JP2004076914A - 被膜及び該被膜が形成された摺動部材 - Google Patents
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Abstract
【課題】製造コストが安価で、低い摩擦係数及び高い硬度が長期間に亘って維持できる被膜及び被膜が形成された摺動部材を提供することである。
【解決手段】摺動部材10は、相手部材25に摺接される摺動面16aに被膜20が形成され、摺動面にモリブデン及び硫黄を含む潤滑油30が供給される。被膜はポリアミドイミド樹脂18に鉄鋼材粉末等19が添加されて成り、所定の形状及び所定の膜厚を持つ。被膜は相手部材に摺接されて所定の圧力を受け、これにより鉄が露出する。潤滑油中のモリブデンと硫黄とが鉄の表面で反応し、摩擦係数が低く高い硬度を持つ二硫化モリブデンが生成される。
【選択図】図1
【解決手段】摺動部材10は、相手部材25に摺接される摺動面16aに被膜20が形成され、摺動面にモリブデン及び硫黄を含む潤滑油30が供給される。被膜はポリアミドイミド樹脂18に鉄鋼材粉末等19が添加されて成り、所定の形状及び所定の膜厚を持つ。被膜は相手部材に摺接されて所定の圧力を受け、これにより鉄が露出する。潤滑油中のモリブデンと硫黄とが鉄の表面で反応し、摩擦係数が低く高い硬度を持つ二硫化モリブデンが生成される。
【選択図】図1
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、摩擦係数が小さく耐摩耗性が大きい被膜、及び該被膜が形成された摺動部材に関する。
【0002】
【従来の技術】
円柱状の摺動部材と円筒状の相手部材とが円筒状の摺動面で摺接し、摺動部材が相手部材に対して相対摺動する場合がある。例えば、車両用エンジンのシリンダブロックと、そのシリンダ内壁に嵌合されたピストンがこれに該当する。
【0003】
ピストンは燃焼室の一部を構成すると共に、高温高圧の燃焼ガスの圧力を受けてシリンダボア内を往復摺動する。そのために高温で充分な強度を持つこと、軽量で熱損失が少なく熱伝導性が良いこと、及び潤滑油膜の形成性及び耐摩耗性に優れていること等が要求される。
【0004】
ピストンの一部の強度を向上させるために、補強部を構成することがある。例えば、特表平8−508324号(以下「従来例」と呼ぶ)では、図9に示すように、アルミニウム合金から成るシリンダ摺動面を備えたピストン80において、部分的に摺動面補強部82が設けられている。摺動面補強部82はピストン80に被着された合成樹脂層であり、この合成樹脂層に金属粒子が導入されている。
【0005】
ここで、合成樹脂は硬化可能なポリイミド(PI)樹脂又はポリアミドイミド(PAI)樹脂である。また、金属粒子はニッケル、鉄、青銅、クロム、銅又は銀である。しかし、金属粒子は粒子直径が最大10μmで、また含有率が10から60体積%である。これは、摺動面補強部82によりピストン80の耐用寿命を向上させることを主目的としているからであり、これでは長期間に亘り良好な潤滑性を得ることはできない。また、含有量が多いとシリンダボアの内周面への相手攻撃性が生ずる。
【0006】
尚、本願の出願人は先に特願2002−16023号(平成14年1月24日出願、以下「先行例」と呼ぶ)において乾性被膜潤滑剤及び該乾性被膜潤滑剤で被覆された摺動部材を出願した。この潤滑剤はPAI樹脂と、エポキシ樹脂等から成る塗膜改質剤と、窒化珪素等から成る硬質粒子とから成る。ここで、PAI樹脂100体積部に対してエポキシ樹脂の添加量は0.5から10体積部であり、また硬質粒子の添加量は1から15体積部であり、何れも少ない。そのため潤滑剤の摩擦係数が比較的高い。
【0007】
そこで、先行例では摩擦係数を低くすべく、必要に応じてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS2)又はグラファイト等から選ばれる固体潤滑剤を添加している。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、上記PTFE、MoS2及びグラファイトは何れも高価であり、これらを添加すると乾性被膜潤滑剤即ちピストンの製造コストが上昇する。加えて、乾性被膜潤滑剤中の二硫化モリブデン等はピストンがシリンダボア内を往復摺動するにつれて摩滅するので、低い摩擦係数は限られた期間しか維持することができない。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、製造コストが安価で、しかも低い摩擦係数及び高い硬度が長期間に亘って維持できる被膜及び該被膜が形成された摺動部材を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本願の発明者は、被膜が形成された摺動部材とその使用環境(潤滑油の種類、摺動面に加わる圧力等)との関係に注目した。エンジンのシリンダブロックとピストンとのように、円筒状の相手部材とこれに嵌合される円柱状の摺動部材との間の摺動面に供給される潤滑油が、モリブデン(Mo)及び硫黄(S)を含む場合がある(例えばMo−DTC)。モリブデンと硫黄とを反応させることができれば、摩擦係数を低減する特性を持つ二硫化モリブデン(MoS2)を生成できる。そこで、モリブデンと硫黄との反応を促進させることができる条件を見い出して本発明を完成した。
【0011】
本願の第1発明にかかる被膜は、請求項1に記載しているように、ポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末が添加され、所定の形状及び所定の膜厚を持つ被膜であって、モリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給され、その表面に所定の圧力が加わることを特徴とする。
【0012】
この被膜に所定の圧力が加わると、鉄(Fe)がその表面に露出する。被膜の周囲に供給される潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面で容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。ここで、潤滑油は継続的に供給されるので、被膜の表面に二硫化モリブデンは継続的に生成される。
【0013】
これに対して、上記先行例のように乾性被膜潤滑剤が樹脂を主体に形成され、金属粉末が添加されていないと、たとえモリブデン及び硫黄を含む潤滑油を供給しても、モリブデンと硫黄とは実質的に反応しない。
【0014】
請求項2の被膜は、請求項1において、PAI樹脂100%に対して、鉄鋼材合金粉末又はアルミニウム合金粉末が単独で添加されたときの添加量はそれぞれ5から30体積%である。鉄鋼材粉末及びアルミニウム合金粉末の両方が添加されたときの添加量は5から30体積%である。
【0015】
請求項3の被膜は、請求項1において、鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末の粒径は1から10μmである。請求項4の被膜は、請求項1において、所定の形状とは、円筒面の一部を成す湾曲した矩形状である。請求項5の被膜は、請求項1において、所定の膜厚とは4から20μmである。
【0016】
第2発明に係る摺動部材は、請求項6に記載したように、相手部材に摺接される摺動面に被膜が形成され、被膜の周囲にモリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給される摺動部材であって、被膜はポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末又はアルミニウム合金粉末が添加され、所定の形状及び所定の膜厚を持つことを特徴とする。
【0017】
この摺動部材の摺動面には被膜が形成され、該被膜が相手部材に摺接される。その結果、相手部材から被膜に所定の圧力が加わり、鉄がその表面に露出する。摺動部材と相手部材との間に供給される潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面では容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。ここで、潤滑油は継続的に供給されるので、二硫化モリブデンは被膜の表面即ち摺動部材の表面に継続的に生成される。
【0018】
請求項7の摺動部材は、請求項6において、相手部材は固定された円筒部材であり、摺動部材は相手部材に嵌合され軸方向に摺動可能な円柱部材である。
【0019】
請求項8の摺動部材は、請求項7において、円筒部材はシリンダブロックのシリンダ内壁であり、円柱部材はシリンダ内壁に密着嵌合された基部と、基部から延びた一対のスカート部とを有するピストンであり、摺動面は各スカート部の表面である。
【0020】
【発明の実施の形態】
<被膜>
▲1▼材質
被膜を形成するためには、PAI樹脂に鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末を添加する。PAIはイミド結合とナイロンのようなアミド結合とを有したポリマーである。耐熱性に優れ、高温でも相当の強度を持ち、熱による劣化が小さい特徴がある。
【0021】
鉄鋼材粉末、アルミニウム合金粉末の一方のみを添加しても良いし、両方を添加しても良い。「鉄鋼材」には炭素鋼(Fe−C)及び合金鋼(Fe−C−X、Xはクロム、ニッケル等)が含まれ、その一つにJISG4404に規定された合金工具綱鋼材(SKD)がある。アルミニウム合金にはAl−Cu系合金、Al−Mn系合金、Al−Si系合金及びAl−Mg系合金等が含まれ、その一つにAl−Cu−Si合金がある。
▲2▼粒径
鉄鋼材粉末及びアルミニウム合金粉末の中心粒径は1から10μmが望ましく、1から5μmが更に望ましい。中心粒径は、粉末がPAI樹脂から脱落したときでも相手部材の表面に影響を与えない範囲で選定する。中心粒径が5μmより小さければ悪影響のおそれはなく、10μm以下であればそのおそれは殆んどない。
【0022】
図7に粒径と摩擦係数との関係を示す。PAI樹脂の100体積%に対して、合金工具綱鋼材鋼合金の一種で粒径の異なるSKD11の粉末をそれぞれ10体積%添加して所定形状のテストピースを製作し、中心粒径の大きさと摩擦係数μとの関係を調べた。これから明らかなように、中心粒径が約10μm以下のとき摩擦係数μは約0.09以下で、約5μm以下のとき摩擦係数μは約0.08以下である。
【0023】
尚、摩擦係数は、測定器の傾斜角度が変更可能な傾斜台にテストピースを乗せて傾斜角度を増加させ、テストピースが滑り出したときの傾斜角度を調べることにより測定する。
▲3▼添加量
PAI樹脂100体積%に対する鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末の添加量は5から30体積%が望ましい。添加量はPAI樹脂がバインダとして十分作用するように選定する。添加量が30体積%よりも多いと、相対的にPAI樹脂の量が少なくなり、バインダとしての機能が不十分になるおそれがある。
【0024】
図8に添加量と摩擦係数との関係を示す。PAI樹脂の100体積%に対して中心粒径が1μmのSKD11を異なる量添加してテストピースを製作し、添加量の多少と摩擦係数μとの関係を調べた。これから明らかなように、SKD11を全く添加しないとき(添加量が零)の場合の摩擦係数は約0.12である。添加量5%の場合の摩擦係数は約0.06で、添加量30%の場合の摩擦係数は約0.08で、その間は漸増している。
▲4▼形状、膜厚、表面粗さ
被膜の形状に特別の制約はなく、矩形状や円形状とできる。また、全体が平坦でも良いし、一定の曲率で湾曲していても良い。
【0025】
膜厚は4から20μmとすることが望ましい。4μmより薄い摩耗により樹脂の寿命が短くなり、20μmより厚いと摺動部材への密着性に劣るためである。
【0026】
被膜を形成する前の摺動部材の表面粗さに特別の制約はない。膜厚が4μm以上の被膜の形成後の表面粗さ(十点平均粗さ)は5μmRz以下であれば良い。
▲5▼使用環境
使用環境のうち、潤滑油の種類及び被膜に加わる圧力が特に問題となる。潤滑油としてはモリブデン及び硫黄を含むものを使用する。エンジンのシリンダボアとピストンとの間に供給される潤滑油の多くはモリブデン及び硫黄の両方を含んでいるので、特別の潤滑油を準備することは不要である。
【0027】
被膜の表面には、所定の大きさ以上の圧力が加わることが望ましい。所定の大きさとは、PAI樹脂に添加した鉄鋼材粉末等がその表面に露出する程度の大きさである。
<摺動部材、相手部材>
▲1▼形状、移動方向
摺動部材は相手部材に摺接されるので、その形状は相手部材との関連で決まる。例えば、相手部材が平板状であれば摺動部材も平板状となり、両者間の摺接面は平坦面となる。一方、相手部材が円筒状であれば摺動部材は円柱状となり、摺接面は円筒面となる。摺動部材は摺接面により決まる方向に移動する。尚、相手部材は固定されていても良いし、摺動部材と同方向又は反対方向に移動可能となっていても良い。
【0028】
摺動部材はエンジンのピストンとし、相手部材はシリンダブロックのシリンダ内壁とできる。シリンダ壁は燃焼ガスに曝されるために高温となっており、シリンダ内壁とピストンのランド部との間には潤滑油の他にガソリンや水も存在し、潤滑油の割合は低い。このように、シリンダ壁とピストンとの間は潤滑上かなり過酷な条件となっている。このため、ピストン及びシリンダ内壁上の油膜形成や耐摩耗性に関して種々の技術が必要になり、また潤滑油の性状に種々の要求がある。本発明によればこれに対応可能である。詳しくは、実施例で説明する。
▲2▼材質
摺動部材及び相手部材の材質に特別の制約はなく、鋳鉄、鋼、アルミニウム合金、マグネシウム合金又はチタン合金が採択可能である。両部材の材質は同じでも良いし、異なっても良い。
▲3▼被膜
被膜の材質、添加量等については既に詳述した。被膜は摺動部材の摺動面全体に形成しても良いし、その一部のみに成形しても良い。一部としては、特に高い潤滑性及び耐摩耗性が要求される部位を選び、例えば、摺動部材がピストンの場合はそのスカート部である。
【0029】
4サイクルエンジンの爆発工程では、ピストンが上昇して燃焼室内の混合気を圧縮した状態で混合気に点火される。それに伴いピストンの基部の頂面には軸方向の力及びピストンを揺動させる力が作用し、ピストンの姿勢が不安定になる。これを防止するため基部(クラウン部及びランド部)から延びた一対のスカート部をシリンダ内壁に摺接させている。摺動面の摩擦係数が高ければピストンの円滑な移動を妨げるみならず、また耐摩耗性に劣れば往復動を繰り返すうちに摩耗が進行する。
【0030】
【実施例】
以下、本発明の実施例を添付図面を基にして説明する。これは、エンジンを構成するピストンに本発明が適用された例である。
<実施例>
(構成)
ピストンは本体と、ガスシール機能を確保及び向上させるためのピストンリングと、ピストンとコンロッドとを連結するピストンピンとを含む。図1に示すように、本体11は燃焼ガスの圧力を受けるクラウン(冠)部12、ピストンリング(不図示)を装着するリング溝13を有するランド部14、往復摺動を案内すると共にシリンダブロック25へ熱を逃がすスカート部16、及びピストンピン(不図示)を支持するピンボス部18を含む。
【0031】
各スカート部16の外表面(摺動面)16aには被膜20が形成されている。この被膜20はPAI樹脂100体積%に対して、炭素鋼粉末(具体的にはSKD−11)を10体積%添加したものである。被膜20は矩形状で、スカート部16のほぼ中央部に形成され、その面積はスカート部16の面積の約5/6である。被膜20の膜厚は約12μmである。被膜20は汎用のスクリーン印刷法によりスカート部16の外表面16a上に形成した。
(作用効果)
ピストン10はシリンダブロック25のシリンダボア27内に挿入され、その外周面がシリンダ内壁26の内周面(摺動面)26aに嵌合されている。外周面のうち、ランド部14のリング溝13に装着されたピストンリングが内周面に摺接されて気密を保っている。吸気行程ではシリンダボア27内を上昇し、爆発工程で燃焼ガスの圧力により下降される。
【0032】
潤滑油は動弁系、クランクシャフトのメインベアリングに供給され、これらを潤滑する。更に、クランクピンを潤滑し、ミストとなった潤滑油がシリンダ壁26を潤滑するとともに、ピストン10を冷却する。
【0033】
爆発工程でピストン10がシリンダ内壁26を下降するとき、前述したように、燃焼ガスからピストン10を揺動させる力が加わる。その結果、スカート部16がシリンダ内壁26に強く摺接され、被膜20中の炭素鋼粉末中の鉄の小片が被膜20の表面、即ちスカート部16の外表面16aに露出する。
【0034】
すると、図2に模式的に示すように、スカート部16上の条痕部17に形成されPAI樹脂18と炭素鋼粉末19とから成る被膜20に潤滑油30が供給されると、潤滑油30中のモリブデンと硫黄とが鉄の小片上で反応して被膜20上に二硫化モリブデン(MoS2)を生成する。
【0035】
二硫化モリブデンの生成により被膜20即ちスカート部16の外表面16aとシリンダ内壁26の内周面26aとの間の摩擦係数が小さくなり内周面26aが摩耗し難くなると共に、スカート部16の耐摩耗性が向上する。しかも、潤滑油30は被膜20の周辺に継続的に供給されるので、二硫化モリブデンも継続的に生成される。よって、低い摩擦係数及び大きな耐摩耗性が長期間に亘って維持されるのである。
<試験片による試験>
上記実施例における低い摩擦係数及び大きな耐摩耗性を確認すべく、試験片にを使用して試験を行った。
【0036】
図3に示すように、試験機LFW−1を使用して、耐摩耗性評価方法(45N@20rpm)を行った。実施例のテストピース(以下「実施例T/P」と略称する)30は直方体形状で、材質はAC8A、縦16mm、横6mm、高さ10mmである。実施例T/P30の下面に被膜32が形成されている。この被膜32はPAI樹脂100体積%に対して炭素鋼粉末(粒径2μm)を10体積%添加したもので、膜厚は12μmである。
【0037】
これに対して比較例のテストピース(以下、「比較例T/P」と呼ぶ)は形状、材質及び寸法は実施例T/Pと同じであるが、被膜はPAI樹脂のみから成り金属粉末は添加されていない。実施例T/P30でも比較例T/Pでも、相手部材はFC250から成る環状部材35であり、外径は35mmで、20rpmで回転している。
【0038】
尚、上記実施例では摺動部材たるピストン10が移動しているのに対して、試験では相手部材たる環状部材35が回転している。しかし、摺動部材が相手部材に対して相対摺動する点では同じである。
【0039】
環状部材35の下半分36aは油浴37内のモリブデン及び硫黄を含む潤滑油(5W−20.Moオイル)38に浸り、頂部36bにおいて実施例T/P30の下面に所定の圧力で摺接している。実施例T/P30に押圧した環状部材35を回転させ、その頂部により実施例T/P30の下面31に断面円弧状のくぼみを形成する。そして、試験開始からの経過時間60分、90分及び150分後の実施例T/P30のくぼみの深さを測定した。比較例T/Pについても同様に行った。
【0040】
尚、実施例T/P30等の寸法や環状部材35の寸法、回転数を考慮すると、経過時間100分が車両の走行距離数万kmに相当すると考えられる。
▲1▼耐摩耗性
耐摩耗性の評価試験の結果を図4に示す。図4中曲線xで示すように、実施例T/P30では60分、90分及び150分経過後における摩耗量(くぼみの深さ)はそれぞれ約5μm、6μm及び8μmであった。それに対して、曲線yで示すように、比較例T/Pでは60分及び90分経過後における摩耗量はそれぞれ約18μm及び20μmであり、被膜に剥離が生じた。
【0041】
これは、実施例T/P30では二硫化モリブデンの生成により摩擦(フリクション)が低下し摩耗が抑えられたが、比較例T/Pでは二硫化モリブデンが生成されなかったためと考えられる。
▲2▼摩擦係数
また、試験開始から30分経過後実施例T/P30を取り出し、被膜20のくぼみを測定器の傾斜台に乗せて摩擦係数μを調べた処、図6に示すように約0.074であった。これに対して、比較例T/Pの摩擦係数は0.120であった。
【0042】
これから明らかなように、実施例T/P30の摩擦係数は比較例T/Pのそれの約55%に減少しており、これは二硫化モリブデンの生成によると考えられる。即ち、摺動部材の表面に二硫化モリブデンが生成されたことにより摩擦係数が低下した。
【0043】
試験開始からの経過時間と摩擦係数μの変化との関係を図7に示す。試験開始から所定時間毎に実施例T/P30及び比較例T/Pを取り出して、摩擦係数を調べた。これから明らかなように、実施例T/P30では開始直後に摩擦係数が急激に低下し、その後緩やかに低下している。これは潤滑油30中のモリブデンと硫黄とが開始直後に活発に反応して二硫化モリブデンを生成しているためと考えられる。
【0044】
そして、時間の経過につれて摩擦係数が少しづつ減少しているのは、補給される潤滑油30中のモリブデンと硫黄とにより二硫化モリブデンが生成されているためと考えられる。
【0045】
これに対して、比較例T/Pでは、時間が経過しても摩擦係数μは殆ど変化していない。これは二硫化モリブデンが生成されていないためと考えられる。
【0046】
【発明の効果】
以上述べてきたように、第1発明の被膜によれば、被膜の表面に露出した鉄の上で潤滑油中のモリブデンと硫黄とが反応し、二硫化モリブデンを生成する。二硫化モリブデンは被膜の表面の硬度を上昇させるとともに、摩擦係数を低減させる。硬度の上昇により耐摩耗性が向上し、摩擦係数の低減により被膜が取り付けられる部材の移動が円滑になるとともに、被膜が摺接される部材の摩耗が減少する。
【0047】
また、摩擦係数を低くするためにMoS2、PTFE又はグラファイト等の固体潤滑剤を添加することが不要となり、その分製造コストが低減される。更に、潤滑油は継続的に供給されるので、被膜の表面に二硫化モリブデンは継続的に生成され、上記効果が長期間に亘り維持される。
【0048】
請求項2の被膜によれば、PAI樹脂が鉄鋼材粉末等のバインダとして働く。請求項3の被膜によれば、鉄鋼材粉末等のPAI樹脂からの脱落が防止される。
【0049】
請求項4の被膜によれば、湾曲した摺接面において摺接する二つの部材間で使用される。請求項5の被膜によれば、被膜を容易に形成でき、形成後は摩耗し難い。
【0050】
第2発明の摺動部材によれば、相手部材から摺動部材の被膜に所定の圧力が加わり、鉄がその表面に露出する。潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面では容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。二硫化モリブデンは被膜の表面の硬度を上昇させるとともに、摩擦係数を低減させる。二硫化モリブデンの生成により、摺動部材の摺動が円滑になるとともに相手部材の摩耗が減少する。
【0051】
また、摩擦係数を低減させるために固体潤滑剤を添加することが不要となり、さらに、二硫化モリブデンは被膜の表面即ち摺動部材の表面に継続的に生成される。
【0052】
請求項7の摺動部材によれば、円柱部材の摺動面の摩耗が防止される。請求項8の摺動部材によれば、ピストンのスカート部の摺動面の摩耗が防止される。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例を示す正面図(半分断面図)である。
【図2】実施例の作用を説明する模式図である。
【図3】実施例の効果を確認する試験機の説明図である。
【図4】試験における試験開始からの経過時間とT/Pの摩耗量との関係を示すグラフである。
【図5】試験における試験開始からの経過時間と摩擦係数の変化との関係を示すグラフである。
【図6】試験における実施例及び比較例の摩擦係数を示すグラフである。
【図7】実施の形態のSKD11中心粒径と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図8】実施の形態のSKD11の添加量と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図9】従来のピストンを示す正面図である。
【符号の説明】
10:ピストン 11:本体
12,13:基部 16:スカート部
16a:摺動面 18:PAI樹脂
19:鉄鋼材粉末 20:被膜
25:シリンダブロック 26:シリンダ内壁
26a:摺動面
【発明の属する技術分野】
本発明は、摩擦係数が小さく耐摩耗性が大きい被膜、及び該被膜が形成された摺動部材に関する。
【0002】
【従来の技術】
円柱状の摺動部材と円筒状の相手部材とが円筒状の摺動面で摺接し、摺動部材が相手部材に対して相対摺動する場合がある。例えば、車両用エンジンのシリンダブロックと、そのシリンダ内壁に嵌合されたピストンがこれに該当する。
【0003】
ピストンは燃焼室の一部を構成すると共に、高温高圧の燃焼ガスの圧力を受けてシリンダボア内を往復摺動する。そのために高温で充分な強度を持つこと、軽量で熱損失が少なく熱伝導性が良いこと、及び潤滑油膜の形成性及び耐摩耗性に優れていること等が要求される。
【0004】
ピストンの一部の強度を向上させるために、補強部を構成することがある。例えば、特表平8−508324号(以下「従来例」と呼ぶ)では、図9に示すように、アルミニウム合金から成るシリンダ摺動面を備えたピストン80において、部分的に摺動面補強部82が設けられている。摺動面補強部82はピストン80に被着された合成樹脂層であり、この合成樹脂層に金属粒子が導入されている。
【0005】
ここで、合成樹脂は硬化可能なポリイミド(PI)樹脂又はポリアミドイミド(PAI)樹脂である。また、金属粒子はニッケル、鉄、青銅、クロム、銅又は銀である。しかし、金属粒子は粒子直径が最大10μmで、また含有率が10から60体積%である。これは、摺動面補強部82によりピストン80の耐用寿命を向上させることを主目的としているからであり、これでは長期間に亘り良好な潤滑性を得ることはできない。また、含有量が多いとシリンダボアの内周面への相手攻撃性が生ずる。
【0006】
尚、本願の出願人は先に特願2002−16023号(平成14年1月24日出願、以下「先行例」と呼ぶ)において乾性被膜潤滑剤及び該乾性被膜潤滑剤で被覆された摺動部材を出願した。この潤滑剤はPAI樹脂と、エポキシ樹脂等から成る塗膜改質剤と、窒化珪素等から成る硬質粒子とから成る。ここで、PAI樹脂100体積部に対してエポキシ樹脂の添加量は0.5から10体積部であり、また硬質粒子の添加量は1から15体積部であり、何れも少ない。そのため潤滑剤の摩擦係数が比較的高い。
【0007】
そこで、先行例では摩擦係数を低くすべく、必要に応じてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、二硫化モリブデン(MoS2)又はグラファイト等から選ばれる固体潤滑剤を添加している。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、上記PTFE、MoS2及びグラファイトは何れも高価であり、これらを添加すると乾性被膜潤滑剤即ちピストンの製造コストが上昇する。加えて、乾性被膜潤滑剤中の二硫化モリブデン等はピストンがシリンダボア内を往復摺動するにつれて摩滅するので、低い摩擦係数は限られた期間しか維持することができない。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、製造コストが安価で、しかも低い摩擦係数及び高い硬度が長期間に亘って維持できる被膜及び該被膜が形成された摺動部材を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本願の発明者は、被膜が形成された摺動部材とその使用環境(潤滑油の種類、摺動面に加わる圧力等)との関係に注目した。エンジンのシリンダブロックとピストンとのように、円筒状の相手部材とこれに嵌合される円柱状の摺動部材との間の摺動面に供給される潤滑油が、モリブデン(Mo)及び硫黄(S)を含む場合がある(例えばMo−DTC)。モリブデンと硫黄とを反応させることができれば、摩擦係数を低減する特性を持つ二硫化モリブデン(MoS2)を生成できる。そこで、モリブデンと硫黄との反応を促進させることができる条件を見い出して本発明を完成した。
【0011】
本願の第1発明にかかる被膜は、請求項1に記載しているように、ポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末が添加され、所定の形状及び所定の膜厚を持つ被膜であって、モリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給され、その表面に所定の圧力が加わることを特徴とする。
【0012】
この被膜に所定の圧力が加わると、鉄(Fe)がその表面に露出する。被膜の周囲に供給される潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面で容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。ここで、潤滑油は継続的に供給されるので、被膜の表面に二硫化モリブデンは継続的に生成される。
【0013】
これに対して、上記先行例のように乾性被膜潤滑剤が樹脂を主体に形成され、金属粉末が添加されていないと、たとえモリブデン及び硫黄を含む潤滑油を供給しても、モリブデンと硫黄とは実質的に反応しない。
【0014】
請求項2の被膜は、請求項1において、PAI樹脂100%に対して、鉄鋼材合金粉末又はアルミニウム合金粉末が単独で添加されたときの添加量はそれぞれ5から30体積%である。鉄鋼材粉末及びアルミニウム合金粉末の両方が添加されたときの添加量は5から30体積%である。
【0015】
請求項3の被膜は、請求項1において、鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末の粒径は1から10μmである。請求項4の被膜は、請求項1において、所定の形状とは、円筒面の一部を成す湾曲した矩形状である。請求項5の被膜は、請求項1において、所定の膜厚とは4から20μmである。
【0016】
第2発明に係る摺動部材は、請求項6に記載したように、相手部材に摺接される摺動面に被膜が形成され、被膜の周囲にモリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給される摺動部材であって、被膜はポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末又はアルミニウム合金粉末が添加され、所定の形状及び所定の膜厚を持つことを特徴とする。
【0017】
この摺動部材の摺動面には被膜が形成され、該被膜が相手部材に摺接される。その結果、相手部材から被膜に所定の圧力が加わり、鉄がその表面に露出する。摺動部材と相手部材との間に供給される潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面では容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。ここで、潤滑油は継続的に供給されるので、二硫化モリブデンは被膜の表面即ち摺動部材の表面に継続的に生成される。
【0018】
請求項7の摺動部材は、請求項6において、相手部材は固定された円筒部材であり、摺動部材は相手部材に嵌合され軸方向に摺動可能な円柱部材である。
【0019】
請求項8の摺動部材は、請求項7において、円筒部材はシリンダブロックのシリンダ内壁であり、円柱部材はシリンダ内壁に密着嵌合された基部と、基部から延びた一対のスカート部とを有するピストンであり、摺動面は各スカート部の表面である。
【0020】
【発明の実施の形態】
<被膜>
▲1▼材質
被膜を形成するためには、PAI樹脂に鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末を添加する。PAIはイミド結合とナイロンのようなアミド結合とを有したポリマーである。耐熱性に優れ、高温でも相当の強度を持ち、熱による劣化が小さい特徴がある。
【0021】
鉄鋼材粉末、アルミニウム合金粉末の一方のみを添加しても良いし、両方を添加しても良い。「鉄鋼材」には炭素鋼(Fe−C)及び合金鋼(Fe−C−X、Xはクロム、ニッケル等)が含まれ、その一つにJISG4404に規定された合金工具綱鋼材(SKD)がある。アルミニウム合金にはAl−Cu系合金、Al−Mn系合金、Al−Si系合金及びAl−Mg系合金等が含まれ、その一つにAl−Cu−Si合金がある。
▲2▼粒径
鉄鋼材粉末及びアルミニウム合金粉末の中心粒径は1から10μmが望ましく、1から5μmが更に望ましい。中心粒径は、粉末がPAI樹脂から脱落したときでも相手部材の表面に影響を与えない範囲で選定する。中心粒径が5μmより小さければ悪影響のおそれはなく、10μm以下であればそのおそれは殆んどない。
【0022】
図7に粒径と摩擦係数との関係を示す。PAI樹脂の100体積%に対して、合金工具綱鋼材鋼合金の一種で粒径の異なるSKD11の粉末をそれぞれ10体積%添加して所定形状のテストピースを製作し、中心粒径の大きさと摩擦係数μとの関係を調べた。これから明らかなように、中心粒径が約10μm以下のとき摩擦係数μは約0.09以下で、約5μm以下のとき摩擦係数μは約0.08以下である。
【0023】
尚、摩擦係数は、測定器の傾斜角度が変更可能な傾斜台にテストピースを乗せて傾斜角度を増加させ、テストピースが滑り出したときの傾斜角度を調べることにより測定する。
▲3▼添加量
PAI樹脂100体積%に対する鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末の添加量は5から30体積%が望ましい。添加量はPAI樹脂がバインダとして十分作用するように選定する。添加量が30体積%よりも多いと、相対的にPAI樹脂の量が少なくなり、バインダとしての機能が不十分になるおそれがある。
【0024】
図8に添加量と摩擦係数との関係を示す。PAI樹脂の100体積%に対して中心粒径が1μmのSKD11を異なる量添加してテストピースを製作し、添加量の多少と摩擦係数μとの関係を調べた。これから明らかなように、SKD11を全く添加しないとき(添加量が零)の場合の摩擦係数は約0.12である。添加量5%の場合の摩擦係数は約0.06で、添加量30%の場合の摩擦係数は約0.08で、その間は漸増している。
▲4▼形状、膜厚、表面粗さ
被膜の形状に特別の制約はなく、矩形状や円形状とできる。また、全体が平坦でも良いし、一定の曲率で湾曲していても良い。
【0025】
膜厚は4から20μmとすることが望ましい。4μmより薄い摩耗により樹脂の寿命が短くなり、20μmより厚いと摺動部材への密着性に劣るためである。
【0026】
被膜を形成する前の摺動部材の表面粗さに特別の制約はない。膜厚が4μm以上の被膜の形成後の表面粗さ(十点平均粗さ)は5μmRz以下であれば良い。
▲5▼使用環境
使用環境のうち、潤滑油の種類及び被膜に加わる圧力が特に問題となる。潤滑油としてはモリブデン及び硫黄を含むものを使用する。エンジンのシリンダボアとピストンとの間に供給される潤滑油の多くはモリブデン及び硫黄の両方を含んでいるので、特別の潤滑油を準備することは不要である。
【0027】
被膜の表面には、所定の大きさ以上の圧力が加わることが望ましい。所定の大きさとは、PAI樹脂に添加した鉄鋼材粉末等がその表面に露出する程度の大きさである。
<摺動部材、相手部材>
▲1▼形状、移動方向
摺動部材は相手部材に摺接されるので、その形状は相手部材との関連で決まる。例えば、相手部材が平板状であれば摺動部材も平板状となり、両者間の摺接面は平坦面となる。一方、相手部材が円筒状であれば摺動部材は円柱状となり、摺接面は円筒面となる。摺動部材は摺接面により決まる方向に移動する。尚、相手部材は固定されていても良いし、摺動部材と同方向又は反対方向に移動可能となっていても良い。
【0028】
摺動部材はエンジンのピストンとし、相手部材はシリンダブロックのシリンダ内壁とできる。シリンダ壁は燃焼ガスに曝されるために高温となっており、シリンダ内壁とピストンのランド部との間には潤滑油の他にガソリンや水も存在し、潤滑油の割合は低い。このように、シリンダ壁とピストンとの間は潤滑上かなり過酷な条件となっている。このため、ピストン及びシリンダ内壁上の油膜形成や耐摩耗性に関して種々の技術が必要になり、また潤滑油の性状に種々の要求がある。本発明によればこれに対応可能である。詳しくは、実施例で説明する。
▲2▼材質
摺動部材及び相手部材の材質に特別の制約はなく、鋳鉄、鋼、アルミニウム合金、マグネシウム合金又はチタン合金が採択可能である。両部材の材質は同じでも良いし、異なっても良い。
▲3▼被膜
被膜の材質、添加量等については既に詳述した。被膜は摺動部材の摺動面全体に形成しても良いし、その一部のみに成形しても良い。一部としては、特に高い潤滑性及び耐摩耗性が要求される部位を選び、例えば、摺動部材がピストンの場合はそのスカート部である。
【0029】
4サイクルエンジンの爆発工程では、ピストンが上昇して燃焼室内の混合気を圧縮した状態で混合気に点火される。それに伴いピストンの基部の頂面には軸方向の力及びピストンを揺動させる力が作用し、ピストンの姿勢が不安定になる。これを防止するため基部(クラウン部及びランド部)から延びた一対のスカート部をシリンダ内壁に摺接させている。摺動面の摩擦係数が高ければピストンの円滑な移動を妨げるみならず、また耐摩耗性に劣れば往復動を繰り返すうちに摩耗が進行する。
【0030】
【実施例】
以下、本発明の実施例を添付図面を基にして説明する。これは、エンジンを構成するピストンに本発明が適用された例である。
<実施例>
(構成)
ピストンは本体と、ガスシール機能を確保及び向上させるためのピストンリングと、ピストンとコンロッドとを連結するピストンピンとを含む。図1に示すように、本体11は燃焼ガスの圧力を受けるクラウン(冠)部12、ピストンリング(不図示)を装着するリング溝13を有するランド部14、往復摺動を案内すると共にシリンダブロック25へ熱を逃がすスカート部16、及びピストンピン(不図示)を支持するピンボス部18を含む。
【0031】
各スカート部16の外表面(摺動面)16aには被膜20が形成されている。この被膜20はPAI樹脂100体積%に対して、炭素鋼粉末(具体的にはSKD−11)を10体積%添加したものである。被膜20は矩形状で、スカート部16のほぼ中央部に形成され、その面積はスカート部16の面積の約5/6である。被膜20の膜厚は約12μmである。被膜20は汎用のスクリーン印刷法によりスカート部16の外表面16a上に形成した。
(作用効果)
ピストン10はシリンダブロック25のシリンダボア27内に挿入され、その外周面がシリンダ内壁26の内周面(摺動面)26aに嵌合されている。外周面のうち、ランド部14のリング溝13に装着されたピストンリングが内周面に摺接されて気密を保っている。吸気行程ではシリンダボア27内を上昇し、爆発工程で燃焼ガスの圧力により下降される。
【0032】
潤滑油は動弁系、クランクシャフトのメインベアリングに供給され、これらを潤滑する。更に、クランクピンを潤滑し、ミストとなった潤滑油がシリンダ壁26を潤滑するとともに、ピストン10を冷却する。
【0033】
爆発工程でピストン10がシリンダ内壁26を下降するとき、前述したように、燃焼ガスからピストン10を揺動させる力が加わる。その結果、スカート部16がシリンダ内壁26に強く摺接され、被膜20中の炭素鋼粉末中の鉄の小片が被膜20の表面、即ちスカート部16の外表面16aに露出する。
【0034】
すると、図2に模式的に示すように、スカート部16上の条痕部17に形成されPAI樹脂18と炭素鋼粉末19とから成る被膜20に潤滑油30が供給されると、潤滑油30中のモリブデンと硫黄とが鉄の小片上で反応して被膜20上に二硫化モリブデン(MoS2)を生成する。
【0035】
二硫化モリブデンの生成により被膜20即ちスカート部16の外表面16aとシリンダ内壁26の内周面26aとの間の摩擦係数が小さくなり内周面26aが摩耗し難くなると共に、スカート部16の耐摩耗性が向上する。しかも、潤滑油30は被膜20の周辺に継続的に供給されるので、二硫化モリブデンも継続的に生成される。よって、低い摩擦係数及び大きな耐摩耗性が長期間に亘って維持されるのである。
<試験片による試験>
上記実施例における低い摩擦係数及び大きな耐摩耗性を確認すべく、試験片にを使用して試験を行った。
【0036】
図3に示すように、試験機LFW−1を使用して、耐摩耗性評価方法(45N@20rpm)を行った。実施例のテストピース(以下「実施例T/P」と略称する)30は直方体形状で、材質はAC8A、縦16mm、横6mm、高さ10mmである。実施例T/P30の下面に被膜32が形成されている。この被膜32はPAI樹脂100体積%に対して炭素鋼粉末(粒径2μm)を10体積%添加したもので、膜厚は12μmである。
【0037】
これに対して比較例のテストピース(以下、「比較例T/P」と呼ぶ)は形状、材質及び寸法は実施例T/Pと同じであるが、被膜はPAI樹脂のみから成り金属粉末は添加されていない。実施例T/P30でも比較例T/Pでも、相手部材はFC250から成る環状部材35であり、外径は35mmで、20rpmで回転している。
【0038】
尚、上記実施例では摺動部材たるピストン10が移動しているのに対して、試験では相手部材たる環状部材35が回転している。しかし、摺動部材が相手部材に対して相対摺動する点では同じである。
【0039】
環状部材35の下半分36aは油浴37内のモリブデン及び硫黄を含む潤滑油(5W−20.Moオイル)38に浸り、頂部36bにおいて実施例T/P30の下面に所定の圧力で摺接している。実施例T/P30に押圧した環状部材35を回転させ、その頂部により実施例T/P30の下面31に断面円弧状のくぼみを形成する。そして、試験開始からの経過時間60分、90分及び150分後の実施例T/P30のくぼみの深さを測定した。比較例T/Pについても同様に行った。
【0040】
尚、実施例T/P30等の寸法や環状部材35の寸法、回転数を考慮すると、経過時間100分が車両の走行距離数万kmに相当すると考えられる。
▲1▼耐摩耗性
耐摩耗性の評価試験の結果を図4に示す。図4中曲線xで示すように、実施例T/P30では60分、90分及び150分経過後における摩耗量(くぼみの深さ)はそれぞれ約5μm、6μm及び8μmであった。それに対して、曲線yで示すように、比較例T/Pでは60分及び90分経過後における摩耗量はそれぞれ約18μm及び20μmであり、被膜に剥離が生じた。
【0041】
これは、実施例T/P30では二硫化モリブデンの生成により摩擦(フリクション)が低下し摩耗が抑えられたが、比較例T/Pでは二硫化モリブデンが生成されなかったためと考えられる。
▲2▼摩擦係数
また、試験開始から30分経過後実施例T/P30を取り出し、被膜20のくぼみを測定器の傾斜台に乗せて摩擦係数μを調べた処、図6に示すように約0.074であった。これに対して、比較例T/Pの摩擦係数は0.120であった。
【0042】
これから明らかなように、実施例T/P30の摩擦係数は比較例T/Pのそれの約55%に減少しており、これは二硫化モリブデンの生成によると考えられる。即ち、摺動部材の表面に二硫化モリブデンが生成されたことにより摩擦係数が低下した。
【0043】
試験開始からの経過時間と摩擦係数μの変化との関係を図7に示す。試験開始から所定時間毎に実施例T/P30及び比較例T/Pを取り出して、摩擦係数を調べた。これから明らかなように、実施例T/P30では開始直後に摩擦係数が急激に低下し、その後緩やかに低下している。これは潤滑油30中のモリブデンと硫黄とが開始直後に活発に反応して二硫化モリブデンを生成しているためと考えられる。
【0044】
そして、時間の経過につれて摩擦係数が少しづつ減少しているのは、補給される潤滑油30中のモリブデンと硫黄とにより二硫化モリブデンが生成されているためと考えられる。
【0045】
これに対して、比較例T/Pでは、時間が経過しても摩擦係数μは殆ど変化していない。これは二硫化モリブデンが生成されていないためと考えられる。
【0046】
【発明の効果】
以上述べてきたように、第1発明の被膜によれば、被膜の表面に露出した鉄の上で潤滑油中のモリブデンと硫黄とが反応し、二硫化モリブデンを生成する。二硫化モリブデンは被膜の表面の硬度を上昇させるとともに、摩擦係数を低減させる。硬度の上昇により耐摩耗性が向上し、摩擦係数の低減により被膜が取り付けられる部材の移動が円滑になるとともに、被膜が摺接される部材の摩耗が減少する。
【0047】
また、摩擦係数を低くするためにMoS2、PTFE又はグラファイト等の固体潤滑剤を添加することが不要となり、その分製造コストが低減される。更に、潤滑油は継続的に供給されるので、被膜の表面に二硫化モリブデンは継続的に生成され、上記効果が長期間に亘り維持される。
【0048】
請求項2の被膜によれば、PAI樹脂が鉄鋼材粉末等のバインダとして働く。請求項3の被膜によれば、鉄鋼材粉末等のPAI樹脂からの脱落が防止される。
【0049】
請求項4の被膜によれば、湾曲した摺接面において摺接する二つの部材間で使用される。請求項5の被膜によれば、被膜を容易に形成でき、形成後は摩耗し難い。
【0050】
第2発明の摺動部材によれば、相手部材から摺動部材の被膜に所定の圧力が加わり、鉄がその表面に露出する。潤滑油中のモリブデンと硫黄とは鉄の表面では容易に反応し、二硫化モリブデンを生成する。二硫化モリブデンは被膜の表面の硬度を上昇させるとともに、摩擦係数を低減させる。二硫化モリブデンの生成により、摺動部材の摺動が円滑になるとともに相手部材の摩耗が減少する。
【0051】
また、摩擦係数を低減させるために固体潤滑剤を添加することが不要となり、さらに、二硫化モリブデンは被膜の表面即ち摺動部材の表面に継続的に生成される。
【0052】
請求項7の摺動部材によれば、円柱部材の摺動面の摩耗が防止される。請求項8の摺動部材によれば、ピストンのスカート部の摺動面の摩耗が防止される。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例を示す正面図(半分断面図)である。
【図2】実施例の作用を説明する模式図である。
【図3】実施例の効果を確認する試験機の説明図である。
【図4】試験における試験開始からの経過時間とT/Pの摩耗量との関係を示すグラフである。
【図5】試験における試験開始からの経過時間と摩擦係数の変化との関係を示すグラフである。
【図6】試験における実施例及び比較例の摩擦係数を示すグラフである。
【図7】実施の形態のSKD11中心粒径と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図8】実施の形態のSKD11の添加量と摩擦係数との関係を示すグラフである。
【図9】従来のピストンを示す正面図である。
【符号の説明】
10:ピストン 11:本体
12,13:基部 16:スカート部
16a:摺動面 18:PAI樹脂
19:鉄鋼材粉末 20:被膜
25:シリンダブロック 26:シリンダ内壁
26a:摺動面
Claims (8)
- ポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末及び/又はアルミニウム合金粉末が添加されて成り、所定の形状及び所定の膜厚を持つ被膜であって、
モリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給され、その表面に所定の圧力が加わることを特徴とする被膜。 - 前記ポリアミドイミド樹脂100体積%に対して、前記鉄鋼材粉末又は前記アルミニウム合金粉末の添加量はそれぞれ5から30体積%、該鉄鋼材粉末及び該アルミニウム合金粉末の添加量は5から30体積%である請求項1に記載の被膜。
- 前記鉄鋼材粉末及び/又は前記アルミニウム合金粉末の粒径は1から10μmである請求項1に記載の被膜。
- 前記所定の形状は湾曲した矩形状である請求項1に記載の被膜。
- 前記所定の膜厚は4から20μmである請求項1に記載の被膜。
- 相手部材に摺接される摺動面に被膜が形成され、該摺動面にモリブデン及び硫黄を含む潤滑油が供給される摺動部材であって、
該被膜はポリアミドイミド樹脂に鉄鋼材粉末又はアルミニウム合金粉末が添加されて成り、所定の形状及び所定の膜厚を持つことを特徴とする摺動部材。 - 前記相手部材は固定された円筒部材であり、前記摺動部材は該相手部材に嵌合され軸方向に摺動可能な円柱部材である請求項6に記載の摺動部材。
- 前記円筒部材はシリンダブロックのシリンダ内壁であり、前記円柱部材はシリンダ内壁に嵌合された基部と該基部から延びシリンダ内壁に摺接される一対のスカート部とを有するピストンであり、前記摺動面は各該スカート部の表面である請求項7に記載の摺動部材。
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