次に、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について説明する。
図1は、本発明による発進クラッチの制御装置を含む車両である自動車10の概略構成図である。同図に示す自動車10は、ガソリンや軽油といった炭化水素系の燃料と空気との混合気の爆発燃焼により動力を出力する原動機としてのエンジン(内燃機関)12や、エンジン12を制御するエンジン用電子制御ユニット(以下、「エンジンECU」という)14と、図示しない電子制御式油圧ブレーキユニットを制御するブレーキ用電子制御ユニット(以下、「ブレーキECU」という)16、エンジン12に接続されると共にエンジン12からの動力を左右の駆動輪DWに伝達する動力伝達装置20等を含む。動力伝達装置20は、トランスミッションケース22や、発進装置23、有段式の自動変速機30、油圧制御装置50、これらを制御する変速用電子制御ユニット(以下、「変速ECU」という)21等を有する。
エンジンECU14は、図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を有する。図1に示すように、エンジンECU14には、アクセルペダル91の踏み込み量(操作量)を検出するアクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Accや車速センサ99からの車速V、クランクシャフトの回転位置を検出する図示しないクランクシャフトポジションセンサといった各種センサ等からの信号、ブレーキECU16や変速ECU21からの信号等が入力され、エンジンECU14は、これらの信号に基づいて電子制御式のスロットルバルブ13や図示しない燃料噴射弁および点火プラグ等を制御する。また、エンジンECU14は、クランクシャフトポジションセンサにより検出されるクランクシャフトの回転位置に基づいてエンジン12の回転数(回転速度)Neを算出すると共に、例えば回転数Neや図示しないエアフローメータにより検出されるエンジン12の吸入空気量あるいはスロットルバルブ13のスロットル開度THR、予め定められたマップあるいは計算式に基づいてエンジン12から出力されているトルクの推定値であるエンジントルク(出力トルク)Teを算出する。
ブレーキECU16も図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を有する。図1に示すように、ブレーキECU16には、ブレーキペダル93が踏み込まれたときにマスタシリンダ圧センサ94により検出されるマスタシリンダ圧や車速センサ99からの車速V、図示しない各種センサ等からの信号、エンジンECU14や変速ECU21からの信号等が入力され、ブレーキECU16は、これらの信号に基づいて図示しないブレーキアクチュエータ(油圧アクチュエータ)等を制御する。
動力伝達装置20を制御する変速ECU21も図示しないCPUを中心とするマイクロコンピュータとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート(何れも図示せず)等を備える。図1に示すように、変速ECU21には、アクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Accや車速センサ99からの車速V、複数のシフトレンジの中から所望のシフトレンジを選択するためのシフトレバー95の操作位置を検出するシフトレンジセンサ96からのシフトレンジSR、油圧制御装置50の作動油の油温Toilを検出する油温センサ55、自動変速機30の入力回転数(タービンランナ25または自動変速機30の入力軸31の回転速度)Ninを検出する回転数センサ33(図2参照)といった各種センサ等からの信号、エンジンECU14やブレーキECU16からの信号等が入力され、変速ECU21は、これらの信号に基づいて発進装置23や自動変速機30、すなわち油圧制御装置50を制御する。
動力伝達装置20に含まれる発進装置23は、図2に示すように、入力部材としてのフロントカバー18を介してエンジン12のクランクシャフト16に連結される入力側流体伝動要素としてのポンプインペラ24や、タービンハブを介して自動変速機30の入力軸31に固定される出力側流体伝動要素としてのタービンランナ25、ポンプインペラ24およびタービンランナ25の内側に配置されてタービンランナ25からポンプインペラ24への作動油の流れを整流するステータ26、ステータ26の回転方向を一方向に制限するワンウェイクラッチ26c、タービンハブに連結されたダンパ機構27、発進クラッチとしてのロックアップクラッチ28等を含む。
ポンプインペラ24、タービンランナ25およびステータ26は、ポンプインペラ24とタービンランナ25との回転速度差が大きいときにはステータ26の作用によりトルク増幅機として機能し、両者の回転速度差が小さくなると流体継手として機能する。ただし、発進装置23において、ステータ26やワンウェイクラッチ26cを省略し、ポンプインペラ24およびタービンランナ25を流体継手として機能させてもよい。また、ダンパ機構27は、例えば、ロックアップクラッチ28に連結される入力要素や、複数の第1弾性体を介して入力要素に連結される中間要素、複数の第2弾性体を介して中間要素に連結されると共にタービンハブに固定される出力要素等を含む。ダンパ機構27は、ロックアップクラッチ28の係合時にフロントカバー18とタービンハブ(入力軸31)との間で振動を減衰する。
ロックアップクラッチ28は、ポンプインペラ24とタービンランナ25、すなわちフロントカバー18とタービンハブに固定された自動変速機30の入力軸31とを機械的に(ダンパ機構27を介して)連結するロックアップおよび当該ロックアップの解除を選択的に実行するものである。本実施形態において、ロックアップクラッチ28は、油圧式の多板摩擦クラッチとして構成され、フロントカバー18により軸方向に移動自在に支持されるロックアップピストン280と、複数の摩擦係合プレート281と、ロックアップピストン280よりもダンパ機構27側に位置するようにフロントカバー18に対して固定されてロックアップピストン280と共に係合側油室28aを画成する環状のフランジ部材(油室画成部材)285とを有する。複数の摩擦係合プレート281には、フロントカバー18に固定されたクラッチハブに嵌合される相手板と、ダンパ機構27の入力要素に連結されるクラッチドラムに嵌合される摩擦板とが含まれる。そして、ロックアップクラッチ28は、係合側油室28a内の油圧を高めて複数の摩擦係合プレートを圧着させるようにロックアップピストン280をフロントカバー18に向けて移動させることで係合する。なお、ロックアップクラッチ28は、ロックアップピストンを含む油圧式の単板摩擦クラッチとして構成されてもよい。また、発進装置23からポンプインペラ24、タービンランナ25、およびステータ26等を省略し、ロックアップクラッチ28をダンパ機構27のみと組み合わされるものや単独で用いられるもの(流体伝動装置と組み合わされないもの)としてもよい。
自動変速機30は、変速段を複数段階に変更しながら入力軸31に伝達された動力を図示しない出力軸に伝達可能なものであり、複数の遊星歯車機構や、入力軸31から出力軸までの動力伝達経路を変更するための複数のクラッチ、ブレーキ、ワンウェイクラッチ等を含む。そして、自動変速機30の出力軸は、図示しないギヤ機構および差動機構を介して駆動輪DWに連結される。また、複数のクラッチやブレーキは、油圧制御装置50からの油圧により係脱される。
油圧制御装置50は、発進装置23や自動変速機30への油圧を生成するために、図示しないオイルポンプからの作動油を調圧してライン圧PLを生成するプライマリレギュレータバルブや、例えばプライマリレギュレータバルブのドレン圧を調圧してセカンダリ圧Psecを生成するセカンダリレギュレータバルブ、ライン圧PLを調圧して一定のモジュレータ圧Pmodを生成するモジュレータバルブ、例えばモジュレータ圧Pmodをアクセル開度Accあるいはスロットルバルブ13の開度THRに応じて調圧してプライマリレギュレータバルブへの信号圧を生成するリニアソレノイドバルブ、シフトレバー95の操作位置に応じて作動油を自動変速機30の複数のクラッチやブレーキに供給可能とするマニュアルバルブ、それぞれマニュアルバルブからの作動油(ライン圧PL)を調圧して対応するクラッチやブレーキに出力可能な複数のリニアソレノイドバルブ等を含む(何れも図示省略)。
また、油圧制御装置50は、印加される電流値に応じて例えばモジュレータ圧Pmodを調圧してロックアップソレノイド圧Psluを生成するロックアップソレノイドバルブ(リニアソレノイドバルブ)SLUと、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluを信号圧として作動し、上記セカンダリ圧Psecを調圧してロックアップクラッチ28へのロックアップ圧Plupを生成するロックアップコントロールバルブ51と、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluを信号圧として作動し、ロックアップコントロールバルブ51からロックアップクラッチ28の係合側油室28aへのロックアップ圧Plupの供給を許容・規制するロックアップリレーバルブ52とを含む。
本実施形態において、ロックアップソレノイドバルブSLUは、印加される電流値が比較的小さいときにはロックアップソレノイド圧Psluを値0に設定し(ロックアップソレノイド圧Psluを生成せず)、印加される電流値がある程度大きくなると、それ以後、電流値が大きいほどロックアップソレノイド圧Psluを高く設定する。また、ロックアップコントロールバルブ51は、ロックアップソレノイドバルブSLUによりロックアップソレノイド圧Psluが生成されるときにロックアップソレノイド圧Psluが低いほど元圧であるセカンダリ圧Psecを減圧してロックアップ圧Plupを低く設定し、ロックアップソレノイド圧Psluが予め定められたロックアップ係合圧P1以上になるとセカンダリ圧Psecをそのままロックアップ圧Plupとして出力する。更に、ロックアップリレーバルブ52は、ロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されないときに発進装置23の流体伝動室23aに上記セカンダリ圧Psecよりも低く調圧された循環圧Pcirを供給し、かつロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されるときに流体伝動室23aに循環圧Pcirを供給すると共にロックアップクラッチ28の係合側油室28aにロックアップコントロールバルブ51からのロックアップ圧Plupを供給するように構成されている。
これにより、ロックアップソレノイドバルブSLUによりロックアップソレノイド圧Psluが生成されないときには、ロックアップリレーバルブ52から流体伝動室23a内に作動油(潤滑圧Pcir)が供給されると共にロックアップピストン280とフロントカバー18との間に形成される油路に当該作動油が流入するのに対し、係合側油室28a内に作動油(ロックアップ圧Plup)が供給されないことから、ロックアップクラッチ28はロックアップを実行することなく解放される。一方、ロックアップソレノイドバルブSLUにより生成されたロックアップソレノイド圧Psluがロックアップコントロールバルブ51およびロックアップリレーバルブ52に供給されるときには、ロックアップリレーバルブ52から流体伝動室23a内に作動油すなわち潤滑圧Pcirが供給されると共に、ロックアップコントロールバルブ51により生成されたロックアップ圧Plupがロックアップリレーバルブ52からロックアップクラッチ28の係合側油室28aに供給される。従って、ロックアップ圧Plupが潤滑圧Pcirよりも高くなると、ロックアップピストン280がフロントカバー18に向けて移動し、ロックアップソレノイド圧Psluがロックアップ係合圧P1以上になってロックアップ圧Plupがセカンダリ圧Psecに一致すると、ロックアップクラッチ28が完全係合してロックアップが完了することになる。
上述の油圧制御装置50に含まれる複数のリニアソレノイドバルブや、ロックアップソレノイドバルブSLU、図示しない他のソレノイドバルブ(オンオフソレノイドバルブ)等は、変速ECU21により制御される。そして、変速ECU21には、図2に示すように、CPUやROM,RAMといったハードウエアと、ROMにインストールされた制御プログラムといったソフトウェアとの協働により、変速制御モジュール210や、ロックアップ制御モジュール211が機能ブロックとして構築される。
変速制御モジュール210は、予め定められた図示しない変速線図からアクセル開度Acc(あるいはスロットルバルブ13の開度THR)および車速Vに対応した目標変速段を取得すると共に、現変速段から目標変速段への変更に伴って係合されるクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの係合圧指令値と、現変速段から目標変速段への変更に伴って解放されるクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの解放圧指令値を設定する。また、変速制御モジュール210は、現変速段から目標変速段への変更中や目標変速段の形成後に、係合されているクラッチやブレーキに対応したリニアソレノイドバルブへの保持圧指令値を設定する。
ロックアップ制御モジュール211は、上述のロックアップソレノイドバルブSLUに対する油圧指令値Upを設定するものである。ロックアップ制御モジュール211は、予め定められたロックアップ条件が成立した際に、ロックアップクラッチ28によりロックアップが実行されるように油圧指令値Upを設定し、図示しない補機バッテリからロックアップソレノイドバルブSLUのソレノイド部に当該油圧指令値Upに応じた電流が印加されるように図示しない駆動回路を制御する。また、ロックアップ制御モジュール211は、予め定められたスリップ制御実行条件が成立すると、ロックアップクラッチ28の半係合により入力部材としてのフロントカバー18(エンジン12)と自動変速機30の入力軸31との回転速度差ΔN(スリップ速度)を自動車10の状態に応じた目標スリップ速度u*に一致させるスリップ制御を実行する。このようなスリップ制御をロックアップクラッチ28のロックアップに際して実行することで、ロックアップクラッチ28のトルク容量を徐々に増加させて、ロックアップに伴うトルク変動に起因した振動の発生を良好に抑制することができる。また、自動車10の加速中や減速時等にロックアップクラッチ28にスリップを生じさせるようにスリップ制御を実行することで、動力の伝達効率やエンジン12の燃費を向上させることができる。
次に、上記自動車10におけるロックアップクラッチ28のスリップ制御について説明する。
図3は、変速ECU21のロックアップ制御モジュール211による油圧指令値Upの設定手順を示す制御ブロック図である。図3に示すように、スリップ制御の実行に際して、ロックアップ制御モジュール211は、油圧指令値Upのフィードフォワード項FF1およびフィードバック項FBを設定すると共に、必要に応じて、ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れを補償するための遅れ補償量を含む補正項FFcを設定し、油圧指令値Upを当該補正項FFcにより補正する。本実施形態では、プラントとしてのロックアップクラッチ28が伝達関数G(s)=1/Kc・(τ・s+1)を有する一次遅れ要素であるとみなされ、補正項FFcは、必要に応じて、エンジンECU14から送信されるエンジントルクTeとゲインKcとに基づく一次進み処理(伝達関数G′(s)=Kc・(τ・s+1))により設定される。
なお、上記一次進み処理に際して、エンジンECU14からのエンジントルクTeを示す信号に重畳されたノイズをフィルタ(ローパスフィルタ)により除去してもよい。この場合、伝達関数G′(s)としては、フィルタの時定数を“τf”として、G′(s)=Kc・[τ・s/(τf・s+1)+1]またはG′(s)=Kc・(τ・s+1)/(τf・s+1)を用いることができる。また、プラントとしてのロックアップクラッチ28を例えば二次遅れ要素といった一次遅れ要素以外のものとみなし、それに応じた進み処理により補正項FFcを設定してもよいことはいうまでもない。すなわち、補正項FFcは、ロックアップクラッチ28をn次遅れ要素とみなしたときのn次進み処理により設定されてもよい。更に、補正項FFcに対して、上限値や下限値を用いたガード処理を施してもよい。
図4は、ロックアップ制御モジュール211により実行されるスリップ制御ルーチンの一例を示すフローチャートである。同図に示すスリップ制御ルーチンは、例えば自動車10の運転者によりアクセルペダル91が踏み込まれた状態でロックアップクラッチ28にスリップを生じさせる際に、ロックアップ制御モジュール211により所定時間おきに繰り返し実行されるものである。図4のスリップ制御ルーチンの開始に際して、ロックアップ制御モジュール211(CPU)は、アクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Acc、エンジンECU14からのエンジントルクTeやエンジン12の回転数Ne、回転数センサ33からの入力回転数Ninといった制御に必要なデータの入力処理を実行する(ステップS100)。なお、ステップS100にて入力されるエンジントルク(出力トルク)Teは、エンジン12から出力されているトルクを示すものであればよく、エンジンECU14から送信されるものに限られず、例えば変速ECU21によりアクセル開度Accに基づいて算出される推定値や予測値であってもよい。
ステップS100の入力処理の後、ロックアップ制御モジュール211は、ステップS100にて入力したアクセル開度Accおよびエンジン12の回転数Neに対応した目標スリップ速度u*を設定する(ステップS110)。本実施形態では、アクセル開度Accおよびエンジン12の回転数Neと目標スリップ速度u*との関係が予め定められて図示しない目標スリップ速度設定マップとして変速ECU21のROMに記憶されている。そして、ステップS110では、与えられたアクセル開度Accおよび回転数Neに対応する目標スリップ速度u*が当該目標スリップ速度設定マップから導出・設定される。なお、目標スリップ速度u*は、スロットルバルブ13の開度THRと回転数Neとに基づいて設定されてもよく、アクセル開度Accおよび回転数Neに加えて更に他のパラメータに基づいて設定されてもよく、アクセル開度Accおよび回転数Ne以外のパラメータに基づいて設定されてもよい。
ステップS110にて目標スリップ速度u*を設定した後、ロックアップ制御モジュール211は、当該目標スリップ速度u*に予め定められたフィードフォワードゲインKffを乗じて油圧指令値Upのフィードフォワード項FFを設定すると共に、ステップS100にて入力した回転数Neから入力回転数Ninを減じて得られる回転速度差ΔNに予め定められたフィードバックゲインKfbを乗じて油圧指令値Upのフィードバック項FBを設定する(ステップS120)。次いで、ロックアップ制御モジュール211は、ステップS100にて入力したアクセル開度Accに基づいて、エンジン12へのトルク要求が急変したか否かを判定する(ステップS130)。本実施形態のステップS130では、ステップS100にて入力したアクセル開度Accと本ルーチンの前回実行時に入力されたアクセル開度Acc(前回アクセル開度)との差分の絶対値が予め定められた閾値を超えた場合にエンジン12へのトルク要求が急変したと判断される。ただし、ステップS130では、スロットルバルブ13のスロットル開度THRやエンジンECU14からのエンジントルクTeに基づいてエンジン12へのトルク要求が急変したか否かを判定してもよい。
ステップS130にてエンジン12へのトルク要求が急変したと判断した場合、ロックアップ制御モジュール211は、次式(1)に従って上述の補正項FFcを設定する(ステップS140)。ただし、式(1)において、“Kc”は、予め定められるゲインであり、“τ”は、一次遅れ要素としてのロックアップクラッチ28における時定数であり、“dt”は、スリップ制御ルーチンの実行周期であり、前回Te”は、本ルーチンの前回実行時に入力されたエンジントルクTeであって図示しないRAMに格納されたものである。式(1)は、上述のような一次進み処理によりエンジンECU14からのエンジントルクTeに基づいて補正項FFcを導出するものであり、式(1)から得られる補正項FFcは、プラントとしてのロックアップクラッチ28が一次遅れ要素であるとみなした場合の当該ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れ分、すなわち油圧指令値Upに対応した本来のトルク容量に対する実際のトルク容量の不足分を示すものである。また、式(1)における“Kc・τ・(Te−前回Te)/dt”が遅れ補償量を示す。
FFc=Kc・(Te + τ・(Te-前回Te)/dt)=Kc・Te + Kc・τ・(Te-前回Te)/dt…(1)
これに対して、ステップS130にてエンジン12へのトルク要求が急変していないと判断した場合、ロックアップ制御モジュール211は、補正項FFcを式(1)から遅れ補償量を除いた値すなわち値Kc・Teに設定する(ステップS150)。なお、補正項FFcを用いた補正による誤差が大きくならないように、ステップS140およびS150にて設定された補正項FFcに対して、上述のような上限値や下限値を用いたガード処理を施してもよい。
ステップS140またはS150にて補正項FFcを生成した後、ロックアップ制御モジュール211は、フィードフォワード項FFとフィードバック項FBと補正項FFcとの和を油圧指令値Upに設定する(ステップS160)。これにより、エンジン12へのトルク要求が急変した際には、油圧指令値UpがステップS140にて設定された遅れ補償量を含む補正項FFcにより補正されることになる。そして、ロックアップ制御モジュール211は、当該油圧指令値Upに基づいてロックアップソレノイドバルブSLUのソレノイド部への電流を設定する図示しない駆動回路を制御する(ステップS170)。その後、ロックアップ制御モジュール211は、本ルーチンの次の実行タイミングが到来すると、再度ステップS100以降の処理を実行する。
以上説明したように、ロックアップクラッチ28の制御装置である変速ECU21(ロックアップ制御モジュール211)は、エンジン12と自動変速機30の入力軸31との回転速度差ΔNを目標スリップ速度u*に一致させるスリップ制御を実行するものである。そして、変速ECU21は、ステップS100にてエンジンECU14からのエンジントルク(出力トルク)Teに基づいて、ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れを補償するための補正項である補正項FFcを設定し(ステップS140)、油圧指令値Upを当該補正項FFcにより補正する(ステップS160)。このように、ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れを補償するための補正項FFcにより油圧指令値Upを補正することで、ロックアップクラッチ28のトルク容量を速やかに目標スリップ速度u*とエンジン12から出力されているトルクとに応じたものとすることができる。これにより、スリップ制御の実行中にエンジン12から出力されるトルクが変動(急変)しても、エンジン12の吹き上がり等によって当該エンジン12と自動変速機30の入力軸31との回転速度差ΔNが変動(急変)するのを良好に抑制することができるので、スリップ制御の安定性をより向上させることが可能となる。
また、上記実施形態において、油圧指令値Upは、エンジン12へのトルク要求が急変した際に遅れ補正量を含む補正項FFcにより補正されることになる(ステップS140,S160)。これにより、必要以上に油圧指令値Upが補正されるのを抑制して、補正項FFcによる油圧指令値Upの補正に起因した制御誤差等を低減することが可能となる。
更に、上記実施形態のように、ロックアップクラッチ28をn次遅れ要素とみなしたときのn次進み処理により補正項としての補正項FFcを設定すれば、補正項FFcをより適正なものとすることが可能となる。
また、上記実施形態では、目標スリップ速度u*に基づいて油圧指令値Upのフィードフォワード項FFが設定されると共に、エンジン12と自動変速機30の入力軸31との回転速度差ΔNに基づいて油圧指令値Upのフィードバック項FBが設定され、油圧指令値Upは、フィードフォワード項FF、フィードバック項FBおよび補正項FFcから設定される(ステップS160)。これにより、油圧指令値Upより適正なものとすることが可能となる。
図5は、変速ECU21のロックアップ制御モジュール211による油圧指令値Upの他の設定手順を示す制御ブロック図である。スリップ制御の実行に際して図5に示すようにして油圧指令値Upを設定する場合、ロックアップ制御モジュール211は、エンジンECU14からのエンジントルクTeと、ロックアップクラッチ28を介して自動変速機30の入力軸31に連結されるエンジン12側の部材のイナーシャIeと入力軸31の回転加速度dNinとの積値(Ie×dNin)と、補正項ゲインKcとに基づいて、入力軸31の回転変化に応じたエンジン12の回転変化を生じさせるように補正項FFcを設定すると共に、必要に応じてロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れを補償するように設定する。なお、イナーシャIeは、エンジン12の回転要素(クランクシャフト等)のイナーシャと、図示しないドライブプレートやフロントカバー18といったエンジン12とトルクコンバータとの間に配置される要素のイナーシャと、トルクコンバータのポンプインペラ24のイナーシャとの和として得られる。
また、図5に示す例においても、プラントとしてのロックアップクラッチ28が伝達関数G(s)=1/Kc・(τ・s+1)を有する一次遅れ要素であるとみなされ、補正項FFcは、エンジンECU14からのエンジントルクTeと上記積値(Ie×dNin)とに基づく一次進み処理(伝達関数G′(s)=Kc・(τ・s+1))により設定され、補正項FFcは、必要に応じて、遅れ補償量(Kc・τ・s・Trq)を含むように設定される。ただし、この場合も、補正項FFcは、プラントとしてのロックアップクラッチ28をn次遅れ要素とみなしたときのn次進み処理により設定されてもよい。また、上述のように、エンジンECU14からのエンジントルクTeを示す信号に重畳されたノイズをフィルタ(ローパスフィルタ)により除去してもよく、補正項FFcに対して、上限値や下限値を用いたガード処理を施してもよい。
図6は、ロックアップ制御モジュール211により実行されるスリップ制御ルーチンの他の例を示すフローチャートである。同図に示すスリップ制御ルーチンも、例えば自動車10の運転者によりアクセルペダル91が踏み込まれた状態でロックアップクラッチ28にスリップを生じさせる際に、ロックアップ制御モジュール211により所定時間おきに繰り返し実行されるものである。図6のスリップ制御ルーチンの開始に際して、ロックアップ制御モジュール211(CPU)は、アクセルペダルポジションセンサ92からのアクセル開度Acc、エンジンECU14からのエンジントルクTeやエンジン12の回転数Ne、回転数センサ33からの入力回転数Nin、油温センサ55からの油温Toilといった制御に必要なデータの入力処理を実行する(ステップS200)。
ステップS200の入力処理の後、ロックアップ制御モジュール211は、図4のステップS110と同様にして目標スリップ速度u*を設定すると共に(ステップS210)、図4のステップS120と同様にしてフィードフォワード項FFおよびフィードバック項FBを設定する(ステップS220)。なお、ステップS220では、スリップ制御が実行される際にエンジン12からのトルクに対して入力軸31すなわちトルクコンバータのタービンランナ25側から反力として作用する反力トルクTc(=CT・Ne2、ただし、“CT”は、トルクコンバータの容量係数である)を考慮してフィードフォワード項FFを設定すると好ましい。次いで、ロックアップ制御モジュール211は、図4のステップS130と同様にしてエンジン12へのトルク要求が急変したか否かを判定する(ステップS230)。
ステップS230にてエンジン12へのトルク要求が急変したと判断した場合、ロックアップ制御モジュール211は、ステップS200にて入力したエンジントルクTe,入力回転数Nin、油温ToilおよびステップS210にて設定した目標スリップ速度u*に基づいて、上記補正項FFcの設定に用いられる補正項ゲインKcを設定する(ステップS240)。図6のスリップ制御ルーチンが採用される場合には、エンジントルクTe,入力回転数Nin、油温Toilおよび目標スリップ速度u*と補正項ゲインKcとの関係が予め定められて図示しない補正項ゲイン設定マップとして変速ECU21のROMに記憶される。そして、ステップS240では、与えられたエンジントルクTe、入力回転数Nin、油温Toilおよび目標スリップ速度u*に対応した値が当該補正項ゲイン設定マップから導出され、補正項ゲインKcとして設定される。
補正項ゲインKcを設定した後、ロックアップ制御モジュール211は、ステップS200にて入力した入力回転数Ninから本ルーチンの前回実行時にステップS200にて入力した入力回転数(前回Nin)を減じた値を本ルーチンの実行周期dtで除することにより入力軸31の回転加速度dNinを算出する(ステップS250)。更に、ロックアップ制御モジュール211は、ステップS100にて入力したエンジントルクTeから、ステップS250にて算出した入力軸31の回転加速度dNinと予め算出された一定値である上記イナーシャIeとの積値を減じることにより要求トルク容量Trqを算出する(ステップS260)。ここで、上記積値(Ie×dNin)は、エンジン12の回転数Neを入力軸31の回転変化に応じて変化させるのに必要なトルクを示すものである。従って、かかる積値(Ie×dNin)をエンジントルクTeから減じて得られる要求トルク容量Trqは、ロックアップクラッチ28に対して入力軸31の回転変化に応じたエンジン12の回転変化を生じさせるのに要求されるトルク容量を示す。
続いて、ロックアップ制御モジュール211は、次式(2)に従って補正項FFcを設定する(ステップS270)。ただし、式(2)において、“前回Trq”は、本ルーチンの前回実行時にステップS260にて設定された要求トルク容量Trqであって図示しないRAMに格納されたものである。式(2)は、上述のような一次進み処理により、要求トルク容量Trq、すなわちエンジントルクTeおよび積値(Ie×dNin)や補正項ゲインKcに基づいて入力軸31の回転変化に応じたエンジン12の回転変化を生じさせるように補正項FFcを導出するものである。式(2)から得られる補正項FFcも、プラントとしてのロックアップクラッチ28が一次遅れ要素であるとみなした場合の当該ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れ分、すなわち油圧指令値Upに対応した本来のトルク容量に対する実際のトルク容量の不足分を示す。また、式(2)における“Kc・τ・(Trq−前回Trq)/dt”が遅れ補償量を示す。
FFc=Kc・(Trq + τ・(Trq-前回Trq)/dt)=Kc・Trq + Kc・τ・(Trq-前回Trq)/dt…(2)
これに対して、ステップS230にてエンジン12へのトルク要求が急変していないと判断した場合、ロックアップ制御モジュール211は、補正項FFcを式(2)から遅れ補償量を除いた値すなわち値Kc・Trqに設定する(ステップS280)。なお、補正項FFcを用いた補正による誤差が大きくならないように、ステップS270およびS280にて設定された補正項FFcに対して、上述のような上限値や下限値を用いたガード処理を施してもよい。
ステップS270またはS280にて補正項FFcを生成した後、ロックアップ制御モジュール211は、フィードフォワード項FFとフィードバック項FBと補正項FFcとの和を油圧指令値Upに設定する(ステップS290)。これにより、エンジン12へのトルク要求が急変した際には、油圧指令値UpがステップS270にて設定された遅れ補償量を含む補正項FFcにより補正されることになる。そして、ロックアップ制御モジュール211は、当該油圧指令値Upに基づいてロックアップソレノイドバルブSLUのソレノイド部への電流を設定する図示しない駆動回路を制御する(ステップS300)。その後、ロックアップ制御モジュール211は、本ルーチンの次の実行タイミングが到来すると、再度ステップS100以降の処理を実行する。
上述のような図6のスリップ制御ルーチンによれば、補正項ゲインKcとエンジントルクTeと積値(Ie×dNin)とに基づいて補正項としての補正項FFcが設定されると共に(ステップS270,S280)、エンジントルクTe、入力回転数Nin、油温Toilおよび目標スリップ速度u*に応じて補正項ゲインKcが変更される。これにより、ロックアップクラッチ28のトルク容量の油圧指令値Upに対する応答遅れを補償するための補正項FFcをより適正に設定することが可能となる。なお、図6のステップS240にて補正項ゲインKcを設定する際には、目標スリップ速度u*の代わりに回転速度差ΔN(実スリップ速度)を引数として用いたり、入力回転数Ninの代わりにエンジン12の回転数Neを引数として用いたりしてもよい。また、図6のステップS240では、エンジントルクTe、入力回転数Ninまたは回転数Ne、油温Toil、および目標スリップ速度u*または回転速度差ΔNの少なくとも何れか1つに基づいて補正項ゲインKcが設定されればよく、必ずしもこれらのパラメータのすべてを引数として用いる必要はない。更に、図4のスリップ制御ルーチンのステップS140にて、入力回転数Ninまたは回転数Ne、油温Toil、および目標スリップ速度u*または回転速度差ΔNの少なくとも何れか1つに基づいて設定される補正項ゲインKcを用いて補正項FFcを設定してもよい。
また、図6のスリップ制御ルーチンによれば、エンジンECU14からのエンジントルクTeと、ロックアップクラッチ28を介して入力軸31に連結される原動機側の部材のイナーシャIeと入力軸31の回転加速度dNinとの積値(Ie×dNin)とに基づいて、入力軸31の回転変化に応じたエンジン12の回転変化を生じさせるように補正項FFcが設定される(ステップS240〜S280)。これにより、入力回転数Ninが変化する際にエンジン12の回転数Neが入力軸31の回転変化に応じて変化するように油圧指令値Upすなわちロックアップクラッチ28のトルク容量を設定することができるので、入力回転数Ninが変化する際に、エンジン12と自動変速機30の入力軸31との回転速度差ΔNを目標スリップ速度u*に良好に追従させることが可能となる。
ここで、上記実施形態における主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係について説明する。すなわち、上記実施形態では、図4のステップS100の処理を実行する変速ECU21のロックアップ制御モジュール211が「出力トルク取得手段」に相当し、図4のステップS130〜S150や図6のステップS230〜S280の処理を実行して補正項FFcを生成する変速ECU21のロックアップ制御モジュール211が「補正項生成手段」に相当し、図4のステップS110およびS120や図6のステップS210およびS220の処理を実行して油圧指令値Upのフィードフォワード項FFやフィードバック項FBを設定する変速ECU21のロックアップ制御モジュール211が「フィードフォワード項設定手段」および「フィードバック項設定手段」に相当する。
ただし、上記実施形態における主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載された発明の主要な要素との対応関係は、実施形態が課題を解決するための手段の欄に記載された発明を実施するための形態を具体的に説明するための一例であることから、課題を解決するための手段の欄に記載した発明の要素を限定するものではない。すなわち、実施形態はあくまで課題を解決するための手段の欄に記載された発明の具体的な一例に過ぎず、課題を解決するための手段の欄に記載された発明の解釈は、その欄の記載に基づいて行なわれるべきものである。
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、様々な変更をなし得ることはいうまでもない。