JPWO2009104731A1 - L−システイン生産菌及びl−システインの製造法 - Google Patents

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Abstract

L−システイン生産能を有し、かつ、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質、例えば下記の(A)または(B)に記載のタンパク質の活性が増大するように改変された腸内細菌科に属する細菌を培地中で培養し、該培地からL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物を採取することによって、これらの化合物を製造する。(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。(B)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上するタンパク質。

Description

本発明は、L−システインの又はその関連物質の製造法に関し、詳しくはL−システイン又はその関連物質の製造に好適な細菌、及びそれを用いたL−システイン又はその関連物質の製造法に関する。L−システイン及びその関連物質は、医薬品、化粧品及び食品分野で利用されている。
従来、L−システインは、毛髪、角、羽毛等のケラチン含有物質から抽出することにより、あるいはDL−2−アミノチアゾリン−4−カルボン酸を前駆体とする微生物酵素変換により得られている。また、新規な酵素を用いた固定化酵素法によるL−システインの大量生産も計画されている。さらに、微生物を用いた発酵法によるL−システインの生産も試みられている。
L−システイン生産能を有する微生物としては、例えば、細胞内のセリンアセチルトランスフェラーゼ活性が上昇したコリネ型細菌(特許文献1)が知られている。また、L−システインによるフィードバック阻害が低減された変異型セリンアセチルトランスフェラーゼを保持させることにより、L−システイン生産能を高める技術が知られている(特許文献2〜4)。
また、L−システイン分解系を抑制することによってL−システイン生産能が高められた微生物としては、シスタチオニン−β−リアーゼ(特許文献2)、トリプトファナーゼ(特許文献5)、O−アセチルセリン スルフヒドリラーゼB(特許文献6)の活性を低下又は欠失させたコリネ型細菌又はエシェリヒア属細菌が知られている。
さらに、YdeDタンパク質をコードするydeD遺伝子は、システイン経路の代謝産物の排出に関与していることが知られている(非特許文献1)。また、細胞に毒性の物質を排出するのに適したタンパク質をコードする遺伝子であるmar−座、emr−座、acr−座、cmr−座、mex−遺伝子、bmr−遺伝子、qacA−遺伝子(特許文献7)、又はemrAB、emrKY、yojIH、acrEF、bcrもしくはcusA遺伝子(特許文献8)の発現を上昇させることによりL−システイン生産能を高める技術が知られている。
また、L−システイン生産菌として、cysB遺伝子によりコードされるシステインレギュロンの正の転写制御因子の活性が上昇したエシェリヒア・コリ (特許文献9)が知られている。
tolC(非特許文献2)は、ポーリン(外膜チャンネル)をコードする遺伝子として知られているが、L−システイン生産との関連は知られていない。
特開2002−233384 特開平11−155571号 米国特許出願公開第20050112731号 米国特許第6218168号 特開2003−169668 特開2005−245311 米国特許第5972663号 特開2005−287333 国際公開パンフレット第01/27307号 Dabler et al., Mol. Microbiol. 36, 1101-1112 (2000) BioCyc Home Page, Summary of Escherichia coli, Strain K-12, version 11.6, E. coli K-12 Gene: tolC[平成20年2月11日検索]、インターネット<URL:http://biocyc.org/ECOLI/NEW-IMAGE?type=GENE&object=EG11009>
本発明は、細菌のL−システイン生産能を向上させる新規な技術を開発し、L−システイン生産菌、及び同細菌を用いたL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物の製造法を提供することを課題とする。
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を行った結果、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大するように細菌を改変することによってL−システイン生産能を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は以下のとおりである。
(1)L−システイン生産能を有し、かつ、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大するように改変された腸内細菌科に属する細菌。
(2)前記tolC遺伝子の発現量を増大させること、及び/または、tolC遺伝子の翻訳量を増大させることにより、前記タンパク質の活性が増大した、前記細菌。
(3)tolC遺伝子のコピー数を高めること、又は同遺伝子の発現調節配列を改変することにより、tolC遺伝子の発現量が増大された、前記細菌。
(4)前記タンパク質が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質である前記細菌。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上するタンパク質。
(5)前記tolC遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである、前記細菌。
(a)配列番号1の塩基配列を含むDNA、または
(b)配列番号1の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上するタンパク質をコードするDNA。
(6)L−システインによるフィードバック阻害が低減された変異型セリンアセチルトランスフェラーゼを保持する(1)〜(5)のいずれかに記載の細菌。
(7)ydeD遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大した、(1)〜(5)のいずれかに記載の細菌。
(8)システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、(1)〜(5)のいずれかに記載の細菌。
(9)ydeD遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大した、(6)に記載の細菌。
(10)システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、(6)に記載の細菌。
(11)システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、(7)に記載の細菌。
(12)システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、(9)に記載の細菌。
(13)前記システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質がトリプトファナーゼである、前記細菌。
(14)エシェリヒア属細菌である、前記細菌。
(15)エシェリヒア・コリである、前記細菌。
(16)前記細菌を培地中で培養し、該培地からL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体又は前駆体、又はこれらの混合物を採取することを特徴とする、L−システイン、L−シスチン、それらの誘導体又は前駆体、又はこれらの混合物の製造法。
(17)前記L−システインの誘導体がチアゾリジン誘導体である、前記方法。
(18)前記L−システインの前駆体がO−アセチルセリン又はN−アセチルセリンである、前記方法。
tolC欠損株のシステイン感受性と、tolCプラスミドによる相補(生育回復)を示す図(写真)。 tolC欠損株のO-アセチルセリン、N-アセチルセリンへの感受性(抗菌活性)を示す図(写真)。 TolC強化システイン生産菌の生育曲線。 TolC強化システイン生産菌によるシステイン生産を示す図。
発明を実施するための形態
<1>本発明の細菌
本発明の細菌は、L−システイン生産能を有し、かつ、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大するように改変された腸内細菌科に属する細菌である。ここで、L−システイン生産能とは、本発明の細菌を培地中で培養したときに、培地中または菌体内にL−システインを生成し、培地中または菌体から回収できる程度に蓄積する能力をいう。また、L−システイン生産能を有する細菌とは、野生株または親株よりも多い量のL−システインを生産し培地に蓄積することができる細菌を意味し、好ましくは、0.05g/L以上、より好ましくは0.1g/L以上、特に好ましくは0.2g/L以上の量のL−システインを生産し培地に蓄積することができる微生物を意味する。
微生物が産生したL−システインは、培地中で、ジスルフィド結合によって一部がL−シスチンに変換することがある。また、後述するように、L−システインと培地に含まれるチオ硫酸との反応によってS−スルホシステインが生成することがある(Szczepkowski T.W., Nature, vol.182 (1958))。さらに、細菌の細胞内で生成したL−システインは、細胞中に存在するケトン又はアルデヒド、例えばピルビン酸と縮合し、ヘミチオケタールを中間体としてチアゾリジン誘導体が生成することがある(特許第2992010号参照)。こられのチアゾリジン誘導体及びヘミチオケタールは、平衡混合物として存在することがある。したがって、L−システイン生産能とは、L−システインのみを培地中又は菌体内に蓄積する能力に限られず、L−システインに加えて、L−シスチン、又はそれらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物を培地中に蓄積する能力も含まれる。前記L−システイン又はL−シスチンの誘導体としては、例えばS−スルホシステン、チアゾリジン誘導体、及びヘミチオケタール等が挙げられる。また、L−システイン又はL−シスチンの前駆体としては、例えばL−システインの前駆体であるO−アセチルセリンが挙げられる。L−システイン又はL−シスチンの前駆体には、前駆体の誘導体も含まれ、例えばO−アセチルセリンの誘導体であるN−アセチルセリン等が挙げられる。
O−アセチルセリン(OAS)はL−システイン生合成の前駆体物質である。OASは細菌や植物の代謝物質であり、セリンアセチルトランスフェラーゼ(SAT)の酵素反応によりL−セリンのアセチル化によって生じる。OASは細胞内で更にL−システインへと変換される。
L−システイン生産能を有する細菌としては、本来的にL−システイン生産能を有するものであってもよいが、下記のような微生物を、変異法や組換えDNA技術を利用して、L−システイン生産能を有するように改変したものであってもよい。尚、本発明においてL−システインとは、特記しない限り、還元型L−システイン、L−シスチン、前記のような誘導体もしくは前駆体、またはこれらの混合物を指すことがある。
本発明に用いる細菌としては、エシェリヒア属、エンテロバクター属、パントエア属、クレブシエラ属、セラチア属、エルビニア属、サルモネラ属、モルガネラ属など、腸内細菌科に属する細菌であって、L−アミノ酸を生産する能力を有するものであれば、特に限定されない。具体的にはNCBI(National Center for Biotechnology Information)データベースに記載されている分類により腸内細菌科に属するものが利用できる(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=91347)。改変に用いる腸内細菌科の親株としては、中でもエシェリヒア属細菌、エンテロバクター属細菌、パントエア属細菌、エルビニア属、エンテロバクター属、又はクレブシエラ属を用いることが望ましい。
エシェリヒア属細菌としては、特に限定されないが、具体的にはNeidhardtらの著書(Backmann, B. J. 1996. Derivations and Genotypes of some mutant derivatives of Escherichia coli K-12, p. 2460-2488. Table 1. In F. D. Neidhardt (ed.), Escherichia coli and Salmonella Cellular and Molecular Biology/Second Edition, American Society for Microbiology Press, Washington, D.C.)に挙げられるものが利用できる。その中では、例えばエシェリヒア・コリが挙げられる。エシェリヒア・コリとしては具体的には、プロトタイプの野生株K12株由来のエシェリヒア・コリ W3110 (ATCC 27325)、エシェリヒア・コリ MG1655 (ATCC 47076)等が挙げられる。
これらを入手するには、例えばアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所 12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることが出来る(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。
エンテロバクター属細菌としては、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)等、パントエア属細菌としてはパントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)が挙げられる。尚、近年、エンテロバクター・アグロメランスは、16S rRNAの塩基配列解析などにより、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)又はパントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)、パントエア・スチューアルティ(Pantoea stewartii)に再分類されているものがある。本発明においては、腸内細菌科に分類されるものであれば、エンテロバクター属又はパントエア属のいずれに属するものであってもよい。
特に、パントエア属細菌、エルビニア属細菌、エンテロバクター属細菌は、γ−プロテオバクテリアに分類される細菌であり、分類学的に非常に近縁である(J Gen Appl Microbiol 1997 Dec;43(6) 355-361, International Journal of Systematic Bacteriology, Oct. 1997,p1061-1067)。近年、DNA-DNAハイブリダイゼーション実験等により、エンテロバクター属に属する細菌には、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)又はパントエア・ディスパーサ(Pantoea dispersa)等に再分類されているものがある(International Journal of Systematic Bacteriology, July 1989;39(3).p.337-345)。また、エルビニア属に属する細菌にはパントエア・アナナス(Pantoea ananas)、パントエア・スチューアルティに再分類されているものがある(International Journal of Systematic Bacteriology, Jan 1993;43(1), p.162-173 参照)。
エンテロバクター属細菌としては、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)、エンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)等が挙げられる。具体的には、欧州特許出願公開952221号明細書に例示された菌株を使用することが出来る。
エンテロバクター属の代表的な株として、エンテロバクター・アグロメランスATCC12287株が挙げられる。
パントエア属細菌の代表的な菌株として、パントエア・アナナティス、パントエア・スチューアルティ(Pantoea stewartii)パントエア・アグロメランス、パントエア・シトレア(Pantoea citrea)が挙げられる。
パントエア・アナナティスとして具体的には、パントエア・アナナティスAJ13355株、SC17株が挙げられる。SC17株は、静岡県磐田市の土壌から、低pHでL−グルタミン酸及び炭素源を含む培地で増殖できる株として分離された株AJ13355(FERM BP-6614)から、粘液質低生産変異株として選択された株である(米国特許第6,596,517号)。
パントエア・アナナティスAJ13355株は、平成10年2月19日に、通産省工業技術院生命工学工業技術研究所(現名称、産業技術総合研究所特許生物寄託センター、住所 郵便番号305-8566 茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に、受託番号FERM P-16644として寄託され、平成11年1月11日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-6614が付与されている。尚、同株は、分離された当時はエンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)と同定され、エンテロバクター・アグロメランスAJ13355として寄託されたが、近年16S rRNAの塩基配列解析などにより、パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)に再分類されている。
エルビニア属細菌としては、エルビニア・アミロボーラ、エルビニア・カロトボーラが挙げられ、クレブシエラ属細菌としては、クレブシエラ・プランティコーラが挙げられる。
以下、腸内細菌科に属する細菌にL−システイン生産能を付与する方法、又はこれらの細菌のL−システイン生産能を増強する方法について述べる。
細菌にL−システイン生産能を付与するには、栄養要求性変異株、アナログ耐性株又は代謝制御変異株の取得や、L−システインの生合成系酵素の発現が増強された組換え株の創製等、従来、コリネ型細菌又はエシェリヒア属細菌等の育種に採用されてきた方法を適用することができる(アミノ酸発酵、(株)学会出版センター、1986年5月30日初版発行、第77-100頁参照)。ここで、L−システイン生産菌の育種において、付与される栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質は、単独でもよく、2種又は3種以上であってもよい。また、発現が増強されるL−システイン生合成系酵素も、単独であっても、2種又は3種以上であってもよい。さらに、栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質の付与と、生合成系酵素の増強が組み合わされてもよい。
L−システイン生産能を有する栄養要求性変異株、L−システインのアナログ耐性株、又は代謝制御変異株を取得するには、親株又は野生株を通常の変異処理、すなわちX線や紫外線の照射、またはN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)もしくはエチルメタンスルフォネート(EMS)等の変異剤処理などによって処理し、得られた変異株の中から、栄養要求性、アナログ耐性、又は代謝制御変異を示し、かつL−アミノ酸生産能を有するものを選択することによって得ることができる。
具体的には、L−システイン生産菌としては、フィードバック阻害耐性のセリンアセチルトランスフェラーゼ(SAT)をコードする複数種のcysEアレルで形質転換されたE. coli JM15(米国特許第6,218,168号)、細胞に毒性の物質を排出するのに適したタンパク質をコードする過剰発現遺伝子を有するE. coli W3110 (米国特許第5,972,663号)、システインデスルフヒドラーゼ活性が低下したE. coli株 (特開平11-155571号公報)、cysB遺伝子によりコードされるシステインレギュロンの正の転写制御因子の活性が上昇したE. coli W3110 (WO01/27307)などのエシェリヒア属に属する株が挙げられるが、これらに限定されない。
E. coliでは、システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質として、シスタチオニン−β−リアーゼ(metC産物、特開平11-155571号、Chandra et. al., Biochemistry, 21 (1982) 3064-3069))、トリプトファナーゼ(tnaA産物、特開2003-169668、(Austin Newton et. al., J. Biol. Chem. 240 (1965) 1211-1218))、O−アセチルセリン スルフヒドリラーゼB(cysM遺伝子産物、特開2005-245311)、及び、malY遺伝子産物(特開2005-245311)が知られている。これらのタンパク質の活性を低下させることにより、L−システイン生産能が向上する。
本発明において、「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が野生株又は親株等の非改変株に対して低下していることを意味し、活性が完全に消失していることを含む。
システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性を低下させるような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることによって達成される。具体的には例えば、染色体上の標的遺伝子のコード領域の一部又は全部を欠損させることによって、前記タンパク質の細胞内の活性を低下させることができる。標的遺伝子のプロモーターやシャインダルガルノ(SD)配列等の発現調節配列を改変したりすることなどによっても、発現を低下させることができる。また、発現調節配列以外の非翻訳領域の改変によっても、遺伝子の発現量を低下させることができる。さらには、染色体上の遺伝子の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。また、染色体上の標的遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、また終始コドンを導入すること(ナンセンス変異)、あるいは一〜二塩基付加・欠失するフレームシフト変異を導入することによっても達成出来る(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997) Proceedings of the National Academy of Sciences,USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 266, 20833-20839(1991))。
また、標的タンパク質の活性が低下するような改変であれば、X線もしくは紫外線を照射、またはN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等の変異剤による通常の変異処理による改変であってもよい。
発現調節配列の改変は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上である。また、コード領域を欠失させる場合は、標的タンパク質の機能が低下又は欠失するのであれば、欠失させる領域は、N末端領域、内部領域、C末端領域のいずれの領域であってもよく、コード領域全体であってよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、欠失させる領域の上流と下流のリーディングフレームは一致しないことが好ましい。
標的遺伝子のコード領域に他の配列を挿入する場合も、遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する配列は長い方が、確実に遺伝子を不活化することができる。挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。他の配列としては、コードされるタンパク質の機能を低下又は欠損させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子やL−システイン生産に有用な遺伝子を搭載したトランスポゾン等が挙げられる。
染色体上の標的遺伝子を上記のように改変するには、例えば、遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した欠失型遺伝子を作製し、該遺伝子を含むDNAで細菌を形質転換して、欠失型遺伝子と染色体上の遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の遺伝子を欠失型遺伝子に置換することによって達成できる。欠失型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミド、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で複製起点を持たないスイサイドベクターを利用する方法などがある(米国特許第6303383号、または特開平05-007491号)。
標的遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を野生株、あるいは非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT−PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。
標的タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。
本発明においては、L−システイン生産菌は、フィードバック阻害耐性の変異型SATを保持していることが好ましい。エシェリヒア・コリに由来する、フィードバック阻害耐性の変異型SATとして具体的には、256位のメチオニン残基がグルタミン酸残基に置換された変異型SAT(特開平11-155571)、256位のメチオニン残基がイソロイシン残基に置換された変異型SAT(Denk, D. and Boeck, A., J. General Microbiol., 133, 515-525 (1987))、97位のアミノ酸残基から273位のアミノ酸残基までの領域における変異、又は227位のアミノ酸残基からC末端領域の欠失を有する変異型SAT(WO97/15673号国際公開パンフレット、米国特許第6218168号)、野生型SATの89〜96位に相当するアミノ酸配列が1又は複数の変異を含み、かつ、L−システインによるフィードバック阻害が脱感作されている、変異型SAT(米国特許公開第20050112731(A1))等が知られている。実施例に記載した変異型SATをコードするcysE5は、野生型SATの95位及び96位のVal残基及びAsp残基が、各々Arg残基及びPro残基に置換されている。
SAT遺伝子は、エシェリヒア・コリの遺伝子に限られず、SAT活性を有するタンパク質をコードするものであれば、使用することができる。また、L−システインによるフィードバック阻害を受けないシロイヌナズナ由来のSATアイソザイムが知られており、これをコードする遺伝子を用いることもできる(FEMS Microbiol. Lett., 179 (1999) 453-459)。
細菌に変異型SATをコードする遺伝子を導入すれば、L−システイン生産能が付与される。細菌への変異型SAT遺伝子の導入は、通常のタンパク質発現に用いられる種々のベクターを用いることができる。このようなベクターとしては、pUC19、pUC18、pHSG299, pHSG399, pHSG398, RSF1010, pBR322, pACYC184, pMW219等が挙げられる。
SAT遺伝子を含む組換えベクターを細菌に導入するには、D.A.Morrisonの方法(Methods in Enzymology 68, 326 (1979))あるいは受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel,M. and Higa,A.,J.Mol.Biol.,53,159(1970))、エレクトロポーレーションによる方法等、細菌の形質転換に通常用いられている方法を用いることができる。
また、SAT遺伝子のコピー数を高めることによっても、SAT活性を上昇させるこができる。SAT遺伝子のコピー数を高めることは、上記のようなベクターを用いてSAT遺伝子を細菌に導入することによって、又は、SAT遺伝子を細菌の染色体DNA上に多コピー存在させることによって達成できる。細菌の染色体DNA上にSAT遺伝子を多コピーで導入するには、染色体DNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行う。染色体DNA上に多コピー存在する配列としては、レペティティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーテッド・リピートが利用できる。あるいは、特開平2-109985号公報に開示されているように、SAT遺伝子をトランスポゾンに搭載してこれを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。
また、YdeDタンパク質をコードするydeD遺伝子は、システイン経路の代謝産物の排出に関与していることが知られており、YdeDタンパク質の活性を高めることによっても、L−システイン生産能を向上させることができる(特開2002-233384)。YdeDタンパク質の活性を増大させるような改変は、例えば、ydeD遺伝子の発現を向上させることによって達成される。ydeD遺伝子の発現の向上は、後述する、tolC遺伝子の発現を向上させる改変と同様にして行うことができる。
エシェリヒア・コリのydeD遺伝子は、例えば、配列番号9、10に示す塩基配列を有するプライマーを用いたPCRにより、エシェリヒア・コリ染色体DNAから取得することができる。
また、セリンによるフィードバック阻害を受けない3−ホスホグリセレートデヒドロゲナーゼ(PGD)を保持させることによっても、L−システイン生産能を向上させることができる。このような変異型PGDをコードする遺伝子としては、serA5遺伝子(米国特許第6,180,373号に記載)が知られている。
また、硫酸塩/チオ硫酸塩輸送系タンパク質群をコードするcysPTWAクラスター遺伝子の発現が増強されるように改変されたエシェリヒア属に属するL−システイン生産菌(特開2005-137369号公報、EP1528108号明細書)を使用することもできる。
さらに、L−システイン生産能を有し、かつ、emrAB、emrKY、yojIH、acrEF、bcr又はcusA遺伝子の発現が上昇するように改変されたエシェリヒア属細菌を使用することもできる(特開2005-287333号公報)。
上記のようにして得られるL−システイン生産能を有する細菌のうち、本発明において好ましいのは、フィードバック阻害耐性の変異型SATを保持する細菌、YdeDタンパク質の活性が高められた細菌、又はシステインデスルフヒドラーゼ活性を欠損した細菌であり、より好ましいのは、フィードバック阻害耐性の変異型SATを保持し、かつ、YdeDタンパク質の活性が高められた細菌、フィードバック阻害耐性の変異型SATを保持し、かつ、システインデスルフヒドラーゼ活性を欠損した細菌、又は、YdeDタンパク質の活性が高められ、かつ、システインデスルフヒドラーゼ活性を欠損した細菌であり、特に好ましいのは、フィードバック阻害耐性の変異型SATを保持し、システインデスルフヒドラーゼ活性を欠損し、かつ、YdeDタンパク質の活性が高められた細菌である。システインデスルフヒドラーゼ活性としては、トリプトファナーゼ活性であることが好ましい。
本発明の細菌は、上述したようなL−システイン生産能を有する腸内細菌科に属する細菌を、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質(以下、「TolC」と記載することがある)の活性が増大するように改変することによって得ることができる。ただし、TolCタンパク質の活性が増大するように改変を行った後に、L−システイン生産能を付与してもよい。
tolC遺伝子は、ECK3026、weeA、b3035、colE1-i、mtcB、mukA 、refI、toc遺伝子と同義である。
「tolC遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大する」とは、tolC遺伝子によりコードされるTolCタンパク質の活性が野生株又は親株等の非改変株に対して増大していることを意味する。
TolCタンパク質の活性とは、具体的には、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上する活性を意味する。また、TolCタンパク質は、実施例に記載するように、発現を増強することによって非改変株よりもシステイン耐性を高める活性を有することが明らかとなった。したがって、他の定義によれば、TolCタンパク質の活性とはこのようなシステイン耐性を高める活性を意味する。
tolC遺伝子よりコードされるTolCタンパク質の活性を増大させるような改変は、例えば、tolC遺伝子の発現を増大させることによって達成される。
tolC遺伝子の発現を増強するための改変は、例えば、遺伝子組換え技術を利用して、細胞中の遺伝子のコピー数を高めることによって行うことができる。例えば、tolC遺伝子を含むDNA断片を、宿主細菌で機能するベクター、好ましくはマルチコピー型のベクターと連結して組換えDNAを作製し、これを細菌に導入して形質転換すればよい。
前記ベクターとしては、宿主細菌の細胞内において自律複製可能なベクターを挙げることができる。エシェリヒア・コリ細胞内において自律複製可能なベクターとしては、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pACYC184(pHSG、pACYCは宝バイオ社より入手可)、RSF1010、pBR322、pMW219(pMW219はニッポンジーン社より入手可)、pSTV29(宝バイオ社より入手可)等が挙げられる。
組換えDNAを細菌に導入するには、これまでに報告されている形質転換法に従って行えばよい。例えば、エシェリヒア・コリK-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel,M.and Higa, A., J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))があり、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H.,Wilson, G. A. and Young, F. E., Gene, 1, 153 (1977))がある。あるいは、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S. and Choen, S. N., Molec. Gen. Genet., 168, 111 (1979); Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A., Nature, 274, 398 (1978); Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75, 1929 (1978))も応用できる。
一方、tolC遺伝子のコピー数を高めることは、上述のようなtolC遺伝子を細菌のゲノムDNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。細菌のゲノムDNA上にtolC遺伝子を多コピーで導入するには、ゲノムDNA上に多コピー存在する配列を標的に利用して相同組換えにより行う。ゲノムDNA上に多コピー存在する配列としては、レペティティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーテッド・リピートが利用できる。また、ゲノム上に存在するtolC遺伝子の横にタンデムに連結させてもよいし、ゲノム上の不要な遺伝子上に重複して組み込んでもよい。これらの遺伝子導入は、温度感受性ベクターを用いて、あるいはintegrationベクターを用いて達成することが出来る。
あるいは、特開平2-109985号公報に開示されているように、tolC遺伝子をトランスポゾンに搭載してこれを転移させてゲノムDNA上に多コピー導入することも可能である。ゲノム上に遺伝子が転移したことの確認は、tolC遺伝子の一部をプローブとして、サザンハイブリダイゼーションを行うことによって確認出来る。
さらに、tolC遺伝子の発現の増強は、上記した遺伝子コピー数の増幅以外に、国際公開00/18935号パンフレットに記載した方法で、ゲノムDNA上またはプラスミド上のtolC遺伝子の各々のプロモーター等の発現調節配列を強力なものに置換することや、各遺伝子の−35、−10領域をコンセンサス配列に近づけること、tolC遺伝子の発現を上昇させるようなレギュレーターを増幅すること、又は、tolC遺伝子の発現を低下させるようなレギュレーターを欠失または弱化させることによっても達成される。例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、araBAプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーター、tetプロモーター、T7プロモーター、φ10プロモーター等が強力なプロモーターとして知られている。また、E.coliのスレオニンオペロンのプロモーターを使用することもできる。また、tolC遺伝子のプロモーター領域、SD領域に塩基置換等を導入し、より強力なものに改変することも可能である。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。さらに、リボソーム結合部位(RBS)と開始コドンとの間のスペーサー、特に開始コドンのすぐ上流の配列における数個のヌクレオチドの置換がmRNAの翻訳効率に非常に影響を及ぼすことが知られており、これらを改変することも可能である。tolC遺伝子のプロモーター等の発現調節領域は、プロモーター検索ベクターやGENETYX等の遺伝子解析ソフトを用いて決定することも出来る。これらのプロモーター置換または改変によりtolC遺伝子の発現が強化される。発現調節配列の置換は、例えば温度感受性プラスミドを用いた方法や、Redドリブンインテグレーション法(WO2005/010175)を使用することが出来る。
エシェリヒア・コリのtolC遺伝子の塩基配列、及び同遺伝子がコードするアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1及び2に示す。
細菌が属する種又は菌株によって、tolC遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため、改変するtolC遺伝子は、配列番号1の塩基配列のバリアントであってもよい。TolCのホモログは多数の細菌で知られており、データベースの検索により見つけることができる。配列情報からE.coli K-12株のTolCタンパク質と相同性の高いタンパク質を探す場合には、例えばBLASTサーチ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/Blast.cgi)にて検索することができる。また、キーワードからホモログを探す場合には、例えばEntrezのサーチエンジン(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/gquery)を用いてキーワードとして「tolC」や「outer membrane channel protein」を入力すれば、候補となる配列が複数のデータベースから抽出される。これらの候補をよく精査し、目的のホモログ配列を見つけることができる。このような方法で見つけられた多数のTolCホモログのうち、以下の細菌のTolCホモログの遺伝子塩基配列及びアミノ酸配列を、配列番号11〜30に示す。カッコ内はNCBI (National Center for Biotechnology Information)データベースのアクセション番号、及び配列番号2のアミノ酸配列との同一性(%)を示す。
シゲラ・ボイディイ(Shigella boydii)Sb227(NCBI accession:YP_409239)、99%)
シゲラ・フレクスネリ(Shigella flexneri) 2a str. 2457T(NCBI accession:NP_838556、Identity:99%)
サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)subsp. enterica serovar Typhi Ty2(NCBI accession:NP_806790、89%)
シトロバクター・コセリ(Citrobacter koseri)ATCC BAA-895(NCBI accession:YP_001455919、89%)
クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella pneumoniae)subsp. pneumoniae MGH 78578(NCBI accession:YP_001337075、83%)
エンテロバクター・サカザキイ(Enterobacter sakazakii)ATCC BAA-894(NCBI accession:YP_001436507、80%)
エルビニア・カロトボーラ(Erwinia carotovora)subsp. atroseptica SCRI1043(NCBI accession:YP_048456、76%)
セラチア・プロテアマキュランス(Serratia proteamaculans)568(NCBI accession:YP_001480490、73%)
アエロモナス・サルモニシダ(Aeromonas salmonicida)subsp. salmonicida A449(NCBI accession:ABO88689、51%)
ビブリオ・ブルニフィカス(Vibrio vulnificus)YJ016(NCBI accession:NP_933376、45%)
また、tolC遺伝子は、上記のようなTolCタンパク質又はTolCホモログのアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。前記「1若しくは数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、具体的には好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個を意味する。上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、または逆位等には、遺伝子が由来する微生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
さらに、上記のような保存的変異を有する遺伝子は、コードされるアミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有し、かつ、野生型TolCタンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
また、tolC遺伝子は、公知の遺伝子配列から調製され得るプローブ、例えば前記遺伝子配列又はその相補配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、TolCタンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1% SDS、さらに好ましくは、68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度、温度で、1回、より好ましくは2〜3回洗浄する条件が挙げられる。
プローブは、遺伝子の相補配列の一部であってもよい。そのようなプローブは、公知の遺伝子配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、これらの塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。例えば、プローブとして、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件は、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
上記の遺伝子やタンパク質のバリアントに関する記載は、セリンアセチルトランスフェラーゼ、システインデスルフヒドラーゼ等の酵素やYdeDタンパク質、及びそれらをコードする遺伝子にも同様に適用される。
<2>本発明のL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物の製造法
上記のようにして得られる本発明の細菌を培地中で培養し、該培地からL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物を採取することにより、これらの化合物を製造することができる。L−システインの誘導体又は前駆体としては、前記したようなS−スルホシステイン、チアゾリジン誘導体、同チアゾリジン誘導体に相当するヘミチオケタール、O−アセチルセリン、又はN−アセチルセリン等が挙げられる。
使用する培地としては、炭素源、窒素源、イオウ源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地が挙げられる。
炭素源としては、グルコース、フラクトース、シュクロース、糖蜜やでんぷんの加水分解物などの糖類、フマール酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類を用いることができる。
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
イオウ源としては、硫酸塩、亜硫酸塩、硫化物、次亜硫酸塩、チオ硫酸塩等の無機硫黄化合物が挙げられる、
有機微量栄養源としては、ビタミンB1などの要求物質または酵母エキス等を適量含有させることが望ましい。これらの他に、必要に応じてリン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が少量添加される。
培養は好気的条件下で30〜90時間実施するのがよく、培養温度は25℃〜37℃に、培養中pHは5〜8に制御することが好ましい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、更にアンモニアガス等を使用することができる。培養物からのL−システインの採取は通常のイオン交換樹脂法、沈澱法その他の公知の方法を組み合わせることにより実施できる。
上記のようにして得られるL−システインは、L−システイン誘導体の製造に用いることができる。システイン誘導体としては、メチルシステイン、エチルシステイン、カルボシステイン、スルホシステイン、アセチルシステイン等が含まれる。
また、L−システインのチアゾリジン誘導体が培地に蓄積した場合は、培地からチアゾリジン誘導体を採取し、チアゾリジン誘導体とL−システインとの間の反応平衡をL−システイン側に移動させることによって、L−システインを製造することができる。
また、培地にS−スルホシステインが蓄積した場合、例えばジチオスライトール等の還元剤を用いて還元することによってL−システインに変換することができる。
後記実施例に示すように、tolC遺伝子欠損株は、非改変株に比べてL−システイン感受性を示す。また、tolC遺伝子欠損株は、O−アセチルセリン(NAS)及びN−アセチルセリン(OAS)に対しても感受性を示す。これらの結果から、TolCはL−システイン、並びにNAS及びOASを排出する外膜の排出因子であると考えられる。従って、TolC活性の強化は、L−システインだけではなく、NASやOASの高生産をもたらすと考えられる。
OASを発酵生産する方法は、特開平11-56381号、特開2002-262896号に記載されている。細胞内のOAS濃度を高めるためには、フィードバック阻害が低下した変異型SATを細菌に保持させるのがよく、細胞内から内膜を介した排出のためには内膜の排出ポンプYdeD(Dabler, T. et al., Mol. Microbiol., 36, 1101-1112 (2000))の活性を増大させることが好ましい。したがって、変異型SATを保持し、かつ、YdeDタンパク質の活性が増大した細菌は、OASの生産にも適しており(特開2002-262896)、特に本発明の細菌の一形態である、TolC活性が増大し、変異型SATを保持し、かつ、YdeDタンパク質の活性が増大した細菌は、OASの生産により適している。このような細菌としては、例えば実施例に示すE. coli MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD/pLSTolCが挙げられる。上記のように、細胞内のOASの高濃度化と排出に関連した内膜の因子は知られていたものの、OASを効率よく該膜を透過させて培地中に排出するための有効因子はこれまで知られていなかった。これはL−システインについても同様である。外膜を効率的に透過させるための有効な手段の開発は、L−システイン及びOASについて共通の課題であったが、いずれもTolC活性の増強により達成されると考えられる。
OASは比較的不安定な化合物であるため、培養中に不可逆的な化学反応によりNASに変換される可能性がある。したがって、中性付近で行われる発酵においては、培地中に、OASと、OASからの自然反応によってもたらされるNASが混在して蓄積する場合がある。発酵によって専らOASを生産したい場合には、例えば培地のpHを酸性側に保つ方法をとることができる(特開2002-262896号)。また、専らNASを生産したい場合には、培地のpHをアルカリ側に保つことで、OASからの自然反応によってNASを生成させることができる。
本発明の細菌を培地で適当な条件で培養し、培地に蓄積するNAS及び/又はOASを採取することにより、NAS及び/又はOASを製造することができる。培養に用いる培地としては、前記のような培地、例えば実施例に記載したL−システイン生産培地や、特開2002-262896号に記載された生産培地を利用することができる。培地には、チオ硫酸などOASからL−システインへの細胞内での反応を促進する物質は培地には添加しないほうが、より多くのOASを生産させるためには好ましい。生産に適した条件は、培地に蓄積したNAS及び/又はOASの量を測定することにより、適宜設定することができる。NAS及び/又はOASの定量は、疎水性カラム及びUV検出器を用いたHPLC等により行うことができる。前記のように、培養や定量の最中にOASがNASに変換される可能性がある。従って、発酵によって生産されたOASを全てNASに変換し、このNASの量をHPLCで測定することで、発酵生産物をOASとNASの総和としてとらえるほうが発酵成績を考察する上では好ましい。OASを全てNASに変換するためには、例えば培地をアルカリ200mMトリスバッファー(pH9.0)と混ぜることでアルカリpHにすればよい(特開2002-262896号)。
以下、本発明をさらに具体的に説明する。以下の記載において、システインはL−体である。
(1)システイン感受性を示すクローンのスクリーニング
システイン耐性に関与する遺伝子を網羅的に探索するため、Keio collection(E. coli BW25113の必須遺伝子を除く一遺伝子欠損ライブラリー;Baba, T, et al., 2006; Mol. Syst. Biol. 2:2006.0008)の中からシステインに対して感受性を示すクローンのスクリーニングを行った。
(1−1)Keioコレクションからのシステイン感受性を示すクローンのスクリーニング
Keio collection 3,985クローンを0.5 ml LB液体培地37℃、15時間培養した。この培養液を、異なる濃度(0, 15, 20, 25 mM)のシステインを含むLB寒天培地にスタンプし、37℃で一晩培養した。野生株のシステインによる生育阻害濃度以下(20 mM)で感受性になるクローンを目視で選抜した。具体的には、システイン15 mMを含むLBプレートでコロニーを形成しなかったクローンを候補として選抜した。これら候補の中から特に強く明確なシステイン感受性を示すものとして、tolC遺伝子欠損株が取得された。TolCは外膜に局在し、外膜を介した物質輸送のチャンネルを形成するポーリンと呼ばれるタンパク質である。E. coliではTolC以外にも多数のポーリンの存在が知られているが、今回のスクリーニングから選抜したシステイン感受性が強いと感じられた数個の候補の中ではTolCが唯一のポーリンであった。
ポーリンとして知られるOmpA、OmpC、OmpF、OmpG、OmpN、OmpT、OmpX、LamB、又はBtuBを欠損した株は全くシステイン感受性を示さなかった。システインは毒性が高いアミノ酸であることから、TolCがシステインやシステイン関連物質の輸送(排出)を促進することでシステイン耐性を獲得している可能性が推測される。これまでにシステインやシステイン関連物質の輸送に関与していることが知られていた因子(YdeD(Dassler, T. et al., Mol. Microbiol., 2000; 36:1101-1112)、YfiK(Franke, I. et al., J. Bacteriol., 2003; 185:1161-1166)、CydDC(Pittman, Marc S. et al., J. Biol. Chem., Dec 2002; 277: 49841-49849)、多剤排出ポンプ(Yamada, S., et al., Appl. Envir. Microbiol., Jul 2006; 72: 4735-4742))は専ら内膜の因子であり、内膜の透過には排出因子が必要であることが知られていた。しかしながら、システインのような低分子アミノ酸の外膜透過にTolCのようなポーリン(外膜チャンネル)が必要であるかどうかは知られていなかった。また、多数のポーリンの中でも特にTolCのみがスクリーニングから候補として選抜され、TolCのみがシステインの輸送の中心的な因子である可能性が示唆されたことも容易には予想できない結果であった。
(1−2)tolC遺伝子欠損によるシステイン感受性
Keio CollectionスクリーニングによりtolC欠損株が取得されたため、同遺伝子欠損株のシステインに対する感受性をより詳細に解析するため、異なる濃度のシステインを含有する寒天培地上での生育を観察した。ここで用いたtolC欠損株は、JW5503株(Keio collection)、その親株はBW25113株(Andreas Haldimann, A. and Wanner, B. L., J. Bacteriol. 2001 November; 183(21): 6384-6393)である。また、相補実験用のtolC遺伝子が搭載されたプラスミドはpTolC(ASKA clone;(Kitagawa, M, et al., 2005; DNA Res. 12:291-299))、そのベースとなるベクターはpCA24(ASKA cloneのためのベクター;(Kitagawa, M, et al., 2005; DNA Res. 12:291-299))である。
各プラスミドを有する菌をL培地(10 g/L Bacto trypton, 5g/L Bacto Yeast extract, 5g/L NaCl)5 mlに植菌し、37℃で一晩培養したものを0.9%生理食塩水で10倍ずつ希釈した希釈系列(10-2〜10-6)を作成して、その希釈菌液を各種濃度(10, 15, 20mM)のシステインを含むL寒天培地(10 g/L Bacto trypton, 5g/L Bacto Yeast extract, 5g/L NaCl, 15g/L 寒天)にスポットし(5μl)、37℃で一晩培養し、tolC欠損株のシステイン培地での生育、及び、tolCプラスミドによる相補(生育回復)試験を行った。その結果を図1に示す。対照株BW25113/pCA24に対して、tolC欠損株JW5503/pCA24は顕著なシステイン感受性を示し、またプラスミドでtolC遺伝子を導入した場合(JW5503/pTolC株)にはその感受性から回復することから、TolCがシステイン耐性に関与していることがわかった。
(1−3)tolC遺伝子欠損によるN-アセチルセリン(NAS)及びO-アセチルセリン( OAS)に対する感受性
Cross streak 法によるtolC欠損株におけるN-アセチルセリン(NAS)とO-アセチルセリン(OAS)に対する影響を調べた。NAS(2M), OAS(2M), L-システイン(2M), L-セリン(1M)による生育阻害を比較するため、tolC欠損株JW5503株とその対照株である野生株BW25113株をそれぞれL液体培地で一晩培養したものを、白金耳によりL寒天培地上にストリークした。菌をストリークした方向に対して垂直方向に、上記試薬を滴下した短冊状のろ紙を置き 30℃で一晩培養した。培養後、ろ紙から菌の生育を阻害する距離(抗菌幅)を測定し、各試薬の両菌株に対する抗菌活性を比較した。その結果を図2に示す。また、前記抗菌幅を表1に示す。
前述のように、tolC欠損株はL-システインに対して感受性を示すことがわかったが、この実験においても野生株よりもtolC欠損株に対して大きな抗菌幅が見られ、tolC欠損株のL-システインに対する感受性が観察された。また、同様にN-アセチルセリン(NAS)とO-アセチルセリン(OAS)に対しても、tolC欠損株で大きな抗菌幅が観察され、これらの物質に対して感受性を示すことが明らかとなった。
Figure 2009104731
(2)システイン生産菌の構築(E.coli MG1655tnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD)
E. coliMG1655株から、トリプトファナーゼ遺伝子を欠損し、変異型SAT遺伝子を保持し、かつ、ydeD遺伝子の発現が増強された菌株を構築した。
(2−1)E.coli MG1655からtnaA欠損株の構築
E.coli MG1655 tnaA欠損株の構築は、E.coli JW3686株(Keio collection)のtnaA::KmrをP1kcファージを用いてMG1655株(ATCC No. 47076)に形質導入することで行った。ファージ液の調製及び形質導入は、Millerらの方法(Miller, J. H., Experiments in molecular genetics. Cold Spring Harbor, N.Y: Cold Spring Harbor Laboratory; 1972, Generalized transduction: use of P1 in strain construction; pp. 201-205)に従い以下の手順で行った。
JW3686株を3 mlのL培地で37℃で一晩培養した。3 mlの軟寒天(0.5% agar)に100μlの培養液、100μlのP1kc ファージ懸濁液、100μlのCaCl2(100 mM)を添加し、2.5 mM CaCl2を含むL培地に重層した。軟寒天が固化した後、37℃で一晩培養した。プラークが生じた軟寒天上に2 mlのL培地を加え、寒天を破砕し、増殖したP1kc ファージを回収した。このL培地にクロロホルムを100μl加えて穏やかに混合し、15 min室温で静置した。遠心分離(4℃, 2,000×g, 5 min)により菌体、および軟寒天を除去し、その上清をファージ懸濁液として回収した。3 mlのL培地で37℃で一晩培養したE. coli MG1655をレシピエントの前培養液として用いた。5 mM CaCl2を含むL培地に前培養液を1%植菌し、OD660が0.5になるまで37℃で振とう培養した。この培養液150μlに、m.o.i. 0.1〜0.01となるように希釈したファージ懸濁液を等量加え、37℃で30分保温した。ファージ粒子の吸着後、100μlのクエン酸三ナトリウム(1 M)を加え、37℃で60分保温した。混合液を0.2 mlずつ、選択培地に塗布し、37℃で一晩培養した。形成したコロニーを形質導入体として取得した。PCR、活性染色により、目的位置へのtnaA::Kmr遺伝子の形質導入を確認した。
(2−2)フィードバック耐性変異型SAT遺伝子搭載プラスミドpCEM256Iの構築
変異型SAT遺伝子を搭載したプラスミドとして、文献(特開平11-155571号、Nakamori, S, et al., Appl. Environ. Microbiol., 1998, 64, 1607-1611)に記載のpCEM256Iと同一の構造を有するプラスミドを用いた。pCEM256Iは、E. coliの野生型SAT遺伝子(cysE)に変異を導入して得た変異型SAT遺伝子を有している。この変異型SATは、256位のメチオニンがイソロイシンに置換されており、この変異によりシステインに対するフィードバック耐性を示す(特開平11-155571号)。pCEM256Iは、具体的には以下のようにして得た。
プロモーター領域とターミネーター領域を含むcysE遺伝子を単離するために、E. coli JM240 の染色体を鋳型として、Denkら(Denk, D. and Bock, A., J. General Microbiol., 133, 515-525 (1987))が決定したcysE遺伝子(SATをコード)の配列に基づいて作製したセンスプライマー(5’-GGGAATTCATCGCTTCGGCGTTGAAA-3’、Primer 1、配列番号3)とアンチセンスプライマー(5’-GGCTCTAGAAGCGGTATTGAGAGAGATTA-3’、Primer 2、配列番号4)を用いてPCRを行った。PCRは、DNA Thermal Cycler 480 (Perkin Elmer Co.)、及びEx Taqポリメラーゼを用いて、94℃ 1分、55℃ 1分、72℃ 3分からなるサイクルを、25サイクル繰り返すことにより行った。特異的に増幅された約1.2 kb のDNA断片を、EcoRVで処理されたプラスミドベクターpBluscriptII SK+ にTA クローニング技術によってライゲーションさせ、pCEを得た。PCR増幅領域はシークエンシングにより野生型と同一であることを確認した。
cysE遺伝子の部位特異的変異導入は次の方法で行った。5’-CAGGAAACAGCTATGAC-3’(Primer 3、配列番号5)、5’-CTGCAATCTGTGACGCT-3’ (Primer 4、配列番号6)、5’-AATGGATATAGACCAGC-3’ (Primer 5、配列番号7)と5’-GCTGGTCTATATCCATT-3’(Primer 6、配列番号8)を用いて、SATの256位のメチオニン残基をイソロイシンに置換した。Primer 3とPrimer 4はそれぞれ、プラスミドpCEのPstIサイトの140 bp上流と、BstEIIサイトの50 bp下流に相補的となるようにデザインされている。Primer 4とPrimer 5は部位特異変異のためのプライマーとして用いた。まず、pCEを鋳型として、それぞれ独立のチューブ内で、Primer 3とPrimer 5、Primer 4とPrimer 6を用いてPCRを行った。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動後、ゲルから回収した。回収された270bpと250bpのDNA断片を鋳型として、Primer 3とPrimer 4を用い、再度PCRを行った。二回目のPCR後、増幅された500 bpのDNA断片を、制限酵素PstIとBstEIIで処理して得られた310 bpの断片を、同様に制限酵素処理したpCEのラージフラグメントと連結し、pCEM256Iを得た。シークエンシングにより目的どおりの変異が導入されたことを確認した。またそれ以外の領域は野生型と同一であることを確認した。
(2−3)ydeD遺伝子のクローニング(ydeD遺伝子強化用プラスミドpYdeDの構築)
システイン排出ポンプをコードするE. coli ydeD遺伝子のクローニングは次の手順で行った。まずE. coli MG1655株(ATCC No. 47076)ゲノムDNAをテンプレートとして、センスプライマー(5’-CGCGGATCCAATGGTCATAAATGGCAGCGTAGCGC-3’、Primer 7、配列番号9)とアンチセンスプライマー(5’-CGCGGATCCGCAGGGCGTTGCGGAACAAAC-3’、Primer 8、配列番号10)を用いて、PCRを行った。PCRは、Pyrobest DNAポリメラーゼ(Takara社)を用いて、添付のプロトコールに従って行った。こうして、ydeD遺伝子の上流約300bp、及び、下流約200bpを含む約1.5kbのydeD遺伝子断片を取得した。前記両プライマーにはBamHIサイトがデザインされている。PCR断片をBamHIで処理した後、pSTV29(Takara社)のBamHIサイトに挿入し、pSTV29ベクター上のlacZ遺伝子と同方向にydeD遺伝子断片が挿入されたプラスミドをpYdeDと命名した。PCRで増幅された部分のシークエンシングを行い、PCRによるエラーがないことを確認した。
(2−4)システイン生産菌MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD株の構築
MG1655ΔtnaA::Kmr株に、定法によりpCEM256I及びpYdeDを導入し、変異型SATとシステイン排出ポンプYdeDが強化され、システインの分解系であるTnaAが欠損したシステイン生産菌MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD株を構築した。
(3)TolCを強化したシステイン生産菌の構築
システイン生産菌におけるtolC遺伝子強化の効果を調べるため、tolC遺伝子強化用のプラスミドを構築し、上記システイン生産菌に導入した。
(3−1)TolC強化用プラスミドpLSTolCの構築
最初に、プラスミドベクターpMW219(3,923bp, ニッポンジーン)をClaIで切断後、5’末端平滑化をT4DNA ポリメラーゼを用いて行った。その後、EcoT14Iで約0.6kbのカナマイシン耐性遺伝子を切り出し、3.2 kbpのlarge fragmentを回収した。次にプラスミドpFW5(2,726 bp, Podbielski, A., et al., Gene, 1996, 177, 137-147)をHindIIIで切断後、5’末端平滑化を行った後、EcoT14Iで1.2 kb のaad9遺伝子(スペクチノマイシン耐性遺伝子)を回収した。両回収断片をライゲーションして構築したプラスミドを、pLS219 (4,444 bp)と命名した。プラスミドpUX(5208 bp, Aono, R., et al., J. Bacteriol., 1998, 180, 938-944)からプロモーター領域とターミネーター領域を含むtolC遺伝子をHindIIIとEcoRIにより切り出した(2.6 kbp)。この切り出したtolC遺伝子断片を、pLS219のマルチクローニングサイトのHIndIII-EcoRI部位に連結した(pLSTolC, 6,966 bp)。
(3−2)TolCを強化したシステイン生産菌E. coli MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD/pLSTolCの構築
pLSTolを、システイン生産菌MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeDに導入し、MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD/pLSTolC株を構築した。形質転換はエレクトロポーレーションによる定法で行った。
(4)TolCを強化したシステイン生産菌によるシステイン生産
TolCが強化されたシステイン生産菌(E. coli MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD/pLSTolC)と、TolCを強化していない対照株(E. coli MG1655ΔtnaA::Kmr/pCEM256I/pYdeD)を、L培地(クロラムフェニコール(40μg/mL)、カナマイシン(50μg/mL)、アンピシリン(50μg/mL)、さらにpLSTolC保有株にはスペクチノマイシン(100μg/mL)添加)5 mlに植菌し、37℃で一晩培養した(前培養)。一晩培養した菌液を250μlとり、25 mlの新しい培地(SM1+10% L培地)に加え、37℃、140 rpmで振とう培養した。培養時間 0, 3, 6, 9, 14, 25時間で培養液をとり、菌数(OD660)、及びシステイン生産量を調べた。なお、培養に用いたSM1培地の組成は次に示すとおりである;0.1 M KH2PO4-K2HPO4 buffer (pH 7.0), 30 g/L glucose, 10g/L (NH4)2SO4, 0.1 g/L NaCl, 7.2 μM FeSO4・7H2O, 0.6 μM Na2MoO4, 40.4 μM H3BO3, 2.9 μM CoCl2, 1 μM CuSO4, 8.1 μM MnCl2, 1 mM MgSO4, 0.1 mM CaCl2(Dassler, T., et al., Mol. Microbiol., 2000, 36, 1101-1112)。SM1+10% L培地は、このSM1培地に1/10濃度のL培地成分を加えたものである。
システイン・シスチン及びシステイン関連化合物の定量は、Gaitondeの方法(Gaitonde, M.K. Biochem. J., 1967,104, 627-633)に従い、次のように行った。培養液100μlにGaitonde試薬 (Ninhydrin 250 mg, 酢酸 6 ml, 塩酸 4 ml) 200μlを加え、100℃で5分間発色反応を行い、400μlの100% エタノールを加え、OD560を測定した。図3に生育曲線、図4に培地中に蓄積したシステイン量(Gaitonde法による定量値)の変化を示す。TolC強化株では、生育は対照株とほぼ同等で、システイン量が顕著に増加していることがわかった。このようにTolC強化はシステイン生産量を増加させる効果があることが明らかとなった。
〔配列表の説明〕
配列番号1:E. coi tolC遺伝子の塩基配列
配列番号2:E. coi TolCのアミノ酸配列
配列番号3〜10:PCRプライマー
配列番号11:Shigella boydii tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号12:Shigella boydii TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号13:Shigella flexneri tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号14:Shigella flexneri TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号15:Salmonella enterica tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号16:Salmonella enterica TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号17:Citrobacter koseri tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号18:Citrobacter koseri TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号19:Klebsiella pneumoniae tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号20:Klebsiella pneumoniae TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号21:Enterobacter sakazakii tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号22:Enterobacter sakazakii TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号23:Erwinia carotovora tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号24:Erwinia carotovora TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号25:Serratia proteamaculans tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号26:Serratia proteamaculans TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号27:Aeromonas salmonicida tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号28:Aeromonas salmonicida TolCホモログのアミノ酸配列
配列番号29:Vibrio vulnificus tolC遺伝子ホモログの塩基配列
配列番号30:Vibrio vulnificus TolCホモログのアミノ酸配列
本発明により、細菌のL−システイン生産能を向上させることができる。また、本発明によれば、L−システイン、L−シスチン、それらの誘導体又は前駆体、又はこれらの混合物を効率よく製造することができる。

Claims (18)

  1. L−システイン生産能を有し、かつ、tolC遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大するように改変された腸内細菌科に属する細菌。
  2. 前記tolC遺伝子の発現量を増大させること、及び/または、tolC遺伝子の翻訳量を増大させることにより、前記タンパク質の活性が増大した請求項1に記載の細菌。
  3. tolC遺伝子のコピー数を高めること、又は同遺伝子の発現調節配列を改変することにより、tolC遺伝子の発現量が増大された、請求項2に記載の細菌。
  4. 前記タンパク質が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質である請求項1〜3のいずれか一項に記載の細菌。
    (A)配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質。
    (B)配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有し、かつ、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上するタンパク質。
  5. 前記tolC遺伝子が、下記(a)または(b)に記載のDNAである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の細菌。
    (a)配列番号1の塩基配列を含むDNA、または
    (b)配列番号1の塩基配列または同塩基配列から調製され得るプローブとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、細菌内の活性を増大させたときにL−システイン生産能が向上するタンパク質をコードするDNA。
  6. L−システインによるフィードバック阻害が低減された変異型セリンアセチルトランスフェラーゼを保持する請求項1〜5のいずれか一項に記載の細菌。
  7. ydeD遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大した、請求項1〜5のいずれか一項に記載の細菌。
  8. システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、請求項1〜5のいずれか一項に記載の細菌。
  9. ydeD遺伝子によりコードされるタンパク質の活性が増大した、請求項6に記載の細菌。
  10. システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、請求項6に記載の細菌。
  11. システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、請求項7に記載の細菌。
  12. システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質の活性が低下した、請求項9に記載の細菌。
  13. 前記システインデスルフヒドラーゼ活性を有するタンパク質がトリプトファナーゼである、請求項8、10〜12のいずれか一項に記載の細菌。
  14. 前記細菌がエシェリヒア属細菌である、請求項1〜13のいずれか一項に記載の細菌。
  15. 前記細菌がエシェリヒア・コリである、請求項14に記載の細菌。
  16. 請求項1〜15のいずれか一項に記載の細菌を培地中で培養し、該培地からL−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物を採取することを特徴とする、L−システイン、L−シスチン、それらの誘導体もしくは前駆体、又はこれらの混合物の製造法。
  17. 前記L−システインの誘導体がチアゾリジン誘導体である、請求項16に記載の方法。
  18. 前記L−システインの前駆体がO−アセチルセリン又はN−アセチルセリンである、請求項16に記載の方法。
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