JP6292572B2 - アブシジン酸非感受性遺伝子を用いた植物の耐冷性強化法 - Google Patents

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Description

本発明は、アブシジン酸非感受性に基づく植物の耐冷性強化法に関する。
地球温暖化に伴って気候変動が拡大し、寒地・寒冷地では異常高温だけでなく異常低温も頻発するようになっており、作物の安定生産が脅かされている。このため、耐冷性が強化された品種の開発が進められているが、1993年の大冷害時のような夏季低温に打ち克てる品種の育成には成功していない。穂ばらみ期(花粉形成期)のイネが夏季低温に曝露されると、花粉不稔化が引き起こされ、稔実率が低下し、収量が大幅に低下することから、夏季低温に対する耐性は非常に重要である。また、直播栽培では、発芽直後の低温伸長性が重要であるが、これを改良するために利用できる育種材料が極めて少ないことから、十分な育種的改良ができないまま現在に至っている。したがって、耐冷性、特に夏季低温に対する耐性と低温伸長性を改良するためのさらなる育種技術が求められている。
これまで、植物の環境ストレス耐性(耐冷性・耐暑性・耐乾性・耐寒性等)を向上させる植物ホルモンとしては、アブシジン酸(ABA)が最も効果が大きいとされてきた。例えばABA処理により幼苗の低温枯死耐性や耐乾性が大幅に上昇することが知られている(Lang et al., (1989) Theor. Appl. Genet., 77, p.729-734; Lu et al., (2009) Plant Physiol. Biochem., 47, p.132-138)。また、ABAシグナル伝達能力を高めることによって、環境ストレス耐性を向上させようとする研究も精力的に行われてきた(Fujita et al., (2005) Plant Cell, 17, p.3470-3488)。この方法では確かに耐乾性や耐凍性を高めることができるが、一方でイネでは過剰なABA応答が花粉形成を阻害することも知られている(Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48, p.1319-1330)。そこでイネに対するより効果的な耐冷性強化方法の開発が求められてきた。
ABAシグナル伝達については、シロイヌナズナを用いた研究で、ABAが存在しない場合には、ABAシグナル伝達に必要不可欠なSnRK2(SNF1関連タンパク質キナーゼ2;リン酸化酵素タンパク質)と、ある種のPP2C(クレードAプロテインホスファターゼタイプ2C)タンパク質とは両タンパク質の触媒クレフトを介して結合したままとなってSnRK2が基質をリン酸化することはできないが、ABAが存在する場合、ABAがABA受容体タンパク質と結合し、PP2Cタンパク質の触媒クレフトと相互作用することにより、PP2CとSnRK2の間の結合が失われSnRK2の触媒クレフトが解放されて基質をリン酸化できるようになり、ABAシグナル伝達が開始されることが報告されている(Fujii et al., (2009) Nature 462(7273):660-664; Soon et al., (2012) Science 335(6064):85-88)。PP2C遺伝子はシロイヌナズナにもイネにも約80個存在しており、ABAシグナル伝達に関与しているのはそのごく一部と考えられている。シロイヌナズナでは、特定のPP2Cタンパク質に特定のアミノ酸置換が生じるとABA非感受性となることが報告されている(Leung J, et al., Plant Cell (1997) 9(5):759-771; Robert N, et al., FEBS Lett. (2006) 580(19):4691-4696; Dupeux F, et al., Plant Physiol. (2011) 156(1):106-116; Miyazono K, et al., Nature (2009) 462(7273):609-614)。このアミノ酸置換によりシロイヌナズナ植物体のストレス耐性が大幅に低下したことが報告されている(Leung J, et al., Plant Cell (1997) 9(5):759-771; Robert N, et al., FEBS Lett. (2006) 580(19):4691-4696; Dupeux F, et al., Plant Physiol (2011) 156(1):106-116)。
Lang et al., (1989) Theor. Appl. Genet., 77, p.729-734 Lu et al., (2009) Plant Physiol. Biochem., 47, p.132-138 Fujita et al., (2005) Plant Cell, 17, p.3470-3488 Oliver et al., (2007) Plant Cell Physiol., 48, p.1319-1330 Fujii et al., (2009) Nature 462(7273):660-664 Soon et al., (2012) Science 335(6064):85-88 Leung J, et al., Plant Cell (1997) 9(5):759-771 Robert N, et al., FEBS Lett. (2006) 580(19):4691-4696 Dupeux F, et al., Plant Physiol. (2011) 156(1):106-116 Miyazono K, et al., Nature (2009) 462(7273):609-614
本発明は、イネの耐冷性、特に穂ばらみ期耐冷性と低温伸長性を強化する方法を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、環境ストレス耐性を高めるために従来行われてきたABAシグナル伝達能力の増強とは逆に、ABAシグナル伝達能力を弱めることにより、植物、とりわけイネの低温伸長性と穂ばらみ期耐冷性を強化できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1]アブシジン酸非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子を、イネに導入することを含む、イネの耐冷性を強化する方法。
[2]前記変異型PP2C遺伝子が、配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする、上記[1]の方法。
[3]前記変異型PP2C遺伝子が、
a) 配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、又は
b) 配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子
である、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4]耐冷性が低温伸長性及び穂ばらみ期耐冷性である、上記[1]〜[3]の方法。
[5]アブシジン酸非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子が導入された、耐冷性が強化されたイネ。
[6]前記変異型PP2C遺伝子が、配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする、上記[5]のイネ。
[7]前記変異型PP2C遺伝子が、
a) 配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、又は
b) 配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子
である、上記[5]又は[6]のイネ。
[8]耐冷性が低温伸長性及び穂ばらみ期耐冷性である、上記[5]〜[7]のイネ。
本発明によれば、イネの耐冷性、特に低温伸長性と穂ばらみ期耐冷性を強化することができる。
図1は、イネ及びシロイヌナズナのPP2Cの分子系統樹を示す図である。 図2は、イネ及びシロイヌナズナのPP2Cのアミノ酸配列のアラインメントを示す図である。OsPP2C53は配列番号2の169〜337番目、ABI1は配列番号4の164〜322番目、ABI2は配列番号6の152〜312番目、HAB1は配列番号8の232〜407番目の領域のアミノ酸配列が示されている。矢印は、ABA非感受性をもたらすアミノ酸置換部位を示す。 図3は、酵母ツーハイブリッド法によるOsPP2C53とABA受容体AtPYR1との相互作用解析の結果を示す写真である。図3Aは培地DDO+X-α-GAL、図3Bは培地DDO+X-α-GAL +20μM ABAでの結果である。図中の番号は、表2のベイトとプレイの組み合わせの番号に対応する。 図4は、形質転換シロイヌナズナのABA感受性評価試験の結果を示す図である。図4A(対照)はABA不含のMS培地、図4BはABA含有MS培地での結果を示す。Colは非形質転換体である。 図5は、OsPP2C53 G183Dを導入した形質転換系統と原品種(きたあおば)のABA感受性の違いを、ABAにより生育が抑制されるシュート及び主根の長さによって示した図である。図5Aはシュート長(mm)、図5Bは主根長(mm)の結果を示す。*は原品種と比較した統計学的有意差を示し、図5AではP値=0.00000023、図5BではP値=0.00000000020である。図5A及び図5Bにおいて原品種はN=23、形質転換系統はN=24である。 図6は、OsPP2C53 G183Dを導入した形質転換イネ系統とその原品種「きたあおば」の発芽直後の低温伸長性を示す図である。*は原品種と比較した統計学的有意差を示す。原品種はN=5、形質転換系統はN=4である。 図7は、出穂9〜10日前に12℃で5日間処理したイネの稔実率を示す図である。*は原品種と比較した統計学的有意差を示す。原品種はN=37、形質転換系統はN=23である。
以下、本発明を詳細に説明する。
アブシジン酸(ABA)は、植物において、環境ストレスに曝露されることで合成が誘導される、環境ストレス耐性(耐冷性・耐暑性・耐乾性・耐寒性等)の向上をもたらす植物ホルモンである。一方で、穂ばらみ期(花粉形成期)に低温に遭遇した植物体内でのABA濃度の上昇は、植物の生育を強く抑制し、葯における花粉形成を阻害する一因となる。
本発明は、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子(アブシジン酸非感受性遺伝子;以下、単に変異型PP2C遺伝子とも称する)を植物に導入し、植物のABA感受性を低下させることにより、低温下でABA濃度が高まってもABAシグナル伝達が起こりにくい状態となり、その結果、植物の耐冷性を高めることができるという知見に基づく。本発明は、特に、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子をイネに導入することを含む、イネの耐冷性、とりわけ穂ばらみ期耐冷性及び低温伸長性を強化する方法に関する。
プロテインホスファターゼタイプ2C(PP2C)は、原核生物から真核生物までのシグナル伝達経路の調節因子である。一部のPP2Cはアブシジン酸(ABA)のシグナル伝達のネガティブな主要調節因子として機能する。そのようなPP2Cは、ABA依存的にABA受容体と相互作用することができ、すなわちABA感受性である。ABA感受性PP2C(野生型)の典型例としては、配列番号2(イネ由来)、並びに配列番号4、6及び8(シロイヌナズナ由来)に示すそれぞれのアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。ABA感受性PP2Cをコードする遺伝子(野生型)の典型例としては、それらのタンパク質をコードする、配列番号1(イネ由来)、並びに配列番号3、5及び7(シロイヌナズナ由来)に示すそれぞれの塩基配列を含む遺伝子が挙げられる。
本発明で用いる、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、ABA感受性PP2Cをコードする遺伝子(野生型PP2C遺伝子)の変異体であり、ABAの存在下でABA受容体と相互作用できないことにより宿主にABA非感受性をもたらし得る変異型PP2Cタンパク質をコードする遺伝子を意味する。変異型PP2Cタンパク質がABAの存在下でABA受容体と相互作用できるかどうかは、ABAの存在下及び非存在下で、変異型PP2Cタンパク質とABA受容体とを用いた酵母ツーハイブリッド解析を行うことにより、確認することができる。ABA受容体としては、任意の植物由来のものを用いることができ、以下に限定するものではないが、例えば、シロイヌナズナ由来のAtPYR1(配列番号22に示すアミノ酸配列からなるタンパク質等)を用いることができる。
本発明において、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、任意の生物由来、好ましくは植物、より好ましくはイネ科植物、例えばイネから単離したものであってもよいし、その変異体であってもよい。より具体的には、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるPP2Cタンパク質とのホモログをコードする遺伝子又はその変異体であり得る。好適な実施形態では、ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、例えば97%以上、98%以上、99%以上、又は99.5%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする核酸であってよい。ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列に対して1個又は数個(2〜10個、例えば2〜5個)のアミノ酸の欠失、置換、又は付加を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしていてもよい。ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子は、配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、及び配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換のうち少なくとも一方に相当するアミノ酸置換をABA非感受性をもたらす変異として有し、ABA非感受性となっているタンパク質をコードする遺伝子であることが特に好ましい。
ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子の好適例としては、配列番号2に示すアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、例えば97%以上、98%以上、99%以上、又は99.5%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
なお本発明に関して、「配列番号Xに示す配列とY%以上の配列同一性」とは、比較対象の配列の全長を、配列番号Xに示す配列に対して最も同一性が高くなるようにアラインメントしたときの配列同一性(%)を意味する。
また本発明に関して、変異型遺伝子は、遺伝子名、置換前のアミノ酸、置換されるアミノ酸の位置、置換後のアミノ酸の順で記載した名称で表す。例えば、イネPP2C遺伝子OsPP2C53に、183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換を引き起こす変異が導入された変異型遺伝子、及び315番目のトリプトファンのアラニンへの置換を引き起こす変異が導入された変異型遺伝子を、それぞれOsPP2C53 G183D、OsPP2C53 W315Aと称する。
ABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子の具体例として、以下に限定するものではないが、例えば、配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、及び配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子が挙げられる。
本発明において「遺伝子」及び「核酸」は、DNA又はRNAであり得る。本発明において遺伝子は、タンパク質コード配列(開始コドン〜終止コドン)の他、非翻訳領域(UTR)や転写調節領域などを含んでもよい。
本発明に係るABA非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子によってコードされる変異型PP2Cは、ABAの存在下でABA受容体と相互作用(結合)しないことに加えて、野生型PP2Cと同様に、SnRK2と相互作用する能力、すなわちSnRK2タンパク質と結合しSnRK2のリン酸化活性を不活性化(阻害)する能力(SnRK2不活性化能)を有していることが好ましい。変異型PP2CのSnRK2タンパク質との結合能は、例えば、変異型PP2Cタンパク質とSnRK2タンパク質を用いた酵母ツーハイブリッド解析を行うことにより、確認することができる(例えば、Umezawa et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., (2009) 106(41): 17588-17593を参照)。また変異型PP2CのSnRK2不活性化能は、例えば、変異型PP2C及びABAの存在下でホスホヒストンを基質として用いるリン酸化アッセイ(ゲル内リン酸化アッセイなど)によりSnRK2タンパク質のリン酸化活性(キナーゼ活性)を測定し、該活性が野生型PP2C及びABAの存在下でのSnRK2タンパク質のリン酸化活性と比較して有意に低減するかどうかを判定することによって確認することができる(例えば、Umezawa et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., (2009) 106(41): 17588-17593を参照)。SnRK2タンパク質としては、任意の植物由来のものを用いることができ、以下に限定するものではないが、例えばシロイヌナズナ又はイネ由来のものを用いることができる。そのようなSnRK2タンパク質としては、例えば、特にサブクラスIIIのSnRK2、例えばSnRK2.2(SRK2D)、SnRK2.3(SRK2I)及びSnRK2.6(SRK2E)、さらにSAPK8、SAPK9、及びSAPK10等が挙げられる(例えば、Umezawa et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., (2009) 106(41): 17588-17593;Kobayashi et al.,(2005) Plant J. 44(6):939-949を参照)。本発明において変異型PP2Cは、脱リン酸化能を保持していても保持していなくてもよい。
本発明に係る変異型PP2C遺伝子が、ABA非感受性をもたらすか否かは、ABA感受性評価試験を行い、当該遺伝子を導入した植物(典型的には、シロイヌナズナ又はイネ)の種子の芽生え(例えばシュート及び/又は主根)の生育がABA依存的に抑制されるか否かを調べることにより、判定することができる。その評価試験において、変異型PP2C遺伝子を導入した植物の種子からの芽生え(例えばシュート及び/又は主根)の生育量がABA存在下でも顕著に減少せず、ABA存在下での同じ植物種の野生型植物(変異型PP2C遺伝子を有しない)の生育量と比較して有意に増加した場合には、その変異型PP2C遺伝子は、宿主に対しABA非感受性をもたらすものと判定することができる。ABA感受性評価試験の実験手順の詳細については、後述の実施例5の記載を参照することができる。
本発明に係る変異型PP2C遺伝子は、配列番号1、3、5若しくは7に示す塩基配列又は他のPP2C遺伝子の既知配列を利用し、ABA感受性細胞から抽出したDNA又はRNAを用いて常法によりABA感受性PP2C遺伝子を単離し、そこにABA非感受性をもたらす変異を導入することによって作製することができる。あるいは、本発明に係る変異型PP2C遺伝子は、ABA非感受性細胞から抽出したDNA又はRNAを用いて、常法に従ってABA非感受性PP2C遺伝子を単離することによって調製することもできる。
例えば、生物由来の組織又は細胞(例えば、植物の葉など)から常法に基づいて抽出されたmRNAから通常の逆転写法により合成したcDNAを鋳型として、既知のABA感受性PP2C遺伝子の塩基配列に基いて設計したプライマーを利用してPCR増幅することにより、ABA感受性PP2C遺伝子を含むDNA断片を得ることができる。
得られたABA感受性PP2C遺伝子を含むDNA断片について、例えば部位特異的変異誘発等によって塩基配列を改変することができる。DNAに変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法、Inverse PCR法、Transformer法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。部位特異的変異導入は、市販の部位特異的変異導入用キット、例えばPrimeSTAR(R) Mutagenesis Basal Kit(TAKARA BIO INC.)、KOD -Plus- Mutagenesis Kit(TOYOBO)、TransformerTM部位特異的変異導入キット(TAKARA BIO INC.)などを用いて行うこともできる。部位特異的変異誘発により、ABA非感受性をもたらす変異をABA感受性PP2C遺伝子に導入することが好ましい。
本発明の変異型PP2C遺伝子はまた、化学合成法を利用して合成してもよい。
以上のようにして取得した変異型PP2C遺伝子は、常法によりベクター中にクローニングすることが好ましい。任意の発現ベクターにクローニングすることができるが、アグロバクテリウム法を用いて変異型PP2C遺伝子を植物に導入する場合には、アグロバクテリウム菌を介して植物ゲノムに挿入され得るT-DNA領域を有するベクター、例えばバイナリーベクターに変異型PP2C遺伝子をクローニングすることが好ましい。このようなベクターとしては、限定するものではないが、例えば、pBG系、pEarly系、pRI系、pBI系、pPZP系、pSMA系などのTiプラスミドベクターを用いることができる。バイナリーベクターとは大腸菌(Escherichia coli)及びアグロバクテリウム菌において複製可能なシャトルベクターである。バイナリーベクターを保持するアグロバクテリウム菌を植物に感染させることにより、ベクター上のLB配列とRB配列(境界配列)で囲まれた部分のDNA(T-DNA)を植物ゲノムに組み込むことができる(EMBO Journal, 10(3), 697-704 (1991))。したがってバイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、バイナリーベクターのLB配列とRB配列の間に変異型PP2C遺伝子を挿入すればよい。
ベクターへの変異型PP2C遺伝子の挿入は、常法により行うことができる。例えば、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結することができる。あるいは、変異型PP2C遺伝子は、ゲートウェイクローニング法を用いて直接ベクター中に組み込んでもよい。変異型PP2C遺伝子は、ベクター中のプロモーター又はエンハンサーの制御下にセンス鎖方向で組み込むことが好ましい。
「プロモーター」としては、植物細胞において下流の遺伝子の発現を制御する機能を有する任意のプロモーターを使用できる。例えば、プロモーターは、植物において恒常的に発現を導くもの(構成性プロモーター)であってもよいし、所定の誘導因子の存在下で発現を誘導するもの(誘導性プロモーター)であってもよいし、植物の特定の組織内あるいは特定の発生段階に特異的に発現を誘導するもの(組織特異的プロモーター、発生段階特異的プロモーター)であってもよい。プロモーターは、植物由来のものであってもなくてもよい。プロモーターの具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。エンハンサーとしては、例えば、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、CaMV35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサー領域などが挙げられる。
ベクターは、変異型PP2C遺伝子と共にターミネーター、ポリA付加シグナル、5'-UTR配列、マーカー遺伝子等を含んでもよい。ターミネーターとしては、使用するプロモーターに誘導された遺伝子転写の終結をもたらす配列を使用することができ、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S RNA遺伝子のターミネーター等が挙げられる。マーカー遺伝子は、例えば、グルホシネート耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ゲンタマイシン耐性遺伝子、バンコマイシン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子、ゼオシン耐性遺伝子、ブラストサイジン耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、及びアンピシリン耐性遺伝子などが挙げられる。
変異型PP2C遺伝子は、当業者に任意の方法により、イネに導入することができる。
一実施形態では、変異型PP2C遺伝子を形質転換法を介してイネに導入することができる。変異型PP2C遺伝子を形質転換法を介して植物に導入するために、植物の形質転換に一般的に用いられる方法、例えばアグロバクテリウム法、ウィスカー法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法などを用いることができる。植物形質転換法の手順の詳細については、『形質転換プロトコール[植物編]」(2012) 化学同人』などの一般的なプロトコール集や、Clough SJ, et al., "Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana." Plant J. (1998) 16(6):735-743; Toki S, et al., "Early infection of scutellum tissue with Agrobacterium allows high-speed transformation of rice." Plant J. (2006) 47(6):969-976等の文献を参照することができる。
アグロバクテリウム法を用いる場合は、アグロバクテリウム法に適したベクターに変異型PP2C遺伝子を組み込んだベクターを、適当なアグロバクテリウム菌に常法により導入し、この菌株をイネの細胞又は組織等に接種して感染させることにより、イネ細胞のゲノムに外来性の変異型PP2C遺伝子を組み込ませることができる。本発明の方法において、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)、アグロバクテリウム・ビチス(Agrobacterium vitis)、アグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)、及びアグロバクテリウム・ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter)等のアグロバクテリウム法に使用可能な任意のアグロバクテリウム菌を用いることができる。アグロバクテリウム菌の例として、具体的には、例えば、EHA101、EHA105、GV3101、C58、S4、C58C1RifR、GV3850株等が挙げられるが、これらに限定されない。
アグロバクテリウム法には、プロトプラストにアグロバクテリウム菌を接種する手法、組織・細胞培養物に接種する手法、植物体そのものに接種する手法(in planta法)等の様々な手法があり、本発明ではその任意の手法を用いることができる。プロトプラストに接種する場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウム菌と共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウム菌と融合する方法(スフェロプラスト法)を用いることができる。組織・細胞培養物を用いる場合は、対象植物の無菌培養葉片(リーフディスク)やカルスにアグロバクテリウム菌を感染させればよい。またin planta法では、種子や植物体の一部にアグロバクテリウム菌を直接接種して感染を引き起こすことができる。
アグロバクテリウム菌を感染させたイネを、形質転換体を選抜可能な環境下で生育させ(カルス等に感染させた場合には常法により植物体に再生させ)ることにより、形質転換イネ(トランスジェニックイネ)を得ることができる。さらに、得られた形質転換イネにおいて種子を形成させ、採取し、その種子から得られる植物体を(例えばT2世代まで)自家交配し、変異型PP2C遺伝子をホモ接合で有する形質転換イネを得ることもできる。これらの形質転換イネについては、そのゲノム中に変異型PP2C遺伝子(好ましくは1コピーの変異型PP2C遺伝子)が組み込まれていることをサザンブロッティング法等により確認することが好ましい。このようにして変異型PP2C遺伝子を導入したイネを得ることができる。
本発明において「形質転換イネ」は、イネに形質転換処理を施して得られた当代植物である「T0世代」のほか、そのT0世代の種子から得られた後代である「T1世代」、「T2世代」、及びそのさらに後代の植物も意味する。
本発明において形質転換イネは、イネの植物体全体、植物器官(例えば根、茎、葉、花弁、種子等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束等)、植物培養細胞(カルスなど)のいずれをも指す。
本発明の別の実施形態では、変異型PP2C遺伝子を相同組換え法を用いてイネに導入してもよい。具体的には、変異型PP2C遺伝子又はその変異部位含有断片を含む、変異導入用ターゲティング核酸構築物を常法により作製し、それをイネに導入してイネゲノムとの間で相同組換えを引き起こすことにより、変異型PP2C遺伝子をイネゲノムに導入することができる。
本発明のさらに別の実施形態では、変異型PP2C遺伝子を、育種技術を用いてイネに導入してもよい。具体的には、変異型PP2C遺伝子を有するイネ、例えば、上記の形質転換法や相同組換え法により変異型PP2C遺伝子をゲノム中に導入したイネを、野生型PP2C遺伝子を有するイネと交配し、得られる子孫イネから変異型PP2C遺伝子を有するイネを選抜することにより、変異型PP2C遺伝子をイネに導入することができる。本発明は、変異型PP2C遺伝子を有するイネを野生型イネ(変異型PP2C遺伝子を有しないイネ)との交配に用いて変異型PP2C遺伝子をイネに導入することに基づく、イネの育種方法にも関する。
本発明において変異型PP2C遺伝子を導入する対象植物としては、イネ(Oryza sativa L.)が好適に用いられる。イネとしては、例えば「きたあおば」、「おぼろづき」、「たちじょうぶ」、「ゆきひかり」、「日本晴」、「ゆめぴりか」、「ななつぼし」、「ミルキークイーン」、「ほしのゆめ」、「きらら397」、「ゆきまる」、「ほのか224」、「どんとこい」、「コシヒカリ」、「ササニシキ」、「ひとめぼれ」、「あきたこまち」、「はえぬき」、「つや姫」、「なすひかり」、「キヌヒカリ」、「むつほまれ」、「ヒノヒカリ」、「津軽おとめ」、「つがるロマン」、「ゆめあかり」、「ハナエチゼン」、「夢つくし」、「ハツシモ」、「さがびより」、「どまんなか」、「かけはし」、「いわてっこ」、「まなむすめ」、「めんこいな」、「チヨニシキ」、「ふくみらい」、「にこまる」などの品種が挙げられるが、これらに限定されない。これらのイネ品種は、例えば独立行政法人農業生物資源研究所ジーンバンク(日本)などから入手することができる。
上記のようにして変異型PP2C遺伝子をイネに導入することにより、イネをABA感受性からABA非感受性に改変することができる。本発明に係る変異型PP2C遺伝子を導入したイネは、変異型PP2C遺伝子に加えて野生型PP2C遺伝子を有していてもよい。すなわち本発明に係る変異型PP2C遺伝子を導入したイネは、変異型PP2C遺伝子についてホモ接合体であってもよいし、ヘテロ接合体であってもよい。本発明に係る変異型PP2C遺伝子における変異は優性であり(Leung et al., (1994) Science 264(5164):1448-1452; Gosti et al., (1999) Plant Cell, 11(10):1897-1910)、ヘテロ接合体もホモ接合体と同様にABA非感受性を示す。これは、変異型PP2CがABA存在下でもABA受容体と結合せずSnRK2を解放しないことにより、フリーのSnRK2が減少する結果、野生型PP2Cが存在してもABAシグナル伝達がオフ(OFF)又は顕著に抑制されることによるものと考えられるが、本発明は必ずしもこの理論によって限定されない。
本発明では、上記のようにして変異型PP2C遺伝子をイネに導入し、イネをABA非感受性とすることにより、イネの耐冷性、特に穂ばらみ期耐冷性及び低温伸長性を強化することができる。本発明は、変異型PP2C遺伝子が導入され、それにより耐冷性、特に穂ばらみ期耐冷性及び低温伸長性が強化されたイネにも関する。
イネは、幼苗期、分げつ期、幼穂や頴花が分化する幼穂形成期、分化した頴花が完成するまでの穂ばらみ期(花粉形成期)、出穂期、開花期、登熟期の各生育時期を経て結実する。イネの穂ばらみ期は、典型的には、出穂前15〜1日、そのうち穂ばらみ期前期は出穂前15〜10日、穂ばらみ期中期は出穂前10〜5日、穂ばらみ期後期は出穂前5〜1日である。イネは夏作物であり、日本の一期作の場合、通常は4月〜5月頃に種まき(播種)を行い、晩夏〜秋に収穫する。元来は熱帯性作物であるイネは、生育中に冷温(0℃超の低温)に遭遇することにより様々な障害を生じ、収穫量が大幅に減少する(冷害の発生)。例えば、幼苗期の場合12℃以下、穂ばらみ期の場合19℃以下、登熟期の場合15℃以下の気温条件に遭遇すると、冷害が発生する可能性が高い。特に、穂ばらみ期から開花期にかけての冷温は、花粉不稔化を引き起こして稔実率を低下させ、不稔籾を多く生じさせる。穂ばらみ期に低温(典型的には、冷温)に曝露されたイネではアブシジン酸の合成が誘導され、それが穂ばらみ期における生育遅延及び花粉不稔を引き起こす。本発明では、変異型PP2C遺伝子をイネに導入することにより、イネのABAに対する感受性を低下させ、イネの穂ばらみ期耐冷性を強化することができ、その結果、穂ばらみ期に遭遇する低温(典型的には、冷温)によって生じる低温障害(冷温障害)を軽減することができる。
したがって本発明の方法によって得られる、変異型PP2C遺伝子が導入されたイネは、穂ばらみ期の低温による低温障害が懸念される環境下(例えば、冷夏が懸念される年又は土地)での栽培において特に有利である。本発明における「穂ばらみ期耐冷性の強化」とは、穂ばらみ期において日平均気温が0℃を超えて20℃未満、好ましくは10℃以上18℃以下となる冷温に曝露された場合に、低温障害が軽減されることを意味する。
穂ばらみ期に遭遇する低温によって生じる低温障害は、主として花粉不稔化と生育遅延である。本発明における変異型PP2C遺伝子のイネへの導入により、低温に曝露された場合でも、花粉不稔を抑制し、稔実率を向上させることができる。稔実率の向上は、頴花の稔実率を調べることによって評価することができる。本発明において、頴花の稔実率は、出穂の30〜40日後の穎花における、各穂の頴花総数に対する稔性頴花の割合(%)の平均値として算出する。本発明に係る変異型PP2C遺伝子を導入したイネでは、穂ばらみ期に冷温に曝露された場合の頴花の稔実率を、変異型PP2C遺伝子を導入していないイネ(原品種;対照イネ)と比較して有意に増加させることができ、例えば1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは1.7倍以上、さらに好ましくは2倍以上に増加させることができる。本発明に係る変異型PP2C遺伝子を導入したイネの穂ばらみ期耐冷性の評価は、例えば、イネを穂ばらみ期(例えば、出穂のおよそ10日前)に冷温処理(例えば12℃で、昼15時間/夜9時間を5日間)し、出穂のおよそ35日後の頴花の稔実率を調べ、同様に冷温処理した対照イネの同時期の頴花の稔実率と比較して有意な増加が認められるかどうかを判定することにより行うことができる。
またイネでは、発芽後に低温(典型的には、冷温)に曝露されるとABA濃度が上昇し、生育が抑制される。本発明では、変異型PP2C遺伝子をイネに導入することにより、イネのABAに対する感受性を低下させ、生育の抑制を軽減又は阻止し、低温伸長性を強化することができる。本発明において「低温伸長性」とは、ある程度の低温(典型的には、12℃〜19℃)に曝露された場合でも、顕著な生育抑制を受けることなく生育できる能力をいう。本発明に係る変異型PP2C遺伝子を導入したイネでは、発芽後に冷温に曝露された場合のシュートの生育量を、変異型PP2C遺伝子を導入していないイネ(原品種;対照イネ)と比較して有意に増加させることができ、例えば1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上に増加させることができる。本発明に係る変異型PP2C遺伝子が導入されたイネの低温伸長性の評価は、例えば、発芽したイネを冷温条件下(例えば17℃で、昼16時間/夜8時間を3日間)で栽培した後、シュート長を測定し、シュート長が出穂のおよそ35日後の頴花の稔実率を調べ、同様に冷温条件下で栽培した対照イネのシュート長と比較して有意な増加が認められるかどうかを判定することにより行うことができる。
本発明に係る変異型PP2C遺伝子が導入されたイネは、耐冷性、特に穂ばらみ期耐冷性及び低温伸長性が強化されることから、低温の影響による収量減少を軽減又は阻止する上で非常に有効である。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1]標的イネPP2C遺伝子の特定
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、特定のPP2Cタンパク質に特定のアミノ酸置換(突然変異及び人為的変異によるものを含む)が生じるとアブシジン酸(ABA)非感受性となることが報告されている。シロイヌナズナではこのアミノ酸置換により植物体のストレス耐性が大幅に低下した。本発明者らは、このアミノ酸置換をイネ(Oryza sativa)に導入し、イネをABA非感受性に改変することができれば、イネが低温に対して過剰に応答しなくなり、低温伸長性と穂ばらみ期耐冷性が向上するのではないかと考えた。
そこでまず、シロイヌナズナにABA非感受性をもたらしたPP2C遺伝子と相同性の高いイネの遺伝子を系統解析により特定した。系統樹作製には系統学的解析ソフトウェア、MEGA5を用いた(Tamura K, et al., Mol. Biol. Evol. (2011) 28(10):2731-2739)。またイネとシロイヌナズナのABAシグナル伝達に関与すると考えられるPP2Cのアミノ酸配列をシロイヌナズナより9つ、イネより7つ、NCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)から入手した。得られたPP2Cのアミノ酸配列(計16個)を用い最尤法により系統樹を作成した。表1に系統解析に用いたPP2Cの遺伝子名とそれによりコードされるアミノ酸配列のアクセッション番号を示す。なおシロイヌナズナPP2C(以下、AtPP2C)及びイネPP2C(以下、OsPP2C)のそれぞれの遺伝子名は既報告(Hanada K, et al., J. Plant Res. (2011) 124(4):455-465; Bhaskara GB, et al., Plant Physiol. (2012) 160(1):379-395; Xue T, et al., BMC Genomics (2008) 9:550)を参考にした。得られた系統樹を図1に示す。
Figure 0006292572
その結果、シロイヌナズナにおいてABA非感受性について最もよく解析されているAtPP2CであるABI1及びHAB1に対して高い類似性を示すOsPP2Cが2つ(OsPP2C50及びOsPP2C53)存在することが示された(図1)。これらのOsPP2Cについてイネゲノム情報データベース(http://rapdb.dna.affrc.go.jp/)を調べると、OsPP2C50には完全長cDNAクローンが存在しなかったことから、OsPP2C53を単離して候補ABA非感受性遺伝子として用いることとした。
[実施例2]変異遺伝子の作製
シロイヌナズナPP2Cタンパク質(AtPP2C)においてABA非感受性をもたらしたアミノ酸置換をOsPP2Cでも引き起こすべく遺伝子OsPP2C53の塩基配列に変異を導入し、人為的に変異遺伝子を作製した。シロイヌナズナにおいてABA非感受性をもたらすAtPP2Cのアミノ酸置換部位は2つ知られている。1つはABI1、ABI2及びHAB1によりコードされるアミノ酸配列上でそれぞれ180、168及び246番目に位置するグリシンのアスパラギン酸への置換である(Leung J, et al., Plant Cell (1997) 9(5):759-771; Robert N, et al., FEBS Lett. (2006) 580(19):4691-4696)。もう1つは、ABI1及びHAB1によりコードされるアミノ酸配列上でそれぞれ300及び385番目に位置するトリプトファンのアラニンへの置換である(Dupeux F, et al., Plant Physiol. (2011) 156(1):106-116; Miyazono K, et al., Nature (2009) 462(7273):609-614)。OsPP2C53によってコードされるアミノ酸配列中のこれらのアミノ酸置換部位に相当するアミノ酸を遺伝子配列解析ソフトウェアCLC sequence viewer 6(CLC bio, Denmark)を用いて調べた。同ソフトウェアによって遺伝子OsPP2C53、ABI1、ABI2及びHAB1(タンパク質コード配列:配列番号1、3、5、及び7)がコードするアミノ酸配列(それぞれ、配列番号2、4、6、8)を相同性に基にアライメントしたところ、AtPP2CでABA非感受性をもたらす1つ目のアミノ酸置換部位は、OsPP2C53については183番目のグリシンに、2つ目のアミノ酸置換部位は315番目のトリプトファンに相当していた(図2)。このためOsPP2C53によりコードされるアミノ酸配列において、183番目のグリシンをアスパラギン酸に、又は315番目のトリプトファンをアラニンに置換することにより、ABA非感受性をもたらす変異型OsPP2C53を作製することが可能ではないかと考えた。
OsPP2C53遺伝子に上記の変異を導入するため、まず常法により抽出したイネmRNAを鋳型としてOsPP2C53のcDNAをPCRによって増幅し、増幅断片をpENTR D/TOPOベクター(Life technologies, USA)にクローニングした。増幅に用いたプライマーの配列を以下に示す。
OsPP2C53クローニング用プライマー
426 5’-CACCATGGAGGACCTCGCCCTGCCC-3’(配列番号9)
427 5’-TCATGCTTTGCTCTTGAACTTCCT-3’ (配列番号10)
ベクターに導入したOsPP2C53の方向と塩基配列を、シークエンサーを用いて決定した。用いたプライマーの配列を以下に示す。
OsPP2C53シークエンス用プライマー
445 5’-GTAAAACGACGGCCAGT-3’(配列番号11)
446 5’-CAGGAAACAGCTATGAC-3’(配列番号12)
これにより、ベクター中に正しい配向でクローニングされた遺伝子OsPP2C53がタンパク質コード配列(cDNA中の翻訳領域)として配列番号1に示す塩基配列を有することが確認された。
OsPP2C53について183番目のグリシンをアスパラギン酸に置換するためには、OsPP2C53のタンパク質コード配列(配列番号1)の548番目のグアニンをアデニンに置換することが必要である。同様に、OsPP2C53について315番目のトリプトファンをアラニンに置換するためには、OsPP2C53のタンパク質コード配列(配列番号1)の943番目のチミン,944番目のグアニンをそれぞれグアニン、シトシンに置換することが必要である。そこで、これらの塩基置換をOsPP2C53に導入した。なお、183番目のグリシンをアスパラギン酸に置換する塩基置換を導入したOsPP2C53変異型遺伝子をOsPP2C53 G183D、315番目のトリプトファンをアラニンに置換する塩基置換を導入したOsPP2C53変異型遺伝子をOsPP2C53 W315Aと称する。
塩基置換の導入のため、部位特異的変異導入キットPrimeSTAR(登録商標) Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ)を用いて、上記でOsPP2C53をクローニングしたベクターを鋳型として変異導入PCRを行い、それぞれの変異型OsPP2C53を含むベクターを得た。変異導入PCRに用いたプライマーの配列を以下に示す。
OsPP2C53 G183D変異導入PCRに用いたプライマー
371 5’-GGCCACGATGGCGTTCAGGTTGCCAAT-3’(配列番号13)
372 5’-AACGCCATCGTGGCCATCGTAGACGGC-3’(配列番号14)
OsPP2C53 W315A変異導入PCRに用いたプライマー
435 5’-ATCCAAGCGAATGGTTATCGAGTTCTC-3’(配列番号15)
436 5’-ACCATTCGCTTGGATAACCTTGCCACC-3’(配列番号16)
得られた変異型OsPP2C53の塩基配列を、シークエンサーを用いて確認した。用いたプライマーの配列を以下に示す。
シークエンスに用いたプライマー
445 5’-GTAAAACGACGGCCAGT-3’(配列番号11)
446 5’-CAGGAAACAGCTATGAC-3’(配列番号12)
得られた変異型遺伝子OsPP2C53 G183Dのタンパク質コード配列の塩基配列を配列番号17、それによりコードされるアミノ酸配列を配列番号18に示す。また、得られた変異型遺伝子OsPP2C53 W315Aのタンパク質コード配列を配列番号19、それによりコードされるアミノ酸配列を配列番号20に示す。
[実施例3]酵母ツーハイブリッド解析
シロイヌナズナにおいてABA非感受性をもたらす変異型AtPP2Cは、アミノ酸置換によって生じた構造変化によりABA受容体と相互作用できなくなり、それが原因でABAシグナルを抑制し続けてしまうことが明らかとなっている(Dupeux F, et al., Plant Physiol. (2011) 156(1):106-116; Miyazono K, et al., Nature (2009) 462(7273):609-614)。このため、実施例2で作製した変異型OsPP2C53もABA受容体と相互作用しなくなっていることが考えられた。そこでOsPPC53又は変異型OsPP2C53(OsPP2C53 G183D、OsPP2C53 W315A)と、ABA受容体タンパク質とが相互作用するかどうかを確認するため、酵母ツーハイブリッド解析を行った。
ABA受容体との結合に関する陽性対照としてABI1、さらにその変異体ABI1 G180D及びABI1 W300A、ABA受容体としてシロイヌナズナAtPYR1(NCBIアクセッション番号NM_117896;タンパク質コード配列を配列番号21に、それによりコードされるアミノ酸配列を配列番号22に示す)を使用した(Park SY, et al., Science (2009) 324(5930):1068-1071; Ma Y, et al., Science (2009) 324(5930):1064-1068)。解析にはMatchmakerTM Gold酵母ツーハイブリッドシステム(Clontech, USA)を使用した。
まず、実施例2と同様の方法で、遺伝子ABI1、及びシロイヌナズナABA受容体AtPYR1遺伝子をそれぞれPCRによって増幅し、pENTR D/TOPOベクター(Life technologies, USA)にクローニングした。さらに、ABI1をクローニングしたベクターを鋳型として変異導入PCRを行い、変異型遺伝子ABI1 G180D及びABI1 W300Aを含むベクターを得た。ベクター中のそれぞれの遺伝子の塩基配列を、シークエンサーを用いて確認した。用いたプライマーの配列を以下に示す。
ABI1クローニング用プライマー
430 5’-CACCATGGAGGAAGTATCTCCGGCGATC-3’ (配列番号23)
431 5’-TCAGTTCAAGGGTTTGCTCTTGAG-3’ (配列番号24)
AtPYR1クローニング用プライマー
15 5’-CACCATGCCTTCGGAGTTAACACC-3’ (配列番号25)
16 5’-TCACGTCACCTGAGAACCAC-3’ (配列番号26)
ABI1 G180D変異導入PCR用プライマー
379 5’-GGCCATGACGGTTCTCAGGTAGCGAAC-3’ (配列番号27)
380 5’-AGAACCGTCATGGCCGTCGTAAACACC-3’ (配列番号28)
ABI1 W300A変異導入PCR用プライマー
439 5’-ATTCAGGCGAATGGAGCTCGTGTTTTC-3’ (配列番号29)
440 5’-TCCATTCGCCTGAATCACTTTCCCTCC-3’ (配列番号30)
シークエンスに用いたプライマー
445 5’-GTAAAACGACGGCCAGT-3’ (配列番号11)
446 5’-CAGGAAACAGCTATGAC-3’ (配列番号12)
OsPP2C53、OsPP2C53 G183D、OsPP2C W315AをpENTR D/TOPOにクローニングしたベクターについては、実施例2で作製したものを用いた。
それぞれのベクターを鋳型DNAとし、各遺伝子のタンパク質コード配列をサブクローニング用プライマーでPCR増幅した。次に、In-Fusion HDクローニングキット(Clontech, USA)を用いて、OsPP2C53、OsPP2C53 G183D、OsPP2C W315A、ABI1、ABI1 G180D、ABI1 W300Aの各遺伝子について得られたPCR増幅断片をベクターpGADT7-AD(Clontech, USA;prey用)中に、AtPYR1遺伝子について得られたPCR増幅断片をベクターpGBKT7-BD(Clontech, USA;ベイト用)中に組み込んだ。これらベクター中の遺伝子についてはシークエンサーを用いて塩基配列を確認した。PCR、シークエンスに用いたプライマーの配列は以下のとおりである。
OsPP2C53、OsPP2C53 G183D、OsPP2C W315Aサブクローニング用プライマー
420 5’-GAGGCCAGTGAATTCATGGAGGACCTCGCCCTGCCCGCC-3’ (配列番号31)
421 5’-CGAGCTCGATGGATCCTCATGCTTTGCTCTTGAACTTCCT-3’ (配列番号32)
ABI1、 ABI1 G180D、ABI1 W300Aサブクローニング用プライマー
424 5’-GAGGCCAGTGAATTCATGGAGGAAGTATCTCCGGCGATC-3’ (配列番号33)
425 5’-CGAGCTCGATGGATCCTCAGTTCAAGGGTTTGCTCTTGAG-3’ (配列番号34)
AtPYR1サブクローニング用プライマー
441 5’-CATGGAGGCCGAATTCATGCCTTCGGAGTTAACACCAGAA-3’ (配列番号35)
442 5’-GCAGGTCGACGGATCCTCACGTCACCTGAGAACCACTTCC-3’ (配列番号36)
ベクターシークエンス用プライマー
387 5’-TAATACGACTCACTATAGGG-3’ (配列番号37)
388 5’-AGATGGTGCACGATGCACAG-3’ (配列番号38)
389 5’-TTTTCGTTTTAAAACCTAAGAGTC-3’ (配列番号39)
ベイト(bait)としてのAtPYR1を含む発現ベクターと、プレイ(prey)としてのOsPP2C53、OsPP2C53 G183D、OsPP2C W315A、ABI1、ABI1 G180D、及びABI1 W300Aのいずれかを含む発現ベクターとの組み合わせを酵母Y2HGold株(Clontech, USA)に導入した。陽性対照及び陰性対照のベクターとプレイの組み合わせも同様に酵母Y2HGold株(Clontech, USA)に導入した。使用したベイトとプレイの組み合わせを表2に示す。
Figure 0006292572
得られた酵母を、ロイシンとトリプトファンを欠如した培地(DDO)にX-GALを加えた培地(DDO+X-α-GAL)、及びDDO+X-GAL培地に20マイクロモルのアブシジン酸を添加した培地(DDO+X-α-GAL +20μM ABA)のそれぞれにおいて、30℃で生育させた。ベクターから発現されたタンパク質間で相互作用がある場合は酵母が青色を呈する。結果を図3に示す。
図3に示すとおり、培地DDO+X-α-GALでは表2の1(陽性対照)のみが青色を呈した。一方、培地DDO+X-α-GAL +20μM ABAでは、表2の1、3、6が青色を呈した。シロイヌナズナのPP2Cについてのこの結果は、既報(Dupeux F, et al., Plant Physiol. (2011) 156(1):106-116; Miyazono K, et al., Nature (2009) 462(7273):609-614)の結果と一致し、ABI1とAtPYR1の結合はABA依存的であり、変異導入されたABI1 G180D、ABI1 W300AはABA存在下でもAtPYR1と相互作用しなかった。同様にイネのPP2Cについても、OsPP2C53はAtPYR1とABA依存的に相互作用し、一方、変異型はABA存在下においてもAtPYR1と相互作用しなかった(図3)。この解析結果より、OsPP2C53はABA受容体と相互作用すること、さらに、二種類のアミノ酸置換(G183D及びW315A)によりABA受容体と相互作用しなくなることが示された。
そこで、アミノ酸置換G183D又はW315Aを導入した遺伝子OsPP2C53を、ABA非感受性PP2C遺伝子として以下の実施例で用いた。なおアミノ酸置換G183D又はW315Aを導入した遺伝子OsPP2C53を、それぞれOsPP2C53 G183D、OsPP2C53 W315Aと称する。
[実施例4]ABA非感受性PP2C遺伝子を導入した形質転換シロイヌナズナ及び形質転換イネの作出
(1)形質転換シロイヌナズナの作出
ゲートウェイクローニング法により、実施例2で作製したベクター中の遺伝子OsPP2C53、OsPP2C53 G183D及びOsPP2C53 W300Aを、それぞれ、Ti系ベクターであるpEarleyGate201(Earley KW, et al., Plant J. (2006) 45(4):616-629)中のCaMV 35Sプロモーターの下流に、LR反応によりセンス鎖方向で導入した。LR反応はLRクロナーゼTM(Life technologies、USA)を用いて行った。得られたベクターを、それぞれ、既報のプロトコール(Clough SJ, Bent AF. Plant J. (1998) 16(6):735-743)に従ってアグロバクテリウムGV3101株を用いて花序浸漬法により形質転換を行った。具体的には、上記のベクターを導入したアグロバクテリウムを形質転換用液(5% ショ糖、0.5% silwet L-77)に懸濁し、光波長600nmの吸光値が0.8前後になるようにアグロバクテリウム濃度を調整した。濃度調整した懸濁液にシロイヌナズナの花茎(長さ2〜10cm程度)の花芽を浸すことにより、形質転換処理を行った。この形質転換処理を行ったシロイヌナズナ植物体より得られた種子を選抜培地に播種し、グルホシネート耐性を持つ形質転換体(T1)を選抜した。さらに、T1植物を自家交配し、得られたT2種子を選抜培地に播種し、グルホシネート耐性を指標にホモ接合体を選抜した。同様にT3種子も選抜培地に播種してホモ接合体を選抜した。使用した選抜培地の組成は表3のとおりである。
Figure 0006292572
なお、用いたMS無機混合塩の組成は以下のとおりである。
Figure 0006292572
(2)形質転換イネの作出
ゲートウェイクローニング法により、実施例2で作製したベクター中の遺伝子OsPP2C53 G183Dを、Ti系ベクターであるpMDC43(Curtis MD, Grossniklaus U. Plant Physiol. (2003) 133(2):462-469)中のCaMV 35Sプロモーターの下流に、LR反応によりセンス鎖方向で導入した。LR反応はLRクロナーゼTM(Life technologies、USA)を用いて行った。得られたベクターを、それぞれ、既報のプロトコール(Toki S, et al., Plant J. (2006) 47(6):969-976)に従って、アグロバクテリウムEHA105株を用いてイネ品種「きたあおば」のカルス中に導入した。具体的には「きたあおば」の乾燥種子を脱籾し、3〜6%次亜塩素酸ナトリウム溶液にて30分間の表面殺菌処理を行った。殺菌処理を施した種子をN6Dカルス誘導培地に移し、7日間前後のカルス誘導を行った。イネカルスの形質転換処理は以下のように行った。まず、上記のベクターを導入したアグロバクテリウムをAAM液体培地に懸濁し、光波長600nmの吸光値が0.05前後になるように同液体培地のアグロバクテリウム濃度を調整した。アグロバクテリウムを懸濁した液体培地にカルスを投入し、90秒間浸漬した後、液体培地を廃棄し、カルスに付着した余分な液体培地をろ紙で取り除いた。次に、新しいAAM液体培地で湿らせたろ紙をN6D共存培地上に載せ、そのろ紙上にカルスを置き、30℃で3日間インキュベートした。このような形質転換処理後、カルスをカルベニシリン(500mg/L)を含む滅菌水で洗浄し、カルスをN6D選抜培地に移植してハイグロマイシン耐性カルスを選抜した。その後、選抜されたカルスを再分化培地(RE-III)に移植し、明所でシュートを再分化させた。次にシュートを再分化した個体を発根培地(HF)に置床し、同培地上で発根し、正常に生育した個体を馴化させ、ポットに移植することにより、植物体(T0世代)へと再生させた。
使用した培地の組成は以下の通りである。
Figure 0006292572
Figure 0006292572
Figure 0006292572
Figure 0006292572
Figure 0006292572
Figure 0006292572
なお、使用したN6D無機混合塩の組成は以下のとおりである。
Figure 0006292572
T0世代の植物体から成葉の一部を切り取り、常法によりDNAを抽出し、サザンブロッティング解析によって、遺伝子導入の成否、導入遺伝子のコピー数を調べた。サザンブロッティング解析にはDNA/RNA直接標識・検出キットAlkPhos Direct Labelling and Detection System with CDP-Star(GE healthcare, USA)を用いた。導入遺伝子の検出のため、導入DNA断片に遺伝子OsPP2C53 G183Dと共に含まれるGFP遺伝子に対するDNAプローブを作製し、アルカリホスファターゼ(AP)をDNAプローブに結合して、サザンブロッティングに用いた。DNAプローブは、以下のプライマーを用いたPCRにより得られた増幅産物を精製して用いた。
GFPプローブ増幅用プライマー
441 5’-CATGGAGGCCGAATTCATGCCTTCGGAGTTAACACCAGAA-3’ (配列番号40)
442 5’-GCAGGTCGACGGATCCTCACGTCACCTGAGAACCACTTCC-3’ (配列番号41)
抽出DNAとプローブのハイブリダイゼーション後、CDP-Starによる化学発光を検出し、発光が検出されなかった非形質転換体を除外し、1コピーの導入遺伝子を有する系統を選抜した。自家受粉によってT2世代までの交配を行い、ホモ接合体を得た。
[実施例5]形質転換シロイヌナズナとイネのABA感受性評価
(1)シロイヌナズナ形質転換体のABA感受性評価
ABA非感受性をもたらす遺伝子OsPP2C53 G183D、及びOsPP2C53W315Aをシロイヌナズナにそれぞれ導入することによって、実際にABAに対する感受性が低減されるかどうかを調べた。
この評価試験には、実施例4(1)で作出した形質転換シロイヌナズナ(遺伝子OsPP2C53 G183D、又はOsPP2C53W315Aを導入)、遺伝子ABI1 G180Dを実施例4(1)と同様に遺伝子導入して作出したabi1-1変異体シロイヌナズナ、対照として野生型シロイヌナズナを供試した。それぞれの種子を表面殺菌した後、MS培地(ABAを含まない;対照)、又はABAを含むMS培地に播種した。遮光状態で低温処理(4℃、二日間)した後、22℃の植物培養器内(蛍光灯による24時間照明)で7日間生育させた後、その生育具合を写真撮影した(図4)。使用した培地の組成は以下の通りである。
Figure 0006292572
Figure 0006292572
図4に示すとおり、ABAを含まない対照培地ではそれぞれの植物間で成長に大きな差は見られなかったのに対し、ABAを含む培地では、野生型植物(非形質転換体)がほぼ生育しなかったのに対して、abi1-1変異体(ABI1 G180D)はABAを含まない培地と同程度に生育していた。一方、OsPP2C53 G183D又はOsPP2C53 W300Aを導入した形質転換シロイヌナズナでも、明らかにABA非感受性と思われる個体が多数観察された(図4)。
(2)イネ形質転換体のABA感受性評価
ABA非感受性をもたらすOsPP2C53 G183D遺伝子をイネに導入することによって、実際に形質転換イネのABAに対する感受性が低減され、ABAによる生育抑制作用が低減されるかどうかを調べた。具体的には、28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ品種「きたあおば」(原品種)及び実施例4(2)で作出した形質転換イネの種子を、ABA(10μM)を含む水溶液に浮かべたネット上に播種し、25℃暗黒下で栽培した。処理開始5日後に原品種、形質転換イネのそれぞれ20個体超についてシュート及び主根の長さを測定した。その結果を図5に示す。それぞれの長さを原品種と形質転換イネで比較すると、形質転換イネではシュート及び主根の双方ともに原品種よりも有意に長く伸長しており、ABAによる生育抑制作用が低減されていた(図5)。このことから、変異型PP2Cの導入によりイネのABA感受性が有意に低下することが示された。
[実施例6]形質転換イネの低温伸長性評価
28℃暗黒下で3日間かけて催芽したイネ品種「きたあおば」及び実施例4(2)で作出した形質転換イネの種子を培土(パールマット)に播種し、17℃(昼16時間/夜8時間)のインキュベーターで3日間栽培して低温処理した後、シュートの長さを測定した。その結果を図6に示す。形質転換イネは原品種よりもシュート長が有意に長く(P値:0.000016)、変異型PP2Cの導入により低温伸長性が向上することが示された(図6)。
[実施例7]形質転換イネの穂ばらみ期耐冷性評価
1/5000aポットでイネ品種「きたあおば」及び実施例4(2)で作出した形質転換イネを、それぞれ円形20粒播きで播種し、各植物の第9葉と第10葉(止葉)のそれぞれの葉耳間隔が±2センチメートル前後になるまで25℃/20℃(昼15時間/夜9時間)の温室で生育させた。その後、出穂9〜10日前の時点で、植物を12℃(昼15時間/夜9時間)の温室へ移動し、同温室にて5日間生育させ、これを低温処理とした。低温処理後、各植物を25℃/20℃(昼15時間/夜9時間)の温室に戻し、同温室にて低温処理後から45日間生育させた後、頴花の稔実率を調査した。その結果を図7に示す。形質転換イネ系統の稔実率は原品種よりも有意に高かったことから、変異型PP2Cの導入によりイネの穂ばらみ期耐冷性が向上することが示された(図7)。
本発明によれば、冷温、特に夏季低温に対する耐冷性が強化されたイネを提供することができる。
配列番号9〜16及び23〜41:プライマー

Claims (10)

  1. アブシジン酸非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子をイネに導入し、それによりイネのアブシジン酸感受性を低下させることを含む、イネの耐冷性を強化する方法であって、前記変異型PP2C遺伝子が、配列番号2に示すアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
    a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
    b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
    を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする、
    方法
  2. 前記変異型PP2C遺伝子が、
    a) 配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、又は
    b) 配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子
    である、請求項に記載の方法。
  3. 耐冷性が低温伸長性及び穂ばらみ期耐冷性である、請求項1又は2に記載の方法。
  4. アブシジン酸非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子が導入され、それによりアブシジン酸感受性が低下し、耐冷性が強化されたイネであって、前記変異型PP2C遺伝子が、配列番号2に示すアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
    a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
    b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
    を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする、イネ
  5. 前記変異型PP2C遺伝子が、
    a) 配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、又は
    b) 配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子
    である、請求項に記載のイネ。
  6. 耐冷性が低温伸長性及び穂ばらみ期耐冷性である、請求項4又は5に記載のイネ。
  7. アブシジン酸非感受性をもたらす変異型PP2C遺伝子をイネに導入し、それによりアブシジン酸感受性が低下したイネを取得することを含む、耐冷性が強化されたイネの作製方法であって、前記変異型PP2C遺伝子が、配列番号2に示すアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を示し、かつ以下のアミノ酸置換:
    a) 配列番号2に示すアミノ酸配列の183番目のグリシンのアスパラギン酸への置換、又は
    b) 配列番号2に示すアミノ酸配列の315番目のトリプトファンのアラニンへの置換
    を有するアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする、
    方法。
  8. 前記変異型PP2C遺伝子が、
    a) 配列番号18又は20に示すアミノ酸配列をコードする遺伝子、又は
    b) 配列番号17又は19に示す塩基配列を含む遺伝子
    である、請求項7に記載の方法。
  9. 前記変異型PP2C遺伝子を導入したイネの、低温伸長性及び穂ばらみ期耐冷性を評価することをさらに含む、請求項7又は8に記載の方法。
  10. 請求項4〜6のいずれか1項に記載のイネ又は請求項7〜9のいずれか1項に記載の方法により作製されたイネを、野生型PP2C遺伝子を有するイネと交配し、得られる子孫イネから、前記変異型PP2C遺伝子を有し、それによりアブシジン酸感受性が低下し、耐冷性が強化されたイネを選抜することを含む、イネの育種方法。
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