[睡眠状態測定装置及び方法]
睡眠の状態は、脳波と眼球運動のパターンによって分類されている。脳波は脳の神経活動に伴う電位差によって発生する電流の時間的変化を記録した脳電図(Electroencephalogram、「EEG」)で計測される。覚醒状態において、安静時にはα波(周波数:8〜13Hz、振幅:約50μV)が主成分であるが、精神活動中はα波が抑制され、振幅の小さいβ波(周波数:14〜Hz、振幅:多くは約30μV以下)が現れる。浅い睡眠の段階ではα波が徐々に減少し、θ波(周波数:4〜8Hz)が現れ、深い睡眠中はδ波(周波数:1〜4Hz)が現れる。α波よりも周波数の速いβ波を速波と呼ぶこともある。また、α波よりも周波数の遅い脳波を徐波と呼ぶこともあり、θ波やδ波は徐波の一種である。
睡眠は、大きくはレム睡眠とノンレム睡眠に分類されるが、ノンレム睡眠は、さらにステージIからIVまでの4段階に分類される。ステージI(まどろみ期、入眠期)は、うとうとした状態であり、α波のリズムが失われ、徐々に平坦化する。ステージIIは、ステージIよりは眠りが深い状態であり、睡眠紡錘波(spindle)とK複合波が出現する。ステージIIIは、かなり深い睡眠であり、δ波が20%以上50%未満を占める。ステージIVは、δ波が50%以上を占める段階であり、最も深い睡眠状態である。ノンレム睡眠のステージIII及びIVは、脳波が徐波を示すことから徐波睡眠とも呼ばれる。一方、レム睡眠は、覚醒時に似た低振幅速波パターンの脳波を示すのに、覚醒させるために徐波睡眠よりも強い刺激を必要とする深い睡眠状態であり、急速眼球運動を伴う。睡眠状態は、通常、約90分の周期(睡眠周期)で変動し、ステージIから徐々に睡眠が深くなり、その後、一旦睡眠が浅くなり、レム睡眠に移行する。ただし、睡眠時間にも影響し、睡眠の前半ではノンレム睡眠が優勢であり、後半はレム睡眠が優勢となることが多い。上記のように、脳波における周波数1〜4Hzのδ波は、徐波睡眠において観察されることから、δ波を睡眠の深さの指標とすることができる。
本発明者らは、睡眠中の心拍間隔の変動と呼吸パターンの瞬時位相差の位相コヒーレンス(以下、「位相コヒーレンス」という)が、睡眠中の脳波におけるδ波と相関していることを発見し、位相コヒーレンスを計測することにより、睡眠状態を測定できることを発明したのである。図1は、睡眠中の検体の脳波におけるδ波の振幅(δ)と位相コヒーレンス(λ)の時間的変化を示すものである。図1から、δ波の振幅が大きくなると位相コヒーレンス(λ)が1に近づき、δ波の振幅が小さくなると位相コヒーレンス(λ)が0に近づく傾向があり、両者の相関関係が確認された。被験者11名による計測では、λとδ波との相関係数の平均は0.53であり、その標準偏差は0.10であった。また,λの変化はδ波の変化に平均で11.6分先行していた。
位相コヒーレンスは、2つの信号間の位相差のばらつきの程度を示すものであり、本発明においては、呼吸由来の心拍間隔の変動の位相差と呼吸パターンの位相差とのばらつきの程度を示す。心拍間隔は、呼吸性不整脈(RSA)により、息を吸ったとき(吸気時)に短くなり、息を吐いたとき(呼気時)に長くなることから、心拍間隔は呼吸の影響により呼吸パターンと類似の周期で変動する。そして、上記の発見によれば、睡眠の深度が深い場合(δ波が優勢の場合)は、心拍間隔の変動と呼吸パターンの位相差のばらつきは少なく(位相コヒーレンスが1に近い)、睡眠の深度が浅くなるとばらつきが大きくなる(位相コヒーレンスが0に近い)。
位相コヒーレンスは、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を各心拍間隔の情報及び呼吸パターンから算出することが可能である。各心拍間隔の情報は、心拍の情報を含んだ生体情報から取得することができる。心拍の情報を含んだ生体情報とは、例えば、心拍に伴う活動電位の時間的変化を計測した心電図、心拍に伴う振動の時間的変化を計測した心弾動図波形、動物の振動(心弾動を含む)の時間的変化を計測した生体振動信号等が利用可能である。また、呼吸パターンは、呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から取得することもできる。呼吸パターンの情報を含んだ生体情報とは、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値、心電図、心弾動図波形、生体振動信号等が利用可能である。心電図は、心拍に伴う心筋活動電位の時間的変化を体表面から計測するものであるが、呼吸に伴う体表面電位の時間的変化も含むものであり、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。また、心弾動図波形は、心拍に伴う振動の時間的変化を計測するものであるが、呼吸に伴う振動の時間的変化も含むものであり、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。また、生体振動信号は、動物の振動を計測するものであり、かかる振動には、心拍に伴う振動、呼吸に伴う振動も含まれており、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。心電図、心弾動図波形又は生体振動信号の一つ又は複数を組み合わせて、位相コヒーレンスの算出に必要なレベルで心拍の情報又は呼吸パターンの情報を抽出し、抽出した心拍の情報又は呼吸パターンの情報に基づいて位相コヒーレンスの算出に利用することができる。
位相コヒーレンスは、呼吸に伴う心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)と呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)とを算出し、これらの差(瞬時位相差)を算出し、算出された瞬時位相差を使用して算出される。心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)は、心拍間隔のデータから呼吸に伴う心拍間隔変動の時間的変化(S(t))を算出し、心拍間隔変動の時間的変化(S(t))を下記式(2)で表されるヒルベルト変換により解析信号にすることによって算出できる。なお、式(2)及び式(3)のH[…]はヒルベルト変数であり、P.V.はコーシーの主値を意味する。
また、呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)は、呼吸パターンの情報から、呼吸パターン時間的変化(R(t))を算出し、呼吸パターンの時間的変化(R(t))を下記式(3)で表されるヒルベルト変換することによって算出できる。
瞬時位相差Ψ(t)は、式(2)及び式(3)によって算出された心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)及び呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)を用いて、次の式(4)で算出できる。
Ψ(t)=ψh(t)−ψr(t)+2nπ (4)
ここで、nは−π≦Ψ≦πとなる適当な整数である。
そして、これらから時刻tk における位相コヒーレンスを下記式(1)から算出することができる。式(1)のNはサンプリングされたデータ数であり、N個平均して求める。
位相コヒーレンスを利用した睡眠状態測定装置1は、図2に示すように、少なくとも情報取得部2及び情報処理部3を備えている。さらに睡眠状態測定装置1は、操作部4、出力部5及び記憶部6を備えていてもよい。
情報取得部2は、位相コヒーレンスの算出に必要な情報を取得するものであり、動物を計測するためのセンサ及びセンサの情報を有線又は無線で入力する入力部を含む構成であってもよいし、すでに計測済みの情報が記録された他の記録媒体からの情報を有線又は無線で入力可能な入力部を含む構成であってもよい。すなわち、情報取得部2は、少なくとも情報を入力する入力部を備えており、場合によっては入力部と有線又は無線で接続された生体情報を計測するためのセンサを備えていてもよい。センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。
情報処理部3は、入力された情報を処理するものであり、例えば、コンピュータのCPU(中央処理装置)の演算処理機能を利用することができる。また、情報処理の中には、デジタル回路ではなくアナログ回路で実現することも可能である。例えば、情報処理として周波数フィルタを行う場合は、コンデンサや抵抗及びオペアンプ等で構成されたローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)のアナログフィルタで実現してもよいし、CPUの演算処理機能によってフィルタリングを行なうデジタルフィルタで実現してもよい。情報処理部3は、情報処理の種類に応じて、デジタル回路とアナログ回路の両方を含んでいてもよいし、入力される情報がアナログであれば、アナログ−デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。情報処理部3は、入力される情報によって必要となる機能又は処理が異なるが、少なくとも心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する位相コヒーレンス算出機能を有している。なお、位相コヒーレンス算出機能を有する装置を「位相コヒーレンス算出装置」と呼び、本発明の睡眠状態測定装置1も位相コヒーレンス算出装置の一種である。
位相コヒーレンスを算出するためには、例えば、次のような情報を入力して算出することができる。A)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を入力し、情報処理部3が位相コヒーレンス算出機能によって入力された瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。B)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相及び呼吸パターンの瞬時位相を入力し、情報処理部3が、両者の瞬時位相差を算出する瞬時位相差算出機能を有し、瞬時位相差算出機能によって両者の瞬時位相差を算出し、算出された瞬時位相差を用いて位相コヒーレンス算出機能によって位相コヒーレンスを算出する。C)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動及び呼吸パターンを入力し、情報処理部3が、瞬時位相算出機能を有し、瞬時位相算出機能によって心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相を算出し、算出された瞬時位相を用いて瞬時位相差算出機能及び位相コヒーレンス算出機能によって位相コヒーレンスを算出する。D)情報取得部2に、心拍に関する情報を含んだ生体情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報を入力し、情報処理部3が、心拍間隔算出機能及び呼吸パターン算出機能を有し、心拍間隔算出機能によって心拍の情報を含んだ生体情報から心拍間隔の変動を算出し、呼吸パターン算出機能によって呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から呼吸パターンを算出し、その後、上記C)と同様の処理を行う。E)情報取得部2に、心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報を入力し、情報処理部3が、かかる生体情報から心拍の情報又は呼吸パターンの情報を検出又は抽出する機能を有し、検出又は抽出した心拍の情報又は呼吸パターンの情報を用いてその後の処理をしてもよい。
さらに、情報処理部3は、算出した位相コヒーレンスに基づいて、睡眠状態等を判定する判定機能を有していてもよい。判定機能としては、例えば、算出した位相コヒーレンスを閾値と比較して、閾値よりも大きい場合は深い睡眠であると判定し、小さい場合は浅い睡眠と判定してもよいし、位相コヒーレンスが閾値よりも大きい値だった時間で睡眠の品質を評価してもよいし、位相コヒーレンスの変動の周期によって睡眠の品質を評価してもよい。閾値は、予め定めた数値であってもよいし、計測対象の過去に算出した位相コヒーレンスの数値から特定してもよいし、複数の数値を設定し、段階的に睡眠の質を評価してもよい。さらに、情報処理部3の判定機能によって、睡眠中の呼吸状態を判定することもできる。例えば、呼吸パターンの取得方法にもよるが、いずれの取得方法であっても、中枢性睡眠時無呼吸(脳の呼吸中枢の異常等により呼吸運動が停止して起こる無呼吸)については、呼吸運動が停止するので呼吸パターンが検出できなくなるので、無呼吸状態であることを判定できる。さらに、呼吸による空気の流れを計測して呼吸パターンを取得した場合は、呼吸の気流が停止して呼吸パターンが検出されなくなるので、中枢性睡眠時無呼吸だけではなく、閉塞性睡眠時無呼吸(呼吸運動はあるが気道の閉塞等による無呼吸)も判定できる。
操作部4は、使用者が睡眠状態測定装置1を操作するためのスイッチ、タッチパネル、ボタン、つまみ、キーボード、マウス、音声入力用マイク等の操作端子が設けられている。また操作部4には、操作内容等を表示するディスプレイが設けられていてもよい。出力部5は、算出した位相コヒーレンスを出力してもよいし、位相コヒーレンス以外の生体情報を出力してもよいし、判定機能で判定した睡眠状態等を出力してもよい。出力部5としては、結果を画像で表示するディスプレイ、結果を紙で出力するプリンター、結果を音声で出力するスピーカー、結果を電子情報で出力する有線又は無線の出力端子などを使用することができる。なお、出力部5としてのディスプレイを操作部4におけるタッチパネルや操作内容等を表示するディスプレイと兼用させる構成であってもよい。記憶部6は、情報取得部2で取得した情報や、情報処理部3で算出した結果、判定機能で判定した結果などを記憶することができる。
図3は、睡眠状態測定装置1の一例である。睡眠状態測定装置1は、センサ21、アナログ−デジタル変換回路31、心拍抽出手段32、呼吸波形抽出手段33、心拍間隔算出手段34、ヒルベルト変換フィルタ35、36、瞬時位相差算出手段37、位相コヒーレンス算出手段38、操作ボタン41、タッチパネル42、音声入力用マイク43、表示ディスプレイ44、無線通信手段45、スピーカー46、記録装置47を有している。
センサ21は、心拍に関する情報を含んだ生体情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものである。例えば、心拍に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして心電図計測用センサ又は振動を計測するセンサなどがあり、呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして心電図計測用センサ、振動を計測するセンサ又は呼吸センサなどがある。図3においては1つであるが、複数種類のセンサを含んでいてもよい。心電図計測用センサ又は振動を計測するセンサは、心拍に関する生体情報も呼吸に関する生体情報も含む信号を検出できるものであり、1つのセンサで両方検出することが可能であるが、何れかの生体情報を別のセンサで検出してもよい。心電図計測用センサの場合は、ディスポーザブル電極を用いて専用の電子回路を生体の胸部に貼付して計測することが好ましく、電極によって心電図波形が計測される。導出法は単極誘導または双極誘導でも良い。
また、振動を計測するセンサは、接触式でも非接触式でもよく、接触型の振動を計測するセンサの場合は、動物に直接又は間接的に接触させて配置することによって、心弾動図波形又は生体振動信号を検出することができる。心弾動図波形又は生体振動信号を検出するための接触型の振動を計測するセンサは、振動を発生する種々の生物に直接又は近傍に配置され、生物からの振動を検出し電気信号として出力できれば足りる。振動を計測するセンサとしては、圧電センサとしてピエゾ素子が好適に用いられるが、その他のセンサ、例えば高分子圧電体(ポリオレフィン系材料)を用いてもよい。ピエゾ素子の素材としては、例えば、多孔性ポリプロピレンエレクトレットフィルム(ElectroMechanical Film(EMFI))、またはPVDF(ポリフッ化ビニリデンフィルム)、またはポリフッ化ビニリデンと三フッ化エチレン共重合体(P(VDF−TrFE))、又はポリフッ化ビニリデンと四フッ化エチレン共重合体(P(VDF−TFE))を用いてもよい。圧電センサとしては、フィルム状であることが好ましい。さらに、圧電センサの場合、動物を拘束せずに心弾動図波形又は生体振動信号を取得することが可能であり、よりストレスフリーで測定できるので好ましい。ただし、圧電センサは、リストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に取り付けて、動物に装着してウェアラブルセンサとして利用することもできる。また、その他の種類の振動を計測するセンサとして、例えば、高感度の加速度センサを用いて、腕時計、携帯端末のように体と接触させて、あるいはベッド、椅子等の一部に加速度センサを設置して心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよいし、チューブ内の空気圧又は液体圧の変化を圧力センサ等で検知して、心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよい。さらに、振動を計測するセンサとして、マイクロ波等を用いた信号受発信に伴って非接触で心弾動図波形又は生体振動信号を取得できる非接触式のセンサを利用してもよい。マイクロ波としてはマイクロ波ドップラーセンサ、UWB(ウルトラワイドバンド)インパルスの反射遅延時間を測定し、対象物との距離を測定する受信波による心弾動図波形又は生体振動信号、マイクロ波以外の電磁波を用いて得られた心弾動図波形又は生体振動信号、LED光を使った反射又は透過光から得られる心弾動図波形又は生体振動信号、さらには、超音波の反射波から得られる心弾動図波形又は生体振動信号を使用してもよい。これらのマイクロ波等を用いたセンサは、小型化が可能であり、非接触かつ非拘束で信号を取得でき、遠隔から信号を取得できる。なお、加速度センサも小型化が可能である。
呼吸センサの場合は、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値等によって呼吸パターンの時間変化が計測される。センサ21で検出した信号は、有線又は無線で睡眠状態測定装置1のアナログ−デジタル変換回路31に入力される。図4(A)の上側のグラフは、心電図計測用センサで計測された心電図波形である。
アナログ−デジタル変換回路31は、センサ21からのアナログ信号をデジタル信号に変換する回路である。センサ21内にアナログ−デジタル変換回路31を設けてもよいし、センサ21がデジタル信号を検出できる場合には設けなくてもよい。また、センサ21からのアナログ信号をフィルタリング等の処理を行った後にアナログ−デジタル変換回路31によってデジタル信号に変換してもよい。
心拍抽出手段32は、センサ21で検出した信号から心拍に関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適宜適当な処理が選択される。心電図波形や心弾動図波形が入力された場合、通常、心電図波形や心弾動図波形には呼吸の影響を受けているため、呼吸の成分を取り除くための処理を行うことが好ましいが、心拍間隔の算出に問題がなければ心拍抽出手段を使用しなくてもよい。また、生体振動信号が入力された場合、通常、生体振動信号には、心臓の拍動による心弾動だけではなく、呼吸による振動や、体動、発声、外部環境等に基づく振動も含まれる場合があり、これらのノイズを除去する処理を行うことが好ましい。かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、バンドパスフィルタ(BPF)を通過させてもよい。心拍抽出手段32のBPFは、通過域の下限周波数が0.5Hz以上、0.6Hz以上、0.7Hz以上、0.8Hz以上、0.9Hz又は1Hz以上であることが好ましく、上限周波数が10Hz以下、8Hz以下、6Hz以下、5Hz以下、3Hz以下であることが好ましく、これらの下限周波数の何れかと上限周波数の何れかを組み合わせた通過域を持つことが好ましい。心拍抽出手段32の下限周波数が、呼吸波形抽出手段33の上限周波数と同じであってもよいし、呼吸波形抽出手段33の上限周波数よりも低く、心拍抽出手段32の通過域の一部が呼吸波形抽出手段33の通過域と重畳していてもよい。また、心拍間隔抽出方法として、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましく、さらに好ましくは、定期的又は不定期に、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましい。例えば、心弾動図波形又は生体振動信号もしくはこれらの信号に前処理(例えば、ノイズ除去、強調処理等)したもの(心弾動図波形又は生体振動信号に由来する信号)について、パワースペクトルを求め、0.5Hz以上から密度を検索して最初のピークを同定し、そのピークが所定の閾値(例えばピークの半値幅)まで低下する低周波側および/又は高周波側の周波数の帯域を通過周波数としても良い。パワースペクトルは、例えばフーリエ変換することにより求めることができる。このように、取得した心弾動図波形又は生体振動信号から求めた上限周波数又は下限周波数のフィルタを用いて信号処理を行うことにより、取得した生体に特有の生体情報や取得時の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができ、リアルタイムで位相コヒーレンスを算出できた。なお、センサ21の一部に呼吸センサを使用していた場合には、呼吸センサからの信号は、心拍抽出手段32に入力する必要はない。
さらに、心弾動図波形から心拍間隔を算出する方法として、心弾動図波形を心拍の周波数よりも高い周波数を下限周波数とするハイパスフィルタ(HPF)を通過させ、HPF後の信号について絶対値をとることにより、利用したHPFを通過した信号の包絡線信号から、心弾動図波形の各心拍動の山を得ることができ、そのピーク値または心拍動の山の開始時点から心拍間隔を求めることができる。通常の心拍の周波数は最大でも3Hz程度であるが、このハイパスフィルタの下限周波数は、5Hz以上であることが好ましく、10Hz、20Hz、30Hz、40Hzであってもよい。この信号処理方法で心拍間隔の変動を算出して得られた位相コヒーレンス(λ)の値は、心電図波形から求めた位相コヒーレンス(λ)の値に非常に近い値を得ることができた。また、HPF後の信号について絶対値をとった信号について、上記のパワースペクトルから求めた通過周波数のBPF(またはLPF)を利用することがより好ましい。さらに、HPFを通過させる前に、ノイズ除去の前処理等を行ってもよい。生体振動信号(心弾動図波形を含む)は心拍動に伴う振動波形を含むものであるが、呼吸運動に伴う振動成分が心拍動成分と重畳すると波形が安定せず、原波形からRRIに相当する一拍毎の拍動間隔を得るのは従来難しかった。本手法では心拍動の基本周波数成分と重畳した呼吸周波数成分を予め除去した後、心拍動由来の高周波振動成分から拍動間隔を求めることにより、より正確な拍動間隔を得ることができ、その結果、心拍間隔の変動である呼吸性不整脈の検出も正確になり、算出した位相コヒーレンスは心電図と実測呼吸から求めたものとほぼ一致する。
呼吸波形抽出手段33は、センサ21で検出した信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適宜適当な処理が選択される。センサ21の一部に呼吸センサを使用し、呼吸センサによって呼吸パターンが実測される場合には、呼吸波形抽出手段33を設けなくてもよいし、呼吸波形抽出手段33でノイズとなる信号を除去する処理を行ってもよい。心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する場合には、かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、0.5Hz以下の周波数範囲の通過域を有するローパスフィルタ(LPF)を通過させてもよい。呼吸波形抽出手段33のLPFの遮断周波数は、0.3、0.4、0.6、0.7Hz、0.8Hzであってもよい。また、呼吸波形抽出手段33の遮断周波数は、心拍抽出手段32の下限周波数と同じであってもよいし、下限周波数よりも高くして通過域の一部が重畳していてもよい。また、呼吸波形抽出方法として、取得した心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましく、さらに好ましくは、定期的又は不定期に、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましい。心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号もしくはこれらの信号に前処理(例えばノイズ除去のフィルタや強調処理等)したものについて、パワースペクトルを求め、低周波側からパワースペクトル密度を検索して最初のピークを同定し、そのピークが所定の閾値(例えばピークの半値幅)まで低下する高周波側の周波数を遮断周波数としても良い。このように、取得した心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号から求めた上限周波数又は下限周波数のフィルタを用いて信号処理を行うことにより、取得した生体に特有の生体情報や取得時の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができ、リアルタイムで位相コヒーレンスを算出できた。また、LPFの代わりにBPFを通過させても良く、この場合、BPFの下限周波数は十分低い周波数であれば足り、例えば0.1Hzに設定してもよい。図4(A)の下側のグラフは、呼吸パターンを示すものであり、実線は心電図波形から抽出した呼吸パターンであり、点線は呼吸による空気の流れを計測した実測値である。図4(A)の下側のグラフより、心電図波形から抽出した呼吸パターンでも、周期は実測値と一致していることが確認できる。
図5は、8名の被験者で呼吸数を1分間に8、10、12、15、18、20、24回で変化させた時の心電図から抽出した推定呼吸周波数と、実測呼吸周波数の相関関係を示した図である。点線は呼吸周波数の95%信頼区間を示している。呼吸周波数が約0.4Hzを超えると95%信頼区間がidentity lineから外れ、過小評価されるが、0.4Hz未満では10%以内の精度で呼吸周波数を推定できる。図6は、図5の推定呼吸周波数を用いて算出した位相コヒーレンスλecgと実測呼吸周波数を用いて算出した位相コヒーレンスλの相関関係を示した図である。呼吸周波数が0.33Hz(20回/分)までは、9割以上の精度で位相コヒーレンスを求められた。
心拍間隔算出手段34は、心拍抽出手段32からの信号が入力され、心拍の間隔を算出する。心拍の間隔は、例えば心電図のP波、R波、T波又はU波の間隔、特にR波が鋭いピークを有するので、R波から次のR波までの間隔を計測することが好ましい。心弾動図波形や生体振動信号から抽出された心拍に関する信号の場合も、鋭いピークのR波に相当する波形の間隔を計測することが好ましい。図4(B)は、図4(A)の心電図から算出した心拍間隔の変動を示すグラフであり、縦軸が心拍間隔(ms)、横軸が時間(s)である。図4(B)から、心拍間隔が一定の周期で変動していることが確認できる。なお、呼吸性不整脈(RSA)の振幅も、心理ストレス等を評価する指標の一つとして利用可能であるが、後述するように、呼吸周波数によっても呼吸性不整脈(RSA)の振幅が変化するので、位相コヒーレンスによる評価と組み合わせて補助的又は追加的に評価するのが好ましい。また、心拍間隔算出手段34は、心拍に関する情報を含んだ生体情報から直接心拍の間隔を算出してもよい。この場合、心拍抽出手段32の機能を含む心拍間隔算出手段34であってもよいし、信号処理方法によっては、心拍抽出手段32を必要とせず、心拍に関する情報を含んだ生体情報から直接心拍の間隔を算出できる。
ヒルベルト変換フィルタ35は、心拍間隔の変動について瞬時位相と瞬時振幅を出力するものであり、ヒルベルト変換フィルタ36は、呼吸パターンについて瞬時位相と瞬時振幅を出力するものである。ヒルベルト変換は、アナログ回路で90度位相差分波器を実現しても良いし,有限インパルス応答型のデジタルフィルタで構成しても良い。ヒルベルト変換した信号と実信号を加えて解析信号を得て、解析信号の実部と虚部の比から瞬時位相を求めることができる。図4(C)の上側のグラフは、実線が心拍間隔の変動の瞬時位相であり、点線が呼吸パターンの瞬時位相であり、縦軸が位相(ラジアン)であり、横軸が時間(s)である。
瞬時位相差算出手段37は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との位相差(瞬時位相差)を算出し、結果を位相コヒーレンス算出手段38に出力する。位相コヒーレンス算出手段38では、上記のとおり、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。位相コヒーレンスを求める際のデータは最低でも呼吸1周期の窓長で計算する。図4(C)の下側のグラフは、算出した位相コヒーレンスλである。図4(C)では、常に位相コヒーレンスが1に近く、比較的ばらつきが少ない状態であることが確認できる。睡眠状態測定装置1は、さらに算出した位相コヒーレンスλから睡眠状態を判定する機能を有していてもよい。
操作ボタン41、タッチパネル42、音声入力用マイク43は、使用者が睡眠状態測定装置1を操作するための入力手段であり、睡眠状態測定装置1を作動させたり、必要な情報を出力させたりすることができる。表示ディスプレイ44、スピーカー46は、心拍、呼吸パターン、呼吸性不整脈、位相コヒーレンスλや、位相コヒーレンスλから推定される睡眠状態などを出力する出力手段として利用することができる。無線通信手段45は、算出した位相コヒーレンスλや睡眠状態の出力手段に利用してもよいし、センサ20からの信号を入力する入力手段として使用してもよい。または、音声で睡眠状態などを出力してもよい。記録装置47は、入力された情報、各種手段のプログラム、計測結果などが記録される。
睡眠状態測定装置1は、携帯端末(たとえば、携帯電話、スマートフォン等)とセンサで実現することもできる。センサ、例えば心電図センサにA/D変換回路と無線通信機能を設け、センサで検出した信号をA/D変換回路でデジタル信号に変換し、デジタル信号を無線通信機能によって携帯端末に送信する。無線通信機能としては、例えばBluetooth(登録商標)、Wi−fi(登録商標)などを利用することが好ましい。
本発明の睡眠状態測定装置1は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差の位相コヒーレンスが、δ波の振幅と相関関係があることを利用して睡眠状態を測定することができる。位相コヒーレンスは、後述するように、呼吸周波数の影響を受けにくく、より正確に睡眠状態を測定することができる。また、一つのセンサでも睡眠状態測定装置1を実現することが可能であり、使用者に負担が少なくストレスを感じにくい装置を提供できる。特に振動を計測するセンサの場合は動物を拘束せずに計測することが可能であり、より簡便な装置を提供できる。位相コヒーレンスは、リアルタイムに測定することができ、ノンレム睡眠時間の発生時点やノンレム―レム睡眠のリズム周期を測定することができ、睡眠状態を的確に把握することができる。また、同時に呼吸パターンを測定又は抽出しているので、睡眠時の無呼吸状態を検出することも可能である。さらに、被測定者の呼吸性不整脈の大きさも測定できるので、睡眠状態について補助的な判断指標とすることも可能である。
[位相コヒーレンス算出装置及び方法]
位相コヒーレンスは、睡眠状態だけではなく、心理ストレスの評価にも利用することができる。特に、本実施形態で説明する位相コヒーレンス算出装置は、少なくとも動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報から、心拍間隔の変動と呼吸パターンを取得して、位相コヒーレンスを算出する。
図7は、位相コヒーレンス算出装置11の概略ブロック図である。位相コヒーレンス算出装置11は、少なくとも生体情報取得手段12と、呼吸波形抽出手段13と、心拍間隔算出手段14と、位相コヒーレンス算出手段15とを含んでいる。さらに、位相コヒーレンス算出装置11は、図3に記載されたその他の手段を具備していてもよい。本実施形態における位相コヒーレンス算出装置11は、生体情報取得手段12が、少なくとも動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報を取得するものであり、かかる生体情報として、例えば、心電図、心弾動図波形又は生体振動信号が挙げられる。生体情報取得手段12は、動物を計測するためのセンサ及びセンサの情報を有線又は無線で入力する入力部を含む構成であってもよいし、すでに計測済みの情報が記録された他の記録媒体からの情報を有線又は無線で入力可能な入力部を含む構成であってもよい。すなわち、情報取得部2は、少なくとも情報を入力する入力部を備えており、場合によっては入力部と有線又は無線で接続された生体情報を計測するためのセンサを備えていてもよい。センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。
心電図から呼吸パターンを抽出し、心拍間隔の変動と呼吸パターンを取得できることは上記睡眠状態測定装置1の説明において詳述したとおりである。心弾動図波形又は生体振動信号の場合、振動を計測するセンサは、生体に直接接触させてもよいが、生体から振動が伝搬する部材(床、ベッド、椅子、机、衣服、靴、絨毯、シーツ、カバーなどを含む)に接触させてもよいし、非接触式の場合は生体から離間して配置してもよい。接触式の振動を計測するセンサが設置される部材は、生体から複数の部材を介在させたものでもよい。例えば、床の上、ベッドマットの上又は下、椅子の座板や背もたれの表面又は裏面、机の天板の表面又は裏面等に振動を計測するセンサを設置又は埋設してもよい。さらに、ベッドの脚において、床と接触する部位に設けられた保護部材の一つに、振動を計測するセンサを設けてもよいし、ベッドのフレーム、ヘッドボード又はサイドレール等に設けてもよいし、椅子の脚、ひじ掛け、フレーム等に設けてもよいし、机の脚、貫、幕板等に設けてもよい。また、トイレの便座又は便器に振動を計測するセンサを設けてもよく、便座又は便器の表面、裏側又は内部に振動を計測するセンサを配置することができる。例えば、便座の裏面における便器との接触箇所に設けられた緩衝部又は便器の表面における便座との接触箇所に振動を計測するセンサ部を配置してもよい。なお、振動を計測するセンサとしては、上記のとおり、圧電センサ、加速度センサ、圧力センサ、非接触式のセンサ等を使用することができる。
心弾動図波形又は生体振動信号の場合、心拍に関する情報と、呼吸に関する情報をそれぞれ抽出する必要がある。ローパスフィルタ(LPF)、バンドパスフィルタ(BPF)、ハイパスフィルタ(HPF)によって周波数で心拍に関する情報と、呼吸に関する情報を抽出することができる。より正確に心弾動図波形又は生体振動信号から心拍を求めるために、心弾動の伝達特性を算出し、逆伝達関数を推定することで心弾動図波形又は生体振動信号から心電図に相当する波形を求めることができる。逆伝達関数は、予め被測定者の心電図と心弾動とを測定し、伝達特性を調査してもよいが、心弾動図波形又は生体振動信号のみから伝達特性を推定することも可能である。心弾動図波形から低周波成分を除去した後にWiener フィルタなどを適用し、逆伝達関数と元の心弾動図波形を重畳積分して模擬心電図波形を得ることができる。また、心弾動図波形から心拍間隔を算出する他の方法として、心弾動図波形を心拍の周波数よりも高い周波数を下限周波数とするハイパスフィルタ(HPF)を通過させ、HPF後の信号について絶対値をとることにより、利用したHPFを通過した信号の包絡線信号から、心弾動図波形の各心拍動の山を得ることができ、そのピーク値または心拍動の山の開始時点から心拍間隔を求めてもよい。
図8(A)は、上側のグラフが心弾動図波形であり、下側のグラフが心弾動図波形から抽出された模擬心電図波形である。まず、心弾動図波形においても、鋭いピークが周期的に生じているので、そのピークの時刻(T)を求め、その時刻が心電図から得られるR波時刻と仮に推定し、心弾動図波形の鋭いピークを起点として、それに伴う心弾動図波形を所定の窓長(長くとも次のピークまで)の波形断片で切り出してまとめる。まとめた際にばらつきの大きい波形断片は、時刻(T)がR波時刻と一致していないとして排除することが好ましい。図8(B)の実線は、100個の波形断片を重ね合わせた際の平均であり、点線は標準偏差である。この実線を心電図と心弾動間の平均伝達特性とし、かかる伝達特性の逆伝達関数を用いて心弾動図波形から模擬心電図波形を得ることができた。このように、心弾動の伝達特性を算出し、逆伝達関数を推定することで心弾動図波形又は生体振動信号から心電図に相当する波形を求めることでより正確に抽出することができる。特に、本発明の位相コヒーレンス算出装置及び睡眠状態測定装置は、心拍間隔の変動や、呼吸パターンの抽出を行うものであり、より正確に心電図に相当する波形を求めることは重要である。
また、心弾動図波形から呼吸に関する信号は、ローパスフィルタ(LPF)を通過させることで抽出したり、模擬心電図波形から呼吸由来の振幅変調を抽出したりすることで抽出できる。
センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。図9は、心電図波形を取得する際のサンプリング周波数として、1kHz、500Hz、200Hz、100Hz、50Hzと変化させた場合の位相コヒーレンスを比較した図である。1kHzでサンプリングした心電図の位相コヒーレンスと比較した二乗平均平方根誤差(Root Mean Square Error:RMSE)は、500Hzが0.028、200Hzが0.039、100Hzが0.045、50Hzが0.109であった。このように、100Hz以上のサンプリング周波数であれば、十分精度の高い位相コヒーレンスを得ることができる。
図10は、安静時と暗算課題時(ストレス状態)の心拍間隔の変動と呼吸パターンの瞬時位相の関係を示すものである。図10(A)は、安静時における心拍(実線)と呼吸(点線)の瞬時位相であり、(B)は、安静時の心拍と呼吸の瞬時位相のリサージュ図である。図10(C)は、暗算課題時(ストレス状態)における心拍(実線)と呼吸(点線)の瞬時位相であり、(D)は、暗算課題時の心拍と呼吸の瞬時位相のリサージュ図である。図10(E)は、安静状態から暗算課題を課したとき、および暗算課題終了後の呼吸性不整脈(RSA)の変化である。図10(F)は、安静状態から暗算課題を課したとき,および暗算課題終了後の位相コヒーレンスの変化であり、点線は、呼吸流速による実測の呼吸パターンを用いて算出された位相コヒーレンスであり、実線は、心電図から算出した呼吸パターンを用いて算出された位相コヒーレンスである。安静時の位相コヒーレンスは、0.69±0.12(95%信頼区間:0.63〜0.75)であり、暗算課題時の位相コヒーレンスは、0.45±0.17(95%信頼区間:0.41〜0.49)であり、安静時に比べて暗算課題時は有意に位相コヒーレンスが低下していた。図10から、瞬時位相差は、安静時では非常に安定しており、暗算課題などの精神ストレスを課すと呼吸性不整脈(RSA)の大きさが減弱するだけではなく、位相差が乱れることが確認できる。これは呼吸中枢により生成される呼吸振動子と自律神経支配下にある心拍振動子の協調関係がストレスにより攪乱されることを意味している。
図11は、自発的に呼吸周波数を変化させた場合の心拍間隔(RRI)、呼吸性不整脈の振幅(ARSA)、位相コヒーレンス(λ)及び呼吸周波数(fR)を示す図である。最初、呼吸数は1分当たり15回であったが、300sから、意識的に1分当たり25回に増やした。呼吸数が増えると呼吸性不整脈の振幅(ARSA)は小さくなるが、位相コヒーレンスはほとんど変化しない。呼吸性不整脈は自律神経の副交感神経活動に由来する生理現象であり、その振幅は副交感神経活動の緊張度を反映すると言われているが、図11のように、副交感神経活動の緊張度を変化させるのではなく、呼吸数を変化させただけでも呼吸性不整脈の振幅に影響するため、必ずしも呼吸性不整脈から自律神経活動を推定することはできなかった。この点、位相コヒーレンスは呼吸数を変化させても変化しないので、位相コヒーレンスから自律神経活動を推定することでより正確に自律神経活動を推定できる。このように,位相コヒーレンスを測定することで、呼吸周波数に依存せずにリアルタイムで被測定者の心理ストレス状態や睡眠状態を確認することが可能となる。さらに、被測定者の呼吸性不整脈の大きさも測定できるので、心理ストレス状態や睡眠状態について補助的な判断指標とすることができる。さらに、心拍間隔の変動も情報として取得することができるので、心拍間隔の変動の時間変化を周波数分析(フーリエ変換)することにより、遅いゆらぎの成分(LF)及び速いゆらぎの成分(HF)を求め、LH/HFを交感神経活動指標とし、HFを副交感神経活動指標として検出することも可能である。例えば、心拍間隔の変動の時間変化をフーリエ変換したパワースペクトルの0.04〜0.15Hzの成分をLFとし、0.15〜0.4Hzの成分をHFとして算出してもよい。これらの指標は、従来、心電図から得られたR波の心拍間隔の変動解析として用いられていたが、本発明においては、心電図のみではなく、心弾動図波形又は生体振動信号から得られた心拍間隔の変動においても、解析手法として用いることができ、交感神経・副交感神経活動の調節障害を調べることが可能となった。なお、本発明の睡眠状態測定装置において心電図を利用した場合に、これらの指標を同時に検出してもよい。
動物の心拍に関する情報を含んだ生体情報又は呼吸に関する情報を含んだ生体情報の信号処理方法として、生体情報に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求め、前記上限周波数又は下限周波数を遮断周波数とするフィルタを通過させる処理を含むことが好ましい。生体情報に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求めることにより、取得した生体に特有の生体情報や、生体情報を取得する際の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができる。さらに、体勢、体調、環境等の条件は常に変化するので、定期的又は不定期に、フィルタの上限周波数又は下限周波数を更新することが好ましい。
心拍に関する情報を含んだ生体情報とは、例えば、心電図、心弾動図波形、動物の振動(心弾動を含む)の時間的変化を計測した生体振動信号等が利用可能であり、呼吸に関する情報を含んだ生体情報とは、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値、心電図、心弾動図波形、生体振動信号等が利用可能である。生体情報に由来する信号とは、これらの心拍に関する情報を含んだ生体情報又は呼吸に関する情報を含んだ生体情報それ自体だけではなく、生体情報に前処理(例えば、ノイズ除去、強調処理等)したものを含む。かかる信号処理方法は、例えば、上記睡眠状態測定装置において、心拍間隔算出機能によって心拍の情報を含んだ生体情報から心拍間隔の変動を算出したり、呼吸パターン算出機能によって呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から呼吸パターンを算出したりする際に利用してもよいし、位相コヒーレンス算出装置において、動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報から、心拍間隔の変動を算出したり、呼吸パターンを算出したりする際に利用してもよい。
[生体振動信号測定装置(ウェアラブルセンサ)]
図12は、本発明の生体振動信号測定装置101の概略ブロック図である。生体振動信号測定装置101は、ヒトに装着可能な装着部に少なくとも振動センサ102を備え、必要に応じて、情報処理手段103、通信手段104、電力供給手段105、記憶手段106、表示出力手段107、操作手段108などの一つ又は複数を備えていてもよい。装着部は、動物の体に装着可能であり、例えば、ヒト又は動物の四肢又は頭部に装着可能なウェアラブルなものが好ましい。ヒト又は動物の上肢としては、手指、手首、腕などに装着することが好ましく、例えば、指輪、腕輪、指サック、リストバンドなどにセンサを実装することができる。また、ヒト又は動物の下肢としては、腿、脛、足首に装着することが好ましく、例えば、バンド、靴下、スパッツなどにセンサを実装してもよい。また、ヒト又は動物の頭部においても、首、こめかみ、耳などに装着することが好ましく、例えば、ヘッドバンド、ネクタイ、ネックレス、ピアス、イアリングなどにセンサを実装してもよい。
振動センサ102は、振動を計測するセンサであり、心拍に関する情報と呼吸に関する情報を含んだ生体振動信号を取得し、装着部を介してヒトに装着可能とされている。図12においては、1つの振動センサ102が例示されているが、複数の振動センサを含んでもよいし、必要に応じて、他の種類のセンサ(例えば、光学センサ、温度センサ)を振動センサ102と合わせて利用してもよい。振動センサ102で生体振動信号を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。振動センサ102は、ヒトに直接又は間接的に接触させて配置することによって、生体振動信号(心弾動図波形を含んでもよい)を検出することができる。振動センサ102としては、上記のとおり、ピエゾ素子、高分子圧電体などを用いることができる。振動センサ102で検出された生体振動信号は、装置内のバス回路又は通信手段104を介して情報処理手段103等に伝達される。
情報処理手段103は、入力された生体振動信号を処理する手段であり、例えば、電子回路や、CPU(中央処理装置)の演算処理機能を利用することができる。情報処理手段103は、生体振動信号測定装置101に設けられていることが好ましいが、生体振動信号測定装置101とは別に、通信手段104を介して生体振動信号測定装置101から生体振動信号を伝達可能に設けられていてもよい。CPUの演算処理機能によれば、例えば、デジタルフィルタを構成し、周波数フィルタリングを実現することもできる。また、情報処理手段103は、デジタル回路ではなくアナログ回路で実現することも可能である。例えば、コンデンサや抵抗及びオペアンプ等で構成されたローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)などのアナログフィルタによって、周波数フィルタリングを実現してもよい。また、入力される生体振動信号がアナログ信号であれば、アナログ−デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。
情報処理手段103は、少なくとも、心拍間隔算出手段131、呼吸波形抽出手段132を含み、さらに位相コヒーレンス算出手段133を含むことが好ましい。なお、位相コヒーレンス算出機能を有する装置を「位相コヒーレンス算出装置」ということもある。本発明の生体振動信号測定装置101は、位相コヒーレンス算出機能を備える場合、位相コヒーレンス算出装置の一種となる。心拍間隔算出手段131、呼吸波形抽出手段132、位相コヒーレンス算出手段133の具体的な処理については、上記睡眠状態測定装置1及び位相コヒーレンス算出装置11の説明において詳述したとおりである。
通信手段104は、有線又は無線通信を介して各種信号を受け渡す機能を有する。通信手段104は、振動センサ102に接続された配線、ケーブルであってもよい。無線の通信手段104は、例えば、振動センサ102が取得した生体振動信号を情報処理手段103、記憶手段106、表示出力手段107、外部装置(図示せず)などに送信してもよいし、情報処理手段103が算出した位相コヒーレンスの情報を記憶手段106、表示出力手段107、外部装置(図示せず)などに送信してもよいし、記憶手段106に格納された生体振動信号又は位相コヒーレンスを、情報処理手段103、表示出力手段107などに送信してもよい。また、通信手段104は、操作手段108を介して使用者から入力された情報を、情報処理手段103、記憶手段106、表示出力手段107などに送信してもよい。通信手段104として無線の場合は、例えば、Bluetooth(登録商標)、Wi−fi(登録商標)、近接場型の近距離無線通信(NFC:Near field radio communication)などを利用することが好ましい。なお、通信手段104は、生体振動信号測定装置101の態様によっては、必ずしも双方向の通信としなくてもよい。
電力供給手段105は、生体振動信号測定装置101の各部に電力を供給する機能を有し、例えば、Liイオンバッテリー等のバッテリーなどを採用することができる。記憶手段106は、振動センサ102で取得した生体振動信号、情報処理手段103で算出した処理結果(位相コヒーレンスなど)、情報処理手段103を動作させるためのプログラムなどを記憶する機能を有し、例えば、メモリなど採用することができる。
表示出力手段107は、算出した処理結果(位相コヒーレンスなど)、使用者によって入力された各種情報、操作内容などを表示又は出力する機能を有する。表示出力手段107としては、処理結果を画像で表示するディスプレイ、処理結果を紙で出力するプリンター、処理結果を音声で出力するスピーカーなどを採用することができる。生体振動信号測定装置101にディスプレイを設け、表示出力手段107として使用してもよい。
操作手段108は、使用者が生体振動信号測定装置101を操作するためのスイッチ、タッチパネル、ボタン、つまみ、キーボード、マウス、音声入力用マイクなどから構成される。なお、表示出力手段107が使用者からの操作を受けることができるタッチパネルとして構成される場合、操作手段108は、表示出力手段107を兼用する構成であってもよい。
[信号処理方法]
生体振動信号測定装置101の情報処理手段103は、ヒトの心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体振動信号に対して信号処理を行い生体情報を取得する。例えば、生体情報としては、心拍数、心拍間隔、心拍間隔の変動(呼吸性不整脈の振幅)、呼吸パターン、位相コヒーレンス、心拍間隔の変動の周波数成分などを算出する。
位相コヒーレンスは、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を各心拍間隔の情報及び呼吸パターンから算出することが可能であり、上記式(1)ないし(4)に基づいて算出できる。
まず、振動センサ102が取得した生体振動信号は、情報処理手段103の図示しないアナログ−デジタル変換回路に入力される。アナログ−デジタル変換回路は、振動センサ102からのアナログ信号をデジタル信号に変換する回路である。なお、振動センサ102内にアナログ−デジタル変換回路を設ける場合、振動センサ102がデジタル信号を検出できるように構成された場合は、情報処理手段103にアナログ−デジタル変換回路を設けなくてもよい。また、振動センサ102からのアナログ信号をフィルタリング処理した後、フィルタリング処理後のアナログ信号をアナログ−デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。
次いで、デジタル信号に変換された生体振動信号は、情報処理手段103の心拍間隔算出手段131及び呼吸波形抽出手段132に入力される。また、心拍間隔算出手段131の前段には、図示しない心拍抽出手段を設けてもよい。情報処理手段103は、例えば、振動センサ102が取得したアナログ信号が入力されると、ローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)などのアナログフィルタによって、フィルタリングを行い、オペアンプにより信号を増幅する。また、被験者個人によって異なる信号値のレベルを自動的に制御することができるAGC回路(オートゲインコントロール回路)を備えてもよく、例えば、オペアンプで増幅された信号値が適正な範囲に入っているか否かを判定し、その情報をフィードバックし、オペアンプの増幅率を決定してもよい。
図示しない心拍抽出手段は、振動センサ102で検出した生体振動信号から心拍に関する情報を抽出する手段であり、入力される生体振動信号に応じて適宜適当な処理が選択される。生体振動信号(心弾動図波形を含む)は、通常、心臓の拍動による心弾動だけではなく、呼吸による振動や、体動、発声、外部環境等に基づく振動も含まれる場合があり、これらのノイズを除去する処理を行うことが好ましい。ただし、心拍間隔の算出に問題がなければ心拍抽出手段を使用しなくてもよい。かかるノイズを除去する処理としては、上記の方法、例えば、生体振動信号の強度をn乗して強調処理した後、BPFを通過させるなどの方法を使用することができる。さらに、生体振動信号から心拍間隔を算出する方法として、上記心弾動図波形から心拍間隔を算出する方法を使用することができる。
また、より正確に生体振動信号から心拍を求めるために、心弾動の伝達特性を算出し、逆伝達関数を推定することで生体振動信号から心電図に相当する波形を求めてもよい。逆伝達関数は、予め被験者の心電図と心弾動とを測定し、伝達特性を調査してもよいが、生体振動信号のみから伝達特性を推定することも可能である。
心拍抽出手段によって抽出された心拍に関する情報は、心拍間隔算出手段131に入力される。心拍間隔算出手段131は、心拍の情報から心拍間隔を算出する。心電図を観た場合、心拍の間隔は、通常、R波が鋭いピークを有するので、R波から次のR波までの間隔を計測することが好ましい。生体振動信号から抽出された心拍に関する情報の場合も同様であり、鋭いピークのR波に相当する波形の間隔を計測することが好ましい。
呼吸波形抽出手段132は、振動センサ102で検出した心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体振動信号から呼吸パターンを抽出する。呼吸波形抽出手段132は、入力される生体振動信号に応じて適宜適当な処理が選択される。呼吸波形抽出手段132は、ノイズとなる信号を除去する処理を行ってもよい。生体振動信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する場合、かかる処理としては、例えば、生体振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、0.5Hz以下の周波数範囲の通過域を有するローパスフィルタ(LPF)を通過させてもよい。呼吸波形抽出手段132のLPFの遮断周波数は、0.3、0.4、0.6、0.7Hz、0.8Hzであってもよい。また、呼吸波形抽出手段132の遮断周波数は、心拍抽出手段の下限周波数と同じであってもよいし、下限周波数よりも高くして通過域の一部が重畳していてもよい。また、呼吸波形抽出方法として、取得した生体振動信号から、フィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましく、さらに好ましくは、定期的又は不定期に、取得した生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましい。生体振動信号又はかかる信号に前処理(例えば、ノイズ除去のフィルタや強調処理等)したものについて、パワースペクトルを求め、低周波側からパワースペクトル密度を検索して最初のピークを同定し、そのピークが所定の閾値(例えばピークの半値幅)まで低下する高周波側の周波数を遮断周波数としてもよい。このように、取得した生体振動信号から求めた上限周波数又は下限周波数のフィルタを用いて信号処理を行うことにより、被験者に特有の生体情報や取得時の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができ、リアルタイムで位相コヒーレンスを算出できた。また、LPFの代わりにBPFを通過させてもよく、この場合、BPFの下限周波数は十分低い周波数であれば足り、例えば、0.1Hzに設定してもよい。
心拍間隔算出手段131によって算出された心拍間隔と、呼吸波形抽出手段132によって抽出された呼吸パターンとは、位相コヒーレンス算出手段133に入力される。位相コヒーレンス算出手段133は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相を算出する瞬時位相算出機能(ヒルベルト変換フィルタ)と、両者の瞬時位相差を算出する瞬時位相差算出機能(瞬時位相差算出手段)と、算出された瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する位相コヒーレンス算出機能を有する。図示しないヒルベルト変換フィルタは、心拍間隔の変動について瞬時位相と瞬時振幅を出力し、呼吸パターンについて瞬時位相と瞬時振幅を出力する。ヒルベルト変換フィルタとしては図3の睡眠状態測定装置1のヒルベルト変換フィルタ35、36と同様のものを採用できる。
図示しない瞬時位相差算出手段は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との位相差(瞬時位相差)を算出し、結果を位相コヒーレンス算出手段133に出力する。次いで、位相コヒーレンス算出手段133は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。位相コヒーレンスを求める際のデータは最低でも呼吸1周期の窓長で計算する。
生体振動信号を取得する場合、振動センサ102は、被験者に直接接触させてもよいし、振動が伝搬する部材で構成された装着部(例えば、指輪、腕輪、ベルトなど)を介して間接的に接触させてもよい。具体的には、装着部の材質としては、強誘電体材料であるPZT、BST、PN、PT等の薄膜セラミックス材料、あるいはPVDFなどの有機薄膜材料を含むことが好ましい。これらの薄膜材料の両面から電極材料を被着する。電極材料としては、Pt/Ti、Au、Al、Cu系の金属を使用することができる。つまり、両面から金属材料を電極として、強誘電体材料を挟み込むサンドイッチ構造となる。この電極の一方側に、振動が伝搬する部材としてプラスティック、ゴム系の材料を被着又は貼付し、血流によって生じる振動を検知することができる。手指の血流を測定する場合、手指の血流は、手指の2つの側面に流れており、この血流の動きを指周囲全体から振動信号として取得するために、サンドイッチ構造を伸縮性のある材料で指周囲に挟み込んでもよい。伸縮性のある材料としては、ゴム系の材料、伸縮性プラスティック材料が好ましい。伸縮性は劣るが、指輪の材料として用いられる、Au、Ag、Pt等の金属材料を用いてもよい。これらの金属材料は、血流振動の振動伝達材料として活用できる。これらの振動センサ102は、非常に薄いシートセンサであるために、自由な平面積を得ることができる。さらに薄型柔軟性の利点を利用して、容易に、円柱形や体の一部に巻き付けたり、貼り付けたりすることが可能である。このためには、薄型(10〜200μm厚)の有機フィルムシートセンサを使ってもよいし、PENやPET等の有機フィルムを基板材料としてその上に数ミクロン厚のPVDF等の圧電材料を被着した有機フィルムを用いても構わない。この薄型で柔軟性の高い性質を利用することにより、各方面での応用が可能である。
生体振動信号を取得した後、心拍に関する情報と、呼吸に関する情報をそれぞれ抽出する必要がある。ローパスフィルタ(LPF)、バンドパスフィルタ(BPF)、ハイパスフィルタ(HPF)によって周波数で心拍に関する情報と、呼吸に関する情報を抽出することができる。
ヒトの心拍に関する情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体振動信号の信号処理方法として、生体振動信号に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求め、前記上限周波数又は下限周波数を遮断周波数とするフィルタを通過させる処理を含むことが好ましい。生体振動信号に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求めることにより、被験者に特有の生体情報や、生体情報を取得する際の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができる。さらに、体勢、体調、環境等の条件は常に変化するので、定期的又は不定期に、フィルタの上限周波数又は下限周波数を更新することが好ましい。
本発明では、心拍に関する情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報として、振動(心弾動を含む)の時間的変化を計測した生体振動信号が利用可能である。また、生体振動信号それ自体だけではなく、生体振動信号に前処理(例えば、ノイズ除去、強調処理等)したものも含む。かかる信号処理方法は、ヒトの心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体振動信号から、心拍間隔の変動を算出したり、呼吸パターンを算出したりする際に利用してもよい。
さらに、情報処理部103は、算出した位相コヒーレンスに基づいて、睡眠状態等を判定する判定機能を有していてもよい。判定機能としては、例えば、算出した位相コヒーレンスを閾値と比較して、閾値よりも大きい場合は深い睡眠であると判定し、小さい場合は浅い睡眠と判定してもよいし、位相コヒーレンスが閾値よりも大きい値だった時間で睡眠の品質を評価してもよいし、位相コヒーレンスの変動の周期によって睡眠の品質を評価してもよい。閾値は、予め定めた数値であってもよいし、計測対象の過去に算出した位相コヒーレンスの数値から特定してもよいし、複数の数値を設定し、段階的に睡眠の質を評価してもよい。さらに、情報処理部103の判定機能によって、睡眠中の呼吸状態を判定することもできる。例えば、呼吸パターンの取得方法にもよるが、いずれの取得方法であっても、中枢性睡眠時無呼吸(脳の呼吸中枢の異常等により呼吸運動が停止して起こる無呼吸)については、呼吸運動が停止するので呼吸パターンが検出できなくなるので、無呼吸状態であることを判定できる。
[実施例1]本実施例では、振動を計測するセンサとして、シート型圧電センサ(ピエゾ素子)を用いて生体情報を取得し、当該生体情報から位相コヒーレンスを求めた。また、同時に、被験者の心電図及び熱線型呼吸流速計により被験者の呼吸パターンを計測し、これらの生体情報からも位相コヒーレンスを求めた。
図13は、本実施例で使用したシート型圧電センサ210の構造である。シート型圧電センサ210は、シート状の振動センサ素材211を挟んで上下に正電極層212及び負電極層213を有し、さらにこれらを覆って外側カバー214、215で保護されている。振動センサ素材211としては、フッ素系の有機薄膜強誘電体材料であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)を使用した。また、上下の電極から信号を取り出してもよいが、負電極層213は一定電位とし、振動センサ素材211の変位によって発生した信号を正電極層212から取り出すように構成することができる。外側カバー214、215は、外部からの各種雑音、特に電磁雑音を排除するため、一定電位に保持し、遮蔽層としてもよい。ここで遮蔽層を負電極層213と同一の電位とすることもでき、この場合には一部材で負電極層と保護カバーを兼用させることもできる。また、正電極層212又は負電極層213と、外側カバー214、215との間に、絶縁層(絶縁シート)を配置して、両者を絶縁してもよい。正電極層212及び負電極層213には図示しない取り出し端子がフィルタ回路などとともに実装組立されており、それぞれ電極に対して電圧の印加又は電極からの信号の出力を可能としている。圧電センサ210は、ピエゾ素子であり、機械的な力(僅かな力)が印加されると、振動センサ素材211に起電力が発生し、振動センサ素材211に蓄積された電荷を電流電圧変換し、電気信号として取り出すことができる。
本実施例では、シート型圧電センサ210をベッドのシーツ下に敷き、被験者には全く負担をかけずに、無拘束で生体信号をリアルタイムで分離抽出した。ベッドでの計測の場合はベッドマットレス上にシート型圧電センサ210を設置し、その上にシーツをかけ、ヒトが仰臥位で安静を取った。ヒトがベッドに寝ると、ヒトの心臓や呼吸の動きが、体内、及び体表面を通じて振動波としてセンサ210に伝わり、センサ210でμVオーダーの起電力が発生する。この信号には、心拍、呼吸等の所望する生体情報に加えて、障害となる雑音信号も含まれるので、その後の信号処理アルゴリズム(電子回路及びソフトウェア)を用いて心拍、呼吸等の生体情報を分離抽出した。また、被験者は、胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測した。さらに、被験者はフェイスマスクを装着し、熱線型呼吸流速計により呼吸パターンを同時に計測した。なお、シート型圧電センサ210を椅子の座位部(臀部下)の薄い座布団の下に敷き、被験者を座った状態で生体信号を検出することもできた。
生体振動信号ならびに心電図、呼吸流速波形を100Hzでサンプリングして保存した。生体振動信号は、心拍検出用と呼吸検出用の特定のデジタルフィルタを用いて信号処理を行った。生体振動信号に高周波バンドパスフィルタ(ハイパスフィルタでもよい)をかけた後、全波整流積分を行い心拍由来の振動成分のみを抽出し、この波形のピークを求めるため、全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分し、閾値を設定してピーク(心拍動パルス)を検出し、そのピークの間隔から拍動間隔を求めた。ここでは、心電図から求めた心拍間隔をRRI、生体振動信号から求めた心拍間隔をBBIと称する。また生体振動信号に低周波のバンドパスフィルタ(ローパスフィルタでもよい)をかけ呼吸由来の振動成分を抽出し、呼吸パターンを推定した。RRIならびにBBIをスプライン補間により10Hzで再サンプリングした。熱線型呼吸流速計により実測した呼吸パターンと生体振動信号から推定した呼吸パターンも10Hzで再サンプリングした。呼吸性不整脈と呼吸パターンをヒルベルト変換し、解析信号から瞬時位相を求め、その位相差Ψから位相コヒーレンスλを算出した。位相コヒーレンスは10秒の計算窓で5秒ずつシフトさせながら求めた。
図14(A)は、シート型圧電センサ210から得られた生体振動信号の原信号である。図14(B)は、原信号からの信号処理後(全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分処理した後)の波形である。図14(C)は、上側に心電図(点線)の心拍動パルス、下側に信号処理後の波形から得られた心拍動パルス(実線)を示した。図14(D)は、心電図から求めたRRI(点線)と生体振動信号から求めたBBI(実線)である。図14(E)は、実測した呼吸パターン(点線)と生体振動信号から推定した呼吸パターン(実線)である。図14(F)は、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(点線)と生体振動信号から推定した位相コヒーレンス(実線)である。図14(D)に示すように、心電図から同時計測で得られたRRIと生体振動信号から求めたBBIは酷似しており、信号処理により生体振動信号から心拍間隔の変動を算出することができた。また、図14(E)に示すように、実測した呼吸パターンと生体振動信号から推定した呼吸パターンもほぼ一致していた。さらに、図14(F)に示すように、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンスと、生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンスとはほぼ一致していた。これらのことから、生体振動信号を測定するだけで、心拍間隔の変動(呼吸性不整脈)、呼吸パターン及び位相コヒーレンスを算出することが可能であった。
図15は、心電図のパワースペクトル密度(点線)と図14(B)に示す生体振動信号の信号処理後の波形のパワースペクトル密度(実線)を示している。心電図の基本周波数である心拍周波数(約1Hz)と信号処理後の波形のパワースペクトルのピークは一致し、信号処理後の波形は心電図の基本周波の周波数成分以外が信号処理により除去されていることがわかる。このように、本手法では予め呼吸周波数成分を完全に除去した後、心拍由来の振動成分を求めてRRIに相当するBBIを求めることにより、BBIが正確になり、その結果、心拍間隔の変動である呼吸性不整脈の検出もでき、算出した位相コヒーレンスは心電図と実測呼吸から求めたものとほぼ一致した。
本発明の位相コヒーレンス算出装置は、さまざまな家具、電子機器等に組み込んで使用することができる。たとえば、椅子、寝具に振動を計測するセンサを組み込み、使用者のストレス状態を計測してもよい。この場合、電車、飛行機などの座席や、職場の座席、車、電車、飛行機等の運転席等に適用し、ストレス管理や居眠り防止に利用することや、病院や介護施設のベッドに適用し、患者等の健康状態の管理に利用することもできる。また、トイレ、浴室、脱衣場などの床に振動を計測するセンサを組み込み、失神や脳卒中などの事故の監視にも利用できる。さらに、携帯端末、コンピュータ等に位相コヒーレンス算出装置を組み込み、日常生活の種々の場面において心理ストレスを評価することもできる。
[実施例2]
図16は、指輪型の生体振動信号測定装置の構造を示す概略図である。指輪型の生体振動信号測定装置は、ヒトの手指に装着可能に構成され、心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む手指の生体振動信号を取得する機能を有し、手指の生体振動信号から位相コヒーレンスを算出する機能を有していてもよい。手指の生体振動信号は、脈波(心臓の拍動に伴う末梢血管系内の血圧又は体積の変化)であり、心弾動の影響も受けている。
図16(A)、(B)、(C)に示すように、指輪型の生体振動信号測定装置101(101A、101B、101C)は、少なくとも振動センサ102を含み、必要に応じて、情報処理手段103、通信手段104、電力供給手段105及び記憶手段106を有してもよい。振動センサ102は、図16(A)に示すように指輪部材110(装着部)の内側に実装してもよいし、図16(B)に示すように指輪部材110の外側に実装してもよい。また、図16(C)に示すように指輪部材110の内部に埋め込んでもよい。図16(A)に示した振動センサ102は、被験者の手指に直接接するので、手指の生体振動信号を直接取得することができる。図16(B)及び図16(C)に示した振動センサ102は、指輪部材110を介して手指の生体振動信号を間接的に取得することができる。この場合、指輪部材110は、生体振動信号を伝搬しやすい材料(例えば、金属、ゴム、樹脂、皮革など)で構成されることが好ましい。振動センサ102は、手指の振動を検出可能な適宜の構成を採用することができるが、手指に直接又は間接的に接触するように構成された圧電センサ(図18参照)を用いることが好ましい。
図16(A)に示す例では、指輪型の生体振動信号測定装置101Aは、振動センサ102と情報処理手段103を含む。情報処理手段103は、振動センサ102が取得した手指の生体振動信号を処理する演算装置であって、オペアンプ、フィードバック回路、フィルタ回路、比較回路などを含み、心拍間隔算出手段、呼吸波形抽出手段、位相コヒーレンス算出手段などの機能を実現するように構成されている。図16(A)の生体振動信号測定装置101Aは、図示しない通信手段又は表示手段等により、取得した生体振動信号または算出した生体情報を出力する。なお、図16(A)に示した指輪型の生体振動信号測定装置101Aは、位相コヒーレンス算出機能(情報処理手段103)を有するので、位相コヒーレンス算出装置の一種でもある。一方、図16(B)に示す例では、生体振動信号測定装置101Bは、位相コヒーレンス算出機能(情報処理手段103)が設けられておらず、単にヒトの生体振動情報を取得するのみの生体振動信号取得装置として構成され、通信手段104を介して外部(例えば、携帯電話、スマートフォン、パーソナルコンピュータなど)に送信したり、図示しない表示手段に取得した生体振動信号を表示する。
図16(C)に示す例では、生体振動信号測定装置101Cは、振動センサ102、通信手段104、電力供給手段105及び記憶手段106を備える。記憶手段106(例えば、メモリなど)は、振動センサ102が取得した生体振動信号を格納し、通信手段104(例えば、Bluetooth(登録商標)など)は、生体振動信号を外部の装置(例えば、携帯電話、スマートフォン、パーソナルコンピュータなど)に設けられた情報処理手段に送信することができる。電力供給手段105(例えば、電池)は、振動センサ102、情報処理手段103、通信手段104、記憶手段106などに電力を供給することができる。
なお、図16に示した指輪型の生体振動信号測定装置101の各態様は、単なる一例であって、これに限定されない。例えば、図16(A)に示す生体振動信号測定装置101Aが記憶手段106を含むように構成し、振動センサ102が取得した生体振動信号を記憶手段106に一度記憶し、有線又は無線通信を介して生体振動信号を外部に出力することもできる。また、図16(B)に示す生体振動信号測定装置101Bが記憶手段106を含むように構成し、振動センサ102が取得した生体振動信号を記憶しておき、通信機能を介して外部(例えば、携帯電話、スマートフォン、パーソナルコンピュータなど)に送信するように構成することもできる。
指輪型の生体振動信号測定装置は、生体振動信号を取得するために振動センサを使用する場合、手指の動脈に流入する血流によって生じる指周囲の膨らみを測定するものであるので、指周囲を一定程度締め付けるように装着すればよく、装着部位は付根に限定されず、また、振動センサの位置も指の血管の位置に限定されず、指の周りに直接又は間接的に振動センサが接していればよい。また、圧電センサを使用する場合、振動により電気信号が発生するので生体振動信号を電気信号に変換でき、生体振動信号の取得自体には電力を必要とせず、消費電力を低減することができ、長時間の使用にも適している。また、圧電センサを使用する場合、容量の大きなバッテリーを実装しなくてもよいので、装置の小型化、軽量化を実現できる。
指輪型の生体振動信号測定装置101を構成する場合、情報処理手段103、通信手段104などは、指輪の一部の小さな領域に積層させることが好ましい。これらの手段は、振動センサ102に直接、積層させて振動センサ102の上部に実装することもできる。この結果、小さな面積に、振動センサ102、アナログ部を含む情報処理手段、通信手段104などが立体的に積層された構造となる。さらには、Liイオン電池等の電力供給手段105も積層させることができる。
指輪型などのウェアラブルデバイスを構成する場合、電力を消費しないシステムが好ましく、電力供給手段105(Liイオン電池)の寿命が長い方が有利である。このため、最低限の機能を有するシステムとするのが好ましく、すなわち、情報処理手段103は、AGC(自動ゲイン制御)、AD変換回路、オペアンプ及びフィルタを含むアナログ回路、通信手段に接続する接続部などを備え、最小限の機能を満たしていればよい。この場合、指輪の部材に実装される情報処理部103は、心拍間隔算出手段131、呼吸波形抽出手段132のみを含み、位相コヒーレンス算出手段133等の他の手段は外部の装置(スマートフォン、PCサーバー、クラウドシステムなど)で構成されていることが好ましい。指輪の部材に実装される情報処理部103によって処理された信号は、通信手段104によって外部の装置に送信され、外部の装置によって最終的な情報処理、情報出力が実行されてもよい。
[実施例3]
図17は、腕輪型の生体振動信号測定装置の構造を示す概略図である。腕輪型の生体振動信号測定装置1Dは、ヒトの手首(図17は、右手の手の平を示している)に装着可能に構成され、二つの振動センサ102(102(1)、102(2))と、二つの振動センサ102に接続される情報処理手段103と、振動センサ102及び情報処理手段103を収容する拘束帯112(装着部)とを有する。
図17に示すように、ヒトの手首には、小指側に尺骨動脈113が走行し、親指側に橈骨動脈114が走行している。振動センサの一つ102(1)は、尺骨動脈113上に置かれ、他の振動センサ2(2)は、橈骨動脈114上に置かれる。このため、腕輪型の生体振動信号測定装置101Dは、かかる二本の動脈から手首の生体振動信号を取得することができる。
なお、図17に示す腕輪型の生体振動信号測定装置101Dは、情報処理手段103を含むように構成されているが、これに限定されない。振動センサ102が取得した生体振動信号を記憶する記憶手段を設け、適当な通信手段(例えば、Bluetooth(登録商標)など)を介して外部の情報処理手段に受け渡すように構成してもよいし、表示手段を設けて生体振動信号又は生体情報を表示してもよい。また、図17では、二つの振動センサ102が示されているが、単なる例示であって、これに限定されない。振動センサ102は、長い帯状に構成され、かかる振動センサ102が手首の全周又は全周の一部を覆うように取り付けられてもよいし、いずれか一方の振動センサ102だけを設けてもよい。また、情報処理手段103が腕輪型の生体振動信号測定装置に設けられる場合、情報処理手段103は、適当な通信手段などを介して信号処理の結果を外部の装置(例えば、携帯端末、コンピュータなど)に送信してもよい。信号処理の結果は、外部の装置の表示装置に表示されてもよい。振動センサ102として、圧電センサ(以下、圧電センサ102と記載することもある)を用いることが好ましい。
腕輪型の生体振動信号測定装置によれば、手首の生体振動信号を二箇所で測定するので、二つの生体信号から、心拍間隔、呼吸性不整脈、位相コヒーレンスを算出することができ、睡眠状態又はストレス状態をより高い精度で評価することができる。ただし、振動センサを使用する場合、手首を一定の強さで締め付ける必要があり、ヒトに違和感を与える場合もある。また、締め付けが足りず、振動センサが皮膚に密着しない場合は、振動センサと手首表面との間に隙間ができ、取得した生体振動信号に雑音が混ざる場合がある。さらに、手首においては、振動センサが尺骨動脈113又は橈骨動脈114の少なくとも一方の上に配置されないと、振動を正確に測定することは難しく、振動センサ102の配置が限定されていた。この点、指輪型の生体振動信号測定装置は、圧電センサを実装するのに好適であり、手指の周りを一定の強さで締め付けたとしても、ヒトに違和感を与えることが少なく、雑音も生じにくいので好ましい。
図18は、図12、図16、図17における振動センサ102の一例を示す図であり、シート厚を断面視したものである。振動センサ102は、シート状の振動センサ素材121を挟んで上下に信号電極層122及び接地電極層123を有し、信号電極層122及び接地電極層123にはそれぞれ上部引出電極124及び下部引出電極125が接続される。振動センサ102の少なくとも一部は、被覆カバー120で保護されている。振動センサ素材121としては、フッ素系の有機薄膜強誘電体材料であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)を使用することができる。圧電センサ102は、例えば、ピエゾ素子であり、機械的な力(僅かな力)が印加されると、振動センサ素材121に起電力が発生し、振動センサ素材121に蓄積された電荷を電流電圧変換し、電気信号として取り出すことができる。
図16に示す指輪部材110が導電性材料で構成されている場合、圧電センサ102の上部引出電極124及び下部引出電極125は、指輪部材110に接続され、圧電センサ102が取得した生体振動信号は、指輪部材110を介して情報処理手段103などに入力されてもよい。また、上部引出電極124及び下部引出電極125は、図16又は図17に示す情報処理手段103、通信手段104、記憶手段106などの入力端子に直接接続されてもよい。
[実施例4]
本実施例では、指輪型の生体振動信号測定装置を被験者の人差し指付根、人差し指腹、薬指付根に装着し、手指の生体振動信号を測定し、手指の生体振動信号から心拍に関する情報を分離抽出した。振動センサは、コンデンサ型の圧電素子であり、金属電極(20mmφの電極)に15mmφの圧電体を挟んだ3層構造であり、皮膚と接触する側の金属板は円形ゴムで保護されており、ゴムを介して間接的に皮膚に接触し、振動を検出した。
同様に、腕輪型の生体振動信号測定装置を被験者の手首に装着し、振動センサを手首中央(図17の尺骨動脈113と橈骨動脈114の間)に配置した場合と、橈骨動脈114上に配置した場合に手首から得られる生体振動信号を測定した。
心臓から押し出された血液による拍動は、動脈の壁や血液を伝わって手足の末梢まで届くため、手指や手首の血管は、血液の流入によって生じる容積変化が生じ、血管運動反応を測定することによって、心臓や呼吸の動きを捉えることができる。かかる血管運動反応は、手指又は手首の表面を通じて振動波として圧電センサに伝わり、圧電センサでμVオーダーの起電力が発生する。この信号には、心拍、呼吸等の所望する情報に加えて、障害となる雑音信号も含まれるので、その後の信号処理アルゴリズム(電子回路及びソフトウェア)を用いて心拍、呼吸等の情報を分離抽出した。また、比較のため、被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測するともに、熱線型呼吸流速計により呼吸パターンの実測値を同時に計測した。
図19(A)は、左側から順にそれぞれ、被験者の人差し指付根、人差し指腹、薬指付根で検出した生体振動信号の原信号である。図19(B)は、その処理後信号(全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分処理した後)の波形である。図19(B)に示されるように、処理後信号は、ヒトの手指のいずれの部位であれ、同程度の強度で現れることが分かる。
図20(A)は、左側から順に、被験者の手首中央で検出した生体振動信号の原信号、手首親指側の橈骨動脈で検出した生体振動信号の原信号である。図20(B)は、その処理後信号(全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分処理した後)の波形である。図20(B)に示されるように、手首中央前の処理後信号は、橈骨動脈の処理後信号より振幅が小さく、手首の部位によって、取得可能な生体振動信号の強度が大きく異なることが分かる。
図21(A)は、手指の生体振動信号(信号処理後の波形)から得られた心拍動パルスの例を示す。図21(B)は、比較のため測定した心電図から得られた心拍動パルスであり、図21(C)は、比較のため測定した実測した呼吸パターン(呼吸流速波形)である。
[実施例5]
本実施例では、指輪型の生体振動信号測定装置を被験者の人差し指付根に装着し、被験者を仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢の状態にして、手指の生体振動信号を測定し、手指の生体振動信号から心拍に関する情報と呼吸に関する情報を分離抽出し、位相コヒーレンスを算出した。振動センサは、実施例4と同様であり、ゴムを介して間接的に皮膚に接触し、振動を検出した。また、比較のため、被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測するともに、熱線型呼吸流速計により呼吸パターンの実測値を同時に計測した。
手指及び手首の生体振動信号、心電図、呼吸流速波形は、100Hz〜1000Hzでサンプリングして保存した。生体振動信号は、心拍検出用と呼吸検出用の特定のデジタルフィルタを用いて信号処理を行った。生体振動信号に高周波バンドパスフィルタ(ハイパスフィルタでもよい)をかけた後、時定数0.1〜0.2秒で全波整流積分を行い心拍由来の振動成分のみを抽出し、この波形のピークを求めるため、全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分し、閾値を設定してピーク(心拍動パルス)を検出し、そのピークの間隔から拍動間隔を求めた。ここでは、心電図から求めた心拍間隔をRRI、生体振動信号から求めた心拍間隔をBBIと称する。また生体振動信号に低周波のバンドパスフィルタ(ローパスフィルタでもよい)をかけ呼吸由来の振動成分を抽出し、呼吸パターンを推定した。RRIならびにBBIをスプライン補間により10Hzで再サンプリングした。熱線型呼吸流速計により実測した呼吸パターンと生体振動信号から推定した呼吸パターンも10Hzで再サンプリングした。呼吸性不整脈と呼吸パターンをヒルベルト変換し、解析信号から瞬時位相を求め、その位相差Ψから位相コヒーレンスλを算出した。位相コヒーレンスは10秒の計算窓で5秒ずつシフトさせながら求めた。
図22は、「仰臥位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号から得られた各種信号αと心電図又は実測の呼吸パターンから得られた各種信号βとを比較した図である。図22(A)は、上側に人差し指付根の生体振動信号から得られた心拍動パルス(波形α)、下側に心電図から得られた心拍動パルス(波形β)を示した。図22(B)は、人差し指付根の生体振動信号から推定した呼吸パターン(波形α)と、実測した呼吸パターン(波形β)とを示す。図22(C)は、人差し指付根の生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(〇印)と、心電図から得られた心拍間隔(実線)とを示す。図22(D)は、人差し指付根の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈の振幅(波形α)と、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(波形β)とを示す。図22(E)は、人差し指付根の生体振動信号から推定した位相コヒーレンス(波形α)と、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(波形β)とを示す。
図22(A)に示すように、手指の生体振動信号から得られた心拍動パルス(波形α)は、実測した心電図から得られた心拍動パルス(波形β)と近似していた。図22(B)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸パターン(波形α)は、実測した呼吸パターン(波形β)と近似していた。また、図22(C)に示すように、手指の生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(〇印)は、心電図から同時計測で得られた心拍間隔RRI(実線)と酷似しており、信号処理によって、手指の生体振動信号から心拍間隔の変動を算出することができた。図22(D)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈(波形α)の振幅は、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(波形β)とほぼ一致していた。さらに、図22(E)に示すように、手指の生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンス(波形α)は、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(波形β)に近似していた。これらのことから、手指の生体振動信号を測定するだけで、心拍間隔の変動(呼吸性不整脈)、呼吸パターン及び位相コヒーレンスを算出することが可能であった。
図23は、「座位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号から得られた各種信号αと心電図又は実測の呼吸パターンから得られた各種信号βとを比較した図である。図23(A)から図23(E)に示す信号は、図22(A)から図22(E)に示すものと同様である。
図23(A)に示すように、手指の生体振動信号から得られた心拍動パルス(波形α)は、実測した心電図から得られた心拍動パルス(波形β)と近似していた。図23(B)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸パターン(波形α)は、若干の位相のずれはあるものの実測した呼吸パターン(波形β)と近似していた。また、図23(C)に示すように、手指の生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(〇印)は、心電図から同時計測で得られた心拍間隔RRI(実線)と酷似していた。図23(D)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈の振幅(波形α)は、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(波形β)とおおむね一致していた。さらに、図23(E)に示すように、手指の生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンス(波形α)は、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(波形β)と類似の変動を有する。
図24は、「立位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号から得られた各種信号αと心電図又は実測の呼吸パターンから得られた各種信号βとを比較した図である。図24(A)から図24(E)に示す信号の種類は、図22(A)から図22(E)に示すものと同様である。
図24(A)に示すように、手指の生体振動信号から得られた心拍動パルス(波形α)は、実測した心電図から得られた心拍動パルス(波形β)と近似していた。図24(B)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸パターン(波形α)は、若干の位相のずれはあるものの実測した呼吸パターン(波形β)と近似していた。また、図24(C)に示すように、手指の生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(〇印)は、心電図から同時計測で得られた心拍間隔RRI(実線)と酷似していた。図24(D)に示すように、手指の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈の振幅(波形α)は、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(波形β)とおおむね一致していた。さらに、図24(E)に示すように、手指の生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンス(波形α)は、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(波形β)と類似の変動を有する。
図25(A)は、「仰臥位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号(図22)から推定した心拍間隔BBI(上段)とそのパワースペクトル波形(下段)である。図25(B)は、「座位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号(図23)から推定した心拍間隔BBI(上段)とそのパワースペクトル波形(下段)である。図25(C)は、「立位姿勢」の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号(図24)から推定した心拍間隔BBI(上段)とそのパワースペクトル波形(下段)である。図25(A)乃至図25(C)の下段に示されるように、仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢の順に高周波成分(HF成分)が減弱していることがわかる。
図26は、仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢の被験者の人差し指付根で検出した生体振動信号から求めた位相コヒーレンスλと心拍間隔のパワースペクトルとの関係を示す図である。図26(A)は、仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢における位相コヒーレンスλと、図25下段のパワースペクトル波形におけるHF成分のパワー(ms2)との関係を示す。HF成分は周波数0.15Hz〜0.4Hzまでを積分して求めたものである。図26(B)は、仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢における位相コヒーレンスλと正規化されたHF成分(nHF)のパワー(%)との関係を示す。nHFはHF成分のパワーを平均のBBIで除したものである。図26(C)は、仰臥位姿勢、座位姿勢、立位姿勢における位相コヒーレンスλと低周波成分(LF成分)のパワー/高周波成分(HF成分)のパワーの比との関係を示す
一般に、高周波成分(HF成分)は呼吸によって生ずる副交感神経活動によって影響を受け、低周波成分(LF成分)は交感神経と副交感神経活動によって影響を受ける。このため、各姿勢におけるHF成分のパワーは、副交感神経機能の指標となり、各姿勢におけるLF成分のパワー/HF成分のパワーは、交感神経機能の指標となる。
図26(A)及び図26(B)に示されるように、位相コヒーレンスλは、HF成分のパワーに対して正の相関を示すことが分かった。一方、図26(C)に示されるように、位相コヒーレンスλは、LF成分のパワー/HF成分のパワーに対して負の相関を示すことが分かった。HFやnHFは心臓の副交感神経活動を反映すると言われている。また,LF/HFは交感神経活動を反映すると言われている。したがって,位相コヒーレンスλは心臓自律神経活動のバランスを表しており,0であれば交感神経活動の亢進を,1であれば副交感神経活動の亢進を間接的に示すことになる。図26に示すように、仰臥位姿勢では、位相コヒーレンスλが大きく、HF成分及びnHF成分が大きく、LF/HFは小さくなっており、座位姿勢では仰臥位姿勢に比べて位相コヒーレンスλが小さくなり、HF成分及びnHF成分も小さく、LF/HFは大きくなり、立位姿勢では位相コヒーレンスλ、HF成分及びnHF成分がさらに小さくなり、LF/HFはさらに大きくなっている。このように、手指の生体振動信号から得られた生体情報は、自律神経の指標として利用可能である。
[実施例6]
本実施例では、腕輪型の生体振動信号測定装置を座位姿勢の被験者(ヒト)の上腕部(肘と肩の間)に40μm厚の薄型PVDFフィルムの両面のほぼ全面に1μm厚のカーボン電極を被着し、さらにその両面を25μm厚のPETフィルムでラミネート加工することによりPVDFフィルムを保護し、さらに電磁シールドを目的として、その両面をアルミニウム薄膜(アルミニウム薄膜とPETの重ね膜)で覆って最終的なセンサ(幅8cm,長さ12cm、厚さ0.5mm)を構成した。本シートセンサを上腕部の半円周分を巻き付け装着して、上腕の生体振動信号(脈波)を測定し、上腕の生体振動信号(脈波)から心拍に関する情報と呼吸に関する情報を分離抽出し、位相コヒーレンスを算出した。上腕部に振動センサを内側に実装したバンドを巻き付けて装着した。振動センサは、厚さ数ミクロン程度の薄い有機薄膜シート状フィルムを介して間接的に皮膚に接触し、振動を検出した。また、比較のため、被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測した。
図27は、上腕部で検出した生体振動信号から得られた各種信号(実線、×)と心電図から得られた各種信号(点線、〇)とを比較した図である。図27(A)は、上腕部の生体振動信号から得られた心拍動パルス(実線)と、心電図から得られた心拍動パルス(点線)を示した。図27(B)は、上腕部の生体振動信号のピークから推定した心拍間隔BBI(×)と、心電図のピークから得られた心拍間隔RRI(〇)とを示す。図27(C)は、上腕部の生体振動信号のピーク値間隔の変動から推定した呼吸パターン(実線)と、心電図のピーク値間隔(心拍間隔)の変動から推定した呼吸パターン(点線)とを示す。図27(D)は、上腕部の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈の振幅(実線)と、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(点線)とを示す。図27(E)は、上腕部の生体振動信号から推定した位相コヒーレンス(実線)と、心電図から算出した位相コヒーレンス(点線)とを示す。
図27(A)に示すように、上腕部の生体振動信号から得られた心拍動パルス(実線)は、実測した心電図から得られた心拍動パルス(点線)と近似していた。図27(B)に示すように、上腕部の生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(×)は、心電図から同時計測で得られた心拍間隔RRI(〇)と酷似しており、信号処理によって、上腕部の生体振動信号から心拍間隔の変動を算出することができた。また、図27(C)に示すように、上腕部の生体振動信号から推定した呼吸パターン(実線)と、心電図から推定した呼吸パターン(点線)とでは波形が若干異なっており、同じアルゴリズムによる呼吸パターンの算出は本実施例では適切ではなかった。図27(D)に示すように、上腕部の生体振動信号から推定した呼吸性不整脈(実線)の振幅は、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(点線)とほぼ一致していた。さらに、図27(E)に示すように、上腕部の生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンス(実線)と心電図から算出した位相コヒーレンス(点線)とは、部分的に大きなずれがあるものの、相関している部分もあり、上腕の生体振動信号から傾向を把握することは可能である。これらのことから、上腕の生体振動信号を測定するだけで、少なくとも心拍間隔の変動(呼吸性不整脈)、呼吸パターン及び位相コヒーレンスを算出することが可能であった。
[実施例7]
本実施例では、実施例6と同じように、矩形の薄型センサ(幅5cm、長さ5cm程度)を製作し、それをゴム系のバンドに内蔵させたヘッドバンド型の生体振動信号測定装置を座位姿勢の被験者(ヒト)の頭部(こめかみ)に装着して、こめかみの生体振動信号を測定し、こめかみの生体振動信号から心拍に関する情報と呼吸に関する情報を分離抽出し、位相コヒーレンスを算出した。頭部に振動センサを内側に実装したヘッドバンドを巻き付けて装着した。振動センサは、ゴムを介して間接的にこめかみの皮膚に接触し、振動を検出した。また、比較のため、被験者の胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測した。
図28は、こめかみで検出した生体振動信号から得られた各種信号(実線、×)と心電図から得られた各種信号(点線、〇)とを比較した図である。図28(A)は、こめかみの生体振動信号から得られた心拍動パルス(実線)と、心電図から得られた心拍動パルス(点線)を示した。図28(B)は、こめかみの生体振動信号のピークから推定した心拍間隔BBI(×)と、心電図のピークから得られた心拍間隔RRI(〇)とを示す。図28(C)は、こめかみの生体振動信号のピーク値間隔の変動から推定した呼吸パターン(実線)と、心電図のピーク値間隔の変動から推定した呼吸パターン(点線)とを示す。図28(D)は、こめかみの生体振動信号から推定した呼吸性不整脈の振幅(実線)と、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(点線)とを示す。図28(E)は、こめかみの生体振動信号から推定した位相コヒーレンス(実線)と、心電図から算出した位相コヒーレンス(点線)とを示す。
図28(A)に示すように、こめかみの生体振動信号から得られた心拍動パルス(実線)は、実測した心電図から得られた心拍動パルス(点線)と近似していた。図28(B)に示すように、こめかみの生体振動信号から推定した心拍間隔BBI(×)は、心電図から同時計測で得られた心拍間隔RRI(〇)と酷似しており、信号処理によって、こめかみの生体振動信号から心拍間隔の変動を算出することができた。また、図28(C)に示すように、こめかみの生体振動信号から推定した呼吸パターン(実線)と、心電図から推定した呼吸パターン(点線)とでは波形が若干異なっており、同じアルゴリズムによる呼吸パターンの算出は本実施例では適切ではなかった。図28(D)に示すように、こめかみの生体振動信号から推定した呼吸性不整脈(実線)の振幅は、心電図から得られた呼吸性不整脈の振幅(点線)とほぼ一致していた。さらに、図28(E)に示すように、こめかみの生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンス(実線)と心電図から算出した位相コヒーレンス(点線)とは、部分的にずれがあるものの、相関している部分もあり、こめかみの生体振動信号から傾向を把握することは可能である。これらのことから、こめかみの生体振動信号を測定するだけで、少なくとも心拍間隔の変動(呼吸性不整脈)、呼吸パターン及び位相コヒーレンスを算出することが可能であった。
本発明の一形態の指輪型、腕輪型又はバンド型の生体振動信号測定装置によれば、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差の位相コヒーレンスが、δ波の振幅と相関関係があることを利用して睡眠状態を測定することができる。位相コヒーレンスは、呼吸周波数の影響を受けにくいため、より正確に睡眠状態を測定することができる。また、本発明の一形態の指輪型、腕輪型又はバンド型の生体振動信号測定装置によれば、被験者に負担が少なく、ストレスを感じにくく、より簡便な睡眠状態測定装置を提供できる。位相コヒーレンスは、リアルタイムに測定することができ、ノンレム睡眠時間の発生時点やノンレム―レム睡眠のリズム周期を測定することができ、睡眠状態を的確に把握することができる。また、同時に呼吸パターンを測定又は抽出しているので、睡眠時の無呼吸状態を検出することも可能である。さらに、被験者の呼吸性不整脈の大きさも測定できるので、睡眠状態について補助的な判断指標とすることも可能である。
さらに、本発明の一形態の指輪型、腕輪型又はバンド型の生体振動信号測定装置を備えた睡眠状態測定装置を構成する場合、睡眠状態測定装置は、算出した位相コヒーレンスに基づいて、睡眠状態等を判定する判定機能を有していてもよい。判定機能としては、例えば、算出した位相コヒーレンスを閾値と比較して、閾値よりも大きい場合は深い睡眠であると判定し、小さい場合は浅い睡眠と判定してもよいし、位相コヒーレンスが閾値よりも大きい値だった時間で睡眠の品質を評価してもよいし、位相コヒーレンスの変動の周期によって睡眠の品質を評価してもよい。閾値は、予め定めた数値であってもよいし、計測対象の過去に算出した位相コヒーレンスの数値から特定してもよいし、複数の数値を設定し、段階的に睡眠の質を評価してもよい。さらに、生体振動信号測定装置が備える情報処理手段が判定機能を有し、睡眠中の呼吸状態を判定することもできる。例えば、呼吸パターンの取得方法にもよるが、いずれの取得方法であっても、中枢性睡眠時無呼吸(脳の呼吸中枢の異常等により呼吸運動が停止して起こる無呼吸)については、呼吸運動が停止するので呼吸パターンが検出できなくなるので、無呼吸状態であることを判定できる。さらに、呼吸による空気の流れを計測して呼吸パターンを取得した場合は、呼吸の気流が停止して呼吸パターンが検出されなくなるので、中枢性睡眠時無呼吸だけではなく、閉塞性睡眠時無呼吸(呼吸運動はあるが気道の閉塞等による無呼吸)も判定できる。生体振動信号測定装置の表示出力手段は、判定機能で判定した睡眠状態等の結果を出力してもよい。
さらに、位相コヒーレンスは、睡眠状態だけではなく、心理ストレスの評価にも利用することができるため、本発明の位相コヒーレンス算出機能を備えた生体振動信号測定装置は、ストレス状態測定装置を構成することもできる。
本発明の生体振動信号測定装置は、さまざまな装飾品電子機器等に組み込んで使用することができる。例えば、腕輪、腕時計、指輪に振動を計測するセンサを組み込み、使用者のストレス状態を計測してもよい。また、生体振動信号測定装置で取得した生体振動信号や、得られた生体情報を通信手段を介して、携帯端末、コンピュータ等に位相コヒーレンス算出装置を組み込み、日常生活の種々の場面において心理ストレスを評価したり、車、電車、飛行機等に送信し、運転手の状態を管理することもできる。本発明の生体振動信号測定装置は、円柱形やヒト動物の体の一部に巻き付けたり、貼り付けたりすることにより、脈波等の生体信号を取得することができる。本装置に、Bluetooth(登録商標)やZigbee(登録商標)等の通信機能とバッテリー機能を組み込むことができる。この結果、本装置をトンネル工事や地下等で作業する作業員の体の一部に貼り付けることにより、作業員から作業中のリアルタイムで脈波等の生体振動信号を取得することによる作業員の健康管理にも活用することができる。また、女性の下着ブラジャーの一部に本装置を組み込んで、女性の心拍・呼吸等の生体信号を取得し、女性の健康管理に活用することもできるし、妊婦の腹帯の中に本センサを挿入して、妊婦の健康管理や、胎児の心拍や体動等の振動信号等の生体情報を取得することもできる。
本発明の生体振動信号測定装置は、ヒトからの生体情報取得に限らず、モルモット等の実験動物、犬、猫、兎、ハムスター等のペット用動物、牛、馬、羊等の家畜等の動物にも適用できる。適用箇所としては、首輪、腕輪、足環、耳輪等、上記動物の体の一部に装着して使うことが出来る。