[睡眠状態測定装置及び方法]
睡眠の状態は、脳波と眼球運動のパターンによって分類されている。脳波は脳の神経活動に伴う電位差によって発生する電流の時間的変化を記録した脳電図(Electroencephalogram、「EEG」)で計測される。覚醒状態において、安静時にはα波(周波数:8〜13Hz、振幅:約50μV)が主成分であるが、精神活動中はα波が抑制され、振幅の小さいβ波(周波数:14〜Hz、振幅:多くは約30μV以下)が現れる。浅い睡眠の段階ではα波が徐々に減少し、θ波(周波数:4〜8Hz)が現れ、深い睡眠中はδ波(周波数:1〜4Hz)が現れる。α波よりも周波数の速いβ波を速波と呼ぶこともある。また、α波よりも周波数の遅い脳波を徐波と呼ぶこともあり、θ波やδ波は徐波の一種である。
睡眠は、大きくはレム睡眠とノンレム睡眠に分類されるが、ノンレム睡眠は、さらにステージIからIVまでの4段階に分類される。ステージI(まどろみ期、入眠期)は、うとうとした状態であり、α波のリズムが失われ、徐々に平坦化する。ステージIIは、ステージIよりは眠りが深い状態であり、睡眠紡錘波(spindle)とK複合波が出現する。ステージIIIは、かなり深い睡眠であり、δ波が20%以上50%未満を占める。ステージIVは、δ波が50%以上を占める段階であり、最も深い睡眠状態である。ノンレム睡眠のステージIII及びIVは、脳波が徐波を示すことから徐波睡眠とも呼ばれる。一方、レム睡眠は、覚醒時に似た低振幅速波パターンの脳波を示すのに、覚醒させるために徐波睡眠よりも強い刺激を必要とする深い睡眠状態であり、急速眼球運動を伴う。睡眠状態は、通常、約90分の周期(睡眠周期)で変動し、ステージIから徐々に睡眠が深くなり、その後、一旦睡眠が浅くなり、レム睡眠に移行する。ただし、睡眠時間にも影響し、睡眠の前半ではノンレム睡眠が優勢であり、後半はレム睡眠が優勢となることが多い。上記のように、脳波における周波数1〜4Hzのδ波は、徐波睡眠において観察されることから、δ波を睡眠の深さの指標とすることができる。
本発明者らは、睡眠中の心拍間隔の変動と呼吸パターンの瞬時位相差の位相コヒーレンス(以下、「位相コヒーレンス」という)が、睡眠中の脳波におけるδ波と相関していることを発見し、位相コヒーレンスを計測することにより、睡眠状態を測定できることを発明したのである。図1は、睡眠中の検体の脳波におけるδ波の振幅(δ)と位相コヒーレンス(λ)の時間的変化を示すものである。図1から、δ波の振幅が大きくなると位相コヒーレンス(λ)が1に近づき、δ波の振幅が小さくなると位相コヒーレンス(λ)が0に近づく傾向があり、両者の相関関係が確認された。被験者11名による計測では、λとδ波との相関係数の平均は0.53であり、その標準偏差は0.10であった。また,λの変化はδ波の変化に平均で11.6分先行していた。
位相コヒーレンスは、2つの信号間の位相差のばらつきの程度を示すものであり、本発明においては、呼吸由来の心拍間隔の変動の位相差と呼吸パターンの位相差とのばらつきの程度を示す。心拍間隔は、呼吸性不整脈(RSA)により、息を吸ったとき(吸気時)に短くなり、息を吐いたとき(呼気時)に長くなることから、心拍間隔は呼吸の影響により呼吸パターンと類似の周期で変動する。そして、上記の発見によれば、睡眠の深度が深い場合(δ波が優勢の場合)は、心拍間隔の変動と呼吸パターンの位相差のばらつきは少なく(位相コヒーレンスが1に近い)、睡眠の深度が浅くなるとばらつきが大きくなる(位相コヒーレンスが0に近い)。
位相コヒーレンスは、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を各心拍間隔の情報及び呼吸パターンから算出することが可能である。各心拍間隔の情報は、心拍の情報を含んだ生体情報から取得することができる。心拍の情報を含んだ生体情報とは、例えば、心拍に伴う活動電位の時間的変化を計測した心電図、心拍に伴う振動の時間的変化を計測した心弾動図波形、動物の振動(心弾動を含む)の時間的変化を計測した生体振動信号等が利用可能である。また、呼吸パターンは、呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から取得することもできる。呼吸パターンの情報を含んだ生体情報とは、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値、心電図、心弾動図波形、生体振動信号等が利用可能である。心電図は、心拍に伴う心筋活動電位の時間的変化を体表面から計測するものであるが、呼吸に伴う体表面電位の時間的変化も含むものであり、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。また、心弾動図波形は、心拍に伴う振動の時間的変化を計測するものであるが、呼吸に伴う振動の時間的変化も含むものであり、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。また、生体振動信号は、動物の振動を計測するものであり、かかる振動には、心拍に伴う振動、呼吸に伴う振動も含まれており、心拍の情報及び呼吸パターンの情報の両方を含む生体情報である。心電図、心弾動図波形又は生体振動信号の一つ又は複数を組み合わせて、位相コヒーレンスの算出に必要なレベルで心拍の情報又は呼吸パターンの情報を抽出し、抽出した心拍の情報又は呼吸パターンの情報に基づいて位相コヒーレンスの算出に利用することができる。
位相コヒーレンスは、呼吸に伴う心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)と呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)とを算出し、これらの差(瞬時位相差)を算出し、算出された瞬時位相差を使用して算出される。心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)は、心拍間隔のデータから呼吸に伴う心拍間隔変動の時間的変化(S(t))を算出し、心拍間隔変動の時間的変化(S(t))を下記式(2)で表されるヒルベルト変換により解析信号にすることによって算出できる。なお、式(2)及び式(3)のH[…]はヒルベルト変数である。
また、呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)は、呼吸パターンの情報から、呼吸パターン時間的変化(R(t))を算出し、呼吸パターンの時間的変化(R(t))を下記式(3)で表されるヒルベルト変換することによって算出できる。
瞬時位相差Ψ(t)は、式(2)及び式(3)によって算出された心拍間隔の変動の瞬時位相ψh(t)及び呼吸パターンの瞬時位相ψr(t)を用いて、次の式(4)で算出できる。
Ψ(t)=ψh(t)−ψr(t)+2nπ (4)
ここで、nは−π≦Ψ≦πとなる適当な整数である。
そして、これらから時刻tk における位相コヒーレンスを下記式(1)から算出することができる。式(1)のNはサンプリングされたデータ数であり、N個平均して求める。
位相コヒーレンスを利用した睡眠状態測定装置1は、図2に示すように、少なくとも情報取得部2及び情報処理部3を備えている。さらに睡眠状態測定装置1は、操作部4、出力部5及び記憶部6を備えていてもよい。
情報取得部2は、位相コヒーレンスの算出に必要な情報を取得するものであり、動物を計測するためのセンサ及びセンサの情報を有線又は無線で入力する入力部を含む構成であってもよいし、すでに計測済みの情報が記録された他の記録媒体からの情報を有線又は無線で入力可能な入力部を含む構成であってもよい。すなわち、情報取得部2は、少なくとも情報を入力する入力部を備えており、場合によっては入力部と有線又は無線で接続された生体情報を計測するためのセンサを備えていてもよい。センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。
情報処理部3は、入力された情報を処理するものであり、例えば、コンピュータのCPU(中央処理装置)の演算処理機能を利用することができる。また、情報処理の中には、デジタル回路ではなくアナログ回路で実現することも可能である。例えば、情報処理として周波数フィルタを行う場合は、コンデンサや抵抗及びオペアンプ等で構成されたローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)のアナログフィルタで実現してもよいし、CPUの演算処理機能によってフィルタリングを行なうデジタルフィルタで実現してもよい。情報処理部3は、情報処理の種類に応じて、デジタル回路とアナログ回路の両方を含んでいてもよいし、入力される情報がアナログであれば、アナログ−デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。情報処理部3は、入力される情報によって必要となる機能又は処理が異なるが、少なくとも心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する位相コヒーレンス算出機能を有している。なお、位相コヒーレンス算出機能を有する装置を「位相コヒーレンス算出装置」と呼び、本発明の睡眠状態測定装置1も位相コヒーレンス算出装置の一種である。
位相コヒーレンスを算出するためには、例えば、次のような情報を入力して算出することができる。A)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を入力し、情報処理部3が位相コヒーレンス算出機能によって入力された瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。B)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動の瞬時位相及び呼吸パターンの瞬時位相を入力し、情報処理部3が、両者の瞬時位相差を算出する瞬時位相差算出機能を有し、瞬時位相差算出機能によって両者の瞬時位相差を算出し、算出された瞬時位相差を用いて位相コヒーレンス算出機能によって位相コヒーレンスを算出する。C)情報取得部2に、同一時系列における心拍間隔の変動及び呼吸パターンを入力し、情報処理部3が、瞬時位相算出機能を有し、瞬時位相算出機能によって心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相を算出し、算出された瞬時位相を用いて瞬時位相差算出機能及び位相コヒーレンス算出機能によって位相コヒーレンスを算出する。D)情報取得部2に、心拍に関する情報を含んだ生体情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報を入力し、情報処理部3が、心拍間隔算出機能及び呼吸パターン算出機能を有し、心拍間隔算出機能によって心拍の情報を含んだ生体情報から心拍間隔の変動を算出し、呼吸パターン算出機能によって呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から呼吸パターンを算出し、その後、上記C)と同様の処理を行う。E)情報取得部2に、心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報を入力し、情報処理部3が、かかる生体情報から心拍の情報又は呼吸パターンの情報を検出又は抽出する機能を有し、検出又は抽出した心拍の情報又は呼吸パターンの情報を用いてその後の処理をしてもよい。
さらに、情報処理部3は、算出した位相コヒーレンスに基づいて、睡眠状態等を判定する判定機能を有していてもよい。判定機能としては、例えば、算出した位相コヒーレンスを閾値と比較して、閾値よりも大きい場合は深い睡眠であると判定し、小さい場合は浅い睡眠と判定してもよいし、位相コヒーレンスが閾値よりも大きい値だった時間で睡眠の品質を評価してもよいし、位相コヒーレンスの変動の周期によって睡眠の品質を評価してもよい。閾値は、予め定めた数値であってもよいし、計測対象の過去に算出した位相コヒーレンスの数値から特定してもよいし、複数の数値を設定し、段階的に睡眠の質を評価してもよい。さらに、情報処理部3の判定機能によって、睡眠中の呼吸状態を判定することもできる。例えば、呼吸パターンの取得方法にもよるが、いずれの取得方法であっても、中枢性睡眠時無呼吸(脳の呼吸中枢の異常等により呼吸運動が停止して起こる無呼吸)については、呼吸運動が停止するので呼吸パターンが検出できなくなるので、無呼吸状態であることを判定できる。さらに、呼吸による空気の流れを計測して呼吸パターンを取得した場合は、呼吸の気流が停止して呼吸パターンが検出されなくなるので、中枢性睡眠時無呼吸だけではなく、閉塞性睡眠時無呼吸(呼吸運動はあるが気道の閉塞等による無呼吸)も判定できる。
操作部4は、使用者が睡眠状態測定装置1を操作するためのスイッチ、タッチパネル、ボタン、つまみ、キーボード、マウス、音声入力用マイク等の操作端子が設けられている。また操作部4には、操作内容等を表示するディスプレイが設けられていてもよい。出力部5は、算出した位相コヒーレンスを出力してもよいし、位相コヒーレンス以外の生体情報を出力してもよいし、判定機能で判定した睡眠状態等を出力してもよい。出力部5としては、結果を画像で表示するディスプレイ、結果を紙で出力するプリンター、結果を音声で出力するスピーカー、結果を電子情報で出力する有線又は無線の出力端子などを使用することができる。なお、出力部5としてのディスプレイを操作部4におけるタッチパネルや操作内容等を表示するディスプレイと兼用させる構成であってもよい。記憶部6は、情報取得部2で取得した情報や、情報処理部3で算出した結果、判定機能で判定した結果などを記憶することができる。
図3は、睡眠状態測定装置1の一例である。睡眠状態測定装置1は、センサ21、アナログ−デジタル変換回路31、心拍抽出手段32、呼吸波形抽出手段33、心拍間隔算出手段34、ヒルベルト変換フィルタ35、36、瞬時位相差算出手段37、位相コヒーレンス算出手段38、操作ボタン41、タッチパネル42、音声入力用マイク43、表示ディスプレイ44、無線通信手段45、スピーカー46、記録装置47を有している。
センサ21は、心拍に関する情報を含んだ生体情報及び呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものである。例えば、心拍に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして心電図計測用センサ又は振動を計測するセンサなどがあり、呼吸に関する情報を含んだ生体情報を検出するものとして心電図計測用センサ、振動を計測するセンサ又は呼吸センサなどがある。図3においては1つであるが、複数種類のセンサを含んでいてもよい。心電図計測用センサ又は振動を計測するセンサは、心拍に関する生体情報も呼吸に関する生体情報も含む信号を検出できるものであり、1つのセンサで両方検出することが可能であるが、何れかの生体情報を別のセンサで検出してもよい。心電図計測用センサの場合は、ディスポーザブル電極を用いて専用の電子回路を生体の胸部に貼付して計測することが好ましく、電極によって心電図波形が計測される。導出法は単極誘導または双極誘導でも良い。
また、振動を計測するセンサは、接触式でも非接触式でもよく、接触型の振動を計測するセンサの場合は、動物に直接又は間接的に接触させて配置することによって、心弾動図波形又は生体振動信号を検出することができる。心弾動図波形又は生体振動信号を検出するための接触型の振動を計測するセンサは、振動を発生する種々の生物に直接又は近傍に配置され、生物からの振動を検出し電気信号として出力できれば足りる。振動を計測するセンサとしては、圧電センサとしてピエゾ素子が好適に用いられるが、その他のセンサ、例えば高分子圧電体(ポリオレフィン系材料)を用いてもよい。ピエゾ素子の素材としては、例えば、多孔性ポリプロピレンエレクトレットフィルム(ElectroMechanical Film(EMFI))、またはPVDF(ポリフッ化ビニリデンフィルム)、またはポリフッ化ビニリデンと三フッ化エチレン共重合体(P(VDF−TrFE))、又はポリフッ化ビニリデンと四フッ化エチレン共重合体(P(VDF−TFE))を用いてもよい。圧電センサとしては、フィルム状であることが好ましい。さらに、圧電センサの場合、動物を拘束せずに心弾動図波形又は生体振動信号を取得することが可能であり、よりストレスフリーで測定できるので好ましい。ただし、圧電センサは、リストバンド、ベルト、腕時計に取り付けて、動物に装着して利用することもできる。また、その他の種類の振動を計測するセンサとして、例えば、高感度の加速度センサを用いて、腕時計、携帯端末のように体と接触させて、あるいはベッド、椅子等の一部に加速度センサを設置して心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよいし、チューブ内の空気圧又は液体圧の変化を圧力センサ等で検知して、心弾動図波形又は生体振動信号を取得してもよい。さらに、振動を計測するセンサとして、マイクロ波等を用いた信号受発信に伴って非接触で心弾動図波形又は生体振動信号を取得できる非接触式のセンサを利用してもよい。マイクロ波としてはマイクロ波ドップラーセンサ、UWB(ウルトラワイドバンド)インパルスの反射遅延時間を測定し、対象物との距離を測定する受信波による心弾動図波形又は生体振動信号、マイクロ波以外の電磁波を用いて得られた心弾動図波形又は生体振動信号、LED光を使った反射又は透過光から得られる心弾動図波形又は生体振動信号、さらには、超音波の反射波から得られる心弾動図波形又は生体振動信号を使用してもよい。これらのマイクロ波等を用いたセンサは、小型化が可能であり、非接触かつ非拘束で信号を取得でき、遠隔から信号を取得できる。なお、加速度センサも小型化が可能である。
呼吸センサの場合は、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値等によって呼吸パターンの時間変化が計測される。センサ21で検出した信号は、有線又は無線で睡眠状態測定装置1のアナログ−デジタル変換回路31に入力される。図4(A)の上側のグラフは、心電図計測用センサで計測された心電図波形である。
アナログ−デジタル変換回路31は、センサ21からのアナログ信号をデジタル信号に変換する回路である。センサ21内にアナログ−デジタル変換回路31を設けてもよいし、センサ21がデジタル信号を検出できる場合には設けなくてもよい。また、センサ21からのアナログ信号をフィルタリング等の処理を行った後にアナログ−デジタル変換回路31によってデジタル信号に変換してもよい。
心拍抽出手段32は、センサ21で検出した信号から心拍に関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適宜適当な処理が選択される。心電図波形や心弾動図波形が入力された場合、通常、心電図波形や心弾動図波形には呼吸の影響を受けているため、呼吸の成分を取り除くための処理を行うことが好ましいが、心拍間隔の算出に問題がなければ心拍抽出手段を使用しなくてもよい。また、生体振動信号が入力された場合、通常、生体振動信号には、心臓の拍動による心弾動だけではなく、呼吸による振動や、体動、発声、外部環境等に基づく振動も含まれる場合があり、これらのノイズを除去する処理を行うことが好ましい。かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、バンドパスフィルタ(BPF)を通過させてもよい。心拍抽出手段32のBPFは、通過域の下限周波数が0.5Hz以上、0.6Hz以上、0.7Hz以上、0.8Hz以上、0.9Hz又は1Hz以上であることが好ましく、上限周波数が10Hz以下、8Hz以下、6Hz以下、5Hz以下、3Hz以下であることが好ましく、これらの下限周波数の何れかと上限周波数の何れかを組み合わせた通過域を持つことが好ましい。心拍抽出手段32の下限周波数が、呼吸波形抽出手段33の上限周波数と同じであってもよいし、呼吸波形抽出手段33の上限周波数よりも低く、心拍抽出手段32の通過域の一部が呼吸波形抽出手段33の通過域と重畳していてもよい。また、心拍間隔抽出方法として、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましく、さらに好ましくは、定期的又は不定期に、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましい。例えば、心弾動図波形又は生体振動信号もしくはこれらの信号に前処理(例えば、ノイズ除去、強調処理等)したもの(心弾動図波形又は生体振動信号に由来する信号)について、パワースペクトルを求め、0.5Hz以上から密度を検索して最初のピークを同定し、そのピークが所定の閾値(例えばピークの半値幅)まで低下する低周波側および/又は高周波側の周波数の帯域を通過周波数としても良い。パワースペクトルは、例えばフーリエ変換することにより求めることができる。このように、取得した心弾動図波形又は生体振動信号から求めた上限周波数又は下限周波数のフィルタを用いて信号処理を行うことにより、取得した生体に特有の生体情報や取得時の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができ、リアルタイムで位相コヒーレンスを算出できた。なお、センサ21の一部に呼吸センサを使用していた場合には、呼吸センサからの信号は、心拍抽出手段32に入力する必要はない。
さらに、心弾動図波形から心拍間隔を算出する方法として、心弾動図波形を心拍の周波数よりも高い周波数を下限周波数とするハイパスフィルタ(HPF)を通過させ、HPF後の信号について絶対値をとることにより、利用したHPFを通過した信号の包絡線信号から、心弾動図波形の各心拍動の山を得ることができ、そのピーク値または心拍動の山の開始時点から心拍間隔を求めることができる。通常の心拍の周波数は最大でも3Hz程度であるが、このハイパスフィルタの下限周波数は、5Hz以上であることが好ましく、10Hz、20Hz、30Hz、40Hzであってもよい。この信号処理方法で心拍間隔の変動を算出して得られた位相コヒーレンス(λ)の値は、心電図波形から求めた位相コヒーレンス(λ)の値に非常に近い値を得ることができた。また、HPF後の信号について絶対値をとった信号について、上記のパワースペクトルから求めた通過周波数のBPF(またはLPF)を利用することがより好ましい。さらに、HPFを通過させる前に、ノイズ除去の前処理等を行ってもよい。生体振動信号(心弾動図波形を含む)は心拍動に伴う振動波形を含むものであるが、呼吸運動に伴う振動成分が心拍動成分と重畳すると波形が安定せず、原波形からRRIに相当する一拍毎の拍動間隔を得るのは従来難しかった。本手法では心拍動の基本周波数成分と重畳した呼吸周波数成分を予め除去した後、心拍動由来の高周波振動成分から拍動間隔を求めることにより、より正確な拍動間隔を得ることができ、その結果、心拍間隔の変動である呼吸性不整脈の検出も正確になり、算出した位相コヒーレンスは心電図と実測呼吸から求めたものとほぼ一致する。
呼吸波形抽出手段33は、センサ21で検出した信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する手段であり、センサの種類又は入力される信号に応じて適宜適当な処理が選択される。センサ21の一部に呼吸センサを使用し、呼吸センサによって呼吸パターンが実測される場合には、呼吸波形抽出手段33を設けなくてもよいし、呼吸波形抽出手段33でノイズとなる信号を除去する処理を行ってもよい。心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号から呼吸パターンに関する信号を抽出する場合には、かかる処理としては、例えば、心電図波形や振動信号の強度をn乗(nは2以上の整数であり、nが奇数の場合は絶対値を取る)して強調処理した後、0.5Hz以下の周波数範囲の通過域を有するローパスフィルタ(LPF)を通過させてもよい。呼吸波形抽出手段33のLPFの遮断周波数は、0.3、0.4、0.6、0.7Hz、0.8Hzであってもよい。また、呼吸波形抽出手段33の遮断周波数は、心拍抽出手段32の下限周波数と同じであってもよいし、下限周波数よりも高くして通過域の一部が重畳していてもよい。また、呼吸波形抽出方法として、取得した心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましく、さらに好ましくは、定期的又は不定期に、取得した心弾動図波形又は生体振動信号からフィルタの上限周波数又は下限周波数を求めることが好ましい。心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号もしくはこれらの信号に前処理(例えばノイズ除去のフィルタや強調処理等)したものについて、パワースペクトルを求め、低周波側からパワースペクトル密度を検索して最初のピークを同定し、そのピークが所定の閾値(例えばピークの半値幅)まで低下する高周波側の周波数を遮断周波数としても良い。このように、取得した心電図波形、心弾動図波形又は生体振動信号から求めた上限周波数又は下限周波数のフィルタを用いて信号処理を行うことにより、取得した生体に特有の生体情報や取得時の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができ、リアルタイムで位相コヒーレンスを算出できた。また、LPFの代わりにBPFを通過させても良く、この場合、BPFの下限周波数は十分低い周波数であれば足り、例えば0.1Hzに設定してもよい。図4(A)の下側のグラフは、呼吸パターンを示すものであり、実線は心電図波形から抽出した呼吸パターンであり、点線は呼吸による空気の流れを計測した実測値である。図4(A)の下側のグラフより、心電図波形から抽出した呼吸パターンでも、周期は実測値と一致していることが確認できる。
図5は、8名の被験者で呼吸数を1分間に8、10、12、15、18、20、24回で変化させた時の心電図から抽出した推定呼吸周波数と、実測呼吸周波数の相関関係を示した図である。点線は呼吸周波数の95%信頼区間を示している。呼吸周波数が約0.4Hzを超えると95%信頼区間がidentity lineから外れ、過小評価されるが、0.4Hz未満では10%以内の精度で呼吸周波数を推定できる。図6は、図5の推定呼吸周波数を用いて算出した位相コヒーレンスλecgと実測呼吸周波数を用いて算出した位相コヒーレンスλの相関関係を示した図である。呼吸周波数が0.33Hz(20回/分)までは、9割以上の精度で位相コヒーレンスを求められた。
心拍間隔算出手段34は、心拍抽出手段32からの信号が入力され、心拍の間隔を算出する。心拍の間隔は、例えば心電図のP波、R波、T波又はU波の間隔、特にR波が鋭いピークを有するので、R波から次のR波までの間隔を計測することが好ましい。心弾動図波形や生体振動信号から抽出された心拍に関する信号の場合も、鋭いピークのR波に相当する波形の間隔を計測することが好ましい。図4(B)は、図4(A)の心電図から算出した心拍間隔の変動を示すグラフであり、縦軸が心拍間隔(ms)、横軸が時間(s)である。図4(B)から、心拍間隔が一定の周期で変動していることが確認できる。なお、呼吸性不整脈(RSA)の振幅も、心理ストレス等を評価する指標の一つとして利用可能であるが、後述するように、呼吸周波数によっても呼吸性不整脈(RSA)の振幅が変化するので、位相コヒーレンスによる評価と組み合わせて補助的又は追加的に評価するのが好ましい。また、心拍間隔算出手段34は、心拍に関する情報を含んだ生体情報から直接心拍の間隔を算出してもよい。この場合、心拍抽出手段32の機能を含む心拍間隔算出手段34であってもよいし、信号処理方法によっては、心拍抽出手段32を必要とせず、心拍に関する情報を含んだ生体情報から直接心拍の間隔を算出できる。
ヒルベルト変換フィルタ35は、心拍間隔の変動について瞬時位相と瞬時振幅を出力するものであり、ヒルベルト変換フィルタ36は、呼吸パターンについて瞬時位相と瞬時振幅を出力するものである。ヒルベルト変換は、アナログ回路で90度位相差分波器を実現しても良いし,有限インパルス応答型のデジタルフィルタで構成しても良い。ヒルベルト変換した信号と実信号を加えて解析信号を得て、解析信号の実部と虚部の比から瞬時位相を求めることができる。図4(C)の上側のグラフは、実線が心拍間隔の変動の瞬時位相であり、点線が呼吸パターンの瞬時位相であり、縦軸が位相(ラジアン)であり、横軸が時間(s)である。
瞬時位相差算出手段37は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との位相差(瞬時位相差)を算出し、結果を位相コヒーレンス算出手段38に出力する。位相コヒーレンス算出手段38では、上記のとおり、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差を用いて位相コヒーレンスを算出する。位相コヒーレンスを求める際のデータは最低でも呼吸1周期の窓長で計算する。図4(C)の下側のグラフは、算出した位相コヒーレンスλである。図4(C)では、常に位相コヒーレンスが1に近く、比較的ばらつきが少ない状態であることが確認できる。睡眠状態測定装置1は、さらに算出した位相コヒーレンスλから睡眠状態を判定する機能を有していてもよい。
操作ボタン41、タッチパネル42、音声入力用マイク43は、使用者が睡眠状態測定装置1を操作するための入力手段であり、睡眠状態測定装置1を作動させたり、必要な情報を出力させたりすることができる。表示ディスプレイ44、スピーカー46は、心拍、呼吸パターン、呼吸性不整脈、位相コヒーレンスλや、位相コヒーレンスλから推定される睡眠状態などを出力する出力手段として利用することができる。無線通信手段45は、算出した位相コヒーレンスλや睡眠状態の出力手段に利用してもよいし、センサ20からの信号を入力する入力手段として使用してもよい。または、音声で睡眠状態などを出力してもよい。記録装置47は、入力された情報、各種手段のプログラム、計測結果などが記録される。
睡眠状態測定装置1は、携帯端末(たとえば、携帯電話、スマートフォン等)とセンサで実現することもできる。センサ、例えば心電図センサにA/D変換回路と無線通信機能を設け、センサで検出した信号をA/D変換回路でデジタル信号に変換し、デジタル信号を無線通信機能によって携帯端末に送信する。無線通信機能としては、例えばBluetooth(登録商標)、Wi−fi(登録商標)などを利用することが好ましい。
本発明の睡眠状態測定装置1は、心拍間隔の変動の瞬時位相と呼吸パターンの瞬時位相との瞬時位相差の位相コヒーレンスが、δ波の振幅と相関関係があることを利用して睡眠状態を測定することができる。位相コヒーレンスは、後述するように、呼吸周波数の影響を受けにくく、より正確に睡眠状態を測定することができる。また、一つのセンサでも睡眠状態測定装置1を実現することが可能であり、使用者に負担が少なくストレスを感じにくい装置を提供できる。特に振動を計測するセンサの場合は動物を拘束せずに計測することが可能であり、より簡便な装置を提供できる。位相コヒーレンスは、リアルタイムに測定することができ、ノンレム睡眠時間の発生時点やノンレム―レム睡眠のリズム周期を測定することができ、睡眠状態を的確に把握することができる。また、同時に呼吸パターンを測定又は抽出しているので、睡眠時の無呼吸状態を検出することも可能である。さらに、被測定者の呼吸性不整脈の大きさも測定できるので、睡眠状態について補助的な判断指標とすることも可能である。
[位相コヒーレンス算出装置及び方法]
位相コヒーレンスは、睡眠状態だけではなく、心理ストレスの評価にも利用することができる。特に、本実施形態で説明する位相コヒーレンス算出装置は、少なくとも動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報から、心拍間隔の変動と呼吸パターンを取得して、位相コヒーレンスを算出する。
図7は、位相コヒーレンス算出装置11の概略ブロック図である。位相コヒーレンス算出装置11は、少なくとも生体情報取得手段12と、呼吸波形抽出手段13と、心拍間隔算出手段14と、位相コヒーレンス算出手段15とを含んでいる。さらに、位相コヒーレンス算出装置11は、図3に記載されたその他の手段を具備していてもよい。本実施形態における位相コヒーレンス算出装置11は、生体情報取得手段12が、少なくとも動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報を取得するものであり、かかる生体情報として、例えば、心電図、心弾動図波形又は生体振動信号が挙げられる。生体情報取得手段12は、動物を計測するためのセンサ及びセンサの情報を有線又は無線で入力する入力部を含む構成であってもよいし、すでに計測済みの情報が記録された他の記録媒体からの情報を有線又は無線で入力可能な入力部を含む構成であってもよい。すなわち、情報取得部2は、少なくとも情報を入力する入力部を備えており、場合によっては入力部と有線又は無線で接続された生体情報を計測するためのセンサを備えていてもよい。センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。
心電図から呼吸パターンを抽出し、心拍間隔の変動と呼吸パターンを取得できることは上記睡眠状態測定装置1の説明において詳述したとおりである。心弾動図波形又は生体振動信号の場合、振動を計測するセンサは、生体に直接接触させてもよいが、生体から振動が伝搬する部材(床、ベッド、椅子、机、衣服、靴、絨毯、シーツ、カバーなどを含む)に接触させてもよいし、非接触式の場合は生体から離間して配置してもよい。接触式の振動を計測するセンサが設置される部材は、生体から複数の部材を介在させたものでもよい。例えば、床の上、ベッドマットの上又は下、椅子の座板や背もたれの表面又は裏面、机の天板の表面又は裏面等に振動を計測するセンサを設置又は埋設してもよい。さらに、ベッドの脚において、床と接触する部位に設けられた保護部材の一つに、振動を計測するセンサを設けてもよいし、ベッドのフレーム、ヘッドボード又はサイドレール等に設けてもよいし、椅子の脚、ひじ掛け、フレーム等に設けてもよいし、机の脚、貫、幕板等に設けてもよい。また、トイレの便座又は便器に振動を計測するセンサを設けてもよく、便座又は便器の表面、裏側又は内部に振動を計測するセンサを配置することができる。例えば、便座の裏面における便器との接触箇所に設けられた緩衝部又は便器の表面における便座との接触箇所に振動を計測するセンサ部を配置してもよい。なお、振動を計測するセンサとしては、上記のとおり、圧電センサ、加速度センサ、圧力センサ、非接触式のセンサ等を使用することができる。
心弾動図波形又は生体振動信号の場合、心拍に関する情報と、呼吸に関する情報をそれぞれ抽出する必要がある。ローパスフィルタ(LPF)、バンドパスフィルタ(BPF)、ハイパスフィルタ(HPF)によって周波数で心拍に関する情報と、呼吸に関する情報を抽出することができる。より正確に心弾動図波形又は生体振動信号から心拍を求めるために、心弾動の伝達特性を算出し、逆伝達関数を推定することで心弾動図波形又は生体振動信号から心電図に相当する波形を求めることができる。逆伝達関数は、予め被測定者の心電図と心弾動とを測定し、伝達特性を調査してもよいが、心弾動図波形又は生体振動信号のみから伝達特性を推定することも可能である。心弾動図波形から低周波成分を除去した後にWiener フィルタなどを適用し、逆伝達関数と元の心弾動図波形を重畳積分して模擬心電図波形を得ることができる。また、心弾動図波形から心拍間隔を算出する他の方法として、心弾動図波形を心拍の周波数よりも高い周波数を下限周波数とするハイパスフィルタ(HPF)を通過させ、HPF後の信号について絶対値をとることにより、利用したHPFを通過した信号の包絡線信号から、心弾動図波形の各心拍動の山を得ることができ、そのピーク値または心拍動の山の開始時点から心拍間隔を求めてもよい。
図8(A)は、上側のグラフが心弾動図波形であり、下側のグラフが心弾動図波形から抽出された模擬心電図波形である。まず、心弾動図波形においても、鋭いピークが周期的に生じているので、そのピークの時刻(T)を求め、その時刻が心電図から得られるR波時刻と仮に推定し、心弾動図波形の鋭いピークを起点として、それに伴う心弾動図波形を所定の窓長(長くとも次のピークまで)の波形断片で切り出してまとめる。まとめた際にばらつきの大きい波形断片は、時刻(T)がR波時刻と一致していないとして排除することが好ましい。図8(B)の実線は、100個の波形断片を重ね合わせた際の平均であり、点線は標準偏差である。この実線を心電図と心弾動間の平均伝達特性とし、かかる伝達特性の逆伝達関数を用いて心弾動図波形から模擬心電図波形を得ることができた。このように、心弾動の伝達特性を算出し、逆伝達関数を推定することで心弾動図波形又は生体振動信号から心電図に相当する波形を求めることでより正確に抽出することができる。特に、本発明の位相コヒーレンス算出装置及び睡眠状態測定装置は、心拍間隔の変動や、呼吸パターンの抽出を行うものであり、より正確に心電図に相当する波形を求めることは重要である。
また、心弾動図波形から呼吸に関する信号は、ローパスフィルタ(LPF)を通過させることで抽出したり、模擬心電図波形から呼吸由来の振幅変調を抽出したりすることで抽出できる。
センサで生体情報を計測する場合、サンプリング周波数は100Hz以上であることが好ましい。図9は、心電図波形を取得する際のサンプリング周波数として、1kHz、500Hz、200Hz、100Hz、50Hzと変化させた場合の位相コヒーレンスを比較した図である。1kHzでサンプリングした心電図の位相コヒーレンスと比較した二乗平均平方根誤差(Root Mean Square Error:RMSE)は、500Hzが0.028、200Hzが0.039、100Hzが0.045、50Hzが0.109であった。このように、100Hz以上のサンプリング周波数であれば、十分精度の高い位相コヒーレンスを得ることができる。
図10は、安静時と暗算課題時(ストレス状態)の心拍間隔の変動と呼吸パターンの瞬時位相の関係を示すものである。図10(A)は、安静時における心拍(実線)と呼吸(点線)の瞬時位相であり、(B)は、安静時の心拍と呼吸の瞬時位相のリサージュ図である。図10(C)は、暗算課題時(ストレス状態)における心拍(実線)と呼吸(点線)の瞬時位相であり、(D)は、暗算課題時の心拍と呼吸の瞬時位相のリサージュ図である。図10(E)は、安静状態から暗算課題を課したとき、および暗算課題終了後の呼吸性不整脈(RSA)の変化である。図10(F)は、安静状態から暗算課題を課したとき,および暗算課題終了後の位相コヒーレンスの変化であり、点線は、呼吸流速による実測の呼吸パターンを用いて算出された位相コヒーレンスであり、実線は、心電図から算出した呼吸パターンを用いて算出された位相コヒーレンスである。安静時の位相コヒーレンスは、0.69±0.12(95%信頼区間:0.63〜0.75)であり、暗算課題時の位相コヒーレンスは、0.45±0.17(95%信頼区間:0.41〜0.49)であり、安静時に比べて暗算課題時は有意に位相コヒーレンスが低下していた。図10から、瞬時位相差は、安静時では非常に安定しており、暗算課題などの精神ストレスを課すと呼吸性不整脈(RSA)の大きさが減弱するだけではなく、位相差が乱れることが確認できる。これは呼吸中枢により生成される呼吸振動子と自律神経支配下にある心拍振動子の協調関係がストレスにより攪乱されることを意味している。
図11は、自発的に呼吸周波数を変化させた場合の心拍間隔(RRI)、呼吸性不整脈の振幅(ARSA)、位相コヒーレンス(λ)及び呼吸周波数(fR)を示す図である。最初、呼吸数は1分当たり15回であったが、300sから、意識的に1分当たり25回に増やした。呼吸数が増えると呼吸性不整脈の振幅(ARSA)は小さくなるが、位相コヒーレンスはほとんど変化しない。呼吸性不整脈は自律神経の副交感神経活動に由来する生理現象であり、その振幅は副交感神経活動の緊張度を反映すると言われているが、図11のように、副交感神経活動の緊張度を変化させるのではなく、呼吸数を変化させただけでも呼吸性不整脈の振幅に影響するため、必ずしも呼吸性不整脈から自律神経活動を推定することはできなかった。この点、位相コヒーレンスは呼吸数を変化させても変化しないので、位相コヒーレンスから自律神経活動を推定することでより正確に自律神経活動を推定できる。このように,位相コヒーレンスを測定することで、呼吸周波数に依存せずにリアルタイムで被測定者の心理ストレス状態や睡眠状態を確認することが可能となる。さらに、被測定者の呼吸性不整脈の大きさも測定できるので、心理ストレス状態や睡眠状態について補助的な判断指標とすることができる。さらに、心拍間隔の変動も情報として取得することができるので、心拍間隔の変動の時間変化を周波数分析(フーリエ変換)することにより、遅いゆらぎの成分(LF)及び速いゆらぎの成分(HF)を求め、LH/HFを交感神経活動指標とし、HFを副交感神経活動指標として検出することも可能である。例えば、心拍間隔の変動の時間変化をフーリエ変換したパワースペクトルの0.04〜0.15Hzの成分をLFとし、0.15〜0.4Hzの成分をHFとして算出してもよい。これらの指標は、従来、心電図から得られたR波の心拍間隔の変動解析として用いられていたが、本発明においては、心電図のみではなく、心弾動図波形又は生体振動信号から得られた心拍間隔の変動においても、解析手法として用いることができ、交感神経・副交感神経活動の調節障害を調べることが可能となった。なお、本発明の睡眠状態測定装置において心電図を利用した場合に、これらの指標を同時に検出してもよい。
動物の心拍に関する情報を含んだ生体情報又は呼吸に関する情報を含んだ生体情報の信号処理方法として、生体情報に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求め、前記上限周波数又は下限周波数を遮断周波数とするフィルタを通過させる処理を含むことが好ましい。生体情報に由来する信号のパワースペクトルから上限周波数又は下限周波数を求めることにより、取得した生体に特有の生体情報や、生体情報を取得する際の体勢、体調、環境等の条件が反映され、個人差や取得時の条件に対応したフィルタを設定することができる。さらに、体勢、体調、環境等の条件は常に変化するので、定期的又は不定期に、フィルタの上限周波数又は下限周波数を更新することが好ましい。
心拍に関する情報を含んだ生体情報とは、例えば、心電図、心弾動図波形、動物の振動(心弾動を含む)の時間的変化を計測した生体振動信号等が利用可能であり、呼吸に関する情報を含んだ生体情報とは、例えば、呼吸による空気の流れを計測した実測値、呼吸に伴う胸郭インピーダンス変化を計測した実測値、呼吸による温度変化を計測した実測値、呼吸運動に伴う腹部の動きを計測した実測値、心電図、心弾動図波形、生体振動信号等が利用可能である。生体情報に由来する信号とは、これらの心拍に関する情報を含んだ生体情報又は呼吸に関する情報を含んだ生体情報それ自体だけではなく、生体情報に前処理(例えば、ノイズ除去、強調処理等)したものを含む。かかる信号処理方法は、例えば、上記睡眠状態測定装置において、心拍間隔算出機能によって心拍の情報を含んだ生体情報から心拍間隔の変動を算出したり、呼吸パターン算出機能によって呼吸パターンの情報を含んだ生体情報から呼吸パターンを算出したりする際に利用してもよいし、位相コヒーレンス算出装置において、動物の心拍に関する情報及び呼吸に関する情報の両方を含む生体情報から、心拍間隔の変動を算出したり、呼吸パターンを算出したりする際に利用してもよい。
[実施例]本実施例では、振動を計測するセンサとして、シート型圧電センサ(ピエゾ素子)を用いて生体情報を取得し、当該生体情報から位相コヒーレンスを求めた。また、同時に、被験者の心電図及び熱線型呼吸流速計により被験者の呼吸パターンを計測し、これらの生体情報からも位相コヒーレンスを求めた。
図12は、本実施例で使用したシート型圧電センサ210の構造である。シート型圧電センサ210は、シート状の振動センサ素材211を挟んで上下に正電極層212及び負電極層213を有し、さらにこれらを覆って外側カバー214、215で保護されている。振動センサ素材211としては、フッ素系の有機薄膜強誘電体材料であるポリフッ化ビニリデン(PVDF)を使用した。また、上下の電極から信号を取り出してもよいが、負電極層213は一定電位とし、振動センサ素材211の変位によって発生した信号を正電極層212から取り出すように構成することができる。外側カバー214、215は、外部からの各種雑音、特に電磁雑音を排除するため、一定電位に保持し、遮蔽層としてもよい。ここで遮蔽層を負電極層213と同一の電位とすることもでき、この場合には一部材で負電極層と保護カバーを兼用させることもできる。また、正電極層212又は負電極層213と、外側カバー214、215との間に、絶縁層(絶縁シート)を配置して、両者を絶縁してもよい。正電極層212及び負電極層213には図示しない取り出し端子がフィルタ回路などとともに実装組立されており、それぞれ電極に対して電圧の印加又は電極からの信号の出力を可能としている。圧電センサ210は、ピエゾ素子であり、機械的な力(僅かな力)が印加されると、振動センサ素材211に起電力が発生し、振動センサ素材211に蓄積された電荷を電流電圧変換し、電気信号として取り出すことができる。
本実施例では、シート型圧電センサ210をベッドのシーツ下に敷き、被験者には全く負担をかけずに、無拘束で生体信号をリアルタイムで分離抽出した。ベッドでの計測の場合はベッドマットレス上にシート型圧電センサ210を設置し、その上にシーツをかけ、ヒトが仰臥位で安静を取った。ヒトがベッドに寝ると、ヒトの心臓や呼吸の動きが、体内、及び体表面を通じて振動波としてセンサ210に伝わり、センサ210でμVオーダーの起電力が発生する。この信号には、心拍、呼吸等の所望する生体情報に加えて、障害となる雑音信号も含まれるので、その後の信号処理アルゴリズム(電子回路及びソフトウェア)を用いて心拍、呼吸等の生体情報を分離抽出した。また、被験者は、胸部に心電図用電極を貼付し、単極導出により心電図(ECG)を同時に計測した。さらに、被験者はフェイスマスクを装着し、熱線型呼吸流速計により呼吸パターンを同時に計測した。なお、シート型圧電センサ210を椅子の座位部(臀部下)の薄い座布団の下に敷き、被験者を座った状態で生体信号を検出することもできた。
生体振動信号ならびに心電図、呼吸流速波形を100Hzでサンプリングして保存した。生体振動信号は、心拍検出用と呼吸検出用の特定のデジタルフィルタを用いて信号処理を行った。生体振動信号に高周波バンドパスフィルタ(ハイパスフィルタでもよい)をかけた後、全波整流積分を行い心拍由来の振動成分のみを抽出し、この波形のピークを求めるため、全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分し、閾値を設定してピーク(心拍動パルス)を検出し、そのピークの間隔から拍動間隔を求めた。ここでは、心電図から求めた心拍間隔をRRI、生体振動信号から求めた心拍間隔をBBIと称する。また生体振動信号に低周波のバンドパスフィルタ(ローパスフィルタでもよい)をかけ呼吸由来の振動成分を抽出し、呼吸パターンを推定した。RRIならびにBBIをスプライン補間により10Hzで再サンプリングした。熱線型呼吸流速計により実測した呼吸パターンと生体振動信号から推定した呼吸パターンも10Hzで再サンプリングした。呼吸性不整脈と呼吸パターンをヒルベルト変換し、解析信号から瞬時位相を求め、その位相差Ψから位相コヒーレンスλを算出した。位相コヒーレンスは10秒の計算窓で5秒ずつシフトさせながら求めた。
図13(A)は、シート型圧電センサ210から得られた生体振動信号の原信号である。図13(B)は、原信号からの信号処理後(全波整流積分後の心拍由来の振動成分波形を微分処理した後)の波形である。図13(C)は、上側に心電図(点線)の心拍動パルス、下側に信号処理後の波形から得られた心拍動パルス(実線)を示した。図13(D)は、心電図から求めたRRI(点線)と生体振動信号から求めたBBI(実線)である。図13(E)は、実測した呼吸パターン(点線)と生体振動信号から推定した呼吸パターン(実線)である。図13(F)は、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンス(点線)と生体振動信号から推定した位相コヒーレンス(実線)である。図13(D)に示すように、心電図から同時計測で得られたRRIと生体振動信号から求めたBBIは酷似しており、信号処理により生体振動信号から心拍間隔の変動を算出することができた。また、図13(E)に示すように、実測した呼吸パターンと生体振動信号から推定した呼吸パターンもほぼ一致していた。さらに、図13(F)に示すように、心電図及び実測した呼吸パターンから算出した位相コヒーレンスと、生体振動信号のみから算出した位相コヒーレンスとはほぼ一致していた。これらのことから、生体振動信号を測定するだけで、心拍間隔の変動(呼吸性不整脈)、呼吸パターン及び位相コヒーレンスを算出することが可能であった。
図14は、心電図のパワースペクトル密度(点線)と図13(B)に示す生体振動信号の信号処理後の波形のパワースペクトル密度(実線)を示している。心電図の基本周波数である心拍周波数(約1Hz)と信号処理後の波形のパワースペクトルのピークは一致し、信号処理後の波形は心電図の基本周波の周波数成分以外が信号処理により除去されていることがわかる。このように、本手法では予め呼吸周波数成分を完全に除去した後、心拍由来の振動成分を求めてRRIに相当するBBIを求めることにより、BBIが正確になり、その結果、心拍間隔の変動である呼吸性不整脈の検出もでき、算出した位相コヒーレンスは心電図と実測呼吸から求めたものとほぼ一致した。
本発明の位相コヒーレンス算出装置は、さまざまな家具、電子機器等に組み込んで使用することができる。たとえば、椅子、寝具に振動を計測するセンサを組み込み、使用者のストレス状態を計測してもよい。この場合、電車、飛行機などの座席や、職場の座席、車、電車、飛行機等の運転席等に適用し、ストレス管理や居眠り防止に利用することや、病院や介護施設のベッドに適用し、患者等の健康状態の管理に利用することもできる。また、トイレ、浴室、脱衣場などの床に振動を計測するセンサを組み込み、失神や脳卒中などの事故の監視にも利用できる。さらに、携帯端末、コンピュータ等に位相コヒーレンス算出装置を組み込み、日常生活の種々の場面において心理ストレスを評価することもできる。