以下、本発明に係る圧粉磁心の製造方法の実施形態を、具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
図1は本発明に係る圧粉磁心の製造方法の実施形態を説明するための工程のフローである。図1に示す、軟磁性材料粉を用いて構成された圧粉磁心の製造方法は、軟磁性材料粉と、熱可塑性樹脂と、シリコーン樹脂とを混合する第1の工程と、第1の工程を経た混合物を加熱して、前記熱可塑性樹脂のガラス転移温度Tg1以上、かつ前記シリコーン樹脂のガラス転移温度Tg2以上の成形温度T1で加圧成形する第2の工程と、前記第2の工程を経た成形体を前記成形温度T1よりも高い温度T2で熱処理する第3の工程とを有する。
熱可塑性樹脂は、プレスで成形する際、粉体同士を結着させ、成形後のハンドリングに耐える強度を成形体に付与する。一方、シリコーン樹脂は第3の工程を経た圧粉磁心の強度を確保するために用いられる。ガラス転移温度は、温度上昇中に樹脂がガラス状態からゴム状態に転移する温度であり、該温度で急激に剛性、粘度が低下する。そのため、上記第2の工程において、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂のガラス転移温度以上で加圧成形することで、圧粉磁心における占積率と強度を大幅に向上させることができる。従来のように室温で成形する場合には、占積率等の向上には大きな成形圧力が必要であるため、歪の影響でコアロスが増加してしまう。これに対して、上記第2の工程によれば、大きな圧力をかけなくても、占積率等の向上が可能であるため、コアロスの増加を抑えつつ占積率を向上させることができる。圧粉磁心における磁性粉の占積率が顕著に増加することで、透磁率や飽和磁束密度も大幅に増加する。さらに、上述のように、シリコーン樹脂は第3の工程を経た圧粉磁心の強度維持に寄与するが、その一方でコアロス増加の要因にもなる。第2の工程によればシリコーン樹脂量の増加以外の方法で強度の向上も実現できるため、コアロス増加を抑えつつ、圧粉磁心の強度も確保できる。
熱可塑性樹脂やシリコーン樹脂のガラス転移温度が室温以下であると、第1の工程以降のハンドリングがしにくく、量産性に劣る。そのため、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂は、ガラス転移温度が室温を超えるものを用い、室温を超える温度で成形を行う。なお、第1〜第3の各工程の間等に他の工程を追加することも可能である。以下、各工程ごとに詳細に説明する。
まず、第1の工程に供する軟磁性材料粉ついて説明する。軟磁性材料粉には、各種の金属系磁粉を用いることができる。例えば、Fe系、Fe−Si系、Fe−Si−Al系、Fe−Si−Cr系等の磁性金属・磁性合金の他、Fe−Si−B系等のFe基やCo基のアモルファス合金、Fe−Si−B−Cu−Nb系、Fe−Cu−B系、Fe−Cu−Si−B系、Fe−Ni−Cu−Si−B系等のFe基ナノ結晶合金を用いることができる。また、これらの元素の一部を置換した系および他の元素を添加した系を用いることもできる。軟磁性材料粉の形態もこれを特に限定するものではない。例えば、球状アトマイズ粉に代表される粒状粉を用いることもできるし、圧延、扁平化処理、粉砕等を経た薄片状粉(扁平粉)を用いることもできる。このうち、アモルファス合金やナノ結晶合金の合金薄帯等を粉砕して得られる薄片状の粉砕粉を用いる場合は、粒状粉を用いる場合に比べて圧粉磁心の高密度化がしにくい。そのため、圧粉磁心の高密度化に有利な本発明に係る構成は、かかる薄片状の粉砕粉を用いる圧粉磁心に適用することがより好ましい。そこで、以下は、軟磁性合金薄帯の粉砕粉を用いる場合を例に説明する。
軟磁性合金薄帯は、例えば、単ロール法のように合金溶湯を急冷することによって得られる。上述したアモルファス合金やナノ結晶合金の合金組成はこれを特に限定するものではなく、必要とされる特性に応じて選定することができる。例えば、アモルファス合金薄帯であれば、1.4T以上の高い飽和磁束密度Bsを有するFe基アモルファス合金薄帯を用いることができる。一方、ナノ結晶合金薄帯であれば、1.2T以上の高い飽和磁束密度Bsを有するFe基ナノ結晶合金薄帯を用いることができる。
軟磁性合金薄帯の粉砕をするにあたって、あらかじめ脆化処理を行うことで粉砕性を高めることができる。例えば、Fe基アモルファス合金薄帯は300℃以上の熱処理により脆化が起こり、粉砕しやすくなる性質を持っている。かかる熱処理の温度を上げると、より脆化し、粉砕しやすくなる。ただし、380℃を超えるとコアロスPcvが増加する。好ましい脆化熱処理温度は、320℃以上380℃未満である。脆化処理は薄帯を巻回したスプールの状態で行うこともできるし、巻回されていない状態の薄帯を所定形状にプレスして得られた、整形された塊の状態で行うこともできる。但し、かかる脆化処理は必須ではない。例えば、ナノ結晶合金薄帯の場合は、脆化処理を省略してもよい。
一回の粉砕だけで粉砕粉を得ることも可能であるが、所望の粒径にするために、粉砕工程は、粗粉砕後、微粉砕のように、少なくとも2工程に分けて行い、段階的に粒径を落とすことが、粉砕能力及び粒径の均一性の点で好ましい。粗粉砕、中粉砕、微粉砕の3工程で行うことがより好ましい。
最後の粉砕工程を経た粉砕粉は粒径をそろえるために分級することが好ましい。分級の方法はこれを特に限定するものではないが、篩による方法が簡便であり、好適である。かかる篩を用いた方法について説明する。目開きの異なる2種類の篩を用い、目開きの大きい篩を通過するとともに、目開きの小さい篩を通過しなかった粉砕粉を圧粉磁心用の原料粉末とする。この場合、分級後の粉砕粉の各粒子の最小径dは、目開きの大きい方の篩の目開き寸法に1.4を掛けた数値(目開きの対角寸法。以下上限値ともいう)以下となる。また、かかる最小径は、分級が精度よく行われたとすれば、目開きの小さい方の篩の目開き寸法に1.4を掛けた数値(目開きの対角寸法。以下下限値ともいう)よりも大きいものとみなせる。したがって、上記の分級を経た粉砕粉では、各粒子の最小径dは、篩の目開きから計算される上限値と下限値の範囲内の値を示す。分級を経た、加圧成形前の粉砕粉の粒径はこの最小径dの下限値と上限値で管理することができる。上述のように、粒径が小さい粒子は、それだけ粉砕によって導入された加工歪が大きいことを意味する。流動性等確保の観点から粗い粒子だけを除去して用いることも可能であるが、上述のように細かい粒子を除去することがより好ましい。低コアロスの観点からは、かかる最小径dの下限値を、軟磁性合金薄帯の厚さの2倍を超えるようにしておくことが好ましい。また、最小径dの上限値を軟磁性合金薄帯の厚さの6倍以下にしておくことで、加圧成形時の流動性を改善し、成形密度をより高めることができる。
軟磁性合金薄帯は数十μm程度と薄いため、主面のアスペクト比が大きい粒子はアスペクト比が小さくなるように割れやすい。そのため、各粒子の主面(厚さ方向に垂直な一対の面)は異形ではあるものの、主面の面内方向の最小値dと最大値mとの差は小さくなり、棒状の粉砕粉は生じにくい。軟磁性合金薄帯の厚さtは、10μmから50μmの範囲が好ましい。10μm未満では、合金薄帯自体の機械的強度が低いため、安定に長尺の合金薄帯を鋳造することが困難である。また、50μmを超えると合金の一部が結晶化しやすくなり、その場合には特性が劣化する。かかる厚さは、より好ましくは13〜30μmである。
圧粉磁心においては、軟磁性合金薄帯の粉砕粉間の絶縁のための手段を講じることにより、渦電流損失を抑制し、低いコアロスを実現することができる。そのため、粉砕粉の表面に薄い絶縁被膜を設けることが好ましい。粉砕粉自体を酸化させて表面に酸化被膜を形成することも可能である。例えば、軟磁性合金薄帯の粉砕粉を湿潤雰囲気において100℃以上で熱処理することにより、粉砕粉の表面のFeが酸化または水酸化され、酸化鉄または水酸化鉄の絶縁被膜が形成される。しかし、かかる方法で粉砕粉へのダメージを抑えながら、均一かつ信頼性の高い酸化被膜を形成することは必ずしも容易ではないため、粉砕粉の合金成分の酸化物とは別の酸化物被膜やリン酸塩被膜などの被膜を設けることが好ましい。すなわち、第1の工程の前に、予備工程として、軟磁性材料粉の表面に湿式成膜方法によって酸化物被膜等の非磁性の絶縁被膜を形成する工程を有することが好ましい。非磁性の酸化物被膜には、絶縁性に加えて、後述するように磁気ギャップとしての機能も持たせることができる。また、ゾルゲル法などの湿式成膜方法によれば、軟磁性材料粉の表面に均一な厚さの絶縁被膜を形成することができる。酸化物被膜の例としては、粉砕粉をTEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール、アンモニア水の混合溶液に含浸、撹拌後、乾燥することで、粉砕粉の表面に、シリコン酸化物(SiO2)被膜を容易に形成することができる。該方法によれば、軟磁性合金薄帯の粉砕粉の表面自体の酸化等の化学反応を必要とせず、しかもシリコンと酸素が結合し、粉砕粉の表面に平面状かつネットワーク状にシリコン酸化物被膜が形成されるため、粉砕粉の表面に均一な厚さの絶縁被膜を形成できる。絶縁等を確実にするためには、シリコン酸化物被膜の厚さは50nm以上が好ましい。一方、シリコン酸化物被膜が厚くなりすぎると圧粉磁心の占積率が低下し、軟磁性合金薄帯の粉砕粉間の距離が大きくなり、透磁率自体の低下が大きくなるため、かかる被膜は500nm以下が好ましい。シリコン酸化物被膜の厚さは、走査電子顕微鏡(SEM)による断面観察において、任意の5箇所で評価してその平均を用いればよい。
上述のように、アモルファス合金等の合金薄帯を粉砕した薄片状の粉砕粉を用いる場合は、粒状粉を用いる場合に比べて圧粉磁心は高密度化しにくい。そのため、アモルファス合金アトマイズ粉などの粒状粉を混合して、高密度化を促進することもできる。ガスアトマイズや水アトマイズなどで作製されるアトマイズ粉は球状をなし、粉体の流動性向上に寄与する。また、球状粉は薄片状の粉砕粉間の空隙に入り込み、充填密度の向上にも寄与しうる。かかる観点からは、混合する粒状粉の粒径は薄片状の粉砕粉の厚さ未満が好ましく、より好ましくは該厚さの50%以下である。粒状粉の組成は、合金薄帯の粉砕粉の組成と同じでもよいし、異なるものであってもよい。粒状粉は、軟磁性体に限らず、Cu等の非磁性体を用いることもできる。
次に、第1の工程において用いる熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂について説明する。熱可塑性樹脂は、プレスで成形する際、粉体同士を結着させるための有機バインダーである。熱可塑性樹脂の種類は、第2の工程の適用可能なものであれば、これを限定するものではないが、例えば、ポリエチレン、ポリビニルアルコール、アクリル樹脂等の各種熱可塑性樹脂を用いることができる。上述のように、第1の工程を経た混合物は第2の工程において加熱され、熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上の成形温度で加圧成形されるため、該ガラス転移温度が高すぎると、それだけ加熱に係る設備が複雑になる。一方でガラス転移温度が室温よりもある程度高い方が、成形に供する混合物や成形体のハンドリングが容易である。そのため、熱可塑性樹脂のガラス転移温度は50〜150℃の範囲であることが好ましい。
一方、粉砕や成形の加工歪を除去するために、成形後に熱処理を行う。該熱処理により、有機バインダーである熱可塑性樹脂は熱分解によって概ね消失してしまう。したがって、熱可塑性樹脂のみの場合、熱処理後に粉末同士の結着力が失われ、成形体強度が維持困難になる。そこで、かかる熱処理後においても各粉末同士を結着させるために、高温用バインダーとしてシリコーン樹脂を用いる。シリコーン樹脂は、シロキサン結合による主骨格を持つ。代表的なシリコーン樹脂としては、例えばSi上の官能基がメチル基やフェニル基であるメチルシリコーン樹脂やメチルフェニルシリコーン樹脂が挙げられる。シリコーン樹脂は、有機バインダーが熱分解して飛散してしまう温度領域で熱処理しても、粒子間にシリコン酸化物として固化、残存して粉末同士を結着する。かかる構成によって、熱処理後の成形体の機械的強度が高められるとともに、絶縁性向上にも寄与する。ここで、上述のように、第1の工程を経た混合物は第2の工程において加熱され、シリコーン樹脂のガラス転移温度以上、より好ましくは融点以上の成形温度で加圧成形されるため、該融点等が高すぎると、それだけ加熱に係る設備が複雑になる。一方で融点等が室温よりもある程度高い方が、成形に供する混合物や成形体のハンドリングが容易である。そのため、シリコーン樹脂のガラス転移温度または融点は50〜150℃の範囲であることが好ましい。なお、ガラス転移温度や融点は、DSCやTMAなどの熱分析で確認することができる。
熱可塑性樹脂の添加量は、軟磁性材料粉間に十分に行きわたり、十分な成形体強度を確保できる量にすればよい。一方、これが多すぎると密度や強度が低下するようになる。例えば、軟磁性材料粉100重量部に対して、0.5〜3.0重量部にすることが好ましい。後述のように、第2の工程で所定の温間成形を行うことで、高占積率が実現される。そのため、通常の温度で成形する場合に比べて、少ない熱可塑性樹脂量で必要な機械的強度等を確保することができる。熱可塑性樹脂の添加量は、より好ましくは軟磁性材料粉100重量部に対して0.5〜2.5重量部、さらに好ましくは0.5〜1.5重量部である。また、シリコーン樹脂の添加量も熱処理後の圧粉磁心に求められる機械的強度等に照らして決めることができる。機械的強度や絶縁性の観点からは、シリコーン樹脂が軟磁性材料粉間に十分に行きわたるような量を添加することが好ましい。例えば軟磁性材料粉100重量部に対して、0.1〜1.5重量部にすればよい。一方、熱処理後も粉末間に残存するシリコーン樹脂の場合、その添加量が応力、ひいてはコアロスに影響する。その添加量を減らすことによって、コアロスの低減に寄与する。後述のように、第2の工程では所定の温間成形を行うため、高占積率が実現される。そのため、通常の温度で成形する場合に比べて、少ないシリコーン樹脂量で必要な機械的強度等を確保することができる。シリコーン樹脂の添加量は、より好ましくは軟磁性材料粉100重量部に対して0.1〜1.0重量部である。シリコーン樹脂の添加量を熱可塑性樹脂の添加量の40%以下にして、コアロスの低減を図ることができる。第2の工程の加圧成形をシリコーン樹脂のガラス転移温度以上の成形温度で行うことの効果については、さらに後述する。
前記軟磁性材料粉と、熱可塑性樹脂と、シリコーン樹脂との混合方法はこれを特に限定するものではない。従来から知られている混合方法、混合機を用いることができる。バインダーとして熱可塑性樹脂等が混合された状態では、その結着作用により、混合粉は広い粒度分布をもった凝集粉となっている。かかる混合粉を、例えば振動篩等を用いて篩に通すことによって、成形に適した所望の二次粒子径の造粒粉を得ることができる。また、加圧成形時の粉末と金型との摩擦を低減させるために、ステアリン酸、またはステアリン酸亜鉛等のステアリン酸塩の潤滑材を添加することが好ましい。また、潤滑材の添加は、後述する占積率向上に対しても有効である。潤滑材の添加量は、軟磁性材料粉合計100重量部に対して0.5〜2.0重量部とすることが好ましい。一方、潤滑剤は、金型に塗布することも可能である。
次に、第1の工程を経た混合物を加熱して、熱可塑性樹脂のガラス転移温度Tg1以上、かつシリコーン樹脂のガラス転移温度Tg2以上の成形温度T1で加圧成形する第2の工程について説明する。かかる第2の工程に係る構成が、従来の圧粉磁心の製造方法と大きく異なり、また顕著な効果をもたらす大きな要因の一つである。第1の工程で得られた混合粉は、好適には上述のように造粒されて、第2の工程に供される。造粒された混合粉は、成形金型を用いて、トロイダル形状、直方体形状等の所定形状に加圧成形される。第2の工程における成形は、通常の室温での成形と異なり、混合物が加熱された状態で加圧成形される温間成形である。混合物は、成形金型に投入する前に予め加熱しておいてもよいし、成形金型内で加熱してもよい。その両方を採用することもできる。
成形温度は、上述のように、熱可塑性樹脂のガラス転移温度Tg1以上、かつシリコーン樹脂のガラス転移温度Tg2以上とする。すなわち、熱可塑性樹脂が軟化している状態、かつシリコーン樹脂が軟化している状態で加圧成形が行われる。熱可塑性樹脂は、そのガラス転移温度以上で軟化するため、成形温度を該ガラス転移温度以上にすることで、圧粉磁心における占積率を大幅に向上させることができる。さらに、シリコーン樹脂との関係においても、成形温度をガラス転移温度以上とする。すなわちシリコーン樹脂も成形時に軟化することで、圧粉磁心における占積率を向上させることができる。圧粉磁心における磁性粉の占積率が顕著に増加するため、透磁率や飽和磁束密度も大幅に増加する。すなわち、熱処理時に飛散する熱可塑性樹脂と、熱処理後の残存するシリコーン樹脂の両方を、成形時に軟化させることによって、飽和磁束密度の増加や上述したコアロスの低減など、磁気特性の向上が可能となるのである。シリコーン樹脂は、成形温度で軟化するものを用いてもよいし、溶融するものを用いることもできる。前者は、成形温度T1がシリコーン樹脂のガラス転移温度Tg2以上であることに相当し、後者は成形温度T1がシリコーン樹脂の融点Tm以上であることに相当する。ただし、成形温度をシリコーン樹脂の融点Tm以上にすると、すなわち、シリコーン樹脂が溶融して、液状化している状態で成形すると、占積率や強度の向上の効果が特に顕著になる。したがって、成形温度はシリコーン樹脂の融点Tm以上であることがより好ましい。
成形温度を上げることによって、熱可塑性樹脂等の流動性が高まり、占積率をより向上させることができる。かかる観点からは、成形温度T1は、熱可塑性樹脂のガラス転移温度と、シリコーン樹脂の融点のいずれか高い方の温度(以下Tsともいう)よりも、30℃以上高いことが好ましい。かかる構成によれば、例えば、アモルファス合金薄帯の粉砕粉を用いた場合、室温での成形比べて、占積率を1.05倍以上に向上させることも可能である。一方、熱可塑性樹脂やシリコーン樹脂の溶融状態や軟化状態が維持される限りは、成形温度T1とTsとの温度差ΔTの上限はこれを特に限定するものではない。但し、前記温度差ΔTが大きくなりすぎると成形温度自体が高くなるため、実用的には、成形温度T1とTsとの温度差ΔTの上限は150℃以下が好ましい。ここで、熱可塑性樹脂のガラス転移温度と、シリコーン樹脂の融点等との差が大きくなると、それだけ成形温度を上げる必要がある。一方、成形温度が高くなりすぎると、それだけ金型等加熱に係る設備が複雑になる。そのため、熱可塑性樹脂のガラス転移温度と、前記シリコーン樹脂の融点との差は50℃以内にすることが好ましく、20℃以内がより好ましい。加熱に係る設備の簡略化の観点からは、成形温度は70〜200℃が実用的な範囲である。
成形は、例えば1.0GPa以上、かつ3.0GPa以下の圧力で、数秒程度の保持時間で行えばよい。占積率を高めるために成形圧を高く設定すると、成形機の大型化、金型のかじり、摩耗などの問題が顕在化するおそれがある。これに対して、上述のように熱可塑性樹脂等が軟化等する温度に加熱された状態で成形することによって、より低圧で占積率を高めることができる。2.0GPa以下の圧力で成形し、成形の負荷を低減することもできる。圧粉磁心は、強度・特性の観点から、実用的には75.0%以上の占積率になるように圧密化しておくことが好ましい。より好ましい占積率は80.0%超である。また、実用上の観点から、トロイダル形状の圧粉磁心の場合、その圧環強度は10.0MPa以上が好ましく、12.0MPa以上であることがより好ましい。
次に、第2の工程を経た成形体を成形温度T1よりも高い温度T2で熱処理する第3の工程について説明する。第2の工程を経た成形体は、成形後、室温のような熱可塑性樹脂等のガラス転移温度等未満の温度まで冷却してから、第3の工程に供してもよいし、冷却せずにそのまま第3の工程に供してもよい。成形等で導入された応力歪を緩和して良好な磁気特性を得るために、第2の工程を経た成形体は、成形温度T1よりも高い温度T2で熱処理される。また、かかる熱処理温度で、成形体中の熱可塑性樹脂も飛散する。例えば、Fe基アモルファス合金薄帯の粉砕粉の場合であれば、応力緩和の効果を十分に発揮させるためには350℃以上で熱処理することが好ましい。一方、粉砕粉の一部に粗大な結晶粒が析出することを防ぎ、低いコアロスPcvを得る観点からは、420℃以下の温度で熱処理することが好ましい。更に、安定して低いコアロスPcvを得るためには380℃以上、かつ410℃以下がより好ましい。一方、ナノ結晶合金薄帯の粉砕粉を用いる場合、工程のいずれかの段階で結晶化処理が行われる。粉砕前に結晶化処理してもよいし、粉砕後に結晶化処理してもよい。結晶化処理は加圧成形後の歪緩和の熱処理を兼ねてもよいし、歪緩和の熱処理とは別工程として行うこともできる。ただし、製造工程の簡略化の観点からは、結晶化処理が加圧成形後の歪緩和の熱処理を兼ねることが好ましい。例えば、Fe基ナノ結晶合金薄帯の場合であれば、結晶化処理を兼ねた、加圧成形後の熱処理は、390℃〜480℃の範囲で行えばよい。一方、結晶質の軟磁性材料粉を用いる場合には、結晶化等の問題の制約がないため、より高温で熱処理することもできる。例えば700〜900℃(の範囲で熱処理することができる。保持時間は、圧粉磁心の大きさ、処理量、特性ばらつきの許容範囲などによって適宜設定されるものであるが、0.5〜3時間が好ましい。
上記のようにして得られる圧粉磁心は、圧粉磁心自体優れた効果を発揮する。例えば、軟磁性材料粉として軟磁性合金薄帯の粉砕粉を用いて構成された圧粉磁心であって、占積率が80.0%を超える圧粉磁心は、強度、透磁率に優れる。より好ましくは占積率が81.0%以上、さらに好ましくは占積率が83.0%以上である。さらに、軟磁性合金薄帯の粉砕粉の表面が、厚さ200nm以上の、シリコン酸化物被膜等の非磁性酸化物被膜で覆われるとともに、占積率が81.0%以上である圧粉磁心は、上記特徴に加えて特に、直流重畳特性に優れる。シリコン酸化物被膜を厚くすることで、増分透磁率μΔに代表される直流重畳特性が向上する。
シリコン酸化物被膜のような非磁性酸化物被膜は、磁性体としての粉砕粉間の磁気ギャップとして機能する。上述のようなTEOS等を用いたゾルゲル法によれば、粉砕粉表面を非磁性酸化物で均一に覆うことができる。軟磁性合金薄帯の粉砕粉の表面が、シリコン酸化物被膜等の非磁性酸化物被膜で覆われた構成は、粉砕粉間に均一かつ確実な磁気ギャップを形成し、直流重畳特性の向上に寄与する。かかる構成は、圧粉磁心の占積率を高めたときに特に有効となる。例えば、成形圧を上げて占積率を上げると、それだけ粉砕粉の接触機会が増えるが、粉砕粉側に非磁性酸化物被膜を形成しておくことで、確実に磁気ギャップを形成することができるからである。軟磁性合金薄帯の粉砕粉は200℃程度まで加熱しても塑性変形しないため、占積率を上げていくと、隣り合う板状粒子の主面(板面)同士が略平行に対向している割合が大きくなる。したがって、粉砕粉の表面に非磁性酸化物被膜を形成しておくことで、粉砕粉間の磁気ギャップを確保しつつ、そのバラツキを低減することができる。板状の主面同士を略平行にして隣り合う粉砕粉粒子間の磁気ギャップは400nm以上を確保することが好ましい。
軟磁性合金薄帯粉の表面を均一に覆い、かつ非磁性のものであれば、非磁性酸化物被膜の種類は特に限定されるものではないが、シリコン酸化物被膜が絶縁性、耐熱性等にも優れるので好ましい。
上記のようにして得られた圧粉磁心と、前記圧粉磁心の周囲に巻装されたコイルとを用いてコイル部品が提供される。コイルは導線を圧粉磁心に巻回して構成してもよいし、ボビンに巻回して構成してもよい。前記圧粉磁心と前記コイルとを有するコイル部品は、例えばチョーク、インダクタ、リアクトル、トランス等として用いられる。例えば、該コイル部品は、テレビやエアコンなど家電機器で採用されているPFC回路や、太陽光発電やハイブリッド車・電気自動車などの電源回路等に使用され、これらの機器、装置における小型化、低損失化に寄与する。
(軟磁性材料粉末の作製)
軟磁性材料粉末として、平均厚さ18μmのFe−Ni−Cu−Si−B系Fe基ナノ結晶合金薄帯材料を用いた。具体的な組成は、Febal.Ni1Si4B14Cu1.4(原子%)である。かかる組成の急冷薄帯に対して、粗粉砕、中粉砕、微粉砕を異なる粉砕機により順次行った。合金薄帯粉砕粉を目開き106μm(対角150μm)の篩に通した。更に、目開き35μm(対角49μm)の篩により通過する合金薄帯粉砕粉を除去した。粉砕粉をSEMで観察した。金属薄帯の二主面には粉砕加工された形態がほとんど認められず、二主面の端部のエッジが明瞭に確認できた。
(軟磁性材料粉末表面へのシリコン酸化物被膜形成)
前記合金薄帯粉砕粉と、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC2H5)4)との質量比を25:1とし、それらをアンモニア水溶液と、エタノールとともに混合し、3時間撹拌した。次に、ろ過することで、合金薄帯粉砕粉を分離し、100℃のオーブンで乾燥した。乾燥後、合金薄帯の粉砕粉の断面をSEMで観察したところ、粉砕粉の表面にはシリコン酸化物被膜が形成され、その厚さは125nmであった。
(第1の工程(混合工程))
前記粉砕粉80重量部に対して、平均粒径5μmのFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉(組成:Febal.B11Si11C2Cr2(原子%))(エプソンアトミックス株式会社製)を20重量部(20質量%添加)加えた合計100重量部に対して、シリコーン樹脂として粉末状のメチルフェニルシリコーン樹脂:旭化成ワッカーシリコーン株式会社製SILRES H44)を1.0重量部、熱可塑性樹脂としてエマルジョンのアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)を1.0重量部、それぞれ計りとって、株式会社ダルトン製の万能混合撹拌機で混合した。混合粉は、120℃で10時間乾燥した。なお、熱可塑性樹脂とシリコーン樹脂に対する熱分析(TG−DTA)等の結果から、使用した熱可塑性樹脂のガラス転移温度は75℃、シリコーン樹脂のガラス転移温度は54℃、融点は73℃と評価された。すなわち、熱可塑性樹脂のガラス転移温度と、シリコーン樹脂の融点との差は2℃であった。なお、潤滑剤として使用した後述のステアリン酸亜鉛の融点は120℃と評価された。
(第2の工程(成形工程))
乾燥後の混合粉を目開き425μmの篩を通して造粒粉を得た。目開き425μmの篩を通すことで、約600μm以下の粒径の造粒粉が得られる。この造粒粉に、粉砕粉およびアトマイズ球状粉の合計100重量部に対して0.4重量部の割合で、ステアリン酸亜鉛を添加、混合して成形用の混合物を得た。得られた混合粉は、金型を加熱する機能を備えたプレス機を使用して、表1に示す温度で加圧成形した。成形圧は2GPa、保持時間は2秒とした。得られた外径14mm、内径8mm、高さ6mmのトロイダル形状の成形体に、歪取と結晶化を兼ねて、オーブンにて、昇温速度を10℃/minとし、大気中、420℃、0.5時間の熱処理を施し、圧粉磁心を得た。
(磁気特性の測定)
以上の工程により作製した圧粉磁心の密度をその寸法および質量から算出した。また、占積率を圧粉磁心の密度を軟磁性材料粉の密度で除して算出した。ここで軟磁性材料粉の密度は、Fe基ナノ結晶合金薄帯の密度7.40×103kg/m3、およびFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉の密度7.20×103kg/m3、から、と、それらの混合比から平均密度として算出したもの(7.36×103kg/m3)を用いた。また、トロイダル形状の圧粉磁心の径方向に荷重をかけ、コア破壊時の最大加重P(N)を測定し、次式から圧環強度σr(MPa)を求めた。
σr=P(D−d)/Id2
(ここで、D:コアの外径(mm)、d:コアの肉厚(mm)、I:コアの高さ(mm)である。)
さらに、一次側と二次側それぞれ29ターンの巻線を施した。岩通計測株式会社製B−HアナライザーSY−8232により、最大磁束密度150mT、周波数20kHzの条件でコアロスPcvを測定した。また、初透磁率μiは、前記トロイダル形状の圧粉磁心に直径0.5mmの絶縁被覆導線を30回巻回し、ヒューレット・パッカード社製4284Aにより、周波数100kHzで測定した。結果を表1に示す。
熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形したNo2〜5の圧粉磁心は、室温で成形したものに比べて、密度が大幅に上昇し、いずれも6.0×103kg/m3以上の高い値を示した。それに伴い占積率も大幅に向上し、80.0%を超える占積率が得られた。圧環強度も12.0MPa未満のNo1の圧粉磁心に比べて、No2〜5の圧粉磁心は劇的に向上し、20.0MPa以上の圧環強度が得られた。さらに、表1から成形温度とTsとの温度差ΔTが大きくなるに伴い占積率も向上することがわかる。ΔTが30℃以上のNo3〜5の圧粉磁心では、25℃(室温)で成形したNo1のものに比べて占積率が1.05倍以上に上昇し、83.0%以上になった。さらにΔTが大きいNo4および5の圧粉磁心では、室温で成形したNo1のものに比べて占積率が1.06倍以上に上昇した。さらに、初透磁率も成形温度の上昇とともに増加し、70以上の水準が得られた。その一方で、コアロスは室温で成形した場合に比べて大きな変化はなく、160kW/m3以下の低い水準を維持できることもわかる。
次に、上述の実施例で作製した混合物を用い、加熱しないで25℃(室温)で成形した場合と、130℃に加熱して成形した場合とで、成形圧を変えて圧粉磁心を作製した。その評価結果を表2に示す。
表2に示すように、室温での成形では、成形圧を1.1GPaから2.0GPaへと上げても、占積率は80.0%未満であった。一方、130℃で温間成形したNo10〜13の圧粉磁心では、いずれも占積率は80.0%を超えていた。すなわち、上記温間成形によって軟磁性合金薄帯の粉砕粉を用いる場合でも、2GPa以下の圧力による成形で、80.0%を超える占積率を実現することが可能であることがわかる。同時に、1GPa以上の成形圧があれば15.0MPa以上の圧環強度が得られることもわかる。また、成形圧を上げることによって占積率および圧環強度は上昇し、82.0%以上の占積率および20MPa以上の圧環強度、さらには83.0%以上の占積率および25MPa以上の圧環強度も実現可能であることがわかる。さらに、初透磁率も成形圧の上昇とともに増加した。一方、室温での成形では2.0GPaの成形圧でも占積率、圧環強度は、それぞれ80.0%未満、12.0MPa未満であった。そのコアロスは成形圧の増加とともに増加しており、さらに成形圧を上げて占積率等を高めるためには、コアロスの大幅な増加が避けられないこともわかる。、また、室温成形において温間成形なみの圧環強度を得るためには、さらに大幅に成形圧を上げる必要があり、室温成形において温間成形なみの圧環強度を得ることが非常に困難であることもわかる。一方、130℃で温間成形したNo10〜13の圧粉磁心では、160kW/m3以下の低水準のコアロスが維持されており、上記温間成形がコアロスの増加を抑えつつ占積率を向上するうえで好適であることがわかる。
次に、添加物の組み合わせを変えた混合物を用い、加熱しないで25℃(室温)で成形したものと、130℃に加熱して成形したものとで比較評価を行った。添加物の組み合わせは、熱可塑性樹脂のみ、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂、並びに熱可塑性樹脂、シリコーン樹脂および潤滑材の三通りである。添加物の構成や成形温度以外は上述の実施例と同様とした。評価結果を表3に示す。
熱可塑性樹脂は熱処理で飛散してしまうため、熱処理後の圧粉磁心の強度を維持するためにシリコーン樹脂を添加する。しかしながら、表3のNo14とNo16の評価結果から、通常の室温成形では、シリコーン樹脂を添加すると占積率は低下してしまうことがわかる。これに対して、熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形することにより、占積率は大きく上昇した(No17)。ここで、No15の圧粉磁心のように熱可塑性樹脂だけを添加した場合でも、上述の温間成形によって占積率は向上する。しかしながら、No17の圧粉磁心の占積率はNo15の圧粉磁心よりもさらに高く、上述の温間成形の場合には、シリコーン樹脂添加によって占積率がさらに向上することがわかる。すなわち、室温成形の場合と比べてシリコーン樹脂添加による影響が逆転していることが明らかとなった。また、熱可塑性樹脂およびシリコーン樹脂に加えてさらに潤滑材としてステアリン酸亜鉛を添加したNo19の圧粉磁心は、それを添加していないNo17の圧粉磁心に比べて、さらに占積率が向上しており、潤滑剤の添加も占積率向上に効果があることが確認された。
次に、ナノ結晶合金薄帯の代わりに、Fe基アモルファス合金薄帯である、平均厚さ25μmの日立金属株式会社製Metglas(登録商標)2605SA1材を用いて圧粉磁心を作製した。該2605SA1材は、Fe−Si−B系材料である。Fe基アモルファス合金薄帯を、乾燥した大気雰囲気のオーブンで360℃、2時間加熱し、脆化させた。ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして、粉砕、分級、シリコン酸化物被膜形成を行った。なお、シリコン酸化物被覆は200nmの厚さに形成した。前記粉砕粉80重量部に対して、平均粒径5μmのFe基アモルファス合金アトマイズ球状粉(組成:Fe74B11Si11C2Cr2)(エプソンアトミックス株式会社製)を20重量部(20質量%添加)加えた合計100重量部の混合粉を用いて、上記ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして成形用の造粒粉を作製した。なお、メチルフェニルシリコーン樹脂:旭化成ワッカーシリコーン株式会社製SILRES H44)の添加量は0.6重量部、熱可塑性樹脂であるアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)の添加量は1.5重量部、ステアリン酸亜鉛の添加量は0.4重量部とした。成形温度を20℃(室温)および130℃とした以外は、上記ナノ結晶合金薄帯を用いた場合と同様にして成形体を行った。成形後の成形体は、オーブンにて、大気雰囲気中、400℃、1時間の熱処理を施した。得られた圧粉磁心の評価結果を表4に示す。
表4に示したように、アモルファス合金薄帯を用いた場合でも、熱可塑性樹脂のガラス転移温度以上かつ、シリコーン樹脂の融点以上の温度で成形することによって、占積率は大幅に向上し、80.0%を超える水準の占積率が得られた。また、圧環強度や初透磁率も劇的に向上し、それぞれ12.0MPa以上、60以上の水準が得られた。一方、かかる占積率、圧環強度、初透磁率の大幅な向上が実現される場合でも、コアロスの低下は見られず、むしろ室温成形の場合に比べてコアロスは若干減少した。
次に、表4に示す圧粉磁心と同じ軟磁性材料粉を用い、シリコーン樹脂であるメチルフェニルシリコーン樹脂の添加量を変えた圧粉磁心を作製し、占積率およびコアロスを評価した。熱可塑性樹脂であるアクリル樹脂系のバインダー(昭和高分子株式会社製ポリゾールAP−604)の添加量は2.5重量部とした点、成形温度を130℃とした以外は、上記表4に示した評価を行った圧粉磁心の同様の条件で圧粉磁心を作製した。占積率、圧環強度、コアロス、初透磁率の評価結果を表5に示す。
表5に示すように圧環強度はシリコーン樹脂の添加量が増えるにしたがって増加した。一方、シリコーン樹脂の添加量が増えるにしたがい、初透磁率は減少し、コアロスも増加した。特に、その添加量が1.0重量部(熱可塑性樹脂の2/3)を超えるとコアロスが大きくなっていた。表3に示すコアロスはいずれも実用上は問題のないレベルであるが、シリコーン添加量を1.0重量部(熱可塑性樹脂の40%)以下にすることでより低いコアロスが維持できることがわかる。
次に上記No20、21の圧粉磁心と同じ合金薄帯粉砕粉を用い、TEOSの量とアンモニア水の濃度を調整して、シリコン酸化物被膜の厚さが異なる粉砕粉を作製した。かかる粉砕粉を用い、No20、21の圧粉磁心と同様にして成形用の混合物を得た。得られた混合粉は、成形温度130℃、成形圧2.0GPaの条件で成形を行い、それ以外はNo20、21の圧粉磁心と同様にして圧粉磁心を得た(No17〜22)。また、比較のためシリコン酸化物(SiO2)被膜の厚さが200nmの粉砕粉を用い、成形温度20℃(室温)、成形圧2.0GPaまたは1.6GPaの条件で成形し、比較用の圧粉磁心(No31、32)を作製した。占積率等の評価結果を表6に示す。μΔは10kA/mの直流バイアス磁界が印加された状態で測定した増分透磁率である。なお、コアロスPcvは最大磁束密度150mT、周波数20kHzの条件で測定した。
表6に示すように、シリコン酸化物被膜を厚くすることで、コアロスPcvが減少するのみならず、増分透磁率μΔが増加した。増分透磁率が高くなるということは、直流重畳特性が向上していることを意味する。上述のようにTEOSによって形成したシリコン酸化物被膜は粉砕粉表面を均一に覆うため、磁性体間に均一かつ確実な磁気ギャップを形成する効果がある。一方、表6の結果から明らかなようにシリコン酸化物被膜を厚くすることは、強磁性部の占積率の低下を招く。しかしながら、温間成形を用いた場合は占積率を格段に高くできるため、81%以上の占積率を確保しながら、シリコン酸化物被膜を厚くして増分透磁率μΔの改善を図ることができる。しかも、占積率が高められた圧粉磁心ほど、平板状の粉砕粉の板面が揃うため、シリコン酸化物被膜が形成する磁気ギャップが、均一な磁気ギャップとしてより有効に機能するようになる。図2に、温間成形によるNo28の圧粉磁心の断面SEM写真(図2(a))を、室温成形による圧粉磁心の断面SEM写真(図2(b))とともに示す。室温成形による圧粉磁心は平板状の粉砕粉の板面が不規則な方向に向きやすく、均一な磁気ギャップを形成することが困難であるのに対して、温間成形による圧粉磁心では、隣接する粉砕粉の板面が平行に維持された状態で、その間隔が小さくなっており、シリコン酸化物被膜を介した均一な磁気ギャップが形成できることがわかる。例えば図2(a)では、隣接する五つ以上の粉砕粉が、シリコン酸化物被膜による磁気ギャップを介して平行に配置されている。表6に示すように、シリコン酸化物被膜が200nm以上であるNo28〜30の圧粉磁心では、34.9以上の優れた増分透磁率μΔが得られた。また、シリコン酸化物被膜が200nm以上で増分透磁率μΔの増加が飽和傾向になっており、安定性の観点からは、200nmを超えるようにシリコン酸化物被膜の厚さを設定することがより好ましいこともわかる。
これに対して、20℃で成形して得られたNo31の圧粉磁心は、占積率も低く、同じシリコン酸化物被膜のNo28の圧粉磁心に比べて増分透磁率μΔは大幅に低いものとなった。また、占積率を低下させることは、磁性体(粉砕粉)間の磁気ギャップが増えることを意味するが、表6の結果からは、No32のように成形圧を下げることで占積率を低下させると、増分透磁率μΔはいっそう低下することがわかる。すなわち、増分透磁率μΔを改善するためには、シリコン酸化物被膜を厚く形成した粉砕粉を用いて構成され、占積率を高めた圧粉磁心が、有効であることが明らかとなった。