JP5920691B2 - ソーワイヤー用の高強度金属細線とその製造方法、並びに該金属細線を用いたソーワイヤー - Google Patents

ソーワイヤー用の高強度金属細線とその製造方法、並びに該金属細線を用いたソーワイヤー Download PDF

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Description

本発明は半導体用シリコンやセラミック、サファイアなどの無機性材料、高磁性用材料として用いられるネオジム合金などの希土類金属のように、硬質かつ高脆性の種々材料の切断加工に使用され、切断効率に優れ高寿命化を提供するソーワイヤー用の高強度金属細線、その製造方法並びにその金属細線を用いたソーワイヤーに関する。
ソーワイヤー(ワイヤー工具とも言う)による切断作業は、従来から、例えば半導体用のシリコンウエハーやLED用途におけるサファイアをはじめ、セラミックや石材のように、硬質で脆性特性の大きい難加工材の切断加工により行われている。その切断機構は図7に示すように、例えばピアノ線等の金属製細線材WによるソーワイヤーをワークロールR間に所定幅のピッチ間隔で掛け渡し、高速走行させることで被加工物Gを物理的に切断する加工方法であり、その方式として、切断の為のダイヤモンド等の硬質微細砥粒Pを適宜供給しながら切断する方式の遊離砥粒型と、該砥粒Pを予め前記金属細線材Wの表面に所定の分布密度で固着しておく砥粒固定型の2種類のソーワイヤーが採用されている。
その中で、特に後者の砥粒固定型ソーワイヤーは作業性や切断効率に優れ、主流になりつつあるが、より高強度で砥粒脱落を改善する種々工夫がなされつつある。また、この切断作業は前記シリコンやサファイアなど比較的高価な被加工物Gへの応用が拡大し、しかも最近ではその形状も大型化しつつあることから、該ソーワイヤーには、その切断作業中の断線がなく、かつその切断幅が極力狭くなるように、その線径は例えば0.1〜0.5mm程度でかつ硬質・高強度な金属細線が望まれている。
すなわち、切断作業中のソーワイヤーの断線は、機械停止とともに再度複雑な掛け渡しを要するばかりでなく、被加工物Gの断線前後の切断面に段差等の状態変化をもたらし平滑性が阻害され、修復困難な場合は該被加工物の廃棄に至ることとなる。したがって、該ソーワイヤーには、切断効率とともに長寿命化という要求特性が必要である。
また、これらソーワイヤーの新たな用途例として、例えば強力磁石用の金属材料であるネオジム合金などの希土類合金、例えばR−Fe−B系希土類焼結磁石(合金)の切断用として取り組みがされている。一例として、ネオジム(Nd)、鉄(Fe)およびホウ素(B)を主成分とするNd2Fe14B金属間化合物からなる硬い主相(鉄リッチ相)と、Ndリッチな粘りのある粒界相とを有する希土類焼結合金で、強力磁石用として通称ネオジム磁石で知られている。
このネオジム磁石は、例えば所定組成の合金粉末をブロック状に熱間押出成形して加圧焼結で製造されるもので、その硬度はHRc75以上の極めて硬質かつ高脆性特性を有することから、通常の機械加工が困難であり、前記ソーワイヤーによる切断加工が多用されつつある。
特開平7−96454号公報 特開平10−138114号公報 特開2007−203393号公報
しかしながら、前記特許文献1によるワイヤー工具は、その芯材として高Cのピアノ線など硬鋼線で構成されるもので、強度特性には優れるものの疲労特性が満足し難く、また耐食性も低いことから、長寿命化は得られ難い。すなわち、前記ピアノ線は、冷間伸線前のパテンティグ処理で発生したパーライト組織を加工硬化することによって高強度化するもので、ばねなどのような用途には好適するものの、本件ソーワイヤーのようにロール間を連続走行させ、常に大きな張力負荷状態で被加工物を押圧しながら切断するソーワイヤーとしては、疲労じみや効率切断加工が得られ難く、十分とは言い難い。
また、ピアノ線は前記金属組織によって周囲環境の影響を受け易く、例えば砥粒固定型ソーワイヤーとしてその後に行われるニッケルメッキ処理で懸念される水素ガスの吸蔵による水素脆化の危険性や、切断時に供給される液状クーラントによる耐食性への影響も懸念され、その改善が求められている。
他方、特許文献2が開示するアモルファス合金線や特許文献3のCo基合金線を芯材とするものでは、細径化の加工性や表面Niメッキとの密着性、材料価格の影響もあって十分な普及には至っていない。特に前記アモルファス合金線の強度特性は前記ピアノ線以上に低靭性であることから、本発明が対象とするような高強度・高寿命化を満足するソーワイヤーには供し難いものである。
また、前記ソーワイヤーによる切断作業では、ソーワイヤーSは、例えば図8に示すように被切断物Wを2つのワークロールR間に配置し、その太さも0.2mm程度の細線であることから、同図に見られるように撓みhが発生して被切断物Wの強固な押し付けができず、結果的に切断効率を低下されることとなっている。このように、前記芯材にはこのような過酷な使用状態に耐え得る高強度化と、適度に弾性、靭性に優れ疲労破断を抑制する特性が望まれている。
更にこれら特性は、例えば固着砥粒を含む表面全体を覆う前記Niメッキの金属被覆材を、切断作業の立上げの早期段階で摩滅させて、内部砥粒の露出を早めることにも寄与し、そうした観点からも芯線の特性改善によって、ドレッシング処理などの前処理を省略し得るような高強度、かつ断線などのないソーワイヤーが求められている。
そこで本発明は、このような従来品の課題を解決し、細線でありながらも高強度化と適度の弾性特性によって疲労破断を抑制して長寿命化を図り、また耐食性向上をもたらし得るソーワイヤー用の高強度金属細線、その製造方法並びに該金属細線を用いたソーワイヤーの提供を目的とする。
すなわち、本願請求項1に係る発明は、脆性材料の切断に用いられるソーワイヤーのための金属細線で、質量%で、
C: 0.05〜0.15%
Si:0を超え2.0%以下
Mn:0を超え3.0%以下
Ni:5.5〜9.5%
Cr:15.0〜19.0%を含み、又は更にN:0.01〜0.30%を含むとともに、
次式▲1▼のH値が1.5〜6.2で、残部Fe及び不可避不純物により構成された、等価線径dが0.7mm以下のオーステナイト系ステンレス鋼の細線でなり、
そのマトリックス中に容積比で65〜97%の加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを備えるとともに、0.2%耐力(σ0.2)が2000〜2800MPaの高弾性特性であることを特徴とするソーワイヤー用の高強度金属細線である。
H=(Mn+Ni)/12.6(C+N)・・・・▲1▼
また請求項2に係る発明は、更に下記(a)(b)(c)の各グループのいずれか1種以上を第三元素として含有するものであることを特徴とする。
(a): Al、Nb、Ti、Ta、Zrの各々0.01〜0.30%のいずれか1種以上、
(b): V:0.05〜0.5%
(c): Mo:0.1〜2.0%又はCu:0.15〜0.8%のいずれか1種以上
更に請求項3に係る発明は、前記Niが6.0%以上8.0%未満で、かつ前記H値が25〜5.8であること、請求項4に係る発明は、そのヤング率が168〜220KN/mmで、前記0.2%耐力(σ0.2)とその引張破断までの引張強さ(σ)との関係で示される耐力比(A=(σ0.2/σ)×100)が72〜85%を備えること、請求項5に係る発明は、前記等価線径dが0.1〜0.3mmで、その表面上に、Ni、Cu、真鍮のいずれか金属メッキ層を備えること、請求項6に係る発明は、前記金属細線は、その一端をその線径dの10倍を曲率半径とする把持具に挟持して、その他端側を180°の繰返し曲げ試験をした時の、破断に至る曲げ回数が600回以上の特性を有すること、を各々特徴とする前記ソーワイヤー用の高強度金属細線である。
但し、その曲げ回数は曲げ角度90°分を1回とする。
また製造方法に関する請求項7の発明は、脆性材料の切断に使用するソーワイヤーの為の高強度金属細線の製造方法であって、
ア)質量%で、
C: 0.05〜0.15%
Si:0を超え2.0%以下
Mn:0を超え3.0%以下
Ni:5.5〜9.5%
Cr:15.0〜19.0%を含み、又は更にN:0.01〜0.30%を含むとともに、次式▲1▼のH値が1.2〜6.2で、残部Fe及び不可避不純物でなるオーステナイト系ステンレス鋼の素線材を準備する準備段階と、
イ)該素線材を、室温以下の加工温度で、かつ加工率85%以上の冷間伸線加工によって、0.7mm以下の等価線径dを持つ硬質ステンレス鋼細線に加工する冷間伸線加工の段階と、
ウ)この伸線加工に続いて、300〜600℃の温度範囲でかつその加熱温度(℃)と加熱時間(sec.)との下式▲2▼の(B)値が45〜60の条件で加熱処理する低温加熱処理の段階を備え、
エ)前記伸線加工と低温加熱処理によって、そのマトリックス中に容積比で65〜97%の加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを有し、かつ0.2%耐力が2000〜2800MPaの高弾性特性を得ることを特徴とする製造方法である。
▲1▼H=(Mn+Ni)/12.6(C+N)
▲2▼熱処理条件値(B)={加熱温度(℃)×加熱時間(sec)}1/2+1/{0.78√線径d(mm)}
そして、請求項8に係る発明は、前記金属細線は、更に下記(a)(b)(c)の各グループのいずれか1種以上を第三元素として含有するものであることを特徴とする前記ソーワイヤー用高強度金属細線の製造方法である。
(a): Al、Nb、Ti、Ta、Zrの各々0.01〜0.30%のいずれか1種以上、
(b): V:0.05〜0.5%
(c): Mo:0.1〜2.0%又はCu:0.15〜0.8%のいずれか1種以上
更に請求項9に係る発明は、これら前記いずれかに記載の前記金属細線を用いたソーワイヤーに関し、該金属細線とその表面に5000〜50000個/mの分布密度で固着された微細砥粒を備え、スプールに所定ピッチで巻回されてなることを特徴とする。
このように本願請求項1の発明によれば、その高強度金属細線として、0.05〜0.15%の高Cとその他構成元素との関係を示す前記H値を1.2〜6.2とする特定組成のオーステナイト系ステンレス鋼で構成することで、そのマトリックス内に大幅に増加した加工誘起マルテンサイト相を形成するとともに、0.2%耐力を極限状態に高めた2000〜2800MPaの高弾性特性を達成しており、これによってソーワイヤーとして高負荷状態で使用する場合にも、高い張力付加や高速走行を伴う過酷な使用状態に適応でき、耐疲労特性の向上と長寿命化がもたらされる。
また、その金属細線は前記組成のオーステナイト系ステンレス鋼で構成され、耐食性に優れる為、これをソーワイヤーとして例えば腐食性のクーラント溶液を供給しながら切断したり、その後の保管時に懸念される表面腐食の問題を抑制し、腐食不純物の付着や変色による被切断面の表面欠点が解消できるなど、良好な切断製品の提供に寄与する。
また請求項2乃至6の各発明では、ソーワイヤー用としての種々特性を向上し、切断効率や作業性を向上し得るソーワイヤーとして有効である。
製造方法に関する請求項7,8の発明によれば、より高強度でかつ加工歪を解除して組織的に安定化したソーワイヤー用の金属細線が得られ、その金属細線はそのまま遊離砥粒型のソーワイヤーとして用いられる他、請求項9に記載のような、表面に微細砥粒を予め固着しておく砥粒固定型のソーワイヤーとして操作性、作業性を高め切断効率の向上に寄与する。
発明の一形態として、前記砥粒固定型のソーワイヤーを示す正面図である。 その拡大横断面図である。 その芯材に用いられるステンレス鋼細線の応力−歪特性を示す線図の一例である。 構成組成と加工誘起マルテンサイト量との関係を記す線図の一例である。 金属細線の縦断面の顕微鏡組織写真である。 伸線加工での加工誘起マルテンサイトに及ぼす加工温度の影響を示す線図の一例である。 ソーワイヤーによる切断状態を示す概要図である。 ワークロール間に掛け渡したソーワイヤーのたわみ状態を説明す 金属細線の繰り返し曲げ試験の方法を示す説明図である。 熱処理条件に伴う強度と捻回特性の変化を示す線図の一例である。
1 ソーワイヤー
2 金属細線(芯材)
3 被覆材(金属メッキ層)
4 砥粒
以下、本発明の詳細な説明として、本形態では砥粒固定型ソーワイヤーに用いる場合を中心に、その製造方法とともに説明する。
図1は、前記砥粒固定型のソーワイヤー1の一部を剥離し拡大した正面図で、図2はその横断面を示している。同図1,2において、ソーワイヤー1は、長尺の金属細線(ステンレス鋼細線)2Aでなる芯材2と、該芯材2の表面に一様な分布状態で固着した切断加工用の微細砥粒4を備え、本形態では、該砥粒4は前記芯材2の表面上に形成した金属メッキ層3を介した電着方法による間接的なものを示している。
芯材2は、本発明では以下詳述する特定組成のオーステナイト系ステンレス鋼線で構成するとともに、後述の加工方法の採用によって、そのマトリックス内に容積比で65〜97%の大幅に増量した加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを備え、かつ0.2%耐力が2200〜2800MPaの高弾性特性を備えるものとしている。
その寸法及び形状は、被加工物の種類、大きさ、作業条件などに応じて種々任意に設定可能である。例えば被加工物がシリコンやサファイヤ,セラミックなど高価材料の切断作業に用いるものでは、線径(d)0.7mm以下、好ましくは0.05〜0.5mm程度の断面円形な単一の細線材によるものが好適する。しかしこれに限るものではなく、必要ならば例えば楕円や四角線などの非円形形状の異形細線や、これを捻り加工した捻線、さらにこれら複数の細線同士を撚り合わせた撚線で用いることもできる。なお本発明は、このような非円形細線を含むことから、その線径表示には、その任意横断面から求められる算出上の等価線径dで示すことができる。
そして、その線径dが前記0.7mmを超えるような必要以上に太径化したものでは、高価な被加工物の切断幅が広がって歩留低下の要因になり、また柔軟性も減少して断線の危険性も高まる。また通常のソーワイヤーでは、その下限は0.05mm程度が限界とされ、より好ましい線径は0.1〜0.3mm程度のものが多用される。しかし、これら金属細線の線径や形状は、あくまでもこれをソーワイヤーとして所定張力の付加や高速走行に耐え得ることを前提とする関係によるもので、本質事項とするものではない。
本発明に係る前記金属細線(芯材2)は、その強度特性として2000〜2800Mpaの極めて高弾性な0.2%耐力を備えるものとしており、その弾性特性は、以下説明で特定される成分組成と所定の加工処理によって、その鋼マトリックス中に生成する加工誘起マルテンサイトを高めることで達成される。
その成分組成は、次の組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼で構成される。
質量%で、C: 0.05〜0.15%、Si:0を超え2.0%以下、Mn:0を超え3.0%以下、Ni:6.0〜9.5、Cr:16.0〜19.0を含み、又は更にN:0.001〜0.25%を含むとともに、次式▲1▼のH値を1.2〜6.2に調整され、残部Fe及び不可避不純物でなる高Cのオーステナイト系ステンレス鋼でなる。
H=(Mn+Ni)/12.6(C+N)・・・・・・・▲1▼
この組成によれば、前記C及びNなどの侵入型元素によって基地強化を図り、同時に前記H値を1.5〜6.0に調整することで、加工硬化によって加工誘起マルテンサイトを容積比で65%以上に高めることができ、高弾性特性の前記0.2%耐力を備えるものなる。
該耐力は、その金属細線の弾性領域を示すもので、通常は0.2%の歪みにおける強度特性として示される。すなわち、その領域内では永久変形が生じない弾性特性を有することから、この耐力が高いものほど、より大きな張力付加が可能となる。その為、被加工物を強く押し付けた切断加工が可能で、またそれによってカールなどの線ぐせが発生し難いソーワイヤーが提供できる。しかし、必要以上に高い耐力特性は、その製造歩留を低下してコストアップや靭性低下にも繋がる。こうしたことから、その特性は前記2000〜2800MPa、より好ましくは2200〜2600MPaに設定される。
ここで、前記金属細線のステンレス鋼における各組成含有量の設定理由を説明する。
[C:0.05〜0.15%]
Cは、Nとともにオーステナイトの形成元素で、加工に伴う強度及び弾性特性の向上をもたらす。その効果は、0.05%以上の添加で顕著となるが、0.15%を超える程多量の添加は、その結晶粒界に有害な炭化物を生成して耐食性低下をもたらす。したがって、より好ましくは0.06〜0.13%とする。
[Si: 0を超え2.0%以下]
Siは、脱酸剤として添加され、その含有によって強度、弾性限及び耐酸化性が向上する。しかし多量に添加すると、逆に靭性が低下するという問題がある為、その上限を2.0%としており、より好ましくは0.3%〜1.6%とする。
[Mn:0を超え3.0%以下]
Mnは、Siと同様に精錬時の脱酸剤として使用されるが、オーステナイト系ステンレス鋼では、オーステナイト相(γ)の相安定性に寄与する。またMnは、高価なNiの使用を抑えるとともに、N元素の固溶限を高める効果があるが、多量の含有は芯材の強度上昇を抑え、材料価格の上昇をもたらす。その為、その上限を3.0%としており、より好ましくは0.2〜1.8%が望まれる。
[Ni:5.5〜9.5%]
Niは、オーステナイト系ステンレス鋼の基本元素の1つで、オーステナイトの安定化を図るとともに、耐食性向上に不可欠な元素である。また、Niは、加工に伴うマルテンサイトの生成を抑え、多量のN固溶量を高めて非磁性をもたらす効果を有する。このような観点から、少なくとも5.5%以上とする。しかし、Niは非常に高価で、多量の添加は剛性を低下させるためその上限を9.5%としており、好ましくは6.0%以上8.0%未満とする。
[Cr:15.0〜19.0%]
Crも前記Niと同様にステンレス鋼の基本元素で、耐食性を向上をもたらす上で15.0%以上の含有を必要とし、他方多量のCrは、前記C,Nとの化合物を形成したり靭性が低下する為、その上限を19.0%としており、好ましくは17.0〜18.5%とする。
[N:0.01〜0.30%]
Nは、Cと同様にオーステナイトの形成元素で、また侵入型でもあることから固溶によって強度向上,特に結晶粒の微細化や窒素化合物を形成して降伏応力を高め、剛性率アップをもたらす効果がある。しかし本発明では、該Nの添加は必須ではなく、こうした作用効果の必要性に応じて添加される。その場合の添加量は、例えば0.01%以上で上限は0.30%に設定される。特に0.30%を超えるほど多量に添加したものでは、マトリックス中に多量の窒素化合物を生成させて特性低下や加工性に影響を及ぼすとともにコスト上昇の要因ともなる。したがって、より好ましくは0.03〜0.25%である。
金属細線2は、これら元素を基本組成とするオーステナイト系ステンレス鋼で、更に前記式▲1▼によるH値を1.2〜6.2とすることで、加工に伴い生成する前記加工誘起マルテンサイトを高め、かつ弾性特性の向上を可能にしている。
該H値は、オーステナイト系ステンレス鋼の中で、オーステナイトを安定化して耐食性を向上するMnとNiの合計値と、前記侵入型元素として強度及び結晶微細化をもたらし機械的特性を向上するC,Nとの関係を発明者の試験結果から導いており、図4に見られるように、このH値が6.2を超えるものでは、強加工してもソーワイヤーに必要な前記強度特性の為のマルテンサイトの生成は得られ難く、逆に1.2未満のものでは十分な耐食性が得られないことを示す。特に1.5〜5.0、更に2.5〜4.5の範囲にあるものでは、強度の伸線加工にもよく順応して伸線加工性に優れ、弾性特性と耐食性を共に満足するより好ましいことが解る。
金属細線2Aは、こうした前記基本組成のオーステナイト系ステンレス鋼の細線で構成され、残部Feと若干の不可避不純物を許容する。また、本発明では、前記組成に加えて、更に次のA,B,Cのいずれかグループの1以上を第三元素として含有するステンレス鋼線として構成することも好ましい。
[A:Nb、Al,Ti,Ta,Zrのいずれか1種以上を各々0.01〜0.30%]
Nb、Al,Ti,Ta,Zrは、鋼線の熱処理後のオーステナイト相を安定的に微細化させて、靭性向上を可能にする。その効果は、前記各いずれか1種又は2種以上を各々0.01%以上の含有で発揮され、逆に0.30%を超える程含有しても、その効果は飽和して、かえってコストアップとなり普及の妨げになる。またこの場合、それら添加元素の合計量は0.6%以下が好ましく、特に、Nb及びAlは、更に熱間加工性を向上するとともに、その内部に微細な化合物粒子を析出硬化させることで高強度化することもでき、そのいずれか一方又は双方の有用性は大きいものである。
[B:V:0.10〜0.5%]
Vは、前記AlやNbなどと同様に微細な炭・窒化物を形成し、オーステナイト結晶粒を安定的な微細化させ靭性の向上をもたらもので、0.10%以上の添加は好ましい。しかし、0.5%を超えてもその効果は飽和することから、その上限は0.5%に設定される。
[C:Mo:0.2〜2.0%又はCu:0.15〜0.8%のいずれか1種以上]
Moは耐食性を向上し、0.2%以上の添加を許容する。しかし、2.0%を超えるものでは弾性率が減少することから、上限を2.0%とする。より好ましくは0.25〜0.70%とする。 また、Cuはその添加によって加工硬化は抑制されるものの、弾性特性の改善に寄与することから、その分量を0.15〜0.8%とする。
このように調整された金属細線2Aは、残部Fe及び若干のP,S,O,H等の不可避不純物を許容し、各々0.02%以下の含有、合計でも例えば0.5%以下に設定される。特にHは水素脆性を防ぐ観点から、5PPM以下であることが好ましい。
また金属細線は、その基地マトリックス中に容積比で65〜97%の加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを備え、その縦断面の顕微鏡写真の一例を図5に示している。この組織写真に見られるように、その金属組織は極めて微細なフィラメント状の繊維組織が該細線の長手方向に沿って伸びた状態で密集しており、結晶構造が、加工硬化によって誘起される前記加工誘起マルテンサイトが65%以上に高めることで、結果的に前記耐力値を可能としている。
すなわち、その分量が65%未満のものでは、安定した高強度の弾性特性は得られ難く、また本発明に係る前記組成のものでは、オーステナイト系ステンレス鋼でなるものであることから、その分量を97%を超える程高めることは困難であり、より好ましい前記マルテンサイト量は80〜95%である。このように金属細線1は、結晶格子がbcc構造の前記マルテンサイトと残部がfcc構造のオーステナイトが混在したものとなる。
また前記マルテンサイトは、該ステンレス鋼の加工硬化によって結晶格子の変態で生ずるもので、一般的にオーステナイト系ステンレス鋼は他の種類のステンレス鋼に比してマルテンサイト変態しやすいものとされている。しかしその生成は、成分組成や加工条件によって大きく異なることとされ、特に前記▲1▼式のH値を1.5〜6.2にしたもの、また後述するようにその伸線加工の加工温度を極力低くすることで、マルテンサイトの生成を促進させることも有効である。
該マルテンサイト量の測定は、例えば励磁コイルに高周波電流を通電して磁界を形成して、その磁界で測定線材に発生した渦電流を検出する磁気的方法、例えば直流磁化測定装置を用いた飽和磁束密度によるものが利用し易い。他の方法としては、X線回析によるピーク強度を求めるX線方法など種々の公知方法が採用でき、それらの具体的内容は例えば「鐵と鋼」:日本鐵鋼協會々誌67(13),S1163,1981−09−10に見ることができる。また、前記0.2%耐力についても、例えばJIS−Z2241「金属材料引張試験方法」による応力−歪み線図の一例を図3に示すように、負荷応力と歪が比例的に変化する弾性領域からその増加率がやや減少する変形域とのポイントE1及びE1’点における応力値として示され、算出することができる。
金属材料はこのように、弾性域では負荷応力と歪は比例的に変化することから、その領域内では塑性変形は起こらないものとされており、その領域の応力をより高めることが有効である。これに対して、変形域では実質的に塑性変形してもはや元の形状には回復せず、やがては破断点E0,E0’で耐え切れずに断線することとなる。
図3には、その応力−歪み線図の一例として、製造方法が異なる三種類の金属細線によるものを示しており、一つは冷間伸線加工によって強加工しただけのもの、他方はそれを更に低温熱処理して特性向上したもので、該熱処理によって前記耐力が向上し、実質的に前記2000〜2800MPaの高弾性特性を備えるものとしている。すなわちこの図に見られるように、後者熱処理を付加することでその特性が大きく向上し、また、その引張強さ(σ)との関係(σ0.2/σ)×100で示される耐力比(A)も例えば72〜85%と好ましいことがわかる。
特に、前記耐力比が72%未満のものでは塑性変形を生じやすく、それに伴って疲労破断しやすい。またこれを再使用する場合にも、線の掛け渡しセット作業を困難にして作業性を低下させることとなる。逆に85%を超える高弾性化するには複雑な製造処理が必要で、技術的にも達成し難い。また、同図に見られるように弾性比例域の歪量(E1)が破断までの全歪量(E0)の45%以上、好ましくは50〜80%の弾性比αを備えることも好ましく、該αは、(E1/E0)×100から求め得る。
このような金属細線2Aを得るには、例えば前記所定組成に調整したオーステナイト系ステンレス鋼の素線材を準備する段階と、これを加工率85%以上、好ましくは90〜97%の強加工で冷間伸線加工して目的の最終仕上げ線径に細径化する冷間伸線加工の段階と、さらにこれを温度300〜600℃での所定温度条件で加熱処理する低温加熱処理(テンパー処理)の段階で達成される。その温度は、好ましくは350〜550℃、更に好ましくは380〜500℃とする。
また前記伸線加工では、その環境温度(加工温度)が室温以下になるように設定することが好ましい。図6は、参考としてごく一般的なSUS304ステンレス鋼線の冷間伸線加工における加工温度とそれによって誘起される加工誘起マルテンサイト量との関係を示す一例で、加工温度が低いものほど、生成されるマルテンサイト量が増加しており、この傾向は本発明に係る前記組成のステンレス鋼もほぼ同様である。特に本発明に係る金属細線の場合、その伸線加工は潤滑オイル中に浸漬した湿式伸線が採用されるものの、その場合、オイル温度は加工に伴う温度上昇や、季節的な違いから、高い場合には50℃を超えることもあり、それに伴って生成マルテンサイト量は抑制されることから、本発明ではこの温度上昇を防ぐよう適宜冷却することで、例えば10℃以下のサブゼロ加工とすることが推奨される。
また前記低温熱処理は、前記伸線加工で生じた加工歪を解消して内部応力を抑制しながら、強度、特に耐力の弾性特性や捻回特性を高めキンクの発生を抑え、また伸線加工で生成したマルテンサイトがほぼそのまま維持できるなどの効果を齎す。この効果を砥粒固定型ソーワイヤーに利用すれば、例えば固着砥粒の着磁効果を促進することもできる。そのより最適な熱処理条件としては、前記加熱温度の範囲内で、かつ{加熱時間(℃)×加熱時間(sec.)}1/2+1/{0.78√線径d(mm)}によるB値が45〜60であり、より好ましくはB=50〜58に設定することが望まれる。
更にこのような熱処理は、例えばArガスなど無酸化雰囲気中で0.1〜30sec程度の短時間処理が可能な、ストランド方式の加熱処理によるものが採用される。その場合、例えば該線の0.2%耐力以下の逆張力(バックテンション)を付加した状態にして加熱処理することで、伸線加工で生じた線癖や加工歪を解消し、また50/500mm以下程度にまで高めた真直性を備えた芯材とすることも好ましい。真直性を高めた金属細線のソーワイヤーは、ワイヤーソー装置への複雑な掛け渡し作業を容易にする他、被切断面の平滑性を高める等の効果をもたらす。
またソーワイヤー用の前記金属細線2Aは、更にそのヤング率を168〜220KN/mmに高めることで、例えば図9に示すようにその一端をその線径dの10倍を曲率半径とする把持具に挟持して、その他端側を180°の繰返し曲げ試験をした時の、破断に至る曲げ回数を、従来のピアノ線によるものと同等以上の600回以上、特に800〜1000回程度の特性をもたらすものとなり好ましい。但し、その曲げ回数は、曲げ角度が90°を1回とする
こうした特性も前記製造方法によれば容易に達成可能であり、高疲労のソーワイヤーは、これを図7,8のようにワークローラーR間に掛け渡し、高速走行する際の疲労に対する抵抗を有することを意味し、結果的に長寿命のソーワイヤーが可能となる。また必要ならば、前記金属細線2Aは、その表面に例えばNi,Cuあるいは真鍮などの種々金属メッキ層3を形成することも好ましく、そのメッキ厚さは例えば該線径dの1/600〜1/2000程度とし、その金属メッキ層3はその後処理される切断砥粒の固着剤として、また遊離砥粒型ソーワイヤーでは、砥粒の引き込みを促進する誘導手段として機能する。
ソーワイヤーは、前記金属細線2Aを所定のスプールに巻回されることでそのまま遊離砥粒型のソーワイヤーとして用いられる他、前記図1,2のようにその表面に研削用砥粒4を固着した砥粒固定型のソーワイヤー1として用いることができる。その巻回ピッチは適宜設定され得るが、高速走行時のワイヤーの繰り出しに影響を及ぼすことから、例えば8mm程度以下で実施するのが好ましい。
該ソーワイヤー1は、こうして得られた前記芯材2に研削用砥粒4を所定の分布密度で固着しており、砥粒4には、例えば10〜50μm程度の微細な平均粒子径を有する粒子状のダイヤモンドやサファイヤ、ルビー、炭化ケイ素、cBN(ボロンナイトライド)など硬質無機材料製の微細粒子が用いられる。 これら砥粒は、通常断面非円形な不定形角状乃至柱状をなす為、その平均粒子径は、例えば所定目開きを段階的に変化させた複数の積層ふるい網機で、分級される上下網体の網目を平均化した値の他、例えばマイクロトラック製(USHRA−2)レーザー回折散乱光による測定法によるもの、更には、任意に選定した複数の粒子を各々透過して、各粒子の最大径と最小径との平均値を更にその測定点数で除した母集団の平均値で示す方法で求めることもできる。
また、前記ダイヤモンド粒子は、非常に硬質でその形状も鋭利な凸部を有する不定形形状であることから、例えばシリコンウエハー、LED用のサファイアなどの切断用として幅広い被切断材料に利用される。他方、前記cBN砥粒は、特に熱的安定性に優れることから、例えばネオジムなど希土類合金のような硬質かつ高脆性の金属材料を切断するソーワイヤーに好適する。これら砥粒の分布量や分布状態については特に限定するものではなく、切断材料の種類、切断作業条件に応じて任意に設定される。
この砥粒4の固着方法には、例えば前記芯材2の表面上に被覆結合材を介した間接固着法が好適する。結合材3は、例えば樹脂系の接着剤の他、例えばニッケルメッキ、銅メッキ、真鍮メッキなどの金属メッキ層3による電着メッキ処理が推奨される。特に前記金属メッキによるものでは、前記砥粒4を確実かつ強固に固着し、芯材2との密着性も向上する。
またこれら金属メッキ層3による場合、その成膜厚さは例えば5〜30μmで均一になるように調整され、例えばストランド方式での連続電着メッキ方法が採用される。この場合、1回のメッキ処理で所定厚さにすることは非効率で、またメッキ状態もバラツキが大きくなって均一かつ良好なメッキ状態が得られ難く、通常は複数回に分けた積層メッキ法が好ましい。
図1の形態では、このような積層メッキ法によるものとして、前記芯材2の伸線加工時の潤滑を兼ねた下地メッキ層3aに、更に複数の第二金属メッキ層3b,3b・・を施こすことができる。その場合、前記砥粒4は、該第二金属メッキ層3bの製膜と同時に固着されるように、各メッキ浴中に各々所定濃度の前記砥粒を懸濁させて電着することで実施される。
このような積層メッキ法によれば、各メッキ層を比較的薄く形成して良好なメッキ状態をもたらし、また下地メッキ層3aはその後の前記伸線加工時のダイスによる強圧作用や、加工熱に伴う拡散現象によって芯材2との一体化が図れ、剥離等の問題を防ぐことができる。また、該下地メッキ3aと前記第二金属メッキ3bを各々強化結合できる相性の良い金属(例えば同種金属)を選択することが好ましく、厚メッキでありながらも層剥離やクラック、ピンホールなどの生じ難い良好メッキ状態が可能となる。
そのより好ましい積層メッキ構造として、例えば厚さ5μm以下程度の銅メッキを下地メッキ層3aとし、その上に前記砥粒4を混在させたニッケルメッキでなる第二メッキ層3b1、3b2…とし、更にこれら砥粒4を含む全面を同種ニッケルメッキで被包する第三メッキ層(図示せず)で形成することができる。また特に、前記下地層の銅メッキによるものでは、前記芯材2である前記ステンレス鋼線との親和性に優れ、また柔軟でもあることからメッキ層の剥離が防止でき好適する。
そうして砥粒4は、前記冷間伸線及び低温熱処理によって細径化され、特性向上した前記芯材2の全面にほぼ一様に分布し、その分布密度は、例えばソーワイヤーの長さ1m当たり5,000〜50,000個程度に設定される。また必要ならば、前記砥粒4は予めその表面を微薄厚さのNi膜やTiC膜で被包した被覆砥粒として用い得る他、例えば特開平09−254008号公報が示すように芯材2の長手方向に沿って部分的に密度変化させたり、スパイラル状に分布させることで、例えば切断作業時の切断用クーラント液の排出性能を高めることも好ましい。
以上、本発明の好ましい実施形態の一例を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、各請求項の記載の範囲内で種々調整できるものであり、その具体的な実例を次の試験例に示す。
試験例1
《芯材の作成》
本発明の比較試験として、表1に記載した11種のステンレス鋼軟質線(線径0.8mm)素材を準備し、この軟質線に各々厚さ2μmの下地軟質金属メッキを被覆して、この下地メッキ層を潤滑剤とする冷間伸線加工を行い、線径0.18mmの硬質細線を得た。この伸線加工はダイヤモンドダイスを液温5℃以下に冷却した潤滑オイル内に浸漬する湿式方式での伸線加工により、加工率95%によるもので、表面状態は、表面粗さ(Ra)0.05〜0.10μm程度の非常に光輝平滑なものであった。また各試料はいずれも下地メッキ層の剥離などは見られず良好なものであった。
本発明に係る実施例材は、いづれも0.5〜0.12%の高Cを含むオーステナイト系ステンレス鋼線によるものの他、更に若干のNやAl,Nb等の種々第三元素を添加したものを含み、ここでは前記 H値は2.7〜5.5程度に調整されている。
次に、前記伸線加工された実施例材の各細線を、各々Ar雰囲気に調整された温度420℃でのストランド方式により低温熱処理した。この熱処理は、前記加熱温度と加熱時間、及び線径との関係を示す、{加熱時間(℃)×加熱時間(sec.)}1/2+1/{0.78√線径d(mm)}のB値が54.2の条件で行ったもので、得られた各処理線材の各特性を表2に示す。
なお、本試験の比較例材には、前記実施例材Aで低温熱処理前のもの(比較材a)、及び伸線加工後に低温処理したSUS304(比較材b)と同SUS316(比較材c)、更に市販のソーワイヤーである、0.8%のCを含むピアノ線(比較材d)を用いたものを示している。また、Cr系のステンレス鋼線(SUS430/参考比較材e)も合わせて検討したが、そのものでは前記H値が0.89と非常に小さく、到底所定強度は得られないことから断念した。
表2には、得られた芯材の耐力及び耐力比、ヤング率などの機械的特性ととともに、前記直流磁化測定装置で求めた飽和磁束密度に基づく加工誘起マルテンサイト量、更に前記180°の繰り返し曲げ試験による曲げ回数等の結果を示している。
前記耐力とヤング率はJIS−Z2241による引張試験方法により、その応力−歪線図から、比例基準線yから乖離する実質的な比例域のポイント(E1)とし、またその破断までの全歪量(E0)との関係による前記計算式で算出した耐力比を求めている。この比率が大きいもの程、より広い弾性範囲を有するもので、実質的に2200〜2500MPaの耐力と、80%に及ぶ耐力比を備え、好ましいものであった。
また、加工誘起マルテンサイト量は、前記直流磁化特性の測定装置による飽和磁束密度から求めたもので、更に繰り返し曲げ試験は、図9のように細線を標点間距離50mmにセットした保持具に保持して、その一方側を180°の繰り返し曲げしながら曲げ疲労によって断線するまでの曲げ回数で示している。この曲げ回数は、曲げ角度90°分を1回とし、またその曲げ速度は、往復180°の1サイクルを4秒で行なったものであり、一方の固定側保持具1Cには、予め1.8mmの曲率半径で円弧状に面取りしたものを用いた。
この結果に見られるように、本試験ではその伸線加工を室温以下のサブゼロ状態での加工によって、そのマトリックス中に多量のマルテンサイトを生成させることができ、特にNi量が8.0未満の実施例材A,Fなどでは90%を超える多量のマルテンサイトが形成されるものであった。そして、それに伴って0.2%耐力も2200MPa以上の特性が得られ、繰り返し曲げに伴う疲労特性も従来品である比較材dを越える特性が得られるものとなった。
特に実施例材Aとその未熱処理品である比較材aは、同一材料について低温焼き鈍し処理の有無による特性比較をしたものであるが、熱処理によって機械的特性が向上していることがわかる。また、比較的Ni量が多く、またNを添加した実施例材Bについても、同様に高い耐力は備えるものの、曲げ疲労が若干減少したものとなっている。
したがって、このように弾性比率を向上した芯材を用いたソーワイヤーでは、より広い弾性領域内でより高い張力負荷で掛け渡した使用ができる為、被切断物に対して弛み等を生じさせない高負荷の切断作業が可能であり、切断効率を高めることができる。特に、前記第三元素を添加した各実施例材についてもほぼ優位性が認められる。
試験例2
《耐食性試験》
つぎに、前記各実施例材及び比較例材の耐食性を評価する為に、一旦その表面皮膜を除去した芯材について、各々JIS−G0573による腐食試験を次の条件で行った。その測定結果を前記表2に併記している。
試験方法 試験溶液中での腐食減量の比較
試験溶液 65%硝酸溶液
試験条件 沸騰させた試験溶液中に48時間浸漬
評価方法 ○良好 (腐食減量 1μg/m2・H未満)
△やや良(腐食減量 10μg/m2・H未満)
×不可 (腐食減量 10μg/m2・H以上)
この腐食試験によれば、各実施例材は比較的良好な耐食性を有し、比較例材dのピアノ線とは格段の優位性を有するものであった。したがって、仮に表面電着メッキ層を介して外界雰囲気が伝達されても、芯材自体の耐食性によってメッキ層剥離や発銹出現が防止できる。
試験例3
《ソーワイヤーの製造》
次に前記各実施例材及び比較例材の金属細線をソーワイヤーの芯材として、その表面に、平均粒径30〜35μmのダイヤモンド砥粒を懸濁したNiメッキ槽内で電着処理を行った。前記細線のステンレス鋼製の各芯材には表面に前記Cu金属の下地メッキ層を、またピアノ線の比較例材Cにはブラスメッキを備えるもので、処理は、予め有機酸溶剤で予備洗浄して清浄化し、さらにスルファミン酸ニッケルによる電解メッキ法で第2層目のニッケルメッキによって、該メッキ液中のダイヤモンド砥粒を所定密度の分布状態で固着しており、その分布密度は何れもほぼ一様な28,000〜32,000個/mになるように調整され、また前記ニッケルメッキ層の皮膜厚さは15〜25μmであった。
こうしてメッキ処理したソーワイヤーについて、メッキ層の密着性についてキンク試験による剥離試験を行い、メッキ状態を確認した。キンク試験は、該ソーワイヤーをその線径の線材に巻きつけた時のメッキ表面の状態を拡大顕微鏡で観察もので、特に懸念されるような層剥離や亀裂等は見られず、良好なメッキ状態で、固着砥粒の脱落等はほとんど見られず、前記ニッケルメッキ層によって強固に固着していることが確認された。
試験例4
《切断試験》
次に、こうして得られた各砥粒固定型のソーワイヤーについて、その切断性能を評価するために、図7のように市販ワイヤーソー切断装置に切断ピッチ(T)3mm間隔で掛け渡し、被切断物のサファイア製インゴット(直径6インチ×長さ100mmの棒)に対して、水溶性クーラントを供給しながら次の条件で切断試験を行った。
負荷張力 20〜40N(目標35N),
ソーワイヤーの走行速度 800m/min.
被切断物の送り速度 10mm/H.
この試験では、芯材の特性比較の観点から、負荷張力20〜50Nの条件設定で、被切断物の切断所要時間と断線有無で評価した。本発明に関わる前記実施例材のソーワイヤーは、前記被切断物を12〜24時間程度で切断完了し、断線などもなく寿命的にも十分な特性を有することが確認された。これは、従来型のピアノ線によるソーワイヤーに並ぶものであった。一方、比較材のa〜cではステンレス鋼線を用いているものの、前者比較材aでは繰り返し疲労による断線、また後者比較材b.cでは強度不足による切断時間の増大などを伴い、いずれも前記実施材を超える特性は得られなかった。
また、これら切断作業後のソーワイヤについて、湿度30%の保管室内に1週間保管した後の表面観察をしたところ、本実施例材ソーワイヤーには特に腐食等の欠陥は認められなかったのに対し、特にピアノ線型ソーワイヤーでは面積率で約10%程度の発銹が認められ、この点において本発明の有意性が確認された。
試験例5
前記試験例1に用いた実施例材Aのステンレス鋼軟質線0.6mmについて、下地メッキとして厚さ2μmのNiメッキを施し、これを前記と同様に室温以下の加工温度による冷間湿式伸線加工によって0.16mmに細径化した硬質細線を得た。その加工率は90%で平均表面粗さ0.08〜0.13μmを有するものであった。
この伸線加工状態の硬質細線に対して、温度350〜550℃での低温加熱処理を、Ar雰囲気のストランド加熱装置によって行い、その加熱温度、加熱時間及び線径の前記関係式による熱処理条件値(B)を30〜80の範囲内で変化させた時の前記機械的特性の変化を測定した。
図10はその結果として、前記0.2%耐力の弾性特性とその細線材を標点距離がその線径の200倍の2点間で保持し、その一方側を一定速度でねじり処理した時の破断までの回数で示し、試験の詳細は例えばASTM−A938,ISO7800によるねじり試験による。
この結果から明らかなように、前記耐力は前記(B)値の増加に伴って上昇し、55ポイントを境に低下している。一方、ねじり回数はほぼ比例的に上昇していることが見られ、前記45〜60の範囲が両特性に優れることが分かる。したがって、そうした条件で処理したものは高強度でかつ特性的に安定することから、高負荷や高速処理に好適するものであることが推測される。
これは、前記条件値(B)が45未満のものでは実質的な熱処理の効果は認められず、耐力の上昇幅が比較的少なく機械的特性が満足し難く、逆に、(B)値が60を越えるものでは該金属細線は瞬時にその熱量を吸収して軟化状態となり、同様に十分な特性アップが得られなかったものと推測される。
次にこうして処理した処理細線を用い、平均粒子径30μmのCBN砥粒を前記試験例と同様にNiの電着メッキ液中に懸濁した電着処理によって、平均分布密度25,000〜28,000個/mの分布密度で一様に固着したソーワイヤーを製作し、その切断性能を評価した。
この評価試験では、被切断物としてネオジム粉末合金の押出し焼結ブロック(成形寸法 10W×18T×60L:単位mm)を準備して、その10本(合計切断幅:100mm)を市販のワイヤーソー装置に並列配置して、図7のようにピッチ幅4mmに掛け渡しセットし、その試験条件は次の通りである。
負荷張力 35N設定
走行速度 800m/min.で20sec.毎に逆転往復走行
(但し、新線の繰出し量は10m/min.)
ワークの送り速度 25mm/h
切断試験の結果は良好であり、従来のピアノ線によるソーワイヤーより約5%の切削量向上が見られ、またその切断面も良好で、ソーワイヤーとして十分に使用可能であることが確認された。
産業上の利用分野
本発明に係わるソーワイヤー並びにその製造方法は、前記高Cのオーステナイト系ステンレス鋼線で弾性特性に優れ、かつマルテンサイト量を増加することで、応力−歪特性の耐力を向上した高強度細線を用いることから、被切断物に対して剛性を付与した切断が図れ、長寿命の特性をもたらすことができる。またその応用範囲も、該金属細線をそのまま用いる遊離砥粒型のソーワイヤーとして用いる他、表面に予めダイヤモンドやCBNなどの研削砥粒を固着しておく固定砥粒型のソーワイヤーに採用でき、被切断物として例えば、前記シリコンやサファイア、更には同様に硬質かつ高脆性材料である、ネオジウム合金等の希土類合金に対しても有効である。

Claims (9)

  1. 脆性材料の切断に用いられるソーワイヤーのための金属細線で、
    質量%で、
    C: 0.05〜0.15%
    Si:0を超え2.0%以下
    Mn:0を超え3.0%以下
    Ni:5.5〜9.5%
    Cr:15.0〜19.0%を含み、又は更にN:0.01〜0.30%を含むとともに、
    次式▲1▼のH値が1.5〜6.2で、残部Fe及び不可避不純物により構成された、等価線径dが0.7mm以下のオーステナイト系ステンレス鋼細線でなり、
    そのマトリックス中に容積比で65〜97%の加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを備えるとともに、0.2%耐力(σ0.2)が2000〜2800MPaの高弾性特性であることを特徴とするソーワイヤー用の高強度金属細線。
    H=(Mn+Ni)/12.6(C+N)・・・・▲1▼
  2. 更に下記(a)(b)(c)の各グループのいずれか1種以上を第三元素として含有するものである請求項1に記載の前記ソーワイヤー用の高強度金属細線。
    (a): Al、Nb、Ti、Ta、Zrの各々0.01〜0.30%のいずれか1種以上、
    (b): V:0.05〜0.5%
    (c): Mo:0.1〜2.0%又はCu:0.15〜0.8%のいずれか1種以上
  3. 前記Niが6.0%以上8.0%未満で、かつ前記H値が2.5〜5.8である請求項1又は2に記載の前記ソーワイヤー用の高強金属細線。
  4. そのヤング率が168〜220KN/mm2で、前記0.2%耐力(σ0.2)とその引張破断までの引張強さ(σB)との関係で示される耐力比(A=(σ0.2/σB)×100)が72〜85%を備える請求項1〜3のいずれかに記載の前記ソーワイヤー用の高強度金属細線。
  5. 前記等価線径dが0.1〜0.3mmで、その表面上に、Ni、Cu、真鍮のいずれか金属メッキ層を備えるものである請求項4に記載のソーワイヤー用の高強度金属細線。
  6. 前記金属細線は、その一端をその線径dの10倍を曲率半径とする把持具に挟持して、その他端側を180°の繰返し曲げ試験をした時の、破断に至る曲げ回数が600回以上の特性を有するものである請求項1〜5のいずれかに記載のソーワイヤー用の高強度金属細線。
    但し、その曲げ回数は曲げ角度90°分を1回とする。
  7. 脆性材料の切断に使用するソーワイヤーの為の高強度金属細線の製造方法であって、
    ア)質量%で、
    C: 0.05〜0.15%
    Si:0を超え2.0%以下
    Mn:0を超え3.0%以下
    Ni:5.5〜9.5%
    Cr:15.0〜19.0%を含み、又は更にN:0.01〜0.30%を含むとともに、次式▲1▼のH値が1.2〜6.2で、残部Fe及び不可避不純物でなるオーステナイト系ステンレス鋼の素線材を準備する準備段階と、
    イ)該素線材を、室温以下の加工温度で、かつ加工率85%以上の冷間伸線加工によって、0.7mm以下の等価線径dを持つ硬質ステンレス鋼細線に加工する冷間伸線加工の段階と、
    ウ)この伸線加工に続いて、300〜600℃の温度範囲でかつその加熱温度(℃)と加熱時間(sec.)との下式▲2▼の(B)値が45〜60の条件で加熱処理する低温加熱処理の段階を備え、
    エ)前記伸線加工と低温加熱処理によって、そのマトリックス中に容積比で65〜97%の加工誘起マルテンサイトと残部がオーステナイトを備えるとともに、0.2%耐力が2000〜2800MPaの高弾性特性を得ることを特徴とする
    オ)ソーワイヤー用高強度金属細線の製造方法。
    ▲1▼H=(Mn+Ni)/12.6(C+N)
    ▲2▼熱処理条件値(B)={加熱温度(℃)×加熱時間(sec)}1/2+1/{0.78√線径d(mm)}
  8. 前記金属細線は、更に下記(a)(b)(c)の各グルーのいずれか1種以上を第三元素として含有するものである請求項7に記載の前記ソーワイヤー用高強度金属細線の製造方法。
    (a): Al、Nb、Ti、Ta、Zrの各々0.01〜0.30%のいずれか1種以上、
    (b): V:0.05〜0.5%
    (c): Mo:0.1〜2.0%又はCu:0.15〜0.8%のいずれか1種以上
  9. 求項1〜6のいずれかに記載の前記金属細線と、表面に5000〜50000個/mの分布密度で固着された微細砥粒を備え、スプールに所定ピッチで巻回されてなることを特徴とするソーワイヤー。
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