以下、本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質(以下、単に正極活物質と言うことがある。)と、その製造方法について詳細に説明する。なお、以下の説明は、本発明の内容の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。本発明は、本明細書に開示される技術的思想の範囲内において当業者による様々な変更が可能である。
[正極活物質]
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム(Li)と、遷移金属等の金属元素と、によって組成される酸化物であって、空間群R−3mに帰属される層状岩塩型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム複合化合物である。この正極活物質は、電圧の印加によってリチウムイオンを可逆的に吸蔵及び放出することを可能としており、リチウムイオン二次電池の正極材料として好適に用いられる。
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム(Li)以外の金属元素として、少なくともニッケル(Ni)を含む組成を有している。ニッケルを含むため、高いエネルギ密度や、高い充放電容量を呈し得る正極活物質である。このようにニッケルを含む正極活物質であるが故に、原料のニッケル源のコストを低減することは重要である。原料のニッケル源としては、後記するとおり、無電解ニッケルめっき液の廃液から回収されたニッケル中和沈殿物が利用される。
本実施形態に係る正極活物質は、具体的には、下記式(1)で表される組成を有することが好ましい。
Li1+aNibMncCodMeO2+α ・・・(1)
[但し、式(1)中、Mは、Mg、Al、Ti、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素であり、a、b、c、d、e及びαは、−0.1≦a≦0.2、0.7<b≦1.0、0≦c<0.3、0≦d<0.3、0≦e≦0.25、b+c+d+e=1、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。]
式(1)で表されるリチウム複合化合物は、リチウム(Li)以外の金属元素(Ni、Mn、Co及びM)当たりにおけるニッケル(Ni)の割合が70原子%を超える組成を有している。より多くリチウムを引きぬけるニッケルを高い割合で含む組成とすることにより、エネルギ密度や充放電容量をより向上させることができる。
ここで、式(1)におけるa、b、c、d、e及びαの数値範囲の意義について説明する。
式(1)におけるaは、−0.1以上、且つ、0.2以下とする。aは、一般式;LiM´O2で表されるリチウム複合化合物の量論比、すなわちLi:M´:O=1:1:2からのリチウムの過不足量を表している。ここで、M´は、式(1)におけるリチウム(Li)以外の金属元素(Ni、Mn、Co及びM)を表す。リチウム(Li)が不足していると、充電前の遷移金属の価数が高くなって、リチウムが脱離した時の遷移金属の価数変化の割合が低減され、正極活物質の充放電サイクル特性が向上する。一方、リチウム(Li)が過剰であると、正極活物質の充放電容量は低下する。よって、aを前記の数値範囲に規定することで、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
aは、−0.05以上、且つ、0.10以下としてもよい。aが−0.05以上であれば、充放電に寄与するのに十分なリチウム量が確保されるため、正極活物質の高容量化を図ることができる。また、aが0.10以下であれば、遷移金属の価数変化による電荷補償が十分になされるので、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
前記式(1)におけるbは、0.7を超え、且つ、1.0以下とする。リチウム以外の金属元素(Ni、Mn、Co及びM)当たりにおいてニッケル(Ni)の割合が高いほど、より多くリチウムを引きぬけるニッケルによって効果的に電荷補償がなされるので、高容量化に有利である。よって、bを前記の数値範囲に規定することで、正極活物質の高容量化を効果的に図ることができる。
bは、0.75以上、かつ0.90以下としてもよい。bが0.75以上であれば、正極活物質がより高容量化する。また、bが0.90以下であれば、正極活物質の結晶構造が比較的安定に保たれるので、正極活物質の充放電サイクル特性や、熱的安定性等が損なわれ難くなる。
前記式(1)におけるcは、0以上、且つ、0.3未満とする。マンガン(Mn)が添加されていると、充電によってリチウムが脱離しても層状構造が安定に維持されるようになる。一方、マンガン(Mn)が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、cを前記の数値範囲に規定することで、充放電によってリチウムの挿入と脱離とが繰り返されたとしても、正極活物質の結晶構造を安定に保持することが可能になる。よって、高い充放電容量と共に、良好な充放電サイクル特性や、熱的安定性等を得ることができる。
cは、0.10以上、且つ、0.25以下としてもよい。cが0.10以上であれば、正極活物質の結晶構造がより安定化する。また、bが0.25以下であれば、ニッケル等の他の遷移金属の割合が高くなるので、正極活物質の充放電容量が損なわれ難くなる。
前記式(1)におけるdは、0以上、且つ、0.3未満とする。コバルト(Co)が添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する。一方、コバルト(Co)が過剰であると、原料の調達性が悪くなり、原料費も高価となるので、正極活物質の工業的な生産において不利になる虞がある。よって、dを前記の数値範囲に規定することで、良好な生産性をもって、高い充放電容量と、良好な充放電サイクル特性とを両立させることができる。
dは、0.10以上、且つ、0.25以下としてもよい。dが0.10以上であれば、充放電容量や充放電サイクル特性がより向上する。また、dが0.25以下であれば、原料の調達性がより改善し、原料費もより低廉となるので、正極活物質の生産性が一層向上する。
前記式(1)におけるeは、0以上、且つ、0.25以下とする。マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、モリブデン(Mo)及びニオブ(Nb)からなる群より選択される少なくとも1種の元素(M)が添加されていると、正極活物質の電気化学的活性を維持しながらも、充放電サイクル特性をはじめとする電極性能を向上させることができる。一方、Mが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、eを前記の数値範囲に規定することで、高い充放電容量と、良好な電気化学的特性とを両立させることができる。
前記式(1)におけるMは、チタン(Ti)と、M1で表される元素との組み合わせからなることが好ましい。ここで、M1は、Mg、Al、Zr、Mo及びNbからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。チタン(Ti)は、正極活物質中において、主に、Ti3+又はTi4+の状態で存在している。チタン(Ti)は、充電時にTi3+からTi4+に酸化され、放電時にTi4+からTi3+に還元されることにより、電気化学的に寄与するためである。
前記式(1)におけるTiは、量論比のリチウム(Li)に対する比率、すなわち前記式(1)における係数を、0を超え、且つ、0.25以下とすることが好ましく、0.005以上、且つ、0.15以下とすることがより好ましい。チタン(Ti)が添加されていると、充放電容量が大きく損なわれること無く、充放電サイクル特性が向上する。一方、チタン(Ti)が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低下する。よって、Tiの比率(係数)を前記の数値範囲に規定することで、リチウム複合化合物の合成条件を大きく変更すること無く、適正な電極特性を得ることができる。また、チタンは、比較的安価で入手が容易であるため、工業材料として適している。他方、M1についての係数は、0.10以上、且つ、0.245以下としてもよい。
前記式(1)におけるTiは、正極活物質が未だ充電及び放電されていない初期状態において、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy;X線光電子分光)に基くTi3+とTi4+の原子比(Ti3+/Ti4+)が、1.5以上、且つ、20以下であることが好ましい。原子比がこの範囲であると、正極活物質の初期状態におけるニッケルがNi3+からNi2+に還元されることに起因する充放電容量の低下を効果的に抑制することができる。また、充放電サイクルに伴って正極活物質中にNi2+が生成したとき、Ti3+がTi4+に酸化されることで、正極活物質の結晶構造が保たれ易くなる。さらに、正極活物質の表面のニッケルイオンの露出を抑制することができるので、充放電に伴う電解液の分解反応を抑制することができる。
前記式(1)におけるαは、−0.2以上、且つ、0.2以下とする。αは、化学式LiM´O2で表される正極活物質の量論比からの酸素(O)の過不足量を表している。酸素(O)の係数が前記の数値範囲であれば、正極活物質の結晶構造の欠陥は少なくなり、良好な電気化学的特性が得られる。αは、0.1以上、且つ、0.1以下であることがより好ましい。
正極活物質の一次粒子の平均粒径は、0.1μm以上、且つ、2μm以下であることが好ましい。平均粒径がこの範囲であると、正極における正極活物質の充填性が良くなるため、エネルギ密度が高い正極を製造することができる。また、粉末状の正極活物質の飛散や凝集等が低減されるので、取り扱い性も良くなる。正極活物質は、二次粒子を形成していてもよい。正極活物質の二次粒子の平均粒径は、正極の仕様等にもよるが、例えば、3μm以上、且つ、50μm以下とすることができる。
正極活物質のBET比表面積は、0.2m2/g以上、且つ、2.0m2/g以下であることが好ましい。一次粒子や二次粒子の集合からなる粉末状の正極活物質のBET比表面積がこの範囲であると、エネルギ密度がより高い正極を製造することが可能になる。
正極活物質の粒子破壊強度は、50MPa以上、且つ、100MPa以下であることが好ましい。粒子破壊強度がこの範囲であると、電極を作製する過程で正極活物質の粒子が破壊され難くなり、正極集電体に正極活物質を含む正極合剤スラリーを塗工して正極合剤層を形成するとき、剥がれ等の塗工不良が発生し難くなる。正極活物質の粒子破壊強度は、例えば、微小圧縮試験機を用いて測定することができる。
正極活物質の結晶構造は、例えば、X線回折法(X-ray diffraction;XRD)等によって確認することができる。また、正極活物質の組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。
[正極活物質の製造方法]
本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、リチウムイオン二次電池の正極に用いられる正極活物質であって、層状構造を有するリチウム複合化合物を合成する方法に関する。層状構造を有するリチウム複合化合物は、リチウム(Li)以外の金属元素として、少なくともニッケル(Ni)を含む組成を有するものである。
図1は、本発明の一実施形態に係る正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係る正極活物質の製造方法は、混合工程S10と、焼成工程S20と、を有している。以下、前記式(1)で表される正極活物質を粉末状の形態で得る方法を例にとって、図を参照しながら説明する。
本実施形態に係る正極活物質の製造方法では、リチウム複合化合物の原料のリチウム源として、特に、炭酸リチウムを用いている。炭酸リチウムは、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等と比較して、調達性が良く、低廉である。また、融点が高いので、熱処理装置等へのダメージを少なくすることができる。
また、本実施形態に係る正極活物質の製造方法では、リチウム複合化合物の原料のニッケル源として、特に、無電解ニッケルめっき液の廃液を起源とするニッケル組成物(ニッケルを含む組成物)を用いている。ニッケル組成物は、無電解ニッケルめっき液の廃液から回収されたニッケル中和沈殿物を処理して得られる化合物を主体とする。
ここで、リチウム複合化合物の原料のニッケル源として用いるニッケル組成物について説明する。
図2Aは、無電解ニッケルめっき廃液の処理工程のフロー図である。また、図2Bは、ニッケル中和沈殿物の処理工程のフロー図である。
図2Aに示すように、無電解ニッケルめっきの後に生じる廃液(無電解ニッケルめっき廃液)からは、有価金属であるニッケルの回収が行われている。
無電解ニッケルめっきは、エンジンピストン、プリンタシャフト、配管、ポンプをはじめとして、各種の金属部材、精密機器部品、電子機器部品等の表面処理に用いられている。めっき浴として用いられる無電解ニッケルめっき液は、一般に、硫酸ニッケル、還元剤としての次亜リン酸ナトリウム、水酸化ナトリウム等のpH調整剤、錯化剤、界面活性剤等を含有するものである。無電解ニッケルめっき廃液は、有価金属であるニッケル(Ni)と、リン(P)とを多量に含んでいるので、これらが互いに分離されて、それぞれ回収されている。
分離工程S101では、無電解ニッケルめっき廃液中に含まれているニッケルイオンが分離濃縮される。例えば、キレート樹脂を充填した精製カラムに無電解ニッケルめっき廃液を通じることにより、キレート樹脂にニッケルイオンを吸着させる。その後、希硫酸等の酸性溶液を精製カラムに通じて、キレート樹脂からニッケルイオンを溶出させる。これらの操作によって、ニッケルイオンが濃縮されたニッケル溶液が回収される。
中和処理工程S102では、分離工程S101で回収されたニッケル溶液が中和処理される。具体的には、ニッケル溶液に水酸化ナトリウム等のアルカリを添加し、水酸化ニッケル等のニッケル化合物の沈殿を生じさせる。例えば、硫酸ニッケルを含むニッケル溶液に水酸化ナトリウムを添加して行う中和処理は、次の反応式(I)で表される。
NiSO4 + 2NaOH → Ni(OH)2 + Na2SO4・・・(I)
そして、第1固液分離工程S103では、中和処理工程S102で沈殿したニッケル化合物が濾過処理等によって固液分離される。以上の工程を経て、無電解ニッケルめっき廃液から、ニッケル化合物を主成分として含むニッケル中和沈殿物が回収されている。
無電解ニッケルめっき廃液から回収されたニッケル中和沈殿物は、リチウム複合化合物の原料となり得るニッケルと共に、ナトリウム分や硫黄分等を不純物として含んでいることが多い。なお、前記の無電解ニッケルめっき廃液の処理工程では、水酸化ニッケルを主成分とするニッケル中和沈殿物が回収されるが、炭酸ニッケルを主成分として回収されることもある。このようなニッケル化合物と共に含まれるナトリウム分は、中和剤の残渣、中和処理で生成したナトリウム塩に由来している。一方、硫黄分は、めっき液に含まれていた硫酸ニッケルの残渣、中和処理反応の副生成物である硫酸塩、溶出等に用いるpH調整剤等に由来している。通常、ニッケル中和沈殿物当たりのナトリウム濃度は、0.5質量%を超え、且つ、1〜10質量%程度以上である。また、硫黄濃度は、3.0質量%以上である。
ニッケル中和沈殿物が、このような濃度でナトリウムや硫黄を含有していると、リチウム複合化合物を焼成するとき、硫酸リチウムナトリウム(LiNaSO4)等の異相が容易に形成されたり、リチウムサイトにナトリウムイオンが置換したりする等して正極活物質の性能が損なわれる。そこで、リチウム複合化合物の原料としては、ナトリウム濃度及び硫黄濃度を低減させる水洗工程(図2B参照)を経たニッケル中和沈殿物を用いるものとする。
水洗工程S110では、具体的には、水を使用してニッケル中和沈殿物を洗浄する。例えば、ニッケル中和沈殿物が、乾燥した塊状である場合は、適宜の粒度、例えば、数十μm以下まで解砕する。そして、粉末状ないし顆粒状のニッケル中和沈殿物を、十分量の水に浸漬させ、必要に応じて攪拌して洗浄する。洗浄に用いる水は、イオン交換水、精製水、純水等が好ましい。但し、焼成工程S20の後に残留しない程度であれば、他成分を含む水で洗浄することは妨げられない。また、攪拌機としては、例えば、一軸攪拌機、多軸攪拌機、ボールミル、ビーズミル、プラネタリミキサ等の各種の装置を用いることができる。
水洗工程S110では、水を使用した洗浄により、ニッケル中和沈殿物に含まれているナトリウム分及び硫黄分を低減し、回収されるニッケル組成物のナトリウム濃度を0.5質量%以下、硫黄濃度を3.0質量%未満とする。硫黄濃度は、好ましくは、2.0質量%以下、より好ましくは、0.1質量%以下とする。これらの不純物の濃度は、水洗工程110における水の温度、水の量、洗浄時間、洗浄回数等を増減したり、適切な攪拌方法を選択することにより低下させることができる。
ニッケル中和沈殿物の洗浄に用いる水は、5℃以上、且つ、40℃未満の室温の水であってもよいし、40℃以上の温水であってもよいし、5℃未満の冷水であってもよい。但し、ニッケル中和沈殿物のナトリウム濃度及び硫黄濃度を効果的に低下させる観点からは、40℃以上の温水で洗浄することが好ましい。例えば、めっき廃液に添加された有機酸や、めっき廃液の処理過程で混入した有機物がニッケル中和沈殿物中に残存していると、ニッケル中和沈殿物の凝集が促進され、顆粒状ないし塊状の凝集粒子が形成され易くなる。40℃以上の温水であれば、このような凝集粒子に包含されている不純物を容易に除去することができる。
ニッケル中和沈殿物の洗浄に用いる水は、さらに、60℃以上の温水としてもよいし、80℃以上の熱水としてもよい。例えば、硫酸ナトリウムの水への溶解度は、温度上昇に伴って増大して32℃付近で最大となり、それ以上の高温では殆ど増大しない。しかしながら、洗浄に用いる水が高温であるほど、ニッケル中和沈殿物が形成している凝集粒子は崩壊して分散し易くなり、不純物の分離が促進される。また、凝集粒子が分散し易くなることにより、後記する混合工程S10においても再凝集が起こり難くなるので、均一な混合が容易になる。一方、冷水や室温の水で洗浄する場合は、水の量、洗浄時間、洗浄回数等を増やしたり、凝集粒子に攪拌によるせん断力を与えたりすれば、ナトリウム濃度及び硫黄濃度を適正な低濃度にすることができる。
第2固液分離工程S120では、洗浄されたニッケル中和沈殿物を固液分離する。例えば、ニッケル中和沈殿物が懸濁された状態の水を濾過処理に供し、ニッケル中和沈殿物を濾別する。濾過装置としては、吸引濾過装置、フィルタープレス、遠心分離装置等を用いることができる。
乾燥工程S130では、濾別されたニッケル中和沈殿物を微小な含水率となるまで乾燥させる。乾燥は、加熱乾燥によって行ってもよいし、各種ガスによる風乾によって行ってもよい。乾燥温度は、例えば、50℃以上、且つ、200℃以下程度とすればよく、乾燥時間等のその他の乾燥条件は特に限定されない。ニッケル中和沈殿物を乾燥させることによって、リチウム複合化合物のニッケル源として用いることが可能なニッケル組成物が得られる。回収されるニッケル組成物は、水洗工程S110を経て、ナトリウム濃度及び硫黄濃度が低下しているので、焼成時の前駆体を固相法で合成するのに好適なニッケル源となる。また、正極活物質の充放電容量等の性能を、市販されているような高純度のニッケル化合物を原料とした場合と同等にまで向上させることができる。
図1に示す正極活物質の製造方法において、混合工程S10では、リチウム源としての炭酸リチウムと、水洗工程S110を経てナトリウム分及び硫黄分が低減されたニッケル組成物(ニッケルを含む組成物)とを混合する。なお、ニッケル組成物は、ニッケル組成物とは起源が異なる高純度のニッケル化合物と併用されてもよい。正極活物質の組成を、マンガン(Mn)、コバルト(Co)、他の金属元素(M)等を含む組成にする場合は、マンガン化合物や、コバルト化合物や、他の金属元素(M)を含む化合物を、炭酸リチウム、ニッケル組成物等と共に混合すればよい。混合工程S10では、これら炭酸リチウム、ニッケル組成物等をそれぞれ秤量し、粉砕、混和させることによって粉末状の混合物が得られる。
マンガン化合物や、コバルト化合物や、ニッケル化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物、水酸化物、又は、炭酸塩を用いることが好ましい。また、他の金属元素(M)を含む化合物としては、例えば、酸化物、水酸化物、炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩等を用いることができる。これらの中でも、特に、酸化物、水酸化物、又は、炭酸塩を用いることが好ましい。なお、これらの化合物は、共沈法によらず、固相法によって、炭酸リチウムやニッケル組成物と反応させてよい。
混合工程S10において、原料を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。原料の粉砕は、湿式粉砕とすることが好ましく、工業的な観点からは、水を分散媒とすることが好ましい。湿式粉砕して得た原料スラリーは、例えば、乾燥機によって乾燥させることができる。乾燥機としては、例えば、噴霧乾燥機、流動床乾燥機、エバポレータ等を使用することができる。
混合工程S10において、原料を湿式粉砕するとき、粉砕により出発原料が微粒化して原料スラリーの粘度が高くなる。原料を均一に混合する観点からは、原料の微粒化や増粘を一定以上に進めることが好ましい。具体的には、原料スラリーの室温(25℃)におけるスラリー粘度(mPa・s)と、粒度分布における最大径d100(μm)との比(粘度/d100)を500以上にすることが好ましい。粘度/d100が500以上であると、原料の混合が十分になされて粒度が微細になるため、焼成されるリチウム複合化合物の組成の均一性を高くすることができる。なお、粘度/d100は、原料スラリーの固形分比を20質量%以下の範囲としたとき、例えば、固形分比を20質量%としたときに、500以上になればよい。
焼成工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して、空間群R−3mに帰属される層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。焼成工程S20は、図1に示すように、第1前駆体を形成する第1熱処理工程S21と、第2前駆体を形成する第2熱処理工程S22と、仕上の熱処理である第3熱処理工程S23と、を有することが好ましい。
第1熱処理工程S21では、混合工程S10で得られた混合物を200℃以上、且つ、400℃以下の熱処理温度で、0.5時間以上、且つ、5時間以下にわたって熱処理して第1前駆体を得る。第1熱処理工程S21は、混合工程S10で得られた混合物から、正極活物質の合成反応を妨げる水分等を除去することを主な目的として行われる。第1熱処理工程S21において、熱処理温度が200℃以上であると、不純物の燃焼反応や出発原料の熱分解反応が不十分とはなり難い。また、熱処理温度が400℃以下であれば、この工程でリチウム複合化合物の結晶化まで進むことは少なく、水分、不純物等を含むガスの存在下で欠陥が多い結晶構造が形成されるのを防ぐことができる。
第1熱処理工程S21における熱処理温度は、250℃以上、且つ、400℃以下であることが好ましく、250℃以上、且つ、380℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこの範囲内であれば、水分、不純物等を効率的に除去しつつ、この工程における結晶化の進行については抑制することができる。なお、第1熱処理工程S21における熱処理時間は、例えば、熱処理温度、混合物に含まれている水分、不純物等の量、水分、不純物等の除去目標等に応じて、適宜の時間とすることができる。
第1熱処理工程S21は、酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、非酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、減圧雰囲気下で行ってもよい。酸化性ガス雰囲気としては、酸素ガス雰囲気及び大気雰囲気のいずれであってもよい。また、減圧雰囲気としては、例えば、大気圧以下等のような適宜の真空度の減圧条件であってよい。
第1熱処理工程S21は、雰囲気ガスの気流下、又は、ポンプによる排気下で行うことが好ましい。このような雰囲気下で熱処理を行うことにより、混合物から脱離するガスを効率的に排除することができる。雰囲気ガスの気流やポンプによる排気の流量は、混合物から脱離するガスの体積よりも多くすることが好ましい。
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得た第1前駆体を450℃以上、且つ、900℃以下の熱処理温度で、0.1時間以上、且つ、50時間以下にわたって熱処理して第2前駆体を得る。第2熱処理工程S22は、第1前駆体中のニッケルを2価から3価へと酸化し、層状構造を有するリチウム複合化合物を結晶化させることを主な目的として行われる。第1前駆体中のニッケルは、正極活物質の充放電容量を高くする観点からは、価数を2価から3価へ遺漏無く酸化させておくことが好ましい。2価のニッケルは、層状構造中において容易にリチウムサイトを占有してしまい、正極活物質の充放電容量を低下させる一因となる。そこで、第2熱処理工程S22では、第1前駆体を酸化性ガス雰囲気下で熱処理し、ニッケルの価数を2価から3価へ遺漏少なく酸化させる。第2熱処理工程S22において、熱処理温度が450℃以上であると、リチウム複合化合物の結晶化が良好な速度で進行し、炭酸リチウムが過剰に残留することが無くなる。また、熱処理温度が900℃以下であれば、粒成長が過剰に進行することが無いので、正極活物質の充放電容量を高くすることができる。
第2熱処理工程S22における熱処理温度は、600℃以上とすることがより好ましい。600℃以上であれば、炭酸リチウムの反応効率がより向上する。また、第2熱処理工程S22における熱処理温度は、700℃以下とすることがより好ましい。700以下であれば、結晶粒がより粗大化し難くなるので、正極活物質の充放電容量を高くするのに好適である。
第2熱処理工程S22における熱処理時間は、0.1時間以上、且つ、15時間以下とすることがより好ましい。熱処理時間が0.5時間以上であれば、第1前駆体を酸素と十分に反応させることができる。
第2熱処理工程S22は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上が好ましく、90%以上がより好ましく、95%以上がさらに好ましく、99%以上が特に好ましい。酸素濃度が高い酸化性ガスの気流下で熱処理を行うことにより、ニッケルを確実に酸化させることができる。また、炭酸リチウムの熱分解によって生じる炭酸ガスを第2前駆体から確実に除くことができる。
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得た第2前駆体を700℃以上、且つ、900℃以下の熱処理温度で熱処理して層状構造を有するリチウム複合化合物を得る。第3熱処理工程S23は、第2前駆体中のニッケルを2価から3価へと十分に酸化させると共に、層状構造を有するリチウム複合化合物の結晶粒を成長させることを主な目的として行われる。なお、第3処理工程S23の熱処理温度は、700℃以下であると第2前駆体の結晶化の進行が困難になる場合があり、900℃を超えると第2前駆体の層状構造の分解を抑制できずに2価のニッケルが生成され、得られるリチウム複合化合物の容量が低下してしまう。したがって、熱処理温度を700℃より高くかつ900℃以下にすることで、第2前駆体の粒成長を促進させ、かつ層状構造の分解を抑制して、得られるリチウム複合化合物の容量を向上させることができる。
第3熱処理工程S23は、熱処理時間が、0.1時間以上、且つ、50時間以下であることが好ましく、0.1時間以上、且つ、15時間以下であることがより好ましい。第3熱処理工程S23において、酸素分圧が低いと、ニッケルの酸化反応を促進させるために熱が必要となる。したがって、第3熱処理工程S23において第2前駆体への酸素供給が不十分である場合、熱処理温度を上昇させる必要がある。熱処理温度を上昇させると、得られるリチウム複合化合物において層状構造の分解が不可避となり、正極活物質の良好な電極特性を得ることができなくなる。しかしながら、熱処理時間が0.1時間以上であれば、第2前駆体を酸素と十分に反応させることができる。
第3熱処理工程S23は、酸化性雰囲気で行う。雰囲気の酸素濃度は、80%以上が好ましく、90%以上がより好ましく、95%以上がさらに好ましく、99%以上が特に好ましい。酸素濃度が高い雰囲気下で熱処理を行うことにより、ニッケルを確実に酸化させることができる。
[リチウムイオン二次電池]
次に、前記の実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質を正極材料として用いたリチウムイオン二次電池について説明する。
図3は、リチウム二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
図3に示すように、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池100は、非水電解液を収容する有底円筒状の電池缶101と、電池缶101の内部に収容された捲回電極群110と、電池缶101の上部の開口を封止する円板状の電池蓋102と、を備えている。
電池缶101及び電池蓋102は、例えば、ステンレス、アルミニウム等の金属材料によって形成される。電池缶101は、絶縁性を有する樹脂材料からなるシール材106を介して電池蓋102がかしめ等によって固定されることにより、封止されている。
捲回電極群110は、帯状の正極111と負極112とをセパレータ113を挟んで捲回することによって形成されている。正極111は、正極集電体111aと、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、を備えている。また、負極112は、負極集電体112aと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bと、を備えている。
正極集電体111aは、正極リード片103を介して電池蓋102と電気的に接続されている。一方、負極集電体112aは、負極リード片104を介して電池缶101の底部と電気的に接続されている。捲回電極群110と電池蓋102との間、及び、捲回電極群110と電池缶101の底部との間には、短絡を防止する絶縁板105が配置されている。正極リード片103及び負極リード片104は、それぞれ正極集電体111aや負極集電体112aと同様の材料によって形成されており、正極集電体111a及び負極集電体112aのそれぞれにスポット溶接、超音波圧接等によって接合されている。
正極集電体111aは、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、15μm以上、かつ25μm以下程度の厚さにすることができる。正極合剤層111bは、前記の実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質を含んでなり、正極活物質が、例えば、導電材、結着剤等と共に混練された正極合剤によって形成されている。
負極集電体112aは、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、7μm以上、かつ10μm以下程度の厚さにすることができる。負極合剤層112bは、一般的なリチウムイオン二次電池用負極活物質を含んでなり、負極活物質が、例えば、導電材、結着剤等と共に混練された負極合剤によって形成されている。
負極活物質としては、一般的なリチウム二次電池において用いられる適宜の種類を用いることができる。負極活物質の具体例としては、天然黒鉛、石油コークス、ピッチコークス等から得られる易黒鉛化材料を2500℃以上の高温で処理したもの、メソフェーズカーボン、非晶質炭素、黒鉛の表面に非晶質炭素を被覆したもの、天然黒鉛又は人造黒鉛の表面を機械的処理することにより表面の結晶性を低下させた炭素材、高分子等の有機物を炭素表面に被覆・吸着させた材料、炭素繊維、リチウム金属、リチウムとアルミニウム、スズ、ケイ素、インジウム、ガリウム、マグネシウム等との合金、シリコン粒子又は炭素粒子の表面に金属を担持した材料、スズ、ケイ素、鉄、チタン等の金属の酸化物等が挙げられる。担持させる金属としては、例えば、リチウム、アルミニウム、スズ、ケイ素、インジウム、ガリウム、マグネシウム、これらの合金等が挙げられる。
導電材としては、例えば、黒鉛、カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック等の炭素粒子や、炭素繊維等を用いることができる。これらの導電材は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。導電材の量は、正極活物質に対して5質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。導電材がこのような範囲であると、良好な導電性が得られると共に、高い充放電容量も確保することができる。
結着剤としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、アクリル系ポリマ、イミドやアミド基を有するポリマ、これらの共重合体等の適宜の材料を用いることができる。これらの結着剤は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。また、カルボキシメチルセルロース等の増粘性の結着剤を併用してもよい。
以上の構成を有するリチウムイオン二次電池100は、電池蓋102を正極外部端子、電池缶101の底部を負極外部端子として、外部から供給された電力を捲回電極群110に蓄電することができる。また、捲回電極群110に蓄電されている電力を外部の装置等に供給することができる。なお、このリチウムイオン二次電池100は、円筒形の形態とされているが、リチウム二次電池の形状は特に限定されない。例えば、角形、ボタン形、ラミネートシート形等であってもよい。
リチウムイオン二次電池100は、例えば、携帯電子機器や家庭用電気機器等の小型電源、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源として使用することができる。リチウムイオン二次電池100は、正極合剤層111bに前記の実施形態に係るリチウム二次電池用正極活物質が含まれる構成であるため、製造コストが安く、ニッケル中和沈殿物を起源とするニッケル組成物を原料としていながら、従来よりも高い充放電容量を有する二次電池となる。
以上、図面を用いて本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
(参考例1)
無電解ニッケルめっき廃液から、溶媒抽出法によって硫酸ニッケル溶液を抽出した(分離工程S101)。抽出した硫酸ニッケル溶液を水酸化ナトリウムで中和処理した後、フィルタープレスにより固液分離することで水酸化ニッケルを主体とするニッケル中和沈殿物を得た(第1固液分離工程S103)。その後、得られたニッケル中和沈殿物を固形分比が10%となるようにイオン交換水を加えて洗浄した(水洗工程S110)。水温は、ホットプレートにて90℃まで昇温し、1時間にわたって羽根撹拌を行った。その後、孔径0.5μmのフィルタを濾材とした吸引濾過により再び固液分離し(第2固液分離工程S120)、100℃で2時間の乾燥処理を行って水酸化ニッケル粉末(ニッケル組成物)を得た(乾燥工程S130)。そして、得られた水酸化ニッケル粉末について、ナトリウム濃度をICP分析装置(日立ハイテクノロジーズ製Z−2010)により分析し、硫黄濃度を高周波燃焼赤外線吸収分析装置(LECO製CSLS−600)により分析した。その結果を表1に示す。
正極活物質の原料として、前記の水酸化ニッケル粉末(ニッケル組成物)の他、炭酸リチウム、炭酸コバルト及び炭酸マンガンを用意した。これらの原料を、Li:Ni:Co:Mnのモル質量比が、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、固形分比が20質量%となるようにイオン交換水を加え、ビーズミルにて湿式粉砕した(混合工程S10)。得られた原料スラリーの粒度は、レーザー回折・散乱法(HORIBA製、LA−920)にて測定し、最大粒子径d100を求めた。また、原料スラリーの室温(25℃)における粘度を、コーンプレートタイプの粘度計(東機産業製、TV−22)で回転速度10rpmとして測定した。そして、スラリー粘度と最大粒子径d100との比(粘度/d100)を算出した。その結果を表1に示す。
次に、原料スラリーをスプレードライヤによって乾燥させて原料が混和された混合物を得た。そして、得られた混合物を酸化性雰囲気下で焼成して空間群R−3mに帰属される層状構造を有するリチウム複合化合物を得た(焼成工程S20)。具体的には、原料が混和された混合物を、第1熱処理工程S21、第2熱処理工程S22、及び、第3熱処理工程S23に順に供して焼成した。
第1熱処理工程S21では、1kgの混合物を、縦300mm、横300mm、高さ100mmのアルミナ容器に充填し、大気雰囲気とした連続搬送炉において、350℃の熱処理温度で1時間にわたって熱処理し、第1前駆体の粉末を得た。第1熱処理工程S21では、主として、水酸化ニッケルに由来する水分、炭酸コバルトや炭酸マンガンに由来する二酸化炭素を脱離させた。
第2熱処理工程S22では、第1熱処理工程S21で得られた第1前駆体を、酸素濃度90%以上の酸化性雰囲気に置換した連続搬送炉において、酸素気流中として600℃の熱処理温度で10時間にわたって熱処理し、第2前駆体の粉末を得た。第2熱処理工程S22では、主として、炭酸リチウムに由来する二酸化炭素と、未分解の炭酸コバルトや炭酸マンガンに由来する二酸化炭素とを脱離させた。
第3熱処理工程S23では、第2熱処理工程S22で得られた第2前駆体を、酸素濃度90%以上の酸化性雰囲気に置換した連続搬送炉によって、酸素気流中として785℃の熱処理温度で10時間にわたって熱処理し、リチウム複合化合物の粉末を得た。得られたリチウム複合化合物の粉末は、目開き53μm以下の篩で分級して正極材料とした。
(実施例1)
混合工程S10において、出発原料が混和された混合物の最大粒子径d100が、0.26μmとなるまで混合した点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
(実施例2)
水洗工程S110において、ニッケル中和沈殿物を80℃の温水で洗浄した点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
(実施例3)
水洗工程S110において、ニッケル中和沈殿物を40℃の温水で洗浄した点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
(比較例1)
ニッケル中和沈殿物を水洗すること無く出発原料とした点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
(比較例2)
水洗工程S110において、ニッケル中和沈殿物を室温(25℃)の水で洗浄した点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
(参考例2)
高純度に精製されている水酸化ニッケルの市販標準品を出発物質として用いた点を除いて、参考例1と同様の手順で正極活物質を調製した。ナトリウム濃度、硫黄濃度、及び、粘度/d100の測定結果を表1に示す。
次に、調製した各正極活物質を用いて、以下の手順でリチウムイオン二次電池用の正極を作製した。はじめに、正極活物質と、結着剤と、導電材とを純水を加えて混合し、正極合剤スラリーを調製した。そして、正極合剤スラリーを、厚さ20μmのアルミ箔に塗布し、120℃で乾燥させた。その後、電極密度が2.0g/cm3となるようにプレスで圧縮成形し、直径15mmの円盤状に打ち抜いてリチウムイオン二次電池用の正極とした。
次に、リチウムイオン二次電池用の正極を用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、金属リチウムを用いた。また、非水電解液としては、エチレンカーボネートと、ジメチルカーボネートとを体積比が3:7となるように混合した溶媒に、終濃度が1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。そして、リチウムイオン二次電池用の正極と負極とを用いて、図3に示す円筒形の電池を作製し、非水電解液を封入して、リチウムイオン二次電池とした。
次に、作製した各リチウムイオン二次電池について、充放電試験を行って放電容量を測定した。充電は、充電電流を0.2CAとして、充電終止電圧4.3Vまで定電流、定電圧で行った。また、放電は、放電電流を0.2CAとして、放電終止電圧2.5Vまで定電流で行った。放電容量の計測結果を表1に示す。
表1に示すように、ニッケル中和沈殿物を原料とし、水洗工程を経ていない比較例1では、Na濃度及びS濃度がいずれも高い水準にある。そのため、リチウムイオン二次電池の放電容量は、38Ah/kgと低い値である。リチウムと、不可避不純物として残存しているナトリウム及び硫黄が反応し、LiNaSO4の異相が形成されたために、放電容量が悪化しているとみられる。
また、比較例2では、Na濃度及びS濃度が高いニッケル中和沈殿物を用いたため、リチウムイオン二次電池の放電容量は、150Ah/kgと比較的低い値に留まっている。室温の水を使用して水洗する場合には、Na濃度及びS濃度を低下させるのに、より煩雑な洗浄が必要であるとみられる。
これに対して、温水を使用してニッケル中和沈殿物を水洗した参考例1、実施例1〜3では、Na濃度が0.5質量%以下、S濃度が3.0質量%未満になっている。その結果、リチウムイオン二次電池の放電容量は、190Ah/kg前後以上に達しており、比較例2等よりも高い値に向上している。温水を使用して効果的な水洗を行うと、Na濃度及びS濃度が十分に低下し、ニッケル中和沈殿物を原料として高容量の正極活物質が得られることが示されている。
また、90℃の温水を使用してニッケル中和沈殿物を水洗した参考例1、実施例1についてみると、粘度/d100が高い実施例1は、粘度/d100が低い参考例1と比較して、放電容量が高くなっている。実施例1が示すように、原料の混合物の最大粒子径d100が小さくなり、スラリー粘度の増大が略認められなくなるまで原料の混合物の粉砕を行えば、リチウムイオン二次電池の放電容量が大きく改善されることが分かる。粘度/d100は、凡そ500以上とすることが好ましいと判断できる。
なお、以上の実施例とは異なる組成で、実施例1と同様の手順で正極活物質を調製したところ、イオン交換水による洗浄(水洗工程S110)により、ナトリウム濃度が0.5質量%以下、硫黄濃度が3.0質量%未満の水酸化ニッケル粉末(ニッケル組成物)を得ることができた。また、以上の実施例とは異なる組成や熱処理条件で、実施例1と同様の手順で正極活物質を調製したところ、リチウムイオン二次電池の放電容量は、190Ah/kg前後の結果が得られた。よって、本発明に係る方法は、正極活物質がニッケルを含む組成であれば、組成比や熱処理条件に大きく依存すること無く適用できるといえる。