JP7364208B2 - 前脳型の神経前駆細胞の製造方法、分化用培地、及び、前脳型の神経前駆細胞 - Google Patents

前脳型の神経前駆細胞の製造方法、分化用培地、及び、前脳型の神経前駆細胞 Download PDF

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特許法第30条第2項適用 平成31年3月1日に、第18回日本再生医療学会総会の https://www.meeting-schedule.com/18jsrm/にてオンライン発表した。
本発明は、前脳型の神経前駆細胞の製造方法、分化用培地、及び、前脳型の神経前駆細胞に関する。
ヒト多能性幹細胞からの神経前駆細胞、更には機能性ニューロンへの分化誘導法は技術開発が進み、神経疾患モデルの構築や、脊髄損傷、脳梗塞、パーキンソン病により障害を受けた神経細胞に対する細胞移植治療への道が拓けている(特許文献1,2)。
しかし依然として、ヒト多能性幹細胞から分化させた神経前駆細胞やニューロンは、中枢神経の発生上、幼若であるという問題が残っている。このような幼若な細胞は、過剰な増殖能を長期間保持し続けるため、in vitroでの成熟した機能性ニューロンの誘導に困難が伴う。更には、増殖能が低下していない細胞が、神経発生へと適切に移行しないことを起因とする染色体異常や腫瘍化が発生する事例があり、細胞移植治療への適用にも、効果や安全性面の懸念が残る。
現在ヒト多能性幹細胞から大脳皮質型ニューロンの分化誘導に幅広く使用されているdual SMAD inhibition法であるが、ヒトiPS細胞から誘導された神経前駆細胞は、多能性幹細胞因子OCT4とNANOGはほぼ完全にサイレンシングされるのに対して、初期胚特異的因子LIN28Aのサイレンシングが不完全であることが明らかとなっている(非特許文献1)。
また、ヒトiPS細胞から誘導された神経前駆細胞は、組織由来神経幹/前駆細胞と比較して増殖能が高く、コピー数異常等の染色体核型異常の発生頻度にも差が見られる。これらの現象はいずれも、ヒトiPS細胞由来神経前駆細胞の分化段階が組織由来神経幹/前駆細胞より幼若で、神経分化への移行が不完全であることを示唆している(非特許文献1,2)。
一方現在では、添加因子の追加や培養法により、前後軸(Anterior-Posterior)や、背腹軸(Dorsal-Ventral)の領域特異性も精密にコントロールした神経分化誘導が可能であることが報告されている(非特許文献3,4)。これらの文献では、dual SMAD inhibition法による神経分化に追加し、Wnt阻害剤(IWP-2)の添加によりanterior側に、またGSK3阻害剤の濃度依存的にposterior側、レチノイン酸の添加によりspinal cordの神経細胞が、更にSonic Hedgehog(SHH)や、SHH agonistの添加でventral側の神経細胞へ誘導可能であることを報告した。
またこれら添加因子と培養法の改変により、Oligodendrocyte Progenitor Cell(非特許文献5)や、motor neuron(非特許文献6)を効率的に誘導する方法も報告している。
多能性幹細胞から皮質介在ニューロンへの分化は、SMAD阻害剤とWnt阻害剤(XAV939)処理により前脳型神経前駆細胞を誘導した後、高濃度のSHHを添加することで成熟させ、シナプス入力と電気生理学的に特性を明らかとした(特許文献3、非特許文献7)。
しかしこれらの報告は、神経分化誘導直後に終末分化に移行して成熟神経細胞を得ている場合がほとんどで、前脳型神経前駆細胞の状態での継代培養は行われない。これは、神経分化誘導直後の前脳型神経前駆細胞特性を保持したまま拡大培養することは困難で、特性が変化してしまうことが示唆されている(非特許文献8)。
本発明者が脊髄損傷治療用に作製したヒトiPS細胞由来神経前駆細胞でも、分化誘導した直後は発現上昇が見られた前脳型転写因子FOXG1やOTX1が、継代と拡大培養を行うと発現量が低下することが明らかとなった(非特許文献1)
特開2010-158242号公報 特開2018-029604号公報 特表2016-518137号公報
Establishment of Human Neural Progenitor Cells from Human Induced Pluripotent Stem Cells with Diverse Tissue Origins.Fukusumi H, Shofuda T, Bamba Y, Yamamoto A, Kanematsu D, Handa Y, Okita K, Nakamura M, Yamanaka S, Okano H, Kanemura Y. Stem Cells Int. 2016;2016:7235757. doi: 10.1155/2016/7235757. Epub 2016 Apr 26. Pathological classification of human iPSC-derived neural stem/progenitor cells towards safety assessment of transplantation therapy for CNS diseases.Sugai K, Fukuzawa R, Shofuda T, Fukusumi H, Kawabata S, Nishiyama Y, Higuchi Y, Kawai K, Isoda M, Kanematsu D, Hashimoto-Tamaoki T, Kohyama J, Iwanami A, Suemizu H, Ikeda E, Matsumoto M, Kanemura Y, Nakamura M, Okano H. Mol Brain. 2016 Sep 19;9(1):85. Controlling the Regional Identity of hPSC-Derived Neurons to Uncover Neuronal Subtype Specificity of Neurological Disease Phenotypes.Imaizumi K, Sone T, Ibata K, Fujimori K, Yuzaki M, Akamatsu W, Okano H.Stem Cell Reports. 2015 Dec 8;5(6):1010-1022. Combined small-molecule inhibition accelerates the derivation of functional cortical neurons from human pluripotent stem cells. Qi Y, Zhang XJ, Renier N, Wu Z, Atkin T, Sun Z, Ozair MZ, Tchieu J, Zimmer B, Fattahi F, Ganat Y, Azevedo R, Zeltner N, Brivanlou AH, Karayiorgou M, Gogos J, Tomishima M, Tessier-Lavigne M, Shi SH, Studer L. Nat Biotechnol. 2017 Feb;35(2):154-163. Grafted Human iPS Cell-Derived Oligodendrocyte Precursor Cells Contribute to Robust Remyelination of Demyelinated Axons after Spinal Cord Injury. Kawabata S, Takano M, Numasawa-Kuroiwa Y, Itakura G, Kobayashi Y, Nishiyama Y, Sugai K, Nishimura S, Iwai H, Isoda M, Shibata S, Kohyama J, Iwanami A, Toyama Y, Matsumoto M, Nakamura M, Okano H. Stem Cell Reports. 2016 Jan 12;6(1):1-8 Rapid, efficient, and simple motor neuron differentiation from human pluripotent stem cells. Shimojo D, Onodera K, Doi-Torii Y, Ishihara Y, Hattori C, Miwa Y, Tanaka S, Okada R, Ohyama M, Shoji M, Nakanishi A, Doyu M, Okano H, Okada Y. Mol Brain. 2015 Dec 1;8(1):79 Directed differentiation and functional maturation of cortical interneurons from human embryonic stem cells. Maroof AM, Keros S, Tyson JA, Ying SW, Ganat YM, Merkle FT, Liu B, Goulburn A, Stanley EG, Elefanty AG, Widmer HR, Eggan K, Goldstein PA, Anderson SA, Studer L. Cell Stem Cell. 2013 May 2;12(5):559-72. A rosette-type, self-renewing human ES cell-derived neural stem cell with potential for in vitro instruction and synaptic integration. Koch P, Opitz T, Steinbeck JA, Ladewig J, Brustle O. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Mar 3;106(9):3225-30.
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、前脳型の特性を保持させた状態で継代と拡大培養が可能な前脳型神経前駆細胞を製造する方法を提供することを目的とする。
本発明にかかる前脳型の神経前駆細胞の製造方法は、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を含む分化用培地にて、多能性幹細胞から前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させることを特徴とする。
本発明によれば、前脳型の特性を保持させた状態で継代と拡大培養可能な前脳型神経前駆細胞を製造することができる。本発明にかかる方法により神経分化誘導と拡大培養を行うことにより、多能性幹細胞より効率的に増殖性の前脳型の神経前駆細胞を作製することが可能となる。また従来のdual SMAD inhibition法で作製した神経前駆細胞より増殖性が穏やかであるため、染色体核型異常の自然発生率が抑えられ、細胞を安全に培養することができる。更に遺伝子発現制御機構であるDNAメチル化状態がヒト脳組織由来の神経幹/前駆細胞に、より近似しているため、多能性幹細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療への応用や創薬研究に役立てることができる。
従来のSMAD阻害剤2剤を用いた、多能性幹細胞より中・後脳型神経前駆細胞を作成する方法と、本発明にかかる方法の模式図である。 illumina Infinium全ゲノムDNAメチル化アレイ解析のaverage β値(各CpGローカスのシグナル強度総和に対するメチル化シグナルの比を表す数値)を主成分解析した結果を示す図である。 illumina Infinium全ゲノムDNAメチル化アレイ解析より、O6-メチルグアニン-DNAメチルトランスフェラーゼ(MGMT)遺伝子領域の結果を示す図である。average β値を縦軸に、CpGローカスのポジション情報を横軸にして、従来法から改変を加えたAH法(黒丸), X法(黒四角), XH法(黒三角)神経前駆細胞と、従来法神経前駆細胞(A法:白丸)、神経組織由来神経幹/前駆細胞(hN-NSPCs, 白四角)、及びiPS細胞(白三角)を各マーカーで、また各細胞種の平均値の結果を、それぞれ実線、一点鎖線、破線、点線で示す。 代表的多能性幹細胞マーカーであるLIN28AのトランスクリプトをRT-PCR解析し、改変法及び従来法神経前駆細胞と、hN-NSPCsの発現量を比較した結果を示す図である。改変法神経前駆細胞は、AH法を黒丸、X法を黒ひし形、XH法を十字ひし形で、従来法は白丸、hN-NSPCsは白四角の各マーカーで示す。 グリア細胞マーカー Glial fibrillary acidic protein: GFAPのトランスクリプトをRT-PCR解析し、改変法及び従来法神経前駆細胞と、hN-NSPCsの発現量を比較した結果を示す図である。改変法神経前駆細胞は、AH法を黒丸、X法を黒ひし形、XH法を十字ひし形で、従来法は白丸、hN-NSPCsは白四角の各マーカーで示す。 神経細胞マーカー tubulin, beta 3 class III: TUBB3のトランスクリプトをRT-PCR解析し、改変法及び従来法神経前駆細胞と、hN-NSPCsの発現量を比較した結果を示す図である。改変法神経前駆細胞は、AH法を黒丸、X法を黒ひし形、XH法を十字ひし形で、A法は白丸、hN-NSPCsは白四角の各マーカーで示す。
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
本発明にかかる前脳型の神経前駆細胞の製造方法は、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を含む分化用培地にて、多能性幹細胞から前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させる(図1)。
TGF-βは増殖因子の一種であり、腎臓、骨髄、血小板等ほぼすべての細胞で産生される。TGF-βには、5種類のサブタイプ(β1~β5)が存在する。また、TGF-βは、骨芽細胞の増殖、並びに、コラーゲンのような結合組織の合成及び増殖を促進し、上皮細胞の増殖や破骨細胞に対しては抑制的に作用することが知られている。一般的に、TGF-β阻害剤は、例えば、TGF-β受容体へのTGF-βの結合を阻止又は阻害するものであって、TGF-β活性を中和する複合体を形成するためにTGF-βに結合する薬剤である。また、TGF-β阻害剤は、例えば、TGF-β受容体と結合し、TGF-βの受容体への結合を阻止又は阻害するものであって、アンタゴニスト又は逆アゴニストとして作用する薬剤である。
TGF-β阻害剤としては、例えば、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-ピリジン‐2‐イル-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド、CAS: 301836-41-9)、A83-01(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1-フェニルチオカルバモイル-4-キノリン-4-イルピラゾール、CAS: 909910-43-6)、SB505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン塩酸塩水和物、CAS: 694433-59-5)、SD-208(2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イル-アミン、CAS: 627536-09-8)、SB525334(6-[2-(1,1-ジメチルエチル)-5-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-4-イル]キノキサリン、CAS: 356559-20-1)、LY-364947(4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン、CAS: 396129-53-6)、LY-2157299(4-[2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-キノリン-6-カルボン酸アミド、CAS: 700874-72-2)、TGF-β RI Kinase Inhibitor II (2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン、CAS: 446859-33-2)、TGF-β RI Kinase Inhibitor III(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン,HCl、CAS: 356559-13-2)、TGF-β RI Kinase Inhibitor IX(4-((4-((2,6-ジメチルピリジン-3-イル)オキシ)ピリジン-2-イル)アミノ)ベンゼンスルホンアミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor VII(1-(2-((6,7-ジメトキシ-4-キノリル)オキシ)-(4,5-ジメチルフェニル)-1-エタノン、CAS: 666729-57-3)、Belagenpumatucel-L(TGF-β2アンチセンス遺伝子修飾同種異系腫瘍細胞ワクチン、CAS: 1151760-94-9)、CAT-152(Glaucoma-lerdelimumab、抗-TGF-β-2モノクローナル抗体、CAS: 285985-06-0)、CAT-192(Metelimumab、TGF-β1を中和するヒトIgG4モノクローナル抗体、CAS: 272780-74-2)、GC-1008(Fresolimumab、抗-TGF-βモノクローナル抗体、CAS: 948564-73-6)等が挙げられる。TGF-β阻害剤としては、好ましくはSB431542である。SB431542の濃度は、TGF-βを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、0.01nM、0.1nM、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、10μMである。
BMP阻害剤とは、BMPに起因するシグナル伝達を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7が挙げられる。BMP阻害剤として、BMPに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとして、ALK2又はALK3を挙げることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、Chordin(CAS: 93586-27-7)、Noggin(CAS: 928858-36-0)、Follistatin、CAS: 117628-82-7)等のタンパク質性阻害剤、Dorsomorphin (即ち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine、CAS: 866405-64-3)、DMH1(4-(6-(4-Isopropoxyphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline、CAS: 1206711-16-1)、K02288(3-[(6-Amino-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)-3-pyridinyl]phenol、CAS: 1431985-92-0)及びLDN193189(即ち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline、CAS: 1062368-24-4)が例示される。ここでLDN193189は、BMPR(ALK2/3)阻害剤(以下、BMPR阻害剤)として周知であり、例えば塩酸塩の形態で市販されている。Dorsomorphin及びLDN193189は、それぞれSigma-Aldrich社及びStemgent社から入手可能である。BMP阻害剤として、これら一種又は二種以上を適宜選択して使用してもよい。本発明で使用されるBMP阻害剤は、好ましくはLDN193189である。LDN193189の濃度は、BMPを阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、0.01nM、0.1nM、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、100nMである。
Wnt阻害剤とは、Wntシグナル経路を阻害する物質を意味する。Wntシグナル経路とは、Wntが細胞に作用することにより、活性化される細胞内シグナル伝達機構のことである。Wnt遺伝子はヒトやマウスのゲノム上に多数存在している。Wnt受容体として7回膜貫通型受容体Frizzledが10種類存在する。Wnt受容体の共役受容体として、1回膜貫通型受容体LRP5、LRP6、Ror1、Ror2、Ryk等が存在する。Wnt阻害剤としては、上記Wntシグナル経路を阻害できる化合物等であり、たとえば、Wntリガンド(たとえばWnt-3a等)そのものに結合する化合物、Wntリガンドの受容体に対するアンタゴニスト、Wntリガンドより下流のシグナル経路を阻害する化合物等を挙げることができる。具体的には、XAV939(3,5,7,8-テトラヒドロ-2-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-4H-チオピラノ[4,3-d]ピリミジン-4-オン、CAS: 284028-89-3)、IWR-1-endo(4-(1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル)-N-8-キノリニル-ベンズアミド、CAS: 1127442-82-3)、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]-アセトアミド、CAS: 686770-61-6)等を挙げることができ、好ましくはXAV939である。XAV939の濃度は、Wntシグナル経路を阻害する濃度であれば特に限定されないが、例えば、0.01nM、0.1nM、1nM、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、2μMである。
使用可能な多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞である。多能性幹細胞は、特に限定されないが、例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)等が含まれる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞、ntES細胞、及びiPS細胞である。
前脳型の神経前駆細胞とは、前脳マーカーを発現している神経前駆細胞である。前脳マーカーとしては例えばFOXG1、OTX2、EMX2等が挙げられる。
本発明において、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を包含させる分化用培地には、あらゆる無血清の細胞培養基本培地が含まれる。即ち、本実施形態にかかる分化用培地は、多能性幹細胞から前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させるための分化用培地であって、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を含むことを特徴とする。かかる無血清の細胞培養基本培地としては、例えば、炭酸系の緩衝液でpH7.2以上pH7.6以下に緩衝化されている規定の合成培地等が挙げられる。より具体的には、グルタミン、インスリン、B27 supplement(Thermo Fisher)、N-Acetyl-L-cystein(和光純薬)、ペニシリン又はストレプトマイシン、及びトランスフェリンが補充されたアドバンスト-ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium:Nutrient Mixture F-12;DMEM/F12)が挙げられる。また、アドバンスト-ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地に替えてRPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute 1640 medium)、DMEM/F12、並びに、アドバンストRPMI培地等も挙げられる。
本実施形態にかかる発明においては、低酸素条件下で分化誘導させることが好ましい。通常酸素条件は例えば20% O2であるが、低酸素条件は例えば1~9% O2であり、好ましくは2~6% O2であり、より好ましくは5% O2である。
本実施形態にかかる発明においては、TGF-β阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を含む分化用培地にて、多能性幹細胞から前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させ、その後、前脳型の神経前駆細胞を継代培養させる(図1)。継代培養工程では無血清培地を用いた浮遊培養法を行うことが好ましい。本実施形態にかかる前脳型の神経前駆細胞は、前脳マーカー遺伝子FOXG1を発現し、継代培養された神経前駆細胞である。
好ましくは前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させた後、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)を添加することなく前脳型の神経前駆細胞を継代培養させる。ソニック・ヘッジホッグは細胞外シグナル因子の1つで、胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働くほか、成体期においては幹細胞性の維持や腫瘍形成などに関与する多機能タンパク質である。分化誘導も拡大培養工程もともに低酸素条件下で培養を行うことが好ましい。
次に本実施形態にかかる方法の工程について説明する(図1)。
TGF-β阻害剤、BMP阻害剤、またはそれにWnt阻害剤を加えた増殖因子FGF2無添加ヒト多能性幹細胞培地(神経分化誘導培地)に、多能性幹細胞を懸濁する。そして96ウェルプレートに細胞懸濁液を播種する。
37℃、5%CO2/5%O2条件のインキュベーターに静置し、胚様体を形成させる(day0)。
翌日、各ウェルに神経分化誘導培地を追加し、推奨培養液量にする。その後は、2~3日毎に神経分化誘導培地の半量交換を行いながら培養を行う。
day10または14に胚様体を回収し、FGF2, EGF, LIF, B27サプリメント、ヘパリンを添加したDMEM/F12培地(神経前駆細胞培地)で、7~10日間フラスコ又はディッシュ内で浮遊培養を行う。培養は37℃、5%CO2/20%O2(通常酸素培養)又は5%CO2/5%O2に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換する。図1では、day0~day21が多能性幹細胞から神経前駆細胞を分化誘導させる分化誘導工程であり、day22以降は前脳型の神経前駆細胞を継代培養させる継代培養工程であるが、一例にすぎず例えば分化誘導工程の期間をday0からday18、day19、day20、day22、day23、day24の何れかまでとすることも可能である。
胚様体を単一細胞に解離し、超低接着表面処理を施したフラスコ又はディッシュに、神経前駆細胞培地で1.0~2.0×106細胞/mLの密度に調整した細胞を播種する。培養は37℃、5%CO2/20%O2又は5%CO2/5%O2に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換する。3継代目を目処に、浮遊細胞用フラスコでの培養に換える。浮遊細胞用フラスコに交換した後も、浮遊培養による増殖が可能であることを確認し、4~6継代目までに細胞の凍結保存を行う。
(1)本実施例にかかる分化誘導(X法とXH法)
セミコンフルエントのiPS細胞を単一細胞に解離し、TGF-β阻害剤として10μM SB431542、BMP阻害剤として100nM LDN193189、及び、Wnt阻害剤として2μM XAV939を加えた3阻害剤と、Rhoキナーゼ(Rho-associated protein kinase:ROCK)阻害剤を添加した、増殖因子FGF2無添加ヒト多能性幹細胞培地(神経分化誘導培地)に懸濁した。超低接着表面処理を施した96ウェルプレートに、メーカー推奨の培養液量の半量で9,000細胞/ウェルになる様に細胞密度を調整した細胞懸濁液を播種した。
37℃、5%CO2/5%O2条件のインキュベーターに静置して胚様体を形成させた(day0)。翌日、各ウェルに神経分化誘導培地を追加し、推奨培養液量にした。その後は、2~3日毎に神経分化誘導培地の半量交換を行った。
day10に胚様体を回収し、FGF2, EGF, LIF, B27サプリメント、ヘパリンを添加したDMEM/F12培地(神経前駆細胞培地)で、フラスコ又はディッシュ内で浮遊培養を行った。培養は37℃、5%CO2/20%O2(通常酸素培養: X法)又は5%CO2/5%O2(低酸素培養: XH法)に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換した。
day21に胚様体を単一細胞に解離し、神経前駆細胞培地で1.0~2.0×106細胞/mLの密度に調整した後、超低接着表面処理を施したフラスコ又はディッシュに播種し浮遊細胞塊(スフェア)培養を行った。培養は37℃、5%CO2/20%O2(X法)又は5%CO2/5%O2(XH法)に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換した。細胞が増殖しスフェア径が100~300μmに増殖したタイミングで継代を行った。3継代目を目処に、浮遊細胞用フラスコでの培養に換えた。浮遊細胞用フラスコに交換した後も、スフェア培養による増殖が可能であることを確認し、4~6継代の間に細胞の凍結保存を行った。
以上の通り、X法又はXH法により、iPS細胞から神経前駆細胞を分化誘導させ、拡大培養を行ったのち細胞凍結ストックを作製した。
(2)比較例にかかる分化誘導
次に、比較例として、前述の神経分化誘導培地への阻害剤の添加をdual SMAD inhibition法によるものとし、それ以外は同じ条件とした。
即ち、セミコンフルエントのiPS細胞を単一細胞に解離し、TGF-β阻害剤として10μM SB431542、及び、BMP阻害剤として100nM LDN193189を加えた2阻害剤と、Rhoキナーゼ(Rho-associated protein kinase:ROCK)阻害剤を添加した、増殖因子FGF2無添加ヒト多能性幹細胞培地(神経分化誘導培地)に懸濁した。超低接着表面処理を施した96ウェルプレートに、メーカー推奨の培養液量の半量で9,000細胞/ウェルになる様に細胞密度を調整した細胞懸濁液を播種した。
37℃、5%CO2/5%O2条件のインキュベーターに静置し、胚様体を形成させた(day0)。翌日、各ウェルに神経分化誘導培地を追加し、推奨培養液量にした。その後は、2~3日毎に神経分化誘導培地の半量交換を行った。
day14に胚様体を回収し、FGF2, EGF, LIF, B27サプリメント、ヘパリンを添加したDMEM/F12培地(神経前駆細胞培地)で、7~10日間フラスコ又はディッシュ内で浮遊培養を行った。培養は37℃、5%CO2/20%O2(A法)又は5%CO2/5%O2(AH法)に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換した。
day21に胚様体を単一細胞に解離し、神経前駆細胞培地で1.0~2.0×106細胞/mLの密度に調整したのち、超低接着表面処理を施したフラスコ又はディッシュに播種した。培養は37℃、5%CO2/20%O2(A法)又は5%CO2/5%O2(AH法)に設定したインキュベーターを用い、3~5日毎に培地を交換した。スフェア径が100~300μmに増殖したタイミングで継代を行った。3継代目を目処に、浮遊細胞用フラスコでの培養に換えた。浮遊細胞用フラスコに交換した後も、スフェア培養による増殖が可能であることを確認し、4~6継代の間に細胞凍結保存を行った。
以上のように、A法又はAH法により、iPS細胞から神経前駆細胞を分化誘導させ、拡大培養を行ったのち細胞凍結ストックを作製した。
(3)倍加時間及び細胞生存率の検討
A法、AH法、X法及びXH法により製造された神経前駆細胞につき、倍加時間を測定した。倍加時間は凍結前最終継代期間で計測した。また、A法、AH法、X法及びXH法により製造された神経前駆細胞凍結ストックにつき、解凍後細胞生存率を測定した。
表1に示されるように、本願発明にかかる方法で作製した細胞は、倍加時間が大幅に低下し細胞増殖速度が穏やかであるため、移植後の安全性が高いと考えられる。また従来法と同様、凍結保存させることが可能で、解凍後に75%以上の生存率を保持することが判明した。
(4)DNAメチル化特性解析
スフェア培養を行った各種細胞(ニューロスフェア)につき、illumina Infinium(登録商標)全ゲノムDNAメチル化アレイ解析(主成分解析)を行った。illumina社のDNAメチル化ビーズアレイInfinium(登録商標) Methylation BeadChipは、包括的カバレッジ、高スループットを実現し、サンプル数が多い大規模なゲノムワイドのDNAメチル化研究に利用されている。Illumina社のInfiniumケミストリーとiScanシステムを組み合わせたメチル化プロファイリングプラットフォームにより解析が行われた。
図2に示されるように、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞のメチル化アレイプロファイルは、従来法より神経組織由来幹/前駆細胞に近似した特性を保持することが判明した。AH法も、従来法(A法)のクラスターからは多少外れるが、十分とまでは言えないと判明した。
(5)非メチル化遺伝子のエンリッチメント解析
X法及びXH法により製造された神経前駆細胞につき、illumina Infinium(登録商標)全ゲノム DNAメチル化アレイにより、新規法神経前駆細胞特異的非メチル化遺伝子のエンリッチメント解析を行った。従来法(A法)と比較し、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞で非メチル化であったローカスは、神経細胞特性、細胞骨格や接着、細胞増殖や分化に関わるPathwayに属する遺伝子が多く含まれることが判明した(表2)。それに伴い遺伝子発現が亢進していることが示唆された。
(6)非メチル化遺伝子の一例
各種培養細胞につき、全ゲノムDNAメチル化アレイ解析の結果より、DNA修復酵素O6-メチルグアニン-DNAメチルトランスフェラーゼ(MGMT)遺伝子領域のDNAメチル化状態を精査した。アルキル化剤によるDNA損傷の修復酵素であるMGMT遺伝子のDNAメチル化状態は、細胞の薬剤耐性の指標となる。図3に示されるように、特に重要なCpGローカスと報告されている2箇所 (↓)で、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は従来法(A法)で作製した神経前駆細胞と顕著に異なり、神経組織由来神経幹/前駆細胞とは近似したパターンを示すことが判明した。本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、組織由来神経幹/前駆細胞と近似した特性を保持するため、創薬研究に有益な細胞ソースであると考えられた。
(7)RT-PCR解析その1
X法及びXH法により製造された神経前駆細胞につき、RT-PCR解析を行った。図4に示されるように、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、多能性幹細胞マーカー遺伝子(LIN28A)の発現が陰性対照細胞(hN-NSPCs)と同程度にまで十分に発現抑制の状態であることが判明した。即ち、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、再生医療へ応用する際に、より安全性が高いと考えられる。
(8)RT-PCR解析その2
X法及びXH法により製造された神経前駆細胞につき、RT-PCR解析を行った。図5に示されるように、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、従来法(A法)よりグリア細胞マーカー遺伝子(Glial fibrillary acidic protein:GFAP)の発現が亢進し、よりhN-NSPCsに近いパターンを示すことが判明した。即ち、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、従来法(A法)よりグリア系細胞への分化能が高いと考えられる。
(9)RT-PCR解析その3
X法及びXH法により製造された神経前駆細胞につき、RT-PCR解析を行った。図6に示されるように、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞において、神経細胞マーカー遺伝子(tubulin, beta 3 class III:TUBB3)は、従来法(A法)やhN-NSPCsとほぼ同程度の発現量を示すことが判明した。即ち、本発明にかかる方法(X法とXH法)で作製した神経前駆細胞は、神経細胞への分化能は従来法(A法)やhN-NSPCsと同等であると考えられる。
脊髄損傷、脳梗塞、パーキンソン病等の治療に利用できる。

Claims (3)

  1. TGFβ阻害剤、BMP阻害剤及びWnt阻害剤を含む分化用培地にて、多能性幹細胞から前脳型の神経前駆細胞を2~6%O 2 である低酸素条件下で分化誘導させ、その後、前脳型の神経前駆細胞を2~6%O 2 である低酸素条件下で継代培養させる、前脳型の神経前駆細胞の製造方法。
  2. 前脳型の神経前駆細胞を分化誘導させた後、ソニック・ヘッジホッグ(SHH)を添加することなく前脳型の神経前駆細胞を継代培養させる、請求項記載の前脳型の神経前駆細胞の製造方法。
  3. 前記多能性幹細胞はiPS細胞である、請求項1又は2に記載の前脳型の神経前駆細胞の製造方法。
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