JP2004092742A - 転がり軸受及び転がり軸受用材料 - Google Patents
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Abstract
【課題】静粛性に優れていると共に耐食性と耐寿命性を備えた低コストの転がり軸受及び転がり軸受用材料を提供すること。
【解決手段】内輪2と外輪1の間に複数個の転動体3を備えている。内輪2および外輪1の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr 23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下である。
【選択図】 図1
【解決手段】内輪2と外輪1の間に複数個の転動体3を備えている。内輪2および外輪1の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr 23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下である。
【選択図】 図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、転がり軸受及び転がり軸受用材料に関するものであり、特に、VTR、コンピュータ周辺機器等の精密機器の回転部に好適な転がり軸受及び転がり軸受用材料に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より使用されている軸受鋼としては、以下に説明するようなものが使用されている。
【0003】
玉軸受、ころ軸受のような転がり軸受において接触面圧が1000〜1300MPa、場合によっては3000〜4000MPaにも達する軸受には、炭素含有量が多い高炭素クロム軸受鋼や表面を浸炭するはだ焼鋼が用いられている。高炭素クロム軸受鋼は、1.1%C−1〜1.5%Crを主成分とし、MnとMoの添加量によって焼入性に変化を持たせている。この鋼種は、1050〜1120Kの温度から焼入れしたのち、420〜470Kで焼もどし、7〜8%の球状セメンタイトがマルテンサイト中に分散した組織として使用されるもので、焼もどし後の硬さがHRC58〜64と高いため、地きず、非金属介在物の少ない清浄な鋼が望まれ、現在ではほとんど真空脱ガスによる炭素脱酸を利用して製造され、さらに、必要に応じてエレクトロスラグ再溶解や真空アーク再溶解などの特殊溶解法を組み合わせて非金属介在物の低減、微細化を図った材料が使われている。
【0004】
また、浸炭軸受は、はだ焼鋼を浸炭して作られるので、高い表層硬さと柔軟な心部を有しており、特に衝撃荷重を受ける用途に適している。
【0005】
また、390Kを超える環境下で用いられる軸受では、低温焼きもどしタイプの鋼は組織変化を起こし、軟化や寸法変化が生じるので使用できない。そこで、M50(0.8C−4Cr−4.3Mo−1V)やT1(0.7C−4Cr−18W−1V)などの高温焼もどしタイプの高炭素高合金鋼が使われている。
【0006】
ところが、従来の軸受鋼には、それぞれ次に説明するような欠点がある。
【0007】
すなわち、はだ焼鋼は、高炭素クロム軸受鋼に比べて溶解精錬上、酸素含有量を下げにくく、酸化物系非金属介在物を生じやすく、転動寿命を低下させる要因となる。
【0008】
また、高炭素高合金鋼も、転動寿命を低下させる巨大炭化物が生成しやすい。
【0009】
この点で高炭素クロム軸受鋼にはこのような欠点がなく、また高い加工精度を得ることができるので、回転時の静粛性を特に要求される精密機器の回転部に使用するのに適している。ところが、高炭素クロム軸受鋼には錆がつきやすく、外表面に防錆油を塗布する必要があり、この防錆油がガス化することにより精密機器の作動障害を引き起こすことがある。
【0010】
そこで、腐食性雰囲気で使用される軸受けには、耐食性と耐摩耗性に優れたSUS440C鋼相当のマルテンサイト系ステンレス鋼が使用されている。しかし、このステンレス鋼には、溶鋼が凝固する際に共晶反応により生じる共晶炭化物や溶鋼中の原材料の不純物が化学変化して発生するアルミナ等の非金属介在物が存在し、鋼材を切削加工する際、共晶炭化物や非金属介在物と鋼材の組織との間に被削性の差が生じて高精度の切削加工を施すことができず、特に転がり軸受においては、内外輪の転動溝を高精度に加工することができないので、回転時の振動により発生する騒音が大きく、精密機器の回転部に用いることができない。
【0011】
そこで、静粛性に優れ、且つ耐摩耗性と耐食性に優れた転がり軸受として、特開平6−117439号公報には、「内外輪間に高炭素クロム軸受鋼からなる複数個のボールを設け、内輪、外輪の少なくとも一方を、硬度がHRC58以上であり、かつ共晶炭化物の径が10μm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼で構成してなる玉軸受」が提案されている。
【0012】
また、特公平5−2734号公報には、「アウターレースとインナーレースとの間に複数個の転動体を介装したステンレス鋼製の転がり軸受において、上記ステンレス鋼は、重量比でC:0.6〜0.75%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.3〜0.8%、Cr:10.5〜13.5%、残部Feおよび不可避的に混入する不純物からなり、その含有する共晶炭化物を長径で20μm以下、面積率10%以下としたことを特徴とする転がり軸受」が提案されている。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
共晶炭化物が巨大化すると、巨大な炭化物が軸受の表面に現れた場合、上記したように、この炭化物と周囲の基地との被削性の差により、正しい仕上げ面形状にするのが困難で、回転時の静粛性に問題がある。また、巨大炭化物は、軸受として使用中に周囲の基地との間に耐摩耗性の差を生じ、割れて表面から脱落することにより表面形状を乱して静粛性を著しく低下させる。そこで、炭化物の大きさを極力小さくすることは、軸受表面に炭化物が現れにくくなるので好ましく、上記特許公報に記載されているように、炭化物の径を20μm以下または10μm以下にすることは、静粛性の改善に効果がある。ところが、炭化物のサイズを抑えるだけでは満足する静粛性のレベルを得ることはできない。一方、炭化物径をそのように小さくするためには製造技術上の付加工程が必要であり、大幅な製造コストの上昇を招くので、現実的な手段ではない。
【0014】
本発明は従来の技術の有するこのような問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、静粛性に優れていると共に耐食性と耐寿命性(耐摩耗性に相当するもの)を備えた低コストの転がり軸受及び転がり軸受用材料を提供することにある。
【0015】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、ステンレス鋼中の共晶炭化物の最大長径、共晶炭化物の円相当直径の平均値、共晶炭化物の平均面積、共晶炭化物の面積率および共晶炭化物の形態ならびにステンレス鋼の硬度、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量に着目し、それらの数値と被削性(加工性)、転がり軸受としての静粛性、耐寿命性および製造コストなどとの関係について鋭意研究した結果成し得たものである。
【0016】
すなわち、共晶炭化物の最大長径を小さくすることは転がり軸受の静粛性改善に効果があることは明らかであるが、現実的には、最大長径が20μmより大きい共晶炭化物の数は極めて少なく、しかも、その大きな共晶炭化物が転動体と接触する面に出現する確率は極めて低い。その上、最大長径が20μmより大きい共晶炭化物の発生をゼロにすることは、量産工程のための一般的な製造技術では困難で、余分な付加工程を必要とするために製造コストを大幅に上昇させる。この点で、製造コストを考慮した場合、共晶炭化物の長径を30μm以下にすることで、被削性の改善に一定の効果が得られ、しかも、製造コストの上昇を招かないので、好ましい。
【0017】
また、共晶炭化物の円相当直径の平均値は、一般的に約2.0〜2.8μmであるが、この円相当直径の平均値を小さくすることは、被削性の改善に効果があり、0.3〜1.6μmとすることが好ましい。なお、円相当直径の平均値とは、共晶炭化物各々の面積を画像解析装置で求め、その面積を円に換算したときの直径の平均値をいう。
【0018】
さらに、共晶炭化物の平均面積は、一般的に約3.0〜6.0μm2 であるが、この平均面積を小さくすることは、被削性の改善に効果があり、0.1〜2μm2 とすることが好ましい。
【0019】
また、被削性の改善のためには、共晶炭化物の絶対量を制限することが好ましく、そのため、共晶炭化物の面積率は、2〜7%とすることが好ましい。なお、面積率とは、視野の全測定面積に占める共晶炭化物の総面積の割合(百分率)をいう。
【0020】
さらに、通常の共晶炭化物の形態には、Cr23C6、Cr3C2、Cr7C3、Fe3C、(Cr、Fe)23C6等があり、従来の転がり軸受に用いられているマルテンサイト系ステンレス鋼では、Cr23C6 の形態を持つ共晶炭化物が90〜95%であり、残りは、Cr3C2、Cr7C3、Fe3C、(Cr、Fe)23 C6 等である。被削性、静粛性、耐寿命性などの点より、脆いFe炭化物より粘いCr炭化物の方が好ましく、さらに、Cr炭化物の中でも硬度の低いCr23C6 の形態を持つ共晶炭化物が多い方が被削性、静粛性および耐寿命性改善に効果があり、この点で、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であることが好ましい。 また、軌道面あるいは転動面の転がり寿命ならびに耐摩耗性と靱性を確保するために、ステンレス鋼の硬度は、ロックウエル硬さCスケール(HRC)で、58〜62であるのが好ましい。
【0021】
荷重や衝撃によって軌道面あるいは転動面に有害な永久変形を生じさせないようにするためには、残留オーステナイト量を少なく抑えることが必要で、6容量%以下であることが好ましい。残留オーステナイト量を少なく抑えることで、軌道面あるいは転動面の耐圧痕性を向上させる効果のほか、この軌道面あるいは転動面の表面精度が経時的に劣化することを防止することもできる。
【0022】
【発明の実施の形態】
すなわち、本発明は、内輪と外輪の間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受を第一の発明とし、
軸の外周に転動溝を形成し、この転動溝と外輪内周の転動溝との間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受を第二の発明とし、 重量比で、Cが0.6〜0.75%、Siが1%以下、Mnが1%以下、Pが0.03%以下、Sが0.02%以下、Crが11.5〜13.5%、Moが0.3%以下、Vが0.15%以下、Tiが15ppm以下、 Oが35ppm以下で、 残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるマルテンサイト系ステンレス鋼で、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受用材料を第三の発明とする。
【0023】
本発明において、「静粛性」とは、「ある金属材料を転動体または内輪もしくは外輪に加工して転がり軸受に組み立て、その軸受を精密機器に組み込んで運転したとき、その精密機器が発する騒音のうち、金属材料に起因する騒音の少なさ」をいう。その騒音は、転がり軸受が回転作動中に発生する振動によるものであり、この振動発生は上記したように転動体や内輪、外輪の形状精度に大きく依存する。精密機器分野で用いられている比較的小型の転がり軸受は、他の用途では問題とならないような静粛性が重要な問題である。
【0024】
そこで、内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とすることで、錆が発生しにくく、耐食性の向上と耐寿命性の向上を図ることができる。
【0025】
そして、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径を30μm以下とすることで、製造コストを上昇することなく被削性の改善を図ることができる。
【0026】
また、その共晶炭化物の円相当直径の平均値を1.6μm以下とし、共晶炭化物の平均面積を2μm2 以下とし、共晶炭化物の面積率を7%以下とすることで、被削性を一層改善し、静粛性を大幅に向上することができる。
【0027】
しかし、共晶炭化物の円相当直径の平均値、平均面積および面積率を過度に低下させるには、そのための特別の製造工程が必要で、製造コストの大幅な上昇を招くことにつながる。そこで、共晶炭化物の円相当直径の平均値が0.3μm以上で、共晶炭化物の平均面積が0.1μm2 以上で、共晶炭化物の面積率が2%以上の範囲であれば、ほぼ通常の製造工程に従って製造できるので、製造コストをほとんど上昇させることなく、経済的な製造システムを達成できる。
【0028】
さらに、共晶炭化物の形態は、Cr23C6 を98%以上とすることで、被削性、静粛性および耐寿命性などを改善することができる。
【0029】
また、ステンレス鋼の硬度をHRC58〜62とすることにより、軌道面あるいは転動面の転がり寿命ならびに耐摩耗性および靱性を確保することができる。
【0030】
そして、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量を6容量%以下とすることにより、耐圧痕性を向上させ、軌道面あるいは転動面の表面精度の経時的劣化を防止することができる。
【0031】
本発明のステンレス鋼の成分(重量%)の限定理由は、以下の通りである。
【0032】
Cは、高温強度と耐摩耗性を付与するために必須の構成元素であり、0.6%以上は必要であるが、多すぎると大きな共晶炭化物が生成し、被削性を低下させ、耐食性も悪くなるので、0.75%以下とするのが好ましい。
【0033】
Siを1%以下、Mnを1%以下、Pを0.03%以下、Sを0.02%以下、Moを0.3%以下、Vを0.15%以下、Tiを15ppm以下、 Oを35ppm 以下とするのは、これらの元素が多すぎると加工硬化を助長し被削性が低下するので、被削性を低下させず、また、非金属介在物の生成を抑制するためにそれらの元素を上記数値以下に抑えるのである。さらに、それらの元素が多すぎると、焼き入れ性を低下させ、マルテンサイト化率が低下するという不都合な点もある。
【0034】
CrはCと結合して炭化物を形成し、耐寿命性を高めるとともに基地に固溶したCrは耐食性を増すので、11.5%以上必要である。しかし、多すぎると、焼き入れ硬さが低下するので、C含有量との関係でCrは13.5%以下にするのが好ましい。
【0035】
【実施例】
以下に本発明の実施例を図面を参照しながら説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0036】
図1において、1は外輪、2は内輪、3は転動体を示す。外輪1内周の転動溝4と内輪2外周の転動溝5との間には、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなる複数個の転動体3が充填してある。外輪1と内輪2の材料に、表1に示すような組成(重量%)のマルテンサイト系ステンレス鋼を用いた場合(実施例1)と、外輪1の材料のみに表1に示すような組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、内輪2は高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)とした場合(実施例2)のステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積および共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)ならびにステンレス鋼のロックウエル硬さCスケール(HRC)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)は表2に示す通りである。
【0037】
図2において、軸6の外周に刻まれた転動溝7と外輪1内周の転動溝4との間には、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなる複数個の転動体3が充填してある(実施例3)。本実施例3においては、外輪1および軸6の材料には、表1に示すような組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、転動体3には高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)を使用した。この場合のステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積および共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)ならびにステンレス鋼のロックウエル硬さCスケール(HRC)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)は表2に示す通りである。実施例3では、外輪1と軸6の両方をマルテンサイト系ステンレス鋼としているが、使用条件によっては、耐食性と高温強度が必要な一方だけをマルテンサイト系ステンレス鋼とすることができる。
【0038】
上記マルテンサイト系ステンレス鋼を得るに際して、1025℃から水焼き入れを行った後、サブゼロ処理(−80℃)を行い、170℃に焼き戻した。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
ステンレス鋼中の共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態は、不純物元素の管理、原料の調製や精錬、造塊などの製造工程での製造条件(例えば、精錬時間、脱ガス条件、拡散熱処理工程の挿入など)により制御することができる。しかし、共晶炭化物の最大長径を20μm以下にするためには、特別の原料を用いて製造工程も増えるため、大幅な製造コストの上昇を招くことになる。
【0042】
ステンレス鋼の硬度とステンレス鋼中の残留オーステナイト量は、焼き入れに際しての加熱温度と加熱時間、冷却速度、冷却媒体、冷却温度と時間、焼き戻し温度と焼き戻し時間などにより制御することができる。
【0043】
本実施例1〜3の転がり軸受に関する振動および騒音の評価試験をAFBMA(The Anti−Friction Bearing Manufacturers Association,Inc.) の規格に準拠して行った成績(アンデロン値)と、それら転がり軸受の加工性(被削性)、耐寿命性およびコストを指数表示したものを表2に記載する。
【0044】
表2には、比較例1〜3と従来例1、2の評価結果も同時に示されているが、比較例1〜3は、実施例1と同様に、転動体3が高炭素クロム軸受鋼であって、外輪1と内輪2の材料に表1に示す組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)の中の少なくとも1つの特性値が、本発明の範囲を外れるものである。また、従来例1、2は、外輪1、内輪2および転動体3の材料すべてが表1に示す組成のマルテンサイト系ステンレス鋼であり、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)の中の少なくとも1つの特性値が、本発明の範囲を外れるものである。
【0045】
表2において、アンデロン値のM、Hは、それぞれ測定周波数帯域の区分で、Mは中周波数帯域(300−1800Hz)、Hは高周波数帯域(1800−10000Hz)を示している。同一周波数帯域では、アンデロン値が低いほど静粛性が優れていることを示す。
【0046】
加工性、耐寿命性およびコストについては、従来例1を100とした指数で表示し、数値の小さい方がこれらの特性が優れていることを示す。なお、加工性の評価は、精密旋盤により外周切削、突切切削を行って付加電流増分の比較測定により行い、耐寿命性の評価は、使用箇所により決まる仕様に基づいて、20℃、80℃、100℃などの温度で一定時間加熱し、合計約1000時間回転させ、その後の回転調子(音響、振動など)やグリス状態を比較することにより行った。
表2より、以下のことが指摘できる。
(1)比較例2の炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積が最も小さいので、アンデロン値は低い。しかし、これらの数値を低くするために特別の製造工程が必要であり、そのための製造コストが極めて高くつき、経済的な材料とは言えない。また、炭化物の形態もCr23C6 が95%と少なく、Fe3C、Cr7C3、Cr3C2 などが存在するため、耐寿命性がそれほど優れているとは言えない。
(2)比較例1と従来例1、2は、炭化物の最大長径は実施例1〜3より短いが、円相当直径の平均値および平均面積が本発明の範囲を外れており、実施例1〜3よりアンデロン値が大きい。さらに、これら比較例1と従来例1、2は、炭化物の最大長径を小さくするために、実施例1〜3よりコストが高くなり、特に、従来例2と比較例1の炭化物の最大長径はそれぞれ8μm、12μmと小さく、これらは円相当直径の平均値も比較的小さいので、そのための製造コストが極めて高い。
(3)比較例3は、炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積のすべてが本発明の範囲を外れており、アンデロン値が極めて大きい。
(4)以上の比較例や従来例に比して、実施例1〜3は、炭化物に関して本発明の範囲内の適正な面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積を有しており、炭化物の形態のCr23C6 の比率(%)やステンレス鋼の硬度やステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)に関しても、本発明の範囲内の適正な数値を有しているので、アンデロン値は比較例2と遜色ないレベルであり、加工性、耐寿命性およびコスト面のすべてが従来例より良好なレベルである。
【0047】
これら円相当直径の平均値とアンデロン値(M)の関係を図3に示し、最大長径とコスト指数の関係を図4に示し、炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)と耐寿命性指数の関係を図5に示す。図3、4、5において、「◎」は実施例、「▲」は比較例、「●」は従来例を示す。図3と図4と図5は、アンデロン値が低く、低コストで、しかも高い耐寿命性を有するという本発明の特徴を如実に示していると言える。
【0048】
図4において、コストが最も低いのは比較例3であるが、この比較例3は、図3に示すように、アンデロン値が極めて高い。また、図3において、比較例2のアンデロン値が極めて低いが、この比較例2は、図4に示すように、コストが極めて高くなる。さらに、図5において、炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)=98%付近を臨界点として耐寿命性が急激に変化し、Cr23C6 の比率を98%以上とすることで、耐寿命性が大きく改善されることが分かる。
【0049】
表2の炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積は、 ステンレス鋼測定試片を樹脂に埋め込み、研磨仕上げし、金属顕微鏡で観察し、代表視野を400倍で写真にとり、画像解析装置により測定した結果である。
【0050】
最大長径の共晶炭化物が研磨仕上げした面に出現することは稀にしか期待できないので、転がり軸受を酸の溶液中で定電流電解により溶解し、炭化物をフィルターにて濾過し、走査電子顕微鏡(SEM)で組織観察を行った結果(2000倍)を示すのが図6である。図6において、白色の塊部分が炭化物を示す。
【0051】
ステンレス鋼の共晶炭化物の形態分析は、試料を電解抽出法で処理し、X線回折定性分析により行った。分析条件は、ターゲットがCuで、加速電圧が40kVで、試料電流が200mAで、測定角度(2θ)が5〜100°である。解析方法は、X線回折波形を測定し、化合物形態をライブラリー検索する方法により行った。
【0052】
その結果、炭化物であると同定された化合物のスペクトル強度比を比較し、Cr23C6 が一定のスペクトル強度比S1を示し、他の炭化物が全く同定されなかった場合、ステンレス鋼中の共晶炭化物の形態は、Cr23C6 が100%である。
【0053】
一方、Cr23C6 以外の形態の炭化物があるスペクトル強度比S2を示した場合、ステンレス鋼中の共晶炭化物は、Cr23C6 と他の形態の炭化物から構成されており、このときのCr23C6 の比率=(S1/(S1+S2))×100(%)である。
【0054】
ステンレス鋼中の残留オーステナイトの容量(%)の測定は、試料を電解抽出法で処理し、表面X線回折法により行った。分析条件は、ターゲットがCuで、加速電圧が40kVで、試料電流が180mAで、走査範囲は、41.2〜46.705°である。解析方法は、ミラー指数h、k、lの回折線の積分強度より結晶構造を同定し、残留オーステナイト量の相対的な容量比を決定する方法により行った。
【0055】
なお、X線回折装置は、理学電機社製のRINT1500/2000 型を用いた。
【0056】
【発明の効果】
本発明は上記のとおり構成されており、静粛性に優れていると共に耐食性と耐寿命性を備えた低コストの転がり軸受及び転がり軸受用材料を提供することができる。特に、本発明は、VTR、コンピューター周辺機器等の精密機器のコストダウンおよび静粛性向上に寄与する産業上の効果の大きな発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の転がり軸受の実施例の縦断面図である。
【図2】本発明の転がり軸受の別の実施例の縦断面図である。
【図3】共晶炭化物の円相当直径の平均値(μm)とアンデロン値(M)の関係を示す図である。
【図4】共晶炭化物の最大長径(μm)とコスト指数の関係を示す図である。
【図5】共晶炭化物の形態がCr23C6 である化合物の比率(%)と耐寿命性指数の関係を示す図である。
【図6】ステンレス鋼に析出した炭化物のSEM像を示す図である。
【符号の説明】
1…外輪
2…内輪
3…転動体
4、5、7…転動溝
6…軸
【発明の属する技術分野】
本発明は、転がり軸受及び転がり軸受用材料に関するものであり、特に、VTR、コンピュータ周辺機器等の精密機器の回転部に好適な転がり軸受及び転がり軸受用材料に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より使用されている軸受鋼としては、以下に説明するようなものが使用されている。
【0003】
玉軸受、ころ軸受のような転がり軸受において接触面圧が1000〜1300MPa、場合によっては3000〜4000MPaにも達する軸受には、炭素含有量が多い高炭素クロム軸受鋼や表面を浸炭するはだ焼鋼が用いられている。高炭素クロム軸受鋼は、1.1%C−1〜1.5%Crを主成分とし、MnとMoの添加量によって焼入性に変化を持たせている。この鋼種は、1050〜1120Kの温度から焼入れしたのち、420〜470Kで焼もどし、7〜8%の球状セメンタイトがマルテンサイト中に分散した組織として使用されるもので、焼もどし後の硬さがHRC58〜64と高いため、地きず、非金属介在物の少ない清浄な鋼が望まれ、現在ではほとんど真空脱ガスによる炭素脱酸を利用して製造され、さらに、必要に応じてエレクトロスラグ再溶解や真空アーク再溶解などの特殊溶解法を組み合わせて非金属介在物の低減、微細化を図った材料が使われている。
【0004】
また、浸炭軸受は、はだ焼鋼を浸炭して作られるので、高い表層硬さと柔軟な心部を有しており、特に衝撃荷重を受ける用途に適している。
【0005】
また、390Kを超える環境下で用いられる軸受では、低温焼きもどしタイプの鋼は組織変化を起こし、軟化や寸法変化が生じるので使用できない。そこで、M50(0.8C−4Cr−4.3Mo−1V)やT1(0.7C−4Cr−18W−1V)などの高温焼もどしタイプの高炭素高合金鋼が使われている。
【0006】
ところが、従来の軸受鋼には、それぞれ次に説明するような欠点がある。
【0007】
すなわち、はだ焼鋼は、高炭素クロム軸受鋼に比べて溶解精錬上、酸素含有量を下げにくく、酸化物系非金属介在物を生じやすく、転動寿命を低下させる要因となる。
【0008】
また、高炭素高合金鋼も、転動寿命を低下させる巨大炭化物が生成しやすい。
【0009】
この点で高炭素クロム軸受鋼にはこのような欠点がなく、また高い加工精度を得ることができるので、回転時の静粛性を特に要求される精密機器の回転部に使用するのに適している。ところが、高炭素クロム軸受鋼には錆がつきやすく、外表面に防錆油を塗布する必要があり、この防錆油がガス化することにより精密機器の作動障害を引き起こすことがある。
【0010】
そこで、腐食性雰囲気で使用される軸受けには、耐食性と耐摩耗性に優れたSUS440C鋼相当のマルテンサイト系ステンレス鋼が使用されている。しかし、このステンレス鋼には、溶鋼が凝固する際に共晶反応により生じる共晶炭化物や溶鋼中の原材料の不純物が化学変化して発生するアルミナ等の非金属介在物が存在し、鋼材を切削加工する際、共晶炭化物や非金属介在物と鋼材の組織との間に被削性の差が生じて高精度の切削加工を施すことができず、特に転がり軸受においては、内外輪の転動溝を高精度に加工することができないので、回転時の振動により発生する騒音が大きく、精密機器の回転部に用いることができない。
【0011】
そこで、静粛性に優れ、且つ耐摩耗性と耐食性に優れた転がり軸受として、特開平6−117439号公報には、「内外輪間に高炭素クロム軸受鋼からなる複数個のボールを設け、内輪、外輪の少なくとも一方を、硬度がHRC58以上であり、かつ共晶炭化物の径が10μm以下のマルテンサイト系ステンレス鋼で構成してなる玉軸受」が提案されている。
【0012】
また、特公平5−2734号公報には、「アウターレースとインナーレースとの間に複数個の転動体を介装したステンレス鋼製の転がり軸受において、上記ステンレス鋼は、重量比でC:0.6〜0.75%、Si:0.1〜0.8%、Mn:0.3〜0.8%、Cr:10.5〜13.5%、残部Feおよび不可避的に混入する不純物からなり、その含有する共晶炭化物を長径で20μm以下、面積率10%以下としたことを特徴とする転がり軸受」が提案されている。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
共晶炭化物が巨大化すると、巨大な炭化物が軸受の表面に現れた場合、上記したように、この炭化物と周囲の基地との被削性の差により、正しい仕上げ面形状にするのが困難で、回転時の静粛性に問題がある。また、巨大炭化物は、軸受として使用中に周囲の基地との間に耐摩耗性の差を生じ、割れて表面から脱落することにより表面形状を乱して静粛性を著しく低下させる。そこで、炭化物の大きさを極力小さくすることは、軸受表面に炭化物が現れにくくなるので好ましく、上記特許公報に記載されているように、炭化物の径を20μm以下または10μm以下にすることは、静粛性の改善に効果がある。ところが、炭化物のサイズを抑えるだけでは満足する静粛性のレベルを得ることはできない。一方、炭化物径をそのように小さくするためには製造技術上の付加工程が必要であり、大幅な製造コストの上昇を招くので、現実的な手段ではない。
【0014】
本発明は従来の技術の有するこのような問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、静粛性に優れていると共に耐食性と耐寿命性(耐摩耗性に相当するもの)を備えた低コストの転がり軸受及び転がり軸受用材料を提供することにある。
【0015】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、ステンレス鋼中の共晶炭化物の最大長径、共晶炭化物の円相当直径の平均値、共晶炭化物の平均面積、共晶炭化物の面積率および共晶炭化物の形態ならびにステンレス鋼の硬度、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量に着目し、それらの数値と被削性(加工性)、転がり軸受としての静粛性、耐寿命性および製造コストなどとの関係について鋭意研究した結果成し得たものである。
【0016】
すなわち、共晶炭化物の最大長径を小さくすることは転がり軸受の静粛性改善に効果があることは明らかであるが、現実的には、最大長径が20μmより大きい共晶炭化物の数は極めて少なく、しかも、その大きな共晶炭化物が転動体と接触する面に出現する確率は極めて低い。その上、最大長径が20μmより大きい共晶炭化物の発生をゼロにすることは、量産工程のための一般的な製造技術では困難で、余分な付加工程を必要とするために製造コストを大幅に上昇させる。この点で、製造コストを考慮した場合、共晶炭化物の長径を30μm以下にすることで、被削性の改善に一定の効果が得られ、しかも、製造コストの上昇を招かないので、好ましい。
【0017】
また、共晶炭化物の円相当直径の平均値は、一般的に約2.0〜2.8μmであるが、この円相当直径の平均値を小さくすることは、被削性の改善に効果があり、0.3〜1.6μmとすることが好ましい。なお、円相当直径の平均値とは、共晶炭化物各々の面積を画像解析装置で求め、その面積を円に換算したときの直径の平均値をいう。
【0018】
さらに、共晶炭化物の平均面積は、一般的に約3.0〜6.0μm2 であるが、この平均面積を小さくすることは、被削性の改善に効果があり、0.1〜2μm2 とすることが好ましい。
【0019】
また、被削性の改善のためには、共晶炭化物の絶対量を制限することが好ましく、そのため、共晶炭化物の面積率は、2〜7%とすることが好ましい。なお、面積率とは、視野の全測定面積に占める共晶炭化物の総面積の割合(百分率)をいう。
【0020】
さらに、通常の共晶炭化物の形態には、Cr23C6、Cr3C2、Cr7C3、Fe3C、(Cr、Fe)23C6等があり、従来の転がり軸受に用いられているマルテンサイト系ステンレス鋼では、Cr23C6 の形態を持つ共晶炭化物が90〜95%であり、残りは、Cr3C2、Cr7C3、Fe3C、(Cr、Fe)23 C6 等である。被削性、静粛性、耐寿命性などの点より、脆いFe炭化物より粘いCr炭化物の方が好ましく、さらに、Cr炭化物の中でも硬度の低いCr23C6 の形態を持つ共晶炭化物が多い方が被削性、静粛性および耐寿命性改善に効果があり、この点で、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であることが好ましい。 また、軌道面あるいは転動面の転がり寿命ならびに耐摩耗性と靱性を確保するために、ステンレス鋼の硬度は、ロックウエル硬さCスケール(HRC)で、58〜62であるのが好ましい。
【0021】
荷重や衝撃によって軌道面あるいは転動面に有害な永久変形を生じさせないようにするためには、残留オーステナイト量を少なく抑えることが必要で、6容量%以下であることが好ましい。残留オーステナイト量を少なく抑えることで、軌道面あるいは転動面の耐圧痕性を向上させる効果のほか、この軌道面あるいは転動面の表面精度が経時的に劣化することを防止することもできる。
【0022】
【発明の実施の形態】
すなわち、本発明は、内輪と外輪の間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受を第一の発明とし、
軸の外周に転動溝を形成し、この転動溝と外輪内周の転動溝との間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受を第二の発明とし、 重量比で、Cが0.6〜0.75%、Siが1%以下、Mnが1%以下、Pが0.03%以下、Sが0.02%以下、Crが11.5〜13.5%、Moが0.3%以下、Vが0.15%以下、Tiが15ppm以下、 Oが35ppm以下で、 残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるマルテンサイト系ステンレス鋼で、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受用材料を第三の発明とする。
【0023】
本発明において、「静粛性」とは、「ある金属材料を転動体または内輪もしくは外輪に加工して転がり軸受に組み立て、その軸受を精密機器に組み込んで運転したとき、その精密機器が発する騒音のうち、金属材料に起因する騒音の少なさ」をいう。その騒音は、転がり軸受が回転作動中に発生する振動によるものであり、この振動発生は上記したように転動体や内輪、外輪の形状精度に大きく依存する。精密機器分野で用いられている比較的小型の転がり軸受は、他の用途では問題とならないような静粛性が重要な問題である。
【0024】
そこで、内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とすることで、錆が発生しにくく、耐食性の向上と耐寿命性の向上を図ることができる。
【0025】
そして、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径を30μm以下とすることで、製造コストを上昇することなく被削性の改善を図ることができる。
【0026】
また、その共晶炭化物の円相当直径の平均値を1.6μm以下とし、共晶炭化物の平均面積を2μm2 以下とし、共晶炭化物の面積率を7%以下とすることで、被削性を一層改善し、静粛性を大幅に向上することができる。
【0027】
しかし、共晶炭化物の円相当直径の平均値、平均面積および面積率を過度に低下させるには、そのための特別の製造工程が必要で、製造コストの大幅な上昇を招くことにつながる。そこで、共晶炭化物の円相当直径の平均値が0.3μm以上で、共晶炭化物の平均面積が0.1μm2 以上で、共晶炭化物の面積率が2%以上の範囲であれば、ほぼ通常の製造工程に従って製造できるので、製造コストをほとんど上昇させることなく、経済的な製造システムを達成できる。
【0028】
さらに、共晶炭化物の形態は、Cr23C6 を98%以上とすることで、被削性、静粛性および耐寿命性などを改善することができる。
【0029】
また、ステンレス鋼の硬度をHRC58〜62とすることにより、軌道面あるいは転動面の転がり寿命ならびに耐摩耗性および靱性を確保することができる。
【0030】
そして、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量を6容量%以下とすることにより、耐圧痕性を向上させ、軌道面あるいは転動面の表面精度の経時的劣化を防止することができる。
【0031】
本発明のステンレス鋼の成分(重量%)の限定理由は、以下の通りである。
【0032】
Cは、高温強度と耐摩耗性を付与するために必須の構成元素であり、0.6%以上は必要であるが、多すぎると大きな共晶炭化物が生成し、被削性を低下させ、耐食性も悪くなるので、0.75%以下とするのが好ましい。
【0033】
Siを1%以下、Mnを1%以下、Pを0.03%以下、Sを0.02%以下、Moを0.3%以下、Vを0.15%以下、Tiを15ppm以下、 Oを35ppm 以下とするのは、これらの元素が多すぎると加工硬化を助長し被削性が低下するので、被削性を低下させず、また、非金属介在物の生成を抑制するためにそれらの元素を上記数値以下に抑えるのである。さらに、それらの元素が多すぎると、焼き入れ性を低下させ、マルテンサイト化率が低下するという不都合な点もある。
【0034】
CrはCと結合して炭化物を形成し、耐寿命性を高めるとともに基地に固溶したCrは耐食性を増すので、11.5%以上必要である。しかし、多すぎると、焼き入れ硬さが低下するので、C含有量との関係でCrは13.5%以下にするのが好ましい。
【0035】
【実施例】
以下に本発明の実施例を図面を参照しながら説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0036】
図1において、1は外輪、2は内輪、3は転動体を示す。外輪1内周の転動溝4と内輪2外周の転動溝5との間には、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなる複数個の転動体3が充填してある。外輪1と内輪2の材料に、表1に示すような組成(重量%)のマルテンサイト系ステンレス鋼を用いた場合(実施例1)と、外輪1の材料のみに表1に示すような組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、内輪2は高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)とした場合(実施例2)のステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積および共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)ならびにステンレス鋼のロックウエル硬さCスケール(HRC)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)は表2に示す通りである。
【0037】
図2において、軸6の外周に刻まれた転動溝7と外輪1内周の転動溝4との間には、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)からなる複数個の転動体3が充填してある(実施例3)。本実施例3においては、外輪1および軸6の材料には、表1に示すような組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、転動体3には高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)を使用した。この場合のステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積および共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)ならびにステンレス鋼のロックウエル硬さCスケール(HRC)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)は表2に示す通りである。実施例3では、外輪1と軸6の両方をマルテンサイト系ステンレス鋼としているが、使用条件によっては、耐食性と高温強度が必要な一方だけをマルテンサイト系ステンレス鋼とすることができる。
【0038】
上記マルテンサイト系ステンレス鋼を得るに際して、1025℃から水焼き入れを行った後、サブゼロ処理(−80℃)を行い、170℃に焼き戻した。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
ステンレス鋼中の共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態は、不純物元素の管理、原料の調製や精錬、造塊などの製造工程での製造条件(例えば、精錬時間、脱ガス条件、拡散熱処理工程の挿入など)により制御することができる。しかし、共晶炭化物の最大長径を20μm以下にするためには、特別の原料を用いて製造工程も増えるため、大幅な製造コストの上昇を招くことになる。
【0042】
ステンレス鋼の硬度とステンレス鋼中の残留オーステナイト量は、焼き入れに際しての加熱温度と加熱時間、冷却速度、冷却媒体、冷却温度と時間、焼き戻し温度と焼き戻し時間などにより制御することができる。
【0043】
本実施例1〜3の転がり軸受に関する振動および騒音の評価試験をAFBMA(The Anti−Friction Bearing Manufacturers Association,Inc.) の規格に準拠して行った成績(アンデロン値)と、それら転がり軸受の加工性(被削性)、耐寿命性およびコストを指数表示したものを表2に記載する。
【0044】
表2には、比較例1〜3と従来例1、2の評価結果も同時に示されているが、比較例1〜3は、実施例1と同様に、転動体3が高炭素クロム軸受鋼であって、外輪1と内輪2の材料に表1に示す組成のマルテンサイト系ステンレス鋼を用い、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)の中の少なくとも1つの特性値が、本発明の範囲を外れるものである。また、従来例1、2は、外輪1、内輪2および転動体3の材料すべてが表1に示す組成のマルテンサイト系ステンレス鋼であり、ステンレス鋼の含有する共晶炭化物の円相当直径の平均値、平均面積ならびに共晶炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)とステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)の中の少なくとも1つの特性値が、本発明の範囲を外れるものである。
【0045】
表2において、アンデロン値のM、Hは、それぞれ測定周波数帯域の区分で、Mは中周波数帯域(300−1800Hz)、Hは高周波数帯域(1800−10000Hz)を示している。同一周波数帯域では、アンデロン値が低いほど静粛性が優れていることを示す。
【0046】
加工性、耐寿命性およびコストについては、従来例1を100とした指数で表示し、数値の小さい方がこれらの特性が優れていることを示す。なお、加工性の評価は、精密旋盤により外周切削、突切切削を行って付加電流増分の比較測定により行い、耐寿命性の評価は、使用箇所により決まる仕様に基づいて、20℃、80℃、100℃などの温度で一定時間加熱し、合計約1000時間回転させ、その後の回転調子(音響、振動など)やグリス状態を比較することにより行った。
表2より、以下のことが指摘できる。
(1)比較例2の炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積が最も小さいので、アンデロン値は低い。しかし、これらの数値を低くするために特別の製造工程が必要であり、そのための製造コストが極めて高くつき、経済的な材料とは言えない。また、炭化物の形態もCr23C6 が95%と少なく、Fe3C、Cr7C3、Cr3C2 などが存在するため、耐寿命性がそれほど優れているとは言えない。
(2)比較例1と従来例1、2は、炭化物の最大長径は実施例1〜3より短いが、円相当直径の平均値および平均面積が本発明の範囲を外れており、実施例1〜3よりアンデロン値が大きい。さらに、これら比較例1と従来例1、2は、炭化物の最大長径を小さくするために、実施例1〜3よりコストが高くなり、特に、従来例2と比較例1の炭化物の最大長径はそれぞれ8μm、12μmと小さく、これらは円相当直径の平均値も比較的小さいので、そのための製造コストが極めて高い。
(3)比較例3は、炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積のすべてが本発明の範囲を外れており、アンデロン値が極めて大きい。
(4)以上の比較例や従来例に比して、実施例1〜3は、炭化物に関して本発明の範囲内の適正な面積率、最大長径、円相当直径の平均値、平均面積を有しており、炭化物の形態のCr23C6 の比率(%)やステンレス鋼の硬度やステンレス鋼中の残留オーステナイト量(容量%)に関しても、本発明の範囲内の適正な数値を有しているので、アンデロン値は比較例2と遜色ないレベルであり、加工性、耐寿命性およびコスト面のすべてが従来例より良好なレベルである。
【0047】
これら円相当直径の平均値とアンデロン値(M)の関係を図3に示し、最大長径とコスト指数の関係を図4に示し、炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)と耐寿命性指数の関係を図5に示す。図3、4、5において、「◎」は実施例、「▲」は比較例、「●」は従来例を示す。図3と図4と図5は、アンデロン値が低く、低コストで、しかも高い耐寿命性を有するという本発明の特徴を如実に示していると言える。
【0048】
図4において、コストが最も低いのは比較例3であるが、この比較例3は、図3に示すように、アンデロン値が極めて高い。また、図3において、比較例2のアンデロン値が極めて低いが、この比較例2は、図4に示すように、コストが極めて高くなる。さらに、図5において、炭化物の形態の中のCr23C6 の比率(%)=98%付近を臨界点として耐寿命性が急激に変化し、Cr23C6 の比率を98%以上とすることで、耐寿命性が大きく改善されることが分かる。
【0049】
表2の炭化物の面積率、最大長径、円相当直径の平均値および平均面積は、 ステンレス鋼測定試片を樹脂に埋め込み、研磨仕上げし、金属顕微鏡で観察し、代表視野を400倍で写真にとり、画像解析装置により測定した結果である。
【0050】
最大長径の共晶炭化物が研磨仕上げした面に出現することは稀にしか期待できないので、転がり軸受を酸の溶液中で定電流電解により溶解し、炭化物をフィルターにて濾過し、走査電子顕微鏡(SEM)で組織観察を行った結果(2000倍)を示すのが図6である。図6において、白色の塊部分が炭化物を示す。
【0051】
ステンレス鋼の共晶炭化物の形態分析は、試料を電解抽出法で処理し、X線回折定性分析により行った。分析条件は、ターゲットがCuで、加速電圧が40kVで、試料電流が200mAで、測定角度(2θ)が5〜100°である。解析方法は、X線回折波形を測定し、化合物形態をライブラリー検索する方法により行った。
【0052】
その結果、炭化物であると同定された化合物のスペクトル強度比を比較し、Cr23C6 が一定のスペクトル強度比S1を示し、他の炭化物が全く同定されなかった場合、ステンレス鋼中の共晶炭化物の形態は、Cr23C6 が100%である。
【0053】
一方、Cr23C6 以外の形態の炭化物があるスペクトル強度比S2を示した場合、ステンレス鋼中の共晶炭化物は、Cr23C6 と他の形態の炭化物から構成されており、このときのCr23C6 の比率=(S1/(S1+S2))×100(%)である。
【0054】
ステンレス鋼中の残留オーステナイトの容量(%)の測定は、試料を電解抽出法で処理し、表面X線回折法により行った。分析条件は、ターゲットがCuで、加速電圧が40kVで、試料電流が180mAで、走査範囲は、41.2〜46.705°である。解析方法は、ミラー指数h、k、lの回折線の積分強度より結晶構造を同定し、残留オーステナイト量の相対的な容量比を決定する方法により行った。
【0055】
なお、X線回折装置は、理学電機社製のRINT1500/2000 型を用いた。
【0056】
【発明の効果】
本発明は上記のとおり構成されており、静粛性に優れていると共に耐食性と耐寿命性を備えた低コストの転がり軸受及び転がり軸受用材料を提供することができる。特に、本発明は、VTR、コンピューター周辺機器等の精密機器のコストダウンおよび静粛性向上に寄与する産業上の効果の大きな発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の転がり軸受の実施例の縦断面図である。
【図2】本発明の転がり軸受の別の実施例の縦断面図である。
【図3】共晶炭化物の円相当直径の平均値(μm)とアンデロン値(M)の関係を示す図である。
【図4】共晶炭化物の最大長径(μm)とコスト指数の関係を示す図である。
【図5】共晶炭化物の形態がCr23C6 である化合物の比率(%)と耐寿命性指数の関係を示す図である。
【図6】ステンレス鋼に析出した炭化物のSEM像を示す図である。
【符号の説明】
1…外輪
2…内輪
3…転動体
4、5、7…転動溝
6…軸
Claims (3)
- 内輪と外輪の間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受。
- 軸の外周に転動溝を形成し、この転動溝と外輪内周の転動溝との間に複数個の転動体を備えてなる転がり軸受において、上記内輪および外輪の少なくとも一方をマルテンサイト系ステンレス鋼とし、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受。
- 重量比で、Cが0.6〜0.75%、Siが1%以下、Mnが1%以下、Pが0.03%以下、Sが0.02%以下、Crが11.5〜13.5%、Moが0.3%以下、Vが0.15%以下、Tiが15ppm以下、 Oが35ppm以下で、 残部がFeおよび不可避的に混入する不純物からなるマルテンサイト系ステンレス鋼で、このステンレス鋼の含有する共晶炭化物の長径は30μm以下であり、共晶炭化物の円相当直径の平均値は0.3〜1.6μmであり、共晶炭化物の平均面積は0.1〜2μm2 であり、共晶炭化物の面積率は2〜7%であり、共晶炭化物の形態はCr23C6 が98%以上であり、ステンレス鋼の硬度はHRC58〜62であり、ステンレス鋼中の残留オーステナイト量が6容量%以下であることを特徴とする転がり軸受用材料。
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