JP6274487B2 - 2つのGBSSIと2つのSSIIaの酵素活性を欠損したコムギから調製された小麦粉を使用した品質劣化が抑制された食品 - Google Patents

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Description

本発明は、GBSSI-A1、GBSSI-B1及びGBSSI-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギに由来する小麦粉又はデンプンを原材料として製造された、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品に関する。
デンプンは、グルコースがα-1,4結合で連なった直鎖状のアミロースとα-1,6結合を介して枝分かれ構造をもったアミロペクチンという2つの成分の混合物である。これら成分は種々の酵素の働きによって合成され、穀物においては種子の胚乳部分に蓄積される。
アミロースは、主に顆粒結合性澱粉合成酵素遺伝子にコードされる顆粒結合性澱粉合成酵素(Granule-Bound Starch Synthase; GBSS)によって合成され、コムギにおいては顆粒結合性澱粉合成酵素I(GBSSI)によって合成されている。異質6倍体である主要な普通系コムギの染色体には、同祖染色体であるA、B、Dの3つのゲノムが存在する。普通系コムギであれば、GBSSI遺伝子は3種類存在し(Wx-A1遺伝子、Wx-B1遺伝子、Wx-D1遺伝子; それぞれGBSSI-A1遺伝子、GBSSI-B1遺伝子、GBSSI-D1遺伝子といわれることもある)、それぞれ7A、4A、7D染色体上に存在する。これらの遺伝子から顆粒結合性澱粉合成酵素(GBSSI-A1、GBSSI-B1、GBSSI-D1)が発現している。ゲノムDNA上に生じた変異によりGBSSIの酵素活性が欠損した系統も存在する。例えば、公知のコムギ品種では、「ホクシン」がGBSSI-B1欠損型(アミロース含量がやや低い)、「チクゴイズミ」がGBSSI-A1、B1欠損型(アミロース含量が低い)、「はつもち」及び「もち乙女」がGBSSI全欠損型(モチ性、アミロース含量が極端に低い)である。GBSSIの欠損パターンを簡便に識別する方法としては、胚乳の各GBSSIタンパク質の有無を直接解析する方法や、ゲノムDNA配列を元にして調べる方法などが確立されている(例えば、特許文献1、非特許文献2、非特許文献3参照)。
一方、アミロペクチンは、複数の酵素の働きによって合成されている。この複数の酵素とは、(可溶性)澱粉合成酵素I型(Starch Synthase I; SSI)、(可溶性)澱粉合成酵素II型(Starch Synthase II; SSII)、(可溶性)澱粉合成酵素III型(Starch Synthase III; SSIII)、枝作り酵素(Branching enzyme; BE)、枝切り酵素(Debranching enzyme; DBE)などである。
コムギにおいて、アミロペクチンの分岐鎖合成に関わる酵素の1つとして知られる澱粉合成酵素IIa型(SSIIa)(SSIIa-A1、SSIIa-B1、SSIIa-D1)は、7A、7B、7D染色体上に存在する3種類のSSIIa遺伝子(SSIIa-A1遺伝子、SSIIa-B1遺伝子、SSIIa-D1遺伝子)によりコードされている。これらSSIIaに関しても、ゲノムDNA上に生じた変異により酵素活性が欠損した系統が存在し、公知のコムギ品種で例示すると、「Chosen57」がSSIIa-A1欠損型、「関東79号」がSSIIa-B1欠損型、「Turkey116」がSSIIa-D1欠損型である。SSIIaに関しても、欠損パターンを識別する方法が公知である(特許文献2、非特許文献4)。
デンプンは高度に結晶化した顆粒の形で植物に貯蔵されている。これに水分を加えて加熱することでデンプン粒は次第に膨潤し、ある一定の温度で結晶構造が崩れ糊状になる(糊化)。その後、冷却することで糊化デンプンは次第に粘性が増大しゲル化する。このようなデンプンの特性や、アミロースとアミロペクチンの含量比は、由来する植物種によって大きく異なる場合があることが知られている。
デンプンは植物における貯蔵物質で重要なエネルギー源であるとともに、ヒトにとっても重要なエネルギー源である。デンプンを摂取する際には、これを含む穀粒を加工し食品に利用するだけでなく、上記の膨潤や糊化の特性を利用し、増粘剤、保水剤、ゲル形成剤などの食品添加剤として使用される。一方、食品関連分野以外でも、糊やフィルムの原料として古くから利用されている。また、化学的、あるいは物理的に修飾を施した加工デンプンなどにも多くの需要がある。デンプンは貯蔵される器官(種子や塊茎)の重量の大部分を占めており、デンプン特性が変化すれば、これら器官を原料とした上記食品の食感、あるいはそのようなデンプンを使用した食品添加剤を加えた食品の加工性などに与える影響は大きいことから、多様な特性を持ったデンプンの開発に対する需要は高い。
前述したようにデンプンの特性は植物種によって大きく異なる場合がある。しかしながら、同一植物種内でのデンプンの多様性については、アミロース含量の違いによる物性の変化に負うところが大きい。例えば、GBSSIが全て野生型であるコムギのアミロース含量に比べて、ホクシン、チクゴイズミのアミロース含量は有意に低下し、うどん等麺用粉としての利用に優れているとされ、商業的にも広く栽培されている。また、イネやトウモロコシではアミロース含量が極端に低いモチ性デンプンを蓄積する系統が知られていたが、コムギでは中村ら(特許文献1)によって初めてモチコムギが育種され、通常のコムギを用いた食品に比べて独特の加工性や食感を有していることが知られている。
小麦デンプンにおいて、アミロース含量はデンプンの特性を現す指標の一つとしてよく議論されるが、アミロペクチンの構造については議論されることが比較的少ない。したがって、一般的に食品に使用されるコムギのデンプン特性の違いは主にアミロース含量の違いに起因するものに限られ、コムギデンプン特性における多様性は非常に限られたものとなっている。このため新たな特性をもったデンプンを蓄積するコムギを開発することができれば、従来とは異なった特徴を具える改良製品、あるいは新たな用途の開発が可能となることから、このようなコムギの開発は切に望まれている。
本願発明者らは、GBSSIとSSIIaの酵素活性制御により新たな特性のデンプンを蓄積するコムギを提供することを目的として、GBSSI-A1、GBSSI-B1、GBSSI-D1及びSSIIa-A1、SSIIa-B1、SSIIa-D1の6種の酵素の欠損の組み合わせ63通り(野生型を除く)のうちの特定の組み合わせで酵素活性を欠損したコムギ系統を作出し、デンプンの特性を解析した(特許文献3)。特許文献3には、GBSSI-A(-)B(+)D(-)/SSIIa-A(+)B(-)D(-)及びGBSSI-A(-)B(-)D(+)/SSIIa-A(+)B(-)D(-)という、2つのGBSSIと2つのSSIIaを欠損した2種類のコムギ系統を作出したことも記載されている。しかしながら、これら系統のデンプンの特性については、十分には検討されていない。また、3つのGBSSIのうちの2つを欠損し、かつ、3つのSSIIaのうちの2つを欠損した、特許文献3に記載された系統以外のコムギ系統については、その作出さえ報告されていない。当然ながら、これらのコムギ系統の有効な活用方法も開発されておらず、これらのコムギ系統を用いればコムギ加工食品の保存性を高め、保存による品質劣化を抑制することができるということも、何ら具体的に開示されていない。
特開平6−125669号公報 特開2005−333832号公報 国際公開WO2006/118300号公報
Yamamori et. al., Theor. Appl. Genet (2000)101:21-29 Nakamura et. al., Genome (2002)45:1150-1156 Saito et. al., Mol. Breed. (2009)23:209-217 Shimbata et. al., Theor. Appl. Genet (2005)111:1072-1079
本発明は、小麦粉又はデンプンを原材料として利用したコムギ加工食品において、保存後の食味及び食感を従来品よりも向上させることができる新規な手段を提供することを目的とする。
本願発明者らは、3つのGBSSIのうちの2つを欠損し、かつ、3つのSSIIaのうちの2つを欠損したコムギ7系統を新たに作出し、小麦粉及びデンプンを調製してその特性を鋭意検討したところ、2つのGBSSIと2つのSSIIaの酵素活性を欠損したコムギに由来する小麦粉又はデンプンを原材料として用いたコムギ加工食品は、保存後の食味・食感に優れ、日持ちの良いコムギ加工食品として提供できることを見出し、本願発明を完成した。
すなわち、本発明は、GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉又は前記収穫物若しくは前記小麦粉から分離されたデンプンを原材料として用いて製造された、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品を提供する。また、本発明は、上記本発明のコムギ加工食品を含む冷蔵食品を提供する。さらに、本発明は、上記本発明のコムギ加工食品を含む弁当を提供する。さらに、本発明は、GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉を含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用の穀粉を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の穀粉を含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造原料を提供する。さらに、本発明は、コムギ加工食品の原材料として、GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉を用いることを含む、コムギ加工食品の品質劣化の抑制方法を提供する

本発明によれば、GBSSI-A1、GBSSI-B1及びGBSSI-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギに由来する小麦粉又はデンプンを用いることで、コムギ加工食品の保存性が高まり、品質劣化が抑制され、冷蔵ないしは常温で保存した後の食味及び食感が向上する。コムギ加工食品の製造工程においては、従来の小麦粉又はデンプンに代えて、あるいは従来の小麦粉又はデンプンと組み合わせて、上記した特定の酵素欠損系統由来の小麦粉又はデンプンを使用するのみで、保存後の食味及び食感に優れたコムギ加工食品を提供することができる。特殊な製造工程を経る必要がないので、コムギ加工食品の大規模生産において非常に有利である。
各コムギ系統由来のデンプンについて、糊化液の濁度に基づき老化度を評価した結果を示す図である。 各コムギ系統由来のデンプンについて、DSC測定により老化度を評価した結果を示す図である。 各コムギ系統由来の小麦粉を用いてうどんを製造し、冷蔵保存した後に食味試験を行なった結果である。(A)弾力、(B)粘り、(C)ソフトさ、(D)つるみ、(E)ぬめり、(F)ぼそぼそ感。 各コムギ系統由来の小麦粉を用いて食パンを製造し、常温保存した後に食味試験を行なった結果である。(A)弾力、(B)粘り、(C)モチモチ感、(D)ソフトさ、(E)口溶け、(F)しっとり感、(G)甘さ、(H)ぱさつき、(I)香り。
本発明で用いるコムギ系統は、アミロースを合成する酵素GBSSI-A1, B1, D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損し、かつ、アミロペクチンの枝鎖を伸長させる酵素SSIIa-A1, B1, D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損した系統である。以下、本明細書において、2つのGBSSIと2つのSSIIaを欠損した系統を「2/2欠損体」と呼ぶことがある。2/2欠損体は、本願発明者らがGBSSIとSSIIaの酵素活性制御により新たな特性のデンプンを蓄積するコムギを提供することを目的として作出したコムギ系統である。9系統のうち、GBSSI-A(-)B(+)D(-)/SSIIa-A(+)B(-)D(-)及びGBSSI-A(-)B(-)D(+)/SSIIa-A(+)B(-)D(-)の具体例が特許文献3に記載されている。
コムギ加工食品の品質劣化を抑制し、保存後の食味及び食感を向上させるという効果は、2/2欠損体に共通の効果であるが、2/2欠損体の中でも、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損したコムギ並びにGBSSI-A1及びGBSSI-B1の酵素活性を欠損したコムギにおいて、2/2欠損体が持つ有利な特徴が特に強く認められる傾向があり、本発明でもこれらの欠損体を好ましく用いることができる。GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損したコムギの中でも、GBSSI-B1、GBSSI-D1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギ、並びにGBSSI-B1、GBSSI-D1、SSIIa-A1及びSSIIa-B1の酵素活性を欠損したコムギを好ましく用いることができる。また、GBSSI-A1及びGBSSI-B1の酵素活性を欠損したコムギの中では、GBSSI-A1、GBSSI-B1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギを好ましく用いることができる。
コムギのGBSSI-A1, B1, D1及びSSIIa-A1, B1, D1の配列(ゲノムDNA、タンパク質)は公知であり、それぞれGenBankに下記のaccession番号で登録されている。これらの各配列を下記表1の通りに配列表に示す。
もっとも、配列表に示した配列は野生型配列の一例であり、天然に存在するコムギ(一般に流通しているコムギ品種も含む)には、各酵素タンパク質の活性は正常であるが塩基配列ないしはアミノ酸配列が一部相違するものも存在し得る。本発明において「GBSSI-A1遺伝子」「GBSSI-A1タンパク質」といった場合には、配列表に示した塩基配列又はアミノ酸配列と完全に同一の配列を有するものだけではなく、酵素活性を損なわない天然の変異を含む配列を有するものも包含される。他の酵素についても同様である。そのような天然の変異配列は、通常、配列表に示した各塩基配列又はアミノ酸配列と90%以上、例えば95%以上、あるいは98%以上の同一性を有する。
「酵素活性を欠損した」とは、植物体内で正常な酵素活性を有する当該タンパク質が機能していないこと、例えば、正常な酵素活性を有するタンパク質を発現していないことをいう。より具体的には、遺伝子配列の変異(一つ又は複数の塩基の置換、欠失、挿入、逆位、転座などの変異をいい、遺伝子領域全体の欠失も含む)、mRNA転写の欠損、タンパク質翻訳の欠損、コムギ植物体内での酵素活性の阻害などの態様が挙げられる。本発明においては、野生型の各酵素の活性の10%未満、好ましくは5%未満、より好ましくは1%未満にまで酵素活性が低下ないしは欠失していれば、いずれの態様であってもよい。最も好ましくは、2/2欠損体は、3種のGBSSIのうちのいずれか2つ、及び3種のSSIIaのうちのいずれか2つの酵素タンパク質を細胞内に蓄積せず、各酵素の活性が完全に失われたコムギであり、より具体的には、2つのGBSSI及び2つのSSIIaを発現しないコムギである。
SSIIaは、一般的にはアミロペクチン分岐鎖(α-1,6結合により枝分かれしたグルコース重合体)の合成、特に重合度が中程度の鎖(11から25程度の重合度をもつ鎖)の合成に関与していると考えられている。ゆえに、SSIIaの酵素活性は、基質となるADP-グルコースとアミロペクチンを認識し、ADP-グルコースからグルコースをアミロペクチン分岐鎖の末端に結合させる活性と考えることができる。一方、GBSSIは、基本的にはアミロース合成に関与していると考えられている。よってGBSSIの酵素活性は、基質となるADP-グルコースとアミロースを認識し、ADP-グルコースからグルコースを伸長途中のアミロースの末端に付加する働きであると考えることができる。
従って、GBSSI-A1, B1, D1及びSSIIa-A1, B1, D1の酵素活性については、常法により上記の活性を調べることでその強弱を確認することができる。一例を挙げると、当該酵素を種子から精製し、基質となるADP-[U-14C]グルコースやアミロースあるいはアミロペクチン、さらには反応条件を整えるための成分を加えることで反応を行う。一定時間の反応を終えたところで100℃に加熱することにより酵素を失活させ、陰イオン交換カラムを用いて未反応のADP-[U-14C]グルコースを除いた後、アミロースあるいはアミロペクチンに取り込まれた[U-14C]グルコースの量を、液体シンチレーションカウンターを用いて計測する。別の方法としては、種子より粗精製したタンパク質画分、あるいはデンプン画分(タンパク質含量にして5-10μg)について、未変成{通常のSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)からSDSとβ-mercaptoethanolを除いた条件}でのポリアクリルアミドゲル電気泳動を行う。分離の終わったゲルを50 mM グリシン、100 mM 硫酸アンモニウム、5nM β-mercaptoethanol、5 mM MgCl2、0.5mg/ml 牛血清アルブミン、0.01 mg/ml アミロースあるいはアミロペクチン、4mM ADP-グルコースからなる溶液に浸し、4時間から12時間放置する。その後、0.2% ヨウ素、0.02% ヨウ化カリウムからなる溶液を加えることで染色を行い、酵素活性を判定する方法を用いても良い。
酵素活性が欠損しているか否かの確認は、例えば、酵素活性の測定、酵素タンパク質の蓄積量の測定、mRNA発現量の測定、ゲノムDNAの塩基配列の確認等により実施できる。
酵素活性の強弱の確認方法は上述の、基質となるADP-[U-14C]グルコースやアミロースあるいはアミロペクチン、さらには反応条件を整えるための成分を加えることで反応を行う方法の通りである。
酵素タンパク質がコムギ植物体細胞内で蓄積していないこと(より具体的には、酵素タンパク質が発現していないこと)の確認は、コムギ種子又は精製デンプンのSDS-PAGEや二次元電気泳動により行なうことができる。SDS-PAGEで確認されるバンドのサイズは、SSIIa-A1が115 kDa、SSIIa-B1が100 kDa、SSIIa-D1が108 kDaであり、非特許文献1に発現の有無を確認する方法が記載されている。また、GBSSIについては、GBSSI-A1、B1、D1ともにSDS-PAGEで確認されるバンドのサイズはおよそ61kDaであり、とりわけGBSSI-B1とGBSSI-D1のバンドの識別が困難な場合があるため、SDS-PAGEで発現の有無を判定するよりも、特許文献1に記載されているデンプン結合タンパク質の二次元電気泳動により確認する方法が適している。詳細な方法は特許文献1に記載される通りであり、野生型で現れる領域にスポットがあるか否かを確認すればよい。
また、酵素活性の欠損は、酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異があるかどうかを調べることによっても確認し得る。特に、酵素の欠損変異が放射線照射や変異原性化学物質への曝露等の変異誘発処理により生じたものである場合、1残基のみのアミノ酸置換を伴う変異が生じる可能性がある。こういった場合には、酵素タンパクの有無を調べるSDS-PAGEのような方法では識別することが困難な場合が多いため、DNA上の変異を確認する手法が適する。SSIIaの場合、酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異とは、酵素の基質となるADP-グルコースやアミロペクチンの認識・結合部位における変異、あるいはグルコースをアミロペクチンの非還元末端へ転移する活性中心部位における変異、あるいはN末端に存在するシグナル配列部位における変異等が挙げられる。GBSSIの場合、酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異とは、酵素の基質となるADP-グルコースやアミロースの認識・結合部位における変異、あるいはグルコースをアミロースの非還元末端へ転移する活性中心部位における変異等が挙げられる。
GBSSI酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異があるかどうかを調べるためのプライマーとしては、例えば、下記実施例で使用しているプライマー(配列番号13〜19)を挙げることができる。このことは非特許文献2および非特許文献3にも記載されている。酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異があるか否かの判定基準は下記実施例中の表2に記載される通りである。これらのプライマーを用いてPCR等の核酸増幅法を行なえば、公知のコムギ品種「もち乙女」(3つのGBSSIを欠損)が有する酵素欠損変異を検出することができる。従って、本発明の実施において使用する2/2欠損体のGBSSI欠損変異が「もち乙女」に由来する場合、ないしは「もち乙女」と同じGBSSI欠損を有するその他の品種に由来する場合には、配列番号13〜19のプライマーを用いて欠損を確認することができる。
また、SSIIa酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上の変異があるかどうかを調べるためのプライマーとしては、例えば、下記実施例で使用しているプライマー(配列番号20〜25)を挙げることができる。このことは非特許文献4にも記載されている。酵素活性を失わせるようなゲノムDNA上に変異があるか否かの判定基準は下記実施例中の表2に記載される通りである。これらのプライマーを用いてPCR等の核酸増幅法を行なえば、公知のコムギ品種「Chosen57」(SSIIa-A1欠損型)、「関東79号」(SSIIa-B1欠損型)及び「Turkey116」(SSIIa-D1欠損型)が有する酵素欠損変異を検出することができる。従って、本発明の実施において使用する2/2欠損体のSSIIa欠損変異が上記品種に由来する場合、ないしは上記品種と同じSSIIa欠損を有するその他の品種に由来する場合には、配列番号20〜25のプライマーを用いて欠損を確認することができる。
2/2欠損体は、下記実施例に記載されるように、6つの酵素を任意の組み合わせで欠損している公知のコムギ品種の交配により作出することができる。放射線処理(γ線、β線、X線、中性子線等)、化学物質処理(エチルメタンスルホン酸等)その他の変異誘発処理を行ない、所望の酵素欠損体を選抜して交配に用いてもよい。また、単子葉植物の形質転換体の作出方法が各種公知であり、目的遺伝子の機能を欠損させる遺伝子工学的手法も公知である。例えば、RNAiやアンチセンス法により目的遺伝子の発現を阻害する方法があり、また、植物において目的の遺伝子のみを破壊する遺伝子破壊法も公知となっている(Proc. Natl. Acad. Sci. USA (2010) June 29, 107(26): 12034-12039)。従って、本発明で用いるコムギ系統は、遺伝子工学的手法により作出することもできる。
2/2欠損体では、GBSSIとSSIIaの酵素活性の欠損以外の遺伝的形質は特に限定されず、他の形質を導入したものも包含される。例えば、耐病性、グルテン適性、耐倒伏性、秋撒き性、春撒き性、多収性、低温耐性、穂発芽耐性、製粉適性などの有用形質と、2つのGBSSI及び2つのSSIIaの酵素活性の欠損とを組み合わせて有するコムギであってよい。
2/2欠損体由来の小麦粉は、2/2欠損体の収穫物(穎果、ないしは種子)を製粉して得ることができる。製粉方法は特に限定されず、従来のコムギ品種の収穫物から小麦粉を製造するときに用いられる一般的な製粉方法を用いることができる。小麦粉の形態は特に限定されず、例えば、通常の製粉工程を経て「ふすま」などの成分を除いた小麦粉でもよいし、分別しない全粒粉であってもよい。
本発明において、「コムギ加工食品」には、小麦粉又はコムギデンプンを原材料として用いて製造された食品が包含される。2/2欠損体由来の小麦粉又はデンプンを原材料として用いることで、コムギ加工食品の保存性が高まり、品質劣化が抑制され、冷蔵ないしは常温で保存した後の食味及び食感が向上する。本発明により提供される品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の具体例としては、うどんや焼きそば等の麺類(生麺、茹で麺又は調理済み麺類)、パン類(特にサンドイッチや具入りパン等の調理パン及び総菜パン)・ケーキ類・ピザ類を含むベーカリー食品、ババロア・ムース等のベーカリー食品以外の洋菓子類(凝固や食感の向上等のためにデンプンが使用される)、天ぷら・フライ等の揚げ物類(衣に小麦粉又はデンプンを含む)、餃子・春巻き・焼売等の中華総菜類(皮に小麦粉又はデンプンを含む)、饅頭類(皮に小麦粉又はデンプンを含む)等を挙げることができ、さらには、中華総菜類の皮等の、食品材料として使用されるコムギ加工食品も包含される。また、わらび餅やごま豆腐等の、デンプンを用いて製造され得る和菓子・和総菜類にも、2/2欠損体由来のデンプンを好ましく使用することができる。
品質劣化が抑制されたコムギ加工食品は、冷蔵食品や弁当類に好ましく利用することができる。冷蔵食品及び弁当類の種類は特に限定されず、2/2欠損体由来の小麦粉又はデンプンを原材料として用いて製造された、上記に例示した各種食品を包含するコムギ加工食品を少なくとも一部に含むものが包含される。冷蔵食品には、末端消費者に冷蔵状態で提供されるもののみならず、輸送中に一定期間(例えば数時間〜数日)の冷蔵状態を経る食品も包含される。冷蔵状態とは、典型的には0℃〜10℃以下、例えば4℃程度で維持した状態である。弁当類の好ましい具体例としては、例えば、ざるうどん・焼うどん・焼きそば等の調理済み麺類;天ぷら・フライ等の揚げ物類;餃子・春巻き・焼売等の中華総菜類等のコムギ加工食品を含む弁当類を挙げることができる。
品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造には、穀粉原料として2/2欠損体由来の小麦粉のみを用いてもよいし、2/2欠損体由来の小麦粉に他の穀粉を混合して使用してもよい。「他の穀粉」には、GBSSI及びSSIIaの欠損パターンが異なる他のコムギ系統(GBSSI及びSSIIaに欠損のない系統も包含される)に由来する小麦粉、及びコムギ以外の穀類から調製された穀粉(例えばライ麦粉、米粉等)が包含される。また、2/2欠損体由来の小麦粉自体も、1種類の2/2欠損体由来の小麦粉のみを用いてもよいし、2種以上の2/2欠損体由来の小麦粉を混合して用いてもよい。穀粉の配合割合は適宜選択することができる。従って、2/2欠損体の収穫物を製粉して得られた小麦粉を含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用の穀粉は、1種又は2種以上の2/2欠損体由来の小麦粉のみからなる穀粉でもよいし、あるいは、1種又は2種以上の2/2欠損体由来の小麦粉と、少なくとも1種の他の穀粉との混合物であってもよい。
また、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の原材料としてデンプンを用いる場合も、デンプン原料として、2/2欠損体由来のデンプンのみを用いてもよいし、あるいは、BSSI及びSSIIaの欠損パターンが異なる他のコムギ由来のデンプンや、コムギ以外の植物に由来するデンプンと混合して用いてもよい。2/2欠損体由来のデンプンは、1種類の2/2欠損体由来デンプンのみを用いてもよいし、2種以上の2/2欠損体由来デンプンを混合して用いてもよい。従って、2/2欠損体の収穫物を製粉して得られた小麦粉から分離されたデンプンを含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用のデンプンは、1種又は2種以上の2/2欠損体由来のデンプンのみからなっていてもよいし、1種又は2種以上の2/2欠損体由来のデンプンと、上記した他のコムギ由来のデンプン及びコムギ以外の植物由来のデンプンから選択される少なくとも1種のデンプンとの混合物であってもよい。
品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造原料は、上記した品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用の穀粉又は品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用のデンプンを含む。例えば、該原料は、2/2欠損体由来の小麦粉と、2/2欠損体由来のデンプンとの両者を含む原料;2/2欠損体以外の小麦粉若しくは小麦粉以外の穀粉と、2/2欠損体由来のデンプンとを含む原料;又は、2/2欠損体由来の小麦粉と、2/2欠損体以外のコムギ由来デンプン若しくはコムギ以外の植物に由来するデンプンとを含む原料であり得る。
2/2欠損体由来の小麦粉及びデンプンは、コムギ加工食品の品質劣化抑制剤として提供することもできる。穀粉原料の一部として2/2欠損体由来の小麦粉を用いる場合、2/2欠損体由来の小麦粉は添加剤として捉えることができる。コムギ加工食品の品質劣化抑制剤は、2/2欠損体由来の小麦粉又は2/2欠損体由来のデンプンを含み、例えば、2/2欠損体由来の小麦粉、2/2欠損体由来のデンプン、及びその両者を含む剤が包含される。当該品質劣化抑制剤は、コムギ加工食品の製造過程において原材料の一部として用いられる。
コムギ加工食品の品質劣化の主な要因には、デンプンの老化があげられる。そのデンプンの老化耐性の評価方法としては、糊化液の濁度を目視又は吸光光度計により測定し、透明性の低下の度合いに基づいて老化を評価する方法や、糊化液の粘度をラピッドビスコアナライザー(RVA)等を用いて測定し、粘度の変化量に基づいて老化を評価する方法が知られている。また、示差走査熱量計(differential scanning calorimeter; DSC)により、デンプンの糊化過程のエンタルピーと、保存後の糊化液を加熱して再糊化させる過程のエンタルピーとを測定し、エンタルピー変化の度合いに基づいて老化を評価する方法もある。本願発明者らは、一種類の方法で評価しただけでは、上記した通り多面的な現象を包括する老化を正確に判断できないと考え、下記実施例では、濁度変化に基づく評価とエンタルピー変化に基づく評価の二種類を組み合わせて老化を評価した。これにより、食品として利用した際に老化が進行しにくいデンプン特性を持つ系統を適切に判断することができた。
濁度に基づく評価方法及びDSCに基づく評価方法、並びに両者の評価結果に基づくデンプンの老化耐性の評価について、以下に具体的に説明する。
[濁度に基づく老化度の評価]
デンプンを糊化させた糊化液の濁度を測定し、糊化直後の濁度と一定期間経過後の濁度の差を評価する。デンプン糊化液は、例えば、精製したデンプンを水に懸濁して0.1%〜3%程度の濃度の懸濁液とし、懸濁液を30分間程度煮沸して得ることができる。煮沸後に室温(20℃〜25℃程度)まで冷却し、一定期間老化条件(例えば、4℃で2〜3週間程度)におく。糊化直後(冷却後)の濁度と老化条件に放置後の糊化液の濁度を測定し、どの程度濁度が変化したかをサンプルごとに評価すればよい。濁度の測定は、白濁の程度を目視により観察して評価してもよいが、糊化液の吸光度(波長は640nm程度でよい)を測定すれば、より正確な評価が可能である。
[DSCに基づく老化度の評価]
デンプン懸濁液を加熱し、糊化過程のデンプン液のDSC測定を行ない、糊化エンタルピー変化量を測定する。糊化液サンプルを一定期間老化条件(例えば、4℃で2〜3週間程度)に置いた後、糊化液を加熱して再糊化させ、再び糊化エンタルピー変化量を測定する。老化率(%)は以下の計算式で求められる。
老化率(%)=(保存後のエンタルピー変化量)/(糊化エンタルピー変化量)×100
[デンプンの老化耐性の評価]
濁度評価の結果とDSC評価の結果について、それぞれ基準となる数値を設定する。例えば、濁度については、糊化後4℃で14日間置いたもので吸光度の増加量が0.05〜0.07程度以下のデンプンを老化度が低いと評価することができる。また、DSCについては、糊化後4℃で14日間置いたものの老化度が43%〜45%程度以下のデンプンを老化度が低いと評価することができる。2種類の評価法の両方で老化度が低いと評価されたコムギ系統は、該系統に由来する小麦粉又はデンプンを食品に利用した際に老化が進行しにくいデンプン特性を有すると評価することができる。
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
[コムギ系統の作出]
2つのGBSSIを欠損し、かつ、2つのSSIIaを欠損したコムギ系統は、下記の2系統を親系統として作出された。
親系統1:
「関東79号」(SSIIa-B1欠損型)と外国産品種である「Turkey116」(SSIIa-D1欠損型)、「Chosen57」(SSIIa-A1欠損型)の3品種を順次交配して選抜された、SSIIaを完全に欠損した系統。
親系統2:
もち乙女(GBSSI全欠損型、SSIIaタンパク質は野生型)と「Kestrel」を交配し、そのF5世代の種子から選抜された、GBSSIを完全に欠損した系統。
コムギの栽培、交配は定法に従った。上記の親系統1と親系統2を交配し、F1世代を得た。これを自家受精させてF2、あるいはそれ以降の世代を得た。これら後代の中から、PCRによりGBSSIおよびSSIIa遺伝子の遺伝子型の判別を行ない、所望のコムギ系統を選抜した。PCRによる遺伝子型の確認の具体的な方法は以下の通りである。
コムギの種子を発芽させ、幼葉からのゲノムDNAの精製をキアゲン社製DNeasy plant miniキットを用いて行った。発芽した種子の幼葉を100 mgとり、液体窒素中でパウダー状になるまですりつぶした。すりつぶしたサンプルを1.5 ml容チューブに移し、その後キットに添付のバッファーAP1とRNase solutionを加えて65度で10分間加熱した。次にバッファーAP2を加えて氷上で5分間放置した後、析出した沈殿物を遠心操作により取り除いた。上澄み液にバッファーAP3を加えて混合した後、全量をmini spin columnに供し、遠心操作を行いDNAをメンブランに吸着させた。バッファーAWによる洗浄を2回行った後、バッファーAEを加えて5分間放置し、遠心によりDNA溶液を回収した。
PCRには下記のプライマーを用いた。
GBSSI-A1遺伝子確認用プライマー:
AFC:TCGTGTTCGTCGGCGCCGAGATGG(配列番号13)
AR2:CCGCGCTTGTAGCAGTGGAAGTACC(配列番号14)
GBSSI-B1遺伝子確認用プライマー:
BDFL:CTGGCCTGCTACCTCAAGAGCAACT(配列番号15)
BRC1:GGTTGCGGTTGGGGTCGATGAC(配列番号16)
BFC:CGTAGTAAGGTGCAAAAAAGTGCCACG(配列番号17)
BRC2:ACAGCCTTATTGTACCAAGACCCATGTGTG(配列番号18)
GBSSI-D1遺伝子確認用プライマー:
BDFL:CTGGCCTGCTACCTCAAGAGCAACT(配列番号15)
DRSL:CTGTTTCACCATGATCGCTCCCCTT(配列番号19)
SSIIa-A1遺伝子確認用プライマー:
SSIIAF1:GCGTTTACCCCACAGAGC(配列番号20)
SSIIAR1:ACGCGCCATACAGCAAGTCATA(配列番号21)
SSIIa-B1遺伝子確認用プライマー:
SSIIBF1:ATTTCTTCGGTACACCATTGGCTA(配列番号22)
SSIIBR1:TGCCGCAGCATGCC(配列番号23)
SSIIa-D1遺伝子確認用プライマー:
SSIIDF1:GGGAGCTGAAATTTTATTGCTTATTG(配列番号24)
SSIIDR1:TCGCGGTGAAGAGAACATGG(配列番号25)
GBSSI遺伝子確認用のPCR反応は、10×Taq bufferを5μL, dNTPを終濃度0.2mM, Mg(Cl)2を終濃度1.5mM, プライマー各終濃度0.2μM, ゲノムDNAを終濃度2ng/μL、Taq polymerase(タカラバイオ社)を終濃度0.05 U/μLの組成で全量50μLで行なった。GeneAmp PCR System 9700(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、95℃ 5分−[95℃ 30秒−65℃ 30秒−72℃ 2分]×32サイクル−72℃ 7分の反応条件とした。
SSIIa遺伝子確認用のPCR反応は、10×LA Taq bufferを2μL, dNTPを終濃度0.2mM, Mg(Cl)2を終濃度2.25mM, プライマー各終濃度0.25μM, ゲノムDNAを終濃度1ng/μL、LA Taq(タカラバイオ社)を終濃度0.025 U/μLの組成で全量20μLで行なった。GeneAmp PCR System 9700(アプライドバイオシステムズ社)を用いて、98℃ 5分−[98℃ 30秒−65℃ 30秒−74℃ 1分]×40サイクル−74℃ 5分の反応条件とした。
PCR増幅反応液は3%アガロースゲルによる電気泳動に供した後、エチジウムブロマイド染色を行い、増幅バンドのサイズに基づいて下記の通り遺伝子型を判定した。
以上の確認を行ない、各種遺伝子型を有するコムギ系統を選抜した。以下の実験では、上記の通りに選抜されたコムギ系統及び市販のコムギ品種(表3)を用いた。
[小麦粉および全粒粉の調製]
収穫したコムギは水分が14%になるように加水し一晩放置した後、ビューラー社製またはブラベンダー社製のテストミルにて挽砕した。ビューラー社製テストミルで挽砕した場合には、1B、2B、3B、1M、2M、3Mの取り口から得られた粉を混合して小麦粉とした。ブラベンダー社製テストミルで挽砕した場合には、1等粉、2等粉を合わせて小麦粉を得た。また、収穫したコムギは超遠心粉砕機 ZM 200 (Retsch社) を用いて全粒粉に調製した。ロータ回転数は14,000 rpmとし、スクリーンは梯形孔の0.75 mmとした。
[小麦粉からのデンプン精製]
上記小麦粉よりデンプンを次のようにして精製した。小麦粉重量に対し、0.5倍の重量の水を加え、よく捏ねて生地を作成し、冷水中で1時間浸漬した。その後、水中で生地を捏ねてデンプンをもみだした。このデンプン懸濁液を2,070×gで10分間遠心分離し、上清を除去した。デンプンの上層に沈澱したペントザン等の夾雑物を除去した。この操作を繰り返してデンプンを洗浄した。このデンプンを凍結乾燥して精製デンプンを得た。また、精製したデンプンは水分含量を測定し、乾物重量を求めた。
[アミロース含量の測定]
精製したデンプンを用いてアミロース含量を測定した。AMYLOSE / AMYLOPECTIN ASSAY KIT (Megazyme社) を使用し、キットの手順書に従って測定を行った。結果を下記表4に示す。
[RVA測定]
調製した全粒粉を用いてラピッドビスコアナライザー (RVA) を用いた粘度特性の測定を行った。装置にはNEWPORT SCIENTIFIC 社製 model RVA-4を用い、測定法はアメリカ穀物学会の定める公定法 (AACC法76-21) の小麦粉用の方法に従い、STD3のプログラムで測定した。ただし、水の代わりに1 mM 硝酸銀水溶液を使用した。結果を下記表4に示す。
[老化耐性の評価]
(1) 濁度測定による老化度推移測定
0.3%のデンプン懸濁液を調製し、沸騰水中で30分間処理することで糊化させた。糊化後25℃に一時間置いた後に懸濁液の吸光度(640nm)を測定し、糊化後の吸光度とした。懸濁液を4℃に14日間置き、その後に再び吸光度を測定した。14日後の懸濁液の吸光度と糊化後の吸光度の差分を算出し、濁度増加量を求めた。
(2) DSCによる老化度推移測定
デンプン重量の2倍容量の超純水を加え、DSC (DSC-60A、Shimadzu社) を用いて測定した。測定条件は、以下の通り。
昇温;30-120℃ (5℃/min)、ホールド;120℃ 2 min、冷却;120-30℃ (-5℃/min)。
測定後のサンプルを4℃にて14日間静置後、上記条件にて再測定した。老化率(%)は上述の計算式にて算出した。
(3) 結果
(1)の結果を図1に、(2)の結果を図2に示す。2/2欠損体のデンプンはいずれも、濁度に基づく評価とDSC測定に基づく評価の両者で老化度が低いと判定された。濁度評価の結果(図1)のみ見ると、2/2欠損体ではない系統(xvii)は濁度の増加が全く見られず老化度が非常に低いことになるが、DSC評価ではこの系統は老化度が非常に高いという結果である。逆に、DSC評価の結果(図2)のみ見ると、2/2欠損体ではない系統(xiii)は老化度が非常に低いことになるが、濁度評価ではこの系統は最も老化度が高いという結果である。この結果は、1種類の評価法のみでは老化耐性の評価が不十分であり、2種類の評価法を組み合わせることでデンプンの老化耐性を適切に評価することが初めて可能になることを示している。
[コムギ加工食品の加工試験1(冷蔵うどん)]
コンビニエンスストアの調理麺等を想定し、うどんを作製して冷蔵保存後に食味試験を行なった。2/2欠損体由来の小麦粉として系統(i)を、コントロールの小麦粉として系統(x)及び(xvi)を用いた。小麦粉は水分13.5質量%ベースで水分補正をし、試験を行った。小麦粉の水分をm質量%とした場合の水分補正の方法は次のとおりである。
小麦粉の実際の使用量(単位:質量部)=100×(100−m)/(100−13.5)
水の実際の使用量(単位:質量部)=(100+加水量)−小麦粉の実際の使用量
うどんの製法は次のとおりである。
1.小麦粉100質量部に食塩4質量部、水38質量部を加えて、13分間、700mHgの減圧下でミキシングを行い生地とした。水の実際の使用量(単位:質量部)=(100+38)−小麦粉の実際の使用量
2.前記生地を製麺ロールにより整形1回、複合2回、圧延3回行い、最終の麺帯の厚みを2.5mmとし、10番(角)の切歯で切り出し麺線とした。麺線の長さは約25cmとした。
3.前記麺線を麺線質量の約15倍の茹で水(pHを5.5〜6.0に調整)で13分間茹で、冷水で締めてから4℃に20時間保存した。
冷蔵保存後のうどんについて、10名のパネラーによる食味試験を行なった。下記の項目について5段階評価し、各項目の平均値を算出した。
弾力:弾力がない(1点)〜とても弾力がある(5点)
粘り:粘らない(1点)〜粘りが強い(5点)
ソフトさ:ソフトさがない(1点)〜とてもソフトである(5点)
つるみ:つるみがない(1点)〜とてもつるみがある(5点)
ぬめり:ぬめりがない(1点)〜とてもぬめりがある(5点)
ぼそぼそ感:ぼそぼそ感がない(1点)〜とてもぼそぼそする(5点)
評価結果を図3に示す。系統(i)の小麦粉を用いた冷蔵保存後のうどんは、粘性、弾力に優れ、つるみのある良好な食感だった。また、系統(x)及び(xvi)よりもぼそぼそ感が少なく、ほとんど劣化していない印象であった。
[コムギ加工食品の加工試験2(パン)]
食パンを作製して常温保存後に食味試験を行なった。2/2欠損体由来の小麦粉として系統(i)を、コントロールの小麦粉として系統(x)及び(xvi)を用いた。自動ホームベーカリー(エムケー精工株式会社)を用いて「食パンコース」プログラムで食パンを作製した。以下に示す配合で作製した。
水 190 ml
小麦粉 280g
砂糖 20 g
塩 4 g
ショートニング 20 g
脱脂粉乳 6 g
ドライイースト 2.4 g
焼き上がった食パンを25℃で2日間保存した。保存後の食パンについて、10名のパネラーによる食味試験を行なった。下記の項目について5段階評価し、各項目の平均値を算出した。
弾力:弾力がない(1点)〜とても弾力がある(5点)
粘り:粘らない(1点)〜粘りが強い(5点)
モチモチ感:モチモチ感がない(1点)〜とてもモチモチしている(5点)
ソフトさ:ソフトさがない(1点)〜とてもソフトである(5点)
口溶け:口溶けがとても悪い(1点)〜口溶けがとてもよい(5点)
しっとり感:しっとり感がない(1点)〜とてもしっとりする(5点)
甘さ:甘さがない(1点)〜とても甘みがある(5点)
ぱさつき:ぱさつきがない(1点)〜とてもぱさぱさする(5点)
香り:香りがない(1点)〜とても香りが強い(5点)
結果を図4に示す。系統(i)の小麦粉を用いた保存後の食パンは、弾力やモチモチ感に優れ、かつソフトさのある良好な食感だった。また、系統(x)及び(xvi)よりもぱさつきが少なく、みずみずしさがあり、ほとんど劣化していない印象であった。

Claims (8)

  1. GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉又は前記収穫物若しくは前記小麦粉から分離されたデンプンを原材料として用いて製造された、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品。
  2. 茹で麺である請求項記載のコムギ加工食品。
  3. パンである請求項記載のコムギ加工食品。
  4. 請求項1ないしのいずれか1項に記載のコムギ加工食品を含む冷蔵食品。
  5. 請求項1ないしのいずれか1項に記載のコムギ加工食品を含む弁当。
  6. GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉を含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造用の穀粉。
  7. 請求項記載の穀粉を含む、品質劣化が抑制されたコムギ加工食品の製造原料。
  8. コムギ加工食品の原材料として、GBSSI-A1及びSSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1GBSSI-D1SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉を用いることを含む、コムギ加工食品の品質劣化の抑制方法。
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