以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
〈第1実施形態〉
第1実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図1に示すように、負荷が接続されている供試体であるパワートレインPTを、模擬対象となる原動機を模擬する原動機模擬ダイナモM1によって駆動してシミュレーション試験を行う装置である。本実施形態では、パワートレインPTとしてトランスミッションを適用している。また、負荷としては、ドライブシャフトDSやタイヤ(車輪)、或いは負荷相当の吸収トルクを発生するダイナモ(吸収ダイナモ)を挙げることができる。本実施形態では、トランスミッションにドライブシャフトDSを接続し、このドライブシャフトDSの両端にそれぞれトルク計TM2を介して模擬タイヤとしての吸収ダイナモM2を接続している。すなわち、本実施形態における負荷は、ドライブシャフトDSと吸収ダイナモM2である。本実施形態における「模擬対象」は、実際に存在する原動機に限らず、存在はしないがトランスミッション等のパワートレインを試験する上で想定した仮想原動機(例えば、開発中のエンジン)であってもよい。以下では、実際に存在する原動機(実原動機)を模擬対象として説明する。
本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、実原動機としてエンジンを想定し、原動機模擬ダイナモM1は、この想定しているエンジンを模擬するダイナモである。原動機模擬ダイナモM1には、原動機模擬ダイナモM1の回転速度ωを検出する図示しない速度検出部が既設されている。速度検出部の具体例としては、速度センサ或いは回転角センサを挙げることができる。なお、ダイナモ(発電機)には、一般的に回転角センサが付いており、その回転角センサの検出信号を速度値に変換することで、ダイナモの速度を検出することができる。
また、本実施形態のパワートレイン試験装置Xは、原動機模擬ダイナモM1及びパワートレインPTを相互に接続するシャフトに関連付けて設けたトルク計TM1と、速度演算部1と、速度制御部2と、インバータIVとを備えている。
トルク計TM1は、相互に接続される原動機模擬ダイナモM1の出力軸とパワートレインPTの入力軸(これら出力軸及び入力軸が本発明におけるシャフトに相当)との間に設けられている。
速度演算部1は、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE及びトルク計TM1で検出された実トルクTREALの合成トルクと、実原動機の慣性モーメントJEとに基づいて、実原動機の回転速度に相当する原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを求めて出力するものである。ここで、トルク計TM1で検出された実トルクTREALは、原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクであって、供試体PTに対して実際に入力されるトルクである。後述する第2実施形態で述べる伝達特性は、この実トルクTREALを「T」として表記した場合に、実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TEと実トルクTREALとの相対関係を「T/TE」として示すことが可能な伝達特性である。
具体的に、この速度演算部1では、実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TEの入力を受けるトルク指令入力処理と、入力を受けたトルク指令TEとトルク計TM1で検出された実トルクTREALとの合成トルクを求める合成トルク算出処理と、求めた合成トルクと実原動機の慣性モーメントJEとに基づいて原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを求める速度算出処理とを実行する。
トルク指令入力処理において入力を受ける実原動機のトルク指令TEは、最初のトルク指令であり、例えばスロットル開度やエンジン回転数等に基づくマップで決まるものである。また、合成トルク算出処理は、トルク指令TEと、パワートレインPTの入力軸から受ける反作用トルク(この反作用トルクはトルク計TM1で検出された実トルクTREALの正負の符号を反転させた値と一致)との合成トルクを求める処理であり、この処理で求めた合成トルクは、入力を受けたトルク指令TEを加速するトルクである場合もあれば、減速するトルクである場合もある。
速度算出処理は、トルク指令入力処理で求めた合成トルクを実原動機の慣性モーメントJEで除した値を積分することで、実原動機の回転速度に相当する原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを算出する処理である。
速度制御部2は、速度演算部1から出力された原動機模擬ダイナモの目標回転速度ωEに原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωを一致させるような原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令を制御して出力するものである。すなわち、この速度制御部2は、フィードバック制御を使用したものである。
具体的に、この速度制御部2では、速度演算部1で算出した原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEが速度指令として入力され、この速度指令に対応する原動機模擬ダイナモM1の回転速度ωEと、原動機模擬ダイナモM1の速度検出部から出力される原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωとに基づいて、速度指令に対応する原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEと原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωとの差分値に対応するトルクを求める処理を実行する。速度制御部2は、このような処理で求められるトルクを指令として出力するものである。本実施形態では、速度制御部2からの出力がそのまま原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令TD(原動機模擬ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)としてインバータIVに入力される。この速度制御部2からの出力は、原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用するトルク指令でもある。以下では、原動機模擬ダイナモM1を「ダイナモM1」と略称する場合がある。
速度制御部2は、自動速度調整器(ASR:Automatic Speed Regulator)を用いて構成することが可能なものである。本実施形態では、速度演算部1で求めた原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEと、原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωが速度制御部2に入力されるように設定している。
インバータIVは、速度制御部2から入力されたダイナモM1へのトルク指令TDに基づいてパワートレインPTに対する原動機模擬ダイナモM1の出力トルクを制御するものである。
そして、本実施形態のパワートレイン試験装置Xは、上述のインバータIVによるトルク制御に基づいて原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御する環境下で、パワートレインPTの特性や性能を試験することができる。
次に、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xを用いたパワートレインPTの試験手順及び試験中の処理動作について説明する。
試験を実施する前に、試験対象であるトランスミッション等のパワートレインPTの入力軸を原動機模擬ダイナモM1の出力軸にトルク計TM1を介して接続し、この接続処理前または処理後にパワートレインPTに負荷を接続する。このような接続状態を維持して試験を実施する。
本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、先ず、速度演算部1によって、原動機模擬ダイナモM1の回転速度ωEを求める。具体的には、速度演算部1において、上述のトルク指令入力処理、合成トルク算出処理、速度算出処理をこの順に実行することで、原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを求める。次いで、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、速度演算部1から出力される原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを指令として、速度制御部2により、その速度指令に原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用するダイナモM1へのトルク指令TDを制御してインバータIVに出力する。続いて、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、インバータIVによって、速度制御部2から入力されたダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施する。
このように、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、速度演算部1において、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE及びトルク計TM1で検出された実トルクTREALの合成トルクと、実原動機の慣性モーメントJEとに基づいて実原動機の回転速度に相当する原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを求め、速度制御部2において、速度演算部1からの出力である原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを指令として、原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEに原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωを一致させるようなダイナモM1へのトルク指令TDを操作して出力し、インバータIVにおいて、速度制御部2から入力されたダイナモM1へのトルク指令TD(原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEに原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用するトルク指令)に基づいてパワートレインPTに対する原動機模擬ダイナモM1のトルク制御を行うように構成している。このため、原動機模擬ダイナモM1の出力が、原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDを反映させたものになるとともに、このような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDを反映させた原動機模擬ダイナモM1の出力を、トルク計TM1で検出する実トルクTREALとしてフィードバック制御しているため、原動機模擬ダイナモM1からパワートレインPTに作用するトルク(原動機模擬ダイナモM1の出力軸、つまりパワートレインPTの入力軸)を実原動機の挙動に合わせて高精度に模擬させることができる。
すなわち、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、パワートレインPTの入力軸に作用している実トルクTREALをリアルタイムで検出し、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE及びトルク計TM1で検出された実トルクTREALの合成トルクから演算した速度ωE通りに、原動機模擬ダイナモM1の速度ωを制御している。このような構成は、原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDが見掛け上、実原動機の慣性モーメントJEのごとく振る舞えば、実原動機を模擬したことになるとの技術的思想に基づくものである。このような構成を採用することによって、原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDを実原動機の慣性モーメントJEに合わせずとも、原動機模擬ダイナモM1からパワートレインPTに出力するトルクの挙動(原動機模擬ダイナモM1の出力軸から出力されるトルクの挙動、つまり、パワートレインPTの入力軸に入力されるトルクの挙動)を実原動機の挙動に合わせて高精度に模擬させることができる。
ここで、実原動機が例えばエンジンである場合に、エンジンの慣性モーメントJEには、ピストンからクランクシャフトに作用するトルクTEとトランスミッションからクランクシャフトに作用する軸トルク(実トルクTREAL)の合成トルク「TE−TREAL」が作用する。この合成トルク「TE−TREAL」がクランクシャフトを主成分とするエンジンの慣性モーメントJEに作用して速度ωEが決まる。そして、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、この速度ωEを指令として、エンジン模擬ダイナモM1の速度ωを速度制御するという構成を採用していることによって、供試体であるパワートレインPTの回転速度を検出するための専用機器が不要である。このような本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xであれば、エンジン挙動、つまり実原動機の挙動を模擬ダイナモM1に模擬させることができるとともに、供試体を入れ替えるたびに、供試体に対する速度検出部の取付作業が要求されることもなく、手間及びコストの面で有利である。
ところで、一般的な速度制御では数十Hz程度に応答限界があり、例えばエンジンの燃焼爆発などによる急峻な速度変動やトルク変動に対応することが困難な場合がある。また、変動成分が高周波成分になるほど、速度変動の振幅は変動周波数に反比例して小さくなるため、小さな指令(速度変動)から大きな操作(トルク変動)をしなければならず、速度制御が困難になる。
このような課題を解決可能な本発明の一実施形態(第2実施形態)に係るパワートレイン試験装置Xを図2に基づいて説明する。
〈第2実施形態〉
第2実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図2に示すように、上述のトルク計TM1、速度演算部1、速度制御部2及びインバータIVに加えて、伝達特性記憶部3と、トルク制御部4とをさらに備えた構成を有する。
伝達特性記憶部3には、パワートレインPTの駆動系に設けられた変速機の変速制御を行う変速コントローラの制御内容に応じた伝達特性が予め記憶されている。ここで、伝達特性は、入力TEに対してトルク計TM1に現れる伝達特性であり、上述の通り、実トルクTREALを「T」とした場合に、「T/TE」として示すことが可能なものである。実原動機としてエンジンを想定した場合、入力されるトルクTEから軸トルク(実トルクTREAL)までのエンジンの伝達特性が、トランスミッションの変速ポジション(ニュートラル、1速、2速、3速、バック等)やクラッチの開/閉によって変わる。したがって、第2実施形態では、変速ポジションやクラッチの開閉状態等の変速コントローラの状態に応じたエンジン等の実原動機の伝達特性(T/TE)を予め用意し、これら複数種類の伝達特性を伝達特性記憶部3に記憶させておく。
トルク制御部4は、伝達特性記憶部3に記憶された複数の伝達特性のうち変速コントローラの制御内容に応じて選択した伝達特性を少なくとも利用して算出した軸トルク指令TREFに実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用する内部トルク指令TATROを制御して出力するものである。トルク制御部4は、自動トルク調整器(ATR:Automatic Torque Regulator)を用いて構成することが可能なものである。このトルク制御部4には、軸トルク指令TREF及び実トルクTREALが入力される。
軸トルク指令TREFは、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE(前述のトルク指令入力処理で入力されるトルク指令TEと同じトルク指令)と、伝達記憶特性記憶部3に予め記憶されている伝達特性とを利用して求められるものである。具体的には、変速ポジションやクラッチの状態に応じて選択した伝達特性に切り替えてトルクTEから実トルクTREALに相当する軸トルクを計算し、その軸トルクを指令としてトルク制御部4に出力されるものが軸トルク指令TREFである。以上より、本実施形態のパワートレイン試験装置Xは、トルク制御部4によるトルク制御処理を実施する前に、トルク指令TEと伝達特性を利用してパワートレインPTに入力されるべき軸トルク指令TREFを求める軸トルク指令算出処理を実行するように構成している。
そして、第2実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したトルク指令TDがインバータIVに入力されるように構成している。速度制御部2からの出力TASRは、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御部2の操作量であり、ダイナモM1へのトルク指令である。また、トルク制御部4からの出力TATROは、軸トルク指令TREFに実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用する内部トルク指令である。第2実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、このような速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第2実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このようなパワートレイン試験装置Xによれば、図1に示す構成と同様の作用効果を奏することに加えて、入力されるトルクTEから実トルクTREALとして現れる軸トルクまでの実原動機の伝達特性を利用して軸トルクを計算し、このトルクを指令TREFとして軸トルクをトルク制御することによって、エンジン挙動の急峻な変動も模擬させることができる。このように、本実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、例えばエンジンの急峻なトルク変動から検出可能な制御量である軸トルクの指令値をダイレクトに計算してフィードバック制御する構成を採用したことによって、図1に示す構成よりも実原動機の挙動を高応答に模擬させることが可能である。
ところで、図2に示す構成は、変速ポジションやクラッチの状態に応じた実原動機の伝達特性を複数用意して設定する必要がある。また、図2に示す構成では、変速ポジションやクラッチの状態が変化するタイミングで伝達特性を切り替える必要があるが、この切り替えタイミングと供試体の実タイミングが合わない場合には、軸トルクが正しく計算されない時間が存在することになる。そのような時間が僅かであっても、実原動機の挙動を正確に模擬させるためには別途対策が必要となる。
このような観点に基づく本発明の一実施形態(第3実施形態)に係るパワートレイン試験装置Xを以下に説明する。
〈第3実施形態〉
第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図3に示すように、図2の構成と比較して、軸トルク指令の交流成分だけを抽出可能な交流成分抽出フィルタ(本実施形態ではハイパスフィルタを適用している)をさらに備えている点、トルク制御部4が、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFに交流成分抽出フィルタ(以下では「ハイパスフィルタ」であるとして説明)を通して抽出される軸トルク指令の交流成分TREFHに、実トルクTREALに前記ハイパスフィルタと同特性のハイパスフィルタを通して抽出される実トルクの交流成分TREALHを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力するものである点のみが異なる。ここで、第3実施形態では、交流成分抽出フィルタとして、直流成分をカットして交流成分のみを抽出するハイパスフィルタを用いている。
エンジンの燃焼爆発やピストンの往復運動によってエンジン内部で非常に大きなトルク脈動が発生する。しかしながら、このような大きなトルク脈動は、耐久性向上の観点から、通常、トランスミッションのギヤASSYにダイレクトに伝わらないように設計されている。具体的には、トランスミッションの入力部にフライホイール要素(オートマティックトランスミッションの場合、ドライブプレートやトルクコンバータのケース、ポンプインペラ等)とバネ要素(オートマティックトランスミッションの場合、ロックアップクラッチのスプリングダンパ)を設け、所定値以上の大きなトルク脈動を吸収している。このトルク脈動の下限周波数はエンジンのアイドリング時に発生し、例えば、6気筒のエンジンでアイドリング回転数が600rpmの場合、30Hzとなる。この周波数以上のトルク脈動については、トランスミッションの入力部、つまり、クラッチのスプリングダンバーによって縁切りされ、それ以降のギヤASSYに伝達されないように設計されている。このため、このトルク脈動(所定周波数以上のトルク脈動)に関するトルクTEから、供試体に実際に入力される軸トルクまでの伝達特性はスプリングダンパよりエンジン側の機械構成によって決まるので、変速ポジションに影響されない。また、クラッチの開/閉によって、スプリングダンパよりエンジン側のクラッチディスクが付くか付かないかの相違はあるが、伝達特性への影響は小さい。
そこで、軸トルクを制御する周波数帯域をトルク脈動の交流成分に限定することで、予め用意して設定する伝達特性の種類を低減できる点に着目した結果、図3に示す構成が適切であると判断された。
ここで、伝達特性は例えばトランスミッションの変速ポジションによって変わるが、所定周波数以上の伝達特性は変速ポジションに影響されないことに着目すれば、変速ポジションの影響を受けるのは所定周波数以下の伝達特性であることが分かる。例えば、図10のダイナモ慣性モーメントJDを原動機の慣性モーメントJEに置き換えて、変速ポジションがニュートラルである場合の伝達関数を求めると、図11中の式(5)は、以下の式(6)になる。
T/TE=JM/(JE+JM)・(2ζωns+ωn^2)/(s^2+2ζωns+ωn^2) ・・・式(6)
上記式(6)において直流成分について考察すると、伝達特性は、「T/TE=JM/(JE+JM)」となる。そして、変速ポジションが1速、2速、3速、…と増えていくにしたがい、JM(トルクコンバータ慣性モーメント)に連結される慣性モーメントが段々と増大し、「T/TE」は1に近付く。したがって、直流成分が最も小さいニュートラルの状態の伝達特性のみを予め用意して伝達特性記憶部3に記憶させておく構成を採用することで対処できる。
ここで、上記JMに連結される慣性モーメントは、クラッチのスプリングダンバーによって連結されているため、所定周波数以上では縁切りされて、連結されていない状態と略等価になる。そこで、第3実施形態では、「所定周波数以上」のトルクをフィードバック制御する手段として交流成分抽出フィルタ(一例としてハイパスフィルタ)を採用している。なお、所定周波数未満の制御については速度制御部2による速度制御に担当させている。
なお、予め用意して伝達特性記憶部3に記憶させておく「単一の伝達特性」はニュートラルに限定する必要は無く、例えば3速にして、差分を速度制御部2による速度制御処理により補正することも可能である。
以上のような技術的思想に基づく図3に示す本発明の第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、軸トルク指令TREFと、軸トルクTのフィードバック値である実トルクTREALに同特性のハイパスフィルタを別々に通すことで、軸トルク指令の交流成分TREFHと、実トルクの交流成分TREALHとを抽出し、これら抽出した軸トルク指令の交流成分TREFH及び軸トルクT(実トルク)の交流成分TREALHをトルク制御部4に入力する。そして、トルク制御部4が、ハイパスフィルタを通して抽出した軸トルク指令の交流成分TREFHに、ハイパスフィルタを通して抽出した実トルクの交流成分TREALHを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力する。すると、インバータIVには、トルク制御部4からの出力である内部トルク指令TATROと、速度制御部2からの出力であるダイナモM1へのトルク指令TASRとが入力される。第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、このような速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
そして、図3に示す本発明の第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、トルク制御部4のフィードバック信号に相当する実トルクTREALも、軸トルク指令TREFと同一特性のハイパスフィルタを通して直流成分をカットして、実トルクTREAL及び軸トルク指令TREFの交流成分TREFH,TREALHをそれぞれ抽出する構成を採用している。これにより、1種類の伝達特性によって軸トルクを制御する構成を構築することが可能である。また、第3実施形態に係るパワートレイン試験装置Xによれば、軸トルクの指令TREFとフィードバックである実トルクTREALにそれぞれ同一特性のハイパスフィルタを通過させることによって、トルク制御部4の役割を軸トルクの交流成分の制御に専念させることができる。したがって、速度制御部2とトルク制御部4の周波数帯域の役割をそれぞれ分担できる。
このような構成であれば、伝達特性記憶部3には1種類の伝達特性だけを予め記憶させておけばよく、伝達特性を切り替える処理が不要になり、変速ポジションの切替タイミングに軸トルクを正しく計算できないという不具合も解消することができる。
ところで、パワートレイン試験装置を用いて試験を実施する際、供試体が、走行用モータを内在するハイブリッド式のトランスミッションであれば、エンジンを停止して走行するモード(エンジン停止走行モード)がある。このようなエンジン停止走行モード時では、エンジンのトルク指令TEはゼロとなり、軸トルク指令TREFの交流成分もゼロとなる。エンジンと供試体であるトランスミッションを結ぶ軸トルクである実トルクTREALは、トランスミッションの入力軸が一定の回転速度ならばゼロ(もしくはダイナモのメカロスに相当する微少なトルクが発生)であるが、加減速する場合は原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントを加減速するトルクが発生する。つまり、実トルクTREALの交流成分には何らかのトルクが発生する。
ハイパスフィルタは直流成分をカットして出力しないものであるが、ソフトウエアで構築するデジタルフィルタで構成しても入力が不連続に変化する場合、量子化誤差により微少な直流成分の誤差が発生することがある。また、トルク計TM1によって実トルクTREALを検出する場合、通常、ひずみゲージを軸に貼り付け、軸のねじれによる僅かな歪みをゲージの伸縮による抵抗変化によってアナログ的に計測するが、これをデジタル値に変換する過程でもノイズなどによる不必要なリップルが発生し、直流誤差の要因となる。
このような直流誤差に起因して、トルク制御部4に内在する比例積分要素などのゲインが増幅し、例えばエンジンを想定した実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御部2の操作量の幅(操作幅)を狭めるという不具合が生じ得る。特にトルク制御部4によるトルク制御の応答性や精度を高めようとすると、ゲインを高くする必要があり、その場合に上記不具合が顕在化するおそれがある。
このような不具合を解決可能な本発明の一実施形態(第4実施形態)に係るパワートレイン試験装置Xを図4に基づいて説明する。
〈第4実施形態〉
第4実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図4に示すように、図3の構成と比較して、トルク制御部4が、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFと速度制御部2からの出力TASRとを合成した軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるようなトルク指令TDを制御して出力するものである点、及び、インバータIVには、トルク制御部4が出力したトルク指令TDのみが入力される点、以上の点が異なる。
本発明者は、図3に示す構成であれば生じ得る上述の不具合が、トルク制御部4によって軸トルク指令TREFの直流成分を制御していないことに起因するものであることを見出し、図4に示すように、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREF(伝達特性記憶部3から出力する軸トルク指令TREF)に、軸トルクの直流成分が含まれている速度制御部2からの出力TASR(速度制御部2の操作量)を加算し、交流成分抽出フィルタを介さずに軸トルク(実トルクTREAL)をフィードバックする構成を着想するに至った。
ここで、伝達特性は、上述したように、前記式(6)において直流成分について考察すれば、「T/TE=JM/(JE+JM)」となり、変速ポジションが1速、2速、3速、…と増えていくにしたがい、「T/TE」は1に近付くことから、直流成分が最も小さいニュートラルの状態の伝達特性のみを予め用意して伝達特性記憶部3に記憶させておく構成を採用することで対処できる。なお、上述したように、予め用意して伝達特性記憶部3に記憶させておく「単一の伝達特性」はニュートラルに限定する必要は無く、例えば3速にして、差分を速度制御部2による速度制御処理により補正することも可能である。
また、伝達特性記憶部3に「単一の伝達特性」を記憶させておく構成を採用した本実施形態において、変速ポジションによる不足分は、速度制御部2からトルク制御部4に入力される指令TATRIに加わる図4に示すTASRに補わせることができる。すなわち、速度制御部2は、原動機の慣性モーメントJEを模擬するために不足している軸トルク指令TREFを補う軸トルク指令TASRを操作するように原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEをフィードバック制御する。伝達特性の数を一つにしたことにより、所定周波数以下の軸トルク指令TREFは変速ポジションによって本来の軸トルク指令と相違することになるが、この相違量を速度制御部2の操作量である軸トルク指令TASRによって補うことにより、本来の軸トルク指令(トルク制御部4に入力される指令TATRI)を生成して軸トルクをフィードバック制御することができる。このような技術的思想に基づき、本発明に係る後述の第5実施形態乃至第7実施形態においても、伝達特性記憶部3に「単一の伝達特性」を記憶させておく構成を採用している。
供試体であるトランスミッションPTの入力軸が一定の回転速度の場合、軸トルク指令TREFの直流成分に関する原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令TDと軸トルク指令TREFは、原動機模擬ダイナモM1のメカロスに相当する微少なトルクを除けば等しい関係にある。したがって、速度制御部2の操作量TASRには軸トルク(実トルクTREAL)の直流成分が含まれていることになる。
そこで、第4実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、速度制御部2の操作量TASRを、トルク制御部4に入力される指令、つまり軸トルク指令TREFに加算することで、交流成分のみならず直流成分も含む軸トルク指令TATRIをトルク制御部4に入力し、トルク制御部4において、交流成分及び直流成分を含む軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるようなトルク指令TDを制御して出力する構成を採用している。
そして、トルク制御部4により制御して出力したトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第4施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDがインバータIVに入力されると、このトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このような構成を有するパワートレイン試験装置Xによれば、トルク制御部4が交流成分のみならず直流成分も考慮して軸トルクを制御していることによって、図3に示す構成よりもトルク制御部4のゲインを高めることができ、より一層の高応答化及び高精度化を図ることができる。加えて、トルク制御部4によるトルク制御の応答を速度制御部2による速度制御の応答に対して十分に高くして、速度制御部2による速度制御のマイナーループにトルク制御部4を配置することにより、制御構成をシンプルにすることができる。
ところで、エンジン停止走行モード時では、エンジンのトルク指令TE、及び軸トルク指令TREFはゼロとなり、速度制御部2の操作量TASRに原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令も含まれていることは上述の通りである。図4の構成では、速度制御部2からの出力TASRに含まれる原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令TATRIを、トルク制御部4に入力し、インバータIVには、トルク制御部4からの出力TDのみが入力される。したがって、図4の構成では、原動機模擬ダイナモM1のトルクを制御するインバータIVにダイナモM1へのトルク指令を間接的に与えていることになる。速度制御部2は実原動機の慣性モーメントJEを模擬する機能を有しており、この応答の要求仕様に対し、トルク制御部4によるトルク制御の応答が十分に高ければ問題はないが、トルク制御部4によるトルク制御の応答が十分に高くない場合は、別途対策が必要となる。
このような観点に基づく本発明の一実施形態(第5実施形態)に係るパワートレイン試験装置Xを以下に説明する。
〈第5実施形態〉
第5実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図5に示すように、図4の構成と比較して、トルク制御部4が、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFと、速度制御部2からの出力TASRとを合成した軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力するものである点、インバータIVには、速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したトルク指令TDが入力されるように構成している点、以上の点が異なる。
本発明者は、速度制御部2からの出力であるダイナモM1へのトルク指令TASRを、トルク制御部4を経由させるパス(経路)と、トルク制御部4を経由させることなくインバータIVに与えるパス(経路)とを備えた構成を着想するに至った。
速度制御部2からの出力であるダイナモM1へのトルク指令TASRを、トルク制御部4を経由させるパスでは、速度制御部2からの出力であるダイナモM1へのトルク指令TASRと、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFとを合成し、その合成した軸トルク指令TATRIをトルク制御部4に出力する。トルク制御部4は、入力された軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力する。
そして、第5実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したトルク指令TDがインバータIVに入力されるように構成している。速度制御部2からの出力TASRは、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御部2の操作量であるダイナモM1へのトルク指令である。また、トルク制御部4からの出力TATROは、上述の軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントに作用する内部トルク指令である。第5実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、このような速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第5実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このようなパワートレイン試験装置Xによれば、速度制御部2からの出力であるダイナモM1へのトルク指令をインバータIVに直接与えるパスを設けているため、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する機能を有する速度制御部2の操作量TASRを、トルク制御部4からの出力である内部トルク指令TATROに付加して合成したトルク指令TDをインバータIVに入力する構成になり、図4の構成よりも速度制御部2の速度制御処理による実原動機の慣性モーメントJEを模擬する機能の応答を高めることができる。したがって、トルク制御部4によるトルク制御の応答が十分に高くない場合であっても、その応答の要求仕様に対して好適に対処することが可能である。このような作用効果は、軸トルク指令の直流成分の模擬を速度制御部2による速度制御や伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREF(伝達特性記憶部3から出力する軸トルク指令TREF)に担当させ、軸トルク指令の交流成分の模擬をトルク制御部4によるトルク制御に担当させる構成を採用したことによって得られるものである。
ところで、供試体であるトランスミッションPTの入力軸が一定回転速度の場合、ダイナモM1へのトルク指令の直流成分及び軸トルク指令の直流成分については、原動機模擬ダイナモM1のメカロスに相当する微少なトルクを除けば同じである。そして、ダイナモM1へのトルク指令の直流成分及び軸トルク指令の直流成分は、低周波成分であれば所定帯域まで同じであるが、周波数が高くなるほど乖離していく。図5の構成では、乖離した周波数帯域のトルク指令が速度制御部2から軸トルクT(実トルクTAREAL)に加わる事態が生じ得る。このような事態を回避可能な構成として、例えば速度制御部2による速度制御の応答を下げて、高い周波数帯域の操作量が速度制御部2から出力されないように設定する構成も考えられる。
しかしながら、このような構成を採用した場合、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御部2による速度制御の応答を高めることができないという問題が起こり得る。
このような問題を解決可能な本発明の一実施形態(第6実施形態)に係るパワートレイン試験装置Xを図6に基づいて説明する。
〈第6実施形態〉
第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図6に示すように、図5の構成と比較して、単一の速度制御部2に代えて、相対的に速度制御の応答性が高い高応答速度制御部2Hと、相対的に速度制御応答性が低い低応答速度制御部2Lとを備えている点、トルク制御部4が、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFと、低応答速度制御部2Lからの出力TASRLとを合成した軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力するものである点、インバータIVには、高応答速度制御部2Hからの出力TASRHとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TDが入力される点、以上の点が異なる。
本発明者は、図5に示す構成であれば生じ得る上述の不具合を解消すべく、速度制御部として、相対的に高応答の速度制御部2Hと相対的に低応答の速度制御部2Lの2種類を用意し、高応答速度制御部2Hによって実原動機の慣性モーメントJEを模擬させるとともに、低応答速度制御部2Lによって軸トルクの直流成分及び低周波成分を模擬させる構成を着想するに至った。
高応答速度制御部2H及び低応答速度制御部2Lによる速度制御処理は、上述の各実施形態における速度制御部2による速度制御処理と同じである。ここで、速度指令ωEは実原動機(例えばエンジン)の速度であるため、速度制御部による速度制御の操作量は実原動機を模擬するダイナモM1のトルク指令が望ましい。一方、軸トルクを制御するトルク制御部4から出力される指令に直流成分を付与する必要があるが、この軸トルクは実原動機の出力トルクとイコールであり、必ずしもダイナモM1のトルク指令を操作するトルク制御部4からの出力と最適値が一致するとは限らない。そこで、ダイナモM1へのトルク指令を操作する速度制御処理と軸トルク指令を操作する速度制御処理を分けることによって、それぞれの速度制御処理を実施する速度制御部の構造やゲインをそれぞれ最適な操作量となるように個別に最適化することができる。第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、このような技術的思想に基づくものである。
そして、本実施形態のパワートレイン試験装置Xは、低応答速度制御部2Lからの出力である軸トルク指令の直流成分及び低周波交流成分TASRLと、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFとを合成し、その合成した軸トルク指令TATRIをトルク制御部4に出力する。トルク制御部4は、入力された軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力する。
そして、第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、高応答速度制御部2Hからの出力TASRHとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TDがインバータIVに入力されるように構成している。高応答速度制御部2Hからの出力TASRHは、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御の操作量であるダイナモM1へのトルク指令である(図6中の「ダイナモトルク指令」は「ダイナモM1へのトルク指令」のことである)。この高応答速度制御部2Hからの出力TASRHは、特にダイナモM1へのトルク指令の直流成分と低周波交流成分を模擬するものである。また、トルク制御部4からの出力TATROは、トルク制御部4に入力された軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントに作用する内部トルク指令である。
第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、このような高応答速度制御部2Hからの出力TASRHとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このような第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xによれば、図5に示す構成と同様の作用効果を奏することに加えて、高応答速度制御部2Hによって実原動機の慣性モーメントJEを模擬させるとともに、低応答速度制御部2Lによって軸トルク指令の直流成分及び低周波成分を模擬させているため、各速度制御部2H,2Lによる速度制御の応答を別々にチューニングすることができる。その結果、図5に示す構成と比較して、トルク制御部4による軸トルク制御の応答及び精度を高めることと、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御部による速度制御の応答を高めることの両立を実現できる。
次に、第6実施形態に係るパワートレイン試験装置Xと同様に、第5実施形態に係るパワートレイン試験装置Xであれば生じ得る不具合を解消可能な本発明の第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xを図7に基づいて説明する。
〈第7実施形態〉
第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、図7に示すように、図6の構成と比較して、単一の速度制御部2を備えている点、トルク指令の直流成分及び低周波成分だけを抽出可能なフィルタ(図示例ではローパスフィルタ)とを備えている点、トルク制御部4が、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFと、速度制御部2からの出力TASRにフィルタ(以下では「ローパスフィルタ」であるとして説明)を通して抽出される軸トルク指令の直流成分および低周波成分TASRLFとを合成した軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力するものである点、インバータIVには、速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TDが入力される点、以上の点が異なる。
そして、本実施形態のパワートレイン試験装置Xは、速度制御部2からの出力TASRにローパスフィルタを通して抽出される軸トルク指令の直流成分および低周波成分TASRLFと、伝達特性記憶部3に記憶された単一の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFとを合成し、その合成した軸トルク指令TATRIをトルク制御部4に出力する。トルク制御部4は、入力された軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような内部トルク指令TATROを制御して出力する。
第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力されるように構成している。速度制御部2からの出力TASRは、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御の操作量であるダイナモM1へのトルク指令である。この速度制御部2からの出力TASRは、特にダイナモM1へのトルク指令の直流成分と低周波交流成分を模擬するものである。また、トルク制御部4からの出力TATROは、トルク制御部4に入力された軸トルク指令TATRIに、実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントに作用する内部トルク指令である。
第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xでは、このような速度制御部2からの出力TASRとトルク制御部4からの出力TATROとを合成したダイナモM1へのトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力される。そして、第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、当該ダイナモM1へのトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このような第7実施形態に係るパワートレイン試験装置Xによれば、速度制御部2によって実原動機の慣性モーメントJEを模擬させるとともに、ローパスフィルタによって軸トルク指令の直流成分及び低周波成分を模擬させているため、図5に示す構成と比較して、トルク制御部4による軸トルク制御の応答及び精度を高めることと、実原動機の慣性モーメントJEを模擬する速度制御の応答を高めることの両立を実現できる。
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、図8に示すように、速度演算部1が、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE及びトルク計TM1で検出された実トルクTREALの合成トルクと、実原動機の慣性モーメントJEと、実原動機の減衰係数DE(Nm/(rad/s))とに基づいて実原動機の回転速度に相当する原動機模擬ダイナモの目標回転速度ωEを求めて出力するものであってもよい。このような構成を採用することで、実原動機のメカロスを考慮して、トルク指令TEと実トルクTREALの合成トルクから実原動機の速度に相当する原動機模擬ダイナモM1の目標速度ωEを求めることができる。
図8に示す速度演算部1では、原動機模擬ダイナモM1の目標速度ωEに実原動機の減衰係数DE(Nm/(rad/s))を乗算した値を、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TE及びトルク計TM1で検出された実トルクTREALの合成トルク(上述のトルク指令入力処理で求めた合成トルク)から減算し、その減算値を実原動機の慣性モーメントJEで除した値を積分することで、実原動機の回転速度に相当する原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEを算出する処理を実行するように設定している。このような図8の速度演算部1の構成は、第1実施形態のみならず、第2乃至第7実施形態の速度演算部にも採用することができる。
本発明における「トルク指令の直流成分及び低周波成分だけを抽出可能なフィルタ」は、図7に示すように、ローパスフィルタによって構成することも可能であるが、複数種類のフィルタの組み合わせによって構成することも可能である。
また、第3実施形態乃至第7実施形態として示す各構成(図3乃至図7参照)において、クラッチの開/閉による差異を正確に模擬したい場合には、クラッチディスクが付く場合と付かない場合の2種類の伝達特性を伝達特性記憶部3に予め記憶させておくことで対応することができる。このような構成であっても、図2に示す構成と比較して、伝達特性記憶部3に予め記憶させておく伝達特性の種類数を格段に低減することができる。2種類の伝達特性を伝達特性記憶部3に予め記憶させておく場合、図2に示す変速コントローラからの信号線に準じたクラッチ開/閉信号の線が必要になる。
また、第4実施形態乃至第7実施形態として示す各構成(図4乃至図7参照)において、軸トルク指令の交流成分だけを抽出可能なフィルタ(交流成分抽出用フィルタ)を設け、速度制御部2又は低応答速度制御部2Lからトルク制御部4に入力される指令TATRIに、伝達特性記憶部3に記憶された単一又は複数(例えば上述のクラッチ開/閉の2種類)の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFに交流成分抽出用フィルタを通して抽出される軸トルク指令の交流成分を含ませることも可能である。すなわち、速度制御部2からの出力TASR(図4、図5)、又は低応答速度制御部2Lからの出力TASRL(図6)、或いは速度制御部2からの出力TASRに交流成分抽出用フィルタを通して抽出されるトルク指令の直流成分及び低周波成分TASRLF(図7)、これらTASR,TASRL,TASRLFの何れかと、伝達特性記憶部に記憶された単一又は複数(例えば上述のクラッチ開/閉の2種類)の伝達特性を利用して算出した軸トルク指令TREFに交流成分抽出用フィルタを通して抽出される軸トルク指令の交流成分とを合成したもの(図4乃至図7中の符号「TATRI」に相当)をトルク制御部4に入力するように構成してもよい。ここで、「交流成分抽出用フィルタ」としては、例えばハイパスフィルタを挙げることができる。また、複数種類のフィルタの組み合わせによって、交流成分抽出用フィルタを構成することも可能である。
また、本発明に係るパワートレイン試験装置の一参考例を図13に示す。図13に示す本参考例のパワートレイン試験装置Xは、上述の第2実施形態に係るパワートレイン試験装置X(図2の構成)と比較して、速度演算部1及び速度制御部2を備えていない点、及び、インバータIVには、トルク制御部4が出力したトルク指令TDのみが入力される点、以上の点が異なる。図13に示すパワートレイン試験装置Xでは、入力を受けた実原動機の慣性モーメントJEに作用するトルク指令TEと、伝達特性記憶部3に記憶された複数の伝達特性のうち変速コントローラの制御内容に応じて選択した伝達特性とを少なくとも利用して算出した軸トルク指令TREF及び実トルクTREALがトルク制御部4に入力される。そして、トルク制御部4が、軸トルク指令TREFに実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントに作用するトルク指令TDを制御して出力する。以上より、本参考例のパワートレイン試験装置Xでは、トルク制御部4によるトルク制御処理を実施する前に、トルク指令TEと伝達特性を利用してパワートレインPTに入力されるべき軸トルク指令TREFを求める軸トルク指令算出処理を実行するように構成している。
そして、本参考例に係るパワートレイン試験装置Xでは、トルク制御部4により制御して出力したトルク指令TD(ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令)がインバータIVに入力され、このトルク指令TDに基づき、インバータIVによって、パワートレインPTに対して原動機模擬ダイナモM1から出力するトルクの制御を行うことで、原動機模擬ダイナモM1の挙動を制御しながらパワートレインPTを駆動させて、パワートレインPTの特性や性能に関する試験を実施することができる。
このようなパワートレイン試験装置Xによれば、入力されるトルクTEから実トルクTREALとして現れる軸トルクまでの実原動機の伝達特性を利用して軸トルクを計算し、このトルクを指令TREFとして軸トルクをトルク制御することによって、エンジン挙動の急峻な変動も模擬させることができる。このように、本参考例に係るパワートレイン試験装置Xは、例えばエンジンの急峻なトルク変動から検出可能な制御量である軸トルクの指令値をダイレクトに計算してフィードバック制御する構成を採用したことによって、実原動機の挙動を高応答に模擬させることが可能である。さらに、このようなパワートレイン試験装置Xによれば、ダイナモM1の速度ωを検出する必要がない点で上述の各実施形態に係る試験装置よりも有利である。
また、例えば上述の第4実施形態に係るパワートレイン試験装置Xにおいて、伝達特性「T/TE」のフィードフォワード項は、速度制御部ASRが追従できない周波数帯でエンジン(原動機)が発生するトルク脈動を模擬するために必要であった。しかしながら、図14に示すパワートレイン試験装置X(図4に示す第4実施形態の一変形例に係るパワートレイン試験装置Xであり、以下、「第8実施形態に係るパワートレイン試験装置X」)であれば、伝達特性「T/TE」のフィードフォワード項を省略したシンプルな構成になる。
第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xは、速度演算部1から出力された原動機模擬ダイナモM1の目標回転速度ωEに原動機模擬ダイナモM1の実回転速度ωを一致させるような原動機模擬ダイナモM1への軸トルク指令TREFを制御して出力する速度制御部2と、速度制御部2からの出力である軸トルク指令TREFに実トルクTREALを一致させるような原動機模擬ダイナモM1の慣性モーメントJDに作用するトルク指令TDを制御して出力するトルク制御部4とを備え、トルク制御部4が出力したトルク指令TDに対応する原動機模擬ダイナモM1へのトルク指令TD(原動機模擬ダイナモM1に最終的に入力するトルク指令TD)のみがインバータIVに入力されるように構成したものであり、図4に示す第4実施形態に係るパワートレイン試験装置Xと比較して、伝達特性が記憶された伝達特性記憶部が不要である点で大きく異なる。
ここで、図14に示す第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xの構成を、原動機模擬ダイナモ(エンジン模擬ダイナモ)に着目したブロック線図を図15に示す。そして、図15において、原動機模擬ダイナモ(エンジン模擬ダイナモ)の出力軸を「TREF=T」と制御することができ、且つ機械系が剛体、つまり、パワートレインPTから原動機模擬ダイナモM1までの部分を1つの剛体(原動機模擬ダイナモの慣性モーメントJDとトルクコンバータ慣性モーメントJMがねじれない状態にある)と見做すことができる周波数帯では、図16に示すブロック線図に近似できる。すなわち、2慣性モデルにする必要がなく、図15における機械系の「K/s」及び「1/(JD・s)」を考慮しなくてもよい構成になる。なお、図15及び図16における「ωM」は、トランスミッション(パワートレイン)の入力軸の回転速度である。
そして、図16に示すブロック線図において、「TL=0」として伝達関数「ωM/TE」を求め、「TE=0」として伝達関数「ωM/TL」を求めると、同図中の式になる。当該式は、速度制御部ASRのゲイン(GASR)を上げて、一次遅れの時定数τを十分小さくすることによって、伝達特性「T/TE」のフィードフォワード項を省略した構成でありながら、慣性JEでモデル化したエンジン(原動機)の挙動を模擬することが可能であることを示している。
すなわち、図14に示す第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xによれば、速度制御部2(ASR)のゲイン(GASR)を高くして応答を早くすることで、図16中の式におけるτは0となる。ここで、「TL」は、負荷側(タイヤ側)からトランスミッション等のパワートレインの慣性(具体的には、クラッチのスプリングダンパよりエンジン側の慣性)に作用するトルクである。
このように、本発明者は、パワートレインPTから原動機模擬ダイナモM1までの部分を1つの剛体と見做すことができる構成であるという第1条件と、高いゲイン調整が可能な速度制御部2(ASR)を使用するという第2条件の両方を満たせば、第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xを実現できることを見出した。
そして、第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xによれば、「パワートレインの駆動系に設けられた変速機の変速制御を行う変速コントローラの制御内容に応じた伝達特性」を考慮する必要がなく、伝達特性が記憶された伝達特性記憶部が不要になり、速度制御部2(ASR)を用いて模擬可能なシンプルな構成を実現することができる。
ここで、エンジンが発生するトルク脈動は1次が主成分であり、この1次周波数は、例えば、6気筒の場合、レットゾーン手前の6000rpmで300Hzである。一方、エンジンのねじり固有周波数は、例えば、6気筒クラスで600Hz程度である。試験用途によっては、主成分である1次周波数成分のトルク脈動を供試体に印加できれば十分に目的を果たせることがある。この場合、主成分である1次周波数成分のトルク脈動がエンジンのねじり固有周波数より十分に低い周波数帯域となるため、剛体と見做すことができる。このような用途では伝達特性「T/TE」を定めることなく、設定パラメータを最小限にとどめたシンプルな構成が運用面において非常に使い易いという利点がある。
また、第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xのさらなる変形例として、図17に示すパワートレイン試験装置Xを挙げることができる。図17に示すパワートレイン試験装置Xは、第8実施形態に係るパワートレイン試験装置Xと比較して、速度演算部1における速度演算処理において、エンジン等の模擬対象である原動機のフリクションfEを考慮する点のみが異なるものである。
また、本発明の試験装置の供試体であるパワートレインは、トランスミッションに限られず、原動機からの動力を伝達する部品や機構であれば特に限定されず、また車両のパワートレインの他、飛行機や船舶のパワートレインであっても構わない。
原動機模擬ダイナモの模擬対象となる実原動機としては、エンジンの他に、モータ(電動機)を挙げることができる。また、本発明では、原動機模擬ダイナモの模擬対象となる原動機として、実原動機ではなく、仮想原動機(例えば、開発中のエンジンやモータ等)を採用することもできる。
さらに、負荷として、車輪やプロペラ(船舶であればスクリュープロペラ)等、適宜のものを採用することが可能である。
その他、各部の具体的構成についても上記実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。