以下、本発明の第一の実施形態について図1〜9を適宜参照しつつ説明する。
図1は、本発明の第一の実施形態に係る自転車の駆動機構10を備えた自転車1の側面図である。自転車1は、一般的な自転車としての構造、すなわち、フレーム2と前輪3及び後輪4、ハンドル5及びサドル6、及び足踏式のペダル11を持つ駆動機構10を備えている。一般的な形式では、搭乗者が駆動機構10のペダル11を踏み、ペダルクランク12を順方向に回転させることにより得られる駆動力を後輪4に伝達することにより自転車1は前進する。なお、ここで「順方向」とは、自転車1が前進する際の各部品の動きの方向を指すものとする。これに対し、「逆方向」は、順方向に対し逆となる方向を指すものとする。
ペダルクランク12は、一般に自転車1において見られる同名の部品と同様の通常の部品であり、クランク軸13とペダル11とを繋ぐ部品である。ペダルクランク12はクランク軸13に対し回転不能に固定され(すなわち、ペダルクランク12とクランク軸13は一体として回転する)、ペダル11はペダルクランク12に対し回転可能に固定される。搭乗者による駆動力はクランク軸13と同軸に設けられたドライブスプロケット14へと伝達され、さらにチェーン15を介してドリブンスプロケット16へと伝達される。これにより、後輪ハブ17が回転し、後輪ハブ17に取り付けられた後輪4が順方向に回転する。なお、後輪ハブ17は一般に自転車に使用されるいわゆるフリーホイールハブであり、ドリブンスプロケット16から後輪ハブ17への順方向の駆動力は伝達するが、逆方向の駆動力は伝達しない、いわゆるワンウェイクラッチ機構を備えている。
また、図1に示した駆動機構10は、搭乗者の踏力を補助する電動機18と、その動力源であるバッテリ19を備えている。電動機18は、搭乗者の踏力に応じてドライブスプロケット14にアシストトルクを与える。本実施形態では、チェーン15が巻回されたアシストスプロケット20を電動機18が回転させることによりチェーン15を順方向に引っ張り、ドライブスプロケット14にアシストトルクを与えている。なお、電動機18がドライブスプロケット14にアシストトルクを与える機構は特に限定されず、他にも、直接ドライブスプロケット14にアシストトルクを与えるようなものであってもよい。電動機18やアシストスプロケット20等の部品は電動機カバー21に覆われ、またドライブスプロケット14やチェーン15の上側部分はチェーンカバー22に覆われ、保護されるとともに、搭乗者の身体や衣服の駆動機構10内への巻き込みを防止している。
そして、本実施形態では、電動機18がドライブスプロケット14にアシストトルクを与える都合上、クランク軸13とドライブスプロケット14との間に、クランク軸13からドライブスプロケット14への順方向の駆動力は伝達するが、逆方向の駆動力は伝達しないワンウェイクラッチ機構(以降、第1のワンウェイクラッチと呼ぶ。)が組み込まれている。したがって、搭乗者がペダル11を逆方向に回転させても、かかる回転力はドライブスプロケット14に伝達されることはない。
なお、以上の説明では、自転車1を電動機18及びバッテリ19を備え、乗者の踏力に応じてアシストトルクを与える、いわゆる電動アシスト自転車として示したが、必ずしも動力アシストをする形式の自転車である必要はなく、何らのアシスト機構を持たない、人力によってのみ走行する形式の自転車であってもよい。ただし、その場合であっても、本実施形態は、クランク軸13とドライブスプロケット14との間に上述の第1のワンウェイクラッチを備えたものを対象としている。
また、自転車1の駆動機構10は、後輪4に駆動力を伝達するにあたり、必ずしもここで示したようなチェーン15を用いた機構を用いなくともよく、その他の機構、例えば、ベルトやシャフトを用いた機構としてもよい。その場合においても、自転車1は、後輪4に駆動力を伝達するための何らかの駆動力伝達部材と、かかる駆動力伝達部材と係合し、クランク軸13の回転を伝達するための後輪駆動部材を少なくとも有する。本実施形態では、チェーン15が駆動力伝達部材に、ドライブスプロケット14が後輪駆動部材に相当することとなるが、ベルト駆動方式ではベルトが駆動力伝達部材、プーリが後輪駆動部材にあたり、シャフト駆動方式ではシャフトが駆動力伝達部材、べベルギアが後輪駆動部材にあたることになる。
本実施形態では、駆動機構10にさらに、ペダル11を逆方向に回転させることによりブレーキを作用させる、いわゆるバックペダルブレーキ機構が組み込まれる。ここではバックペダルブレーキ機構は後輪4にブレーキを作用させるものであり、クランク軸13と同軸に設けられたブレーキアーム23を逆転させるとブレーキワイヤ24が引っ張られ、後輪4に取り付けられたドラムブレーキ25が作動する、というものである。なお、後輪4に取り付ける後輪ブレーキの形式は特に限定されない。ドラムブレーキ25は後輪ブレーキの一例である。また、後輪ブレーキを作動させるための部材である後輪ブレーキ駆動部材は、ここで示したようなブレーキアーム23に限定されるものではない。後輪ブレーキを作動させることができれば、その形状や形式は問わない。ブレーキアーム23は、後輪ブレーキ駆動部材の一例である。
なお、図1には前輪ブレーキを示していないが、これは適宜の形式のブレーキ機構を必要に応じて設けてよい。
図2は、駆動機構10の構成を示す模式図である。クランク軸13の両端にはペダルクランク12及びペダル11が取り付けられる(同図では片方のみ示している)。クランク軸13には第1のワンウェイクラッチ26を介してドライブスプロケット14が取り付けられる。ドライブスプロケット14にはチェーン15が回し掛けられ、さらにチェーン15はドリブンスプロケット16に巻き掛けられる。後輪ハブ17はドリブンスプロケット16と同軸に設けられる。また、同じくクランク軸13にはスリップロック機構27を介してブレーキアーム23が取り付けられる。
さらに、クランク軸13にはトルクセンサ28が設けられ、クランク軸13に作用するトルクを検出し、かかる検出結果に基いてコントローラ29が電動機18を制御することにより、適切なアシストトルクがドライブスプロケット14に加えられるようになっている。
ここで、第1のワンウェイクラッチ26及び後輪ハブ17において示した矢印は、動力の伝達方向を示しており、実線矢印が順方向の動力の伝達方向を、破線矢印が逆方向の動力の伝達方向を示す。すなわち、第1のワンウェイクラッチ26は、クランク軸13がドライブスプロケット14に対し順方向に回転しようとするとロック状態となり、クランク軸13の回転力をドライブスプロケット14に伝えるが、クランク軸13がドライブスプロケット14に対し逆方向に回転する場合にはフリー状態となり、クランク軸13を空転させるものである。ドライブスプロケット14側からみると、第1のワンウェイクラッチ26は、ドライブスプロケット14がクランク軸13に対し逆方向に回転しようとした場合にロック状態となり、順方向に回転しようとした場合にはフリー状態となる。
一方、スリップロック機構27は、クランク軸13とブレーキアーム23の間に介在するものであるが、さらにドライブスプロケット14の回転も入力される。そして、スリップロック機構27の動作は、クランク軸13とドライブスプロケット14の回転が同期している、すなわち、両者が一体となって回転している場合(又は両方とも止まっている場合)にフリー状態となり、クランク軸13とドライブスプロケット14の回転が非同期である、すなわち両者の回転の間にすべりがある場合にロック状態となる。
かかる駆動機構10の動作を、図3をさらに参照しつつ説明する。図3は自転車1の状態と、駆動機構10の各部の動作状態を表に示した図である。同図中、縦の列は自転車1の状態を、横の列は各部の動作状態を表しており、表中の「FW」は順方向の動作、「RW」は逆方向の動作、「N」は停止状態又は自由回転状態を示し、また、「LOCK」は第1のワンウェイクラッチ26やスリップロック機構27がロック状態にあることを、「FREE」はフリー状態にあることを示している。
まず、搭乗者が自転車1のペダル11を順方向に漕ぎ、自転車1が前方に走行している状態を考える。ペダル11からペダルクランク12を介して伝達された踏力によりクランク軸13は順方向に回転し、第1のワンウェイクラッチ26がロックするのでドライブスプロケット14も順方向に回転する。そしてチェーン15を介してドリブンスプロケット16もまた順方向に回転し、後輪ハブ17へと駆動力が伝達され、後輪ハブ17が順方向に回転することにより自転車1の後輪4が順方向に回転する。
このとき、第1のワンウェイクラッチ26がロックしており、クランク軸13とドライブスプロケット14の回転が同期するため、スリップロック機構27はフリー状態となり、ブレーキアーム23は回転せずドラムブレーキ25も作動しない。
また、電動機18は、クランク軸13に作用するトルクに応じたアシストトルクを発生し、ドライブスプロケット14に作用させる。
次に自転車1が惰性で走行している状態、すなわち、自転車1は慣性(或いは下り坂)で前方に走行しているが、搭乗者はペダル11を漕いでいない状態を考える。クランク軸13は回転しないため、ドライブスプロケット14もまた回転せず、第1のワンウェイクラッチ26はフリー状態にある。後輪ハブ17は後輪4の回転につれて順方向に回転するが、その回転はドリブンスプロケット16に伝達されることはなく、ドリブンスプロケット16も回転しない。
このとき、クランク軸13とドライブスプロケット14はともに回転しないため、スリップロック機構27はフリー状態となり、ブレーキアーム23は回転せずドラムブレーキ25も作動しない。
また、電動機18は、クランク軸13にトルクが作用しないためアシストトルクを発生させない。
さらに、搭乗者が自転車1のペダル11を逆方向に漕ぎ、バックペダルブレーキを作用させる状態を考える。クランク軸13は、ペダル11に加えられた踏力に応じて逆方向に回転する。しかしながら、この回転は、第1のワンウェイクラッチ26がフリー状態となるためドライブスプロケット14には伝達されない。ドライブスプロケット14はフリー回転の状態にあり、通常は回転しない。ドリブンスプロケット16もまた回転しない状態である。後輪ハブ17については、自転車1が慣性で走行している場合には順方向に回転しており、自転車1が停止している場合には回転していないことになる。いずれにせよ、後輪ハブ17の状態はドリブンスプロケット16には伝達されない。
このとき、クランク軸13は逆方向に回転するのに対し、ドライブスプロケット14は回転せず、両者の回転が同期しないためスリップロック機構27はロックする。これにより、クランク軸13からブレーキアーム23に逆方向の回転力が伝達され、ブレーキアーム23が逆方向に回転し、ドラムブレーキ25が作動する。
なお、電動機18は、クランク軸13に逆方向のトルクが作用しているので、アシストトルクを発生させない。
最後に、自転車1を後退させた状態、すなわち、搭乗者が自転車1を降りて、自転車1を後ろに押している状態を考える。このときは、後輪4と同期して後輪ハブ17が逆方向に回転し、その回転はドリブンスプロケット16に伝達されるため、ドリブンスプロケット16は逆方向に回転する。さらに、チェーン15を介して、ドライブスプロケット14もまた逆方向に回転する。ドライブスプロケット14が逆方向に回転すると、第1のワンウェイクラッチ26はロックするため、クランク軸13もまた逆方向に回転することになる。
ここで、クランク軸13とドライブスプロケット14とは、第1のワンウェイクラッチ26がロックするため同期して逆方向に回転することになる。そのため、スリップロック機構27はフリー状態となるから、ブレーキアーム23にこの逆方向の回転が伝達されることはなく、ブレーキアーム23は回転せずドラムブレーキ25は作動しないのである。
なお、電動機18は当然にこの場合にもアシストトルクは発生させない。
このように、スリップロック機構27の作用により、本実施形態に係る自転車1は、自転車1の走行時又は停車時にバックペダルブレーキを作用させることができ、なおかつ、自転車1を後退させる際にはドラムブレーキ25が作用することはなく、スムースな自転車1の後退が可能である。そして、後輪ハブ17は一般的なフリーホイールハブでよく、なんら特殊な品ではない。
続いて、駆動機構10の具体的な機構の例を図4〜6を参照して説明する。
図4は、駆動機構10の構成を示す一部破断斜視図である。また、図5は、駆動機構10のクランク軸13の中心軸を通る鉛直断面図である。
クランク軸13とドライブスプロケット14間に組み込まれる第1のワンウェイクラッチ26は、クランク軸13と一体に回転する外筒30と、クランク軸13に対し回転可能に支持される内筒31、及び外筒30と内筒31間に配置されるラチェット爪32を含む。なお、ここでは第1のワンウェイクラッチ26をラチェット式のものとして示したが、カム式、スプラグ式等他の形式のものとしてもよい。
内筒31にはドライブスプロケット14及び接続リング33が固定され、これらの部材は一体に回転する。なお、これら一体となって回転する部品は、ここで示したように別部材として作成し、一体に組み付けてもよいし、もともと一体の部品としてまとめて作成してもよい。以降の説明においても同様である。接続リング33のスリップロック機構27に面する側面には、後述するリテーナ37が挿入される凹部34が形成される。
スリップロック機構27は、クランク軸13と一体に回転するアクスルアダプタ35と、クランク軸13に対し回転可能に支持されるブレーキアーム23、及びアクスルアダプタ35とブレーキアーム23間に配置されるローラ36とリテーナ37を含む。アクスルアダプタ35の外周面の一部分には、ローラ36を径方向外側へと押しやるカム面38が形成され、また、ブレーキアーム23の内周面の一部分には、ローラ36と接触するローラ接触面39が形成されている。リテーナ37はローラ36間に配置され、隣接するローラ36同士が互いに接触しないようにその間隔を保持する部材であるが、一部分が第1のワンウェイクラッチ26方向に延長され、接続リング33の凹部34内に挿入され、凹部34において、スプリング40により接続リング33と弾性的に接続される。これにより、接続リング33とリテーナ37とは同期回転するよう接続される。そして、接続リング33とドライブスプロケット14は一体として回転するから、ドライブスプロケット14とリテーナ37とは同期回転するよう接続されることになる。とはいうものの、スプリング40は弾性体であり、ある程度の変形が可能であるため、ドライブスプロケット14とリテーナ37とは常に一体となって回転するわけではなく、多少の回転方向の位置のずれは許容される。
アクスルアダプタ35には、ペダルクランク12が一体に回転するように取り付けられる。アクスルアダプタ35とクランク軸13とは一体に回転するから、ペダルクランク12はクランク軸13と一体として回転することになる。なお、アクスルアダプタ35を介さず、ペダルクランク12を直接クランク軸13に取り付けるようにしてもよい。
図6は、回転軸方向から見たスリップロック機構27の構造を説明する断面図である。図示のように、スプリング40の両端はそれぞれ接続リング33及びリテーナ37と係合している。そのため、スリップロック機構27では、接続リング33とアクスルアダプタ35とが同期して回転しているか、その両方が回転していない状態では、スプリング40の働きによりリテーナ37が所定の位置に保たれる。かかる状態ではローラ36はカム面38によって径方向外側へと押されることはなく、ブレーキアーム23はアクスルアダプタ35に対し自由回転可能な状態に置かれる。すなわち、この状態ではブレーキアーム23はクランク軸13に対しフリー状態となる。
ここで、クランク軸13とドライブスプロケット14とが相対回転することにより、接続リング33とアクスルアダプタ35の回転が非同期となると、接続リング33に対しスプリング40の弾性変形の範囲内でアクスルアダプタ35が回転し、カム面38がローラ36を径方向外側へと追いやる。その結果、ローラ36がブレーキアーム23のローラ接触面39とカム面38の間に噛みこみ、ブレーキアーム23はアクスルアダプタ35と一体に回転するようになる。すなわち、この状態ではブレーキアーム23はクランク軸13に対しロック状態となるのである。
なお、カム面38のカムプロファイルは、回転入力方向に依存しない形状、例えば個々の面を単なる平面としてもよいが、本実施形態では図6に示したように回転方向に対し非対称な形状とされており、クランク軸13の逆方向の回転に対してはカム面38がローラ36を押し上げ、ロック状態とするのに対し、クランク軸13の順方向の回転に対してはカム面38がローラ36を押し上げることなく空転するようなカムプロファイルとされている。
ここまでの説明では、スリップロック機構27はカムローラ機構を用いたものとして説明したが、これ以外の機構を用いてもよい。図7は、本実施形態において、スリップロック機構27としてラチェット機構を用いた変形例を示す、スリップロック機構27の一部破断斜視図であり、図8は、回転軸方向から見たスリップロック機構27の構造を説明する一部破断図である。
この変形例では、先の例のローラ36に替えて、ラチェット爪41が所定の間隔をあけてアクスルアダプタ35の外周面に設けられる。また、隣接するラチェット爪41同士の間にはリテーナ37が挿入されている。さらにリテーナ37と各ラチェット爪41との間にはコイルスプリング42が設けられており、ラチェット爪41を外周方向に開くように付勢している。また、ブレーキアーム23のラチェット爪41と接触する内周面である噛み合い面43は、アクスルアダプタ35が逆回転した際にラチェット爪41と噛み合うよう、段差が設けられている。また、リテーナ37と接続リング33とはスプリング40により弾性的に接続され、同期して回転するようになっている。
この変形例に係るスリップロック機構27では、クランク軸13がドライブスプロケット14に対し逆方向に回転することにより、接続リング33とアクスルアダプタ35の回転が非同期となり、かつ、接続リング33に対するアクスルアダプタ35の回転方向が逆方向である場合には、スプリング40の働きによりリテーナ37はラチェット爪41を外側に開く方向、すなわち、同図では時計回りの方向に押し付ける。その結果、ラチェット爪41の先端は噛み合い面43の段差に噛み合い、ブレーキアーム23はアクスルアダプタ35と一体に回転するようになる。すなわち、この状態ではブレーキアーム23はクランク軸13に対しロック状態となる。
これに対し、接続リング33とアクスルアダプタ35とが同期して回転しているか、その両方が回転していない状態では、スプリング40の働きによりリテーナ37はラチェット爪41を内側に閉じる方向、すなわち、同図では反時計周りの方向に押し付ける。その結果、ラチェット爪41は閉じ、その先端は噛み合い面43の段差と噛み合うことはなく、ブレーキアーム23はアクスルアダプタ35に対し自由回転可能な状態に置かれる。すなわち、この状態ではブレーキアーム23はクランク軸13に対しフリー状態となるのである。
この変形例においても、先の例と同様に、スリップロック機構27はクランク軸13とドライブスプロケット14の回転が同期している、すなわち、両者が一体となって回転している場合又は両方とも止まっている場合にフリー状態となり、クランク軸13とドライブスプロケット14の回転が非同期である、すなわち両者の回転の間にすべりがある場合にロック状態となる。
以上の例及び変形例では、スリップロック機構27として、カムローラ機構を用いたもの、ラチェット機構を用いたものをそれぞれ説明したが、さらに、これらとは別の機構、例えば、スプラグ機構を用いてもよい。いずれにせよ、本実施形態に用いられるスリップロック機構27の具体例では、クランク軸13と同期回転する第1回転部材と、後輪ブレーキ駆動部材であるブレーキアーム23と同期回転する第2回転部材とを想定した場合に、かかる第1回転部材と第2回転部材間に複数のトルク伝達部材を配置し、さらにトルク伝達部材間にリテーナを配置し、リテーナと後輪駆動部材であるドライブスプロケット14が同期回転するように弾性的に接続されるものとして設計されている。
先の例では、ローラ36がトルク伝達部材に該当し、変形例ではラチェット爪41がトルク伝達部材に該当する。スプラグ機構を採用するのであれば、スプラグがトルク伝達部材に該当することになろう。また、いずれの例においても、アクスルアダプタ35が第1回転部材に該当し、ブレーキアーム23のローラ接触面39又は噛み合い面43が設けられている部分が第2回転部材に該当している。もちろん、ブレーキアーム23を分割し、ブレーキワイヤ24を取り付けるアームに相当する部分と、第2回転部材に相当する部分とを別々に作成し、後から両者が同期回転するよう一体に固定しても差し支えない。しかしながら本実施形態では、ブレーキアーム23を一体の部材として制作することで部品点数の削減並びにコストの低減を図っている。
ところで、以上説明した第1の実施形態に係る自転車の駆動機構10を備えた自転車1では、コントローラ29により電動機18の制御如何によっては、自転車1の挙動が意図せぬものとなる懸念がある。かかる挙動について図9を参照して説明する。
同図は、図3に倣い、自転車1の状態と、駆動機構10の各部の動作状態を表に示した図である。ここで懸念されるのは、電動機18によるアシストトルクがドライブスプロケット14に作用している状態である。このときに、搭乗者がペダル11を漕ぐのをやめる等何らかの理由により、クランク軸13の順方向の回転速度を、ドライブスプロケット14の順方向の回転速度が上回った状態を考える(図中、「FW>クランク軸」として示した)。このとき、クランク軸13はドライブスプロケット14より遅い速度で順方向に回転するか停止しており、ドライブスプロケット14への駆動力の伝達はなされないので第1のワンウェイクラッチ26はフリーの状態にある。また、ドリブンスプロケット16及び後輪ハブ17はドライブスプロケット14にしたがって順方向に回転する。
このときのスリップロック機構27の動作を図6を参照して考えると、クランク軸13と連動するアクスルアダプタ35に対し、ドライブスプロケット14に連動する接続リング33が順方向に回転する状態であるが、このとき、スプリング40の働きにより、リテーナ37も接続リング33と同様に順方向に回転しようとする。そして、ローラ36はリテーナ37に押され、やはりアクスルアダプタ35に対し、順方向に回転しようとする。
この結果、ローラ36がアクスルアダプタ35のカム面38を順方向に押し、クランク軸13に順方向に回転させるトルクが伝達されてしまう(図中、「Half LOCK」として示した)。さらに、このクランク軸13に加えられた順方向のトルクは、図2に示すトルクセンサ28によっては、搭乗者の踏力によるものであるのか否か判別することはできない。そのため、コントローラ29において、ドライブスプロケット14がクランク軸13を上回る速度で回転するようなアシストトルクを発生させないよう適切な制御がなされていなければ、搭乗者のペダル操作にかかわらず電動機18がアシストトルクを発生させ続ける事態になりかねない。
もちろん、かかる挙動は搭乗者の意図しないものであるから、コントローラ29による制御により防止すればよいのであるが、次に述べる本発明の第2の実施形態では、上述した事態の発生を機械的な機構によっても防止するものである。以下、本発明の第2の実施形態に係る駆動機構10を備えた自転車1を、図10〜15を参照しつつ説明する。
図10は、本発明の第2の実施形態に係る駆動機構10の構成を示す模式図である。なお、本実施形態に係る自転車1の外形は、先の実施形態におけるものと特段の差異はないため、先の実施形態に係る自転車1のものとして示した図1を、本実施形態に係る自転車1のものとして援用する。また、本実施形態において、先の実施形態と同一又は同等の部材については同符号を付し、その重複する説明を省略するものとする。
ここで示した駆動機構10において、図2で示したものとの差異は、ドライブスプロケット14の回転をスリップロック機構27に入力する際に、第2のワンウェイクラッチ44が介在されており、その駆動力の伝達方向が制限されている点である。この第2のワンウェイクラッチ44の動力伝達方向は、第1のワンウェイクラッチ26と同じ方向とされている。すなわち、ドライブスプロケット14からスリップロック機構27のリテーナ37への逆方向の駆動力を伝達するが、順方向の駆動力は伝達しない。もちろん、このことは同時に、スリップロック機構27のリテーナ37からドライブスプロケット14への順方向の駆動力は伝達するが、逆方向の駆動力は伝達しないことを意味している。
本実施形態に係る駆動機構10の動作を、図11をさらに参照しつつ説明する。図11は図3と同様に、自転車1の状態と、駆動機構10の各部の動作状態を表に示した図である。
搭乗者が自転車1のペダル11を順方向に漕ぎ、自転車1が前方に走行している状態では、第1のワンウェイクラッチ26がロックしドライブスプロケット14も順方向に回転し、チェーン15、ドリブンスプロケット16を介して後輪ハブ17が順方向に回転する。この時第2のワンウェイクラッチ44はフリー状態となり、スリップロック機構27のリテーナ37もまたフリー回転可能な状態となる。このとき、図6を参照すると、スリップロック機構27のアクスルアダプタ35は順方向に回転し、カム面38は先述したように、ローラ36を押し上げることなく空転させるため、スリップロック機構27は表中に示したようにフリー状態となり、ドラムブレーキ25は作動しない。なお、スリップロック機構27が先の変形例に示したようにラチェット機構を用いたものであったり、スプラグ機構を用いたものである場合にも同様である。
自転車1が惰性で走行している状態では、後輪4の回転は後輪ハブ17から上流の機構に伝達されることはなく、クランク軸13、ドライブスプロケット14、ドリブンスプロケット16はいずれも回転せず、当然にブレーキアーム23によりドラムブレーキ25が作動することもない。第1のワンウェイクラッチ26、第2のワンウェイクラッチ44及びスリップロック機構27はいずれもフリー状態となる。
搭乗者が自転車1のペダル11を逆方向に漕いだ状態では、クランク軸13は逆方向に回転するとともに、第1のワンウェイクラッチ26がフリー状態となりドライブスプロケット14は回転しない。そして、クランク軸13とドライブスプロケット14の回転が同期しないためスリップロック機構27はロックする。これにより、クランク軸13からブレーキアーム23に逆方向の回転力が伝達され、ブレーキアーム23が逆方向に回転し、ドラムブレーキ25が作動する。
なお、ここでスリップロック機構27がロックする動作の詳細については、後ほど詳述する。
さらに、自転車1を後退させた状態では、後輪4と同期して後輪ハブ17、ドリブンスプロケット16、ドライブスプロケット14及びクランク軸13が逆方向に回転し、第1のワンウェイクラッチ26及び第2のワンウェイクラッチ44は共にロック状態となる。しかしながら、クランク軸13とドライブスプロケット14とは同期して逆方向に回転するため、スリップロック機構27はフリー状態となり、ドラムブレーキ25は作動しない。
最後に、何らかの理由により、クランク軸13の順方向の回転速度を、ドライブスプロケット14の順方向の回転速度が上回った状態を考える。このとき、第1のワンウェイクラッチ26はフリーの状態となり、クランク軸13に対し、ドライブスプロケット14は相対的に順方向に回転する。そのため、第2のワンウェイクラッチ44はフリー状態となり、ドライブスプロケット14の回転はスリップロック機構27に伝達されることはなく、スリップロック機構27もまたフリー状態となる。したがって、電動機18が発生したトルクはクランク軸13に伝達されることはなく、トルクセンサ28により検出されることはないので、コントローラ29はこの場合は電動機18によるアシストを搭乗者の踏力にのみ依存して制御することとなるから、自転車1の挙動が意図せぬものとなることはない。
また、本実施形態に係る駆動機構10の機構の副次的効果として、電動押し歩きを容易に実現できることが挙げられる。電動押し歩きとは、搭乗者が自転車1から降りた状態でスイッチを押す等の明示的な操作により、一時的に電動機18を駆動させ、ペダル11を漕ぐことなく電動機動力により自転車1を前進させる操作を指す。
先に説明した第1の実施形態に係る駆動機構10では、ドライブスプロケット14とリテーナ37はスプリング40によって弾性的に結合されているので、ドライブスプロケット14が順方向に回転するとリテーナ37がローラ36を順方向に動かし、スリップロック機構27がロックする。そのためクランク軸13は順方向に回転し、結果的としてペダルクランク12及びペダル11は順方向に回転してしまう。
これに対し、第2の実施形態に係る駆動機構10では、ドライブスプロケット14が回転しても、第1のワンウェイクラッチ26と第2のワンウェイクラッチ44は共にフリーの状態であるため、クランク軸13を回転させることはなく、結果としてペダルクランク12及びペダル11は回転しない。したがって自転車1を押し歩いている搭乗者にペダルクランク12やペダル11が干渉することはなく、快適な操作が可能である。
図12は、本実施形態において、第2のワンウェイクラッチ44とスリップロック機構27の位置関係を示す駆動機構10の一部破断部分斜視図である。同図に示すように、本実施形態に係る駆動機構10では、接続リング33が第1の接続リング45と第2の接続リング46に分割されており、第1の接続リング45と第2の接続リング46間に設けられたラチェット機構により接続リング33自体が第2のワンウェイクラッチ44として機能する。図12には、第1の接続リング45が第2の接続リング46の内側に配置され、両者の間にラチェット爪47が配された様子が示されている。しかしながら、第1の接続リング45と第2の接続リング46の内外等の配置関係は限定されず、また、第2のワンウェイクラッチ44の機構はラチェット機構以外の機構、例えば、カムローラ機構やスプラグ機構であってもよい。さらに、第2のワンウェイクラッチ44を接続リング33とは別に設け、両者を接続するようにしてもよい。
図13Aは本実施形態に係る第2のワンウェイクラッチ44を構成する接続リング33をスリップロック機構27側から見た一部破断図、図13Bは本実施形態に係る第2のワンウェイクラッチ44を構成する接続リング33をドライブスプロケット14側から見た一部破断図である。
第1の接続リング45と第2の接続リング46とは、軸方向に互いにかみ合うように凹凸形状を有しており、その隙間にラチェット爪47が配置される。ラチェット爪47は、スプリング48により外方に開くように付勢される。また、第2の接続リング46のスリップロック機構27側の面には、リテーナ37の延長部が挿入される凹部34と、スプリング40の端部と係合するスプリング固定部49が形成されている。第1の接続リング45のドライブスプロケット14側の面には、ドライブスプロケット14と嵌合し、第1の接続リング45とドライブスプロケット14とが一体となって回転するための突起であるドグ50が設けられている。
図14は、本実施形態に係るスリップロック機構27の動作を説明する図である。同図は、スリップロック機構27の内部構造を軸方向から見た図であり、同時に第2のワンウェイクラッチ44の構造を破線で示している。
同図でスリップロック機構27がロックする方向は、アクスルアダプタ35が逆方向に回転する方向であり、図中反時計回りとなる。このとき、カム面38と接触しているローラ36にもまた反時計周りに移動させる力が作用し、それに合わせてリテーナ37にもまた全体として反時計回りのトルクが作用する。このトルクは、スプリング40を介して第2の接続リング46に伝達され、第2の接続リング46を反時計周りに回転させようとする。この方向は、ラチェット爪47が外れる方向であるから、第2のワンウェイクラッチ44はフリー状態となる。
ここで、アクスルアダプタ35とローラ36、リテーナ37、スプリング40及び第2の接続リング46が全て完全に同期して回転すると、カム面38はローラ36を外方に押し上げることができず、スリップロック機構27はロックしないことになる。
しかしながら、図14に示した機構では、アクスルアダプタ35が逆方向に回転したときに、ローラ36は慣性が働くため直ちに回転はしない。また、スプリング40は弾性変形するため、逆方向の回転トルクを第2の接続リング46に伝達し、第2の接続リング46が反時計回りに回転を始めるまでは遅れが生じる。そのため、リテーナ37にはローラ36をアクスルアダプタ35と共に逆方向に回転させようとするトルクに対する反力が生じる。さらに、ローラ36の転がり抵抗や第2の接続リング46の回転抵抗等の機械抵抗もまた、ローラ36をアクスルアダプタ35と共に逆方向に回転させようとするトルクに対する反力として作用する。そのため、アクスルアダプタ35が逆方向に回転した際に、ローラ36は直ちに軸周りに回転せず、カム面38により外方に押し上げられ、ローラ接触面39との間に噛みこみ、アクスルアダプタ35とブレーキアーム23間の回転をロックするのである。
ところで、ここで示した構造では、アクスルアダプタ35の回転に対するローラ36の回転抵抗は、各部材の慣性と、スリップロック機構27と第2のワンウェイクラッチ44の内部の機械抵抗のみであるから、カム面38とローラ接触面39間にローラ36が十分に噛みこまなかった場合には、ローラ36がローラ接触面39の表面を滑り、スリップロック機構27によるロックが不十分となることが懸念される。
図15は、本実施形態の変形例に係るスリップロック機構27の動作を説明する図である。同図は、図14と同様に、スリップロック機構27の内部構造を軸方向から見た図であり、同時に第2のワンウェイクラッチ44の構造を破線で示している。
この変形例は、先に示した例と比して、ブレーキアーム23に設けられたスリップロック機構27のローラ接触面39の形状が単なる円筒面ではなく、アクスルアダプタ35が相対的に逆方向に回転した際にローラ36と係合する凹凸構造が設けられた面となっている点が異なっている。すなわち、ローラ接触面39には、ローラ36が回転軸に対して逆方向に回転しようとすると引っ掛かる向きに段差が設けられている。
したがって、ローラ36は、一旦カム面38により外方に押し上げられ、ローラ接触面39と接触すると、かかる段差に引っかかる。そのため、一度ローラ36がローラ接触面39と接触すると、ローラ36がローラ接触面36の表面を滑ることはなく、スリップロック機構27によるロックは強固なものとなるから、ロック状態においてアクスルアダプタ35とブレーキアーム23とが互いに滑ることはない。
以上具体的な実施形態を例として本発明について説明したが、本発明はこれら例示された具体例における具体的構成に限定されるものではない。実施形態において示した各部材の具体的な配置、形状、数等は一例であり、ここで説明したと同様の技術的効果を有する限り、諸事情に鑑みて当業者が適宜設計し、変更してよい。