<本発明に係る車両の駆動トルク制御装置の全体構成>
図1の全体構成図を参照して、本発明に係る駆動トルク制御装置CSについて説明する。以下の説明において、「ECU」等の如く、同一記号を付された構成部材、演算処理、信号、特性、及び、値は、同一機能のものである。
車両VHには、駆動力を発生する駆動源(パワーユニット)PWと、駆動源PWに接続された変速機(トランスミッション)TRと、が備えられる。例えば、駆動源PWは、内燃機関(所謂、エンジン)、電気モータである。駆動源PWの出力(駆動トルク)Dqは、変速機TRによって、各車輪WHに伝達される。
駆動トルク制御装置CSを搭載した車両VHでは、駆動源PWの出力である駆動トルクDqが、4つの車輪WHに伝達される。ここで、駆動源PWからの駆動トルクDqが伝達される車輪WHが、「駆動輪WD」と称呼される。車両VHでは、所謂、4輪駆動方式が採用されている。つまり、4輪WHの全てが、駆動輪WDである。駆動トルクDqは、前輪と後輪とに適宜配分されて伝達される。駆動源PW、及び、変速機TRは、前輪側に備えられるため、駆動トルクDqは、プロペラシャフトSCを介して、車両後方の駆動輪WDに伝達される。
前輪の駆動トルクDqは、前輪差動ギヤDZ、及び、前輪ドライブシャフトSZを介して、前方左右の駆動輪WDに、夫々伝達される。後輪の駆動トルクDqは、後輪差動ギヤDK、及び、後輪ドライブシャフトSKを介して、後方左右の駆動輪WDに、夫々伝達される。変速機TRには、センタ差動ギヤDCが備えられ、前輪駆動トルクと後輪駆動トルクとが、車両VHの走行状態に応じて、適宜調整される。なお、センタ差動ギヤDCは、コントローラECU(変速信号Hs)によって制御される。
駆動源PW(例えば、内燃機関)には、スロットル開度Thを検出するスロットルセンサTH、燃料噴射量Fiを検出する噴射量センサFI、及び、駆動回転数Neを検出る回転数センサNEが設けられる。変速機(トランスミッション)TRには、変速比(ギヤ位置)Gpを検出するためのギヤ位置センサGPが設けられている。スロットル開度Th、燃料噴射量Fi、駆動回転数Ne、及び、ギヤ位置Gpは、車両VHのパワートレイン(駆動源PW、変速機TRの総称)からの出力(駆動トルク)を演算するために採用される。なお、駆動源PWが、駆動用の電気モータである場合には、駆動源PWへの通電量(例えば、電流値)が検出される。各センサによって得られた信号は、後述する通信バスCMを介して、コントローラECUに入力される。
車両VHには、加速操作部材AP、加速操作量センサAA、制動操作部材BP、制動操作量センサBA、車輪速度センサVW、前後加速度センサGX、コントローラECU、及び、制動アクチュエータ(単に、「アクチュエータ」ともいう)BRが備えられる。さらに、車両VHの4つの車輪WH(駆動輪WD)には、ブレーキキャリパCP、ホイールシリンダWC、回転部材KT、及び、摩擦部材MSが備えられる。アクチュエータBRとホイールシリンダWCとは、制動配管HKを介して接続されている。
加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APは、運転者が車両VHを加速し、一定の速度で走行するために操作する部材である。加速操作部材APが操作されることによって、車輪WHに対する駆動トルク(車両を加速するトルク)Dqが調整され、車輪WHに駆動力が発生される。
加速操作部材APには、加速操作量センサAAが設けられる。加速操作量センサAAによって、運転者による加速操作部材(アクセルペダル)APの操作量Aaが検出される。加速操作量センサAAとして、加速操作部材APの操作変位を検出する操作変位センサ、及び、加速操作部材APの操作力を検出する操作力センサのうちの少なくとも1つが採用される。つまり、加速操作量センサAAによって、加速操作量Aaとして、加速操作部材APの操作変位、及び、加速操作部材APの操作力のうちの少なくとも1つが検出される。加速操作量Aaは、コントローラECU(特に、駆動コントローラECP)に入力される。
制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両VHを減速するために操作する部材である。制動操作部材BPが操作されることによって、車輪WHに対する制動トルクが調整され、車輪WHに制動力が発生される。
制動操作部材BPには、制動操作量センサBAが設けられる。制動操作量センサBAによって、運転者による制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作量Baが検出される。制動操作量センサBAとして、マスタシリンダMCの圧力を検出する液圧センサ、制動操作部材BPの操作変位を検出する操作変位センサ、及び、制動操作部材BPの操作力を検出する操作力センサのうちの少なくとも1つが採用される。つまり、制動操作量センサBAによって、制動操作量Baとして、マスタシリンダMCの圧力、制動操作部材BPの操作変位、及び、制動操作部材BPの操作力のうちの少なくとも1つが検出される。制動操作量Baは、コントローラECU(特に、制動コントローラECB)に入力される。
制動操作部材BPには、制動操作スイッチBSが設けられる。制動操作スイッチBSによって、運転者による制動操作部材BPの操作の有無が検出される。制動操作部材BPが操作されていない場合(即ち、非制動時)には、制動操作スイッチBSによって、操作信号Bsとしてオフ信号が出力される。一方、制動操作部材BPが操作されている場合(即ち、制動時)には、操作信号Bsとしてオン信号が出力される。制動操作信号Bsは、コントローラECU(特に、制動コントローラECB)に入力される。
ブレーキキャリパ(単に、キャリパともいう)CPには、ホイールシリンダWCが設けられる。キャリパCPのホイールシリンダWC内の液圧が調整(増加、又は、減少)されることによって、ホイールシリンダWC内のピストンが回転部材KTに対して移動(前進、又は、後退)される。このピストンの移動によって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSが、回転部材KTに押し付けられ、押圧力が発生する。回転部材KTと車輪WHとは、一体となって回転するように固定されている。このため、上記押圧力にて生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルク(制動力)が発生される。
車両VHの車輪WHの各々には、車輪速度センサVWが備えられる。4つの車輪速度センサVWによって、4つの車輪速度Vwが検出される。車輪速度Vwは、コントローラECU(特に、制動コントローラECB)に入力される。
車両VHの車体(ばね上部分)には、前後加速度センサGXが備えられる。前後加速度センサGXによって、車両VHの前後方向(前進方向)の車体加速度(「前後加速度」ともいう)Gxが検出される。例えば、車体加速度Gxは、車両VHが前進方向に加速状態にある場合に正(プラス)の値で、車両VHが前進方向に減速状態にある場合に負(マイナス)の値で表される。
コントローラ(「電子制御ユニット」ともいう)ECUは、マイクロプロセッサ等が実装された電気回路基板と、マイクロプロセッサにプログラムされた制御アルゴリズムにて構成されている。コントローラECUは、制動アクチュエータBR用のコントローラECB(「制動コントローラ」ともいう)、駆動源PW用のコントローラECP(「駆動コントローラ」ともいう)、及び、変速機TR用のコントローラECT(「変速コントローラ」ともいう)を含んで構成される。制動コントローラECB、駆動コントローラECP、及び、変速コントローラECTは、センサ信号、内部演算値等の情報が共有されるよう、通信バスCMにて接続されている。換言すれば、コントローラECUは、制動コントローラECB、駆動コントローラECP、及び、変速コントローラECTの総称である。
コントローラECU(特に、制動コントローラECB)では、車輪速度センサVWの検出信号(車輪速度)Vwに基づいて、車輪WHの過大な減速スリップを低減し、車輪WHのロック傾向を防止するよう、アンチスキッド制御が実行される。具体的には、車輪速度Vwに基づいて、各車輪WHの減速スリップ度合を表す減速スリップ量Slが演算される。そして、減速スリップ量Slに基づいて、ホイールシリンダWC内の液圧を調整するための制動信号Brが演算され、アクチュエータBRに送信される。
コントローラECU(特に、駆動コントローラECP)では、加速操作量Aaに基づいて、駆動輪WDの駆動トルクDqが制御される。コントローラECPにて演算された駆動信号Pwに基づいて、駆動源PWが制御されて、駆動トルクDqが調整される。例えば、駆動源PWが内燃機関である場合には、駆動信号Pwに基づいて、燃料噴射量Fi、及び、スロットル開度Thが制御される。また、駆動源PWが電気モータである場合には、駆動信号Pwに基づいて、電気モータへの通電量(供給電流)が制御される。
更に、コントローラECUでは、上記減速スリップ量Slに基づいて、駆動輪WDの過大な減速スリップを低減するよう、駆動源PWによる抵抗力を低減する制御が実行される。例えば、車両VHの走行中に、アクセルペダルが戻され、エンジンの出力が低下されると、駆動輪WDには制動が作用する(所謂、エンジンブレーキ)。車両VHの定速走行状態では、エンジン出力(駆動トルクDq)と、車両VHの走行抵抗とが均衡している。この状態から、エンジン出力が低下されると、エンジンの機械摩擦損失、ポンピングロス(吸排気の流体抵抗)、補機駆動損失等が、エンジンの抗力(引き摺りトルク)として作用し、駆動輪WDには制動トルクBqが作用する。特に、摩擦係数が低い路面では、該制動トルクBqによって、駆動輪WDに過大な減速スリップが生じることがある。コントローラECUでは、このような駆動輪WDの減速スリップを抑制するよう、駆動源PWの出力(つまり、駆動トルクDq)が増加される。該制御が、「駆動トルク増加制御」と称呼される。例えば、駆動トルク増加制御では、制動コントローラECBにて減速スリップ量Slに基づいて演算された指示トルクDsが駆動コントローラECPに送信され、駆動コントローラECPにて指示トルクDsを達成するよう駆動源PWの駆動信号Pwが形成され、駆動源PWが駆動信号Pwに基づいて制御される。
コントローラECU(特に、変速コントローラECT)によって、車両VHの走行状態に基づいて、センタ差動ギヤDCが制御され、駆動力配分制御が実行される(つまり、駆動トルクDqが、前後の駆動輪WDに適宜、配分される)。アンチスキッド制御が実行されていない場合には、センタ差動ギヤDCのクラッチが締結状態にされ、車両VHの4つの車輪WHが駆動輪WDとなっている。一方、アンチスキッド制御が実行される場合には、該クラッチが解放状態にされ、所謂、2輪駆動の状態にされる。
車両VHの車体には、制動アクチュエータBRが備えられる。アクチュエータBRは、制動操作部材(ブレーキペダル)BPの操作力に応じた制動液圧を発生するマスタシリンダMC、及び、ホイールシリンダWCに供給する制動液圧を独立して調整可能な液圧ユニットHUにて構成される。マスタシリンダMCは、制動操作部材BPと、ブレーキロッドを介して、機械的に接続されている。マスタシリンダMCによって、制動操作部材BPの操作力(ブレーキペダル踏力)が、制動液の圧力に変換される。マスタシリンダMCとホイールシリンダWCとの間には、液圧ユニットHUが設けられている。液圧ユニットHUは、コントローラECBからの制動信号Brによって制御される。例えば、アンチスキッド制御が実行される場合には、液圧ユニットHUによって、ホイールシリンダWCの制動液圧が、各輪独立で調整される。液圧ユニットHUは、複数の電磁弁(例えば、2位置弁)、低圧リザーバ、液圧ポンプ、及び、電気モータにて構成される。
<駆動トルク増加制御の第1の演算処理>
図2の機能ブロック図を参照して、駆動トルク増加制御の第1の演算処理について説明する。駆動トルク増加制御では、駆動源PWによる走行抵抗(例えば、エンジンブレーキ)によって駆動輪WDに制動トルクBqが付与され、駆動輪WDがロック傾向となることを抑制するため、駆動源PWの駆動トルクDqが増加される。駆動トルク増加制御は、車体速度演算ブロックVX、スリップ量演算ブロックSL、車体加速度演算ブロックGS、指示トルク演算ブロックDS、遷移制限処理ブロックLS、及び、駆動トルク制御ブロックDQにて構成される。
車体速度演算ブロックVXにて、車両VHの走行速度(車体速度)Vxが演算される。車輪速度Vwは、各車輪WHの車輪速度センサVWによって検出され、該車輪速度Vwに基づいて、車体速度Vxが演算される。例えば、車両VHの非制動時(加速時を含む)には、車輪速度Vwのうちで、最遅のものに基づいて、車体速度Vxが決定される。また、車両VHの制動時には、車輪速度Vwのうちで、最速のものに基づいて、車体速度Vxが決定される。
スリップ量演算ブロックSLにて、車体速度Vx、及び、車輪速度Vwに基づいて、減速スリップ量Slが演算される。減速スリップ量Slは、車輪WHの減速スリップの度合いを表し、駆動トルク増加制御における制御変数(状態量)である。ここで、「減速スリップ」は、車輪WHの回転方向における滑りであり、該減速スリップが発生している場合には「Vw<Vx」の状態である。例えば、車体速度Vxと車輪速度Vwとの差(物理量は速度であり、「減速スリップ速度」という)が、減速スリップ量Sl(=Vx−Vw)として演算される。また、車輪速度Vwに対する車体速度Vxと車輪速度Vwとの差(無次元数であり、「減速スリップ率」という)が、減速スリップ量Sl(=(Vx−Vw)/Vx)として決定され得る。つまり、減速スリップ量Slは、スリップ速度、及び、スリップ率のうちの少なくとも1つに基づいて演算される。減速スリップ量Slが大きいほど、車体速度Vxと車輪速度Vwとの差は大きく、スリップ量Slが小さいほど、その差は小さい。なお、減速スリップとは逆の車輪滑りは「加速スリップ」であり、該加速スリップが発生している場合には「Vw>Vx」の状態である。
車体加速度演算ブロックGSにて、車体速度Vxに基づいて、車体加速度Gsが演算される。具体的には、車体速度Vxが時間微分されて、車体加速度Gsが演算される。また、車体加速度Gsは、前後加速度センサGXの検出結果(前後加速度Gx)に基づいて決定され得る。前後加速度Gxが採用される場合には、前後加速度Gxがそのまま、車体加速度Gsとして決定される。車体加速度演算ブロックGSでは、車体速度Vx、及び、前後加速度Gxのうちの少なくとも1つに基づいて、車体加速度Gsが演算される。車体加速度Gsは、車両VHが減速状態である場合には負符号で、車両VHが加速状態である場合には正符号で表現される。
指示トルク演算ブロックDSにて、減速スリップ量Sl、及び、演算マップZdsに基づいて、指示トルクDsが演算される。指示トルクDsは、駆動源PWに駆動トルクDqの増加を指示するための目標値である。演算マップZdsに従って、スリップ量Slの増加に応じて、指示トルクDsは単調増加するように演算される。また、指示トルクDsは、スリップ量Slが所定スリップsx未満では、「0」よりも小さい値として(つまり、制動トルクを要求するように)決定され、スリップ量Slが所定スリップsxよりも大きい場合には、「0」よりも大きい値として(つまり、駆動トルクを要求するように)決定される。ここで、所定スリップsxは、予め設定された定数である。
遷移制限処理ブロックLSにて、指示トルクDs、及び、車体加速度Gsに基づいて、制限された指示トルク(「制限指示トルク」という)Dssが演算される。制限指示トルクDssは、指示トルク演算ブロックDSからの指示トルクDsに対して制限が加えられたものである。遷移制限処理ブロックLSでは、車体加速度Gsに基づいて、車両VHが減速状態であるか、加速状態であるかが判定される。そして、車両VHが、減速状態から加速状態に遷移した時点(該当する演算周期)にて、指示トルクDsは保持される。具体的には、先ず、負符号である車体加速度Gsが、「0」に変化した時点(「遷移時点」という)における指示トルクDsの値ds(「遷移トルク」という)が記憶される。そして、遷移時点の後は、指示トルクDsが遷移トルクdsよりも大きくなった場合には、指示トルクDsは遷移トルクdsに制限され、最終の指示トルクDssが演算される。以上、車体速度演算ブロックVXから遷移制限処理ブロックLSまでの演算処理は、制動コントローラECBにプログラムされている。
駆動コントローラECP内の駆動トルク制御ブロックDQでは、通常時(駆動トルク増加制御の非実行時)には、加速操作量Aaに基づいて、駆動トルクDqが決定される。そして、駆動トルクDqが達成されるよう、駆動信号Pwが演算され、駆動信号Pwに基づいて、駆動源PWが制御される。具体的には、駆動信号Pwに基づいて、スロットル開度Th、及び、燃料噴射量Fiが制御される。
一方、駆動トルク増加制御が実行されると、制限された最終的な指示トルク(制限指示トルク)Dssが、通信バスCMを介して、駆動コントローラECPにて受信される。この場合、駆動トルク制御ブロックDQにて、制限指示トルクDssに基づいて、駆動トルクDqが増加されるよう、駆動信号Pwが演算される。そして、駆動信号Pwに基づいて、駆動源PWが制御(増加調整)される。制限された指示トルクDssによって、駆動トルクDqが増加されるため、駆動源PWによる走行抵抗が低減され、駆動輪WDの減速スリップが減少される。結果、駆動輪WDのグリップが回復される。
<遷移制限処理ブロックLS>
図3の時系列線図を参照して、遷移制限処理ブロックLSについて説明する。摩擦係数が低い路面を一定速度で走行している場合に、加速操作部材(例えば、アクセルペダル)APが、「Aa=0」にまで、急に戻された状況を想定している。なお、指示トルク演算ブロックDSにて、スリップ量Slに基づいて演算され指示トルクDsは、遷移制限処理ブロックLSにて制限されるが、制限後の指示トルクDsは、「制限指示トルクDss」と表記される。制限指示トルクDssは、駆動トルク制御ブロックDQに対する最終的な要求信号である。
時点t0にて、加速操作部材APが戻され、駆動源PWによる走行抵抗(例えば、エンジンブレーキ)による制動トルクBqが急に増加される。これにより、時点t0から、駆動輪WDの減速スリップ量Slが徐々に増加する。つまり、車体速度Vxと車輪速度Vwとの差が徐々に拡大し始める。
時点t1にて、駆動トルク増加制御において、制御変数であるスリップ量Slが、その開始しきい値を超過するため、制御実行が開始され、演算マップZdsに従って、指示トルクDsが値d1にまで増加される。指示トルクDsに基づいて、駆動源PWの駆動トルクDqが増加されるため、駆動輪WDの減速運動は緩和され、減速スリップ量Slは、一旦は増加するものの、徐々に減少される。このとき、車両VHには、駆動源PWによる制動トルクBqが作用するため、車両VHは減速状態であり、車体加速度Gsは負(マイナス)の値である。
時点t2にて、スリップ量Slは減少を開始し、車輪速度Vwは、車体速度Vxに近づき始める。指示トルクDsは、演算マップZdsに基づいて、スリップ量Slが大きいほど大きく演算され、スリップ量Slが小さいほど小さく演算されるため、時点t2から、指示トルクDsは、徐々に減少される。これに伴って、駆動トルクDqが減少され、車体加速度Gsは徐々に増加する。つまり、車両VHの減速の程度が徐々に弱まっていく。
時点t3にて、車体加速度Gsが負符号から、「0」、又は、正符号に変化する。即ち、時点t3にて、車両VHは、減速状態から加速状態に遷移する。この時点t3(遷移時点)の指示トルクDsが、遷移トルクdsとして記憶される。時点t1から時点t3までは、指示トルクDsは実質的には制限されず、制限指示トルクDssとして、指示トルク演算ブロックDSからの指示トルクDsがそのまま決定される(つまり、「Dss=Ds」)。しかし、時点t3以降は、指示トルクDsは、遷移トルクdsによって制限される。遷移トルクdsは、「Gs=0」に対応する駆動トルクDqであるため、遷移トルクdsは、変速機TR等の摩擦抵抗に相当する値であり、「0」以上の値(制動トルクではなく、駆動トルク)である。
例えば、時点t3以降は、制限指示トルクDssは、遷移トルクdsに保持される。「Dss=ds」の状態が維持されることによって、駆動源PW、変速機TRに起因する走行抵抗が好適に補償され、駆動輪WDのスリップ状態が適切に抑制され得る。更に、駆動源PWが発生する駆動トルクDqには、時間遅れが含まれるため、指示トルクDssが一定に維持されることにより、該時間遅れに起因して駆動トルクDqが振動的になることが回避され得る。ここで、「Dss=ds」とされたが、遷移トルクdsに所定値αが加味された値「ds±α」が採用され得る。
また、遷移トルクdsが上限値とされ、指示トルクDsが遷移トルクdsを超えないように制限され得る。つまり、指示トルクDsが、遷移トルクds以下の場合には、指示トルクDsは制限されず、そのまま、最終的な指示トルクDssとして決定される。しかし、指示トルクDsが遷移トルクdsよりも大きい場合には、指示トルクDsが遷移トルクdsに制限されて、「Dss=ds」で演算される。この場合でも、駆動源PW、変速機TRに起因する走行抵抗が好適に補償され、駆動輪WDのグリップ状態が適切に回復され得る。上記同様、指示トルクDsの上限値として、遷移トルクdsに所定値αが考慮された値「ds±α」が採用され得る。
以上で説明したように、第1の処理例では、指示トルクDsが車体加速度Gsの変化に基づいて制限される。駆動輪WDの車輪速度Vwが低下している場合、これを迅速に回復させるためには、より大きな駆動トルクDqを発生させることが望ましい。しかし、駆動トルクDqが過大であると、車両VHが不必要に加速される。このため、車体加速度Gsの変化に基づいて、車両VHの加速状態が参酌されて、指示トルクDsの制限が行われる。このため、上記トレードオフが満足され、駆動輪WDの減速スリップが好適に抑制され得る。
<駆動トルク増加制御の第2の演算処理>
図4の機能ブロック図を参照して、駆動トルク増加制御の第2の演算処理について説明する。第1の処理例では、車体加速度Gsの遷移状態に基づいて指示トルクDsの制限が行われたが、第2の処理例では、駆動トルク増加制御の開始からの継続時間Tuに基づいて、指示トルクDsの制限が実行される。指示トルクDsの演算は、第1の処理例と同じであるため、説明は省略される。
時間制限処理ブロックLTにて、駆動トルク増加制御の開始からの継続時間Tuに基づいて、指示トルクDsが制限されて、指示トルクDssが演算される。具体的には、減速スリップ量Slが、制御開始のしきい値を超過し、指示トルクDsが「0」よりも大きい値に決定された時点(即ち、駆動トルク増加要求が開始された時点)を起点にして、タイマのカウントが開始される(つまり、「Tu=0」がセットされる)。継続時間Tuが、所定時間txに到達するまでは、指示トルク演算ブロックDSにて演算された指示トルクDsが、そのまま、制限指示トルクDssとして、時間制限処理ブロックLTから出力される。ここで、所定時間txは、予め設定された所定値である。
継続時間Tuが所定時間txに達した時点u1にて、指示トルクDsが所定トルクdtに向けて減少されて、制限指示トルクDssが決定される。ここで、所定トルクdtは、予め設定された「0」を含む所定値である。また、所定トルクdtは、上記の遷移トルクdsに基づいて設定され得る。この場合、時間制限処理ブロックLTには、車体加速度Gsが入力され、車体加速度Gsの変化に基づいて遷移トルクdsが記憶されている。また、指示トルクDsの減少には、その変化勾配(減少速度)に制限が設けられる。時点u2にて、「Dss=dt」が演算される。
車輪加速度演算ブロックDVにて、車輪速度Vwに基づいて、車輪加速度dVが演算される。具体的には、車輪速度Vwが時間微分されて、車輪加速度dVが演算される。車輪加速度dVは、車輪WHが減速状態である場合(回転停止に向かう場合)には負符号で、車輪WHが加速状態である場合には正符号で表される。
車輪加速度制限処理ブロックLUにて、指示トルクDss、及び、車輪加速度dVに基づいて、制限指示トルクDssが演算される。車輪加速度制限処理ブロックLUには、選択処理ブロックSNが含まれる。選択処理ブロックSNには、車輪加速度dV、時間制限処理ブロックLTからの制限指示トルクDss、及び、所定トルクdoが入力される。ここで、所定トルクdoは、所定トルクdtよりも大きい、予め設定された所定値である。なお、所定トルクdtと同様に、所定トルクdoも上記遷移トルクdsに基づいて設定され得る。
選択処理ブロックSNにて、車輪加速度dVに基づいて、「車輪加速度dVが所定加速度dx未満であるか、否か」が判定される。ここで、所定加速度dxは、「0」を含む予め設定された所定値である。「dV<dx」であり、上記判定が肯定される場合(例えば、駆動輪WDが減速中の場合)には、制限指示トルクDssとして、所定トルクdo(>Dss)が採用される。一方、「dV≧dx」であり、判定が否定される場合(例えば、駆動輪WDが加速中の場合)には、時間制限処理ブロックLTからの制限指示トルクDssが、最終的な制限指示トルクDssとして、車輪加速度制限処理ブロックLUから出力される。
例えば、所定時間txが、比較的短時間に設定されている場合、駆動トルクDqの付与が不足する場合が生じ得る。車輪加速度制限処理ブロックLUでは、「do>dt」として設定され、駆動輪WDの加減速状態(つまり、車輪加速度dV)に基づいて、選択処理が実行される。車輪加速度制限処理ブロックLUでは、車輪速度Vwが回復しつつある場合(例えば、車輪加速度dVが加速状態を示す場合)には、2つの入力のうちで小さい方(つまり、時間制限処理ブロックLTからの指示トルクDss)が選択され、最終的な制限指示トルクDss(=dt)として決定される。また、車輪速度Vwが未だ減少している場合(例えば、車輪加速度dVが減速状態を示す場合)には、2つの入力のうちで大きい方(つまり、所定トルクdo)が選択され、「Dss=do」として決定される。車輪加速度dVに基づいて、駆動輪WDの加減速状態に応じて、最終的な制限指示トルクDssが選択的に決定されるため、駆動トルクDqの付与が過不足なく行われ得る。
<駆動トルク増加制御の第3の演算処理>
図5の機能ブロック図を参照して、駆動トルク増加制御の第3の演算処理について説明する。第3の処理例では、車輪加速度dVに基づいて、指示トルク演算ブロックDSにて演算された指示トルクDsと、所定トルクduとが比較されて、指示トルクDsが制限される。指示トルクDs、及び、車輪加速度dVの演算は、上記と同様であるため、説明は省略される。
車輪加速度制限処理ブロックLVにて、指示トルクDs、及び、車輪加速度dVに基づいて、制限指示トルクDssが演算される。車輪加速度制限処理ブロックLVには、選択処理ブロックSMが含まれる。選択処理ブロックSMには、車輪加速度dV、指示トルク演算ブロックDSからの指示トルクDs、及び、所定トルクduが入力される。ここで、所定トルクduは、予め設定された所定値であり、指示トルクDsよりも小さい値である。なお、上記同様に、所定トルクduも上記遷移トルクdsに基づいて設定され得る。
選択処理ブロックSMにて、車輪加速度dVに基づいて、「車輪加速度dVが所定加速度dx未満であるか、否か」が判定される。ここで、所定加速度dxは、「0」を含む予め設定された所定値である。「dV<dx」であり、上記判定が肯定される場合(例えば、駆動輪WDが減速中の場合)には、制限指示トルクDssとして、指示トルク演算ブロックDSにて決定された指示トルクDs(>du)が採用される。一方、「dV≧dx」であり、判定が否定される場合(例えば、駆動輪WDが加速中の場合)には、制限指示トルクDssとして、所定トルクduが採用される。
車輪加速度制限処理ブロックLVでは、駆動輪WDの加減速状態(つまり、車輪加速度dV)に基づいて、指示トルクDssが選択的に決定される。車輪加速度制限処理ブロックLVでは、車輪速度Vwが回復しつつある場合(例えば、車輪加速度dVが加速状態を表す場合)には、2つの入力のうちで小さい方(つまり、所定トルクdu)が選択され、制限指示トルクDssとして最終決定される。また、車輪速度Vwが未だ減少している場合(例えば、車輪加速度dVが減速状態を表す場合)には、2つの入力のうちで大きい方(つまり、指示トルクDs)が選択され、「Dss=Ds」として決定される。車輪加速度dVに基づいて、駆動輪WDの加減速状態に応じて指示トルクDssが選択的に決定され、指示トルクDsに制限が加えられる。
<作用・効果>
図6の概略図を参照して、作用・効果について説明する。本発明に係る駆動トルク制御装置CSには、駆動源PW、車輪速度センサVW、及び、コントローラECUが備えられる。駆動源PWによって、車両VHを加速する駆動トルクDqが駆動車輪WDに付与される。車輪速度センサVWによって、車両VHの車輪WHの速度(車輪速度)Vwが検出される。そして、コントローラECUによって、車輪速度Vwに基づいて、駆動輪WDの減速スリップ量Slを抑制するよう、駆動トルクDqの増加を要求する指示トルクDsが演算される。さらに、指示トルクDsが制限されて制限指示トルクDssが決定され、これに基づいて駆動源PWが制御される。
先ず、駆動源PWの出力と、駆動車輪WDのトルクとの関係について説明する。駆動源PWは、トランスミッションTRを介して、駆動輪WDに動力(駆動トルクDq)を伝達する。トランスミッションTRには、クラッチCL、減速機GN、及び、差動ギヤDZ、DC、DKが含まれる。指示トルクDssは、駆動源PWの出力の目標値として演算される。従って、指示トルクDssは、矢印(A)で示す、駆動源PWと変速機TRとの間のトルク(駆動源PWの出力トルクであり、変速機TRの入力トルク)の目標値である。駆動源PWによる抵抗力(例えば、エンジンブレーキトルク)は、駆動源PWの機械摩擦損失、補機駆動損失、吸排気の流体抵抗(駆動源PWが内燃機関の場合)等に起因して発生する。更に、駆動源PWのみならず、トランスミッションTR、ドライブシャフトSZ、SC、SK等の動力伝達機構による抵抗(摩擦損失等)よっても、車輪に制動トルクBqが発生される。
駆動輪WDにおいて、車輪スリップ(車輪の回転方向における減速、及び、加速スリップ)が「0」となる場合は、車軸JWにおいて、駆動トルクDqと制動トルクBqとが釣り合い、車軸JWまわりのトルクが「0」となる場合である。このため、動力伝達機構での動力損失が考慮されて、矢印(B)で示す部位(駆動輪WDへの入力トルク)のトルクが「0」となるよう、駆動源PWによる駆動トルクDqが調整される必要がある。
以上の事項を踏まえて、本発明に係る駆動トルク制御装置CS(特に、第1の処理例)では、車両VHの加速度Gsが演算され、車体加速度Gsが減速状態から加速状態に遷移する時点(遷移時点)の指示トルクDsを遷移トルクdsとして記憶される。そして、指示トルクDsが遷移トルクdsに基づいて制限されて、指示トルクDssが決定される。車体加速度Gsの遷移時点では、「Gs=0」であり、駆動輪WDには、駆動トルクDqも制動トルクBqも作用していない。つまり、遷移トルクdsは、変速機TR等の動力伝達機能の損失が補償され得る駆動トルクに相当する。このため、遷移時点の指示トルクDsが、遷移トルクdsとして記憶され、指示トルクDsの制限処理が遷移トルクdsに基づいて行われる。
例えば、遷移時点以降は、指示トルクDssが遷移トルクds(又は、遷移トルクdsに所定値αが考慮された値「ds±α」)に一致するように制限される。また、遷移トルクdsによって、指示トルクDsの上限値が決定される。つまり、指示トルクDsが遷移トルクds(又は、値「ds±α」)を超過しないように制限されて、制限指示トルクDssが決定される。制限指示トルクDssが、遷移トルクdsによって制限されているため、動力伝達機構の動力損失が好適に補償され、適切な駆動トルク増加制御が実行され得る。
本発明に係る駆動トルク制御装置CS(特に、第2の処理例)では、駆動トルク増加制御の開始時点(指示トルクDsが「0」より大きく演算された時点)からの継続時間Tuが演算される。継続時間Tuが所定時間txに達した時点にて、指示トルクDsが所定トルクdtに向けて減少されて、制限指示トルクDssが決定される。所定時間txは、予め設定された所定値である。所定トルクdtは、予め設定された「0」を含む所定値である。また、所定トルクdtは、上記の遷移トルクdsに基づいて設定され得る。駆動輪WDの慣性モーメント等の諸元は既知であるため、付与した駆動トルクDqによって、駆動輪WDの回転運動の回復は予測可能である。このため、継続時間Tuに基づいて、指示トルクDsが制限され得る。結果、不必要な駆動トルクDqの増加が抑制され得る。
本発明に係る駆動トルク制御装置CS(特に、第2、第3の処理例)では、駆動輪WDの回転運動の変化状態(つまり、加減速状態)が参照されて、指示トルクDsの制限が行われる。具体的には、車輪速度Vwが時間微分されて、車輪加速度dVが演算され、「車輪加速度dVが所定加速度dx未満であるか、否か」が判定される。そして、判定結果に基づいて、減速スリップ量Slに応じた指示トルクDs(指示トルク演算ブロックDSの出力)、及び、所定値のうちの何れか一方が、選択されて、最終的な制限指示トルクDssが決定される。ここで、所定加速度dxは、「0」を含む予め設定された所定値である。
例えば、車輪加速度dVが所定加速度dx未満である場合には、駆動輪WDは減速しているため、指示トルクDs(又は、Dss)、及び、所定値(所定トルクdo、du)のうちで大きい方(図4の所定トルクdo、図5の指示トルクDs)が、最終的な制限指示トルクDssとして選択される。該選択によって、より大きな駆動トルクDqが指示されるため、駆動輪WDの減速スリップが迅速に減少され得る。一方、車輪加速度dVが所定加速度dx以上である場合には、駆動輪WDの減速の程度は弱まるか、又は、駆動輪WDは加速し始めているため、指示トルクDs(又は、Dss)、及び、所定値(所定トルクdo、du)のうちで小さい方(図4の時間制限処理ブロックLTからの指示トルクDss、図5の所定トルクdu)が、最終的な制限指示トルクDssとして選択される。この状況では、駆動トルクDqの増加は不要になりつつあるため、駆動トルクDqの指示が低減され、不必要な駆動トルクDqの増加が回避され得る。
以上で説明したように、本発明に係る駆動トルク制御装置CSでは、減速スリップ量Slに基づいて演算された指示トルクDsに、各種の制限処理が加えられ、駆動トルク増加制御が実行される。このため、駆動源PWの出力トルクの増加において、車両VHは運転者の意図以上に加速されることが回避され、運転者に対する違和が抑制され得る。
<他の実施形態>
以下、他の実施形態について説明する。他の実施形態においても、上記同様の効果(不必要な駆動トルクDqの増加の抑制)を奏する。
上記実施形態では、駆動トルク制御装置CSが搭載される車両VHとして、4輪駆動方式のものが例示された。これに代えて、2輪駆動方式の車両が採用され得る。例えば、前輪駆動の車両では、前輪が駆動輪WDであり、後輪が非駆動輪である。後輪駆動の車両では、前輪が非駆動輪であり、後輪が駆動輪WDである。
上記実施形態では、ディスク型制動装置(ディスクブレーキ)の構成が例示された。この場合、摩擦部材MSはブレーキパッドであり、回転部材KTはブレーキディスクである。ディスク型制動装置に代えて、ドラム型制動装置(ドラムブレーキ)が採用され得る。ドラムブレーキの場合、キャリパCPに代えて、ブレーキドラムが採用される。また、摩擦部材MSはブレーキシューであり、回転部材KTはブレーキドラムである。
上記実施形態では、車輪WHに制動トルクを付与する装置として、制動液を介した液圧式のものが例示された。これに代えて、電気モータによって駆動される、電動式のものが採用され得る。電動式装置では、電気モータの回転動力が、直線動力に変換され、これによって、摩擦部材MSが回転部材KTに押し付けられる。従って、制動液の圧力に依らず、電気モータによって、直接、制動トルクが発生される。さらに、前輪用として、制動液を介した液圧式のものが採用され、後輪用として、電動式のものが採用された、複合型の構成が形成され得る。
上記実施形態では、制動コントローラECBにて指示トルクDssが演算され、指示トルクDssが駆動コントローラECPに送信され、駆動コントローラECPにて駆動トルクDqが制御された。各種コントローラ(ECB等)は、通信バスCMによって、信号授受が相互に可能である。このため、各種演算等は、何れのコントローラにおいても処理され得る。
上記第2の処理例では、時間制限処理ブロックLT、及び、車輪加速度制限処理ブロックLUによって、指示トルクDsが制限された。ここで、車輪加速度制限処理ブロックLUは、省略され得る。この場合、制限指示トルクDssは、時間制限処理ブロックLTから、駆動トルク制御ブロックDQに送信される。継続時間Tuに基づいて、指示トルクDsは制限されるため、不必要な駆動トルクDqの増加は、適切に抑制され得る。