JP5789138B2 - プレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、当該ブランクを用いたアルミニウム合金製プレス成形体の製造方法 - Google Patents

プレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、当該ブランクを用いたアルミニウム合金製プレス成形体の製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、プレス成形に使用されるAl−Mg−Si系アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、これを用いたプレス成形体の製造方法に関し、特に自動車ボデーパネル用に使用されるAl−Mg−Si系アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、これを用いたプレス成形体の製造方法に関する。具体的には、Al−Mg−Si系アルミニウム合金の優れた特徴である塗装焼付硬化性及びデザイン自由度を向上させるための成形性、高い表面品質、ならびに、インナーパネルとの締結のためのヘム曲げ性を兼備したプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、これを用いたプレス成形体の製造方法に関する。
従来、自動車のボデーパネル材としては主として冷延鋼板が使用されることが多かった。しかしながら、最近では、地球温暖化抑制の視点からCO排出量の削減が求められ、そのために車体軽量化の重要性が広く認識されてきた。その結果、比重の軽いアルミニウム合金圧延板の使用が多くなっている。
アルミニウム合金圧延板のうち、自動車のフード、フェンダー、ドアなどのボデーパネル類については、Al−Mg−Si系アルミニウム合金が使用されることが多い。熱処理合金の利点を生かして圧延板を低耐力の状態で仕上げておくことで、プレス成形性をまず確保しておく。そして、その後の自動車製造工程での塗装焼付処理(約170℃で約20分間)によって時効硬化(「塗装焼付硬化」或いは「ベークハード(BH)」と呼ばれる)させることで、耐力が上昇しパネルに高耐力を付与することができるものである。最終的にパネルが高耐力の状態になることでパネル板厚を薄くすることができ、軽量効果が向上する。
ところで、アルミニウム合金圧延板の成形性は一般的に冷延鋼板に比べて劣るため、その適用拡大の障害となっている。アルミニウム合金圧延板の成形性向上のために、材料自体の成形性改善と成形加工方法の工夫が強く求められている。
プレス成形は通常、ダイとホルダーでブランクの周囲を挟み、相対的にパンチをダイに押し込むことによってブランクを所定の形状に成形する加工方法である。ここで、ブランクはパンチとダイに接触することによって、弾性変形を経て塑性変形を伴いながら、刻々とその形状を変化させられて所定の形状に達する。このブランクが変形する過程では、ブランクの各部位において伸ばされる角度や方向が刻々と変化する。更に、パンチやダイとの接触によって生じる摩擦力の作用によって、ブランクに加わる張力分布(或いは応力分布)が不均一になる。このような結果、ブランクに蓄積されるひずみ分布も不均一なものとなる。
このようにひずみ分布が不均一となると、パネルの形状(金型の形状)によって特定の部位にひずみが集中することになる。このような場合における成形の成否は、ブランク全体の伸びを活用できないままに、ひずみ集中部の材料の成形限界(くびれの発生や延性の限界)によって決まってしまう。一般的に、成形品のパンチ頭部とそれに連なった縦壁部との境界であるパンチ肩部に相当する位置において、ひずみが集中して破断してしまうことが知られている。
材料自体の成形性改善については、延性の向上、ひずみ分布を均一化する観点からの加工硬化性の向上、絞り成形における縮みフランジ変形抵抗低減の観点からのランクフォード値の向上が考えられ、金属組織の制御によってこれらの向上が試みられている。しかしながら、これらが劇的に向上したアルミニウム合金圧延板を工業的に量産した例は、未だ報告されていない。
また、上述のプレス成形中においてブランクに生じる不均一な張力分布は、ブランクと金型の間に生じる摩擦が一因である。従来、これを解決するために潤滑油や潤滑皮膜等の検討がされてきた。しかしながら、潤滑油や潤滑皮膜によって溶接や接合に悪影響が生じたり、これらを既存の脱脂工程では完全に除去できなかったり、コストの上昇を招いたりなどのマイナス要因が回避できず、また、摩擦係数をゼロにすることが困難であるという問題も残った。
アルミニウム合金圧延板は成形加工によって受けるひずみ量が大きくなると、材料表面に肌荒れやリジングマーク等の表面欠陥が現れることが知られている。特に、自動車のアウターパネルでは、これらの表面欠陥により商品価値が著しく低下する。そこで、意図せずに表面欠陥が発生した場合はパネル表面を研磨する等の手直しが必要となり、コスト増加の要因となる。このため、プレス成形によってブランクに蓄積されるひずみ量が、表面欠陥が発生するひずみ量より小さくなるように、予めパネルのデザインが制限されることもある。このように、表面欠陥によって、成形性だけでなくアルミニウム部品の設計と意匠自由度が制限される。
このような表面欠陥についても、金属組織の制御によって抑制する検討が行われている。しかしながら、表面欠陥を完全に克服することは困難であり、加工方法の工夫によるひずみ分布の均一化が必要である。
また、Al−Mg−Si系合金には、塗装焼付硬化性を確保すべく主要元素であるMgとSiを固溶させるために溶体化・急冷処理が施され、その後の予備時効処理によってT4調質状態とされる。T4調質されたAl−Mg−Si系合金の機械的性質は常温で安定ではなく、常温時効により微細な析出物が徐々に析出して材料強度(耐力、引張強さ)が上昇するという問題がある。ここで言う常温とは、空調設備が無い状態で材料が輸送・保管される温度であり、0〜50℃の温度を意味する。
ところで、自動車のボデーパネルは通常、車体の外側に位置するアウターパネルと、車体の内側に位置するインナーパネルより構成される。アウターパネルには、プレス成形後において別途プレス成形されたインナーパネルと組み付けられる際に、パネル周辺部にヘム曲げ加工と呼ばれる約180°の曲げ加工が施される。このヘム曲げ加工は、加工中に割れが発生することが多い非常に厳しい加工である。上述の常温時効による材料強度の上昇により、アウターパネルのヘム曲げ加工において割れが生じ易くなる(即ち、材料のヘム曲げ性が低下する)という問題もある。
以上述べたような課題や問題に対して、従来から種々の提案がなされている。例えば、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板の成形性を改善する方法として、特許文献1には、ブランクに局部的な熱処理を施してブランク内に強度差を付与する方法が記載されている。
この方法によれば、アルミニウム合金板を溶解温度又はそれ以下の温度にまで加熱することで、金属中の複雑な析出物が固溶体の中に完全又は部分的に溶解され、これを室温まで急激に冷却することで、溶解物が固溶体の中で一時的に過飽和状態を維持し、強度は処理する前に比べて低下するとされる。この現象を利用して、プレス成形前のブランクに対して、パンチ面により係合される領域を加熱して軟化させる一方、パンチ隅部の回りで伸長される部分を加熱領域から除外することで、変形パターンが均一となり成形性が向上するとされる。
しかしながら、特許文献1に開示されている方法では、パンチ面内とパンチ面外の2つの領域のみに区分したものである。これに対して多くのプレス部品(金型)では、パンチ自体が複数の凹凸形状を有する複雑形状を成しており、パンチ面内におけるブランクの不均一なひずみ分布を解決するには特許文献1の方法では不十分である。
また、加熱温度を、溶解温度又はそれ以下の温度である約250℃から約530℃の範囲としている。しかしながら、加熱温度が300℃を超えると、短時間のうちにマトリックス中のMgとSiが粗大な析出相であるβ’相として析出してしまう。その結果、MgとSiの固溶量が低下するため、その後の人工時効硬化処理での強度上昇が著しく低下する。つまり、Al−Mg−Si系アルミニウム合金の優れた特徴である塗装焼付硬化性が著しく低下することが本発明者らの検討によって判明した。
また、アルミニウム合金板に局部的な加熱を施すことには、幾つかの問題がある。例えば、加熱部と非加熱部の温度差によって生じる熱ひずみによって板が変形してしまうことが挙げられる。他には、アルミニウム合金板は熱伝導度が高いため、加熱領域の周辺部も板自体の熱伝導によって加熱されてしまうことが挙げられる。これらは、加熱温度が高温になるほど程度が酷くなることから、250℃から530℃までの温度範囲で加熱することには実用上において障害がある。
また、自動車ボデー用アウターパネルを対象とする場合には、プレス成形後に成形品の周辺部においてヘム曲げ加工が通常行われる。ここで、パンチ面外にヘム曲げ部がある場合には常温時効により時効析出した状態のままとなり、ヘム曲げ部で割れが発生するという問題は解決できない。
アルミニウム合金ブランクに局部的な熱処理を施してブランク内に強度差を付与することで成形性を改善する方法については、特許文献2にも記載されている。この方法では、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板について、プレス成形を行う前のブランク状態において、ブランクのうちパンチ肩部が接触することになる領域よりも外側の部分について部分的に復元処理して軟化させ、縮みフランジ変形の変形抵抗を低下させることによって絞り成形性を向上させている。パンチ肩部が接触することになる領域より外側部分のうち、プレス成形後にヘム曲げ加工されることになる部分も復元処理する部分に含めることにより、プレス成形後のヘム曲げ性を向上させることについても記載されている。
しかしながら、この方法は、しわ押さえ部からダイとパンチで構成された空間に材料を流入させて成形する絞り成形を前提としている。従って、ブランク周囲をビードで固定して張出し成形する場合には、パンチ肩部の外側領域を復元軟化させることによって、ビードで破断する可能性があるため逆に成形性を低下させることになる。また、前述のようにパンチが複雑な形状を有する場合には、パンチ面内におけるブランクの不均一なひずみ分布を解決することはできない。
特許第3393185号公報 特開2009−161851号公報
以上のように、従来提案されている技術では、Al−Mg−Si系アルミニウム合金の優れた特徴である塗装焼付硬化性を具備しつつ、プレス成形性と表面品質を改善するための手段であるプレス成形後の成形品のひずみ分布の均一化、ならびに、プレス成形後に成形品の周辺部を180°に曲げる加工であるヘム曲げ加工性の回復を達成することは困難であった。本発明は、これらの課題を解決するためのプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法、ならびに、これを用いたプレス成形体の製造方法を提供するものである。
本発明者らは、前述の課題を解決するべく種々の実験・検討を重ねた結果、時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板からなるブランク、すなわち、溶体化処理後に常温時効、或いは、溶体化処理後に人工時効又は常温時効と人工時効を組み合わせた時効処理により亜時効状態にあるAl−Mg−Si系アルミニウム合金製ブランクに着目した。その結果、従来プレス成形によって加わる張力が小さく、ほとんど伸ばされることのなかった部位であるパンチ頭部と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部との間に屈曲部として存在するパンチ肩部より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Aに注目した。そして、領域Aのうちの任意の領域Xついて、プレス成形前に加熱と急冷からなる復元処理を部分的に施すこととした。これによって、その領域の耐力値を低下させて、従来よりも小さい張力で塑性変形を可能にすることで、当該部位を積極的に伸ばす一方、ひずみが集中して破断する危険性が高かった部位のひずみの上昇を緩和し、結果的にブランク全体のひずみ分布を均一化させることができることを見出した。
また、部分的に施す復元処理の加熱到達温度や昇温速度、保持時間、加熱終了後の冷却速度等の条件を適切に選択することで、選択部分を極めて短時間で効率的に軟化させるとともに、ヘム曲げ性の回復が可能であり、かつ、高い塗装焼付硬化性が得られることを見出した。
溶体化処理後に急冷して常温状態で合金元素を過飽和に固溶させた後に、常温又はこれより若干高い温度で保持しておくと、マトリックス中にMgとSiよりなる微細析出物である低温クラスタが徐々に生成することによって強度が増加する、いわゆる時効硬化したアルミ合金圧延板が得られる。復元とは、前述の保持温度より高い温度に短時間加熱することにより、常温で生成した低温クラスタを再固溶させ、更にその直後に急冷することによって過飽和状態とすることで材料の強度を低下させる現象を意味する。そして、このような現象を生起させるための急速加熱とその後の急冷の一連の処理を復元処理と称する。
本発明の請求項1において、時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金から成り、ダイとホルダーで周囲を挟み、相対的にパンチをダイに押し込むことによって所定の形状に成形されるプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法であって、
パンチ成形面のうち、プレス方向に対してほぼ垂直な面であるパンチ頭部と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部との間に屈曲部として存在するパンチ肩部より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Aのうち任意の領域Xを、部分的な復元処理部とし、
当該部分的な復元処理部が到達温度200℃以上300℃以下の加熱工程とその後の100℃以下までの冷却工程によって形成され、加熱工程では100℃から加熱到達温度までの昇温速度を5℃/秒以上、当該到達温度においての保持時間を20秒間以下とし、冷却工程においては、100℃以下までの冷却速度を5℃/秒以上とし、
前記Al−Mg−Si系アルミニウム合金が溶体化処理されており、この溶体化処理後のAl−Mg−Si系アルミニウム合金に対して、部分的復元されるまでに常温時効又は100℃以下の人工時効、或いは、これらの組み合わせによる時効処理が行われることによって、時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金とすることを特徴とするプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法とした。
本発明の請求項では請求項1において、前記ブランクの領域Aの面積(S)に対する前記領域Xの面積(S)の面積比を、25%以上100%以下とした。
本発明の請求項では請求項1又は2において、前記ブランクにおいて、ダイとホルダーで挟まれるシワ押さえ部から最も近いパンチ肩部より外側の領域をプレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Cのうち、縮みフランジ変形部である領域Yも部分的な復元処理部とした。
本発明の請求項では請求項1〜のいずれかにおいて、プレス成形後にヘム曲げ加工を受ける領域であるヘム曲げ部も、部分的な復元処理部とした。
本発明の請求項では請求項1〜のいずれかにおいて、前記Al−Mg−Si系アルミニウム合金を、Mg:0.2〜1.5mass%、Si:0.3〜2.0mass%を含有し、Fe:0.03〜1.0mass%、Zn:0.03〜2.5mass%、Cu:0.01〜1.5mass%、Mn:0.03〜0.6mass%、Zr:0.01〜0.4mass%、Cr:0.01〜0.4mass%、Ti:0.005〜0.3mass%及びV:0.01〜0.4mass%から選択される1種又は2種以上を更に含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金とした。
本発明の請求項では請求項1〜のいずれか一項に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法によって製造されたプレス成形用アルミニウム合金製ブランクにプレス成形を施すことによって、シワ押さえ部より内側の製品となる部分に2%以上のひずみが導入されていることを特徴とするアルミニウム合金製プレス成形体の製造方法とした。
本発明の請求項では請求項において、170〜185℃で20〜30分間の条件で人工時効硬化処理を施すことによって前記部分的な復元処理部の耐力値を190MPa以上とした。
本発明の上記手段によって、冷延鋼板に比べて劣っていたAl−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板のプレス成形性が著しく向上する。また、ひずみ集中部の材料表面に生じる肌荒れやリジングマーク等の表面欠陥を抑制することができ、パネルの設計及びデザインの自由度が著しく向上する。更に、部分的に施す復元処理の加熱到達温度や昇温速度、保持時間、加熱終了後の冷却速度等の条件を適切に選択することで、Al−Mg−Si合金の優れた特徴である高い塗装焼付硬化性を達成することができる。その結果、パネルの耐力値で190MPa以上の高強度が得られ、材料の薄板化により軽量化とコストダウンが可能となる。
本発明では、プレス成形後にヘム曲げを施すことになるヘム曲げ部にも復元処理を施すことで、時効硬化によって低下したヘム曲げ性を著しく回復することが可能となる。
本発明では、従来、プレス成形において加わる張力が小さいためほとんど伸ばされることのなかったパンチ頭部の材料が伸ばされて周囲へ流出する。この流出分により、ブランクのシワ押さえ面からの流入量を削減することができる。その結果、ブランクサイズを小さくすることができ、材料費を低減することが可能となる。
また、本発明で用いるアルミニウム合金圧延板は鋼板に比べて縦弾性係数が小さいので、プレス成形後における板内の残留応力の弾性回復(スプリングバック)量が大きく、形状凍結性の確保が困難であった。しかしながら、復元処理によって材料強度を低下させておくことで残留応力も小さくなるため、副次的に形状凍結性も向上することが期待できる。更に、この復元処理はプレス成形前の前工程又は別工程で実施できるため、プレス成形自体は従来の冷間プレス設備で実施可能であり、従来の生産効率を低下させることがない。
円筒張出し成形又はハット曲げ成形における力の釣合いを説明するために示した鉛直断面の模式図である。 成形品縦壁部に加わる張力(T)と成形品頭部に加わる張力(T)の比率が、成形品頭部と成形品縦壁部がなす角度であるなつき角(θ)とパンチ肩部と成形品肩部の間に発生する摩擦係数(μ)によって変化することを示すグラフである。 本発明例1における円筒張出し成形試験を説明するための模式図である。 本発明例2における2段金型プレス成形試験を説明するための模式図である。 本発明例1でブランクの復元加熱処理に用いた加熱冶具の平面図と正面図である。 本発明例1、2でブランクの復元加熱処理に用いた加熱装置の正面図である。
本発明で用いるプレス成形用アルミニウム合金製ブランクは、基本的にはAl−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板であって、高温で溶体化処理された後に常温時効により時効析出した状態にあるもの、或いは、高温で溶体化処理された後に人工時効又は常温時効と人工時効とを組み合わせた時効処理を施して亜時効状態にあるものである。以下に、本発明について主要な項目ごとに分けて詳細に説明する。
<アルミニウム合金板の成分組成>
本発明で用いるアルミニウム合金板は、基本的にはAl−Mg−Si系合金であれば良く、その具体的な成分組成は特に制約されるものではないが、請求項6で規定するような成分組成の合金とするのが好ましい。すなわち、Mg:0.2〜1.5mass%(以下、単に「%」と記す)、Si:0.3〜2.0%を含有し、Fe:0.03〜1.0%、
Zn:0.03〜2.5%、Cu:0.01〜1.5%、Mn:0.03〜0.6%、Zr:0.01〜0.4%、Cr:0.01〜0.4%、Ti:0.005〜0.3%及びV:0.01〜0.4%から選択される1種又は2種以上を更に含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金を素材とするのが好ましい。
このような成分組成の限定理由について以下に説明する。
Mg:
Mgは本発明で対象としている系の合金で基本となる合金元素であって、Siと共同して強度向上に寄与する。Mg含有量が0.2%未満では塗装焼付時に析出硬化によって強度向上に寄与するβ”相の生成量が少なくなるため、十分な強度向上が得られない。一方、1.5%を超えると、粗大なMg−Si系の金属間化合物が生成され、成形性、特に曲げ加工性が低下する。従って、Mg含有量を0.2〜1.5%の範囲内とした。最終板の成形性、特に曲げ加工性をより良好にするためには、Mg含有量を0.3〜0.9%の範囲内とするのが好ましい。
Si:
Siも本発明の系の合金で基本となる合金元素であって、Mgと共同して強度向上に寄与する。また、Siは、鋳造時に金属Siの晶出物として生成され、その金属Si粒子の周囲が加工によって変形されて溶体化処理の際に再結晶核の生成サイトとなるため、再結晶組織の微細化にも寄与する。Si含有量が0.3%未満では上記効果が十分に得られない。一方、2.0%を超えると粗大なSi粒子や粗大なMg−Si系の金属間化合物が生じて、成形性、特に曲げ加工性の低下を招く。従って、Si含有量を0.3〜2.0%の範囲内とした。プレス成形性と曲げ加工性とのより良好なバランスを得るためには、Si含有量を0.5〜1.4%の範囲内とするのが好ましい。
Mg及びSiが、Al−Mg−Si系アルミニウム合金として基本となる合金元素であるが、それ以外にFe:0.03〜1.0%、Zn:0.03〜2.5%、Cu:0.01〜1.5%、Mn:0.03〜0.6%、Zr:0.01〜0.4%、Cr:0.01〜0.4%、Ti:0.005〜0.3%及びV:0.01〜0.4%から選択される1種又は2種以上を含有させることとする。これらの添加理由と添加量の限定理由は次の通りである。
Fe:
Feは、一般のアルミニウム合金において、通常0.03%未満の不可避的不純物として含有される。一方、Feは強度向上と結晶粒微細化に有効な元素であり、これらの効果を発揮させるために、Feを0.03%以上積極的に添加しても良い。但し、その含有量が0.03%未満では上記効果が十分に得られず、一方、1.0%を超えると、成形性、特に曲げ加工性が低下するおそれがある。したがって、Feを積極的に添加する場合のFe量は0.03〜1.0%の範囲内とした。
Zn:
Znは塗装焼付硬化性向上を通じて強度向上に寄与するとともに、表面処理性の向上に有効な元素である。Znの添加量が0.03%未満では上記の効果が十分に得られず、一方、2.5%を超えると成形性及び耐食性が低下する。従って、Zn含有量を0.03〜2.5%の範囲内とした。
Cu:
Cuは成形性向上及び強度向上のために添加される元素であり、このような成形性向上及び強度向上の目的から0.01%以上添加される。しかしながら、Cu含有量が1.5%を超えると耐食性(耐粒界腐食性、耐糸錆性)が劣化するので、Cu含有量は1.5%以下に規制することとした。なお、強度向上を重視する場合は、Cu含有量を0.4%以上とするのが好ましく、また、より耐食性の改善を図る場合は、Cu含有量を1.0%以下とするのが好ましい。更に耐食性を重視する場合はCuを積極的に添加せず、Cu含有量を0.01%以下に規制することが好ましい。
Mn、Zr、Cr:
これらの元素は、強度向上や結晶粒微細化、或いは、塗装焼付硬化性の向上に有効である。Mnの含有量が0.03%未満、或いは、Zr、Crの含有量がそれぞれ0.01%未満では、上記の効果が十分に得られない。一方、Mnの含有量が0.6%を超えるか、或いは、Zr、Crの含有量がそれぞれ0.4%を超えると、上記効果が飽和するばかりでなく多数の金属間化合物が生成して、成形性、特にヘム曲げ性に悪影響を及ぼすおそれがある。従って、Mn含有量を0.03〜0.6%の範囲内とし、Cr、Zrの含有量をそれぞれ0.01〜0.4%の範囲内とした。
Ti、V:
Tiは鋳塊組織の微細化による強度向上や防食に有効な元素であり、また、Vは強度向上や防食に有効な元素である。Tiの含有量が0.005%未満では上記効果が十分に得られず、一方、0.3%を超えるとTi添加による鋳塊組織微細化と防食効果が飽和する。Vの含有量が0.01%未満では上記効果が十分に得られず、一方、0.4%を超えるとV添加による防食効果が飽和する。これらTiやVの上限を超える場合には、粗大なTi系又はV系の金属間化合物が多くなり、成形性やヘム加工性の低下を招く。従って、Ti含有量を0.005〜0.3%の範囲内とし、V含有量を0.01〜0.4%の範囲内とした。
また、一般のアルミニウム合金においては、鋳塊組織の微細化のために前述のTiと同時にBを添加することもあり、BをTiとともに添加することによって、鋳塊組織の微細化と安定化の効果が一層顕著となる。本発明においては、Tiとともに500ppm以下のBを添加することが許容される。
<Al−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板の製造方法>
Al−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板は、通常の方法により製造することができる。
具体的には、所定の成分に溶解調整されたアルミニウム合金溶湯を、通常の溶解鋳造法を適宜選択して鋳造する。ここで通常の溶解鋳造法としては、例えば半連続鋳造法(DC鋳造法)や薄板連続鋳造法(ロールキャスト法等)などを用いることができる。
次いで、アルミニウム合金鋳塊に480℃以上の温度で均質化処理を施す。均質化処理は溶湯凝固時の合金元素のミクロ偏析を緩和し、併せてMn、Crをはじめとする各種の遷移元素を含む場合には、これらを主成分とする金属間化合物の分散粒子をマトリクス中に均一かつ高密度に析出させるために必要な工程である。均質化処理の加熱時間は、通常は1時間以上とし、また経済的な理由から48時間以内に終了させるのが通常である。但し、この均質化処理における加熱温度は、熱延前に熱延開始温度まで加熱する加熱処理温度に近いことから、熱延前加熱処理を兼ねて均質化処理を行なうことも可能である。この均質化処理工程の前又は後に適宜面削を施した後、300〜590℃の温度範囲で熱間圧延を開始し、その後冷間圧延を施すことにより所定の板厚のアルミニウム合金圧延板を製造する。熱間圧延の途中、熱間圧延と冷間圧延の途中、或いは、冷間圧延の途中において、必要に応じて中間焼鈍を行ってもよい。
次に、冷間圧延後のアルミニウム合金圧延板について溶体化処理を行う。この溶体化処理は、MgSi、単体Si等をマトリックス中に固溶させ、これにより塗装焼付硬化性を付与するものであり、プレス成形後に行われる塗装焼付処理後の強度向上を図るための重要な工程である。またこの工程は、MgSi、単体Si粒子等の固溶により第2相粒子の分布密度を低下させて、延性と曲げ性を向上させるためにも寄与し、さらには再結晶により良好な成形性を得るためにも重要な工程である。これらの効果を発揮するためには、480℃以上の処理が必要である。なお、溶体化処理温度が590℃を超えると共晶融解が生じる虞があるため、590℃以下とする。
ここで、溶体化処理はコイル状に巻き取った冷間圧延板を、加熱帯と冷却帯を有する連続焼鈍炉に連続的に通過させることによって、効率的に行うことができる。このような連続焼鈍炉による処理では、アルミニウム合金圧延板は加熱帯を通過する際に480℃以上590℃以下の高温に昇温され、その後冷却帯を通過する際に急冷される。このような一連の処理により、本発明で対象とする合金の主要合金元素であるMgとSiは、高温で一旦マトリックス中に固溶し、続いて急冷することによって室温において過飽和に固溶した状態となる。
Al−Mg−Si系アルミ合金圧延板に高い塗装焼付硬化性を付与する場合は、溶体化処理して急冷後に60〜100℃程度の温度で1〜24時間程度保持する予備時効処理を行う。これによって、前述した常温で生成する低温クラスタとは異なる、常温よりもやや高い温度で生成するMgとSiからなる微細析出物である高温クラスタを生成しこれを成長させることができる。この高温クラスタは、その後の塗装焼付処理(例えば、約170℃で約20分間の条件で行われる加熱)によって、析出強化相であるβ’’相に遷移することで時効硬化し、耐力値が190MPa以上に向上する。
<溶体化処理から復元処理までの間の時効>
部分的復元処理によってブランクの加熱部と非加熱部とに強度差を付与するためには、溶体化処理後の常温放置期間中に常温時効(自然時効)によってある程度の量の低温クラスタが生成されていることが必要である。このような低温クラスタが生成されていなければ、その後の部分的復元処理において加熱部でも復元現象が生じず、部分的復元処理による加熱部の強度低下が実現されない。
そこで、溶体化処理後には、部分的復元処理を行なうまでの間に、1日以上の常温放置が必要である。なお、溶体化処理からプレス成形までの間の常温放置期間は、10日以上が一般的である。また、この常温時効は初期において急速に進行するが半年程度経過するとそれ以上は進行し難くなることから、復元加熱処理前の常温放置期間の上限は特に規定しない。ここで、常温とは具体的には0〜50℃の範囲内の温度を意味する。
以上の説明では、溶体化処理後の時効として常温時効について述べた。しかしながら、本発明においては、早期に低温クラスタを生成することを目的として、溶体化処理された後に人工時効する場合や、常温時効と人工時効を組み合わせて行なう場合でも、その後の部分的復元処理によりブランクに強度差を付与することができる。
但し、人工時効の温度は100℃以下とし、人工時効処理後にAl−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板が亜時効状態となっていなければならない。人工時効の温度が100℃を超える場合、或いは、100℃以下の条件であっても長時間人工時効を行なってピーク時効又はこれを過ぎた過時効状態となる場合には、MgとSiからなる粗大な析出物が析出するため、MgとSiの固溶量が減少し塗装焼付硬化性が著しく低下してしまう。ここで、Al−Mg−Si系アルミ合金圧延板に高い塗装焼付硬化性を付与する場合は、前述の予備時効処理後に人工時効を施す必要がある。高温クラスタが生成できるのは、溶体化処理によってMgとSiがマトリックス中に固溶することで生成する原子空孔が十分に存在している状態、つまり原子空孔密度が高い状態であり、常温保持によって低温クラスタが生成した後では、高温クラスタは生成できないからである。
本発明では、上述のような時効を行って、次の部分的復元処理を行う直前における材料強度として、耐力値が110MPa以上であることが望ましい。耐力値が110MPa未満の場合には、引続いて行われる部分的な復元処理において加熱を受けて復元する部分での強度低下が不充分となるため、充分な強度差を付与することができない。
<部分的復元処理>
次に、本発明の要点である部分的復元処理について説明する。部分的復元処理とは、時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金圧延板のある任意に選択した領域を、所定の温度まで加熱し、次いで常温まで冷却する処理を言い、復元による強度低下のメカニズムは以下のように説明される。
すなわち、溶体化処理後の常温放置中にマトリックス中ではMgとSiよりなる微細析出物である低温クラスタが生成・成長し、これにより材料強度が増大している。このような状態の材料を所定の温度に短時間加熱すると、熱的に不安定な低温クラスタは容易に再固溶して消滅する。これにより、常温まで冷却した後の材料強度が、加熱する前に比べて低下するのである。なお、材料のヘム曲げ性は、時効硬化により材料強度が上昇するにつれて低下するため、復元することによってヘム曲げ性も回復される。
<部分的復元処理の加熱処理条件及び冷却処理条件>
本発明では、部分的復元処理の加熱処理条件を次のように規定した。すなわち、復元処理での加熱到達温度は200℃以上300℃以下の範囲とした。加熱到達温度が200℃よりも低いと、低温クラスタが短時間で溶解する量が少ないため復元による強度低下が小さく、ヘム曲げ性もほとんど回復しない。一方、加熱到達温度が300℃を超えると、短時間のうちにマトリックス中のMgとSiが粗大な析出相であるβ’相として析出してしまいMgとSiの固溶量が低下するため、その後の人工時効硬化処理での強度上昇が著しく低下する。つまり、Al−Mg−Si系アルミニウム合金の優れた特徴である塗装焼付硬化性が著しく低下してしまう。また、板に部分的な加熱を施すと、加熱部と非加熱部の温度差によって生じる熱ひずみによって板が変形するという不具合が生じるが、加熱温度が高温になるほどこれが顕著になるため、できるだけ低温が望ましい。
また、加熱到達温度200℃以上300℃以下の範囲においては、加熱到達温度が高いほど低温クラスタが効率的に再固溶するため強度低下量も大きくなる。しかしながら、材料の延性も低下するため、強度差付与と延性低下のバランスを考慮し、パネル形状ごとに加熱到達温度を最適に選択する必要がある。
ここで、部分的復元処理における加熱到達温度は、さらにその加熱部における強度の経時変化の速度に応じて、二つの温度範囲に分けることが出来る。加熱到達温度が250℃以上300℃以下の場合は、数秒の短時間のうちにMgとSiからなる低温クラスタが十分に固溶して復元が完了し、所定の冷却速度で常温まで冷却した直後においては、加熱部と非加熱部との間に大きな強度差を付与することができる。しかしながら、この温度域で復元加熱を行った場合は、冷却後に多くの原子空孔が常温で残存する。この原子空孔は部分的復元処理を行った部分における常温保持中のMgとSiの拡散を助長し、常温における低温クラスタの生成を早め、この部分で一旦低下した耐力値は、常温にて数日間の放置で急速に復元処理前の状態に戻ってしまう。この原子空孔密度は加熱到達温度の増大につれて増加し、原子空孔密度の増大とともに常温での耐力値の増加が早まる。このような急速な耐力値の回復は、事前に最適化されたプレス成形条件との不適合の要因となり、成形不良を生じる可能性が高くなるため、安定して良好な成形品を製造するためには、部分的復元処理後できるだけ短期間でプレス成形及びヘム曲げ加工することが好ましい。具体的には3日以内が望ましい。
これに対して、200℃以上250℃未満の温度範囲において復元加熱処理を行った場合には、耐力値の低下量が少なくなるが、冷却後常温における原子空孔密度が充分に低く、部分的復元処理後の常温保持期間での経時的な耐力値の増加が充分に小さくなる。そのため、このような温度範囲内で部分的復元処理を行った場合には、数日間常温で保持した場合でも安定して良好な成形品を製造することが可能となる。したがって、生産工程のスケジュールの融通性を重視する場合には、部分的復元処理後にブランクを常温で数日間保持してもプレス成形を行うことが可能となるように、部分的復元処理の加熱到達温度を200℃以上250℃未満とすることが好ましい。なお、部分的復元処理からプレス成形までの常温保持期間は10日以内が望ましい。
100℃から加熱到達温度までの昇温速度、及び加熱到達温度から100℃までの冷却速度はできるだけ速い方が好ましく、それぞれ5℃/秒以上と規定した。5℃/秒未満になると、高温クラスタの生成、成長を経て、これが析出強化相であるβ’’相に遷移してしまうことで、本来の目的とは逆に強度が上昇してしまう。また、延性が低下し、ヘム曲げ性も劣化してしまう。また、生産性の観点からもできるだけ速い方が好ましく、10℃/秒以上が好ましい。また、同じ理由で、加熱到達温度に到達後の保持時間はできるだけ短い方が好ましく、20秒間以下と規定した。加熱領域を均一に加熱できれば、保持時間を0秒(滞留させずに所定温度に到達後、直ちに冷却する)としてもよい。加熱処理においては、アルミニウム合金圧延板自体の熱伝導によって非加熱部も加熱されるが、保持時間が20秒間以下であれば問題ない。なお、昇温速度と冷却速度をそれぞれ100℃からと100℃までのものとして規定した理由は、100℃以下では上記のβ’’相への遷移は生じず、時効硬化の進行も極めて遅いため、その後は徐冷しても機械的性質に影響はないためである。
<部分的復元処理のブランク加熱方法>
ブランクの一部を部分的に加熱する方法としては、加熱したい部分の形状に合わせて加工された金属板(アルミ合金や銅合金など)をヒーター等で加熱して、ブランクに接触させて加圧し、伝熱させる方法が最も簡便である。これは、板の状態で1枚1枚処理してもよく、ブランキングプレスでコイル状のアルミ合金板素材を連続的に復元処理及び切断してもよい。また、その他、誘導加熱、レーザー加熱、赤外線加熱、通電加熱など公知の加熱手段を適宜利用してもよい。
<部分的復元処理のブランク冷却方法>
ブランクの一部を部分的に所定の温度まで加熱した後に冷却する方法としては、ブランクよりも熱容量が大きく、更に水冷配管を内蔵した金属ブロックでブランクを挟んで伝熱によって冷却するダイクエンチ等の接触式が冷却速度と生産性の観点から最も有効である。この他に、浸漬やシャワーなどの水冷方式、ファン等の空冷方式等、公知の冷却手段を適宜利用及び組み合わせてもよい。
<部分的復元処理を施す領域>
前述したプレス成形における課題を解決する手段の一つとして、成形パネルのひずみ分布の均一化が考えられるが、これを達成するために本発明者らはブランクに加わる張力と材料の耐力値の関係に着目し、これに部分的復元処理を利用することを検討した。
図1は、円筒張出し成形、或いは、ハット曲げ成形における鉛直断面の中心線(13)から左側を示した模式図である。ブランク(4)は、ダイ(2)とホルダー(3)に周囲を挟まれ、パンチ(1)がダイ(2)側に相対的に押し込まれることによってハット断面形状に成形されるが、この時、ブランクには張力が発生する。ここで、パンチ頭部(5)に接して変形を受ける成形品頭部(10)と、パンチ肩部(6)とダイ肩部(9)によって変形させられる成形品縦壁部(12)との間でパンチ肩部(6)に接している成形品肩部(11)における成形中の張力の釣り合いについてみる。成形品頭部(10)方向に加わる張力をTP、成形品縦壁部(12)方向に加わる張力をTWとすると、両者の関係は、TP=Texp(−μθ)と表すことができる。TPは、パンチ肩部(6)と成形品肩部(11)の間の摩擦係数μと、成形品頭部(10)と成形品縦壁部(12)がなす角度、いわゆるなつき角θによって大きさが変化し、μとθの値が大きいほどTPは小さくなる。また、常にTP≦Tとなる。一般的に、成形が進むとなつき角θは大きくなるため、図2のようにTP/TWは成形が進むにつれて減少していく。よって、成形品頭部(10)方向に加わる張力は成形品縦壁部(12)方向に加わる張力に対して常に小さいため、成形品頭部(10)の伸ばされる量は成形品縦壁部(12)に比べて少ないのである。
ここで、成形品頭部(10)である領域Aの耐力値を本発明のように部分的に低くした場合を検討する。成形品頭部(10)は、成形品縦壁部(12)よりも低い応力で塑性変形が開始されるため、ここに従来と同じ張力が加わった場合、伸ばされる量が増加する。つまり、相対的にパンチをダイに押し込むことによってブランクに与えられた変形のうち、成形品頭部(10)と成形品縦壁部(12)が伸ばされる量の割合の差が、従来に比べて小さくなり、成形品全体におけるひずみ分布が均一になるのである。よって、成形品縦壁部(12)のひずみが緩和されると共に、破断危険部である成形品肩部(11)のひずみが緩和されるのである。
ここで、仮に部分的復元処理によって耐力値が大きく低下した領域が成形品頭部(10)である領域Aを超えて、パンチ肩部(6)をプレス方向に対して垂直な面に投影した領域である領域Bまで存在する場合、成形品肩部(11)にひずみが集中し、従来よりも破断し易くなってしまう。そのため、部分的復元処理によって耐力値を低下させる領域は、パンチ成形面(8)のうち、プレス方向に対してほぼ垂直な面であるパンチ頭部(5)と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部(7)との間に屈曲部として存在するパンチ肩部(6)より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランク(4)の領域Aのうち、任意の領域Xとした。
次に、前記パンチ頭部(5)を投影した領域Aの面積(S)に対する前記部分的復元処理を施す領域Xの面積(S)の比である面積率(S/S)は、25%以上100%以下とするのが好ましい。面積率25%とは、パンチ頭部(5)形状の縮尺率で表すとほぼ50%に当たる。復元処理領域Xがこの面積率(25%)より小さいと、パンチ頭部の伸ばされる量が少ないため、破断危険部(ひずみ集中部)におけるひずみの緩和量が小さく、ひずみ分布均一化の効果が小さい。また、耐力値の低下量が大きい場合には、変形がこの復元領域に集中し易くなるため、復元領域の境界で破断する可能性がある。一方、面積率100%を超えるということは、パンチ肩部(6)を投影した領域Bまで復元処理によって耐力値を低下させることを意味し、この場合には成形品肩部(11)にひずみが集中し、従来よりも破断し易くなってしまう。よって、前記パンチ頭部(5)を投影した領域Aの面積(S)に対する前記部分的復元処理を施す領域Xの面積(S)の比である面積率(S/S)は、25%以上100%以下とするのが好ましい。また、パンチ頭部に複雑な凹凸が存在し、成形が厳しい部位がある場合や、絞り成形あるいは張出し成形後に施される2次成形(リストライク等)で伸びが必要な部位がある場合には、その部位を復元処理部から除外し、部分的復元処理を施す領域Xを複数に分割しても良い。ただし、領域Xの面積の総和は、上記の25%以上100%以下とするのが好ましい。更に好ましい面積率の範囲は、50%以上100%以下である。
図4には、パンチ成形面(8)が複数の段を有するような複雑な形状をなす場合を示す。パンチ成形面平面視における図中にA−Aで示した中心からコーナー部までの鉛直断面(中心線(13)から左側)を成形順に(ア)(イ)(ウ)として示した。ブランク(4)の周囲をダイ(2)とホルダー(3)で挟んだ、いわゆるブランクホールド状態の(ア)から成形途中の(イ)の状態までは、主に1段目のパンチ肩部(6A)と2段目のダイ肩部(9B)の間でブランクを変形させることによって行われる。この時、1段目のパンチ肩部(6A)と成形品肩部(11A)の間には摩擦が生じることと、ブランクのなつき角が大きくなるため、1段目のパンチ肩部(6A)の内側の領域であるパンチ頭部(5)を投影した成形品頭部(10)に発生する張力は、成形品縦壁部(12)のそれよりも小さくなる。そのため、成形品縦壁部(12)のひずみが増大すると共に、成形品肩部(11A)のひずみが増大する。
ここで、1段目のパンチ肩部(6A)より内側の領域を投影したブランク(4)の領域Aのうち、任意の領域Xを部分的に復元処理する。これにより、耐力値を低くすることによって、前述の作用によって成形品縦壁部(12)と成形品肩部(11A)のひずみが緩和される。このように、成形途中(イ)の時点で成形品縦壁部(12)と成形品肩部(11A)のひずみが緩和されていることによって、更に成形が進行してひずみが導入されても、従来に比べて破断し難くなる。
次いで、(イ)の状態から成形が進行すると、ブランク(4)が2段目のパンチ肩(6B)に接触することでここに摩擦力が発生する。これにより、ブランク(4)の移動が抑制されるため、1段目のパンチ肩(6A)と接する成形品肩部(11A)と同様に2段目のパンチ肩(6B)と接する成形品肩部(11B)でもひずみが上昇し破断危険部となる。この場合、シワ押さえ面(14)からのブランク流入量を増やすことで、ひずみの上昇を緩和できる。このようなブランク流入量を増やす手段としては、通常はシワ押さえ力を小さくするか、或いは、ビード(15)の張力を低下することが挙げられる。
しかしながら、シワ押さえ面が分割されている金型と分割クッション機構とを有するプレス機を用いなければ、部位ごとにシワ押さえ力を調整することはできない。そのため、通常のプレス機を使用する場合は、シワ押さえ面(14)全体に対してのシワ押さえ力を増減する方法を採用せざるを得ない。全体的にシワ押さえ力を低減すると、形状によっては成形品にシワが発生する等の不具合が発生する可能性がある。したがって、シワ押さえ面(14)全体に対するシワ押さえ力の増減によって、流入量バランスを調整することは困難である。
また、ビード(15)の形状を部位ごとに変更することで、ブランクの流入量バランスを調整することも可能ではある。しかしながら、ビード(15)はシワ押さえ面(14)上で環状に繋がっているため、ビード形状を局部的に極端に変更した場合には、その部位でブランクが破断するような不具合が起こる可能性がある。このように、ビード形状を部位ごとに変更する方式では、形状変更の自由度が限られる。
そこで、ダイ(2)とホルダー(3)で挟まれるシワ押さえ部に最も近いパンチ肩部(6B)より外側の領域(パンチ肩部6Bを含まない)をプレス方向に対して垂直な面に投影した領域Cのうち、縮みフランジ変形部である領域Yについて、本発明の部分復元処理を施すのが好ましい。これにより、部分的に耐力値を低くすることができるので、材料の変形抵抗が小さくなり部分的に復元処理した領域Yだけブランクが流入し易くなる。このような部分復元処理によって、上記2段目のパンチ肩(6B)と接する成形品肩部(11B)におけるひずみの上昇を緩和することができる。また、軟化領域が増えると成形に要する加工力が小さくて済むため、1段目の成形品肩部(11A)周辺に加わる張力が小さくなり、この部分においてもひずみの上昇を緩和できる。
ここで、領域Yを縮みフランジ変形部に限定した理由について述べる。縮みフランジ変形は、パンチ中心に向かって引っ張られる一方、周方向に圧縮されることでブランクの板厚が増加する変形である。この部位がビード(15)を通過する際には、成形中のシワ押さえ力が一定でも、板厚が増加することでこの部位のブランクの流入抵抗は成形の進行と共に増加する。そのため、この部位のパンチ肩部(6A、6B)には、縮みフランジ変形しない部位に比べて、より大きい引き込み力(パンチ荷重)が加わる。その結果、これらパンチ肩部(6A、6B)に対応する成形品肩部(11A、11B)において、ひずみの集中がより顕著になる。
更に、前述のように復元処理は時効によって低下したヘム曲げ性を回復することができるため、自動車ボディーアウターパネル等の成形においては、部分復元処理を施す領域にプレス成形後にヘム曲げ加工を受ける領域であるヘム曲げ部を含めるのが好ましい。
上述のように部分的復元処理を施す領域を定めたが、アルミニウム合金板は熱伝導度が比較的高いため、加熱領域の周辺部も板自体の伝熱によって加熱されることになる。所定の加熱温度及び加熱領域に対して、パンチ肩部を投影した領域Bの到達温度が200℃未満となるように、昇温速度、保持時間及び冷却速度を調整する必要がある。
<ブランクの塗油>
通常、アルミニウム合金板は、輸送中に傷付きや腐食を防止するために、防錆油などが塗布されている。このように塗油された状態のままで板を加熱すると、油の焼付きや発煙を生じ、プレス成形品の外観不良や作業環境の悪化を生じる可能性がある。そこで、復元処理を施す板は、復元処理を行う前に脱脂工程等によって予め防錆油を除去しておくか、或いは、輸送の際に傷付きが生じないように梱包した無塗油の状態のものを使用する。また、復元処理は無塗油の状態で行うが、復元処理後に行うプレス成形ではプレス潤滑油が必要であるため、復元処理を施した板は、通常と同じくプレス成形用の潤滑油を表面に適量塗油した後にプレス成形を行う。
<プレス成形>
部分的な復元処理を施したブランクについて行うプレス成形は、通常のプレス成形と同様に冷間で行うことができる。但し、前述のように部分的な復元処理を行ってから3日以内にプレス成形を行うことが望ましい。これは、部分的な復元処理を行った後、しばらくは材料強度が低下したままの状態が持続されるが、再び常温時効により強度が上昇し、ブランクに付与した強度差が失われるためである。
また、本発明では、上記ブランクをプレス成形することによって得られたプレス成形体のシワ押さえ部より内側の製品となる部分に2%以上のひずみが導入されることを規定した。導入されるひずみが2%未満では、加工硬化による耐力値の上昇量が少なく、その後の人工時効硬化処理によって190MPa以上の高強度が得られない可能性があるためである。
<ヘム曲げ加工>
前記プレス成形体がアウターパネルである場合は、余分な部分をトリミングした後、パネルの周辺部の所定箇所についてヘム曲げ加工が施され、別途製造されたインナーパネルと組み付けられる。上記のように部分的な復元処理後の常温時効によって強度が徐々に上昇するため、それに伴ってヘム曲げ性も低下してしまう。よって、部分的な復元処理を行ってから10日以内にヘム曲げ加工を行うことが望ましい。より好ましくは、部分的な復元処理を行ってから3日以内にヘム曲げ加工を行うことが好ましい。
<人工時効硬化処理>
自動車製造工程においては、プレス成形パネルを接合して製作した車体に対して、塗装焼付処理を行うが、このような加熱処理を溶体化処理後のAl−Mg−Si系アルミニウム合金板に施すことで、強度を上昇させることができる。これを人工時効硬化処理と言う。上記塗装焼付処理では、車体に塗布した塗料を焼き付けることを主目的としており、生産性を考慮して、一般的には170〜185℃で20〜30分間の条件で行われる。
本発明の部分的な復元処理を施したブランクにプレス成形を施して得られたプレス成形体の前記復元処理部の人工時効硬化処理後の耐力値は190MPa以上であることが好ましい。耐力値が190MPa未満の場合は、耐デント性や衝突強度が不足するため、板厚を厚くしなくてはならず重量増と材料費増を招く。
前記プレス成形体に施す人工時効硬化処理の条件は、自動車製造工程における一般的な塗装焼付処理条件である170〜185℃で20〜30分間とするのが好ましい。このような短時間の加熱処理でも耐力値が低下した復元処理部の耐力値が190MPa以上に向上することが本発明の特徴であり、この処理条件より高温および長時間になれば、耐力値は更に上昇する。
前記部分的な復元処理部では、加熱処理中に低温クラスタが固溶し原子空孔密度が再び増加することで、低温クラスタに代わって高温クラスタが生成及び成長する。この高温クラスタは、人工時効硬化処理での加熱によって、析出強化相であるβ’’に遷移するため、パネルに高耐力を付与することができる。よって、前記部分的な復元処理部は、未処理領域に対してより高い塗装焼付硬化性を得ることができるため、部分的な復元処理によって耐力値が低下した後でも耐力値で190MPa以上の高強度が得られる。
以下に本発明例を比較例とともに記す。なお、以下の本発明例は、本発明の効果を説明するためのものであり、本発明例記載のプロセス及び条件が本発明の技術的範囲を制限するものではない。
アルミニウム合金を溶解して成分調整を行なった後、DC鋳造法により鋳造することにより、表1に示す5種類(I〜V)の合金組成のアルミニウム合金鋳塊を作製した。これらの鋳塊に530℃で10時間の均質化処理を行なった後、常法に従って熱間圧延、冷間圧延を行い、530℃で溶体化処理した後、常温まで急冷し、70℃で10時間の予備時効処理を施して、厚さ0.9mmのアルミニウム合金圧延板を作製した。
Figure 0005789138
その後、常温時効、或いは、100℃以下の人工時効又はこれらの組み合わせによる時効処理を施した。この時効処理条件を表2に示す。
Figure 0005789138
[本発明例1]
第1の本発明例として、これらの時効処理した板を供試材とした円筒張出し成形試験を実施した。図3に示すように、φ100mmの円筒形状で、頭部は平らで(φ80mm)肩部にはR形状(図では不図示だが半径10mm)が設けられているパンチ(1)と、パンチ(1)とのクリアランス(図では不図示だが4mm)をもった穴が開いたリング状であり、シワ押さえ面(14)には凸ビード(15)が設けられているダイ(2)と、内部にパンチ(1)が挿入されるための穴が開いたリング状で、シワ押さえ面(14)にはダイ(2)の凸ビード(15)とブランクを挟むための凹ビード(15)が設けられているホルダー(3)をプレス能力12TONの油圧プレスに取り付けて行った。なお、これら金型の材質はいずれもSKD11であり、表面には硬質クロムメッキを施してある。
図3に示すように、供試材として、上記の時効処理した板より180mm×180mmのブランク(4)を作製し、表3に示す条件で部分的復元処理を施した。ここで、パンチ成形面(8)のうち、プレス方向に対してほぼ垂直な面であるパンチ頭部(5)と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部(7)との間に屈曲部として存在するパンチ肩部(6)より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Aは、パンチ頭部(5)のφ80mmの平坦面を投影した領域である。このφ80mmの面積をS、部分的復元処理を施す領域Xの面積をSとした場合の面積比(S/S)を数水準振った試験を行った。なお、図3において、(9)はダイ肩部、(11)は成形品肩部、(12)は成形品縦壁部を表わす。
図5に示すように、200mm×200mmで板厚10mm(図には厚さは示していない)のアルミニウム合金板から中央部に5mm凸(図には凸高さは示していない)となるような円(22)を削り出した加熱冶具(21)を、凸円の大きさを変更して数種類作製した。
ブランクの復元加熱装置は、図6のようにプレス能力50TONの油圧プレスのスライドプレート(16)に加熱ヒーターを内蔵した押付用金型の上型(18)を、プレス機に熱が伝わらないように断熱材(20)を介して上型取り付け板(23)によって取り付け、この上型(18)の押付面に上記の凸円(22)を備えた加熱冶具(21)が取り付けてある。加熱冶具は、ヒーターから金型を介して伝熱によって所定の温度に加熱され、ヒーターは図示していない温度制御盤によって、設定温度を保つように制御される。一方、プレス機のボルスター(17)上には下型取り付け板(24)によって押付用金型の下型(19)を設置し、その上に置かれた断熱材(20)の上にブランク(4)をセットする。なお、下型はプレス機のクッションピン(25)によって支持されている。
ブランクの復元加熱方法は、プレス機のスライドプレート(16)が図中矢印方向に下降することで加熱冶具(21)がブランク(4)に接触し、プレス機のクッション機構によって一定荷重で一定時間押し付けた後、スライドが上昇して加熱が終了する。このとき、加熱冶具(21)がブランク(4)に接触してから離れるまでの時間は、プレスストロークによって調整し、押付け圧力はクッション圧によって調整し、昇温速度はヒーターの加熱温度と押付け圧力を調整して行った。一方、加熱後の冷却は主に、水槽へブランク(4)を浸漬する方法と、常温の金属ブロックでブランク(4)を挟む方法で行った。
続いて、図3に基づいて円筒張出し成形試験について述べる。上記プレス能力12TONの油圧プレス機にパンチ(1)、ダイ(2)、ホルダー(3)を取り付け、部分復元処理を施したブランク(4)に洗浄防錆油をスポンジで適量塗布し、ホルダー(3)上にセットする。なお、図3には、油圧プレス機は示していない。図3(ア)に示すように、ダイ(2)とホルダー(3)でブランク(4)の周囲を挟み、ブランク(4)の周囲にはビード(15)が成形される。この時、ホルダーはプレス機のクッションピンによって支持されており、シワ押さえ面(14)には設定した15TONのシワ押さえ荷重が負荷されている。次に、このようなセット状態からダイ(2)が降下することで、ブランク(4)の周囲をビード(15)で掴んだ状態でダイ(2)とホルダー(3)がパンチ(1)に向かって成形速度1mm/秒で下降し、図3(イ)に示すように、ブランク(4)がパンチ(1)に接触して変形を受けながら成形が進行する。この方法で、成形高さ14mmで成形を終了した成形品と、破断するまで成形した成形品を作製した。
各ブランクについて、ブランクが破断した高さである限界張り出し高さと、成形高さ14mmの成形品の板厚減少率レンジと成形品のリジング発生状況を評価した。限界張り出し高さは、パンチ荷重―ストローク線図における最大荷重点におけるストロークとし、成形性の評価とした。また、成形高さ14mmの成形品の圧延方向における成形品頭部の中心と成形品肩部(パンチ肩部)の板厚減少率の差を板厚減少率レンジとし、ひずみの均一化度合の評価とした。また、成形高さ14mmの成形品の成形品縦壁部(12)について、#800研磨紙で圧延方向と直角に研磨することで、リジングの有無を目視で確認した。
時効処理した板から作製したJIS5号引張試験片について引張試験を行い、復元処理前のブランクの機械的性質(耐力、伸び)を調査した。また、時効処理した板から作製したJIS5号引張試験片について上記の方法で復元処理し、以下の評価を行なった。まず、引張試験を行って復元処理による耐力の変化量と伸びの変化量を求めた。また、自動車製造工程で行われるヘム曲げ加工を模擬し、曲げ試験を行った。復元処理した試験片に5%の引張予ひずみを与えた後、試験片平行部の中央部に位置する引張方向と直角方向の線を折り曲げ線として、90°の角度となるまで曲げ半径0.8mmで折り曲げ、更に135°の角度まで折り曲げた後、内側にインナーパネル挿入することを想定して板厚0.8mmの板を挿入して、この板を挟み込むように180°の角度まで折り曲げて密着させた。曲げ加工部の外側をルーペで確認して、クラックが発生していない場合に曲げ加工性が良好と判断し、クラックが発生している場合に曲げ加工性が不良であると判断した。また、復元処理した試験片に2%の引張予ひずみを与えた後、170℃×20分間の人工時効硬化処理を行って、自動車製造工程における塗装焼付処理後の耐力を測定した。また,この他に、予ひずみ量と人工時効硬化処理条件を変更した引張試験も行った。
上記試験は同一条件で3回ずつ行い、3回の平均値を採用した。上記の部分的復元処理条件及び評価結果を表3、4に示す。試験番号1〜10はAl−Mg−Si系Cu無添加合金である合金番号I、IIの結果である。また、試験番号11〜18はAl−Mg−Si系Cu添加合金である合金番号III、IV、Vの結果である。また、試験番号19〜22は予ひずみ量と人工時効硬化処理条件を変更した引張試験のみ実施した結果である。
Figure 0005789138
Figure 0005789138
試験番号1〜10のうち、試験番号7は部分的復元処理を施していない通常のプレス成形の条件である。パンチ肩部に相当する成形品肩部に変形が集中しやすいため、破断はこの成形品肩部で生じ、限界張出し高さは15.6mmであった。成形高さを破断する前の14mmで止めた成形品については、成形品肩部で大きく板厚減少しているため、板厚減少率レンジが大きく、成形品頭部に比べてひずみが多く導入された成形品縦壁部にはリジングが発生した。また、材料が時効したままであるので曲げ試験においては、クラックが発生した。
これに対し、本発明例である試験番号1〜6はいずれも復元処理部の耐力が低下したことによって、非復元処理部との耐力差を付与することができており、比較例と比べて限界張り出し高さが高く、成形性が向上している。また、板厚減少率レンジも小さく、ひずみの均一化が図られていることがわかる。この効果として、成形品縦壁部のひずみの上昇が抑制されたことによって、リジングの発生が抑制されている。これに加え、曲げ性も回復している。また、人工時効硬化処理後の耐力値も190MPaを大きく上回っている。
一方、試験番号8と9は復元処理温度が本発明の範囲から外れた条件である。試験番号8は処理温度が180℃と低いため、短時間で低温クラスタを溶融することができず、耐力の低下が生じていなかった。そのため、成形性の向上がなく、リジングの抑制もなかった。また、ヘム曲げ性の回復もなかった。
また、試験番号9は処理温度が330℃と高いため、低温クラスタの溶解による軟化と同時に時効硬化が起きてしまい、復元領域の伸びが大きく低下したため、復元領域が伸ばされるものの伸びが不足して、復元領域と非復元領域の境界で破断した。そのため、成形性の向上は無かった。また、短時間のうちにマトリックス中のMgとSiが粗大な析出相であるβ’相として析出してしまい、MgとSiの固溶量が低下したため、人工時効硬化処理での強度上昇が著しく低下し、190MPaを下回った。
また、試験番号10は加熱昇温速度が遅く、また加熱温度到達後の保持時間が長いため、本来の意図とは逆に時効硬化してしまい、成形性が悪化した。また、リジング発生の抑制と曲げ性の回復も無かった。
次に、Cu添加合金を使用した試験番号11〜18のうち、試験番号15は部分的復元処理を施していない通常のプレス成形の条件である。パンチ肩部に相当する成形品肩部に変形が集中しやすいため、破断はこの成形品肩部で生じ、限界張出し高さは16.0mmであった。成形高さを破断する前の14mmで止めた成形品については、成形品肩部で大きく板厚減少しているため、板厚減少率レンジが大きく、成形品頭部に比べてひずみが多く導入された成形品縦壁部にはリジングが発生した。また、材料が時効したままであるので曲げ試験においては、クラックが発生した。
これに対し、本発明例である試験番号11〜14は、Cu無添加合金と同様に、いずれも復元処理部の耐力が低下したことによって、非復元処理部との耐力差を付与することができており、比較例と比べて限界張り出し高さが高く、成形性が向上している。また、板厚減少率レンジも小さく、ひずみの均一化が図られていることがわかる。この効果として、成形品縦壁部のひずみの上昇が抑制されたことによって、リジングの発生が抑制されている。これに加え、曲げ性も回復している。また、人工時効硬化処理後の耐力値も190MPaを大きく上回っている。
一方、試験番号16は処理温度が430℃と高いため、加熱部と非加熱部の温度差によって生じる熱ひずみによってブランクの加熱部と非加熱部の境界に折れ筋が入ったためそこを起点に破断し、限界張出し高さが著しく低くなった。また、人工時効硬化処理後の耐力値が著しく低下した。
また、試験番号17は加熱処理後に冷却処理を行わずに放冷させた条件であり、冷却速度が遅い。このため、加熱処理によって低下した耐力が、放冷中に上昇するとともに伸びが低下したため、成形性が悪化した。また、リジングの改善と曲げ性の回復も無かった。
また、試験番号18では、復元面積率が127%とパンチ肩部を投影した領域Bにまで復元処理が及んでおり、成形品肩部に変形が集中して、限界張出し高さが著しく低くなった。その結果、成形性が悪化した。
一方、試験番号19〜22は復元処理後の予ひずみ量と人工時効硬化処理条件を変更した引張試験の結果である。試験番号19〜21は、試験番号5に対して予ひずみ量、あるいは人工時効硬化処理条件を変更した条件である。試験番号19は予ひずみ量を4%に増加させたため、人工時効硬化処理後の耐力が増大した。一方、試験番号20は予ひずみを加えなかったため、人工時効硬化処理後の耐力が低く、190MPaに満たなかった。また、試験番号21は人工時効硬化処理条件を185℃×30分間と温度を高く、時間を長くしたため、人工時効硬化処理後の耐力が増大した。
試験番号22は、復元処理の加熱到達温度が本発明の温度範囲よりも高かった場合であり、人工時効硬化処理条件を185℃×30分間と温度を高く、時間を長くしても、人工時効硬化処理後の耐力は190MPaに満たなかった。
[本発明例2]
第2の本発明例として、時効処理した板を供試材とした2段型プレス成形試験を実施した。金型は図4に示すように、パンチ成形面の縦壁部が1段目パンチ縦壁部(7A)と2段目パンチ縦壁部(7B)の2段形状になっており、1段目のパンチ肩部(6A)がR16mm、2段目のパンチ肩部(6B)がR8mmであり、パンチ成形面の平面視概寸法が、1段目約170mm×約270mm、2段目約200mm×約300mmである。また、ダイ(2)においても2段の肩部(9A、9B)を有し、成形品においても2段の肩部(11A、11B)と2段の縦壁部(12A、12B)を有し、成形高さは40mmである。これら金型の材質はいずれもFCD550であり、表面に硬質クロムメッキを施してある。
供試材として、表1の合金番号I、表2の時効処理番号Aの板から360×440mmのブランクを作製し、図4に示すブランクの領域Aに対する領域Xと領域Cに対する領域Yについて、部分的復元処理を施した。
ここで、パンチ成形面のうち、プレス方向に対してほぼ垂直な面であるパンチ頭部(5)と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部との間に屈曲部として存在するR形状のパンチ肩部より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Aとは、1段目のパンチ肩部(6A)の内側の平坦面であるパンチ頭部(5)を投影した領域である。この領域Aの面積をS、部分的復元処理を施す領域Xの面積をSとした場合の面積比(S/S)を数水準振った加熱冶具を数種類作製して復元処理を施した。
また、ブランク(4)において、ダイとホルダーで挟まれるシワ押さえ部から最も近いパンチ肩部より外側の領域をプレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Cのうち、縮みフランジ変形部である領域Yとは、2段目のパンチ肩部(6B)の外側を投影した領域のうち、ブランク平面視でパンチ成形面の直辺部を除いた4隅のR形状に接する領域である。この領域Yについても、対応する加熱冶具を作製して復元処理を施した。
また、時効処理した板から作製したJIS5号引張試験片を上記の方法で復元処理し、引張試験を行って復元処理後の耐力値を測定することで、復元処理による耐力値の変化量を求めた。
続いて、2段型プレス成形試験について述べる。まず、ホルダー(3)上にブランク(4)をセットした状態からダイが降下することで、図4(ア)のようにダイ(2)とホルダー(3)でブランク(4)周囲を挟み、ブランク(4)の周囲にはビード(15)が成形される。この時、ホルダー(3)はプレス機のクッションピンによって支持されており、シワ押さえ面(14)には設定したDC(ダイクッション)荷重が負荷されることになる。次に、ブランク(4)の周囲をビード(15)で掴んだ状態でダイ(2)とホルダー(3)がパンチ(1)に向かって下降する。これによって、図4(イ)のようにブランクがパンチ(1)に接触して変形を受ける。そして、図4(ウ)のようにプレスのストロークが(ア)の状態から40mm下降した時点で成形終了となる。
この成形において、DC荷重を増加させると、シワ押さえ面(14)からのブランクの流入量が減少する。そのため、シワ押さえ面(14)より内側のブランクに導入されるひずみ量が増加することになり、成形品は破断し易くなる。一方、従来よりも高いDC荷重でも破断せずに成形できた場合は、ひずみの均一化によって成形性が向上したことを意味する。よって、各ブランクについてDC荷重を25kN刻みで増加させながら成形していき、破断したDC荷重の前のDC荷重を破断限界DC荷重として評価した。
これらの試験結果を表5に示す。試験番号23は時効硬化した条件であり、部分的復元処理を施していない。この条件では、DC荷重175kNで1段目の成形品肩部(11A)が破断したため、その手前の150kNを破断限界DC荷重とし、これをDC荷重向上率の基準DC荷重とした。すなわち、DC荷重向上率とは、{(破断限界DC荷重−基準DC荷重)/(基準DC荷重)}×100とした。
Figure 0005789138
試験番号25〜28は、本発明の領域Xを復元処理した例である。いずれも、基準に対して成形性が向上しており、特に復元面積率100%の試験番号25では、破断限界DC荷重が250kNと+67%も向上した。また、領域Xを復元軟化させた効果で、試験番号25〜28の破断位置は、2段目のパンチ肩部に相当する成形品肩部(11B)に移った。
一方、試験番号24は、復元面積率が127%と本発明の範囲より大きい場合であり、復元によって軟化した領域が1段目の成形品肩部(11A)に当たるため、その部位でひずみが集中し、破断限界DC荷重の向上は無かった。
そして、試験番号29〜31は、復元領域に縮みフランジ変形部である領域Yを加えた条件である。領域Yの軟化によって当該部位のブランクの流入抵抗が減少したことにより、成形品肩部(11A、11B)に負荷される張力が減少し、ひずみの上昇が緩和された。その結果、領域Xのみに復元処理を施した場合と比べて大幅に破断限界DC荷重が向上しており、基準に対して最大で+133%も向上した。
本発明に係るプレス成形用アルミニウム合金製ブランク及びこれを用いたプレス成形体、ならびに、これらの製造方法により、塗装焼付硬化性及びデザイン自由度を向上させるための成形性、高い表面品質、ならびに、インナーパネルとの締結のための良好なヘム曲げ性が達成される。
1……パンチ
2……ダイ
3……ホルダー
4……ブランク
5……パンチ頭部
6、6A、6B……パンチ肩部
7、7A、7B……パンチ縦壁部
8……パンチ成形面
9、9A、9B……ダイ肩部
10……成形品頭部
11、11A、11B……成形品肩部
12、12A、12B……成形品縦壁部
13……中心線
14……シワ押さえ面
15……ビード
16……スライドプレート
17……ボルスター
18……上型
19……下型
20……断熱材
21……加熱冶具
22……凸円
23……上型取り付け板
24……下型取り付け板
25……クッションピン
B……パンチ肩部を投影した領域
C……シワ押さえ部から最も近いパンチ肩部より外側の領域を投影した領域
……領域Aの面積
……領域Xの面積
X……Aのうちの任意の領域
P……成形品肩部において成形品頭部方向に加わる張力
W……成形品肩部において成形品縦壁部方向に加わる張力
Y……Cのうち縮みフランジ変形部である領域
θ……なつき角
μ……摩擦係数

Claims (7)

  1. 時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金から成り、ダイとホルダーで周囲を挟み、相対的にパンチをダイに押し込むことによって所定の形状に成形されるプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法であって、
    パンチ成形面のうち、プレス方向に対してほぼ垂直な面であるパンチ頭部と、この面の外側周囲を取り囲むように連なった面であるパンチ縦壁部との間に屈曲部として存在するパンチ肩部より内側の領域を、プレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Aのうち任意の領域Xを、部分的な復元処理部とし、
    当該部分的な復元処理部が到達温度200℃以上300℃以下の加熱工程とその後の100℃以下までの冷却工程によって形成され、加熱工程では100℃から加熱到達温度までの昇温速度を5℃/秒以上、当該到達温度においての保持時間を20秒間以下とし、冷却工程においては、100℃以下までの冷却速度を5℃/秒以上とし、
    前記Al−Mg−Si系アルミニウム合金が溶体化処理されており、この溶体化処理後のAl−Mg−Si系アルミニウム合金に対して、部分的復元されるまでに常温時効又は100℃以下の人工時効、或いは、これらの組み合わせによる時効処理が行われることによって、時効硬化したAl−Mg−Si系アルミニウム合金とすることを特徴とするプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法。
  2. 前記ブランクの領域Aの面積(S)に対する前記領域Xの面積(S)の面積比が、25%以上100%以下である、請求項1に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法。
  3. 前記ブランクにおいて、ダイとホルダーで挟まれるシワ押さえ部から最も近いパンチ肩部より外側の領域をプレス方向に対して垂直な面に投影したブランクの領域Cのうち、縮みフランジ変形部である領域Yが部分的な復元処理部である、請求項1又は2に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法。
  4. プレス成形後にヘム曲げ加工を受ける領域であるヘム曲げ部が、部分的な復元処理部である、請求項1〜のいずれか一項に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法。
  5. 前記Al−Mg−Si系アルミニウム合金が、Mg:0.2〜1.5mass%、Si:0.3〜2.0mass%を含有し、Fe:0.03〜1.0mass%、Zn:0.03〜2.5mass%、Cu:0.01〜1.5mass%、Mn:0.03〜0.6mass%、Zr:0.01〜0.4mass%、Cr:0.01〜0.4mass%、Ti:0.005〜0.3mass%及びV:0.01〜0.4mass%から選択される1種又は2種以上を更に含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金である、請求項1〜のいずれか一項に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法。
  6. 請求項1〜のいずれか一項に記載のプレス成形用アルミニウム合金製ブランクの製造方法によって製造されたプレス成形用アルミニウム合金製ブランクにプレス成形を施すことによって、シワ押さえ部より内側の製品となる部分に2%以上のひずみが導入されていることを特徴とするアルミニウム合金製プレス成形体の製造方法。
  7. 170〜185℃で20〜30分間の条件で人工時効硬化処理を施すことによって前記部分的な復元処理部の耐力値を190MPa以上とする、請求項に記載のアルミニウム合金製プレス成形体の製造方法。
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