpha、Torulopsis属酵母、例えば、T. methanolovescens、T. glabrata、T. nemodendra、T. pinus、T. methanofloat、T. enokii、T. menthanophiles、T. methanosorbosa、及びT. methanodomercqii、ならびにKloeckera属酵母などに由来するイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子を使用できる。より具体的には、例えば、P. pastoris GS115株、P. pastoris KM71株、P. pastoris KM71H株、P. pastoris SMD1168株、P. pastoris SMD1168H株、P. pastoris MS105株等を使用できる。
イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子の具体例としては、公開されたデータベース(GenBank、EMBL、DDBJ)にAccession No. AF078915、L23520、AF207640、AF372954、AF071103、U32511、AF120146、BC111160、AB032073、AF284065、AF056325として登録されているものなどが挙げられる。一例として、配列番号1の塩基配列からなるイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子(AF078915)が挙げられる。
目的の遺伝子の塩基配列は上記公共のデータベースより検索可能であり、配列情報未知の生物に由来する遺伝子は、配列が既知の類縁微生物の遺伝子情報を利用し、クローニングにより取得することができる。所望の遺伝子をクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば、遺伝子配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換(遺伝子導入)に適した量のDNAを得ることができる。配列が未知のイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子は、既知の遺伝子配列に基づいて適当に設計された合成DNAプライマーを鋳型として用いたハイブリダイゼーション法やPCR法などにより取得することができる。
遺伝子のクローニングに用いるゲノムDNAライブラリーの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換等の方法は、例えば、Sambrook, J., Fritsch, E. F., Maniatis, T., Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press,1.21(1989)に記載されている。
遺伝子導入のために遺伝子を連結するベクターとしては、宿主細胞で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミド、ファージ及びコスミド等が挙げられる。染色体組込型のベクターは大腸菌で複製可能であればどのようなベクターでもよい。またエピソーム型ベクターは酵母で複製可能であることが必須であり、さらに大腸菌でも複製可能なシャトルベクターを用いることが好ましい。プラスミドとしては、大腸菌のプラスミド(例えば、pET21a(+)、pET32a(+)、pET39b(+)、pET40b(+)、pET43.1a(+)、pET44a(+)、pKK223-3、pGEX4T、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19等)、枯草菌由来のプラスミド(例えば、pUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えば、YEp13、YEp24、YCp50等)、また酵母でもPichia pastoris用のプラスミド(例えば、pPICZ、pPICZα、pHIL-D2、pPIC3.5、pHIL-S1、pPIC9、pPIC9K、pPIC6、pGAPZ、pPIC9K、pPIC3.5K、pAO815、pFLD、pJL-IX、pJL-SX等)などが挙げられる。また、クローニング、シークエンス確認用にpCR4-TOPO(商標登録)などの市販のクローニングベクターを用いてもよい。
または、酵母染色体遺伝子との相同組換えによる遺伝子導入では、プラスミドを用いることなく、PCR等によって、遺伝子配列の両末端相同組換え部位の遺伝子配列とイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子配列を含む線状の遺伝子配列を合成したものを用いることができる。本線状遺伝子は配列の両末端に宿主ゲノム上の遺伝子と相同配列を有し、本相同配列を介して宿主染色体中へ導入される。
上記ベクターにおいては、挿入したイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が確実に発現されるようにするため、該遺伝子の上流に適当なプロモーターを連結する。使用するプロモーターは、メタノールを炭素源とする培養においてイノシトール-3-リン酸合成酵素を発現させるプロモーターであれば制限されず、宿主に応じて当業者が適宜選択すればよい。例えば、メタノールで遺伝子発現が誘導されるアルコールオキシダーゼプロモーターが挙げられる。また、構成的プロモーターを用いてもよい。構成的プロモーターは、宿主細胞内外の刺激と関係なく一定のレベルで構造遺伝子を発現せしめるプロモーターをいう。構成的プロモーターの例としては、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、RNAポリメラーゼ遺伝子、DNAジャイレース遺伝子、5s rRNA遺伝子、16s rRNA遺伝子、及び23s rRNA遺伝子等のプロモーター、ならびにPGKなどが挙げられるが、これらに限定されない。
ベクターには、プロモーター及び目的の遺伝子に加えて、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが連結されていてもよい。また、導入する遺伝子配列は、選択マーカーを含んでいてもよい。選択マーカーはイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子、又はイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子とイノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子の両方が宿主へ導入された組換え株を選抜するのに用いることができる。選択マーカーの例としては、ホルムアルデヒド耐性マーカー、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールなどの薬剤耐性マーカー、ロイシン、ヒスチジン、リジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、ウラシルなどの栄養要求性マーカーが挙げられるがこれに限定されない。
遺伝子を連結させるには、公知のDNAリガーゼを用いる。好ましくは市販のライゲーションキット、例えばLigation high(東洋紡株式会社製)を用いて、規定の条件にてライゲーション反応を行うことにより組換えベクターを得ることができる。また、これらのベクターを、必要であればボイル法、アルカリSDS法、磁性ビーズ法及びそれらの原理を使用した市販されているキット等により精製し、さらにエタノール沈殿法、ポリエチレングリコール沈殿法などの濃縮手段により濃縮することができる。
遺伝子の導入方法としては、特に制限されないが、例えば、電気パルス法(Y. Kurusu et al., Agric. Biol. Chem. 54:443-447(1990))、カルシウムイオンを用いる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69, 2110(1972))、プロトプラスト法(特開昭63-2483942)、エレクトロポレーション法(Nucleic Acids Res., 16, 6127(1988))等を挙げることができる。エレクトロポレーション法が好ましい。
相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子を挿入する方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的遺伝子をプロモーターとともに挿入し、このDNA断片をエレクトロポレーションによって細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施できる。ゲノムへの導入の際には目的遺伝子と選択マーカー遺伝子を連結したDNA断片を用いると容易に相同組換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結した遺伝子をゲノム上に上記の方法で相同組換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で目的遺伝子を相同組換えを利用して導入することもできる。
イノシトール高活性株の選抜方法は、特に制限されないが、例えば、目的とする遺伝子が導入された変異酵母を、メタノールを炭素源として培養し、培養液中のイノシトール量をHPLC等により測定し、比較することで選抜することができる。
本発明においては、メタノール資化性酵母に、イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子に加えて、イノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子を導入してもよい。イノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子(INM遺伝子)は、イノシトール-3-リン酸を脱リン酸する活性を有する酵素をコードするものであれば特に制限されず、ヒトを含む動物由来の遺伝子、植物由来の遺伝子、又は微生物由来の遺伝子のいずれでもよい。好ましくは酵母由来の遺伝子、例えば、Pichia属酵母、例えば、P. haplophila、P. pastoris、P. trehalophila、及びP. lindnerii、Candida属酵母、例えば、C. parapsilosis、C. methanolica、C. boidinii、及びC. alcomigas、Saccharomyces属酵母、例えば、Saccharomyces cerevisiae、Saccharomyces metha-nonfoams、Hansenula属酵母、例えば、H. wickerhamii、H. capsulata、H. glucozyma、H. henricii、H. minuta、H. nonfermentans、H. philodendra、及びH. polymorpha、Torulopsis属酵母、例えば、T. methanolovescens、T. glabrata、T. nemodendra、T. pinus、T. methanofloat、T. enokii、T. menthanophiles、T. methanosorbosa、及びT. methanodomercqii、ならびにKloeckera属酵母などの由来するイノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子を使用できる。
イノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子の具体例としては、公開されたデータベース(GenBank、EMBL、DDBJ)にAccession No. AY557746、U39443、AF014398、AB303038、BC068839、AY160191、U39059、J05394、U39444、U84038、X65513として登録されているものなどが挙げられる。一例として、配列番号2の塩基配列からなるイノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子(AY557746)が挙げられる。遺伝子の取得及び導入については、イノシトール-3-リン酸合成酵素について記載したとおりである。
得られた形質転換酵母を培養する培地は、炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、変異酵母の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
本発明のイノシトールの製造方法は、メタノールを原料とすることからメタノールを炭素源として変異酵母を培養する工程を含む。しかし、一定菌体量に達するまで適当な炭素源を用いて前培養を行った後、炭素源をメタノールに切り替えて培養を継続してもよい。
メタノール以外の炭素源としては、例えば、グルコースなどの糖類、グリセリンなどのポリオール類、エタノールなどのアルコール類、又はピルビン酸、コハク酸もしくはクエン酸等の有機酸類を使用することができる。また、窒素源としては、例えば、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物、メチルアミンなどのアルキルアミン類、又はアンモニアもしくはその塩などを使用することができる。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミン、消泡剤なども必要に応じて使用してもよい。また、導入したプロモーターに応じた遺伝子発現誘導剤を必要に応じて培地に添加してもよい。
培養は、通常、振盪培養又は通気攪拌培養などの好気的条件下、好ましくは0〜40℃、より好ましくは10〜37℃、特に好ましくは15〜37℃で行う。培養期間中、培地のpHは酵母の発育が可能で、イノシトール-3-リン酸合成酵素の活性が損われない範囲で適宜変更することができるが、好ましくはpH3〜9程度の範囲である。pHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
培養後、イノシトールが菌体内に生産される場合には、通常知られている方法、例えば、菌体を機械的方法、リゾチームなどを用いた酵素的方法又は界面活性剤などを用いた化学的処理によって破壊することによりイノシトールを抽出できる。また、イノシトールが菌体外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により菌体を除去する。
培養物(培養液、培養上清、培養菌体、菌体の破砕物などが包含される)からのイノシトールの採取及び単離方法は特に制限されない。すなわち、従来より周知となっているイオン交換樹脂法、沈澱法、晶析法、再結晶法、濃縮法その他の方法を組み合わせることにより実施できる。例えば、菌体を遠心分離などで除去した後、カチオン及びアニオン交換樹脂でイオン性の物質を除き、濃縮すればイノシトールの結晶を取得することができる。培養物中に蓄積されたイノシトールは、そのまま単離することなく用いてもよい。
メタノール資化性酵母によるメタノールの代謝は、メタノールがアルコールオキシダーゼの作用によってホルムアルデヒドへ転化された後、キシルロースモノリン酸経路によって代謝される。ホルムアルデヒドはジヒドロキシアセトンシンターゼにより、キシルロース-5-リン酸に固定され、グリセルアルデヒド-3-リン酸とジヒドロキシアセトンを生成する。ジヒドロキシアセトンは、ジヒドロキシアセトンキナーゼによってジヒドロキシアセトンリン酸に転化された後、フルクトース-1,6-ビスリン酸アルドラーゼによって、グリセルアルデヒド-3-リン酸と縮合し、フルクトース-1,6-ビスリン酸を生成すると考えられる。このフルクトース-1,6-ビスリン酸がフルクトース-1,6-ビスホスファターゼによりフルクトース-6-リン酸に転化され、さらにグルコース-6-リン酸イソメラーゼにより、グルコース-6-リン酸が生じる。通常は、このグルコース-6-リン酸はエネルギー獲得のために速やかに代謝されてしまうため、イノシトールは過剰に生産されない。一方、イノシトール合成酵素であるイノシトール-3-リン酸合成酵素を過剰発現させることによってメタノールから合成されたグルコース-6-リン酸がイノシトール-3-リン酸に変換され、次いでイノシトールリン酸ホスファターゼの作用によってイノシトールが生成するものと考えられる。
以下本発明を、実施例を参照することにより詳細に説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲に限定されない。
(実施例1)Pichia pastorisからのイノシトール分泌変異株の誘導
P. pastorisは、組換え遺伝子の高発現が可能であることが知られており、種々の発現システムが使用可能である。さらに、ゲノム解析がなされているため、ゲノム遺伝子の加工も可能である。そこでまず、生産されたイノシトールを細胞外へ分泌する変異株を構築した。
P. pastoris GS115株(Invitrogen)に、EMS変異法により変異を導入し、バイオアッセイによってスクリーニングを行った。変異の導入は以下の手順で実施した。
P. pastoris MS105株をYPD培地で一晩培養した(OD=22.2)。(P. pastoris MS105株は、Keck Graduate Institute of Applied Life ScienceのJames M. Creggより分譲を受けた。)15 ml の遠沈管に、培養液0.6 mlを採取し、緩衝液(0.2M リン酸ナトリウム緩衝液;pH8.0)2 mlを加え2.5 mlにした (OD=5)。8,000 rpm x 5 min の遠心分離により、ペレットを回収し、緩衝液2ml に懸濁した。滅菌したスクリューキャップ付 100 ml 三角フラスコに、緩衝液7.5 ml、40% グルコース0.5 ml を添加し、ここへ上記細胞懸濁液 2 ml を添加した。ドラフト内で 0.3 ml EMS(エチルメタンスルフォン酸)を添加し、30℃に設定したウォーターバスインキュベーターで45分間振盪した。 フラスコ内容物を15 ml の遠沈管に全量回収し、8,000 rpm x 5 min の遠心分離を行い、ペレットを回収した。上記ペレットに緩衝液 約10 ml を加え、8,000 rpm x 5 min の遠心分離を行い、細胞を洗浄した。本操作を3回繰り返した。回収したペレットに緩衝液 約10 ml を加え、懸濁液を調製した。本懸濁液を適宜希釈し、これをYPD寒天培地へ塗布した。
イノシトール要求性株である、Saccharomyces cerevisiae YSC1021-5481株を塗布したInositol assay medium(Difco製)プレートに、YPDプレート上に形成されたコロニーを無作為に採取し、52コロニー/プレートずつ再配列した。30℃で培養を行い、変異処理コロニーの周囲にS. cerevisiaeのコロニーが形成されたものを、イノシトール分泌変異株として選抜した。選抜によって得られた変異株1-22、5-50、6-26の3株を5mlのInositol assay mediumを入れた試験管に接種し、振盪培養を実施した。経時的にOD測定と培地のHPLC分析を行った。
変異株から選抜された3株を試験管培養したところ、いずれの株においても培地中にイノシトールが検出された。生成量は極わずか(0.01〜0.04g/L)であったが最も生産量の高かった5-50株を遺伝子導入のための宿主として選択した。
(実施例2)INO1遺伝子(イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子)のクローニング:
Pichia pastoris GS115株をYPD培地100mlで一晩培養(30℃)した培養液から、遠心分離で菌体を回収し、Gentra puregen(Qiagen製)を使用してゲノムDNAを抽出した。方法は製品添付のプロトコールに従って行った。得られたゲノムDNAをテンプレートとして、INO1遺伝子増幅用プライマー(表1)を用いたPCRを行い、INO1遺伝子(AF078915:配列番号1)を増幅した。PCR反応組成及び反応条件を以下に示した(表2)。
Figure 2011055722
Figure 2011055722
PCR反応液からゲノムDNAを除去するため、反応液をアガロース電気泳動で泳動し、目的の遺伝子断片をゲル抽出した。ゲル抽出にはWizard SV gel and PCR Clean-up System(Promega製)を使用した。方法は製品添付のプロトコールに従って行った。精製した遺伝子断片を制限酵素EcoRIで2時間処理し、Wizard SV gel and PCR Clean-up Systemで精製した。制限酵素処理されたINO1遺伝子をpJL-IXプラスミド(Pichia pastoris用のマルチクローニング用ベクター)に導入し、プラスミドpJL-IX/INO1を構築した。(pJL-IXプラスミドは、Keck Graduate Institute of Applied Life ScienceのJames M. Creggより分譲を受けた。)その後XL10-Gold(Stratagene製)をトランスフェクトし、アンピシリン含有LB培地プレートに塗布した。37℃で培養後、形成したコロニーについてコロニーPCRを行い、INO1遺伝子が導入されたプラスミドを保持した形質転換株(pJL-IX/INO1/XL10-Gold株)を取得した。
得られたpJL-IX/INO1/XL10-Gold株をアンピシリン含有LB培地100ml(坂口フラスコ)に植菌し、37℃で一晩振盪培養した。培養液を遠心分離(9000rpm、10min、4℃)で集菌し、Genopure Plasmid Maxi Kit(Roche製)でプラスミドを抽出した。方法は製品添付のプロトコールに従って行った。
(実施例3)INM遺伝子(イノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子)のクローニング:
Saccharomyces serevisiae W303株をYPD培地100mlで一晩培養(30℃)した培養液から、遠心分離で菌体を回収し、Gentra puregenを使用してゲノムDNAを抽出した。得られたゲノムDNAをテンプレートとして、INM遺伝子増幅用プライマー(表3)を用いたPCRを行い、INM遺伝子(AY557746:配列番号2)を増幅した。PCR反応組成及び反応条件を以下に示した。
Figure 2011055722
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PCR反応液からゲノムDNAを除去するため、反応液をアガロース電気泳動で泳動し、目的の遺伝子断片をゲル抽出した。ゲル抽出にはWizard SV gel and PCR Clean-up Systemを使用した。精製した遺伝子断片を制限酵素EcoRIで2時間処理し、Wizard SV gel and PCR Clean-up Systemで精製した。制限酵素処理されたINM遺伝子をpJL-IXプラスミドに導入し、プラスミドpJL-IX/INMを構築した。その後大腸菌HB101株(Takara製)をトランスフェクトし、アンピシリン含有LB プレートに塗布した。37℃で培養後、形成したコロニーについてコロニーPCRを行い、INM遺伝子が導入されたプラスミドを保持した形質転換株(pJL-IX/INM/HB101株)を取得した。
得られたpJL-IX/INM/HB101株をアンピシリン含有LB培地100ml(坂口フラスコ)に植菌し、37℃で一晩振盪培養した。培養液を遠心分離(9000rpm、10min、4℃)で集菌し、Genopure Plasmid Maxi Kitでプラスミドを抽出した。
(実施例4)P. pastorisの形質転換:
pJL-IX/INO1及びpJL-IX/INMプラスミドをそれぞれ制限酵素SacIで処理し、INO1及びINM遺伝子配列を含むDNA断片を回収した。それらの断片を使用してP. pastoris 5-50株をトランスフェクトした。トランスフェクトはINO1の配列のみ使用した系とINO1の配列とINMの配列を混合した系の2系統で行った。得られた組換え酵母について、各遺伝子の発現量及びイノシトールの生産性を評価した。
(実施例5)イノシトール生産性確認試験:
各遺伝子で形質転換したP. pastorisをBMGY培地50ml(+アデカノール)に植菌し、30℃で2〜3日間培養した。ODが40程度になるまで培養し、遠心分離(2600×g、10min、15℃)で菌体を回収した。BMMH培地20mlで2回洗浄した後、BMMH培地50mlを加え懸濁し、新しい坂口フラスコに全量移し(アデカノール添加)、30℃で2日間培養した。培養中は24時間ごとにメタノールを添加した(終濃度0.5%)。メタノールでの誘導培養終了後、50%グルコース溶液を10ml添加し、さらに2日間培養した。メタノールでの培養期は24時間ごとにサンプリングし、菌体破砕液をSDS-PAGEし、タンパクの発現量を確認した。また、グルコースでの培養期は24時間ごとにサンプリングし、培養液上清をLC分析し、イノシトールの生産量を確認した。対照として形質転換していないP. pastoris 5-50株を培養し、同様に経時変化を比較した。
BMGY培地とBMMH培地の組成は以下のとおりである。
Figure 2011055722
Figure 2011055722
SDS-PAGEにて各遺伝子の発現量を確認したところ、INO1及びINM遺伝子の発現が有意に増加したことを確認した。
また、培養液上清をLC分析し、イノシトールの生産性を確認した結果、遺伝子組換え酵母はコントロールに対し、イノシトールの蓄積量が約40倍に向上していることがわかった(表7)。
Figure 2011055722
以上の結果より、イノシトール高生産株の育種方法として、遺伝子組換え法が有効であることがわかった。
(実施例6)通気攪拌培養によるメタノールからのイノシトール生産
YPD培地50mlを坂口フラスコに分注し、実施例4で調製した5-50/INO1+INM No.16株を植菌した。30℃、120rpmで一晩培養し、前培養液とした。YPD培地の組成は以下のとおりである。
Figure 2011055722
FBS培地900mlにPTM1 Trace Saltsを3.195ml、アデカノール1ml、0.4%ヒスチジン18mlを添加した溶液を培養開始時の培地とした。FBS培地及びPTM1 Trace Saltsの組成は以下のとおりである。
Figure 2011055722
Figure 2011055722
また、培養条件は以下のとおりとした。
温度:30℃
通気:1vvm(培養初期は空気を、培養開始53.5hからはO2を通気した)
攪拌:725rpm
pH :5.0
菌体増殖期間の培養方法:
上記培養条件で26時間培養した。培養終了時にはLCにて培養液の成分分析を行い、グリセリンが消費されていることを確認した。培養終了時のグリセリン濃度は0.15%であった。
イノシトール生産期間の培養方法:
培養期間中はメタノールを流加で添加した。メタノールの添加量はアルコールセンサーで培養液中のメタノール濃度が0.13%に保たれるように制御した。また、培養している株がヒスチジン要求性であるため、培養期間中にヒスチジンを数回に分けて添加した。メタノール添加開始から27.5時間目に通気をO2に切り替えた。培養中は24時間ごとにサンプリングを行い、OD及びLCによる培地成分の分析を行った。
結果:
メタノール479.6gからイノシトールが8.6g生産された。メタノールからの収率は1.5%であった。HPLC分析の結果、複数の代謝中間物と考えられるピークが検出された。HPLC分析チャートから培地由来成分を除いたピークの総面積に対するイノシトールのピーク面積は89%であった。従って、本発明の方法により、副生成物の生成を抑え、効率的にイノシトールを製造できることが示された。
(比較例1)通気攪拌培養によるグルコースからのイノシトール生産
実施例3の方法において、メタノール添加144.5時間後に、メタノールの流加を停止し、グルコースを濃度が10%になるように添加した。24時間ごとにサンプリングを行い、LC分析でイノシトール及びグルコース濃度を測定した。グルコースは24時間ごとに濃度が10%になるように添加した。グルコースでの培養中はヒスチジンは添加しなかった。
グルコース450.3gから5.19gのイノシトールが生産された。グルコースからの収率は1.2%であった。HPLC分析チャートから培地由来成分を除いたピークの総面積に対するイノシトールのピーク面積は56%であった。メタノールで培養した時に比べて代謝産物等の不純物が多くなり、グルコースからの収率が低下した。
本実施例におけるプロトコルについては、以下の文献を参照した:
Shen et al., Gene, 1998; 216: 93-102
Cregg and Russell, Methods in Molecular Biology, Humana Press, 1998; 103: 27-39
Sunga and Cregg, Gene, 2004; 330: 39-47

Claims (5)

  1. メタノールを原料としてイノシトールを製造する方法であって、メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子が過剰発現するような変異を加えて得られた変異酵母を、メタノールの存在下で培養し、培養物からイノシトールを採取することを含む、前記方法。
  2. 変異酵母が、メタノール資化性酵母にイノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子(EC 5.5.1.4)及びイノシトールリン酸ホスファターゼ遺伝子(EC 3.1.3.25)の両方を導入して得られた酵母である、請求項1記載の方法。
  3. メタノール資化性酵母がPichia属酵母である、請求項1又は2記載の方法。
  4. メタノール資化性酵母がPichia pastorisである、請求項3記載の方法。
  5. イノシトール-3-リン酸合成酵素遺伝子がPichia属酵母由来である、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
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