例えば、自動車のフロント用ドライブシャフトにおいては、通常、インボード側(デフ側)に角度変位および軸方向変位を許容する摺動式等速自在継手が組み込まれ、アウトボード側(車輪側)に角度変位のみを許容する固定式等速自在継手が組み込まれる。
図24(a)に、固定式等速自在継手の一例であるツェッパ型等速自在継手の作動角0°の状態における縦断面図を示し、図24(b)に、同等速自在継手が最大作動角を取った状態の概要図を示す。図24(a)に示すように、この等速自在継手101は、外側継手部材102、内側継手部材103、ボール104および保持器105を主な構成とする。外側継手部材102の球状内周面106には8本のトラック溝107が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成され、内側継手部材103の球状外周面108には、外側継手部材102のトラック溝107と対向するトラック溝109が円周方向等間隔に、かつ軸方向に沿って形成されている。対向するトラック溝107,109間にトルクを伝達するボール104がそれぞれ介在し、ボール104は、外側継手部材102の球状内周面106と内側継手部材103の球状外周面108の間に配置された保持器105により保持される。外側継手部材102の外周と、内側継手部材103に連結されたシャフトの外周とをブーツで覆い、ブーツで覆われた継手内部空間には、潤滑剤としてグリースが封入されている(図示省略)。
図24(a)に示すように、外側継手部材102の球状内周面106と嵌合する保持器105の球状外周面112、および内側継手部材103の球状外周面108と嵌合する保持器105の球状内周面113の曲率中心は、いずれも、継手中心Oに形成されている。これに対して、外側継手部材102のトラック溝107のボール軌道中心線xの曲率中心Ooと、内側継手部材103のトラック溝109のボール軌道中心線yの曲率中心Oiとは、継手中心Oに対して軸方向に等距離オフセットされている。これにより、継手が作動角をとった場合、外側継手部材102と内側継手部材103の両軸線がなす角度を二等分する平面上にボール104が常に案内される。そのため、二軸間(外側継手部材102と内側継手部材103との間)で等速に回転トルクが伝達される。
図24(b)に示すように、固定式等速自在継手101の最大作動角θmaxは、外側継手部材102の開口端に設けられる入口チャンファ110とシャフト111とが干渉する角度に依存する。シャフト111の軸径dは、許容伝達トルクを確保するためにジョイントサイズ毎に決められている。入口チャンファ110を大きくとると、ボール104が当接する外側継手部材102のトラック溝107の長さ(以下、有効トラック長さという)が不足し、ボール104がトラック溝107から脱落して回転トルクが伝達できなくなる。このため、外側継手部材102の有効トラック長さを確保しつつ、入口チャンファ110を如何に設定するかが、作動角を確保する上で重要なファクターとなる。ツェッパ型等速自在継手101では、外側継手部材102のトラック溝107のボール軌道中心線xの曲率中心Ooが開口側にオフセットされているので、最大作動角の面で有利であるが、最大作動角θmaxは47°程度である。
また、8個ボールタイプのツェッパ型等速自在継手101は、従来の6個ボールの等速自在継手に比べて、トラックオフセット量を小さくし、ボールの個数を増やし、かつ直径を小さくしたことにより、軽量・コンパクトで、トルク損失の少ない高効率な等速自在継手を実現している。しかし、図25に示すように、作動角0°の状態で、対向するトラック溝107,109間に形成される各くさび角α(図示のようにボール104とトラック溝107,109との接触点は破線上に位置する)が、外側継手部材102の開口側に向けて開いているので、トラック溝107,109からボール104に作用する軸方向の力Wにより、外側継手部材102の球状内周面106と保持器105の球状外周面112との接触部、および内側継手部材103の球状外周面108と保持器105の球状内周面113との接触部に作用する荷重が一定方向に向かって発生する。そのため、図示のように外側継手部材102および内側継手部材103が、保持器105と部位Jおよび部位Iでそれぞれ接触し、更なる高効率化や低発熱化には限度がある。
そこで、更なる高効率化や低発熱化を図るべく、図26に示すようなトラック溝交差タイプの固定式等速自在継手が提案されている(例えば、特許文献1)。図26は、同等速自在継手の作動角0°の状態における縦断面図である。図26に示すように、この等速自在継手121は、外側継手部材122、内側継手部材123、ボール124および保持器125を主な構成とする。詳細な図示は省略するが、この等速自在継手121において、外側継手部材122の8本のトラック溝127のボール軌道中心線xを含む平面は、継手の軸線n−nに対して傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合うトラック溝127で互いに反対方向に形成されている。そして、内側継手部材123のトラック溝129のボール軌道中心線yは、作動角0°の状態の継手中心Oを含む平面P(以下、「作動角0°の状態の継手中心平面P」という)を基準として、外側継手部材122の対となるトラック溝127のボール軌道中心線xと鏡像対称に形成されている。
図26に示すように、外側継手部材122の球状内周面126に形成されたトラック溝127は、軸方向に沿って円弧状に延び、かつその曲率中心は継手中心Oに位置する。内側継手部材123の球状外周面128に形成されたトラック溝129は、軸方向に沿って円弧状に延び、かつその曲率中心は継手中心Oに位置する。対向する外側継手部材122のトラック溝127と内側継手部材123のトラック溝129との交差部に、トルクを伝達するボール124がそれぞれ介在し、ボール124は、外側継手部材122の球状内周面126と内側継手部材123の球状外周面128の間に配置された保持器125により保持される。保持器125のうち、外側継手部材122の球状内周面126および内側継手部材123の球状外周面128とそれぞれ嵌合する球状外周面132および球状内周面133の曲率中心は、いずれも、継手中心Oに形成されている。この等速自在継手121では、対向するトラック溝127,129が交差し、この交差部にボール124が介在することにより、継手が作動角をとった場合、外側継手部材122と内側継手部材123の両軸線がなす角度を二等分する平面上にボール124が常に案内される。そのため、二軸間で回転トルクが等速で伝達される。
トラック溝交差タイプの固定式等速自在継手121において、外側継手部材122および内側継手部材123のトラック溝127,129は、それぞれが、周方向に隣り合うトラック溝で傾斜方向が互いに反対方向に形成されているので、保持器125の周方向に隣り合うポケット部(ボール124を保持する部位)125aにボール124から相反する方向の力が作用する。この相反する方向の力により保持器125は継手中心O位置で安定する。このため、保持器125の球状外周面132と外側継手部材122の球状内周面126との接触力、および保持器125の球状内周面133と内側継手部材123の球状外周面128との接触力が抑制され、高負荷時や高速回転時に継手が円滑に作動するようになる結果、トルク損失や発熱が抑えられ、耐久性が向上する。
上記の固定式等速自在継手121は低発熱ジョイントとしては優れているものの、次のような問題がある。その詳細を図27(a)(b)に基づいて説明する。図27(a)に示すように、継手が高作動角θを取ると、作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してボール124の中心Obはθ/2の位置に移動する。ボール124とトラック溝127は、接触角を持ったアンギュラコンタクトとなっているので、ボール124とトラック溝127の接触点は、図27(b)に示す破線上に位置する。そして、ボール124とトラック溝127の接触点の軸方向位置は、ボール124の中心Obを通って、ボール軌道中心線xに対して直角な平面t上に位置することになるが、上記の固定式等速自在継手121では、外側継手部材122の入口チャンファ130を大きくすると、高作動角θ時に入口チャンファ130を越えて外側に位置し、ボール124がトラック溝127から脱落することになる。この理由は、円弧状トラック溝127の曲率中心が継手中心Oに配置されている関係上、ボール124の中心Obと接触点sとの間の軸方向の距離δが大きく、有効トラック長さが不足するためである。したがって、高作動角化が図れないという問題がある。
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1(a)に、本発明の第1実施形態に係る固定式等速自在継手1(以下、単に「等速自在継手1」ともいう)の部分縦断面図を示し、図1(b)に、等速自在継手1の正面図[図1(a)の右側面図]を示す。この等速自在継手1は、外側継手部材2、内側継手部材3、ボール4および保持器5を主な構成とする。
図2(a)(b)にも示すように、外側継手部材2の球状内周面6には軸方向に延びる8本のトラック溝7が形成されており、各トラック溝7は、継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γ傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合うトラック溝7A,7Bで互いに反対方向に形成されている。また、図3(a)〜(c)にも示すように、内側継手部材3の球状外周面8には軸方向に延びる8本のトラック溝9が形成されており、各トラック溝9は、継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γ傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合うトラック溝9A,9Bで互いに反対方向に形成されている。そして、外側継手部材2と内側継手部材3の対となるトラック溝7,9の各交差部にボール4が1個ずつ配置されている。なお、図1(a)において、トラック溝7,9については、それぞれ、図2(a)に示す平面Mおよび図3(b)に示す平面Qにおける断面を傾斜角γ=0°まで回転させた状態で示している。
以下では、トラック溝7,9の形態(傾斜状態や湾曲状態など)を的確に示すために、「ボール軌道中心線」なる用語を用いる。ボール軌道中心線とは、ボール4がトラック溝7,9に沿って移動するときに、ボール4の中心が描く軌跡を意味する。したがって、トラック溝7,9の形態は、ボール軌道中心線の形態と同じである。
図1(a)および図2(a)に示すように、外側継手部材2のトラック溝7はボール軌道中心線Xを有する。より詳しくは、トラック溝7は、奥側に設けられ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Xaを有する第1トラック溝部7aと、開口側に設けられ、第1トラック溝部7aとは反対方向に湾曲した円弧状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7bとからなり、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaに第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbが滑らかに接続されている。また、図1(a)および図3(b)に示すように、内側継手部材3のトラック溝9はボール軌道中心線Yを有する。トラック溝9は、開口側に設けられ、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Yaを有する第1トラック溝部9aと、奥側に設けられ、第1トラック溝部9aとは反対方向に湾曲した円弧状のボール軌道中心線Ybを有する第2トラック溝部9bとからなり、第1トラック溝部9aのボール軌道中心線Yaに第2トラック溝部9bのボール軌道中心線Ybが滑らかに接続されている。このように、第1トラック溝部7a,9aのボール軌道中心線Xa,Yaと、第2トラック溝部7b,9bのボール軌道中心線Xb,Ybとは形状が互いに異なっている。
第1トラック溝部7a,9aのボール軌道中心線Xa,Yaの各曲率中心を、継手中心O、すなわち継手の軸線N−N上に配置したことにより、トラック溝深さを均一にすることができ、かつ加工を容易にすることができる。
詳細な図示は省略するが、トラック溝7,9の横断面(軸直交断面)形状は、楕円形状やゴシックアーチ形状に形成されており、トラック溝7,9とボール4は、接触角(30°〜45°程度)をもって接触する、いわゆるアンギュラコンタクトとなっている。したがって、ボール4は、トラック溝7,9の溝底より少し離れたトラック溝7,9の側面側で接触している。
ここで、トラック溝の符号について補足する。外側継手部材2のトラック溝全体を指す場合は符号7を付し、その第1および第2トラック溝部に符号7a,7bをそれぞれ付している。傾斜方向が異なるトラック溝を区別する場合には、継手の軸線N−Nに対して周方向一方側に傾斜したトラック溝に符号7Aを、また継手の軸線N−Nに対して周方向他方側に傾斜したトラック溝に符号7Bを付している。そして、トラック溝7A,7Bの第1トラック溝部に符号7Aa,7Baを、また、トラック溝7A,7Bの第2トラック溝部に符号7Ab,7Bbをそれぞれ付している。後述する内側継手部材3のトラック溝9についても同様の要領で符号を付している。
図2(a)に示す外側継手部材2の部分縦断面、および図2(b)に示す外側継手部材2の正面図[図2(a)の右側面]を参照しながら、外側継手部材2のトラック溝7が継手の軸線N−Nに対して周方向に傾斜している状態を説明する。図2(a)に示すように、トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面Mは、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。そして、トラック溝7Aと周方向に隣り合うトラック溝7Bは、図示は省略するが、そのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面Mが、継手の軸線N−Nに対して、トラック溝7Aの傾斜方向とは反対方向に角度γだけ傾斜している。本実施形態では、トラック溝7Aのボール軌道中心線Xの全域、すなわち、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaおよび第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの双方が平面M上に形成されている。しかし、これに限られるものではなく、第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaのみが平面Mに含まれている形態も実施することができる。したがって、少なくとも第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaと継手中心Oを含む平面Mが継手の軸線N−Nに対して周方向に傾斜すると共に、その傾斜方向が周方向に隣り合う第1トラック溝部7aで互いに反対方向に形成されていればよい。
次に、図3(a)〜(c)にそれぞれ示す内側継手部材3の背面図、側面図および正面図に基づき、内側継手部材3のトラック溝9が継手の軸線N−Nに対して周方向に傾斜している状態を説明する。図3(b)に示すように、トラック溝9Aのボール軌道中心線Yと継手中心Oを含む平面Qは、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。そして、トラック溝9Aと周方向に隣り合うトラック溝9Bは、図示は省略するが、そのボール軌道中心線Yと継手中心Oを含む平面Qが、継手の軸線N−Nに対してトラック溝9Aの傾斜方向とは反対方向に角度γだけ傾斜している。傾斜角γは、等速自在継手1の作動性および内側継手部材3のトラック溝の最も接近した側の球面幅Fを考慮し、4°〜12°の範囲に設定するのが好ましい。
前述した外側継手部材2と同様、本実施形態では、トラック溝9Aのボール軌道中心線Yの全域、すなわち、第1トラック溝部9aのボール軌道中心線Yaおよび第2トラック溝部9bのボール軌道中心線Ybの両方が平面Q上に形成されている。しかし、これに限られるものではなく、第1トラック溝部9aのボール軌道中心線Yaのみが平面Qに含まれている形態も実施することができる。したがって、少なくとも第1トラック溝部9aのボール軌道中心線Yaと継手中心Oを含む平面Qが継手の軸線N−Nに対して周方向に傾斜すると共にその傾斜方向が周方向に隣り合う第1トラック溝部9aで互いに反対方向に形成されていればよい。
以上の構成から、内側継手部材3のトラック溝9は、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、外側継手部材2の対となるトラック溝7と鏡像対称に形成されている。
次に、図4に基づいて、外側継手部材2の縦断面より見たトラック溝の詳細を説明する。なお、図4は、図2(a)中に示すトラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面Mで見た断面図、すなわち、継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γだけ傾斜した傾斜軸N’−N’を含む平面における断面図である。図4には、傾斜方向が互いに異なるトラック溝7A,7Bのうち、トラック溝7Aのみを示している。
図4に示すように、外側継手部材2の球状内周面6には、ボール軌道中心線Xを有するトラック溝7Aが軸方向に沿って形成されている。トラック溝7Aは、継手中心Oを曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Xaを有する第1トラック溝部7Aaと、第1トラック溝部7Aa(のボール軌道中心線Xa)の半径方向外側で、かつ継手中心Oから開口側にオフセットした点Oo1を曲率中心とした円弧状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7Abとからなる。したがって、第2トラック溝部7Abの円弧状のボール軌道中心線Xbは、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaとは反対方向に湾曲している。第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aは、継手中心Oと上記の点Oo1とを結ぶ直線がボール軌道中心線Xと交わる点であり、この端部Aに第2トラック溝部7Abのボール軌道中心線Xbが滑らかに接続されている。端部Aと継手中心Oとを結ぶ直線をLとする。
図示のように、平面M[図2(a)参照]上に投影された傾斜軸N’−N’の継手中心Oにおける垂線Kと直線Lとがなす角度β’は、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。上記の垂線Kは作動角0°の状態の継手中心平面P上にある。したがって、上記の直線Lが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βは、sinβ=sinβ’×cosγの関係になる。以上では、外側継手部材2の第1トラック溝部7Aaおよび第2トラック溝部7Abを、それぞれ単一の円弧で形成したが、これに限られず、トラック溝深さなどを考慮して複数の円弧で形成してもよい。
同様に、図5に基づいて、内側継手部材3のトラック溝の詳細を説明する。図5は、図3(b)中に示すトラック溝9Aのボール軌道中心線Yと継手中心Oを含む平面Qで見た断面図、すなわち、継手の軸線N−Nに対して周方向に角度γだけ傾斜した傾斜軸N’−N’を含む平面における断面を示している。図5には、傾斜方向が互いに異なるトラック溝9A,9Bのうち、トラック溝9Aのみを示している。
内側継手部材3の球状外周面8には、ボール軌道中心線Yを有するトラック溝9Aが軸方向に沿って形成されている。トラック溝9Aは、継手中心Oを曲率中心とする円弧状のボール軌道中心線Yaを有する第1トラック溝部9Aaと、第1トラック溝部9Aa(のボール軌道中心線Ya)の半径方向外側で、かつ継手中心Oから奥側にオフセットした点Oi1を曲率中心とする円弧状のボール軌道中心線Ybを有する第2トラック溝部9Abとからなる。第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaの奥側端部Bは、継手中心Oと上記の点Oi1とを結ぶ直線がボール軌道中心線Yと交わる点であり、この端部Bに第2トラック溝部9Abのボール軌道中心線Ybが滑らかに接続されている。端部Bと継手中心Oとを結ぶ直線をRとする。
図示のように、平面Q[図3(b)参照]上に投影された傾斜軸N’−N’の継手中心Oにおける垂線Kと直線Rとがなす角度β’は、継手の軸線N−Nに対して角度γだけ傾斜している。上記の垂線Kは作動角0°の状態の継手中心平面P上にある。したがって、直線Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βは、sinβ=sinβ’×cosγの関係になる。前述した外側継手部材2のトラック溝と同様に、内側継手部材3の第1トラック溝部9Aaおよび第2トラック溝部9Abは、トラック溝深さなどを考慮して、それぞれ複数の円弧で形成してもよい。
次に、直線L,Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βについて説明する。作動角θを取ったとき、ボール4は、外側継手部材2および内側継手部材3の上記平面Pに対してθ/2だけ移動する。使用頻度が多い作動角の1/2より角度βを決め、使用頻度が多い作動角の範囲においてボール4が接触するトラック溝の範囲を決める。ここで、使用頻度が多い作動角について定義する。まず、継手の常用角とは、水平で平坦な路面上で1名乗車時の自動車において、ステアリングを直進状態にした時にフロント用ドライブシャフトの固定式等速自在継手で生じる作動角をいう。常用角は、通常、2°〜15°の間で車種ごとの設計条件に応じて選択・決定される。そして、使用頻度の多い作動角とは、上記の自動車が、例えば、交差点の右折・左折時などに生じる高作動角ではなく、連続する曲線道路などで固定式等速自在継手に生じる作動角をいい、これも車種ごとの設計条件に応じて決定される。使用頻度の多い作動角は最大20°を目処とする。これにより、直線L、Rが作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してなす角度βを3°〜10°と設定する。ただし、角度βは3°〜10°に限定されるものではなく、車種の設計条件に応じて適宜設定することができる。角度βを3°〜10°に設定すれば種々の車種に汎用することができる。
上記の角度βにより、外側継手部材2では、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの端部A(図4)が、使用頻度が多い作動角時に軸方向に沿って最も開口側に移動したときのボール4の中心位置となる。同様に、内側継手部材3では、第1トラック溝部9Aaのボール軌道中心線Yaの端部B(図5)が、使用頻度が多い作動角時に軸方向に沿って最も奥側に移動したときのボール4の中心位置となる。このように設定されているので、使用頻度が多い作動角の範囲では、ボール4は、外側継手部材2および内側継手部材3の第1トラック溝部7Aa,9Aa、およびこれらとは傾斜方向が反対の第1トラック溝部7Ba,9Ba(図2、図3参照)の範囲内に位置する。この場合、保持器5の周方向に隣り合うポケット部5aにボール4から相反する方向の力が作用するため、保持器5は継手中心Oの位置で安定する(図1参照)。このため、保持器5の球状外周面12と外側継手部材2の球状内周面6との接触力、および保持器5の球状内周面13と内側継手部材3の球状外周面8との接触力が抑制され、高負荷時や高速回転時に継手が円滑に作動可能となる結果、トルク損失や発熱が抑えられ、耐久性が向上する。
以上で説明した本実施形態の等速自在継手1においては、保持器5のポケット部5aとボール4との嵌め合いをすきま設定にしてもよい。この場合、前記すきまのすきま幅は0〜40μm程度に設定するのが好ましい。すきま設定にすることにより、保持器5のポケット部5aに保持されたボール4をスムーズに作動させることができ、更なるトルク損失の低減を図ることができる。
本実施形態の等速自在継手1が最大作動角を取った状態を図6に示す。上述したように、外側継手部材2のトラック溝7Aは、開口側に、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの半径方向外側で、かつ継手中心Oから開口側にオフセットした点Oo1を曲率中心とした円弧状の第2トラック溝部7Abを有する。コンパクト設計の中で、この第2トラック溝部7Abの存在により、有効トラック長さを増加させることができ、最大作動角を大きくすることができる。そのため、図示のように、最大作動角θmaxを50°程度の高角にしても、必要十分な入口チャンファ10を設けた状態でボール4とトラック溝7A(の第2トラック溝部7Ab)との接触状態を確保することができる。
なお、高作動角の範囲では、周方向に配置されたボール4が、第1トラック溝部7Aa,9Aa(7Ba,9Ba)と、第2トラック溝部7Ab,9Ab(7Bb,9Bb)とに一時的に分かれて位置する。これに伴い、保持器5の各ポケット部5aにボール4から作用する力が釣り合わず、保持器5の球状外周面12と外側継手部材2の球状内周面6との接触部、および保持器5の球状内周面13と内側継手部材3の球状外周面8との接触部において接触力が発生するが、高作動角の範囲は使用頻度が少ないため、本実施形態の等速自在継手1は、総合的にみるとトルク損失や発熱を抑制できる。したがって、トルク損失および発熱が少なく高効率で、高作動角を取ることができ、高作動角時の強度や耐久性にも優れたコンパクトな固定式等速自在継手を実現することができる。
本発明の実施形態に係る等速自在継手1では、以上で述べた構成に加え、以下に示すような技術手段を採用した。
具体的には、図7に示すように、外側継手部材2のうち、相手部材としてのボール4が接触した状態でボール4との相対移動が繰り返される部位(面)であるトラック溝7(7A,7B)の画成面に、ボール4との摩擦抵抗を低減するための表面処理を施した(表面処理を施す部位は斜線ハッチングで示す部位である。以下の説明で参照する図8〜13においても同様。)。表面処理としては、例えば、固体潤滑剤を含む潤滑被膜の形成処理(潤滑剤コーティング)、潤滑油溜りとしての微小凹部を無数に形成するバレル処理、樹脂被膜の形成処理(樹脂コーティング)、ショットピーニングやショットブラスト等に代表される表面改質処理などを施すことができる。
なお、上記の表面処理は、外側継手部材2のトラック溝7に替えて、もしくはこれに加えて、図8に示すように、内側継手部材3のうち、ボール4が接触した状態でボール4との相対移動が繰り返される部位であるトラック溝9(9A,9B)の画成面に施しても良い。
また、上記の表面処理は、外側継手部材2のトラック溝7および/又は内側継手部材3のトラック溝9の画成面に加え、もしくはこれらに替えて、(1)外側継手部材2のうち、保持器5との摺動接触が繰り返される球状内周面6(図9参照)、(2)内側継手部材3のうち、保持器5との摺動接触が繰り返される球状外周面8(図10参照)、(3)外側継手部材2のトラック溝7、内側継手部材3のトラック溝9および保持器5のポケット部5aとの摩擦が繰り返されるボール4の外表面(図示省略)、(4)保持器5のうち、外側継手部材2との摺動接触が繰り返される球状外周面12(図11参照)、(5)保持器5のうち、内側継手部材3との摺動接触が繰り返される球状内周面13(図12参照)、(6)保持器5のうち、ボール4との摩擦が繰り返されるポケット部5aの画成面(図13参照。但し、同図に示すように、軸方向に対向する面のみで良い)などに施すこともできる。要するに、上記の表面処理は、相手部材との摩擦が繰り返される面の少なくとも一つに施せば良く、どの面に上記の表面処理を施すかは、必要とされる効率性やコスト面を考慮して適宜選択すれば良い。以上で述べた表面処理は、後述する他の実施形態に係る等速自在継手1においても同様に採用することができる。
以上のような表面処理を施すことにより、常用角を含む使用頻度の多い作動角の範囲内のみならず、比較的使用頻度の少ない作動角(高作動角)の範囲内でも、継手構成部材同士の接触部における摩擦抵抗を低減することができる。これにより、トルク損失や発熱を一層抑制し、固定式等速自在継手1の更なる高効率化や長寿命化を達成することができる
図14に、本実施形態の固定式等速自在継手1を組み込んだ自動車のフロント用ドライブシャフト20を示す。固定式等速自在継手1は中間シャフト11の一端に連結され、他端には摺動式等速自在継手(図示例はトリポード型等速自在継手)15が連結されている。固定式等速自在継手1の外周面とシャフト11の外周面との間、および摺動式等速自在継手15の外周面とシャフト11の外周面との間に、それぞれ蛇腹状ブーツ16a,16bがブーツバンド18(18a、18b、18c、18d)により締め付け固定されている。継手内部には、潤滑剤としてのグリースが封入されている。本実施形態の固定式等速自在継手1を使用したので、トルク損失や発熱が小さく高効率で、かつ高作動角が取れ、軽量・コンパクトな自動車用ドライブシャフト20が実現される。このドライブシャフト20を搭載した自動車は、伝達効率が改善されることにより燃料消費を抑えることができる。
以上、本発明の第1実施形態に係る等速自在継手1について説明を行ったが、上述した等速自在継手1には本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更を施すことが可能である。以下、本発明の他の実施形態に係る等速自在継手について説明を行うが、以下では、上述した第1実施形態と異なる構成について重点的に説明を行うこととし、第1実施形態と実質的に同様の機能を奏する部材・部位には同一の符号を付して重複説明を省略する。
図15は、本発明の第2実施形態に係る固定式等速自在継手で使用される外側継手部材の部分断面図であり、より詳しくは、図4と同様に、トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面M[図2(a)参照]で見た外側継手部材の部分断面図である。この実施形態の等速自在継手が前述した第1実施形態の等速自在継手と異なる主な点は、第1トラック溝部の円弧状ボール軌道中心線の曲率中心を、継手の軸線N−Nに対して半径方向にオフセットさせ、これに対応して第2トラック溝部の円弧状ボール軌道中心線の構成を調整した点にある。
図15を参照しながら上記の相違点について詳述すると、この実施形態では、外側継手部材2の第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの曲率中心Oo3を、継手の軸線N−Nに対して半径方向にf2だけオフセットした点に位置させている(継手中心Oに対して軸方向のオフセットはない)。すなわち、垂線Kを含む作動角0°の状態の継手中心平面P上で半径方向にf2だけオフセットしている。これに伴い、第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbの曲率中心Oo4は、第2トラック溝部7bのボール軌道中心線Xbが第1トラック溝部7aのボール軌道中心線Xaの端部Aに滑らかに接続するよう位置が調整されている。この構成により、継手の奥側のトラック溝深さを調整することができる。そして、図示は省略するが、この外側継手部材2の内周には、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、この外側継手部材2の対となるトラック溝7と鏡像対称のトラック溝9を有する内側継手部材3と、ボール4および保持器5[図1等を参照]とが組み込まれ、これにより固定式等速自在継手が完成する。
図16は、本発明の第3実施形態に係る固定式等速自在継手で使用される外側継手部材の部分断面図であり、より詳しくは、図4と同様に、トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面M[図2(a)参照]で見た外側継手部材の部分断面図である。この実施形態の等速自在継手が前述した第1実施形態の等速自在継手と異なる主な点は、第2トラック溝部を直線状とした点にある。なお、図16には、図4と同様、傾斜方向が互いに異なるトラック溝7A,7Bのうちトラック溝7Aのみを示している。
図16を参照しながら上記の相違点について詳述すると、この実施形態における外側継手部材2のトラック溝7Aは、継手中心Oを曲率中心とする円弧状のボール軌道中心線Xaを有する第1トラック溝部7Aaと、直線状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7Abとからなり、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaに第2トラック溝部7Abのボール軌道中心線Xbが接線として滑らかに接続されている。そして、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aにおいて、第2トラック溝部7Abの直線状のボール軌道中心線Xbが接線として滑らかに接続されていること、および端部Aは継手中心Oよりも開口側に位置していることにより、直線状をなした第2トラック溝部7Ab(のボール軌道中心線Xb)は、開口側に向かうにつれて継手の軸線N−N[図1(a)参照]に接近する。そして、この外側継手部材2の内周には、図17や図18に示すように、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、この外側継手部材2の対となるトラック溝7(7A)と鏡像対称のトラック溝9を有する内側継手部材3と、ボール4および保持器5とが組み込まれ、これにより固定式等速自在継手が完成する。本実施形態の構成を採用することにより、最大作動角時の有効トラック長さを確保すると共にくさび角が過大になるのを抑制することができる。
図16に示す外側継手部材2を備えた等速自在継手が最大作動角を取った状態を図17に示す。上述したように、この実施形態の外側継手部材2のトラック溝7Aの開口側には、直線状のボール軌道中心線Xbを有する第2トラック溝部7Abが形成されている。コンパクト設計の中で、この第2トラック溝部7Abの存在により、最大作動角時における有効トラック長さを確保すると共にくさび角が過大になるのを抑制することができる。そのため、図示のように、最大作動角θmaxを50°程度の高角にしても、必要十分な入口チャンファ10を設けた状態でボール4と第2トラック溝部7Abとの接触状態を確保することができる。
さらに、本実施形態の等速自在継手の最大作動角時におけるトラック溝とボールの接触状態を図18(a)(b)に基づいて詳細に説明する。図18(a)に示すように継手が最大作動角θmaxを取ると、作動角0°の状態の継手中心平面Pに対してボール4の中心Obはθmax/2の位置に移動する。このとき、ボール4と第2トラック溝部7Abとの接触点Sが入口チャンファ10に最も近づく。直線状をなした第2トラック溝7Abのボール軌道中心線Xbは、円弧状をなした第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの端部Aに接線として接続されているので、外側継手部材2の開口側に行くにつれて継手の軸線N−Nに接近する方向に傾斜している。図18(b)に拡大して示すように、ボール4とトラック溝7Abとの接触点Sは、ボール4の中心Obを通って、ボール軌道中心線Xbに対して直角な平面T上に位置する。ボール軌道中心線Xbが直線状であるので、ボール4の中心Obと接触点Sとの間の軸方向の距離δは、図27(b)に示す従来の等速自在継手121よりも小さくなっており、その分、有効トラック長さが増加している。そのため、本実施形態では、最大作動角をとった状態で、入口チャンファ10のエッジ部と接触点Sとの間にトラック余裕量Uを確保することができ、ボール4とトラック溝7A(第2トラック溝部7Ab)との十分な接触状態を確保することができる。
次に、本実施形態の等速自在継手の最大作動角時におけるくさび角の状態について図19(a)(b)に基づいて説明する。まず、図19(a)に示すように、本実施形態の等速自在継手1が最大作動角時θmaxをとったとき、トラック溝7A,9A間に形成されるくさび角αは、回転方向の位相角が300°〜360°[図22(b)参照]において最も大きくなる。外側継手部材2の第2トラック溝部7Abの直線状ボール軌道中心線Xbは、第1トラック溝部7Aaの円弧状ボール軌道中心線Xaの端部Aにおいて、接線として接続されているので、作動角0°の状態では、外側継手部材2の開口側に向かうにつれて継手の軸線N−Nに接近する方向に傾斜している。一方、内側継手部材3の第2トラック溝部9Abの直線状ボール軌道中心線Ybは外側継手部材2の直線状ボール軌道中心線Xbとは反対方向に傾斜している。したがって、第2トラック溝部7Ab、9Abは、作動角0°の状態で、外側継手部材2の開口側に向かうにつれて(両者間の径方向離間距離が)狭まるように形成されている。このため、最大作動角時におけるくさび角αを減少させることができる。その結果、直線状の第2トラック溝部7Ab、9Abに挟まれたボール4が開口側に飛び出そうとする力が減少し、保持器5のポケット荷重が減少し、高作動角時における保持器5の強度を確保することができる。
最大作動角時におけるくさび角αを減少させることができる理由を、図19(b)に基づいて具体的に説明する。図19(b)には、本実施形態に係る等速自在継手1の外側継手部材2および内側継手部材3の第2トラック溝部を7Ab、9Abで示す。そして、本実施形態の構成を採用する過程で検討した比較例1に係る等速自在継手の外側継手部材および内側継手部材の第2トラック溝部を7Ab’、9Ab’で示し、比較例2に係る等速自在継手の外側継手部材および内側継手部材の第2トラック溝部を7Ab”、9Ab”で示す。なお、比較例1は、作動角0°の状態で、溝底が継手の軸線N−Nと平行に延びるような第2トラック溝部7Ab’,9Ab’を形成した等速自在継手であり、比較例2は、作動角0°の状態で、溝底間の径方向離間距離が外側継手部材の開口側に向かって徐々に拡大するような(溝底が外側継手部材の開口側に向かうにつれて離隔するような)第2トラック溝部7Ab”,9Ab”を形成した等速自在継手である。
上述したように、本実施形態の等速自在継手1では、作動角0°の状態における第2トラック溝部7Ab,9Abの溝底間の径方向離間距離が外側継手部材2の開口側に向かって徐々に狭まるように形成されている。そのため、最大作動角時のくさび角αは小さくなる。これに対して、比較例1の等速自在継手では、作動角0°の状態で、第2トラック溝部7Ab’,9Ab’の溝底が継手の軸線N−Nと平行に形成されているので、最大作動角時のくさび角α’は本実施形態のくさび角αよりも大きくなる。さらに比較例2の等速自在継手では、作動角0°の状態における第2トラック溝部の溝底間の径方向離間距離が外側継手部材の開口側に向かって徐々に拡大するように第2トラック溝部7Ab”,9Ab”が形成されているので、最大作動角時のくさび角α”は、比較例1の最大作動角時のくさび角α’よりも大きくなる。以上のことから、本実施形態の等速自在継手1では、最大作動角時のくさび角αを、比較例1および比較例2に係る等速自在継手に比べて小さくすることができる。有効トラック長さの点では比較例1および比較例2の方が増加するが、実用上の固定式等速自在継手としては、最大作動角時における有効トラック長さの確保とくさび角の抑制とを両立できる本実施形態が好ましい。
図20は、本発明の第4実施形態に係る固定式等速自在継手で使用される外側継手部材の部分断面図であり、より詳しくは、図4と同様に、トラック溝7Aのボール軌道中心線Xと継手中心Oを含む平面M[図2(a)参照]で見た外側継手部材の部分断面図である。この実施形態の等速自在継手が前述した第1実施形態の等速自在継手と異なる主な点は、前述した第3実施形態で採用した構成に加え、第1トラック溝部の円弧状ボール軌道中心線の曲率中心を継手の軸線N−Nに対して半径方向にオフセットさせ、これに対応して第2トラック溝部の直線状ボール軌道中心線の構成を調整した点にある。すなわち、この実施形態の等速自在継手は、前述した第2および第3実施形態に係る等速自在継手の特徴点を併せ持つ。
具体的に述べると、外側継手部材2の第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aは第1実施形態と同じであるが、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの曲率中心Oo3は、継手の軸線N−Nに対して半径方向にf2だけオフセットした点に位置している(継手中心Oに対する軸方向のオフセットはない)。これに伴い、第2トラック溝部7Abの直線状のボール軌道中心線Xbは、第1トラック溝部7Aaのボール軌道中心線Xaの開口側端部Aに接線として接続するよう調整されている。この構成により、継手の奥側のトラック溝深さを調整することができる。そして、図示は省略するが、図20に示す外側継手部材2の内周には、作動角0°の状態の継手中心平面Pを基準として、この外側継手部材2の対となるトラック溝7と鏡像対称のトラック溝9を有する内側継手部材3と、ボール4および保持器5[図1等を参照]とが組み込まれ、これにより固定式等速自在継手が完成する。
図21に、本発明の第5実施形態に係る固定式等速自在継手で使用される保持器の断面図を示す。同図に示す保持器5は、球状外周面12および球状内周面13の曲率中心が継手中心Oに対して軸方向にオフセットしている点において、前述した第1実施形態に係る固定式等速自在継手で用いられる保持器5と構成を異にしている。
詳述すると、図21に示すように、この保持器5の球状外周面12の曲率中心Oc1は継手中心Oに対して開口側に寸法f3だけオフセットしており、また、球状内周面13の曲率中心Oc2は継手中心Oに対して奥側に寸法f3だけオフセットしている。かかる構成により、開口側に向かって保持器5の肉厚が徐々に厚くなり、特に高作動角時の保持器5の強度を向上することができる。前述したように、高作動角の範囲では、周方向に配置されたボール4が、第1トラック溝部7Aa,9Aa(7Ba,9Ba)と、第2トラック溝部7Ab,9Ab(7Bb,9Bb)とに一時的に分かれて位置する。この場合、第2トラック溝部7Ab,9Ab(7Bb,9Bb)に位置するボール4から保持器5のポケット部5aに開口側に押圧する力が作用するが、開口側に向かって保持器5の肉厚が徐々に厚くなっているので、保持器5の強度を向上することができる。また、奥側のトラック溝7(第1トラック溝部7a)のトラック溝深さを増加させることができる。なお、この実施形態の保持器5は、以上で説明した各実施形態の固定式等速自在継手に組み込んで使用可能である。
以上の説明では、8個のボール4を備えた固定式等速自在継手に本発明を適用したが、本発明は、ボールの個数が10個、又は12個とされた固定式等速自在継手にも好ましく適用することができる。
また、以上では、外側継手部材2および内側継手部材3のトラック溝7,9に、円弧状又は直線状のボール軌道中心線を有する第2トラック溝部を形成したが、これに限られるものではない。すなわち、第2トラック溝部は、第1トラック溝部とは形状が異なり、有効トラック長さを増加させて高作動角化が図れる形状であれば適宜の形状(例えば、楕円状)にすることができる。
また、以上では、トラック溝を周方向に等ピッチで配置した固定式等速自在継手に本発明を適用した場合を示したが、トラック溝を不等ピッチで配置した固定式等速自在継手にも本発明は好ましく適用し得る。また、以上で説明した固定式等速自継手においては、継手の軸線N−Nに対するトラック溝(第1トラック溝部)の傾斜角γをすべてのトラック溝において等しいものとしたが、これに限られず、対をなす外側継手部材と内側継手部材のトラック溝(第1トラック溝部)の傾斜角γが等しく形成されていれば、トラック溝(第1トラック溝部)の相互間で傾斜角γを異ならせても構わない。要は、保持器5の周方向すべてのポケット部5aに作用するボールの軸方向の力が、全体として釣り合うように各傾斜角度が設定されていればよい。また、以上では、トラック溝とボール4とが接触角をもって接触する(アンギュラコンタクトする)ように構成された固定式等速自在継手に本発明を適用したが、これに限られず、本発明は、トラック溝の横断面形状が円弧状に形成され、トラック溝とボールとがサーキュラコンタクトするように構成された固定式等速自在継手にも好ましく適用することができる。
本発明は前述した実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々の形態で実施し得ることは勿論のことである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。