以下、本発明を詳細に説明する。尚、本明細書において、アミノ酸は特記しない限りL−体である。
<1>変異型グルタミン酸−システインリガーゼ(変異型GSHA)
「グルタミン酸−システインリガーゼ(glutamate-cysteine ligase)」は、通常、GluとCysとATPを基質として、γ-Glu-CysとADPとリン酸を生成する反応を触媒する活性を有する酵素(EC 6.3.2.2)として知られている。本発明において、同活性を、「γ−グルタミルシステイン合成酵素(gamma-glutamylcysteine synthetase)活性」ともいう。本発明において、グルタミン酸−システインリガーゼを、「GSHA」ともいう。
また、本発明において、GluとValとATPを基質として、γ-Glu-ValとADPとリン酸を生成する反応を触媒する活性を、「γ−グルタミルバリン合成酵素(gamma-Glutamylvaline synthethase)活性」または「γ-Glu-Val生成活性」ともいう。
また、本発明において、GluとGlyとATPを基質として、γ-Glu-GlyとADPとリン酸を生成する反応を触媒する活性を、「γ−グルタミルグリシン合成酵素(gamma-Glutamylglycine synthethase)活性」または「γ-Glu-Gly生成活性」ともいう。
本発明において、「変異型グルタミン酸−システインリガーゼ(変異型GSHA)」とは、「特定の変異」を有するGSHAをいう。また、本発明において、変異型GSHAをコードする遺伝子を、「変異型グルタミン酸−システインリガーゼ遺伝子(変異型gshA遺伝子)」ともいう。「特定の変異」については後述する。
本発明において、「特定の変異」を有しないグルタミン酸−システインリガーゼを「野生型グルタミン酸−システインリガーゼ(野生型GSHA)」ともいう。また、本発明において、野生型GSHAをコードする遺伝子を、「野生型グルタミン酸−システインリガーゼ遺伝子(野生型gshA遺伝子)」ともいう。なお、ここでいう「野生型」とは、「変異型」と区別するための便宜上の記載であり、「特定の変異」を有しない限り、天然に得られるものには限定されない。
以下、野生型GSHAについて説明する。
野生型GSHAとしては、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)のgshA遺伝子によりコードされるGshAタンパク質(エシェリヒア・コリのGSHA)が挙げられる。エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のgshA遺伝子の塩基配列は、Blattner FR, et al. Science 277:1453-62 (1997) に開示されており、GenBank accession NC_000913.3としてNCBIデータベースに登録されているゲノム配列中の2,814,883〜2,816,439位の配列の相補配列に相当する。MG1655株のgshA遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。また、同遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。すなわち、野生型GSHAは、例えば、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子にコードされるタンパク質であってよい。また、野生型GSHAは、例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」場合および当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合を包含する。
野生型GSHAは、「特定の変異」を有さない限り、上記例示した野生型GSHA(配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質等のエシェリヒア・コリのGSHA)のバリアントであってもよい。すなわち、野生型GSHAは、「特定の変異」を有さない限り、その他の変異を有していてもよい。バリアントとしては、例えば、上記例示した野生型GSHAのホモログや人為的な改変体が挙げられる。エシェリヒア・コリのGSHAのホモログとしては、エシェリヒア・コリのGSHAと構造の類似する他の微生物のGSHAホモログが挙げられる。他の微生物のGSHAホモログとしては、他のエシェリヒア(Escherichia)属細菌、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌、パントエア(Pantoea)属細菌等の腸内細菌科(Enterobacteriaceae)に属する細菌のGSHAホモログが挙げられる。他の微生物のGSHAホモログは、例えば、上記例示した野生型GSHAのアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから取得することができる。
野生型GSHAは、通常、γ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有するタンパク質であってよい。ただし、本発明において、野生型GSHAは、それに対応する変異型GSHAがγ−グルタミルバリン合成酵素活性を有する限り、γ−グルタミルシステイン合成酵素活性、γ−グルタミルバリン合成酵素活性、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性、またはそれらの任意の組み合わせを有していてもよく、それらのいずれも有していなくてもよい。
野生型GSHAは、「特定の変異」を有さない限り、上記野生型GSHAのアミノ酸配列(例えば配列番号2)において、1若しくは数個の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を含むアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。「1若しくは数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、具体的には、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜3個を意味する。
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、好ましくは、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、または逆位等には、遺伝子が由来する微生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
また、野生型GSHAは、「特定の変異」を有さない限り、上記野生型GSHAのアミノ酸配列(例えば配列番号2)に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するタンパク質であってもよい。尚、本明細書において、「相同性」(homology)は、「同一性」(identity)を指すことがある。
また、野生型GSHAは、「特定の変異」を有さない限り、上記野生型gshA遺伝子の塩基配列(例えば配列番号1)から調製され得るプローブ、例えば上記野生型gshA遺伝子の塩基配列(例えば配列番号1)の全体または一部に対する相補配列を有するプローブ、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得るDNAによってコードされるタンパク質であってもよい。そのようなプローブは、公知の野生型gshA遺伝子配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、野生型gshA遺伝子の塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、例えば、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2〜3回洗浄する条件を挙げることができる。また、例えば、プローブとして、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。なお、当業者であれば、塩濃度および温度等の諸条件を適宜設定して、上記例示したハイブリダイゼーションのストリンジェンシーと同等のストリンジェンシーを実現することが可能である。
また、野生型gshA遺伝子は、野生型GSHAをコードする限り、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。例えば、野生型gshA遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されたものであってもよい。具体的には、例えば、開始コドンがATG以外である場合に、開始コドンをATGに改変することができる。
以下、変異型GSHAについて説明する。
変異型GSHAは、γ−グルタミルバリン合成酵素活性を有する。
変異型GSHAは、γ−グルタミルバリン合成酵素活性を有する限り、γ−グルタミルバリン以外のγ−グルタミルジペプチドを生成する活性を有していてもよく、有していなくてもよい。すなわち、例えば、変異型GSHAは、γ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有していてもよく、有していなくてもよい。また、例えば、変異型GSHAは、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性を有していてもよく、有していなくてもよい。変異型GSHAは、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性を有さないのが好ましい。
変異型GSHAは、野生型GSHAのアミノ酸配列において、後述する「特定の変異」を有する。
すなわち、例えば、変異型GSHAは、配列番号2に示すアミノ酸配列において、「特定の変異」を有するタンパク質であってよい。また、例えば、変異型GSHAは、配列番号2に示すアミノ酸配列において、「特定の変異」を有し、当該「特定の変異」以外の箇所にさらに1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加を含むアミノ酸配列を有し、且つ、γ−グルタミルバリン合成酵素活性を有するタンパク質であってよい。
また、言い換えると、変異型GSHAは、「特定の変異」を有する以外は、野生型GSHAと同一のアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。例えば、変異型GSHAは、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、例えば、変異型GSHAは、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加を含むアミノ酸配列を有し、且つ、γ−グルタミルバリン合成酵素活性を有するタンパク質であってよい。また、例えば、変異型GSHAは、「特定の変異」を有する以外は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、且つ、γ−グルタミルバリン合成酵素活性を有するタンパク質であってよい。
変異型GSHAは、他のペプチドとの融合タンパク質であってもよい。「他のペプチド」は、変異型GSHAがγ−グルタミルバリン合成酵素活性を有する限り、特に制限されない。「他のペプチド」は、その利用目的等の諸条件に応じて適宜選択できる。「他のペプチド」としては、ペプチドタグ、シグナルペプチド、プロテアーゼの認識配列が挙げられる。「他のペプチド」は、例えば、変異型GSHAのN末端、若しくはC末端、またはその両方に連結されてよい。「他のペプチド」としては、1種のペプチドを用いてもよく、2種またはそれ以上のペプチドを組み合わせて用いてもよい。
ペプチドタグとして、具体的には、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグ、Mycタグ、MBP(maltose binding protein)、CBP(cellulose binding protein)、TRX(Thioredoxin)、GFP(green fluorescent protein)、HRP(horseradish peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)、抗体のFc領域が挙げられる。Hisタグとしては、6xHisタグが挙げられる。ペプチドタグは、例えば、発現した変異型GSHAの検出や精製に利用できる。
シグナルペプチドは、変異型GSHAを発現させる宿主で機能するものであれば、特に制限されない。シグナルペプチドとしては、Sec系分泌経路で認識されるシグナルペプチドやTat系分泌経路で認識されるシグナルペプチドが挙げられる。Tat系分泌経路で認識されるシグナルペプチドとして、具体的には、E. coliのTorAシグナル配列、E. coliのSufIシグナル配列、Bacillus subtilisのPhoDシグナル配列、Bacillus subtilisのLipAシグナル配列、Arthrobacter globiformisのIMDシグナル配列が挙げられる(WO2013/118544)。シグナルペプチドは、例えば、変異型GSHAの分泌生産に利用できる。シグナルペプチドを利用して変異型GSHAを分泌生産する場合、分泌時にシグナルペプチドが切断され、シグナルペプチドを有さない変異型GSHAが菌体外に分泌され得る。
プロテアーゼの認識配列として、具体的には、Factor Xaプロテアーゼの認識配列やproTEVプロテアーゼの認識配列が挙げられる。プロテアーゼの認識配列は、例えば、発現した変異型GSHAの切断に利用できる。具体的には、例えば、変異型GSHAをペプチドタグとの融合タンパク質として発現させる場合、変異型GSHAとペプチドタグの連結部にプロテアーゼの認識配列を導入することにより、発現した変異型GSHAからプロテアーゼを利用してペプチドタグを切断し、ペプチドタグを有さない変異型GSHAを得ることができる。
変異型GSHA遺伝子は、上記のような変異型GSHAをコードする限り、特に制限されない。なお、本発明において、「遺伝子」という用語は、目的のタンパク質をコードする限り、DNAに限られず、任意のポリヌクレオチドを包含してよい。すなわち、「変異型GSHA遺伝子」とは、変異型GSHAをコードする任意のポリヌクレオチドを意味してよい。変異型GSHA遺伝子は、DNAであってもよく、RNAであってもよく、その組み合わせであってもよい。変異型GSHA遺伝子は、一本鎖であってもよく、二本鎖であってもよい。γ−グルタミルバリン合成酵素遺伝子は、一本鎖DNAであってもよく、一本鎖RNAであってもよい。変異型GSHA遺伝子は、二本鎖DNAであってもよく、二本鎖RNAであってもよく、DNA鎖とRNA鎖からなるハイブリッド鎖であってもよい。変異型GSHA遺伝子は、単一のポリヌクレオチド鎖中に、DNA残基とRNA残基の両方を含んでいてもよい変異型GSHA遺伝子がRNAを含む場合、上記例示した塩基配列等のDNAに関する記載は、RNAに合わせて適宜読み替えてよい。変異型GSHA遺伝子の態様は、その利用態様等の諸条件に応じて適宜選択できる。
以下、「特定の変異」について説明する。
「特定の変異」とは、野生型GSHAに導入した際に、γ−グルタミルバリンの生成に適した性質を野生型GSHAに付与する変異をいう。すなわち、変異型GSHAは、「特定の変異」を有することにより、野生型GSHAと比較して、γ−グルタミルバリンの生成に適した性質を有する。γ−グルタミルバリンの生成に適した性質としては、例えば、γ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)の上昇、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性(比活性)の低下、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性(比活性)に対するγ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)の比率の上昇、およびそれらの組み合わせが挙げられる。
GSHAおよびグルタチオン合成酵素を利用し、Glu、Val、Glyを原料としてγ−グルタミルバリルグリシンを単一の反応系で製造する場合、中間体としてγ−グルタミルバリンを経るが、この過程でγ−グルタミルグリシンが副生すると、目的物であるγ−グルタミルバリルグリシンの収量が低下する。よって、特に、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性に対するγ−グルタミルバリン合成酵素活性の比率が向上した変異型GSHAを創出し、γ−グルタミルバリルグリシンの製造に利用することで、γ−グルタミルバリンを中間体として生成するγ−グルタミルバリルグリシンの収量が向上すると期待される。併せて、副生物であるγ−グルタミルグリシンの生成、およびγ-グルタミルグリシンを経て生成する他の化合物の生成を低減できると期待される。
変異型GSHAにおいては、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性(比活性)に対するγ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)の比率が、例えば、0.1以上、0.2以上、0.5以上、0.7以上、1.0以上、5.0以上、10以上、または20以上であってよい。また、変異型GSHAにおいては、γ−グルタミルグリシン合成酵素活性(比活性)に対するγ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)の比率が、例えば、1000万以下、100万以下、10万以下、1万以下、1000以下、または100以下であってもよい。比活性の比率は、実施例7に記載の条件でγ−グルタミルグリシン合成酵素活性およびγ−グルタミルグリシン合成酵素活性を測定し、算出できる。具体的な活性測定条件は以下の通りである。変異型GSHAのγ−グルタミルバリン合成酵素活性は、例えば、反応液組成を10 mM Glu、10 mM Val、10 mM ATP、10 mM MgS04、100 mM Tris-HCl緩衝液(pH9.0)、反応温度30℃、反応時間1〜30分として、適切な量の変異型GSHAを用いて測定することができる。本条件で1分間に1μmolのγ-Glu-Valを生成する酵素活性を1 Uのγ−グルタミルバリン合成酵素活性とする。同様に、変異型GSHAのγ−グルタミルグリシン合成酵素活性は、例えば、反応液組成を10mM Glu、10 mM Gly、10 mM ATP、10 mM MgS04、100 mM Tris-HCl緩衝液(pH9.0)、反応温度30℃、反応時間1〜30分として、適切な量の変異型GSHAを用いて測定することができる。本条件で1分間に1μmolのγ-Glu-Glyを生成する酵素活性を1 Uのγ−グルタミルグリシン合成酵素活性とする。
また、特に、γ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)が上昇した変異型GSHAを利用することにより、GluおよびValを原料とするγ−グルタミルバリンの生産が向上すると期待される。変異型GSHAにおいては、γ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)が、野生型GSHAと比較して、例えば、1.1倍以上、1.5倍以上、2倍以上、5倍以上、10倍以上、または20倍以上に上昇していてよい。γ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)は、上述の方法により測定することができる。
「特定の変異」としては、下記より選ばれる1又はそれ以上のアミノ酸残基における変異に相当する変異が挙げられる。
L135、Q144、Y241、N243、Y300。
上記表記において、数字は配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における位置を、数字の左側の文字は配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における当該位置のアミノ酸残基(すなわち、変異前のアミノ酸残基;一文字表記)を、各々示す。すなわち、例えば、「L135」は、配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における135位のLeu残基を示す。
上記変異において、置換後のアミノ酸残基は、変異型GSHAがγ−グルタミルバリン合成酵素活性を有する限り、元のアミノ酸残基以外のいずれのアミノ酸残基であってもよい。置換後のアミノ酸残基として、具体的には、K(Lys)、R(Arg)、H(His)、A(Ala)、V(Val)、L(Leu)、I(Ile)、G(Gly)、S(Ser)、T(Thr)、P(Pro)、F(Phe)、W(Trp)、Y(Tyr)、C(Cys)、M(Met)、D(Asp)、E(Glu)、N(Asn)、Q(Gln)の内、元のアミノ酸残基以外のものが挙げられる。
「特定の変異」として、具体的には、下記より選ばれる1又はそれ以上の変異に相当する変異が挙げられる。すなわち、「特定の変異」は、下記より選ばれる1又はそれ以上の変異に相当する変異を含んでいてよい。「特定の変異」は、例えば、下記より選ばれるいずれかの変異に相当する変異であってもよく、下記より選ばれる2又はそれ以上の変異の組み合わせに相当する変異であってもよい。また、「特定の変異」は、例えば、下記より選ばれる1又はそれ以上の変異と、それ以外のL135、Q144、Y241、N243、Y300より選ばれる1又はそれ以上のアミノ酸残基における変異との組み合わせに相当する変異であってもよい。
L135(I, F, M, V, G, A, W, K, H, R, C, N, S, T)、
Q144(F, A, N, S, D, T, R, H, G, K, Y, W, C, M, P, V, L, I)、
Y241(A)、
N243(I, W, K, R, H)、
Y300(A, H, R, K)。
上記表記において、数字およびその左側の文字の意味は前記と同様である。数字の右側のカッコ内の文字は、変異後のアミノ酸残基(一文字表記)を示す。すなわち、例えば、「L135(I, F, M, V, G, A, W, K, H, R, C, N, S, T)」は、配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における135位のLeu残基がIle、Phe、Met、Val、Gly、Ala、Trp、Lys、His、Arg、Cys、Asn、Ser、およびThrのいずれかのアミノ酸残基に置換される変異を示す。なお、各変異後のアミノ酸をカッコなしで表記してもよい。すなわち、例えば、「L135I」は、配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における135位のLeu残基がIle残基に置換される変異を示す。
変異の組み合わせは特に制限されない。変異の組み合わせとして、具体的には、下記の組み合わせが挙げられる。
L135I/Q144R、L135I/Q144D、L135I/Q144A、L135I/Q144L、L135I/N243W、L135I/N243F、L135F/Q144A、L135F/N243W、L135M/Q144R、L135M/Q144A、L135M/Q144L、L135M/N243W、L135M/N243F、L135M/Q144H、L135M/Q144N、L135M/N243Y、L135M/N243R、L135M/N243C、L135V/Q144R、L135V/Q144D、L135V/Q144A、L135V/Q144L、L135V/Q144V、L135V/Q144K、L135V/Q144C、L135V/Q144T、L135H/Q144R、L135G/Q144L、L135A/Q144L、L135V/N243W、L135V/N243F、L135V/N243P、Q144R/N243W、Q144R/N243F、Q144D/N243W、Q144D/N243F、Q144A/N243W、Q144A/N243F、Q144L/N243W、Q144L/N243F、L135M/Q144F、L135M/N243A、L135V/N243G、L135V/N243A、L135V/N243L、L135V/N243Y、L135V/N243K、L135V/N243R、L135V/N243H、L135V/N243D、L135V/N243E、L135V/N243C、L135V/N243Q、L135V/N243S、L135V/N243T、L135V/Q144I、L135V/Q144P、L135V/Q144W、L135V/Q144H、L135V/Q144E、L135V/Q144N、L135V/Q144S、L135K/Q144L、L135H/Q144L、L135D/Q144L、L135C/Q144L、L135Q/Q144L、L135N/Q144L、L135S/Q144L、L135T/Q144L。
上記表記において、数字、数字の左側の文字、および数字の右側の文字の意味は前記と同様である。また、上記表記において、「/」で区切られた2又はそれ以上の変異の併記は、二重変異又はそれ以上の多重変異を示す。すなわち、例えば、「L135I/Q144R」は、L135IとQ144Rの二重変異を示す。
また、実施例においてγ−グルタミルバリン合成酵素活性(比活性)の顕著な上昇が認められた変異として、下記の変異が挙げられる。
L135(I, M, V, G, A, K, H, C, N, S, T)、
Q144(F, A, S, D, T, R, H, K, Y, W, C, M, P, V, L, I)、
N243(R, H)、
Y300(R, K)、
L135I/Q144R、L135I/Q144D、L135I/Q144A、L135I/Q144L、L135I/N243W、L135I/N243F、L135F/Q144A、L135M/Q144R、L135M/Q144A、L135M/Q144L、L135M/N243W、L135M/Q144H、L135M/Q144N、L135M/N243C、L135V/Q144R、L135V/Q144D、L135V/Q144A、L135V/Q144L、L135V/Q144V、L135V/Q144K、L135V/Q144C、L135V/Q144T、L135H/Q144R、L135G/Q144L、L135A/Q144L、L135V/N243W、L135V/N243F、L135V/N243P、Q144R/N243W、Q144D/N243W、Q144A/N243W、Q144A/N243F、Q144L/N243W、Q144L/N243F、L135M/Q144F、L135M/N243A、L135V/N243G、L135V/N243A、L135V/N243L、L135V/N243Y、L135V/N243K、L135V/N243R、L135V/N243H、L135V/N243D、L135V/N243E、L135V/N243C、L135V/N243Q、L135V/N243S、L135V/N243T、L135V/Q144P、L135V/Q144W、L135V/Q144H、L135V/Q144E、L135V/Q144N、L135V/Q144S、L135D/Q144L、L135C/Q144L、L135N/Q144L、L135S/Q144L、L135T/Q144L。
任意の野生型GSHAのアミノ酸配列において、「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるn位のアミノ酸残基の変異に相当する変異」とは、配列番号2に示すアミノ酸配列におけるn位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基における変異を意味する。すなわち、例えば、「L135Iに相当する変異」とは、配列番号2に示す野生型GSHAのアミノ酸配列における135位のLeu残基(L135)に相当するアミノ酸残基がIle残基に置換される変異を示す。なお、ここでいう「L135に相当するアミノ酸残基」は、通常Leu残基であってよいが、Leu残基でなくてもよい。すなわち、例えば、「L135Iに相当する変異」は、「L135に相当するアミノ酸残基」がLeu残基である場合に当該Leu残基がIle残基に置換される変異に限られず、「L135に相当するアミノ酸残基」がLys、Arg、His、Ala、Val、Gly、Ser、Thr、Pro、Phe、Trp、Tyr、Cys、Met、Asp、Glu、Asn、またはGln残基である場合に当該アミノ酸残基がIle残基に置換される変異も包含する。他の変異についても同様である。
任意の野生型GSHAのアミノ酸配列において、「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるn位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」とは、対象の野生型GSHAのアミノ酸配列と配列番号2のアミノ酸配列とのアラインメントにおいて配列番号2に示すアミノ酸配列におけるn位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基を意味する。すなわち、上記変異において、アミノ酸残基の位置は、必ずしも野生型GSHAのアミノ酸配列における絶対的な位置を示すものではなく、配列番号2に記載のアミノ酸配列に基づく相対的な位置を示すものである。例えば、配列番号2に示すアミノ酸配列からなる野生型GSHAにおいて、n位よりもN末端側の位置で1アミノ酸残基が欠失した場合、元のn位のアミノ酸残基はN末端から数えてn-1番目のアミノ酸残基となるが、「配列番号2に示すアミノ酸配列におけるn位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」とみなされる。同様に、例えば、ある微生物のGSHAホモログのアミノ酸配列中の100位のアミノ酸残基が、配列番号2に示すアミノ酸配列中の101位に相当するときは、当該アミノ酸残基は、当該GSHAホモログにおける「配列番号2に示すアミノ酸配列における101位のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基」である。
アラインメントは、例えば、公知の遺伝子解析ソフトウェアを利用して実施できる。具体的な遺伝子解析ソフトウェアとしては、日立ソリューションズ製のDNASIS、ゼネティックス製のGENETYX、DDBJが公開しているClustalWなどが挙げられる(Elizabeth C. Tyler et al., Computers and Biomedical Research, 24(1), 72-96, 1991;Barton GJ et al., Journal of molecular biology, 198(2), 327-37. 1987;Thompson JD et al., Nucleic acid Reseach, 22(22), 4673-80. 1994)。
<2>変異型グルタミン酸−システインリガーゼ(変異型GSHA)の製造
変異型GSHAは、変異型gshA遺伝子を有する宿主に変異型gshA遺伝子を発現させることにより製造できる。変異型gshA遺伝子を有する宿主は、変異型gshA遺伝子を適当な宿主に導入することにより取得できる。なお、「変異型gshA遺伝子を宿主に導入する」ことには、宿主の染色体上のgshA遺伝子を「特定の変異」を有するように改変することも含まれる。なお、変異型gshA遺伝子を有する宿主を、変異型GSHAを有する宿主ともいう。また、変異型GSHAは、変異型gshA遺伝子を無細胞タンパク質合成系で発現させることによっても製造できる。
変異型gshA遺伝子は、例えば、野生型gshA遺伝子を、コードされるGSHAが上記「特定の変異」を有するよう改変することにより取得できる。改変のもとになる野生型gshA遺伝子は、例えば、野生型gshA遺伝子を有する生物からのクローニングにより、または、化学合成により、取得できる。また、変異型gshA遺伝子は、野生型gshA遺伝子を介さずに取得することもできる。例えば、化学合成等により変異型gshA遺伝子を直接取得してもよく、変異型gshA遺伝子をさらに改変することにより別の変異型gshA遺伝子を取得してもよい。
遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。
宿主は、機能する変異型GSHAを発現できるものであれば特に制限されない。宿主としては、例えば、細菌、放線菌、酵母、真菌、植物細胞、昆虫細胞、および動物細胞が挙げられる。好ましい宿主としては、細菌や酵母等の微生物が挙げられる。より好ましい宿主としては、細菌が挙げられる。細菌としては、グラム陰性細菌やグラム陽性細菌が挙げられる。グラム陰性細菌としては、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属細菌、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌、パントエア(Pantoea)属細菌等の腸内細菌科(Enterobacteriaceae)に属する細菌が挙げられる。グラム陽性細菌としては、バチルス(Bacillus)属細菌、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属細菌等のコリネ型細菌が挙げられる。宿主としては、中でも、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)を好適に用いることができる。
変異型gshA遺伝子を宿主に導入する手法は特に制限されない。宿主において、変異型gshA遺伝子は、当該宿主で機能するプロモーターの制御下で発現可能に保持されていればよい。宿主において、変異型gshA遺伝子は、プラスミドのように染色体外で自律複製するベクター上に存在していてもよく、染色体上に導入されていてもよい。宿主は、変異型gshA遺伝子を1コピーのみ有していてもよく、2またはそれ以上のコピーで有していてもよい。宿主は、1種類の変異型gshA遺伝子のみを有していてもよく、2またはそれ以上の種類の変異型gshA遺伝子を有していてもよい。
変異型gshA遺伝子を発現させるためのプロモーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。「宿主において機能するプロモーター」とは、宿主においてプロモーター活性を有するプロモーターをいう。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。プロモーターは、gshA遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターは、gshA遺伝子の固有のプロモーターよりも強力なプロモーターであるのが好ましい。エシェリヒア・コリ等の腸内細菌科の細菌において機能する強力なプロモーターとしては、例えば、T7プロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、lacプロモーター、tacプロモーター、tetプロモーター、araBADプロモーター、rpoHプロモーター、PRプロモーター、およびPLプロモーターが挙げられる。また、コリネ型細菌において機能する強力なプロモーターとしては、人為的に設計変更されたP54-6プロモーター(Appl.Microbiol.Biotechnolo., 53, 674-679(2000))、コリネ型細菌内で酢酸、エタノール、ピルビン酸等で誘導できるpta、aceA、aceB、adh、amyEプロモーター、コリネ型細菌内で発現量が多い強力なプロモーターであるcspB、SOD、tuf((EF-Tu))プロモーター(Journal of Biotechnology 104 (2003) 311-323, Appl Environ Microbiol. 2005 Dec;71(12):8587-96.)、lacプロモーター、tacプロモーター、trcプロモーターが挙げられる。また、プロモーターとしては、各種レポーター遺伝子を用いることにより、在来のプロモーターの高活性型のものを取得し利用してもよい。例えば、プロモーター領域内の−35、−10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。高活性型プロモーターとしては、各種tac様プロモーター(Katashkina JI et al. Russian Federation Patent application 2006134574)やpnlp8プロモーター(WO2010/027045)が挙げられる。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。
また、変異型gshA遺伝子の下流には、転写終結用のターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、宿主において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、gshA遺伝子の固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子のターミネーターであってもよい。ターミネーターとして、具体的には、例えば、T7ターミネーター、T4ターミネーター、fdファージターミネーター、tetターミネーター、およびtrpAターミネーターが挙げられる。
変異型gshA遺伝子は、例えば、同遺伝子を含むベクターを用いて宿主に導入することができる。変異型gshA遺伝子を含むベクターを、変異型gshA遺伝子の発現ベクターまたは組み換えベクターともいう。変異型gshA遺伝子の発現ベクターは、例えば、変異型gshA遺伝子を含むDNA断片を宿主で機能するベクターと連結することにより、構築することができる。変異型gshA遺伝子の発現ベクターで宿主を形質転換することにより、同ベクターが導入された形質転換体が得られる、すなわち、同遺伝子を宿主に導入することができる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましい。また、ベクターは、形質転換体を選択するために、抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有することが好ましい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。エシェリヒア・コリ等の腸内細菌科の細菌において自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pBR322、pSTV29(いずれもタカラバイオ社より入手可)、pACYC184、pMW219(ニッポンジーン社)、pTrc99A(ファルマシア社)、pPROK系ベクター(クロンテック社)、pKK233‐2(クロンテック社製)、pET系ベクター(ノバジェン社)、pQE系ベクター(キアゲン社)、pACYC、広宿主域ベクターRSF1010が挙げられる。コリネ型細菌で自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pHM1519(Agric, Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));pAM330(Agric. Biol. Chem., 48, 2901-2903(1984));これらを改良した薬剤耐性遺伝子を有するプラスミド;特開平3-210184号公報に記載のプラスミドpCRY30;特開平2-72876号公報及び米国特許5,185,262号明細書公報に記載のプラスミドpCRY21、pCRY2KE、pCRY2KX、pCRY31、pCRY3KE及びpCRY3KX;特開平1-191686号公報に記載のプラスミドpCRY2およびpCRY3;特開昭58-192900号公報に記載のpAJ655、pAJ611及びpAJ1844;特開昭57-134500号公報に記載のpCG1;特開昭58-35197号公報に記載のpCG2;特開昭57-183799号公報に記載のpCG4およびpCG11が挙げられる。発現ベクターの構築の際には、例えば、固有のプロモーター領域を含む変異型gshA遺伝子をそのままベクターに組み込んでもよく、変異型GSHAのコード領域を上記のようなプロモーターの下流に結合してからベクターに組み込んでもよく、ベクター上にもともと備わっているプロモーターの下流に変異型GSHAのコード領域を組み込んでもよい。
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
また、変異型gshA遺伝子は、例えば、宿主の染色体上へ導入することができる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(MillerI, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、目的物質の生産に不要な遺伝子等の染色体上の適当な配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP805867B1)。染色体への遺伝子の導入の際には、例えば、固有のプロモーター領域を含む変異型gshA遺伝子をそのまま染色体に組み込んでもよく、変異型GSHAのコード領域を上記のようなプロモーターの下流に結合してから染色体に組み込んでもよく、染色体上にもともと存在するプロモーターの下流に変異型GSHAのコード領域を組み込んでもよい。
染色体上に遺伝子が導入されたことは、例えば、同遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を有するプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、または同遺伝子の塩基配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCRによって確認できる。
形質転換法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。形質転換法としては、例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E.., 1997. Gene 1: 153-167)などが挙げられる。また、形質転換法としては、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S.and Choen, S.N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。また、形質転換法としては、コリネ型細菌について報告されているような、電気パルス法(特開平2-207791号公報)を利用することもできる。
変異型gshA遺伝子を発現するための宿主は、野生型gshA遺伝子を有していてもよく、有していなくともよい。変異型gshA遺伝子を発現するための宿主は、野生型gshA遺伝子を有していないのが好ましい。野生型gshA遺伝子を有さない宿主は、染色体上の野生型gshA遺伝子を破壊することにより取得できる。遺伝子を破壊する方法については後述する。例えば、染色体上の野生型gshA遺伝子を変異型gshA遺伝子で置換することにより、野生型gshA遺伝子を有さず、且つ、変異型gshA遺伝子を有する宿主を取得できる。野生型gshA遺伝子を変異型gshA遺伝子で置換するためには、例えば、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組合わせた方法、及びその応用による遺伝子に対して点変異を導入する方法(Heermann, R et al., Microbial Cell Factories 7:14(2008))等の方法を利用できる。
変異型gshA遺伝子を発現するための宿主は、γ−グルタミルペプチドの分解に関与するタンパク質の活性が低下するように改変されていてもよい。γ−グルタミルペプチドの分解に関与するタンパク質としては、γ−グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)が挙げられる。GGTの活性が低下することにより、γ-Glu-Valおよびγ-Glu-Val-Glyの分解を抑制することが出来る。GGTの活性は、GGTをコードするggt遺伝子を破壊等することにより、低下させることができる。一例として、エシェリヒア・コリのggt遺伝子の塩基配列及び同遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ、配列番号5及び6に示す。
以下、タンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の細胞当たりの活性が野性株や親株等の非改変株と比較して減少していることを意味し、活性が完全に消失している場合を含む。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることをいう。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合が含まれる。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合が含まれる。タンパク質の活性は、非改変株と比較して低下していれば特に制限されないが、例えば、非改変株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成される。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の細胞当たりの発現量が野生株や親株等の非改変株と比較して減少することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合が含まれる。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。また、発現調節配列の一部または全部を欠失させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(活性や性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合が含まれる。
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域の一部又は全部を欠損させることにより達成できる。さらには、染色体上の遺伝子の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域、内部領域、C末端領域等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドンを導入すること(ナンセンス変異)、あるいは1〜2塩基を付加または欠失するフレームシフト変異を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272:8611-8617(1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515(1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839(1991))。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。他の配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した欠失型遺伝子を作製し、該欠失型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、欠失型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を欠失型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。欠失型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それら複数のサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。また、タンパク質に複数のアイソザイムが存在する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、複数のアイソザイムの全ての活性を低下させてもよく、一部のみの活性を低下させてもよい。すなわち、例えば、それらのアイソザイムをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT−PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。mRNAの量は、非改変株と比較して、例えば、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量は、非改変株と比較して、例えば、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
上記のようにして得られた、変異型gshA遺伝子が導入された宿主を培養することにより、変異型GSHAを発現させることができる。宿主の培養条件や遺伝子の発現誘導の条件は、マーカーの種類、プロモーターの種類、および宿主の種類等の諸条件に応じて適宜選択すればよい。培養に用いる培地は、宿主が増殖でき、且つ、変異型GSHAを発現できるものであれば特に制限されない。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、イオウ源、無機イオン、及び必要に応じその他の有機成分を含有する通常の培地を用いることができる。
炭素源としては、グルコース、フラクトース、シュクロース、糖蜜、でんぷんの加水分解物等の糖類、グリセロール、エタノール等のアルコール類、フマル酸、クエン酸、コハク酸等の有機酸類が挙げられる。
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水が挙げられる。
イオウ源としては、硫酸塩、亜硫酸塩、硫化物、次亜硫酸塩、チオ硫酸塩等の無機硫黄化合物が挙げられる、
無機イオンとしては、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、マンガンイオン、カリウムイオン、鉄イオン、リン酸イオンが挙げられる。
その他の有機成分としては、有機微量栄養源が挙げられる。有機微量栄養源としては、ビタミンB1などの要求物質や、それらを含む酵母エキス等が挙げられる。
培養温度は、例えば、20℃〜45℃、好ましくは24℃〜45℃であってよい。培養は、通気培養が好ましい。その際の酸素濃度は、例えば、飽和濃度に対して5〜50%に、好ましくは10%程度に調節してよい。培養中のpHは、5〜9が好ましい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、例えば炭酸カルシウム、アンモニアガス、アンモニア水等、を使用することができる。
上記のような条件下で、好ましくは10時間〜120時間程度培養することにより、変異型GSHAを含む培養物が得られる。変異型GSHAは、例えば、宿主の菌体内に蓄積し得る。「菌体」は、宿主の種類に応じて、適宜「細胞」と読み替えてよい。尚、使用する宿主及び変異型gshA遺伝子の設計によっては、ペリプラズムに変異型GSHAを蓄積させることや、菌体外に変異型GSHAを分泌生産させることも可能である。
変異型GSHAは、菌体等に含まれたまま使用してもよく、適宜、菌体等から分離精製し粗酵素画分又は精製酵素として使用してもよい。
すなわち、例えば、宿主の菌体内に変異型GSHAが蓄積する場合、適宜、菌体を破砕、溶解、または抽出等し、変異型GSHAを回収することができる。菌体は、遠心分離等により培養物から回収することができる。細胞の破砕、溶解、または抽出等は、公知の方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、例えば、超音波破砕法、ダイノミル法、ビーズ破砕、フレンチプレス破砕、リゾチーム処理が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。また、例えば、培地に変異型GSHAが蓄積する場合、遠心分離等により培養上清を取得し、培養上清から変異型GSHAを回収することができる。
変異型GSHAの精製は、酵素の精製に用いられる公知の方法により行うことができる。そのような方法としては、例えば、硫安分画、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、等電点沈殿が挙げられる。これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。変異型GSHAの精製は、所望の程度に行うことができる。例えば、GGT等のγ−グルタミルペプチドの分解に関与する成分が変異型GSHAと共存している場合には、そのような成分を除去するのが好ましい。
精製された変異型GSHAは、本発明の方法における「変異型GSHA」として利用できる。変異型GSHAは、遊離の状態で利用されてもよいし、樹脂等の固相に固定化された固定化酵素の状態で利用されてもよい。
また、精製された変異型GSHAに限られず、変異型GSHAを含有する任意の画分を本発明の方法における「変異型GSHA」として利用してもよい。変異型GSHAを含有する画分は、変異型GSHAがGluおよびValに作用できるように含有される限り特に制限されない。そのような画分としては、例えば、変異型gshA遺伝子を有する宿主(変異型GSHAを有する宿主)の培養物、同培養物から回収した菌体(培養菌体)、同菌体の破砕物、同菌体の溶解物、同菌体の抽出物(無細胞抽出液)、同菌体をアクリルアミドやカラギーナン等の担体で固定化した固定化菌体等の菌体処理物、同培養物から回収した培養上清、それらの部分精製物(粗精製物)、それらの組み合わせが挙げられる。これらの画分は、いずれも、単独で利用されてもよいし、精製された変異型GSHAと共に利用されてもよい。
<3>グルタチオン合成酵素(GSHB)およびその製造
「グルタチオン合成酵素(glutathione synthase)」は、通常、γ-Glu-CysとGlyとATPを基質として、グルタチオン(γ-Glu-Cys-Gly)とADPとリン酸を生成する反応を触媒する活性を有する酵素(EC 6.3.2.3)として知られている。本発明において、同活性を、「グルタチオン合成酵素活性」ともいう。本発明において、グルタチオン合成酵素を、「GSHB」ともいう。
また、本発明において、γ-Glu-ValとGlyとATPを基質として、γ-Glu-Val-GlyとADPとリン酸を生成する反応を触媒する活性を、「γ−グルタミルバリルグリシン合成酵素(gamma-Glutamylvalylglycine synthethase)活性」または「γ-Glu-Val-Gly生成活性」ともいう。
本発明において、GSHBとしては、γ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性を有するものを用いる。すなわち、本発明において、「グルタチオン合成酵素(GSHB)」とは、γ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性を有するタンパク質をいうものとする。
本発明において、GSHBは、γ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性を有する限り、γ−グルタミルバリルグリシン以外のγ−グルタミルトリペプチドを生成する活性を有していてもよく、有していなくてもよい。すなわち、例えば、本発明において、GSHBは、グルタチオン合成酵素活性を有していてもよく、有していなくてもよい。
GSHBのγ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性は、例えば、反応液組成を12.5 mMγ-Glu-Val、12.5 mM Gly、12.5 mM ATP、12.5 mM MgS04、2 mMジチオスレイトール、100 mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)、反応温度37℃、反応時間1分〜50時間として、適切な量のGSHBを用いて測定することができる。本条件で1分間に1μmolのγ-Glu-Val-Glyを生成する酵素活性を1 Uのγ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性とする。
GSHBとしては、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)のgshB遺伝子によりコードされるGshBタンパク質(エシェリヒア・コリのGSHB)やサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のGSH2遺伝子によりコードされるGsh2タンパク質(サッカロマイセス・セレビシエのGSHB)が挙げられる。また、GSHBとしては、WO2013/054447に記載の変異型グルタチオン合成酵素も挙げられる。エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のgshB遺伝子の塩基配列は、GenBank accession NC_000913.3としてNCBIデータベースに登録されているゲノム配列中の3,089,900〜3,090,850位の配列に相当する。エシェリヒア・コリK-12 W3110株のgshB遺伝子の塩基配列は、MG1655株のものと同一である。MG1655株のgshB遺伝子(W3110株のgshB遺伝子)の塩基配列を配列番号3に示す。また、同遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号4に示す。すなわち、GSHBは、例えば、配列番号3に示す塩基配列を有する遺伝子にコードされるタンパク質であってよい。また、GSHBは、例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。GSHBは、Hisタグ等のタグ配列を有していてもよい。GSHBは、γ−グルタミルバリルグリシン合成酵素活性を有する限り、上記GSHBのバリアントであってもよい。バリアントについては、上述した野生型GSHAのバリアントに関する記載を準用できる。
GSHBは、GSHBをコードする遺伝子(「gshB遺伝子」ともいう;ただしGSH2遺伝子等のgshBとは異なる遺伝子名を有するものも含む)を有する宿主にgshB遺伝子を発現させることにより製造できる。gshB遺伝子を有する宿主は、gshB遺伝子を適当な宿主に導入することにより取得したものであってもよく、もともとgshB遺伝子を有するものであってもよい。なお、gshB遺伝子を有する宿主を、GSHBを有する宿主ともいう。もともとgshB遺伝子を有する宿主としては、上記gshB遺伝子を有するエシェリヒア・コリや上記GSH2遺伝子を有するサッカロマイセス・セレビシエ等の微生物が挙げられる。もともとgshB遺伝子を有する宿主は、gshB遺伝子の発現が増大するよう改変されていてもよい。gshB遺伝子の発現を増大させる手法としては、gshB遺伝子のコピー数を増加させることやgshB遺伝子の転写効率を向上させることが挙げられる。gshB遺伝子のコピー数の増加は、gshB遺伝子を宿主に導入することにより達成できる。gshB遺伝子の導入については、上述した変異型gshA遺伝子の導入に関する記載を準用できる。なお、導入されるgshB遺伝子は、同種由来であってもよく、異種由来であってもよい。gshB遺伝子の転写効率の向上は、gshB遺伝子のプロモーターをより強力なプロモーターに置換することにより達成できる。より強力なプロモーターとしては上述したような強力なプロモーターを利用できる。gshB遺伝子を発現するための宿主は、γ−グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)等のγ−グルタミルペプチドの分解に関与するタンパク質の活性が低下するように改変されていてもよい。また、GSHBは、gshB遺伝子を無細胞タンパク質合成系で発現させることによっても製造できる。
gshB遺伝子を有する宿主を利用したGSHBの製造については、上述した変異型gshA遺伝子が導入された宿主を利用した変異型GSHAの製造に関する記載を準用できる。製造されたGSHB(精製されたGSHBやGSHBを含有する画分)は、本発明の方法における「GSHB」として利用できる。なお、GSHBは、単独で製造してもよく、変異型GSHAとまとめて製造してもよい。例えば、gshB遺伝子と変異型gshA遺伝子の両方を有する宿主にそれらの遺伝子を発現させることにより、GSHBと変異型GSHAをまとめて製造することができる。
<4>γ−グルタミルバリルグリシン(γ-Glu-Val-Gly)の製造法
本発明は、変異型GSHAを利用したγ-Glu-Valの製造法や変異型GSHAを利用したγ-Glu-Val-Glyの製造法を提供する。これらの方法を総称して、「本発明の方法」ともいう。
<4−1>酵素法
本発明は、変異型GSHAを利用してγ-Glu-Val-Glyを酵素的に製造する方法を提供する。同方法を、「本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(酵素法)」ともいう。
本発明においては、変異型GSHAを利用することにより、GluとValとを反応させ、γ-Glu-Valを生成することができる。すなわち、本発明は、(A)変異型GSHAをGluおよびValに作用させることによりγ-Glu-Valを生成する工程、を含むγ-Glu-Valの製造法を提供する。同方法を、「本発明のγ-Glu-Valの製造法(酵素法)」ともいう。生成したγ-Glu-Valは、適宜、反応液から回収することができる。
さらに、生成したγ-Glu-Valを原料としてγ-Glu-Val-Glyを製造することができる。γ-Glu-Valを原料としてγ-Glu-Val-Glyを製造する方法としては、グルタチオン合成酵素(GSHB)を利用する方法が知られている(特開2012-85637)。具体的には、GSHBを利用することにより、γ-Glu-ValとGlyとを反応させ、γ-Glu-Val-Glyを生成することができる。すなわち、本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(酵素法)の一態様(「第1の態様」ともいう)は、(A)変異型GSHAをGluおよびValに作用させることによりγ-Glu-Valを生成する工程、および(B)GSHBを工程(A)で生成したγ-Glu-ValおよびGlyに作用させることによりγ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法である。
第1の態様において、工程(A)と工程(B)は、それぞれ別個に実施してもよく、一部または全部の期間において同時に実施してもよい。すなわち、例えば、工程(A)と工程(B)を同時に開始してもよく、工程(A)の進行中または完了後に工程(B)を開始してもよい。反応開示時に変異型GSHA、GSHB、Glu、Val、およびGlyを反応系に共存させることで、工程(A)と工程(B)を同時に開始することができる。また、GSHBおよび/またはGlyが反応系に共存していない条件下で工程(A)を開始し、工程(A)の進行中または完了後にGSHBおよび/またはGlyを反応系に共存させることで、工程(B)を開始することができる。また、工程(A)で生成したγ-Glu-Valを回収し、回収したγ-Glu-Valを用いて工程(B)を実施してもよい。γ-Glu-Valは、適宜、精製、希釈、濃縮、乾燥、溶解等の処理に供してから、工程(B)に用いてもよい。
なお、本発明のγ-Glu-Valの製造法(酵素法)の工程(A)は、例えば、第1の態様の工程(A)を単独で実施するのと同様の態様で実施できる。
また、本発明においては、変異型GSHAおよびGSHBを利用することにより、GluとValとGlyとを反応させ、γ-Glu-Val-Glyを生成することができる。すなわち、本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(酵素法)の別の態様(「第2の態様」ともいう)は、(C)変異型GSHAおよびGSHBを、Glu、Val、およびGlyに作用させることにより、γ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法である。第2の態様においては、変異型GSHA、GSHB、Glu、Val、およびGlyを反応系に共存させることにより、変異型GSHAおよびGSHBを、Glu、Val、およびGlyにまとめて作用させ、γ-Glu-Val-Glyを製造することができる。
本発明の方法において、変異型GSHAおよびGSHBを総称して「酵素」ともいう。Glu、Val、およびGlyを総称して「アミノ酸」ともいう。γ-Glu-Valおよびγ-Glu-Val-Glyを総称して「ペプチド」ともいう。Glu、Val、Gly、およびγ-Glu-Valを総称して「基質」ともいう。「基質」には、特記しない限り、さらにATPを含めてよい。酵素とそれに対応する基質との反応を「酵素反応」ともいう。
本発明の方法に用いられる各酵素の態様は上述した通りである。すなわち、各酵素としては、例えば、精製された酵素、酵素を含有する任意の画分、またはそれらの組み合わせを用いることができる。各酵素としては、1種の酵素を用いてもよく、2種またはそれ以上の酵素を組み合わせて用いてもよい。
アミノ酸としては、市販品を用いてもよく、適宜製造して取得したものを用いてもよい。アミノ酸の製造方法は特に制限されず、例えば、公知の方法を利用できる。アミノ酸は、例えば、化学合成、酵素反応、またはその組み合わせにより製造することができる。また、アミノ酸は、例えば、当該アミノ酸の生産能を有する微生物を培養し、培養物から当該アミノ酸を回収することにより、製造することができる。アミノ酸の生産能を有する微生物としては、例えば、後述するようなアミノ酸生産菌を利用できる。また、アミノ酸は、例えば、当該アミノ酸を含有する農水畜産物から回収することにより、製造することができる。アミノ酸としては、所望の程度に精製された精製品を用いてもよく、当該アミノ酸を含有する素材を用いてもよい。アミノ酸を含有する素材は、酵素が当該アミノ酸に作用できる態様で当該アミノ酸を含有する限り特に制限されない。アミノ酸を含有する素材として、具体的には、例えば、当該アミノ酸の生産能を有する微生物を培養して得られた培養物、該培養物から分離した培養上清、該培養物から分離した菌体、それらの濃縮物(濃縮液)や濃縮乾燥物等の処理物が挙げられる。
本発明の方法において、アミノ酸およびペプチドは、いずれも、特記しない限り、フリー体、もしくはその塩、またはそれらの混合物であってよい。すなわち、「アミノ酸」という用語は、特記しない限り、フリー体のアミノ酸、もしくはその塩、またはそれらの混合物を意味してよい。また、「ペプチド」という用語は、特記しない限り、フリー体のペプチド、もしくはその塩、またはそれらの混合物を意味してよい。塩は、化学的に許容されるものであれば特に制限されない。また、製造されるγ-Glu-Val-Glyを経口用途(例えば飲食品への添加用途)に用いる場合、γ-Glu-Val-Glyの塩は、化学的に許容される可食性のものであれば特に制限されない。「化学的に許容される可食性の塩」として、具体的には、例えば、カルボキシル基等の酸性基に対しては、アンモニウム塩、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、カルシウム、マグネシウム等のアルカリ土類金属との塩、アルミニウム塩、亜鉛塩、トリエチルアミン、エタノールアミン、モルホリン、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、ジシクロヘキシルアミン等の有機アミンとの塩、アルギニン、リジン等の塩基性アミン酸との塩を挙げることができる。また、「化学的に許容される可食性の塩」として、具体的には、例えば、塩基性基に対しては、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸等の無機酸との塩、酢酸、クエン酸、安息香酸、マレイン酸、フマル酸、酒石酸、コハク酸、タンニン酸、酪酸、ヒベンズ酸、パモ酸、エナント酸、デカン酸、テオクル酸、サリチル酸、乳酸、シュウ酸、マンデル酸、リンゴ酸等の有機カルボン酸との塩、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸等の有機スルホン酸との塩を挙げることができる。塩としては、1種の塩を用いてもよく、2種またはそれ以上の塩を組み合わせて用いてもよい。
酵素反応は、バッチ式で実施してもよく、カラム式で実施してもよい。バッチ式の場合は、反応容器内の反応液中で、酵素と基質を混合することにより、酵素反応を実施できる。酵素反応は、静置で実施してもよく、撹拌下で実施してもよい。カラム式の場合は、固定化菌体又は固定化酵素を充填したカラムに基質を含有する反応液を通液することにより、酵素反応を実施できる。反応液としては、必要な成分を含有する、水や緩衝液等を用いることができる。反応液は、例えば、酵素、基質、ATP、2価の金属イオンを含有していてよい。酵素反応に用いられる成分の組み合わせは、実施する工程の種類およびその実施態様(複数の工程を同時に実施するか等)に応じて適宜選択することができる。
変異型GSHAおよびGSHBは、いずれも、酵素反応にATPを利用する。よって、反応系には、ATPを適宜供給する。すなわち、反応系(反応液)は、ATPを含有していてよい。前記工程(A)〜(C)は、いずれも、ATPの存在下で実施することができる。ATPの供給方法は、酵素反応にATPを利用できる限り特に制限されない。ATPは、例えば、粉末あるいは水溶液等の任意の形態で、反応液に添加することができる。また、ATPは、例えば、ATPを生成または再生する方法により反応系に供給されてもよい。ATPを生成または再生する方法としては、コリネバクテリウム属細菌を利用して炭素源からATPを供給させる方法(Hori, H et al., Appl. Microbiol. Biotechnol. 48(6): 693-698 (1997))、酵母菌体とグルコースを利用してATPを再生する方法(Yamamoto, S et al., Biosci. Biotechnol. Biochem. 69(4): 784-789 (2005))、ホスホエノールピルビン酸とピルビン酸キナーゼを利用してATPを再生する方法(C. Aug'e and Ch. Gautheron, Tetrahedron Lett. 29:789-790 (1988))、ポリリン酸とポリリン酸キナーゼを利用してATPを再生する方法(Murata, K et al., Agric. Biol. Chem. 52(6): 1471-1477 (1988))等が知られている。
また、例えば、変異型GSHAは、通常、酵素反応に2価の金属イオンを要求する。よって、反応系(反応液)は、2価の金属イオンを含有していてよい。前記工程(A)〜(C)は、いずれも、2価の金属イオンの存在下で実施することができる。好ましい2価の金属イオンとしては、Mg2+やMn2+が挙げられる。2価の金属イオンの濃度は、例えば、1〜200mMであってよい。
反応条件(反応液のpH、反応温度、反応時間、基質や酵素等の各種成分の濃度等)は、γ-Glu-Val-Glyが生成する限り特に制限されない。
反応液のpHは、例えば、通常6.0〜10.0、好ましくは6.5〜9.0であってよい。
反応温度は、例えば、通常15〜50℃、好ましくは15〜45℃、より好ましくは20〜40℃であってよい。
反応時間は、第1の態様の工程(A)および工程(B)のそれぞれについて、例えば、5分〜200時間であってよい。反応時間は、第2の態様の工程(C)について、例えば、5分〜200時間であってよい。反応液の通液速度は、例えば、反応時間が上記例示した反応時間の範囲となるような速度であってよい。
反応液中の各基質の濃度は、例えば、通常0.1〜2000mM、好ましくは1〜2000mM、より好ましくは10〜1000mMであってよい。
反応液中の各基質のモル比は、第1の態様の工程(A)については、例えば、通常、Glu:Val:ATP=1:1:1であってよく、任意の基質の比率を0.1〜10に変化させてもよい。すなわち、例えば、Glu:Val:ATP=0.1〜10:0.1〜10:0.1〜10であってよい。反応液中の各基質のモル比は、第1の態様の工程(B)については、例えば、通常、γ-Glu-Val:Gly:ATP=1:1:1であってよく、任意の基質の比率を0.1〜10に変化させてもよい。すなわち、例えば、γ-Glu-Val:Gly:ATP=0.1〜10:0.1〜10:0.1〜10であってよい。反応液中の各基質のモル比は、第2の態様の工程(C)については、例えば、通常、Glu:Val:Gly:ATP=1:1:1:2であってよく、任意の基質の比率を0.1〜10に変化させてもよく、ATPの比率を0.2〜20に変化させてもよい。すなわち、例えば、Glu:Val:Gly:ATP=0.1〜10:0.1〜10:0.1〜10:0.2〜20であってよい。なお、第1の態様において工程(A)と工程(B)を同時に実施する場合、第1の態様における各基質のモル比については、適宜、第2の態様における各基質のモル比を参考にしてもよい。
酵素の使用量は、例えば、酵素活性に基づいて設定することができる。変異型GSHAの使用量は、GluおよびValの合計量1 mmolに対して、例えば、γ-Glu-Val生成活性に換算して、通常0.01〜1000 U、好ましくは0.1〜500 U、より好ましくは0.1〜100 Uであってよい。GSHBの使用量は、第1の態様の工程(B)については、γ-Glu-ValおよびGlyの合計量1 mmolに対して、例えば、γ-Glu-Val-Gly生成活性に換算して、通常0.01〜1000 U、好ましくは0.1〜500 U、より好ましくは0.1〜100 Uであってよい。GSHBの使用量は、第2の態様の工程(C)については、Gluの半量、Valの半量、およびGlyの全量の合計量1 mmolに対して、例えば、γ-Glu-Val-Gly生成活性に換算して、通常0.01〜1000 U、好ましくは0.1〜500 U、より好ましくは0.1〜100 Uであってよい。なお、第1の態様において工程(A)と工程(B)を同時に実施する場合、第1の態様におけるGSHBの使用量については、適宜、第2の態様におけるGSHBの使用量を参考にしてもよい。
いずれの態様においても、酵素反応の過程において、基質、酵素、および/またはその他の成分を単独で、あるいは任意の組み合わせで、追加的に反応系に添加してもよい。これらの成分は、1回または複数回添加されてもよく、連続的に添加されてもよい。また、反応条件は、酵素反応の開始から終了まで均一であってもよく、酵素反応の過程において変化してもよい。「反応条件が酵素反応の過程において変化する」とは、反応条件が時間的に変化することに限られず、反応条件が空間的に変化することを含む。「反応条件が空間的に変化する」とは、例えば、カラム式で酵素反応を実施する場合に、反応温度や酵素濃度等の反応条件が流路上の位置に応じて異なっていることをいう。
このようにして酵素反応を実施することにより、γ-Glu-Val-Glyを含有する反応液が得られる。γ-Glu-Val-Glyが生成したことは、化合物の検出または同定に用いられる公知の手法により確認することができる。そのような手法としては、例えば、HPLC、LC/MS、GC/MS、NMRが挙げられる。これらの手法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。γ-Glu-Val-Glyは、適宜、反応液から回収することができる。γ-Glu-Val-Glyの回収は、化合物の分離精製に用いられる公知の手法により行うことができる。そのような手法としては、例えば、イオン交換クロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー、溶液からの結晶化、再結晶が挙げられる。これらの手法は、1種を単独で用いてもよく、2種またはそれ以上を適宜組み合わせて用いてもよい。回収されるγ-Glu-Val-Glyは、γ-Glu-Val-Gly以外の成分、例えばγ-Glu-Val-Glyの製造に用いられた成分や水分等、を含んでいてもよい。γ-Glu-Val-Glyは、所望の程度に精製されていてよい。γ-Glu-Val-Glyは、例えば、30%(w/w)以上、50%(w/w)以上、70%(w/w)以上、80%(w/w)以上、90%(w/w)以上、または95%(w/w)以上の純度に精製されてよい。また、γ-Glu-Valの回収も、γ-Glu-Val-Glyの回収と同様に行うことができる。
<4−2>発酵法
本発明は、変異型GSHAを利用してγ-Glu-Val-Glyを発酵により製造する方法を提供する。同方法を、「本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(発酵法)」ともいう。
本発明においては、変異型GSHAを有する微生物を利用することにより、GluとValからγ-Glu-Valを発酵生産することができる。すなわち、本発明は、(A)変異型GSHAを有する微生物を培地で培養することによりGluおよびValからγ-Glu-Valを生成する工程、を含むγ-Glu-Valの製造法を提供する。同方法を、「本発明のγ-Glu-Valの製造法(発酵法)」ともいう。生成したγ-Glu-Valは、適宜、培養物から回収することができる。
さらに、GSHBを有する微生物を利用することにより、γ-Glu-ValとGlyからγ-Glu-Val-Glyを発酵生産することができる。すなわち、本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(発酵法)の一態様(「第3の態様」ともいう)は、(A)変異型GSHAを有する微生物を培地で培養することによりGluおよびValからγ-Glu-Valを生成する工程、および(B)GSHBを有する微生物を培地で培養することにより工程(A)で生成したγ-Glu-ValおよびGlyからγ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法である。
第3の態様において、工程(A)と工程(B)は、それぞれ別個に実施してもよく、一部または全部の期間において同時に実施してもよい。すなわち、例えば、工程(A)と工程(B)を同時に開始してもよく、工程(A)の進行中または完了後に工程(B)を開始してもよい。また、第3の態様において、工程(A)と工程(B)は、変異型GSHAを有する微生物と、それとは別個の、GSHBを有する微生物を用いて実施してもよく、変異型GSHAおよびGSHBの両方を有する単一の微生物を用いて実施してもよい。例えば、変異型GSHAおよびGSHBの両方を有する微生物を利用し、Glu、Val、およびGlyが利用可能な状態で培養を実施すれば、工程(A)と工程(B)を同時に実施することができる。また、工程(A)で生成したγ-Glu-Valを回収し、回収したγ-Glu-Valを培地に添加して工程(B)を実施してもよい。γ-Glu-Valは、適宜、精製、希釈、濃縮、乾燥、溶解等の処理に供してから、工程(B)に用いてもよい。
なお、本発明のγ-Glu-Valの製造法(発酵法)の工程(A)は、例えば、第3の態様の工程(A)を単独で実施するのと同様の態様で実施できる。
また、本発明においては、変異型GSHAおよびGSHBの両方を有する微生物を利用することにより、GluとValとGlyとからγ-Glu-Val-Glyを発酵生産することができる。すなわち、本発明のγ-Glu-Val-Glyの製造法(発酵法)の別の態様(「第4の態様」ともいう)は、(C)変異型GSHAおよびGSHBを有する微生物を培地で培養することによりGlu、Val、およびGlyからγ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法である。
発酵法において、酵素、アミノ酸、ペプチド、基質、酵素反応等の用語は、酵素法と同様の意味で使用する。また、変異型GSHAを有する微生物、GSHBを有する微生物、および変異型GSHAおよびGSHBを有する微生物を総称して「微生物」ともいう。
基質となる各アミノ酸の供給方法は、酵素反応に当該アミノ酸を利用できる限り特に制限されない。各アミノ酸は、例えば、各工程で用いられる微生物により生合成されてもよく、培地に添加されてもよく、その組み合わせであってもよい。すなわち、例えば、Glu、Val、およびGlyの全てが微生物により生合成されてもよく、Glu、Val、およびGlyの全てが培地に添加されてもよい。また、例えば、Glu、Val、およびGlyの内、1種または2種のアミノ酸が微生物により生合成され、他のアミノ酸が培地に添加されてもよい。Glu、Val、およびGlyのいずれも、微生物により生合成され、且つ、培地に添加されてもよい。
すなわち、本発明のγ-Glu-Valの製造法(発酵法)の一態様は、例えば、(A1)変異型GSHAを有する微生物をGluおよびValを含有する培地で培養することによりγ-Glu-Valを生成する工程、を含むγ-Glu-Valの製造法であってもよく、(A2)変異型GSHAを有し、且つ、GluおよびValの生産能を有する微生物を培地で培養することによりγ-Glu-Valを生成する工程、を含むγ-Glu-Valの製造法であってもよい。
また、第3の態様の一態様は、例えば、(A1)と(A2)のいずれか、および、(B1)と(B2)のいずれかを含むγ-Glu-Val-Glyの製造法であってもよい:
(A1)変異型GSHAを有する微生物をGluおよびValを含有する培地で培養することによりγ-Glu-Valを生成する工程;
(A2)変異型GSHAを有し、且つ、GluおよびValの生産能を有する微生物を培地で培養することによりγ-Glu-Valを生成する工程;
(B1)GSHBを有する微生物を工程(A1)または(A2)で生成したγ-Glu-ValおよびGlyを含有する培地で培養することによりγ-Glu-Val-Glyを生成する工程;
(B2)GSHBを有し、且つ、Glyの生産能を有する微生物を工程(A1)または(A2)で生成したγ-Glu-Valを含有する培地で培養することによりγ-Glu-Val-Glyを生成する工程。
また、第4の態様の一態様は、例えば、(C1)変異型GSHAおよびGSHBを有する微生物をGlu、Val、およびGlyを含有する培地で培養することによりγ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法であってもよく、(C2)変異型GSHAおよびGSHBを有し、且つ、Glu、Val、およびGlyの生産能を有する微生物を培地で培養することによりγ-Glu-Val-Glyを生成する工程、を含むγ-Glu-Val-Glyの製造法であってもよい。
変異型GSHAを有する微生物としては、上述したような変異型gshA遺伝子を有する微生物を、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。GSHBを有する微生物としては、上述したようなgshB遺伝子を有する微生物を、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。変異型GSHAおよびGSHBを有する微生物としては、上述したような変異型gshA遺伝子とgshB遺伝子の両方を有する微生物を、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。
アミノ酸の生産能を有する微生物は、本来的にアミノ酸の生産能を有するものであってもよく、アミノ酸の生産能を有するように改変されたものであってもよい。アミノ酸の生産能を有する微生物は、微生物にアミノ酸生産能を付与することにより、または、微生物のアミノ酸生産能を増強することにより、取得できる。変異型gshA遺伝子および/またはgshB遺伝子の導入等の酵素生産能の付与または増強と、アミノ酸生産能の付与または増強とは、いずれを先に実施してもよい。すなわち、変異型GSHAおよび/またはGSHBを有し、且つ、アミノ酸の生産能を有する微生物は、変異型GSHAおよび/またはGSHBを有する微生物を、アミノ酸生産能を有するように改変することにより取得してもよく、アミノ酸生産能を有する微生物を、変異型GSHAおよび/またはGSHBを有するように改変することにより取得してもよい。L−アミノ酸生産能の付与または増強は、従来、コリネ型細菌又はエシェリヒア属細菌等のアミノ酸生産菌の育種に採用されてきた方法により行うことができる(アミノ酸発酵、(株)学会出版センター、1986年5月30日初版発行、第77〜100頁参照)。そのような方法としては、例えば、栄養要求性変異株の取得、L−アミノ酸のアナログ耐性株の取得、代謝制御変異株の取得、L−アミノ酸の生合成系酵素の活性が増強された組換え株の創製が挙げられる。また、L−アミノ酸生産能の付与又は増強は、目的のL−アミノ酸の生合成経路から分岐して目的のL−アミノ酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性を低下させることによっても行うことができる。
L−グルタミン酸生産菌としては、コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム)ATCC13869株より取得されたodhA欠損株に、V197M変異を有するmviN遺伝子を導入した組換え株(特開2010-161970)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来gltA(クエン酸シンターゼ)遺伝子を導入したパントエア・アグロメランスAJ13355株(特許第4285582号)、グルタミンシンセターゼの397位のチロシン残基が他のアミノ酸残基に置換された変異型グルタミンシンセターゼを有するエシェリヒア属細菌(米国特許出願公開第2003-0148474号明細書)などが例示できる。L−バリン生産菌としては、エシェリヒア・コリVL1970株(米国特許第5658766号)、生育のためにリポ酸を要求する変異および/またはH+-ATPaseを欠損する変異を有するエシェリヒア属細菌、および、これらの性質に加えて、少なくともilvG、ilvM、ilvE、およびilvDの各遺伝子を発現し、且つ、スレオニンデアミナーゼ活性を発現しないilvGMEDAオペロンを含むDNA断片が細胞内に導入されたエシェリヒア属細菌(WO96/06926)などが例示できる。すなわち、例えば、これらの改変を微生物に導入することにより、アミノ酸生産能を付与または増強できる。
また、微生物は、培地中に添加されたアミノ酸を取り込む能力が向上するよう改変されていてもよい。また、微生物は、その利用態様に応じて、生成したγ-Glu-Valを菌体外に排出する能力が向上するよう改変されていてもよく、培地中に添加されたγ-Glu-Valを取り込む能力が向上するよう改変されていてもよい。また、微生物は、生成したγ-Glu-Val-Glyを菌体外に排出する能力が向上するよう改変されていてもよい。
培養条件は、微生物が増殖でき、γ-Glu-Val-Glyが生成する限り、特に制限されない。培養条件については、上述した変異型GSHAの製造法における培養条件の記載を参照できる。
変異型GSHAおよびGSHBは、いずれも、酵素反応にATPを利用する。よって、反応系には、ATPを適宜供給する。すなわち、反応系は、ATPを含有していてよい。前記工程(A)〜(C)は、いずれも、ATPの存在下で実施することができる。ATPの供給方法は、酵素反応にATPを利用できる限り特に制限されない。ATPは、例えば、各工程で用いられる微生物により生成されてもよく、上述したようなATPを生成または再生する方法により反応系に供給されてもよい。ATPの供給には、例えば、通常のエネルギー代謝によるATP再生系が強化された微生物やポリリン酸キナーゼの作用でATPを再生する能力を有する微生物を培養液中に共存させる方法等の共培養系(特公平7-16431、特公平6-69386)が好適に利用できる。
また、例えば、変異型GSHAは、通常、酵素反応に2価の金属イオンを要求する。よって、反応系は、2価の金属イオンを含有していてよい。前記工程(A)〜(C)は、いずれも、2価の金属イオンの存在下で実施することができる。
アミノ酸を含有する培地を用いる場合、アミノ酸は、培養開始時から培地に含まれていてもよく、培養途中の任意の時点で培地に添加されてもよい。添加のタイミングは、培養時間等の諸条件に応じて適宜変更できるが、一例としては、培養終了時の好ましくは0〜50時間前、より好ましくは0.1〜24時間前、特に好ましくは0.5〜6時間前であってよい。アミノ酸は、1回または複数回添加されてもよく、連続的に添加されてもよい。培地中の各アミノ酸の濃度は、例えば、通常0.1〜2000mM、好ましくは1〜2000mM、より好ましくは10〜1000mMであってよい。また、培地中の各基質のモル比については、酵素法における反応液中の各基質のモル比に関する記載を準用してもよい。
このようにして培養を行うことにより、γ-Glu-Val-Glyを含む培養物が得られる。γ-Glu-Val-Glyが生成したことは、上述したように、化合物の検出または同定に用いられる公知の手法により確認することができる。γ-Glu-Val-Glyは、適宜、培養物から回収することができる。γ-Glu-Val-Glyの回収は、上述したように、化合物の分離精製に用いられる公知の手法により行うことができる。なお、菌体内にL−アミノ酸が蓄積する場合には、例えば、菌体を超音波などにより破砕し、遠心分離によって菌体を除去して得られる上清から、イオン交換樹脂法などによってγ-Glu-Val-Glyを回収することができる。
また、微生物が酵母であり、γ-Glu-Val-Glyが菌体内に蓄積する場合、同酵母は、例えば、γ-Glu-Val-Glyを含有する酵母エキスの製造に利用できる。すなわち、本発明は、同酵母を原料として用いて酵母エキスを調製することを含む、γ-Glu-Abuを含有する酵母エキスの製造法を提供する。酵母からの酵母エキスの調製は、通常の酵母エキスの調製と同様にして行えばよい。酵母エキスは、酵母菌体を熱水抽出したものを処理したものでもよいし、酵母菌体を消化したものを処理したものでもよい。また、必要に応じて、得られた酵母エキスを濃縮してもよいし、乾燥し粉末の形態にしてもよい。
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明する。
〔実施例1〕野生型gshA遺伝子発現プラスミドの構築
本実施例では、エシェリヒア・コリのgshA遺伝子及びエシェリヒア・コリのgshB遺伝子を搭載するプラスミドpSH1391(Suzuki, H., et al J. Bacteriol. 187: 5861-5867 (2005))を出発材料に、開始コドンがATGに置換されたエシェリヒア・コリの野生型gshA遺伝子の発現プラスミドpTO1を構築した。
(1)pSH1391の構築
pSH1391のプラスミド構築法は以下の通りである。エシェリヒア・コリのgshA遺伝子を取得する目的で、エシェリヒア・コリMG1655株(ATCC 47076)のゲノムDNAを鋳型として、ストラタジーン社製のPfuポリメラーゼを使用して、配列番号7、8のプライマー(表1)を用いてPCRを実施した。PCR産物をPvuI/PstIで消化して得られたgshA遺伝子を含む約2.4kbの断片と、pBR322をPvuI/PstI消化して得られた約4.2kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、20μg/mLのテトラサイクリン塩酸塩(Tc)を含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、目的の構造を持つプラスミドをpFK68と名付けた。
同様に、エシェリヒア・コリのgshB遺伝子を取得する目的で、エシェリヒア・コリMG1655株(ATCC 47076)のゲノムDNAを鋳型として、ストラタジーン社製のPfuポリメラーゼを使用して、配列番号9、10のプライマー(表2)を用いてPCRを実施した。PCR産物をHindIII/BamHIで消化して得られたgshB遺伝子を含む約1.5kbの断片と、pUC18をHindIII/BamHI消化して得られた約2.7kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、100μg/mLのアンピシリンナトリウム(Amp)を含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、目的の構造を持つプラスミドをpFK63と名付けた。
次に、pFK68をAatII/ScaI消化して得られたgshA遺伝子を含む約5.9kbの断片と、pFK63をAatII/SmaI消化して得られたgshB遺伝子を含む約1.9kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、20μg/mLのTcを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、目的の構造を持つプラスミドをpSH1388と名付けた。
次いで、pSH1388をBanIIIで消化して得られた約7.8kbのgshA遺伝子、gshB遺伝子、及びテトラサイクリン耐性遺伝子を含む断片を脱リン酸化し、pUC4K(ファルマシア社製)をAccI処理して得られたカナマイシン耐性遺伝子を含む1.2kb断片とライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、30μg/mLのカナマイシン硫酸塩(kan)を含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、カナマイシン耐性遺伝子とテトラサイクリン耐性遺伝子が同一のオリエンテーションで含まれる構造を持つプラスミドをpSH1391と名付けた。
(2)pTO1の構築
pET3-a(ノバジェン社製)をSphI消化し、末端をブラント処理後、PvuII消化し、得られた約3.1kbのDNA断片をセルフライゲーションしてプラスミドpSH1558を作製した。pSH1558をAatII/BglII消化して得られた約2.4kbのアンピシリン耐性遺伝子を含む断片とpSH1391をAatII/BglII消化して得られたエシェリヒア・コリの野生型gshA遺伝子の部分断片を含む約3.6kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、100μg/mLのAmpを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、目的の構造を持つプラスミドをpSH1559と名付けた。
次に、gshA遺伝子にW100L変異を導入することを目的として、東洋紡社のKOD-plusポリメラーゼを使用し、pSH1559を鋳型として、配列番号11、12のプライマー(表3)を用いて、製造元のプロトコールに従ってPCRを実施した。得られたPCR産物をDpnIで消化した後、該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、100μg/mLのAmpを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、ABI PRISM 310NTジェネティックアナライザー(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドをpSH1560と名付けた。
次いで、gshA遺伝子の開始コドンをATGに置換すること(L1M変異)を目的として、東洋紡社のKOD-plusポリメラーゼを使用し、pSH1559を鋳型として、配列番号13、14のプライマー(表4)を用いて、製造元のプロトコールに従ってPCRを実施した。得られたPCR産物をDpnIで消化した後、該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、100μg/mLのAmpを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドをpSH1561と名付けた。
開始コドンがATGに置換され、且つ、W100L変異を有さないgshA遺伝子の部分断片を取得する目的で、pSH1561をEcoRV/BglII消化して得られた約4.9kbのアンピシリン耐性遺伝子を含む断片とpSH1559をEcoRV/BglII消化して得られた約1.1kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、100μg/mLのAmpを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドをpSH1694と名付けた。
開始コドンがATGに置換され、且つ、W100L変異を有さない完全長のgshA遺伝子を取得する目的で、pSH1391をAatII/BglII消化して得られた約5.5kbのカナマイシン耐性遺伝子を含む断片とpSH1694をAatII/BglII消化して得られた約3.6kbの断片をライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、30μg/mLのKanを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドをpSH1695と名付けた。
次に、pSH1695上に含まれる不要なgshB遺伝子を排除する目的で、pSH1695をAatII/KpnIで消化した後、アガロースゲル電気泳動にて目的のgshA遺伝子を含むDNAを切り出し、末端をブラント化し、セルフライゲーションした。該反応液でエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、30μg/mLのKanを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、目的の構造を持つプラスミドをpTO1と名付けた。
〔実施例2〕変異型gshA遺伝子発現プラスミドの構築
本実施例では、pTO1を基に、各種変異型gshA遺伝子の発現プラスミドを構築した。
変異型gshA遺伝子を構築するため、東洋紡社のKOD-plusポリメラーゼを使用し、製造元のプロトコールに従って、各種変異型gshA遺伝子に対応するプライマー(配列番号15〜26)を用いて、実施例1で構築したpTO1を鋳型として、PCRを実施した。各変異とプライマーの関係を表5に示す。表中、下線部が、変異の導入されるアミノ酸残基に対応する。得られたPCR産物をDpnIで消化した後、該反応液によりエシェリヒア・コリDH5α株を形質転換し、30μg/mLのKanを含むLB寒天培地に塗布後、37℃で18時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドを変異型gshA遺伝子の発現プラスミドとして取得した。各変異とプラスミドの関係を表5に示す。なお、エシェリヒア・コリがもともと有するgshA遺伝子の開始コドンはTTGであるが、pTO1ではATGに置換されているため、各変異型gshA遺伝子の発現プラスミドにおける変異型gshA遺伝子の開始コドンもATGである。
無細胞抽出液を用いた酵素活性を測定することによって変異導入の効果を評価するために、各変異型gshA遺伝子の発現プラスミドによりエシェリヒア・コリSI97株を形質転換し、表5に示す菌株を得た。同様に、野生型gshA遺伝子の発現プラスミドpTO1でエシェリヒア・コリSI97株を形質転換し、TO22株を得た。エシェリヒア・コリSI97株は、エシェリヒア・コリMG1655株のggt遺伝子及びgshA遺伝子の欠損株である(Suzuki, H., et al J. Bacteriol. 187: 5861-5867 (2005))。エシェリヒア・コリSI97株を宿主として使用することによって、酵素活性の測定の際に、エシェリヒア・コリがもともと有するgshA遺伝子の遺伝子産物の影響が排除される。また、エシェリヒア・コリSI97株を宿主として使用することによって、酵素活性の測定の際に、酵素反応生成物であるγ−グルタミル結合を有するペプチドが無細胞抽出液中に含まれるggt遺伝子産物によって酵素的に分解される影響が排除される。
〔実施例3〕変異型GSHAのγ−グルタミルジペプチド生成活性の評価
実施例2で取得した各菌株を30μg/mLのKanを含む10 mLのLB培地に接種し、37℃、120往復/分で一晩振とう培養することで前培養液を調製した。得られた前培養液の濁度(600nm)を測定し、初期濁度が0.1となるように、500 mL容三角フラスコに張り込んだ30μg/mLのKanを含むLB培地100 mLに前培養液を接種した。37℃、100往復/分で終夜振とう培養した後に、遠心分離(4℃、8,000 rpm、5分)によって集菌した。沈殿として得られた菌体を5mLのTris-HCl buffer (pH 8.0) に懸濁し、再度遠心分離(4℃、8,000 rpm、5分)することによって菌体を洗浄した。沈殿として得られた菌体を3mLのTris-HCl buffer (pH 8.0)に再度懸濁し、氷水で冷やしながら超音波破砕(190 W、5分間)を行った。破砕処理液を遠心分離(4℃、8,000 rpm、10分)し、得られた上清を無細胞抽出液とした。
無細胞抽出液を用いて酵素活性の測定を行った。酵素活性としては、γ-Glu-Val生成活性とγ-Glu-Gly生成活性を測定した。
γ-Glu-Val生成活性の測定条件は以下の通りである。反応液組成は25mM グルタミン酸、25mM バリン、5mM ATP、25mM MgS04、20mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)とした。反応液量は1mLとし、無細胞抽出液を添加することによって酵素反応を開始した。反応温度は37℃とし、反応時間は0〜120分間とした。反応を停止する際には、反応液0.5mLに対して、0.05mLの100w/v% トリクロロ酢酸を添加した。反応終了後に、HPLCにて生成したγ-Glu-Valを定量した。
γ-Glu-Gly生成活性を測定する場合には、上記反応液中のバリンをグリシンに置き換え、生成したγ-Glu-Glyを定量した。
HPLCの条件は以下の通りである。カラムには、島津製作所社製Shim-pack Amino-Na(粒子径5ミクロン、内径6mm、長さ100mm)を用いた。溶離液としては、buffer A (66.6mM クエン酸, 1% 過塩素酸, 7% エタノール, pH2.8)及びbuffer B (200mM クエン酸, 200mM ホウ酸, 0.12N NaOH, pH 10)を使用した。カラム温度は60°C、流速は0.6 mL/minとした。溶離液のグラジエントは、0〜9分はbuffer B:0%、9〜13分はbuffer B:0〜7%、13〜17.2分はbuffer B:7〜8%、17.2〜20.8分はbuffer B:11%、20.8〜22分はbuffer B:50〜58%、22〜28.8分はbuffer B:100%とした。検出は、o-フタルアルデヒドを検出試薬として使用して、蛍光波長450nm、励起波長350nmで行った。
以上の方法により、γ-Glu-Val生成量及びγ-Glu-Gly生成量を定量し、比活性を算出した。結果を表6に示す。表中、「反応(A)」はγ-Glu-Gly生成活性の比活性、「反応(B)」はγ-Glu-Val生成活性の比活性、「(B)/(A)」は、γ-Glu-Gly生成活性の比活性に対するγ-Glu-Val生成活性の比活性の比率をそれぞれ示す。
〔実施例4〕野生型gshA遺伝子発現プラスミドの構築
エシェリヒア・コリMG1655(ATCC 47076)のグルタミン酸−システインリガーゼをコードするgshA遺伝子の発現プラスミドpSF12-EcGshAを以下の手順で構築した。gshA遺伝子の塩基配列およびそれによりコードされるGSHAのアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1および配列番号2に示す。なお、同遺伝子の開始コドンはTTGであったため、pSF12-EcGshAの構築に際し、開始コドンをATGに置換した。また、pSF12-EcGshAによれば、GSHAはC末端にHisタグが付加された形態で発現する。
初めに、エシェリヒア・コリW3110株(ATCC 27325)由来のγ-グルタミルトランスペプチダーゼをコードするggt遺伝子とrpoHプロモーターを含むpUC18由来プラスミドpSF12-ggt(WO2013/051685A1)をNdeI/PstI消化し、QIAquick Gel Extraction Kit(Qiagen社製)にて精製し、約3.1kbの断片を得た。
次に、エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAを鋳型として、Phusionポリメラーゼ(New England Biolabs社製)を使用して、製造元のプロトコールに従って98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で25秒の条件で30サイクルのPCRを行い、約1.6kbの断片を得た。プライマーとしては、配列番号27および配列番号28のプライマーの組み合わせ(表7)を使用した。
次に、pSF12-ggtをNdeI/PstI消化して得られた約3.0kbの断片とPCRで得られた約1.6kbの断片を、In-Fusion HD Cloning Kit(Clontech社製)を用いて、製造元のプロトコールに従って融合させた。該反応液でエシェリヒア・コリJM109株を形質転換し、100μg/mLのアンピシリンナトリウム(Amp)を含むLB寒天培地(1.0%(w/v)ペプトン、0.5%(w/v)酵母エキス、1.0%(w/v)NaCl、1.5%(w/v)寒天)に塗布後、30℃で20時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、3130ジェネティックアナライザー(Life Technologies社製)を用いて塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドをpSF12-EcGshAと命名した。
〔実施例5〕変異型gshA遺伝子発現プラスミドの構築
変異型gshA遺伝子を構築するため、Quik Change Site-Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社)を使用し、製造元のプロトコールに従って、各種変異型gshA遺伝子に対応するプライマー(配列番号29〜76)を用いて、実施例4に記載したpSF12-EcGshAを鋳型として、PCRを実施した。各変異とプライマーの関係を表8に示す。表中、大文字表記の配列が変異の導入されるアミノ酸残基に対応する。
得られたPCR産物をDpnIで消化した後、該反応液によりエシェリヒア・コリJM109株を形質転換し、100μg/mLのアンピシリンナトリウム(Amp)を含むLB寒天培地に塗布後、30℃で20時間培養した。生育してきた形質転換体のコロニーから、公知の方法に従ってプラスミドを抽出し、3130ジェネティックアナライザー(Life Technologies社製)を用いて塩基配列の確認を行い、目的の構造を持つプラスミドを変異型gshA遺伝子の発現プラスミドとして取得した。各変異が導入されたプラスミドは、pSF12-EcGshAに各々の変異の態様を付加して命名した。例えば、Q144F変異を有する変異型GSHAをコードする変異型gshA遺伝子を持つプラスミドは、pSF12-EcGshA-Q144Fと命名した。次いで、このようにして得られた変異型gshA遺伝子の発現プラスミドを鋳型として、同様の手順でさらに変異を導入することにより、二重変異を有する変異型gshA遺伝子の発現プラスミドを取得し、同様に命名した。例えば、pSF12-EcGshA-L135Mを鋳型として、さらにQ144R変異を導入することにより、L135MとQ144Rの二重変異(L135M/Q144R)を有する変異型GSHAをコードする変異型gshA遺伝子を持つプラスミドを取得し、pSF12-EcGshA-L135M/Q144Rと命名した。なお、エシェリヒア・コリがもともと有するgshA遺伝子の開始コドンはTTGであるが、pSF12-EcGshAではATGに置換されているため、変異型gshA遺伝子の発現プラスミドにおける変異型gshA遺伝子の開始コドンもATGである。また、pSF12-EcGshAによれば、GSHAはC末端にHisタグが付加された形態で発現するため、変異型gshA遺伝子の発現プラスミドによってもGSHAはC末端にHisタグが付加された形態で発現する。
〔実施例6〕C末端にHisタグ付加されたエシェリヒア・コリMG1655株由来野生型および変異型GSHAの精製
実施例4及び実施例5で取得した各菌株(各gshA遺伝子発現プラスミドを有するJM109株)を100μg/mLのAmpを含むLB培地(1.0%(w/v)ペプトン、0.5%(w/v)酵母エキス、1.0%(w/v)NaCl)3mLに接種し、30℃、120往復/分で20時間振とう培養することで前培養液を調製した。得られた前培養液150μlを、100μg/mLのAmpを含むTB培地(1.2%(w/v)トリプトン、2.4%(w/v)酵母エキス、0.4%(w/v)グリセロール、0.23%(w/v)KH2PO4、1.25%(w/v)K2HPO4)15mLを張り込んだ70mL容の試験管(φ25mm)に接種した。30℃、120往復/分で20時間振とう培養した後に、遠心分離(4℃、12,000×g、5分)によって集菌した。沈殿として得られた菌体を0.2 mLの緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 10 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)に懸濁し、冷却しながら超音波破砕処理に供して菌体を破砕した。得られた菌体破砕液を遠心分離(4℃、29,100×g、10分)し、得られた上清を無細胞抽出液とした。
得られた無細胞抽出液を、予め緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 10 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)で平衡化したNi Sepharose 6 Fast Flowビーズ(GEヘルスケア社製)にアプライし、溶離緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 250 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)により酵素を溶出し、活性画分を得た。この活性画分を精製GSHAとして、以降の実験に用いた。
〔実施例7〕C末端にHisタグ付加されたエシェリヒア・コリW3110株由来GSHBの精製
エシェリヒア・コリW3110株(ATCC 27325)のグルタチオン合成酵素をコードするgshB遺伝子(配列番号3)の発現プラスミドpET-EcgshBを特開2012-85637に記載の方法で構築した。続いて、pET-EcgshBを用いてエシェリヒア・コリBL21(DE3) (Life Technologies社製)を形質転換し、エシェリヒア・コリBL21(DE3)/pET-EcgshBを得た。gshB遺伝子の塩基配列およびそれによりコードされるGSHBのアミノ酸配列を、それぞれ配列番号3および配列番号4に示す。なお、pET-EcgshBによれば、GSHBはC末端にHisタグが付加された形態で発現する。
本菌株を特開2012-85637と同様の方法で培養した。菌体を遠心分離(12,000×g、10分)により集菌した後、生理食塩水(0.85%(w/v)NaCl)で洗菌した後、緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 10 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)を用いて菌体懸濁液を調製した。菌体懸濁液を超音波破砕処理に供して菌体を破砕し、遠心分離(29,100×g、15分)し、得られた上清を無細胞抽出液とした。
得られた無細胞抽出液を、予め緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 10 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)で平衡化したHisTALON 5mLカラム(クロンテック社製)にアプライし、溶離緩衝液(20 mM Tris-HCl (pH 8.0), 300 mM NaCl, 200 mM イミダゾール, 15 % グリセロール)により酵素を溶出し、活性画分を得た。得られた活性画分を、PD-10カラム(GE ヘルスケア社製)を用いマニュアルに従ってバッファー交換(20 mM Tris-HCl(pH8.0), 300 mM NaCl, 15%グリセロール)した。バッファー交換後の酵素溶液を精製GSHBとして以降の実験に用いた。
〔実施例8〕各精製GSHAによるγ−グルタミルジペプチドの生成
実施例6で取得した各精製GSHAについて、γ-Glu-Val合成活性およびγ-Glu-Gly合成活性を測定した。
γ-Glu-Val生成活性の測定条件は以下の通りである。反応液組成は10mM グルタミン酸、10mM バリン、10mM ATP、10mM MgS04、100mM Tris-HCl (pH9.0)とした。反応液量は0.2mLとし、精製酵素を添加することによって酵素反応を開始した。この時、精製GSHAは0.1g/Lとなるように反応液に添加した。反応温度は30℃とし、反応時間は30分間とした。反応を停止する際には、反応液0.2mLに対して、0.2mLの200mM 硫酸を添加した。反応終了後に、HPLCにて生成したγ-Glu-Valを定量した。
γ-Glu-Valの定量条件は以下の通りである。カラムには、Phenomenex社製Synergi 4μ Hydro-RP 80A(粒子径4ミクロン、内径4.6mm、長さ250mm)を用いた。溶離液には、溶離液A(50mMリン酸二水素ナトリウム(pH2.5、リン酸によってpH調整))、及び、溶離液B(溶離液Aとアセトニトリルの1:1(v/v)の混合液)を93:7(v/v)の比率で混合した混合液を用いた。流速は1.0mL/min、カラム温度は40℃、UV検出波長は210nmとした。
γ-Glu-Gly生成活性を測定する場合には、上記反応液中のバリンをグリシンに置き換え、精製GSHAを0.025g/Lとなるように反応液に添加し、酵素反応を実施した。上記の手順で反応を停止した後、生成したγ-Glu-Glyを定量した。
γ-Glu-Glyの定量条件は以下の通りである。カラムには、ジーエルサイエンス社製Inertsil ODS-3(粒子径5ミクロン、内径4.6mm、長さ250mm)を用いた。溶離液には、溶離液C(100mMリン酸二水素カリウム、5mMオクタンスルホン酸ナトリウム(pH2.2、リン酸によってpH調整))を用いた。流速は1.5mL/min、カラム温度は40℃、UV検出波長は210nmとした。
以上の方法により、γ-Glu-Val生成量及びγ-Glu-Gly生成量を定量し、比活性を算出した。結果を表9に示す。表中、「反応(A)」はγ-Glu-Gly生成活性の比活性、「反応(B)」はγ-Glu-Val生成活性の比活性、「(B)/(A)」は、γ-Glu-Gly生成活性の比活性に対するγ-Glu-Val生成活性の比活性の比率をそれぞれ示す。また、表中、「GSHA-WT」は、野生型GSHAを示す。
〔実施例9〕各精製GSHAおよび精製GSHBを用いたアミノ酸からのγ-Glu-Val-Glyの生成
実施例6で取得した各精製GSHAおよび実施例7で取得した精製GSHBを用い、アミノ酸からのγ-Glu-Val-Gly(CAS 38837-70-6、Gluvalicineとも呼ぶ)の生成を検討した。γ-Glu-Val-Glyの構造式を下記式(I)に示す。
反応液組成は10mM グルタミン酸、10mM バリン、10mM グリシン、20mM ATP、10mM MgS04、100mM Tris-HCl (pH9.0)とした。反応液量は0.2mLとし、精製GSHAは0.1g/L、精製GSHBは0.05g/Lとなるように反応液に添加した。精製GSHAを添加することによって酵素反応を開始した。反応温度は30℃とし、反応時間は24時間とした。反応を停止する際には、反応液0.2mLに対して、0.2mLの200mM 硫酸を添加した。反応停止後、実施例8におけるγ-Glu-Valの定量と同様の方法でγ-Glu-Val-Glyを定量し、生成量を算出した。その結果と、実施例8の表9で示したγ-Glu-Gly合成活性に対するγ-Glu-Val合成活性の比率(B)/(A)を表10に示す。また、表中、「GSHA-WT」は、野生型GSHAを示す。
〔実施例10〕無細胞タンパク質合成系を用いたC末端にHisタグ付加されたエシェリヒア・コリMG1655株由来の精製GSHAの取得
独立行政法人理化学研究所の無細胞タンパク質合成サービス(http://www.ynmr.riken.jp/fees/external_fee_2013.html)に委託して、エシェリヒア・コリMG1655(ATCC 47076)由来の野生型GSHAと変異型GSHAの精製酵素を取得し、以降の実験に用いた。なお、タンパク質合成後、Niに対するaffinity精製により得られた溶出画分を精製酵素とした。溶出には緩衝液(50mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH8.0), 10% グリセロール, 300mM イミダゾール, 300mM NaCl, 1mM DTT)が用いられた。また、これらの遺伝子の開始コドンはTTGであったため、タンパク質合成に際し、開始コドンをATGに置換した。また、野生型GSHAおよび変異型GSHAはC末端に6個のHis残基が付加された形態で発現する。また、タンパク質合成に際し、無細胞タンパク質合成サービスの発現量向上オプションを利用した。
〔実施例11〕無細胞タンパク質合成系により合成された各精製GSHAによるγ−グルタミルジペプチドの生成
実施例10で取得した各精製GSHAについて、γ-Glu-Val合成活性およびγ-Glu-Gly合成活性を測定した。
γ-Glu-Val生成活性の測定条件は以下の通りである。反応液組成は10mM グルタミン酸、10mM バリン、10mM ATP、10mM MgS04、100mM Tris-HCl (pH9.0)とした。反応液量は0.2mlとし、精製酵素を添加することによって酵素反応を開始した。この時、精製GSHAは0.025g/lとなるように反応液に添加した。反応温度は30℃とし、反応時間は60分間とした。反応を停止する際には、反応液0.2mlに対して、0.2mlの200mM 硫酸を添加した。反応終了後に、生成したγ-Glu-Valを実施例8に記載の方法で定量した。
γ-Glu-Gly生成活性を測定する場合には、上記反応液中のバリンをグリシンに置き換え、酵素反応を実施した。上記の方法で反応を停止した後、生成したγ-Glu-Glyを実施例8に記載の方法で定量した。
以上の方法により、実施例10で取得した野生型GSHAのγ-Glu-Val生成量及びγ-Glu-Gly生成量を定量し、比活性を算出した。結果を表11に「野生型GSHA(1)」として示す。併せて、実施例8の表9に記載の野生型GSHAの比活性の結果を表11に「野生型GSHA(2)」として示す。表中、「反応(A)」はγ-Glu-Gly生成活性の比活性、「反応(B)」はγ-Glu-Val生成活性の比活性、「(B)/(A)」は、γ-Glu-Gly生成活性の比活性に対するγ-Glu-Val生成活性の比活性の比率をそれぞれ示す。その結果、両者は同等のγ-Glu-Gly生成活性の比活性とγ-Glu-Gly生成活性の比活性を有することが認められた。
続いて、以上の方法により、実施例10で取得した野生型GHSAおよび変異型GSHAのγ-Glu-Val生成量及びγ-Glu-Gly生成量を定量し、比活性を算出した。結果を表12に示す。表中、「反応(A)」はγ-Glu-Gly生成活性の比活性、「反応(B)」はγ-Glu-Val生成活性の比活性、「(B)/(A)」は、γ-Glu-Gly生成活性の比活性に対するγ-Glu-Val生成活性の比活性の比率をそれぞれ示す。また、表中、「GSHA-WT」は、野生型GSHAを示す。