JP5849892B2 - 大入熱溶接用鋼材 - Google Patents

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Description

本発明は、船舶や建築・土木等の分野における各種鋼構造物に使用される、降伏応力が460MPa以上の鋼材、特に溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接に適した鋼材に関し、詳しくは、前記大入熱溶接を施した場合においても優れた溶接部靭性および継手強度を有する鋼板に関する。
船舶、海洋構造物、建築、鋼管等の分野で使用される鋼構造物は、溶接接合により所望の形状の構造物に仕上げられるのが一般的である。したがって、これらの構造物は、安全性を確保する観点から、使用される鋼材の母材特性、すなわち強度、靱性の確保に加えて、溶接部の靱性にも優れていることが要請されている。
さらに、近年では、上記船舶や鋼構造物はますます大型化し、使用される鋼材も高強度化や厚肉化が積極的に進められている。それに伴い、溶接施工には、サブマージアーク溶接やエレクトロガス溶接、エレクトロスラグ溶接などの高能率で大入熱の溶接方法が適用されるようになってきており、大入熱溶接によって溶接施工した場合においても、溶接部の靱性に優れる鋼材が必要となってきている。
ここで、大入熱溶接部の組織について説明する。図1は、大入熱溶接部断面のマクロ組織写真であり、溶接部の中央には、溶融した母材および溶接材料から生成した溶着金属の両者が溶融状態でほぼ均一に混合し、凝固した溶接金属部分が存在しており、その両側には、溶接時に投入された熱によって熱影響を受け、母材の組織と特性が変質した熱影響部(Heat Affected Zone;HAZという場合がある)が存在し、さらにその両側には、母材が存在している状態を示している。上記熱影響部(HAZ)で溶接金属に接する部分(図中の破線部)は、一般に「ボンド部」と称されている。ボンド部近傍のHAZは、熱影響部の中でも特に溶融点付近の高温に加熱されるため結晶粒が粗大化し、靭性が著しく低下する。一方、ボンド部からやや離れたところでは細粒域となって軟化し、継手強度低下の主因となる。
大入熱溶接に伴うHAZ靱性低下に対しては、これまでにも多くの対策が検討されてきた。例えば、TiNを鋼中に微細分散させて、オーステナイト粒の粗大化を抑制したり、フェライト変態核として利用したりする技術が既に実用化されている。また、Tiの酸化物を分散させることで、上記と同様の効果を狙った技術も開発されている。
TiNを活用する上記技術は、大入熱溶接を受けた際に、溶接熱影響部がTiNの溶解温度域まで加熱されるため、TiNが分解して上記分散効果が消失したり、TiNの分解により生成した固溶Tiおよび固溶Nによって鋼の地組織が脆化し、靱性が著しく低下したりするという問題を抱えている。
また、Ti酸化物を活用する技術は、酸化物を均一微細に分散させることが難しいという問題がある。このような問題に対する技術として、例えば、特許文献1には、300kJ/cmを超える大入熱溶接した溶接熱影響部の靱性を向上させるために、硫化物の形態制御のために添加されているCaの量を適正化して、CaSを晶出させ、これをフェライト変態核として有効に活用する技術が開示されている。
CaSは、酸化物に比べて低温で晶出するため、鋼中に微細分散させることが可能であり、さらに、冷却中にこれを核として、MnSやTiN、BN等のフェライト変態生成核が微細に分散するので、溶接熱影響部の組織を微細なフェライトパーライト組織とし、高靱性化を達成することができる。特許文献1の技術により、大入熱溶接に伴う靭性低下はある程度抑制できるようになった。
しかしながら、その後の研究により、降伏応力が460MPa以上と高強度化され、比較的多量のCや合金元素が添加された鋼では、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときに、ボンド部近傍のHAZに島状マルテンサイト(MA)と呼ばれる硬質の脆化組織が数体積%形成され、これが溶接部の靭性のさらなる改善を阻んでいることがわかってきた。
従って、このような高強度鋼の大入熱溶接部のボンド部近傍のHAZ靭性改善には、オーステナイト粒粗大化抑制やフェライト変態核の微細分散、固溶Nの低減に加えてさらに、島状マルテンサイトの生成を抑制する必要がある。
島状マルテンサイトを低減する技術については、例えば特許文献2には、C、Siの含有量を低減することの他に、Pの含有量の低減が有効であることが開示されている。さらに特許文献3では、Mnを積極的に添加し、なおかつPを極力低減することで、ボンド部近傍HAZの島状マルテンサイトを低減でき、靭性の優れた降伏応力460MPaグレードの鋼材が得られるとしている。
一方、大入熱溶接に伴うHAZ軟化を抑制する技術に関しては、HAZ靱性対策ほど多く開示されていない。上記特許文献1、2および3においてもHAZ軟化に関する記述はない。もともと大入熱溶接用鋼の設計にあたっては継手強度が確保できることを前提とするためであると思われる。HAZ軟化の抑制に関していくつかの技術が開示されている。
これらの技術には、NbやVなどの析出強化元素を利用する技術と、Bの焼入れ性を用いる技術がある。特許文献4では、C量を高めるとともにSi、Mnを低減し、NbやVを含有することでHAZ軟化が低減されるとしている。
また、Bによる焼入れ性向上のために、特許文献5では、N量に対してTi、B、Nbを多く含有するよう成分式を規定することで、また、特許文献6では固溶B量を規定することで、HAZ軟化抑制を図っている。
特許3546308号公報 特開2008−163446号公報 特開2011−6772号公報 特開昭60−67622号公報 特開2007−177327号公報 特許4233033号公報
特許文献1に記載の技術は、特に降伏応力が390MPaグレードの鋼材に対し、大入熱溶接を施した際のボンド部の靱性を改善する技術であるが、それよりも降伏強度が高い、降伏応力460MPaグレードの鋼材の大入熱HAZ靱性およびHAZ軟化に対しては十分対処できない。
特許文献2に記載の技術は、降伏応力が460MPaグレードの鋼材を対象とし、C、Si、Pの含有量を低減することでボンド部近傍のHAZの島状マルテンサイトを低減し、かつ、Caを適正量添加してフェライト変態核を微細に分散させてHAZ靱性の確保を図っているが、HAZ軟化に対しては記述がなく、またNiの添加を必須としているため合金コストが高いという問題がある。
特許文献3に記載の技術も、降伏応力が460MPaグレードの鋼材を対象とし、Mnを積極的に利用することで島状マルテンサイトを低減し、安価に所要の鋼材が得られるとしているが、HAZ軟化に関する記述がない。
特許文献4に記載の技術は、C量が高く、NbやVなどの析出強化元素を利用してHAZ軟化に対する十分な対処を採っているが、大入熱溶接時にボンド部近傍HAZに多量の島状マルテンサイトを形成し、ボンド部近傍のHAZの靭性を顕著に低下させる懸念がある。
特許文献5、6に記載の技術は、Bの焼入れ性を用いてHAZ軟化を抑制する技術であるが、特許文献5は多量のTi、B、Nの添加を前提としており、製造性に問題があるとともに、ボンド部近傍のTiNが溶ける領域において固溶Nによる靭性の低下が懸念される。
特許文献6はNbフリーを前提としており、降伏応力460MPaグレードの鋼材を対象とした場合、継手強度の確保が困難である。
そこで、本発明の目的は、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施しても溶接熱影響部の硬度が低下しない耐軟化性とボンド部近傍のHAZ靭性に優れる降伏応力が460MPa以上の大入熱溶接用鋼材を安価に提供することにある。
本発明者らは、降伏応力が460MPa以上の高強度鋼材に対して溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときの、ボンド部近傍のHAZ靭性とHAZ最軟化部の硬度に及ぼす組織因子や合金元素の影響を調査した。
ボンド部近傍のHAZ靭性に関しては、少量の島状マルテンサイトが靭性に対して悪影響を及ぼすことを知見した。そこで発明者らは、さらに、合金元素とボンド部近傍のHAZの島状マルテンサイトおよびHAZ最軟化部の硬度との関係について鋭意検討した。
その結果、C量を低く抑えるとともに、C量低減により懸念される母材強度低下を補うためMnを積極的に含有させることにより、ボンド部近傍のHAZ靭性に悪影響を及ぼす島状マルテンサイトを極力生成させずに、母材強度を効果的に高めることができることがわかった。
継手強度に支配的な影響を及ぼすHAZ軟化領域については、以下のように検討を進めた。前述のように、継手強度低下の主因となるHAZ軟化領域は、ボンド部からやや離れた領域である。
この領域は、溶接入熱を受けた際、鋼組織がオーステナイトに変態するものの、よりボンド部に近い領域に比べると低温なので、生成するオーステナイトは細粒となる。このため、粒径がより大きいオーステナイトの場合に比べて焼入れ性が低下し、ベイナイトやマルテンサイトなどの変態強化組織が得られにくく、フェライトが生成しやすくなるため、軟質化するものである。
従って、HAZ軟化領域の硬度を高くするためには、鋼の焼入れ性を向上させることが有効で、鋼の焼入れ性向上手段の一つとして知られているBの活用を検討した。従来より、NをTiで固定してTiNを生成させることにより、BNの生成を抑制し、固溶Bを確保する技術が知られている。
しかし、従来の技術において、焼入れ性を確保するために必要とされる固溶Bの値は化学量論的に計算される値である。これは、TiN生成などの反応が平衡論的に進行することを前提とし、求められる固溶Bの値は、いわば、理想状態である理論的最大値であるため、非平衡な大入熱溶接時の熱履歴を受ける鋼において適正であるとは考えにくい。
本発明者らは、TiとNとの含有量の比を適正化して鋼中のNをTiで固定すると共に、鋼中のTi、B、Nの含有量をこれらの元素で規定される限定式の値が一定の範囲となるようにすることにより、ボンド部近傍におけるHAZ靭性を低下させることなく、HV10で160以上の硬度を大入熱溶接部のHAZ軟化領域の中でも最も硬度の低いHAZ最軟化部において安定的に確保できることを知見した。HAZ最軟化部の硬度がHV10で160以上であれば、YP460グレード(降伏応力が460MPa以上)の母材に対して十分な継手強度を与えることができる。
本発明は、得られた知見をもとに更に検討を加えて完成したものであり、すなわち、本発明は、
1. 質量%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.01〜0.15%、Mn:1.80〜2.40%、P:0.015%以下、S:0.0005〜0.0040%、Al:0.005〜0.100%、Nb:0.003〜0.030%、Ti:0.010〜0.050%、N:0.0050〜0.0160%、B:0.0003〜0.0025%を含有し、Ti/N比(質量%の比)が2.0以上4.0未満、下記(1)式で規定されるA値が10以上25以下、残部Fe及び不可避的不純物の化学成分を有し、降伏応力が460MPa以上であり、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときの熱影響部の最軟化部の硬度がHV10で160以上であることを特徴とする大入熱溶接用鋼材。
A=2256×Ti−7716×N+10000×B ・・・(1)
但し、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を示す。
2.化学成分に、更に、質量%で、V:0.20%以下を含有することを特徴とする1に記載の大入熱溶接用鋼材。
3.化学成分に、更に、質量%で、Cu:0.50%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.40%以下およびMo:0.40%以下のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1または2に記載の大入熱溶接用鋼材。
4.化学成分に、更に、Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.0010〜0.0200%、REM:0.0010〜0.0200%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする1乃至3の何れか一つに記載の大入熱溶接用鋼材。
本発明によれば降伏応力460MPa以上の高強度鋼に対して300kJ/cmを超える大入熱溶接を施した際にも良好な継手強度と溶接熱影響部靭性とを得ることができるため、サブマージアーク溶接やエレクトロスラグ溶接といった大入熱溶接により施工される船舶や大型構造物の品質向上に寄与するところ大である。特に、板厚50mmを超える鋼板に適用することが、従来技術に係る鋼に対してより顕著な優位性を発揮するため、有効である。
溶接継手部断面の組織を説明する図。
以下に本発明を実施するための形態について説明する。本発明で対象とする鋼材とは熱間圧延で製造された鋼材をいう。
本発明では成分組成と強度と300kJ/cmを超える大入熱溶接によって形成される熱影響部の軟化領域のうち、最小の硬度(HAZ最軟化部の硬度ともいう)とを規定する。まず、本発明の鋼材の特徴である熱影響部の最軟化部の硬度について説明する。
熱影響部の最軟化部の硬度がHV10で160以上
降伏応力460MPa以上の鋼材を溶接した継手には母材と同等の引張強度、すなわち引張強さにして570MPa以上が必要とされる。継手の引張強度に影響する因子としてはおもに溶接金属強度、板厚、HAZの最軟化域の硬度などがあるが、とくに熱影響部の最軟化部の硬度の影響が大きい。降伏応力が460MPa以上の鋼材においては、軟化領域の硬度の最低値、すなわち、最軟化部の硬度がHV10で160を下回ると所要の継手強度を得ることは困難となる。従ってHV10で160以上とする。HV10とは、JIS Z 2244(1998)で規定される硬さ記号HV10のことで、試験力98.07N(10kgfに相当)で測定されたビッカース硬さを指す。ここで、本発明において、熱影響部の軟化領域とは、図1に示すように、ボンド部から10mm前後離れたオーステナイト細粒域となる熱影響部を指す。軟化領域の最低硬度である、最軟化部の硬度は、軟化領域を、0.5mm間隔で測定して得られる硬度の中で最小の硬度とする。
次に、HAZの最軟化部の硬度を上記範囲に制御し、併せて高強度を達成するために、本発明の鋼材が有すべき成分組成について説明する。本発明において、化学成分に関する%表示は全て質量%を意味している。
C:0.030〜0.080%
Cは、鋼材の強度を高める元素であり、構造用鋼として必要な強度を確保するためには、0.030%以上含有させる必要がある。一方、Cが0.080%を超えると、ボンド部近傍のHAZで島状マルテンサイトが生成し易くなるため、上限は0.080%とする。
Si:0.01〜0.15%、
Siは、鋼を溶製する際の脱酸剤として添加される元素であり、0.01%以上の添加が必要である。しかし、0.15%を超えると、母材の靱性が低下するほか、大入熱溶接したボンド部近傍HAZに島状マルテンサイトが生成し、靱性の低下を招きやすくなる。よって、Siは0.01〜0.15%の範囲とする。
Mn:1.80〜2.40%
MnはCと同じく強度を高める元素であり、MoやVといった合金元素よりも安価で有りかつボンド部近傍のHAZでのMA(島状マルテンサイトともいう)生成を促進しないことから積極的に添加する。所要の強度を確保し、上記効果を得るためには、1.80%以上の添加が必要であり、1.90%以上の添加がより好ましく、2.00%以上の添加がさらに好ましい。ただし過剰に含有すると溶接部靭性を損なうことから、2.40%以下であることが必要であり、2.20%以下であることがより好ましく、2.10%以下であることがさらに好ましい。
P:0.015%以下
Pは、ボンド部近傍のHAZでのMA生成を促進し、その靭性を大きく低下させるため、0.015%以下とした。好ましくは、0.010%以下である。
S:0.0005〜0.0040%、
Sはフェライトの核生成サイトとして作用するMnSあるいはCaSを形成するために必要な元素である。このため0.0005%以上を添加する。しかしながら過度に添加すると母材靭性の低下を招くため、上限は0.0040%とする。
Al:0.005〜0.100%
Alは、鋼の脱酸のために添加される元素であり、0.005%以上含有させる必要がある。しかし、0.100%を超えて含有すると、母材の靱性のみならず、溶接金属の靱性をも低下させる。よって、Alは0.005〜0.100%の範囲とする。好ましくは0.010〜0.100%の範囲である。
Nb:0.003%〜0.030%
Nbは、母材強度およびHAZ最軟化部硬度、ひいては溶接継手強度を確保するのに有効な元素である。しかし、0.003%未満の添加では、上記効果が小さく、一方、0.030%を超えて含有すると、ボンド部近傍のHAZに島状マルテンサイトが生成して靱性を低下させるようになる。よって、Nbは0.003〜0.030%の範囲とする。
Ti:0.010〜0.050%、
Tiは、凝固時にTiNとなって析出し、ボンド部近傍HAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制し、また、フェライトの変態核となって、その高靱性化に寄与すると同時に、Bと結合しうるNを低減し固溶Bを確保することにより、HAZ最軟化部硬度、ひいては溶接継手強度を確保する上で、有効に作用する。斯かる効果を得るためには、0.010%以上の添加が必要であり、0.015%以上添加することが好ましい。一方、0.050%を超えて含有すると、析出したTiNが粗大化し、上記効果が得られなくなる。よって、Tiは、0.010〜0.050%の範囲とする。
N:0.0050〜0.0160%、
Nは、凝固時にTiNを生成しボンド部近傍のHAZのオーステナイト粒の粗大化抑制に寄与すると同時に、BNを生成し、当該BNがフェライト変態核として作用する事でボンド部近傍のHAZの組織を微細化し、高靭化に寄与する。TiNを必要量確保するには、Nを0.0050%以上を含有することが必要であり、0.0070%以上含有することが好ましい。しかしながら過度に含有すると、Bによる焼入れ性向上効果を阻害し、HAZ軟化部の強度を大きく損なうとともに、HAZ靱性を劣化させることから0.0160%以下とする必要があり、0.0120%以下とすることが好ましい。
B:0.0003〜0.0025%
Bは、鋼の焼入れ性を向上する元素であり、オーステナイトの変態温度を低下させることでベイナイトやマルテンサイトといった硬質な組織の生成を促進し、母材鋼板の高強度化に寄与する。同様にHAZ軟化部においても軟質相であるフェライトの生成を抑制しHAZ軟化部の強度を向上させる。このような効果を得るには、0.0003%以上含有する必要がある。しかし、0.0025%を超えて含有すると、焼入れ性が過剰に高まり、母材鋼板及びHAZの靱性低下を招く。このため、Bは0.0003〜0.0025%の範囲とする。
Ti/N比(質量%の比):2.0以上4.0未満
Ti/N比は、後述のA値の規定とともに、本発明において、重要な要件である。Ti/N比は、HAZのボンド部において、TiNの微細分散状況及び固溶Nによる靭性劣化に大きく影響するため、適切に制御する必要がある。Ti/Nが4.0以上になるとBNが析出せず、またTiの硼炭化物などが析出する事でHAZ靭性が大きく低下する。また、2.0を下回ると固溶NによるHAZ靭性の低下、及びHAZ部におけるBN析出によりBに焼入れ性が確保できず所要のHAZ最軟化部硬度の確保が困難となる。従って2.0以上4.0未満とする。好ましくは、2.5以上3.5以下の範囲内である。
A値:10以上25以下
下記(1)式で規定されるA値は、本発明において重要な要件である。鋼材が大入熱溶接の熱影響部に相当する熱履歴を受けた際に、TiNやBNなどの生成反応が平衡論的に進行しない場合においても、Ti、N、およびBに関する他の発明特定事項を満足した上で、さらにA値が10以上であれば、固溶Bによる焼入れ性向上効果が十分に発揮されるので、A値は10以上であることが必要である。A値が25を超えると、鋼材の焼入れ性が過剰となり、ボンド部近傍のHAZの靭性が低下するため、A値は25以下とする。
A値を10以上25以下に制御することにより、HAZ最軟化部の硬度について、YP460グレードの母材における継手強度の確保に必要な硬度である、HV10で160以上の硬度を安定して確保することができる。ボンド部近傍のHAZの靭性と強度両立の観点から、A値の好ましい範囲は、12以上18以下である。
A=2256×Ti−7716×N+10000×B ・・・(1)
但し、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を示す。
以上が本発明の基本成分組成で、残部Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物として、O:0.0050%以下であれば許容できる。さらに、本発明の鋼材は、上記必須成分に加えて、Vを選択的元素として下記の範囲で含有することができる。
V:0.20%以下
Vは、VNとして析出し、母材の強度・靱性の向上に寄与すると共に、フェライト生成核としても作用するので、必要に応じて含有することができる。この効果を発揮するためには、0.005%以上の添加が好ましい。しかし、過剰の添加は、却って靱性の低下を招くので、上限は0.20%とするのが好ましい。
本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、強度向上などを目的として、Cu、Ni、CrおよびMoの中から選ばれる1種以上を選択的元素として下記の範囲で含有することができる。
Cu:0.50%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.40%以下およびMo:0.40%以下
Cu、Ni、CrおよびMoは、母材の高強度化に有効な元素であり、その効果を得るためにはCu、Niは0.05%以上、Cr、Moは0.02%以上の添加が好ましい。しかし、いずれの元素も多量に添加すると、靱性に悪影響を及ぼすため、また、Niは、合金コスト増加にもつながるため、含有する場合には、Cuは0.50%以下、Niは0.20%以下、Cr、Moは0.40%以下とするのが望ましい。
また、本発明の鋼材は、上記成分に加えてさらに、Ca、Mg、ZrおよびREMから選ばれる1種以上を選択的元素として下記の範囲で含有することができる。
Ca:0.0005〜0.0050%
Caは、Sの固定や、酸化物、硫化物の分散による靱性改善効果を得るために含有することができる。上記効果を得るには、少なくとも0.0005%を含有することが好ましい。しかし、0.0050%を超えて添加しても、上記効果は飽和するだけである。よって、Caを含有する場合は、0.0005〜0.0050%の範囲とするのが好ましい。
Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.0010〜0.0200%、REM:0.0010〜0.0200%
Mg、ZrおよびREMはいずれも、酸化物の分散による靱性改善効果を有する元素である。このような効果を発現させるには、Mgは0.0005%以上、ZrおよびREMは0.0010%以上含有させることが好ましい。一方、Mgは0.0050%超え、ZrおよびREMは0.0200%超え添加しても、その効果は飽和するだけである。よって、これらの元素を含有する場合は、上記範囲とするのが好ましい。
本発明に係る鋼材は、降伏応力を460MPa以上とする製造方法であれば、従来公知の方法で製造することができ、特に、製造条件に制限はない。例えば、溶銑を転炉等で溶鋼とした後、RH脱ガス等で鋼成分を上記適正範囲に調整し、その後、連続鋳造または造塊−分塊工程を経て鋼片とする。次いで、上記鋼片を再加熱し、熱間圧延して所望の寸法の鋼材とした後、放冷、あるいは、上記熱間圧延後、加速冷却、直接焼入れ−焼戻し、再加熱焼入れ−焼戻し、再加熱焼準−焼戻しなどの工程を経て製造することができる。
以上によって、降伏応力が460MPa以上で、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときの熱影響部の最軟化部の硬度がHV10で160以上であることを特徴とする、大入熱溶接用鋼材を得ることができる。
150kgの高周波溶解炉を用いて表1に示す成分組成を有するNo.1〜27の鋼を溶製し、鋳造して鋼塊としたのち、熱間圧延して厚さが120mmの鋼片とした。得られた鋼片を1150℃で2時間加熱後、板厚中心温度が850℃〜900℃である状態にて熱間圧延を施し板厚が60mmの厚鋼板としたのち、板厚1/4位置における冷却速度が8℃/secとなるよう、板厚中心温度が350℃となるまで加速冷却したのち、放冷した。
次いで、上記の板厚60mmの厚鋼板の板厚1/4位置から試験片長手方向が板幅方向と一致するように平行部14mmΦ×85mm、標点間距離70mmの丸棒引張試験片を採取し、引張試験を実施し、母材強度(降伏応力YSおよび引張強さTS)を測定した。
熱影響部最軟化部の硬度は溶接継手強度に大きく影響を及ぼし、最軟化部硬度が高いほど溶接継手強度は高くなる。HAZ最軟化部の硬度を評価するため、上記厚鋼板から3mmΦ×10mmの小型試験片を採取し、変態点直上のオーステナイト細粒域に相当する900℃に加熱後、800〜500℃を390secで冷却する熱処理を行った。これらの処理を行った小型試験片のビッカース硬度HV10(JIS Z 2244(1998))を測定し、そのうち最も低い硬度を最軟化部硬度とした。
また、HAZ最軟化部に対応する上記小型試験片について、その試験片断面をナイタールでエッチングして組織を現出した。SEMを用いて1000倍で3視野の組織写真を撮影し、それらを画像解析して、マルテンサイトの平均面積分率を求め、これをHAZ最軟化部のマルテンサイト体積分率とした。
ボンド部近傍部の靭性を評価するために、上記厚鋼板から幅80mm×長さ80mm×厚さ15mmの試験片を採取し、1450℃に加熱後、800〜500℃間を390secで冷却した後、これらの試験片から2mmVノッチシャルピー試験片を採取した。
得られたシャルピー試験片について−100〜40℃の範囲で適宜シャルピー衝撃試験を行い延性破面率50%となる破面遷移温度vTrsを求め、ボンド部近傍部の靭性を評価した。上記熱処理条件は入熱量500kJ/cmのエレクトロガス溶接による大入熱溶接に相当する。
表2に、上記手順にて評価を行った母材(厚鋼板)の引張特性(YS、TS)、HAZ最軟化部の硬度とマルテンサイト体積分率、ボンド部近傍HAZ靭性の測定結果を示した。表2から、発明例のNo.1〜12の厚鋼板は、降伏応力YSが460MPa以上、引張強さTSが570MPa以上、最軟化部硬度がHV10で160以上と高く、またボンド部近傍HAZ靭性:vTrsもすべて−40℃以下で、優れた靭性が得られていることがわかる。これらの鋼において、HAZ最軟化部のマルテンサイトの分率は、5〜15体積%であった。
これに対して、No.13〜27は、いずれかの成分、あるいはTi/N比もしくはA値が本発明の定める範囲を外れておりYS、HAZ最軟化部硬度あるいはボンド部近傍HAZ靭性vTrsのいずれかが低位となっている。

Claims (4)

  1. 質量%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.01〜0.15%、Mn:1.80〜2.40%、P:0.015%以下、S:0.0005〜0.0040%、Al:0.005〜0.100%、Nb:0.003〜0.030%、Ti:0.010〜0.050%、N:0.0050〜0.0160%、B:0.0003〜0.0025%を含有し、Ti/N比(質量%の比)が2.0以上4.0未満、下記(1)式で規定されるA値が10以上25以下、残部Fe及び不可避的不純物の化学成分を有し、降伏応力が460MPa以上、溶接入熱量が300kJ/cmを超える大入熱溶接を施したときの熱影響部の最軟化部の硬度がHV10で160以上であることを特徴とする大入熱溶接用鋼材。
    A=2256×Ti−7716×N+10000×B ・・・(1)
    但し、各元素記号は各元素の含有量(質量%)を示す。
  2. 化学成分に、更に、質量%で、V:0.20%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の大入熱溶接用鋼材。
  3. 化学成分に、更に、質量%で、Cu:0.50%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.40%以下およびMo:0.40%以下のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の大入熱溶接用鋼材。
  4. 化学成分に、更に、Ca:0.0005〜0.0050%、Mg:0.0005〜0.0050%、Zr:0.0010〜0.0200%、REM:0.0010〜0.0200%のうちから選ばれる1種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3の何れか一つに記載の大入熱溶接用鋼材。
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