JP6785366B2 - チタン合金素材 - Google Patents

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Description

本発明は、チタン合金素材に関する。
本願は、2017年3月31日に、日本に出願された特願2017−072832号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
チタン合金は、軽量で、錆びにくく、耐食性が高いことから、航空機部品、建築物(屋根)、メガネフレームなどの材料として利用されている。また、チタン合金は、優れた生体親和性を有することから、ボーンプレート(骨接合材料)の材料としても利用されている。さらに用途例は多くはないものの、自動車の吸気エンジンバルブや2輪車のコンロッドなど自動車および2輪車の部品の材料としても利用されている。これらのチタン合金製品は、チタン合金素材に塑性加工を施すことによって製造されている。塑性加工としては、例えば、圧延加工、引抜加工、押出加工、鍛造加工、曲げ加工および絞り加工などが挙げられる。また、チタン合金素材としては、例えば、線材および板材などが挙げられる。
特許文献1には、高強度で、かつ良好な加工性を備えるチタン合金として、ニアα型および/またはα+β型チタン合金に一般分類される配合組成であり、平均結晶粒径が1000nm未満の等軸晶が均一に分散した組織からなる構成が記載されている。
特開2011−68955号公報
ところで、チタン合金製品の強度を向上させるために、その原料となるチタン合金素材の強度を高くすることが有効である。また、チタン合金製品は、強度が高くなると耐久性が向上することが知られている。NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)より発行されているチタン合金のギガサイクル疲労特性データシート(No.98,No.111)によると、チタン合金は、引張強さ1250MPaまでは引張強さと耐久限との間には線形関係が成り立ち、引張強さとともに耐久性が向上するとされている。
チタン合金線材を加工する場合、一般的には伸線加工やスウェージ(回転鍛造)加工が行われている。これらの加工法で処理されたチタン合金線材は、加工ひずみが表面で最大となり、中心から表面に向かって硬さが増加することが知られている。従って、伸線加工やスウェージ加工が施されたチタン合金素材は、その硬さの増加とともに変形しにくくなり、塑性加工する際に多くの加工動力が必要となるおそれがある。また、塑性加工時に表面に部分的な亀裂が生じ易くなり、チタン合金製品の強度や耐久性が低下するおそれがある。
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、強度が高く、かつ耐久性に優れるチタン合金製品を、比較的少ない加工動力で製造することが可能なチタン合金素材を提供することを目的とする。
本発明者は、ニアα型および/またはα+β型に一般分類される組成を有するチタン合金素材の強度と加工性を研究した。その結果、表面側に位置する外殻領域はビッカース硬さが400HV以上450HV未満の範囲にあり、この外殻領域の内側に位置する中央領域はビッカース硬さが400HV未満であって、外殻領域と中央領域との境界が、表面から内側に向けて、横断面における短軸方向の長さもしくは直径の1/200〜1/40の範囲に位置しているチタン合金素材は、従来の伸線加工やスウェージ加工によって表面のビッカース硬さを400HV程度にまで向上させたチタン合金素材と比較して、少ない加工動力で塑性加工することができることを見出した。そして、上記のチタン合金素材を用いて製造されたチタン合金製品は強度が高く、耐久性に優れることを確認して本発明を完成させた。
従来の伸線加工やスウェージ加工が施されたチタン合金素材では、加工ひずみ量に依存して強度が高くなる。このため、表面のビッカース硬さを400HV以上となるまで強度を向上させると、ビッカース硬さの高い領域の範囲が広くなりすぎて、塑性加工時の加工動力が高くなる。これに対して、上記のチタン合金素材は、外殻領域と中央領域との境界が、表面から内側に向けて、横断面における短軸方向の長さもしくは直径の1/200〜1/40の範囲に位置しており、外殻領域の範囲が狭いため、外殻領域のビッカース硬さが400HV以上と高くても少ない加工動力で塑性加工することが可能となると考えられる。
本発明は、上述の知見に基づいてなされたものであって、本発明のチタン合金素材は、ニアα型および/またはα+β型に一般分類される組成を有するチタン合金素材であって、断面内の表面側に位置するとともに、ビッカース硬さが400HV以上450HV未満の範囲にある外殻領域と、前記外殻領域の内側に位置するとともに、ビッカース硬さが320HV以上400HV未満である中央領域と、を備え、前記外殻領域と前記中央領域との境界が、表面から内側に向けて、横断面における短軸方向の長さもしくは直径の1/200〜1/40の範囲に位置していることを特徴とする。
ここで、本発明のチタン合金素材において、前記外殻領域は、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で90%以上含む組織を有することが好ましい。
この場合、外殻領域が、結晶粒径が1μm以下と微細で、強度の高いα相結晶粒子を面積率で90%以上含むので、外殻領域の強度がより高くなる。
なお、中央領域においては、強度の低いβ相結晶粒子や結晶粒径が1μmより大きいα相結晶粒子の面積率が増加して20%を超えるようになると、強度や耐久性が低下するため、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で80%以上含む組織を有することが望ましい。
また、本発明のチタン合金素材において、前記外殻領域に含まれるα相結晶粒子は、C面が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面が横断面に対して沿う方向になるように集積していることが好ましい。なお、本明細書において、「−1」は、1の上にバー(−)を付したものを表す。
この場合、外殻領域に含まれるα相結晶粒子は、(0001)面=C面が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面が横断面に沿う方向で配向しているので、横断面に対して垂直な方向に圧力が負荷されてもすべりにくい。よって、外殻領域の強度がさらに高くなる。また、この外殻領域の高い強度を利用し、ショットピーニングなどの圧縮加工を行うことによって、従来材よりも深くまで圧縮残留応力を付与でき、耐久性の向上が期待できる(本発明と異なるが、表面が硬いとショットピーニングで圧縮残留応力が深く入る他の例:日本金属学会誌 第78巻 第2号(2014)75−81)。
さらに、本発明のチタン合金素材において、前記中央領域は、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で80%以上含む組織を有し、前記外殻領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度と、前記中央領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度との比が2以上であることが好ましい。
この場合、中央領域に含まれるα相結晶粒子は、外殻領域に含まれるα相結晶粒子と比較して、C面が外表面に沿ってはいるものの、(10−10)一次柱面の集積度が低いため、中央領域は硬さが低く、塑性変形しやすくなる。
本発明によれば、強度が高く、かつ耐久性に優れるチタン合金製品を、比較的少ない加工動力で製造することが可能なチタン合金素材を提供することが可能となる。
本発明の一実施形態に係るチタン合金素材の横断面の写真である。 図1の拡大写真である。 本実施形態のチタン合金素材に含まれるα相結晶粒子の配列を説明する概念図である。 本実施形態のチタン合金素材における横断面内の正極点図と逆極点図であって、(a)は、外殻領域の正極点図と逆極点図を、(b)は中央領域の正極点図と逆極点図である。 溝ロールを用いた強圧延によってチタン合金材に外殻領域が生成する機構を説明する概念図である。 本実施形態のチタン合金素材に含まれるα相結晶粒子(稠密六方晶)における代表的なすべり面とすべり方向を説明する概念図である。 実施例1で得られた長尺チタン合金素材におけるビッカース硬さの測定位置を説明する図面であり、長尺チタン合金素材の横断面の切り出し位置を説明する側面図である。 実施例1で得られた長尺チタン合金素材におけるビッカース硬さの測定位置を説明する図面であり、横断面のビッカース硬さの測定位置を示す断面図である。 実施例1の長尺チタン合金素材と比較例1の長尺チタン合金素材の横断面におけるビッカース硬さの測定結果である。 実施例2で得られた長尺チタン合金板材の横断面の写真である。 図9の拡大写真である。 実施例2で得られた長尺チタン合金板材のビッカース硬さの測定結果であって、長尺チタン合金板材の厚さ方向のビッカース硬さである。 実施例2で得られた長尺チタン合金板材のビッカース硬さの測定結果であって、長尺チタン合金板材の幅方向のビッカース硬さである。
以下に、本発明の実施形態であるチタン合金素材について、添付した図を参照して説明する。
本実施形態に係るチタン合金素材は、長手方向に対して垂直な横断面が円形の長尺状の線材または長手方向に対して垂直な横断面が長方形の長尺状の板材とされている。チタン合金素材は、チタン合金を長手方向に圧延することによって製造されている。チタン合金素材の製造方法については後述する。
本実施形態のチタン合金素材は、ニアα型および/またはα+β型に一般分類される組成を有するチタン合金から形成されている。これらのチタン合金は、β相よりも相対的に強度が高いα相の含有率が大きいことから、高い硬度を有するチタン合金素材を形成することができる。
ここで、α+β型のチタン合金は、通常の鋳造等の冷却速度により常温でβ相が面積率で10〜50%となるチタン合金を意味する。ニアα型のチタン合金は、V、Cr、Moなどのβ相安定化元素を0.1〜2質量%含んでいるチタン合金で、同冷却速度により常温でβ相が面積率で0%を超え10%未満となるチタン合金を意味する。
α+β型の組成をもつチタン合金としては、例えば、Ti−6Al−4V(数値は質量%を意味する。以下同じ。)、Ti−8Mn、Ti−3Al−2.5V、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−7Al−1Mo、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Mo、Ti−5Al−2Cr−1Fe、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2MoおよびTi−6Al−2Sn−4Zr−2Mo−0.1Siなどが挙げられる。ニアα型の組成をもつチタン合金としては、例えば、Ti−6Al−5Zr−0.5Mo−0.25Si、Ti−5.5Al−3.5Sn−3Zr−1Nb−0.25Mo−0.3Si、Ti−6Al−2.7Sn−4Zr−0.4Mo−0.45SiおよびTi−5.8Al−4Sn−3.5Zr−0.7Nb−0.5Mo−0.35Si−0.06Cなどが挙げられる。
本実施形態のチタン合金素材は、α+β型のチタン合金の組成をもつチタン合金で形成されていることが好ましい。α+β型の組成をもつチタン合金は、Alを4質量%以上9質量%以下の範囲、Vを2質量%以上10質量%以下の範囲にて含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなるチタン合金であることが好ましい。特に好ましいチタン合金は、Ti−6Al−4Vである。
図1は、本発明の一実施形態に係るチタン合金素材の横断面の写真であり、図2は、図1の拡大写真である。
図1および図2に示すように、本実施形態のチタン合金素材1は、表面側に位置する外殻領域2と、外殻領域2の内側に位置する中央領域3とを備える。
外殻領域2は、ビッカース硬さが400HV以上450HV未満の範囲とされている。
中央領域3は、ビッカース硬さが320HV以上400HV未満とされている。
チタン合金素材1の外殻領域2と中央領域3との境界4は、チタン合金素材1の表面から内側に向けて、長手方向に対して垂直な横断面における直径の1/200〜1/40の範囲に位置している。すなわち、外殻領域2は、最小で表面から内側に向けて横断面における直径の1/200までの領域であり、最大で表面から内側に向けて横断面における直径の1/40までの領域である。
なお、チタン合金素材の長手方向に対して垂直な横断面の形状が、長方形や楕円形などの非円形である場合、境界4の位置は横断面における短軸方向の長さを基準とする。例えば、チタン合金素材1が、長手方向に対して垂直な横断面が長方形の板材である場合、境界4の位置は、板材の表面から内側に向けて横断面における短軸方向の長さの1/200〜1/40の範囲にある。
チタン合金素材1の外殻領域2と中央領域3との境界4が、上記の位置にあることは、例えば、次のようにして確認することができる。
チタン合金素材1を長手方向の所定の位置で、長手方向と垂直な方向に切断して、境界4を確認するための試料片を得る。得られた試料片を樹脂に埋め込み、切断片の横断面をエメリー紙やバフで研磨して鏡面に仕上げる。次いで、その横断面を、弗硝酸(2wt.%弗酸21ml、4wt.%硝酸33ml、純水446ml)に60秒間浸漬した後、純水とエタノールで洗浄する。そして、弗硝酸処理後の横断面を、光学顕微鏡で組織観察する。外殻領域2は弗硝酸処理では溶解しにくく、光学顕微鏡で白層として観察されることを利用して、外殻領域2と中央領域3との境界4の位置を確認する。その後、外殻領域2と中央領域3のビッカース硬さを測定して、上記の硬さ範囲にあることを確認する。
ビッカース硬さの測定は、JIS Z 2244:2009に準拠し、チタン合金素材1の横断面に対して垂直となる方向(チタン合金素材1の長手方向)に、2.94N(300gf)のおもり(試験力)を付与することによって行う。
圧延方向における外殻領域2および中央領域3のビッカース硬さのばらつきは、例えば、次のようにして測定することができる。
長尺状の線材とされているチタン合金素材(即ち、上記チタン合金が圧延して製造され、かつ切削加工および塑性加工により製品へ成形される前のもの)から、その長手方向に間隔をあけて3か所の長手方向に対して垂直な横断面を切り出す。横断面の切り出し位置は、塑性加工を施す位置等を考慮して適宜設定することができる。
次に、切り出した3個の横断面について外殻領域2と中央領域3のビッカース硬さを測定する。外殻領域2のビッカース硬さの測定位置は、外殻領域の深さの1/2の位置で、1個の横断面に対して横断面の中心回りに等間隔をあけて4か所の位置とする。中央領域3のビッカース硬さの測定位置は、1個の横断面に対してチタン合金素材1の横断面における直径をdとして、表面から内側に向けてd/8の距離で、横断面の中心回りに等間隔をあけた4か所と、中心から外側に向けてd/8の距離で、横断面の中心回りに等間隔をあけた4か所の合計8か所の位置とする。
本実施形態のチタン合金素材1において、外殻領域2におけるビッカース硬さの平均値を100としたときの中央領域3におけるビッカース硬さの平均値は、強度を維持するためには80以上100未満であることが好ましく、加工性を重視するなら80以上95以下の範囲にあることがより好ましい。よって、中央領域3におけるビッカース硬さの平均値は、320HV以上400HV未満であることが好ましく、320HV以上380以下であることがより好ましい。なお、外殻領域2のビッカース硬さの平均値は、上記のようにして測定された12か所のビッカース硬さの平均で、中央領域3のビッカース硬さの平均値は、上記のようにして測定された24か所のビッカース硬さの平均である。
本実施形態のチタン合金素材1においては、上記のようにして測定された外殻領域2および中央領域3のビッカース硬さの標準偏差は、それぞれ10HV以下であることが好ましい。外殻領域2のビッカース硬さの標準偏差が小さいチタン合金素材1を用いて製造したチタン合金製品は、外殻領域の強度が均一で、耐久性がより安定して向上する。また、中央領域3のビッカース硬さの標準偏差が小さいチタン合金素材1は、加工性が均一で、少ない加工動力で安定してチタン合金製品を製造することが可能となる。
本実施形態のチタン合金素材1は、粒径が1μm以下のα相結晶粒子を含む組織を有する。
図3は、本実施形態のチタン合金素材に含まれるα相結晶粒子の配列を説明する概念図である。
本実施形態のチタン合金素材1において外殻領域2は、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で90%以上含む組織を有する。中央領域3は、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で80%以上含む組織を有する。チタン合金のα相結晶粒子は、結晶構造が稠密六方格子である。
図3に示すように、外殻領域2に含まれているα相結晶粒子5は、(0001)底面=C面(すなわち、稠密六方格子の底面)が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面(すなわち、稠密六方格子の側面)が横断面に沿う方向に配向している。一方、中央領域3では、C面が外表面に沿う方向で配向しているものの、(10−10)一次柱面の集積度は外殻領域ほど高くない。
図4は、本実施形態のチタン合金素材における横断面内の正極点図と逆極点図であって、(a)は、外殻領域の正極点図と逆極点図を、(b)は中央領域の正極点図と逆極点図である。
正極点図は特定の結晶面に注目しその面の法線方向が試料面に対してどのように配向しているのかを示す。逆極点図は、試料の特定方向に注目し、その方向を法線とする試料に平行な結晶面は何面かを示す。正極点図と逆極点図を総合すると、横断面に対してa相結晶粒子の何面がどの方向に配向(集積)しているのかが分かる。
図4の正極点図と逆極点図から、本実施形態のチタン合金素材は、外殻領域2においては、C面が外表面に沿う方向で(10−10)一次柱面が横断面に沿う方向で集積(集積度8.613)しているのに対して、中央領域3においては、(10−10)一次柱面の集積度が低くなっている(集積度2.357)。なお、集積度は、結晶面がランダムに配向している場合のX線回折強度を1とし、それに対してある特定面についての強度比を求めたもので、この値が高いほど結晶面が配向していることを示している。外殻領域2のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度と、中央領域3のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度との比は、2以上であることが好ましい。
本実施形態のチタン合金素材は、例えば、α’プロセッシングを利用することによって製造することができる。具体的には、チタン合金のインゴットに溶体化処理を施して、α’マルテンサイトチタン合金インゴットを得る第一の工程と、得られたα’マルテンサイトチタン合金インゴットを、このα’マルテンサイトチタン合金インゴットのβ変態点に対して−300℃以上−100℃以下の温度に加熱して強圧延を施す第二の工程とを備える方法によって製造することができる。このα’プロセッシングでは、稠密六方晶を基本格子とする素材(α’マルテンサイトチタン合金インゴット)を熱間で強圧延するので、少ない強圧延のパス回数で素材の断面内に大きなひずみを高ひずみ速度で一度に導入できる。
本実施形態のチタン合金素材の製造に用いるチタン合金インゴットは、ニアα型および/またはα+β型に一般分類されるTi合金からなる。ニアα型のTi合金およびα+β型のTi合金の例は、前述の通りである。チタン合金インゴットの形状は特に制限はないが、本実施形態では角柱形状とされている。
第一の工程において、溶体化処理とは、チタン合金インゴットを、チタン合金のβ変態点以上の温度に加熱してβ相を生成させて保持した後、焼入れ処理してβ相をα’マルテンサイト相に変態させてα’マルテンサイトチタン合金インゴットを生成させる処理である。この第一の工程で得られるα’マルテンサイトチタン合金インゴット内のα’マルテンサイト相は稠密六方格子構造であるが、積層欠陥または転位の集積により、エネルギー的に不安定であり、再結晶の核生成サイトを多量に有する。このため、α‘マルテンサイトチタン合金インゴットに対して後述する強圧延(第二の工程)を行うことで、動的再結晶により粒径が1μm以下の微細なα相結晶粒子を生成することが可能になる。
チタン合金インゴットがTi−6Al−4V合金(β変態点:995℃)からなる場合、溶体化処理は、チタン合金インゴットを1000℃以上の温度で1秒以上保持し、次いでβ変態点以上の温度からの平均冷却速度が20℃/秒以上の条件で室温まで冷却することによって行うことが好ましい。加熱温度が1000℃未満であるとα’マルテンサイト相の生成量が不十分となるおそれがある。また、保持時間が1秒未満であると、原子の拡散が不十分となり、合金元素が均一に固溶しないおそれがある。さらに、平均冷却速度が20℃/秒未満であると、α’マルテンサイト相中の積層欠陥や転位などの構造欠陥が減少するおそれがある。また、さらに構造欠陥が少ない徐冷組織であるウィドマンステッテン組織が発現するおそれがある。
第二の工程では、α’マルテンサイトチタン合金インゴットを、このα’マルテンサイトTi合金材のβ変態点に対して−300℃以上−100℃以下の温度に加熱して強圧延する。例えば、α’マルテンサイトチタン合金インゴットがTi−6Al−4V合金からなる場合、加熱温度は700℃以上900℃以下の温度、好ましくは700℃以上750℃以下の温度である。強圧延によって、結晶粒径が1μm以下の微細なα相結晶粒子(稠密六方格子)を生成させるとともに、そのα相結晶粒子をC面(すなわち、稠密六方格子の底面)が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面(すなわち、稠密六方格子の側面)が横断面に沿う方向に配向させる。ここで、微細なα相結晶粒子を面積率で80%以上生成させるためには、α’マルテンサイトチタン合金インゴットに対して、一度にひずみを0.8以上付与することが好ましい。チタン合金素材の製造で行われている通常の圧延加工、引抜加工、鍛造加工などでは非変形領域を有するため、断面内にひずみが0.8未満の領域が残りやすい。このため、微細なα相結晶粒子を均一に生成させることが難しい。例えば、圧延加工や鍛造加工では板厚の中心部のみに、引抜加工では表面部のみに微細なα相結晶粒子が生成するおそれがある。
本実施形態のチタン合金素材の製造方法では、強圧延は2回以上行う。1回目の強圧延では、角柱形状のα’マルテンサイトチタン合金インゴットを上下方向から加圧して圧延し、横断面が横長楕円形(オーバルともいう)である横長楕円柱状に形成する。この1回目の強圧延によって、粒径が1μm以下の微細なα相結晶粒子とα’マルテンサイトの針状粒子とを含む混合組織からなるチタン合金材が得られる。1回目の強圧延では、微細なα相結晶粒子の含有量が面積率で60%以上となるように、α’マルテンサイトチタン合金インゴットを加圧することが好ましい。
2回目の強圧延では、1回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その長手方向に対して垂直な横断面の中心回りに90度回転移動させ、横断面(横長楕円)の長軸が上下方向に沿う状態として、上下方向から加圧して圧延し、横断面を円形とした後、冷却して円柱状のチタン合金線材を得る。あるいは、上下方向から加圧して圧延し、横断面を角が丸い四角形とした後、冷却して角丸柱状のチタン合金材を得る。
2回目の強圧延において、1回目の強圧延とは異なる方向に、チタン合金材の表面を加圧することによって、チタン合金材全体に少ない強圧延回数でより大きなひずみを付与できる。このため、2回目の強圧延後のチタン合金材には、粒径が1μm以下の微細な等軸粒(チタン合金のα相結晶粒子)が配向した状態で生成する。強圧延は3回以上行ってもよい。また、必要に応じて、この2回目の強圧延後に工程を加えて、さらに減面した線材や板材も作製できる。
図5に上記の2回の強圧延による外殻領域の生成機構を示す。図5において、実線の矢印はせん断の方向を、白抜き矢印は圧縮の方向を表す。
ここでは、圧延前素材(α’マルテンサイトチタン合金インゴット)と圧延後の材料の横断面形状を示している。この例では、角が丸い四角材を圧延前素材11として、第1ロール21a、21bによる1回目の強圧延で横長楕円形状材12へ圧延し、第2ロール22a、22bによる2回目の強圧延では横長楕円形状材12を90°回転させて円断面形状材13へ圧延している。このように圧延過程においては、横断面内において圧縮を受けながらロールと材料の接触する表面では摩擦の影響もあって、大きなせん断を受ける。本願では圧延ごとに材料が45°ないし90°回転した状態で圧延されるために、せん断を受けた領域が圧延材の全周に渡って広がる。すなわち、中央領域は圧縮変形だけを受けるのに対して、外殻領域は圧縮変形とせん断ひずみが加わり、大きなひずみを受ける。さらに次の図6で述べるように、チタン合金のα相結晶粒子などの稠密六方晶特有のすべり面とすべり方向によって、外殻領域が形成される。
図6において、チタン合金のα相結晶粒子などの稠密六方晶において代表的なすべり面とすべり方向を示す。常温では(0001)底面=C面すべりが主体であるが、本実施形態における強圧延のような高温で加工する場合では、C面すべり以外に(10−10)一次柱面すべりや(10−12)双晶変形も容易に起こるようになる。
まず、中央領域においてC面が外表面に沿う方向で配向する理由について説明する。圧延前素材において結晶格子は任意の方向を向いているが、C面が圧縮方向と直交している場合は変形しにくいため、そのまま圧延される。一方、C面が圧縮方向に平行ないし傾斜している場合は、(10−12)双晶変形を起こして、C面が圧縮方向と直交する方向に変形するため、圧延後はC面が外表面に沿う方向に集積した集合組織となる(S.R.Angnew el.:Acta Mater.,Vol.49(2001),4277−4289)。
つぎに、外殻領域においてC面が外表面に沿い、かつ(10−10)一次柱面が横断面に沿うように配向する理由について説明する。
図5に示すように横断面の外殻領域において円周方向にせん断ひずみが作用すると、まず、C面すべりが起こるが、(10−10)一次柱面すべりは交差すべりによって単独にすべる場合より容易に起こるようになるため、C面すべりに引き続いて一次柱面すべりも起こるようになる。このため、圧延回数ごとに圧下圧縮方向を45°ないし90°おきに変えると、横断面の外殻領域で円周方向に均一にC面が沿い、(10−10)一次柱面が横断面に沿うようになる。すなわち、外郭領域ではその集積度が高くなり、ビッカース硬さが高くなる。一方、チタン合金材の中央領域は、圧縮変形のみでせん断変形が生じないため外郭領域と比べて変形量が小さく、(10−10)一次柱面の集積度は低い。このため、円柱状のチタン合金線材の中央領域は、ビッカース硬さが相対的に低くなる。
1回目の強圧延において、横長楕円形状材12の表層部に付与されるせん断ひずみは、高圧下(高ひずみ)、高速圧延(高ひずみ速度)、横長楕円形状材12の温度が高温になるほど大きくなる。従って、横長楕円形状材12の外殻領域のビッカース硬さは高くなる。ただし、横長楕円形状材12の温度が高くなりすぎると、再結晶促進やβ相が析出するおそれがある。
溝ロール圧延機を用いて1回目の強圧延と2回目の強圧延を行うときの最大圧下率、減面率、平均ひずみおよび平均ひずみ速度の各条件は、下記の表1に示す条件であることが好ましい。すなわち、圧延温度が700〜750℃の熱間圧延において、2回目の強圧延までの累積ひずみは0.8以上で加工速度(ひずみ速度)は40/s以上が好ましい。2回目の強圧延では、横断面をオーバルから円とする場合と、横断面をオーバルから角が丸い四角とする場合とで好ましい条件が異なる。なお、表1に示す条件は、平均ロール径250mm、圧延速度300rpm(≒3.9m/s)、圧延開始温度:700℃で圧延を行う場合の好ましい条件である。
累積ひずみは表1の各圧延工程における平均ひずみの値を加算して算出する。
表1に1回目の強圧延及び2回目の強圧延の好ましい条件を示す。
以上のようにして、横断面全域に粒径が1μm以下の微細なチタン合金のα相結晶粒子が生成している長尺チタン合金素材を得ることができる。強圧延後のチタン合金線材の冷却は、空冷で行ってもよいし、水冷で行ってもよい。ただし、長時間の冷却になると平衡相のβが析出し機械的性質を劣化させるため、析出させないように迅速な処理が望ましい。なお、この製造方法によって得られた長尺チタン合金素材では、長手方向が圧延方向(RD)となる。
以上説明したように、本実施形態のチタン合金素材1は、表面側に位置する外殻領域2のビッカース硬さが400HV以上450HV未満の範囲と高いので、本実施形態のチタン合金素材を用いて製造されたチタン合金製品は、使用時において最も負荷がかかる外殻領域のビッカース硬さが高くなる。このため、このチタン合金製品は、強度が高く、またショットピーニングを施した場合の圧縮残留応力を深くすることができ、耐久性にも優れたものとなる。
また、本実施形態のチタン合金素材1は、中央領域3のビッカース硬さが400HV未満と低く、かつ外殻領域2と中央領域3との境界4が、表面から内側に向けて、長手方向に対して垂直な横断面における短軸方向の長さもしくは直径の1/200〜1/40の範囲に位置しているため、従来の伸線加工やスウェージ加工によって表面のビッカース硬さを400HV程度にまで向上させたチタン合金素材と比較して、少ない加工動力で塑性加工することができる。
また、本実施形態のチタン合金素材は、外殻領域2が、粒径が1μm以下と微細で、強度の高いα相結晶粒子を面積率で90%以上含む組織を有するので、外殻領域の強度がより高くなる。
さらに、本実施形態のチタン合金素材は、長手方向に対して垂直な横断面内において外殻領域のα相結晶粒子が、C面が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面が横断面に対して沿う方向になるように集積しており、外表面に垂直な方向は元より、横断面に垂直な方向に圧力が負荷されてもすべりにくい。よって、外殻領域の強度がさらに高くなる。
またさらに、本実施形態のチタン合金素材は、中央領域が、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で80%以上含む組織を有し、外殻領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度と、中央領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度との比が2以上とされており、中央領域に含まれるα相結晶粒子は、外殻領域に含まれるα相結晶粒子と比較して、(10−10)一次柱面の集積度が小さく、柔らかいため、中央領域は塑性変形しやすくなる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、本実施形態では、チタン合金素材を横断面の形状が円である線材として説明したが、本発明のチタン合金素材は、板材であってもよい。すなわち、圧延では最終溝ロール形状をフラット型もしくは四角の溝ロールにすることにより、後述の実施例2に示すように板材に成形することも可能である。また、結晶粒が微細化した素材を用いて、冷間加工もしくは再結晶を起こさない範囲の600℃以下の温間加工(伸線、スウェージ、圧延など)を行っても、線材や板材を製造することができる。
本実施形態のチタン合金素材は、例えば、従来のチタン合金素材と同様に、航空機部品、建築物(屋根)、メガネフレーム、ボーンプレート、吸気エンジンバルブおよびコンロッドの材料として用いることができる。また、本実施形態のチタン合金素材は、懸架ばね、スタビライザ、トーションバーなどの各種ばね製品の材料としても用いることができる。
[実施例1]
角が丸い角柱状のTi−6Al−4V合金(縦:23mm、横:23mm、角の曲率半径R:5mm、長さ:1000mm)を用意した。このTi−6Al−4V合金を、1100℃の温度で30分間保持した後、水冷により焼入れ処理を行って、α’マルテンサイトチタン合金材を得た。水冷による平均冷却速度は40℃/秒とした。
得られたα’マルテンサイトチタン合金材を750℃の温度で20分間保持した。その後、溝ロール圧延機を用いて6回の強圧延を下記のように実施した。
1回目の強圧延:角柱形状のα’マルテンサイトチタン合金インゴット(α’マルテンサイトチタン合金材)を上下方向から加圧して圧延し、横断面が横長楕円形である横長楕円柱状材に成形した。これにより、面積率で約60%の粒径が1μm以下の微細なα相結晶粒子と、残りのα’マルテンサイトの針状粒子とを含む混合組織からなるチタン合金材を得た。ここで、強圧延による平均ひずみ速度は79.2/sであり、α’マルテンサイトチタン合金インゴットの平均ひずみが0.75となった。
2回目の強圧延:1回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、横断面が、角が丸い四角形である角丸柱状(ただし、対角線が上下方向)に成形した。このように圧延を繰り返すことにより、α相結晶粒子の面積率を増大させた。また、強圧延による平均ひずみ速度は64.5/sであり、2回目の強圧延までの累積ひずみが1.44となった。
3回目の強圧延:2回目の強圧延で得られた角丸柱状のチタン合金材をその横断面の中心回りに45度回転移動させた状態で上下方向から加圧して圧延し、再度、横断面が横長楕円形である横長楕円柱状に成形した。
4回目の強圧延:3回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、再度、横断面が、角が丸い四角形である角丸柱状(ただし、対角線が上下方向)に成形した。
5回目の強圧延:4回目の強圧延で得られた角丸柱状のチタン合金材をその横断面の中心回りに45度回転移動させた状態で上下方向から加圧して圧延し、再々度、横断面が横長楕円形である横長楕円柱状とした。
6回目の強圧延:5回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、横断面が円形である円柱状に成形した。
実施例1及び実施例2の1回目の強圧延及び2回目の強圧延の条件を以下の表2に示す。
上記の強圧延後、水冷または空冷することによって、直径12mm、長さ3000mmの円柱状の長尺チタン合金素材(線材)を得た。
得られた長尺チタン合金素材について、長手方向でのバラツキを見るために、外殻領域と中央領域の境界の位置を下記の方法により確認した。
(境界位置の確認方法)
得られた長尺チタン合金素材を、図7Aに示すように、前方と後方の端部50mmを除いて長手方向に1450[=(3000−100)/2]mmの長さで間隔をあけて横断面を切り出して、3個(前方、中央、後方)の試料片を作製した。なお、チタン合金材の圧延開始側を前方とした。
3個の試料片をそれぞれ樹脂に埋め込み、試料片の横断面を研磨紙とバフを用いて研磨して鏡面に仕上げ、次いでその横断面を弗硝酸(2wt.%弗酸21ml、4wt.%硝酸33ml、純水446ml)に60秒間処理した後、純水とエタノールで洗浄した。そして、硝酸処理後の横断面を、光学顕微鏡で組織観察し、外殻領域(白層部)の深さを測定した。その結果、長手方向で大きなバラツキはなく、外殻領域の深さは浅いもので表面から60μm(すなわち、直径の1/200=12mm/200=60μm)、深いもので表面から300μm(すなわち、直径の1/40=12mm/40=300μm)であることを確認された。
(ビッカース硬さ測定による境界の確認)
そして、図7Bに示すように、各試料片の横断面について中心回りに等間隔をあけた4か所(上、下、右、左)を設定した。
各試料片で設定した4か所について、チタン合金素材の表面から内側に向けて外殻領域の深さの1/2の位置のビッカース硬さを測定した。その結果、各試料片の全ての測定位置において、ビッカース硬さが400HV以上450HV未満であることが確認された。
次に、外殻領域の深さを超えた位置でビッカース硬さを測定した。その結果、ビッカース硬さが320HV以上400HV未満であることが確認された。すなわち、得られた長尺チタン合金素材は、外殻領域と中央領域との境界が、表面から内側に向けて、直径の1/200〜1/40の範囲に位置していることが確認された。
得られた長尺チタン合金素材の外殻領域および中央領域について、ビッカース硬さ、粒径が1μm以下のα相結晶粒子の面積率、(10−10)一次柱面の集積度をそれぞれ以下の方法により測定した。その結果を表3に示す。
(ビッカース硬さの測定方法)
前記境界位置の確認方法で作製した3個の試料片を測定用試料とした。
外殻領域のビッカース硬さは、図7Bに示すように、各試料片で設定した4か所(上、下、右、左)で測定した。
中央領域のビッカース硬さは、図7Bに示すように、各試料片で設定した4か所(上、下、右、左)について、横断面の直径をdとして、表面からd/8の位置(=1500μm)と、横断面の中心からd/8の位置(=1500μm)で測定した。
(α相結晶粒子の面積率の測定方法)
前記境界位置の確認方法で作製した3個の試料片を測定用試料とした。
SEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Pattern:電子線後方散乱回折)装置(日本電子(株)製、JSM−7000F)を用いて、IPF(Inverse Pole Figure:逆極点図、結晶方位差3°以上を粒界とする)方位マップを作成し、主な構成相であるα相についてそのIPFマップ中の粒径1μm以下の等軸粒であるα相結晶粒子の含有率(面積率)を算出した。なお、α相結晶粒子の面積率の測定は、各試料片の外殻領域と中央領域について1か所ずつ測定した。
((10−10)一次柱面の集積度の測定方法)
前記境界位置の確認方法で作製した3個の試料片を測定用試料とした。
SEM/EBSD装置を用いて得た逆極点図から集積度を求めた。この集積度は、その特定方位を持つ結晶粒の存在確率が、完全にランダムな方位分布を持つ組織(集積度1)に対して、何倍であるかを示すもので、球面調和関数法を用いた逆極点図のTexture解析を用いて、反転対称を考慮し、試料の対称性は強制しない条件で、計算次数=16、ガウス半価幅=5°の条件で求めた。なお、(10−10)一次柱面の集積度の測定は、各試料片の外殻領域と中央領域について1か所ずつ測定した。
表3に示すように、実施例1で作製された長尺チタン合金素材(線材)は、外殻領域のビッカース硬さの平均値が413HVと高く、その標準偏差が8.0HVと小さい。また、粒径が1μm以下のα相結晶粒子の面積率は外殻領域で90%以上、中央領域で80%以上となっており、さらに外殻領域の(10−10)一次柱面の集積度は中央領域の2倍以上となっている。このため、この長尺チタン合金素材を用いることによって、外殻領域の強度が高く、かつ耐久性に優れたチタン合金製品を製造することができる。なお、外殻領域の任意の位置での最大ビッカース硬さは447HVであった。なお、外殻領域の任意の位置での最大ビッカース硬さは447HVであった。
また、中央領域は、ビッカース硬さの平均値が360HVであり、外殻領域におけるビッカース硬さの平均値を100としたときの中央領域におけるビッカース硬さの平均値は87と低く、またその標準偏差が9.3HVと小さい。このため、この長尺チタン合金素材を用いることによって、少ない加工動力でチタン合金製品を安定して製造することができる。
[比較例1]
比較例1として、Ti−6Al−4V合金を冷間伸線加工して作製した市販の長尺チタン合金素材を用意した。
[評価]
(ビッカース硬さの測定)
実施例1のチタン合金素材と、比較例1の長尺チタン合金素材についてそれぞれ、横断面を切り出し、切り出した円形断面の中心を通る直線を引いた。次いで、その直線の両端部(表面から直径の1/100の位置)と中心部の3点と、それぞれの端部と中心部との間で均等に間隔をあけて5点の合計13点について、ビッカース硬さを測定した。その結果を図8に示す。なお、図8に示したビッカース硬さの値は、実施例1の長尺チタン合金素材で測定されたビッカース硬さの最大値を100とした相対値である。
図8に示す結果から、実施例1の長尺チタン合金素材は、両端部と中心部において、比較例1の長尺チタン合金素材よりもビッカース硬さが高いことが分かる。また、比較例1の長尺チタン合金素材は、両端部と中心部を除く相対的に広い範囲において、実施例1の長尺チタン合金素材よりもビッカース硬さが高いことが分かる。
[実施例2]
角が丸い角柱状のTi−6Al−4V合金(縦:26mm、横:26mm、角の曲率半径R:6mm、長さ:970mm)を用意した。このTi−6Al−4V合金を、1100℃の温度で30分保持した後、水冷により焼入れ処理を行って、α’マルテンサイトチタン合金材を得た。水冷による平均冷却速度は40℃/秒とした。
得られたα’マルテンサイトチタン合金材を725℃の温度で30分間保持した。その後、溝ロール圧延機を用いて6回の強圧延を下記のように実施した。
1回目の強圧延:角柱形状のα’マルテンサイトチタン合金インゴット(α’マルテンサイトチタン合金材)を上下方向から加圧して圧延し、横断面が横長楕円形である横長楕円柱状材に成形した。これにより、面積率で約60%の粒径が1μm以下の微細なα相結晶粒子と、残りのα’マルテンサイトの針状粒子とを含む混合組織からなるチタン合金材を得た。ここで、強圧延による平均ひずみ速度は79.2/sであり、α’マルテンサイトチタン合金インゴットのひずみが0.75となった。
2回目の強圧延:1回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、横断面が、角が丸い四角形である角丸柱状(ただし、対角線が上下方向)に成形した。このように圧延を繰り返すことにより、α相結晶粒子の面積率を増大させた。また、強圧延による平均ひずみ速度は64.5/sであり、2回目の強圧延までの累積ひずみが1.44となった。
3回目の強圧延:2回目の強圧延で得られた角丸柱状のチタン合金材をその横断面の中心回りに45度回転移動させた状態で上下方向から加圧して圧延し、再度、横断面が横長楕円形である横長楕円柱状に成形した。
4回目の強圧延:3回目の強圧延で得られた横長楕円柱状のチタン合金材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、側面が丸い略長方形板材に成形した。
5回目の強圧延:4回目の強圧延で得られた長方形のチタン合金板材を90度回転させ、上下方向から加圧して圧延し、丸いところを角ばらせて略長方形板状とした。
6回目の強圧延:5回目の強圧延で得られた横長板状のチタン合金板材を、その横断面の中心回りに90度回転移動させた状態で、上下方向から加圧して圧延し、再度、側面が丸い略長方形板材に成形した。
上記の強圧延後、得られた略長方形板状のチタン合金板材を水冷して、厚さ4mm、幅32mm、長さ4800mmの長尺チタン合金板材を得た。
得られた長尺チタン合金板材の横断面を、光学顕微鏡を用いて観察した。図9に実施例2で得られた長尺チタン合金板材の横断面の全体写真と、図10に拡大写真を示す。図9および図10の写真から、長尺チタン合金板材31は、表面側に位置する外殻領域32と、外殻領域32の内側に位置する中央領域33とを備えることが確認された。
長尺チタン合金板材の外殻領域32と中央領域33の境界34の位置を、実施例1と同様にして測定した。その結果、外殻領域の深さは浅いもので表面から20μm(すなわち、厚さ4mmの1/200)であり、深いもので表面から100μm(すなわち、厚さ4mmの1/40)であることが確認された。
また、長尺チタン合金板材の横断面について、厚さ方向(4mm)と幅方向(32mm)について、各々、中心軸上において等間隔でビッカース硬さを測定した。その結果を図11に示す。
図11Aは、厚さ方向のビッカース硬さであり、図11Bは幅方向のビッカース硬さである。
図11A及び11Bに示す結果から、実施例2の長尺チタン合金板材は、外殻領域においてビッカース硬さが400HV以上であり、中央領域においてビッカース硬さが320HV以上400HV未満であることが確認された。
さらに、EBSD分析から結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子の面積率を求めたところ、外殻領域、中央領域ともに90%以上であり、全域が1μm以下の微細粒からなることが確認された。
1 チタン合金素材
2 外殻領域
3 中央領域
4 境界
11 圧延前素材
12 横長楕円形状材
13 円断面形状材
21a、21b 第1ロール
22a、22b 第2ロール
31 長尺チタン合金板材
32 外殻領域
33 中央領域
34 境界

Claims (4)

  1. ニアα型および/またはα+β型に一般分類される組成を有するチタン合金素材であって、
    表面側に位置するとともに、ビッカース硬さが400HV以上450HV未満の範囲にある外殻領域と、
    前記外殻領域の内側に位置するとともに、ビッカース硬さが320HV以上400HV未満である中央領域と、を備え、
    前記外殻領域と前記中央領域との境界が、表面から内側に向けて、横断面における短軸方向の長さもしくは直径の1/200〜1/40の範囲に位置していることを特徴とするチタン合金素材。
  2. 前記外殻領域が、粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で90%以上含む組織を有する請求項1に記載のチタン合金素材。
  3. 前記外殻領域に含まれるα相結晶粒子は、C面が外表面に沿う方向で、かつ(10−10)一次柱面が横断面に対して沿う方向になるように集積している請求項2に記載のチタン合金素材。
  4. 前記中央領域が、結晶粒径が1μm以下のα相結晶粒子を面積率で80%以上含む組織を有し、前記外殻領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度と、前記中央領域のα相結晶粒子の(10−10)一次柱面の集積度との比が2以上である請求項1から3のいずれか1項に記載のチタン合金素材。
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