変速機のブレーキ装置の実施形態について、図面を参照しながら説明する。以下の説明に係るブレーキ装置は例示である。
(1)全体構成
図1は、自動変速機の骨子図である。この自動変速機1は、例えばフロントエンジンフロントドライブ車等のエンジン横置き式自動車に搭載されており、変速機構2と、変速機構2を収容する変速機ケース3とを有している。変速機構2の入力軸4に、図外のトルクコンバータを介して、エンジンの出力回転が入力される。変速機構2の出力回転は、出力ギヤ5から取り出され、図外の差動装置を介して、駆動輪に伝達される。
変速機構2は、第1プラネタリギヤセット10、第2プラネタリギヤセット20、及び第3プラネタリギヤセット30を備えている。これらは、変速機構2の動力伝達経路を構成し、エンジン側から前記の順に入力軸4の軸上に同軸に並んでいる。
変速機構2は、さらに、ロークラッチ40及びハイクラッチ50、L−Rブレーキ(ローリバースブレーキ)60、2−6ブレーキ70、並びにR−3−5ブレーキ80を備えている。これらは、摩擦締結要素であり、エンジン側から前記の順に入力軸4の軸上に同軸に並んでいる。
第1プラネタリギヤセット10及び第2プラネタリギヤセット20はシングルピニオン型、第3プラネタリギヤセット30はダブルピニオン型である。各プラネタリギヤセット10,20,30は、それぞれ、サンギヤ11,21,31と、このサンギヤ11,21,31と噛み合うピニオン12,22,32(第3プラネタリギヤセット30にあっては内側のピニオン)と、このピニオン12,22,32を支持するキャリヤ13,23,33と、前記ピニオン12,22,32(第3プラネタリギヤセット30にあっては外側のピニオン)と噛み合うインターナルギヤ14,24,34とを備えている。
第1プラネタリギヤセット10のサンギヤ11と、第2プラネタリギヤセット20のサンギヤ21とが連結され、さらにロークラッチ40を介して入力軸4に断接自在に連結されている。
第1プラネタリギヤセット10のインターナルギヤ14と、第2プラネタリギヤセット20のキャリヤ23とが連結され、さらにハイクラッチ50を介して入力軸4に断接自在に連結されると共に、L−Rブレーキ60を介して変速機ケース3に断接自在に連結されている。
第2プラネタリギヤセット20のインターナルギヤ24と、第3プラネタリギヤセット30のインターナルギヤ34とが連結され、さらに2−6ブレーキ70を介して変速機ケース3に断接自在に連結されている。
第3プラネタリギヤセット30のキャリヤ33がR−3−5ブレーキ80を介して変速機ケース3に断接自在に連結され、第3プラネタリギヤセット30のサンギヤ31が入力軸4に連結され、第1プラネタリギヤセット10のキャリヤ13が出力ギヤ5に連結されている。
この自動変速機1においては、図2の締結表(○は締結を示す)に示すように、摩擦締結要素40,50,60,70,80が選択的に締結されることにより、プラネタリギヤセット10,20,30の動力伝達経路が切り換わり、前進1〜6速と後退速とが達成される。
発進変速段の1つである前進1速ではロークラッチ40とL−Rブレーキ60とが締結される。前進2速ではロークラッチ40と2−6ブレーキ70とが締結される。前進3速ではロークラッチ40とR−3−5ブレーキ80とが締結される。前進4速ではロークラッチ40とハイクラッチ50とが締結される。前進5速ではハイクラッチ50とR−3−5ブレーキ80とが締結される。前進6速ではハイクラッチ50と2−6ブレーキ70とが締結される。発進変速段の1つである後退速ではL−Rブレーキ60とR−3−5ブレーキ80とが締結される。
(2)L−Rブレーキの構造
次に、L−Rブレーキ60の構造を図3〜図5に基づき説明する。図3、図4及び図5に関して右側がエンジン側、左側が反エンジン側である。尚、L−Rブレーキ60は、自動変速機1の軸方向の中間位置に配設された出力ギヤ5の近傍に配置されており、図3等における符号3bは、出力ギヤ5を支持するボス部である。
図3に示すように、L−Rブレーキ60は、主たる構成要素として、2つの油圧室(A室61及びB室62)と、2つのピストン(押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66)と、複数の摩擦板(ドライブプレート69a及びドリブンプレート69c)とを含む多板ブレーキ69を備えている。押圧用ピストン65と、クリアランス調整用ピストン66とは、入力軸4の軸上に同軸に並び、押圧用ピストン65は、クリアランス調整用ピストン66に内嵌している。押圧用ピストン65は、クリアランス調整用ピストン66と多板ブレーキ69との間に介在している。A室61(つまり、第2油圧室)は、押圧用ピストン65、クリアランス調整用ピストン66、及び変速機ケース3との間に区画形成され、B室62(つまり、第1油圧室)は、クリアランス調整用ピストン66、及び変速機ケース3との間に区画形成される。
複数のドライブプレート69aと、複数のドリブンプレート69cとは、軸方向に交互に配置されている。ドライブプレート69aは、図3では図示を省略する第1プラネタリギヤセット10のインターナルギヤ14(図1参照)の外周面にスプライン係合されている。ドライブプレート69aの両面にフェーシング69bが貼着されている。ドリブンプレート69cは、変速機ケース3の内面スプライン部3eにスプライン係合されている。内面スプライン部3eには、さらにリテーニングプレート69dがスプライン係合されている。リテーニングプレート69dは、スナップリング69eにより反エンジン側への移動が規制されている。
多板ブレーキ69の摩擦板69a,69cは、リテーニングプレート69dと、押圧用ピストン65との間に挟まれて配置されている。摩擦板69a,69cは、リテーニングプレート69dにより反エンジン側への移動が規制されている。
多板ブレーキ69に対し、径方向の外周側にはリターンスプリング164が配設されている。リターンスプリング164は、図示は省略するが、周方向に等間隔を空けて、複数設けられている。このように、リターンスプリング164を、多板ブレーキ69に対し径方向の外方に配置して、多板ブレーキ69とリターンスプリング164とを軸方向に重なるように配置することによって、L−Rブレーキ60の軸方向長さを短くすることが可能になる。
軸方向に延びる各リターンスプリング164の一端部(つまり、反エンジン側の端部)は、スプリングリテーナー69fに支持されている。スプリングリテーナー69fは、リテーニングプレート69dの外周縁部に設けられかつ、内周側よりも薄肉となるように設けられた段部に位置している。こうしてスプリングリテーナー69fとリテーニングプレート69dとを、軸方向に重なるように配置することにより、L−Rブレーキ60の軸方向長さを短くしている。尚、各リターンスプリング164の他端部(つまり、エンジン側の端部)は、後述するようにクリアランス調整用ピストン66の第2ピストン部材672に支持されている。
クリアランス調整用ピストン66は、変速機ケース3に内挿されかつ、軸方向に往復動可能な第1ピストン部材671と、第1ピストン部材671の反エンジン側に隣接しかつ、この第1ピストン部材671と一体的に、軸方向に往復動可能な第2ピストン部材672とによって構成されている。第1ピストン部材671及び第2ピストン部材672は共に、図示は省略するが、軸方向に見て円環形状である。
この内、第1ピストン部材671は、その外周端部が反エンジン側に突出すると共に、それに続く外周部がエンジン側に膨出し、中間部が反エンジン側に膨出し、内周部がエンジン側に傾斜し、内周端部が反エンジン側に突出するような形状を有している。第1ピストン部材671の外周端部は、後述するように、A室用油路63に連通するA室61の開口部612の縁部674を構成する。この開口縁部674は、ストッパ部材160に当接して、第1ピストン部材671が、それ以上に反エンジン側へと移動することを防止する受け部としての機能を有している。また、第1ピストン部材671の外周部には、反エンジン側を向くと共に、前記A室61を区画する側壁675が設けられる。また、第1ピストン部材671の内周端部は、後述する第3ピストン部材673の第3内周シール部材686が摺動する摺動面を構成する。
第1ピストン部材671における外周端部及び内周端部には、第1外周シール部材681及び第1内周シール部材682がそれぞれ油密に装着されている。第1外周シール部材681はリップシールであり、変速機ケース3の内周面に当接して、この内周面上を摺動可能である。第1内周シール部材682もまたリップシールであり、変速機ケース3に設けられた凹部3aの壁面に当接して、この壁面上を摺動可能である。こうして、第1ピストン部材671と変速機ケース3との間に、第1外周シール部材681及び第1内周シール部材682によって隔離されたB室62が区画形成される。第1外周シール部材681は、B室62とA室61との間を隔離し、第1内周シール部材682は、B室62と変速機ケース3内との間を隔離する。B室62への油圧の給排に応じて、第1ピストン部材671は軸方向に往復動する。
第2ピストン部材672は、その内径が、第1ピストン部材671の内径よりも大きく構成されている。第2ピストン部材672の内周端部は、径方向に所定の範囲で広がると共に、第1ピストン部材671の前記側壁675に当接する当接端部676を構成する。第2ピストン部材672はまた、当接端部676に連続する中間部が、同径で軸方向に広がり、外周部が、中間部よりも大径で軸方向に広がるような形状を有している。第2ピストン部材672の外周部は、第1ピストン部材671の開口縁部674に対し軸方向に相対して、この開口縁部674と共に、A室用油路63に連通するA室61の開口部612の縁部を構成する。A室61の開口部612は、第1ピストン部材671と第2ピストン部材672との間で、全周に亘って設けられる。
第2ピストン部材672の中間部は、A室61の開口部674に対し径方向の内方位置で相対するように配置され、それによって、A室61内は、径方向に分割される。第2ピストン部材672の中間部には、A室61内を分割する第2ピストン部材672の内外を径方向に連通させる貫通孔677が、周方向に等間隔を空けて複数、形成されている。
第2ピストン部材672の外周縁部にはまた、リターンスプリング164の他端を支持する複数のリテーナー部678が、周方向に等間隔を開けて、径方向の外方に向かって放射状に突出するように設けられている。
第2ピストン部材672の外周部には、第2外周シール部材683が、油密に装着されている。第2外周シール部材683も、第1ピストン部材671に取り付けられた第1外周シール部材681と同じくリップシールであり、変速機ケース3の内周面に当接して、この内周面上を摺動可能である。第2外周シール部材683は、A室61と変速機ケース3内との間を隔離する。
第2ピストン部材672の当接端部676には、ゴム製の遮断部材684が取り付けられている。この遮断部材684は、第1ピストン部材671の側壁675に密着することによって、当接端部676と側壁675との間を作動油が連通することを遮断する機能を有している。遮断部材684は、当接端部676と側壁675との間を油密に構成している。尚、この油密機能が得られるのであれば、ゴム製の遮断部材684を当接端部676に取り付ける構成に限らず、種々の構成を採用することが可能である。
押圧用ピストン65は、軸方向に見て円環形状の第3ピストン部材673によって構成されている。第3ピストン部材673は、外周部が反エンジン側に膨出し、中間部が径方向に広がると共に、内周部がエンジン側に膨出するような形状を有している。第3ピストン部材673の外周部は、多板ブレーキ69の摩擦板69cに当たって、多板ブレーキ69を押圧する機能を有している。
第3ピストン部材673の外周端部及び内周端部には、第3外周シール部材685及び第3内周シール部材686がそれぞれ、油密に装着されている。第3外周シール部材685は、リップシールであり、第2ピストン部材672の外周部の内側に当接して、当該面上を摺動可能である。第3内周シール部材686もまた、リップシールであり、第1ピストン部材671の内周端部に当接して、当該面上を摺動可能である。第3外周シール部材685及び第3内周シール部材686はそれぞれ、A室61と変速機ケース3内との間を隔離する。
こうして、第1ピストン部材671、第2ピストン部材672、第3ピストン部材673及び変速機ケース3の間に、第1外周シール部材681、第2外周シール部材683、第3外周シール部材685、及び第3内周シール部材686によって隔離されたA室61が区画形成される。このA室61への油圧の給排に応じて、第3ピストン部材673は、第1及び第2ピストン部材671、672に対し相対的に、軸方向に往復動する。
尚、第1ピストン部材671の第1外周シール部材681に対しては、そのエンジン側にB室62内の油圧が作用し、その反エンジン側にA室61内の油圧が作用する。後述の通り、B室62内の油圧はライン圧であり、A室61内の油圧はライン圧よりも低圧の制御油圧であり、多板ブレーキ69の締結時には、先ずB室62にライン圧が供給された後、A室61に制御油圧が供給されると共に、多板ブレーキ69の解放時には、先ずA室61内の制御油圧が解放された後、B室62内のライン圧が解放される。そのため、第1外周シール部材681を構成するリップシールは、相対的に高いB室62内の油圧が作用したときに、変速機ケース3の内周面に密着する向きに設定されている。
図3に示すように、A室用油路63は、変速機ケース3の壁を径方向に延びるように通っており、A室用油路63は、変速機ケース3の内周面に開口している。尚、A室用油路63は、図6等に概念的に示すように、実際は変速機ケース3の底部において、下から上向きに延びるように形成されているが、図3では、理解容易のために、変速機ケース3の上部にA室用油路63を描いている。
A室用油路63の開口は、第1ピストン部材671の開口縁部674と第2ピストン部材672の外周部との間に形成されるA室61の開口部612に対して、径方向に相対している。これにより、第1ピストン部材671の外周端部に装着された第1外周シール部材681は、A室用油路63の開口よりもエンジン側に位置し、第2ピストン部材672の外周部に装着された第2外周シール部材683は、A室用油路63の開口よりも反エンジン側に位置する。
変速機ケース3の内周面には、この内周面から凹陥する凹溝610が、周方向に連続して形成されている。A室用油路63は、この凹溝610に対して軸方向に重なる位置に配置されており、A室用油路63は、凹溝610に連通している。凹溝610には、第1ピストン部材671のストローク量を規制するストッパ部材160が固設している。ストッパ部材160は、詳細な図示は省略するが、2つの端部を有しかつ、その間が切れ目になったC型のスナップリングである。ストッパ部材160は、凹溝610内の、反エンジン側の側壁に当接する位置で、凹溝610に内嵌している。ストッパ部材160の内周端部は、凹溝610よりも径方向の内方に突出していて、第1ピストン部材671の開口縁部674と、第2ピストン部材672の外周部とによって構成されるA室61の開口部612内に位置している。図4、5に示すように、第1ピストン部材671が、反エンジン側に移動をしたときには、第1ピストン部材671の開口縁部674が、ストッパ部材160に当接する。このことによって、第1ピストン部材671が、それ以上に移動することが規制され、その結果、第1ピストン部材671のストローク量が所定量になる。
B室用油路64は、図3等に示すように、変速機ケース3の壁を貫通し、変速機ケース3内の側面に開口している。こうして、B室用油路64は、B室62に連通している。尚、B室用油路64は、図示は省略するが、実際は、A室用油路63と同様に、変速機ケース3の底部において、下から上向きに延びるように形成されているが、図3等では、理解容易のために、変速機ケース3の上部で、軸方向に延びるようにB室用油路64を描いている。
(3)L−Rブレーキの動作
次に、L−Rブレーキ60の動作を説明する。
(i)解放状態
L−Rブレーキ60は、解放状態にあっては、A室61及びB室62に油圧が供給されない。これにより、図3に示すように、リターンスプリング164の付勢力でクリアランス調整用ピストン66が多板ブレーキ69から離間する側に移動する。また、押圧用ピストン65は、クリアランス調整用ピストン66に対し内嵌しているため、クリアランス調整用ピストン66と共に、多板ブレーキ69から離間する側に移動する。クリアランス調整用ピストン66は、第1ピストン部材671における、エンジン側に膨出する外周部が変速機ケース3の側壁に当接して停止している。押圧用ピストン65は、図3の例では、第3ピストン部材673における径方向に延びる中間部が、第1ピストン部材671における反エンジン側に膨出する中間部に当接して停止している。尚、第2ピストン部材672は、その当接端部676が第1ピストン部材671における側壁675に当接している。
この解放状態のときの押圧用ピストン65の位置及びクリアランス調整用ピストン66の位置がそれぞれ押圧用ピストン65の初期位置及びクリアランス調整用ピストン66の初期位置である。尚、クリアランス調整用ピストン66の初期位置は構造的に一定であるが、クリアランス調整用ピストン66に対する押圧用ピストン65の相対位置は、後述するゼロクリアランス位置に応じて様々に変化するので、押圧用ピストン65の初期位置は一定ではない。ただし、ここでは、押圧用ピストン65の初期位置が構造的に、多板ブレーキ69から最も離間した位置にある場合(つまり、図3に例示するように、第3ピストン部材673の中間部が第1ピストン部材671の中間部に当接している場合)について説明する。
(ii)締結時−待機位置まで
解放状態のL−Rブレーキ60が締結されるときは、まず、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66がそれぞれ初期位置に位置した状態で、B室62に油圧が供給される。B室62には、ライン圧が供給される。これにより、図4に示すように、クリアランス調整用ピストン66が反エンジン側に移動をすると共に、このクリアランス調整用ピストン66に内嵌している押圧用ピストン65もまた、反エンジン側に移動をする。こうして、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66が共に、多板ブレーキ69に近接するようにストロークする。尚、このとき、クリアランス調整用ピストン66は、リターンスプリング164を縮めつつ、つまりリターンスプリング164の付勢力に抗してストロークする。
クリアランス調整用ピストン66は、反エンジン側に突出する外周端部、つまり第1ピストン部材671の開口縁部674が、変速機ケース3の内周面に取り付けたストッパ部材160に当接して停止する。押圧用ピストン65は、図4の例では、径方向に延びる中間部がクリアランス調整用ピストン66の中間部に当接した状態を保持したまま停止している。すなわち、このクリアランス調整用ピストン66のストロークが終了したときの押圧用ピストン65の位置及びクリアランス調整用ピストン66の位置がそれぞれ、押圧用ピストン65の待機位置及びクリアランス調整用ピストン66の待機位置である。
尚、前述したように、クリアランス調整用ピストン66に対する押圧用ピストン65の相対位置はゼロクリアランス位置に応じて様々に変化するので、クリアランス調整用ピストン66の待機位置は構造的に一定であるが、押圧用ピストン65の待機位置は一定ではない。ただし、ここでは、押圧用ピストン65の中間部がクリアランス調整用ピストン66の中間部に当接している場合について説明する。
(iii)締結時−押圧完了位置まで
次いで、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66がそれぞれ待機位置に位置した状態で、A室61に油圧が供給される。A室61には、ライン圧よりも低くなるように調圧された制御油圧が供給される。B室62には、A室61よりも高いライン圧が供給されているため、クリアランス調整用ピストン66はエンジン側に移動せず、図5に示すように、A室61に供給された油圧により、押圧用ピストン65のみが、多板ブレーキ69に近接する側にストロークする。尚、押圧用ピストン65は、リターンスプリング164の影響を受けることなくストロークする。
押圧用ピストン65は、第3ピストン部材673における、反エンジン側に膨出する外周部が摩擦板69a,69cを押圧する。押圧用ピストン65は、ドライブプレート69aの回転を停止させて移動を停止する。この押圧用ピストン65のストロークが終了したときの押圧用ピストン65の位置が押圧用ピストン65の押圧完了位置である。このとき、ドライブプレート69a、フェーシング69b、ドリブンプレート69c、リテーニングプレート69d及びスナップリング69e等は、押圧用ピストン65の押圧力を受けて弾性変形する(特にフェーシング69bの厚みが薄くなる)。こうして、L−Rブレーキ60は締結状態になる。
(iv)解放時−ゼロクリアランス位置まで
締結状態のL−Rブレーキ60が解放されるときは、まず、押圧用ピストン65が押圧完了位置に位置し、クリアランス調整用ピストン66が待機位置に位置した状態で、A室61の油圧が排出される。これにより、押圧用ピストン65の押圧力が除去されるから、例えば図4に示すように、それまで押圧されていた摩擦板(ドライブプレート69a、フェーシング69b、ドリブンプレート69c、リテーニングプレート69d及びスナップリング69e等を含めていう)の弾性復元力により、押圧用ピストン65のみが摩擦板69a,69cから離間する側に移動される。
押圧用ピストン65は、前記弾性復元力で押し戻されて、摩擦板69a,69cの押圧を解除して停止する。このときの押圧用ピストン65の位置は、動力の伝達が行われないクリアランスのうち最もクリアランスが小さい位置(つまりクリアランスがゼロの位置)である。すなわち、このときの押圧用ピストン65の位置が押圧用ピストン65のゼロクリアランス位置である。
このゼロクリアランス位置は、摩擦板(ドライブプレート69a、フェーシング69b、ドリブンプレート69c、リテーニングプレート69d及びスナップリング69e等を含めていう)の構造的状況(例えば厚み等の寸法)によって決まる位置であり、しかも現在の構造的状況(摩耗による厚みの減少等)を反映している。例えば、摩擦板69a,69cが新しいと、摩耗による厚みの減少等が少ないため、押圧用ピストン65が押し戻される距離が長くなって、ゼロクリアランス位置はエンジン側に変位し、摩擦板69a,69cが古いと、摩耗による厚みの減少等が多いため、押圧用ピストン65が押し戻される距離が短くなって、ゼロクリアランス位置は反エンジン側に変位する。
L−Rブレーキ60の締結前の押圧用ピストン65の待機位置と締結後のゼロクリアランス位置とは一致するとは限らない。つまりゼロクリアランス位置はL−Rブレーキ60を締結する度に摩擦板の現在の構造的状況によって更新され、クリアランス調整用ピストン66に対する押圧用ピストン65の相対位置はゼロクリアランス位置に応じて様々に変化する。そのため、L−Rブレーキ60の締結前の押圧用ピストン65の待機位置と締結後のゼロクリアランス位置とは多くの場合一致しない。
(v)解放時−初期位置まで
次いで、押圧用ピストン65がゼロクリアランス位置に位置し、クリアランス調整用ピストン66が待機位置に位置した状態で、B室62の油圧が排出される。これにより、例えば図3に示すように、リターンスプリング164の付勢力で押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66が共に摩擦板69a,69cから離間する側に移動され、それぞれ初期位置に位置する。これにより、L−Rブレーキ60は解放状態となる。
このとき、リターンスプリング164はクリアランス調整用ピストン66のみに作用し、押圧用ピストン65には作用しない。そのため、押圧用ピストン65は、クリアランス調整用ピストン66に対する相対位置が乱されず保持した状態で、リターンスプリング164の反力によってエンジン側に移動するクリアランス調整用ピストン66と共に、エンジン側へと移動をする。つまり、ゼロクリアランス位置が記録されたまま押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66は初期位置に戻る(つまり、メモリー効果)。
L−Rブレーキ60の締結前の押圧用ピストン65の初期位置と締結後の押圧用ピストン65の初期位置とは一致するとは限らない。つまりゼロクリアランス位置はL−Rブレーキ60を締結する度に摩擦板の現在の構造的状況によって更新され、クリアランス調整用ピストン66に対する押圧用ピストン65の相対位置はゼロクリアランス位置に応じて様々に変化する。そのため、L−Rブレーキ60の締結前の押圧用ピストン65の初期位置と締結後の押圧用ピストン65の初期位置とは多くの場合一致しない。
(vi)再締結時−待機位置まで
ゼロクリアランス位置が記録された状態で、L−Rブレーキ60を再度、締結するときには、前記と同様に、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66がそれぞれ初期位置に位置した状態で、B室62に油圧が供給される。これにより、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66は、反エンジン側に移動をし、クリアランス調整用ピストン66が、ストッパ部材160に当接して、押圧用ピストン65及びクリアランス調整用ピストン66は停止する。このときの押圧用ピストン65の位置及びクリアランス調整用ピストン66の位置がそれぞれ、押圧用ピストン65の待機位置及びクリアランス調整用ピストン66の待機位置であるが、前述の通りゼロクリアランス位置が記録されているため、押圧用ピストン65は、自動的にゼロクリアランス位置に位置することになる。
その後、A室61に油圧を供給して、L−Rブレーキ60を締結する動作は、前記と同じである。
このように、この構成のL−Rブレーキ60は、2段ピストン構造・2段ストローク構造であるから、L−Rブレーキ60を締結する可能性が生じた段階で、クリアランス調整用ピストン66をストロークさせて、ゼロクリアランス状態としておき、そして、L−Rブレーキ60を締結する必要が生じた段階で、押圧用ピストン65を、ゼロクリアランス状態からストロークさせる。このため、L−Rブレーキ60の締結応答時間は、ゼロクリアランス状態の押圧用ピストン65を、締結位置までストロークさせる分の時間となるため、応答性良く締結することができる。このことは、L−Rブレーキ60を精度よく適切なタイミングで締結することを可能にし、L−Rブレーキ60の締結タイミングがずれることに起因する変速ショック等を抑制することができる。
図1に示すように、この自動変速機1においては、従来、用いられていたワンウエイクラッチを廃止する代わりに、前進1速で締結するL−Rブレーキ60を用いており、当該L−Rブレーキ60は、その容量が大きいため、締結タイミングがずれたときに発生する変速ショックが、より大きくなるという課題を有する。そのため、前述の通り、ゼロクリアランス状態からの締結を可能にしてその締結応答性を高める構成は、本構成の自動変速機1において、変速ショックの抑制に有効である。
(4)油圧回路の構成
図7は、自動変速機1の油圧回路の構成例を示している。尚、図7に示す回路図では、図3〜5を参照しながら説明をしたL−Rブレーキ60に関係する油圧回路の部分のみを詳細に示し、その他の2−6ブレーキ70等に関係する油圧回路の部分は、所定油圧回路201内に含まれるとして、その構成の図示を省略している。
オイルポンプ110から吐出された油圧は、レギュレータバルブ(図示せず)により所定のライン圧(図中「PL」で示す)に調圧された後、専用の油路を介して常に油圧回路200に供給されると共に、Dレンジ又はRレンジが選択されたときに、マニュアルバルブ140を介して油圧回路200に供給される。
L−Rブレーキ60に関係する油圧回路には、制御弁121、オンオフソレノイドバルブ(以下、ソレノイドバルブを「SV」と記す)122、リニアSV(調圧弁)123、及び切換弁124が含まれる。
制御弁121は、L−Rブレーキ60のB室62に連通し、B室62に対するライン圧の供給及び排出を切り換えると共に、B室62へのライン圧の給排に応じて、後述する切換弁124のスプールの位置を切り換える。
オンオフSV122は、制御弁121のスプールの位置を切り替えるためソレノイドバルブである。オンオフSV122は、ノーマルオープンタイプであり、非通電状態(off)では油圧を出力し、制御弁121のスプールを、図7に関して右側に位置させる。これにより、L−Rブレーキ60のB室62はドレン経路に連通する。一方、オンオフSV122は、通電状態(on)では油圧を出力せず、制御弁121のスプールを、図7に関して左側に位置させる。これにより、L−Rブレーキ60のB室62にはライン圧が供給されると共に、切換弁124にもライン圧が供給される。
調圧弁123は、後述するように、L−Rブレーキ60のA室61及びハイクラッチ50の油圧室に調圧した油圧を供給するソレノイドバルブである。尚、図2を参照して説明したように、L−Rブレーキ60は、1速及び後退速で締結し、ハイクラッチ50は、4、5、及び6速で締結し、L−Rブレーキ60が締結する変速段と、ハイクラッチ50が締結する変速段とは互いに相違する。調圧弁123は、切換弁124がセット状態においては、制御弁121から切換弁124を通じて供給されるライン圧を元圧として調整した油圧を、切換弁124に出力し、切換弁124がフルストローク状態においては、所定の油圧回路から油路132を通じて供給される油圧を元圧として調整した油圧を、切換弁124に出力する。
切換弁124は、調圧弁123が出力した油圧の供給先を、L−Rブレーキ60のA室61とハイクラッチ50の油圧室との間で切り換えるための弁である。切換弁124は、A室61に連通する給排ポート及びハイクラッチ50に連通する給排ポートを有すると共に、A室61に連通するドレンポート及びハイクラッチ50に連通するドレンポートを有している。各ドレンポートは、ドレン経路125、126を介して、調圧弁123のドレン経路127に連通している。
切換弁124は、制御弁121からのライン圧がプライマリポートに供給されたときには、スプールを図7に関して右側に位置させる。これにより、調圧弁123と、L−Rブレーキ60のA室61とを連通させる一方、ハイクラッチ50の油圧室をドレン経路126に連通させる。また、切換弁124のスプールは、リターンスプリングにより図7に関して左側に付勢されており、制御弁121からのライン圧が供給されていないときには、切換弁124は、調圧弁123とハイクラッチ50とを連通させる一方、A室61とドレン経路125とを連通させる。
この油圧回路200に含まれる各バルブは、図6に概念的に示すバルブボディ130に内蔵されている。バルブボディ130は、変速機ケース3の下部に取り付けられたオイルパンを含んで構成される作動油の貯留部202内に配設されている。
そうして、前述したように、L−Rブレーキ60のA室61に連通する各ドレン経路125、127、及びハイクラッチ50の油圧室に連通するドレン経路126(尚、ドレン経路127は、ハイクラッチ50にも連通する)はそれぞれ連通しており、これらの互いに連通したドレン経路上に保圧弁128が介設している。保圧弁128は、設定圧力以上で開弁するように構成された弁であり、例えば球状の弁体と、この弁体を通路開口に押しつける付勢手段(例えばバネ)とによって構成されている。保圧弁128は、図6(b)に示すように、貯留部202において、作動油内に浸漬されている。このように、保圧弁128を作動油内に浸漬することにより、保圧弁128を通じて油圧回路200内に空気が流入してしまうことを、確実に回避することが可能である。このことは、L−Rブレーキ60を含む、自動変速機1の各摩擦締結要素の制御の安定化を確保する。
次に、図8〜10に示す回路図と、図11のタイムチャートとを参照しながら、自動変速機1がDレンジの1速から2速へと変速するときの、油圧回路200における油圧の供給状態を順に説明する。図8は、自動変速機1がDレンジの1速にあるときの状態を示している。図11のタイムチャートにおいては、時刻T1以前に相当する。図2の締結表において示したように、1速ではL−Rブレーキ60及びロークラッチ40が締結され、その他は解放される(図11の(a)〜(h)も参照)。
図8に示すように、オンオフSV122は通電状態であり、オンオフSV122はライン圧を出力しない(図11の(k)参照)。従って、制御弁121のスプールは左側に位置し(つまり、セット位置、図11(m)参照)、これにより、L−Rブレーキ60のB室62にはライン圧が供給される(図8の矢印、及び、図11の(h)参照)。その結果、L−Rブレーキ60のクリアランス調整用ピストン66は、フルストローク状態である(図11(j)参照)。尚、図8〜10において、ライン圧又は制御圧力が供給されている経路は太実線で示している。
制御弁121を通じて、切換弁124のプライマリポートにライン圧が供給される結果、切換弁124のスプールは、図8に示すように、右側に位置する(つまり、フルストローク位置、図11(l)参照)。これにより、調圧弁123は、L−Rブレーキ60のA室61に連通し、調圧弁123によって調圧された油圧が、切換弁124を介してA室61に供給される(図8の矢印、及び、図11(g)参照)。押圧用ピストン65は、摩擦板を押圧するようにストロークして、L−Rブレーキ60は、締結状態になる。
一方、ハイクラッチ50は、切換弁124を介してドレン経路126に連通する。ドレン経路126は保圧弁128に連通しているため、ハイクラッチ50の油圧室内は、この保圧弁128によって所定圧力に保持されることになる(図11(d)参照)。尚、図8〜10において、保圧弁128によって所定圧力に保持されている経路は一点鎖線で示していると共に、所定圧力に保持されている油圧室には、ハッチングを付している。
次に、1速から2速への変速時には先ず、L−Rブレーキ60のA室61の油圧が排出される。図11(g)において破線は、A室61内の目標圧力を示し、この目標圧力に追従するように、調圧弁123は、A室61内の油圧を排出する(図11(g)の実線参照)。尚、図11(e)に示すように、2−6ブレーキを締結すべく、2−6ブレーキに対しては油圧の供給が開始される。そうして、時刻T2において、A室61内の油圧の排出が完了する。図9に示すように、A室61が、切換弁124及び調圧弁123を介してドレン経路127に連通することで、A室61内の圧力は、保圧弁128により所定圧力に保持されることになる(図11(g)も参照)。
A室61内の油圧の排出が完了すれば、時刻T3で、オンオフSV122の通電を停止し、それにより、オンオフSV122からのライン圧を、制御弁121のプライマリポートに供給する。図10に示すように、制御弁121のスプールは、セット位置からフルストローク位置へと変位し(図11(m)参照)、L−Rブレーキ60のB室62は、制御弁121を介してドレン経路に連通する。その結果、B室62内の圧力が次第に低下する(図11(h)参照)。そうして、リターンスプリング164の反力により、クリアランス調整用ピストン66は、フルストローク状態からセット状態まで戻るようになる(図11(j)参照)。これと同時に、制御弁121から切換弁124へのライン圧の供給も停止するため、切換弁124のスプールがリターンスプリングの反力によりフルストローク位置からセット位置へと変位する(図11(l)参照)。その結果、図10に示すように、L−Rブレーキ60のA室61は、切換弁124を介してドレン経路125に連通する。ここで、ドレン経路125もまた、保圧弁128に連通しているため、A室61内の圧力は所定圧力のまま、保持されることになる。また、ハイクラッチ50は、切換弁124を介して調圧弁123に連通する。このときに、ハイクラッチ50の油圧室は、切換弁124及び調圧弁123のドレン経路127、及び、切換弁124のドレン経路125を介して、A室61に連通することになるが、前述したようにハイクラッチ50の油圧室内の圧力は、保圧弁128によって、A室61内の圧力と同じ圧力に保持されているため、A室61内の圧力は変化しない。こうして、時刻T4において、2速への変速が完了することになる。
このように、自動変速機1が2速になって、L−Rブレーキ60を解放したときに、A室61内の圧力は、所定の圧力に保持されることになる。これにより、押圧用ピストン65とクリアランス調整用ピストン66との相対位置が変化してしまうことを回避することが可能になる。このことについて、図6を参照しながら説明をする。
図6は、自動変速機1におけるA室61と、貯留部202に貯留している作動油の油面との高さ方向についての位置関係を概念的に示している。図6(a)は、A室61に連通するドレン経路に保圧弁128を備えていない構成であり、図6(b)は、図7等に示す油圧回路200のように、保圧弁128を備えている構成である。自動変速機1においては、作動油の油面の高さは、自動変速機1における回転部分(L−Rブレーキ60に関しては、第1プラネタリギヤセット10のインターナルギヤ14等)よりも下方に位置するように設定される。これは、回転部分の抵抗を増やさないためである。A室61は、回転軸に沿って見たときには、図6に示すように環状に構成されるが、A室61の上端及び下端と、油面との間には高低差が生じる。L−Rブレーキ60を解放すべく、A室61内の油圧を排出したときには、その高低差に起因するヘッド差により、A室61内の圧力が、大気圧よりも低下してしまうことになる。ここで、図6(a)に示すように保圧弁128を備えていない構成においては、A室61の上端と油面との高低差が大きいため、A室61内の負圧が大きくなる。大きな負圧を受ける押圧用ピストン65は、押圧用ピストン65とクリアランス調整用ピストン66との間に設けられたリップシール685、686の摺動抵抗に抗して、クリアランス調整用ピストン66に近接する方向に相対移動をしてしまうようになる。これは、前述したゼロクリアランス状態のメモリー効果が得られないことになる。
これに対し、図6(b)に示すように、A室61に連通するドレン経路125、126、127に保圧弁128を設けることによって、この保圧弁128の高さ位置において、設定圧力Pvを保持することにより、ヘッド差が存在しつつも、A室61内の負圧を小さくすることが可能になる。その結果、リップシール685、686の摺動抵抗により、押圧用ピストン65が、クリアランス調整用ピストン66に対して相対移動してしまうことが回避され、ゼロクリアランス状態のメモリー効果が、確実に得られるようになる。ここで、保圧弁128の設定圧力は、A室61内の負圧により押圧用ピストン65に作用する荷重(図6(b)に示すハッチングを付した三角形の面積に関係する)と、リップシール685、686の摺動抵抗とを考慮して、押圧用ピストン65がクリアランス調整用ピストン66に対して相対移動しない範囲で、適宜設定をすればよい。また、前述したように、保圧弁128を、球体とそれを付勢する付勢手段とによって構成する場合は、車両の走行中に球体に作用する上下、左右、及び前後Gにより、球体が動かないようにすることも考慮するのがよい。
図7に示す油圧回路200のように、調圧弁123と切換弁124とを含む構成では、L−Rブレーキ60のA室61に連通するドレン経路が、複数(つまり、切換弁124のドレンポートに連通するドレン経路125及び調圧弁123のドレンポートに連通するドレン経路127)存在するが、各ドレン経路125、127を連通させることによって、保圧弁128を共用することが可能になる。
一方、切換弁124によって、調圧弁123を、L−Rブレーキ60とハイクラッチ50とで共用する構成においては、前述したように、A室61とハイクラッチ50の油圧室とが互いに連通する場合がある。そのため、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126もまた、保圧弁128に連通させることで、A室61内の圧力の低下を抑制することが可能になる。次に、このことについて、図11に示すタイムチャートと、図12に示すタイムチャートとを参照しながら説明する。図11に示すタイムチャートは、図7に示すように、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を、保圧弁128に連通させた構成での、1速から2速への変速時、及び、2速から1速への変速時における各状態の変化を示している。これに対し、図12に示すタイムチャートは、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を、保圧弁128に連通させていない構成での、1速から2速への変速時、及び、2速から1速への変速時における各状態の変化を示している。
前述したように、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を、保圧弁128に連通させている構成では、ハイクラッチ50が解放された状態で、ハイクラッチ50の油圧室内の圧力は、所定圧力を保持することになる。これは、A室61内の油圧を排出したときの、A室61内の圧力と同じである(図11(g)の時刻T2以降を参照)。従って、時刻T3以降において、切換弁124のスプールが移動をして、A室61とハイクラッチ50の油圧室が互いに連通した後も、A室61及びハイクラッチ50の油圧室はそれぞれ、同じ圧力で保持される。
これに対し、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を、保圧弁128に連通させていない構成では、図12(d)に示すように、ハイクラッチ50の非締結時に、油圧室の圧力は、所定圧力に保持されない(つまり、所定圧力以下になる)。
この状態で、前述したように、時刻T2でA室61内の油圧の排出が完了すれば、A室61内の圧力は、保圧弁128によって所定圧力を保持することになるものの、その後、時刻T3以降に、切換弁124のスプール位置が変位して、A室61がドレン経路125に連通すると共に、ハイクラッチ50の油圧室が、調圧弁123のドレン経路127に連通したときには、A室61内の圧力に対して、ハイクラッチ50の油圧室内の圧力が相対的に低いことで、A室61内からハイクラッチ50の油圧室内に作動油が流れ、図12(d)に示すように、ハイクラッチ50の油圧室内の圧力が高まる一方で、A室61内の圧力は、図12(g)に示すように、所定圧力よりも低下する(図12の時刻T3−2参照)。これは、押圧用ピストン65の相対移動を招く虞がある。図12の例では、押圧用ピストン65が、ゼロクリアランス状態を維持できず、セット位置まで移動したとする(図12の(i)参照)。
また、A室61内の圧力が所定圧力よりも低い状態で、2速から1速への変速に伴い、L−Rブレーキ60を締結するときには、図12の右側に示すように、先ず時刻T5で、オンオフSV122に通電して、制御弁121へのライン圧の供給を停止する(図12(k)参照)。これにより、制御弁121のスプールはフルストローク状態からセット状態へと変位し(図12(m)参照)、それに伴い、B室62へのライン圧の供給が開始する(図12(h)参照)。クリアランス調整用ピストン66は、セット位置からフルストローク位置まで変位をする。しかしながらこの状態は、押圧用ピストン65の位置がセット位置であるため、ゼロクリアランス状態ではない。
B室62へのライン圧の供給と共に、制御弁121から切換弁124にもライン圧が供給され、これにより切換弁124のスプールは、時刻T6以降で、セット状態からフルストローク状態へと変位する(図12(l)参照)。ハイクラッチ50は、ドレン経路126に連通するため、ハイクラッチ50の油圧室の圧力は、再び低下する。一方、A室61は、調圧弁123に連通するものの、A室61内の圧力は、所定圧力よりも低いままである。
その後、時刻T7において、調圧弁123からA室61に、調圧した油圧の供給が開始される。ここで、前述の通り、A室61内の圧力は、所定圧力よりも低い状態でありかつ、ゼロクリアランス状態ではないことから、押圧用ピストン65がゼロクリアランス状態となるまでストロークする間、図12(g)に破線で示す目標油圧に対し、実線で示す実際の油圧の立ち上がりは、遅れるようになる。その結果、L−Rブレーキ60の締結タイミングが遅れることになる。
これに対し、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を、保圧弁128に連通させている構成では、図11に示すように、A室61及びハイクラッチ50の油圧室の圧力は共に、所定圧力に保持されている(図11(d)、(g)参照)。押圧用ピストン65は、図11(i)に示すように、ゼロクリアランス状態を、確実に維持することになる。
そのため、時刻T5で、オンオフSV122に通電することで制御弁121へのライン圧の供給を停止して、B室62内に、制御弁121を通じてライン圧を供給し(図11(h)参照)、クリアランス調整用ピストン66を、セット位置からフルストローク位置まで変位したときには、押圧用ピストン65は、摩擦板69cに接触したロクリアランス状態となる。
その結果、時刻T7で、調圧弁123からA室61に、調圧した油圧の供給を開始したときには、ゼロクリアランス状態からL−Rブレーキ60の押圧が開始するため、図12(g)に破線で示す目標油圧に対し、実際の油圧が追従し、L−Rブレーキ60が速やかに締結する。
こうして、ハイクラッチ50の油圧室の圧力を所定圧力に保持することにより、ゼロクリアランス状態のメモリー効果を確実に得ることが可能になる。
(5)油圧回路の変形例
図13は、油圧回路の変形例を示している。図7に示す油圧回路200と比較して、この油圧回路203が異なる点は、調圧弁123が、L−Rブレーキ60のA室61にのみ油圧を供給し、ハイクラッチ50には油圧を供給しない点である。つまり、切換弁151には、ハイクラッチ50が接続されておらず、切換弁151は、制御弁121からのライン圧の給排に応じて、調圧弁123によって調整した油圧の、A室61に対する供給及び排出を切り換える。尚、油圧回路203において、図7に示す油圧回路200の構成要素と同じ構成要素については、同じ符号を付してその説明を省略する場合がある。
図13に示す油圧回路203においても、A室61に連通する切換弁151のドレン経路125と、調圧弁123のドレン経路127とはそれぞれ、保圧弁128に連通している。このため、図13に示す油圧回路203も、図7に示す油圧回路200と同様に、A室61から油圧を排出してL−Rブレーキ60を解放した状態では、A室61内の圧力を所定圧力以上に保持することが可能になる。
図14は、油圧回路の変形例を示している。図7に示す油圧回路200と比較して、この油圧回路204が異なる点は、切換弁124を備えておらず、調圧弁123は、A室61にのみ油圧を供給する点である。図7の油圧回路200(及び図13の油圧回路203)においては、制御弁121からのライン圧の供給を受けて、切換弁124がA室61への油圧の供給を行うように構成している(つまり、シーケンス制御)が、図14に示す油圧回路204では、切換弁124を備えていないため、オンオフSV122の制御と、調圧弁123の制御とについて電気的にシーケンス制御を行う。尚、図14の油圧回路204において、図7に示す油圧回路200の構成要素と同じ構成要素については、同じ符号を付して、その説明を省略する場合がある。
図14に示す油圧回路204においては、A室61に連通する調圧弁123のドレン経路127を保圧弁128に連通している。このことで、A室61から油圧を排出してL−Rブレーキ60を解放した状態で、A室61内の圧力を所定圧力以上に保持することが可能になり、押圧用ピストン65がクリアランス調整用ピストン66に対して相対移動してしまうことが防止される。
図15は、油圧回路の変形例を示している。この油圧回路205においては、保圧弁128を、調圧弁123のドレン経路に介設するのではなく、調圧弁123とA室61とを連通する経路の途中に介設している。保圧弁128を、調圧弁123とA室61との間に介設するにあたり、調圧弁123A室61との間には、調圧弁123からA室に油圧を供給するための供給経路631と、A室61から調圧弁123に油圧を排出するための排出経路(つまり、ドレン経路)632とを並列に設けており、保圧弁128は、排出経路632上に介設している。尚、供給経路631上には、一方向弁129が介設しており、一方向弁129は、調圧弁123からA室61に向かう方向の作動油の流れを許容する一方、A室61から調圧弁123に向かう方向の作動油の流れを禁止する。このように、調圧弁123とA室61との間に保圧弁128を介設することによっても、L−Rブレーキ60の解放時に、A室61内の圧力を所定圧力以上に保持することが可能になる。
尚、図示は省略するが、例えば図7、13に示す、切換弁124、151を含む油圧回路200、203においては、切換弁124、151とA室61との間に、保圧弁128を介設するようにしてもよい。こうすることで、図7、13の油圧回路200、203について説明したように、A室61に連通する複数のドレン経路をそれぞれ保圧弁128に連通させる必要がなくなる。特に図7に示す油圧回路200においては、切換弁124とA室61との間に保圧弁128を介設することによって、ハイクラッチ50に連通するドレン経路126を保圧弁128に連通させる必要がなくなる。
尚、図示は省略するが、図15に示す油圧回路205において、保圧弁128は、貯留部202に貯留している作動油に浸漬するように配置してもよい。
図16は、A室61の圧力を保持する構成として、さらに別の構成例を示している。この構成例では、保圧弁128を用いてA室61内の圧力を保持するのでなく、A室61内の圧力低下を招くヘッド差を小さくすることにより、A室61内の圧力低下を抑制する。そのために、図16に示す構成例では、概念的に示すが、A室61に連通するドレン経路の大気開放端を、作動油の油面よりも高い位置に設定している。例えば、変速機ケース3内において、配管131を上方に延ばして配置することにより構成することが可能である。これにより、A室61と大気開放端との高低差(h2−h3)が小さくなり、ヘッド差が小さくなる。その結果、図16の左側に示すように、ヘッド差が小さい分、A室61に発生する負圧を抑制することが可能になる。こうして、A室61内の油圧を排出してL−Rブレーキ60を解放した状態でのA室61内の圧力を所定圧力以上に保持することが可能になる。尚、大気開放端の高さ位置(h3)は、押圧用ピストン65に取り付けられたリップシール685、686の摺動抵抗を考慮して、押圧用ピストン65がクリアランス調整用ピストン66に対して相対移動しない範囲で適宜設定すればよい。