以下、本発明の実施形態を通して本発明をさらに詳しく説明する。
(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかるエンジンの全体構成を示す図である。本図に示されるエンジンは、燃料を空気と混合した後に自着火させるHCCI燃焼が可能な圧縮自己着火式エンジンであり、走行用の動力源として車両に搭載されている。このエンジンは、内部に気筒1が形成されたシリンダブロック2と、シリンダブロック2の上面に設けられたシリンダヘッド3と、シリンダブロック2の気筒1に往復摺動可能に挿入されたピストン4とを有している。
上記ピストン4は、エンジンの出力軸であるクランク軸7とコネクティングロッド6を介して連結されている。ピストン4の上方には燃焼室が区画形成されており、この燃焼室で行われる燃焼(後述するインジェクタ10から噴射される燃料のHCCI燃焼)のエネルギーにより、上記ピストン4が気筒1内で往復運動(上下運動)するとともに、これに伴い上記クランク軸7が中心軸回りに回転するようになっている。
上記シリンダブロック2には、上記クランク軸7の回転速度をエンジンの回転速度として検出するエンジン速度センサSW1と、シリンダブロック2内に設けられた図略のウォータージャケット内を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出するエンジン水温センサSW3とが設けられている。
上記シリンダヘッド3には、気筒1内に燃料を噴射するためのインジェクタ10が設けられている。インジェクタ10は、その先端部がピストン4の上面を臨むように設けられており、図外の燃料供給管から供給される燃料を先端部から噴射することにより、気筒1内に燃料を噴射する。すなわち、インジェクタ10は、本発明にかかる燃料噴射手段として機能するものである。なお、インジェクタ10から噴射される燃料は、HCCI燃焼が可能な燃料であればその種類を問わないが、当実施形態では、ガソリンもしくはガソリンを主成分とする燃料(例えばガソリンにエタノールを添加したもの)や軽油等が好ましく用いられる。
上記エンジンの出力トルクは、車両に設けられたアクセルペダル25によって制御される。すなわち、このアクセルペダル25の開度(踏み込み量)に応じて、上記インジェクタ10からの燃料の噴射量が調節され、それによってエンジンの出力トルクが制御される。また、アクセルペダル25には、その開度(アクセル開度)を検出するためのアクセル開度センサSW2が設けられている。
上記シリンダヘッド3には、吸気ポート12および排気ポート13と、各ポート12,13を開閉する吸気弁14および排気弁15とが設けられている。吸気弁14および排気弁15は、シリンダヘッド3に配設された一対のカムシャフト等を含む動弁機構(図示省略)により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
上記吸気ポート12には、気筒1内に吸入空気(新気)を導入するための吸気通路18が接続されており、上記排気ポート13には、気筒1で生成された排気ガス(燃焼ガス)を外部に排出するための排気通路19が接続されている。
上記吸気通路18には、吸気通路18を通過する空気の流量、つまり吸入空気量を検出するためのエアフローセンサSW4が設けられている。また、吸気通路18の入口部付近のエンジンルーム内には、外気温を検出するための外気温センサSW5が設けられている。
ここで、当実施形態のエンジンでは、HCCI燃焼を実現するために、気筒1の幾何学的圧縮比が14以上30以下という高い値に設定されている。なお、幾何学的圧縮比とは、ピストン4が下死点にあるときの燃焼室容積と、ピストン4が上死点にあるときの燃焼室容積との比である。
また、HCCI燃焼が行われる当実施形態のエンジンは、次のような燃焼サイクルによって運転される。まず、吸気行程において、吸気弁14が開かれて、上記吸気通路18からの吸入空気が吸気ポート12を通じて気筒1の内部(燃焼室)に導入される。次いで、圧縮行程において、インジェクタ10から燃料が噴射されて、噴射された燃料が気筒1内の空気と混合されて混合気が形成されるとともに、この混合気がピストン4の上昇によって圧縮され、高温・高圧化する。すると、高温・高圧化した混合気が自着火により燃焼し始め(HCCI燃焼)、続く膨張行程において、その燃焼による膨張エネルギーがピストン4に作用してピストン4が押し下げられる。次いで、排気行程において、ピストン4が上昇に転じるとともに、排気弁15が開かれて、上記燃焼により生成された排気ガスが排気ポート13および排気通路19を通じて外部に排出される。排気行程の後は、再び吸気行程に戻ることにより、吸気、圧縮、膨張、排気の各行程が繰り返される。
上記シリンダヘッド3には、気筒1内にプラズマを放出するプラズマリアクタ11が設けられている。具体的に、このプラズマリアクタ11は、気筒1内にプラズマを放出することにより、気筒1内の分子やイオンを化学的に反応し易いラジカル(活性種)に変化させるとともに、オゾン(O3)を発生させる。すなわち、プラズマリアクタ11は、本発明にかかるオゾン供給手段として機能するものである。なお、プラズマリアクタ11は、オゾン生成のためのプラズマを放出できるものであればその種類を問わないが、例えば、針状の中心電極と、これを包囲する周囲電極とを有し、両電極の間に極短パルス状または高周波の高電界を印加することが可能なものがプラズマリアクタ11として用いられる。
上記吸気通路18と排気通路19とは、EGR通路20を介して互いに連結されている。EGR通路20は、気筒1から排出された排気ガスの一部を気筒1に還流する操作、つまりEGR(Exhaust Gas Recirculation)を行うための通路である。すなわち、このEGRの実行時、排気通路19を通過する排気ガスの一部は、EGR通路20を通じて吸気通路18に戻され、吸気通路18を通る空気とともに気筒1内へと導入される。なお、以下では、EGR通路20を通じて気筒1内に還流される排気ガスのことを、EGRガスという。
上記EGR通路20には、エンジンの冷却水等を利用した熱交換によってEGRガスを冷却するEGRクーラ21と、EGR通路20の通路面積を変更するための開閉可能なEGR弁22とが設けられている。EGR弁22は、その設定開度に応じてEGRガスの量を調節することが可能であり、本発明にかかるEGR量調節手段として機能するものである。
以上のように構成されたエンジンは、その各部がECU(エンジン制御ユニット)30により統括的に制御される。ECU30は、周知のとおり、CPU、ROM、RAM等から構成されるマイクロプロセッサであり、本発明にかかる制御手段として機能するものである。
上記ECU30は、上記エンジン速度センサSW1、アクセル開度センサSW2、エンジン水温センサSW3、エアフローセンサSW4、および外気温センサSW5と電気的に接続されており、これら各センサからの入力信号に基づいて、エンジンの回転速度、アクセル開度(要求トルク)、エンジン水温、吸入空気量、および外気温といった種々の情報を取得する。
また、上記ECU30は、上記インジェクタ10、プラズマリアクタ11、およびEGR弁22と電気的に接続されており、上記各センサから取得した種々の情報に基づく演算等を実行しながら、上記各機器10,11,22にそれぞれ駆動用の制御信号を出力する。これにより、ECU30は、インジェクタ10からの燃料の噴射量および噴射時期、プラズマリアクタ11からのオゾンの供給量および供給時期、並びにEGR弁22の開度(つまり気筒1内へのEGRガスの供給量)等を、各時点でのエンジンの運転状態に応じた適切な値になるようにそれぞれ制御する。
(2)オゾン供給およびEGRガス供給の意義
まず、上記プラズマリアクタ11を用いてオゾンを供給する意義について説明する。プラズマリアクタ11によるオゾンの供給は、主に、HCCI燃焼の開始時期、つまり、ピストン4により圧縮された混合気が自着火するタイミング(着火時期)を調節するために行われる。オゾンの供給によって混合気の着火時期を調節できる理由は、次のとおりである。
HCCI燃焼は、冷炎反応、青炎反応、熱炎反応、COの酸化反応という4段階の燃焼を経て完結することが知られている。ただし、青炎反応からCOの酸化反応へと至る3段階は、一連のまとまった燃焼として観察されるのが一般的である。このため、当明細書では、青炎反応からCOの酸化反応へと至る主燃焼の部分を「高温酸化反応」といい、その前の冷炎反応の部分を「低温酸化反応」という。なお、混合気の着火時期とは、「高温酸化反応」の開始時期を指している。
吸気行程や圧縮行程の途中等にオゾンを気筒1内に供給すると、供給されたオゾンは、圧縮行程が進行して気筒1内が所定温度(例えば500〜600K程度)まで上昇した時点で分解され、活性種の1種である酸素ラジカル(Oラジカル)を生成する。酸素ラジカルは強力な酸化力を有するので、この酸素ラジカルが存在することにより、通常であれば低温酸化反応が起きないような温度条件でも、燃料成分が酸化されて、低温酸化反応が生じる。低温酸化反応が一旦起きると、それによって気筒1内が高温化するので、その後の高温酸化反応も促進される。
このように、オゾンの供給は、低温酸化反応を活発にするので、結果として、高温酸化反応を早める作用をもたらす。したがって、オゾンの供給量を調節することで、混合気の着火時期(高温酸化反応の開始時期)を制御することが可能になる。
オゾンを供給した場合と供給しなかった場合とで混合気の着火遅れ時間がどのように異なるかを、燃料はガソリン、当量比は0.3、圧力は6.4MPa、オゾン濃度は6ppmの条件で調べた結果、オゾンの存在下で燃料を噴射した場合は、オゾンがない状態で燃料を噴射した場合よりも、常に混合気の着火遅れ時間が短くなることが分かった。つまり、オゾンを供給した場合は、オゾンを供給しなかった場合に比べて、燃料の着火性が良くなり、混合気の着火時期が早まることが分かった。
図2は、HCCI燃焼の進行と活性種(気筒1内に供給されたオゾンから生成した酸素ラジカル)の消費との関係を模式的に示す図である。横軸はクランク角(deg)であり、縦軸は熱発生率(J/deg)および気筒1内の酸素ラジカル濃度(ppm)である。図2に示す燃焼波形には、熱発生率が大きく立ち上がる主燃焼部分である高温酸化反応が生じるよりも手前の時期に、熱発生率がわずかに立ち上がる冷炎反応部分である低温酸化反応が生じている。ここで、オゾンを供給した場合は、オゾンを供給しなかった場合に比べて、より早い時期で低温酸化反応が起きる。このことが、その後の高温酸化反応を促進し、高温酸化反応の開始時期、つまり混合気の着火時期を早める役割を果たす。
上述のように、オゾンの供給が混合気の着火時期に影響することが分かったが、混合気の燃焼期間、つまり高温酸化反応の開始から終了までの期間については、オゾンを供給する場合と供給しない場合とで、それほど大きく変化しない。オゾンから生成した酸素ラジカルは、低温酸化反応を促進してその開始タイミングを早めるが、図2に示すように、低温酸化反応の開始後は、低温酸化反応により消費され、短期間で消失してしまうので、高温酸化反応が始まる時点では、酸素ラジカルはほとんど存在していない。このため、高温酸化反応の進行速度に酸素ラジカルが影響することはなく、高温酸化反応の期間はさほど変化しないと考えられる。すなわち、オゾンは、低温酸化反応を促進し、そのことが高温酸化反応の開始時期(着火時期)を早めるものの、高温酸化反応の期間(燃焼期間)には直接影響しない。
次に、上記のようなオゾンの供給と対比する形で、EGRガスの気筒への還流がHCCI燃焼に及ぼす影響について説明する。EGRガスの供給量によってHCCI燃焼の態様がどのように変化するかを調べた結果、排気ガスの一部をEGRガスとして気筒内に還流する操作(EGR)を行った場合、EGRガスの供給量が多くなるほど、混合気の着火時期が遅くなるとともに、混合気の燃焼期間(高温酸化反応の開始から終了までの期間)が長くなることが分かった。これは、EGRガスが増えると、その分だけ酸素濃度が減少することから、酸化反応が起きづらくなり、且つ酸化反応の進行速度が遅くなるためと考えられる。このように、EGRガスの供給は、混合気の着火時期を遅くさせ、しかも燃焼を緩慢化させる作用をもたらす。
上記の結果から理解できることは、EGRガスの供給量を調節した場合と、オゾンの供給量を調節した場合とでは、HCCI燃焼への影響の仕方が異なるということである。すなわち、オゾンの供給量を調節した場合には、主に混合気の着火時期だけを変化させることができるが、EGRガスの供給量を調節した場合には、混合気の着火時期だけでなく混合気の燃焼期間をも変化させてしまう。
このことは、見方を変えれば、オゾンの供給量とEGRガスの供給量との両方を調節することで、混合気の着火時期と燃焼時期とをより高い自由度で制御できることを意味する。図3に、オゾンおよびEGRガスの供給量が混合気の着火時期および燃焼期間にどのように影響するかを模式的に示している。この図3において、横軸は着火時期、縦軸は燃焼期間を表している。
図3の領域Sに示すように、EGRガスの供給量を増加させるほど、着火時期が遅くなるとともに燃焼期間が長くなり、逆に、EGRガスの供給量を減少させるほど、着火時期が早くなるとともに燃焼期間が短くなる。一方、オゾンの供給量を増加させるほど、着火時期が早くなり、逆に、オゾンの供給量を減少させるほど、着火時間が遅くなる。すなわち、EGRガスの供給量だけを調節した場合には、着火時期および燃焼期間を1次元的にしか変化させられないのに対し、EGRガスに加えてオゾンの供給量も調節した場合には、着火時期および燃焼期間を2次元的に変化させることができ、より高い自由度でHCCI燃焼を制御することが可能になる。
(3)具体的制御
次に、インジェクタ10による気筒1内への燃料の噴射量および噴射時期と、プラズマリアクタ11による気筒1内へのオゾンの供給量および供給時期と、EGR弁22による気筒1内へのEGRガスの供給量とを、エンジンの運転状態に応じてどのように制御するかを具体的に説明する。以下に説明する制御は、上述したECU30の処理に基づき行われる。
図4は、当実施形態にかかるエンジンの運転領域を示すマップ図である。エンジンの運転領域は、所定の第1基準負荷と、この第1基準負荷より低負荷側の所定の第2基準負荷とによって、3つの領域に区画されている。エンジン負荷が第2基準負荷未満の領域はエンジンの最低負荷を含む低負荷域A(本発明にかかる第3領域に相当)、第2基準負荷以上で第1基準負荷未満の領域は中負荷域B(同じく第1領域に相当)、第1基準負荷以上の領域はエンジンの最高負荷を含む高負荷域C(同じく第2領域に相当)である。
低負荷域Aでは、NOxの生成が抑えられるλ>3(λは空気過剰率)のリーン運転が行われ、燃料の未燃損が出ない限界の空燃比までリーンで運転される。中負荷域Bでは、同じくNOxの生成が抑えられる2.2≦λ≦3のリーン運転が行われる。中負荷域Bでは、後述するように、EGRが実行されるので、G/F(空気とEGRガスとを合せたガスの総質量Gと燃料の質量Fとの比)でいうと35以上のリーン運転が行われる。高負荷域Cでは、λ1運転が行われ、排気通路19に配設された三元触媒(図示略)によって排気ガスが浄化され、NOxの排出が抑えられる。
後述するように、気筒1内への燃料噴射量は要求トルクが高いほど増加される。低負荷域Aおよび中負荷域Bでは、気筒1内に導入される空気量に対して気筒1内への燃料噴射量がまだそれほど多くないので、2.2≦λのリーン運転が可能となり、NOxの生成が抑えられる。一方、高負荷域Cでは、気筒1内への燃料噴射量が多くなるので、たとえ気筒1内に最大限に空気を導入しても、空燃比はNOxが生成する空燃比にリッチ化する。そこで、高負荷域Cでは、三元触媒による排気ガスの浄化を図るために、気筒1内への空気の導入量を減らして、空燃比をλ=1(理論空燃比)にするのである。その際の空気量の調節は、例えば、吸気通路18に配設されたスロットル弁(図示略)による吸入空気量の調節や、EGR弁22によるEGRガスの還流量の調節によって行われる。ただし、最高負荷付近は、トルクを確保するために、気筒1内へのEGRガスの還流が停止される。
当実施形態のエンジンは、上述のように、気筒1の幾何学的圧縮比が14以上30以下に設定されている。このような圧縮比では、気筒1内にオゾンを供給しなくても振動や騒音が少なく且つ着火時期が適正なHCCI燃焼が実現する運転領域が部分的に存在する。そのため、気筒1内へのオゾン供給は、全運転領域A,B,Cで行ってもよいが、例えば、低負荷域Aの低〜中回転高負荷側や、中負荷域Bの中〜高回転側および低負荷側や、高負荷域Cの高回転低〜中負荷側等では、運転条件に応じて行わなくてもよい場合がある。
以下に説明する制御は、以上のようなエンジンについて行われるものであり、ポイントをまとめると次のようになる。低負荷域Aでは、失火を抑制するためにオゾン供給が行われる。燃料噴射量が少ない低負荷域Aでオゾンを供給することにより低温燃焼での混合気の着火性が確保される。中負荷域Bでは、EGRガスの還流により燃焼期間を制御してHCCI燃焼の緩慢化を図り、併せて、オゾン供給により着火時期を制御して燃焼圧力ピークを圧縮上死点(TDC)に近づける。先に、中負荷域BではEGRが実行されると説明したが、それはこのようにHCCI燃焼を緩慢化させるためのものである。高負荷域Cでは、EGRガスが気筒1内に入らないかまたは入っても少量なので、EGRガス量を調節してもHCCI燃焼はさほど変化しない。そこで、燃料噴射制御とオゾン供給量制御とによりHCCI燃焼の緩慢化を図る。具体的には、後述するように、オゾンから生成した酸素ラジカルが存在する状態で燃料を噴射する前段噴射と酸素ラジカルが存在しない状態で燃料を噴射する後段噴射とを行う。これにより、前段噴射された燃料のみが酸素ラジカルで活性化され、残りの後段噴射された燃料は活性化されないので、全体の燃焼が緩慢化する。先に、高負荷域CではEGRガスの還流量が調節されると説明したが、それはあくまでも空燃比をλ1に調節するために気筒1内にEGRガスが供給されるものであって、HCCI燃焼の緩慢化のためではない。このように、オゾン供給、EGRガス供給、燃料噴射制御、空燃比制御を各運転領域A,B,Cで選択して行うことにより、HCCI燃焼が可能な運転領域が拡大し、高い熱効率と優れたNVH性能とが両立した適正なHCCI燃焼が全運転領域A,B,Cで実現する。特に、当実施形態のエンジンは、燃焼騒音の問題がある中負荷域Bおよび高負荷域Cにおいて、燃焼騒音の問題を解決するためにHCCI燃焼を緩慢にし、NVH性能の向上を図っており、低負荷域Aでは燃焼の急激な進行が起こらず、振動や騒音の問題が少ないエンジンである。
そのために、まず、ECU30は、エンジンの運転状態に応じて予め設定された多数の目標熱発生パターンのデータを記憶しており、中負荷域Bおよび高負荷域Cにおいては、HCCI燃焼がこの目標熱発生パターンに沿った燃焼となるように、インジェクタ10、プラズマリアクタ11およびEGR弁22を制御する。
目標熱発生パターンは、混合気の着火時期と燃焼期間とを規定するものであり、エンジンの回転速度および負荷に応じて細かく多数の目標熱発生パターンが予め定められている。ここでいう着火時期とは、高温酸化反応の開始時期のことであり、燃焼期間とは、高温酸化反応の期間のことである(図2参照)。
目標熱発生パターンにおいては、着火時期は、エンジン回転速度が高いほど早く(進角側に)、エンジン回転速度が低いほど遅く(遅角側に)設定されており、燃焼期間は、エンジン負荷が高いほど長く(燃焼が緩慢に)、エンジン負荷が低いほど短く(燃焼が迅速に)設定されている。着火時期が高回転側ほど早くされる理由は、回転速度が速いと、膨張行程時にピストン4が素早く下降することから、早めに燃焼を始めないと途中で失火するおそれがあるためである。また、燃焼期間が高負荷側ほど長くされる理由は、負荷が高いと、燃焼により生じるトータルのエネルギーが大きいことから、燃焼を緩慢化しないと急激な圧力上昇(dP/dθ)が起こって大きな振動や騒音が発生するおそれがあるためである。
図5は、オゾンから生成した酸素ラジカルが気筒1内に残存しているときに、気筒1内に供給すべき燃料の一部を前段噴射し、その後、前段噴射された燃料の低温酸化反応により酸素ラジカルが消費されて消失しているときに、残りの燃料を後段噴射した場合のHCCI燃焼の進行を示す図である。横軸はクランク角(deg)であり、縦軸は熱発生率(J/deg)および気筒1内の化学種濃度(ppm)である。
酸素ラジカルの存在下で気筒1内に前段噴射された燃料は、上述のように、酸素ラジカルとの反応により活性化され、通常であれば低温酸化反応が起きないような温度条件でも低温酸化反応が起き、その後の高温酸化反応が促進されて、着火限界温度が低下する。その結果、前段噴射された燃料は、筒内温度がまだ相対的に低い段階(例えば900K程度)で自着火して燃焼する(この前段噴射の燃料の燃焼波形を図5に破線アで示す)。
一方、酸素ラジカルの消失後に気筒1内に後段噴射された燃料は、酸素ラジカルとの反応が起こらず、着火限界温度が低下しない。その結果、後段噴射された燃料は、筒内温度が相対的に高くなった段階(例えば1000K程度)で自着火して燃焼する(この後段噴射の燃料の燃焼波形を図5に鎖線イで示す)。より詳しくは、前段噴射された燃料の燃焼により筒内温度が上昇したことによって、後段噴射された燃料が着火燃焼する。
以上の結果として、気筒1内に供給された燃料は二段階に分かれて着火燃焼することになり、一度に燃料の全量が自着火して燃焼する場合に比べて、燃焼期間が長くなり、全体の燃焼(前段噴射の燃料の燃焼と後段噴射の燃料の燃焼との合計:全体の燃焼波形を図5に実線で示す)が緩慢になる。これは、例えばガソリンと軽油のように複数種類の異なる性状の燃料を混合したマルチフューエルを気筒1内に噴射した場合に得られる作用と同様の作用である。そのため、急激な圧力上昇が抑制され、大きな燃焼エネルギーが短期間で発生することを回避でき、燃焼に伴う振動や騒音のレベルを効果的に低減することができる。これにより、燃焼騒音の発生によるNVH(noise, vibration, harshness)の低下が抑制され、大きな振動や騒音を伴わない適正なHCCI燃焼が可能な運転領域を大幅に拡大することができ、エンジンの熱効率を効果的に向上させることができる。
要すれば、酸素ラジカル雰囲気により低温酸化が活発になった低温着火可能燃料、すなわち着火性の良い燃料(前段噴射の燃料)と、酸素ラジカルの消失後に噴射された高温着火燃料、すなわち着火性の悪い燃料(後段噴射の燃料)とが混在する状態をつくり、両者の着火温度が異なること(例えば100K程度異なること)を利用して、燃焼期間の長い緩慢な燃焼の実現を図るのである。
なお、図5は、酸素ラジカルの消失時期の前後に亘って前段噴射と後段噴射とを連続して行う場合を示したが、これに限らず、酸素ラジカルの消失時期を挟んで前段噴射と後段噴射とを所定の時間的間隔を空けて行う(すなわち前段噴射と後段噴射とを分割して行う)ようにしてもよい。
図6は、エンジンの運転中に上記ECU30が行う処理の手順を示すフローチャートである。このフローチャートの処理がスタートすると、ECU30は、各種センサ値を読み込む処理を実行する(ステップS1)。具体的には、エンジン速度センサSW1、アクセル開度センサSW2、エンジン水温センサSW3、エアフローセンサSW4、および外気温センサSW5からそれぞれの検出信号を読み込み、これらの信号に基づいて、エンジンの回転速度、要求トルク(負荷)、エンジン水温、吸入空気量、および外気温といった各種情報を取得する。
次いで、ECU30は、上記ステップS1で取得した情報に基づいて、エンジンの運転領域を判定する(ステップS2)。その結果、エンジンの運転領域が低負荷域Aにある場合はステップS12,S13,S16,S17を実行し、中負荷域Bにある場合はステップS21〜S27を実行し、高負荷域Cにある場合はステップS32〜S37を実行する。以下、相互に類似または共通するステップを含め、各運転領域A,B,C毎に制御動作を説明する。
(3−1)低負荷域Aの制御
3つの領域のうち燃料噴射量が最も少なく、燃焼の急激な進行が起こらず、振動や騒音の問題が少ない低負荷域Aでは、高回転域およびアイドル域でオゾン供給量が増加するように、プラズマリアクタ11が駆動される。
まず、ECU30は、上記ステップS1で取得した情報から特定される要求トルクと回転数とに基づいて、インジェクタ10から噴射すべき燃料の量、および燃料噴射を開始すべき時期を決定する処理を実行する(ステップS13)。具体的に、このステップS13では、エンジンの負荷が高いほど、インジェクタ10からの噴射目標値が大きく設定され(つまり目標噴射量が増加され)、エンジンの回転速度が高いほど、インジェクタ10からの目標噴射時期(燃料噴射を開始すべき時期)が早く設定される。なお、目標噴射時期は、圧縮行程中の所定のクランク角範囲内において設定される。
次いで、ECU30は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出によってどの程度の量のオゾンを供給すべきかを決定する処理を実行する(ステップS16)。具体的に、このステップS16では、高回転域でオゾン供給量が多く設定され、また、アイドル域でもオゾン供給量が多く設定される。つまり、3つの領域のうち燃料噴射量が最も少ない低負荷域A中の高回転域およびアイドル域において、低温酸化反応を促進する作用のあるオゾンの供給量を増やすことで、高回転域での受熱時間不足ないし反応時間不足に伴う着火性の低下ひいては失火の抑制、およびアイドル域での筒内温度低下に伴う着火性の低下ひいては失火の抑制が図られる。
次いで、ECU30は、上記ステップS16で決定した供給量に従ってオゾンが気筒1内に供給されるようにプラズマリアクタ11を駆動するとともに、上記ステップS13で決定した噴射量および噴射時期に従って燃料が噴射されるようにインジェクタ10を駆動する処理を実行する(ステップS17)。オゾンの供給量は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出量によって決まるから、ECU30は、プラズマリアクタ11への印加電圧および印加時間の少なくとも一方を変化させることで、オゾンの供給量を調節する。また、オゾンの供給時期については、低温酸化反応が始まる圧縮行程の後期までに所要量のオゾンが供給されるような時期であればよく、例えば圧縮行程中期等の適宜の時期に設定される。
(3−2)中負荷域Bの制御
3つの領域のうち燃料噴射量が低負荷域Aよりも多く、燃焼騒音の問題がある中負荷域Bでは、エンジン回転速度が高いほど混合気の着火時期が早くなり、且つエンジン負荷が高いほど混合気の燃焼期間が長くなるように、EGR弁22およびプラズマリアクタ11が駆動される(図3参照)。
まず、ECU30は、上記ステップS1で取得した情報に基づいて、設定すべきEGR弁22の開度を決定し、その開度を目標にEGR弁22を駆動する処理を実行する(ステップS21)。具体的に、このステップS21では、エンジンの負荷(アクセル開度に基づく要求トルク)が高いほど、EGR弁22の開度が大きく設定される。これは、目標熱発生パターン、すなわち高温酸化反応の開始時期(着火時期)および反応期間(燃焼期間)の目標値に合わせて、負荷が高いほど燃焼を緩慢化させる必要があるためである。
次いで、ECU30は、上記ステップS1で取得した情報から特定される要求トルクと回転数とに基づいて、インジェクタ10から噴射すべき燃料の量、および燃料噴射を開始すべき時期を決定する処理を実行する(ステップS23)。具体的に、このステップS23では、エンジンの負荷が高いほど、インジェクタ10からの噴射目標値が大きく設定され、エンジンの回転速度が高いほど、インジェクタ10からの目標噴射時期が早く設定される。なお、目標噴射時期は、圧縮行程中の所定のクランク角範囲内において設定される。
次いで、ECU30は、目標熱発生パターンのデータ、すなわち高温酸化反応の開始時期(着火時期)および反応期間(燃焼期間)の目標値のデータを参照することにより、現在のエンジンの運転状態(回転速度、負荷)に合った目標熱発生パターンを決定する処理を実行する(ステップS24)。具体的には、上記ステップS1で取得したエンジンの回転速度および負荷を、予めエンジンの回転速度および負荷に応じて細かく定められた多数の目標熱発生パターンのデータに当てはめて、現在のエンジンの運転状態に応じた適切な一つのパターンを、目標とすべき目標熱発生パターンとして決定する。
次いで、ECU30は、気筒1内に還流される実際のEGRガスの量(以下、真のEGR量という)と、圧縮上死点近傍における気筒1内の温度・圧力(筒内PT)とを推定する処理を実行する(ステップS25)。具体的に、このステップS25では、EGR弁22の開度が増大過程にあるか減少過程にあるか、その開度の増大/減少率はどの程度か、エンジンの回転速度はどの程度かなど、本来期待されるEGR量(EGR弁22の開度を一定値に保持した場合に得られるEGR量)と真のEGR量との差を左右する種々の要素に基づいて、過渡性を考慮した真のEGR量を推定する演算が行われる。また、その真のEGR量と、上記ステップS1で取得されたエンジン水温、吸入空気量、および外気温とに基づいて、圧縮上死点近傍の筒内温度・圧力、つまり、ピストン4を圧縮上死点近傍の特定時点までモータリングによって上昇させた場合の気筒1内の温度・圧力を推定する演算が行われる。
次いで、ECU30は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出によってどの程度の量のオゾンを供給すべきかを決定する処理を実行する(ステップS26)。具体的に、このステップS26では、まず、上記ステップS23で決定した燃料の噴射量および噴射時期と、上記ステップS25で推定した真のEGR量および筒内温度・圧力とに基づいて、仮にオゾンを全く供給しなかった場合に生じる熱発生パターンが推定される。そして、この熱発生パターン(オゾン供給量がゼロの場合の熱発生パターン)と、上記ステップS24で決定した目標熱発生パターンとを比較して、どの程度の量のオゾンを供給すれば上記目標熱発生パターンに最も近い燃焼が得られるかが演算により求められ、その量が目標のオゾン供給量として決定される。なお、このような演算処理を行うために、ECU30には、オゾン供給によるHCCI燃焼への影響(例えばオゾン供給量と着火時期の変化との関係等)がデータ化されて記憶されている。
上記ステップS26では、目標熱発生パターンを目指してオゾンの目標供給量が決定される結果、エンジン回転速度が高いほど供給量が多く設定され、逆に回転速度が低いほど供給量が少なく設定される。つまり、高回転側ほど着火時期が早く設定される目標熱発生パターンに従って、オゾンの供給量が高回転側ほど増やされて、低温酸化反応の促進が図られる。
次いで、ECU30は、上記ステップS26で決定した供給量に従ってオゾンが気筒1内に供給されるようにプラズマリアクタ11を駆動するとともに、上記ステップS23で決定した噴射量および噴射時期に従って燃料が噴射されるようにインジェクタ10を駆動する処理を実行する(ステップS27)。オゾンの供給量は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出量によって決まるから、ECU30は、プラズマリアクタ11への印加電圧および印加時間の少なくとも一方を変化させることで、オゾンの供給量を調節する。また、オゾンの供給時期については、低温酸化反応が始まる圧縮行程の後期までに所要量のオゾンが供給されるような時期であればよく、例えば圧縮行程中期等の適宜の時期に設定される。
(3−3)高負荷域Cの制御
3つの領域のうち燃料噴射量が最も多く、燃焼騒音の問題がある高負荷域Cでは、気筒1内に供給されたオゾンから生成した酸素ラジカルが気筒1内に残存しているときに燃料が噴射される前段噴射と、前段噴射された燃料の低温酸化反応により酸素ラジカルが消費されて消失しているときに燃料が噴射される後段噴射とが行われるように、インジェクタ10およびプラズマリアクタ11が駆動される(図5参照)。
まず、ECU30は、上記ステップS1で取得した情報から特定される要求トルクと回転数とに基づいて、インジェクタ10から噴射すべき燃料の量、および燃料噴射を開始すべき時期を決定する処理を実行する(ステップS33)。具体的に、このステップS33では、エンジンの負荷が高いほど、インジェクタ10からの噴射目標値(より詳しくは、前段噴射と後段噴射との合計の噴射目標値)が大きく設定され、エンジンの回転速度が高いほど、インジェクタ10からの目標噴射時期(より詳しくは、前段噴射の目標噴射時期)が早く設定される。なお、目標噴射時期(前段噴射の目標噴射時期)は、酸素ラジカルの生成に合せて設定される。すなわち、気筒1内に供給されたオゾンが分解し、酸素ラジカルが生成している状態で、前段噴射が行われるように、前段噴射の目標噴射時期が設定される。なお、当実施形態では、酸素ラジカルの消失時期の前後に亘って前段噴射と後段噴射とを連続して行う場合を説明する。
次いで、ECU30は、目標熱発生パターンのデータ、すなわち高温酸化反応の開始時期(着火時期)および反応期間(燃焼期間)の目標値のデータを参照することにより、現在のエンジンの運転状態(回転速度、負荷)に合った目標熱発生パターンを決定する処理を実行する(ステップS34)。具体的には、上記ステップS1で取得したエンジンの回転速度および負荷を、予めエンジンの回転速度および負荷に応じて細かく定められた多数の目標熱発生パターンのデータに当てはめて、現在のエンジンの運転状態に応じた適切な一つのパターンを、目標とすべき目標熱発生パターンとして決定する。
次いで、ECU30は、圧縮上死点近傍における気筒1内の温度・圧力(筒内PT)を推定する処理を実行する(ステップS35)。具体的に、このステップS35では、上記ステップS1で取得されたエンジン水温、吸入空気量、および外気温に基づいて、圧縮上死点近傍の筒内温度・圧力、つまり、ピストン4を圧縮上死点近傍の特定時点までモータリングによって上昇させた場合の気筒1内の温度・圧力を推定する演算が行われる。
次いで、ECU30は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出によってどの程度の量のオゾンを供給すべきかを決定する処理を実行する(ステップS36)。具体的に、このステップS36では、まず、上記ステップS33で決定した燃料の噴射量および噴射時期と、上記ステップS35で推定した筒内温度・圧力とに基づいて、仮にオゾンを全く供給しなかった場合に生じる熱発生パターンが推定される。そして、この熱発生パターン(オゾン供給量がゼロの場合の熱発生パターン)と、上記ステップS34で決定した目標熱発生パターンとを比較して、どの程度の量のオゾンを供給すれば上記目標熱発生パターンに最も近い燃焼が得られるかが演算により求められ、その量が目標のオゾン供給量として決定される。なお、このような演算処理を行うために、ECU30には、オゾン供給によるHCCI燃焼への影響(例えばオゾン供給量と着火時期の変化との関係等)がデータ化されて記憶されている。
上記ステップS36におけるオゾン供給量の決定動作をさらに詳しく説明する。当実施形態では、オゾン供給量は、燃料噴射量および噴射時期と関連して決定される。
まず、図6のフローチャートには示していないが、図5のクランク角チャートに示すように、オゾンの供給時期に関しては、燃料噴射時期よりも早い所定のクランク角範囲内、例えば吸気行程中や圧縮行程中の所定のクランク角範囲内において別途設定される。より詳しくは、前段噴射の燃料が噴射される時点で酸素ラジカルが気筒1内に存在するようにオゾンが相対的に早い時期に気筒1内に供給される。換言すれば、気筒1内に供給されたオゾンが分解し、酸素ラジカルが生成している状態で、前段噴射が行われるように、オゾンの供給時期が設定される。
オゾンが気筒1内に供給されると、上述のように、ピストン4の圧縮により気筒1内の温度が500〜600K程度に上昇した時点で分解し、オゾンが消失する代わりに活性種の酸素ラジカルが生成する。この酸素ラジカルが存在している状態で燃料が気筒1内に噴射されると、上述のように、噴射された燃料の低温酸化反応が起き、この低温酸化反応に酸素ラジカルが消費されて消失する。この酸素ラジカルの消失時期は、低温酸化反応の開始時の酸素ラジカル濃度が小さいほど早くなる(進角する)。
ここで、燃料噴射時期、より詳しくは、前段噴射の噴射時期は、上述のように、ステップS33で、エンジン回転速度に応じて設定される。また、燃料噴射量、より詳しくは、前段噴射と後段噴射との合計の燃料噴射量もまた、ステップS33で、エンジン負荷に応じて設定される。したがって、これらの燃料噴射時期(前段噴射の開始時期)および燃料噴射量が決まることにより燃料噴射の終了時期(より詳しくは、後段噴射の終了時期)が定まる。
そして、酸素ラジカルの消失時期が上記燃料噴射の開始時期(前段噴射の開始時期)と上記燃料噴射の終了時期(後段噴射の終了時期)との間に到来するように、低温酸化反応開始時における気筒1内の酸素ラジカル濃度を制御する。そのためには、プラズマリアクタ11によるオゾン供給時の気筒1内のオゾン濃度を制御することになる。
例えば、オゾンの供給量が少なく、気筒1内の酸素ラジカル濃度が不足すると、酸素ラジカルの消失時期が早くなりすぎて、燃料噴射量の総量に占める前段噴射量(前段噴射された燃料の量、つまり前段噴射の燃料噴射量)の比率が過度に小さくなる。その結果、着火性の悪い後段噴射の燃料の比率が過度に大きくなって、失火もしくは未燃損が多くなる。
逆に、オゾンの供給量が多く、気筒1内の酸素ラジカル濃度が過剰になると、酸素ラジカルの消失時期が遅くなりすぎて、燃料噴射量の総量に占める前段噴射量の比率が過度に大きくなる。その結果、着火性の良い低温着火可能燃料の比率が過度に大きくなって、燃焼が緩慢化せず、急激な圧力上昇が起こって、燃焼騒音が発生する。
したがって、上記ステップS36においては、上記ステップS34で決定した目標熱発生パターンに規定されている高温酸化反応の燃焼波形が実現することを目的として、酸素ラジカルが前段噴射の開始時期と後段噴射の終了時期との間の適正な時期に消失するように、オゾン供給量が決定される。
次いで、ECU30は、上記ステップS36で決定した供給量に従ってオゾンが気筒1内に供給されるようにプラズマリアクタ11を駆動するとともに、上記ステップS33で決定した噴射量および噴射時期に従って燃料が噴射されるようにインジェクタ10を駆動する処理を実行する(ステップS37)。オゾンの供給量は、プラズマリアクタ11からのプラズマ放出量によって決まるから、ECU30は、プラズマリアクタ11への印加電圧および印加時間の少なくとも一方を変化させることで、オゾンの供給量を調節する。
(4)作用等
以上説明したように、当実施形態では、燃料を空気と混合した後に自着火させるHCCI燃焼が可能な圧縮自己着火式エンジンにおいて、次のような特徴的な構成を採用した。
エンジンは、気筒1内に還流される排気ガスであるEGRガスの量を調節するEGR弁22(EGR量調節手段)と、気筒1内に燃料を噴射するインジェクタ10(燃料噴射手段)と、気筒1内にオゾンを供給するプラズマリアクタ11(オゾン供給手段)と、EGR弁22、インジェクタ10およびプラズマリアクタ11を駆動してEGRガスの供給量と、燃料の噴射量および噴射時期と、オゾンの供給量および供給時期とを制御するECU30(制御手段)とを備える。
ECU30は、エンジン負荷が所定の第1基準負荷未満且つ第1基準負荷より低負荷側の所定の第2基準負荷以上の中負荷域Bにおいて、EGR弁22およびプラズマリアクタ11を駆動して、EGRガス供給量およびオゾン供給量を調節することにより、HCCI燃焼の着火時期と燃焼期間とを制御する(ステップS21,S26〜S27)。
また、ECU30は、エンジン負荷が上記第1基準負荷以上の高負荷域Cにおいて、インジェクタ10およびプラズマリアクタ11を駆動して、気筒1内に供給されたオゾンから生成した酸素ラジカル(活性種)の消失時期の前後に燃料を噴射し、上記消失時期の前(酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないとき)に燃料が噴射される前段噴射の燃料噴射量と、上記消失時期の後(酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロのとき)に燃料が噴射される後段噴射の燃料噴射量との割合を調節することにより、HCCI燃焼の着火時期と燃焼期間とを制御する(ステップS36〜S37)。
上記実施形態では、中負荷域Bでは、EGRガス供給量およびオゾン供給量を調節することにより、高負荷域Cでは、オゾンから生成した酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないときに燃料が噴射される前段噴射の燃料噴射量とゼロのときに燃料が噴射される後段噴射の燃料噴射量との割合を調節することにより、いずれも、混合気の着火時期と燃焼期間との両方を変化させることができるので、より高い自由度でHCCI燃焼を制御することができる。そのため、大きな振動や騒音を伴わない適正なHCCI燃焼が可能な運転領域を大幅に拡大することができ、エンジンの熱効率を効果的に向上させることができる。
上記実施形態では、中負荷域Bにおいて、振動や騒音の少ないHCCI燃焼をより幅広い運転領域で実現することができ、高い熱効率とNVH性能とを両立できるという利点がある。すなわち、上記実施形態では、EGRガスおよびオゾンの供給量の調節によって混合気の着火時期と燃焼期間との両方を変化させることができるので、より高い自由度でHCCI燃焼を制御することができる。例えば、混合気の着火時期がエンジン回転速度が高いほど早められるので、膨張行程時のピストン4の下降速度が速くなる高回転域で、失火が起きるのを確実に防止することができる。また、混合気の燃焼期間がエンジン負荷が高いほど長くされるので、大きな燃焼エネルギーが短期間で発生することを回避でき、燃焼に伴う振動や騒音のレベルを効果的に低減することができる。これにより、大きな振動や騒音を伴わない適正なHCCI燃焼が可能な運転領域を大幅に拡大することができ、エンジンの熱効率を効果的に向上させることができる。
また、高負荷域Cにおいて、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないときに噴射された燃料(前段噴射の燃料)は、酸素ラジカルとの反応により活性化され、着火限界温度が低下する結果、筒内温度がまだ相対的に低い段階で自着火して燃焼する。図5において、前段噴射の燃料(低温着火可能燃料)の燃焼波形を破線アで示す。一方、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロのときに噴射された燃料(後段噴射の燃料)は、酸素ラジカルとの反応が起こらず、着火限界温度が低下しない結果、筒内温度が相対的に高くなった段階で自着火して燃焼する。図5において、後段噴射の燃料(高温着火燃料)の燃焼波形を鎖線イで示す。そのため、例えばガソリンと軽油のように複数種類の異なる性状の燃料を混合したマルチフューエルを噴射した場合のように、気筒1内に噴射された燃料が二段階に分かれて着火燃焼することになり、一度に燃料の全量が着火燃焼する場合に比べて、前段噴射の燃料の燃焼(図5の破線ア)と後段噴射の燃料の燃焼(図5の鎖線イ)との合計である全体の燃焼(図5の実線)が緩慢になって、急激な圧力上昇が抑制される。そのため、大きな燃焼エネルギーが短期間で発生することが回避でき、燃焼に伴う振動や騒音のレベルを効果的に低減することができる。これにより、大きな振動や騒音を伴わない適正なHCCI燃焼が可能な運転領域を大幅に拡大することができ、エンジンの熱効率を効果的に向上させることができる。
要すれば、上記実施形態では、相対的に負荷の低い中負荷域Bにおいては、EGRガス量とオゾン量との調節により熱発生パターン(着火時期、燃焼期間)を制御してHCCI燃焼を緩慢化し、相対的に負荷の高い高負荷域Cにおいては、酸素ラジカルが消失する前後の燃料噴射(前段噴射、後段噴射)の割合の調節により熱発生パターン(着火時期、燃焼期間)を制御してHCCI燃焼を緩慢化している。そして、それによって、それぞれ優れたNVH性能を確保している。
上記実施形態では、ECU30は、エンジン負荷が上記第2基準負荷未満の低負荷域Aにおいて、高回転域およびアイドル域でオゾン供給量が増加するように、プラズマリアクタ11を駆動する(ステップS16〜S17)。
上記実施形態では、中負荷域Bよりも低負荷側の低負荷域Aにおいて、低温酸化反応を促進する作用のあるオゾンの供給量を高回転域およびアイドル域で増やすことで、3つの領域A,B,Cのうち燃料噴射量が最も少ない低負荷域Aにおいて、高回転域での受熱時間不足ないし反応時間不足に伴う着火性の低下ひいては失火、およびアイドル域での筒内温度低下に伴う着火性の低下ひいては失火が抑制される。
上記実施形態では、エンジン回転速度が高いほど混合気の着火時期が早くなり、且つエンジン負荷が高いほど混合気の燃焼期間が長くなるように、中負荷域BではEGRガス供給量およびオゾン供給量を調節し、高負荷域Cでは前段噴射の燃料噴射量と後段噴射の燃料噴射量との割合を調節する。
上記実施形態では、エンジン回転速度が高いほど混合気の着火時期が早められるので、膨張行程時のピストン4の下降速度が速くなる高回転域で、失火が起きるのを確実に防止することができる。また、エンジン負荷が高いほど混合気の燃焼期間が長くされるので、大きな燃焼エネルギーが短期間で発生することを回避でき、燃焼に伴う振動や騒音のレベルを効果的に低減することができる。
上記実施形態では、空気過剰率λが、低負荷域Aでは3を超えて大きく、中負荷域Bでは2.2以上3以下であり、高負荷域Cでは1である。
上記実施形態では、低負荷域Aおよび中負荷域BではNOxの生成が抑えられることにより、高負荷域Cでは三元触媒で排気ガスが浄化されることにより、いずれもNOxの排出が良好に抑制される。
上記実施形態では、中負荷域Bにおいて、エンジン回転速度が高いほどオゾンの供給量が増加するように上記プラズマリアクタ11が駆動される。このように、中負荷域Bで、低温酸化反応を促進する作用のあるオゾンの供給量を高回転側ほど増やすようにした場合には、高回転域での着火時期を早めて失火を確実に防止することができる。
上記実施形態では、中負荷域Bにおいて、エンジン負荷が高いほどEGRガスの供給量が増加するようにEGR弁22が駆動される。このように、中負荷域Bで、燃焼を緩慢化させる作用のあるEGRガスの供給量を高負荷側ほど増やすようにした場合には、高負荷域での燃焼期間を長期化させて振動や騒音を確実に低減することができる。
上記実施形態では、高負荷域Cにおいて、図5に示したように、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないときとゼロのときとに亘って前段噴射と後段噴射とが連続して行われるように、インジェクタ10およびプラズマリアクタ11が駆動される(ステップS33,S36〜S37)。この場合、気筒1内への燃料噴射回数が1回で済むという利点がある。
一方、高負荷域Cにおいて、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないときとゼロのときとに前段噴射と後段噴射とが所定の時間的間隔を空けて(すなわち分割して)行われるように、インジェクタ10およびプラズマリアクタ11が駆動された場合は、燃料の一部を酸素ラジカルと反応して相対的に早い段階で自着火燃焼する着火性の良い燃料(低温着火可能燃料)とし、残りの部分を酸素ラジカルと反応せずに相対的に遅い段階で自着火燃焼する着火性の悪い燃料(高温着火燃料)とすることが確実に行えるという利点がある。
上記実施形態では、高負荷域Cにおいて、エンジン負荷が高いほど燃料噴射量が増加するように(ステップS33参照)、ステップS37でインジェクタ10が駆動されている。なお、その際、空気過剰率λが1となるように、例えば、EGR量、スロットル弁、あるいは吸排気バルブタイミングを調節することにより、吸入空気量が制御される。また、その際、エンジン負荷が高いほど、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロのときに噴射される燃料の比率、つまり燃料噴射量の総量に占める後段噴射量(後段噴射された燃料の量、つまり後段噴射の燃料噴射量)の比率が増大するように、ステップS37でインジェクタ10およびプラズマリアクタ11を駆動することが好ましい。具体的には、例えば図5に示した酸素ラジカルの消失時期が前段噴射の開始時期と後段噴射の終了時期との間で相対的に早い時期に位置するように、低温酸化反応開始時における気筒1内の酸素ラジカル濃度、ひいてはプラズマリアクタ11によるオゾン供給時の気筒1内のオゾン濃度を制御する。これにより、他の領域A,Bに比べて燃料噴射量が多い高負荷域Cで燃料噴射量が増加するときは、酸素ラジカルと反応せずに着火性に劣る燃料(高温着火燃料)の比率が増大するから、燃焼がより緩慢となり、たとえ燃料噴射量が増加しても、過度な圧力上昇が抑制される。
なお、上記実施形態では、エンジンの気筒1内に直接プラズマを放出し得る位置にプラズマリアクタ11を設けたが、プラズマリアクタ11は、プラズマの放出に伴い生じるオゾンを気筒1内に供給できるものであればよく、例えば、吸気ポート12に向けてプラズマを放出するものであってもよい。
また、上記実施形態では、プラズマの放出によってオゾンを供給するプラズマリアクタ11をオゾン供給手段として設けたが、オゾン供給手段は、オゾンを供給できるものであればよく、必ずしもプラズマを用いたものに限られない。
また、上記実施形態では、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロでないとき(酸素ラジカルの消失前)に行う燃料噴射を前段噴射、酸素ラジカルの気筒1内濃度がゼロのとき(酸素ラジカルの消失後)に行う燃料噴射を後段噴射としたが、必ずしも酸素ラジカルの消失時期を前段噴射と後段噴射との区分の基準とする必要はなく、緩慢燃焼が生じるほどに前段噴射された燃料の着火可能温度と後段噴射された燃料の着火可能温度とが相違する限り、一般に、酸素ラジカルの気筒1内濃度が所定値以上のときに行う燃料噴射を前段噴射、酸素ラジカルの気筒1内濃度が所定値未満のときに行う燃料噴射を後段噴射とすることができる。ここでいう「所定値」とは、酸素ラジカルが実質的に消失したといえる酸素ラジカルの気筒1内濃度の所定値であり、着火限界温度が低下するほどには燃料を活性化させることができない量しか酸素ラジカルが気筒1内に存在していない状態である。
また、上記実施形態では、酸素ラジカルの消失時期の前後に亘って前段噴射と後段噴射とを連続して行ったが、前段噴射と後段噴射とを分割して行ってもよい。その場合は、酸素ラジカルの消失時期を挟んで前段噴射と後段噴射との間に所定の時間的間隔を空けるようにすればよい。