JP2004159612A - γアミノ酪酸の生産方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物、特に麹菌を用いて、短時間に、かつ高変換率でグルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸を生産する方法の提供。
【解決手段】グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。また、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
【選択図】 図1
【解決手段】グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。また、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
【選択図】 図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法に関する。
【0002】
また、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法に関する。
【0003】
【従来の技術】
γアミノ酪酸は、生物界に微量ながら広く存在する非タンパク質構成アミノ酸であり、生理的に重要な働きをする物質である。例えば、ヒトでは脳内に局在し、脳内神経伝達物質として働いていることが分かっている。また、γアミノ酪酸は、血圧上昇抑制作用をはじめとして、中性脂肪増加抑制作用、更年期障害症状緩和、脳機能改善作用、精神安定作用、記憶能促進など様々な機能性を有することが知られている。
【0004】
近年、これらのγアミノ酪酸の機能性の付与を目的として、紅麹や味噌、茶、胚芽米やチーズ、乳製品等の飲食品中のγアミノ酪酸を強化する方法が開発されているとともに、健康食品素材としてのγアミノ酪酸の生産も試みられている(例えば、特許文献1及び非特許文献1〜5参照)。なお、γアミノ酪酸の生成機構は、生体内に存在するグルタミン酸デカルボキシラーゼ(グルタミン酸脱炭酸酵素とも称する:Glutamate decarboxylase)の作用によりグルタミン酸が脱炭酸されて生成するものである。
【0005】
γアミノ酪酸を生産する微生物には、乳酸菌や大腸菌の他に、糸状菌の一種である麹菌がある。麹菌のうち、特に、紅麹(穀類にモナスカス(Monascus)属の菌株である紅麹菌を繁殖させた麹)は古くから血圧降下作用があるとして中国では重用されているが、近年の研究で、この有効成分はγアミノ酪酸であることが報告されている。γアミノ酪酸を多く含む紅麹の製造方法も開発されている(例えば、特許文献2参照)が、紅麹は、清酒や味噌などの醸造業界で一般に用いられる米麹と比べると、製麹に時間と技術を要し、さらには、醸造食品ではこの紅麹を醸造原料の一部として利用するため、γアミノ酪酸含有量が低くなり、醸造食品で有効量のγアミノ酪酸を摂取することは困難である。
【0006】
一方、一般的な醸造用麹菌を利用したγアミノ酪酸の生産法についても(例えば、特許文献3参照)検討されているが、いずれも生産効率は低く、実用性に乏しい。従って、今後さらに需要が高まると思われる機能性食品素材としてのγアミノ酪酸の生産において、微生物を利用した生産効率の高い生産方法の確立が求められているが、飲食品等として摂取する安全性の観点から、古くから醸造業界で利用されてきた微生物、特に麹菌の有効な活用方法が望まれている。
【0007】
醸造用麹菌を利用したγアミノ酪酸生産量に限界がある理由の一つは、固体麹を用いることにある。固体麹は、米や麦といった穀物に麹菌を繁殖させて得られる。固体麹単位重量当たりの菌体量は極めて少量である。γアミノ酪酸は麹菌体が持つグルタミン酸デカルボキシラーゼの働きで生産されるので、菌体量が少ないと必然的にγアミノ酪酸の生産量も少なくなる。なおかつ、麹菌の菌糸体は穀物の表面のみならず内部まで入り込んで増殖していくので、固体麹をγアミノ酪酸生産に用いる場合は、菌体の酵素を表面に露出するために固体麹のホモジナイズ工程が必要である。
【0008】
これに対し、麹菌を液体培養すると、麹菌の菌糸体のみがビーズ状に、あるいはフィラメント状に集合体を形成するので、菌体量は固体麹に比べて増加し、ホモジナイズ工程も必要ないので、γアミノ酪酸の生産には有効である。しかしながら、これまで、液体培養した麹菌の利用について検討されてはいるが、グルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸への変換率が悪く、所望の生成量を得るには至っていない。従って、単に麹菌を液体培養するだけでは、γアミノ酪酸を高生産することはできない。
【0009】
【特許文献1】
特開平11−103825号公報(第2−6頁)
【特許文献2】
特開2000−279163号公報(第2−5頁)
【特許文献3】
特開平10−165191号公報(第2−3頁)
【非特許文献1】
辻啓介、「日本醸造協会誌」、1994年、第89巻、p.207−211
【非特許文献2】
宮間浩一、阿久津智美、渡辺恒夫、岡本竹己、「味噌の科学と技術」、1998年、第46巻、p.168
【非特許文献3】
大森正司、矢野とし子、岡本順子、津志田藤二郎、村井俊信、樋口満、「農芸化学会誌」、1987年、第61巻、p.1449−1451
【非特許文献4】
三枝貴代、「生物と化学」、1995年、第33巻、p.211−212
【非特許文献5】
M. Nomura, Y. Someya, S. Furukawa, I. Suzuki、”Journal of Animal Sciences”, 1999, 70, 397−402
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記現状に鑑み、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物、特に麹菌を用いて、短時間に、かつ高変換率でグルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸を生産する方法を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、ピリドキサル5−リン酸の存在下において、グルタミン酸及び/又はその塩を、液体培養して得られたグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理することによりγアミノ酪酸を高生産できること、また、低温ストレスを付与した微生物を用いて処理することによってγアミノ酪酸を高生産できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(7)を提供する。
(1) グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
(2) グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物が低温ストレスを付与された微生物である、(1)に記載の生産方法。
(3) グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
(4) ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とする、(3)に記載の生産方法。
(5) 微生物が麹菌である、(1)〜(4)のいずれかに記載の生産方法。
(6) グルタミン酸及び/又はその塩が飲食品中に存在するものである、(1)〜(5)のいずれかに記載の生産方法。
(7) (6)に記載の方法によって得られる、γアミノ酪酸富化飲食品。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明の第1の態様は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法である。
【0014】
本発明で用いるピリドキサル5−リン酸(リン酸ピリドキサールとも称される)は、活性型ビタミンB6又は補酵素型ビタミンB6と呼ばれているビタミンB6群の一種であり、グルタミン酸デカルボキシラーゼの補酵素である。ピリドキサル5−リン酸は、特に限定されないが、例えば、公知の方法、例えば、ピリドキサルのリン酸化による合成方法等に基づいて生産したもの、あるいは市販のピリドキサル5−リン酸(例えば、和光純薬工業株式会社製のピリドキサル5−リン酸等)を利用することができる。また、米胚芽などのピリドキサル5−リン酸を含む生物材料をピリドキサル5−リン酸供給源として利用することもできる。しかしながら、γアミノ酪酸を高生産するためには、精製された市販のピリドキサル5−リン酸を用いるのが好ましい。
【0015】
本発明において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理するとは、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物を用いてグルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸へ変換する処理工程を、ピリドキサル5−リン酸を添加して行うことを意味する。
【0016】
ピリドキサル5−リン酸は、グルタミン酸及び/又はその塩がγアミノ酪酸へ変換される限り、該変換処理工程のいずれの時期において添加してもよいが、変換処理を十分に達成するために、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理する前に、予めグルタミン酸及び/又はその塩に添加しておくのが好ましい。
【0017】
ピリドキサル5−リン酸の添加量は、グルタミン酸及び/又はその塩の量に対して100:1〜2000:1のモル比の範囲であるのが好ましい。2000:1以下であるとγアミノ酪酸への変換効率が低くなり、100:1以上であるとコストの面から適当ではない。
【0018】
本発明の方法における基質として用いるグルタミン酸及び/又はその塩は、特に限定されないが、グルタミン酸塩としては、例えば、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウム、グルタミン酸塩酸塩等が挙げられる。グルタミン酸及び/又はその塩は、水、リン酸緩衝液等に溶解した溶液として利用することができる。また、グルタミン酸及び/又はその塩として、グルタミン酸及び/又はその塩が比較的多く含有される飲食品を利用することもできる。そのような飲食品としては、醤油や味噌、豆乳などのダイズ製品、ヨーグルトなどの乳製品、野菜ジュース等が挙げられる。また、本発明の飲食品には飲食品素材も含まれる。溶液又は飲食品中の基質としてのグルタミン酸及び/又はその塩の量は、10mM重量%以上であるのが好ましく、さらに好ましくは50mM重量%以上である。
【0019】
本発明において、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物とは、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有するものであれば特に限定されないが、特に、飲食品に添加しても安全性上問題がない、味噌、醤油、清酒、焼酎等の醸造やパン、ヨーグルト、チーズ等の醗酵食品の製造に利用されている微生物が好ましい。例えば、本発明において利用可能な微生物として、特に、醸造に用いられる麹菌が好ましく、アスペルギルス(Aspergillus)属菌、モナスカス(Monascus)属菌、ムコール(Mucor)属菌、リゾプス(Phizopus)属菌等が挙げられ、具体的には、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)等がある。また、発酵食品に利用される微生物としては、酵母菌のサッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisie)、乳酸菌のラクトバチルス(Lactobacillus)属菌、例えば、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバイチルス・ブレビス(Lactobatillus brevis)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)等が挙げられる。このうち、特に、バイオリアクターを用いてグルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸を生産する場合、液体培養すると菌体の固定化操作を行う必要がない麹菌の利用が好ましい。
【0020】
これらの微生物は、グルタミン酸及び/又はその塩のγアミノ酪酸への変換処理に先立って、予め適当な培地で培養し、菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼの活性を高めておくのが好ましい。培養培地としては、通常の培養に用いられている増殖可能な培地であればいかなる培地であってもよいが、培養後、グルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸へ変換できる程度に菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼの活性を上昇させ得る培地の利用が好ましい。例えば、通常の栄養合成培地であるYPD培地等が使用できる。また、特に、麹菌の培地として、各種原料の焼酎粕、シトラスモラセス(果汁再搾汁液)、魚煮汁(雑節加工)の各バイオマスを利用することによって、γアミノ酪酸生産能を高めることができる。具体的には、味噌麹菌では、米焼酎粕培地で培養するとYPD培地で培養した場合の約6倍のγアミノ酪酸が生産可能であり、他の魚煮汁やシトラスモラセスのバイオマス培地においてもYPD培地使用時に比べて数倍にγアミノ酪酸の生産が増加する。なお、培養は、固体培養、液体培養のいずれであってもよいが、特に、麹菌の場合、液体培養すると、麹菌の菌糸体のみがビーズ状に、あるいはフィラメント状に集合体を形成するので、菌体量は固体麹に比べて増加し、ホモジナイズ工程の必要もないので、液体培養した菌体を利用するのが好適である。
【0021】
本発明においては、上記微生物以外に、上記微生物の処理物を利用することも可能である。ここで処理物とは、上記微生物の摩砕物、粗酵素又は精製酵素等の抽出物、培養物、凍結乾燥物、固定化菌体等の上記微生物に種々の処理を施したものを意味する。なお、通常、乳酸菌や細菌等の微生物や酵素をバイオリアクターに用いる場合には、担体に固定化させる工程が必要であるが、上記のように麹菌体を液体培養によってビーズ状に形成させれば、γアミノ酪酸を生成する酵素は菌体表面に存在すると考えられるので、固定化工程を行わず、麹菌体をそのままバイオリアクターに利用することができる。
【0022】
上記微生物の使用量としては、グルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸に変換することができる量であれば特に限定されないが、例えば、培養した麹菌の菌体を用いる場合、500mMのグルタミン酸及び/又はその塩と0.5mM ピリドキサル5−リン酸の混合液250mlに対して、麹菌(3g乾燥重量)で処理することができる。
【0023】
本発明の方法においては、ピリドキサル5−リン酸の存在下で、上記微生物又はその処理物でグルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸に変換する。具体的には、ピリドキサル5−リン酸、並びにグルタミン酸及び/又はその塩を含む溶液又は飲食品に、上記微生物の菌体又はその処理物(摩砕物、粗酵素又は精製酵素などの抽出物、培養物、凍結乾燥物、固定化菌体等)を接触させることによって行うことができる。
【0024】
例えば、ピリドキサル5−リン酸の存在下で、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する場合、以下のようにして実施することができる。
【0025】
グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物を上記の培養可能な培地において培養する。培養は静置培養、振盪培養、通気攪拌培養等を行うことができる。このうち、麹菌の場合、振盪培養、通気攪拌培養が好ましく、乳酸菌の場合、静置培養が好ましい。培養温度及びpH、並びに培養日数は、使用する微生物の培養に適する条件で実施することが可能であるが、麹菌の場合、培養温度は25〜40℃、pH4.0〜7.0、培養日数は1〜5日である。
【0026】
培養して増殖した菌体を集菌し、洗浄後、ピリドキサル5−リン酸並びにグルタミン酸及び/又はその塩を含有する溶液又は飲食品が含まれた容器に投入し、20〜60℃、好ましくは30〜40℃下で10分以上、好ましくは1時間以上反応させる。変換の反応は、静置においても可能であるが、反応液の撹拌により基質濃度を均一にするのが好ましい。なお、撹拌は通気を目的としていないので、高速でなくてもよい。また、反応中、pHが変動する場合には、反応槽液をペリスタポンプでpH調整槽に循環させ、pHコントローラを用いてpH調整可能な試薬によりpHをグルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHに調整するのが好ましい。例えば、麹菌の場合、pH5.3〜5.5に調整するのが好ましい。また、使用する微生物によっては(例えば麹菌)、反応槽の攪拌に伴い、微生物が反応液から浮き上がりpH調整槽に流入することがあるため、反応液上部にステンレスの金網を設けることが好ましい。
【0027】
上記のような方法において得られたγアミノ酪酸は、公知の分離・精製法、例えば、濾過、抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、通電透析等の手段、あるいはこれらの組み合わせによって、回収、精製することができる。通電透析によるグルタミン酸及び/又はその塩とγアミノ酪酸の分離は、例えば、旭化成株式会社製、MICRO ACILYZER G3等の通電透析装置にγアミノ酪酸を含む反応液を通し、低電圧で透析することによって行うことができる。
基質のグルタミン酸及び/又はその塩が飲食品中に存在する場合には、γアミノ酪酸が富化された飲食品を得ることができる。
【0028】
以上のような第1の態様の方法において、味噌用麹菌を使用した場合、10μMのピリドキサル5−リン酸の添加で従来の製法の約64倍に、50μMの添加で約80倍に達する。
【0029】
本発明の第2の態様は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法である。
【0030】
ここで、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを除いては、第2の態様における各定義及び条件は、上記の第1の態様に記載の説明と同じである。
【0031】
本発明において低温ストレスを付与された微生物とは、上記の使用可能微生物の培養又は増殖に適する温度範囲よりも低い温度条件下で保持又は培養した微生物を意味する。例えば、好適な培養条件下で培養した上記の使用可能微生物の固体培養物又は液体培養物を15℃以下の低温にて静置又は培養することによって、低温ストレスを付与された微生物を得ることができる。特に、麹菌の場合には4〜15℃が好ましい。また、保存日数は1日以上、好ましくは3日以上である。具体的には、冷蔵庫内に微生物菌体を一定期間静置することによって達成することができる。例えば、一般的に麹菌の場合、菌体を4℃程度の冷蔵庫中に静置しておくとγアミノ酪酸の生産量は顕著に増加する。また、15℃の保存においてもγアミノ酪酸の生産量の増加は認められる。特に、味噌麹菌の場合、培養した菌を4℃で静置保存すると、3日の保存でγアミノ酪酸生産量は3倍に、10日保存で10倍になり、日数経過とともにγアミノ酪酸の生産量が増加することが認められた。一方、常温(30℃)や高温(55℃)での保存では、γアミノ酪酸の生産量増加の効果は見られない。
【0032】
本発明の上記の第1の態様と第2の態様は、それぞれ単独で実施することによってγアミノ酪酸の生産量を高めることができるが、これらを組み合わせることによってさらにその生産量を増強することができる。例えば、50μMのピリドキサル5−リン酸添加と微生物の4℃、10日間の低温保存を組み合わせて実施した場合、γアミノ酪酸の生産量は、従来の生産量に比べて約640倍にも達し、ピリドキサル5−リン酸の存在下での処理と低温ストレスを付与した微生物の利用を併用することによってγアミノ酪酸の生産量を著しく増加させることができる。
【0033】
【実施例】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
[実施例1] ピリドキサル5−リン酸の添加の効果
1. 使用菌株及び培地
麹菌は、種麹メーカー4社から入手した味噌用7株(全てAspergillus oryzae)、醤油用4株(A. oryzae3株、Aspergillus sojae1株)、清酒用3株(全てA.oryzae)、焼酎用4株(Aspergillus kawachii3株、Aspergillus awamori1株)、紅麹菌IFO株2株(Monascus purpureus IFO 4478、Monascus pilosus IFO 4520)の合計20株を醸造用糸状菌として用いた。
【0035】
2. 使用培地
Aspergillus属の麹菌の保存用斜面培地にはPDA培地(栄研化学株式会社製)を用い、Monascus属の紅麹菌の保存用斜面培地には上記PDA培地に0.2%のイーストエキスを加えて用いた。液体培養には、YPD培地(グルコース 4%、ポリペプトン 1%、イーストエキス 0.5%、KH2PO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.2%、和光純薬工業株式会社製、pH 4.7)を用いた。
【0036】
3. 各種麹菌の培養及びグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の測定
各麹菌を液体培地で培養し、培養後の菌体内外のグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)の活性を以下のようにして確認した。バッフル付三角フラスコに入れたYPD培地を121℃、15分間殺菌した。各麹菌の胞子を1×105 cell/mlとなるように0.9% NaCl溶液に懸濁して前記培地に植菌し、30℃、160rpm (BR−3000L,TAITEC製)で3日間振盪培養した。培養後、菌体を培養液から吸引濾過(SM−16510、sartorius製)とナイロン材により回収し、培養液の5倍量の0.9% NaCl溶液で洗浄した。次いで、水分を切った湿菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性を以下によって測定した。すなわち、L−グルタミン酸ナトリウム1水和物を50mM、ピリドキサル5−リン酸を50μMとなるように100mMのリン酸緩衝液(pH5.5)に加えて10mlとし、5分間保温後、約0.5gの湿菌体を加えて攪拌し、37℃、60分間反応させた。反応液をフィルターで濾過し、適宜希釈して、γアミノ酪酸の定量に用いた。また、反応に用いた菌体をNo.2ろ紙を用いて反応液から回収し、凍結真空乾燥機(DR−5、EYELA)で乾燥して乾燥菌体重量を測定した。なお、グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は、1分間に1μmolのγアミノ酪酸を生成する酵素量を1Uとし、乾燥菌体g当たりの酵素活性として示した。
【0037】
γアミノ酪酸の定量は、AccQ・TagTM法(Waters)により測定した。すなわち、0.45μフィルター濾過した試料10μlをホウ酸緩衝液70μlで希釈し、AccQ・Fluor試薬(Waters)20μlを添加して直ちに攪拌し、その後、55℃、10分間加温してγアミノ酪酸を蛍光誘導体化した。高速液体クロマトグラフィーを用いて、内部標準法により分離定量を行った。条件は次のとおりである。ポンプ:Waters 616、検出器:Waters 470(Ex.250nm、Em.395nm)、カラム:AccQ・Tag column(Waters)、カラム温度:37℃、移動相:AccQ・Tag溶離液A(Waters)とアセトニトリルのグラジェント、流速:1ml/min。
培養3日目の上記各種麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の測定結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
表1の結果から明らかなように、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)及びモナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)を除いて、用途が同じ株間では比較的標準偏差が小さかった。味噌用及び清酒用麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性がそれぞれ3.16±0.67U/g、2.89±0.09U/gで高く、両者の活性値には有意差は見られなかった。同じ、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)でも、醤油用麹菌の活性は1.39±0.21であり、味噌や清酒用と比較して有意に低かった(P<0.05, t検定法)。焼酎用のアスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)や泡盛用アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)の活性は1.17±0.27U/g及び0.94U/gであり、アスペルギルス・オリゼよりも低かった。モナスカス属2種は、いずれのアスペルギルス・オリゼ(n=13)よりもグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が低かった。固体麹ではモナスカス属菌は増殖が緩慢であるが、液体培養での増殖は他のアスペルギルス属菌に劣らなかった。なお、いずれの菌株も培養液中にはグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は全く見られなかった。
以上の結果から、特に、グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が安定して高く、麹菌体の形状が取り扱いやすいビーズ状であった味噌用麹菌のアスペルギルス・オリゼを以降の実施例において使用することとした。
【0040】
4. ピリドキサル5−リン酸の存在下でのグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
味噌用麹菌アスペルギルス・オリゼの胞子を上記3.に記載の方法で6日間液体培養した。各々1日〜6日間培養した菌体を培養液から吸引濾過(SM−16510、sartorius)とナイロン材により菌体を回収し、培養液の5倍量の0.9%NaCl溶液で洗浄し、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を測定した結果を図1に示す。
【0041】
図1中、●は50μMのピリドキサル5−リン酸を添加した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の経時的変化を、○はピリドキサル5−リン酸を添加しなかった場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の経時的変化を、□は乾燥菌体重量の経時的変化を示す。これらの結果から明らかなように、培養菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性はピリドキサル5−リン酸の添加によって著しく高まり、その活性は培養3日目に最大6.8 U/gであった。また、ピリドキサル5−リン酸を添加しなかった場合の酵素活性は培養を通して0.15U/g以下であった。培養液100ml当たりの菌体量は3日目まで増加し、5日目までほとんど変わらず6日目になると減少した。また、図2に、ピリドキサル5−リン酸(PLP)の添加濃度とグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性の関係を示すが、ピリドキサル5−リン酸濃度の増加とともにグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が上昇した。以上のことから、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することが非常に有効であることが確認された。
【0042】
なお、基質のグルタミン酸及び/又はその塩と菌体のみの反応ではグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性はほとんど見られず、補酵素ピリドキサル5−リン酸の添加によりグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が見られたことから、液体培養による麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼのほとんどはピリドキサル5−リン酸を伴わないアポ酵素の状態で菌体に存在すると考えられた。
【0043】
5. 麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pH及び温度安定性
味噌用麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHを検討するために、反応液のpHをpH5.3〜8.1の範囲は0.1M phosphate bufferを用い、また、pH4.2〜6.0の範囲は0.1M acetate bufferを用いて調整して酵素反応を行った。図3に、最も高い活性を100とした時の相対活性の結果を示す。その結果、pH5.5が至適pHと考えられ、pHが7.5以上で活性は消失した。また、温度安定性を検討するために、pH5.5において菌体を各30℃〜80℃の範囲で1時間保持し、その後、酵素活性を測定した。その結果を図4に示すが、麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼは40℃まで安定であった。
【0044】
[実施例2] 低温ストレスが付与された微生物によるグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
実施例1の3.に記載した方法により麹菌体を3日間培養し、湿菌体を回収した。得られた湿菌体を4、30、55℃の温度下に10日間静置保存した。3日目、7日目、10日目の菌体を用い、上記3.に記載の方法によりグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を測定した。その結果を図5に示す。グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は低温(4℃)下での保存時間に比例して増え続け、静置3日間で約3倍に、10日間で約10倍になった。なお、反応液中のγ−アミノ酪酸量及び菌体量は変化しなかった。また、30℃では保存前の活性とほとんど変わらず、55℃では活性は消失していた。さらに、図6に5〜25℃の温度において9日間麹菌を保存した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を示すが、15℃以下、好ましくは10℃以下、特に好ましくは5℃以下の保存が適当であることが明らかである。これらの結果から、低温ストレスを付与した微生物を用いることによって、γアミノ酪酸の生産量を高めることができることが明らかとなった。
【0045】
[実施例3] ピリドキサル5−リン酸存在下での、低温ストレスを付与した微生物によるグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
1. 使用菌株及び培地
麹菌は、(株)菱六から購入した味噌用種麹SR108(Aspergillus oryzae)を単胞子分離したものを用いた。保存用斜面培地には、PDA培地(栄研化学製)を使用し、液体培養にはYPD(グルコース4%、ポリペプトン1%、イーストエキス0.5%、KH2PO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.2%、和光純薬工薬製、pH 4.7)を用いた。
【0046】
2. 麹菌の液体培養
バッフル付三角フラスコに入れたYPD培地を121℃、15分間殺菌し、0.22μmフィルターで除菌したピリドキサル5−リン酸を50μMとなるように添加した。麹菌胞子を1×105 cell/mlとなるように0.9% NaCl溶液に懸濁して前記液体培地に植菌し、30℃、160rpm (BR−3000L,TAITEC製)で3日間振盪培養した。
【0047】
3. 攪拌型反応槽によるγアミノ酪酸の生産
YPD培地(初発pH 4.8、50μM ピリドキサル5−リン酸)にて3日間の液体培養で得られたペレット状の麹菌体6g(dry weight)を培養液中で4℃、1週間保存して菌体中のグルタミン酸デカルボキシラーゼを活性化させた。菌体を0.9% NaCl溶液で洗浄し、500mMのL−グルタミン酸ナトリウム1水和物及び0.5mM ピリドキサル5−リン酸の基質溶液(pH 5.5)250mlとともに200mL容の連続式攪拌混合(CSTR)型リアクターに投入した。なお、菌体の破砕処理や固定化処理は行っていない。スターラーで緩やかに溶液を攪拌しながら37℃の恒温水槽中で200分間反応させた。経時的に反応液のpHが上昇する傾向にあったので、反応液をペリスタポンプでpH調整槽(50ml)に循環させながら、pHコントローラを用いて3M HClで味噌用麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHであるpH 5.3〜5.5に調整した。反応槽の攪拌に伴い、麹菌体が反応液から浮き上がってpH調整槽に流入するのを防ぐため、反応液上部にステンレスの金網を入れた。20分毎にサンプリングし、γアミノ酪酸とグルタミン酸を定量した。
γアミノ酪酸及びグルタミン酸の定量は実施例1の3.と同様にAccQ−TagTM法(Waters)により行った。
【0048】
その結果を図7に示す。反応液pHを制御したリアクターによる高濃度基質の反応試験では、麹菌体がグルタミン酸デカルボキシラーゼの作用により、反応液中のグルタミン酸濃度は初発500mMから100分で10mM以下になり、その時γアミノ酪酸(GABA)が340mM生成した。最終的には200分で約400mMのγアミノ酪酸が生産され、変換効率は80%に達した。また、生産効率は8.5mmol γアミノ酪酸/g麹菌体/hr(0.9g/g/hr)と、極めて高かった。なお、反応当初に添加したピリドキサル5−リン酸由来の着色は、経時的に脱色されていき、反応終了液には着色が見られなかった。
【0049】
[実施例4] 通電透析によるグルタミン酸とγアミノ酪酸の分離
実施例3で得られた反応終了後の溶液を通電透析し、基質のグルタミン酸と生産物のγアミノ酪酸の分離した。通電透析装置は、旭化成(株)MICRO ACILYZER S1を、イオン交換膜カートリッジはAC220−20(有効膜面積20cm2)を使用した。240mMグルタミン酸及び200mM γアミノ酪酸を含有するリアクター反応液10mlを定電圧で60分間透析した。電解液にはO.5M NaNO3を用いた。
【0050】
その結果を図8に示す。グルタミン酸240mM、γアミノ酪酸(GABA)200mMと、基質と生産物の両方を高濃度に含有したリアクター反応液(pH5.2)を、定電圧通電によりイオン交換膜を利用して透析した場合、マイナスイオンに荷電したグルタミン酸は陽極に引かれてアニニオン膜を通り、40分でグルタミン酸の97%が透析されて、溶液中の残存グルタミン酸は8mM(3%)であった。一方、γアミノ酪酸はほとんどが溶液中に残存しており、イオン交換膜を利用した通電透析が、この2つのアミノ酸の分離に適していることが確認できた。
また、グルタミン酸の透過速度を速めるため、同じリアクター反応液のpHを7.3にして、同様に通電透析したところ、グルタミン酸はさらに速やかに透析された。
【0051】
[実施例5] 米焼酎粕のγアミノ酪酸富化
健康飲料として加工され注目されている、高濃度のクエン酸とアミノ酸を含む焼酎製造時の蒸留残査である焼酎粕に、γアミノ酪酸を富化することを試みた。実施例3と同様に培養し、4℃で7日間、低温ストレスを与えた味噌用麹菌体1.9gを200mL容の連続式攪拌混合(CSTR)型リアクターに投入した。10μMのピリドキサル5−リン酸を添加した米焼酎粕(pH 5.5)を、ペリスタポンプを用いて連続的にリアクターに供給し、処理液はオーバーフローにてリアクターから取り出した。リアクターにおける滞留時間は40分間、反応温度は37℃に設定した。スターラーで緩やかに攪拌しながら麹菌体と米焼酎粕を反応させ、240分間で焼酎粕1.2Lを通液した。リアクター処理前の米焼酎粕にはγアミノ酪酸72mg/Lが含まれていたが、図9に示すとおり反応時間60分以降に出てきた米焼酎粕中のγアミノ酪酸(GABA)濃度は平均して480mg/L前後に増加しており、リアクターによってγアミノ酪酸濃度は約7倍に富化された。
【0052】
[実施例6] 麦焼酎粕のγアミノ酪酸富化
培養培地として麦焼酎粕培地を用いて培養して得られた味噌用麹菌体2.0gを、低温ストレス付与の処理を行わずに、実施例5と同じリアクターに投入した。pH5.5に調整し、10μMのピリドキサル5−リン酸を添加した麦焼酎粕を連続的にリアクターに供給した。リアクター滞留時間20分、240分間の連続通液の結果、図10に示すように、反応開始40分でリアクター出口での麦焼酎粕中のγアミノ酪酸(GABA)濃度は1,000mg/L以上に達し、以降、平均して1,100mg/Lのγアミノ酪酸が含まれていた。グルタミン酸濃度が米焼酎粕よりも高い麦焼酎粕を利用して、さらに高濃度のγアミノ酪酸を蓄積することができた。なお、この場合、リアクター前後で、焼酎粕に含まれるアミノ酸はグルタミン酸とγアミノ酪酸の含有量が変化しているだけで、その他のアミノ酸組成にはほとんど影響が見られなかった。
【0053】
【発明の効果】
本発明によれば、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物、特に安全な醸造用麹菌を用いて、短時間に高濃度のγアミノ酪酸を生産させることができる。また、本発明の方法を用いて高濃度のγアミノ酪酸を含有する機能性飲食品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】麹菌の培養日数とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図2】ピリドキサル5−リン酸の添加濃度とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図3】グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性におけるpHの影響を示す図である。
【図4】グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の安定性に対する温度の影響を示す図である。
【図5】麹菌への各種低温ストレス付与における低温保存日数とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図6】5〜25℃の各温度において9日間麹菌を保存した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性を示す図である。
【図7】反応時間の経過に伴うγアミノ酪酸とグルタミン酸量の変化を示す図である。
【図8】通電透析処理におけるγアミノ酪酸とグルタミン酸量の変化を示す図である。
【図9】麹菌利用による米焼酎粕中のγアミノ酪酸の富化を示す図である。
【図10】麹菌利用による麦焼酎粕中のγアミノ酪酸の富化を示す図である。
【発明の属する技術分野】
本発明は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法に関する。
【0002】
また、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法に関する。
【0003】
【従来の技術】
γアミノ酪酸は、生物界に微量ながら広く存在する非タンパク質構成アミノ酸であり、生理的に重要な働きをする物質である。例えば、ヒトでは脳内に局在し、脳内神経伝達物質として働いていることが分かっている。また、γアミノ酪酸は、血圧上昇抑制作用をはじめとして、中性脂肪増加抑制作用、更年期障害症状緩和、脳機能改善作用、精神安定作用、記憶能促進など様々な機能性を有することが知られている。
【0004】
近年、これらのγアミノ酪酸の機能性の付与を目的として、紅麹や味噌、茶、胚芽米やチーズ、乳製品等の飲食品中のγアミノ酪酸を強化する方法が開発されているとともに、健康食品素材としてのγアミノ酪酸の生産も試みられている(例えば、特許文献1及び非特許文献1〜5参照)。なお、γアミノ酪酸の生成機構は、生体内に存在するグルタミン酸デカルボキシラーゼ(グルタミン酸脱炭酸酵素とも称する:Glutamate decarboxylase)の作用によりグルタミン酸が脱炭酸されて生成するものである。
【0005】
γアミノ酪酸を生産する微生物には、乳酸菌や大腸菌の他に、糸状菌の一種である麹菌がある。麹菌のうち、特に、紅麹(穀類にモナスカス(Monascus)属の菌株である紅麹菌を繁殖させた麹)は古くから血圧降下作用があるとして中国では重用されているが、近年の研究で、この有効成分はγアミノ酪酸であることが報告されている。γアミノ酪酸を多く含む紅麹の製造方法も開発されている(例えば、特許文献2参照)が、紅麹は、清酒や味噌などの醸造業界で一般に用いられる米麹と比べると、製麹に時間と技術を要し、さらには、醸造食品ではこの紅麹を醸造原料の一部として利用するため、γアミノ酪酸含有量が低くなり、醸造食品で有効量のγアミノ酪酸を摂取することは困難である。
【0006】
一方、一般的な醸造用麹菌を利用したγアミノ酪酸の生産法についても(例えば、特許文献3参照)検討されているが、いずれも生産効率は低く、実用性に乏しい。従って、今後さらに需要が高まると思われる機能性食品素材としてのγアミノ酪酸の生産において、微生物を利用した生産効率の高い生産方法の確立が求められているが、飲食品等として摂取する安全性の観点から、古くから醸造業界で利用されてきた微生物、特に麹菌の有効な活用方法が望まれている。
【0007】
醸造用麹菌を利用したγアミノ酪酸生産量に限界がある理由の一つは、固体麹を用いることにある。固体麹は、米や麦といった穀物に麹菌を繁殖させて得られる。固体麹単位重量当たりの菌体量は極めて少量である。γアミノ酪酸は麹菌体が持つグルタミン酸デカルボキシラーゼの働きで生産されるので、菌体量が少ないと必然的にγアミノ酪酸の生産量も少なくなる。なおかつ、麹菌の菌糸体は穀物の表面のみならず内部まで入り込んで増殖していくので、固体麹をγアミノ酪酸生産に用いる場合は、菌体の酵素を表面に露出するために固体麹のホモジナイズ工程が必要である。
【0008】
これに対し、麹菌を液体培養すると、麹菌の菌糸体のみがビーズ状に、あるいはフィラメント状に集合体を形成するので、菌体量は固体麹に比べて増加し、ホモジナイズ工程も必要ないので、γアミノ酪酸の生産には有効である。しかしながら、これまで、液体培養した麹菌の利用について検討されてはいるが、グルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸への変換率が悪く、所望の生成量を得るには至っていない。従って、単に麹菌を液体培養するだけでは、γアミノ酪酸を高生産することはできない。
【0009】
【特許文献1】
特開平11−103825号公報(第2−6頁)
【特許文献2】
特開2000−279163号公報(第2−5頁)
【特許文献3】
特開平10−165191号公報(第2−3頁)
【非特許文献1】
辻啓介、「日本醸造協会誌」、1994年、第89巻、p.207−211
【非特許文献2】
宮間浩一、阿久津智美、渡辺恒夫、岡本竹己、「味噌の科学と技術」、1998年、第46巻、p.168
【非特許文献3】
大森正司、矢野とし子、岡本順子、津志田藤二郎、村井俊信、樋口満、「農芸化学会誌」、1987年、第61巻、p.1449−1451
【非特許文献4】
三枝貴代、「生物と化学」、1995年、第33巻、p.211−212
【非特許文献5】
M. Nomura, Y. Someya, S. Furukawa, I. Suzuki、”Journal of Animal Sciences”, 1999, 70, 397−402
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記現状に鑑み、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物、特に麹菌を用いて、短時間に、かつ高変換率でグルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸を生産する方法を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、ピリドキサル5−リン酸の存在下において、グルタミン酸及び/又はその塩を、液体培養して得られたグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理することによりγアミノ酪酸を高生産できること、また、低温ストレスを付与した微生物を用いて処理することによってγアミノ酪酸を高生産できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(7)を提供する。
(1) グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
(2) グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物が低温ストレスを付与された微生物である、(1)に記載の生産方法。
(3) グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
(4) ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とする、(3)に記載の生産方法。
(5) 微生物が麹菌である、(1)〜(4)のいずれかに記載の生産方法。
(6) グルタミン酸及び/又はその塩が飲食品中に存在するものである、(1)〜(5)のいずれかに記載の生産方法。
(7) (6)に記載の方法によって得られる、γアミノ酪酸富化飲食品。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明の第1の態様は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法である。
【0014】
本発明で用いるピリドキサル5−リン酸(リン酸ピリドキサールとも称される)は、活性型ビタミンB6又は補酵素型ビタミンB6と呼ばれているビタミンB6群の一種であり、グルタミン酸デカルボキシラーゼの補酵素である。ピリドキサル5−リン酸は、特に限定されないが、例えば、公知の方法、例えば、ピリドキサルのリン酸化による合成方法等に基づいて生産したもの、あるいは市販のピリドキサル5−リン酸(例えば、和光純薬工業株式会社製のピリドキサル5−リン酸等)を利用することができる。また、米胚芽などのピリドキサル5−リン酸を含む生物材料をピリドキサル5−リン酸供給源として利用することもできる。しかしながら、γアミノ酪酸を高生産するためには、精製された市販のピリドキサル5−リン酸を用いるのが好ましい。
【0015】
本発明において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理するとは、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物を用いてグルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸へ変換する処理工程を、ピリドキサル5−リン酸を添加して行うことを意味する。
【0016】
ピリドキサル5−リン酸は、グルタミン酸及び/又はその塩がγアミノ酪酸へ変換される限り、該変換処理工程のいずれの時期において添加してもよいが、変換処理を十分に達成するために、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理する前に、予めグルタミン酸及び/又はその塩に添加しておくのが好ましい。
【0017】
ピリドキサル5−リン酸の添加量は、グルタミン酸及び/又はその塩の量に対して100:1〜2000:1のモル比の範囲であるのが好ましい。2000:1以下であるとγアミノ酪酸への変換効率が低くなり、100:1以上であるとコストの面から適当ではない。
【0018】
本発明の方法における基質として用いるグルタミン酸及び/又はその塩は、特に限定されないが、グルタミン酸塩としては、例えば、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウム、グルタミン酸塩酸塩等が挙げられる。グルタミン酸及び/又はその塩は、水、リン酸緩衝液等に溶解した溶液として利用することができる。また、グルタミン酸及び/又はその塩として、グルタミン酸及び/又はその塩が比較的多く含有される飲食品を利用することもできる。そのような飲食品としては、醤油や味噌、豆乳などのダイズ製品、ヨーグルトなどの乳製品、野菜ジュース等が挙げられる。また、本発明の飲食品には飲食品素材も含まれる。溶液又は飲食品中の基質としてのグルタミン酸及び/又はその塩の量は、10mM重量%以上であるのが好ましく、さらに好ましくは50mM重量%以上である。
【0019】
本発明において、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物とは、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有するものであれば特に限定されないが、特に、飲食品に添加しても安全性上問題がない、味噌、醤油、清酒、焼酎等の醸造やパン、ヨーグルト、チーズ等の醗酵食品の製造に利用されている微生物が好ましい。例えば、本発明において利用可能な微生物として、特に、醸造に用いられる麹菌が好ましく、アスペルギルス(Aspergillus)属菌、モナスカス(Monascus)属菌、ムコール(Mucor)属菌、リゾプス(Phizopus)属菌等が挙げられ、具体的には、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、モナスカス・プルプレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)等がある。また、発酵食品に利用される微生物としては、酵母菌のサッカロマイセス(Saccharomyces)属菌、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisie)、乳酸菌のラクトバチルス(Lactobacillus)属菌、例えば、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバイチルス・ブレビス(Lactobatillus brevis)、ラクトバチルス・カゼイ(Lactobacillus casei)等が挙げられる。このうち、特に、バイオリアクターを用いてグルタミン酸及び/又はその塩からγアミノ酪酸を生産する場合、液体培養すると菌体の固定化操作を行う必要がない麹菌の利用が好ましい。
【0020】
これらの微生物は、グルタミン酸及び/又はその塩のγアミノ酪酸への変換処理に先立って、予め適当な培地で培養し、菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼの活性を高めておくのが好ましい。培養培地としては、通常の培養に用いられている増殖可能な培地であればいかなる培地であってもよいが、培養後、グルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸へ変換できる程度に菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼの活性を上昇させ得る培地の利用が好ましい。例えば、通常の栄養合成培地であるYPD培地等が使用できる。また、特に、麹菌の培地として、各種原料の焼酎粕、シトラスモラセス(果汁再搾汁液)、魚煮汁(雑節加工)の各バイオマスを利用することによって、γアミノ酪酸生産能を高めることができる。具体的には、味噌麹菌では、米焼酎粕培地で培養するとYPD培地で培養した場合の約6倍のγアミノ酪酸が生産可能であり、他の魚煮汁やシトラスモラセスのバイオマス培地においてもYPD培地使用時に比べて数倍にγアミノ酪酸の生産が増加する。なお、培養は、固体培養、液体培養のいずれであってもよいが、特に、麹菌の場合、液体培養すると、麹菌の菌糸体のみがビーズ状に、あるいはフィラメント状に集合体を形成するので、菌体量は固体麹に比べて増加し、ホモジナイズ工程の必要もないので、液体培養した菌体を利用するのが好適である。
【0021】
本発明においては、上記微生物以外に、上記微生物の処理物を利用することも可能である。ここで処理物とは、上記微生物の摩砕物、粗酵素又は精製酵素等の抽出物、培養物、凍結乾燥物、固定化菌体等の上記微生物に種々の処理を施したものを意味する。なお、通常、乳酸菌や細菌等の微生物や酵素をバイオリアクターに用いる場合には、担体に固定化させる工程が必要であるが、上記のように麹菌体を液体培養によってビーズ状に形成させれば、γアミノ酪酸を生成する酵素は菌体表面に存在すると考えられるので、固定化工程を行わず、麹菌体をそのままバイオリアクターに利用することができる。
【0022】
上記微生物の使用量としては、グルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸に変換することができる量であれば特に限定されないが、例えば、培養した麹菌の菌体を用いる場合、500mMのグルタミン酸及び/又はその塩と0.5mM ピリドキサル5−リン酸の混合液250mlに対して、麹菌(3g乾燥重量)で処理することができる。
【0023】
本発明の方法においては、ピリドキサル5−リン酸の存在下で、上記微生物又はその処理物でグルタミン酸及び/又はその塩をγアミノ酪酸に変換する。具体的には、ピリドキサル5−リン酸、並びにグルタミン酸及び/又はその塩を含む溶液又は飲食品に、上記微生物の菌体又はその処理物(摩砕物、粗酵素又は精製酵素などの抽出物、培養物、凍結乾燥物、固定化菌体等)を接触させることによって行うことができる。
【0024】
例えば、ピリドキサル5−リン酸の存在下で、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する場合、以下のようにして実施することができる。
【0025】
グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物を上記の培養可能な培地において培養する。培養は静置培養、振盪培養、通気攪拌培養等を行うことができる。このうち、麹菌の場合、振盪培養、通気攪拌培養が好ましく、乳酸菌の場合、静置培養が好ましい。培養温度及びpH、並びに培養日数は、使用する微生物の培養に適する条件で実施することが可能であるが、麹菌の場合、培養温度は25〜40℃、pH4.0〜7.0、培養日数は1〜5日である。
【0026】
培養して増殖した菌体を集菌し、洗浄後、ピリドキサル5−リン酸並びにグルタミン酸及び/又はその塩を含有する溶液又は飲食品が含まれた容器に投入し、20〜60℃、好ましくは30〜40℃下で10分以上、好ましくは1時間以上反応させる。変換の反応は、静置においても可能であるが、反応液の撹拌により基質濃度を均一にするのが好ましい。なお、撹拌は通気を目的としていないので、高速でなくてもよい。また、反応中、pHが変動する場合には、反応槽液をペリスタポンプでpH調整槽に循環させ、pHコントローラを用いてpH調整可能な試薬によりpHをグルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHに調整するのが好ましい。例えば、麹菌の場合、pH5.3〜5.5に調整するのが好ましい。また、使用する微生物によっては(例えば麹菌)、反応槽の攪拌に伴い、微生物が反応液から浮き上がりpH調整槽に流入することがあるため、反応液上部にステンレスの金網を設けることが好ましい。
【0027】
上記のような方法において得られたγアミノ酪酸は、公知の分離・精製法、例えば、濾過、抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、通電透析等の手段、あるいはこれらの組み合わせによって、回収、精製することができる。通電透析によるグルタミン酸及び/又はその塩とγアミノ酪酸の分離は、例えば、旭化成株式会社製、MICRO ACILYZER G3等の通電透析装置にγアミノ酪酸を含む反応液を通し、低電圧で透析することによって行うことができる。
基質のグルタミン酸及び/又はその塩が飲食品中に存在する場合には、γアミノ酪酸が富化された飲食品を得ることができる。
【0028】
以上のような第1の態様の方法において、味噌用麹菌を使用した場合、10μMのピリドキサル5−リン酸の添加で従来の製法の約64倍に、50μMの添加で約80倍に達する。
【0029】
本発明の第2の態様は、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法である。
【0030】
ここで、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを除いては、第2の態様における各定義及び条件は、上記の第1の態様に記載の説明と同じである。
【0031】
本発明において低温ストレスを付与された微生物とは、上記の使用可能微生物の培養又は増殖に適する温度範囲よりも低い温度条件下で保持又は培養した微生物を意味する。例えば、好適な培養条件下で培養した上記の使用可能微生物の固体培養物又は液体培養物を15℃以下の低温にて静置又は培養することによって、低温ストレスを付与された微生物を得ることができる。特に、麹菌の場合には4〜15℃が好ましい。また、保存日数は1日以上、好ましくは3日以上である。具体的には、冷蔵庫内に微生物菌体を一定期間静置することによって達成することができる。例えば、一般的に麹菌の場合、菌体を4℃程度の冷蔵庫中に静置しておくとγアミノ酪酸の生産量は顕著に増加する。また、15℃の保存においてもγアミノ酪酸の生産量の増加は認められる。特に、味噌麹菌の場合、培養した菌を4℃で静置保存すると、3日の保存でγアミノ酪酸生産量は3倍に、10日保存で10倍になり、日数経過とともにγアミノ酪酸の生産量が増加することが認められた。一方、常温(30℃)や高温(55℃)での保存では、γアミノ酪酸の生産量増加の効果は見られない。
【0032】
本発明の上記の第1の態様と第2の態様は、それぞれ単独で実施することによってγアミノ酪酸の生産量を高めることができるが、これらを組み合わせることによってさらにその生産量を増強することができる。例えば、50μMのピリドキサル5−リン酸添加と微生物の4℃、10日間の低温保存を組み合わせて実施した場合、γアミノ酪酸の生産量は、従来の生産量に比べて約640倍にも達し、ピリドキサル5−リン酸の存在下での処理と低温ストレスを付与した微生物の利用を併用することによってγアミノ酪酸の生産量を著しく増加させることができる。
【0033】
【実施例】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
[実施例1] ピリドキサル5−リン酸の添加の効果
1. 使用菌株及び培地
麹菌は、種麹メーカー4社から入手した味噌用7株(全てAspergillus oryzae)、醤油用4株(A. oryzae3株、Aspergillus sojae1株)、清酒用3株(全てA.oryzae)、焼酎用4株(Aspergillus kawachii3株、Aspergillus awamori1株)、紅麹菌IFO株2株(Monascus purpureus IFO 4478、Monascus pilosus IFO 4520)の合計20株を醸造用糸状菌として用いた。
【0035】
2. 使用培地
Aspergillus属の麹菌の保存用斜面培地にはPDA培地(栄研化学株式会社製)を用い、Monascus属の紅麹菌の保存用斜面培地には上記PDA培地に0.2%のイーストエキスを加えて用いた。液体培養には、YPD培地(グルコース 4%、ポリペプトン 1%、イーストエキス 0.5%、KH2PO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.2%、和光純薬工業株式会社製、pH 4.7)を用いた。
【0036】
3. 各種麹菌の培養及びグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の測定
各麹菌を液体培地で培養し、培養後の菌体内外のグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)の活性を以下のようにして確認した。バッフル付三角フラスコに入れたYPD培地を121℃、15分間殺菌した。各麹菌の胞子を1×105 cell/mlとなるように0.9% NaCl溶液に懸濁して前記培地に植菌し、30℃、160rpm (BR−3000L,TAITEC製)で3日間振盪培養した。培養後、菌体を培養液から吸引濾過(SM−16510、sartorius製)とナイロン材により回収し、培養液の5倍量の0.9% NaCl溶液で洗浄した。次いで、水分を切った湿菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性を以下によって測定した。すなわち、L−グルタミン酸ナトリウム1水和物を50mM、ピリドキサル5−リン酸を50μMとなるように100mMのリン酸緩衝液(pH5.5)に加えて10mlとし、5分間保温後、約0.5gの湿菌体を加えて攪拌し、37℃、60分間反応させた。反応液をフィルターで濾過し、適宜希釈して、γアミノ酪酸の定量に用いた。また、反応に用いた菌体をNo.2ろ紙を用いて反応液から回収し、凍結真空乾燥機(DR−5、EYELA)で乾燥して乾燥菌体重量を測定した。なお、グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は、1分間に1μmolのγアミノ酪酸を生成する酵素量を1Uとし、乾燥菌体g当たりの酵素活性として示した。
【0037】
γアミノ酪酸の定量は、AccQ・TagTM法(Waters)により測定した。すなわち、0.45μフィルター濾過した試料10μlをホウ酸緩衝液70μlで希釈し、AccQ・Fluor試薬(Waters)20μlを添加して直ちに攪拌し、その後、55℃、10分間加温してγアミノ酪酸を蛍光誘導体化した。高速液体クロマトグラフィーを用いて、内部標準法により分離定量を行った。条件は次のとおりである。ポンプ:Waters 616、検出器:Waters 470(Ex.250nm、Em.395nm)、カラム:AccQ・Tag column(Waters)、カラム温度:37℃、移動相:AccQ・Tag溶離液A(Waters)とアセトニトリルのグラジェント、流速:1ml/min。
培養3日目の上記各種麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の測定結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
表1の結果から明らかなように、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)及びモナスカス・ピロサス(Monascus pilosus)を除いて、用途が同じ株間では比較的標準偏差が小さかった。味噌用及び清酒用麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性がそれぞれ3.16±0.67U/g、2.89±0.09U/gで高く、両者の活性値には有意差は見られなかった。同じ、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)でも、醤油用麹菌の活性は1.39±0.21であり、味噌や清酒用と比較して有意に低かった(P<0.05, t検定法)。焼酎用のアスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)や泡盛用アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)の活性は1.17±0.27U/g及び0.94U/gであり、アスペルギルス・オリゼよりも低かった。モナスカス属2種は、いずれのアスペルギルス・オリゼ(n=13)よりもグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が低かった。固体麹ではモナスカス属菌は増殖が緩慢であるが、液体培養での増殖は他のアスペルギルス属菌に劣らなかった。なお、いずれの菌株も培養液中にはグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は全く見られなかった。
以上の結果から、特に、グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が安定して高く、麹菌体の形状が取り扱いやすいビーズ状であった味噌用麹菌のアスペルギルス・オリゼを以降の実施例において使用することとした。
【0040】
4. ピリドキサル5−リン酸の存在下でのグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
味噌用麹菌アスペルギルス・オリゼの胞子を上記3.に記載の方法で6日間液体培養した。各々1日〜6日間培養した菌体を培養液から吸引濾過(SM−16510、sartorius)とナイロン材により菌体を回収し、培養液の5倍量の0.9%NaCl溶液で洗浄し、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を測定した結果を図1に示す。
【0041】
図1中、●は50μMのピリドキサル5−リン酸を添加した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の経時的変化を、○はピリドキサル5−リン酸を添加しなかった場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の経時的変化を、□は乾燥菌体重量の経時的変化を示す。これらの結果から明らかなように、培養菌体のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性はピリドキサル5−リン酸の添加によって著しく高まり、その活性は培養3日目に最大6.8 U/gであった。また、ピリドキサル5−リン酸を添加しなかった場合の酵素活性は培養を通して0.15U/g以下であった。培養液100ml当たりの菌体量は3日目まで増加し、5日目までほとんど変わらず6日目になると減少した。また、図2に、ピリドキサル5−リン酸(PLP)の添加濃度とグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性の関係を示すが、ピリドキサル5−リン酸濃度の増加とともにグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が上昇した。以上のことから、グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することが非常に有効であることが確認された。
【0042】
なお、基質のグルタミン酸及び/又はその塩と菌体のみの反応ではグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性はほとんど見られず、補酵素ピリドキサル5−リン酸の添加によりグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性が見られたことから、液体培養による麹菌のグルタミン酸デカルボキシラーゼのほとんどはピリドキサル5−リン酸を伴わないアポ酵素の状態で菌体に存在すると考えられた。
【0043】
5. 麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pH及び温度安定性
味噌用麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHを検討するために、反応液のpHをpH5.3〜8.1の範囲は0.1M phosphate bufferを用い、また、pH4.2〜6.0の範囲は0.1M acetate bufferを用いて調整して酵素反応を行った。図3に、最も高い活性を100とした時の相対活性の結果を示す。その結果、pH5.5が至適pHと考えられ、pHが7.5以上で活性は消失した。また、温度安定性を検討するために、pH5.5において菌体を各30℃〜80℃の範囲で1時間保持し、その後、酵素活性を測定した。その結果を図4に示すが、麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼは40℃まで安定であった。
【0044】
[実施例2] 低温ストレスが付与された微生物によるグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
実施例1の3.に記載した方法により麹菌体を3日間培養し、湿菌体を回収した。得られた湿菌体を4、30、55℃の温度下に10日間静置保存した。3日目、7日目、10日目の菌体を用い、上記3.に記載の方法によりグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を測定した。その結果を図5に示す。グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性は低温(4℃)下での保存時間に比例して増え続け、静置3日間で約3倍に、10日間で約10倍になった。なお、反応液中のγ−アミノ酪酸量及び菌体量は変化しなかった。また、30℃では保存前の活性とほとんど変わらず、55℃では活性は消失していた。さらに、図6に5〜25℃の温度において9日間麹菌を保存した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)活性を示すが、15℃以下、好ましくは10℃以下、特に好ましくは5℃以下の保存が適当であることが明らかである。これらの結果から、低温ストレスを付与した微生物を用いることによって、γアミノ酪酸の生産量を高めることができることが明らかとなった。
【0045】
[実施例3] ピリドキサル5−リン酸存在下での、低温ストレスを付与した微生物によるグルタミン酸塩のγアミノ酪酸への変換
1. 使用菌株及び培地
麹菌は、(株)菱六から購入した味噌用種麹SR108(Aspergillus oryzae)を単胞子分離したものを用いた。保存用斜面培地には、PDA培地(栄研化学製)を使用し、液体培養にはYPD(グルコース4%、ポリペプトン1%、イーストエキス0.5%、KH2PO4 0.5%、MgSO4・7H2O 0.2%、和光純薬工薬製、pH 4.7)を用いた。
【0046】
2. 麹菌の液体培養
バッフル付三角フラスコに入れたYPD培地を121℃、15分間殺菌し、0.22μmフィルターで除菌したピリドキサル5−リン酸を50μMとなるように添加した。麹菌胞子を1×105 cell/mlとなるように0.9% NaCl溶液に懸濁して前記液体培地に植菌し、30℃、160rpm (BR−3000L,TAITEC製)で3日間振盪培養した。
【0047】
3. 攪拌型反応槽によるγアミノ酪酸の生産
YPD培地(初発pH 4.8、50μM ピリドキサル5−リン酸)にて3日間の液体培養で得られたペレット状の麹菌体6g(dry weight)を培養液中で4℃、1週間保存して菌体中のグルタミン酸デカルボキシラーゼを活性化させた。菌体を0.9% NaCl溶液で洗浄し、500mMのL−グルタミン酸ナトリウム1水和物及び0.5mM ピリドキサル5−リン酸の基質溶液(pH 5.5)250mlとともに200mL容の連続式攪拌混合(CSTR)型リアクターに投入した。なお、菌体の破砕処理や固定化処理は行っていない。スターラーで緩やかに溶液を攪拌しながら37℃の恒温水槽中で200分間反応させた。経時的に反応液のpHが上昇する傾向にあったので、反応液をペリスタポンプでpH調整槽(50ml)に循環させながら、pHコントローラを用いて3M HClで味噌用麹菌グルタミン酸デカルボキシラーゼの至適pHであるpH 5.3〜5.5に調整した。反応槽の攪拌に伴い、麹菌体が反応液から浮き上がってpH調整槽に流入するのを防ぐため、反応液上部にステンレスの金網を入れた。20分毎にサンプリングし、γアミノ酪酸とグルタミン酸を定量した。
γアミノ酪酸及びグルタミン酸の定量は実施例1の3.と同様にAccQ−TagTM法(Waters)により行った。
【0048】
その結果を図7に示す。反応液pHを制御したリアクターによる高濃度基質の反応試験では、麹菌体がグルタミン酸デカルボキシラーゼの作用により、反応液中のグルタミン酸濃度は初発500mMから100分で10mM以下になり、その時γアミノ酪酸(GABA)が340mM生成した。最終的には200分で約400mMのγアミノ酪酸が生産され、変換効率は80%に達した。また、生産効率は8.5mmol γアミノ酪酸/g麹菌体/hr(0.9g/g/hr)と、極めて高かった。なお、反応当初に添加したピリドキサル5−リン酸由来の着色は、経時的に脱色されていき、反応終了液には着色が見られなかった。
【0049】
[実施例4] 通電透析によるグルタミン酸とγアミノ酪酸の分離
実施例3で得られた反応終了後の溶液を通電透析し、基質のグルタミン酸と生産物のγアミノ酪酸の分離した。通電透析装置は、旭化成(株)MICRO ACILYZER S1を、イオン交換膜カートリッジはAC220−20(有効膜面積20cm2)を使用した。240mMグルタミン酸及び200mM γアミノ酪酸を含有するリアクター反応液10mlを定電圧で60分間透析した。電解液にはO.5M NaNO3を用いた。
【0050】
その結果を図8に示す。グルタミン酸240mM、γアミノ酪酸(GABA)200mMと、基質と生産物の両方を高濃度に含有したリアクター反応液(pH5.2)を、定電圧通電によりイオン交換膜を利用して透析した場合、マイナスイオンに荷電したグルタミン酸は陽極に引かれてアニニオン膜を通り、40分でグルタミン酸の97%が透析されて、溶液中の残存グルタミン酸は8mM(3%)であった。一方、γアミノ酪酸はほとんどが溶液中に残存しており、イオン交換膜を利用した通電透析が、この2つのアミノ酸の分離に適していることが確認できた。
また、グルタミン酸の透過速度を速めるため、同じリアクター反応液のpHを7.3にして、同様に通電透析したところ、グルタミン酸はさらに速やかに透析された。
【0051】
[実施例5] 米焼酎粕のγアミノ酪酸富化
健康飲料として加工され注目されている、高濃度のクエン酸とアミノ酸を含む焼酎製造時の蒸留残査である焼酎粕に、γアミノ酪酸を富化することを試みた。実施例3と同様に培養し、4℃で7日間、低温ストレスを与えた味噌用麹菌体1.9gを200mL容の連続式攪拌混合(CSTR)型リアクターに投入した。10μMのピリドキサル5−リン酸を添加した米焼酎粕(pH 5.5)を、ペリスタポンプを用いて連続的にリアクターに供給し、処理液はオーバーフローにてリアクターから取り出した。リアクターにおける滞留時間は40分間、反応温度は37℃に設定した。スターラーで緩やかに攪拌しながら麹菌体と米焼酎粕を反応させ、240分間で焼酎粕1.2Lを通液した。リアクター処理前の米焼酎粕にはγアミノ酪酸72mg/Lが含まれていたが、図9に示すとおり反応時間60分以降に出てきた米焼酎粕中のγアミノ酪酸(GABA)濃度は平均して480mg/L前後に増加しており、リアクターによってγアミノ酪酸濃度は約7倍に富化された。
【0052】
[実施例6] 麦焼酎粕のγアミノ酪酸富化
培養培地として麦焼酎粕培地を用いて培養して得られた味噌用麹菌体2.0gを、低温ストレス付与の処理を行わずに、実施例5と同じリアクターに投入した。pH5.5に調整し、10μMのピリドキサル5−リン酸を添加した麦焼酎粕を連続的にリアクターに供給した。リアクター滞留時間20分、240分間の連続通液の結果、図10に示すように、反応開始40分でリアクター出口での麦焼酎粕中のγアミノ酪酸(GABA)濃度は1,000mg/L以上に達し、以降、平均して1,100mg/Lのγアミノ酪酸が含まれていた。グルタミン酸濃度が米焼酎粕よりも高い麦焼酎粕を利用して、さらに高濃度のγアミノ酪酸を蓄積することができた。なお、この場合、リアクター前後で、焼酎粕に含まれるアミノ酸はグルタミン酸とγアミノ酪酸の含有量が変化しているだけで、その他のアミノ酸組成にはほとんど影響が見られなかった。
【0053】
【発明の効果】
本発明によれば、グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物、特に安全な醸造用麹菌を用いて、短時間に高濃度のγアミノ酪酸を生産させることができる。また、本発明の方法を用いて高濃度のγアミノ酪酸を含有する機能性飲食品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】麹菌の培養日数とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図2】ピリドキサル5−リン酸の添加濃度とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図3】グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性におけるpHの影響を示す図である。
【図4】グルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の安定性に対する温度の影響を示す図である。
【図5】麹菌への各種低温ストレス付与における低温保存日数とグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性の関係を示す図である。
【図6】5〜25℃の各温度において9日間麹菌を保存した場合のグルタミン酸デカルボキシラーゼ活性を示す図である。
【図7】反応時間の経過に伴うγアミノ酪酸とグルタミン酸量の変化を示す図である。
【図8】通電透析処理におけるγアミノ酪酸とグルタミン酸量の変化を示す図である。
【図9】麹菌利用による米焼酎粕中のγアミノ酪酸の富化を示す図である。
【図10】麹菌利用による麦焼酎粕中のγアミノ酪酸の富化を示す図である。
Claims (7)
- グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
- グルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物が低温ストレスを付与された微生物である、請求項1に記載の生産方法。
- グルタミン酸及び/又はその塩をグルタミン酸デカルボキシラーゼ生産能を有する微生物の菌体又はその処理物で処理してγアミノ酪酸に変換することによりγアミノ酪酸を生産する方法において、該微生物が低温ストレスを付与された微生物であることを特徴とするγアミノ酪酸の生産方法。
- ピリドキサル5−リン酸の存在下で処理することを特徴とする、請求項3に記載の生産方法。
- 微生物が麹菌である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の生産方法。
- グルタミン酸及び/又はその塩が飲食品中に存在するものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の生産方法。
- 請求項6に記載の方法によって得られる、γアミノ酪酸富化飲食品。
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