以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、自動車用の多気筒(例えば直列4気筒)ガソリンエンジンに本発明を適用した場合について説明する。
(第1参考例)
−エンジンのオイル供給系統−
図1は、本参考例に係るエンジン(内燃機関)1のオイル供給系統の概略構成を示す図である。この図1に示すように、エンジン1は、エンジン本体を構成するシリンダヘッド2およびシリンダブロック3と、このシリンダブロック3の下端部に取り付けられたオイルパン4と、エンジン1の内部潤滑や内部冷却等のためのエンジンオイル(以下、単に「オイル」という場合もある)をエンジン1内で循環させるオイル供給系統5とを備えている。
前記エンジン1の内部には、ピストン11、クランクシャフト12、カムシャフト13等の複数の被潤滑部材や被冷却部材が収容されている。
前記シリンダブロック3には、4つのシリンダが形成されている。これらシリンダは、気筒配列方向(図中左右方向)に亘って配置されており、その内部にピストン11が図中上下方向に往復移動可能に収容されている(図2を参照)。
オイル供給系統5は、オイルパン4に貯留されているオイルが、このオイルパン4から吸い出されて前記各被潤滑部材や被冷却部材へ供給され、これら被潤滑部材や被冷却部材からオイルパン4内に還流し得るように構成されている。
オイルパン4内の底部近傍には、このオイルパン4の内部に貯留されているオイルを吸い込むための吸込口61aを有するオイルストレーナ61が配置されている。このオイルストレーナ61は、シリンダブロック3に設けられたオイルポンプ62に対し、ストレーナ流路61bを介して接続されている。
前記オイルポンプ62は、電子制御オイルポンプで構成されており、後述するECU100(図3を参照)からの制御信号に応じて作動状態が制御される。これにより、オイルポンプ62は、エンジン1の運転状態に関わりなく駆動および停止の切り換えが可能であると共に、オイル吐出量も調整可能となっている。なお、このオイルポンプ62は電子制御オイルポンプであるため、その配設箇所としては、シリンダブロック3の側部には限定されず、任意の位置に配設することが可能である。また、オイルポンプ62としては、エンジン1のクランクシャフト12からの駆動力を受けて作動する機械式オイルポンプであってもよい。
前記オイルポンプ62は、シリンダブロック3の外部に設けられたオイルフィルタ63のオイル入口に対し、オイル輸送路64を介して接続されている。また、オイルフィルタ63のオイル出口は、前記各被潤滑部材や被冷却部材等に向かうオイル流路として設けられたオイル供給路65と接続されている。
このオイル供給路65を経てオイルが供給されるオイル供給系統5の具体構成について以下に説明する。
このオイル供給系統5は、オイルパン4からオイルストレーナ61を介して汲み上げたオイルを、オイルポンプ62によって各被潤滑部材に供給して潤滑油として利用したり、ピストン11等の被冷却部材に供給して冷却油として利用したり、油圧作動機器に供給して作動油として利用したりするようになっている。
具体的に、オイルポンプ62から圧送されたオイルは、オイルフィルタ63を経た後、気筒列方向に沿って延びるメインオイルホール(メインギャラリ)51に送り出される。このメインオイルホール51の一端側および他端側には、シリンダブロック3からシリンダヘッド2に亘って上方に延びるオイル通路52,53が連通されている。
メインオイルホール51の一端側(図1における左側)に連通されているオイル通路52は、さらに、チェーンテンショナ側通路54と、VVT(Variable Valve Timing)側通路55とに分岐されている。
チェーンテンショナ側通路54に供給されたオイルは、タイミングチェーンの張力を調整するためのチェーンテンショナ71の作動油として利用される。一方、VVT側通路55に供給されたオイルは、OCV(Oil Control Valve)用オイルフィルタ72aを経て、VVT用OCV72bおよび可変バルブタイミング機構72,73の作動油として利用される。
一方、メインオイルホール51の他端側(図1における右側)に連通されているオイル通路53は、ラッシュアジャスタ側通路56とシャワーパイプ側通路57とに分岐されている。
ラッシュアジャスタ側通路56は、吸気側通路56aと排気側通路56bとに更に分岐されている。吸気側通路56aにあっては、各気筒の吸気バルブに対応して配設されたラッシュアジャスタ74,74,…の給油路に連通され、この給油路を経たオイルがラッシュアジャスタ74の作動油として利用されるようになっている。同様に、排気側通路56bにあっては、各気筒の排気バルブに対応して配設されたラッシュアジャスタ75,75,…の給油路に連通され、この給油路を経たオイルがラッシュアジャスタ75の作動油として利用されるようになっている。
なお、このラッシュアジャスタ側通路56は、各カムシャフト13のジャーナル部にもオイルを分岐供給し、この各カムシャフト13とシリンダヘッド2のジャーナル軸受け部との間、および、各カムシャフト13と図示しないカムキャップのジャーナル軸受け部との間の潤滑が行われるようになっている。
シャワーパイプ側通路57も、吸気側通路57aと排気側通路57bとに分岐されている。吸気側通路57aにあっては、吸気カムシャフトのカムロブに対応して図示しないオイル散布孔が形成されており、この吸気側通路57aを流れるオイルがオイル散布孔から吸気カムシャフトのカムロブとロッカアームのローラ部との接触部分に向けて散布されることで、この両者の潤滑に寄与するようになっている。同様に、排気側通路57bにあっても、排気カムシャフトのカムロブに対応して図示しないオイル散布孔が形成されており、この排気側通路57bを流れるオイルがオイル散布孔から排気カムシャフトのカムロブに散布されることで、この両者の潤滑に寄与するようになっている。
−オイルジェット機構−
前記オイル供給系統5には、ピストン11を冷却するためのオイルジェット機構8が備えられている。以下、このオイルジェット機構8について説明する。
このオイルジェット機構8は、各気筒それぞれに対応して配設された複数(本参考例では4個)のピストンジェットノズル81,81,…、メインオイルホール51からピストンジェットノズル81にオイルを供給するためのオイル供給路82、ピストンジェットノズル81へのオイル供給状態を切り換える(オイルの供給と停止とを切り換える)OSV(Oil Switching Valve)83を備えている。
前記ピストンジェットノズル81は、ピストン11の裏面に向かう噴射孔を有しており、オイル供給路82からオイルが供給された際には、ピストン11の裏面に向けてオイルを噴射するようになっている。
つまり、OSV83が開放状態にあるときには、メインオイルホール51のオイルが、オイル供給路82を経て、各気筒それぞれに対応したピストンジェットノズル81,81,…に供給され、これらピストンジェットノズル81,81,…から各ピストン11の裏面に向けてオイルが噴射される。このオイルの噴射によりピストン11を冷却し、例えば筒内温度の過上昇を抑制してノッキングの発生を防止できるようになっている。
一方、OSV83が閉鎖状態にあるときには、メインオイルホール51からオイル供給路82へのオイルの供給が停止され、各ピストンジェットノズル81,81,…からのエンジンオイルの噴射も停止される。
−エンジンの構成−
次に、本参考例に係るエンジン1の構成および前記オイルジェット機構8の配設構造について説明する。
図2に示すように、本参考例に係るエンジン1は、シリンダブロック3の長手方向に沿って複数のシリンダボア31が配設されている(図2では1つの気筒のみを示している)。各シリンダボア31には、ピストン11がそれぞれ収容されている。
シリンダヘッド2には、燃焼室14に連通する吸気ポート21および排気ポート22が設けられている。この吸気ポート21および排気ポート22は、シリンダヘッド2に備えられた吸気バルブ23や排気バルブ24を、吸気側および排気側のカムシャフト13等によって駆動することにより開閉される。
そして、シリンダブロック側ウォータジャケット32は、シリンダブロック3においてシリンダボア31を囲むように、かつデッキ面側へ向けて開放するように溝状に設けられている。
また、シリンダヘッド側ウォータジャケット25は、シリンダブロック3側へ向けて開放され、シリンダブロック側ウォータジャケット32と連通している。
なお、前記シリンダブロック3とシリンダヘッド2とは、ヘッドガスケット15を介して、ヘッドボルト(図示省略)によって結合されている。
そして、前記オイルジェット機構8は、シリンダブロック3の下部に配設されており、各気筒毎に前記ピストンジェットノズル81が設けられている。このピストンジェットノズル81は、前記オイル供給路82に対する接続箇所から水平方向に延びた後、略鉛直上方に延び、その上端部に、前記ピストン11の裏面に向かう噴射孔が形成されたものとなっている。上述した如く、前記OSV83が開放状態にあるときには、オイル供給路82から供給されたオイルがピストンジェットノズル81からピストン11の裏面に向けて噴射される(図2における矢印を参照)。
−OSVの制御系−
図3は、前記OSV83に係る制御系を示すブロック図である。ECU100は、エンジン1の運転制御などを実行する電子制御装置であって、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)およびバックアップRAMなどを備えている。
ROMには、各種制御プログラムや、それら各種制御プログラムを実行する際に参照されるマップ等が記憶されている。CPUは、ROMに記憶された各種制御プログラムやマップに基づいて演算処理を実行する。また、RAMはCPUでの演算結果や各センサから入力されたデータ等を一時的に記憶するメモリであり、バックアップRAMはエンジン1の停止時などにおいて保存すべきデータ等を記憶する不揮発性のメモリである。
前記OSV83に係る制御系にあっては、ECU100に複数のセンサが接続されている。具体的には、エンジン1の出力軸であるクランクシャフト12が所定角度だけ回転する度にパルス信号を発信するクランクポジションセンサ101、吸入空気量を検出するエアフロメータ102、アクセルペダルの踏み込み量であるアクセル開度を検出するアクセル開度センサ103、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサ104、および、エンジンオイルの温度を検出する油温センサ105などが接続されており、これらセンサ101〜105からの信号がECU100に入力されるようになっている。具体的に、水温センサ104は、前記シリンダブロック3の側部に配設されて(図2を参照)、前記シリンダブロック側ウォータジャケット32内を流れる冷却水の温度を検出する。油温センサ105は、前記オイルパン4に配設されて、このオイルパン4の底部に貯留されているエンジンオイルの温度を検出する。
なお、このECU100は、前記各センサ以外に、周知のセンサとして、スロットル開度センサ、シフトポジションセンサ、車輪速センサ、ブレーキペダルセンサ、吸気温センサ、A/Fセンサ、O2センサ、カムポジションセンサ等(何れも図示省略)が接続されており、これらセンサからの信号も入力されるようになっている。
そして、ECU100は、各種センサの出力信号に基づいて、エンジン1の各種アクチュエータ(スロットルモータ、インジェクタ、イグナイタ等)の制御のほか、前記OSV83の開閉制御(ピストンジェット制御)を行うようになっている。このOSV83の開閉制御については後述する。
−ピストンジェット制御−
次に、本参考例における特徴とする制御であるピストンジェット制御について説明する。ここでは、一例としてエンジン1の暖機運転時におけるピストンジェット制御について説明する。
エンジン1の暖機運転が開始されると、水温および油温が次第に上昇していくが、この際、油温の上昇速度(単位時間当たりの上昇温度)よりも、水温の上昇速度が高くなる。これは、エンジンオイルの比熱が冷却水の比熱に比べて大きいためである。また、オイルパン4に貯留されているオイルは、エンジン1の暖機運転初期時にあっては、エンジン1内の各部(各高温部分)に供給されておらず比較的温度の低いものとなっているのに対し、シリンダブロック側ウォータジャケット32を流れる冷却水は、燃焼室14内の燃焼ガスからの受熱によって早期に温度上昇するためである。
このため、エンジン1の暖機運転初期時に、オイルジェット機構8によるピストン11の冷却を行ってしまうと、温度が比較的低いオイルがピストン11を冷却するのに対し、温度が比較的高い冷却水がシリンダブロック3を冷却することになる。
このような状況では、ピストン11の熱膨張量とシリンダブロック3の熱膨張量との間に比較的大きな差が生じ、ピストン外径の拡大量がボア径の拡大量に対して小さくなり、シリンダボアの内面とピストン11の外面との間の隙間が大きくなってしまい、その結果、所謂ピストンの首振り現象に伴う打音が発生して、乗員に違和感を与えてしまう可能性がある。
この点に鑑み、本参考例では、ピストン11の熱膨張量をオイルジェット機構8からのオイルの噴射(以下「ピストンジェット」という場合もある)によって調整し、前記打音が生じないような前記熱膨張量の差が得られるようにしている。具体的には、水温が油温よりも高く、その差が所定値以上であるときには、前記オイルジェット機構8によるピストンジェットを非実行(停止)とする。つまり、オイルによるピストン11の冷却を停止する。これにより、ピストン11の膨張量がシリンダブロック3の熱膨張量に追従して、これら両者間に生じる隙間を小さくすることで打音の発生を抑制するようにしている。
また、本参考例では、前記水温と油温との差だけでなく、エンジン負荷に応じて、オイルジェット機構8によるピストンジェットを実行するか否かを判断するようにしている。
以下、ピストンジェット制御の手順について、図4のフローチャートを用いて具体的に説明する。この図4に示すフローチャートは、エンジン1の運転中、数msec毎またはクランクシャフト12の所定回転角度毎に実行される。
まず、ステップST1において、エンジン回転数、エンジン負荷、水温、油温の各情報を取得する。エンジン回転数は、前記クランクポジションセンサ101からの出力に基づいて算出される。エンジン負荷は、前記エンジン回転数およびアクセル開度に基づいて算出される。なお、アクセル開度は、前記アクセル開度センサ103によって検出される。また、前記エアフロメータ102によって検出される吸入空気量に基づいてエンジン負荷を算出するようにしてもよい。また、水温は前記水温センサ104によって検出され、油温は前記油温センサ105によって検出される。
このようにして各情報を取得した後、ステップST2に移り、以下の2つの条件が共に成立しているか否かを判定する。
まず、第1の条件としては、エンジン回転数およびエンジン負荷が所定のピストンジェット停止領域にあることである。このピストンジェット停止領域は、例えば図5に示すピストンジェット停止領域マップによって規定されている。図5において斜線を付した領域αがピストンジェット停止領域であり、領域βがピストンジェット実行領域となっている。このピストンジェット停止領域αとピストンジェット実行領域βとの境界となるエンジン負荷(負荷閾値)としては、エンジン回転数が所定回転数Na(例えば3000rpm)を超えた領域にあっては、一律のエンジン負荷値として設定されている。このエンジン負荷値としては、エンジン1の種類毎や許容できる打音の大きさなどに応じて実験やシミュレーションによって適宜設定される。一方、エンジン回転数が所定回転数Na以下である領域にあっては、エンジン回転数が低いほど、前記エンジン負荷値(領域αと領域βとの境界となる負荷閾値)は高く設定されている。
つまり、エンジン回転数が所定回転数Naを超えている場合には、エンジン音が比較的大きいため、仮に打音が発生している状況であっても、乗員は、打音による違和感を招き難いため、ピストンジェット停止領域(打音抑制のための制御を行う領域)を比較的狭くしている。これに対し、エンジン回転数が所定回転数Na以下である場合には、エンジン音が比較的小さいため、仮に打音が発生している状況では、乗員が違和感を招く可能性がある。このため、ピストンジェット停止領域を、低回転ほど(エンジン音が小さいほど)広くしている。言い換えると、同一エンジン負荷であっても、エンジン回転数が高い場合には第1の条件が非成立となってピストンジェットを実行し(打音防止のための制御を非実行とし)、エンジン回転数が低い場合には第1の条件が成立し、後述する第2条件が成立していることを条件としてピストンジェットを停止する(打音防止のための制御を実行する)ようにしている。
このようなピストンジェット停止領域マップが前記ROMに記憶されており、現在のエンジン回転数およびエンジン負荷をピストンジェット停止領域マップに当て嵌めることで、第1の条件が成立しているか(エンジン回転数およびエンジン負荷がピストンジェット停止領域αにあるか)否かを判定する。
第2の条件としては、水温が油温よりも高く、その差が所定値A以上であることである。つまり、以下の式(1)が成立していることである。
水温−油温≧A …(1)
この閾値Aとして具体的には10℃が挙げられる。この値はこれに限定されず、実験やシミュレーション(水温と油温との差と、打音の大きさとの関係を検証する実験やシミュレーション)に応じ、また、各センサ(水温センサ104および油温センサ105)の配設位置(センサによる温度検出位置)に応じて、打音の大きさが許容値以下となるように適宜設定される。
前記第1の条件および第2の条件のうち一つが成立していない場合や、両方が成立していない場合には、ステップST2でNO判定され、ステップST3において通常のピストンジェット制御が実行される。この通常のピストンジェット制御としては、エンジン1の暖機運転時(例えば水温と油温との差が前記所定値A未満である状態での暖機運転中)には、エンジン1の早期暖機を目的として、オイルによるピストン11の冷却を停止する。つまり、前記OSV83を閉鎖することでオイルジェット機構8からのピストンジェットを停止する。また、冷却水温度が所定温度(例えば70℃)に達するなどしてエンジン1の暖機が完了した時点でオイルによるピストン11の冷却を開始する。つまり、前記OSV83を開放することでオイルジェット機構8からのピストンジェットを開始する。
一方、前記第1の条件および第2の条件が共に成立している場合には、ステップST2でYES判定されてステップST4に移る。このステップST4では、オイルによるピストン11の冷却を停止する。つまり、前記OSV83を閉鎖することでオイルジェット機構8からのピストンジェットを停止する。そして、このピストンジェットを停止した状態は、前記第1の条件および第2の条件のうち少なくとも一つが成立しなくなってステップST2でNO判定され、ステップST3の通常のピストンジェット制御に移行した場合に、冷却水温度が所定温度以上になるまで継続されることになる。なお、前記第1の条件および第2の条件のうち少なくとも一つが成立しなくなってステップST2でNO判定された時点で冷却水温度が所定温度(通常のピストンジェット制御においてピストンジェットを実行すべき温度;例えば70℃)以上になっている場合には、通常のピストンジェット制御に移行した後、直ちにピストンジェットが開始されることになる。
以上説明したように本参考例では、水温が油温よりも高く、その差が所定値以上であるときには、エンジン負荷がピストンジェット停止領域にあることを条件として、オイルジェット機構8からのピストンジェットを停止して、ピストン11を冷却しないようにしている。このため、ピストン外径の拡大量がシリンダボア径の拡大量に追従することになり、シリンダボア31の内面とピストン11の外面との間の隙間が大きくなってしまうといったことが抑制される。その結果、打音の発生を抑制することができて、乗員が違和感を招くといったことを防止できる。
また、本参考例では、エンジン回転数が所定回転数を超えている場合には、ピストンジェット停止領域(打音抑制のための制御を行う領域)を比較的狭くしている(図5のピストンジェット停止領域マップを参照)。つまり、エンジン音が比較的大きい状況では、仮に打音が発生している状況であっても、乗員は、打音による違和感を招き難いことを考慮し、ピストンジェット停止領域を比較的狭くしている。これにより、必要以上にピストンジェットを停止してしまうことを抑制し、ノッキングの発生を効果的に防止できる。また、エンジン回転数が所定回転数以下である場合には、ピストンジェット停止領域を、低回転ほど広くしている。これにより、エンジン音が比較的小さい状況において、打音によって乗員が違和感を招くといったことを確実に防止できる。
図6は、エンジン1の暖機運転中における水温および油温の変化に伴うブロック側面振動の変化を実験により求めたグラフである。この実験は、打音の大きさを、ブロック側面振動の大きさに置き換えて計測したものとなっている。また、この実験では、シリンダブロック3の側面に取り付けた加速度センサを利用してブロック側面振動を計測している。
図中の破線は水温の変化を示し、一点鎖線は油温の変化を示している。また、図中の実線Xは従来技術におけるブロック側面振動の変化、つまり、エンジン暖機中にピストンジェットを常時実行した場合のブロック側面振動の変化を示している。また、図中の実線Yは本参考例におけるブロック側面振動の変化、つまり、エンジン暖機中において油温に対して水温が所定値以上高い場合にピストンジェットを停止した場合のブロック側面振動の変化を示している。この実験では、図中の期間Taでピストンジェットを停止している。また、エンジン1のアイドリング運転中に、乗員が違和感を招くことのない打音の大きさである許容限界値(ブロック側面振動の許容限界値)を図中の二点鎖線Zで示している。
この図6から明らかなように、従来技術にあっては、油温と水温との差が大きくなるに従って、ブロック側面振動は大きくなっていき、そのブロック側面振動(打音)は許容限界値Zを大幅に超えている。そして、油温の上昇に伴って油温と水温との差が小さくなっていくとブロック側面振動も小さくなっている。
これに対し、本参考例にあっては、油温と水温との差が大きくなってもブロック側面振動(打音)は許容限界値Z未満となっており、暖機運転中の全期間において、ブロック側面振動(打音)が許容限界値Zを超えることはない。
このように、本参考例によればエンジン暖機中の全期間に亘って打音の発生が抑制されるといった効果が得られることが確認された。
(実施形態)
次に、本発明の実施形態について説明する。前記第1参考例では、オイルジェット機構8のジェットノズルとしてピストンジェットノズル81のみを備えた場合について説明した。本実施形態では、ジェットノズルとしてピストンジェットノズル81およびボアジェットノズル84(図7を参照)を備えたものに本発明を適用した場合について説明する。
ボアジェットノズル84は、シリンダボア31の内面に向けてエンジンオイルを噴射するためのものであって、シリンダボア31の内面に向かう噴射孔を有しており、前記オイル供給路82からエンジンオイルが供給された際に、シリンダボア31の内面に向けてエンジンオイルを噴射するようになっている。
以下、これらピストンジェットノズル81およびボアジェットノズル84を備えたオイルジェット機構8の構成について説明する。
図7は本実施形態に係るエンジン1の断面図であり、図8は本実施形態に係るオイルジェット機構8のオイル経路の切り換え動作を説明するための図である。
これらの図に示すように、オイルジェット機構8は、前記メインオイルホール51に接続されたオイル供給路82の下流側(エンジンオイル供給方向の下流側)が2つの分岐油路85,86に分岐されている。一方の分岐油路はピストンジェット側給油路85となっており、このピストンジェット側給油路85には、各気筒に対応した複数(4個)のピストンジェットノズル81,81,…が設けられている。他方の分岐油路はボアジェット側給油路86となっており、このボアジェット側給油路86には、4気筒のうち中央の2気筒(気筒列方向の中央に位置する気筒;第2番気筒と第3番気筒)に対応したボアジェットノズル84,84が設けられている。つまり、隣接するシリンダボア31,31の膨張に伴って特にシリンダボア内面形状の変形が大きくなりやすい中央の2気筒のみにボアジェットノズル84,84からのオイル噴射を行い、このオイルの冷却作用によって変形を抑制するようにしている。
そして、ピストンジェット側給油路85およびボアジェット側給油路86のそれぞれにおける各ノズル81,84の上流側(オイル供給路82側)にはサーモバルブ85a,86aが設けられている。このため、ピストンジェット側給油路85に設けられたサーモバルブ(ピストンジェット側サーモバルブ)85aが閉鎖状態にある場合には、ピストンジェット側給油路85がオイル供給路82から遮断され、ピストンジェットノズル81,81,…へはエンジンオイルが供給されず、ピストンジェットが停止されることになる。また、このサーモバルブ85aが開放状態にある場合には、ピストンジェット側給油路85がオイル供給路82と連通され、ピストンジェットノズル81,81,…へエンジンオイルが供給されて、ピストンジェットが実行されることになる。
同様に、ボアジェット側給油路86に設けられたサーモバルブ(ボアジェット側サーモバルブ)86aが閉鎖状態にある場合には、ボアジェット側給油路86がオイル供給路82から遮断され、ボアジェットノズル84,84へはエンジンオイルが供給されず、ボアジェットが停止されることになる。また、このサーモバルブ86aが開放状態にある場合には、ボアジェット側給油路86がオイル供給路82と連通され、ボアジェットノズル84,84へエンジンオイルが供給されて、ボアジェットが実行されることになる。
そして、ピストンジェット側給油路85に設けられたサーモバルブ85aは、サーモワックスを利用したバルブであって、ピストンジェット側給油路85におけるエンジンオイルの温度に応じて開閉される。つまり、エンジンオイルの温度が所定温度未満である場合にはサーモバルブ85aが閉鎖されてピストンジェットが停止されるのに対し、エンジンオイルの温度が所定温度以上である場合にはサーモバルブ85aが開放されてピストンジェットが実行されるようになっている。
一方、ボアジェット側給油路86に設けられたサーモバルブ86aも、サーモワックスを利用したバルブであって、冷却水の温度、具体的には、シリンダブロック側ウォータジャケット32を流れる冷却水の温度に応じて開閉される。つまり、冷却水の温度が所定温度未満である場合にはサーモバルブ86aが閉鎖されてボアジェットが停止されるのに対し、冷却水の温度が所定温度以上である場合にはサーモバルブ86aが開放されてボアジェットが実行されるようになっている。具体的に、このサーモバルブ86aは、サーモワックスを内蔵した感温部86bが前記シリンダブロック側ウォータジャケット32内に収容されており、この感温部86bの作動によって開閉するバルブ本体86cがボアジェット側給油路86に設けられた構成となっている。
なお、前記サーモバルブ85a,86aの具体構成としては周知のものが適用可能である(例えば特開2010−138724号公報や特開2006−77696号公報を参照)。また、ピストンジェット側給油路85に設けられたサーモバルブ85aが閉鎖状態から開放状態に移行する油温と、ボアジェット側給油路86に設けられたサーモバルブ86aが閉鎖状態から開放状態に移行する水温とは、この油温(サーモバルブ85aが切り換わる油温)よりも水温(サーモバルブ86aが切り換わる水温)が低く設定されている。つまり、エンジン暖機運転中に、ボアジェット側給油路86に設けられたサーモバルブ86aが先に開放し、その後に、ピストンジェット側給油路85に設けられたサーモバルブ85aが開放するように設定されておればよい。つまり、水温が油温よりも所定値だけ高い状況でボアジェットが実行されピストンジェットが停止される状態が得られるように設定されておればよい。
このような構成とされたオイルジェット機構8を備えていることにより、例えばエンジン暖機運転初期時にあっては、水温および油温が共に低いため、各サーモバルブ85a,86aは閉鎖状態となり、ピストンジェットおよびボアジェットは共に行われないことになる(図8(a)の状態を参照)。
そして、エンジン暖機運転が継続すると、上述した如く油温よりも水温の上昇速度が高いため、この水温が所定温度(例えば60℃)に達した時点で、ボアジェット側給油路86に設けられたサーモバルブ86aが開放し、ボアジェットが開始されることになる(図8(b)の状態を参照)。この際、水温と油温との温度差が所定値以上となった状態でピストンジェットが停止されている。
さらに、エンジン暖機運転が継続すると、油温が所定温度(例えば60℃)に達することになり、ピストンジェット側給油路85に設けられたサーモバルブ85aが開放し、ピストンジェットが開始されることになる(図8(c)の状態を参照)。図9は、油温および水温に応じたピストンジェットおよびボアジェットの切り換え状態を示している。
このように、本実施形態によれば、前述した第1参考例の効果に加えて以下の効果を奏することができる。つまり、ボアジェットおよびピストンジェットが自動的に順次開始されることになるため、これらボアジェットおよびピストンジェットを順次行うための特別な制御が不要になる。その結果、動作切り換えのためのアクチュエータや、そのアクチュエータを制御するための制御回路が不要となってシステムの簡素化を図ることができる。
また、ピストンジェットに先立ってボアジェットが行われるため、シリンダボア31の内面とピストン11の外面との間の潤滑不足に起因するピストン側面のスカッフの発生を効果的に阻止することが可能となる。また、シリンダボア31の内面とピストン11の外面との間に介在するオイルによるダンピング効果によっても打音の発生が抑制でき。このようにボアジェットの開始タイミングおよびピストンジェットの開始タイミングの適正化により、打音の抑制とピストン側面のスカッフの防止とを両立することができる。
(第2参考例)
次に、第2参考例について説明する。本参考例は、前記実施形態のものと同様に、ジェットノズルとしてピストンジェットノズル81およびボアジェットノズル84を備えたオイルジェット機構8に本発明を適用したものである。
本参考例では、ピストンジェット側給油路85およびボアジェット側給油路86それぞれにOSV83A,83B(図10を参照)を配設し、各OSV83A,83Bの開閉制御によってピストンジェットおよびボアジェットを個別に制御できるようにしている。
図10は本参考例に係るエンジンの断面図である。この図10に示すように、本参考例におけるオイルジェット機構8は、前記メインオイルホール51に接続されたオイル供給路82の下流側がピストンジェット側給油路85およびボアジェット側給油路86に分岐されている。そして、ピストンジェット側給油路85およびボアジェット側給油路86のそれぞれにおける各ノズル81,84の上流側(オイル供給路82側)にOSV83A,83Bが設けられ、これらOSV83A,83Bの開閉制御によってピストンジェットおよびボアジェットを個別に制御できるようになっている。
そして、本参考例では、ピストンジェット側給油路85に設けられたOSV83Aの開閉制御は油温に応じて行う。つまり、油温が所定温度未満である場合にはOSV83Aを閉鎖してピストンジェットを停止し、油温が所定温度以上になるとOSV83Aを開放してピストンジェットを実行するようにしている。また、ボアジェット側給油路86に設けられたOSV83Bの開閉制御は水温に応じて行う。つまり、水温が所定温度未満である場合にはOSV83Bを閉鎖してボアジェットを停止し、水温が所定温度以上になるとOSV83Bを開放してボアジェットを実行するようにしている。
以下、本参考例におけるオイルジェット制御について、図11のフローチャートを用いて具体的に説明する。この図11に示すフローチャートは、エンジン1の運転中、数msec毎またはクランクシャフト12の所定回転角度毎に実行される。
まず、ステップST11において、水温および油温の各情報を取得する。水温は前記水温センサ104によって検出され、油温は前記油温センサ105によって検出される。
その後、ステップST12に移り、水温が予め設定された所定値B(例えば60℃)以上となっているか否かを判定する。
水温が所定値B未満であってステップST12でNO判定された場合には、ステップST13に移りボアジェットを停止する。つまり、前記ボアジェット側給油路86に設けられたOSV83Bを閉鎖することでボアジェットノズル84からのボアジェットを停止する。
一方、水温が所定値B以上となっておりステップST12でYES判定された場合には、ステップST14に移りボアジェットを実行する。つまり、前記ボアジェット側給油路86に設けられたOSV83Bを開放することでボアジェットノズル84からのボアジェットを実行する。
このようにしてボアジェットの停止および実行を水温に応じて行った後、ステップST15に移り、油温が予め設定された所定値(例えば50℃)C以上となっているか否かを判定する。
油温が所定値C未満であってステップST15でNO判定された場合には、ステップST16に移りピストンジェットを停止する。つまり、前記ピストンジェット側給油路85に設けられたOSV83Aを閉鎖することでピストンジェットノズル81からのピストンジェットを停止する。
一方、油温が所定値C以上となっておりステップST15でYES判定された場合には、ステップST17に移りピストンジェットを実行する。つまり、前記ピストンジェット側給油路85に設けられたOSV83Aを開放することでピストンジェットノズル81からのピストンジェットを実行する。
本参考例において、水温が所定値B以上となっていて、ステップST12でYES判定されてボアジェットが実行され、油温が所定値C未満であって、ステップST15でNO判定されてピストンジェットが停止されている状況では、水温が油温よりも高く、その差が所定値以上となった状態でピストンジェットが停止されている。
本参考例においても、前記実施形態の場合と同様に、ボアジェットの開始タイミングおよびピストンジェットの開始タイミングの適正化によって、打音の抑制とピストン側面のスカッフの防止とを両立することができる。
−他の実施形態−
以上説明した実施形態は、自動車用の直列4気筒ガソリンエンジンに本発明を適用した場合について説明した。本発明はこれに限らず、自動車以外に適用されるエンジンに対しても適用することが可能である。また、気筒数やエンジンの形式(V型や水平対向型等)は特に限定されるものではない。また、ディーゼルエンジンに対しても本発明は適用が可能である。
また、前記実施形態ではコンベンショナル車両(駆動力源としてエンジンのみを搭載した車両)に本発明を適用した場合について説明したが、ハイブリッド車両(駆動力源としてエンジンおよび電動モータを搭載した車両)に対しても本発明は適用可能である。
また、前記第1参考例では、エンジン負荷が前記ピストンジェット停止領域αにある際に、水温が油温よりも高く、その差が前記所定値A以上である場合(前記第1の条件と第2の条件とが共に成立した場合)にピストンジェットを停止するようにしていた。これに限らず、エンジン負荷に関わりなく、水温が油温よりも高く、その差が前記所定値A以上である場合にピストンジェットを停止するようにしてもよい。