<第1の実施の形態>
以下、電動パワーステアリング装置の第1の実施の形態を説明する。
<EPSの概要>
図1に示すように、電動パワーステアリング装置10は、運転者のステアリング操作に基づいて転舵輪を転舵させる操舵機構20、運転者のステアリング操作を補助する操舵補助機構30、および操舵補助機構30の作動を制御するECU(電子制御装置)40を備えている。
操舵機構20は、運転者により操作されるステアリングホイール21、およびステアリングホイール21と一体回転するステアリングシャフト22を備えている。ステアリングシャフト22は、ステアリングホイール21の中心に連結されたコラムシャフト22a、コラムシャフト22aの下端部に連結されたインターミディエイトシャフト22b、およびインターミディエイトシャフト22bの下端部に連結されたピニオンシャフト22cからなる。ピニオンシャフト22cの下端部は、ピニオンシャフト22cに交わる方向へ延びるラック軸23(正確にはラック歯が形成された部分23a)に噛合されている。したがって、ステアリングシャフト22の回転運動は、ピニオンシャフト22cおよびラック軸23からなるラックアンドピニオン機構24によりラック軸23の往復直線運動に変換される。当該往復直線運動が、ラック軸23の両端にそれぞれ連結されたタイロッド25を介して左右の転舵輪26,26にそれぞれ伝達されることにより、これら転舵輪26,26の転舵角θtaが変更される。
操舵補助機構30は、操舵補助力の発生源であるモータ31を備えている。モータ31としては、ブラシレスモータなどが採用される。モータ31は、減速機構32を介してコラムシャフト22aに連結されている。減速機構32はモータ31の回転を減速し、当該減速した回転力をコラムシャフト22aに伝達する。すなわち、ステアリングシャフト22にモータのトルクが操舵補助力(アシスト力)として付与されることにより、運転者のステアリング操作が補助される。
ECU40は、車両に設けられる各種のセンサの検出結果を運転者の要求あるいは走行状態を示す情報として取得し、これら取得される各種の情報に応じてモータ31を制御する。
各種のセンサとしては、たとえば車速センサ51、ステアリングセンサ52、トルクセンサ53および回転角センサ54がある。車速センサ51は車速(車両の走行速度)Vを検出する。ステアリングセンサ52は磁気式の回転角センサであってコラムシャフト22aに設けられて操舵角θsを検出する。トルクセンサ53はコラムシャフト22aに設けられて操舵トルクτを検出する。回転角センサ54はモータ31に設けられてモータ31の回転角θmを検出する。
ECU40は車速V、操舵角θs、操舵トルクτおよび回転角θmに基づき目標アシスト力を演算し、当該目標アシスト力を操舵補助機構30に発生させるための駆動電力をモータ31に供給する。
<ECUの構成>
つぎに、ECUのハードウェア構成を説明する。
図2に示すように、ECU40は駆動回路(インバータ回路)41およびマイクロコンピュータ42を備えている。
駆動回路41は、マイクロコンピュータ42により生成されるモータ制御信号Sc(PWM駆動信号)に基づいて、バッテリなどの直流電源から供給される直流電力を三相交流電力に変換する。当該変換された三相交流電力は各相の給電経路43を介してモータ31に供給される。各相の給電経路43には電流センサ44が設けられている。これら電流センサ44は各相の給電経路43に生ずる実際の電流値Imを検出する。なお、図2では、説明の便宜上、各相の給電経路43および各相の電流センサ44をそれぞれ1つにまとめて図示する。
マイクロコンピュータ42は、車速センサ51、ステアリングセンサ52、トルクセンサ53、回転角センサ54および電流センサ44の検出結果をそれぞれ定められたサンプリング周期で取り込む。マイクロコンピュータ42はこれら取り込まれる検出結果、すなわち車速V、操舵角θs、操舵トルクτ、回転角θmおよび実際の電流値Imに基づきモータ制御信号Scを生成する。
<マイクロコンピュータ>
つぎに、マイクロコンピュータの機能的な構成を説明する。
マイクロコンピュータ42は、図示しない記憶装置に格納された制御プログラムを実行することによって実現される各種の演算処理部を有している。
図2に示すように、マイクロコンピュータ42は、これら演算処理部として電流指令値演算部61およびモータ制御信号生成部62を備えている。電流指令値演算部61は、操舵トルクτ、車速Vおよび操舵角θsに基づき電流指令値I*を演算する。電流指令値I*はモータ31に供給するべき電流を示す指令値である。正確には、電流指令値I*は、d/q座標系におけるq軸電流指令値およびd軸電流指令値を含む。本実施形態においてd軸電流指令値は零に設定されている。d/q座標系は、モータ31の回転角θmに従う回転座標である。モータ制御信号生成部62は、回転角θmを使用してモータ31の三相の電流値Imを二相のベクトル成分、すなわちd/q座標系におけるd軸電流値およびq軸電流値に変換する。そして、モータ制御信号生成部62は、d軸電流値とd軸電流指令値との偏差、およびq軸電流値とq軸電流指令値との偏差をそれぞれ求め、これら偏差を解消するようにモータ制御信号Scを生成する。
<電流指令値演算部>
つぎに、電流指令値演算部について説明する。
図2に示すように、電流指令値演算部61は、アシスト制御部71、上下限リミット演算部72および上下限ガード処理部73を有している。また、電流指令値演算部61は3つの微分器74,75,76を有している。微分器74は操舵角θsを微分することにより操舵速度ωsを演算する。微分器75は前段の微分器74により算出される操舵速度ωsをさらに微分することにより操舵角加速度αsを演算する。微分器76は操舵トルクτを時間で微分することにより操舵トルク微分値dτを演算する。
アシスト制御部71は、操舵トルクτ、車速V、操舵角θs、操舵速度ωs、操舵角加速度αsおよび操舵トルク微分値dτに基づきアシスト制御量Ias *を演算する。アシスト制御量Ias *は、これら各種の状態量に応じた適切な大きさの目標アシスト力を発生させるためにモータ31へ供給する電流量の値(電流値)である。
上下限リミット演算部72は、アシスト制御部71において使用される各種の信号、ここでは操舵トルクτ、操舵角θs、操舵トルク微分値dτ、操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsに基づきアシスト制御量Ias *に対する制限値として上限値IUL *および下限値ILL *を演算する。上限値IUL *および下限値ILL *はアシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値となる。
上下限ガード処理部73は、上下限リミット演算部72により演算される上限値IUL *および下限値ILL *に基づきアシスト制御量Ias *の制限処理を実行する。すなわち、上下限ガード処理部73はアシスト制御量Ias *の値ならびに上限値IUL *および下限値ILL *を比較する。上下限ガード処理部73は、アシスト制御量Ias *が上限値IUL *を超える場合にはアシスト制御量Ias *を上限値IUL *に制限し、下限値ILL *を下回る場合にはアシスト制御量Ias *を下限値ILL *に制限する。当該制限処理が施されたアシスト制御量Ias *が最終的な電流指令値I*となる。なお、アシスト制御量Ias *が上限値IUL *と下限値ILL *との範囲内であるときには、アシスト制御部71により演算されるアシスト制御量Ias *がそのまま最終的な電流指令値I*となる。
<アシスト制御部>
つぎに、アシスト制御部71について詳細に説明する。
図3に示すように、アシスト制御部71は基本アシスト制御部81、補償制御部82および加算器83を備えている。
基本アシスト制御部81は操舵トルクτおよび車速Vに基づき基本アシスト制御量I1 *を演算する。基本アシスト制御量I1 *は、操舵トルクτおよび車速Vに応じた適切な大きさの目標アシスト力を発生させるための基礎成分(電流値)である。基本アシスト制御部81はたとえばマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されるアシスト特性マップを使用して基本アシスト制御量I1 *を演算する。アシスト特性マップは操舵トルクτおよび車速Vに基づき基本アシスト制御量I1 *を演算するための車速感応型の三次元マップであって、操舵トルクτ(絶対値)が大きいほど、また車速Vが小さいほど大きな値(絶対値)の基本アシスト制御量I1 *が算出されるように設定されている。
補償制御部82は、より優れた操舵感を実現するために基本アシスト制御量I1 *に対する各種の補償制御を実行する。
補償制御部82は、たとえば慣性補償制御部84、ステアリング戻し制御部85、トルク微分制御部86およびダンピング制御部87を備えている。
慣性補償制御部84は、操舵角加速度αsおよび車速Vに基づきモータ31の慣性を補償するための補償量I2 *(電流値)を演算する。補償量I2 *を使用して基本アシスト制御量I1 *を補正することにより、ステアリングホイール21の切り始め時における引っ掛かり感(追従遅れ)および切り終わり時の流れ感(オーバーシュート)が低減される。
ステアリング戻し制御部85は、操舵トルクτ、車速V、操舵角θsおよび操舵速度ωsに基づきステアリングホイール21の戻り特性を補償するための補償量I3 *(電流値)を演算する。補償量I3 *を使用して基本アシスト制御量I1 *を補正することにより、路面反力によるセルフアライニングトルクの過不足が補償される。補償量I3 *に応じてステアリングホイール21を中立位置に戻す方向へ向けたアシスト力が発生されるからである。
トルク微分制御部86は、逆入力振動成分を操舵トルク微分値dτとして検出し、当該検出される操舵トルク微分値dτに基づき逆入力振動などの外乱を補償するための補償量I4 *(電流値)を演算する。補償量I4 *を使用して基本アシスト制御量I1 *を補正することにより、ブレーキ操作に伴い発生するブレーキ振動などの外乱が抑制される。補償量I4 *に応じて逆入力振動を打ち消す方向へ向けたアシスト力が発生されるからである。
ダンピング制御部87は、操舵速度ωsおよび車速Vに基づき操舵系が有する粘性を補償するための補償量I5 *(電流値)を演算する。補償量I5 *を使用して基本アシスト制御量I1 *を補正することにより、たとえばステアリングホイール21に伝わる小刻みな振動などが低減される。
加算器83は基本アシスト制御量I1 *に対する補正処理として補償量I2 *、補償量I3 *、補償量I4 *および補償量I5 *を加算することによりアシスト制御量Ias *を生成する。
<上下限リミット演算部>
つぎに、上下限リミット演算部72について詳細に説明する。
図4に示すように、上下限リミット演算部72は上限値演算部90および下限値演算部100を備えている。
<上限値演算部>
上限値演算部90は、操舵トルク感応リミッタ91、操舵トルク微分値感応リミッタ92、操舵角感応リミッタ93、操舵速度感応リミッタ94、操舵角加速度感応リミッタ95および加算器96を有している。
操舵トルク感応リミッタ91は、操舵トルクτに応じてアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL1 *を演算する。操舵トルク微分値感応リミッタ92は、操舵トルク微分値dτに応じてアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL2 *を演算する。操舵角感応リミッタ93は、操舵角θsに応じてアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL3 *を演算する。操舵速度感応リミッタ94は、操舵速度ωsに応じてアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL4 *を演算する。操舵角加速度感応リミッタ95は、操舵角加速度αsに応じてアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL5 *を演算する。
加算器96は5つの上限値IUL1 *〜IUL5 *を足し算することによりアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL *を生成する。
<下限値演算部>
下限値演算部100は、操舵トルク感応リミッタ101、操舵トルク微分値感応リミッタ102、操舵角感応リミッタ103、操舵速度感応リミッタ104、操舵角加速度感応リミッタ105および加算器106を有している。
操舵トルク感応リミッタ101は、操舵トルクτに応じてアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL1 *を演算する。操舵トルク微分値感応リミッタ102は、操舵トルク微分値dτに応じてアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL2 *を演算する。操舵角感応リミッタ103は、操舵角θsに応じてアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL3 *を演算する。操舵速度感応リミッタ104は、操舵速度ωsに応じてアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL4 *を演算する。操舵角加速度感応リミッタ105は、操舵角加速度αsに応じてアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL5 *を演算する。
加算器106は5つの下限値ILL1 *〜ILL5 *を足し算することによりアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL *を生成する。
<上下限リミットマップ>
上限値演算部90および下限値演算部100は、それぞれ第1〜第5のリミットマップM1〜M5を使用して各上限値IUL1 *〜IUL5 *および各下限値ILL1 *〜ILL5 *を演算する。第1〜第5のリミットマップM1〜M5はマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されている。第1〜第5のリミットマップM1〜M5は、それぞれ運転者のステアリング操作に応じて演算されるアシスト制御量Ias *は許容し、それ以外の何らかの原因による異常なアシスト制御量Ias *は許容しないという観点に基づき設定される。
図5に示すように、第1のリミットマップM1は、横軸を操舵トルクτ、縦軸をアシスト制御量Ias *とするマップであって、操舵トルクτとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL1 *との関係、および操舵トルクτとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL1 *との関係をそれぞれ規定する。操舵トルク感応リミッタ91,101はそれぞれ第1のリミットマップM1を使用して操舵トルクτに応じた上限値IUL1 *および下限値ILL1 *を演算する。
第1のリミットマップM1は、操舵トルクτと同じ方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *は許容し、操舵トルクτと異なる方向のアシスト制御量Ias *は許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL1 *は操舵トルクτの増大に伴い正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵トルクτが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL1 *は「0」に維持される。一方、操舵トルクτが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL1 *は「0」に維持される。また、操舵トルクτが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL1 *は操舵トルクτの絶対値が増大するほど負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。
図6に示すように、第2のリミットマップM2は、横軸を操舵トルク微分値dτ、縦軸をアシスト制御量Ias *とするマップであって、操舵トルク微分値dτとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL2 *との関係、および操舵トルク微分値dτとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL2 *との関係をそれぞれ規定する。操舵トルク微分値感応リミッタ92,102はそれぞれ第2のリミットマップM2を使用して操舵トルク微分値dτに応じた上限値IUL2 *および下限値ILL2 *を演算する。
第2のリミットマップM2は、操舵トルク微分値dτと同じ方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *は許容し、操舵トルク微分値dτと異なる方向のアシスト制御量Ias *は許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルク微分値dτが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL2 *は操舵トルク微分値dτの増大に伴い正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵トルク微分値dτが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL2 *は「0」に維持される。一方、操舵トルク微分値dτが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL2 *は「0」に維持される。また、操舵トルク微分値dτが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL2 *は操舵トルク微分値dτの絶対値が増大するほど負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。
図7に示すように、第3のリミットマップM3は、横軸を操舵角θs、縦軸をアシスト制御量Ias *とするマップであって、操舵角θsとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL3 *との関係、および操舵角θsとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL3 *との関係をそれぞれ規定する。操舵角感応リミッタ93,103はそれぞれ第3のリミットマップM3を使用して操舵角θsに応じた上限値IUL3 *および下限値ILL3 *を演算する。
第3のリミットマップM3は、操舵角θsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *は許容し、操舵角θsと同じ方向のアシスト制御量Ias *は許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵角θsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL3 *は「0」に維持される。また、操舵角θsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL3 *は操舵角θsの増大に伴い負の方向へ増加する。一方、操舵角θsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL3 *は操舵角θsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加する。また、操舵角θsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL3 *は「0」に維持される。
図8に示すように、第4のリミットマップM4は、横軸を操舵速度ωs、縦軸をアシスト制御量Ias *とするマップであって、操舵速度ωsとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL4 *との関係、および操舵速度ωsとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL4 *との関係をそれぞれ規定する。操舵速度感応リミッタ94,104はそれぞれ第4のリミットマップM4を使用して操舵速度ωsに応じた上限値IUL4 *および下限値ILL4 *を演算する。
第4のリミットマップM4は、操舵速度ωsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *は許容し、操舵速度ωsと同じ方向のアシスト制御量Ias *は許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵速度ωsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL4 *は「0」に維持される。また、操舵速度ωsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL4 *は操舵速度ωsの増大に伴い負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。一方、操舵速度ωsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL4 *は操舵速度ωsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵速度ωsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL4 *は「0」に維持される。
図9に示すように、第5のリミットマップM5は、横軸を操舵角加速度αs、縦軸をアシスト制御量Ias *とするマップであって、操舵角加速度αsとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL5 *との関係、および操舵角加速度αsとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL5 *との関係をそれぞれ規定する。操舵角加速度感応リミッタ95,105はそれぞれ第5のリミットマップM5を使用して操舵角加速度αsに応じた上限値IUL5 *および下限値ILL5 *を演算する。
第5のリミットマップM5は、操舵角加速度αsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *は許容し、操舵角加速度αsと同じ方向のアシスト制御量Ias *は許容しない観点に基づき設定されることにより、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵角加速度αsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL5 *は「0」に維持される。また、操舵角加速度αsが正の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL5 *は操舵角加速度αsの増大に伴い負の方向へ増加し、所定値を境として負の一定値に維持される。一方、操舵角加速度αsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の上限値IUL5 *は操舵角加速度αsの絶対値が増大するほど正の方向へ増加し、所定値を境として正の一定値に維持される。また、操舵角加速度αsが負の値である場合、アシスト制御量Ias *の下限値ILL5 *は「0」に維持される。
<EPSの基本的な作用>
したがって、電動パワーステアリング装置10では、アシスト制御量Ias *に対する制限値(上限値および下限値)がアシスト制御量Ias *を演算する際に使用する各信号、ここでは操舵状態を示す状態量である操舵トルクτ、操舵トルク微分値dτ、操舵角θs、操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsに対して個別に設定される。マイクロコンピュータ42は、アシスト制御量Ias *に基づき最終的な電流指令値I*を演算するに際して、各信号の値に応じてアシスト制御量Ias *の変化範囲を制限するための制限値を信号毎に設定し、これら制限値を合算した値をアシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値として設定する。ちなみに、信号毎の制限値、ひいては最終的な制限値は運転者のステアリング操作に応じて演算される通常のアシスト制御量Ias *は許容し、何らかの原因に起因する異常なアシスト制御量Ias *は制限する観点で設定される。マイクロコンピュータ42は、たとえば運転者の操舵入力に対するトルク微分制御およびステアリング戻し制御などの各種補償制御による補償量は許容する一方、各補償量の値を超える異常出力あるいは誤出力などは制限する。
マイクロコンピュータ42は、アシスト制御量Ias *が最終的な上限値IUL *および下限値ILL *により定められる制限範囲を超えるとき、上限値IUL *を超えるアシスト制御量Ias *あるいは下限値ILL *を下回るアシスト制御量Ias *が最終的な電流指令値I*としてモータ制御信号生成部62に供給されないように制限する。最終的な上限値IUL *および下限値ILL *には信号毎に設定された個別の制限値(上限値および下限値)が反映されている。すなわち、異常な値を示すアシスト制御量Ias *が演算される場合であれ、当該異常なアシスト制御量Ias *の値は最終的な制限値によって各信号値に応じた適切な値に制限される。そして、当該適切なアシスト制御量Ias *が最終的な電流指令値I*としてモータ制御信号生成部62に供給されることにより適切なアシスト力が操舵系に付与される。異常なアシスト制御量Ias *が最終的な電流指令値I*としてモータ制御信号生成部62に供給されることが抑制されるため、操舵系に対して意図しないアシスト力が付与されることが抑制される。たとえばいわゆるセルフステアリングなどの発生も抑制される。
また、アシスト制御量Ias *を演算する際に使用する各信号に基づきアシスト制御量Ias *に対する適切な制限値が個別に設定される。このため、たとえば基本アシスト制御量I1 *を演算する際に使用される信号である操舵トルクτのみに基づいてアシスト制御量Ias *の制限値を設定する場合に比べて、アシスト制御量Ias *に対してより緻密な制限処理が行われる。アシスト制御量Ias *の制限値の設定において、各種の補償量I2 *,I3 *,I4 *,I5 *に対する影響を考慮する必要もない。
ここで、アシスト制御量Ias *の異常が続く限り継続してアシスト制御量Ias *を制限することも可能ではあるものの、より安全性を高める観点から、つぎのようにしてもよい。
図10のグラフに示すように、アシスト制御量Ias *の値がたとえば下限値ILL *を下回るとき(時刻TL0)、アシスト制御量Ias *の値は下限値ILL *で制限される。マイクロコンピュータ42は当該制限される状態が一定期間ΔTだけ継続したとき(時刻TL1)、下限値ILL *を「0」に向けて漸減させる(以下、「漸減処理」という。)。そして下限値ILL *が「0」に至るタイミング(時刻TL2)でアシスト制御量Ias *の値は「0」になる。その結果、操舵系に対するアシスト力の付与が停止される。当該漸減処理は、異常な状態が一定期間ΔTだけ継続したときにはアシスト力の付与を停止することが好ましいという観点に基づき行われる。アシスト制御量Ias *の値は徐々に小さくなるのでアシストを停止させる際、操舵感に急激な変化が発生することはない。
なお、アシスト制御量Ias *の値が上限値IUL *を超える場合についても同様である。すなわち、マイクロコンピュータ42はアシスト制御量Ias *の制限状態が一定期間ΔTだけ継続したとき、上限値IUL *を「0」に向けて漸減させる。
当該漸減処理は上限値IUL *および下限値ILL *の演算処理とは無関係に強制的に行われるものである。マイクロコンピュータ42は、当該漸減処理の実行中において、アシスト制御量Ias *の値が上限値IUL *と下限値ILL *との間の正常範囲内の値に復帰したとき、漸減処理の実行を停止するようにしてもよい。これにより、強制的に「0」に向けて漸減させた上限値IUL *または下限値ILL *は本来の値に復帰する。
ここで、前述のように構成された電動パワーステアリング装置10においては、つぎのようなことが懸念される。
電動パワーステアリング装置10では、各状態量に基づくアシスト制御量Ias *の出力範囲は、基本的にはアシスト特性マップなどの各種のマップ、および制御パラメータなどの各種の定数から理論的に決まる。また、図5〜図9のグラフに示されるように、アシスト制御量Ias *に対する、状態量ごとの制限値(上限値および下限値)の絶対値は、各状態量の「0」を基準として最大絶対値と最小絶対値との間で切り替わる。そして、状態量ごとの制限値における最大絶対値側の部分はアシスト制御量Ias *の理論出力に基づき設定される。状態量ごとの制限値における最小絶対値側の部分は、誤検出を回避するため「0」に設定される。
たとえば図5の第1のリミットマップM1に示されるように、操舵トルクτに応じた上限値IUL1 *は、操舵トルクτが正の値であるときには操舵トルクτが正の方向へ増大することにより正方向における最大値(最大絶対値)に達する一方、操舵トルクτが負の値であるときには最小絶対値である「0」に維持される。また、操舵トルクτに応じた下限値ILL1 *は、操舵トルクτが正の値であるときには最小絶対値である「0」に維持される一方、操舵トルクτが負の値であるときには操舵トルクτが負の方向へ増大することにより負方向における最大値(最大絶対値)に達する。
アシスト制御量Ias *の理論出力範囲から外れる異常なアシスト制御量Ias *の出力を制限するために、状態量ごとに制限値(上限値および下限値)が演算される。そして、何らかの原因によって異常値を示すアシスト制御量Ias *が演算された場合、基本的には当該異常なアシスト制御量Ias *は状態量ごとの制限値が合算された最終的な制限値(IUL *,ILL *)によって制限される。
ところが、たとえば車両がUターンしているときなど、大きな操舵角θsおよび大きな操舵トルクτがそれぞれ発生している最中に、何らかの原因によりアシスト制御量Ias *が急激に減少して「0」に近似する程度に小さな値に到る場合、つぎのようなことが懸念される。すなわち、この場合、第1〜第5のリミットマップM1〜M5に示される制限値の設定方法では異常を検出できないおそれがある。状態量ごとの制限値(上限値および下限値)における最小絶対値が、いずれも「0」に設定されるからである。またこの場合、通常のアシスト力が発揮される状態からアシスト力が過小となる状態へ急激に変化するため、操舵感も急激に変化する。さらに、操舵トルクτの値が大きくなるほど、当該操舵トルクτの作用する方向へ向けたアシスト力が必要であるところ、本来必要とされるアシスト力が得られないおそれがある。
そこで本例では、アシスト制御量Ias *が「0」へ向けて急激に減少するような異常が発生した場合であれ、操舵のアシストを補償するために、操舵トルクτに応じた制限値(IUL1 *,ILL1 *)を演算するための第1のリミットマップM1において、制限値(絶対値)の最小絶対値を現状の「0」よりも大きい値に設定する。これにより、図5の第1のリミットマップM1に網掛けで示される、アシスト制御量Ias *の出力が許容されない領域(アシスト禁止領域)を拡大する。具体的には、つぎの通りである。
<操舵トルク感応リミッタ>
図11に示すように、操舵トルク感応リミッタ91は、リミットマップ演算部201a、補償マップ演算部202a、判定部203a、および最終リミットマップ演算部204aを備えている。
リミットマップ演算部201aは、操舵トルクτを取り込み、第1のリミットマップM1を使用して操舵トルクτに応じた上限値IUL1 *を演算する。
補償マップ演算部202aは、操舵トルクτを取り込み、当該操舵トルクτに応じて、上限値IUL1 *に対する補償値IULτ *を演算する。
判定部203aは、アシスト制御部71による制御の実行状態および操舵状態を考慮して、補償マップ演算部202aにより演算される補償値IULτ *を使用するかどうかを判定し、当該判定の結果に応じてフラグFrを生成する。判定部203aは、何らかの理由によりアシスト制御量Ias *(モータ電流)が制限される特定の状態の有無を検出するために、アシスト制御部71により生成されるフラグFs、操舵角θsおよび操舵速度ωsをそれぞれ取り込む。
アシスト制御量Ias *(モータ電流)が制限される特定の状態としては、たとえばつぎの状態A1、状態A2および状態A3の3つの状態が考えられる。
(A1)マイクロコンピュータ42によってモータ31の過熱保護制御(過負荷保護制御)が実行されている状態。
過熱保護制御とは、モータ31およびECU40の作動に伴う発熱から電動パワーステアリング装置10を保護するために、当該発熱に大きな影響を及ぼすモータ電流を制限することにより、モータ31またはECU40の温度上昇を抑制する制御をいう。モータ電流を制限するために、アシスト制御量Ias *が制限される。
(A2)操舵速度ωsが設定速度よりも速い状態。
操舵速度ωsが速くなるほど、ダンピング制御に基づく補償量I5 *の値も大きくなるところ、補償量I5 *の値が大きくなるほどトータルとしてのアシスト制御量Ias *の絶対値は小さくなる。すなわち、操舵速度ωsが速いほど、アシスト制御量Ias *の絶対値はより小さな値となる。
(A3)マイクロコンピュータ42によるモータ31の制御を通じて、ラック軸23の仮想的な可動範囲が設定される状態。
ラック軸23が仮想的な可動範囲の限界近傍の位置に達するとき、マイクロコンピュータ42は、モータ31の制御を通じて操舵反力(操舵トルクτと逆方向に作用する力)を急激に増大させる。これにより、ステアリングホイール21の操舵範囲が、本来の最大操舵範囲よりも狭い範囲に仮想的に制限される。ラック軸23が実際の物理的な可動範囲の限界に至ることがないので、いわゆる端当てが発生しない。端当てとは、ラック軸23がその可動範囲の限界に達するとき、当該ラック軸23の端部(ラックエンド)がラックハウジングに突き当たることをいう。
判定部203aは、つぎに挙げる3つの判定条件B1,B2,B3のすべてが成立するとき、補償値IULτ *を使用する旨判定する。これら判定条件B1〜B3は、マイクロコンピュータ42により実行される本来のEPS制御を、補償値IULτ *を使用することに優先させる観点に基づき設定される。
(B1)過熱保護制御がオフされていること。これは、過熱保護制御がオンされている場合、すなわち過熱保護制御の実行を通じてアシスト制御量Ias *が制限されている場合を考慮する趣旨である。当該制限されたアシスト制御量Ias *は過熱保護の観点に基づく正常な値であるにもかかわらず、制限値(ここでは、上限値IUL1 *)の絶対値を「0」よりも大きな値に設定することにより、異常である旨誤検出されるおそれがある。
(B2)操舵速度ωsが設定速度よりも遅い速度であること。これは、操舵速度ωsが設定速度よりも速いとき、すなわちダンピング制御に基づく補償量I5 *の値が大きいとき、トータルとしてのアシスト制御量Ias *の絶対値が小さくなる可能性を考慮する趣旨である。当該小さな値のアシスト制御量Ias *は、通常実行されるダンピング制御に基づく正常な値であるにもかかわらず、制限値(ここでは、上限値IUL1 *)の絶対値を「0」よりも大きな値に設定することにより、異常である旨誤検出されるおそれがある。
(B3)操舵角θsが、ラック軸23の仮想的な可動範囲の限界付近に対応する値ではないこと。これは、操舵反力(操舵トルクと逆方向に作用する力)を急激に増大させるために、アシスト制御量Ias *が急激に減少されることを考慮する趣旨である。当該減少されたアシスト制御量Ias *は、仮想的な操舵範囲を設定する観点に基づく正常な値であるにもかかわらず、制限値(ここでは、上限値IUL1 *)の最小絶対値を「0」よりも大きな値に設定することにより、異常である旨誤検出されるおそれがある。
最終リミットマップ演算部204aは、判定部203aにより生成されるフラグFrの値に応じて最終的な上限値IUL1 *を生成する。最終リミットマップ演算部204aは、フラグFrの値が補償値IULτ *を使用しない旨示す値であるとき、リミットマップ演算部201aにより演算される上限値IUL1 *をそのまま最終的な上限値IUL1 *として使用する。また、最終リミットマップ演算部204aは、フラグFrの値が補償値IULτ *を使用する旨示す値であるとき、リミットマップ演算部201aにより演算される上限値IUL1 *と、補償マップ演算部202aにより演算される補償値IULτ *とに基づき、最終的な上限値IUL1 *を生成する。
なお、操舵トルク感応リミッタ101は、基本的には操舵トルク感応リミッタ91と同様の構成を有している。すなわち、図11に括弧付の符号で示されるように、操舵トルク感応リミッタ101も、リミットマップ演算部201b、補償マップ演算部202b、判定部203b、および最終リミットマップ演算部204bを備えてなる。リミットマップ演算部201bは、第1のリミットマップM1を使用して操舵トルクτに応じた下限値ILL1 *を演算する。補償マップ演算部202bは、操舵トルクτに応じて、リミットマップ演算部201bにより演算される下限値ILL1 *に対する補償値ILLτ *を演算する。判定部203bは、補償値IULτ *を使用するかどうかの判定結果に応じてフラグFrを生成する。最終リミットマップ演算部204bは、判定部203bにより生成されるフラグFrの値に応じて最終的な下限値ILL1 *を生成する。
<トルク補償マップ>
補償マップ演算部202aは、図12(a)に示されるトルク補償マップM1aを使用して、リミットマップ演算部201aにより生成される上限値IUL1 *に対する補償値IULτ *を演算する。補償マップ演算部202bは、トルク補償マップM1bを使用して、リミットマップ演算部201bにより生成される下限値ILL1 *に対する補償値ILLτ *を演算する。2つのトルク補償マップM1a,M1bは、それぞれマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されている。また、2つのトルク補償マップM1a,M1bは、それぞれ第1のリミットマップM1では許容される操舵トルクτと同符号のアシスト制御量Ias *を、操舵トルクτの絶対値が大きい領域においては部分的に許容しない観点に基づき設定される。すなわち、操舵トルクτの絶対値が大きい領域において、許容しないアシスト制御量Ias *の範囲(アシスト禁止領域)が操舵トルクτと同じ方向(正負の符号)へ向けて部分的に拡大される。
図12(a)に示すように、トルク補償マップM1aは、横軸を操舵トルクτ、縦軸を補償値IULτ *とするマップであって、操舵トルクτと上限値IUL1 *に対する補償値IULτ *との関係を規定する。トルク補償マップM1aは、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτが負の値である場合、操舵トルクτが負の設定値−τ1に達するまでの間、補償値IULτ *は「0」に維持される。操舵トルクτが負の設定値−τ1に達した以降、補償値IULτ *は操舵トルクτの絶対値が増大するほど負方向へ増加する。
図12(b)に示すように、トルク補償マップM1bは、横軸を操舵トルクτ、縦軸を補償値ILLτ *とするマップであって、操舵トルクτと下限値ILL1 *に対する補償値ILLτ *との関係を規定する。トルク補償マップM1bは、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτが正の値である場合、操舵トルクτが正の設定値+τ1に達するまでの間、補償値ILLτ *は「0」に維持される。操舵トルクτが正の設定値+τ1に達した以降、補償値IULτ *は操舵トルクτの絶対値が増大するほど正方向へ増加する。
<操舵トルク感応リミッタの演算処理に対する考え方>
つぎに、操舵トルク感応リミッタ91,101の演算処理に対する考え方について説明する。
先の判定条件B1〜判定条件B3のすべてが成立するとき、リミットマップ演算部201aにより演算される上限値IUL1に、補償マップ演算部202aにより演算される補償値IULτ *が加味される。また、先の判定条件B1〜判定条件B3のすべてが成立するとき、リミットマップ演算部201bにより演算される下限値ILL1に、補償マップ演算部202bにより演算される補償値ILLτ *が加味される。これらのことは、つぎのように見ることができる。
図13の上段に示されるように、操舵トルク感応リミッタ91(正確には、最終リミットマップ演算部204a)では、第1のリミットマップM1(正確には、上限値の特性を規定する部分)と、トルク補償マップM1aとの論理和を演算することにより得られる上限値リミットマップM1ULに基づき、操舵トルクτに応じた最終的な上限値IUL1 *が演算される。
上限値リミットマップM1ULの特性は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτが正の値である領域(図中の0を基準とする右側の領域)については第1のリミットマップM1と同様の特性を有している。また、操舵トルクτが負の値である領域(図中の0を基準とする左側の領域)についてはトルク補償マップM1aと同様の特性を有している。したがって、操舵トルクτが負の値であって、かつ負の設定値−τ1の絶対値を超える場合、上限値IUL1 *の最小絶対値は「0」よりも大きな値に設定される。
図13の下段に示されるように、操舵トルク感応リミッタ101(正確には、最終リミットマップ演算部204b)では、第1のリミットマップM1(正確には、下限値の特性を規定する部分)と、トルク補償マップM1bとの論理和を演算することにより得られる下限値リミットマップM1LLに基づき、操舵トルクτに応じた最終的な下限値ILL1 *が演算される。
下限値リミットマップM1LLの特性は、つぎの通りである。すなわち、操舵トルクτが正の値である領域(図中の0を基準とする右側の領域)についてはトルク補償マップM1bと同様の特性を有している。また、操舵トルクτが負の値である領域(図中の0を基準とする左側の領域)については第1のリミットマップM1と同様の特性を有している。したがって、操舵トルクτが正の値であって、かつ正の設定値+τ1の絶対値を超える場合、下限値ILL1 *の最小絶対値は「0」よりも大きな値に設定される。
したがって、操舵トルク感応リミッタ91,101における演算処理は、つぎのように見ることができる。
すなわち、図13の最も右側に示されるように、操舵トルク感応リミッタ91,101では、上限値リミットマップM1ULと、下限値リミットマップM1LLとの論理和を演算することにより得られる最終リミットマップM1finに基づき、操舵トルクτに応じた最終的な制限値(上限値IUL1 *および下限値ILL1 *)が演算される。換言すれば、先の判定条件B1〜判定条件B3のすべてが成立するとき、操舵トルク感応リミッタ91,101では、第1のリミットマップM1に代えて、最終リミットマップM1finを使用して最終的な制限値(上限値IUL1 *および下限値ILL1 *)が演算される。
<操舵トルク感応リミッタの作用>
さて、最終リミットマップM1finを使用して最終的な制限値(上限値IUL1 *および下限値ILL1 *)が演算されることにより、つぎのような作用を奏する。
先の判定条件B1〜判定条件B3のすべてが成立するとき、すなわちアシスト力(モータ電流)を意図的に減少させる制御機能が実行されていないとき、操舵トルクτに応じた上限値IUL1 *の最小絶対値、および操舵トルクτに応じた下限値ILL1 *の最小絶対値が、それぞれ「0」よりも大きな値に設定される。
このため、車両がUターンしているときなど、設定値±τ1の絶対値を超える操舵トルクτが発生している最中に、何らかの原因によりアシスト制御量Ias *が「0」へ向けて急激に減少する場合であれ、アシスト制御量Ias *が「0」に到ることはない。すなわち、アシスト制御量Ias *は絶対値が「0」よりも大きい値である上限値IUL1 *または下限値ILL1 *に制限される。
したがって、何らかの原因によりアシスト制御量Ias *が「0」へ向けて急激に減少する場合など、アシスト力が過小となるような異常を検出することが可能となる。
また、第1のリミットマップM1のみに基づき上限値IUL1 *および下限値ILL1 *をそれぞれ設定する場合と異なり、設定値±τ1の絶対値を超える操舵トルクτが発生しているとき、上限値IUL1 *の絶対値および下限値ILL1 *の絶対値はそれぞれ「0」よりも大きい値となる。上限値IUL1 *の絶対値および下限値ILL1 *の絶対値がそれぞれ「0」よりも大きい値に設定される分、アシスト制御量Ias *の絶対値の減少幅が小さくなる。したがって、アシスト力の変化、ひいては操舵感の変化が緩和される。
さらに、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、当該操舵トルクτの作用する方向へ向けたアシスト力が必要である。この点、操舵トルクτが設定値±τ1の絶対値を超えるとき、アシスト制御量Ias *は、絶対値が「0」よりも大きい値である上限値IUL1 *または下限値ILL1 *に制限される。操舵トルクτに応じた個別の制限値(IUL1 *,ILL1 *)は、アシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値(IUL,ILL *)に反映される。このため、アシスト制御量Ias *が「0」へ向けて急激に減少するなど、アシスト力が過小となる異常が発生した場合であれ、「0」より大きな絶対値を有する個別の制限値(IUL1 *,ILL1 *)の分だけ大きなアシスト力が発揮される。
なお、本例の補償マップ演算部202a,202bは、アシスト制御量Ias *が制限値に制限される際に発生し得る異常なアシスト状態(ここでは、過小アシスト)を抑制するための第1の補正値としての補償値IULτ *,ILLτ *を複数種の状態量のうちの少なくとも一である操舵トルクτに基づき演算する補正値演算部を構成する。また、判定部203a,203bおよび最終リミットマップ演算部204a,204bは、異常なアシスト状態である過小アシストと相関する状態量である操舵トルクτに応じて個別に演算される制限値(IUL1 *,ILL1 *)を、第1の補正値としての補償値IULτ *,ILLτ *に基づき補正する補正処理部を構成する。また、設定値+τ1,−τ1は、操舵トルク判定閾値に相当する。ちなみに、先の状態A1,A2,A3のように、アシスト制御量Ias *(モータ電流)を制限する特定の制御機能をECU40が持たない場合、判定部203a,203bを割愛した構成を採用してもよい。
<実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)アシスト制御量Ias *の制限値はアシスト制御量Ias *の演算に使用される各信号(各状態量)に対して個別に設定されるとともに、これら制限値を合算した値がアシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値として設定される。このため、何らかの原因によって異常値を示すアシスト制御量Ias *が演算された場合であれ、当該異常なアシスト制御量Ias *は最終的な制限値によって直接的に各信号値に応じた適切な値に制限される。適切な値に制限されたアシスト制御量Ias *が最終的な電流指令値I*としてモータ制御信号生成部62に供給されることにより意図せぬアシスト力が操舵系に付与されるのを的確に抑制することができる。
(2)マイクロコンピュータ42は各上限値IUL1 *〜IUL5 *を足し算することにより得られる上限値IUL *および各下限値ILL1 *〜ILL5 *を足し算することにより得られる下限値ILL *を使用してアシスト制御量Ias *に対して一括して制限処理を行う。各上限値IUL1 *〜IUL5 *および各下限値ILL1 *〜ILL5 *を使用してアシスト制御量Ias *に対して個別に制限処理を行う構成も考えられるところ、当該構成を採用する場合に比べてマイクロコンピュータ42の演算負荷を低減させることが可能である。
(3)マイクロコンピュータ42は第1〜第5のリミットマップM1〜M5を使用することにより各上限値IUL1 *〜IUL5 *および各下限値ILL1 *〜ILL5 *を簡単に演算することができる。
(4)アシスト制御量Ias *が「0」へ向けて急激に減少するなど、アシスト力が過小となる異常が発生する場合、操舵トルクτの絶対値が設定値±τ1の絶対値を超えているとき、アシスト制御量Ias *は「0」よりも大きい絶対値を有する上限値IUL1 *または下限値ILL1 *に制限される。このため、操舵トルクτの作用する方向へ向けたアシスト力が必要とされる状況において、アシスト力が「0」になることはない。「0」より大きな絶対値を有する上限値IUL1 *または下限値ILL1 *に応じたアシスト力が発揮される。
<第2の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第2の実施の形態を説明する。本例は、基本的には先の図1〜図10に示される第1の実施の形態と同様の構成を備えている。
先の図7に示される第3のリミットマップM3は、操舵角θsに応じた個別の制限値(IUL3 *,ILL3 *)を演算するところ、当該制限値(IUL3 *,ILL3 *)は操舵トルクτと逆符号を有する。このため、操舵角θsに応じた個別の制限値(IUL3 *,ILL3 *)は、操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を許容する成分、すなわち逆アシストを許容する成分として作用する。したがって、操舵状態によっては、操舵方向と反対方向へ向けた操舵アシストである、いわゆる逆アシストが許容されるおそれがある。そこで本例では、逆アシストの発生を抑えるために、つぎの構成を採用している。
図14に示すように、操舵角感応リミッタ93は、リミットマップ演算部301a、トルクゲイン演算部302aおよび乗算器303aを有している。
リミットマップ演算部301aは、操舵角θsを取り込み、第3のリミットマップM3を使用して操舵角θsに応じた上限値IUL3 *を演算する。トルクゲイン演算部302aは、操舵トルクτを取り込み、当該操舵トルクτに応じたトルクゲインGτを演算する。乗算器303aは、リミットマップ演算部301aにより演算される上限値IUL3 *に、トルクゲイン演算部302aにより演算されるトルクゲインGτを乗算することにより、操舵角θsに応じた最終的な上限値IUL3 *を生成する。
なお、操舵角感応リミッタ103は、基本的には操舵角感応リミッタ93と同様の構成を有している。すなわち、図14に括弧付の符号で示されるように、操舵角感応リミッタ103も、リミットマップ演算部301b、トルクゲイン演算部302bおよび乗算器303bを備えてなる。リミットマップ演算部301bは、第3のリミットマップM3を使用して操舵角θsに応じた下限値ILL3 *を演算する。トルクゲイン演算部302bは、操舵トルクτに応じたトルクゲインGτを演算する。乗算器303bは、リミットマップ演算部301bにより演算される下限値ILL3 *にトルクゲインGτを乗算することにより、操舵角θsに応じた最終的な下限値ILL3 *を生成する。
2つのトルクゲイン演算部302a,302bは、それぞれ図15のグラフに示されるトルクゲインマップMGを使用してトルクゲインGτを演算する。トルクゲインマップMGは、マイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に記憶されている。
図15のグラフに示されるように、トルクゲインマップMGは、横軸を操舵トルクτの絶対値│τ│、縦軸をトルクゲインGτとするマップである。トルクゲインマップMGの特性はつぎの通りである。すなわち、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、トルクゲインGτの値はより小さな値となる。トルクゲインGτの値は、「0」〜「1」の間で変化する。
このため、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、2つの乗算器303a,303bによりそれぞれ生成される操舵角θsに応じた最終的な制限値(IUL3 *,ILL3 *)は、より小さな値となる。したがって、操舵角θsに応じた個別の制限値(IUL3 *,ILL3 *)が減少する分だけ、アシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値(IUL *,ILL *)が、操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を許容する方向へ拡がること、ひいては逆アシストが抑制される。
ちなみに、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、トルクゲインGτをより小さな値に設定する理由は、つぎの通りである。
すなわち、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、操舵トルクτと同方向へ向けたアシスト力が必要とされる。このため、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、トータルとしてのアシスト制御量Ias *の絶対値はより大きな値となる。したがって、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、操舵トルクτと逆の符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための制限値を設定することの意義は小さくなる。また、操舵トルクτと逆の符号を有する異常なアシスト制御量Ias *が演算されることを想定した場合、当該異常なアシスト制御量Ias *を制限するための制限値の絶対値をより大きな値に設定することは、逆アシストを抑制する観点からみたときには、むしろ好ましくない。したがって、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、操舵角θsに応じた個別の制限値(IUL3 *,ILL3 *)をより小さな値に設定することが好ましい。
なお、本例において、トルクゲイン演算部302a,302bは補正値演算部を、乗算器303a,303bは補正処理部を構成する。また、トルクゲインGτは第3の補正値に相当する。
<実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(5)操舵トルクτの絶対値が大きな値になるほど、操舵角θsに応じた個別の制限値(IUL3 *,ILL3 *)の絶対値が、より小さな値に設定される。このため、アシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値(IUL *,ILL *)が、操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を許容する方向へ拡がることを抑制することが可能となる。したがって、ステアリングホイール21が正方向あるいは逆方向へ操作された状態における、いわゆる逆アシスト挙動が抑制される。
(6)また、操舵トルクτの絶対値が大きな値になるほど、操舵トルクτと逆の符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための制限値(IUL3 *,IL3 *)の絶対値を、より小さな値に設定することによって、より精度の高い制限処理を行うことが可能となる。たとえば、操舵トルクτと逆の符号を有する異常なアシスト制御量Ias *が演算された際、操舵トルクτと逆の符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための制限値(IUL3 *,ILL3 *)の絶対値がより小さな値に設定される分、迅速に異常を検出することが可能となる。
<第3の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第3の実施の形態を説明する。本例は、基本的には先の図1〜図10に示される第1の実施の形態と同様の構成を備えている。また、本例は第1および第2の実施の形態のそれぞれに適用することが可能である。
ステアリングホイール21はステアリングシャフト22およびラックアンドピニオン機構24などを介して転舵輪26,26に連結されている。このため、轍などの路面凹凸に起因する転舵輪26,26からの逆入力に伴いステアリングホイール21が左右に取られることがある。この転舵輪26,26からの逆入力は、車両の直進安定性あるいは操舵感触を低下させる一因となる。このため、転舵輪26,26からの逆入力に伴う、いわゆるセルフステアリングを抑制することが求められている。操舵トルクτの値が小さいほど、転舵輪26,26からの逆入力の影響を受けやすい。
また、たとえばUターンが完了した後、手放し状態でステアリングホイール21がその中立位置へ向けて戻っているときなど、操舵トルクτの値が特に小さくなるときには、ダンピングが不足するおそれがある。なお、ダンピングとは、操舵速度とは逆方向の粘性抵抗相当分のアシスト力をいう。ダンピングは、車両の収斂性および安定性の向上を目的として、操舵速度に応じて発生される。
そこで本例では、操舵トルクτの値が小さい操舵状態におけるセルフステアリングおよびダンピング不足をそれぞれ改善するために、つぎの構成を採用している。
図16に示すように、操舵速度感応リミッタ94は、リミットマップ演算部401a、補償マップ演算部402a、トルクゲイン演算部403a、乗算器404aおよび最終リミットマップ演算部405aを備えている。
リミットマップ演算部401aは、操舵速度ωsを取り込み、第4のリミットマップM4を使用して操舵速度ωsに応じた上限値IUL4 *を演算する。
補償マップ演算部402aは、操舵速度ωsを取り込み、当該操舵速度ωsに応じて、上限値IUL4 *に対する補償値IULω *を演算する。
トルクゲイン演算部403aは、操舵トルクτを取り込み、当該操舵トルクτに応じたトルクゲインGτを演算する。トルクゲイン演算部403aは、先の図15のグラフに示されるトルクゲインマップMGを使用してトルクゲインGτを演算する。
乗算器404aは、補償マップ演算部402aにより演算される補償値IULω *に、トルクゲイン演算部302aにより演算されるトルクゲインGτを乗算することにより、最終的な補償値IULω *を生成する。
最終リミットマップ演算部405aは、リミットマップ演算部401aにより演算される上限値IUL4 *と、乗算器404aを経た最終的な補償値IULω *とに基づき、最終的な上限値IUL4 *を生成する。
なお、操舵速度感応リミッタ104は、基本的には操舵速度感応リミッタ94と同様の構成を有している。すなわち、図16に括弧付の符号で示されるように、操舵速度感応リミッタ104も、リミットマップ演算部401b、補償マップ演算部402b、トルクゲイン演算部403b、乗算器404bおよび最終リミットマップ演算部405bを備えてなる。リミットマップ演算部401bは、第4のリミットマップM4を使用して操舵速度ωsに応じた下限値ILL4 *を演算する。補償マップ演算部402bは、操舵速度ωsを取り込み、当該操舵速度ωsに応じて、リミットマップ演算部401bにより演算される下限値ILL4 *に対する補償値IULω *を演算する。トルクゲイン演算部403bは、操舵トルクτに応じたトルクゲインGτを演算する。乗算器404bは、補償マップ演算部402bにより演算される補償値ILLω *に、トルクゲイン演算部403bにより演算されるトルクゲインGτを乗算することにより、最終的な補償値ILLω *を生成する。
<操舵速度補償マップ>
補償マップ演算部402aは、図17(a)に示される操舵速度補償マップM4aを使用して、リミットマップ演算部401aにより生成される上限値IUL4 *に対する補償値IULω *を演算する。補償マップ演算部402bは、操舵速度補償マップM4bを使用して、リミットマップ演算部401bにより生成される下限値ILL4 *に対する補償値ILLω *を演算する。2つの操舵速度補償マップM4a,M4bは、それぞれマイクロコンピュータ42の図示しない記憶装置に格納されている。また、2つの操舵速度補償マップM4a,M4bは、それぞれ第4のリミットマップでは許容される操舵速度ωsと反対方向(正負の符号)のアシスト制御量Ias *を、操舵速度の絶対値が大きい領域においては部分的に許容しない観点に基づき設定される。すなわち、操舵速度の絶対値が大きい領域において、許容しないアシスト制御量Ias *の範囲(アシスト禁止領域)が操舵速度ωsと反対方向へ向けて部分的に拡大される。
図17(a)に示すように、操舵速度補償マップM4aは、横軸を操舵速度ωs、縦軸を補償値IULω *とするマップであって、操舵速度ωsと上限値IUL4 *に対する補償値IULω *との関係を規定する。操舵速度補償マップM4aは、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵速度ωが正の値である場合、操舵速度ωsが正の設定値+ωs1に達するまでの間、補償値IULω *は「0」に維持される。操舵速度ωsが正の設定値+ωs1に達した以降、補償値IULω *は操舵速度ωsの絶対値が増大するほど負方向へ増加する。
図17(b)に示すように、操舵速度補償マップM4bは、横軸を操舵速度ωs、縦軸を補償値ILLω *とするマップであって、操舵速度ωsと下限値ILL4 *に対する補償値ILLω *との関係を規定する。操舵速度補償マップM4bは、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵速度ωsが負の値である場合、操舵速度ωsが負の設定値−ωs1に達するまでの間、補償値ILLω *は「0」に維持される。操舵速度ωsが負の設定値−ωs1に達した以降、補償値IULω *は操舵速度ωsの絶対値が増大するほど正方向へ増加する。
<操舵速度感応リミッタの演算処理に対する考え方>
つぎに、操舵速度感応リミッタ94,104の演算処理に対する考え方について説明する。
図18の上段に示されるように、操舵速度感応リミッタ94(正確には、最終リミットマップ演算部405a)では、第4のリミットマップM4(正確には、上限値の特性を規定する部分)と、操舵速度補償マップM4aとの論理和を演算することにより得られる上限値リミットマップM4ULに基づき、操舵速度ωsに応じた最終的な上限値IUL4 *が演算される。
上限値リミットマップM4ULの特性は、つぎの通りである。すなわち、操舵速度ωsが負の値である領域(図中の0を基準とする左側の領域)については第4のリミットマップM4と同様の特性を有している。また、操舵速度ωsが正の値である領域(図中の0を基準とする右側の領域)については操舵速度補償マップM4aと同様の特性を有している。したがって、操舵速度ωsが正の値であって、かつ正の設定値+ωs1を超える値である場合、上限値IUL4 *の最小絶対値は「0」よりも大きな値に設定される。
図18の下段に示されるように、操舵速度感応リミッタ104(正確には、最終リミットマップ演算部405b)では、第4のリミットマップM4(正確には、下限値の特性を規定する部分)と、操舵速度補償マップM4bとの論理和を演算することにより得られる下限値リミットマップM4LLに基づき、操舵速度ωsに応じた最終的な下限値ILL4 *が演算される。
下限値リミットマップM4LLの特性は、つぎの通りである。すなわち、操舵速度ωsが正の値である領域(図中の0を基準とする右側の領域)については第4のリミットマップM4と同様の特性を有している。また、操舵速度ωsが負の値である領域(図中の0を基準とする左側の領域)については操舵速度補償マップM4bと同様の特性を有している。したがって、操舵速度ωsが負の値であって、かつ負の設定値−ωs1を超える値である場合、下限値ILL4 *の最小絶対値は「0」よりも大きな値に設定される。
したがって、操舵速度感応リミッタ94,104における演算処理は、つぎのように見ることができる。すなわち、図18の最も右側に示されるように、操舵速度感応リミッタ94,104では、上限値リミットマップM4ULと、下限値リミットマップM4LLとの論理和を演算することにより得られる最終リミットマップM4finに基づき、操舵速度ωsに応じた最終的な制限値(上限値IUL4 *および下限値ILL4 *)が演算される。
<操舵速度感応リミッタの作用>
さて、最終リミットマップM4finを使用して最終的な制限値(上限値IUL4 *および下限値ILL4 *)が演算されることにより、つぎのような作用を奏する。
第4のリミットマップM4のみに基づき上限値IUL4 *および下限値ILL4 *をそれぞれ設定する場合、操舵速度ωsと同符号を有するアシスト制御量Ias *は「0」に制限される。このため、たとえばUターンが完了した後、手放し状態でステアリングホイール21がその中立位置へ向けて自動復帰しているときなど、操舵トルクτの値が小さくなる状態においては、ダンピングが不足するおそれがある。ダンピングが不足する分、自動復帰している状態のステアリングホイール21の操舵速度ωsは速くなりがちである。
この点、本例では、操舵速度ωsの絶対値が設定値±ωsの絶対値を超えるとき、操舵速度ωsと逆符号を有するアシスト制御量Ias *が、「0」よりも大きい絶対値を有する制限値(IUL4 *,ILL4 *)に制限される。操舵速度ωsに応じた個別の制限値(IUL4 *,ILL4 *)は、アシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値(IUL,ILL *)に反映される。このため、操舵速度ωsと逆符号を有するアシスト制御量Ias *の絶対値が「0」よりも大きい値に設定される分、ダンピング力が確保される。したがって、たとえばステアリングホイール21を手放しているときの操舵速度ωsが制限される。
また、操舵トルクτの絶対値が小さいほど、自動復帰するステアリングホイール21の操舵速度ωsは速くなりがちである。さらに、操舵トルクτの絶対値が小さいほど、転舵輪26,26からの逆入力の影響を受けやすく、当該逆入力に伴うセルフステアリングが発生するおそれがある。これは、操舵トルクτの絶対値が小さくなるほど、操舵挙動に対するアシスト制御量Ias *の影響力が低下するからである。このため、操舵トルクτの絶対値が小さい値であるほど、より大きなダンピングを確保することが望ましい。
この点、本例では、先の図15のグラフに示されるトルクゲインマップMGに基づき、操舵トルクτの絶対値が小さいほど、より大きな値のトルクゲインGτ、ひいては補償値IULω *が演算される。このため、操舵トルクτに応じて、より適切な補償値IULω *、ひいてはダンピングが確保される。したがって、操舵トルクτに応じて、操舵速度ωをより適切に制限することができる。さらに、転舵輪26,26からの逆入力に伴う、いわゆるセルフステアリングも操舵トルクτに応じて適切に抑制される。
なお、補償マップ演算部402a,402b、トルクゲイン演算部403a,403bおよび乗算器404a,404bは、補正値演算部を構成する。最終リミットマップ演算部405a,405bは補正処理部を構成する。設定値+ωs,−ωsは、操舵速度判定閾値に相当する。補償値IULω *,ILLω *は第2の補正値に相当する。
<実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(7)操舵トルクτの絶対値が小さいとき、2つの操舵速度補償マップM4a,M4bに基づく補償値IULω *,ILLω *が、第4のリミットマップM4により演算される操舵速度ωsに応じた制限値(IUL4 *,ILL4 *)に付加される分、操舵速度ωsと反対方向のアシスト制御量Ias *の制限が強化される。このため、当該制限が強化される分、ダンピングを確保することができる。ダンピングが確保される分、転舵輪26,26からの逆入力に起因するセルフステアリングなどが抑制される。また、ダンピングが確保される分、たとえば手放し状態のステアリングホイール21の操舵速度ωsが制限される。さらに、操舵速度ωsに基づきアシスト制御量Ias *を制限するため、操舵トルクτの絶対値が小さい操舵状態におけるセルフステアリングまたはダンピング不足を検出することが可能となる。
(8)操舵トルクτの絶対値が増大するほど、第4のリミットマップM4により演算される制限値(IUL4 *,ILL4 *)に付加される補償値IULω *,ILLω *を減少させる。操舵トルクτが増大するほど、操舵挙動に対するアシスト制御量Ias *(アシスト力)の影響力が強くなるからである。このようにすれば、操舵トルクτに応じて、より適切な制限値(IUL4 *,ILL4 *)を設定すること、ひいては、より適切なダンピングを確保することが可能となる。
ただし、第4のリミットマップM4により演算される制限値(IUL4 *,ILL4 *)に付加される補償値IULω *,ILLω *を、操舵トルクτに応じて変化させない構成を採用してもよい。この場合、操舵トルクτにかかわらず、先の図17(a),(b)のグラフに示される操舵速度補償マップM4a,M4bに基づく補償値IULω *,ILLω *が第4のリミットマップM4により演算される制限値(IUL4 *,ILL4 *)に付加される。また、トルクゲイン演算部403a,403bおよび乗算器404a,404bを割愛した構成を採用することもできる。
<第4の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第4の実施の形態を説明する。本例は、操舵速度感応リミッタ94,104の構成の点で、前記第3の実施の形態と異なる。また、本例は第1〜第3の実施の形態のすべてに適用することが可能である。
図19に示すように、操舵速度感応リミッタ94は、リミットマップ演算部401a、補償マップ演算部402aおよび最終リミットマップ演算部405aに加え、判定部406aを備えている。
判定部406aは、操舵トルクτに基づき、補償マップ演算部402aにより演算される補償値IULω *を使用するかどうかを判定し、当該判定の結果に応じてフラグFτを生成する。補償値IULω *を使用するかどうかの判定条件は、次式(C)のように表される。
│±τ│<τth …(C)
ただし、「τth」は、操舵トルク判定しきい値である。操舵トルク判定閾値τthは、ダンピング不足が懸念される操舵状況を判定する際の基準となる値であって、車両モデルによるシミュレーションなどを通じて、ダンピング不足あるいはセルフステアリングなどが懸念される操舵状況における操舵トルクτに基づき設定される。
最終リミットマップ演算部405aは、判定部406aにより生成されるフラグFτの値に応じて、操舵速度ωsに応じた最終的な上限値IUL4 *を生成する。最終リミットマップ演算部405aは、フラグFτの値が補償値IULω *を使用しない旨示す値であるとき、リミットマップ演算部401aにより演算される上限値IUL4 *をそのまま最終的な上限値IUL4 *として使用する。また、最終リミットマップ演算部405aは、フラグFτの値が補償値IULω *を使用する旨示す値であるとき、リミットマップ演算部401aにより演算される上限値IUL4 *と、補償マップ演算部402aにより演算される補償値IULω *とに基づき、操舵速度ωsに応じた最終的な上限値IUL4 *を生成する。
操舵速度感応リミッタ104は、基本的には操舵速度感応リミッタ94と同様の構成を有している。すなわち、図19に括弧付の符号で示されるように、操舵速度感応リミッタ104も、リミットマップ演算部401b、補償マップ演算部402bおよび最終リミットマップ演算部405bに加え、判定部406bを備えてなる。
なお、補償マップ演算部402a,402bは補正値演算部を構成する。判定部406a,406bおよび最終リミットマップ演算部405a,405bは補正処理部を構成する。
したがって、本実施の形態によれば、第3の実施の形態の(7)に記載の効果と同様の効果を得ることが可能である。
ちなみに、補償マップ演算部402a,402bにより演算される補償値IULω *,ILLω *が使用されるとき、第3の実施の形態と同様に、リミットマップ演算部401aにより演算される上限値IUL4 *に加味される補償値IULω *,ILLω *を、操舵トルクτに応じて変更してもよい。この場合、先の図16に示されるように、たとえばトルクゲイン演算部403a,403bおよび乗算器404a,404bを設ける。操舵トルクτに応じたトルクゲインGτが補償値IULω *,ILLω *に乗算されることにより、補償値IULω *,ILLω *が操舵トルクτに応じて変更される。この構成を採用する場合、第3の実施の形態の(8)に記載の効果と同様の効果を得ることが可能である。また、判定部406a,406bを割愛した構成を採用してもよい。この場合、常に補償値IULω *,ILLω *が使用される。
<第5の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第5の実施の形態を説明する。本例も、基本的には先の図1〜図10に示される第1の実施の形態と同様の構成を備えている。また、本例は第1〜第4の実施の形態のすべてに適用することが可能である。
第1〜第5のリミットマップM1〜M5には、操舵方向と同符号を有するアシスト制御量Ias *を許容する観点に基づき設定される第1および第2のリミットマップM1,M2と、操舵方向と逆符号を有するアシスト制御量Ias *を許容する観点に基づき設定される第3〜第5のリミットマップM3〜M5とが混在している。ちなみに、第1のリミットマップM1は操舵トルクτに応じた制限値を、第2のリミットマップM2は操舵トルク微分値dτに基づく制限値を、それぞれ演算するためのものである。第3のリミットマップM3は操舵角θsに基づく制限値を、第4のリミットマップM4は操舵速度ωsに基づく制限値を、第5のリミットマップM5は操舵角加速度αsに基づく制限値を、それぞれ演算するためのものである。
そして、先の図4に示すように、第1〜第5のリミットマップM1〜M5に基づく5つの上限値IUL1 *〜IUL5 *が足し算されることにより、アシスト制御量Ias *に対する最終的な上限値IUL *が生成される。また、第1〜第5のリミットマップM1〜M5に基づく5つの下限値ILL1 *〜ILL5 *が足し算されることにより、アシスト制御量Ias *に対する最終的な下限値ILL *が生成される。
このため、操舵状況によっては、アシスト制御量Ias *に対する最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絶対値とアシスト制御量Ias *の絶対値との差が大きく拡がるおそれがある。当該差が大きく拡がる状況としては、たとえば正方向へ操作されているステアリングホイール21が負方向へ急激に切り戻し操作されることにより、正の操舵トルクτおよび負の操舵角θsが発生する状況が考えられる。ステアリングホイール21が負方向へ操作されている場合も、同様である。特に、操舵トルクτ以外の信号(θs,ωs,αs)に基づき、操舵トルクτと同じ方向へ向けて最終的な制限値(IUL *,ILL *)が拡がる場合、何らかの原因により操舵トルクτと同じ方向の過大なアシスト制御量Ias *が演算されたとき、この過大なアシスト制御量Ias *が許容されることにより、いわゆる過大アシストが発生するおそれがある。
そこで本例では、このような過大アシストを抑えるために、つぎの構成を採用している。
図20に示すように、電流指令値演算部61は、アシスト制御部71、上下限リミット演算部72および上下限ガード処理部73に加えて、判定部501、トルクゲイン演算部502、切替え部503、および2つの乗算器504,505を有している。
判定部501は、操舵状況を示す情報として操舵角θs、操舵速度ωsおよび操舵トルクτをそれぞれ取り込み、これら取り込まれる情報に基づき、最終的な制限値(IUL *,ILL *)を絞る必要があるかどうかを判定する。具体的には、判定部501は、つぎの条件式(D1),(D2)が成立するかどうかを判定する。
「τ>0」かつ「ωs<0」または「θs<0」 …(D1)
「τ<0」かつ「ωs>0」または「θs>0」 …(D2)
条件式(D1)が成立するとき、アシスト制御量Ias *と最終的な上限値IUL *との差が拡がるおそれがある。このため、判定部501は、条件式(D1)が成立するとき、最終的な上限値IUL *の絶対値を減らす必要がある旨示す判定結果SRを生成する。
条件式(D2)が成立するとき、アシスト制御量Ias *と最終的な下限値ILL *との差が拡がるおそれがある。このため、判定部501は、条件式(D2)が成立するとき、最終的な下限値ILL *の絶対値を減らす必要がある旨示す判定結果SRを生成する。
トルクゲイン演算部502は、操舵トルクτを取り込み、当該取り込まれる操舵トルクτに応じたトルクゲインGτを生成する。具体的には、トルクゲイン演算部502は、図21に示されるトルクゲインマップMG2を利用してトルクゲインGτを演算する。
図21に示すように、トルクゲインマップMG2は横軸を操舵トルクτ、縦軸をトルクゲインGτとするマップであって、操舵トルクτの絶対値とトルクゲインGτとの関係を規定する。トルクゲインマップMG2は、つぎのような特性を有する。すなわち、操舵トルクτの絶対値が「0(零)」から第1の設定値τ1に達するまでの間、トルクゲインGτは操舵トルクτにかかわらず「1」に維持される。操舵トルクτの絶対値が第1の設定値τ1に達した以降、操舵トルクτの絶対値が増大するにつれてトルクゲインGτは減少する。そして、操舵トルクτの絶対値が第2の設定値τ2(>τ1)に達した以降、操舵トルクτにかかわらず、トルクゲインGτは「0」に近似したゲインGτ0に維持される。
図20に示すように、切替え部503は、判定部501により生成される判定結果SRに基づき、トルクゲイン演算部502により演算されるトルクゲインGτの出力経路を乗算器504と乗算器505との間で切替える。切替え部503は、判定結果SRが上限値IUL *の絶対値を減らす必要がある旨示すとき、トルクゲインGτの出力経路を乗算器504へ切替える。切替え部503は、判定結果SRが下限値ILL *の絶対値を減らす必要がある旨示すとき、トルクゲインGτの出力経路を乗算器505へ切替える。
乗算器504は、上下限リミット演算部72と上下限ガード処理部73との間における上限値IUL *の出力経路に設けられている。乗算器504は、上下限リミット演算部72により生成される上限値IUL *にトルクゲインGτを乗算する。
乗算器505は、上下限リミット演算部72と上下限ガード処理部73との間における下限値ILL *の出力経路に設けられている。乗算器505は、上下限リミット演算部72により生成される下限値ILL *にトルクゲインGτを乗算する。
ただし、つぎの条件式(E1),(E2)に示されるように、最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絶対値が、第1のリミットマップM1に基づき演算される操舵トルクτに応じた個別の制限値(IUL1 *,ILL1 *)の絶対値を下回らないように、最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絞り量を制限することが好ましい。
│IUL *│≧│IUL1 *│ …(E1)
│ILL *│≧│ILL1 *│ …(E2)
なお、トルクゲイン演算部502は、補正値演算部を構成する。判定部501、切替え部503および乗算器504,505は、補正処理部を構成する。また、本例のトルクゲインGτは、第4の補正値に相当する。第1の設定値τ1は、操舵トルク判定閾値に相当する。
<実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(9)アシスト制御量Ias *と最終的な制限値(IUL *,ILL *)との差が拡がるおそれがあるとき、最終的な制限値(IUL *,ILL *)が減少される。このため、操舵トルクτと同じ方向へ向けて最終的な制限値(IUL *,ILL *)が拡がる場合に、操舵トルクτと同じ方向の過大なアシスト制御量Ias *が演算されるときであれ、制限値(IUL *,ILL *)が減少される分だけ、過大なアシスト制御量Ias *が許容される範囲が狭められる。このため、いわゆる過大アシストの発生が抑制される。
(10)上下限リミット演算部72により生成される最終的な制限値(IUL *,ILL *)に対して、操舵トルクτに応じて算出されるトルクゲインGτが乗算されることにより、最終的な制限値(IUL *,ILL *)が減少される。このため、操舵トルクτに応じて、最終的な制限値(IUL *,ILL *)を、より適切に制限することが可能となる。
(11)基本的には、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、アシスト制御量Ias *の絶対値も大きくなる。このため、操舵トルクτがたとえば第1の設定値τ1に達した以降、最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絞り量、すなわちトルクゲインGτの値を低減させることにより、最終的な制限値(IUL *,ILL *)を、より適切に制限することが可能となる。
ただし、最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絶対値が、操舵トルクτに応じて個別に演算される制限値(IUL1 *,ILL1 *)の絶対値を下回らないように、最終的な制限値(IUL *,ILL *)の絞り量を制限することが好ましい。このようにすれば、操舵トルクτに応じた制限値(IUL1 *,ILL1 *)を維持しつつ、操舵トルクτ以外の信号(θs,ωs,αs)に起因して最終的な制限値(IUL *,ILL *)が操舵トルクτと同じ方向へ向けて拡がることを抑制することが可能となる。したがって、最終的な制限値(IUL *,ILL *)を、より適切に設定することができる。
<第6の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第6の実施の形態を説明する。本例は、基本的には先の図20および図21に示される第5の実施の形態と同様の構成を備えている。ただし、図20に示される判定部501は割愛されている。また、本例は第1〜第5の実施の形態のすべてに適用することが可能である。
本例においても、先の図4に示されるように、第1〜第5のリミットマップM1〜M5に基づく5つの上限値IUL1 *〜IUL5 *が足し算されることにより、アシスト制御量Ias *に対する最終的な上限値IUL *が生成される。また、第1〜第5のリミットマップM1〜M5に基づく5つの下限値ILL1 *〜ILL5 *が足し算されることにより、アシスト制御量Ias *に対する最終的な下限値ILL *が生成される。
このため、操舵状況によっては、操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための制限値(IUL *,ILL *)が、アシスト制御量Ias *に対して無駄に大きく拡がるおそれがある。この場合、何らかの原因により操舵トルクτと逆符号を有する過大なアシスト制御量Ias *が演算されるとき、この過大なアシスト制御量Ias *が許容されることにより、いわゆる逆アシストが発生するおそれがある。
そこで本例では、このような逆アシストを抑えるために、つぎの構成を採用している。
図22に示すように、切替え部503は、操舵状況を示す情報として操舵トルクτを取り込み、当該取り込まれる操舵トルクτの符号に基づき、トルクゲイン演算部502により演算されるトルクゲインGτの出力経路を乗算器504と乗算器505との間で切替える。切替え部503は、操舵トルクτの符号が正であるとき、トルクゲインGτの出力経路を乗算器505へ切替える。切替え部503は、操舵トルクτの符号が負であるとき、トルクゲインGτの出力経路を乗算器504へ切替える。
ここで、操舵トルクτの絶対値が大きくなるほど、当該操舵トルクτの作用する方向へ向けたアシスト力が必要とされる。すなわち、操舵トルクτがある程度の大きな値であるとき、次式(F)に示されるように、基本アシスト制御量I1 *の絶対値は、各補償量I2 *〜I5 *の合計値の絶対値よりも大きな値となることが要求される。
│I1 *│>│I2 *+I3 *+I4 *+I5 *│ …(F)
また、操舵トルクτがある程度の大きな値である場合、操舵トルクτと逆符号を有する異常なアシスト制御量に起因する逆アシストを抑えることが特に求められる。
この点、本例では操舵トルクτが大きな領域、ここでは先の図22のグラフに示される第1の設定値τ1に達した以降、操舵トルクτの絶対値の増加に伴い、トルクゲインGτは漸減される。すなわち、当該トルクゲインGτが乗算される上限値IUL *または下限値ILL *もトルクゲインGτに応じて漸減する。具体的には、操舵トルクτの符号が正であるとき、操舵トルクτの絶対値の増大に伴い、当該操舵トルクτと逆符号の負のアシスト制御量Ias *を制限するための下限値ILL *が漸減される。また、操舵トルクτの符号が負であるとき、操舵トルクτの絶対値の増大に伴い、当該操舵トルクτと逆符号の正のアシスト制御量Ias *を制限するための上限値IUL *が漸減される。
なお、トルクゲイン演算部502は補正値演算部を構成する。切替え部503および乗算器504,505は補正処理部を構成する。また、本例のトルクゲインGτは第5の補正値に相当する。
<実施の形態の効果>
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(12)操舵トルクτがある程度の大きな値に達した以降、操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための上限値IUL *または下限値ILL *が漸減される。操舵トルクτと逆符号を有するアシスト制御量Ias *を制限するための制限値(IUL *,ILL *)とアシスト制御量Ias *との差の拡がりが抑えられる分、操舵トルクτと逆符号を有する異常なアシスト制御量Ias *の許容範囲(制限幅)が狭くなる。したがって、いわゆる逆アシストを抑制することが可能となる。
<第7の実施の形態>
つぎに、電動パワーステアリング装置の第7の実施の形態を説明する。本例は、基本的には先の図1〜図10に示される第1の実施の形態と同様の構成を備えている。また、本例は第1〜第6の実施の形態のすべてに適用することが可能である。
ステアリングセンサ52として、ステアリングホイール21の相対的な角度変化量を検出する相対角センサが採用される場合がある。この場合、ECU40はステアリングホイール21が車両直進時の中立位置に位置しているときの操舵角(舵角中点)を基準点として、基準点からの角度変化量に基づきステアリングホイール21の操舵角θsを算出する。このため、ECU40は舵角中点を学習する必要がある。
図23に示すように、マイクロコンピュータ42は舵角中点学習部2001および補正部2002を有している。
舵角中点学習部2001は舵角中点θ0を学習する。舵角中点学習部2001は、まずステアリングセンサ52を通じて検出される補正前の操舵角θsおよび車両に設けられる図示しないヨーレートセンサを通じて検出されるヨーレートYRをそれぞれ取り込み、これら取り込まれる操舵角θsおよびヨーレートYRに基づき車両が直進状態であるかどうかを判定する。舵角中点学習部2001は、ヨーレートの絶対値(ヨーレートは車両の旋回方向によって正負いずれかの値となる。)が基準値未満である場合、車両が直進走行状態である旨判定する。舵角中点学習部2001は、車両が直進状態である旨判定されるとき、図示しない記憶装置に記憶される学習アルゴリズムに従って舵角中点θ0を演算し、当該舵角中点θ0を最新の学習値として記憶装置に格納する(更新)。また、舵角中点学習部2001は舵角中点の学習が完了したとき、その旨を示す学習完了信号Sfinを生成する。ちなみに、車両が直進状態でない旨判定されるとき、舵角中点θ0は学習されることなく従前の値に維持される。
補正部2002は、学習した舵角中点θ0を基準点とする角度変化量に基づき、ステアリングセンサ52を通じて検出される操舵角θsを補正する。補正部2002は、たとえば検出される操舵角θsから舵角中点θ0を減算することにより、運転者の操舵意思に基づく正味の操舵量として補正後の操舵角θsを算出する。
アシスト制御部71は、舵角中点θ0の学習が完了するのを待って、慣性補償制御およびステアリング戻し制御などの操舵角θsを使用する各種の制御を実行することが好ましい。このためアシスト制御部71は、舵角中点θ0の学習が完了しない間においては、たとえばモータ31の慣性を補償するための補償量I2 *およびステアリングホイール21の戻り特性を補償するための補償量I3 *を加味することなくアシスト制御量Ias *を生成してもよい。
この点、上下限リミット演算部72においても同様である。仮に上下限リミット演算部72が、舵角中点θ0の学習が完了していない場合に取得される補正前の操舵角θsをそのまま使用するとき、実際の操舵角θsに応じた適切な上限値IUL *および下限値ILL *が設定されないおそれがある。たとえば操舵角θsが正確な値でない分、余計なガードの広がり、すなわち上限値IUL *と下限値ILL *との差分が正常時よりも大きな値になることが懸念される。この場合、異常なアシスト制御量Ias *が好適なタイミングで制限されないおそれがある。
このため、本例ではつぎの構成を採用している。
図24に示すように、たとえば上限値演算部90(図4参照)の操舵角感応リミッタ93は、先の図7に示される第3のリミットマップM3に加え、カウンタ2003、ゲインマップ2004および乗算器2005を有している。ちなみに、第3のリミットマップM3は、操舵角θsとアシスト制御量Ias *に対する上限値IUL3 *との関係、および操舵角θsとアシスト制御量Ias *に対する下限値ILL3 *との関係をそれぞれ規定する。
カウンタ2003は、舵角中点学習部2001により生成される学習完了信号Sfinを所定のサンプリング周期で取り込む。カウンタ2003は、学習完了信号Sfinを取り込む度に自身のカウント値Nfinをたとえば1ずつ増加させる。
ゲインマップ2004は、横軸をカウント値Nfin、縦軸を上限値IUL3 *に対するゲインGgrdとするマップであって、カウント値NfinとゲインGgrdとの関係を規定する。ゲインマップ2004は、カウンタ2003のカウント値Nfinを取り込み、カウント値Nfinに応じたゲインGgrdを算出する。ゲインGgrdは「0」以上「1」以下の値となる。ゲインマップ2004は、つぎのような特性を有する。すなわち、カウント値が「0(零)」から設定値Nthに達するまでの間、カウント値Nfinの増大に伴いゲインGgrdは増加する。カウント値Nfinが設定値Nthを超えた以降、ゲインGgrdは「1」に維持される。
乗算器2005は、ゲインマップ2004により算出されるゲインGgrdと、第3のリミットマップM3により算出される上限値IUL3 *とを乗算(掛け算)することにより、最終的な上限値IUL3 *を生成する。たとえばゲインGgrdの値が「0」であるとき、操舵角θsに対する最終的な上限値IUL3 *も「0」となる。ゲインGgrdの値が「0.5」であるとき、操舵角θsに基づく最終的な上限値IUL3 *は第3のリミットマップM3により算出される上限値IUL3 *の半分の値となる。ゲインGgrdの値が「1」であるとき、第3のリミットマップM3により算出される上限値IUL3 *がそのまま操舵角θsに基づく最終的な上限値IUL3 *となる。
したがって、舵角中点θ0の学習が完了していないとき、学習完了信号Sfinが生成されないので、カウンタ2003のカウント値Nfinは「0」となる。ゲインGgrdの値が「0」であるため、操舵角θsに基づく最終的な上限値IUL3 *は「0」になる。すなわち、アシスト制御量Ias *に対する最終的な上限値IUL *は、操舵角θsに基づく上限値IUL3 *が加味されずに生成される。舵角中点θ0の学習が完了した以降、カウント値Nfinの増加に伴いゲインGgrdの値は「0」から「1」まで徐々に大きくなる。操舵角θsに基づく上限値IUL3 *はゲインGgrdに応じた値となる。
下限値演算部100(図4参照)の操舵角感応リミッタ103も操舵角感応リミッタ93と同様の構成である。すなわち、舵角中点θ0の学習が完了していないとき、操舵角θsに基づく最終的な下限値ILL3 *は「0」になる。舵角中点θ0の学習が完了した以降、操舵角θsに基づく下限値ILL3 *はゲインGgrdに応じた値となる。
なお、操舵角θsに基づく状態量として操舵速度ωsおよび操舵角加速度αsがある。このため、操舵速度感応リミッタ94,104、および操舵角加速度感応リミッタ95,105についても、図24に示される操舵角感応リミッタ93,103と同様の構成(2003,2004,2005)を採用してもよい。この場合、舵角中点θ0の学習が完了していないとき、操舵速度ωsに基づく最終的な上限値IUL4 *および下限値ILL4 *、並びに操舵角加速度αsに基づく最終的な上限値IUL5 *および下限値ILL5 *は、それぞれ「0」になる。舵角中点θ0の学習が完了した以降、操舵速度ωsに基づく最終的な上限値IUL4 *および下限値ILL4 *、並びに操舵角加速度αsに基づく最終的な上限値IUL5 *および下限値ILL5 *は、それぞれゲインGgrdに応じた値となる。
ちなみに、アシスト制御部71における慣性補償制御部84およびステアリング戻し制御部85にも、図24に示される操舵角感応リミッタ93,103と同様の構成を適用してもよい。慣性補償制御部84は操舵角θsに基づき算出される操舵角加速度αsを、ステアリング戻し制御部85は操舵角θsの他に操舵速度ωsを、使用するからである。この場合、舵角中点θ0の学習が完了していないとき、モータ31の慣性を補償するための補償量I2 *およびステアリングホイール21の戻り特性を補償するための補償量I3 *は、それぞれ「0」になる。舵角中点θ0の学習が完了した以降、補償量I2 *および補償量I3 *は、それぞれゲインGgrdに応じた値となる。なお、アシスト制御部71におけるゲインGgrdの漸増速度は、上下限リミット演算部72におけるゲインGgrdの漸増速度と同じに設定することが好ましい。
したがって、本実施の形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(13)舵角中点θ0の学習が完了していない間、操舵角θsに基づく制限値(たとえば上限値IUL3 *および下限値ILL3 *)が「0」に設定される。すなわち、正確な操舵角θsが得られない場合、あえて操舵角θsに基づく制限値を、上下限リミット演算部72による最終的な制限値の演算に加味しない。これにより、不正確な操舵角θsに基づく制限値が、上下限リミット演算部72によるトータルとしての制限値(上限値IUL *および下限値ILL *)に及ぼす影響を低減することが可能となる。したがって、舵角中点θ0の学習が完了する前であれ、異常なアシスト制御量Ias *を、より好適なタイミングで制限することが可能となる。
なお、アシスト制御部71において、舵角中点θ0の学習が完了するのを待って、慣性補償制御およびステアリング戻し制御などの操舵角θsを使用する制御を実行する構成が採用される場合、本例の構成は特に好適である。アシスト制御部71において操舵角θsを使用する制御が実行されないのであれば、操舵角θsに基づく制限値を加味して最終的な上限値IUL *および下限値ILL *を設定する必要もない。
(14)舵角中点θ0の学習が完了した後、ゲインGgrdの値はカウント値Nfinに応じて漸増される。このため、操舵角θsに基づく制限値の急変、ひいては上下限リミット演算部72により生成される最終的な制限値(上限値IUL *および下限値ILL *)の急変が抑制される。
(15)アシスト制御部71において、操舵角θsに基づく補償制御を実行する制御部に対して、図24に示される操舵角感応リミッタ93,103と同様の構成が適用される場合、アシスト制御部71におけるゲインGgrdの漸増速度は、上下限リミット演算部72におけるゲインGgrdの漸増速度と同じに設定される。このようにすれば、アシスト制御部71におけるゲインGgrdの変化に伴う補償量(I3 *,I3 *)の変化に応じて好適な制限値が設定される。