JP3633907B2 - 高張力鋳鋼およびその製造方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、動的破壊靱性に優れた高張力・高靱性鋳鋼およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
特許第2803331号(特開平4−52218号)公報には、重量比で、C;0.3〜0.7%、Si;1.8〜3.0%、Mn;0.8%以下、P;0.1%以下、S;0.07%以下、さらにMo;0.7%以下、Cu;1%以下、V;1%以下、Ni;1%以下、Al;0.1%以下のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不純物元素からなる溶湯を、4℃/sec以上の冷却速度で鋳造した後、オーステンパー処理し均一微細なベイナイトと安定な残留オーステナイトの混合組織とすることを特徴とする高靭性鋳鋼の製造方法の発明が開示されている。
【0003】
この特許第2803331号公報記載の発明は、銅水冷鋳型を使用して鋳造し、未変態オーステナイト量が0.6%以下と少なく、引張強度852〜1314MPa、衝撃値51〜96MPaの特性を示すものである。
【0004】
さらに、上記の発明の明細書には、従来技術として、カナダ特許第1130617号明細書(特開昭55−94461号公報)に開示されている高炭素、高シリコン鋳鋼が紹介されているが、この鋳鋼は、重量比でC;0.8〜1.2%、Si;2.0〜2.6%、Mn;0.3〜1.0%、CrおよびNi;1%以下、その他にNb、Al、Mo等を少量含有する鋼をオーステンパー処理することにより、ベイナイト−オーステナイト(30〜40体積%)組織とし、高強度で高靭性の鋼を得ている。この鋳鋼においては、高Si含有量とすることにより、オーステンパー処理におけるセメンタイトの析出を防止し、生成するベイナイトのC含有量を低めるとともに、結果として残留オーステナイトのC含有量を増加し、残留オーステナイトが安定化して、高強度および高靭性が得られている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
鋳鋼は、鋳造で複雑形状のものが得られ、強度にも優れ、種々の機械部品などに使用されるが、より高張力化(薄肉、軽量化)が求められている。
【0006】
オーステンパ球状黒鉛鋳鉄(ADI)ではオーステンパ処理により機械的性質が大幅に改善しており、優れた強度と靱性を有している。しかしながら、10容積%程度の黒鉛が含まれているため、ヤング率が一般的な鋼より約20%も低く、薄肉化には不向きである。
【0007】
一般的に、材料の強度が高くなるにつれて靱性は低下する傾向がある。高強度材料において脆性破壊を起こした事故が問題となっている。疲労により高強度材料に多数の微細亀裂が生じ、亀裂を起点として急速な破断が起こる。高強度材料については、こういった衝撃破壊に対する優れた特性が求められる。
【0008】
銅水冷鋳型を用いる上記特許第2803331号公報記載の方法は、合金成分のSi量が高くMn量が低いので、鋳造時の黒鉛晶出を抑えるために、金型鋳造により鋳造時の冷却速度を4℃/秒以上にしなければならないという制限がある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、鋳鋼の組成において、C、Si、Mn、Cu、Moの含有量を調整し、オーステンパ処理をすることによって、従来の最高レベルの鋳鋼の性能を上回る動的破壊靱性に優れた高張力・高靱性鋳鋼が得られることを見出した。
すなわち、本発明は、重量%で、C;0.3〜0.7、Si;1.0〜2.0、Mn;0.8〜2.0、Mo;0.3〜1.5、Cu;0.3〜1.5、P≦0.1、S≦0.07、Ni≦1.0、Cr≦1.0、V≦1.0を含有し、残部がFeおよび不純物元素からなる組成を有し、オーステンパ処理による残留オーステナイトを2〜30%含んだベイナイト組織であり、引張強度が1100〜1900MPaで、動的破壊靱性が80〜110MPa・m1/2 であることを特徴とする高張力・高靱性鋳鋼である。
【0010】
また、本発明は、重量%で、C;0.3〜0.7、Si;1.0〜2.0、Mn;0.8〜2.0、Mo;0.3〜1.5、Cu;0.3〜1.5、P≦0.1、S≦0.07、Ni≦1.0、Cr≦1.0、V≦1.0を含有し、残部がFeおよび不純物元素からなる溶湯を鋳造して鋳物素材とし、該鋳物素材を850℃〜1000℃で、30分から3時間オーステナイト化処理し、250℃〜450℃で、10分から2時間恒温変態処理することを特徴とする上記の高張力・高靱性鋳鋼の製造方法である。
【0011】
本発明の鋳鋼はオーステンパ処理による残留オーステナイトを約2〜30%、好ましくは約10〜25%含んだベイナイト組織からなる。残留オーステナイトの量はSi量が多くなれば増える。
【0012】
実施例1に示す本発明の鋳鋼は、図2に示す伸び(ε/%)と引張強度(σTS/MPa)の相関図において、伸び12%で引張強度1100MPaの点と伸び2%で引張強度1700MPaの点とを結ぶ直線より右斜め上の領域の伸びおよび引張強度を有し、伸び3〜20%で1100〜1900MPaの高張力を有しており、さらに、動的破壊靱性値は80〜110MPa・m1/2 の範囲にある。このように優れた引張強度、伸び特性と動的破壊靱性値と有する本発明の鋳鋼は自動車部品などの精密機械部品の薄肉・軽量化に特に好適なものである。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明の鋳鋼の組成は、重量%で、C;0.3〜0.7、Si;1.0〜2.0、Mn;0.8〜2.0、Mo;0.3〜1.5、Cu;0.3〜1.5を基本成分とする。
【0014】
Cは鋳鋼の強度を確保し安定なオーステナイトを残留させるために必要な元素である。0.3%未満であると、安定なオーステナイトが残留せず、靱性が低下する。黒鉛が生成すると靱性が低下するので、黒鉛の析出を防止するためには炭素量は0.7%以下に低くする必要がある。
【0015】
Siはオーステンパ処理後の残留オーステナイト量を増加させる傾向が最も大きい合金元素であり、1.0%より少なすぎるとオーステナイトの安定化を損なう。Siが2.0%を超えて多すぎると、黒鉛の晶出、析出を招くと同時に恒温変態性を損ない、強度の低下を招く。好ましくは、1.2〜1.8%とする。
【0016】
Mnは、MoおよびCuとともに含有量を調整することにより、残留オーステナイトを安定化して靱性を付与する成分である。Mnは、多くなると偏析により靱性を劣化させるとして従来の鋳鋼では約0.8%程度以下に抑えられているが、本発明の鋳鋼においては、MoとCuをある程度含有させることに関係して、0.8〜2.0%含有させる。Mnが2.0%を超えて多すぎると、凝固時に粗大な炭化物を晶出し、延性を著しく損ない、0.8%より少なすぎると黒鉛の晶出、析出を招くと同時に恒温変態性を損なう。好ましくは、1.0〜1.5%とする。このように、Mn量を高くすることにより実用的な冷却速度で凝固時の黒鉛化が起こることはないし、恒温変態時の黒鉛化も抑えられる。
【0017】
Moは、MnおよびCuとともに含有量を調整することにより、残留オーステナイトを安定化する元素であるが、多量に含有されると脆化するので1.5%以下、好ましくは、0.3〜0.6とする。Moは、Mnと同様に、1.5%を超えて多すぎると、凝固時に粗大な炭化物を晶出し、延性を著しく損ない、0.3%より少なすぎると黒鉛の晶出、析出を招くと同時に恒温変態性を損なう。
【0018】
Cuは、MnおよびCuとともに含有量を調整することにより、残留オーステナイトを安定化する元素である。Cuが1.5%を超えて多すぎると、一部が溶解炉に蓄積し、結果的に安定した溶解操業に困難をきたし、0.3%より少なすぎると恒温変態性を損なう。好ましくは、0.7〜1.0%とする。
【0019】
P、Sはできるだけ少ない方が望ましく、脆化を防止するためにはPは0.1%以下、Sは0.07%以下に抑制する。
【0020】
Ni、Cr、Vなどの通常、鋳鋼において使用され得るその他の合金元素が必要に応じ、少量添加されてもよいが、多量に含有されると脆化するので1.0%以下とする。Alは合金元素として特別に添加することはなく、不可避的に随伴されても0.1%以下である。
【0021】
上記の合金組成において、鋳造した鋳物素材を850℃〜1000℃で、30分から3時間オーステナイト化処理し、250℃〜450℃で、10分から2時間恒温変態処理することにより、残留オーステナイトを2〜30%含んだベイナイト組織が得られる。本発明の鋳鋼を得るための鋳造法は、通常のアルカリ・フェノール自硬性鋳型や砂型を用いる方法でよく、特に限定されない。
【0022】
オーステンパ処理は鋼の熱処理方法として公知の方法であるが、本発明の方法においては、オーステナイト化処理は850℃〜1000℃で、30分から3時間鋳物素材を保持した後、恒温変態処理温度に保ったソルト浴などに浸漬して行う。オーステナイト化処理の温度と時間に関しては、オーステナイト化温度が高い場合は時間を短くし、オーステナイト化温度が低い場合には時間は長くとる必要がある。オーステナイト化処理温度が850℃未満では、均一、安定なオーステナイト化が達成されないため、所望の強度靱性を得ることができず、1000℃を超えると結晶粒が粗大化し、靱性および延性が低下する。オーステナイト化処理時間が30分未満では、所望のオーステナイト化が実現できず、他方3時間であれば十分である。
【0023】
次いで、オーステナイト化処理した鋳物素材をソルト浴などに浸漬して250℃〜450℃で、10分から2時間恒温保持する。保持温度が高いと高靱性に、低いと高強度低靱性となるが、250℃未満ではマルテンサイトを多量に形成してしまい、所望の基地組織を得ることができず、450℃を超えるとパーライト組織が生じ、靱性が低下する。
【0024】
引張強度はオーステンパ時間が0.03ks、0.3ksにおいて最も高く、他方時間が長くなるにつれて引張強度が減少する。伸びは、60分付近まで増加し、さらに長くなると減少する。また、オーステンパ時間が10分未満では、多量の不安定なオーステナイトが残留し、空冷の過程でマルテンサイとが生成し、靱性が低下する。60分までは動的破壊靱性値が増加するが、さらに長くなると動的破壊靱性値は低下し、漸減する傾向となる。したがって、これらの特性を考慮してオーステンパ時間は10分から2時間とする。より好ましくは30分から1.5時間とする。
【0025】
【実施例】
実施例1
表1に示す合金IIの組成になるように供試材を製造した。Si添加量は1.48%とした。原料をアーク炉により溶解させ、アルカリ・フェノール自硬性鋳型によって鋳造し、焼鈍後に粗加工を施し鋳物素材とした。
【0026】
【表1】
Figure 0003633907
【0027】
マッフル炉内においてオーステナイト域1173Kで3.6ks保持をした後、さらに、ベイナイト変態温度域に設定した塩浴炉中に素早く投入し、一定時間保持した後、空冷することによりオーステンパ処理を行行った。塩浴での保持温度は523K、573K、623K、673Kの4種類とし、その時の保持時間は0.03ks、0.3ks、0.9ks、1.8ks、3.6ks、7.2ks、10.8ksの7条件を設定した。なお、本鋳鋼の合金元素添加量から計算したMs点は約630Kである。図1は、実施例1により得られた鋳鋼のオーステンパ処理時間と残留オーステナイト量との関係を示すグラフである。
【0028】
比較例1
表1に示す合金Iの組成になるように鋳物素材を製造した。Si添加量は0.59%とした。鋳造、熱処理条件は実施例1と同じとした。
【0029】
引張り試験
鋳物素材から、機械加工によりφ4mm×17mmの平行部をもつ丸棒試験片を作成した。いずれの試験も室温、大気中において、初期ひずみ速度が5.0×10 の条件で行った。
【0030】
計装化シャルピー衝撃試験
室温にて、容量49N・mの計装化シャルピー衝撃試験機を用いて試験した。計装化により荷重−変位曲線が得られ、これらの積分値から衝撃エネルギーが求められる。本実施例では、10mm×10mmの断面をもつ角材に熱処理後、まず、深さ2mm、幅約0.3mmの切欠きを導入した。その後、クラックメーカーを用いて、さらに切欠き底部に疲労き裂を発生させたものを試験片とした。得られた最大荷重から動的破壊靭性値の値を得た。
【0031】
各オーステンパ処理温度と処理時間に対応する引張強度、伸び、動的破壊靭性の値を表2に示す。
【表2】
Figure 0003633907
【0032】
図2に、引張強度と伸びの相関を示す。比較のために高強度・高靭性材料として知られるADIについても、文献から参照し、記した。図2中に記入した数値は計装化シャルピー試験の結果から計算された合金IIの573Kと673Kにおける動的破壊靭性値であり、単位は(MPa・m1/2 )である。合金IIの動的破壊靭性値は80〜110MPa・m1/2 の間の大きな値であった。
【0033】
図2から、引張強度1100〜1900MPaの範囲で合金Iでは2〜10%の伸びであるのに対して、合金IIでは4〜18%もの大きな伸びを示す。オーステンパ処理温度が高いほど伸びが大きく引張強度は小さくなる。合金Iの最高の引張強度は合金IIの最高値より高い値を示すが、最も良好な伸びでも、8%程度であり、全体的に十分な伸びが得られなかった。図2において、伸びおよび引張強度が高くなる右斜め上の矢印の方向に向かうほど、強靭であるということができる。合金IIは、ADIと同程度の伸びの得られるところで、引張強度は約200MPa高い値となっている。合金Iと比べても、強靭化がされていることが分かる。
【0034】
図3に、合金IIにおいて、オーステンパ温度523Kでオーステンパ時間3.6ksの条件において熱処理した鋳鋼の顕微鏡写真を示す。この条件により得られた鋳鋼は、引張強度が1600MPa、伸びが10%および動的破壊靱性は110MPa・m1/2 の値であった。このように合金IIの優れた機械的特性の発現は、主にSi添加量の増加により、安定な残留オーステナイトの生成が促されたためと推測される。
【0035】
【発明の効果】
本発明の鋳鋼は、上記のように、動的破壊靱性に優れ、かつ高張力・高靱性のものであり、機械部品の薄肉化、軽量化に有用であり、特に、自動車部品のような、精密、小型鋳造部品などに好適である。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1により得られた鋳鋼のオーステンパ処理時間と残留オーステナイト量との関係を示すグラフである。
【図2】実施例1により得られた鋳鋼の伸びと引張強度の関係を示すグラフである。
【図3】実施例1において、オーステンパ温度523Kでオーステンパ時間3.6ksの条件において得られた鋳鋼の組織を示す図面代用顕微鏡写真である。

Claims (2)

  1. 重量%で、C;0.3〜0.7、Si;1.0〜2.0、Mn;0.8〜2.0、Mo;0.3〜1.5、Cu;0.3〜1.5、P≦0.1、S≦0.07、Ni≦1.0、Cr≦1.0、V≦1.0を含有し、残部がFeおよび不純物元素からなる組成を有し、オーステンパ処理による残留オーステナイトを2〜30体積%含んだベイナイト組織であり、引張強度が1100〜1900MPaで、動的破壊靱性が80〜110MPa・m1/2 であることを特徴とする高張力・高靱性鋳鋼。
  2. 重量%で、C;0.3〜0.7、Si;1.0〜2.0、Mn;0.8〜2.0、Mo;0.3〜1.5、Cu;0.3〜1.5、P≦0.1、S≦0.07、Ni≦1.0、Cr≦1.0、V≦1.0を含有し、残部がFeおよび不純物元素からなる溶湯を鋳造して鋳物素材とし、該鋳物素材を850℃〜1000℃で、30分から3時間オーステナイト化処理し、250℃〜450℃で、10分から2時間恒温変態処理することを特徴とする請求項1記載の高張力・高靱性鋳鋼の製造方法。
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