本発明の一般的な課題は、上述したように、リフレクトアレーの反射特性を簡易かつ効果的に改善することが可能なリフレクトアレー及び設計方法を提供することである。
本発明の第1の具体的な課題は、パッチの配線層が一層である(多層構造にしない)構造で、広い範囲の反射位相(実質的に360度の範囲をカバーできること)を実現することである。
本発明の第2の具体的な課題は、リフレクトアレーを構成する全ての素子のキャパシタンスを一律に変更可能にすることである。
本発明の第3の具体的な課題は、リフレクトアレーを構成する全ての素子のインダクタンスを一律に変更可能にすることである。
本発明の第4の具体的な課題は、リフレクトアレーのキャパシタンス、もしくはインダクタンスを一律に変更することで、リフレクトアレーの特性を変化させることである。
本発明によれば、マッシュルーム構造を用いたリフレクトアレーの設計において、マッシュルームのビアとビアの間に生じるキャパシタンスの値を、すべての素子において等しい値にしたまま、各素子ごとに位相の異なるリフレクトアレーを実現することが可能となる。
更に本発明によれば、マッシュルーム構造を用いたリフレクトアレーの設計において、マッシュルームの高さを変えることにより、キャパシタンスの値を決定するマッシュルーム素子間の隙間を一定にしたまま、インダクタンスLの値だけを変更することが可能となる。
本発明の一実施形態によれば、マッシュルーム素子で構成されるマッシュルームリフレクトアレーのキャパシタンスCとインダクタンスLは、全て同じ値であり、反射位相の値は、主に素子間隔で決定される。この実施形態の場合、素子間隔の値を変えることで、反射位相の値が変化するため、従来のような複雑な多層構造にする必要がない。また、全ての素子で同じ高さのビアをもちいるため、ビアの長さを一斉に変化させることで、インダクタンスの値を一斉に変えることが可能となる。また、全ての素子で同じ大きさのギャップを用いるため、パッチの長さを一斉に変化させることで、キャパシタンスの値を一斉に変えることが可能となる。
以下、添付図面を参照しながら本発明による実施形態を次の観点から説明する。
1.好ましい実施形態
1.1 斜め入射及び二共振特性
1.2 素子グループ
1.3 設計手順
1.4 シミュレーション結果
2.変形例
2.1 斜め入射を利用する変形例
2.2 二共振特性を利用する変形例
2.3 素子間隔を調整する変形例
2.4 更なる変形例
2.5 更なる変形例
2.6 更なる変形例
2.7 更なる変形例
<1.好ましい実施形態>
従来のマッシュルームリフレクトアレーは、隣接する素子のパッチ間のギャップの大きさで決まるキャパシタンスCとビアの長さで決まるインダクタンスLの値を素子ごとに変えている。これにより素子ごとにLC共振する周波数を変えることで、各マッシュルーム素子の反射位相の値を変えていた。このため、キャパシタンスやインダクタンスの変化する範囲を十分にとるために多層構造をとる必要があった。また、各キャパシタンスやインダクタンスの値は素子ごとに変化させる必要があった。このため、リフレクトアレーの特性を変化させるために、全ての素子のキャパシタンスやインダクタンスを一斉に同じ値で変化させることは困難であった。これに対して本発明では、反射位相の値は、素子間隔で決定されるため、導電層が一層である構造のリフレクトアレーを作成しやすくなる。さらに、全ての素子でギャップが同じ大きさであるため、このギャップの値を変えることで全ての素子のキャパシタンスを同時に変化させることができる。また、ビアの長さを変えることによって、全ての素子のキャパシタンスの値を一定にしたままインダクタンスLの値を一度に変化させることができる。このため、LとCの値を変化させることで制御可能なリフレクトアレーの実現が可能となる。
以下、好ましい実施形態に従って形成されるリフレクトアレーを説明する。リフレクトアレーが受信及び反射する電波は、電場の振幅方向が反射面に沿っているTM波であるとする。反射面とは入射波及び反射波を含む平面である。リフレクトアレーはマッシュルーム構造で形成された複数の素子を含む。図3に示すように、電波は入射角θiの方向からリフレクトアレーに入射し、反射角θrの方向へ反射するものとする。リフレクトアレーは多数の素子が基板に設けられている構造を有し、個々の素子は地板とパッチとそれらの間の誘電体基板とを有するマッシュルーム構造で形成され、地板及びパッチはビアを介して接続されている。地板はグランドプレート又は接地面とも言及される。図4はリフレクトアレーの一部分を示す。図には4つの素子しか示されていないが、実際には更に多数の素子が存在する。なお、説明の便宜上、本願においてはリフレクトアレーを構成する素子の地板に垂直な方向がz軸であるとするが、座標軸の取り方は任意である。
<<1.1 斜め入射及び二共振特性>>
図4に示すような構造を有するリフレクトアレーにTM波がz軸に対して入射角θiで入射する場合、反射波の反射位相Γは次のように表現できる。
ただし、共振周波数r
fは、
r
f=f
p/√ε
r (数式3)
により表現されるものとする。f
pはプラズマ周波数を示す。ε
rはパッチ及び地板の間に介在する誘電体基板の比誘電率を示す。プラズマ周波数f
pはプラズマ波数k
pと次の関係を満たす。
fp=kpc/(2π) (数式4)
ただし、cは光速を示す。プラズマ波数kpは素子間隔Δxと次の関係を満たす。
ただし、dvはビアの直径を示す。なお、上記の数式(1)において、ε
ZZはビアに沿った金属媒体の実効誘電率を示しており、以下の補足式1で表される(この点については、非特許文献1参照)。ε
hはマッシュルームを構成する基板の比誘電率を示し、η
0は自由空間のインピーダンスを示す。k
0は自由空間の波数を示し、kはマッシュルーム媒体の波数を示しており、以下の補足式2で表される。k
zは波数ベクトル(波動ベクトル)のz成分を表しており、以下の補足式3で表される。
なお、数式1におけるZ
gは表面インピーダンスを示し、次式の関係を満たす。
ここで、η
effは以下の補足式4で表される、実効インピーダンスを示し、αは以下の補足式5で表されるグリッドパラメータである。
先ず、図4に示すようなリフレクトアレーを構成する素子の反射位相の周波数特性を考察する。具体的には、
設計周波数=11GHz(波長=27.3mm)、
基板の厚みt=1mm、
誘電体の比誘電率ε
r=10.2及び
素子間隔Δx=Δy=2.25mm
とした場合、
共振周波数r
fは、10.5GHzであった。このとき、反射位相がゼロとなる周波数は、このスプリアス共振より低い周波数と高い周波数の2箇所にあらわれ同相になる。したがって、この二つの反射位相がゼロとなる周波数の間で位相が360度一回転する。これらの数値例は単なる一例に過ぎず、適切な如何なる数値が使用されてもよい。なお、図4及び以下の説明において、素子間隔は、隣接する素子のビア同士の間の距離Δ
V(Δx又はΔy)として定義されてもよいし、別の定義が使用されてもよい。例えば、隣接するパッチ間のギャップの中心から次のギャップの中心までの距離Δ
Pが、素子間隔であると定義されてもよい。
図5は、入射角θiが70度及び30度のそれぞれの場合について反射位相の周波数特性を示す。破線は入射角θi=30度の場合の理論値を示す。図5−7の説明における「理論値」は上記の(数式1)を用いて算出された値である。反射位相φの理論値は(数式1)の反射係数Γの偏角又は位相角(φ=arg(Γ))として求めることができる。丸印は入射角θi=30度の場合について電磁解析ツール(HFSS)により求めた反射位相のシミュレーション値を示す。実線は入射角θi=70度の場合の反射位相の理論値を示す。四角印は入射角θi=70度の場合について電磁解析ツール(HFSS)により求めた反射位相のシミュレーション値を示す。何れも11GHz付近において共振しているが、反射位相の周波数特性は入射角に依存して異なっていることが分かる。
次に、11GHzのTM波を適切な方向へ反射させることを考察する。背景技術において言及したように、リフレクトアレーが適切な方向へ電波を反射させるには、所定数個の素子各々の反射位相が0度から360度までの範囲内で適切に設定されていることが好ましい。反射位相の範囲の始点及び終点は任意であり、上記のように0〜360度でもよいし、或いは−180〜+180度でもよい。
一般に、素子の二次元配列を有するリフレクトアレーにおいてm番目の素子グループに属する素子の反射位相φmは、次のように表現できる(m=1,...,M)。
この場合において、素子グループは同じ反射位相を実現する複数の素子を含むが、この点については後述する。ベクトルr
mはm番目の素子グループの位置ベクトルであり、大きさはr
mである。λは電波の波長を示す。ベクトルU
iは入射波の進行方向に沿う単位ベクトルを示す。ベクトルU
rは反射波の進行方向に沿う単位ベクトルを示す。素子グループに属する複数の素子が一列に並んでいる場合、位置ベクトルr
mは先頭の素子のビアの位置を指してもよいし、複数の素子の中の中心の素子のビアの位置を指していてもよい。例えば同じ素子グループに属する素子が5つ並んでいた場合、位置ベクトルは1番目の素子のビアの位置を指してもよいし、中心の3番目の素子のビアの位置を指していてもよい。
図6は入射角θi=0度の場合における反射位相と素子間隔の関係を示す。すなわち、図6は入射角θiが0度である場合における反射位相を素子間隔の関数として表現したものである。実線は理論値を示す。四角印は正方形のパッチを使用した場合のシミュレーションによる値を示す。図6に示すグラフにおいては、横軸が素子間隔であることに留意を要する。この点、素子間隔を一定に維持しつつ、反射位相及びパッチサイズの対応関係(例えば、図2)を利用している従来技術と異なる。更に、本実施形態においては、隣接する素子のパッチ同士の間の隙間(ギャップ)は、リフレクトアレー内の任意の素子について共通に設定される。この点、ギャップが場所によって異なっている従来技術と異なる。すなわち、本実施形態は、素子間隔を一定にしつつパッチサイズを可変にする(ギャップはそれに応じた値に設定される)のではなく、素子間隔を可変にしつつギャップを一定にしている(パッチサイズはそれに応じた値に設定される)。このようにすることで、過剰に狭いギャップを形成しなければならなくなる従来の問題を、効果的に回避することができる。更に、反射係数Γの理論式である(数式1)においては、(数式2)を考慮すると、素子間隔Δxが直接的に含まれている。これに対して、パッチサイズWx及び/又はWyは(数式1)に直接的に含まれてはいない。このため、パッチサイズを調整するよりも、素子間隔を調整した方が、反射係数すなわち反射位相を的確に制御できる。
しかしながら素子間隔を制御した場合であっても、図6に示されているように、±180度付近の反射位相を実現することは困難である。この問題を解決するため、本実施形態では、入射角θiが0度より大きい角度をなすようにする。すなわち、入射波がz軸に対して斜めに入射するようにする。上述したように、反射位相と素子間隔との間に成立する関係は入射角θiに応じて異なるので、入射角θiが0度でない場合、反射位相と素子間隔との間に成立する関係は、もはや図6に示すものではなくなる。
図7は入射角θi=70度の場合における反射位相と素子間隔の関係を示す。すなわち、図7は、入射角θiが70度である場合における反射位相を素子間隔の関数として表現したものである。「理論値」は上記の(数式1)を用いて算出された値である。三角印は長方形のパッチが使用された場合についてのシミュレーション値を示す。長方形のパッチとは図4においてWx又はWyの一方を例えば上記の2.25mmに固定し、他方を可変に設定する場合のパッチである。四角印は正方形のパッチが使用された場合についてのシミュレーション値を示す。丸印は後述のシミュレーションの際に使用された反射位相及び素子間隔の組み合わせを示す。なお、理論値の計算で使用される(数式1)は正方形のパッチが使用されることを前提としている。
図7に示されているように、素子間隔が1mmから2.25mmへ増加するにつれて、反射位相は60度付近から−180度まで徐々に減少している。そして、素子間隔が2.25mmから2.5mmへ増加する場合には、反射位相は+180から−60度付近まで急激に減少し、素子間隔が2.5mmから3.5mmへ増加する場合には、反射位相は−60度付近から−120度付近まで緩やかに減少している。このように、±180度の範囲内の任意の値の反射位相が、何らかの値の素子間隔に対応しているので、少なくとも理論上は全ての反射位相を実現できる。ただし、反射位相は、2.25mmの素子間隔において−180度から+180度へ変化している。一方、図7において、位相がゼロとなる素子間隔が2箇所存在しており、その間、位相は0度から−180度180度から0度と、360度分連続的に変化している。このような形状の特性を「二共振特性」と言及する。したがって、本実施例では、360度分いずれの所望反射位相に対しても、該当する素子間隔を選択することが可能となる。
本実施形態では、反射位相及び素子間隔の関係が二共振特性を示すように、(数式1)に含まれている各種のパラメータが選択される。二共振特性を示す反射位相及び素子間隔の関係を活用することで、任意の値の反射位相をもたらす素子を実現できるようになり、リフレクトアレーの反射特性を改善することができる。その場合、パッチ同士の間のギャップを一定に保つことができるので、極端に狭いギャップを形成しなければならなくなってしまうこともない。素子の具体的な設計手順については後述する。
なお、二共振特性を利用する場合、反射位相を素子間隔の関数として表現したグラフだけでなく、反射位相を他のパラメータの関数として表現したグラフが使用されてもよい。そのような他のパラメータの具体例は、個々の素子のパッチサイズや、隣接する素子のパッチ同士の間の隙間(ギャップ)のサイズ等である。
更に、二共振について、図21を用いて説明する。上述のとおり、マッシュルーム構造にTM波(電界が入射面と平行であり、ビアと平行な波)が斜めから入射する場合、共振周波数rfは、10.5GHzであり、ここで反射位相は−180度から+180度へ(連続的に)変化する。この場合、反射位相が0となる周波数(反射位相の正負が逆転する周波数)は、図21に示されているように、約8.75GHzと12.05GHzの二箇所に現れている。すなわち、8.75GHzから12.05GHzまで周波数が変化する間に、位相が360度変化している。この反射位相が0となる周波数を上記のrfとは別にマッシュルーム構造の共振周波数と呼んでおり、正面入射では、約9.5GHzの1箇所で共振するのに対して、斜めTM入射では2箇所で共振するため二共振と呼んでいる。
<<1.2 素子グループ>>
入射波がz軸に対して斜めに入射する場合、パッチによる反射だけでなく、地板による反射も考慮する必要がある。
図8は入射角θiで斜めに入射した電波が地板によって反射される様子を示す。x軸方向に並んでいる素子の各々に便宜的にM0、M1、...、MN、MN+1のラベルが付されている。地板に対するパッチの高さ(すなわち、ビアの長さ)はtであるとする。地板において鏡面反射が起こるとすると、反射波は反射角θiの方向に進む。この場合、リフレクトアレーにおいて入射波が入って来る地点と反射波が出て行く地点との間の距離Xuは、Xu=2×t×tanθiである。この距離Xuの範囲内にある素子M1、...、MNは同じ反射位相を実現するように設計されていることが望ましい。言い換えれば、リフレクトアレーを形成する素子を設計する場合、Xu=2×t×tanθiの範囲内に収まる複数の素子が同一の寸法や形状(同じ値の設計パラメータ)を有するように、それら複数の素子を含む素子グループ毎に設計パラメータが決定される。Xuの長さを有する素子グループに含まれる素子の数は、図示の例ではNは(Xu/Δx)を超えない最大の整数であるが、Xuの範囲内にN個の素子が含まれていることは必須でない。Xuの範囲内に、N個より少ない素子しか含まれていなくてもよい。1つの素子グループの中で複数の素子が同じ値のパラメータで設計されていればよいからである。
説明の便宜上、図8はx軸方向しか示していないが、実際にはy軸方向についても同様な議論が成り立つ。従って一般的に言えば、素子グループの各々は、z軸に垂直な少なくとも1つの軸方向に伸びる或るサイズを有し、その或るサイズは、基板の厚みと電波の入射角度の三角比との積の2倍以上の長さである。そのようなリフレクトアレーにおいて、複数の素子を含む素子グループが、x軸及びy軸方向に複数個設けられ、個々の素子グループは、少なくとも隣接する素子グループとは異なる反射位相を実現する。
<<1.3 設計手順>>
図9Aを参照しながら、リフレクトアレーを構成する素子の素子間隔を決定する設計手順を説明する。当該設計手順は、例えば、プロセッサとメモリとを有するコンピュータや計算装置により実現されてもよい。この場合、当該設計手順は、メモリに格納された後述されるフローをプロセッサに実行させるためコンピュータプログラムを当該プロセッサが実行することによって実現される。あるいは、当該設計手順は、後述されるフローを実行するよう配線設計された回路やハードウェア構成により実現されてもよい。図9Aには、そのような設計手順の一例を示すフローチャートが示されている。フローはステップS901から始まり、ステップS903に進む。
ステップS903において、事前に決定する必要があるパラメータ及び事前に決定することが可能なパラメータの値が決定される。例えば、設計周波数、誘電体基板の厚み、誘電体基板の比誘電率、電波の入射角、電波の反射角等のパラメータの値がユーザ等により予め設定され、メモリに記憶される。これらのパラメータに従って、反射位相と素子間隔との間にどのような関係が成り立つかが決まる。説明の便宜上、反射位相と素子間隔の間に成立する関係が二共振特性を示すように、各種のパラメータの値が決定されているものとする。ただし、二共振特性を示すように決定することは必須ではない。何らかのパラメータの組み合わせにより二共振特性が得られるか否かは、例えば上記の(数式1)から算出される反射位相arg(Γ)が素子間隔Δxに対してどのように変化するかを調べることで判定できる。
ステップS905において、所与の入射角で電波が入射して反射する場合の反射位相と素子間隔の間に成立する関係を表すデータが取得され、メモリに記憶される。そのようなデータの具体例は図6及び図7に示すような反射位相と素子間隔との対応関係を示すデータである。このような対応関係のデータは、一例として、(数式1)を用いて理論的に求められてもよい。ただし、その場合、パッチは正方形を前提としていることに留意を要する。あるいは、対応関係のデータは、シミュレーション又は実験により求められてもよい。何れにせよ、ある素子間隔Δxで素子が多数(理論的には無限個)並んでいるモデル構造に、電波が入射角θiで入射して反射する場合の反射位相が算出又は測定される。様々な素子間隔について反射位相を求めることで、図6や図7に示すような対応関係のデータを取得することができる。理論式、シミュレーション又は実験の方法の何れが使用されるにせよ、ステップS905において、反射位相が素子間隔の関数として求められ、その関数を表すデータがメモリに記憶される。なお、反射位相が素子間隔の関数であることは本発明において必須ではなく、反射位相を他のパラメータの関数として表現した対応関係のデータがメモリに記憶されてもよい。そのような他のパラメータの具体例は、個々の素子のパッチサイズや、隣接する素子のパッチ同士の間の隙間(ギャップ)のサイズ等である。
ステップS907において、上述した数式7、8などに基づき、特定の素子が実現しなければならない反射位相がプロセッサにより決定される。入射角θiが0度である場合、特定の素子は1つでもよい。しかしながら、入射角θiが0とは異なる角度であった場合、特定の素子グループに属する全ての素子に共通する反射位相が決定される。上述したように、1つの素子グループは、2×t×tanθiの範囲内に収まる個数の素子を含む。
ステップS909において、特定の素子が実現しなければならない反射位相に対応する素子間隔が、メモリに記憶されている対応関係のデータに従ってプロセッサにより決定される。ギャップが一定である場合、素子間隔及びギャップから、パッチサイズが導出される。
ステップS911において、全ての素子について素子間隔が決定されているか否かがプロセッサにより判定され、未だ決定されていなければ、フローはステップS907に戻って残りの素子について、反射位相及び素子間隔がプロセッサにより決定される。ステップS911において、全ての素子について素子間隔が決定されている、とプロセッサにより判定された場合、フローはステップS913に進み、終了する。
このように、特定の素子が適切な特定の反射位相を実現するように、特定の素子の素子間隔を所定の対応関係に従って決定する手順が、複数の素子各々について反復される。すなわち、反射位相を決定し、素子の位置(位置ベクトル)及び素子間隔を決定する手順を反復することで、個々の素子の具体的な設計パラメータが決定される。その結果、例えば図10に示すように素子間隔及びパッチサイズが決定される。或いは、複数の素子グループ毎に異なる特定の反射位相で入射波を反射するように、特定の素子グループに属する複数の素子に共通する素子間隔を所定の対応関係に従って決定する手順が、複数の素子グループ各々について反復される。このようにして、リフレクトアレーを構成する素子の素子間隔が決定される。その結果、例えば図11に示すように素子間隔及びパッチサイズが決定される。
上述したように、素子間隔と反射位相の所定の対応関係(例えば、図6や図7等)から所望の反射位相とその反射位相に対応する素子間隔とを順番に決定してゆくことで、反射位相が360度の範囲にわたって徐々に変化する素子配列を作成できる。そのような素子配列を多数並べることで所望の反射特性を有するリフレクトアレーを実現することができる。例えば、一列に並んだ11個の素子を用いてそのような素子配列を形成する場合、隣接する2つの素子による反射位相差は約32.73度である。しかしながら、1つの反射位相を決定し、その反射位相に対応する素子間隔を決定しながら、全ての素子について順番に素子間隔を決定した場合、その設計による素子配列の中で実際に実現される反射位相が所望の値でなくなってしまうことが懸念される。なぜなら、反射位相は、素子間隔の境界で決定されるのではなく、隣接する素子のパッチ同士の間(ギャップ)の中央で決定されるからである。図9Bは、1つの反射位相を決定し、その反射位相に対応する素子間隔を決定しながら、11個の素子について順番に素子間隔を決定することで素子配列を作成した場合に、個々の素子で実現される反射位相が、所望の反射位相からどれだけずれているかの差分(度)を示す。素子が所望の反射位相を実現できていた場合、差分は0であるので、理想的には11個の全ての位置又は座標(mm)において差分は0である。しかしながら、図示されているように、個々の素子で実際に実現される反射位相は、理想的な値からずれてしまっている。以下に説明する改善例は、反射位相がパッチ間のギャップの中央で決定されることを考慮して、素子間隔を適切に決定してゆく方法を示す。
図9Cは、素子間隔を決定する設計手順において使用可能な改善例によるフローチャートを示す。当該設計手順は、例えば、プロセッサとメモリとを有するコンピュータや計算装置により実現されてもよい。この場合、当該設計手順は、メモリに格納された後述されるフローをプロセッサに実行させるためコンピュータプログラムを当該プロセッサが実行することによって実現される。あるいは、当該設計手順は、後述されるフローを実行するよう配線設計された回路やハードウェア構成により実現されてもよい。図示の手順は、図9Aに示す設計手順におけるステップS907、S909及びS911を反復する際に使用可能である。フローはステップS921から始まり、ステップS923に進む。
ステップS923において、座標の原点Oが決定される。原点Oは、図9Dに示されているように、第1の素子#1のパッチと第2の素子#2のパッチとの間のギャップ(隙間)g1の中央に合わせて設定される。図9Dに示されているように、2以上の値のiについて、i番目の素子#iとi+1番目の素子#i+1との間の素子間隔はdviであり、パッチ間のギャップはgiである。dviは図4におけるΔx及びΔyに対応し、giは図4におけるgx及びgyに対応する。
ステップS925において、原点Oに対する初期位相φ1が決定される。初期位相は、0度や180度でもよいが、そのような値に限定されず、実施の形態に応じて任意の位相に設定されてよい。
ステップS927において、ステップS925で決定された初期位相φ1を実現するような素子間隔dv1が決定される。図6及び図7等に示すような反射位相と素子間隔との間の対応関係が事前にメモリに保存されており(図9AのステップS905)、この対応関係を参照することで、初期位相φ1を実現するのに必要な素子間隔dv1を決定できる。上述したように、このような反射位相と素子間隔との間の対応関係は、例えば電磁解析ツール(High Frequency Structure Simulator:HFSS)等を用いたシミュレーションにより求められてもよいし、実験により求められてもよい。
ステップS929において、i番目の素子に対する仮の素子間隔(仮素子間隔)dvpiが、所定の数値範囲の中から選択される。数値範囲は例えば1mm以上6.1mm以下の範囲内であるが、実施の形態はこれに限定されず、適切な如何なる数値範囲が設定されてもよい。iの初期値は2である。従って、初期位相φ1及び第1の素子間隔dv1が決定された後、2番目の仮素子間隔dvp2が、1mm以上6.1mmの範囲内で決定される。
ステップS931において、仮素子間隔dvpiが使用される場合のギャップgiの中心位置の座標ypiが算出される。一般に、ギャップgiの中心位置の座標ypiは次式で表現される。
ypi=dv1/2+・・・+dvi-1+dvpi/2 ・・・(Y)
ただし、iは2以上の整数である。例えば、i=2の場合、yp2=dv1/2+dvp2/2となり、i=3の場合、yp3=dv1/2+dv2+dvp3/2となる。
ステップS933において、仮素子間隔dvpiが使用される場合にギャップgiの中心位置で実現すべき理想的な反射位相φiが、次式に従って算出される。
φi=(ypi×2π/λ)(sin(θi)ーsin(θr)) ・・・(P)
数式(P)は上述した数式(8)に対応し、φiは原点Oに対する位相差である。θiは入射波がz軸に対してなす偏角を表し、θrは反射波がz軸に対してなす偏角を表す。λは電波の波長を表す(例えば、周波数が11GHzの場合、波長は27.3mmである)。
ここで、数式(P)は以下のようにして求めることができる。すなわち、反射位相Γについて、
が成り立っている。これらの式から、以下の式を導くことができる。
となる。上記の式にΔy=dv
1を代入することによって、数式(P)を導くことができる。
ここで、正面入射の場合、反射位相と素子間隔の関係は、以下のように表現できる。
これをdv
1について解くことによって値を求めることができる。次に数式(P)のdv
0にdv
1を代入し、さらにdv
1にdv
2を代入することによって、数式(Q)を用いて素子間隔を順次求めることができる。
ステップS935において、図6及び図7等に示すような反射位相と素子間隔との間の対応関係を参照し、仮素子間隔dpviに対応する反射位相φi SIMを求める。
ステップS937において、数式(P)から求めた理想的な反射位相φiと反射位相及び素子間隔の対応関係から求めた実際に実現される反射位相φi SIMとの差分を算出し、この差分を最も小さくする仮素子間隔dvpiが判定される。従って、所定の数値範囲内の仮素子間隔dvpiの値についてステップS929-S937の処理が実行され、「φi−φi SIM」を最も小さくする仮素子間隔dvpiの値が、実際の素子間隔dvi及び反射位相φiとして最適化される。
ステップS939において、数式(Y)に基づいて算出した大きさが、設計対象のリフレクトアレーの所望のサイズに到達したか否かが判定される。所望のサイズに到達した場合、フローはステップS941に進み、終了する。所望のサイズに到達していなかった場合、フローはステップS943に進む。
ステップS943において、決定されたばかりの反射位相φiが初期位相φ1と同一になったか否かが判定される。同一であった場合、φ1、φ2、...φiによる反射位相差の合計は360度になるので、フローはステップS941に進み、終了する。決定されたばかりの反射位相φiが初期位相φ1と同一でなかった場合、フローはステップS945に進む。
ステップS945において、iの値がインクリメントされ、フローはステップS929に戻る。以後、説明済みの処理が反復される。
このように改善例によるフローチャートでは、一定の数値範囲内の仮素子間隔(例えば、1mm≦dvpi≦6.1mm)のうち、「φi−φi SIM」を最も小さくする仮素子間隔dvpiの値を、実際の素子間隔dviとし、その素子間隔に対応する反射位相φiが実現される。このように、隣接する素子間のギャップの中央で反射位相が実現されることを考慮し、個々の素子間隔の最適化(dvpi→dvi)を行いながら素子間隔を決定するので、改善例による設計方法は、従来例よりも反射特性に優れたリフレクトアレーを実現できる。改善例に関するシミュレーション結果については、図9Eないし図9Hを参照しながら後述する。
<<1.4 シミュレーション結果>>
以下、上記の設計手順に従って素子間隔が決定されたリフレクトアレーについてのシミュレーション結果を説明する。
(1)図12Aは、シミュレーションで使用された素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、約40mm×40mmの寸法のリフレクトアレーが形成されているものとする。入射波及び反射波はzx面内にあり、電波はTM波であるとする。すなわち電場の振幅方向はzx面内にある。具体的には、電波はz軸に対して入射角θi=70度で入射し、反射角θr=−30度で反射するように、複数の素子の素子間隔等が決定されている。素子はマッシュルーム構造を有する。なお、図12Bに示すように、入射角及び反射角はそれぞれz軸を基準とした角度を示すが、角度の正負の方向が逆になっていることに留意を要する。
「1.2 素子グループ」において説明したように、複数の素子を含む素子グループ毎に反射位相及び素子間隔が決定される。3つの素子で1つの素子グループが形成され、図12Aに示す素子配列には6つの素子グループが含まれている。図12Eに示すように、隣接する3つの素子は同じ反射位相を実現するように設計されている(素子3つで1セットが形成される)。
図12Cは電波の散乱断面積を示し、入射波、反射波及び鏡面反射波の方向が参考のために示されている。図示されているように、反射角θr=−30度の所望方向に強い反射波が形成されている一方、鏡面反射方向等の不要な方向の電波は抑制されていることが分かる。反射角θrのプラス方向は入射角θiのプラス方向と逆向きなので、反射角θrが−30度の方向は、入射角θiが+30度の方向と同じである。
図12Dは入射波と反射波の位相の等高線を示す。概して、等高線に直交する矢印方向に電波が進行する。図示されているように、電波は入射角θi=70度で入射し、反射角θr=−30度で適切に反射していることが分かる。
仮に、x軸方向に並ぶ素子が素子グループを形成せずに設計された場合、例えば素子3つを1セットとして設計しなかった場合を考察する。例えばθ=70度のような斜め入射に対して所望方向θ=−30度に電波が反射するように、個々の素子の設計パラメータが決定される際に、隣接する素子が互いに異なる反射位相を実現するようにする。例えば、図12Fに示すように、10個の素子の位相及び座標(素子間隔)を決定することができる。図示されているように、隣接する素子は互いに異なる反射位相を実現し、かつ素子間隔が異なっている。図12Gは図12Fに示す10個の素子の反射位相と座標の関係を示す。図示されているように、2共振特性が示されており、反射位相は+180度から−180度までの範囲を実質的にカバーできている。図12F及び図12Gは10個の素子の場合についての数値例であるが、同様な観点から10個より多い素子を含むリフレクトアレーを設計することもできる。図12Hは、21個の素子がx軸方向に並べられている素子配列の平面図を示し、隣接する素子は互いに異なる反射位相を実現するように設計されている。図12Iは、図12Hに示す素子配列の側面図を示す。図12Jは、図12H及び図12Iに示すような素子配列を有するリフレクトアレーに電波が入射した場合における、反射波の遠方放射界を示す。電波がz軸に対してθ=+70度で入射した場合のグラフは実線で示されている。電波がz軸に対してθ=−70度で入射した場合のグラフは破線で示されている。何れのグラフも所望方向のθ=−30度とは異なる非所望方向θ=0度に強い反射波を形成していることを示す。これに対して複数の素子を1つのセットとして素子グループを形成して設計した場合は、図12Cに示すように所望方向に強い反射波を形成できる。このように本実施形態によれば、斜め入射の場合に適切な数の素子による素子グループを形成することで、反射位相が+180度から−180度までの範囲を実質的にカバーできるようにし、かつ所望方向に強い反射波を形成するリフレクトアレーを実現することができる。
(2)図13Aは、別のシミュレーションで使用された素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成されているものとする。電波は入射角θi=70度で入射し、反射角θr=30度で反射するように、素子配列当たり31個の素子(#1−#31)の素子間隔等が決定されている。素子はマッシュルーム構造を有する。「1.2 素子グループ」において説明したように、複数の素子を含む素子グループ毎に反射位相及び素子間隔が決定される。3つの素子で1つの素子グループが形成され、図13Aに示す素子配列には3つの素子をそれぞれが含む10個の素子グループと1つの素子とが含まれている。
図13Bは個々の素子の反射位相及び素子間隔を示す。
図13Cはxz面に関する電波の散乱断面積を示す。図示されているように、反射角θr=30度の所望方向に強い反射波が形成されている一方、不要な方向の電波は抑制されていることが分かる。
(3)図14Aは、別のシミュレーションで使用された素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成されているものとする。電波は入射角θi=70度で入射し、反射角θr=−30度で反射するように、素子配列当たり19個の素子(#1−#19)の素子間隔等が決定されている。素子はマッシュルーム構造を有する。「1.2 素子グループ」において説明したように、複数の素子を含む素子グループ毎に反射位相及び素子間隔が決定される。3つの素子で1つの素子グループが形成され、図14Aに示す素子配列には3つの素子をそれぞれが含む6個の素子グループと1つの素子とが含まれている。
図14Bは個々の素子の反射位相及び素子間隔を示す。
図14Cはxz面に関する電波の散乱断面積を示す。図示されているように、反射角θr=−30度の所望方向に強い反射波が形成されている一方、不要な方向の電波は抑制されていることが分かる。
(4)図4に関連して言及したように、素子間隔は隣接する素子のビアの間隔ΔVでもよいし、パッチ間のギャップの中心と次のギャップの中心との間の間隔ΔPでもよい。しかしながら素子間隔に何れの定義を使用するかによってパッチサイズや素子間隔等の具体的な値は異なる。以下、(4.1)素子間隔がビア同士の間隔ΔVである場合の寸法例と、(4.2)素子間隔がギャップ同士の間隔ΔPである場合の寸法例とを示す。先ず、双方に共通に使用されるパラメータの値は、図15に示されているとおりである。すなわち、誘電体基板の比誘電率、厚み(パッチの高さ又はビアの長さ)及びtanδはそれぞれ10.2、1mm及び0.0023であり、ビアの直径は0.1mmであるとする。
(4.1)図16Aは、素子間隔がビア同士の間隔ΔVである場合に使用された素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成される。概してx軸方向に伸びる一列の全長は37.86mmであり、y軸方向の長さ(列の幅)は2.25mmである。この1列の素子配列の中に18個の素子が含まれている。
図16Bはそれら18個の素子を示す。上段は各素子の素子番号を示し、下段は各素子のパッチをビアの位置と共に示す。個々の素子の具体的なパッチサイズ及び素子間隔は図16Cに示されている。
(4.2)図17Aは、素子間隔がギャップ同士の間隔ΔPである場合に使用された素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成される。概してx軸方向に伸びる一列の全長は37.86mmであり、y軸方向の長さ(列の幅)は2.25mmである。この1列の素子配列の中に18個の素子が含まれている。
図17Bはそれら18個の素子を示す。上段は各素子の素子番号を示し、下段は各素子のパッチをビアの位置と共に示す。個々の素子の具体的なパッチサイズ及び素子間隔は図17Cに示されている。
(5)図9Bないし図9Dを参照しながら説明したように、隣接する素子間のギャップの中央で反射位相が実現されることを考慮し、個々の素子間隔の最適化(dvpi→dvi)を行いながら素子間隔を決定することで、リフレクトアレーの反射特性を改善できる。以下、この改善例に関するシミュレーション結果を示す。
図9Eはシミュレーションに使用された素子配列の1列分を示し、このような素子配列がx軸及びy軸方向に多数並んでいる。改善例の方法で設計された10個の素子で1列分の素子配列が形成される。10個の素子各々に対する素子間隔及び反射位相は図9Fに示すとおりである。また、比較のため従来例の方法による設計例についてもシミュレーションが行われた。従来例では11個の素子で1列分の素子配列が形成される。なお、「従来例」とは図9Cに示す改善例に先行する技術であり、必ずしも本願出願前に公知であった技術ではない点に留意を要する。シミュレーションで想定されている従来例では、反射位相とその反射位相に対応する素子間隔とを決定する際、素子間隔を最適化することなく素子間隔が決定されている。すなわち、1つの反射位相を決定し、その反射位相に対応する素子間隔を決定することを単に反復することで、従来例による設計がなされている。従って図9Bに示すように、11個の素子各々が実際に実現する反射位相は、意図される反射位相から若干ずれる。
図9Hは改善例及び従来例により設計されたリフレクトアレーに関する電波の散乱断面積を示す。改善例及び従来例の何れについてもリフレクトアレーは入射角が70度(θi=70度)であり所望方向の反射角がー30度(θr=ー30度)であるように設計されている。なお、入射角θi及び反射角θrは鉛直方向(具体的には、z軸方向)に対する偏角として規定されるが、角度の正の方向が入射角θi及び反射角θrで逆である点に留意を要する。図示されているように、従来例によるリフレクトアレーも改善例によるリフレクトアレーも所望方向(−30度)の方向に最も強い反射を形成できている。このように反射波の所望方向と鏡面反射方向とを大きく相違させることができる点で、従来例も改善例も優れている。ただし、鏡面反射方向(ー70度)のレベルを比較すると、改善例は、個々の素子で適切な反射位相を実現できていることに起因して、必ずしも適切な反射位相を実現できていない従来例よりも、不要な鏡面反射波を小さく抑制できている。
<2.変形例>
上記の「1.好ましい実施形態」においては、電波が斜めに入射すること、二共振特性を示すグラフを使用すること及び素子間隔を調整することという3つの特徴が全て使用されていた。しかしながらそれは最良の形態であり、3つの特徴を全て使用することは必須ではない。3つの特徴の内の任意の1つ以上の特徴を使用することが可能である。
<<2.1 斜め入射を利用する変形例>>
例えば、電波がz軸に対して0度とは異なる角度で入射した場合において、反射位相及び素子間隔の間の関係は、二共振特性以外の特性を示していてもよい。また、反射位相が素子間隔の関数として表現されることは必須ではなく、反射位相が他のパラメータの関数として表現されてもよい。例えば、反射位相が、個々の素子のパッチサイズの関数として表現されてもよいし、或いは隣接する素子のパッチ同士の間の隙間(ギャップ)のサイズの関数として表現されてもよい。ただし、実現可能な反射位相の範囲を拡大する観点からは、「1.好ましい実施形態」のように、反射位相が素子間隔に対して、連続的に変化する関数であり、かつ、反射位相がゼロとなる共振点(共振する素子間隔)が2箇所にあらわれるように(二共振特性を示すように)、設計パラメータを選択することが好ましい。
斜め入射に関し、入射角が異なる場合に異なる方向に反射波が放射される特性を活用することで、電波の反射方向を制御するリフレクトアレーを得ることができる。一般に、反射波が入射波の鏡面反射方向に対してなす角度を制御角Aとすると、入射角θi、反射角θr及び制御角Aの間に次式が成立する。
θr=arcsin[sin(θi)+sin(A)]
arcsin(・)は正弦関数の逆関数sin−1(・)である。例えば、入射角θi=70度、反射角θr=−30度の場合、制御角Aは70−(−30)=100度となる。図22は制御角A=100度の場合の電波の遠方放射界を示す。図23は制御角A=0度の場合の電波の遠方放射界を示す。すなわち、このリフレクトアレーの場合、斜めから入射した電波に対する位相で動作する反射波の制御角と、正面波から入射した電波波に対する位相で動作する反射波の制御角が異なっている。この例の場合、鏡面反射方向に反射波を形成する場合(A=0度)と鏡面反射方向とは異なる方向に反射波を形成する場合(A=70度)とを1つのリフレクトアレーで使い分けることができる。更に、設計パラメータを適切に選択することで、斜めから入射した波に対する反射波と、正面から入射した波に対する反射波を同じ方向にすることも可能である。
<<2.2 二共振特性を利用する変形例>>
電波が入射して来る方向が0度であったとしても、反射位相と素子間隔の関係が二共振特性を示す場合があるかもしれない。そのような二共振特性を示すようにするパラメータの組み合わせを意図的に使用することで、反射位相としてとり得る値の範囲を拡大することができる。
<<2.3 素子間隔を調整する変形例>>
更に、素子のパッチ同士のギャップを一定に維持しつつ、素子間隔を調整することで反射位相を決定する特徴が、単独で使用されてもよい。すなわち、電波が0度方向から入射し、反射位相と素子間隔の関係が図6に示されるような関係である場合において、パッチ同士のギャップを一定に維持しつつ、素子間隔を調整することは有意義である。例えば、ギャップの値が一定に維持されるので、極端に狭いギャップを形成する必要が無くなり、実現可能な素子を増やすことが可能である。
以下、具体的な数値例を示す。素子間隔以外の事前に設定可能なパラメータの値は次の通りであるとする。
入射角θi=0度、
所望の反射角θr=40度、
誘電体基板の比誘電率εr=10.2、
誘電体基板の厚さ(ビアの長さ)t=1mm、
誘電体基板のtanδ=0.0023、
パッチ間のギャップg=0.1mm、
ビアの直径dv=0.1mm、及び
電波の周波数f=11GHz(波長λ=27.3mm)。
この場合における反射位相と素子間隔の間に成立する関係は、図6に示すようなグラフを示す。上述したように、素子間隔は、ビアとビアの間の距離ΔVとして定義されてもよいし、ギャップの中心間の距離ΔPとして定義されてもよい。何れの定義によってもリフレクトアレーを設計することは可能であるが、以下に示すように、パフォーマンスは若干異なることがシミュレーションにより判明した。
図18Aは、素子間隔がビア間の間隔であるとした場合に使用される素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成される。概してx軸方向に伸びる一列の全長は約43mmであり、y軸方向の長さ(列の幅)は2.25mmである。この1列の素子配列の中に22個の素子が含まれている。
図18Bは、x軸に沿って並ぶ22個の素子を示し、個々の素子には便宜的に#1−22のラベルが付されている。図18Cは、図18A及び図18Bに示されている22個の素子に関し、ビア間の間隔が素子間隔であることを示す。素子間隔にも便宜的にNo.1−22のラベルが付されている。No.22は左右両端の距離の合計であることに留意を要する。個々の素子のパッチ及び素子間隔の具体的な寸法は図18Dに示されている。
図19は、素子間隔がギャップ間の間隔であるとした場合に使用される素子配列の1列分を示す。このような素子配列がy軸方向にも並んでおり、リフレクトアレーが形成される。概してx軸方向に伸びる一列の全長は約43mmであり、y軸方向の長さ(列の幅)は2.25mmである。この1列の素子配列の中に22個の素子が含まれている。
図20は、素子間隔がビア間の間隔であるとしてリフレクトアレーが設計された場合の散乱断面積(実線)と、素子間隔がギャップ間の間隔であるとしてリフレクトアレーが設計された場合の散乱断面積(破線)との比較例を示す。素子間隔がビア間の間隔であるとして設計されたリフレクトアレーは図18A−Dに示されているものである。素子間隔がギャップ間の間隔であるとして設計されたリフレクトアレーは図19に示されているものである。何れの場合もリフレクトアレーは42mm×43mm程度の大きさを有するものとした。横軸は極座標系におけるz軸からの偏角θを示す。従って反射角θr=+40度は、偏角θ=−40度に対応する。何れのグラフも所望の反射角方向であるθ=−40度において高い値が得られている。従って、素子間隔として何れの定義を使用しても良好な反射特性を得ることができる。何れのグラフもθ=−40度付近においてピークを示しているが、実線のグラフのピーク位置の方が、破線のグラフのピーク位置よりも、所望方向θ=−40度に近い。これは、素子間隔がビア間の間隔であるとして設計した方が、優れた反射特性を示していることを意味する。従って、素子間隔は、ビア間の間隔として定義されてもよいし、ギャップ間の間隔として定義されてもよいが、より優れた反射特性を得る観点からはビア間隔を素子間隔として設計することが好ましい。
以上示した本発明の構造によれば、マッシュルームを構成する素子と素子の間の隙間(ギャップ)の値を一定としたまま、素子間隔を変えることで素子間の位相を変えるリフレクトアレーが実現できる。したがって、本発明の構造によれば、一定値であるギャップを全て一度に変化させれば、リフレクトアレーを構成する素子の全てのキャパシタンスを同時に同じ値に変更することが可能となる。また、マッシュルームの高さを全て一度に変化させればリフレクトアレーを構成する素子の全てのキャパシタンスを同時に同じ値に変更することが可能となる。マッシュルーム素子は、LC共振回路理論より、インダクタンスL、キャパシタンスCによって共振周波数が決定する。本発明によればそのインダクタンスL、キャパシタンスCを同時に同じ値で変更するリフレクトアレーを実現できる。
本発明の実施例として素子間隔をパラメータとすると、正面からの入射に対しても、反射位相の範囲を広げられることを次に示す。図34は、比誘電率εrが10.2で、厚さtが0.4mmのマッシュルーム構造に対する反射位相を示している。図34において、実線は、入射角θ=0°の正面からの入射のときの反射位相を示しており、破線は、入射角θ=70°の斜めからの入射のときの反射位相を示している。斜めからの入射の場合、素子間隔を変化させることで反射位相は0度から0度まで変化するため360度全ての位相を確保できる。また、正面からの入射の場合については、二共振は起こらないが約170度から−170度とほぼ360度の広い範囲の反射位相を確保できることがわかる。すなわち、素子間隔をパラメータとすることによって、従来のマルチレイヤにする手法と同等の広い範囲の反射位相を確保できることがわかる。
<<2.4 更なる変形例>>
ところで、シングルビームのリフレクトアレーを用いた場合、従来の技術では図24に示すように、ある入射波に対して所望方向にビームを向けることはできるが、別の方向からの入射波に対しては、所望方向にビームを向けることができなかった。この問題を解決するため、例えば図25に示すようなマルチビームのリフレクトアレーを用いる必要があった。しかしマルチビームにすると一般にビームの数だけ個々の反射(散乱)電力は小さくなるため、十分なレベルを確保できないという問題があった。これはリフレクトアレーの制御角Aが一意にきまり、反射角θrは
θr=arcsin[sin(θi)+sin(A)]
で決まるためである。
上述したように、斜めから入射した波に対する位相で動作する反射波の制御角と、正面波から入射した波に対する位相で動作する反射波の制御角が異なるように、リフレクトアレーを形成することができる。図22に示すグラフは図12Cと同じグラフであり、図12Aの構造に対して、θi=70度(球面座標表示のθ=70度)の方向から電波を入射させたときの結果である。鏡面反射の方向が、反射角θr=70度(球面座標表示のθ=−70度)となるのに対して、電波は反射角θr=−30度(球面座標表示のθ=30度)の方向に反射しており、リフレクトアレーによる制御角Aは100度と考えられる。これに対して、図23に示すグラフは、図12Aと同じ構造に対して、θ=0度の方向から電波を入射させたときの結果である。鏡面反射の方向が反射角θr=70度(球面座標表示のθ=−70度)であった場合とは異なり、電波は反射角θr=0度(球面座標表示のθ=0度)の方向に反射しており、リフレクトアレーによる制御角Aは0度と考えられる。すなわち、本発明のリフレクトアレーは入射角に応じて、制御角Aを変化させることが可能である。これは、θ=0度の場合、設計に用いた素子間隔の変化に対する位相の変化がほとんど生じないため、鏡面反射と同じ方向に反射するためであると考えられる。
一方、従来のリフレクトアレーの場合は、入射角θiを変化させても、制御角Aは一定である。ここで、制御角Aのリフレクトアレーの斜め入射θiに対する反射方向θrは、
θr=f(A)=arcsin[sin(θi)+sin(A)]
のように導出できる(この点については例えば次の文献に記載されている:電子情報通信学会全国大会2011ソサイエティ大会B−1−66"マルチビーム・リフレクトアレーの斜め入射に対する反射特性の検討":丸山珠美、沈 紀▲ユン▼、小田恭弘、トラン ゴクハオ、加山英俊)。
そこで、電波の入射角がθi=70度であった場合の反射角がθr=0度となるようにリフレクトアレーを設計すると、70度及び0度の異なる二つの方向からリフレクトアレーに届いた入射波をどちらも同じ方向へ反射させることが可能となる。これにより、複数の入射方向からの到来波を一つのリフレクトアレーで同一の方向に向けることが可能となる。例えば電波の反射方向に端末が存在する場合に、その端末にとってマルチパスリッチな環境を作り、端末のMIMO通信に役立てることが可能になる。すなわち、所望方向に複数の到来方向からのビームを向け、見通しMIMOの容量確保およびエリア改善を行うことが可能になる。
上述したように従来は、図24に示すように、シングルビームで鏡面反射方向(点線)に反射させるリフレクトアレーと、制御角Aの方向で反射させるリフレクトアレーとをパッシブな構造で実現するのは困難であった。このため従来は図25に示すように、例えばマルチビームにして制御方向と鏡面反射方向の二通りのビームをあらかじめ用意する必要があった(上記文献)。しかし、マルチビームにすると、個々のビームの電力が下がってしまうという問題があった。本発明の実施例によれば、シングルビームでこれを実現しているためこのような問題は生じない。
本発明によれば、図21に示すように入射角によって反射位相の値を変化させることができる。このため、正面から入射した波と、斜めから入射した波を別の制御角で反射させ、図26及び図27に示すように同じ方向に放射させることができる。図28は本実施例の放射パターンを示す。二つの異なる入射に対して、同じ方向にメインビームが向いていることがわかる。図29は、図28のリフレクトアレーの構造を、1アレー分示したものである。これをX方向Y方向に周期的に並べることによって所望の大きさのリフレクトアレーを構成する。
<<2.5 更なる変形例>>
上述したように上記の実施形態によれば、リフレクトアレーのビアの長さは全て等しいため、この高さを一度に同じ値で変えることができる。マッシュルーム構造のインダクタンスLの値は、ビアの長さtと透磁率μの積で表される:
L=μt。
また、インダクタンスLと共振周波数fは、次のような関係がある。
ω=2πf=1/√(LC)。
従って、各素子のインダクタンスLの値を一斉に大きくすると各素子それぞれの共振周波数は低いほうへずれ、一斉に小さくすると各素子それぞれの共振周波数は高い方にずれる。
図30及び図31は、本発明のリフレクトアレーにおいてビアの長さtを0.8ないし1.2mmまで変化させた場合の散乱断面積を表している。上述したように、リフレクトアレーを形成する素子同士の間隔はビア同士の間の間隔Δvとしてもよいし、隣接する素子のパッチ間のギャップの中心と次のギャップの中心との間の間隔Δpとしてもよい(図4)。図30は素子間隔がビア同士の間隔であるとして設計されたリフレクトアレーについて、ビアの長さtを0.8mm、1mm及び1.2mmとした場合の散乱断面積を表す。図31は素子間隔がビア同士の間隔であるとして設計されたリフレクトアレーについて、ビアの長さtを0.8mm、1mm及び1.2mmとした場合の散乱断面積を表す。図30及び図31の何れの場合においても、ビアの長さtを変化させることによって、最大放射方向が変化していることがわかる。すなわち、ビアの長さtを短くすると、インダクタンスLは小さくなり、このとき共振周波数ωは、高い方にずれ、このとき最大放射方向の角度は大きくなる。逆に、ビアの長さtを長くすると、共振周波数ωは低い方へずれ、このとき最大放射方向の角度は小さくなる。図32は図30及び図31のシミュレーションにおいて想定されたリフレクトアレーの1列分を示す。
素子間隔を可変にしながら設計するリフレクトアレーにおいて、隣接する素子のパッチ同士の隙間であるギャップの大きさを一斉に変化させることによって、最大放射方向を変化させることができる。図33は、図32に示すものと同じ構造で各素子の全てのギャップを0.1mm、0.125mm及び0.15mmのように変化させた場合における放射方向の変化を示している。ギャップの値を一律に変化させることで最大放射方向を変えることがわかる。すなわち、ギャップを小さくすると、キャパシタンスは大きくなり、このとき共振周波数ωは低い方にずれ最大放射の角度は小さくなる。逆に、ギャップを大きくすると、キャパシタンスは小さくなり、このとき共振周波数ωは高い方にずれ、最大放射の角度は大きくなることがわかる。
また、各マッシュルーム素子のビアの高さと、各マッシュルーム素子間の隙間の値を一斉に変化させれば、全てのマッシュルーム素子のインダクタンスLとキャパシタンスCを同じ値で変化させ、共振点をずらすことが可能となる。
<<2.6 更なる変形例>>
次にTM斜め入射において、素子間隔を一定にし、ギャップを変化させたときの実施例を示す。図35は、素子間隔を約2.42mmで一定とし、ギャップを横軸にとったときの反射位相のシミュレーション値を示している。図35からわかるように、+180度から−180度まで360度全ての範囲の位相を確保できることがわかるここで、入射角は70度、電界の向きは入射面に平行としている。
<<2.7 更なる変形例>>
入射角θiに対して、鏡面反射の場合は反射角θr=θiとなる。これに対して、リフレクトアレーの場合の反射角θrは、上述したように、入射角θiとリフレクトアレーによって決まる制御角Aの関数として求められる。従来のリフレクトアレーでは、この制御角が入射角θiに応じて変化するという考え方は存在しなかった。これに対して、本発明では、この制御角Aが入射角θiの変数となるためA(θi)となる。このとき、
θrm1=arcsin[sin(θim1)+sin(A(θim1)]=θrm2=arcsin[sin(θim2)+sin(A(θim2)]
が成立するように、制御角A(θim1)とA(θim2)を構成することで、異なる方向から入射した波を同一の方向に反射させることが可能となる。制御角は、各素子からの位相の差を用いて決定されるが、TM斜め入射の場合、各素子からの位相と位相差は入射角によって変化するためである。
以上本発明は特定の実施例を参照しながら説明されてきたが、それらは単なる例示に過ぎず、当業者は様々な変形例、修正例、代替例、置換例等を理解するであろう。例えば、本発明は複数の素子を用いて電波を反射するリフレクトアレーに広く適用されてもよい。例えば、本発明による設計方法で形成されたリフレクトアレーを用いて、無線通信環境においてマルチパスを意図的に生じさせ、MIMO(Multiple Input Multiple Output)方式の無線通信を促すことを可能にしたMIMO通信システムを得ることも可能である。発明の理解を促すため具体的な数値例を用いて説明がなされたが、特に断りのない限り、それらの数値は単なる一例に過ぎず適切な如何なる値が使用されてもよい。発明の理解を促すため具体的な数式を用いて説明がなされたが、特に断りのない限り、それらの数式は単なる一例に過ぎず適切な如何なる数式が使用されてもよい。実施例又は項目の区分けは本発明に本質的ではなく、2以上の実施例又は項目に記載された事項が必要に応じて組み合わせて使用されてよいし、ある項目に記載された事項が、別の項目に記載された事項に(矛盾しない限り)適用されてよい。本発明は上記実施例に限定されず、本発明の精神から逸脱することなく、様々な変形例、修正例、代替例、置換例等が本発明に包含される。