以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
[1.連続鋳造装置の構成]
まず、本発明の第1の実施形態に係る連続鋳造用鋳型が適用される連続鋳造装置の構成について説明する。図1は、本実施形態に係る連続鋳造装置1の鋳型2の周辺構成を示す横断面図であり、図2及び図3は、本実施形態に係る連続鋳造装置1の鋳型2の周辺構成を示す縦断面図である。
図1に示すように、連続鋳造装置1は、例えば水平断面が長方形の連続鋳造用鋳型2を備える。鋳型2は、一対の長辺鋳型板3、3と、一対の短辺鋳型板4、4とを備える。長辺鋳型板3は、内側に設けられた銅板3aと、外側に設けられたステンレス製ボックス3bから構成されている。同様に、短辺鋳型板4は、内側に設けられた銅板4aと、外側に設けられたステンレス製ボックス4bから構成されている。銅板3a及び銅板4aは、鋳型2の内側壁を構成し、鋳型2内に供給された溶融金属(溶鋼8)と接触して、該溶融金属を冷却する。このため、鋳型2には銅板3a、4aの冷却機構が設けられており、例えば、銅板3a、4a内部に冷却水を流通させることで、銅板3a、4aが水冷される。また、ステンレス製ボックス3b、4bは、銅板3a、4aの背面を支持する支持部材(バックフレーム)として機能する。
上記のような一対の長辺鋳型板3、3により一対の短辺鋳型板4、4を幅方向両側から挟み込むように組み立てることで、四角筒状の鋳型2が構成される。鋳型2の上面(溶鋼8の入口側)及び下面(鋳片5の出口側)は開放されている。短辺鋳型板4の幅(即ち、鋳型2の下端における長辺鋳型板3、3間の距離)は、鋳造される鋳片5の厚みにほぼ等しい。また、鋳型2下端における短辺鋳型板4、4間の距離は、該鋳片5の幅にほぼ等しい。本実施形態に係る長辺鋳型板3は、鋳型上端から下端にかけてテーパ率が変化しない1段テーパが付与されている。同様に、短辺鋳型板4は、鋳型上端から下端にかけてテーパ率が変化しない1段テーパが付与されている。しかし、かかる例に限定されず、長辺鋳型板3又は短辺鋳型板4には、鋳型上端から下端にかけてテーパ率が変化する多段テーパが付与されてもよい。
また、本実施形態に係る連続鋳造装置1は、鋳片幅の異なる多サイズの鋳片を鋳造可能とするために、一対の短辺鋳型板4、4を鋳型幅方向(X方向)に移動させる鋳片幅可変機構(図示せず。)を備えている。この鋳片幅可変機構により、短辺鋳型板4、4を相互に接近/離隔させることで、1つの鋳型2を用いて、幅広から幅狭までの多様な幅の鋳片5を鋳造できる。
この場合、鋳型2下端における短辺鋳型板4、4間の距離(鋳片5の幅に相当する。)は、例えば700〜2500mmの範囲で可変である。また、短辺鋳型板4の幅(鋳片5の厚みに相当する。)は、例えば100mm〜600mm、好ましくは220〜300mmである。長辺鋳型板3に沿った水平方向(図1〜図3中のX方向)を鋳型幅方向(長辺幅方向)又は鋳片幅方向と称し、短辺鋳型板4に沿った水平方向(図1〜図3中のY方向)を鋳型厚み方向(短辺幅方向)又は鋳片厚み方向と称する。なお、本実施形態に係る短辺鋳型板4の内側面4cは、従来のような平坦面ではなく、鋳型外側に向けて膨らんだ湾曲凹部40が形成されているが、この湾曲凹部40の詳細については後述する。
また、本実施形態に係る一対の長辺鋳型板3、3は、平板型の鋳型版で構成され、長辺鋳型板3の銅板3aの内側面3cは平坦面となっている。さらに、本実施形態に係る鋳型2では、一対の長辺鋳型板3、3に強テーパ(例えば、テーパ率:7〜50%/m)が付与されている。これにより、鋳型上部のメニスカス12周辺で、長辺鋳型板3の内側面3cを浸漬ノズル6から鋳型厚み方向外側に離隔させて、長辺鋳型板3の内側面3cと浸漬ノズル6との間に、図1に示すように十分に広い隙間7が確保される。
また、鋳型2内の上部には、図2及び図3に示すように、円筒状の浸漬ノズル6が設けられ、浸漬ノズル6の下部は、鋳型2内の溶鋼8に浸漬している。この浸漬ノズル6の下端近傍の短辺鋳型板4、4側には、2つの吐出孔9、9が形成されている。この吐出孔9、9は、鋳型2内において短辺鋳型板4、4に向けて斜め下向きに溶鋼8を吐出する。吐出孔9から吐出される吐出流10には、浸漬ノズル6内を洗浄するために吹き込まれるArガス気泡11などの介在物が含まれている。
また、鋳型2の長辺鋳型板3のステンレス製ボックス3b内には、メニスカス12近傍に、図1〜図3に示すように一対の電磁攪拌装置20、20が設けられている。電磁攪拌装置20は、ステンレス製ボックス3bの側面と平行に配置されている。該電磁攪拌装置20は、例えば電磁攪拌コイルなどで構成され、鋳型2内におけるメニスカス12近傍の溶鋼8に電磁力を付与して、該溶鋼8を電磁的に撹拌する。この電磁攪拌装置20の電磁攪拌により、図4に示すように鋳型2内のメニスカス12近傍の溶鋼8を水平面内で旋回させて、攪拌流21を形成することができる。ここで、長辺鋳型板3に上記強テーパを付与したことにより、長辺鋳型板3と浸漬ノズル6の間に広い隙間7が形成されている。このため、長辺鋳型板3と浸漬ノズル6間の流れが停滞することなく、攪拌流21は、長辺鋳型板3及び短辺鋳型板4に沿って浸漬ノズル6の回りを旋回する。
さらに、電磁攪拌装置20の下方であって、鋳型2の長辺鋳型板3の外側には、図2、図3、図5及び図6に示すように一対の電磁ブレーキ装置22、22が設けられている。該電磁ブレーキ装置22の中心線位置(最大磁束密度の位置)は、浸漬ノズル6の吐出孔9の下方に位置している。電磁ブレーキ装置22は、例えば電磁石などで構成され、浸漬ノズル6から吐出される溶鋼8の流れを電磁的に抑制する。
詳細には、電磁ブレーキ装置22は、図5及び図6に示すように、吐出孔9から吐出した直後の溶鋼8の吐出流10に対して、直流磁界23を、鋳型2の短辺鋳型板4に沿った鋳型厚み方向(図5中のY方向)に付与する。該直流磁界23は、鋳型2の長辺鋳型板3に沿った鋳型幅方向(図5中のX方向)に亘ってほぼ一様な磁束密度分布を有する。この直流磁界23と吐出孔9から吐出した溶鋼8の吐出流10によって、図6に示すように、鋳型2の長辺鋳型板3に沿った鋳型幅方向(図6中のX方向)に誘導電流24が発生し、この誘導電流24と直流磁界23によって、吐出流10の近傍に該吐出流10と逆向きの対向流25が形成される。対向流25は、吐出流10の吐出角度とほぼ同じ角度で浸漬ノズル6に衝突して、浸漬ノズル6に沿ってメニスカス12まで上昇する。
本実施形態に係る連続鋳造装置1は以上のように構成されており、次にこの連続鋳造装置1を用いた連続鋳造方法について説明する。
まず、浸漬ノズル6によって、不図示のタンディッシュの溶鋼8を鋳型2内に供給する。このとき、浸漬ノズル6の詰まりを防止するために浸漬ノズル6内にArガスを吹き込みながら、浸漬ノズル6の吐出孔9から鋳型2内に溶鋼8を吐出する。溶鋼8は吐出孔9から斜め下方に吐出され、吐出孔9から鋳型2の短辺鋳型板4に向かって吐出流10が形成される。吐出流10にはArガス気泡11が含まれており、Arガス気泡11は、鋳型2内の溶鋼8中に浮遊する。
浸漬ノズル6から溶鋼8を吐出すると同時に、電磁ブレーキ装置22を作動させる。この電磁ブレーキ装置22によって、吐出流10と逆向きの対向流25が形成される。この対向流25は、浸漬ノズル6に衝突して、メニスカス12付近まで上昇する。そして、溶鋼8中に浮遊しているArガス気泡11が、対向流25に乗ってメニスカス12近傍まで浮上する。このように、電磁ブレーキ装置22によって吐出流10と逆向きの対向流25を形成することによって、吐出流10中のArガス気泡11が鋳型2内の溶鋼8に深く進入しなくなる。その結果、鋳片5の内部に含まれるArガス気泡11を減少させることができる。
さらに、上述の電磁ブレーキ装置22の作動と同時に、電磁攪拌装置20も作動させる。この電磁攪拌装置20の電磁攪拌により、鋳型2内のメニスカス12近傍の溶鋼8に攪拌流21が形成される。そして、対向流25に乗ってメニスカス12近傍まで浮上したArガス気泡11は、攪拌流21によって旋回し、鋳型2内に形成された凝固シェル30に捕捉されることなく、例えば溶融酸化物を有する連続鋳造パウダー(図示せず。)に取り込まれて除去される。
このようにArガス気泡11が除去された溶鋼8は、その後、凝固して鋳片5に鋳造される。詳細には、連続鋳造中は鋳型2の内側面(即ち、長辺鋳型板3の銅板3aや短辺鋳型板4の銅板4a)は冷却されている。このため、上記溶鋼8が当該冷却された銅板3a、4a近傍に達すると、溶鋼8から鋳型2に抜熱される。この結果、図2及び図3に示すように、鋳型2に接する溶鋼8の外周部分が凝固して、凝固シェル30が形成される。そして、鋳型2の下方に設けられた不図示のピンチロール等により、先に鋳造された鋳片5が下方に引き抜かれているので、これに伴い、鋳型2内で凝固シェル30が下方に移動しつつ、その内部の溶鋼8の凝固が進行し、凝固シェル30が徐々に厚くなる。そして、鋳型2から引き抜かれた鋳片5は、鋳型2下方の二次冷却帯で冷却されることで、内部の溶鋼8が完全に凝固する。このようにして、連続鋳造装置1を用いて、所望の鋳片幅及び厚みの鋳片が連続的に鋳造される。
[2.鋳型長辺と浸漬ノズルの隙間の広さ]
次に、図7を参照して、本実施形態に係る長辺鋳型板3と浸漬ノズル6との間の隙間7の広さについて詳述する。
本実施形態に係る鋳型2では、上記のように、長辺鋳型板3、3間の距離が鋳型上端から鋳型下端に向かって次第に小さくなるように長辺鋳型板3、3に強テーパが付与されている。これにより、鋳型2の下端においては、鋳片5の所望の厚み(例えば240mm)に合わせて、長辺鋳型板3、3間のY方向の距離(即ち、短辺鋳型板4の幅)を狭くできる。一方、鋳型2の上部においては、長辺鋳型板3、3間のY方向の距離を、上記鋳片5の所望の厚みよりも広く(例えば360mm程度)することができる。従って、鋳型2の上部のメニスカス12周辺で、長辺鋳型板3、3と浸漬ノズル6との間に広い隙間7を確保することができる。
図7は、メニスカス位置における鋳型の横断面を示す模式図である。図7(a)は、鋳型長辺に強テーパが付与されていない従来の平板型鋳型2Aを示し、図7(b)は、鋳型長辺に湾曲部5Bが形成された従来のファンネル形鋳型2Bを示し、図7(c)は、鋳型長辺に強テーパが付与された本実施形態に係る平板型鋳型2を示す。
図7(a)に示すように、従来の平板型鋳型2Aでは、長辺鋳型板3A、3Aにテーパが付与されていない、或いは弱テーパ(テーパ率:1.5%/m以下)が付与されているだけである。このため、比較的厚みが薄い鋳片5を鋳造するときには、メニスカス位置における長辺鋳型板3A、3A間の距離L2Aが小さくなるため、長辺鋳型板3Aと浸漬ノズル6Aが近接し、両者間の隙間7Aの鋳型厚み方向(Y方向)の大きさL1Aが非常に狭くなる。この結果、当該狭い隙間7Aを通じた溶鋼の流動が阻害され、溶鋼中のArガス気泡が拡散できる領域が狭くなるため、長辺鋳型板3Aの内側面近傍に形成された凝固シェルにArガス気泡が捕捉されて、鋳片の表面欠陥を引き起こしてしまう。
また、図7(b)に示すように、従来のファンネル形鋳型2Bでは、メニスカス位置及びその周辺において、長辺鋳型板3Bの鋳型幅方向の中央部に、鋳型外側に向けて膨らんだ湾曲部5Bが形成されている。この湾曲部5Bを設けることにより、長辺鋳型板3A、3A間の距離L2Bが小さい場合であっても、浸漬ノズル6Bの周辺では、上記従来の平板型鋳型2Aの場合よりも、浸漬ノズル6Bと長辺鋳型板3Bとの隙間7Bを広くして、該隙間7Bの鋳型厚み方向(Y方向)の大きさL1Bを大きくすることができる。しかし、このファンネル形鋳型2Bでは、長辺鋳型板3Bにおける湾曲部5Bの鋳型幅方向(X方向)の形成範囲が、該鋳型2Bで鋳造される鋳片の最小幅に制限される。このため、幅広の鋳片の鋳造時には湾曲部5Bの形成範囲が不十分となり、上記Arガス気泡が凝固シェルに捕捉されて、鋳片の表面欠陥を引き起こす場合があった。
これに対して、図7(c)に示すように、本実施形態に係る平板型鋳型2では、一対の長辺鋳型板3、3に強テーパ(例えば、テーパ率:7〜50%/m)を付与することにより、浸漬ノズル6と長辺鋳型板3との間に、鋳型幅方向(X方向)にも十分に広い隙間7を確保できている。
つまり、上記長辺鋳型板3、3に強テーパを付与することで、メニスカス位置における長辺鋳型板3、3間の距離L2を十分に大きくできる。このため、鋳型上部のメニスカス位置で、長辺鋳型板3を浸漬ノズル6から鋳型厚み方向外側に離隔させて、長辺鋳型板3の内側面3cと浸漬ノズル6との間に、鋳型厚み方向(Y方向)及び鋳型幅方向(X方向)に十分に広い隙間7を形成できる。この隙間7の鋳型厚み方向(Y方向)の大きさL1が、上記ファンネル形鋳型2Bの湾曲部5Bにより形成される隙間7Bの大きさL1Bと同等か、若しくはそれ以上になるように(L1≧L1B)、長辺鋳型板3、3の強テーパのテーパ率TWが調整される。
なお、Arガス気泡11が凝固シェル30に捕捉されない隙間7を確保するという観点から、隙間7の鋳型厚み方向(Y方向)の大きさL1(長辺鋳型板3の内側面3cと浸漬ノズル6間の水平距離)は、所定の距離範囲(例えば35mm〜100mm)とすることが好ましい。当該水平距離L1が35mm未満であると、隙間7において溶鋼8が流れ難くなり、溶鋼8中のArガス気泡11が凝固シェルに捕捉され易くなる。また、水平距離L1が100mm以上であると、凝固シェル30が鋳型2に拘束されやすくなる。
以上のように、本実施形態では、長辺鋳型板3、3に強テーパを付与することで、メニスカス位置における長辺鋳型板3と浸漬ノズル6との隙間7を、鋳型厚み方向(Y方向)に広くできるだけでなく、鋳型幅方向(X方向)にも十分に広い範囲に隙間7を形成できる。従って、従来のファンネル形鋳型2Bよりも、浸漬ノズル6に沿って上昇する溶鋼8中のArガス気泡11が拡散できる領域を広くできる。そして、この広い隙間7により、長辺鋳型板3と浸漬ノズル6の間に上記水平距離L1が確保されるため、対向流25に乗って浸漬ノズル6に沿って上昇するArガス気泡11が拡散しても、Arガス気泡11はメニスカス12まで浮上できる。従って、Arガス気泡11が長辺鋳型板3の凝固シェル30に捕捉されるのを抑制できる。また、隙間7により上記水平距離L1を大きく確保できるため、この隙間7において、電磁攪拌装置20により形成される攪拌流21が流れ易くなる。そうすると、鋳型2の上部においてArガス気泡11が攪拌され、凝固シェル30に捕捉されることをさらに抑制できる。
また、鋳型2で鋳造される鋳片5の幅を変更するため、鋳片幅可変機構により短辺鋳型板4、4を鋳型幅方向(X方向)に移動させる場合であっても、該長辺鋳型板3のX方向の位置に関わらず、隙間7の大きさ(水平距離L1)は変わらない。よって、1つの鋳型2で幅狭から幅広までの任意のサイズの鋳片5を鋳造する場合においても、長辺鋳型板3の全幅に渡って上記隙間7の大きさ(水平距離L1)を広く確保でき、該全幅に渡ってArガス気泡11が凝固シェル30に補足されることを抑制できる。
以上のように本実施形態に係る鋳型2によれば、従来の平板型鋳型2Aやファンネル形鋳型2Bと比べて、Arガス気泡11が凝固シェル30に捕捉されることを抑制できるので、鋳片5に含まれるArガス気泡11を減少させることができる。よって、Arガス気泡11に起因した鋳片5の強度低下や表面欠陥を抑制できるので、鋳片5の品質を更に向上させることができる。
[3.鋳型長辺の強テーパに応じた鋳型短辺の構造]
次に、図8を参照して、本実施形態に係る鋳型2において、長辺鋳型板3、3の強テーパに合わせて、短辺鋳型板4に湾曲凹部40が設けられた構造について詳細に説明する。図8は、本実施形態に係る鋳型2を示す斜視図である。なお、説明の便宜上、図8では、一方の長辺鋳型板3及び短辺鋳型板4の図示を省略してある。
[3.1.鋳型短辺の湾曲凹部の概要]
まず、本実施形態に係る短辺鋳型板4に設けられる湾曲凹部40の概要について説明する。
上述したように、鋳型内の鋳片(凝固シェル)は、鋳型下方(Z方向)に向けて移動するにつれて幅方向(X方向)及び厚み方向(Y方向)に収縮する。この際、鋳片の幅方向(X方向)の収縮量は、厚み方向(Y方向)の収縮量に比べて大きい。従って、一般的な鋳型では、鋳片の幅方向の収縮に合わせて短辺鋳型板にテーパを付与し、鋳型下端における凝固シェルと短辺鋳型板との接触性を向上させている。一方、鋳片の厚み方向に関しては、長辺面が短辺面に比べて大きいので、凝固シェルと鋳型の接触面積が大きくなり接触力も大きくなるので、一般的には長辺鋳型板にテーパを付与しないか、或いは、テーパ率が1.5%/m以下の弱テーパを付与している。
これに対し、本実施形態に係る鋳型2では、上記のように、メニスカス位置における長辺鋳型板3と浸漬ノズル6の隙間7を広く確保するため、長辺鋳型板3に、例えばテーパ率7〜50%/m、好ましくは20〜50%/mの強テーパを付与している。
ところが、このように長辺鋳型板3に強テーパを付与するためには、鋳型下方に向かうにつれて、一対の長辺鋳型板3、3間の距離が急激に狭まるため、短辺鋳型板4がその幅方向に大きく収縮する構造にする必要がある。この結果、鋳型下方に向かうにつれて、短辺鋳型板4の幅方向の収縮量が、鋳片5の厚み方向の収縮量よりも過大になる。従って、鋳型下部側において、一対の長辺鋳型板3、3により鋳片5が厚み方向に拘束されてしまい、鋳型下端から鋳片5を引き抜けなくなるなど、安定鋳造が阻害されてしまう。
そこで、本実施形態に係る鋳型2では、図8に示すように、長辺鋳型板3、3により鋳片5が厚み方向に拘束されてしまうことを防止するため、短辺鋳型板4の内側面4cに、湾曲凹部40を形成している。この湾曲凹部40は、鋳型幅方向外側に向けて膨らむような湾曲面で構成され、湾曲凹部40の水平断面形状は、湾曲線(1又は2以上の円弧又は楕円弧など)からなる。そして、該湾曲凹部40は、上記長辺鋳型板3の強テーパによる短辺鋳型板4の幅の収縮量に応じて、鋳型下方に向かうほど深くなるように形成される。
この短辺鋳型板4の湾曲凹部40の膨らみ量(鋳型幅方向の凹部深さd)は、メニスカス位置から鋳型下端に向かうにつれて徐々に増加し、鋳型下端では最大となる(図10参照。)。なお、メニスカス位置では、短辺鋳型板4の内側面4cに湾曲凹部40を形成せずに、該内側面4cを平坦面とし、メニスカス位置よりも下方の任意の位置から鋳型下端までの範囲に湾曲凹部40を形成してもよい。
上記のような湾曲凹部40を短辺鋳型板4の内側面4cに設けることで、短辺鋳型板4の湾曲凹部40の膨らみの分だけ、短辺鋳型板4の湾曲凹部40の水平表面長(後述の短辺表面長LU、LB)を長くできる。そして、この湾曲凹部40を鋳型下端に向かうほど徐々に深くなるようにすれば、鋳型上部と下部の間で湾曲凹部40の水平表面長(後述の短辺表面長LU、LB)をほぼ同一にすることができる。従って、仮想的なテーパのテーパ率Tvを小さく設定することが出来る。
かかる湾曲凹部40により、上記長辺鋳型板3、3の強テーパに伴う短辺鋳型板4、4の幅の急激な収縮量を緩和し、長辺鋳型板3、3により厚み方向に拘束される鋳片5が、幅方向の両側の短辺鋳型板4、4の湾曲凹部40、40に逃げることができる。従って、鋳型2の下部において、強テーパの長辺鋳型板3、3により鋳片5が拘束されることを抑制できる。かかる長辺鋳型板3、3の強テーパと湾曲凹部40の形状の詳細については、後述する。
[3.2.用語の定義]
次に、図8〜図10を参照して、以下の説明で用いる用語を定義する。図9は、本実施形態に係る鋳型2の幅方向の縦断面図である。図10は、本実施形態に係る鋳型2の各高さ位置における短辺鋳型板4の横断面図である。
メニスカス位置とは、鋳型2内における溶融金属(例えば溶鋼8)のメニスカス12(湯面)の高さ位置である。
メニスカス高さZとは、メニスカス位置から鋳型2の下端までの鉛直距離である。
鋳造方向とは、鋳型2から鋳片5を引き抜く方向であり、例えば鉛直下方(Z方向)である。鋳型幅方向とは、長辺鋳型板3に沿った水平方向(X方向)である。また、鋳型厚み方向とは、短辺鋳型板4に沿った水平方向(Y方向)である。鋳型幅方向は鋳型厚み方向に対して垂直である。
メニスカス長辺幅WUとは、メニスカス位置における一対の短辺鋳型板4、4間の水平距離(メニスカス位置における長辺鋳型板3の水平幅)である。
鋳型下端長辺幅WBとは、鋳型2の下端における一対の短辺鋳型板4、4間の水平距離(鋳型2の下端における長辺鋳型板3の水平幅)である。該鋳型下端長辺幅WBは、鋳型2で鋳造される鋳片5の幅Wにほぼ等しい。
短辺幅Dとは、鋳型2のある高さ位置における一対の長辺鋳型板3、3間の水平距離(即ち、短辺鋳型板4のY方向の水平幅)である。
メニスカス短辺幅DUとは、メニスカス位置における一対の長辺鋳型板3、3間の水平距離(即ち、メニスカス位置における短辺鋳型板4の水平幅)である。
鋳型下端短辺幅DBとは、鋳型2の下端における一対の長辺鋳型板3、3間の水平距離(即ち、鋳型2の下端における短辺鋳型板4の水平幅)である。該鋳型下端短辺幅WBは、鋳型2で鋳造される鋳片5の厚みにほぼ等しい。
短辺幅の鋳造方向の収縮量ΔDとは、メニスカス短辺幅DUと鋳型下端短辺幅DBの差分である(ΔD=(DU−DB))。
凹部深さdとは、鋳型幅方向(X方向)外側に向けて膨らんだ湾曲凹部40の深さであり、該湾曲凹部40の底部40aと頂部40bとの間のX方向の最短水平距離に相当する。例えば、湾曲凹部40の底部40aは、短辺鋳型板4の幅方向(Y方向)の中心に位置し、湾曲凹部40の頂部40bは、短辺鋳型板4の幅方向(Y方向)の両端に位置する。この凹部深さdは、短辺鋳型板4の内側面4cに、凹形状の湾曲面からなる湾曲凹部40を形成する際の削り込み量に相当する(図8参照。)。
メニスカス凹部深さdUとは、メニスカス位置における凹部深さdである。
鋳型下端凹部深さdBとは、鋳型2の下端における凹部深さdである。
曲率半径Rは、鋳型2のある高さ位置における湾曲凹部40の水平断面形状の曲率である。
曲率半径RUとは、メニスカス位置における曲率半径Rである。
曲率半径RBとは、鋳型2の下端における曲率半径Rである。
短辺表面長Lとは、鋳型2のある高さ位置における短辺鋳型板4の内側面4cの水平表面長(湾曲凹部40に沿った水平湾曲線の線長)である。
メニスカス短辺表面長LUとは、メニスカス位置における短辺鋳型板4の内側面4cの水平表面長(湾曲凹部40に沿った水平湾曲線の線長)である。このメニスカス短辺表面長LUは、湾曲凹部40が湾曲している分だけ、上記メニスカス短辺幅DUよりも長い(LU>DU)。ただし、メニスカス位置において、湾曲凹部40が形成されておらず、短辺鋳型板4の内側面4cが平坦面である場合には、LU=DUとなる。
鋳型下端短辺表面長LBとは、鋳型2の下端における前記短辺鋳型板4の内側面4cの水平表面長(湾曲凹部40に沿った水平湾曲線の線長)である。この鋳型下端短辺表面長LBも、湾曲凹部40が湾曲している分だけ、上記鋳型下端短辺幅DBよりも長い(LB>DB)。かかる鋳型下端短辺表面長LBと鋳型下端短辺幅DBの差(LB−DB)は、短辺鋳型板4の湾曲凹部40の凹形状を、長辺鋳型板3、3のテーパ率に換算したときの指標となる。
長辺テーパ率TWとは、テーパが付与された一対の長辺鋳型板3、3のテーパ率である。
短辺仮想テーパ率TVとは、メニスカス位置から鋳型2の下端までの湾曲凹部40の形状変化により生じる、短辺鋳型板4、4の仮想的なテーパのテーパ率である。
幅方向収縮量CXは、メニスカス位置から鋳型2の下端までの凝固シェル30の鋳型幅方向(X方向)の収縮量である。厚み方向収縮量CYは、メニスカス位置から鋳型2の下端までの凝固シェル30の湾曲凹部40に沿った方向の収縮量である。
[3.3.鋳型長辺のテーパ率]
次に、図8〜図10を参照して、本実施形態に係る長辺鋳型板3、3のテーパ率TWについて説明する。
本実施形態に係る鋳型2では、上記のように、メニスカス位置周辺において長辺鋳型板3と浸漬ノズル6との隙間7を広くするために、長辺鋳型板3、3に強テーパが付与されている(図9参照。)。この長辺鋳型板3、3に付与された強テーパのテーパ率、即ち、長辺テーパ率TW[%/m]は、以下の式(1)で定義される。なお、式(1)中のDU、DB、Zの単位は全て[mm]である。
TW={(DU−DB)/DU}*(1000/Z)*100 ・・・(1)
さらに、本実施形態に係る鋳型2において、長辺テーパ率TW[%/m]は、下記式(2)を満たしている。例えば、メニスカス高さZ=800mmであるとき、式(2)は、式(2A)となる。
(7000/Z)≦TW≦(40000/Z) ・・・(2)
8.75%/m≦TW≦50%/m ・・・(2A)
上記式(2)及び(2A)から分かるように、本実施形態に係る長辺テーパ率TWは、従来一般的な長辺テーパ率(1.5%/m以下)と比べて、顕著に大きい。かかる強テーパを付与することにより、図7に示したように、メニスカス位置において、鋳型長辺の全幅に渡って、長辺鋳型板3と浸漬ノズル6と間に十分に広い隙間7を確保できるので、Arガス気泡11が凝固シェル30に混入することを防止できる。
ここで、TWが(7000/Z)未満であると、長辺鋳型板3、3のテーパが弱すぎるため、長辺鋳型板3と浸漬ノズル6との間に十分な広さの隙間7を確保できず、大量のArガス気泡11が凝固シェル30に混入して、鋳片5に表面欠陥が生じてしまう。一方、TWが(40000/Z)超であると、長辺鋳型板3、3のテーパが強すぎるため、鋳型2の下部側において鋳片5が長辺鋳型板3、3に拘束されてしまい、鋳型2から引き抜けなくなり、安定的な鋳造が困難又は不能になってしまう。従って、品質の良い鋳片5を安定的に鋳造する観点からは、TWは上記式(2)を満たすことが好ましい。
本実施形態に係る鋳型2では、上記式(2)を満たす長辺テーパ率TWの強テーパが長辺鋳型板3、3に付与される。例えば、図9に示すDU=360mm、DB=240mm、ΔD=120mm、Z=800mmである場合、TW=41.7%/mとなる。
[3.4.湾曲凹部の形状]
次に、本実施形態に係る短辺鋳型板4の湾曲凹部40の形状について詳細に説明する。
本実施形態に係る鋳型2では、図8〜図9に示すように、短辺鋳型板4の内側面4cに、鋳型幅方向外側に向けて膨らんだ湾曲凹部40が形成されている。そして、長辺鋳型板3、3の強テーパによる短辺鋳型板4の幅の収縮量に応じて、鋳型2の下端に向かうほど、湾曲凹部40が深くなっている。
ここで、図10を参照して、鋳造方向(Z)方向の湾曲凹部40の形状変化について説明する。図10は、図9のA−A断面(鋳型上端)、B−B断面(メニスカス位置)、C−C断面(鋳型下端)における短辺鋳型板4の横断面図である。
図10に示すように、鋳型2の上端では、短辺鋳型板4の内側面4cに湾曲凹部40は形成されておらず、内側面4cは平坦面となっている。これに対し、メニスカス位置では、短辺鋳型板4の内側面4cに比較的浅い湾曲凹部40Uが形成されている。この湾曲凹部40は、メニスカス位置から鋳型下端(鋳造方向)に向かうにつれて徐々に、その幅(短辺幅D)が狭くなりつつ、その深さ(凹部深さd)が深くなる。そして、鋳型下端では、比較的深い湾曲凹部40Bが形成されている。
鋳型下端の湾曲凹部40Bの幅(鋳型下端短辺幅DB)は、メニスカス位置の湾曲凹部40Uの幅(メニスカス短辺幅DU)よりも小さいが(DB<DU)、鋳型下端の凹部深さdBは、メニスカス位置の凹部深さdUよりも大きい(dB>dU)。このため、鋳型下端の湾曲凹部40Bの表面長(鋳型下端短辺表面長LB)は、メニスカス位置の湾曲凹部40Uの表面長(メニスカス短辺表面長LU)とほぼ同一である(LB≒LU)。
以上のように、本実施形態では、鋳型長辺の強テーパによる短辺幅Dの急激な収縮に対処するため、鋳型下端に向かうほど次第に深くなる湾曲凹部40を、短辺鋳型板4の内側面4cに形成している。これにより、短辺幅Dの収縮量を、湾曲凹部40の膨らみ量で補足し、メニスカス位置と鋳型下端の間で、短辺表面長Lをほぼ一定に保持することができる(LB≒LU)。
従って、長辺鋳型板3、3の強テーパにより短辺幅Dの収縮量が急激となり、鋳型下端に向かうほど、凝固シェル30が鋳型厚み方向(Y方向)に急激に圧縮されるとしても、該凝固シェル30の短辺部が、湾曲凹部40の湾曲形状に沿って膨らむように変形し、湾曲凹部40内に逃げることができる。従って、鋳片5が鋳型下端で過度に拘束されないようにできるので、鋳片5を鋳型2から円滑に引き抜くことができ、安定的な鋳造が可能になる。
このような短辺鋳型板4の湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化は、長辺鋳型板3、3の強テーパを緩和することができる。当該湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化は、短辺仮想テーパ率TVで表される。短辺仮想テーパ率TVは、湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化により短辺鋳型板4、4に生じる仮想的なテーパのテーパ率である。この短辺仮想テーパ率TV[%/m]は、以下の式(3)で定義される。なお、式(3)中のLU、LB、Zの単位は全て[mm]である。
TV={(LU−LB)/LU}*(1000/Z)*100 ・・・(3)
湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化がない場合、例えば、鋳型短辺の内側面4cの水平断面がメニスカス位置において直線であり、鋳型下端においても直線である場合、短辺表面長Lの鋳造方向の変化量ΔL(=LU−LB)は、短辺幅Dの鋳造方向の収縮量ΔD(=DU−DB)と同一になる。このため、式(3)の仮想テーパ率TVはTWと同一になり、大きな値となる。一方、鋳型下端に向かうほど湾曲凹部40の凹部深さdが深くなるように、湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化を大きくした場合、ΔLをΔDよりも小さくすることができる。つまり、TV<TWにすることができる。従って、湾曲凹部40の鋳造方向の形状変化を制御することで、短辺仮想テーパ率TVを適切な範囲に調整できる。
そこで、本実施形態では、上記知見に基づき湾曲凹部40の鋳造方向の形状を適切に設計することで、短辺仮想テーパ率TV[%/m]が下記式(4)を満たすようにしている。
0≦TV≦1.5 ・・・(4)
TVが上記式(4)を満たすことにより、鋳型下端において鋳片5が鋳型2に拘束されず、かつ、鋳型下端において、隙間が空かないように長辺鋳型板3及び短辺鋳型板4と鋳片5との接触性を向上させ、長辺鋳型板3で鋳片5を適切に支持できる。これに対し、TVが1.5%/m超であると、LUとLBの差分で形成される短辺仮想テーパが強すぎるため、鋳片5が鋳型2に拘束されてしまう。一方、TVが0%/m未満であると、長辺鋳型板3及び短辺鋳型板4と鋳片5との接触性が低下し、適切な鋳造が阻害されてしまう。
ここで、TV=0であることは、メニスカス短辺表面長LUと鋳型下端短辺表面長LBが同一あることを意味し、0<TV≦1.5であることは、LUとLBがほぼ等しいことを意味する。
本実施形態では、長辺鋳型板3、3の強テーパによる短辺幅Dの収縮量ΔDを緩和するために、鋳型下端に向かうほど湾曲凹部40を深くして、LUとLBをほぼ等しい長さにしている。ところで、鋳型2内の凝固シェル30の短辺部は、鋳型下端に向かうほど短辺の湾曲凹部40に沿って収縮するが、この凝固シェル30の短辺部の収縮量CYを考慮しなければ、LU=LBとなるように湾曲凹部40の形状を設計すればよい。ただし、実際には凝固シェル30の短辺部は湾曲凹部40に沿って収縮するので、LU=LBとしてしまうと、鋳型下端付近において凝固シェル30と長辺鋳型板3及び短辺鋳型板4との接触性が低下する。
そこで、凝固シェル30の短辺部の湾曲凹部40に沿う収縮量CYの分だけ、LUがLBよりも若干長くなるように、湾曲凹部40を形成することが好ましい(LU=LB+CY)。これにより、凝固シェル30の鋳型厚み方向の収縮量CYを考慮して、LUとLBの関係を適切に設定できる。従って、鋳型2の下端における鋳型2と凝固シェル30の接触性を向上しつつ、鋳型2による鋳片5の拘束抑制効果をより高めることができる。
次に、図10を参照して、本実施形態に係る湾曲凹部40の深さ(凹部深さd)について説明する。
鋳型2の下端における湾曲凹部40の深さ(鋳型下端凹部深さdB)と、鋳型2の下端における短辺鋳型板4の幅(鋳型下端短辺幅DB)は、下記式(5)を満たすことが好ましい。
(dB/DB)≦0.5 ・・・(5)
湾曲凹部40を湾曲面で形成する際、上記式(5)を満たせば、鋳型下端における湾曲凹部40Bの湾曲面の水平断面を、DB以上の直径を有する円弧で構成することができる。これにより、鋳型下端における湾曲凹部40Bの湾曲面の曲率半径RBを、(DB/2)以上の緩い曲率にすることができる。従って、凝固シェル30の鋳型幅方向両端の短辺部が湾曲凹部40Bの湾曲面に沿って円滑に変形して、湾曲凹部40B内に入り込むことができる。よって、該凝固シェル30の短辺部が短辺鋳型板4から受ける歪みが略均一になり、当該短辺部が略均一に変形するので、鋳片5が鋳型2に拘束されず、安定鋳造が可能となる。
これに対し、(dB/DB)>0.5である場合には、湾曲凹部40Bの水平断面を円弧ではなく、(DB/2)よりも曲率が小さい楕円弧等で形成することになる。この場合、湾曲凹部40Bに入り込んだ凝固シェル30の短辺部の曲率が、鋳片厚み方向(Y方向)の位置によって、異なることになるので、該凝固シェル30の短辺部が短辺鋳型板4から受ける歪みに偏りが生じてしまう。このため、湾曲凹部40B内で該凝固シェル30の短辺部が均一に変形しなくなるので、鋳片5が鋳型2に拘束されやすくなり、安定鋳造が阻害されてしまう。
[3.5.湾曲凹部の湾曲面の形状]
次に、図11及び図12を参照して、本実施形態に係る湾曲凹部40の湾曲面の形状について説明する。図11は、本実施形態に係る湾曲凹部40が形成された短辺鋳型板4を示す横断面図である。
図11の上図に示すように、短辺鋳型板4に形成された湾曲凹部40は、全体として、内側面4cから鋳型外側(鋳型厚み方向外側)に向けて膨らんだ水平断面形状を有し、底部40aにて最大深さとなる。この湾曲凹部40の水平断面形状は、曲率半径Rを有する1つの円弧部50から構成される。
円弧部50は、鋳型幅方向(X方向)外側に向けて凸となる円弧からなる。この円弧部50の鋳型厚み方向の中心が底部40aであり、円弧部50は、当該底部40aを中心として鋳型厚み方向(Y方向)に対称な形状を有する。円弧部50の両端は、短辺鋳型板4の端面4dに対して接続されている。また、円弧部50は、仮想円60(中心O、半径R)の円周の一部を構成し、円弧部50の中心角(=2θ)は、180°以下である。
また、図11の上図はメニスカス位置での湾曲凹部40の水平断面形状を表しているが、図8等に示したように、湾曲凹部40は、鋳型2の高さ方向(Z方向)に連続形成されている。メニスカス位置と鋳型下端の間の任意の高さ位置で湾曲凹部40を水平に切断したとしても、上記と同様に、湾曲凹部40の水平断面形状は、1つの円弧部50から構成される。ただし、鋳型上部から鋳型下端に向かうにつれて、湾曲凹部40の幅(短辺幅D)が小さくなるとともに、湾曲凹部40の深さd(膨らみ量)が大きくなり、上記円弧部50の曲率半径Rが小さくなる。この結果、図11の下図に示すように、鋳型下端において、湾曲凹部40の深さdが最大値(dB)、円弧部50の曲率半径Rが最小値RBとなる。一方、メニスカス位置よりも上方の鋳型上部において、湾曲凹部40の深さdがゼロ、円弧部50の曲率半径Rが無限大となり、短辺鋳型板4の内側面4cの水平断面形状は一直線状となる。
以上のように、本実施形態に係る湾曲凹部40の水平断面形状は、1つの円弧部50からなる。そして、鋳型2の下端における円弧部50の半径RBと、鋳型2の下端における短辺鋳型板4の幅(鋳型下端短辺幅)DBは、下記式(6)を満たしている。
2RB≧DB ・・・(6)
上記式(6)を満たすことにより、図11の下図に示すように、短辺幅Dが最小値DBとなる鋳型下端において、必要な大きさの凹部深さdBを確保しつつ、湾曲凹部40Bの湾曲面の水平断面形状を、半径が(DB/2)以上の円弧のみで構成することができる。
一方、上記式(6)を満たさず、2RB<DBである場合には、湾曲凹部40Bの水平断面形状を、半径RBの円弧部50と、その両側の直線部との組合せにする必要がある。このため、湾曲凹部40Bの水平断面形状を滑らかな湾曲線のみで形成することができず、円弧部50と直線部の接点で角部が発生する。従って、この角部により、凝固シェル30の短辺部が破断したり、湾曲凹部40Bに沿って円滑に変形しなくなったりするという問題がある。また、湾曲凹部40Bの円弧部50の曲率が小さすぎるので、湾曲凹部40B内に入り込んだ凝固シェル30の短辺部が鋳型2から受ける歪みに偏りが生じ、該凝固シェル30の短辺部が均一に変形しなくなるので、鋳片5が鋳型に拘束されやすくなってしまう。
従って、上記式(6)を満たすように湾曲凹部40を形成することで、湾曲凹部40B内に入り込んだ凝固シェル30の短辺部が鋳型2から受ける歪みを均一にし、該凝固シェル30の短辺部を均一に変形させることができる。従って、鋳片5が鋳型に拘束されることを適切に抑制して、安定鋳造を実現できる。
次に、本実施形態の変更例に係る湾曲凹部40の形状について説明する。図12は、本実施形態の変更例に係る湾曲凹部40が形成された短辺鋳型板4を示す横断面図である。
図12に示すように、短辺鋳型板4に形成された湾曲凹部40は、全体として、内側面4cから鋳型厚み方向(X方向)外側に向けて膨らんだ水平断面形状を有し、底部40aにて最大深さとなる。この湾曲凹部40の水平断面形状は、同一の曲率半径Rを有する3つの円弧部(即ち、1つの内側円弧部51及び2つの外側円弧部52、52)から構成される。
内側円弧部51は、湾曲凹部40の鋳型厚み方向(Y方向)の中央に配置され、鋳型幅方向(X方向)外側に向けて凸となる円弧からなる。この内側円弧部51の鋳型厚み方向の中心が底部40aであり、内側円弧部51は、当該底部40aを中心として鋳型厚み方向に対称な形状を有する。また、外側円弧部52、52は、上記内側円弧部51の鋳型厚み方向(Y方向)の両側にそれぞれ配置され、鋳型幅方向(X方向)内側に向けて凸となる円弧からなる。双方の外側円弧部52、52は、鋳型厚み方向に相互に対称な形状を有する。
内側円弧部51の両端はそれぞれ、交点Pにて、外側円弧部52、52の内側端と滑らかに接続されている。また、外側円弧部52、52の外側端は、湾曲凹部40の頂部40bにて、短辺鋳型板4の端面4dに対して垂直方向に接続されている。また、内側円弧部51の水平幅は、外側円弧部52の水平幅の2倍であり、内側円弧部51の円弧長も、外側円弧部52の円弧長の2倍である。さらに、内側円弧部51の中心角(=2θ)も、外側円弧部52の中心角(=θ)の2倍である。
かかる内側円弧部51の曲率半径R1と、外側円弧部52、52の曲率半径R2は、相互に同一の曲率半径Rである。図12に示すように、同一の半径Rを有する3つの仮想円61、62、62を外接させたときに、内側円弧部51は、中央に位置する仮想円61(中心O1、半径R)の円周の一部を構成し、2つの外側円弧部52、52はそれぞれ、両側に位置する仮想円62、62(中心O2、半径R)の円周の一部を構成する。内側円弧部51と外側円弧部52の交点Pにて、仮想円61と仮想円62が外接している。
また、図12はメニスカス位置での湾曲凹部40の水平断面形状を表しているが、図8等に示したように、湾曲凹部40は、鋳型2の高さ方向(Z方向)に連続形成されている。メニスカス位置と鋳型下端の間の任意の高さ位置で湾曲凹部40を水平に切断したとしても、上記と同様に、湾曲凹部40の水平断面形状は、同一の曲率半径Rを有する3つの円弧部から構成される。ただし、鋳型上部から鋳型下端に向かうにつれて、湾曲凹部40の幅(短辺幅D)が小さくなるとともに、湾曲凹部40の深さd(膨らみ量)が大きくなり、上記各円弧部51、52、52の曲率半径Rが小さくなる。この結果、鋳型下端において、湾曲凹部40の深さdが最大値(dB)、各円弧部51、52、52の曲率半径Rが最大値となる。一方、メニスカス位置よりも上方の鋳型上部において、湾曲凹部40の深さdがゼロ、各円弧部51、52、52の曲率半径Rが無限大となり、短辺鋳型板4の内側面4cの水平断面形状は一直線状となる。
以上のように、本実施形態の変更例に係る湾曲凹部40の水平断面形状は、同一の曲率半径Rを有する3つの円弧部51、52、52からなり、隣接する円弧部52、51、52の湾曲方向(凸となる向き)が互いに逆向きとなっている。これにより、段差の無い滑らかな湾曲凹部40を均等な曲率半径で形成できるため、鋳造方向(鋳型高さ方向)の湾曲凹部40の形状変化により凝固シェル30に生じる機械的曲げ歪み(特に、引張歪み)を最小化することができる。従って、上記鋳造方向の湾曲凹部40の形状変化により凝固シェル30に生じる引張歪みの最大値を最小化できるので、鋳片5の縦割れを的確に抑制できる。さらに、湾曲凹部40を滑らかな曲面のみで構成すれば、上記部分的な応力集中が生じないので、鋳片5の縦割れを大幅に抑制可能である。
次に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は本発明の効果を検証するために行ったものに過ぎず、本発明が以下の実施例に限定されるものではない。
上記実施形態に係る鋳型2の効果を確認するために、長辺テーパ率TW、短辺仮想テーパ率TV、dB/DBを適宜変更した鋳型2を用いて、鋳片5を鋳造する連続鋳造試験を実施した。この際、鋳造速度Vc=2.0m/min、鋳片幅W=1800mm、鋳片厚み=240mm、メニスカス高さZ=800mmとした。また、いずれの場合も、湾曲凹部40を鋳型2の短辺鋳型板4に形成した。かかる試験におけるTW、TV、dB/DBの条件と、評価結果を以下の表1に示す。
(1)長辺テーパ率TWの数値範囲の有効性
上記式(2)で規定される鋳型2の長辺テーパ率TWの数値範囲「(7000/Z)≦TW≦(40000/Z)」の有効性を検討するため、表1に示すように、TWを0〜60%/mの範囲内で段階的に変更した鋳型2を用いて、連続鋳造試験を実施した。なお、Z=800mmの式(2)は、式(2A)で表される。
(7000/Z)≦TW≦(40000/Z) ・・・(2)
8.75%/m≦TW≦50%/m ・・・(2A)
そして、各試験において、(a)Arガス気泡個数指標、(b)鋳型による鋳片の拘束状態をそれぞれ評価した。かかる試験の条件と評価結果を上記表1に示す。
表1において、(a)Arガス気泡個数指標の評価については、各試験で得られた鋳片に含まれるArガス気泡11の個数を測定し、TW=0%/mの場合(比較例1)のArガス気泡11の個数を基準として、各試験のArガス気泡11の個数を指標化した。つまり、TW=0%/mの場合(比較例1)のArガス気泡個数指標を1.0とし、他の場合(実施例1〜12及び比較例2、3)のArガス気泡11の個数を、比較例1のArガス気泡11の個数で除算して、当該他の場合のArガス気泡個数指標をそれぞれ求めた。
また、(b)鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価については、鋳型2から鋳片5を正常に引き抜くことができた場合を「○」、正常に引き抜くことができたが鋳片5の一部に鋳型2に拘束された痕跡があった場合を「△」、鋳型2により鋳片5が拘束されて鋳造できなかった場合を「×」として評価した。
表1に示すように、実施例1〜12(TW=8.75,20.0,30.0,50.0%/m)のいずれも、上記式(2A)の条件を満たしている。この実施例1〜12では、Arガス気泡個数指標は、0.1〜0.5であり、比較例1のArガス気泡個数指標の50%以下であった。特に、TW=20.0%/m以上である実施例2〜12では、Arガス気泡個数指標は、0.1〜0.2であり、比較例1のArガス気泡個数指標の20%以下であった。また、実施例1〜12のいずれも、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価は「○」又は「△」であり、鋳型2から鋳片5を正常に引き抜くことができる、或いは鋳片5の一部に鋳型2に拘束された痕跡があるものの正常に引き抜くことができ、Arガス気泡11の混入の少ない鋳片5を安定的に鋳造することができた。
これに対し、比較例1〜3(TW=0.00,5.00,60.0%/m)のいずれも、上記式(2A)の条件を満たしていない。比較例1、2では、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価は「○」であるが、Arガス気泡個数指標が、0.9以上と非常に高く、多くのArガス気泡11が鋳片5に混入しており、鋳片5の表面欠陥等が生じて鋳片品質が劣化していた。この理由は、比較例1、2では、長辺テーパ率TWが小さすぎるため、メニスカス位置において長辺鋳型板3と浸漬ノズル6の間に十分な隙間7を確保できず、多くのArガス気泡11が凝固シェル30に捕捉されたからであると考えられる。
また、比較例3では、Arガス気泡個数指標は0.1と低いが、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価が「×」であり、長辺鋳型板3、3により鋳片5が拘束されて、鋳型2から鋳片5を正常に引き抜くことができなかった。この理由は、比較例3では、長辺テーパ率TWが60%/mと大きすぎるため、特に鋳型下部において、長辺鋳型板3、3により鋳片5が過度に拘束されたからであると考えられる。
以上の結果から、長辺テーパ率TWが、式(2)の条件(8.75%/m≦TW≦50%/m)を満たし、かつ、短辺鋳型板4に湾曲凹部40を設けることにより、Arガス気泡11等の介在物欠陥がない高品質の鋳片5を、鋳型2に拘束されることなく安定的に鋳造できることが確認されたといえる。特に、20%/m≦TW≦50%/mである場合には、Arガス気泡11等の介在物欠陥を、より適切に抑制でき、更に高品質の鋳片5を安定鋳造できることが確認された。
(2)短辺仮想テーパ率TVの数値範囲の有効性
次に、上記式(4)で規定される短辺仮想テーパ率TVの数値範囲「0%/m≦TV≦1.5%/m」の有効性の検討結果について説明する。表1に示すように、実施例5〜9では、長辺テーパ率TW=20%/mに固定した状態で、短辺鋳型板4の湾曲凹部40の形状を変更することで、TVを0〜2.0%/mの範囲内で段階的に変更させた。この際、メニスカス短辺幅DU=300mm、鋳型下端短辺幅DB=240mmとした。
0≦TV≦1.5 ・・・(4)
そして、各実施例5〜9において、鋳型による鋳片の拘束状態をそれぞれ評価した。かかる試験の条件と評価結果を上記表1に示す。
表1に示すように、実施例5〜8(TV=0.0,0.5,1.0,1.5%/m)のいずれも、上記式(4)の条件を満たしている。この実施例5〜8では、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価は「○」であり、鋳型2から鋳片5を正常に引き抜くことができ、鋳片5を安定的に鋳造することができた。
これに対し、実施例9(TV=2.0%/m)は、上記式(4)の条件を満たしていない。この実施例9では、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価が「△」であり、鋳型2により鋳片5が拘束されて、鋳片2に一部拘束の痕跡があった。この理由は、実施例9では、TVが大きすぎて、実質的な長辺テーパが大きくなり、長辺鋳型板3、3と鋳片5の接触がきつくなったからと考えられる。
以上の結果から、短辺仮想テーパ率TVが、式(4)の条件(0%/m≦TV≦1.5%/m)を満たすことにより、高品質の鋳片5を、鋳型2に拘束されることなく、より安定的に鋳造できることが確認されたといえる。
(2)短辺仮想テーパ率TVの数値範囲の有効性
次に、上記式(5)で規定される鋳型下端凹部深さdBと鋳型下端短辺幅DBの比(dB/DB)の数値範囲「(dB/DB)≦0.5」の有効性の検討結果について説明する。表1に示すように、実施例10〜12では、長辺テーパ率TW=20%/mに固定し、かつ、短辺仮想テーパ率TV=0.5%/mに固定した状態で、短辺鋳型板4の湾曲凹部40の形状を変更することで、dB/DBを0.4〜0.6の範囲内で段階的に変更させた。この際、メニスカス短辺幅DU=360mm、鋳型下端短辺幅DB=240mmとした。
(dB/DB)≦0.5 ・・・(5)
そして、各実施例10〜12において、鋳型による鋳片の拘束状態をそれぞれ評価した。かかる試験の条件と評価結果を上記表1に示す。
表1に示すように、実施例10及び11(dB/DB=0.4,0.5)は、上記式(5)の条件を満たしており、鋳型下端における湾曲凹部40の水平断面形状は、(DB/2)以上の半径を有する半円であった。この実施例10、11では、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価は「○」であり、鋳型2から鋳片5を正常に引き抜くことができた。
これに対し、実施例12(dB/DB=0.6)は、上記式(5)の条件を満たしておらず、鋳型下端における湾曲凹部40の水平断面形状は、上記実施例1の半円の半径よりも小さい曲率を有する半楕円であった。この実施例12では、鋳型2による鋳片5の拘束状態の評価が「△」であり、短辺鋳型板4、4により鋳片5が拘束されて、鋳片2の一部に鋳型2による拘束の痕跡があった。この理由は、実施例12では、湾曲凹部40の湾曲面の曲率が小さすぎるため、凝固シェル30の短辺部が短辺鋳型板4から受ける歪みに偏りが生じ、湾曲凹部40B内で凝固シェル30が均一に変形せず、短辺鋳型板4により拘束されたからであると考えられる。
以上の結果から、dBとDBの比が、式(5)の条件((dB/DB)≦0.5)を満たすことにより、高品質の鋳片5を、鋳型2に拘束されることなく、より安定的に鋳造できることが確認されたといえる。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。