JP2004292896A - 強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】Fe、Mn、Si系を基本とする鉄系形状記憶合金を実用材として、最も単純な成分構成で最も効果的に強靱化する製造方法を確立する。
【解決手段】Mn:15〜40%、Si:3.5〜8.0%、残りFe(重量%)を基本とし、γ−オーステナイト結晶粒界に沿って細長くε−Cu相を析出しない濃度までを限度としたCuを含み、凝固成形後、偏析、濃化したMn、Siの析出物をγ−オーステナイト相内へ固溶する温度まで溶体化処理を行なった後、該温度から急冷して過飽和に固溶するCuの一部を結晶粒内へ微細に析出し、硬化させることによって前記の課題を解決した。γ相内でCuが置換型固溶体を作ると、その近くの結晶格子の網目に歪みが生起し、原子面に沿ってすべりが起りにくくなると共に、Cu相が微細に析出し、硬化を生じて機械的性質、とくに耐力と延性を向上する。
【選択図】 図1
【解決手段】Mn:15〜40%、Si:3.5〜8.0%、残りFe(重量%)を基本とし、γ−オーステナイト結晶粒界に沿って細長くε−Cu相を析出しない濃度までを限度としたCuを含み、凝固成形後、偏析、濃化したMn、Siの析出物をγ−オーステナイト相内へ固溶する温度まで溶体化処理を行なった後、該温度から急冷して過飽和に固溶するCuの一部を結晶粒内へ微細に析出し、硬化させることによって前記の課題を解決した。γ相内でCuが置換型固溶体を作ると、その近くの結晶格子の網目に歪みが生起し、原子面に沿ってすべりが起りにくくなると共に、Cu相が微細に析出し、硬化を生じて機械的性質、とくに耐力と延性を向上する。
【選択図】 図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は鉄系形状記憶合金、とくに管材や棒材を接続するために締付け応力を必要としたり、軸心方向への寸法変化を利用した取付け金具などに使用する強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法に係る。
【0002】
【従来の技術】
形状記憶合金は一定量の変形を与えた後、ある温度まで加熱すると元の形状に戻る機能を具えた合金であり、開発当初は液体窒素中に貯蔵しなければならなかったが、その後の合金組成や熱処理技術の開発が進み、常温貯蔵が可能となって急速に用途を拡張しつつある。材質的にはNi−Ti系やCu−Al系が先行したが、コスト的に有利で加工性のよい鉄系の形状記憶合金(Mn−Si−Cr−Fe系)が開発され、たとえば新トンネル工法(WBR)に使用される継手材などに提供されている。
【0003】
現在、鉄系形状記憶合金の主流を占めている材質の基本原理は、面心立方構造のオーステナイト(γ相)母相が変形を受けて稠密六方構造のε−マルテンサイトに変態し(これを応力誘起変態という)、これをAf点(逆変態温度)以上に加熱すると逆変態を生じて元のオーステナイト相に戻る作用を利用したもので、γ−ε相間の可逆変態が起りやすいように積層欠陥エネルギーを低める成分を含有させることを要旨とする。
【0004】
特許文献1は重量%としてMn:20〜40%、Si:3.5〜8.0%に加え、Co、Mo、C、Alの一種または二種以上の成分を含み、残り実質的にFeよりなる基本成分を示し、さらにCr、Cu、Niの一種または二種を加えた成分を開示している。すなわちFe−Mn−Si系合金の形状記憶効果を高めるためにγ鉄にCr、Mo、Co、C、Alの添加が積層エネルギーを低める作用のあることを利用してγオーステナイト−εマルテンサイト変態を容易とし、さらにCuを少量加えると形状記憶特性を劣化させずに耐食性が向上するとした。
【0005】
特許文献2は前記文献1とほぼ同じ成分よりなる鉄系形状記憶合金の製造方法において、熱間圧延、または熱間鍛造後1000〜1200℃の温度で15分以上保持して、成形前の鋳塊、鋳片内部にあるマクロ的、ミクロ的偏析やMn、Siが濃化した微細な金属間化合物が結晶粒界などに連続的に析出してε−マルテンサイト変態時に発生する割れの起点となることを防止したとする。ここでは前記基本成分の他にCr、Ni、Co、MoやC、Al、Cuの一種または二種を選択的に添加することを示している。
【0006】
特許文献3ではCr:5.0〜20重量%、Si:3.0〜8.0重量%を含有すると共に、Mn、Ni、Co、Cu、Nの何れか一種または二種以上含む鉄系形状記憶合金の製造に当り、加工誘起によってε−マルテンサイトおよびα’マルテンサイトの生成しない温度(Md’点)以上、かつ700℃以下で加工を行なった後、Md’点プラス200℃以上で焼鈍すると提案している。ここでは前二者とは違ってCr−Si−Fe系をベースとしてMn以下を選択的に含有する成分構成としているが、加工する温度範囲と焼鈍効果によって加工限界を改善し薄板などの圧延材の形状記憶特性を向上したと謳っている。
【0007】
特許文献4によれば、Mn:5.0〜20.0%、Si:0〜8.0、N:0.01〜0.08%を含み、その他、所望によりCr、Co、Cu、V、Nb、Mo、C、希土類金属の中の一種または二種を含むことにより、良好な機械的性質、耐食性、良好な形状記憶特性、減衰特性を具えたとしている。この発明では特にNを必須の要件とし、窒素の合金化によって鉄系形状記憶合金の主要な用途の一つである締付け金具、留め具、プレストレス構造などにおいて非常に重要な変量である回復応力が増加する効果を力説している。
【0008】
【特許文献1】
特公平04−4391号公報
【特許文献2】
特開平10−36943号公報
【特許文献3】
特開平02−221321号公報
【特許文献4】
特表2000−501778号公報
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
鉄系形状記憶合金は成形後、加熱によって原形に戻ろうとする特性を利用したものであるから、第一義的には原形への回復率の良いことが必須の要件である。たとえば管と管を接合する管継手として使用するには、締結すべき相手管の外径より僅かに小さい内径の円筒を成形し、押し拡げてから継合すべき管を差し込んで所望温度に加熱することによって、元の径に戻ろうとする形状記憶特性を利用したものである。したがって継合後の高い締結強度を得るためには、加熱時における円筒の形状回復率、すなわち内径の収縮率が高いほど良好なことは当然想定できる。
【0010】
このように形状記憶特性が第一義的に求められるのは当然であるが、同時にこの性能の発現によって生じる発生応力に十分耐えられる機械的性質、とくに耐力が具わっていなければ、折角発現した形状記憶作用によって自ら物理的変形が強いられ、締付け応力を自ら失って折角の形状記憶効果を著しく減殺し、ときには使用上の欠陥となりかねない。そのため形状記憶作用を利用して他の構造材の接合、取付けを目的として採用するには、少なくとも該構造材以上の強度、特に耐力を具えることが要件となり、加えるに十分な伸びを併せた機械的性質を充足することが必要である。対象である構造材より耐力が上回れば上回るほど、形状記憶作用が同一であれば管継手の肉厚を低減できるし、これが軽量化、材料コスト、施工性の改善に直接関与することは言うまでもない。
【0011】
その観点から前記文献をはじめ公知の従来技術を一切調査した限り、課題解決に直接応えるものはないようである。何れも重点は形状記憶効果、成形性や割れ、耐食性や高温耐酸化性に集約され、稀に伸びその他の機械的性質の改善を副次的に触れたもの(特許文献3)が認められる程度に留まる。
【0012】
一方、成分的な観点からみると、既に記述した通り鉄系形状記憶合金の原理は積層欠陥エネルギーを低くして、γのすべり変形が生じるより優先してγ−ε変態を誘導することにあり、Fe−Mn−Si系の基本成分にCr、Mo、Co、C、Al、Cu、Niなどを添加して相乗作用を発揮させることは、特許文献として引用を省いたが、米国特許4,780,154号、4,933,027号、4,929,289号などの開示を通じてよく知られており、希土類元素(Sc、Y、La、Ce)やN、V、Nbなどの微量添加も新規なものではなく、成分自体で特許性を謳うことは最早かなり難しい技術水準に達している。
【0013】
今後の研究開発の指標は実用材としての整合性に向けられる。実験室の段階ならばとにかく、実用製品として提供するには、その製造が容易で、かつ比較的安価に大量生産に馴染む方法で安定して供給されなければならない。その意味では余りに多種類の添加成分で構成することは必然的に大きく異なる溶融点や蒸気圧の元素をコントロールする技術上の困難性を助長し、溶解条件、溶湯管理、鋳造条件の小さなバラツキが製品品質の均一性に大きな障害要素となる。成分はできるだけ単純明快であることが品質のバラツキを抑制し、たとえば形状記憶機能や強度の再現性を保証する。
【0014】
とくに微量成分の添加は特殊な溶解条件を必要とし、その結果次第では品質上の変動幅を拡大しやすい。酸素との親和力が強い元素は歩留まりのバラツキも大きく、そのまま品質のバラツキに直結する。その他、市場に流通するにはスクラップ管理、戻し入れ材料の単一性の確保から言っても、添加成分が複雑化すると汚染が重なり所期の品質を担保する材料管理面で大きな不安要素となりやすい。
【0015】
本発明は以上の課題を解決するためにFe−Mn−Si系を基本成分とする鉄系形状記憶合金において、形状記憶特性を保証しつつも最も単純な成分添加によって最も効果的に耐力と伸びを向上させる製造方法の提供を目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法は、重量%にしてMn:15〜40%、Si:3.5〜8.0%、残りFeを基本成分とする鉄系形状記憶合金を対象に、γ−オーステナイト結晶粒界に沿って細長くε−Cu相を析出しない濃度までを限度としたCuを含み、凝固成形後、偏析、濃化したMn、Siの析出物をγ−オーステナイト相内へ固溶する温度まで溶体化処理を行なった後、該温度から急冷して過飽和に固溶するCuの一部を結晶粒内へ微細に析出硬化させることによって前記基本成分の形状記憶特性を少なくとも同等以上に維持しつつ強度、とくに耐力と延性を向上させることによって前記の課題を解決した。
【0017】
出願人は数多くのFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金に係る公知の添加成分のうち、とくにCuに着目した。前記の特許文献1及び2においては、Cuは形状記憶効果を劣化することなく耐食性を向上するが、その添加は上限1%で十分であるとし、同文献3ではCuはオーステナイト生成元素で微量添加させると耐食性向上に有効だが、0.1%以上添加することが必要、ただしCuにはオーステナイトの積層エネルギーを高める作用があり3.0%を超えるとε−マルテンサイトの生成を阻害するので、これを上限とするとあり、同文献4にも同旨の作用と限定理由が述べられている。しかし何れにしても全て耐食性の向上に重点を絞った記載に終始し、その他の作用、効果について聊かの言及も示唆も読み取ることはできなかった。
【0018】
本発明は前記課題解決に向けて形状記憶性能を劣化させない限度において、材料の強靱性、とりわけ耐力の向上を目指し、その強化手段が単純で製造上の調整や管理の負担を加重しないという観点から、未だかって何人も着目しなかったCuによる強靱化を発想し、実験を繰り返した結果、予想以上に優れた数値に到達したのである。
【0019】
Fe格子の中でCu原子は拡散しにくく、オーステナイトから空冷しても過飽和状態が得られ、その後の析出によって明らかな時効硬化が得られる。Cuのγ相への固溶限はα相への固溶限よりも大きいこと、およびこの系には金属間化合物の存在しないことが既に知られているが、γFe+εCu域における固溶限はまだ明らかに決定されていないようである。図6(A)(B)はFe−Cu系状態図の全体と低Cu領域の拡大部分図であり、石原はFe−C−Cu系におけるγ固溶体の固溶限はC:1.7%、Cu:6.0%であり、また三元共折点はC約0.9%、Cu約1.9%で、その温度は約700℃であると報告している(「鉄鋼と合金元素」日本学術振興会−製鋼第19部会編)。
【0020】
Hornbogen,Glemは面心立方格子構造よりなるCu析出物を確認し、初期に100Å程度のものとして現われ、Zenerの式に従う速度で成長することを見出した。MillerによるとCuを添加することにより析出硬化を行なわせCを増加することなく強さを増すことができるとし、Williamsによると含Cu鋼ではCuを0.75%含めば析出硬化反応があり、これによって母相が強められ結晶粒内のすべりによって起る変形を妨げるとしている。
【0021】
田中、伊藤はα鉄系の含Cu鋳鋼について研究した結果、Cu:0〜0.5%鋼では析出硬化反応は全く起らない。Cu:1.0〜1.5%の範囲では最も析出硬化を示す。2%以上のCu添加では焼ならし冷却中の冷却速度が早いとCuが微細に析出して著しく硬化するが、遅い冷却では硬度が低く、しかも何れの場合でもその後、焼戻しを加えてもそれ以上のCuの析出は僅少に留まると報告した(同上文献)。
【0022】
前記の報告は全て常温におけるFe組織がα相を母相としており、本発明の対象である常温組織がγ相である材料とは異なるが、α相に比べてγ相に対するCuの固溶限が大きいという定説を前提とした上で、以上の知見に基づいてFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金に当てはめて実験を進めたところ、つぎに要約するような作用と効果を特定することに成功したのである。
【0023】
▲1▼Cuの固溶限が対γと対αとでは異なり過飽和の限界の違いがあるとしても、Cuの添加量は、少なくとも0.5%が必要で、従来技術の全てが推奨する0.1%レベルでは強度向上については全く無意味である。
▲2▼形状記憶合金としての実用上の要請を勘案すれば、多量配合のSi、Mnの偏析や濃化を是正する溶体化処理が必要であり、これは同時にCuの微粒析出による析出硬化を誘発するための要件でもある。
▲3▼しかしその場合も析出物の高硬度を得るためには急冷が必要である。ただし析出硬化型のステンレス鋼と異なり、焼戻しによる析出硬化の昂進は認められないから、焼戻し処理(ステンレス鋼では必須の時効処理)は不要であるという重大な相違点がある。
▲4▼後述の実施例でも示すように、Cu含有量が0.5%までは、その効果は少なく、Cu含有量が高まりCu析出が結晶粒界に沿って細長く認められるに至ると、形状記憶作用が急落して目的の機能を失う。これは如何に母相を強化しても結晶粒同士の結合エネルギーを減退させる析出物が介在し、結晶粒間自体の積層エネルギーが低くなって負荷に対して可逆変態よりすべり変形が優先するからと推理することができる。結果的に形状記憶能力を著しく阻害するからCuの上限はかかる粒界析出の現われる前の3%までとなる。
【0024】
その他の成分の限定理由については公知であるが、簡単に列挙しておく。
Mn:Mnはオーステナイトを強く安定化する。また室温付近の加工による応力誘起マルテンサイト変態によってε相を生成するが、Mn:15%未満では加工によってα’マルテンサイトも生成されて形状記憶効果が低下する。また40%を超えると母相のオーステナイトが安定化し過ぎてγ−α変態よりもγのすべり変形が優先的に進み、形状記憶効果を低下させる。
【0025】
Si:Siはγ−ε変態を促進させる元素であるが、その効果は3.5%以上の添加によって得られる。しかし8.0%を超えると前記形状記憶合金の加工性や成形性が低下し、製造上の障害となりやすい。
【0026】
Cr:Crはγ−ε変態を容易にする効果があり、形状記憶特性を向上させ、かつ、耐食性および耐高温酸化性を向上させる。しかし10%を超えるとSiと低融点の金属間化合物を作るため合金の溶製ができなくなる。
【0027】
また、溶体化処理の実施要件を設定した理由は、加熱が1050℃を超えない温度域では合金元素が十分固溶せずに母相内に粒状介在物として残存し機械的性質を低下させる。しかし電力の消費や熱処理炉の劣化などの条件を考えると1150℃以上の加熱は必要なく、経費と効果を勘案すればこの温度で十分である。加熱温度における保持時間にについても、0.5時間を超えないと前記の粒状介在物が完全に固溶せず残存の懸念があるが、1時間の保持があれば十分であり、作業時間工数やエネルギーコストの低減を重視して品質保証との兼ね合いでシビアに設定するのが望ましい。
【0028】
【発明の実施の形態】
表1は0.04%C−28%Mn−6%Siの基本成分に5%Crを加えてベース材とし、Cuを加えない従来材を比較例1、Cuを0.2%、5.0%添加したものを比較例2、3とし、Cuを0.5%、1.0%、3.0%添加したものを実施例1〜3として溶製し、公知の遠心力鋳造法によって管状体を成形した。
【0029】
【表1】
【0030】
遠心力鋳造法を選んだのは、高速回転する金型内へ溶湯を注入することにより組織が微細で成分偏析や濃化が少ないという品質上の利点に加えて、他の成形手段に比べて生産性が高く量産に馴染むという長所も評価したからである。しかし本発明は成分とその特有の作用、効果を発現させる熱処理を趣旨とするから、他の成形方法、たとえば静置鋳造、連続鋳塊−圧延または鍛造−成管、溶湯鍛造等、全ての成形手段にも例外なく適用できる汎用性がある。
【0031】
成形した管状体は1373K、1時間加熱保持を行なった後、空気放冷を行なって鋳放し状態で析出したFe,Mn,Si系からなる介在物をγ相内へ固溶して母相を清浄化すると共に、過飽和に固溶するCuの一部を微細に分散析出させることによって析出硬化を誘発させた後、ここから規定寸法の試験片を切り出す。得られた各試験片は同じ条件で処理して形状回復量と耐力、引張強さ、伸びを測定した。
【0032】
形状回復率の測定は試験片(全長は55mm、平行部は長さ23mm、直径4mm、標点距離は20mm)内の加工歪みを取り除くため測定前に応力除去焼鈍(Ar雰囲気中で873K×10min保持後に炉冷)を施した。回復率は次に列記する工程を二度繰り返した後に測定した(トレーニング処理)。
▲1▼引張り歪み付与
各試験片毎に定められた歪み量を引張り試験機で付与した後、試験片のケガキ線(20mm)を標点間距離としてデジタルノギスで測定した。引張り速度は試験機のクロスヘッド速度を1.0mm/min(歪み速度にして8.3×10−4)とし、恒温室(300K)にて実施した。
▲2▼加熱処理
試験片に歪みを付与した後、小型熱処理炉を使用してAr雰囲気中で873°K×10min(二度目は573K×10min)の熱処理を行なった後空冷した。
▲3▼形状回復率測定
試験片を放冷させた後、標点間距離を再度測定してその収縮量を算出した。
【0033】
このようにして得られた結果を表2にまとめて示す。
【0034】
【表2】
【0035】
この表から判断すると、Cu:0.2%の添加では無添加の従来例(比較例1)と何ら強度的な変化はうかがえず、従来技術のすべてが推奨する下限(0.1%添加)の領域では目的を達成することは明らかに不可能である。少なくとも実施例1(0.5%添加)以上で初めて機械的性質、とくに主目的である耐力の向上が明らかに顕れ、この例では20%以上の向上が見られ、母相の強靱化に伴って形状記憶性能も7%の向上が認められる。
【0036】
Cu添加量の増加と共に耐力、伸び共に増加し、実施例3(3.0%添加)ではそれぞれ比較例1に比べて44%、33%の向上を記録するが、形状回復率はCu:1%をピークとして下がる傾向に転じその面からの限界が顕れる。
【0037】
比較例3(5.0%添加)に至ると耐力はさらに増加するものの伸びは減少に転じ、形状回復率は急減して従来材の水準から大きく後退し、最早、上限を超えたことを明示する。この一連の変遷については各試験片の光学顕微鏡によるマクロ組織とX線マイクロアラナイザーの画像から推理することができる。
【0038】
図1の(A)は比較例1、(B)〜(D)は実施例1〜3、(E)は比較例3の光学顕微鏡組織写真(倍率400)であり、図2〜図4は実施例1〜3、図5は比較例3のX線マイクロアナライザー画像である。両者を見ればCu:1%までは析出物がほとんど認められず、結晶粒内に多少の非金属介在物が見られる以外は全面ほぼ均一なγ相であることに変りはない。γ相に対しては、この範囲付近まではCuとの固溶体が生成されるものと解釈される。
【0039】
固溶体の生成は面心立方格子のγ−鉄のうち、最も空隙の大きい四面体空隙と八面体空隙でFe原子の一部がCu原子と置換して起きるが、FeとCuの原子直径は完全に同一ではないから、その近くの結晶格子の網目に歪みが生起し、この結果、原子面に沿ってすべりが起りにくくなって耐力を増加する。Cuの固溶が進むにつれて格子歪みが全域に波及し強靱性を向上させるものと解される。
【0040】
Cu:3.0%に達すると粒内に微細なCu相が析出し固溶限を超えて過剰に含まれるCuの一部が析出したものと見られる。Cu:5.0%に至るとCu析出したCu粒子がさらに増加するが、それと共に結晶粒界に沿って細長い析出相が連続的に現われ、明らかに前者と異なる組織に変化している。機械的性質や形状記憶性能の変動と照合して総合的に判断すれば、Cu添加量の上限を決定付ける基本的な根拠を形成する。
【0041】
【発明の効果】
本発明は以上述べたように形状記憶能力を最低でもFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金(従来材)より下げることなく、むしろ向上しつつ実用製品、とくに他部材の締付け、取付け用の部材として該形状記憶特性を100%発揮できる根源となる機械的性質、就中、耐力を向上する製造方法を確立する効果がある。しかも実用材として量産する上で具体的に重要な溶解、鋳造、手入れの各段階における管理と制御が最もシンプルで施工性の容易さの点では、他の多くの従来技術を凌駕する現場的利点も看過し難い。
【0042】
さらにこの材料が耐食性においても他の多くの添加成分による作用を上回ることは先行文献にも開示されている通りであって、本発明の実施に伴って得られる副次的効果があることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【図1】(A)〜(E)はCu含有量が0〜5.0%に至る各段階における溶体化処理後の光学顕微鏡組織写真である。
【図2】Cu:0.5%添加の実施例1のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図3】Cu:1.0%添加の実施例2のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図4】Cu:3.0%添加の実施例3のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図5】Cu:5.0%添加の比較例3のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図6】Fe−Cu系の二元状態図の全体図(A)と低Cu域の部分拡大図(B)である。
【発明の属する技術分野】
本発明は鉄系形状記憶合金、とくに管材や棒材を接続するために締付け応力を必要としたり、軸心方向への寸法変化を利用した取付け金具などに使用する強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法に係る。
【0002】
【従来の技術】
形状記憶合金は一定量の変形を与えた後、ある温度まで加熱すると元の形状に戻る機能を具えた合金であり、開発当初は液体窒素中に貯蔵しなければならなかったが、その後の合金組成や熱処理技術の開発が進み、常温貯蔵が可能となって急速に用途を拡張しつつある。材質的にはNi−Ti系やCu−Al系が先行したが、コスト的に有利で加工性のよい鉄系の形状記憶合金(Mn−Si−Cr−Fe系)が開発され、たとえば新トンネル工法(WBR)に使用される継手材などに提供されている。
【0003】
現在、鉄系形状記憶合金の主流を占めている材質の基本原理は、面心立方構造のオーステナイト(γ相)母相が変形を受けて稠密六方構造のε−マルテンサイトに変態し(これを応力誘起変態という)、これをAf点(逆変態温度)以上に加熱すると逆変態を生じて元のオーステナイト相に戻る作用を利用したもので、γ−ε相間の可逆変態が起りやすいように積層欠陥エネルギーを低める成分を含有させることを要旨とする。
【0004】
特許文献1は重量%としてMn:20〜40%、Si:3.5〜8.0%に加え、Co、Mo、C、Alの一種または二種以上の成分を含み、残り実質的にFeよりなる基本成分を示し、さらにCr、Cu、Niの一種または二種を加えた成分を開示している。すなわちFe−Mn−Si系合金の形状記憶効果を高めるためにγ鉄にCr、Mo、Co、C、Alの添加が積層エネルギーを低める作用のあることを利用してγオーステナイト−εマルテンサイト変態を容易とし、さらにCuを少量加えると形状記憶特性を劣化させずに耐食性が向上するとした。
【0005】
特許文献2は前記文献1とほぼ同じ成分よりなる鉄系形状記憶合金の製造方法において、熱間圧延、または熱間鍛造後1000〜1200℃の温度で15分以上保持して、成形前の鋳塊、鋳片内部にあるマクロ的、ミクロ的偏析やMn、Siが濃化した微細な金属間化合物が結晶粒界などに連続的に析出してε−マルテンサイト変態時に発生する割れの起点となることを防止したとする。ここでは前記基本成分の他にCr、Ni、Co、MoやC、Al、Cuの一種または二種を選択的に添加することを示している。
【0006】
特許文献3ではCr:5.0〜20重量%、Si:3.0〜8.0重量%を含有すると共に、Mn、Ni、Co、Cu、Nの何れか一種または二種以上含む鉄系形状記憶合金の製造に当り、加工誘起によってε−マルテンサイトおよびα’マルテンサイトの生成しない温度(Md’点)以上、かつ700℃以下で加工を行なった後、Md’点プラス200℃以上で焼鈍すると提案している。ここでは前二者とは違ってCr−Si−Fe系をベースとしてMn以下を選択的に含有する成分構成としているが、加工する温度範囲と焼鈍効果によって加工限界を改善し薄板などの圧延材の形状記憶特性を向上したと謳っている。
【0007】
特許文献4によれば、Mn:5.0〜20.0%、Si:0〜8.0、N:0.01〜0.08%を含み、その他、所望によりCr、Co、Cu、V、Nb、Mo、C、希土類金属の中の一種または二種を含むことにより、良好な機械的性質、耐食性、良好な形状記憶特性、減衰特性を具えたとしている。この発明では特にNを必須の要件とし、窒素の合金化によって鉄系形状記憶合金の主要な用途の一つである締付け金具、留め具、プレストレス構造などにおいて非常に重要な変量である回復応力が増加する効果を力説している。
【0008】
【特許文献1】
特公平04−4391号公報
【特許文献2】
特開平10−36943号公報
【特許文献3】
特開平02−221321号公報
【特許文献4】
特表2000−501778号公報
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
鉄系形状記憶合金は成形後、加熱によって原形に戻ろうとする特性を利用したものであるから、第一義的には原形への回復率の良いことが必須の要件である。たとえば管と管を接合する管継手として使用するには、締結すべき相手管の外径より僅かに小さい内径の円筒を成形し、押し拡げてから継合すべき管を差し込んで所望温度に加熱することによって、元の径に戻ろうとする形状記憶特性を利用したものである。したがって継合後の高い締結強度を得るためには、加熱時における円筒の形状回復率、すなわち内径の収縮率が高いほど良好なことは当然想定できる。
【0010】
このように形状記憶特性が第一義的に求められるのは当然であるが、同時にこの性能の発現によって生じる発生応力に十分耐えられる機械的性質、とくに耐力が具わっていなければ、折角発現した形状記憶作用によって自ら物理的変形が強いられ、締付け応力を自ら失って折角の形状記憶効果を著しく減殺し、ときには使用上の欠陥となりかねない。そのため形状記憶作用を利用して他の構造材の接合、取付けを目的として採用するには、少なくとも該構造材以上の強度、特に耐力を具えることが要件となり、加えるに十分な伸びを併せた機械的性質を充足することが必要である。対象である構造材より耐力が上回れば上回るほど、形状記憶作用が同一であれば管継手の肉厚を低減できるし、これが軽量化、材料コスト、施工性の改善に直接関与することは言うまでもない。
【0011】
その観点から前記文献をはじめ公知の従来技術を一切調査した限り、課題解決に直接応えるものはないようである。何れも重点は形状記憶効果、成形性や割れ、耐食性や高温耐酸化性に集約され、稀に伸びその他の機械的性質の改善を副次的に触れたもの(特許文献3)が認められる程度に留まる。
【0012】
一方、成分的な観点からみると、既に記述した通り鉄系形状記憶合金の原理は積層欠陥エネルギーを低くして、γのすべり変形が生じるより優先してγ−ε変態を誘導することにあり、Fe−Mn−Si系の基本成分にCr、Mo、Co、C、Al、Cu、Niなどを添加して相乗作用を発揮させることは、特許文献として引用を省いたが、米国特許4,780,154号、4,933,027号、4,929,289号などの開示を通じてよく知られており、希土類元素(Sc、Y、La、Ce)やN、V、Nbなどの微量添加も新規なものではなく、成分自体で特許性を謳うことは最早かなり難しい技術水準に達している。
【0013】
今後の研究開発の指標は実用材としての整合性に向けられる。実験室の段階ならばとにかく、実用製品として提供するには、その製造が容易で、かつ比較的安価に大量生産に馴染む方法で安定して供給されなければならない。その意味では余りに多種類の添加成分で構成することは必然的に大きく異なる溶融点や蒸気圧の元素をコントロールする技術上の困難性を助長し、溶解条件、溶湯管理、鋳造条件の小さなバラツキが製品品質の均一性に大きな障害要素となる。成分はできるだけ単純明快であることが品質のバラツキを抑制し、たとえば形状記憶機能や強度の再現性を保証する。
【0014】
とくに微量成分の添加は特殊な溶解条件を必要とし、その結果次第では品質上の変動幅を拡大しやすい。酸素との親和力が強い元素は歩留まりのバラツキも大きく、そのまま品質のバラツキに直結する。その他、市場に流通するにはスクラップ管理、戻し入れ材料の単一性の確保から言っても、添加成分が複雑化すると汚染が重なり所期の品質を担保する材料管理面で大きな不安要素となりやすい。
【0015】
本発明は以上の課題を解決するためにFe−Mn−Si系を基本成分とする鉄系形状記憶合金において、形状記憶特性を保証しつつも最も単純な成分添加によって最も効果的に耐力と伸びを向上させる製造方法の提供を目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法は、重量%にしてMn:15〜40%、Si:3.5〜8.0%、残りFeを基本成分とする鉄系形状記憶合金を対象に、γ−オーステナイト結晶粒界に沿って細長くε−Cu相を析出しない濃度までを限度としたCuを含み、凝固成形後、偏析、濃化したMn、Siの析出物をγ−オーステナイト相内へ固溶する温度まで溶体化処理を行なった後、該温度から急冷して過飽和に固溶するCuの一部を結晶粒内へ微細に析出硬化させることによって前記基本成分の形状記憶特性を少なくとも同等以上に維持しつつ強度、とくに耐力と延性を向上させることによって前記の課題を解決した。
【0017】
出願人は数多くのFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金に係る公知の添加成分のうち、とくにCuに着目した。前記の特許文献1及び2においては、Cuは形状記憶効果を劣化することなく耐食性を向上するが、その添加は上限1%で十分であるとし、同文献3ではCuはオーステナイト生成元素で微量添加させると耐食性向上に有効だが、0.1%以上添加することが必要、ただしCuにはオーステナイトの積層エネルギーを高める作用があり3.0%を超えるとε−マルテンサイトの生成を阻害するので、これを上限とするとあり、同文献4にも同旨の作用と限定理由が述べられている。しかし何れにしても全て耐食性の向上に重点を絞った記載に終始し、その他の作用、効果について聊かの言及も示唆も読み取ることはできなかった。
【0018】
本発明は前記課題解決に向けて形状記憶性能を劣化させない限度において、材料の強靱性、とりわけ耐力の向上を目指し、その強化手段が単純で製造上の調整や管理の負担を加重しないという観点から、未だかって何人も着目しなかったCuによる強靱化を発想し、実験を繰り返した結果、予想以上に優れた数値に到達したのである。
【0019】
Fe格子の中でCu原子は拡散しにくく、オーステナイトから空冷しても過飽和状態が得られ、その後の析出によって明らかな時効硬化が得られる。Cuのγ相への固溶限はα相への固溶限よりも大きいこと、およびこの系には金属間化合物の存在しないことが既に知られているが、γFe+εCu域における固溶限はまだ明らかに決定されていないようである。図6(A)(B)はFe−Cu系状態図の全体と低Cu領域の拡大部分図であり、石原はFe−C−Cu系におけるγ固溶体の固溶限はC:1.7%、Cu:6.0%であり、また三元共折点はC約0.9%、Cu約1.9%で、その温度は約700℃であると報告している(「鉄鋼と合金元素」日本学術振興会−製鋼第19部会編)。
【0020】
Hornbogen,Glemは面心立方格子構造よりなるCu析出物を確認し、初期に100Å程度のものとして現われ、Zenerの式に従う速度で成長することを見出した。MillerによるとCuを添加することにより析出硬化を行なわせCを増加することなく強さを増すことができるとし、Williamsによると含Cu鋼ではCuを0.75%含めば析出硬化反応があり、これによって母相が強められ結晶粒内のすべりによって起る変形を妨げるとしている。
【0021】
田中、伊藤はα鉄系の含Cu鋳鋼について研究した結果、Cu:0〜0.5%鋼では析出硬化反応は全く起らない。Cu:1.0〜1.5%の範囲では最も析出硬化を示す。2%以上のCu添加では焼ならし冷却中の冷却速度が早いとCuが微細に析出して著しく硬化するが、遅い冷却では硬度が低く、しかも何れの場合でもその後、焼戻しを加えてもそれ以上のCuの析出は僅少に留まると報告した(同上文献)。
【0022】
前記の報告は全て常温におけるFe組織がα相を母相としており、本発明の対象である常温組織がγ相である材料とは異なるが、α相に比べてγ相に対するCuの固溶限が大きいという定説を前提とした上で、以上の知見に基づいてFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金に当てはめて実験を進めたところ、つぎに要約するような作用と効果を特定することに成功したのである。
【0023】
▲1▼Cuの固溶限が対γと対αとでは異なり過飽和の限界の違いがあるとしても、Cuの添加量は、少なくとも0.5%が必要で、従来技術の全てが推奨する0.1%レベルでは強度向上については全く無意味である。
▲2▼形状記憶合金としての実用上の要請を勘案すれば、多量配合のSi、Mnの偏析や濃化を是正する溶体化処理が必要であり、これは同時にCuの微粒析出による析出硬化を誘発するための要件でもある。
▲3▼しかしその場合も析出物の高硬度を得るためには急冷が必要である。ただし析出硬化型のステンレス鋼と異なり、焼戻しによる析出硬化の昂進は認められないから、焼戻し処理(ステンレス鋼では必須の時効処理)は不要であるという重大な相違点がある。
▲4▼後述の実施例でも示すように、Cu含有量が0.5%までは、その効果は少なく、Cu含有量が高まりCu析出が結晶粒界に沿って細長く認められるに至ると、形状記憶作用が急落して目的の機能を失う。これは如何に母相を強化しても結晶粒同士の結合エネルギーを減退させる析出物が介在し、結晶粒間自体の積層エネルギーが低くなって負荷に対して可逆変態よりすべり変形が優先するからと推理することができる。結果的に形状記憶能力を著しく阻害するからCuの上限はかかる粒界析出の現われる前の3%までとなる。
【0024】
その他の成分の限定理由については公知であるが、簡単に列挙しておく。
Mn:Mnはオーステナイトを強く安定化する。また室温付近の加工による応力誘起マルテンサイト変態によってε相を生成するが、Mn:15%未満では加工によってα’マルテンサイトも生成されて形状記憶効果が低下する。また40%を超えると母相のオーステナイトが安定化し過ぎてγ−α変態よりもγのすべり変形が優先的に進み、形状記憶効果を低下させる。
【0025】
Si:Siはγ−ε変態を促進させる元素であるが、その効果は3.5%以上の添加によって得られる。しかし8.0%を超えると前記形状記憶合金の加工性や成形性が低下し、製造上の障害となりやすい。
【0026】
Cr:Crはγ−ε変態を容易にする効果があり、形状記憶特性を向上させ、かつ、耐食性および耐高温酸化性を向上させる。しかし10%を超えるとSiと低融点の金属間化合物を作るため合金の溶製ができなくなる。
【0027】
また、溶体化処理の実施要件を設定した理由は、加熱が1050℃を超えない温度域では合金元素が十分固溶せずに母相内に粒状介在物として残存し機械的性質を低下させる。しかし電力の消費や熱処理炉の劣化などの条件を考えると1150℃以上の加熱は必要なく、経費と効果を勘案すればこの温度で十分である。加熱温度における保持時間にについても、0.5時間を超えないと前記の粒状介在物が完全に固溶せず残存の懸念があるが、1時間の保持があれば十分であり、作業時間工数やエネルギーコストの低減を重視して品質保証との兼ね合いでシビアに設定するのが望ましい。
【0028】
【発明の実施の形態】
表1は0.04%C−28%Mn−6%Siの基本成分に5%Crを加えてベース材とし、Cuを加えない従来材を比較例1、Cuを0.2%、5.0%添加したものを比較例2、3とし、Cuを0.5%、1.0%、3.0%添加したものを実施例1〜3として溶製し、公知の遠心力鋳造法によって管状体を成形した。
【0029】
【表1】
【0030】
遠心力鋳造法を選んだのは、高速回転する金型内へ溶湯を注入することにより組織が微細で成分偏析や濃化が少ないという品質上の利点に加えて、他の成形手段に比べて生産性が高く量産に馴染むという長所も評価したからである。しかし本発明は成分とその特有の作用、効果を発現させる熱処理を趣旨とするから、他の成形方法、たとえば静置鋳造、連続鋳塊−圧延または鍛造−成管、溶湯鍛造等、全ての成形手段にも例外なく適用できる汎用性がある。
【0031】
成形した管状体は1373K、1時間加熱保持を行なった後、空気放冷を行なって鋳放し状態で析出したFe,Mn,Si系からなる介在物をγ相内へ固溶して母相を清浄化すると共に、過飽和に固溶するCuの一部を微細に分散析出させることによって析出硬化を誘発させた後、ここから規定寸法の試験片を切り出す。得られた各試験片は同じ条件で処理して形状回復量と耐力、引張強さ、伸びを測定した。
【0032】
形状回復率の測定は試験片(全長は55mm、平行部は長さ23mm、直径4mm、標点距離は20mm)内の加工歪みを取り除くため測定前に応力除去焼鈍(Ar雰囲気中で873K×10min保持後に炉冷)を施した。回復率は次に列記する工程を二度繰り返した後に測定した(トレーニング処理)。
▲1▼引張り歪み付与
各試験片毎に定められた歪み量を引張り試験機で付与した後、試験片のケガキ線(20mm)を標点間距離としてデジタルノギスで測定した。引張り速度は試験機のクロスヘッド速度を1.0mm/min(歪み速度にして8.3×10−4)とし、恒温室(300K)にて実施した。
▲2▼加熱処理
試験片に歪みを付与した後、小型熱処理炉を使用してAr雰囲気中で873°K×10min(二度目は573K×10min)の熱処理を行なった後空冷した。
▲3▼形状回復率測定
試験片を放冷させた後、標点間距離を再度測定してその収縮量を算出した。
【0033】
このようにして得られた結果を表2にまとめて示す。
【0034】
【表2】
【0035】
この表から判断すると、Cu:0.2%の添加では無添加の従来例(比較例1)と何ら強度的な変化はうかがえず、従来技術のすべてが推奨する下限(0.1%添加)の領域では目的を達成することは明らかに不可能である。少なくとも実施例1(0.5%添加)以上で初めて機械的性質、とくに主目的である耐力の向上が明らかに顕れ、この例では20%以上の向上が見られ、母相の強靱化に伴って形状記憶性能も7%の向上が認められる。
【0036】
Cu添加量の増加と共に耐力、伸び共に増加し、実施例3(3.0%添加)ではそれぞれ比較例1に比べて44%、33%の向上を記録するが、形状回復率はCu:1%をピークとして下がる傾向に転じその面からの限界が顕れる。
【0037】
比較例3(5.0%添加)に至ると耐力はさらに増加するものの伸びは減少に転じ、形状回復率は急減して従来材の水準から大きく後退し、最早、上限を超えたことを明示する。この一連の変遷については各試験片の光学顕微鏡によるマクロ組織とX線マイクロアラナイザーの画像から推理することができる。
【0038】
図1の(A)は比較例1、(B)〜(D)は実施例1〜3、(E)は比較例3の光学顕微鏡組織写真(倍率400)であり、図2〜図4は実施例1〜3、図5は比較例3のX線マイクロアナライザー画像である。両者を見ればCu:1%までは析出物がほとんど認められず、結晶粒内に多少の非金属介在物が見られる以外は全面ほぼ均一なγ相であることに変りはない。γ相に対しては、この範囲付近まではCuとの固溶体が生成されるものと解釈される。
【0039】
固溶体の生成は面心立方格子のγ−鉄のうち、最も空隙の大きい四面体空隙と八面体空隙でFe原子の一部がCu原子と置換して起きるが、FeとCuの原子直径は完全に同一ではないから、その近くの結晶格子の網目に歪みが生起し、この結果、原子面に沿ってすべりが起りにくくなって耐力を増加する。Cuの固溶が進むにつれて格子歪みが全域に波及し強靱性を向上させるものと解される。
【0040】
Cu:3.0%に達すると粒内に微細なCu相が析出し固溶限を超えて過剰に含まれるCuの一部が析出したものと見られる。Cu:5.0%に至るとCu析出したCu粒子がさらに増加するが、それと共に結晶粒界に沿って細長い析出相が連続的に現われ、明らかに前者と異なる組織に変化している。機械的性質や形状記憶性能の変動と照合して総合的に判断すれば、Cu添加量の上限を決定付ける基本的な根拠を形成する。
【0041】
【発明の効果】
本発明は以上述べたように形状記憶能力を最低でもFe−Mn−Si系鉄系形状記憶合金(従来材)より下げることなく、むしろ向上しつつ実用製品、とくに他部材の締付け、取付け用の部材として該形状記憶特性を100%発揮できる根源となる機械的性質、就中、耐力を向上する製造方法を確立する効果がある。しかも実用材として量産する上で具体的に重要な溶解、鋳造、手入れの各段階における管理と制御が最もシンプルで施工性の容易さの点では、他の多くの従来技術を凌駕する現場的利点も看過し難い。
【0042】
さらにこの材料が耐食性においても他の多くの添加成分による作用を上回ることは先行文献にも開示されている通りであって、本発明の実施に伴って得られる副次的効果があることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【図1】(A)〜(E)はCu含有量が0〜5.0%に至る各段階における溶体化処理後の光学顕微鏡組織写真である。
【図2】Cu:0.5%添加の実施例1のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図3】Cu:1.0%添加の実施例2のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図4】Cu:3.0%添加の実施例3のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図5】Cu:5.0%添加の比較例3のCuに係るX線マイクロアラナイザーの画像写真である。
【図6】Fe−Cu系の二元状態図の全体図(A)と低Cu域の部分拡大図(B)である。
Claims (4)
- 重量%にしてMn:15〜40%、Si:3.5〜8.0%、残りFeを基本成分とする鉄系形状記憶合金の製造方法において、γ−オーステナイト結晶粒界に沿って細長くε−Cu相を析出しない濃度までを限度としたCuを含み、凝固成形後、偏析、濃化したMn、Siの析出物をγ−オーステナイト相内へ固溶する温度まで溶体化処理を行なった後、該温度から急冷して過飽和に固溶するCuの一部を結晶粒内へ微細に析出硬化させることによって前記基本成分の形状記憶特性を少なくとも同等以上に維持しつつ機械的性質、とくに耐力と延性を向上させることを特徴とする強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法。
- 請求項1においてCuの含有量を0.5〜3.0重量%とすることを特徴とする強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法。
- 請求項1または2において、Crを10重量%以下の範囲で含有することを特徴とする強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法。
- 請求項1乃至3の何れかにおいて、成形した素材に1323〜1473Kの温度域で0.5〜1時間保持する溶体化処理の後、該保持温度から水冷、または空冷によって急速に常温まで冷却することを特徴とする強靱性鉄系形状記憶合金の製造方法。
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JP2014040645A (ja) * | 2012-08-23 | 2014-03-06 | National Institute For Materials Science | 快削鉄系形状記憶合金 |
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- 2003-03-27 JP JP2003087468A patent/JP2004292896A/ja active Pending
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