<実施形態>
(全体の構成について)
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1に示す電動パワーステアリングシステム1は、ドライバによるハンドル2の操作をモータ6によってアシストするものである。
ハンドル2は、入力軸であるステアリングシャフト3の一端に固定されている。ハンドル2が請求項に記載の操舵部材に相当する。ステアリングシャフト3の他端にはトルクセンサ4が接続されており、このトルクセンサ4の他端には、インターミディエイトシャフト5が接続されている。
トルクセンサ4は、操舵トルクTsを検出するためのセンサであり、請求項に記載の操舵トルク検出部に相当する。このトルクセンサ4は、ステアリングシャフト3とインターミディエイトシャフト5とを連結するトーションバーを有し、このトーションバーのねじれ角に基づいて、そのトーションバーに加えられているトルクを検出する。
なお、トーションバーのねじれ角は、インターミディエイトシャフト5に対するステアリングシャフト3の回転角度差を表し、その値が正となる回転方向は、後述する舵角センサ11が検出する操舵角θが正となる回転方向と同じであるとする。したがって、トルクセンサ4が検出する操舵トルクTsは、正または負の符号を備え、この符号によって操舵トルクTsが作用する回転方向が表される。
モータ6は、ハンドル2の操舵力をアシストするものであり、その回転軸の先端にウォームギアが設けられ、このウォームギアが、インターミディエイトシャフト5に設けられたウォームホイールと噛み合っている。これにより、モータ6の回転がインターミディエイトシャフト5に伝達される。逆に、ハンドル2の操作や路面から入力されるトルクによってインターミディエイトシャフト5が回転されると、その回転がモータ6に伝達されてモータ6も回転する。
インターミディエイトシャフト5における、トルクセンサ4が接続された一端とは反対側の他端は、ステアリングギアボックス7に接続されている。ステアリングギアボックス7は、図示しないラックとピニオンギアからなるギア機構にて構成されており、インターミディエイトシャフト5の他端に設けられたピニオンギアに、ラックの歯が噛み合っている。そのため、ドライバがハンドル2を回すと、インターミディエイトシャフト5が回転し、これによりラックが左右に移動する。ラックの両端にはそれぞれタイロッド8が取り付けられており、ラックとともにタイロッド8が左右の往復運動を行う。これにより、タイロッド8がその先のナックルアーム9を引っ張ったり押したりすることで、操舵輪10の向きが変わる。
また、ステアリングシャフト3には、ステアリングシャフト3の回転角を検出する舵角センサ11が設けられている。この舵角センサ11は請求項の操舵角検出部に相当する。
ステアリングシャフト3はハンドル2と一体に回転するため、舵角センサ11が検出する角度は操舵角θを意味する。操舵角θは、車両が直進するときの角度を0度(これを中立位置とする)として、左右いずれか一方がプラス、他方がマイナスの値で表される。本実施形態では、一例として中立位置から右回り(時計回り)に回転している場合に為す角度をプラスで表すこととする。この操舵角θを示す信号はEPSECU100に入力される。また、車両における所定の部位には、車速Vを検出するための車速センサ12も設けられている。車速Vを示す信号もEPSECU100に入力される。
このような構成により、ドライバがハンドル2を回転させると、その回転がステアリングシャフト3、トルクセンサ4、インターミディエイトシャフト5を介してステアリングギアボックス7に伝達される。そして、ステアリングギアボックス7内で、インターミディエイトシャフト5の回転がタイロッド8の左右移動に変換され、タイロッド8が動くことによって、左右の操舵輪10が操舵される。
請求項に記載の電動パワーステアリング制御装置に相当するEPSECU100は、図示しない車載バッテリからの電力によって動作する。このEPSECU100は、トルクセンサ4にて検出された操舵トルクTs、舵角センサ11により検出された操舵角θ、および車速センサ12にて検出された車速Vに基づいて、アシストトルク指令値Ta*を演算する。そして、そのアシストトルク指令値Ta*に基づいてモータ6を駆動制御することにより、ドライバがハンドル2を回す力をアシストするアシストトルクを制御する。
図2にEPSECU100が備える構成要素を示す。EPSECU100は、負荷推定部110、負荷基準目標決定部120、舵角基準目標決定部130、重み付け加算演算部140、減算部170、サーボコントローラ180、電流フィードバック部190を備えている。
負荷推定部110は、加算部111とローパスフィルタ112を備えた構成である。加算部111は、アシストトルク指令値Ta*と操舵トルクTsを加算する。加算した値はローパスフィルタ112にて高周波ノイズが除去される。ローパスフィルタ112から出力される値は、ハンドル2とモータ6によってインターミディエイトシャフト5に印加されるトルクを表している。
路面から操舵輪10に加えられる反力(すなわち路面負荷)が大きいほど、ドライバが所望する操舵を実現するために要するトルクもまた増加する。このため、インターミディエイトシャフト5に印加されるトルク、すなわち、負荷推定部110が出力する値もまた、路面負荷が大きいほど大きくなる。このように負荷推定部110が出力する値と路面負荷とは対応関係を有するため、負荷推定部110が出力する値から、路面負荷の大きさを推定することができる。したがって以降では、負荷推定部110が出力する値を推定負荷Txという。なお、路面負荷は、セルフアライニングトルクとも、路面反力とも呼ばれるトルクである。
通常、ドライバは主に10Hz以下の操舵反力情報を頼りに運転をしていることが知られている。そのため、ローパスフィルタ112は、たとえば、10Hz以下の周波数成分を通過するようになっている。
負荷基準目標決定部120は、絶対値生成部121、符号生成部122、負荷基準目標操舵トルク生成部123、乗算部124を備える。
負荷推定部110が出力した推定負荷Txは、絶対値生成部121、符号生成部122に入力される。絶対値生成部121は、推定負荷Txの絶対値を生成する。一方、符号生成部122は符号関数を備えており、入力された推定負荷Txが正の値であれば1を生成し、推定負荷Txが負であれば−1を生成する。
絶対値生成部121が生成した推定負荷Txの絶対値は、負荷基準目標操舵トルク生成部123に入力される。また、負荷基準目標操舵トルク生成部123には車速Vも入力される。
負荷基準目標操舵トルク生成部123は、図3に例示する負荷基準目標生成マップを備え、当該負荷基準目標生成マップと、車速Vと、推定負荷Txの絶対値とから、負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値を求める。負荷基準目標生成マップは、推定負荷Txの絶対値に対応する目標操舵トルクTidの絶対値を、予め設定された複数種類の車速毎にマップ化したデータである。ここでは一例として、20Km/h毎に、推定負荷Txと負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値との対応関係を表すマップとする。
いずれの車速Vにおいても、推定負荷Txと負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値との関係は、推定負荷Txの上昇に対して対数的に負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値は増加する。負荷基準目標操舵トルク生成部123は、図3のマップを、入力された車速V、推定負荷Txをもとに線形補間することで、負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値を求める。
乗算部124は、負荷基準目標操舵トルク生成部123が求めた負荷基準目標操舵トルクTid1の絶対値に、符号生成部122が生成した1または−1の値を乗算する。乗算後の値が負荷基準目標操舵トルクTid1である。
以上のようにして算出された負荷基準目標操舵トルクTid1は、逐次重み付け加算演算部140に出力される。重み付け加算演算部140は、この負荷基準目標操舵トルクTid1に基づいて、最終的な目標操舵トルクTidを決定する。
なお、特許文献1に記載されているように、最終的な目標操舵トルクTidを、推定負荷Txに基づいて決定することで、車両状態や路面負荷を表す情報をドライバに伝達できる。
具体的には、路面とタイヤとの間に生じる摩擦力が大きいほど、路面負荷(≒推定負荷Tx)は大きくなり、これに伴って負荷基準目標操舵トルクTid1は大きくなる。従って、同じ操舵角θ、同じ車速Vとなっている場合であっても、路面とタイヤとの摩擦力が大きい場合には、摩擦力が小さい場合に比べて推定負荷Tx及び負荷基準目標操舵トルクTid1が大きくなり、これに伴ってドライバが操舵に必要なトルクも大きくなる。一方、路面とタイヤとの摩擦力が小さい場合には、同じ操舵角θ、同じ車速Vとなっている場合であっても、相対的に路面負荷Tx及び目標操舵トルクTidが小さくなり、ドライバがハンドル2から感じるトルクも小さくなる。
つまり、負荷基準目標操舵トルクTid1は、路面とタイヤ間の摩擦力の大きさなど、路面の状態を示す情報を含んでおり、この負荷基準目標操舵トルクTid1に基づいた目標操舵トルクTidをするようにモータ6の駆動を制御することによって、路面の状態をドライバに伝えることができる。すなわち、ドライバは、操舵に必要なトルクとなる目標操舵トルクTidから、車両の状態や路面の状態を把握しやすくなり、ドライバの操作感を向上させることができる。
舵角基準目標決定部130は、絶対値生成部131、符号生成部132、舵角基準目標操舵トルク生成部133、乗算部134を備える。絶対値生成部131には、舵角センサ11が検出した操舵角θが入力され、その操舵角θの絶対値を生成する。符号生成部132にも、舵角センサ11が検出した操舵角θが入力される。符号生成部132は符号関数を備えており、入力された操舵角θが正の値であれば1を生成し、負の値であれば−1を生成する。
舵角基準目標操舵トルク生成部133は、舵角基準目標生成マップを備えている。この舵角基準目標生成マップは、操舵角θと舵角基準目標操舵トルクTid2の絶対値との関係を表したマップである。舵角基準目標生成マップは、入力値が図3の負荷基準目標生成マップとは異なっているが、入力値に対する出力値の傾向は同じである。すなわち、舵角基準目標生成マップは、操舵角θが大きくなるほど、絶対値として大きい舵角基準目標操舵トルクTid2を出力するマップである。また、操舵角θと舵角基準目標操舵トルクTid2の絶対値が定まる関係を複数の車速Vに対して記憶しており、車速Vが高くなるほど、舵角基準目標操舵トルクTid2の絶対値が大きくなる点も、負荷基準目標生成マップと同じである。舵角基準目標操舵トルク生成部133は、舵角基準目標生成マップを、車速V、操舵角θをもとに線形補間することで、舵角基準目標操舵トルクTid2の絶対値を求める。
乗算部134は、舵角基準目標操舵トルク生成部133が決定した舵角基準目標操舵トルクTid2の絶対値に、符号生成部132が生成した1または−1の値を乗算する。乗算後の値が舵角基準目標操舵トルクTid2である。以上のようにして算出された舵角基準目標操舵トルクTid2は、負荷基準目標操舵トルクTid1と同様に、逐次重み付け加算演算部140に出力される。
重み付け加算演算部140は、負荷基準目標操舵トルクTid1と、舵角基準目標操舵トルクTi2とのそれぞれを、所定の重み付け割合αに基づいて重み付けして加算して、最終的な目標操舵トルクTidを生成する。したがって、この重み付け加算演算部140が請求項に記載の目標操舵トルク生成部に相当する。
重み付け割合αは、負荷基準目標操舵トルクTid1と、舵角基準目標操舵トルクTi2のそれぞれが目標操舵トルクTidに寄与する量を定めるものであって、後述する重み付け割合決定部150によって決定される。本実施形態において重み付け割合αは、0≦α≦1の関係を満たし、負荷基準目標操舵トルクTid1を1−α倍した値と、舵角基準目標操舵トルクTid2をα倍した値との和を、目標操舵トルクTidとする。この重み付け加算演算部140の詳細については、別途後述する。
重み付け加算演算部140で生成された目標操舵トルクTidは、減算部170に入力される。減算部170は、目標操舵トルクTidから操舵トルクTsを減算する。すなわち、減算部170では目標操舵トルクTidと操舵トルクTsとの偏差であるトルク偏差ΔTが演算される。このトルク偏差ΔTがサーボコントローラ180に入力される。サーボコントローラ180は、トルク偏差ΔTがゼロになるように、すなわち、操舵トルクTsが目標操舵トルクTidになるように、アシストトルク指令値Ta*を演算する。アシストトルク指令値Ta*は、モータ6に出力させるアシストトルクの目標値を示す。
そのサーボコントローラ180は、比例器181、積分器182、微分器183、加算部184を備える。比例器181はトルク偏差ΔTをゲインKp倍する。積分器182はトルク偏差ΔTを積分定数Kiで積分演算する。微分器183は微分定数Kdでトルク偏差ΔTを微分演算する。なお、sはラプラス演算子、τは時定数である。
アシストトルク指令値Ta*は、電流フィードバック部190、および、前述した加算部111に入力される。電流フィードバック部190は、アシストトルク指令値Ta*に基づき、そのアシストトルク指令値Ta*に対応したアシストトルクがトルクセンサ4よりも操舵輪10側に付与されるようにモータ6へ駆動電圧Vdを印加する。具体的には、アシストトルク指令値Ta*に基づいて、モータ6の各相へ通電すべき目標電流を設定する。そして、各相の通電電流値Imを検出し、検出した各相の通電電流値Imがそれぞれ目標電流と一致するように駆動電圧Vdを制御することで、所望のアシストトルクを発生させる。この電流フィードバック部190が請求項に記載のモータ制御部に相当する。
(比較構成について)
重み付け加算演算部140の具体的な構成について説明する前に、本実施形態に対する比較構成としての負荷基準構成について述べる。負荷基準構成は、負荷基準目標操舵トルクTid1をそのまま最終的な目標操舵トルクとして減算部170に入力し、負荷基準目標操舵トルクTid1と操舵トルクTsとの差分をサーボコントローラ180に入力する構成である。
図4は、負荷基準構成において車速を一定に維持しつつ、操舵角θの時間変化がsin波形となるように操舵した場合の、操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示す図である。
図4中の実線は通常時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を、及び一点鎖線は、通常時よりも操舵系機械要素の摩擦が増大した時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を、それぞれ示す。また、破線は、通常時よりも操舵系機械要素の摩擦が増大し、かつ、路面と操舵輪10との摩擦係数μが相対的に小さい値(ここではμ=0.2)となっている時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示す。以降では、路面と操舵輪10との摩擦係数μが相対的に小さい路面を走行している状態を、低μ路走行時と称する。
なお、操舵系機械要素とは、ステアリングシャフト3から操舵輪10に至るまでのトルク伝達経路を構成する機械部品を意味する。操舵系機械要素の摩擦が増大する要因としては、操舵系機械要素を構成する部品の経年劣化や、車両が走行する外気温の影響などがある。例えば氷点下など、温度が極端に低い環境においては、ラックとピニオンギアからなるギア機構などの摩擦が増加してしまう。
図4のグラフは、原点を中心にして、ほぼ点対称のグラフであるので、以下、操舵角θが正の値であるときを例にして説明する。なお、各グラフにおいて図中の矢印A1で示す方向で示す経路は、それぞれの状況において操舵角θを大きくするハンドル操作(すなわち切り込み操作)に対応する操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示している。
図4のグラフの第1象限において、通常時(実線)と摩擦増大時(一点鎖線)とを比較すると分かるように、操舵系機械要素の摩擦が増大することにより、切り込み操作における操舵トルクTsが増大していることが分かる。
これは、操舵系機械要素の摩擦が大きいほど、負荷基準目標操舵トルクTid1もまた大きく設定されるためである。より具体的には、制御対象である操舵系機械要素の摩擦力が増加すると、実際の路面負荷に操舵系機械要素の摩擦力の影響分が上乗せされた値が、負荷推定部110で路面負荷として推定される。このため、操舵系機械要素の摩擦力が増えると推定負荷Txがより大きな値に推定される。負荷基準目標操舵トルクTid1は推定負荷Txが大きいほど大きい値となるように設定されている為、操舵系機械要素の摩擦力の影響を受けて推定負荷Txが増大すると、負荷基準目標操舵トルクTid1もまた増加する。
また、ハンドルを戻していく時、すなわち操舵角θが小さくなっていくとき(図中の矢印A2の経路)、実線で示される通常時には、操舵トルクTsが0になるのは操舵角θが約4度であるのに対して、破線で示される摩擦増大時には、約10度で操舵トルクTsが0になっている。そして、通常時の波形よりも摩擦増大時の波形は、第4象限において下側に膨らんだ形状となっている。
ここで、操舵角θが正、操舵トルクTsが負である第4象限に存在する部分は、操舵角θが0度に戻す操作において、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが発生していることを示している。つまり、ドライバはハンドル2を中立位置まで戻すために、ハンドル2を中立位置に戻す方向に操舵トルクTsを加える必要があることを示している。
したがって、図4は、操舵系機械要素の摩擦が増大すると、ハンドル2が中立位置に戻ろうとする特性(復元性とする)が悪くなり、操舵角θを0度に戻すためには、中立位置に戻すための操舵トルクTsをドライバが印加する必要があることを示している。
操舵系機械要素の摩擦が増大すると、ハンドル2の復元性が悪化する理由は、路面と操舵輪10との間に生じる摩擦が操舵輪10及びハンドル2を中立位置に戻そうとする力(すなわちセルフアライニングトルク)が、操舵系機械要素の摩擦によって相殺されるためである。
また図4に示すように、操舵系機械要素の摩擦が増大し、かつ、低μ路走行時の場合である破線の波形は、摩擦が増大しているだけの一点鎖線の波形よりも、さらに第4象限において下側に膨らんだ形状となる。よって、さらにハンドルの復元性が悪くなることが分かる。これは、低μ路走行時にはセルフアライニングトルクが小さくなるため、操舵系機械要素の摩擦の影響が相対的に大きくなるためである。
以上、図4を用いて説明したように負荷基準構成では、操舵系機械要素の摩擦が増大したり、路面μが低下することによって操舵トルクTsが変化することから、操舵感もまた変化してしまうことになる。また、図4には示していないが、低速走行時におけるセルフアライニングトルクは、同一ハンドル角に対する高速走行時のセルフアライニングトルクに比べて小さくなるため、操舵系機械要素の摩擦が増大した時はその影響をより強く受けて、操舵角θと操舵トルクTsとの関係は変化してしまう。しかし、ドライバにとっては操舵系機械要素の摩擦力が増加して操舵感が変化することは好ましくない。
一方、特許文献2に開示されるように、舵角基準目標操舵トルクTid2を最終的な目標操舵トルクとし、舵角基準目標操舵トルクTid2と操舵トルクTsとの差分を、サーボコントローラ180に入力する構成(便宜上、舵角基準構成と称する)も考えられる。
舵角基準構成とは、トルクセンサが検出した操舵トルクやアシストトルク指令値といった操舵系機械要素の摩擦の影響を受ける要素を用いずに目標操舵トルクを決定する構成と言える。このような構成とすれば、目標操舵トルクTidや、モータ6に出力させるアシストトルクから操舵系機械要素の摩擦の影響を取り除くことはできる。
また、操舵角θに基づいて目標操舵トルクTidが定まるため、ハンドル2の切り戻し時(矢印A2で示す方向の操作)において、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが発生しないように制御することができる。
しかしながら、操舵角θから目標操舵トルクTidを決定するため、路面と操舵輪10との摩擦係数の変化に伴う目標操舵トルクTidの変化が生じなくなり、ドライバにとっては路面の状態に関係なく、常に同じ手応えになってしまう。
すなわち、操舵トルクTsを介して、路面と操舵輪10との摩擦係数を表す情報がドライバに伝達されなくなり、操舵感に違和感が生じたり、スピンなどの車両状態を把握しづらくなり操作性にも悪影響を及ぼす。
ところで、路面反力は、基本的には操舵輪10の切れ角、すなわち操舵角θの増加に伴って増加するが、操舵角θの値が大きくなるにつれて操舵角θの変化量に対する路面反力の増加量は小さくなる傾向がある。例えば図4の実線で示すグラフにおいて、操舵角θが5°以上となっている領域では、グラフの傾きが小さくなっているのも、これが1つの要因となっている。
また、ドライバの操舵に対して、操舵輪10と路面との摩擦力(すなわちグリップ力)が不足していると、操舵輪10が路面に対して滑ってしまい、操舵輪10に作用する路面反力が一定の値に収束する場合がある。なお、操舵輪10のグリップ力が不足する状況は、例えば低μ路を走行しているなどに生じやすい。
路面反力が一定の値へと収束した(或いは収束しつつある)状態となると、負荷推定部110が推定する推定負荷Txもまた、一定の値へと収束した(或いは収束しつつある)状態となる。このように操舵角θが増加しても路面反力や推定負荷Txが一定の値を維持する、又はその増加量が微量である状態を、路面反力が飽和している、と称する。
図4の第1象限に示すように、ハンドルの切り込み状況下、かつ、操舵角θ=5°以上となる範囲において、摩擦が増大し、かつ、低μ路走行時の場合(破線)の傾きが通常時(実線)や摩擦増大時(一点鎖線)の傾きよりも小さくなっているのは、グリップ力が不足し、路面反力及び推定負荷Txが収束しつつあるためである。
負荷基準構成において推定負荷Txが飽和している場合、この推定負荷Txに応じて定まり、最終的な目標操舵トルクとして用いる負荷基準目標操舵トルクTid1もまた、飽和した状態となる。ある操舵角θにおいて負荷基準目標操舵トルクTid1が飽和している場合、ドライバがさらにハンドル2を切り混む操作をする場合にも、同じトルクで操舵することになる。
したがって、負荷基準構成ではドライバは、操舵に要するトルクが飽和したか否かから、路面反力が飽和しているか否かなどの操舵輪10のグリップの効き具合も感じることができる。
しかしながら、舵角基準構成においては、最終的な目標操舵トルクとして、操舵角θに応じて定まる舵角基準目標操舵トルクTidを用いるため、操舵角θが大きくなるほど目標操舵トルクTidも増大し、目標操舵トルクが飽和することはない。実際には路面反力が飽和していても、操舵角θの増加に伴って目標操舵トルクTidは増加するため、ドライバは操舵感に違和感を覚えてしまう恐れがある。
(重み付け加算演算部140について)
以上で述べたように、負荷基準構成及び舵角基準構成にはそれぞれ長所と短所を併せ持つ。そこで本実施形態では、重み付け加算演算部140が、ドライバの操舵操作や路面の状態に応じた重み付け割合αを設定し、その重み付け割合αを用いて負荷基準目標操舵トルクTid1と舵角基準目標操舵トルクTid2とを重み付け加算した値を目標操舵トルクTidとする。以下、重み付け加算演算部140の構成の一例について述べる。
重み付け加算演算部140は、図5に示すように負荷基準量調整部141、舵角基準量調整部142、加算部143、及び重み付け割合決定部150を備える。負荷基準量調整部141は、負荷基準目標決定部120が出力する負荷基準目標操舵トルクTid1を取得し、当該負荷基準目標操舵トルクTid1を1−α倍した値を加算部143に入力する。
舵角基準量調整部142は、舵角基準目標決定部130が出力する舵角基準目標操舵トルクTid2を取得し、当該舵角基準目標操舵トルクTid2をα倍した値を加算部143に入力する。そして、加算部143は、1−α倍された負荷基準目標操舵トルクTid1と、α倍された舵角基準目標操舵トルクTid2を加算して、目標操舵トルクTidを生成する。すなわち、目標操舵トルクTidは、次の(1)式で表される。生成された目標操舵トルクTidは、減算部170に入力される。
Tid=(1−α)・Tid1+α・Tid2 (1)
重み付け割合決定部150は、重み付け割合αを決定して、負荷基準量調整部141や舵角基準量調整部142に出力する。この重み付け割合決定部150の概略的な構成の一例について、図6に示す。なお、重み付け割合決定部150の構成としてはこの図6に示すものに限らない。他の構成については、変形例として後述する。
本実施形態における重み付け割合決定部150は、図6に示すように、負荷基準横加速度推定部151、舵角基準横加速度推定部152、減算部153、絶対値生成部154、及び重み付け割合生成部155を備える。
負荷基準横加速度推定部151は、推定負荷Txに予め設定された負荷−横加速度換算係数Ktxgを乗じることで、車両が受ける横方向の加速度である横加速度(いわゆる横G)Gy1を推定する。舵角基準横加速度推定部152は、操舵角θに予め設定された舵角−横加速度換算係数Kthgを乗じることで、車両が受ける横方向の加速度である横加速度Gy2を推定する。なお、ここでの横方向とは、車両の車幅方向を指す。
ここで、負荷基準横加速度推定部151で使用する負荷−横加速度換算係数Ktxg、及び、舵角基準横加速度推定部152で使用する舵角−横加速度換算係数Kthgの導出方法について説明する。
まず、負荷基準横加速度推定部151で使用する負荷−横加速度換算係数Ktxgの導出方法について説明する。図7(a)は、前輪が操舵される車両を表す簡易的なモデルであり、このモデルから(2)(3)式が得られる。
但し、Izはヨー慣性モーメント、γはヨーレート、γ’はヨーレートを微分したヨー角加速度、Lfは前輪と重心間の距離、Lrは後輪と重心間の距離、FyfとFyrは、それぞれタイヤスリップ角αfとαrで発生するタイヤ横力、Mは車両重量、Gy1は横加速度(横G)である。ホイールベースをL(=Lf+Lr)として、(2)(3)式からFyrを消去すると(4)式が得られる。
図7(b)は、ハンドル2の回転が操舵輪10の転舵に至るまでの機械的な接続をモデル化したものである。ハンドル2とモータ6によってインターミディエイトシャフト5に加わるトルクは、負荷推定部110が推定負荷Txとして推定している。
このトルクTxがピニオン半径Npのピニオンを回転させる。これにより、トルクTxはラックとピニオンギアを備えるギア機構によってラック推力Frに変換され、操舵輪10に伝達される。すなわち、トルクTxと、ピニオン半径Np、ラック推力Frは(5)式で表す関係を満たす。なお、実際には、左右輪があるが、図では1輪にまとめて表現している。
ラック推力Frにより、操舵輪10の転舵中心でタイヤを転舵させようとするトルクFr・aが発生し、一方、タイヤ横力Fyfは、操舵輪10の接地面における作用力中心でタイヤの転舵を中立位置に復元させようというトルク(すなわちセルフアライニングトルク)Fyf・bとなって表される。なお、aは転舵中心からラック推力Frの作用点までの距離、bは転舵中心からタイヤ接地面までの距離を表す。
機械的な慣性や摩擦、距離a,bの変動を無視した近似式は、(5)(6)式で表される。
(4)〜(6)式より、横加速度Gy1を推定負荷Txで表すと(7)式が得られる。
(7)式の右辺第2項には、ヨー角加速度γ’という過渡項が含まれているので、静的にはこれを無視することができる。つまり、右辺第2項を無視した場合、横加速度Gy1と推定負荷Txには比例関係があることがわかる。この推定負荷Txから横加速度Gy1を算出するための比例係数を、負荷−横加速度換算係数Ktxgとして使用する。すなわち、負荷−横加速度換算係数Ktxgは(8)式で表される。
負荷−横加速度換算係数Ktxgは、車両設計緒元から求めてもよいし、詳細な諸元が得られない場合は、走行試験によって推定負荷Txと横加速度Gy1の計測し、その計測結果を一次関数(直線グラフ)で近似したときのグラフの傾きから求めてもよい。
また、横加速度Gy2と操舵角θの関係は、細かなダイナミクスを無視して静的な状態で考えると、(9)式で表される。
但し、Vは車速、Ksはスタビリティファクタ、Nはステアリングギア比、Lはホイールベースである。したがって、操舵角θから横加速度Gy2を算出するための舵角−横加速度換算係数Kthgは、次の(10)式で表される。
舵角−横加速度換算係数Kthgも、負荷−横加速度換算係数Ktxgと同様に、車両設計緒元から求めてもよいし、詳細な諸元が得られない場合は、走行試験によって得られる操舵角θ、車速Vと、横加速度Gy2の対応関係から近似式を導出して求めてもよい。
減算部153は、舵角基準横加速度推定部152が推定した横加速度Gy2から、負荷基準横加速度推定部151が推定した横加速度Gy1を減算した値(横加速度偏差とする)ΔGyを絶対値生成部154に入力する。
絶対値生成部154は、減算部153が算出した横加速度偏差ΔGy、すなわち、横加速度Gy2と横加速度Gy1と差の絶対値|Gy|を求める。この横加速度偏差の絶対値が、請求項に記載の操舵系状態指標値の一例に相当し、舵角基準横加速度推定部152が横加速度Gy2を推定するために用いた操舵角θが請求項に記載の操舵状態量に相当する。
重み付け割合生成部155は、図8に例示する重み付け割合マップを備えており、車速センサ12が検出する車速Vと、絶対値生成部154が生成した横加速度偏差の絶対値から、重み付け割合αを生成する。重み付け割合マップは、横加速度偏差の絶対値と、重み付け割合αとの関係を、予め設定された複数種類の車速毎にマップ化したデータを用いればよい。ここでは、車速Vが0km/h、5km/h、及び40km/hのそれぞれの場合における横加速度偏差の絶対値と、重み付け割合αとの対応関係を示すマップとする。
図8に示すように、車速Vが0よりも大きい車速において、横加速度偏差の絶対値が小さい領域(例えば0〜1.2m/sec^2の領域)では、重み付け割合αが相対的に大きく設定する。また、横加速度偏差が所定の値(ここでは1.2m/sec^2)よりも大きい領域においては、横加速度偏差の増大に伴って重み付け割合αが小さくなるように重み付け割合αを設定する。さらに、車速V=5km/hでの重み付け割合αを、車速V=40km/hでの重み付け割合αよりも大きく設定する。
重み付け割合マップを設定する基本な方針としては、次の通りである。まず、操舵系機械要素の摩擦の影響を低減させ、ハンドル2の復元性を向上させるように、車速Vの影響を鑑みつつ、相対的に大きな値とする。具体的には、重み付け割合αを大きくするほど、最終的な目標操舵トルクTidのうちの舵角基準目標操舵トルクTid2に由来する成分の比率が大きくなる為、舵角基準構成の作動に近づき、ハンドル2の復元性を向上させることができる。しかしながら、重み付け割合αを過剰に大きくすると、最終的な目標操舵トルクTidのうちの負荷基準目標操舵トルクTid1に由来する成分の比率が小さくなる為、操舵感が損なわれてしまう。したがって、操舵系機械要素の摩擦の影響を低減させつつ、操舵感を損なわない範囲において、重み付け割合αを相対的に大きな値とする。
また、操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、操舵輪10が路面を滑って路面反力が収束しているはずであるため、目標操舵トルクTidもまた飽和することが好ましい。ここで仮に、操舵輪10のグリップ力が不足していると想定される場合の重み付け割合αを、グリップ力が充足している場合と同じレベルの値に設定していると、目標操舵トルクTidのうち、負荷基準目標操舵トルクTid1に由来する成分が相対的に抑制されているため、目標操舵トルクTidが飽和しにくくなってしまう。
そこで、操舵輪10のグリップ力が不足している場合においては、重み付け割合αを小さくすることで、目標操舵トルクTidが飽和しやすくする。目標操舵トルクTidが飽和したことを受けて、ドライバは操舵輪10のグリップ力が一定の値に収束したことを感じ取ることが出来、操舵感を向上させることができる。
次に、横加速度偏差の絶対値と、操舵輪10のグリップ力との対応関係について述べる。上述したように、ドライバの操舵に対して操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、操舵輪10が路面に対して滑ってしまい、ドライバの所望する操舵が実現されない。なお、操舵輪10のグリップ力が不足する状況は、例えば低μ路を走行しているなどに生じやすい。
そして、操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、操舵輪10が路面を滑っていることから操舵輪10に作用する路面反力が飽和するため、推定負荷Txもまた一定の値に収束する。したがって、操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、推定負荷Txから推定される横加速度Gy1もまた一定の値に収束する。これに対し、操舵角θから推定される横加速度Gy2は、路面負荷の影響を受けないため、操舵角θに応じた値を出力する。
グリップ力が不足していない状況においては、ドライバの所望する操舵が実現されるため、ドライバの操舵に対して期待される横加速度が発生し、横加速度偏差もまた相対的に小さい。しかしながら、グリップ力が不足し始めるとドライバの操舵に対して期待される横加速度が発生せず、負荷基準横加速度Gy1と舵角基準横加速度Gy2とが乖離し始め、横加速度偏差が大きくなる。すなわち、横加速度偏差が大きくなる領域とは、操舵輪10のグリップ力が不足し、ドライバの操舵に対して期待される横加速度が発生していない状況を意味する。
したがって、横加速度偏差が小さく、操舵輪10のグリップ力が不足していないと想定される値の範囲では、操舵系機械要素の摩擦の影響を低減させつつ、操舵感を損なわないように、重み付け割合αを相対的に大きな値とする。一方、横加速度偏差が相対的に大きく、操舵輪10のグリップ力が不足していると想定される領域においては、目標操舵トルクTidが飽和しやすいように重み付け割合αを相対的に小さい値に設定しておく。また、横加速度偏差が大きいほど、操舵輪10のグリップ力が不足している度合いが大きいことを示すため、重み付け割合αをより小さく設定しておくことで目標操舵トルクTidが飽和しやすくする。
なお、操舵輪10のグリップ力が不足し始める状態(臨界状態とする)に相当する横加速度偏差の値は、種々の走行試験などによって求めればよい。本実施形態では、横加速度偏差が1.2m/sec^2となる状態を臨界状態と想定する。臨界状態を示す値が請求項に記載の閾値に相当する。
したがって、図8において横加速度偏差が0〜1.2m/sec^2となる場合には操舵輪10のグリップ力が不足していない状態であると想定し、上記方針に基づいて、本実施形態では一例として、車速Vが5km/hとなっている場合の重み付け割合αを0.3付近の値とし、車速Vが40km/hとなっている場合の重み付け割合αを0.08付近の値とする。
また、横加速度偏差が所定の値(ここでは1.2m/sec^2)よりも大きい領域では、操舵輪10のグリップ力が不足している状態であると想定して、横加速度偏差の増大に伴って重み付け割合αが小さくなるように重み付け割合αを設定する。
さらに、一般的に、低速(例えば車速V=5km/h)走行時には、セルフアライニングトルクは小さくなる。すなわち、低速走行時には、路面からの摩擦によって操舵輪10が自然と中立位置に戻ろうとする力が弱い。ここで仮に、重み付け割合αを小さくしていると、目標操舵トルクTidにおける負荷基準目標操舵トルクTid1の量が大きくなってしまい、機械的な摩擦の影響がより強く出てしまう。そこで、車速Vが小さいほど重み付け割合αを大きくしておくことで、ハンドルの復元性を向上させることができる。
なお、本実施形態では、車速Vが0km/h、5km/h、及び40km/hでの横加速度偏差と重み付け割合αとの対応関係しか示していないが、他の車速においても適宜設定すればよい。例えば車速5km/hよりも低い車速(例えば3km/h)の重み付け割合αは、車速V=5km/hでの重み付け割合よりも大きく設定し、車速5km/hよりも大きい車速Vの重み付け割合αは、車速V=5km/hでの重み付け割合よりも小さく設定する。もちろん、車速40km/hよりも大きい車速Vの重み付け割合αは、車速V=40km/hでの重み付け割合αよりも小さく設定する。マップ化された車速V以外の車速では、上記した規則に基づいてマップの値から補間して重み付け割合αを求めればよい。
ここで、図9を用いて、本実施形態の効果について説明する。図9は、図4と同様に、操舵角θの時間変化がsin波形となるように操舵した状況での操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示す図である。図9の実線、長一点鎖線、長破線は、重み付け加算演算部140が生成した目標操舵トルクTidと操舵トルクTsとの差分をサーボコントローラ180に入力して制御を実行した場合のリサージュ波形を示す図である。
より具体的には、実線は通常時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を、長一点鎖線は、通常時よりも操舵系機械要素の摩擦が増大した時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を、それぞれ示す。また、長破線は、通常時よりも操舵系機械要素の摩擦が増大し、かつ、路面と操舵輪10との摩擦係数μが相対的に小さい値(ここではμ=0.2)となっている時の操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示す。
また、図9の短一点鎖線、短破線はそれぞれ、負荷基準構成において、操舵角θの時間変化がsin波形となるように操舵した状況での操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示す図である。すなわち、図9の短一点鎖線、短破線は、それぞれ、図4における短一点鎖線、短破線と同じ形状である。
なお、操舵角θと操舵トルクTsとの関係を示すリサージュ波形において、操舵角θが正、操舵トルクTsが負である第4象限や、操舵角θが負、操舵トルクTsが正である第2象限に存在する経路部分は、操舵角θが0度に戻す操作において、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが発生していることを示している。すなわち、当該部分においては、ドライバはハンドル2を中立位置まで戻すために、ハンドル2を中立位置に戻す方向に操舵トルクTsを加える必要があることを示している。
まず、短一点鎖線と長一点鎖線との比較から、操舵系機械要素の摩擦が増大した状況における、負荷基準構成に対する本実施形態の効果を説明する。負荷基準目標操舵トルクTid1と舵角基準目標操舵トルクTid2とを重み付け加算して生成した目標操舵トルクTidに基づいた制御を行うことで、ハンドル2を戻している状況下、すなわち、矢印A2や矢印A4で示すように、操舵角θが0度に向かう状況下での、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが小さくなっていることが分かる。
例えば、矢印A2で示す方向のハンドル操作は、ハンドル2を右から中立位置に戻す左回転操作を表している。一般に、ハンドル2がスムーズに右位置から中立位置に戻るためには、ハンドル2が右位置から中立位置になるまでは、操舵トルクTsは0に近い値か若干の正の値になることが好ましい。
しかし、短一点鎖線では、操舵角θが12°以下となる領域では操舵トルクTsが負になっており、ハンドル2を操作する方向に対抗する操舵トルクTsが発生していることになる。すなわち、ドライバはハンドル2を操舵角θが12°となる位置から中立位置まで戻すために、ハンドル2を中立位置に戻す方向に力を加える必要がある。
これに対して、長一点鎖線で示すリサージュ波形は、第4象限を通る部分が少なくなっている。より具体的には、ハンドル2を右から中立位置に戻す操舵操作において、操舵トルクTsが負となるのは、操舵角θが6°以下の領域となっている。したがって、本実施形態のように、最終的な目標操舵トルクTidに、負荷基準目標操舵トルクTid1だけでなく、舵角基準目標操舵トルクTid2の成分を含ませる構成とすることで、機械的な摩擦による影響を低減し、ハンドル2を中立位置にスムーズに戻せることが分かる。
また、長破線と短破線との比較から、操舵系機械要素な摩擦が増大し、かつ、低μ路走行時である状況でも、本実施形態の構成によれば、ハンドル2を右から中立位置に戻す操舵操作において、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが小さくなっていることが分かる。
さらに、矢印A1で示す方向のハンドル操作、すなわち操舵角θが正となる方向にハンドル2を切り込む操作においては、短破線で示す負荷基準構成と同様に、長破線で示す本実施形態でも、操舵角θが4°以上となる領域において操舵トルクTsを飽和させることができている。したがって、本実施形態によれば、操舵に要するトルクが飽和したことから、路面反力が一定の値に収束した(収束しつつある)ことを感じ取ることができる。
次に、車両のスピンの発生に対して、負荷基準構成、及び舵角基準構成のそれぞれにおいてドライバがカウンタ操舵する際の操舵感について述べ、本実施形態の効果について説明する。まず、舵角基準構成では、操舵角θに基づいて目標操舵トルク(=舵角基準目標操舵トルクTid2)を生成するため、常にハンドル2を中立位置に戻す方向のトルクが発生する。したがって、舵角基準構成では、スピンを抑制するために逆方向にハンドルを切るカウンタ操舵時において、ハンドル2を中立位置まで戻したのち、さらに中立位置から逆方向にハンドル2を切る過程においても、中立位置に戻す方向に引っ張られるトルクを反力としてドライバは感じてしまう。
しかし、車両がスピンしている場合には、操舵輪10には車両が流れていく方向に操舵輪10が向くような方向のセルフアライニングトルクが印加されているため、中立位置から逆方向にハンドル2を切る過程においても、車両が流れていく方向(細かくはタイヤが流れていく方向)に引っ張られる反力をドライバは感じるはずである。
したがって、舵角基準構成では、ドライバがスピンを抑制するために逆方向にハンドルを切るカウンタ操舵している際に本来感じるはずのないトルクを感じるため違和感が生じ、適切なカウンタ操舵ができなくなる恐れが生じてしまう。
一方、負荷基準構成では、路面負荷Txに基づいて生成される負荷基準目標操舵トルクTid1を最終的な目標操舵トルクとするため、車両が流されていく方向に操舵輪10の向きが戻るようにトルクが発生する。この場合スピン時にも、ドライバは、スピンを抑制する方向へと自然にハンドル2を切ることができる。
以上を鑑みると、本実施形態では、車両のスピンの発生に対して、ドライバがカウンタ操舵する際には、重み付け割合αが小さくなって、目標操舵トルクTidに含まれている負荷基準目標操舵トルクTid1の成分が大きくなることが好ましい。言い換えれば、車両のスピンの発生に対してドライバがカウンタ操舵する際には、目標操舵トルクTidと負荷基準目標操舵トルクTid1との差が小さいほうが好ましい。
図10は、本実施形態の構成において、低μ路走行時において車両がスピンした場合に、ドライバがカウンタ操舵をしたときの試験データを示しており、図10の上段は操舵角θの、下段は負荷基準目標操舵トルクTid1及び重み付け加算後の目標操舵トルクTidの、それぞれの時間変化を示している。
図10に示すように、実施形態においては、目標操舵トルクTidが負荷基準目標操舵トルクTid1に追従して動作する。すなわち、実施形態では、ドライバは、車両のスピンに対して、違和感なくカウンタ操舵を行うことができる。
これは次のように作動するためである。すなわち、スピン時には推定負荷Txが比較的小さい値で飽和しているため、推定負荷Txに基づいて生成される横加速度Gy1もまた、相対的に小さい値で収束している一方、操舵角θは相対的に大きな値が入力されるため、操舵角θに基づいて生成される横加速度Gy2は大きな値となり、横加速度偏差は、非スピン時よりも大きな値をとる。
横加速度偏差が相対的に大きな値をとっているため、重み付け割合生成部155は、重み付け割合生成マップに基づいて、相対的に小さい重み付け割合αを出力する。すなわち、スピンに対するカウンタ操舵を実施している状況において、実施形態の構成の目標操舵トルクTidは、負荷基準目標操舵トルクTid1に近い値を取るようになる(ここでは略一致)。
したがって、重み付け割合生成マップを設定する際に、スピンが発生すると想定される領域(ここでは、横加速度偏差が相対的に大きい領域)において、重み付け割合αを相対的に小さく設定しておくことで、車両のスピンに対するカウンタ操舵を実施するドライバに与える違和感を低減することができる。
以上、説明した本実施形態によれば、減算部170、サーボコントローラ180において、目標操舵トルクTidと操舵トルクTsの偏差であるトルク偏差ΔTから、アシストトルク指令値Ta*を決定している。そして、目標操舵トルクTidは、推定負荷Txに基づいて決定した負荷基準目標操舵トルクTid1と、操舵角θに基づいて決定した舵角基準目標操舵トルクTid2と、重み付け割合αで重み付け加算して決定している。より具体的には、1−α倍した負荷基準目標操舵トルクTid1と、α倍した舵角基準目標操舵トルクTid2の和を最終的な目標操舵トルクTidとしている。
操舵系機械要素に生じる摩擦力は、推定負荷Txを増加させ、結果として負荷基準目標操舵トルクTid1及び操舵トルクTsを増加させる。
機械的な摩擦の影響は、負荷基準目標操舵トルクTid1に表れるが、目標操舵トルクTidは、機械的な摩擦の影響を受けない舵角基準目標操舵トルクTid2の成分を備えているため、機械的な摩擦による影響は緩和され、ハンドル2の復元力を向上させることができる。また、目標操舵トルクTidは、負荷基準目標操舵トルクTid1の成分を備えている為、ドライバは、路面反力などの情報を操舵感から感じ取ることができる。すなわち、以上の構成によれば、ハンドル2の中立位置への復元性を向上させつつ、操舵感も維持することができる。
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、次の実施形態も本発明の技術的範囲に含まれ、さらに、下記以外にも要旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することができる。
<変形例1>
上述した実施形態では、横加速度偏差ΔGyに基づいて重み付け割合αを決定する構成とした。変形例1の電動パワーステアリングシステム1は、実施形態で述べた重み付け割合決定部150に相当するものとして、操舵角θと推定負荷Txの積に基づいて、重み付け割合αを決定する重み付け割合決定部250を備える構成とする。
なお、電動パワーステアリングシステム1が備える要素のうち、この重み付け割合決定部250以外の要素については、実施形態で述べたものと同様であるとする。また、この変形例1の重み付け割合決定部250が決定した重み付け割合αに基づいて、重み付け加算演算部140は、負荷基準目標操舵トルクTid1と舵角基準目標操舵トルクTid2の重み付け加算を行って目標操舵トルクTidを生成する。
変形例1の重み付け割合決定部250は、図11に示すように、乗算部251及び重み付け割合生成部252を備える。乗算部251は、舵角センサ11が検出した操舵角θと負荷推定部110が推定した推定負荷Txとを入力とし、操舵角θと推定負荷Txとを乗算した値(舵角−負荷乗算値とする)を重み付け割合生成部252に出力する。この舵角−負荷乗算値が請求項に記載の操舵系状態指標値の一例に相当し、この舵角−負荷乗算値を求めるために使われている操舵角θが請求項に記載の操舵状態量に相当する。なお、ここでは便宜上、操舵角θの単位をdegからradへと変換した値を用いて、舵角−負荷乗算値を求めている。したがって、舵角−負荷乗算値の単位はNm・radで表される。もちろん、操舵角θはdegの単位で表される値のまま用いてもよい。
重み付け割合生成部252は、図12に例示する重み付け割合マップを備えており、車速センサ12が検出する車速Vと、乗算部251から入力される舵角−負荷乗算値から、重み付け割合αを生成する。重み付け割合マップは、舵角−負荷乗算値と、重み付け割合αとの関係を、予め設定された複数種類の車速毎にマップ化したデータである。ここでは、車速Vが0km/h、5km/h、及び40km/hのそれぞれの場合における舵角−負荷乗算値と、重み付け割合αとの対応付けたマップとする。
図12に示すように、車速Vが0よりも大きい車速において、舵角−負荷乗算値が正の領域のうち、相対的に小さい領域(例えば0〜8Nm・radの領域)での重み付け割合αは、相対的に大きく設定する。また、舵角−負荷乗算値が所定の値(ここでは8Nm・rad)以上となる領域においては、舵角−負荷乗算値の増大に伴って重み付け割合αが小さくなるように重み付け割合αを設定する。さらに、車速V=5km/hでの重み付け割合αを、実施形態と同様に、車速V=40km/hでの重み付け割合αよりも大きく設定する。
当該重み付けマップの設計の方針は、実施形態の重み付け割合生成部155が備える重み付け割合マップと同様である。すなわち、操舵系機械要素による摩擦の影響を低減しつつ、操舵輪10のグリップ力が不足している場合(例えば低μ路走行時)の操舵感を損なわないように、舵角−負荷乗算値に応じた重み付け割合αを設定する。
より具体的には、操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、通常時よりも操舵角θに応じた操舵反応が得られにくいため、ドライバは、より大きい操舵角θを入力することで所望の走行経路を実現する。なお、ここでの操舵反応とは、車両の進行方向が変化する際の操舵角θに対する進行方向の変化量を指す。また、より大きい操舵角θが入力されることで、より大きい路面反力が生じ、所定の値で飽和することとなる。路面反力が飽和している場合には、推定負荷Txもまた飽和している。
すなわち、操舵輪10のグリップ力が不足している場合には、相対的に舵角−負荷乗算値は大きい値をとる。したがって、このように相対的に舵角−負荷乗算値は大きい値を取る領域においては、重み付け割合αを小さく設定しておくことで、目標操舵トルクTidが飽和しやすくする。目標操舵トルクTidが飽和したことを受けて、ドライバは、操舵輪10のグリップ力が一定の値に収束したことを感じ取ることができ、操舵感を向上させることができる。
操舵輪10のグリップ力が不足し始める臨界状態に相当する舵角−負荷乗算値は、種々の走行試験などによって求めればよく、ここでは、舵角−負荷乗算値が8Nm・radとなる状態を臨海状態と想定する。すなわち、舵角−負荷乗算値が0〜8Nm・radとなっている場合には操舵輪10のグリップ力が充足していると想定した重み付け割合αを設定し、舵角−負荷乗算値が8Nm・radよりも大きくなっている場合には操舵輪10のグリップ力が不足していると想定した重み付け割合αを設定する。また、舵角−負荷乗算値が大きいほど、ドライバの操舵に対して操舵輪10のグリップ力が不足している度合いが大きいため、重み付け割合αをより小さく設定しておく。これによって、目標操舵トルクTidが飽和しやすくする。
ここで、図13を用いて、この変形例1の効果について説明する。図13は、実施形態の説明に用いた図9に対応するものである。すなわち、図13の実線、長一点鎖線、長破線は、変形例1の重み付け割合決定部250が生成した重み付け割合αに基づいて生成された目標操舵トルクTidを減算部170に入力して制御を実行した場合のリサージュ波形を示す図である。その他の要素については、図9と同様であるため、説明を省略する。
まず、短一点鎖線と長一点鎖線との比較から、本変形例1の構成においても、ハンドル2を戻している状況下、すなわち、矢印A2や矢印A4で示すように、操舵角θが0度に向かう状況下での、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが小さくなっていることが分かる。例えば、矢印A2で示す方向のハンドル操作は、ハンドル2を右から中立位置に戻す左回転操作を表している。
短一点鎖線では、操舵角θが12°以下となる領域では操舵トルクTsが負になっており、ハンドル2を操作する方向に対抗する操舵トルクTsが発生していることになる。すなわち、ドライバはハンドル2を操舵角θが12°となる位置から中立位置まで戻すためには、ハンドル2を中立位置に戻す方向に力を加える必要がある。
これに対して、長一点鎖線で示すリサージュ波形は、第4象限を通る部分が少なくなっている。より具体的には、ハンドル2を右から中立位置に戻す操舵操作において、操舵トルクTsが負となるのは、操舵角θが6°以下の領域となっている。したがって、本変形例1もまた、実施形態と同様に、機械的な摩擦による影響を低減し、ハンドル2を中立位置によりスムーズに戻せることが分かる。
また、長破線と短破線との比較から、操舵系機械要素な摩擦が増大し、かつ、低μ路である状況でも、本変形例1の構成によれば、ハンドル2を右から中立位置に戻す操舵操作において、戻す方向に対抗する操舵トルクTsが小さくなっていることが分かる。
さらに、矢印A1で示す方向のハンドル操作、すなわち操舵角θが正となる方向にハンドル2を切り込む操作においては、短破線で示す負荷基準構成と同様に、長破線で示す変形例1でも、操舵角θが4°以上となる領域において操舵トルクTsを飽和させることができている。したがって、本変形例1によれば、操舵に要するトルクが飽和したことから、路面反力が一定の値に収束した(収束しつつある)ことを感じ取ることができる。
次に、変形例1の構成において、車両のスピンの発生に対してドライバがカウンタ操舵する際の操舵感に対する効果について述べる。前述のとおり、車両のスピンの発生に対してドライバがカウンタ操舵する際には、目標操舵トルクTidと負荷基準目標操舵トルクTid1との差が小さいほうが好ましい。
図14は、実施形態の説明で用いた図10に対応するものであって、変形例1の構成において、低μ路走行時において車両がスピンした場合に、ドライバがカウンタ操舵をしたときの試験データである。図14に示すように、変形例1の構成においても目標操舵トルクTidが負荷基準目標操舵トルクTid1に追従して動作する。すなわち、本変形例1でも、ドライバは、車両のスピンに対して、違和感なくカウンタ操舵を行うことができる。
これは、変形例1では次のように作動するからである。すなわち、スピン時には、操舵角θが入力されている方向(すなわち符号)と、推定負荷Txが印加されている方向(符号)とが、異なる状態となるため、舵角−負荷乗算値は負の値をとる。ここで、変形例1では図12に示すように、舵角−負荷乗算値が負の領域における重み付け割合αを小さい値(ここでは0)に設定している為、スピンに対するカウンタ操舵を実施している状況において、変形例1の構成の目標操舵トルクTidは、負荷基準目標操舵トルクTid1に近い値を取るようになる(ここでは略一致)。
すなわち、重み付け割合生成マップを設定する際に、スピンが発生すると想定される領域(ここでは、舵角−負荷乗算値が負の領域)において、重み付け割合αを相対的に小さく設定しておくことで、車両のスピンに対するカウンタ操舵を実施するドライバに与える違和感を低減することができる。
以上、説明した本変形例1によれば、前述の実施形態と同様の効果を奏することができる。すなわち、以上の構成によれば、ハンドル2の中立位置への復元性を向上させつつ、ドライバの操舵感に違和感を与える恐れを低減することができる。
<変形例2>
また、電動パワーステアリングシステム1は、この変形例2で述べるように、重み付け割合決定部150に相当するものとして、舵角センサ11が検出した操舵角θを時間微分して求まる操舵角速度ωと、トルクセンサ4が検出した操舵トルクTsの積に基づいて、重み付け割合αを決定する重み付け割合決定部350を備えてもよい。
変形例2の重み付け割合決定部350は、図15に示すように、乗算部351及び重み付け割合生成部352を備える。乗算部351は、舵角センサ11が検出した操舵角θを時間微分して求まる操舵角速度ωと、トルクセンサ4が検出した操舵トルクTsとを入力とし、操舵角速度ωと操舵トルクTsとを乗算した値(舵速−操舵トルク乗算値とする)を重み付け割合生成部352に出力する。この舵速−操舵トルク乗算値が請求項に記載の操舵系状態指標値の一例に相当し、操舵角速度及び操舵トルクのそれぞれが請求項に記載の操舵状態量に相当する。
変形例2の重み付け割合生成部352は、図16に例示する重み付け割合マップを備えており、車速センサ12が検出する車速Vと、乗算部351から入力される舵速−操舵トルク乗算値から、重み付け割合αを生成する。重み付け割合マップは、舵速−操舵トルク乗算値と、重み付け割合αとの関係を、予め設定された複数種類の車速毎にマップ化したデータである。ここでは、車速Vが0km/h、5km/h、及び40km/hのそれぞれの場合における舵速−操舵トルク乗算値と、重み付け割合αとの対応付けたマップとする。
図16に示すように、車速Vが0よりも大きい車速での、舵角−負荷乗算値と重み付け割合αとの関係は、舵速−操舵トルク乗算値が正の値となる領域での重み付け割合αに比べて、舵速−操舵トルク乗算値が負の値となる領域での重み付け割合αが大きくなるように設定する。
この変形例2では、ハンドル2の復元性が問題となるハンドル2の切り戻し操作を、舵速−操舵トルク乗算値の符号に基づいて、区別することができる点にある。例えば、ハンドル2を中立位置から右側に切り込む操作時には、操舵角θが正の値で増加するため、操舵角速度ωも正の値を取る。また、ハンドル2を中立位置から右側に切り込む操作時には、操舵トルクTsも正の値を出力するため、舵速−操舵トルク乗算値は、正の値となる。
一方、右側に切り込む操作を終了し、当該切り込み終了位置から中立位置に戻すための切り戻し操作を始めた状況においては、操舵トルクTsは正の値を保持する一方、操舵角θは減少していくため、負の値を取る。したがって、当該切り込み終了位置から中立位置に戻る過程において、操舵トルクTsが正の値を保持している間は、舵速−操舵トルク乗算値は、負の値となる。
したがって、重み付け割合マップにおいて舵速−操舵トルク乗算値が負となっている領域の重み付け割合αを大きくしておくことで、切り戻し時において設定される目標操舵トルクTidに含まれる負荷基準目標操舵トルクTid1の量は低減され、操舵系機械要素の摩擦の影響を抑制することができる。すなわち、切り戻し時におけるハンドル2の復元性を向上させることができる。
なお、以上ではハンドル2を中立位置から右側に切り込んだ後、左回転させて中立位置に戻す操作を例にとって説明したが、中立位置から左側に切り込んだ後、右回転させて中立位置に戻す操作であっても同様の作動及び効果となる。請求項に記載の、ドライバが操舵部材(すなわちハンドル2)に対して操舵角θの絶対値が小さくなる方向の操作とは、切り戻し操作を指す。
また、重み付け割合マップにおいて車速V=5km/hでの重み付け割合αを、車速V=40km/hでの重み付け割合αよりも大きく設定している理由は、実施形態で述べた通りである。
ここで、図17を用いて、この変形例2の効果について説明する。図17は、実施形態の説明に用いた図9に対応するものである。すなわち、図17の実線、長一点鎖線、長破線は、変形例2の重み付け割合決定部350が生成した重み付け割合αに基づいて生成された目標操舵トルクTidを減算部170に入力して制御を実行した場合のリサージュ波形を示す図である。
図17を見れば分かるように、本変形例2によっても、これまでに述べた実施形態や変形例1と同様の効果を奏する。なお、請求項に記載の戻し状態とは、例えば切り戻し操作などの、セルフアライニングトルクが印加されている方向にハンドルを回す操作を実施している状態を指す。また、戻し状態は、切り戻し操作時の他、スピン時において車両が流れていく方向にタイヤが向くようにドライバがハンドル2を回転させている状態を含んでも良い。
また、変形例2の構成においても、種々の試験結果などに基づいて、重み付け割合マップを設計することによって、上述の効果を奏するとともに、車両のスピンに対するカウンタ操舵を実施するドライバに与える違和感を低減することができる。
<変形例3>
また、電動パワーステアリングシステム1は、この変形例3で述べるように、重み付け割合決定部150に相当するものとして、推定負荷Txに基づいて、重み付け割合αを決定する重み付け割合決定部450を備えてもよい。
変形例3の重み付け割合決定部450は、図18に示すように、絶対値生成部451及び重み付け割合生成部452を備える。絶対値生成部451は、負荷推定部110が生成した推定負荷Txを入力とし、当該推定負荷Txの絶対値を生成して、重み付け割合生成部452に出力する。この推定負荷Txの絶対値が請求項に記載の操舵系状態指標値の一例に相当する。
変形例3の重み付け割合生成部452は、図19に例示する重み付け割合マップを備えており、車速センサ12が検出する車速Vと、絶対値生成部451から入力される推定負荷Txの絶対値とから、重み付け割合αを生成する。重み付け割合マップは、推定負荷Txの絶対値と、重み付け割合αとの関係を、予め設定された複数種類の車速毎にマップ化したデータである。ここでは、車速Vが0km/h、5km/h、及び40km/hのそれぞれの場合における推定負荷Txの絶対値と、重み付け割合αとの対応付けたマップとする。
図19に示すように、車速Vが0よりも大きい車速での、推定負荷Txの絶対値と重み付け割合αとの関係は、推定負荷Txの絶対値が所定の値(ここでは5Nm)以上となる領域においては、推定負荷Txの絶対値の増大に伴って重み付け割合αが小さくなるように重み付け割合αを設定する。また、推定負荷Txの絶対値が相対的に小さい領域(例えば0〜5Nmとなる領域)での重み付け割合αが相対的に大きく設定する。
当該重み付けマップの設計の方針は、実施形態の重み付け割合生成部155が備えるお重み付け割合マップと同様である。すなわち、操舵系機械要素による摩擦の影響を低減しつつ、操舵輪10のグリップ力が不足している場合(例えば低μ路走行時)の操舵感を損なわないように、路面負荷Txの絶対値に応じた重み付け割合αを設定する。
すなわち、操舵輪10のグリップ力が不足し、に推定負荷Txが飽和し始める領域を走行試験等によって求め、当該領域における重み付け割合αを相対的に小さく設定しておくことで、操舵トルクTsの飽和が生じるようにする。ここでは、推定負荷Txの絶対値が5Nm付近から、推定負荷Txが飽和し始めると想定して設計している(図19参照)。この閾値(ここで5Nm)が請求項に記載の閾値に相当する。
また、重み付け割合マップにおいて車速V=5km/hでの重み付け割合αを、車速V=40km/hでの重み付け割合αよりも大きく設定している理由は、実施形態で述べた通りである。
ここで、図20を用いて、この変形例3の効果について説明する。図20は、実施形態の説明に用いた図9に対応するものである。すなわち、図20の実線、長一点鎖線、長破線は、変形例3の重み付け割合決定部450が生成した重み付け割合αに基づいて生成された目標操舵トルクTidを減算部170に入力して制御を実行した場合のリサージュ波形を示す図である。
図20を見れば分かるように、本変形例3によっても、これまでに述べた実施形態や変形例1と同様の効果を奏する。また、変形例3の構成においても、種々の試験結果などに基づいて、重み付け割合マップを設計することによって、上述の効果を奏するとともに、車両のスピンに対するカウンタ操舵を実施するドライバに与える違和感を低減することができる。
<その他の変形例>
以上では、ハンドル2の操作に伴い回転する部材の回転角である操舵角θとして、ステアリングシャフト3の回転角を用いていたが、操舵角θを検出する部材はステアリングシャフト3にかぎられない。たとえば、インターミディエイトシャフト5の回転角、モータ6の回転角、操舵輪10の回転角に基づいて操舵角θを検出してもよい。また、ここでは、操舵角θは、ハンドル2の回転角度を表すものとしたが、車両の前後方向に対する操舵輪10の切れ角としてもよい。
また、変形例2では、操舵角θを擬似微分して操舵角速度ωを算出していたが、これに限られない。たとえば、モータ6の回転速度を検出して操舵角速度ωとしてもよい。
さらに、以上では、電動パワーステアリングシステムの方式として、インターミディエイトシャフト5の回転をモータ6でアシストする、いわゆるシャフトアシスト式の構成を例に挙げて説明した。しかし、これもあくまでも一例である。例えばタイロッド8の往復運動、即ちステアリングギアボックス7内のラックの往復運動をモータでアシストする、いわゆるラックアシスト式のものにも適用できるなど、種々のアシスト方式の電動パワーステアリングシステムに対して本発明を適用することが可能である。
なお、以上では、実施形態と種々の変形例1〜3を別々に採用する構成を例示したが、これに限らない。例えば実施形態と変形例2を組み合わせた構成としてもよい。そのような構成において、横加速度偏差の絶対値が操舵輪10のグリップ力が不足していると想定される領域となっている場合には、横加速度偏差に基づいて決定される重み付け割合αを採用し、舵速−操舵トルク乗算値が、切り戻し操作を実施していると想定される領域となっている場合には、舵速−操舵トルク乗算値に基づいて決定される重み付け割合αを採用すればよい。その他の場合には、どちらか一方の方式によって定まる重み付け割合αを採用してもよいし、それらの平均値を採用してもよい。