JP5938910B2 - 分光計測方法、分光計測器、および変換行列の生成方法 - Google Patents

分光計測方法、分光計測器、および変換行列の生成方法 Download PDF

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Description

本発明は、分光計測方法、分光計測器、および変換行列の生成方法に関する。
物体が放射する光や、物体が反射する光のスペクトルは多くの情報を含むことが知られており、スペクトルを解析することで有用な情報を引き出そうとする研究が行われている(例えば特許文献1)。スペクトルから有用な情報を引き出すためには、スペクトルを精度良く計測する必要がある。
また、様々な色彩を表示するために従来から広く用いられてきた方法は、いわゆる光の三原色を用いて色彩を表現する方法であるが、この方法には、モニターなどの機器の違いや照明光の違いなどによって、色彩を正しく表現することができなくなるという弱点がある。そこで今日では、分光反射率によって色彩を表現する技術が注目されている。ここで分光反射率とは、様々な波長での光の反射率を示すデータである。分光反射率を求めるためには、物体に照射した光(照射光)のスペクトルと、物体が反射した光(反射光)のスペクトルとを精度良く計測する必要がある。
光のスペクトルは、「分光計測器」と呼ばれる計測器を用いて計測される。分光計測器は、計測対象とする光から様々な波長の光を取り出して、光強度を検出することによってスペクトルを計測する。ところが実際には、特別な計測装置を用いない限り、本当の意味でのスペクトルを計測することは困難である。何故なら、計測しようとする波長の光だけを取り出すことは実際には困難であり、周囲の波長の光も一緒に取り出してしまうためである。また、たとえ目的とする波長の光だけを取り出せたとしても、光の強さが弱すぎてSN比を確保することが困難なためである。その結果、ある波長での光強度を計測しようとしても、実際に得られる値は、その波長を含んだある波長幅の中での光強度に重みを付けて積分した値となってしまう。尚、以下では、分光計測器で得られるこのようなスペクトル(ある波長幅での積分値として得られるスペクトル)を「計測スペクトル」と称して、特別な計測装置を用いて計測した本当の意味でのスペクトルと区別する。
そこで分光計測器では、実際に得られる計測スペクトルDから、その分光計測器の分光感度特性Gを用いて(本当の意味での)スペクトルSを推定している(非特許文献1)。尚、D,Sは、複数の波長での値を有するベクトルとして表され、Gは、それぞれの波長での計測値に対して、他の波長での光強度が与える影響を示す行列として表される。スペクトルSの推定は次のようにして行う。先ず、計測スペクトルDは、分光感度特性Gの計測器を用いてスペクトルSの光を計測したものである。従って、D=G・Sの関係が成り立つ。そこで、分光感度特性Gを求めておき、G・SとDとの偏差が最も小さくなるように(すなわち、D−G・Sのノルムが最小となるように)Sを決定してやる。こうすれば、計測スペクトルDからスペクトルSを推定することができる。
特開2007−108124号公報 村上、「分光画像処理−研究の現状と課題」、日本写真学会誌、2002年、65巻、第4号、p.234−239
しかし、分光計測器で得られた計測スペクトルDから、分光感度特性Gを用いてスペクトルSを推定する従来の方法では、推定精度を確保することが難しいという問題があった。何故なら、スペクトルSを推定するためには、計測スペクトルDおよび分光感度特性Gを計測しておかなければならないが、計測には必ず誤差が混入する。このため、誤差を含んだ計測スペクトルDと誤差を含んだ分光感度特性Gとを用いてスペクトルSを推定することになり、スペクトルSに大きな誤差が混入するためである。
この発明は、従来の技術が有する上述した課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、分光計測器で得られた計測スペクトルを用いて、スペクトルを精度良く推定可能とする技術の提供を目的とする。
本発明の分光計測方法は、光を受光して、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを計測する分光計測方法であって、受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光工程と、前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成工程と、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換するための変換行列の要素を決定する変換行列決定工程と、前記計測スペクトルに前記変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換工程と、を備え、前記変換行列決定工程は、前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得する工程と、前記既知光についての前記スペクトルである既知光スペクトルを取得する工程と、前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて前記変換行列の要素を決定する工程と、前記既知光スペクトルに主成分分析を行って、前記第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択する工程と、前記変換行列を、前記第3個数の主成分ベクトルによって構成される線形空間に線形射影することによって、前記変換行列を修正する工程と、を備えることを特徴とする。
また、上述した課題の少なくとも一部を解決するために、本発明の分光計測方法は次の構成を採用した。すなわち、
光を受光して、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを計測する分光計測方法であって、
受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光工程と、
前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成工程と、
前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換するための変換行列を決定する変換行列決定工程と、
前記計測スペクトルに前記変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換工程と、
を備え、
前記変換行列決定工程は、
前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得する工程と、
前記既知光についての前記スペクトルである既知光スペクトルを取得する工程と、
前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて前記変換行列を決定する工程と、
を備えることを特徴とする。
また、上述した分光計測方法に対応する本発明の分光計測器は、光を受光すると、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを出力する分光計測器であって、受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光手段と、前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成手段と、前記計測スペクトルに所定の変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換手段と、を備え、前記変換行列は、前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得して、前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光の前記スペクトルである既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて決定され、前記既知光スペクトルに主成分分析を行って、前記第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択し、前記変換行列を、前記第3個数の主成分ベクトルによって構成される線形空間に線形射影することによって、修正された要素を有する行列であることを特徴とする。
また、上記の本発明に係る分光計測器は、
光を受光すると、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを出力する分光計測器であって、
受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光手段と、
前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成手段と、
前記計測スペクトルに所定の変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換手段と、
を備え、
前記変換行列は、前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得して、前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光の前記スペクトルである既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて決定された行列であることを特徴とする。
このような本発明の分光計測方法および分光計測器においては、受光した光を第2個数の計測波長に分光して計測スペクトルを生成し、得られた計測スペクトルに変換行列を作用させてスペクトルに変換する。このとき用いる変換行列は、既知光についての計測スペクトル(既知光計測スペクトル)と、既知光のスペクトル(既知光スペクトル)とを取得して、既知光計測スペクトルに変換行列を作用させて得られる推定スペクトルと、既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて決定されている。
変換行列は、複数の既知光について、既知光計測スペクトルと既知光スペクトルとを計測すれば決定することができる。すなわち、受光した光を計測波長に分光する際の分光特性や、分光した光の光強度を検出する際の感度特性などの特性を計測する必要がない。このため、変換行列を決定するに際して、計測に伴う誤差の混入が抑制されるので精度の良い変換行列を得ることができる。そして、このような変換行列を決定しておけば、計測スペクトルからスペクトルを精度良く推定することが可能となる。もちろん、変換行列を決定するためには、既知光スペクトルが必要となるが、いわゆるマルチ分光測色計と呼ばれる特殊な計測器を用いれば、既知光スペクトルを精度良く計測することが可能である。しかも、既知光スペクトルは、変換行列を決定する際に一度計測すればよいので、特殊な計測器を用いることが障害となることはない。
また、上述した本発明の分光計測方法、あるいは上述した本発明の分光計測器においては、既知光スペクトルに主成分分析を行って、第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択し、その第3個数の主成分ベクトルが構成する線形空間に変換行列を線形射影することによって、変換行列を修正するようにしてもよい。
詳細なメカニズムについては後述するが、既知光スペクトルの主成分ベクトルによって構成される空間に線形射影することによって変換行列を修正しておけば、既知光スペクトルに含まれる僅かな誤差の影響も抑制することができるので、計測スペクトルから、更に精度良くスペクトルを推定することが可能となる。
また、上述した本発明の分光計測方法および分光計測器は、計測スペクトルをスペクトルに変換するための変換行列を生成する方法としても把握することが可能である。すなわい、本発明の変換行列の生成方法は、
第2個数の所定の波長で計測された光強度を表す計測スペクトルを、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルに変換する変換行列の生成方法であって、
前記スペクトルが既知の光である既知光について計測された前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得する工程と、
前記既知光についての前記スペクトルである既知光スペクトルを取得する工程と、
前記既知光計測スペクトルに対して前記変換行列を作用させることによって得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて前記変換行列を決定する工程と、
を備えることを特徴とする。
このようにして生成した変換行列を用いれば、計測スペクトルから精度良くスペクトルを推定することが可能となる。
また、上述した本発明の変換行列の生成方法においては、既知光スペクトルに主成分分析を行って、第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択し、その第3個数の主成分ベクトルが構成する線形空間に変換行列を線形射影することによって、変換行列を修正してもよい。
このようにして変換行列を修正しておけば、既知光スペクトルに含まれる僅かな誤差の影響も抑制され、その結果、計測スペクトルから更に精度良くスペクトルを推定することが可能となる。
本実施例の分光計測器の大まかな構成を示した説明図である。 分光計測器に搭載された波長可変型の光学フィルターの外観形状を示す断面図である。 波長可変型の光学フィルターの分解組立図である。 波長可変型の光学フィルターの内部構造を示す断面図である。 分光計測器で得られる計測スペクトルのデータを例示した説明図である。 分光計測器で得られる計測スペクトルからスペクトルを推定する方法を比較した説明図である。 計測スペクトルから推定行列を用いてスペクトルを推定する計算式を示した説明図である。 推定行列を決定する第1実施例の方法を示した説明図である。 推定行列によるスペクトルの推定精度の検証方法を示すブロック図である。 推定行列によるスペクトルの推定精度の検証結果を示す説明図である。 推定行列を流用した時に予想される状況を示す説明図である。 推定行列を決定する第2実施例の方法を示した説明図である。 第2実施例の方法による推定行列を流用した時に予想される状況を示す説明図である。
以下では、上述した本願発明の内容を明確にするために、次のような順序に従って実施例を説明する。
A.装置構成:
A−1.分光計測器の構成:
A−2.波長可変型光学フィルター:
B.推定行列:
C.第1実施例による推定行列:
D.第2実施例による推定行列:
A.装置構成 :
A−1.分光計測器の構成 :
図1は、本実施例の分光計測器10の大まかな構成を示した説明図である。本実施例の分光計測器10は、大まかには光学系50と、検出部60と、制御部70などがケース80内に収容されて構成されている。光学系50は、透過する光の波長を変更可能な(波長可変型の)光学フィルター100と、光学フィルター100に光を入射させるための入射側レンズ系52と、光学フィルター100を透過した光を検出部60に導くための出射側レンズ系54などから構成されている。光学フィルター100が透過させる光の波長は、制御部70によって制御されている。また、検出部60は、受光した光の光強度に対応する電圧を制御部70に出力する。そして、制御部70は、検出部60から受け取った光強度に関するデータに基づいて、スペクトルを出力する。尚、本実施例の光学フィルター100および光学フィルター100の動作を制御する制御部70は、本発明の「分光手段」に対応する。また、本実施例の検出部60および検出部60から光強度を受け取る制御部70は、本発明の「計測スペクトル生成手段」に対応する。更に、本実施例の制御部70は、本発明の「計測スペクトル変換手段」に対応する。
このような本実施例の分光計測器10は、光学フィルター100を透過する光の波長を変更しながら、検出部60で光強度を検出することで、光のスペクトルに関する情報を含んだデータ(前述した計測スペクトル)を計測することができる。たとえば、図1に例示したように、所定の光源200で対象物を照射し、光学フィルター100を透過する光の波長を変更しながら、対象物の表面からの反射光の光強度を検出すれば、反射光のスペクトルに関する情報を含むデータ(反射光の計測スペクトル)を計測することができる。また、光源200からの照射光のスペクトルに関する情報を含んだデータ(反射光の計測スペクトル)も計測しておけば、対象物の表面での分光反射率に関する情報を得ることもできる。もっとも、前述したように計測スペクトルは、スペクトルそのものを表すデータではない。そこで、反射光や照射光のスペクトルを求めたり、分光反射率を求めたりするためには、計測スペクトルからスペクトルを求める必要がある。計測スペクトルからスペクトルを求める方法については後ほど詳しく説明する。
A−2.波長可変型光学フィルター :
図2は、本実施例の分光計測器10に搭載されている波長可変型の光学フィルター100の外観形状を示した斜視図である。図2(a)には、光が入射する側から見た光学フィルター100が示されており、図2(b)には、光が出射する側から見た光学フィルター100が示されている。尚、図中に一点鎖線で示した矢印は、光学フィルター100に入射する光の向き、および光学フィルター100から出射する光の向きを表している。
図2(a)に示されるように、光学フィルター100は、第1基板110と第2基板120とを重ねて構成されている。第1基板110および第2基板120は、シリコン材料(結晶性シリコン、あるいはアモルファスシリコン)や、ガラス材料によって形成されている。第1基板110の厚さは、高々2000μm程度(代表的には100〜1000μm)であり、第2基板120の厚さは、高々500μm程度(代表的には10〜100μm)である。また、第1基板110には、光が入射する側の表面に反射防止膜110ARが形成されている。反射防止膜110ARが形成された表面の一部分(図中では細い破線で囲った部分)から、光学フィルター100の内部に光が入射する。反射防止膜110ARは誘電体多層膜によって構成され、光学フィルター100に入射した光が反射することを防止する機能を有している。
図2(b)に示されるように、光学フィルター100の裏側(光が出射する側)の表面(すなわち第2基板120)には、中央に丸く反射防止膜120ARが形成されている。第2基板120に形成された反射防止膜120ARも、第1基板110の反射防止膜110ARと同様に、誘電体多層膜によって構成されている。もっとも第2基板120の反射防止膜120ARは、光学フィルター100から外部に出射しようとする光が、第2基板120の表面で反射して光学フィルター100の内部に戻ることを防止する機能を有している。また、第2基板120には、反射防止膜120ARを取り囲むように細いスリット120sが形成されており、スリット120sは第2基板120を貫通している。更に、第2基板120には、略矩形の引出孔120a、120bも形成されている。
図3は、光学フィルター100の構造を示す分解組立図である。尚、図2を用いて前述したように、光学フィルター100は、光が入射する側(第1基板110)の表面は単なる平面であるが、第1基板110の内側(第2基板120に面する側)は複雑な形状をしている。そこで、第1基板110の内側の形状が分かるように、図3では、光学フィルター100を裏返した状態(図2(b)に示したように第2基板120が第1基板110の上に来るような状態)での分解組立図が示されている。
前述したように第2基板120には、中央の反射防止膜120ARを取り囲むようにスリット120s(図2(b)参照)が形成され、このスリット120sは第2基板120を貫通している。この結果、図3に示されるように第2基板120は、中央の丸い可動部122(反射防止膜120ARが形成されている部分)と、その外側の周辺部126と、可動部122と周辺部126とを連結する複数(図示した例では4つ)の連結部124とに分割されている。
この第2基板120の内側(第1基板110に向いた側)の面には、第2電極128が貼り付けられる。図3に示されるように第2電極128は、円環形状をした駆動電極部128aと、駆動電極部128aから延びる引出電極部128bとによって構成され、肉厚が0.1〜5μm程度の金属箔で形成されている。第2電極128は、円環形状をした駆動電極部128aが、第2基板120の可動部122に対して同心となり、引出電極部128bの端部が第2基板120の引出孔120aの位置に来るように、第2基板120に対して位置合わせされている。
一方、第1基板110の内側(第2基板120に向いた側)の面には、第1凹部112が形成され、更に第1凹部112の中央には、円形の第2凹部114が形成されている。尚、図2(a)中に細い破線で示した領域(光学フィルター100に光が入射する領域)は、第2凹部114の底の部分に対応する。また、第1凹部112の形状は、大まかには、第2基板120の可動部122および連結部124に対応する形状となっている。更に第1凹部112は、第2基板120の引出孔120bに対応する箇所まで延設されている。
この第1凹部112に、第1電極118が貼り付けられる。第1電極118も前述した第2電極128と同様に、円環形状をした駆動電極部118aと、駆動電極部118aから延びる引出電極部118bとによって構成され、肉厚が0.1〜5μm程度の金属箔で形成されている。また、第1電極118は、円環形状をした駆動電極部118aが、円形の第2凹部114に対して同心となるように位置合わせされている。以上のような第2基板120と第1基板110とが貼り合わされることによって、光学フィルター100が構成されている。
図4は、本実施例の光学フィルター100の内部構造を示す断面図である。断面位置は、図2(b)に示したA−A位置である。上述したように、第2基板120には第2電極128が設けられており、第1基板110には、第1凹部112内に第1電極118が設けられている。このため、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとの間には、第1凹部112の深さにほぼ相当するギャップg1が形成されている。
また、第1基板110に設けられた第2凹部114の底面には、誘電体多層膜による第1反射膜110HRが形成されている。更に、第2基板120にも、第1反射膜110HRに向き合うようにして、誘電体多層膜による第2反射膜120HRが形成されている。従って、第1反射膜110HRと第2反射膜120HRとの間にもギャップg2が形成されている。第1反射膜110HRおよび第2反射膜120HRは、高い反射率で光を反射する機能を有している。このため、図中に一点鎖線の矢印で示したように光学フィルター100に入射した光は、第2反射膜120HRと第1反射膜110HRとの間で何度も反射を繰り返すこととなり、いわゆるファブリペロー型の干渉系が構成される。その結果、ギャップg2の間隔によって定まる干渉条件を満たさない波長の光は、光の干渉によって、第2反射膜120HRおよび第1反射膜110HRの表面で急激に減衰し、干渉条件を満たす波長の光のみが光学フィルター100から外部に出射される。
また、ギャップg2の間隔は、以下のようにして変更することが可能である。先ず、第2基板120の可動部122には、第2電極128の駆動電極部128aが設けられており、第2電極128の引出電極部128bには、第2基板120に形成された引出孔120aからアクセス可能である。更に、第1基板110には、第2電極128の駆動電極部128aに向かい合うようにして、第1電極118の駆動電極部118aが設けられており、第1電極118の引出電極部118bには、第2基板120の引出孔120bからアクセス可能である(図3参照)。このため、引出孔120a、120bから第2電極128および第1電極118に同じ極性の電圧を印加すると、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとを同じ極性に帯電させて、互いに反発力を発生させることができる。そして、第2基板120の可動部122は、細長い連結部124によって周辺部126から支えられているだけなので、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとの間に働く反発力で連結部124が変形してギャップg1が広くなり、その結果、ギャップg2も広くなる。印加する電圧を大きくすると反発力も大きくなるので、ギャップg2はより一層広くなる。また、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとを逆の極性に帯電させると吸引力が発生するので、ギャップg2を狭くすることができる。
このように、本実施例の光学フィルター100では、第2基板120に形成された引出孔120a、120bから第2電極128および第1電極118に電圧を印加することによって、ギャップg2の間隔を変更することができる。その結果、第2反射膜120HRと第1反射膜110HRとの間で干渉条件を変更して、干渉条件を満たす波長だけを光学フィルター100から出射させることができる。図1に示した分光計測器10の検出部60は、このようにして光学フィルター100から出射した光の光強度に対応する電圧を、制御部70に向かって出力する。また、制御部70は、第2電極128の駆動電極部128aと、第1電極118の駆動電極部118aとに印加する電圧を変更して、ギャップg2の大きさを変更し、光学フィルター100を透過する光の波長を制御する。こうして複数の波長での光強度を検出することによって、計測スペクトルDを検出する。
図5は、分光計測器10で得られる計測スペクトルDの内容を示した説明図である。図5(a)に例示されるように、計測スペクトルDは、種々の波長(図示した例では16点)で得られた光強度のデータ(計測スペクトルD)から構成されている。たとえば、図5(a)中の白丸は、光学フィルター100が透過する光の波長を100nmに設定した時に、検出部60で検出された光強度を表している。尚、計測スペクトルDを構成する複数(図5に示した例では16点)の波長が、本発明における「計測波長」に対応する。仮に、この光強度が波長100nmの光だけを検出したものであれば、そのまま波長100nmでのスペクトルの値として用いることができる。
しかし実際には、波長100nmの光だけを透過させるような理想的な光学フィルターを実現することは難しい。また、仮に実現できたとしても、検出部60に届く光がたいへんに弱くなってしまうのでSN比が小さくなり、信頼性の高いデータを得ることが困難となる。このため、計測する波長を100nmに設定した場合でも実際には図5(b)中に太い実線で示した感度を有しており、従って、図5(a)中の白丸の光強度は、図5(b)に斜線を付して示した部分の面積に対応する値となっている。このことから、分光計測器10で得られた計測スペクトルDは、そのままではスペクトルSを示すデータとして用いることはできない。換言すれば、分光計測器10で得られた計測スペクトルDからスペクトルSを推定する必要がある。そこで、本実施例の分光計測器10では、以下に説明する推定行列Msを用いて、計測スペクトルDからスペクトルSを推定する。
B.推定行列 :
図6は、本実施例の分光計測器10が、推定行列Msを用いて計測スペクトルDからスペクトルSを推定する方法を示した説明図である。また、参考として、図6(b)には、推定行列Msを用いない従来の推定方法が示されている。説明の都合上、図6(b)に示した従来の推定方法の概略について、始めに説明する。
図6(b)に示すように、スペクトルSの従来の推定方法では、分光計測器10の分光感度特性Gを予め計測しておく。ここで、分光感度特性Gとは、波長に対する光強度の検出感度を示す特性である。分光計測器10は、光強度を計測しようとする中心波長を変更することができるから、図5(b)中に太い実線あるいは細い実線の曲線で示したように、分光感度特性Gは中心波長毎に定められる。
分光計測器10の分光感度特性Gが分かっていれば、あるスペクトルSの光を計測した時に、どのような計測スペクトルDが得られるかを算出することができる。従って、分光感度特性Gを用いて算出した計測スペクトルDが、分光計測器10で得られた計測スペクトルDにできるだけ近付くようなスペクトルSを決定することができる。従来のスペクトルSの推定方法では、このように、分光計測器10の分光感度特性Gを予め計測しておき、計測スペクトルDおよび分光感度特性GからスペクトルSを推定する。
これに対して本実施例の推定方法では、図6(a)に示したように、スペクトルSが分かった光(スペクトルSが予め計測された光)を分光計測器10で計測して、得られた計測スペクトルDからスペクトルSを推定するための行列(推定行列Ms)を求めておく。その後、未知のスペクトルSを有する光の計測スペクトルDを計測したら、その計測スペクトルDに対して、予め求めておいた推定行列Msを作用させることによって、その光のスペクトルSを推定する。このように本実施例の推定方法では、従来の推定法方とは異なり、分光計測器10の分光感度特性Gを計測することなく、計測スペクトルDからスペクトルSを推定することができる。
尚、本実施例の推定方法では、分光感度特性Gを計測する必要はないが、その替わりに、推定行列Msを求めるためにスペクトルSを計測する必要が生じる。しかし、分光計測器10が計測する複数の波長での分光感度特性Gを計測することは、スペクトルSを計測するほどには容易なことではない。これは次の理由による。先ず、光学フィルター100の分光感度特性Gは、広い範囲の波長を有する光(例えば白色光など)を光学フィルター100に入射して、入射光量に対する出射光量の比を波長毎に計測することによって算出する。ここで、光を光学フィルター100のフィルター面に対して完全に垂直に入射させないと、フィルター内を通る光路長が変化して透過光の光量および波長が変わってしまうので、正確な分光感度特性Gを得ることができない。このため、入射光を厳密に平行光にし、且つ、光学フィルター100のフィルター面に対して厳密に垂直に入射しなければならないためである。また、図6(b)に示した従来の推定方法においても、推定したスペクトルSの妥当性を確かめるためには、少なくとも一度はスペクトルSを計測しなければならない。すなわち、スペクトルSの計測が必要な点では、従来の推定方法も本実施例の推定方法と違いはない。このことから、本実施例の推定方法では、従来の推定方法に対して分光感度特性Gの計測が不要となっており、その分だけ誤差の混入の可能性が小さいスペクトルSの推定方法となっている。尚、本実施例の推定行列Msは、本発明の「変換行列」に対応する。
図7は、推定行列Msを用いて、計測スペクトルDからスペクトルSを推定するための計算式を示した説明図である。尚、図7(a)中で、スペクトルSや計測スペクトルDの右肩に表示された「t」は、「転置ベクトル」を表している。本実施例では、計測スペクトルDおよびスペクトルSは「行ベクトル」であるとしているから、これらの転置ベクトルは「列ベクトル」となる。
また、図7(b)には、図7(a)に示したスペクトルSや、推定行列Ms、計測スペクトルDに含まれる要素が判別できるような状態で表示されている。先ず始めに計測スペクトルDについて説明すると、計測スペクトルDは、分光計測器10で計測する波長の数に相当する個数の要素から構成されている。図5に示した例では、16点の波長で計測していることから、図7(b)では、計測スペクトルDがd〜d16の16個の要素から構成されるものとしている。尚、以下では、分光計測器10で計測する波長の数を「バンド数」と呼ぶ。
また、スペクトルSについては、推定しようとする波長の数に相当する個数の要素から構成される。たとえば、380nm〜780nmの波長範囲を5nm間隔の波長でスペクトルSを推定しようとするのであれば、スペクトルSの行ベクトルの要素は81個となる。このことに対応して、図7(b)では、スペクトルSがs〜s81の81個の要素から構成されるものとしている。すると、計測スペクトルDからスペクトルSを推定するための推定行列Msは、図7(b)に示されるように、81行×16列の行列となる。尚、以下では、スペクトルSを構成する要素の数を「スペクトル点数」と呼ぶ。
計測スペクトルDの要素は16個であり、スペクトルSの要素は81個であるから、一組の計測スペクトルDおよびスペクトルSだけでは、81行×16列の推定行列Msを一意的に決定することはできない。そこで、複数のサンプル光についての計測スペクトルDおよびスペクトルSを計測し、それらを用いて推定行列Msを決定する。尚、異なるスペクトルSを有するサンプル光は光の色が異なるので、以下では、サンプル光の数を「色数」と呼ぶ。
C.第1実施例による推定行列 :
図8は、第1実施例で用いられる推定行列Msの決定方法を示した説明図である。図8(a)には、推定行列Msを決定するために用いられる色数分のスペクトルSが、行列の形式で表示されている。すなわち、ここでは1つのスペクトルSが81個(=スペクトル点数k)の要素を有するとしており、色数分のスペクトルSを計測するから、スペクトル点数k個の要素が、色数n個だけ並んだ行列Snk(以下では、行列Sと略記する)を考えることができる。尚、本実施例では、色数分のスペクトルSが、本発明の「既知光スペクトル」に対応する。
また、図8(b)には、推定行列Msを決定するために用いられる色数分の計測スペクトルDが、行列の形式で表示されている。すなわち、ここでは1つの計測スペクトルDが16個(=バンド数m)の要素を有するとしており、色数分の計測スペクトルDを計測するから、バンド数mの要素が、色数n個だけ並んだ行列Dnm(以下では、行列Dと略記する)を考えることができる。尚、本実施例では、色数分の計測スペクトルDが、本発明の「既知光計測スペクトル」に対応する。
仮に、正しい推定行列Msが得られれば、推定行列Ms・行列Dは、行列Sと一致する筈である。計測スペクトルDやスペクトルSに多少の計測誤差が含まれていたとしても、推定行列Ms・行列Dは、行列Sと非常に近い値となる筈である。そこで、図8(c)に示すように、行列Sと、推定行列Ms・行列Dとの偏差を表す評価関数F(Ms)=|S−Ms・D|を設定して、この評価関数F(Ms)が最小となるように推定行列Msを決定する。評価関数F(Ms)が最小となるための必要条件は、図8(d)に示すように、評価関数F(Ms)を推定行列Msで偏微分した値が0となることである。尚、「評価関数F(Ms)を推定行列Msで偏微分する」とは、評価関数F(Ms)を、推定行列Msの各要素(m1・1、m1・2、m1・3・・・)で偏微分することを行列の形式で表したものである。
その結果、図8(e)に示すように、色数nの計測スペクトルDを示す行列Dnmと、色数nのスペクトルSを示す行列Snkとを用いて、推定行列Msを決定することができる。このような第1実施例の推定行列Msを求めておけば、図7(a)に示した計算式を用いて、計測スペクトルDからスペクトルSを推定可能な筈である。そこで、この点(すなわち、第1実施例の推定行列Msの妥当性)について確認した。
図9は、第1実施例の推定行列Msの妥当性を確認した方法を示すブロック図である。図示した確認方法では、RGBの階調値をほぼ等間隔に振った126色分のカラー画像データ(学習用RGBデータ)を用意しておき、このカラー画像データをカラーモニターで表示する。そして、カラーモニター上に表示された色を、分光計測器10およびマルチ分光測色計で計測する。ここでマルチ分光測色計とは、スペクトルSを直接測定することができる特殊な光学系を搭載した計測器である。マルチ分光測色計では、分光計測器10とは異なり、非常に狭い波長範囲(波長幅で数nm程度)の光のみを取り出すことができるので、マルチ分光測色計で計測した計測スペクトルは、そのまま本当の意味でのスペクトルSを表すと考えて良い。そこで、これら126色分の計測スペクトルDと、126色分のスペクトルSとを用いて、図8の方法によって推定行列Msを決定する。続いて、こうして得られた推定行列Msを用いて、計測スペクトルDからスペクトルSを推定し、マルチ分光測色計で得られたスペクトルSと比較した。尚、以下では、推定行列Msを用いて推定したスペクトルSと、マルチ分光測色計で計測したスペクトルSとを区別する必要がある場合には、マルチ分光測色計で計測したスペクトルSを「基準のスペクトルS」と称し、推定行列Msによって推定したスペクトルSを「推定したスペクトルS」と称することがあるものとする。尚、この「推定したスペクトルS」が、本発明の「推定スペクトル」に対応する。
図10(a)には、推定行列Msを用いて推定したスペクトルSと、マルチ分光測色計による基準のスペクトルSとを比較した結果が示されている。尚、2つのスペクトルSを直接比較したのでは結果が分かり難いので、図10では、それぞれのスペクトルSが表す色を比較した時の色差を表している。図示されるように、得られた色差は0.1よりも十分に小さくなった。従って、推定行列Msを決定するために用いた126色分のカラー画像データ(学習用RGBデータ)に対しては、計測スペクトルDから推定行列Msを用いて推定したスペクトルSと、マルチ分光測色計で得られた基準のスペクトルSとは良く一致している。もっとも、計測スペクトルDから推定したスペクトルSと、マルチ分光測色計による基準のスペクトルSとができるだけ一致するように推定行列Msを決定しているので、これは当然のことと言える。
そこで今度は、学習用RGBデータとは異なる200色分のカラー画像データ(未学習RGBデータ)を用意し、このカラー画像データを用いて同様な比較を行った。すなわち、未学習RGBデータをカラーモニター上に表示して、分光計測器10で計測スペクトルDを計測し、その一方でマルチ分光測色計を用いて基準のスペクトルSを計測しておく。そして、別のカラー画像データ(学習用RGBデータ)を用いて求めておいた推定行列Msを用いて、計測スペクトルDからスペクトルSを推定し、マルチ分光測色計で得られた基準のスペクトルSと比較した。図10(b)には、得られた結果が示されている。図10(a)に示した学習用RGBデータに対する比較結果に比べると大きくなっているものの、得られた色差は0.1よりも十分に小さく、学習用RGBデータの場合の比較結果に対しても誤差といえる程の違いしかない。すなわち、未学習RGBデータを用いた場合でも、学習用RGBデータの場合と同じレベルで、精度良くスペクトルSが推定できていることになる。
以上のことから、上述したスペクトルSの推定方法によれば、一度、推定行列Msを決定しておけば、それ以降は、推定行列Msを用いて計測スペクトルDから簡単にスペクトルSを推定することが可能となる(図7(a)を参照)。また、推定行列Msを決定するに際しては、分光計測器10の分光感度特性Gを計測する必要がない。このため、従来の推定方法のように、分光感度特性Gの計測時に混入した誤差の影響でスペクトルSの推定精度が低下することがない。その結果、計測スペクトルDからスペクトルSを精度良く推定することが可能となる。
D.第2実施例による推定行列 :
上述した第1実施例によれば、分光計測器10毎に推定行列Msを決定しておくことで、計測スペクトルDからスペクトルSを精度良く推定することができる。ここで、分光計測器10を量産する場合などを想定すると、分光計測器10の1つの固体で得られた推定行列Msを、他の固体の推定行列Msとして流用できれば便利である。
しかし、図3および図4を用いて前述したように、本実施例の分光計測器10は、波長可変型の光学フィルター100を搭載している。このような分光計測器10では、光学フィルター100の個体差によって波長が微妙にずれることが考えられる。たとえば、光学フィルター100を透過する波長を500nmに設定した時に、ある固体では500.5nmに設定され、ある固体では499.5nmに設定されることが起こり得る。この場合、同じ光を計測した場合でも、得られる計測スペクトルDは微妙に異なったものとなる。従って、ある固体で得られた推定行列Msを他の固体に流用する時に、固体間で設定される波長の僅かな違いが、スペクトルSの推定精度にどのような影響を与えるかを調べておく必要がある。
図11は、推定行列Msを流用した時に、光学フィルター100で設定される波長の違いが、スペクトルSの推定精度に与える影響を検討した結果を示す説明図である。推定精度の影響を検討するに際しては、図10(b)に示した200色分の未学習RGBデータについて、仮に計測スペクトルDの波長が一定量ずつずれていた場合に、どのような色差が生じるかを計算した。図11(a)には、光学フィルター100の波長が、16バンドの全ての波長で0.5nmずつ長くなったものとした場合が示されている。また、図11(b)には、16バンドの全ての波長で1.0nmずつ長くなったものとした場合が示されており、図11(c)には、全ての波長で1.5nmずつ長くなった場合が示されている。尚、波長がずれていない場合は、図10(b)に示したデータとなる。また、波長が短くなる場合は、波長が長くなる場合と全く同様な結果が得られたため、ここでは図示を省略した。
図11に示されるように、波長のズレ量が大きくなると、色差のばらつきが大きくなるが、それだけでなく色差の分布の形状までもが変化している。このことは、波長のズレ量が大きくなると、推定したスペクトルSが単にシフトするのではなく、計測対象の色の違いによってスペクトルSの推定結果がばらついてしまい、安定してスペクトルSを推定できなくなることを示している。従って、ある分光計測器10で求めた推定行列Msを、別の分光計測器10に流用するためには、光学フィルター100の固体差に起因するこのような現象についての対策が必要となる。そこで、第2実施例では、計測スペクトルDからスペクトルSを推定する推定行列Ms_newを、次のような方法で決定する。
ここで、第2実施例の推定行列Ms_newを決定する詳細な方法の説明に入る前に、光学フィルター100の固体差に起因した上記の現象を対策するための基本的な着想について説明しておく。先ず、図8(e)に示した式から明らかなように、推定行列Msは、計測スペクトルDを表す行列Dと、基準のスペクトルSを表す行列Sとによって決定される。計測スペクトルDも、基準のスペクトルSも計測して得られるものであるから、それぞれに計測誤差が混入し得る。もっとも、計測スペクトルDは、個体差を有する光学フィルター100を搭載した多数の分光計測器10で計測されるのに対して、基準のスペクトルSは、高い計測精度を有する単一の計測器で計測されるので、誤差の大きさは、計測スペクトルDの方が、基準のスペクトルSよりも大きいと思われる。
しかし、基準のスペクトルSに誤差が混入していることを前提として図8(e)の計算式を見ると、計測スペクトルDに含まれる誤差は、基準のスペクトルSの計測値に含まれる僅かな誤差を増幅して推定行列Msに影響を与えていることが予想される。従って、光学フィルター100に個体差がある以上、計測スペクトルDにある程度のばらつきが生じることはやむを得ないものとしても、基準のスペクトルSに含まれる僅かな誤差を取り除くことができれば、誤差を増幅するメカニズムが働かなくなって、図11に示した現象が大きく改善される可能性がある。換言すれば、光学フィルター100の個体差による計測スペクトルDのばらつきでスペクトルSの推定精度が低下する現象を、推定行列Msを決定する際に用いた基準のスペクトルS中の僅かな誤差を取り除くことで軽減できる可能性がある。これが、第2実施例の方法で推定行列Ms_newを決定することによって、光学フィルター100の固体差に起因した上記の現象を対策するための基本的な着想である。
また、基準のスペクトルSに含まれる誤差については、次のようなことが考えられる。先ず、本実施例の基準のスペクトルSは、マルチ分光測色計と呼ばれる特殊な計測器を用いて計測している。前述したようにマルチ分光測色計は、数nm程度の極めて狭い波長範囲の光を取り出すことが可能であり、マルチ分光測色計で計測したスペクトルはスペクトルSとして用いることができる。ここで、極めて狭い波長範囲の光を計測していることから、検出する光強度が小さく(従ってSN比が低く)なり、ランダムな誤差が重畳し易くなっていると考えられる。また、仮に、計測スペクトルDのように比較的広い波長範囲で光強度を積分して得られるようなデータであれば、SN比が低くても、得られる計測結果にランダムな誤差が混入することは抑制される筈である。これは、比較的広い波長範囲で光強度を積分する操作が、周波数成分的にはローパスフィルターを作用させることと同じ効果を有しているためである。しかし、マルチ分光測色計による基準のスペクトルSは極めて狭い波長範囲の光を計測して得られるデータなので、こうした効果は期待できない。これらのことから、基準のスペクトルSに含まれる誤差は、ランダムな誤差であると考えられる。しかも、基準のスペクトルSに含まれる誤差の大きさ自体は、僅かなものである。このような誤差であれば、いわゆる主成分分析と呼ばれる手法を用いて取り除くことが可能と考えられる。以上の事項を踏まえて、第2実施例の推定行列Ms_newの決定方法を説明する。
図12は、第2実施例の推定行列Ms_newの決定方法を示した説明図である。第2実施例では、色数分だけ得られた基準のスペクトルSに対して主成分分析を行って、主成分ベクトルvと、その主成分ベクトルvに対する主成分値aとを求める。ここで、主成分ベクトルvは、スペクトルSのスペクトル点数kの個数まで順番に求めることができ、主成分ベクトルvに対して1つの主成分値aを求めることができる。主成分ベクトルvが求められる順番は主成分数と呼ばれる。また、スペクトルSは、スペクトル点数kの個数の主成分ベクトルvと、その主成分ベクトルvに対応する主成分値aとの線形結合によって表現することができる。図12(a)には、このような、スペクトルSと、主成分値aおよび主成分ベクトルvとの関係が、行列の形式で示されている。すなわち、前述した行列S(スペクトル点数k個の要素が色数n個だけ並んだ行列Snk)は、j個(最大でk個)分の主成分値aが色数n個だけ並んだ行列anj(以下では、行列aと略記する)と、j個分の主成分ベクトルvを表す行列vjk(以下では、行列vと略記する)とを乗算した行列となる。
また、主成分ベクトルは、寄与率の大きなものから順番に並ぶという性質がある。ここで寄与率とは、ある主成分(主成分ベクトルvおよび主成分値a)が、元のデータ(ここでは基準のスペクトルS)の情報をどの程度表現しているかを示す数値である。そして、基準のスペクトルSに含まれる誤差は、ランダムで且つ小さな誤差であるから、上位の主成分(主成分数の小さな主成分)の線形結合によって、誤差を含まない基準のスペクトルSを表せる筈である。
図12(b)は、基準のスペクトルSについて得られた主成分の累積寄与率を算出した結果を表している。ここで累積寄与率とは、上位の主成分から順番に寄与率を累積した値である。たとえば主成分数2の累積寄与率は、主成分数1の主成分の寄与率と主成分数2の主成分の寄与率とを加算したものであり、上位の2つの主成分で元のデータの情報をどの程度表現しているかを表している。図12(b)に示した累積寄与率の計算結果によれば、上位の3つの主成分によって、基準のスペクトルSのほぼ全ての情報が表現されており、逆に言えば、4つめ以降の主成分は誤差成分を表しているものと考えられる。
ちなみに、図12(b)に示した計算結果で、上位の3つの主成分で累積寄与率がほぼ100%に達しているのは、主成分分析の対象としたデータ(基準のスペクトルS)が、カラーモニターの画面を計測して得たデータであったため、カラーモニターが色彩を表現するために用いる光の三原色(R光、G光、B光)に相当する3つの成分が、主成分として抽出されたことによる。従って、異なる対象を計測した場合には、上位の3つの主成分で累積寄与率がほぼ100%に達するとは限らない。しかしこの場合でも、上位からjよりも小さなi番目までの主成分を用いれば、真の信号成分と誤差成分とを分離することが可能と考えられる。
従って、誤差を含まない基準のスペクトルSは、上位からi番目までの主成分を用いて、図12(c)中の(1)式で近似することができる。また、この(1)式は、数学的には次のような意味を有している。先ず、主成分ベクトルvは互いに直交する関係にある。従って、主成分数の異なる主成分ベクトルv同士の内積は「0」となる。また、誤差を含んだ基準のスペクトルSは、スペクトル点数kに相当する主成分の線形結合によって表される(図12(a)参照)。従って、誤差を含んだ基準のスペクトルSと、ある主成分ベクトルvとの内積を取ると、その主成分ベクトルvに対する主成分値aが得られる。また、内積の定義から、2つのベクトルの内積は、一方のベクトルの他方のベクトルに対する射影に等しい。従って、図12(c)中の(1)式は、誤差を含んだ基準のスペクトルSを主成分分析して上位からi番目までの主成分ベクトルvを選択しておき、誤差を含んだ基準のスペクトルSを、i番目までの主成分ベクトルvによって構成される空間に線形射影することで、誤差を含まない基準のスペクトルSが得られるということを意味している。尚、「空間への線形射影」とは、簡易的には一種の座標変換と考えてよい。このことから、基準のスペクトルSをそのまま使って推定行列Msを決定するのではなく、i番目までの主成分ベクトルvによる空間に線形射影して誤差を取り除いてから推定行列Msを決定すれば、前述した誤差の増幅メカニズムが抑制されるので、図11に示した現象(光学フィルター100の個体差による計測スペクトルDのばらつきでスペクトルSの推定精度が低下する現象)を軽減可能と考えられる。
あとは、図12(c)の(1)式の単なる式変形となる。先ず、図12(a)に示した式から、行列aは、行列Sに行列vの逆行列を掛けたものであり、更に行列vは直交行列であるから逆行列は転置行列と等しくなる。そして、図7(a)に示す関係が成り立つから、代入して整理すると、最終的に、図12(c)の(2)式が得られる。この(2)式は、第1実施例の推定行列Msが、主成分ベクトルvを用いて修正された式となっている。そこで、第1実施例の推定行列Msを主成分ベクトルvによって修正して得られた新たな行列を、第2実施例の推定行列Ms_newとすれば、計測スペクトルDから、第2実施例の推定行列Ms_newを用いて、誤差を含まない基準のスペクトルSを推定する(3)式を得ることができる。
また、第2実施例の推定行列Ms_newについては、次のように考えることができる。先ず、計測スペクトルDに対して第1実施例の推定行列Msを適用して得られるスペクトルSは、僅かなランダム誤差を含んだスペクトルSであった。また、誤差を含んだスペクトルSを上位からi番目までの主成分ベクトルvによる空間に線形射影すれば、誤差を含まないスペクトルSを得ることができた。従って、第1実施例の推定行列Msに対して、上位からi番目までの主成分ベクトルvによる空間に線形射影する操作も含ませた行列が、第2実施例の推定行列Ms_newであると考えることができる。あるいは、第1実施例の推定行列Msを、上位からi番目までの主成分ベクトルvによる空間に線形射影して得られる行列が、第2実施例の推定行列Ms_newであると考えることもできる。
次に、以上のようにして得られた第2実施例の推定行列Ms_newを用いることで、図11の現象(光学フィルター100の個体差による計測スペクトルDのばらつきでスペクトルSの推定精度が低下する現象)が軽減可能であるか否かを確認した。確認に際しては、図11の場合と同様に、図10(b)の200色分の未学習RGBデータについて、仮に計測スペクトルDの波長が一定量ずつずれていた場合に生じる色差を計算した。
図13は、第2実施例の推定行列Ms_newを用いた場合に、光学フィルター100で設定される波長の違いが、スペクトルSの推定精度に与える影響を検討した結果を示す説明図である。図13(a)〜図13(c)には、光学フィルター100の波長が、16バンドの全ての波長で0.5nm、1.0nm、1.5nmだけ長くなったものとした場合が示されている。また、波長が短くなる場合は、波長が長くなる場合と全く同様な結果が得られたため図示を省略した。
第1実施例の推定行列Msを用いた場合の図11と比較すれば明らかなように、第2実施例の推定行列Ms_newを用いた図13では、色差のばらつきが小さくなり、また、波長のズレが大きくなっても、色差の分布の形状が変化することはない。従って、第2実施例の推定行列Ms_newを用いれば、光学フィルター100の個体差によるスペクトルSの推定精度の低下を抑制することができるので、ある分光計測器10で求めた第2実施例の推定行列Ms_newを、別の分光計測器10に流用することが可能となる。
以上、本発明の分光計測器10、および分光計測方法について、各種の実施例を用いて説明したが、本発明は上記の実施例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施することが可能である。
たとえば、上述した各種実施例の光学フィルター100は、ファブリペロー型干渉系の干渉条件を変更することによって透過する光の波長を変更するフィルターであるものとして説明した。しかし、波長可変型の光学フィルター100であれば、このような形式のフィルターに限らず、どのような形式のフィルターであっても構わない。
10…分光計測器、 50…光学系、 52…入射側レンズ系、
54…出射側レンズ系、 60…検出部、 70…制御部、
80…ケース、 100…光学フィルター、 110…第1基板、
110AR…反射防止膜、 110HR…第1反射膜、 112…第1凹部、
114…第2凹部、 118…第1電極、 118a…駆動電極部、
118b…引出電極部、 120…第2基板、 120a…引出孔、
120b…引出孔、 120s…スリット、 120AR…反射防止膜、
120HR…第2反射膜、 122…可動部、 124…連結部、
126…周辺部、 128…第2電極、 128a…駆動電極部、
128b…引出電極部、 200…光源、 g1…ギャップ、
g2…ギャップ

Claims (3)

  1. 光を受光して、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを計測する分光計測方法であって、
    受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光工程と、
    前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成工程と、
    前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換するための変換行列の要素を決定する変換行列決定工程と、
    前記計測スペクトルに前記変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換工程と、
    を備え、
    前記変換行列決定工程は、
    前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得する工程と、
    前記既知光についての前記スペクトルである既知光スペクトルを取得する工程と、
    前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて前記変換行列の要素を決定する工程と、
    前記既知光スペクトルに主成分分析を行って、前記第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択する工程と、
    前記変換行列を、前記第3個数の主成分ベクトルによって構成される線形空間に線形射影することによって、前記変換行列の要素を修正する工程と、
    を備えることを特徴とする分光計測方法。
  2. 第2個数の所定の波長で計測された光強度を表す計測スペクトルを、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルに変換する変換行列の生成方法であって、
    前記スペクトルが既知の光である既知光について計測された前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得する工程と、
    前記既知光についての前記スペクトルである既知光スペクトルを取得する工程と、
    前記既知光計測スペクトルに対して前記変換行列を作用させることによって得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて前記変換行列の要素を決定する工程と、
    前記既知光スペクトルに主成分分析を行って、前記第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択する工程と、
    前記変換行列を、前記第3個数の主成分ベクトルによって構成される線形空間に線形射影することによって、前記変換行列の要素を修正する工程と、
    を備えることを特徴とする変換行列の生成方法。
  3. 光を受光すると、第1個数の所定の波長での光強度を表すスペクトルを出力する分光計測器であって、
    受光した光を第2個数の所定の波長である計測波長の光に分光する分光手段と、
    前記第2個数の前記計測波長での光強度を検出することによって、前記第2個数の光強度を有する計測スペクトルを生成する計測スペクトル生成手段と、
    前記計測スペクトルに所定の変換行列を作用させることによって、前記計測スペクトルを前記スペクトルに変換する計測スペクトル変換手段と、
    を備え、
    前記変換行列は、前記スペクトルが既知の光である既知光についての前記計測スペクトルである既知光計測スペクトルを取得して、前記既知光計測スペクトルに前記変換行列を作用させて得られた前記スペクトルである推定スペクトルと、前記既知光の前記スペクトルである既知光スペクトルとの偏差が極値となる条件に基づいて決定され、前記既知光スペクトルに主成分分析を行って、前記第1個数よりも少ない第3個数の主成分ベクトルを選択し、前記変換行列を、前記第3個数の主成分ベクトルによって構成される線形空間に線形射影することによって、修正された要素を有する行列であることを特徴とする分光計測器。
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