以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1に、流体動圧軸受装置が組み込まれた情報機器用スピンドルモータの一構成例を概念的に示す。このスピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるものであり、軸部材2を回転自在に支持する流体動圧軸受装置1と、軸部材2に固定されたディスクハブ3と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5と、モータベース6とを備えている。ステータコイル4はモータベース6の外周に取付けられ、ロータマグネット5はディスクハブ3の内周に取付けられる。流体動圧軸受装置1のハウジング7は、モータベース6の内周に固定される。ディスクハブ3にはディスクDが一又は複数枚(図示例は2枚)保持されている。以上の構成において、ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の電磁力でロータマグネット5が回転し、それによって、ディスクハブ3およびディスクハブ3に保持されたディスクDが軸部材2と一体に回転する。
図2に、本発明の第1実施形態に係る流体動圧軸受装置1を示す。この流体動圧軸受装置1は、軸部21およびフランジ部22を有する軸部材2と、軸部21を内周に挿入した軸受スリーブ8と、軸受スリーブ8を内周に保持した略円筒状のハウジング7と、ハウジング7の一端開口を閉塞する蓋部材10とを構成部材として備え、内部空間には潤滑流体としての潤滑油(密な散点ハッチングで示す)が充填されている。なお、以下では、便宜上、蓋部材10が設けられた側を下側、その軸方向反対側を上側として説明を進めるが、流体動圧軸受装置1の使用態様(姿勢)がこれに限定されるわけではない。
ハウジング7は、溶製材(例えば、黄銅やステンレス鋼等の中実の金属材料)で軸方向両端が開口した略円筒状に形成されており、円筒状の本体部7aと、本体部7aの上端から内径側に延びたシール部7bとを一体に有する。本体部7aの内周面には、相対的に小径の小径内周面7a1と、相対的に大径の大径内周面7a2とが設けられ、小径内周面7a1および大径内周面7a2に、軸受スリーブ8および蓋部材10がそれぞれ固定されている。ハウジング7に対する軸受スリーブ8および蓋部材10の固定手段は特に問わず、圧入、接着、圧入接着、溶接等、適宜の手段で固定することができる。本実施形態では、本体部7aの小径内周面7a1に軸受スリーブ8を隙間嵌めし、この隙間に接着剤を介在させるいわゆる隙間接着により、ハウジング7の内周に軸受スリーブ8が固定されている。小径内周面7a1の軸方向所定箇所には、接着剤溜りとして機能する環状溝7a3が形成されており、この環状溝7a3内に接着剤が充填され、固化することにより、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の接着強度の向上が図られる。
シール部7bの内周面7b1は、下方に向けて漸次縮径したテーパ面状に形成され、対向する軸部21の外周面21aとの間に下方に向けて径方向寸法を漸次縮小させたくさび状のシール空間Sを形成する。シール部7bの下側端面7b2の内径側領域には、軸受スリーブ8の上側端面8cが当接しており、これにより、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の軸方向における相対的な位置決めがなされている。シール部7bの下側端面7b2の外径側領域は、外径側に向かって徐々に上側に後退しており、軸受スリーブ8の上側端面8cおよび上部外周チャンファとの間に環状隙間を形成している。環状隙間の内径端部は、軸受スリーブ8の上側端面8cの環状溝8c1に繋がっている。
以上の構成を有するハウジング7は、樹脂の射出成形品とすることもできるし、マグネシウム合金やアルミニウム合金等に代表される低融点金属の射出成形品、あるいは、いわゆるMIM成形品とすることもできる。
軸受スリーブ8は、焼結金属からなる多孔質体、ここでは鉄を主成分とする焼結金属(例えば、70〜90mass%Fe−30〜10mass%Cu)の多孔質体で円筒状に形成される。軸受スリーブ8の下側端面8bは、対向するフランジ部22の上側端面22aとの間に第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する環状領域を有する。この環状領域は、平滑な平坦面に形成されており、凹凸形状部(例えば、動圧溝およびこれを画成する丘部からなるスラスト動圧発生部)は設けられていない。軸受スリーブ8の上側端面8cには、環状溝8c1と、外径端が環状溝8c1に繋がった径方向溝8c2とが形成されており、軸受スリーブ8の外周面8dには、円周方向の一又は複数箇所に軸方向溝8d1が形成されている。
軸受スリーブ8の内周面8aには、対向する軸部21の外周面21aとの間にラジアル軸受隙間を形成するラジアル軸受面となる円筒状領域が軸方向の二箇所に離間して設けられており、各円筒状領域には、図3に示すようにヘリングボーン形状の動圧溝Aaを円周方向に複数配列してなるラジアル動圧発生部A1,A2がそれぞれ形成されている。上側の動圧溝Aaは、軸方向中心m(上下の傾斜溝間領域の軸方向中央)に対して軸方向非対称に形成されており、軸方向中心mより上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっている。一方、下側の動圧溝Aaは軸方向対称に形成され、その上下領域の軸方向寸法は上記軸方向寸法X1よりも小さくなっている。動圧溝Aaは、スパイラル形状に形成することもできる。
蓋部材10は、金属材料でプレート状に形成される。蓋部材10の上側端面10aには、対向するフランジ部22の下側端面22bとの間に第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間を形成する環状領域が設けられる。この環状領域は平滑な平坦面に形成されており、凹凸形状部(例えば、動圧溝およびこれを画成する丘部からなるスラスト動圧発生部)は設けられていない。
軸部材2は、高剛性の溶製材(例えばSUS420J2等のステンレス鋼)で中実軸状に形成された軸部21と、軸部21の下端に設けられたフランジ部22とを備える。軸部21の外周面21aのうち、軸受スリーブ8の内周面8aのラジアル軸受面(ラジアル動圧発生部A1,A2)間領域に対向する領域には、内径側に後退した円筒状の中逃げ部23が設けられている。軸部21の外周面21aにこのような中逃げ部23を設けたことにより、概ね径一定の円筒面に形成された軸受スリーブ8の内周面8aと中逃げ部23との間に、ラジアル軸受隙間よりも隙間幅の大きい半径方向隙間が形成される。この半径方向隙間は、潤滑油溜りとして機能させることができるので、軸受運転中には、軸方向上下に隣接した2つのラジアル軸受隙間を潤沢な潤滑油で満たすことが可能となる。これにより、ラジアル方向における回転精度の安定化が図られる。また、上記半径方向隙間の隙間幅がラジアル軸受隙間のそれよりも大きく確保されていることから、ロストルクを小さくすることができ、モータ、ひいては電気機器の低消費電力化に寄与する。
フランジ部22は、焼結金属の多孔質体、ここでは銅を主成分とする焼結金属(例えば、60mass%Cu−40mass%Fe)の多孔質体で円環状に形成され、軸部21の下端外周に固定されている。固定手順については後に詳述するが、ここでは図5に拡大して示すように、互いに対向する軸部21の外周面21aとフランジ部22の内周面22cとの間に、フランジ部22[詳しくは、図6(a)等に示すフランジ素材22’]を軸部21に圧入することにより形成した圧入固定部25を介在させると共に、フランジ部22(フランジ素材22’)にプレス加工を施すのに伴ってフランジ素材22’の内周面22cに生じた膨張変形部24を軸部21の外周面21aに密着させることにより、フランジ部22が軸部21の外周面21aに固定されている。
軸部21の外周面21aのうち、フランジ部22の固定領域(の軸方向略中央部)には凹部21bが形成されており、この凹部21bにフランジ部22の内周面22cに生じた膨張変形部24(の一部)が収容されている。本実施形態の凹部21bは、軸部21の周方向に延びた周方向溝40で構成され、より詳しくは軸部21の全周に亘って延びた環状溝で構成されている。かかる構成から、相互に対向する軸部21の外周面21aとフランジ部22の内周面22cとの間に、両者を軸方向で相互に係合させる凹凸嵌合部が形成され、フランジ部22の抜け強度が高められている。図示は省略するが、凹部21bとしての周方向溝40は、軸部21の外周面21aに断続的あるいは部分的に設けることも可能であり、この場合、軸部21に対するフランジ部22の回り止めも図られる。また、凹部21bは、周方向溝40以外にも、例えば散点状に無数設けることも可能である。
図5にも示すように、フランジ部22の上側端面22aには、対向する軸受スリーブ8の下側端面8bとの間に第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成するスラスト軸受面となる環状領域が設けられており、この環状領域には、図4(a)に示すように、スパイラル形状の動圧溝Baを円周方向に複数配列してなるスラスト動圧発生部Bが形成されている。また、フランジ部22の下側端面22bには、対向する蓋部材10の上側端面10aとの間に、第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間を形成するスラスト軸受面となる環状領域が設けられており、この環状領域には、図4(b)に示すように、スパイラル形状の動圧溝Caを円周方向に複数配列してなるスラスト動圧発生部Cが形成されている。後述するように、両スラスト動圧発生部B,Cは、フランジ部22となる焼結金属製のフランジ素材22’にプレス加工を施すことによって型成形されている。従って、フランジ部22のうち、少なくともスラスト動圧発生部B,Cの形成領域は他所よりも高密度化されており(例えば、密度が7.3〜8.0g/cm3)、耐摩耗性の向上が図られている。スラスト動圧発生部B,Cの何れか一方又は双方を構成する動圧溝は、図13(a)(b)に示すようなヘリングボーン形状に形成することもできる。
以上の構成を有する軸部材2の製造方法について、図6を参照しながら詳述する。
図6(a)〜(c)は、軸部材2を製造する一連の工程のうち、プレス工程を示すものである。このプレス工程では、まず図6(a)に示すように、相対的に接近および離反移動可能に同軸配置された第1金型31および第2金型33を有するプレス金型30に、個別に製作した軸部21とフランジ素材22’とを配置する。ここで、フランジ素材22’は、銅粉末を主成分とする円環状の圧粉体を焼結することによって得られた銅系の焼結体(例えば、60mass%Cu−40mass%Fe)からなり、その密度は7.2〜7.9g/cm3の範囲内に設定される。このフランジ素材22’は、当該プレス工程を経ることによって完成品としてのフランジ部22に加工されるものであって、内周面22cは径一定の円筒面に形成され、両端面22a,22bは平滑な平坦面に形成されている。
第1金型31は、軸部21を内周に収容可能な円筒状をなし、フランジ素材22’と軸方向に対向する領域には、フランジ部22の上側端面22aに設けるべきスラスト動圧発生部B(動圧溝Ba)の形状に対応した溝型部32が設けられている。第2金型33は、第1金型31の外径側に配置される筒状の部分と、軸部21の軸端側に配置される円盤状の部分とを有し、フランジ素材22’と軸方向に対向する領域には、フランジ部22の下側端面22bに設けるべきスラスト動圧発生部Cの形状に対応した溝型部34が設けられている。第2金型33の内周面33aの内径寸法は、プレス加工に伴ってフランジ素材22’の外周面22aが外径側に膨張変形したときに、フランジ素材22’の外周面22aを拘束可能な値(外周面22aの膨張変形を規制可能な値)に設定されている。
本実施形態では、図6(a)に示すように、軸部21の下端外周面21aに円環状のフランジ素材22’を圧入することにより、互いに対向する軸部21の外周面21aとフランジ素材22’の内周面22cとの間に、フランジ素材22’(フランジ部22)を軸部21に対して圧入固定してなる圧入固定部25を形成してから、第1金型31の内周に軸部21を挿入する。
次いで、図6(b)(c)に示すように、第1金型31と第2金型33とを相対的に接近移動させ、フランジ素材22’を軸方向両側から加圧する。これに伴い、フランジ素材22’の内部気孔が小さくなるとともに、フランジ素材22’の両端面22a,22bの肉が溝型部32,34に倣って塑性変形し、フランジ素材22’の上側端面22aおよび下側端面22bに、スラスト動圧発生部B,Cがそれぞれ型成形される。スラスト動圧発生部B,Cの型成形時、フランジ素材22’の内周面22cおよび外周面22dは、それぞれ、内径側および外径側に膨張変形するが、フランジ素材22’の外周面22cは第2金型33の内周面33aに拘束されて膨張変形が規制されており、フランジ素材22’の両端面22a,22bには溝型部32,34がそれぞれ強く密着している。そのため、フランジ素材22’を軸方向両側から加圧し、フランジ素材22’の両端面にスラスト動圧発生部B,Cをそれぞれ型成形したとき、フランジ素材22’の肉は主に内径側に塑性流動する。そして、肉の塑性流動に伴って内周面22cに生じた膨張変形部24が軸部21の外周面21aに密着し、これによって軸部21の外周面21aにフランジ素材22’が固定される。軸部21の外周面21aのうち、フランジ部22(フランジ素材22’)の固定領域には凹部21bとしての周方向溝40が設けられており、膨張変形部24の一部は凹部21b内に収容される。
以上のようにして、プレス加工によりフランジ素材22’の両端面22a,22bにスラスト動圧発生部B,Cがそれぞれ型成形されるのと同時に、フランジ素材22’が軸部21に固定されると、第1金型31と第2金型33とを相対的に離反移動させ、軸部21およびフランジ素材22’の一体品をプレス金型30から取り出す。これにより、図6(d)に示すように、軸部21の下端にフランジ部22が取り付け固定され、かつフランジ部22の上側端面22aおよび下側端面22bにスラスト動圧発生部B,Cがそれそれ型成形された軸部材2が完成する。
以上の構成からなる流体動圧軸受装置1において、軸受スリーブ8の内周面8aの上下二箇所に離隔形成したラジアル軸受面と、これに対向する軸部21の外周面21aとの間にそれぞれラジアル軸受隙間が形成される。そして軸部材2の回転に伴い、両ラジアル軸受隙間に形成される油膜の圧力が動圧溝Aa,Aaの動圧作用によって高められ、その結果、軸部材2をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部R1,R2が軸方向の二箇所に離隔形成される。これと同時に、フランジ部22の上側端面22aに設けたスラスト軸受面とこれに対向する軸受スリーブ8の下側端面8bとの間、および、フランジ部22の下側端面22bに設けたスラスト軸受面とこれに対向する蓋部材10の上側端面10aとの間に、スラスト軸受隙間がそれぞれ形成される。そして、軸部材2の回転に伴い、両スラスト軸受隙間に形成される油膜の圧力が、動圧溝Ba,Caの動圧作用によってそれぞれ高められ、その結果、軸部材2をスラスト両方向に非接触支持する第1および第2スラスト軸受部T1,T2が形成される。
また、シール空間Sが、ハウジング7の内部側に向かって径方向寸法を漸次縮小させたくさび形状を呈しているため、シール空間S内の潤滑油は毛細管力による引き込み作用によってハウジング7の内部側に向けて引き込まれる。また、シール空間Sは、ハウジング7の内部空間に充填された潤滑油の温度変化に伴う容積変化量を吸収するバッファ機能を有し、想定される温度変化の範囲内で潤滑油の油面を常にシール空間S内に保持する。そのため、ハウジング7内部からの潤滑油漏れが効果的に防止される。
また、上述したように、上側の動圧溝Aaは、軸方向中心mより上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっているため、軸部材2の回転時、動圧溝Aaによる潤滑油の引き込み力(ポンピング力)は上側領域が下側領域に比べて相対的に大きくなる。かかる構成により、軸受スリーブ8の内周面8aと軸部21の外周面21a1との間の隙間に充満された潤滑油は下方に流動し、第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間→軸受スリーブ8の軸方向溝8d1で形成される軸方向の流体通路11→軸受スリーブ8の上部外周チャンファ等で形成される環状空間→軸受スリーブ8の環状溝8c1および径方向溝8c2で形成される流体通路という経路を循環して、第1ラジアル軸受部R1のラジアル軸受隙間に再び引き込まれる。
このような構成とすることで、潤滑油の圧力バランスが保たれると同時に、局部的な負圧の発生に伴う気泡の生成、気泡の生成に起因する潤滑油の漏れや振動の発生等の問題を解消することができる。上記の循環経路には、シール空間Sが連通しているので、何らかの理由で潤滑油中に気泡が混入した場合でも、気泡が潤滑油に伴って循環する際にシール空間S内の潤滑油の油面(気液界面)から外気に排出される。従って、気泡による悪影響は一層効果的に防止される。
上記のように、本発明に係る流体動圧軸受装置1では、フランジ部22が、焼結金属で円環状に形成されると共に、プレス加工により端面22a,22bに型成形されたスラスト動圧発生部B,Cを有し、かつプレス加工により内周面22cに生じた膨張変形部24を軸部21の外周面21aに密着させることにより軸部21に固定されている。フランジ部22を焼結金属で形成すれば、フランジ部22(フランジ素材22’)の気孔率を調整することによって、プレス加工に伴うフランジ素材22’の変形量(塑性変形の程度)を最適化することができる。すなわち、気孔率を調整すれば、端面22a,22bにそれぞれ型成形されるスラスト動圧発生部B,Cの成形性を向上する、軸部21に対するフランジ部22の締結強度を高める、あるいはこれらを両立させる等の対応を容易に選択することができ、しかもプレス加工時に付与された圧迫力が解放されるのに伴って生じるスプリングバックの程度も調整することができる。従って、プレス加工後の別途の仕上げ加工等を省略しつつも、スラスト動圧発生部B,Cの成形精度、端面22a,22bの平面度等、さらには軸部21に対するフランジ部22の締結強度に優れた別体タイプのフランジ付軸部材2を容易に量産することができる。
また、互いに対向する軸部21の外周面21aとフランジ部22の内周面22cとの間に、フランジ素材22’を軸部21に圧入することにより形成した圧入固定部25を設けたことから、プレス加工を施す際に、軸部21に対するフランジ素材22’の姿勢に狂いが生じ難くなる。そのため、高精度のスラスト動圧発生部B,Cを型成形する上で、また、軸部21とフランジ部22相互間の精度(例えば、軸部21の外周面21aとフランジ部22の端面22a,22bとの間の直角度や、軸部21とフランジ部22の同軸度)に優れた軸部材2を得る上で有利となる。
また、以上で説明した流体動圧軸受装置1においては、両スラスト軸受隙間を形成するフランジ部22、さらにはフランジ部22との間に第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する軸受スリーブ8を焼結金属で形成したことから、流体動圧軸受装置1の運転時には、フランジ部22および軸受スリーブ8の内部気孔で保持された潤滑油がスラスト軸受隙間に供給される。そのため、スラスト軸受隙間に介在させるべき潤滑油量が不足し、スラスト軸受隙間の一部領域で負圧が発生する、などといった不具合の発生確率が可及的に低減され、スラスト方向の回転精度が安定的に維持される。
但し、フランジ部22と軸受スリーブ8を同種の焼結金属(主成分を同じくした焼結金属)で形成すると、流体動圧軸受装置1の運転中に、フランジ部22と軸受スリーブ8とが凝着し易くなる。この点、本実施形態では、フランジ部22を銅系の焼結金属で形成する一方、軸受スリーブ8を鉄系の焼結金属で形成したことから、上記の不具合も生じ難くなる。また、銅は鉄に比べて加工性に富むことから、プレス加工が施されるフランジ部22(フランジ素材22’)を銅系の焼結金属で形成したことにより、スラスト動圧発生部B,Cの成形性、および軸部21に対するフランジ部22の締結強度を高める上で有利となる。一方、鉄は銅に比べて安価であることから、相対的に体積の大きい軸受スリーブ8を鉄系の焼結金属で形成すれば、コスト増を抑制することができる。
また、フランジ部22および軸受スリーブ8を焼結金属で形成すると、内部空間に介在する潤滑油量が増大する分、シール空間Sの容積(軸方向寸法)を大きく確保する必要が生じるため、必要とされる軸受性能、特にモーメント剛性を確保する上で不利となる。そこで、フランジ部22および軸受スリーブ8の双方を焼結金属製とした本実施形態においては、加工性が低下しない程度に高密度化されたフランジ素材22’を用いると共に、軸受スリーブ8を高密度化した。具体的には、上述のとおり、密度が7.2〜7.9g/cm3に設定されたフランジ素材22’を用いると共に、軸受スリーブ8の密度を7.2g/cm3に設定した。フランジ部22のうち、プレス加工に伴って塑性変形が生じた部位(両端面22a,22b、内周面22cおよび外周面22d)は多孔質組織が一層緻密化し、その密度が7.3〜8.0g/cm3となっている。
軸部21に対するフランジ部22の固定態様は上記のものに限定されず、フランジ部22は以下の態様で軸部21に固定することもできる。
図7は、軸部21の外周面21aのうち、フランジ部22の内周面22cと対向する領域の軸方向に離間した二箇所に、凹部21bとしての周方向溝40を設けた構成を示している。より詳しくは、この実施形態では、フランジ素材22’を軸部21の下端外周に圧入することによって形成した圧入固定部25と、フランジ素材22’の膨張変形部24を周方向溝40に収容することで形成された凹凸嵌合部とを軸方向に交互に設けることにより、フランジ部22が軸部21に固定されている。この場合、以上で説明した、周方向溝40を軸方向に一つのみ設ける構成に比べて、フランジ部22の抜け強度は概ね2倍程度になる。
各周方向溝40の溝幅(周方向溝40の開口部における溝幅。以下同様。)t2は、フランジ部22の厚みt1の5%以上以上20%以下(0.05t1≦t2≦0.2t1)に設定されている。ここでは、厚みt1が1.5mmのフランジ部22が使用され、各周方向溝の溝幅t2は0.2mmに設定されている。ちなみに、各圧入固定部25の軸方向寸法は0.3mmに設定され、フランジ部22の両端内周縁部に設けた面取り部の軸方向寸法は0.1mmに設定されている。周方向溝40の溝幅t2を上記範囲に規定したのは次のような理由による。
軸部21に対するフランジ部22の抜け強度は、軸方向における凹部21b(周方向溝40)の設置本数を増加させるほど高め得るものと考えられる。しかしながら、フランジ部22の厚みt1には、流体動圧軸受装置1のその他の部材や部位に必要とされる軸方向寸法を確保するために制約(上限値)がある。そのため、周方向溝40を軸方向に多数設ける場合には、個々の周方向溝40の溝幅t2を小さくする必要があるが、溝幅t2を小さくすればするほど、周方向溝40内への肉の流入性が低下し、フランジ部22の抜け強度を効果的に高めることができなくなる可能性が高まる。このような観点から、周方向溝40の溝幅t2の下限値をフランジ部22の厚みt1の5%以上に規定した。一方、周方向溝40を軸方向に多数設ける、あるいは溝幅t2の大きな周方向溝40を設けることによって、軸部21の外周面21aのうち、フランジ部22の内周面22cとの対向領域に占める凹部21b(周方向溝40)の形成領域が増大すると、軸部21に対するフランジ部22の固定精度に悪影響が及び易くなる。従って、周方向溝40の溝幅t2の上限値をフランジ部22の厚みt1の20%以下に規定した。
また、凹部21bとしての周方向溝40は、この周方向溝40へのフランジ素材22’の肉の流入性(周方向溝40の充足性)、すなわちフランジ部22の抜け強度を高める観点から、その断面形状を、溝底側に向けて溝幅t2を漸減させるテーパ状とした。この場合、凹部21b(周方向溝40)のテーパ状内壁面21b1の軸線に対する傾斜角θは、20°以上40°以下(20°≦θ≦40°)とするのが望ましい。これは、軸部21の外周面21aに、上記傾斜角θをそれぞれ10°,20°,30°,40°,50°,60°および70°とした周方向溝40を軸方向に離間した二箇所に設けると共に、各軸部21に図6(a)〜(d)に示す態様でフランジ部22を固定した後、フランジ部22がどの程度の軸方向の加圧力で軸部21から抜け落ちるか(フランジ部22の抜け強度)を実測することによって導き出した数値範囲である。実測結果(サンプル数を各5としたときの平均値)を図8に示す。
図8からも明らかなように、フランジ部22の抜け強度は傾斜角θ=30°のときがピークであり、傾斜角θが20°よりも小さくなると、抜け強度の減少率が大きくなった。これは、傾斜角θが小さくなるほど周方向溝40への肉の流入性は良好になるものの、所望の溝深さを確保することが難しくなるためであると考えられる。また、傾斜角θが40°よりも大きくなるときにも、抜け強度の減少率が大きくなった。これは、傾斜角θが40°よりも大きくなると、周方向溝40への肉の流入性が低下するためであると考えられる。
なお、図7を参照しながら説明した以上の構成は、上述した図2に示す流体動圧軸受装置1のみならず、後述する他の実施形態に係る流体動圧軸受装置1(図11等を参照)についても同様に適用することができる。
また、軸部21に対するフランジ部22の締結強度をより一層高めるために、図7に示した構成に替えて、あるいは図7に示した構成に加えて、例えば、図9に示す構成を採用し得る。図9では、フランジ素材22’を部分的に塑性変形させることにより、フランジ部22を軸部21に対して加締め固定する加締め部26を形成している。
このような加締め部26は、例えば図10(a)に示すように、フランジ素材22’の下側端面22bを軸方向に加圧する第2金型33のうち、フランジ素材22’の下部内周チャンファ22b1に対向する領域に加締め型35を設けておくことにより、スラスト動圧発生部B,Cを型成形するのと同時に形成することができる。すなわち、第2金型33に加締め型35を設けておけば、図10(b)に示すように、第2金型33でフランジ素材22’の下側端面22bを軸方向に加圧する際、加締め型35がフランジ素材22’の下端内周チャンファ22b1に食い込んでフランジ素材22’が部分的に塑性変形し、フランジ素材22’(フランジ部22)に加締め部26が形成される。
なお、加締め部26は、フランジ素材22’にプレス加工を施すプレス工程とは別工程で形成することも可能である。
以上、本発明の一実施形態に係る流体動圧軸受装置1について説明を行ったが、本発明は、以上で説明した実施形態に係る流体動圧軸受装置1に限定適用されるものではない。以下、本発明を適用可能な他の実施形態に係る流体動圧軸受装置1について図面を参照しながら説明する。以下に示す他の実施形態においては、説明を簡略化する観点から、上述した実施形態と実質的に同一の構成には同一の参照番号を付し、重複説明を省略する。
図11は、本発明の第2実施形態に係る流体動圧軸受装置1の含軸断面図である。同図に示す流体動圧軸受装置1が図2に示すものと異なる主な点は、ハウジング7を、本体部7aと、本体部7aの下端を閉塞する円盤状の底部7cとを一体に有するコップ状に形成すると共に、本体部7aの上端内周に固定したリング状のシール部材9でシール空間Sを形成した点にある。かかる構成から、第2スラスト軸受部T2の第2スラスト軸受隙間は、フランジ部22の下側端面22bとハウジング底部7cの上側端面7c1との間に形成され、また、シール空間Sは、シール部材9の内周面9aと軸部21の外周面21aとの間に形成される。なお、ハウジング7の本体部7aと底部7cの境界部には段部7dが設けられており、この段部7dに軸受スリーブ8の下側端面8bを当接させることによって、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の軸方向相対位置(2つのスラスト軸受隙間の隙間幅)が決定付けられる。
図12は、本発明の第3実施形態に係る流体動圧軸受装置1の含軸断面図である。同図に示す流体動圧軸受装置1が図2に示すものと異なる主な点は、軸受スリーブ8の上側に配置したフランジ部12を軸部21の外周面21aに固定し、軸部材2を構成する両フランジ部22,12の外周面22d,12dとハウジング7(本体部7a)の内周面7a1との間に潤滑油の油面を保持したシール空間Sをそれぞれ形成した点、および図中上側のフランジ部12の下側端面12aと軸受スリーブ8の上側端面8cとの間に第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間が形成されている点にある。従って、図中下側のフランジ部22の下側端面にスラスト動圧発生部は型成形されていないが、図示例の軸部材2において、下側のフランジ部22は本発明の構成を具備したものである。すなわち、本発明は、フランジ素材の両端面にスラスト動圧発生部を型成形する場合のみならず、フランジ素材の一端面にのみスラスト動圧発生部を型成形する場合にも好ましく適用し得る。
図13は、本発明の第4実施形態に係る流体動圧軸受装置1の含軸断面図である。同図に示す流体動圧軸受装置1が図2に示すものと異なる主な点は、ラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間に流体動圧を発生させるためのラジアル動圧発生部A1,A2(動圧溝Aa:同図中クロスハッチングを参照)を、軸受スリーブ8の内周面8aとラジアル軸受隙間を介して対向する軸部21の外周面21aに形成した点にある。
ここで、上述した実施形態のように、焼結金属製とされる軸受スリーブ8の内周面8aに動圧溝Aaを形成するために広く採用されている手法は、円筒状に形成した焼結体の内周に、外周面に動圧溝形状に対応した溝型部を有するコアロッドを挿入し、その状態で焼結体に軸方向両側から圧迫力を加えることにより、焼結体の内周面をコアロッドの外周面に食い付かせて溝型部の形状を焼結体の内周面に転写し、その後、圧迫力の解放により生じる焼結体のスプリングバックを利用して、焼結体の内周からコアロッドを抜き取る、というものである。しかしながら、軸受スリーブ8の軸方向寸法が大きくなれば、動圧溝Aaを加工する際、相当に大きな圧迫力を焼結体に加える必要がある。そのため、内部の密度のばらつきが大きくなる、軸受スリーブ8の各部に精度劣化が生じるなど、加工精度の限界が生じる。
これに対して軸部21の外周面21aに動圧溝Aaを設ける場合には、転造や研削等の比較的簡便な手段を組み合わせることで微小な動圧溝Aaを精度良く形成し易く、しかも軸受スリーブ8の内周面8aを凹凸のない平滑な円筒面に形成することができる。従って、この場合、焼結金属製の軸受スリーブ8の製造工程は、焼結体に対して内周面および外周面の矯正加工(サイジング)を行うことで完了し、上記したような内周面に動圧溝を型成形する工程を設ける必要がない。従って、軸受スリーブ8の形状の単純化を通じて軸受の精度確保が図られ、軸受スリーブ8、ひいては流体動圧軸受装置1全体としての特性確保が可能となる。
なお、溶製材からなる軸部21(軸素材)の外周面に転造で動圧溝Aaを形成する場合、熱処理後の軸素材の外周面に転造加工を施すのが望ましい。転造により生じる肉の盛り上がり量を、未熱処理の軸素材に転造加工を施す場合に比べて小さくすることができるので、その後の仕上げ加工を簡便化することが、あるいは仕上げ加工を省略することができるからである。
図14は、本発明の第5実施形態に係る流体動圧軸受装置1の含軸断面図である。同図に示す実施形態では、図13に示す実施形態において別部材とされていたハウジング7と軸受スリーブ8を一体化した構成に相当する軸受部材13を軸部材2(軸部21)の外径側に配置している。軸受部材13は、黄銅やステンレス鋼等の溶製材で円筒状に形成されており、対向する軸部21の外周面21aとの間にラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間を形成するとともに、対向するフランジ部22の上側端面22a(スラスト軸受面)との間に第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する軸受隙間形成部13aと、対向する軸部21の外周面21aとの間にシール空間Sを形成するシール形成部13bと、蓋部材10を内周に固定した蓋部材固定部13cとを一体に有する。
また、軸部21の外周面21aに設けたラジアル動圧発生部A1において、上下の動圧溝Aaの軸方向寸法に差を設けた(X1>X2)関係で、軸部材2の回転時には、軸受隙間形成部13aの内周面と軸部21の外周面21aとの間の隙間に介在する潤滑油が下方に押し込まれる。この場合、軸受内部の閉塞側の空間、特に第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間の内径側空間で圧力が高くなり、軸部材2に作用する上向きの浮上力が過剰となる結果、両スラスト軸受部T1,T2間でのスラスト支持力をバランスさせることが難しくなる場合がある。そこで、本実施形態では、図14中の拡大図にも示すように、フランジ部22の両端面22a,22bに開口した連通孔27を設けている。ここでは、フランジ部22の内周面22cに設けた軸方向溝22c1で連通孔27を形成している。このような連通孔27を設けたことにより、当該連通孔27を介して両スラスト軸受隙間間で潤滑油が流通可能となるので、両スラスト軸受隙間間での圧力バランスの崩れを早期に解消し、両スラスト軸受部T1,T2間でのスラスト支持力をバランスさせることができる。
またこの場合、スラスト動圧発生部Cを構成する動圧溝Caを図4(b)に示すようなスパイラル形状に形成すると、第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間に介在する潤滑油が内径側に押し込まれるため、スラスト軸受隙間の内径側空間の圧力増大を助長することとなる。これを回避するため、スラスト動圧発生部Cを構成する動圧溝Caを、図15(b)に示すようなヘリングボーン形状に形成している。また、本実施形態では図15(a)に示すように、スラスト動圧発生部Bを構成する動圧溝Baもヘリングボーン形状に形成しているが、第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間では上記の問題が生じ難いので、動圧溝Baは、図4(a)に示すスパイラル形状に形成しても構わない。
また、以上では、ヘリングボーン形状等の動圧溝Aaを円周方向に複数配列してなるラジアル動圧発生部を設けることによって動圧軸受からなるラジアル軸受部R1,R2を構成する場合について説明を行ったが、動圧軸受からなるラジアル軸受部R1,R2は、ラジアル軸受隙間を介して対向する二面の何れか一方に、軸方向溝を円周方向に複数配したステップ面、あるいは多円弧面を形成することで構成することもできる。また、ラジアル軸受部R1,R2の何れか一方又は双方は、いわゆる真円軸受で構成することもできる。
また、以上では、スラスト動圧発生部B,Cをスパイラル形状、あるいはヘリングボーン形状の動圧溝Ba,Caで構成した場合について説明を行ったが、スラスト動圧発生部B,Cの何れか一方又は双方は、径方向に延びる放射状の動圧溝を円周方向に複数配列して構成することもできる。
また、以上の実施形態では、流体動圧軸受装置1の内部空間に充填する潤滑流体として潤滑油を用いたが、潤滑グリース、磁性流体、さらには空気等の気体を潤滑流体として用いた流体動圧軸受装置1にも本発明は好ましく適用し得る。
また、以上では、軸部材2を回転側、軸受スリーブ8等を静止側とした流体動圧軸受装置1に本発明を適用した場合について説明を行ったが、これとは逆に、軸部材2を静止側、軸受スリーブ8等を回転側とした流体動圧軸受装置1にも本発明は好ましく適用することができる。