(有機ハイドライドについて)
芳香族炭化水素化合物であるベンゼン、トルエン、ビフェニル、ナフタレン、1−メチルナフタレン、2−エチルナフタレンを水素化すると、それぞれ、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ビシクロヘキシル、デカリン、1−メチルデカリン及び2−エチルデカリンが得られる。上記のような被水素化物(例えばベンゼン)を用いることにより、水素を水素化物(例えばシクロヘキサン)の形で貯蔵することができる。また、アセトンを水素化すると、2−プロパノールが得られる。したがって、アセトンを用いて水素を2−プロパノールの形で貯蔵することが可能である。本明細書では、上記に例示したようなベンゼン、アセトン等の水素化により得られる水素化物(シクロヘキサン、2−プロパノール等)を有機ハイドライドと称する。
(有機ハイドライドの脱水素化について)
従来、有機ハイドライドの脱水素化方法として、パラジウム膜等、水素を選択的に透過する水素透過膜を用いる方法が知られている。ここで、水素透過膜の一方の主面上には、有機ハイドライド等の水素を有する供給物の脱水素化のための触媒が形成されており、その主面側から有機ハイドライドを供給することにより、他方の主面側から水素が取り出される。水素透過膜の主面のうち、触媒を有しない側(水素が発生する側)の主面上に、水素を発生させるための触媒が形成されていることもある。
脱水素化の過程においては、有機ハイドライド等の供給側と、水素を発生させる側との間に圧力差が与えられる。すなわち、有機ハイドライドを供給する側の圧力が、水素の発生する側の圧力よりも高い場合に、有機ハイドライトの脱水素化が起きる。
ここで、有機ハイドライドの脱水素化は吸熱反応であり、有機ハイドライドの脱水素化のための装置を350℃程度に加熱する必要がある。そのため、脱水素化により生じた芳香族炭化水素が変質し、触媒上に炭素からなる析出物が形成されることがある。炭素からなる析出物が触媒上に形成されると、触媒性能が低下してしまう。また、前記のように、水素透過膜によって有機ハイドライドを供給する側の空間と、水素を発生させる側の空間とを隔て、それぞれの空間内の圧力を制御する脱水素化方法では、圧力差によって水素発生量が変化してしまう。そのため、水素発生量の細かな制御は困難である。
本発明者は、プロトン伝導性固体電解質を利用した有機ハイドライドの脱水素化を検討した。プロトン伝導性を有する固体電解質を用いることにより、電解質を介してプロトン(H+)を電気化学的に輸送することができる。特許文献2に記載の技術では、電解質を介して、隔壁で隔てられた一方の容器から他方の容器へプロトンを輸送させている。このような機構又はこのような動作が可能な装置は、水素ポンプと呼ばれる。
ここで、水素ポンプを簡単に説明する。典型的な水素ポンプは、アノードと、カソードと、これらの間に挟まれたプロトン伝導性固体電解質とを備え、アノード側に設けられた流路と、カソード側に設けられた流路とが、電解質によって分離された構造を有する。例えば、水素を酸化する触媒を含むアノードをプロトン伝導性固体電解質の一方の主面上に形成し、プロトンを還元する触媒を含むカソードをプロトン伝導性固体電解質の他方の主面上に形成する。このような構成によれば、アノード側の流路に水素を含有する気体を供給するとともに、アノードとカソードとの間に電位差を与えることにより、カソード側の流路に水素ガスを得ることができる。
水素ポンプでは、アノードにおいて水素を含有する気体から引き抜かれたプロトンが、プロトン伝導性固体電解質中を移動し、カソードにおいて水素に還元される。これにより、カソード側の流路に水素ガスが発生する。水素を酸化する触媒に代えて、有機ハイドライドの脱水素化のための触媒を用い、アノードに有機ハイドライドを供給することにより、カソード側の流路に水素ガスを発生できると期待される。
しかしながら、水素ポンプの運転条件は、プロトン伝導性固体電解質がプロトン伝導性を発揮するために必要な温度に大きく影響される。例えば、特許文献2に記載されるように固体高分子膜をプロトン伝導性固体電解質として用いると、固体高分子膜の耐熱温度である100℃前後より低温で運転しなければならない。そのため、100℃前後においても高活性な触媒が必要である。
また、動作時、プロトン伝導性を維持するために、プロトン伝導性固体高分子膜を湿潤した状態に保たなければならない。そのため、カソード側において発生する水素ガスに水分が含まれてしまい、純粋な水素を取り出すことが困難である。さらに、固体高分子膜は、有機ハイドライド及び/又は脱水素化後の芳香族炭化水素化合物等に溶解することがあり、安定して水素を供給することは困難である。
従来、プロトン伝導性を有する電解質として、固体高分子膜の他にペロブスカイト型プロトン伝導性酸化物が知られている。しかしながら、一般的に、ペロブスカイト型プロトン伝導性酸化物は、600℃以上の温度で実用可能なプロトン伝導性を示す。そのため、ペロブスカイト型プロトン伝導性酸化物をプロトン伝導性固体電解質として用いた場合には、600℃以上の高温での運転が必要である。このような装置では、加熱装置が必要であり、漏洩しやすい水素ガスを得るための装置を構成する部材の選択の幅が狭かった。また、高温により、有機ハイドライド及び/又は脱水素化後の芳香族炭化水素化合物等が変質するおそれがある。
以上の理由から、100℃以上300℃以下の温度域において動作できる、実用的な脱水素化装置が求められている。
本発明者は、鋭意研究を重ねることにより、100℃以上500℃以下の温度域においても高いプロトン伝導度を維持するプロトン伝導性酸化物を見出し、このようなプロトン伝導性酸化物を電解質として用いた脱水素化装置を想到した。
本発明の一態様の概要は、以下のとおりである。
本発明の一態様である脱水素化装置は、脱水素化により水素ガスを発生させる脱水素化装置であって、脱水素化触媒を含むアノードと、プロトンを還元する触媒を含むカソードと、前記アノード及び前記カソードの間に配置されたプロトン伝導体とを備え、前記プロトン伝導体は、組成式AaB1-xB’xO3-δで表されるペロブスカイト型結晶構造を有し、前記Aは、2族元素から選択される少なくとも1つであり、前記Bは、4族の元素およびCeから選択される少なくとも1つであり、前記B'は、3族元素、13族元素またはランタノイド元素であり、0.5<a≦1.0、0.0≦x≦0.5、かつ0.0≦δ<3であり、前記組成式の電荷は、−0.13以上+0.14未満の範囲で電気的中性からずれている。
前記Aは、Ba、SrおよびCaからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記Bは、Zr、CeおよびTiからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記B'は、Yb、Y、NdおよびはInからなる群から選ばれる1つであってもよい。
x=0であり、前記組成式の電荷は、0より大きく0.14未満の範囲で電気的中性からずれていてもよい。
0.0<x≦0.50であり、前記組成式の電荷は、−0.13以上0未満の範囲で電気的中性からずれていてもよい。
前記脱水素化触媒は、Ni、Pt及びPdからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む金属又は合金であってもよい。
前記脱水素化触媒は、Ni、Pt及びPdからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む酸化物であってもよい。
前記アノードは、担体をさらに含んでいてもよい。前記担体は、Al2O3、SiO2、又はZrO2から構成されていてもよい。前記脱水素化触媒は、Ni、Pt及びPdからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む金属又は合金であってもよい。前記脱水素化触媒は、前記担体の表面上に担持されていてもよい。
前記プロトンを還元する触媒は、Ni、Pt、Re及びRhからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む金属又は合金であってもよい。
前記プロトンを還元する触媒は、Ni、Pt、Re及びRhからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む酸化物であってもよい。
前記プロトンを還元する触媒は、Ni、Pt、Re及びRhからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む酸化物を含有するサーメットであってもよい。
本開示による脱水素化装置の実施形態を説明する前に、この脱水素化装置に用いられるプロトン伝導性酸化物を説明する。以下に説明するプロトン伝導性酸化物は、ペロブスカイト構造を有するペロブスカイト型プロトン伝導体であり、100℃以上500℃以下の温度域においても、高いプロトン伝導性を有する。
(ペロブスカイト構造)
一般的なペロブスカイト構造は、図1に例示されるように、元素A、B、Oによって構成され、組成式ABO3によって表される。ここで、Aは2価のカチオンとなり得る元素、Bは4価のカチオンとなり得る元素、Oは酸素である。ペロブスカイト構造を有する結晶の単位格子は、典型的には立方体に近い形を有している。図示されるように、単位格子の8個の頂点には元素Aのイオンが位置する。一方、単位格子の6個の面の中心には酸素Oのイオンが位置する。また、単位格子の中央付近には元素Bのイオンが位置する。元素A、B、Oが占める位置を、それぞれ、Aサイト、Bサイト、Oサイトと呼んでも良い。
上記の構造は、ペロブスカイト結晶の基本的な構造であり、元素A、B、Oの一部が欠損していたり、過剰であったり、あるいは他の元素によって置換されていても良い。例えば、元素B以外の元素B'がBサイトに位置する結晶は、組成式AB(1-x)B'xO3によって表されるペロブスカイト結晶である。ここで、xは、B'の組成比(原子数比)であり、置換率と呼んでもよい。このような元素の置換、欠損、または過剰が生じると、単位格子の構造は立方体から歪んだり、変形したりし得る。ペロブスカイト結晶は、「立方晶」に限定されず、より対称性の低い「斜方晶」や「正方晶」に相転移した結晶を広く含む。
(本発明者らの知見)
ペロブスカイト構造を有する従来のプロトン伝導体では、4価の元素であるBを、3価の元素であるB'で置換すると、プロトン伝導体に酸素欠損が生じる。すなわち、4価のカチオンの一部が3価のカチオンで置換されると、カチオンが有するプラス電荷の合計が減るため、電気的中性を維持する電荷補償の作用により、2価のアニオンである酸素イオンの組成比率が低下し、酸素欠損が生じると考えられている。このような組成を有するプロトン伝導体では、酸素欠損の位置(Oサイト)に水分子(H2O)が導入されることにより、プロトン伝導体にプロトン伝導のキャリアが導入されると考えられている。
従来のプロトン伝導体内では、酸素原子の周囲をプロトンがホッピング伝導することにより、プロトン伝導性が発現すると考えられている。この場合、プロトン伝導度の温度依存性は、活性化エネルギが0.4〜1.0eV程度の熱活性型になる。そのため、プロトン伝導度は温度の低下に伴って指数関数的に低下する。
100℃以上500℃以下の温度域においても、プロトン伝導体が、10-2S/cm(ジーメンス/センチメートル)以上の高いプロトン伝導度を維持するためには、プロトン伝導度の活性化エネルギを0.1eV以下にすることにより、温度の低下に伴うプロトン伝導度の低下を抑制することが望まれる。
本発明者らは、3価の元素B'の固溶量(置換量)を増加させてプロトンキャリアの濃度または密度を高め、従来のホッピングよりも容易にプロトンが移動できる状態を作ることを試みた。しかし、従来のペロブスカイト型プロトン伝導体において、B'の元素の組成比率の上限が0.2程度であり、酸素欠損量に上限があった。
本発明者は、より多くのプロトンキャリアを導入する方法として、Aの元素の組成比率を減少させることにより、B'の元素の組成比率の増加と同様な効果が得られることを見出した。これにより、上述したように従来よりも多くの酸素が欠損したサイトをプロトン伝導体内に設けることができる。また、さらに、酸素欠損の位置に水分子を導入したり、酸素の周辺にプロトンを導入し、ペロブスカイト構造を構成する組成式の電荷を電気的中性からずらすことによって、プロトンキャリアの濃度または密度を高められることを見出した。その結果、高いプロトン伝導性を有するペロブスカイト型プロトン伝導体が得られた。本発明の一態様の概要は以下の通りである。
本発明の一態様であるプロトン伝導体は、組成式AaB1-xB'xO3-δで表されるペロブスカイト型結晶構造を有するプロトン伝導体であって、前記Aは、2族元素から選択される少なくとも1つであり、前記Bは、4族の元素およびCeから選択される少なくとも1つであり、前記B'は、3族元素、13族元素またはランタノイド元素であり、0.5<a≦1.0、0.0≦x≦0.5、かつ0.0≦δ<3であり、前記組成式の電荷は、−0.13以上+0.14未満の範囲で電気的中性からずれている。
前記Aは、Ba、SrおよびCaからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記Bは、Zr、CeおよびTiからなる群から選ばれる少なくとも1つであり、前記B'は、Yb、Y、NdおよびはInからなる群から選ばれる1つであってもよい。
x=0であり、前記組成式の電荷は、0より大きく0.14未満の範囲で電気的中性からずれていてもよい。
0.0<x≦0.50であり、前記組成式の電荷は、−0.13以上0未満の範囲で電気的中性からずれていてもよい。
(実施の形態1)
以下、実施の形態を説明する。
本開示のプロトン伝導体は、組成式AaB1-xB'xO3-δで表されるペロブスカイト型結晶構造を有する。Aは、アルカリ土類金属から選択される少なくとも1つである。Bは、4族の遷移金属およびCeから選択される少なくとも1つである。B'は、3族または13族の元素である。上記組成式におけるa、x、δは、0.5<a≦1.0、0.0≦x≦0.5、かつ0.0≦δ<3を満たす。また、上記組成式の電荷は、−0.13以上+0.14未満の範囲で電気的中性からずれている。つまり、組成式AaB1-xB'xO3-δが電気的中性ではないように、組成比a、x、および酸素欠損量δが定められている。プロトン伝導体の結晶組織としては、電気的に中性であり、組成式AaB1-xB'xO3-δで表されるペロブスカイト型結晶構造の電荷を補償するために、ペロブスカイト型結晶構造にはプロトンが導入されていたり、酸素が電気的に過剰に存在していたりしていると考えられる。
本明細書において、プロトン伝導体の結晶組織は、プロトン伝導体、及びペロブスカイト型結晶構造の電荷を補償するプロトン又は酸素などを含む。ここで、ペロブスカイト型結晶構造の電荷を補償するプロトン又は酸素などは、プロトン伝導体の組成及び電荷の条件などに応じて位置するため、プロトン又は酸素が意図的に導入された構成ではない。よって、プロトン伝導体のプロトン伝導度は、主に、プロトン伝導体の組成及び電荷の条件に依存すると考えられる。
<Aの元素>
Aの元素の例は、2族元素(アルカリ土類金属)である。Aの元素が2族元素であることによって、ペロブスカイト型構造が安定化する。Aの元素の具体的な例は、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、カルシウム(Ca)、およびマグネシウム(Mg)から選ばれる群からなる少なくとも1つである。特に、Aの元素がカルシウム(Ca)、バリウム(Ba)およびストロンチウム(Sr)からなる群から選ばれる少なくとも1つであるプロトン伝導体は、高いプロトン伝導性を有するので望ましい。また、Aの元素は、少なくともバリウム(Ba)を含み、かつ、ストロンチウム(Sr)、カルシウム(Ca)、およびマグネシウム(Mg)からなる群から選ばれる少なくとも1つを含んでいてもよい。例えば、Aの元素は、BayA'1-y(0<y≦1)である。
Aの元素は、2族元素であり、原子価が2価であるため、Aの元素量を減少させることで、B'の元素量の組成比の増加と同様な効果が得られ、酸素欠損を生じやすくなる。このため、電気的中性からずれ、プロトンのキャリアが導入されやすくなり、プロトンのキャリア濃度を高める効果が得られる。
<Bの元素>
Bの元素の例は、4族の元素およびセリウム(Ce)から選択される少なくとも1つである。Bの元素の具体的な例は、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)、チタン(Ti)およびハフニウム(Hf)からなる群から選ばれる少なくとも1つである。Bの元素がジルコニウム(Zr)の場合、ペロブスカイト型構造が安定になるので、プロトン伝導性を有さない組織成分の生成が少なくなる。その結果、高いプロトン伝導性を有するプロトン伝導体が得られるので望ましい。
<B'の元素>
B'の元素の例は、3族の元素、13族の元素、または3価のランタノイド元素である。B'の元素は、0.5Åより大きく1.02Åより小さいイオン半径を有することが好ましい。これにより、ペロブスカイト型構造を安定に保つことができる。よって、結晶構造を維持したまま、酸素欠損が生じやすくなり、上記組成式AaB1-xB'xO3-δの電荷が電気的中性からずれても安定に存在し得る。
B'の元素の具体的な例は、イッテルビウム(Yb)、ネオジム(Nd)、イットリウム(Y)、またはインジウム(In)である。B'の元素が、イッテルビウム(Yb)、ネオジム(Nd)、イットリウム(Y)またはインジウム(In)であるプロトン伝導体は、ペロブスカイト構造が安定であり、かつ、高いプロトン伝導性も有するので、より望ましい。
(a、x、およびδについて)
Aの元素の組成比を示すaの値は、0.5<a≦1.0の範囲である。組成比aが0.5以下である場合、ペロブスカイト構造を有する酸化物を合成することは可能であるが、上記組成式の電荷を電気的中性から制御することが困難になるため好ましくない。
組成比aが1.0より大きい場合、プロトン伝導性を示さない相を有する酸化物となるため、プロトン伝導性が大きく低下する。
B'の元素の組成比を示すxの値は、0.0≦x≦0.5の範囲である。組成比xが0より大きいことにより、ペロブスカイト構造に酸素欠損を生じさせ、プロトン伝導体にプロトン伝導のキャリアが導入される。一方、組成比xが0.5より大きい場合、ペロブスカイト構造を有する酸化物を合成することは可能であるが、プロトン伝導性を示さない相も生成する。このため、酸化物全体のプロトン伝導性を大きく低下する。
上記組成式において、Aは2価の元素、Bは4価の元素、B'は3価の元素、酸素は2価の元素である。よって、組成比a、xおよび酸素欠損量δによって、上記組成式の電荷が決まる。電気的中性を考えると、Aの欠損量aの値とB'の置換量の半分の量の和が酸素欠損量になると考えられる。本実施形態のプロトン伝導体において、上記組成式の電荷は、−0.13以上+0.14未満の範囲で電気的中性からずれている。つまり、組成式AaB1-xB'xO3-δが電気的中性ではないように、組成比a、x、および酸素欠損量δが定められている。
より具体的には、B'の組成比xが0である場合には、上記組成式の電荷は、0より大きく0.14未満の範囲で電気的中性からずれている。また、B'の組成比xが0.0<x≦0.5である場合には、上記組成式の電荷は、−0.13以上0未満の範囲で電気的中性からずれている。
組成比a、xが、0.5<a≦1.0であり、かつ、0.0≦x≦0.5であることにより、酸素欠損が多く、かつ、ペロブスカイト構造を有する安定した酸化物が得られる。この酸素欠陥の位置に、水分子が導入されたり、また、酸素欠陥の位置が空のままであることにより、上記組成式の電荷が、−0.13以上+0.14未満の範囲で電気的中性からずれる。詳細な理由は現時点では不明であるが、これにより、プロトンのキャリア濃度の高い、あるいは、結晶構造における電荷の分布上、比較的低い温度でもプロトンが伝導しやすいプロトン伝導体が実現し得ると考えられる。本実施形態によれば、100℃程度の温度において、10-1S/cm程度のプロトン伝導度を有するプロトン伝導体が実現し得る。
本開示によれば、組成および結晶構造が実質的に均一な(ホモジニアスな)単相から構成された単結晶または多結晶のペロブスカイト構造体が実現される。ここで、「組成および結晶構造が実質的に均一な単相から構成された」とは、プロトン伝導体が本発明の範囲から外れる組成を有する異相を含まないこと意味している。なお、本開示によるプロトン伝導体の実施形態は、不可避的な不純物を微量に含有していてもよい。また、本開示のプロトン伝導体を焼結によって製造する場合、焼結助剤などの化合物や元素を一部に含んでいてもよい。その他、製造プロセスの途上で意図せず、あるいは、何らかの効果を得るために意図的に不純物が添加されていてもよい。重要な点は、A、B、B'、Oの各元素が本開示によって規定された範囲内にあり、これらがペロブスカイト結晶構造を構成している点にある。従って、製造途中に混入される不純物の含有は許容され得る。
(組成式の決定および組成式の電荷の測定)
本実施形態のプロトン伝導体の組成式、および、上記組成式で示した場合における、電荷の電気的中性からのずれは、例えば、電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)を用いることによって測定し得る。具体的には、プロトン伝導体の、上記組成式で表される元素の定量測定を行い、構成している元素の価数と組成比とから、上記組成式あたりの電荷を算出する。測定に用いる電子線マイクロプローブアナライザーを用いた評価では、波長分散型の分光器を用いて測定を行うことが好ましい。この場合、化学組成が既知である標準試料を用いて、定量評価できるよう検量を行うことが好ましい。一方、エネルギ分散型の分光器では、酸素等の軽元素の定量評価では大きな誤差が発生し得るため好ましくない。また誘導プラズマ分光法(ICP)を用いた定量分析では材料を構成している金属元素は測定出来るものの、酸素元素は定量できない。このため、電気的中性のずれを測定するには適していない。
電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)には、例えば、日本電子株式会社製 JXA−8900Rを用いることができる。電子線を照射し発生する特性X線は波長分散型検出器(WDS)を用いる。測定する特性X線は、組成が既知である標準試料を用いて、検量されている特性X線と分光結晶を用いて定量測定を行う。プロトン伝導体の構成元素比率を解析し、各々の構成元素の価数と構成元素比率の積を求める。例えば、組成式AaB1-xB'xO3-δで表されるペロブスカイト型結晶構造のAがBa、BがZr、B'がYであったとする。この場合、Baは+2価、Zrは+4価、Yは+3価、Oは−2価として計算を行う。これらの元素の価数は、安定な酸化物の状態で最も価数として取り得る値を採用する。次にEPMAを用いた分析で、A(Ba)の比率がa、B(Zr)の比率がb、B'(Y)の比率がc、Oの比率がdであるとする。この場合、化学組成式は、BaaZrbYcOdと記述できる。組成式の電荷つまり、電気的中性からのずれは、((2×a)+(4×b)+(3×c)−(2×d))÷(b+c)として計算できる。この計算によれば、電荷は、各構成元素の価数とその構成元素比率の積をとり、各元素での価の和を取った後に、BおよびB'の構成元素比率の和を1として規格化される。BおよびB'はペロブスカイト型構造内の酸素で囲まれた八面体の中心に位置し、欠損しにくいため、BとB'の和で規格化することにより、単位胞(単位格子)あたりの電気的中性からの電荷のずれが求められる。
分析するイオン伝導体の表面は平坦であることが好ましい。大きな凹凸が存在する場合、電子線を照射し、試料内部より発生する特性X線が正しく検出されず、定量測定が困難になるためである。またプロトン伝導体は電気伝導性が乏しいため、カーボン等を表面に薄く蒸着し、入射電子線の帯電を防いでもよい。観察する電子線入射条件には、WDSで十分な信号強度が得られ、試料が電子線入射による焼きつき等で変質しない限り特に制限はない。また、測定点は5点以上測定を行い、その平均値を採用することが好ましい。5点以上の計測点において、測定値が明らかに他の測定値とかけ離れている場合には、平均値を算出する値として採用しないことが好ましい。
(製造方法)
本実施形態のプロトン伝導体は、種々の形態で実施することができる。膜状のプロトン伝導体を得る場合には、スパッタ法、プラズマレーザーデポジション法(PLD法)、ケミカルベイパーデポジション法(CVD法)等の膜形成方法によって製造することができる。組成の調整は、これらの膜形成方法で用いられる一般的な手法による。例えば、スパッタ法やプラズマレーザーデポジション法による場合は、ターゲットの組成を調整することによって、生成するプロトン伝導体の組成を制御できる。ケミカルベイパーデポジション法による場合には、原料ガスの反応室への導入量を調整することによって、生成するプロトン伝導体の組成を制御できる。
また、バルク状態のプロトン伝導体を得る場合には、固相反応法や水熱合成法等で合成することができる。
本実施形態のプロトン伝導体を上記組成式で示した場合における、電荷の電気的中性からのずれを調整するためには、上述した製造方法時の構成元素のモル比を制御したり、合成後に還元雰囲気での熱処理を行うことによって制御することができる。
(その他)
プロトン伝導体はプロトン伝導性固体電解質とも呼ばれる。プロトン伝導体はプロトンを伝導する機能を有していればよく、連続した膜やバルクでなくてもよい。
また、膜状の形態でプロトン伝導体を実施する場合、プロトン伝導体を支持する基材の表面は平坦でなくてもよい。本実施形態のプロトン伝導体にプロトンを供給する原料となるガスと、プロトン伝導体を伝導したプロトンと反応するガスや、プロトンの還元体である水素とが直接反応するのを避けるため、これらの2つのガスの流路には漏れがないように構成されていることが好ましい。このため、例えば、平滑な平面を有する酸化マグネシウム(MgO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、またはシリコン(Si)等で構成される基材上に、本実施形態のペロブスカイト型プロトン伝導体の薄膜を形成してもよい。その後、エッチング等を用いて、基材の一部または全体を除去し、プロトン伝導体の表面の一部を基材側において露出させ、ガスを供給してもよい。基材の材料および形状に特に制限はない。
プロトン伝導体の結晶構造は、上述したように単結晶であっても多結晶であってもよい。酸化マグネシウム(MgO)またはチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の基板、および格子定数を制御したバッファ層が形成されたシリコン(Si)基板上に、結晶成長の方位を制御することにより配向された結晶組織を有するプロトン伝導体は、より高いプロトン伝導性を有するので好ましい。また、基板に対してエピタキシャル成長した単結晶の結晶組織を有するプロトン伝導体は、より高いプロトン伝導性を有するのでより好ましい。なお、基板の面方位、温度、圧力、雰囲気等の成膜条件の制御により、プロトン伝導体は、単結晶構造を有することが可能であるが、単結晶構造を得るための条件および単結晶構造における結晶成長方向や配向方向に特に制限はない。
(実施例)
以下、実施例により、本開示を具体的に説明する。
(実施例1)
基材(10mm×10mm、厚さ0.5mm)を、真空チャンバー内部の加熱機構を有する基板ホルダーにセットし、真空チャンバー内を10-3Pa程度の真空度に排気した。基材の材料は、酸化マグネシウム(MgO)単結晶であった。
真空チャンバー内を真空排気後、基材を650℃〜750℃に加熱した。酸素ガス(2sccmの流量)とアルゴンガス(8sccmの流量)とを導入し、真空チャンバー内の圧力を1Pa程度に調整した。
Ba:Zr=1:1の元素比率を有する焼結体ターゲットを用い、スパッタ法にて、プロトン伝導体を成膜した。形成したプロトン伝導体の厚さは500nmであり、大きさは、10mm×10mmであった。
成膜したプロトン伝導体の構造、組成比およびプロトン伝導性を評価した。また、電荷のずれおよびプロトン伝導の活性化エネルギを求めた。結果を表1に示す。以下、それぞれの評価方法およびその結果を示す。
Cuターゲットを用いて、作製したプロトン伝導体のX線回折を測定した。得られたプロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造を有していることを確認した。
作製したプロトン伝導体の組成式および組成式の電荷を上述したEMPAによって測定した。表1に示すように、プロトン伝導体(AaBO3-δ)の組成式は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値はBの元素であるジルコニウムを1としたとき、0.904であった。また酸素量(3−δ)は2.876であり、組成式の電荷は電気的中性から正側に0.057ずれていた。
プロトン伝導体の上に銀ペーストを用いて電極を形成した。5%の水素(H2)を混合したアルゴン(Ar)ガス中で、かつ、100℃から600℃の温度範囲の条件下で、インピーダンス法を用いてプロトン伝導度を測定した。プロトン伝導度の温度依存性を図2に示す。
表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.12S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.25S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.041eVと求められた。
(実施例2)
Ba:Zr:Ce:Nd=10:5:4:1の元素比率を有する焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.975であり、Bの元素がジルコニウム(Zr)とセリウム(Ce)でありそれぞれの値は0.495と0.412であった。B'の元素はネオジム(Nd)であり、xの値が0.93であった。また酸素量(3−δ)は2.975であり、Ceが4価であるとすると、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.099ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.33S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.48S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.022eVと求められた。
(実施例3)
Ba:Zr:Y=2:1:1の元素比率を有する焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であり、かつ、多結晶であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.539であり、Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.48(Zr:0.52、Y:0.48)であった。また酸素量は2.363であり、Ceが4価であるとすると、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.129ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.39S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.71S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.035eVと求められた。
(実施例4)
Ba:Zr:Ti:In=6:7:1:2の元素比率になる焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.522であり、Bの元素がジルコニウム(Zr)とチタン(Ti)であり、ジルコニウムが0.682、チタンが0.098であった。また酸素量は2.474であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.124ずれていることが分かった。B'の元素がインジウム(In)であり、xの値が0.22であった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.34S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.67S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.037eVと求められた。
(実施例5)
Ba:Zr:Y=5:4:1の元素比率になるように、炭酸バリウム(BaCO3)と酸化ジルコニウム(ZrO2)と酸化イットリウム(Y2O3)を秤量、混合し、1300℃程度で仮焼した後、1700℃で焼成することでセラミックスのバルク試料を作成した。セラミックスのバルク体を用いた以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.966であり、Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.197であった。また酸素量は2.932であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.128ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.37S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.78S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.039eVと求められた。
(実施例6)
Sr:Zr=1:1の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaBO3-δ)は、Aの元素がストロンチウム(Sr)であり、aの値は0.98であった。また酸素量は2.969であり、組成式の電荷は、電気的中性から正側に0.022ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.10S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.21S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.055eVと求められた。
(実施例7)
Sr:Zr:Yb=10:7:3の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がストロンチウム(Sr)であり、aの値は0.965であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイッテルビウム(Yb)であり、xの値が0.05であった。また酸素量は2.955であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.03ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.10S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.22S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.055eVと求められた。
(実施例8)
Sr:Zr:Ce:Y=8:4:3:3の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がストロンチウム(Sr)であり、aの値は0.736であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)とセリウム(Ce)であり、ジルコニウムが0.423、セリウムが0.307であった。B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.27であった。また酸素量は2.616であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.03ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.13S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.25S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.042eVと求められた。
(実施例9)
Sr:Zr:In=7:6:4の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がストロンチウム(Sr)であり、aの値は0.686であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がインジウム(In)であり、xの値が0.351であった。また酸素量は2.542であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.062ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.13S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.24S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.041eVと求められた。
(実施例10)
Sr:Zr:Y=3:3:2の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がストロンチウム(Sr)であり、aの値は0.563であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.474であった。また酸素量は2.358であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.063ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.18S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.30S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.025eVと求められた。
(実施例11)
Ca:Zr=1:1の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaBO3-δ)は、Aの元素がカルシウム(Ca)であり、aの値は0.987であった。酸素量は2.972であり、組成式の電荷は、電気的中性から正側に0.03ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.02S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.18S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.055eVと求められた。
(実施例12)
Ca:Zr:Y=10:9:1の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がカルシウム(Ca)であり、aの値は0.95であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.099であった。また酸素量は2.926であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.05ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.030S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.21S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.055eVと求められた。
(実施例13)
Ba:Sr:Zr:Y=5:5:8:2の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)とストロンチウム(Sr)であり、Baの比率が0.39でありSrの比率が0.43であり、aの値は0.92であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.192であった。また酸素量は2.876であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.103ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は0.290S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は0.41S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.021eVと求められた。
(比較例1)
Ba:Zr:Y=6:7:3の元素比率になるように、焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.603であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.315であった。また酸素量は2.445であり、組成式の電荷は、電気的中性であることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は3.3×10-6S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は8.4×10-3S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.454eVと求められた。
(比較例2)
Ba:Zr:Y=7:7:3の元素比率を有する焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は0.635であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.318であった。また酸素量は2.55であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.148ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は6.6×10-6S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は9.5×10-3S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.419eVと求められた。
(比較例3)
Ba:Zr:Y=10:9:1の元素比率を有する焼結体ターゲットを用いて成膜したこと以外は、実施例1と同様に実験を行った。表1に、成膜したプロトン伝導体の構造、組成比、およびプロトン伝導性を示す。
プロトン伝導体は、ペロブスカイト型の結晶構造であることが確認された。表1に示すように、プロトン伝導体(AaB1-xB'xO3-δ)は、Aの元素がバリウム(Ba)であり、aの値は1.00であった。Bの元素がジルコニウム(Zr)であり、B'の元素がイットリウム(Y)であり、xの値が0.101であった。また酸素量は3.051であり、組成式の電荷は、電気的中性から負側に0.202ずれていることが分かった。表1に示すように、100℃でのプロトン伝導度は4.2×10-6S/cmであり、500℃でのプロトン伝導度は8.5×10-3S/cmであった。プロトン伝導度の活性化エネルギは0.436eVと求められた。
表1に示すように、実施例1〜13のプロトン伝導体は、Aの元素がBとB'の和を1とした場合の組成比a、xが、0.5<a≦1.0であり、かつ、0.0≦x≦0.5である。また、実施例1〜13のプロトン伝導体において、ペロブスカイト構造を構成する元素の組成式の電荷は電気的中性からずれている。具体的には、電荷のずれは、−0.128から0.057の範囲内であり、ゼロではない。B'元素を含まない場合には、組成式の電荷は電気的中性から0より大きく0.057以下の範囲で正側にずれている。B'元素を含む場合には、組成式の電荷は電気的中性から−0.129以上0より小さい範囲で負側にずれている。
これに対し、比較例1〜3のプロトン伝導体では、組成比a、xは上述した実施例1〜13の範囲内にあるが、ペロブスカイト構造を構成する元素の組成式の電荷は電気的中性(比較例1)または、−0.128よりもさらに負側へずれている。
表1に示すように、実施例1〜13のプロトン伝導体は、比較例1〜3のプロトン伝導体と比較して、100℃において、4桁以上高いプロトン伝導度を有している。また、実施例1〜13のプロトン伝導体は、500℃においても、10倍以上高いプロトン伝導度を有している。つまり、100℃以上500℃以下の温度域において、実施例1〜13のプロトン伝導体は、10-2S/cm以上の高いプロトン伝導度を有している。
特に、実施例1〜13のプロトン伝導体は、比較例のプロトン伝導体に比べて、特に、100℃程度の低温で高いプロトン伝導度を有する。このため、実施例1〜13のプロトン伝導度の活性化エネルギは、比較例の活性化エネルギに比べて、1桁程度小さく、0.1eVよりも低い。これに対し、比較例1〜3のプロトン伝導体は、0.4eVよりも高い活性化エネルギを有していた。このことから、実施例1〜13のプロトン伝導体は、100℃以下の温度においても、急激にプロトン伝導度が低下することなく、従来に比べて高いプロトン伝導度を有していると考えられる。
したがって、本実施例から、本実施形態のプロトン伝導体によれば、組成比a、xおよび組成式の電荷が上述した範囲にあることによって、従来よりも高いプロトン伝導度を備えていることがわかった。特に、100℃から500℃程度の温度範囲において、従来よりも顕著にプロトン伝導性の向上がみられることが分かった。
(脱水素化装置の実施形態)
以下、図3を参照しながら、本開示の実施形態による脱水素化装置の構成及び動作を説明する。
図3に示す脱水素化装置100は、アノード102と、カソード103と、アノード102及びカソード103の間に配置されたプロトン伝導体101とを備える。プロトン伝導体101として、実施例を参照しながら説明した上述のプロトン伝導性酸化物を用いることができる。プロトン伝導体101は、100℃以上500℃以下の温度域においても、高いプロトン伝導性を有する。そのため、脱水素化装置100は、100℃以上500℃以下の温度域において、動作することができる。さらに、プロトン伝導体101を備える脱水素化装置100では、プロトン伝導性固体高分子膜を電解質として用いる場合とは異なり、アノード102又はカソード103から電解質(ここではプロトン伝導体101)に積極的に水分を供給する必要はない。
図3に例示したように、アノード102とカソード103とは、典型的には、プロトン伝導体101を挟むようにして配置される。図示する例では、アノード102は、プロトン伝導体101の一方の主面上に配置されており、カソード103は、プロトン伝導体101においてアノード102が配置されていない側の主面上に配置されている。プロトン伝導体101、アノード102及びカソード103の配置は、図3の例に限定されず、種々の配置を採用し得る。例えば、アノード102及びカソード103が、プロトン伝導体101における同一の主面上に配置されていてもよい。
脱水素化装置100の動作時には、図示するように、アノード102に外部電源104の一端が接続され、カソード103に外部電源104の他端が接続される。外部電源104から供給される電力は、例えば商用系統から供給される電力であってもよいし、化学電池、燃料電池等の種々の電池又はキャパシタから供給される電力であってもよい。なお、図3に模式的に示したように、脱水素化装置100の動作時においては、アノード102は、カソード103よりも高電位である。
アノード102は、脱水素化触媒を含む。すなわち、アノード102は、有機ハイドライドを含有する気体又は液体からプロトンを引き抜くことができるように構成されている。アノード102に含まれる触媒の例は、Ni、Pt、及びPdからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む、金属、合金又は酸化物である。
アノード102に含まれる触媒として、Ni、Pt、及びPdからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む金属又は合金を用いる場合、触媒は、Al2O3、SiO2、ZrO2等からなる担体の表面上に担持されていてもよい。すなわち、アノード102は、担体をさらに含み得る。担体の材料に特に限定はない。Al2O3、SiO2、及びZrO2は、アノード102の形成が容易な担体の例である。また、担体の形状に特に限定はなく、アノード102に含まれる触媒と外部電源104との間の電気的接続が確保できればよい。アノード102が担体を含むことにより、より広い面積に触媒を分散させることができる。
アノード102は、スパッタ法、PLD法、CVD法等の膜形成方法によって形成できる。上記の材料の粉末を溶剤に分散させたインクをスクリーン印刷した後、加熱、真空処理等により乾燥及び固化させ、アノード102を形成してもよい。アノード102の形成方法は、特に限定されない。
カソード103は、プロトンを還元する触媒を含む。すなわち、カソード103は、プロトン伝導体101を介してアノード102からカソード103に輸送されたプロトンを還元することにより、水素ガスを発生できるように構成されている。カソード103は、発生する水素ガスに曝されるので、カソード103に含まれる触媒は、還元されても電気伝導性を確保できる、金属又は合金を含む触媒であると有益である。カソード103に含まれる触媒の例は、Ni、Pt、Re及びRhからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む、金属若しくは合金又は酸化物である。なお、カソード103に含まれる触媒として、サーメットも用い得る。例えば、Ni、Pt、Re及びRhからなる群から選ばれる少なくとも1つを含む酸化物を含有するサーメットを用いてもよい。カソード103の形成の容易さ、価格等の観点からは、Niを含む酸化物を含有するサーメットを用いることが有益である。
カソード103は、スパッタ法、PLD法、CVD法等の膜形成方法によって形成できる。上記の材料の粉末を溶剤に分散させたインクをスクリーン印刷した後、加熱、真空処理等により乾燥固化させ、カソード103を形成してもよい。カソード103の形成方法は、特に限定されない。
図3に例示する構成では、脱水素化装置100は、第1流体入口105及び第1流体出口106が設けられたアノード側反応容器111と、第2流体出口108が設けられたカソード側反応容器112とを有している。アノード側反応容器111内の空間とカソード側反応容器112内の空間とは、隔壁によって分離されており、図3に例示する構成では、プロトン伝導体101が、これら2つの空間を分離する隔壁として機能する。
図示する例において、アノード側反応容器111内には、第1流路109が設けられており、第1流体入口105から導入された流体は、第1流路109を介して第1流体出口106に向かって流れる。カソード側反応容器112内には、第2流路110が設けられている。第1流路109及び第2流路110は、それぞれ、気密及び水密が保たれており、各流路を流れる流体が互いに混ざり合わないように構成されている。図3に示したように、アノード102の表面の少なくとも一部は、第1流路109において露出し、カソード103の表面の少なくとも一部は、第2流路110において露出する。
図示する構成では、脱水素化装置100の動作時、第1流体入口105を介して、第1流路109に、有機ハイドライドを含有する気体又は液体が導入される。2種以上の有機ハイドライドの混合体も用いられ得る。後に詳しく説明するように、脱水素化装置100が動作することにより、第2流路110内において水素ガスが発生する。発生した水素ガスは、第2流体出口108を介して収集される。有機ハイドライドを含有する気体又は液体を導入するために、第1流体入口105、第1流体出口106のそれぞれに不図示の配管が接続される。これらの配管の途中には、ボンベ、タンク、バルブ、コンプレッサ、マスフローコントローラ等が配置され得る。また、発生した水素ガスを収集するために、第2流体出口108に不図示の配管が接続される。第2流体出口108に接続された配管には、ボンベ、タンク、バルブ、コンプレッサ、マスフローコントローラ等がさらに接続され得る。
脱水素化装置100は、有機ハイドライドを含有する液体又は気体をアノード102に供給し、アノード102とカソード103との間に電位差を与えることにより、アノード102において有機ハイドライドの脱水素化が起きる。有機ハイドライドから引き抜かれたプロトンは、前述の水素ポンプの作用によりプロトン伝導体101を介してカソード103側に電気化学的に輸送される。カソード103に到達したプロトンは、カソード103において還元される。これにより、第2流路110内に水素ガスが発生する。第2流路110内に得られる水素ガスは、ほぼ純粋な水素ガスである。したがって、脱水素化装置100を利用することにより、有機ハイドライドから、純度の高い水素ガスを得ることができる。
第1流体入口105から例えば液体の有機ハイドライド(ここではメチルシクロヘキサン)を導入し、第1流路109において有機ハイドライドをアノード102に接触させる。なお、有機ハイドライドを霧状にしてアノード102に噴霧してもよい。また、有機ハイドライドの気体又は蒸気を含有する気体をアノード102に供給してもよい。アノード102に供給される気体は、例えば、水蒸気、炭化水素系ガス、窒素ガス、二酸化炭素ガス、酸素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等を含んでいてもよい。これにより、有機ハイドライド(ここではメチルシクロヘキサン)からプロトンが引き抜かれる。
アノード102では、以下の式(1)に示す反応が進行する。
C7H14→C7H8+6H++6e- (1)
有機ハイドライド(ここではメチルシクロヘキサン)の脱水素化物(ここではトルエン)は、第1流体出口106を介して排出される。第1流体出口106を介して排出される脱水素化物は、水素化により、有機ハイドライドとして再利用可能である。第1流体出口106からの排出物には、有機ハイドライドが含有され得る。第1流体出口106を介して排出された有機ハイドライドを回収して第1流体入口105から第1流路109に再度導入してもよい。
脱水素化装置100は、動作時、例えば200℃程度の温度で運転される。したがって、有機ハイドライド及び/又はその脱水素化物の変質を抑制し得る。
アノード102において生成したプロトンは、プロトン伝導体101中を伝導し、カソード103に到達する。プロトン伝導体101は、アノード102とカソード103との間の短絡を防ぎ、かつ、アノード102において生成されたプロトンをカソード103に供給する。動作時、外部電源104によりアノード102とカソード103との間に電圧が印加され、アノード102において生成したプロトンが、プロトン伝導体101を介してカソード103に電気化学的に輸送される。
アノード102において有機ハイドライドを含有する気体から引き抜かれ、プロトン伝導体101中を移動したプロトンは、カソード103において水素に還元される。カソード103では、以下の式(2)に示す反応が進行する。
6H++6e-→3H2 (2)
上記の反応により、第2流路110内に水素ガスが発生する。上記の反応式からも明らかなように、カソード103においては水が生成されない。また、固体高分子膜をプロトン伝導性固体電解質として用いる場合と異なり、電解質を湿潤した状態に保つ必要がない。そのため、乾燥した水素ガスを得ることが可能である。
有機ハイドライドを含有する気体又は液体を導入するための流路と、得られた水素ガスを収集するための流路とは、図3に例示した構成に限定されず、種々の構成及び配置を採用し得る。例えば、第1流体入口105及び第1流体出口106のそれぞれの配置は、有機ハイドライド及びその脱水素化物のそれぞれの比重を考慮して設計され得る。また、アノード102、プロトン伝導体101及びカソード103が順に積層される構成では、アノード側の空間とカソード側の空間とを分離する隔壁の少なくとも一部が、アノード102、プロトン伝導体101及びカソード103の積層体であればよい。
以上に説明したように、本開示の実施形態によれば、100℃以上300℃以下の温度域においても動作可能な、実用的な脱水素化装置を提供できる。本開示の実施形態によれば、300℃以下の温度域において有機ハイドライドの脱水素化が可能であるので、有機ハイドライド及び/又はその脱水素化物の変質を抑制しながら、水素ガスを得ることができる。また、反応容器、配管等の材料をより幅広い選択肢の中から選択することができる。本開示の実施形態によれば、カソードにおいて水が生成されず、電解質を湿潤した状態に保つ必要もないので、より簡易な構成でありながら、純度の高い乾燥した水素ガスを得ることができる。なお、本開示の実施形態による脱水素化装置は、プロトン伝導体中のプロトンの移動を電気的に制御できるので、水素発生量の細かな制御が可能である。